流れ流され幾星霜。
時積りても世は変わらず、夜は暗く、月は明く。
「賑やかね」
庭を見つめて呟く姫の、視線の先には兎達。祭りの余韻を引きずりずっと、兎の子供は燥いでいる。兎の大人はあちこちで、子供を眺めて話し合う。まるでばらばらの兎達は、しかし意識を縁側に、座る姫へと向けている。
「そうですね」
庭の向こうに提灯明かり。祭会場に続く道を灯火が照らしている。そこを歩いて戻り来る兎の子供を見つめながら、姫は微笑み問いかけた。
「私にもあんな無邪気な時があったかしら」
「今日の輝夜はあれよりも、ずっと燥いでいたけれど」
従者の言葉を聞いた姫は、月を仰いで笑い上げる。
笑う姫が足音聞いて、視線を落とすと、兎の子供。綿菓子を持った子供達は、姫の視線に紅潮し、ゴムの結わった水風船を、恥ずかしそうに差し出した。
「おひい様、沢山取れたからこれあげます」
「あら、ありがとう」
水風船を受け取り、笑んだ姫は、うっとりとする子供達を前に、何度か水風船を飛び跳ねさせた。子供達は一頻り姫の前で燥いでから、誇らしげに親の下へ己の手柄を告げに行った。
「月が明るいわ」
「そうですね」
姫の言葉に従者が頷く。
「今日は素敵な夜ね」
「そうですね」
庭を眺める姫の下に、再び兎達がやってきた。
「輝夜様、輝夜様! 見て下さい! こんなに金魚が取れました! 全部一度で取れたんです!」
先頭の兎が胸を張り、手に持つ袋を掲げて見せる。あまりにも金魚が詰め込まれ、まるで赤い水の様。
「あら、凄いわね」
「はい! ありがとうございます!」
兎は嬉しそうに飛び跳ねながら、金魚を掲げて駆けて行った。
その背を見つめて、従者が吐息。
「飼う場所も無いのにあんなに貰ってきて。優曇華ったらどうする気かしら」
従者の憂いに姫が一言。
「新しくお池を作りましょうか」
夜は深深降り積もり、賑わい漸次鎮まって、庭を眺める姫の下に一匹の兎がやってきた。
「姫様、そろそろ夜も更けて参りました。宴も酣では御座いますが、そろそろ子供達は眠りませんと」
「あら、御免なさい。私が上がるのを待っていたのかしら」
「皆、少しでも姫様の目に留まれる様にと」
「皆の健康に悪いわね。あなたの助言を受け入れましょう」
「勿体無いお言葉を頂戴致しましてありがとうございます。お心遣い感謝致します」
「てゐ、ちゃんと全員戻ったか確認しなくちゃ駄目よ。この竹林の物は全て姫の物。一つも損じてはならないわ」
「はい、お師匠様。既に確認を終えました。抜かりは御座いません」
姫が静かに目を閉じる。それを合図に頭を垂れて、兎はその場を離れていく。
やがて縁側に二人きり、姫は兎の喧騒を聞きながら、はんなりと従者に礼を言う。
「今日はありがとう、永琳。あなたの催した祭り、楽しかったわ」
「それは何より。偶にはこうして楽しまないと」
「いつも楽しいわ。今日も昨日もその前も私はずっと楽しかった」
姫は目を瞑り、喧騒を聞きながら、瞼の向こうを幻視する。
そこには誰も居ない。
そこには何も無い。
何千何億と積もった時に埋もれ、辺りは真っ白に染まっていた。
「静かね」
「ええ」
誰も居なくなった時の中で、二人は静かに言葉を交わす。
遥か昔に過ごした日日を、その一日一日を思い出す。
かつて過ごした兎達と祭りを開いた日の事が、ありありと思い起こされる。
あの夜の喧騒が実感を伴いやって来る。
喧騒が耳に届き、瞼の向こうに提灯明かり、子供達が燥ぎ回る。
姫がゆっくり瞼を開けると、先程と変わらぬ喧騒が月明かりの下に広がっていた。
祭り終えた兎達が余韻を引き摺り燥いでいる。
ふっと笑みを溢して姫は、流れる様に立ち上がり、従者を伴い背を向けた。
それを合図に兎達が潮を引く様に塒へ戻る。
姫もまた寝室へ。
戻るなり窓を開け、真円の月を見上げて言った。
「今日も素敵な夜だった」
従者に向けて姫が笑う。
「明日も明後日もその先も、ずっと素敵な夜にして」
姫の言葉に従者は微笑み、今日という日は終わりを告げた。
歩き連れられ幾千里。
場所を違えど隣に伴侶、顔は綻び、今ぞ楽しき。
時積りても世は変わらず、夜は暗く、月は明く。
「賑やかね」
庭を見つめて呟く姫の、視線の先には兎達。祭りの余韻を引きずりずっと、兎の子供は燥いでいる。兎の大人はあちこちで、子供を眺めて話し合う。まるでばらばらの兎達は、しかし意識を縁側に、座る姫へと向けている。
「そうですね」
庭の向こうに提灯明かり。祭会場に続く道を灯火が照らしている。そこを歩いて戻り来る兎の子供を見つめながら、姫は微笑み問いかけた。
「私にもあんな無邪気な時があったかしら」
「今日の輝夜はあれよりも、ずっと燥いでいたけれど」
従者の言葉を聞いた姫は、月を仰いで笑い上げる。
笑う姫が足音聞いて、視線を落とすと、兎の子供。綿菓子を持った子供達は、姫の視線に紅潮し、ゴムの結わった水風船を、恥ずかしそうに差し出した。
「おひい様、沢山取れたからこれあげます」
「あら、ありがとう」
水風船を受け取り、笑んだ姫は、うっとりとする子供達を前に、何度か水風船を飛び跳ねさせた。子供達は一頻り姫の前で燥いでから、誇らしげに親の下へ己の手柄を告げに行った。
「月が明るいわ」
「そうですね」
姫の言葉に従者が頷く。
「今日は素敵な夜ね」
「そうですね」
庭を眺める姫の下に、再び兎達がやってきた。
「輝夜様、輝夜様! 見て下さい! こんなに金魚が取れました! 全部一度で取れたんです!」
先頭の兎が胸を張り、手に持つ袋を掲げて見せる。あまりにも金魚が詰め込まれ、まるで赤い水の様。
「あら、凄いわね」
「はい! ありがとうございます!」
兎は嬉しそうに飛び跳ねながら、金魚を掲げて駆けて行った。
その背を見つめて、従者が吐息。
「飼う場所も無いのにあんなに貰ってきて。優曇華ったらどうする気かしら」
従者の憂いに姫が一言。
「新しくお池を作りましょうか」
夜は深深降り積もり、賑わい漸次鎮まって、庭を眺める姫の下に一匹の兎がやってきた。
「姫様、そろそろ夜も更けて参りました。宴も酣では御座いますが、そろそろ子供達は眠りませんと」
「あら、御免なさい。私が上がるのを待っていたのかしら」
「皆、少しでも姫様の目に留まれる様にと」
「皆の健康に悪いわね。あなたの助言を受け入れましょう」
「勿体無いお言葉を頂戴致しましてありがとうございます。お心遣い感謝致します」
「てゐ、ちゃんと全員戻ったか確認しなくちゃ駄目よ。この竹林の物は全て姫の物。一つも損じてはならないわ」
「はい、お師匠様。既に確認を終えました。抜かりは御座いません」
姫が静かに目を閉じる。それを合図に頭を垂れて、兎はその場を離れていく。
やがて縁側に二人きり、姫は兎の喧騒を聞きながら、はんなりと従者に礼を言う。
「今日はありがとう、永琳。あなたの催した祭り、楽しかったわ」
「それは何より。偶にはこうして楽しまないと」
「いつも楽しいわ。今日も昨日もその前も私はずっと楽しかった」
姫は目を瞑り、喧騒を聞きながら、瞼の向こうを幻視する。
そこには誰も居ない。
そこには何も無い。
何千何億と積もった時に埋もれ、辺りは真っ白に染まっていた。
「静かね」
「ええ」
誰も居なくなった時の中で、二人は静かに言葉を交わす。
遥か昔に過ごした日日を、その一日一日を思い出す。
かつて過ごした兎達と祭りを開いた日の事が、ありありと思い起こされる。
あの夜の喧騒が実感を伴いやって来る。
喧騒が耳に届き、瞼の向こうに提灯明かり、子供達が燥ぎ回る。
姫がゆっくり瞼を開けると、先程と変わらぬ喧騒が月明かりの下に広がっていた。
祭り終えた兎達が余韻を引き摺り燥いでいる。
ふっと笑みを溢して姫は、流れる様に立ち上がり、従者を伴い背を向けた。
それを合図に兎達が潮を引く様に塒へ戻る。
姫もまた寝室へ。
戻るなり窓を開け、真円の月を見上げて言った。
「今日も素敵な夜だった」
従者に向けて姫が笑う。
「明日も明後日もその先も、ずっと素敵な夜にして」
姫の言葉に従者は微笑み、今日という日は終わりを告げた。
歩き連れられ幾千里。
場所を違えど隣に伴侶、顔は綻び、今ぞ楽しき。
もう少し捻りがあると良かったでしょうかね。