ざぁざぁざぁ――――
雨が降り続く。
部屋の中、机に向かいながら窓の外を見る。
沈んだ灰色の雲、降り続ける雨、初夏の湿った風。
……ぼぅっと外を眺め、また机のノートへと視線を戻す。
真っ白なノート。
里で買ったペンを走らせ、思い出を書き連ねる。
柄じゃないけどペンは止まらない。
浮かんではぼやけていく色を、音を、形を、声を、ノートに書き留めていく。
雨は降り止まない。
ペンは止まらない。
ざぁざぁざぁ――――
いつもこんな雨の日だった。
あいつを里で見かける時はいつもこんな薄暗い、さぁさぁと雨が降る日だった。
色とりどりの傘が町を行くなか、背の低い地味な色の傘が少し足早に人並みを過ぎる。
明るい髪で目立たないよう深めに傘をさし、人目を避けるよう道の端を忍んで歩いていた。
私はそんなあいつの姿を見るのが嫌だった。
普段、私の神社に入り浸っては楽しそうに笑っているのに、町ではまるで罪人が往来を行くかのように、暗い表情でこそこそと歩いている。
あいつの綺麗な目が好きだった。
まばゆく、真っ直ぐなまるで星を思わせる金の目を輝かせじゃれついてくるあどけないその姿が、雨の降る町の中ではまったく見る影もなかった。
どうしてそんな歩き方をするの。
どうしてあんたがそんな歩き方をしなきゃいけないの。
耐えかねて一度、その腕をつかんで私の傘に無理矢理引っ張り込んだことがあった。
私の服と同じ、真っ赤な傘だ。
道を行く人々がこちらを振り向いた。
最初あいつはビクッと怯えた表情を浮かべた。
そして腕を引っ張ったのが私だと気づくと、非難するような、ばつの悪いような、少し安心するような、そんな複雑な顔を私に向け、その後、下を向いたままゆっくり歩き出した。
用事はもう済んだの?
――うん。
他に寄るところはない?
――ない。
お団子でも食べていこうよ。
――いらない。
じゃあ一緒に神社に帰――
――すまん、今日は一人で居たいんだ。
あいつは視線を下げたまま、消え入るような声で答えた。
わかってる。
自尊心の強いやつだから、そんな姿を見られたくなかったんだろう。
私はそれ以上なにも言えず、せめて分かれ道までは逃がさないように歩幅を合わせ、二人黙って1つの傘を分け合い歩いた。
すれ違い様こちらを窺う人の目、四方に漂うひそひそ声を傘が隠す。
あいつは居辛そうに背中を丸め、わたしはしゃんと背筋をのばすよう意識して、人並みを分けた。
ざぁざぁざぁ――――
町の外れが近づく。
真っ赤な傘に照されてあいつの頬が赤く染まる。
帽子を目深に被っているせいで目は見えなかったが、耐えるように歯を食い縛ったその口元は弱々しかった。
別れ際、気をつけてねと声をかけると小さくあぁと返した。
とぼとぼと歩くその小さな背中は、力無い足取りで森に消えていった。
折り返し歩く神社への道。
小さな黒猫が濡れて木陰で震えている。
その姿に今のあいつが重なる。
あいつはちゃんと家に帰っただろうか。
降り続く雨は止みそうにない。
一人の帰り道がもどかしかった。
最初に小さな異変を二人で解決した時、私たちは意気揚々神社に帰ってきた。
里に降りるのは少し気恥ずかしかったから、二人だけでお互いの武功を称え合い、茶化し合い、神社で笑い合った。
少しずつ規模の大きい異変を解決していくと、やがて噂は里に広まり、人々から口々に感謝を述べられ私たちはちょっとした英雄気分だった。
二人で里や神社で遊び、異変で出会ったやつらと酒を交わす、そんな日々が変わらぬ日常となっていった。
そんな日々の中、里の人々の感謝と畏敬の目はやがて人ならぬものを見るような、畏怖の混じったものへと変わっていった。
敬い、有り難がる裏で、その目は言葉は私たちを疎み、恐れ避けるようになった。
私は妖怪神社の巫女として人の側から区別され、あいつは家を出て危ない森に一人で住む人の道を外れた者として蔑みの目でさえ見られるようになった。
あいつは目を潤ませて神社に来ては、気の落ち着くまで私の胸で泣くこともあった。
強がりなあいつが、それでも堪えきれず泣いてるのを見るのはただただ辛かった。
なぜ私たちが、こんな扱いをされなければならないのか。
人のためになるよう頑張ったのに。
善いことをしたはずなのに。
なんであいつが泣かなければいけないのよ。
あいつは本当は弱虫なのに。
なんで、なんでなんで…………!
やがて、あいつは神社にも来なくなった。
心配になり霖之助さんとあいつの家を見に行ったとき、そこには机に突っ伏して動かないあいつの姿があった。
霖之助さんがあいつを抱え、起こそうとしたけどあいつは既に息をしていなかった。
机には一通の封筒が置いてあり、その横には小さな薬瓶が転がっていた。
――――なにも、考えられなかった。
封筒の中の手紙に書かれた言葉は短かった。
私への謝罪と感謝の言葉と最後に
ごめんな。もう疲れた。
と書いてあるだけだった。
墓は作らず、あいつの家の隅に遺骨を保管することにした。
あいつの眠りを誰にも邪魔させたくはなかった。
あいつの心休まる場所で寝かせてやりたかった。
埃っぽい散らかった部屋も片付けなかった。
あいつの好きなままおいてやりたかった。
さらさらさら――――
雨が弱まり雲が流れる。
ペンを置きノートを閉じて縁側に出てみた。
灰色の空、葉桜を濡らした初夏の雨、柱にもたれて庭を眺める。
小雨を流す風の中にあいつの姿を映す。
人懐っこくじゃれついてくる綺麗な瞳と小さな体。
なにより好きだった愛しい笑顔が、にじんで歪んだ。
雨が降り続く。
部屋の中、机に向かいながら窓の外を見る。
沈んだ灰色の雲、降り続ける雨、初夏の湿った風。
……ぼぅっと外を眺め、また机のノートへと視線を戻す。
真っ白なノート。
里で買ったペンを走らせ、思い出を書き連ねる。
柄じゃないけどペンは止まらない。
浮かんではぼやけていく色を、音を、形を、声を、ノートに書き留めていく。
雨は降り止まない。
ペンは止まらない。
ざぁざぁざぁ――――
いつもこんな雨の日だった。
あいつを里で見かける時はいつもこんな薄暗い、さぁさぁと雨が降る日だった。
色とりどりの傘が町を行くなか、背の低い地味な色の傘が少し足早に人並みを過ぎる。
明るい髪で目立たないよう深めに傘をさし、人目を避けるよう道の端を忍んで歩いていた。
私はそんなあいつの姿を見るのが嫌だった。
普段、私の神社に入り浸っては楽しそうに笑っているのに、町ではまるで罪人が往来を行くかのように、暗い表情でこそこそと歩いている。
あいつの綺麗な目が好きだった。
まばゆく、真っ直ぐなまるで星を思わせる金の目を輝かせじゃれついてくるあどけないその姿が、雨の降る町の中ではまったく見る影もなかった。
どうしてそんな歩き方をするの。
どうしてあんたがそんな歩き方をしなきゃいけないの。
耐えかねて一度、その腕をつかんで私の傘に無理矢理引っ張り込んだことがあった。
私の服と同じ、真っ赤な傘だ。
道を行く人々がこちらを振り向いた。
最初あいつはビクッと怯えた表情を浮かべた。
そして腕を引っ張ったのが私だと気づくと、非難するような、ばつの悪いような、少し安心するような、そんな複雑な顔を私に向け、その後、下を向いたままゆっくり歩き出した。
用事はもう済んだの?
――うん。
他に寄るところはない?
――ない。
お団子でも食べていこうよ。
――いらない。
じゃあ一緒に神社に帰――
――すまん、今日は一人で居たいんだ。
あいつは視線を下げたまま、消え入るような声で答えた。
わかってる。
自尊心の強いやつだから、そんな姿を見られたくなかったんだろう。
私はそれ以上なにも言えず、せめて分かれ道までは逃がさないように歩幅を合わせ、二人黙って1つの傘を分け合い歩いた。
すれ違い様こちらを窺う人の目、四方に漂うひそひそ声を傘が隠す。
あいつは居辛そうに背中を丸め、わたしはしゃんと背筋をのばすよう意識して、人並みを分けた。
ざぁざぁざぁ――――
町の外れが近づく。
真っ赤な傘に照されてあいつの頬が赤く染まる。
帽子を目深に被っているせいで目は見えなかったが、耐えるように歯を食い縛ったその口元は弱々しかった。
別れ際、気をつけてねと声をかけると小さくあぁと返した。
とぼとぼと歩くその小さな背中は、力無い足取りで森に消えていった。
折り返し歩く神社への道。
小さな黒猫が濡れて木陰で震えている。
その姿に今のあいつが重なる。
あいつはちゃんと家に帰っただろうか。
降り続く雨は止みそうにない。
一人の帰り道がもどかしかった。
最初に小さな異変を二人で解決した時、私たちは意気揚々神社に帰ってきた。
里に降りるのは少し気恥ずかしかったから、二人だけでお互いの武功を称え合い、茶化し合い、神社で笑い合った。
少しずつ規模の大きい異変を解決していくと、やがて噂は里に広まり、人々から口々に感謝を述べられ私たちはちょっとした英雄気分だった。
二人で里や神社で遊び、異変で出会ったやつらと酒を交わす、そんな日々が変わらぬ日常となっていった。
そんな日々の中、里の人々の感謝と畏敬の目はやがて人ならぬものを見るような、畏怖の混じったものへと変わっていった。
敬い、有り難がる裏で、その目は言葉は私たちを疎み、恐れ避けるようになった。
私は妖怪神社の巫女として人の側から区別され、あいつは家を出て危ない森に一人で住む人の道を外れた者として蔑みの目でさえ見られるようになった。
あいつは目を潤ませて神社に来ては、気の落ち着くまで私の胸で泣くこともあった。
強がりなあいつが、それでも堪えきれず泣いてるのを見るのはただただ辛かった。
なぜ私たちが、こんな扱いをされなければならないのか。
人のためになるよう頑張ったのに。
善いことをしたはずなのに。
なんであいつが泣かなければいけないのよ。
あいつは本当は弱虫なのに。
なんで、なんでなんで…………!
やがて、あいつは神社にも来なくなった。
心配になり霖之助さんとあいつの家を見に行ったとき、そこには机に突っ伏して動かないあいつの姿があった。
霖之助さんがあいつを抱え、起こそうとしたけどあいつは既に息をしていなかった。
机には一通の封筒が置いてあり、その横には小さな薬瓶が転がっていた。
――――なにも、考えられなかった。
封筒の中の手紙に書かれた言葉は短かった。
私への謝罪と感謝の言葉と最後に
ごめんな。もう疲れた。
と書いてあるだけだった。
墓は作らず、あいつの家の隅に遺骨を保管することにした。
あいつの眠りを誰にも邪魔させたくはなかった。
あいつの心休まる場所で寝かせてやりたかった。
埃っぽい散らかった部屋も片付けなかった。
あいつの好きなままおいてやりたかった。
さらさらさら――――
雨が弱まり雲が流れる。
ペンを置きノートを閉じて縁側に出てみた。
灰色の空、葉桜を濡らした初夏の雨、柱にもたれて庭を眺める。
小雨を流す風の中にあいつの姿を映す。
人懐っこくじゃれついてくる綺麗な瞳と小さな体。
なにより好きだった愛しい笑顔が、にじんで歪んだ。
ダッシュ(―)を使うべき所に長音符(ー)を使っている点は酷すぎますね
話にしろ文にしろ投稿する前によく吟味してます?
いずれにしてもちょっと評価しがたいです