Coolier - 新生・東方創想話

夕焼けと、鮭と酒

2014/11/13 03:33:32
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竹箒を手に掃き掃除に勤しんでいると、急に吹き付けてきたつむじ風が今までの成果として築かれていた落ち葉の小山をあらかた崩し飛ばしてしまったので、博麗霊夢はそれまで上機嫌に鳴らしていた口笛をピタリと止めた。
動かしていた手を止めて八方へ散り散りになった落ち葉を睨んでみても、もはや施しようもなかった。
赤だの黄色だの、秋の力によって色づいた葉っぱはそりゃあ綺麗だろうけれども、神社の石畳の上では見栄えも何もあったものではない。

「ちぇっ」

遠くの方でからすがあほう、あほうと喚いているのが聞こえてきてよけいに面白くない。
霊夢は毒づいて箒を放り投げた。
こうなってしまっては真面目に労働に就くのがなんとも馬鹿らしくなってくるものだ。
気を取り直して初めから頑張ってみても、またぞろ悪戯小僧の風がますます調子づいて今までの頑張りを台無しにしてしまうだけなのは目に見えている。
霊夢は箒をその場にうっちゃったまま縁側に舞い戻った。
どっか、と腰を据え、その場に控えさせておいた湯のみと急須をひったくって乱暴に中身を注いでいく。
今日の急須の茶はほうじ茶だった。
ごぼごぼと音を立てて注がれていくたびに、茶が「ほわり…」と良い香りを漂わせるが、霊夢はそれを楽しまず、意に介する気配も無く、ただ潤いと気晴らしのみをほうじ茶に求めた。
湯のみの縁に口をつけ、一気にごくごくと飲んでいく。
淹れてからだいぶ時間が経っていたので、決して熱いお茶ではなかったけれども、むしろ程よい程度の暖かな温もりがあり、それが秋の夕暮れ時に掃き掃除をしていた彼女の体と心をいやしてくれた。
霊夢は、ほう、と息をつくと、半分ほど中身の残った湯のみを縁側において、自らの管理する神社を見渡した。

山々の向こうから西陽の茜色が射し込み、神社の境内を染上げていた。
鳥居の影法師が随分と伸びている。
風に揺られた木の葉が枝から手を離し、くるくると回って地面に降りていった。何度も何度も降りてくる。
何しろ博麗神社には木々が多いのだ。
霊夢は目をぱちくりさせ、葉が落ちる様子をしばらく呆けて見ていた。少しばかり肌寒い。
どこからともなくアキアカネが一匹飛んでいて、霊夢の飲んでいた湯のみに止まった。
羽を休めにきたのだろうか。それとも赤い巫女服を着た霊夢を見つけてご同類だと思ったのか。
霊夢はそれを横目で見ていたが、特にソイツに何をしようとも思わずまた境内を見つめていた。
アキアカネも止まり木から動こうとせず、ただ前を見ていた。他には、誰もいなかった。今日は誰も来なかったのだ。
神社に客が来ないというのは、いささかまずいのかもしれぬ。
だが、別に霊夢は商売に特別熱心という人間でもなかったので、それでも良いと思っていた。
だんまりとしたまま、徐々に赤く染まってゆく博麗神社を見つめていた。
同時に彼女は、今日の御夕飯は何が良いか、あれこれ考えを巡らせていたのだった。
空は次第にその赤を強めていった。

そうしてどれくらい経ったか、ふと霊夢が横を見やると既にアキアカネは姿を消していた。
いつのまにか飛去っていってしまっていたのだった。
置き土産はすっかり冷たくなったほうじ茶だった。
飲んでしまおうと思って口を付けたが、秋の空っ風に晒されたお茶はすっかり冷えていてどうしようもない
。霊夢は顔をしかめた。
まったく、寒空の下に冷茶などを持ってきても、冷たさばかりが嫌に出しゃばって、味もなにもわかったものではない。
残りは全部石畳へ撒いてしまった。
撒いてしまってから、どうせなら草木に撒けば良かったとも思った。
しかし後悔先に立たず、覆水盆に返らず、まあいいやと思い直し、霊夢は腰を上げて奥へ引っ込んだ。
夕飯の献立が決まったのだった。
先ほどの美しかった夕焼けの空には、ずっしりと重たい黒が僅かばかり混ざりつつあった。
寂しく放り出されたままの箒はだんだんと闇の中に溶け込み、見えなくなろうとしている。
彼方では一番星がひときわ強く輝きを放っているのが見えた。
直に夜がくるだろう。


飯は炊いていなかった。
夕餉の内容がどんなものにしろ、今日は酒を決め込むと当初から括っていたからだ。
霊夢はとっておいた酒の瓶を触って温度を確かめ、一人うなずいた。
今夜はちょっぴり冷えると思ったから、冷やさずそのままで出しておいてあったのだ。
ぬるい。しかし酒は茶と違ってぬるくたって美味いのだ。むしろ、どう呑んでも美味いと言った方が正しいかもしれない。
これをそのままやるのもいいし、ちょっとばかし燗をしてやって呑むのもいい。
霊夢は舌なめずりをしながら酒の「アテ」の準備を始めた。
いそいそと霊夢が取り出したのは見るも立派な鮭の切り身であった。大振りである。
鮮やかな橙色の身が光を反射してきらりと主張している。
夕暮れに照らされる神社を見て、この見事な鮭のことを思い出したのだ。今夜はこいつでいこう。霊夢はにんまりとした。
この鮭には十六夜咲夜による時間操作の術が施してある。
あんまりに良い鮭と思ったから、食べ時を見極めるためににわざわざ頼んでおいたのだ。そしてそれは正解だった。
時の流れを非常に緩やかにすることにより、その身はいつまでもぷりぷりとして新鮮なままだ。
能力はアイデアだ、と霊夢はうなった。
霊夢は、鮭に張られていたお札をひっぺがした。術は問題なく解除された。
これで鮭の中の時間の流れは正常になり、心置きなく料理が出来る。
術がかかっていたのでは、いつまでたっても生焼けのままだ。
まず、霊夢は鮭の切り身から、目立つ大きな骨を取り除いてやった。
小骨なぞは、そのまままるごと噛み砕いてしまえばよろしい。だが固いやつはちょいと手間だ。
それから霊夢は七輪を持ち出した。魚を焼くのにはコイツに限る、と霊夢は思っている。
これは単に彼女自身の心情の問題でもあった。別段特別なこだわりがあるわけではないのだ。

霊夢は七輪を抱えて外に出た。
中に引っ込んでからあまり時間は経っていなかったけれども、秋の日はつるべ落としである。
境内の中は夜の帳が支配していた。草むらから鈴虫がひとり鳴いている。
霊夢は縁側のすぐ近くに七輪をどんとおいた。
七輪の中に炭を入れ、火を掛ける。これがなかなか時間がいる。
ぴゅうぴゅう吹く風と格闘しつつ、なんとか上手いこと火をつけることが出来た。
霊夢は網を上にかぶせ、そこに鮭を極めて丁寧に寝かしつけてやった。
再び部屋の中へ舞い戻り、酒の大瓶と猪口、それから燗をする為の入れ物を持ってきた。
大瓶から適当に、どぼどぼと酒の燗をする陶器に注ぐ。どれくらい呑もうとか、そういうのはおかまいなしだ。
幻想郷の者たちにとって、酒が少なすぎるということはあっても、多すぎるということはないのだ。
霊夢は酒が並々と入った陶器を鮭の隣に置いた。
七輪に直接、燗をさせるやり方で、直燗と呼ぶ。
アッと云う間に酒が熱くなってくれるので、面倒くさがりの霊夢はこれをことさらに好んだ。

霊夢は縁側に腰掛け、七輪の鮭が焼き上がるのを待つことにした。
じっと真剣な眼で鮭を見つめる。辺りはすっかり暗い。
唯一光を放つものは、頭上の月を除くと眼前の炭火のみであった。
じゅわじゅわと脂が炭に滴り落ちる音が耳朶を打つ。霊夢は鮭をひっくり返した。
身に引っ付いた皮が、なんともいえない具合に焼け焦げている。
もう少しの辛抱だ。燗酒は既に頃合いだった。熱燗である。
唯一熱くない持ち手を掴み、火傷しないように気をつけて火から下ろす。
そしてまず一杯、猪口に移して酒の陶器は足下の石畳に直接おいた。
ふぅふぅと息を吹きかけ、ちびり、と酒を呑む。
好みの加減だ、と霊夢は思った。体を撫でていく秋の風はよくよく冷たかったので、そこへ来るとこの熱い酒はよほど良かった。
しっかり冷やされた酒がきりりと澄み渡る青空なら、温められた酒はまさに優しく包み込んでくれる茜の夕焼けである。
期せずして鮭と同じく、あの夕空が連想されたことに霊夢は奇妙な想いを抱いた。
そうしてゆっくり一杯呑んでいるうちに鮭が焼き上がったので霊夢は鮭を七輪から取り上げ、皿にあけた。
火は落とさない。暖をとる為だ。酒でも体は温まるが、炭火の持つ柔らかな暖かさというのは、手放し難い。

彼女は箸を操り、丁寧に鮭の皮を身から取り外した。
嫌いなのではない。むしろパリパリに焼き上げた鮭の皮は大好物である。
大好物であるが故、こうして後の方にまわして「おたのしみ」にしておくのだ。
霊夢は鮭を一片、切り崩して箸でつまみ、口の中に放り込んだ。
目の前で熱々に仕上げられた魚をすぐさま頂くのはまさに至上の喜びである。
霊夢は目をつぶって、何度も何度も顎を動かした。
動かすたんびに、鮭の旨味が口のなかをぶわっと駆けまわる。
くたくたに噛んでしまった鮭を飲みくだし、その風味が逃げ切らないうちに霊夢は急いで猪口をぐいっと煽って酒を流し入れた。
焼いた鮭の香ばしさ、しょっぱさ。熱く燗をした酒の甘み、まろやかさがぐるぐると互い違いに混ざりあっていく。
なんとも、こたえられなかった。

「えへへ」

美味いものを食うと自然に笑顔がこぼれる。
霊夢は自分の顔が緩みきっていることを自覚しつつ、それをあえて引き締めようとはしなかった。
何事においても、自然体がもっともよい。
また酒を呑んだ。じんわりと体のそこから活力がみなぎってくるのが感じられる。
鮭を放り込む。この身の柔らかさと滲み出るような脂はどうだ。歯で噛まずとも上あごと舌だけですり潰せるではないか。
霊夢はいい気分で箸を進めた。時折吹く寒風が、酒の美味さ、肴の温かさを引き立てるようですこぶる良かった。
落ち葉を掃き集めていたときとはえらい違いである。
半分ほど食べ進めてしまってから、霊夢は取っておいた皮に手を付けることにした。
細長い鮭の皮を、先の方から箸を使って、器用に丸めていく。
曲がっていくたび、皮が爆ぜるようなと耳障りの良い音をさせた。
そうやってくしゃくしゃに丸めてしまった鮭の皮を、霊夢はぽいと口の中へ投げた。
所詮はうす皮の一枚きりなので、腹の足しには、到底なったものではない。
しかしこの皮を、身そのものよりもずっと好むという者が、何人もいる。
よく焼き上がった皮は、身とはまったく違う味わいを教えてくれる。酒のつまみにはもってこいの代物なのだ。

「んん〜〜〜〜っ……!」

霊夢は縁側を座ったまま足をじたばたさせた。美味くて美味くて、たまらないのである。
噛み締めれば噛み締めるほど、薄い皮に閉じ込められた豊かな風味が解放されてゆく。
皮を歯の上で滑らせるだけで、くしゃパリ、くしゃパリと、小気味のいい音を立てる。
それほどまでにこんがりと仕上がっていた。香ばしい匂いと、ほんの少しの炭の香りが霊夢の口から鼻孔へと通り抜けていった。
ぐいぐいと酒を呑む。そしてちびちびと鮭を食べ進めていく。
うきうきと幸せな気分に浸りつつ、霊夢は、やはりご飯を炊いておけば良かったな、と思った。

酒の〆に鮭茶漬けが食べたかったのである。


鮭と熱燗の晩酌を終え、霊夢はほろ酔い加減で道具を片付けた。
体は火照り、顔にはほんのすこし紅が差し込んでいるが、足取りはしっかりしていた。
思い描いた通りの晩酌が出来たので、今夜の霊夢は満足だった。
このまま布団に倒れて寝てしまってもいいか、とも思ったが、そこはやはり乙女の判断力で、風呂には入りたいと思い、霊夢は風呂場へ向かうことにした。
まずは湯を湧かさなくてはならぬ。
とことこと歩き、扉に手をかけ、思い切り引き開けようとした刹那、彼女の動きは止まった。

すなわち、博麗の巫女としての直感が、なにか良くないものを嗅ぎ付けたのである。
酒に酔ってはいたけれども、まだまだ衰えてはいない霊夢であった。
数秒おいて、頭の中の疑問は確信に変わる。
彼女はすぐさま踵を返し、自室へ行くと、畳の上に放り出しっぱなしだったお気に入りのお祓い棒をむんずと掴んだ。
襖を開け、縁側に走り出て、改めて感覚を研ぎ澄ませて気配を探り直す。
今夜の気配は東の方角からだった。
霊夢は酒で火照った顔をニッとさせ、掴んだお祓い棒を握りしめた。

「さ、お仕事しなくちゃね」

そうつぶやくと巫女は、たん、と縁側を蹴り、一息で空中高くへ飛び上がった。
そして直感に従い、一直線に飛去っていった。
更けきった夜の闇が、すぐに彼女の姿を包み込み、やがて完全に見えなくしてしまった。
皆様、お久しぶりです。スバルです。
今回が20作目となりました。最近は超スローペースですが、なんとかやっています。

霊夢さんが鮭で晩酌するお話。
ちょっと前に食べた焼鮭が美味しかったので、そのときの感動をぶつけてみました。
いつもとはかなり趣向を変えて御届けしました。なにせ台詞がほとんどない。こういうのもたまには良いかな、と。
でもやはり難しいですね。如何に美味そうに見せるかが苦労しました。御楽しみいただけましたか?

この作品を読んで、鮭を食べようと気になってくださったら、幸いです。
スバル
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コメント



0.820簡易評価
2.100ハイカラ削除
腹が減りました。
3.100名前が無い程度の能力削除
鮭が食べたくなりました
4.100奇声を発する程度の能力削除
お腹減る
6.100名前が無い程度の能力削除
サケとサケの組み合わせも好いものですね。
読んでたら腹減ってきたなぁ…。
8.100名前が無い程度の能力削除
飯テロ容赦せん
10.100名前が無い程度の能力削除
酒と鮭がほしくなったのはもちろんですが

>>「えへへ」
>>「んん~~~~っ……!」

ここで死んだ
12.90金細工師削除
お腹すいた…飯テロ許さない…
13.100名前が無い程度の能力削除
鮭と熱燗がほしくなる描写がとても面白かったです。
酒を飲んでも仕事に忠実な霊夢もよいですね。
14.100名前が無い程度の能力削除
塩鮭は熟成させた昔ながらの山漬けが美味い
かなりしょっぱいから御飯の方が相性良いけど
18.無評価名前が無い程度の能力削除
見ているだけでお腹空きますね…
全身で美味しさを表現する霊夢さんが可愛いです。
19.100名前が無い程度の能力削除
↑点数つけ忘れ
21.100名前が無い程度の能力削除
ささやかな幸せですね
22.100名前が無い程度の能力削除
鮭が食べたくなりました。
台詞がほとんどないやり方も面白い。
26.100名前が無い程度の能力削除
酒も鮭も美味しそう
そして霊夢さん可愛い!
27.100名前が無い程度の能力削除
霊夢さんはかわいいし鮭はめっちゃ美味しそうだし、もうっ!
足をばたばたしたくなるような、おししいお酒と巡りあった時の暖かみを感じました。
28.100名前が無い程度の能力削除
夕暮れトンボ、切り身炭火に巫女の血潮、徹底的に赤に対するこだわりが窺えました。
34.100モブ削除
すごく霊夢が可愛かったです。御馳走様でした。
35.100仲村アペンド削除
シンプルだけど情緒に満ちた良い飯テロでした
36.90スベスベマンジュウガニ削除
読みやすくて良かったです
37.90kad削除
鮭食べたくなったです…美味しい鮭はなんであんなに美味しいのか…。
38.100森の白熊削除
読みやすく、情景などもすごく想像しやすくてとても良い文章だったと思います。