「風、涼しいね」
「うん」
「葉っぱ、色付いてきたね」
「うん」
「ご飯、おいしいね」
「うん」
「金木犀、いい匂いだね」
「うん」
「つまり……」
「つまり?」
「…………秋だーーーーーーーーっ!!!」
「わー、秋だー」
「秋だーーーーーーーっ!!!!」
###############################
「落ち葉が増えてきたなあ」
博霊神社。
軒下で茶をすすりながら魔理沙は呑気にそんなことを呟いていた。
「ほんとよ。境内の掃除が面倒ったらありゃしない」
霊夢がぶつぶつと文句をたれながら降り積もった落ち葉を掃き清めていく。
「まあ、過ごしやすくなっただけ我慢しようや。飯もうまいしな」
いつのまにやら用意したお茶請けの芋羊羹を口に放り込んで魔理沙が言う。
「ん~、美味い」
「ちょっと、なによそれ」
「木村屋の芋羊羹。さっき小鈴んとこに寄った時にもらったんだ。『おすそ分けです』ってな」
あ~ん、と大口開けてもしゃもしゃやりながら魔理沙が答える。
「私にもよこしなさいよ」
「といっても、なあ。これは私がもらったものだ。おいそれとはくれてやらないぜ」
むぅ、と霊夢が顰め面になる。なんとかして羊羹を奪い取ろうと一歩踏み出した時、
「羊羹一つで喧嘩とはねぇ。豊穣の秋だってのに、貧相なこと!」
「そういう穣子だって、昨日おやつ食べそこねて一日中不機嫌だったじゃない」
「あ、あれは別におやつのせいじゃないし!」
上空から騒がしい声とともに、二つの影が降りてきた。
「あら、」
視線をそちらに向け、霊夢が言う。
「焼き芋屋に、紅葉狩り屋じゃない。何の用なの?」
「だーかーらー、焼き芋屋じゃないって!」
「紅葉狩り屋って、どんなお仕事かしら……?」
穣子と静葉の二人が、揃って不満を述べた。
「じゃああんた、その紙袋は何よ?」
「こ、これは」
穣子が紙袋を抱えて後退る。
「お芋……だけど……」
「やっぱり焼き芋屋じゃない」
「こ、これは手土産に持ってきただけだし!ほらほら」
穣子は真っ赤になって、紙袋を霊夢にぐいぐいと押し付ける。
「ふふん、これで焼き芋屋とは呼べないわね!」
「何いってんだか……。まあでも、ありがと。魔理沙―、新聞紙取って―」
「おいきた。どの天狗の新聞を燃やすんだ?」
「どれでもいいわよ。ああそう、何枚か濡らすのを忘れないでね」
「あいあい」
魔理沙がいそいそと部屋の奥へと消える。霊夢はそれから、二人の方に向き直った。
「それで?あんたら、何の用よ?」
「まあ、その話は後でもいいじゃない。お芋食べてからでも。ねえ、穣子?」
「じゅるり……えっ!?あ、ああそうね、お姉ちゃんが食べたいなら仕方ないなあ、付き合ってあげるよ」
「……涎拭きなさいよ、あんた」
霊夢は呆れて首を横に振る。
「霊夢、新聞―」
「あんがと、魔理沙。ついでに火ぃつけて」
「あいさー」
こんもりと積もった落葉の山にちろちろと、次いで勢い良く火がついていく。山の上には新聞にきっちりくるまれた芋が並べられた。
「あー、あったかい」
「落葉が何で火がつきやすいか知ってる?夏の間、太陽の熱をたっぷりと吸い込んで蓄えているからよ」
焼き芋は、とっても美味しく出来た。
「んー、美味しい」
ほくほくとした自然の甘みに、穣子は顔を崩して舌鼓を打つ。四人揃って軒下に座り、仲良くおやつタイムだ。
「あら、良い茶葉使ってるじゃない」
静葉はお茶を一口啜ると、満足そうに呟いた。
「えぇ?魔理沙、この茶っ葉どこから出したやつ?」
「いつもの茶棚からだぜ。……まあ、一段目じゃなくて、三段目だったがな」
「ちょ、それ私のとっとき……」
霊夢の愕然とした顔に、魔理沙はにししと笑う。
「と、とにかく!」
霊夢は気を取り直した。この件は後回しだ。さっきの羊羹の恨みも含めて、きっちりと仕返してやるから。
「いい加減話してもらおうかしら。あんたたちの目的を!」
「もふぅふぇふぃ?」
「……穣子、ちゃんと飲み込んでからにしなさい」
もごもごと喋る穣子に呆れたように静葉が注意する。
「んむ……んくっ。そうね、お腹いっぱいになったし……じゃなくて、」
口元にぽろぽろとお芋をくっつけて穣子が口を開く。
「霊夢、お祭りをする気はない?」
「お祭りぃ?なんであんたらが……あ、」
霊夢が途中で途切れさせた言の葉を静葉が継ぐ。
「そう、収穫祭。今年は神社でやろう、って話なの。色々と演し物もお願いしてね。どうかしら?悪い話ではないと思うんだけど……」
「へぇ、そいつはなかなか楽しそうだな」
横から魔理沙が口を挟む。神社で祭りが行われれば、結果として賽銭の量も増えるだろう。がめつい霊夢のことだから、出店の連中から所場代
も巻き上げるに違いない。どちらにしろ、この貧乏神社にはありがたい話だ。
しかし霊夢は、険しい表情を崩さなかった。
「……それで?」
「え?まだなんかあったっけ……」
ぼんやりと呟く穣子に対し、霊夢が苛立たしげに指を突きつける。
「『なんかあったっけ』じゃないわよ!あんたたちがわざわざ私に美味しい話を持ちかけてきたってことは、何か裏があるに違いないわ!
大体、うちなんかより祭に適した場所なんて、他にいくらもあるじゃない。……言いなさい、何を企んでいるの?」
食べ終わった焼き芋の皮を焚き火の燠に投げ込みながら霊夢が言う。穣子はむくれてそんなことない!と叫んだが、静葉に頭をぽんぽんされて
しゅんとなった後、二本目のお芋にとりかかった。静葉が肩をすくめて言う。
「……まあ、仰るとおりよ。企み、という程でもないけれど。お願いしたいことがあるの」
「ほれ見なさい」
霊夢が穣子の方を見ながら言う。穣子は真っ赤になって俯くと、焼き芋にかぶりつき始めた。やけ食いである。
「で?条件は?」
気が晴れたのか、やや険がとれた表情で今度は静葉に問う。
「あれよ」
静葉がすっと腕を上げる。指差した先には、
「……あれって、守矢の……?」
いつぞや神社が山の上の神たちに乗っ取られかけた際、妥協案として建てられた分社だ。なんとも不思議なことに、一年中蛙やら蛇やらが周りをうろついている。
霊夢が半ばわざと人目につかないようなところに作ったため、神社に通い詰めの魔理沙も今まで気にしたことはなかった。
その分社がほしいとは、どういうことだろう?まさか、天狗や河童を取り込んだ守矢を相手に喧嘩を始めるつもりではなかろうし……。
「……ああ、なるほどね」
魔理沙があれこれと考えている間に、霊夢が納得がいったというふうに頷いた。
「……まさか、あいつらみたいにここを乗っ取るつもりじゃないでしょうね?」
「まさか。私達にはそんな野心も、神格もないわ。ただ落ち着きたくなっただけよ」
「ふん。どうだか」
「ちょ、ちょっと待て」
淡々と交わされる霊夢と静葉の会話に、魔理沙が慌てたように横槍を入れた。
「一体、何の話をしてるんだ?」
「ほら、あれよ。あの分社」
霊夢が守矢の分社を指差す。
「分社はわかってる。わからないのは、何でお前らが早苗んとこの分社なんか欲しがってるか、ってことだ。まさか、本気で喧嘩を売るつもりか?」
「あら、私達は八坂の御方々と事を構えるつもりはないわ」
やんわりと笑いながら静葉が言う。穣子は隣でふんすふんすと頷いていた。
「私達はね、新しい分社を神社に建てて欲しいだけよ。私達の住まいをね」
「野良の神様は生きるのに必死ねぇ」
霊夢がからかうように言った。
神は人の信仰を糧とし、力を蓄える。そのための舞台装置が神社だ。人々は神社へ行き、そこで祈りを捧げる。祈る対象は目で見えるものでないと意味が無い。
何も無い平原で祈ることの出来るのは余程の狂信者か、ただの変人だ。
だから、住まう神社を持たない神様は信仰を失い、力を失い、やがては誰からも忘れ去られ、消える。
「これは、貴方にとっても悪い話じゃないと思うわ」
静葉は霊夢に言う。
「貴方の言う通り、たしかに今の私達は宿るべき場所を持たない、漂泊の身よ。でも、こうして力を保ててる。それだけの信仰を集めてるってわけよ。
私達がこの神社に居を構えることは、この神社の参拝客の増加にもつながると思うんだけど……?」
「少なくとも、芋には困らなさそうだな」
魔理沙が茶々を入れる。
霊夢は眉根に皺を寄せて茶を啜っていたが、やがて渋々といった様子で頷いた。
「……そうね。言ってることは的はずれでないし。乗ってあげてもいいわよ」
「やったっ!」
がばぁっ、と勢いをつけて立ち上がりながら穣子が言う。
「た、だ、し!祭の儲けは7割、賽銭は5割、あたしによこしなさい。それが条件よ」
「業突くねえ。どうせ他からも絞りとるんでしょ?」
「受けるの?受けないの?」
「……はいはい、いいわよ。私達は信仰さえ貰えれば、それで十分だし」
「じゃあ、契約成立ね」
霊夢が伸ばした手を、静葉がぎゅっと握る。お互いにやりと笑った。
「じゃあ、話もまとまったお祝いにご馳走にでもしますか。穣子が色々と準備してくれたのよ。新米とか、茸の類も。お台所、借りるわね」
「お、茸料理なら私も手伝うぜ」
「ちょ、お姉ちゃあん、米俵持つの手伝ってよお……」
「ふふん、儲けた儲けた……。さて、お酒の残り、まだあったかしら……」
わいのわいのと各々宴の準備を始める。
今夜もいい酒になりそうだ。
##################################################
収穫祭の当日。
霊夢はほくほく顔で屋台を渡り歩いていた。
「随分とごきげんだな」
魔理沙が横から突っ込む。
「そりゃあね。ここまで盛況だとは思わなかったわ!」
「そうかい。私はさっきからこう、背中の辺りがむずむずするんだがな」
ちらちらと周囲を気にしながら魔理沙が言う。屋台の営業主たちがこっちを見る目ときたら、それはもう……。
ほら、あそこの河童なんか涙目でこっちを睨んでる。手に握ってるおかしな機械が、今にもこっちに飛んできそうだ。
「なあ霊夢、いったいどんだけふんだくったんだ?」
「何のこと?あたしは正当な代金を払ってもらっただけよ。ここは神社で、あたしはここの巫女なの。神社の敷地を使っている以上、
それなりのものを払って貰う必要があるわ」
しれっと霊夢が言う。本気でそう思っているらしいあたりが、霊夢が霊夢たる所以である。
なおも言いつのろうとしかけて、魔理沙は口をつぐんだ。どうせ言っても聞かないし、たまに霊夢がとちるのを見るのもいいものだ。
「あらお二方、祭りの様子はどうかしら?」
屋台をあちこち冷やかしながら回っていると、声をかけられた。静葉だ。
片手に持つコップには黄金色の液体がしゅわしゅわと楽しげに泡立っている。
「楽しんでるぜ。昼から酒が飲めるってのはいいもんだな」
「まるでいつもは飲んでないって口ぶりね」
「飲んでないさ。いつものは米で作ったジュースさ」
魔理沙の冗談に、静葉はくすくすと笑った。気のせいか、いつもよりも上機嫌だ。顔も赤い。酒に弱い神様というのも世の中には居るんだな、
と魔理沙は思った。
「あれ、あんた。妹のほうはどうしたの?」
霊夢が尋ねる。
「あそこよ」
神社の奥まった一角、一段高くござを敷いた場所を静葉は示した。壮年、老年の男性でごった返している。
「年寄集の献酒返盃でおおわらわ。しばらく動けないわね」
「驚いた。信仰あるのね、あんななりで」
霊夢が目をくりくりさせて言う。
「信仰……と、言っていいのかしら、あれ」
静葉は苦笑しながら答えた。
「私には、『祖父や叔父に可愛がられる孫娘』にしか見えないのだけれど」
「あー……確かに」
「まああれだ、人気あるんだからいいんじゃないか?」
魔理沙が串焼きをむしゃむしゃしながら言うと、静葉はそうね、と言ってから霊夢のほうに向き直った。
「霊夢、これからの演し物のことだけど」
「あら?なんかやるの?」
霊夢がとぼけた声で言う。
「おい霊夢、お前んとこの祭りだろ」
「知らないわよ、全部こいつらに丸投げしてるんだから」
「……まあ、あなたは銭数えだけしてればいいわ」
やれやれ、といった様子で静葉は言った。
「何か演し物をやりたい人を募ったの。それで、返事をくれたのが……」
「私たち、という訳ですよ!」
ひょい、と影から頭が飛び出てきた。
「うわっ」
「ひゃっ……、って、早苗」
早苗がチョコバナナ(全部のせ)片手に屋台の影から現れる。
「もう、おどかさないでよっ」
「ふふん、私達がこんな信仰チャンスを逃すわけ無いじゃないですか。神奈子様が分社からばっちし盗聴してましたよ」
「……あの社、前面に板でも打ち付けとこうかしら」
「それで、早苗?演し物って何をするのかしら?秘密だって言って、私達もまだ聞いてないんだけれど」
静葉が早苗に問いかけた。
「なんだ、あんたたちも知らなかったんじゃない」
「つまり誰も知らなかったのか。んで早苗、何をするんだ?」
「それは……」
早苗が口を開く前に、神社に唸り声が響いた。
「な、なんだあ?」
魔理沙がきょろきょろと音の出処を探る。梢の向こうにシャベルのお化けを見つけて、思わずうひゃあ、と叫んだ。
「どうしました、魔理沙さん?」
「な、何だあれは。新手の妖怪か?」
「……ああ、あれですよ。私達の演し物」
「埋蔵金でも探すのかしら?」
「違いますよ。私達がやるのは……」
ちょうど持ち込まれた大鍋を背中に、早苗はにんまりと笑った。
「芋煮です」
守矢の芋煮はなかなかに好評だった。
魔理沙は芋煮片手に「わざわざあんなもんを使う必要あったのか?」と‘しょべるかぁ’なる機械を指差したが、
早苗の「外の世界ではあれで作るのがトレンドなんです」という言葉に沈黙した。呆れたのかもしれない。
とはいえその見た目の派手さから祭の観客からの反応も上々で、穣子は来年も頼もうかなぁ、と考えながら芋煮を啜っていた。
夕方になり、浮ついた空気も若干弛緩したものへと変わっていた。
「はーい、注目!」
境内の中央に組まれた櫓の上から、声が響く。秋姉妹の二柱だ。
「今日はたくさん集まってくれて、ありがと!」
穣子があどけなく笑いながら言う。
「お、穣子ちゃん」
「なんだー?なんかやんのかー?」
「穣子ちゃーん、今年はどうもあんがとねー!」
観衆が好き勝手に野次を飛ばす。穣子はそれに手を振って答えた。
「ありがとー!でも、豊作だったのはあたしだけじゃなくて、みんなが頑張ったからだよ。……だから、今日はいいっぱい楽しんで!
そしたら、来年もあたし頑張るから!」
「いいぞー!」
「言われなくても、俺達もう随分楽しんでるぜ―」
「みーのりこ!」「みーのりこ!」「みーのりこ!」
湧き上がる穣子コールに照れ照れな穣子を撫ででから、静葉が一歩前に出た。
「さあ、これからは私の時間」
静葉が手を挙げると、ふっと風が巻いた。
観衆は突風に一瞬身を屈め、天を見つめてわあっと歓声をあげる。
いつの間にか点けられた明かりに照らされ、巻き上げられた紅葉は輝くようだった。
「花も月もないけれど。紅葉に一杯、と参りましょう?」
##################################################
「……っくしゅん!」
「おお、さぶっ。こりゃ木枯らしだな」
幻想郷の秋は早足だ。収穫祭から二週間もすると、もう冬の足音が聞こえてくる。
「ああ、もう寒い」
霊夢はそう言うと、竹箒を放り出した。
「なんだ、もう掃除は終わりか?」
「大方、葉っぱは落ちちゃってるから。もういいわ」
「ものぐさだなあ。あっちの方にだいぶ溜まってるぞ?」
「うちの清潔さを気にするより先にすることがあるんじゃない?いいから、さっさと火つけて」
「あのなあ、うちは散らかってるんじゃない。ただ私にしかわからないように整理してあるんだ」
こんもりと積もった落ち葉の山に火がつくと、霊夢と魔理沙はこぞって焚き火に手をかざす。
「……暖かいわねえ」
のんびりと霊夢が言った。
「おい、そういえば霊夢、結局あれはどうだったんだ」
「あれ?」
「祭の稼ぎだよ。あれだけ盛況だったんだ。さぞ儲かったんだろ?」
「……ああ、そうね」
魔理沙は怪訝に思いながら霊夢の様子をうかがった。あれだけがめついてたにしては、いやに反応が薄い。
「なんだ?また葉っぱの金だったとか?」
「そうじゃないけど……ほら、あれ」
霊夢が指した先を見ると、軒先に様々なものが干されていた。柿、芋、椎茸、南瓜……。
「どうしたんだ、あんなに?」
「祭の取り分よ。収穫祭だからって、みんな自分のとこで穫れたものを納めてったの。結局現金は場所代と、ちょっとだけ入ってた賽銭だけ」
はあ、と霊夢がため息をつく。
「いいじゃないか。あれだけあれば楽に生きていけるぜ」
「だからって、そろそろ芋は食べ飽きたわ」
「ほう、そうかい」
魔理沙は喋りながら棒を器用に遣い、焚き火の中から塊を取り出した。二つに割る。思ったとおり、完璧な火加減だ。
「じゃあ、この焼き芋は丸々私がもらっておくぜ。……んん、甘くてうまいなー」
「あ、ちょっと……!」
二人がぎゃぎゃあと騒ぐそのすぐ近く、境内でも表の方に目新しい物が一つある。
ほっそりとした楓の下に建てられたその社は、微かにお芋の香りがした。
「うん」
「葉っぱ、色付いてきたね」
「うん」
「ご飯、おいしいね」
「うん」
「金木犀、いい匂いだね」
「うん」
「つまり……」
「つまり?」
「…………秋だーーーーーーーーっ!!!」
「わー、秋だー」
「秋だーーーーーーーっ!!!!」
###############################
「落ち葉が増えてきたなあ」
博霊神社。
軒下で茶をすすりながら魔理沙は呑気にそんなことを呟いていた。
「ほんとよ。境内の掃除が面倒ったらありゃしない」
霊夢がぶつぶつと文句をたれながら降り積もった落ち葉を掃き清めていく。
「まあ、過ごしやすくなっただけ我慢しようや。飯もうまいしな」
いつのまにやら用意したお茶請けの芋羊羹を口に放り込んで魔理沙が言う。
「ん~、美味い」
「ちょっと、なによそれ」
「木村屋の芋羊羹。さっき小鈴んとこに寄った時にもらったんだ。『おすそ分けです』ってな」
あ~ん、と大口開けてもしゃもしゃやりながら魔理沙が答える。
「私にもよこしなさいよ」
「といっても、なあ。これは私がもらったものだ。おいそれとはくれてやらないぜ」
むぅ、と霊夢が顰め面になる。なんとかして羊羹を奪い取ろうと一歩踏み出した時、
「羊羹一つで喧嘩とはねぇ。豊穣の秋だってのに、貧相なこと!」
「そういう穣子だって、昨日おやつ食べそこねて一日中不機嫌だったじゃない」
「あ、あれは別におやつのせいじゃないし!」
上空から騒がしい声とともに、二つの影が降りてきた。
「あら、」
視線をそちらに向け、霊夢が言う。
「焼き芋屋に、紅葉狩り屋じゃない。何の用なの?」
「だーかーらー、焼き芋屋じゃないって!」
「紅葉狩り屋って、どんなお仕事かしら……?」
穣子と静葉の二人が、揃って不満を述べた。
「じゃああんた、その紙袋は何よ?」
「こ、これは」
穣子が紙袋を抱えて後退る。
「お芋……だけど……」
「やっぱり焼き芋屋じゃない」
「こ、これは手土産に持ってきただけだし!ほらほら」
穣子は真っ赤になって、紙袋を霊夢にぐいぐいと押し付ける。
「ふふん、これで焼き芋屋とは呼べないわね!」
「何いってんだか……。まあでも、ありがと。魔理沙―、新聞紙取って―」
「おいきた。どの天狗の新聞を燃やすんだ?」
「どれでもいいわよ。ああそう、何枚か濡らすのを忘れないでね」
「あいあい」
魔理沙がいそいそと部屋の奥へと消える。霊夢はそれから、二人の方に向き直った。
「それで?あんたら、何の用よ?」
「まあ、その話は後でもいいじゃない。お芋食べてからでも。ねえ、穣子?」
「じゅるり……えっ!?あ、ああそうね、お姉ちゃんが食べたいなら仕方ないなあ、付き合ってあげるよ」
「……涎拭きなさいよ、あんた」
霊夢は呆れて首を横に振る。
「霊夢、新聞―」
「あんがと、魔理沙。ついでに火ぃつけて」
「あいさー」
こんもりと積もった落葉の山にちろちろと、次いで勢い良く火がついていく。山の上には新聞にきっちりくるまれた芋が並べられた。
「あー、あったかい」
「落葉が何で火がつきやすいか知ってる?夏の間、太陽の熱をたっぷりと吸い込んで蓄えているからよ」
焼き芋は、とっても美味しく出来た。
「んー、美味しい」
ほくほくとした自然の甘みに、穣子は顔を崩して舌鼓を打つ。四人揃って軒下に座り、仲良くおやつタイムだ。
「あら、良い茶葉使ってるじゃない」
静葉はお茶を一口啜ると、満足そうに呟いた。
「えぇ?魔理沙、この茶っ葉どこから出したやつ?」
「いつもの茶棚からだぜ。……まあ、一段目じゃなくて、三段目だったがな」
「ちょ、それ私のとっとき……」
霊夢の愕然とした顔に、魔理沙はにししと笑う。
「と、とにかく!」
霊夢は気を取り直した。この件は後回しだ。さっきの羊羹の恨みも含めて、きっちりと仕返してやるから。
「いい加減話してもらおうかしら。あんたたちの目的を!」
「もふぅふぇふぃ?」
「……穣子、ちゃんと飲み込んでからにしなさい」
もごもごと喋る穣子に呆れたように静葉が注意する。
「んむ……んくっ。そうね、お腹いっぱいになったし……じゃなくて、」
口元にぽろぽろとお芋をくっつけて穣子が口を開く。
「霊夢、お祭りをする気はない?」
「お祭りぃ?なんであんたらが……あ、」
霊夢が途中で途切れさせた言の葉を静葉が継ぐ。
「そう、収穫祭。今年は神社でやろう、って話なの。色々と演し物もお願いしてね。どうかしら?悪い話ではないと思うんだけど……」
「へぇ、そいつはなかなか楽しそうだな」
横から魔理沙が口を挟む。神社で祭りが行われれば、結果として賽銭の量も増えるだろう。がめつい霊夢のことだから、出店の連中から所場代
も巻き上げるに違いない。どちらにしろ、この貧乏神社にはありがたい話だ。
しかし霊夢は、険しい表情を崩さなかった。
「……それで?」
「え?まだなんかあったっけ……」
ぼんやりと呟く穣子に対し、霊夢が苛立たしげに指を突きつける。
「『なんかあったっけ』じゃないわよ!あんたたちがわざわざ私に美味しい話を持ちかけてきたってことは、何か裏があるに違いないわ!
大体、うちなんかより祭に適した場所なんて、他にいくらもあるじゃない。……言いなさい、何を企んでいるの?」
食べ終わった焼き芋の皮を焚き火の燠に投げ込みながら霊夢が言う。穣子はむくれてそんなことない!と叫んだが、静葉に頭をぽんぽんされて
しゅんとなった後、二本目のお芋にとりかかった。静葉が肩をすくめて言う。
「……まあ、仰るとおりよ。企み、という程でもないけれど。お願いしたいことがあるの」
「ほれ見なさい」
霊夢が穣子の方を見ながら言う。穣子は真っ赤になって俯くと、焼き芋にかぶりつき始めた。やけ食いである。
「で?条件は?」
気が晴れたのか、やや険がとれた表情で今度は静葉に問う。
「あれよ」
静葉がすっと腕を上げる。指差した先には、
「……あれって、守矢の……?」
いつぞや神社が山の上の神たちに乗っ取られかけた際、妥協案として建てられた分社だ。なんとも不思議なことに、一年中蛙やら蛇やらが周りをうろついている。
霊夢が半ばわざと人目につかないようなところに作ったため、神社に通い詰めの魔理沙も今まで気にしたことはなかった。
その分社がほしいとは、どういうことだろう?まさか、天狗や河童を取り込んだ守矢を相手に喧嘩を始めるつもりではなかろうし……。
「……ああ、なるほどね」
魔理沙があれこれと考えている間に、霊夢が納得がいったというふうに頷いた。
「……まさか、あいつらみたいにここを乗っ取るつもりじゃないでしょうね?」
「まさか。私達にはそんな野心も、神格もないわ。ただ落ち着きたくなっただけよ」
「ふん。どうだか」
「ちょ、ちょっと待て」
淡々と交わされる霊夢と静葉の会話に、魔理沙が慌てたように横槍を入れた。
「一体、何の話をしてるんだ?」
「ほら、あれよ。あの分社」
霊夢が守矢の分社を指差す。
「分社はわかってる。わからないのは、何でお前らが早苗んとこの分社なんか欲しがってるか、ってことだ。まさか、本気で喧嘩を売るつもりか?」
「あら、私達は八坂の御方々と事を構えるつもりはないわ」
やんわりと笑いながら静葉が言う。穣子は隣でふんすふんすと頷いていた。
「私達はね、新しい分社を神社に建てて欲しいだけよ。私達の住まいをね」
「野良の神様は生きるのに必死ねぇ」
霊夢がからかうように言った。
神は人の信仰を糧とし、力を蓄える。そのための舞台装置が神社だ。人々は神社へ行き、そこで祈りを捧げる。祈る対象は目で見えるものでないと意味が無い。
何も無い平原で祈ることの出来るのは余程の狂信者か、ただの変人だ。
だから、住まう神社を持たない神様は信仰を失い、力を失い、やがては誰からも忘れ去られ、消える。
「これは、貴方にとっても悪い話じゃないと思うわ」
静葉は霊夢に言う。
「貴方の言う通り、たしかに今の私達は宿るべき場所を持たない、漂泊の身よ。でも、こうして力を保ててる。それだけの信仰を集めてるってわけよ。
私達がこの神社に居を構えることは、この神社の参拝客の増加にもつながると思うんだけど……?」
「少なくとも、芋には困らなさそうだな」
魔理沙が茶々を入れる。
霊夢は眉根に皺を寄せて茶を啜っていたが、やがて渋々といった様子で頷いた。
「……そうね。言ってることは的はずれでないし。乗ってあげてもいいわよ」
「やったっ!」
がばぁっ、と勢いをつけて立ち上がりながら穣子が言う。
「た、だ、し!祭の儲けは7割、賽銭は5割、あたしによこしなさい。それが条件よ」
「業突くねえ。どうせ他からも絞りとるんでしょ?」
「受けるの?受けないの?」
「……はいはい、いいわよ。私達は信仰さえ貰えれば、それで十分だし」
「じゃあ、契約成立ね」
霊夢が伸ばした手を、静葉がぎゅっと握る。お互いにやりと笑った。
「じゃあ、話もまとまったお祝いにご馳走にでもしますか。穣子が色々と準備してくれたのよ。新米とか、茸の類も。お台所、借りるわね」
「お、茸料理なら私も手伝うぜ」
「ちょ、お姉ちゃあん、米俵持つの手伝ってよお……」
「ふふん、儲けた儲けた……。さて、お酒の残り、まだあったかしら……」
わいのわいのと各々宴の準備を始める。
今夜もいい酒になりそうだ。
##################################################
収穫祭の当日。
霊夢はほくほく顔で屋台を渡り歩いていた。
「随分とごきげんだな」
魔理沙が横から突っ込む。
「そりゃあね。ここまで盛況だとは思わなかったわ!」
「そうかい。私はさっきからこう、背中の辺りがむずむずするんだがな」
ちらちらと周囲を気にしながら魔理沙が言う。屋台の営業主たちがこっちを見る目ときたら、それはもう……。
ほら、あそこの河童なんか涙目でこっちを睨んでる。手に握ってるおかしな機械が、今にもこっちに飛んできそうだ。
「なあ霊夢、いったいどんだけふんだくったんだ?」
「何のこと?あたしは正当な代金を払ってもらっただけよ。ここは神社で、あたしはここの巫女なの。神社の敷地を使っている以上、
それなりのものを払って貰う必要があるわ」
しれっと霊夢が言う。本気でそう思っているらしいあたりが、霊夢が霊夢たる所以である。
なおも言いつのろうとしかけて、魔理沙は口をつぐんだ。どうせ言っても聞かないし、たまに霊夢がとちるのを見るのもいいものだ。
「あらお二方、祭りの様子はどうかしら?」
屋台をあちこち冷やかしながら回っていると、声をかけられた。静葉だ。
片手に持つコップには黄金色の液体がしゅわしゅわと楽しげに泡立っている。
「楽しんでるぜ。昼から酒が飲めるってのはいいもんだな」
「まるでいつもは飲んでないって口ぶりね」
「飲んでないさ。いつものは米で作ったジュースさ」
魔理沙の冗談に、静葉はくすくすと笑った。気のせいか、いつもよりも上機嫌だ。顔も赤い。酒に弱い神様というのも世の中には居るんだな、
と魔理沙は思った。
「あれ、あんた。妹のほうはどうしたの?」
霊夢が尋ねる。
「あそこよ」
神社の奥まった一角、一段高くござを敷いた場所を静葉は示した。壮年、老年の男性でごった返している。
「年寄集の献酒返盃でおおわらわ。しばらく動けないわね」
「驚いた。信仰あるのね、あんななりで」
霊夢が目をくりくりさせて言う。
「信仰……と、言っていいのかしら、あれ」
静葉は苦笑しながら答えた。
「私には、『祖父や叔父に可愛がられる孫娘』にしか見えないのだけれど」
「あー……確かに」
「まああれだ、人気あるんだからいいんじゃないか?」
魔理沙が串焼きをむしゃむしゃしながら言うと、静葉はそうね、と言ってから霊夢のほうに向き直った。
「霊夢、これからの演し物のことだけど」
「あら?なんかやるの?」
霊夢がとぼけた声で言う。
「おい霊夢、お前んとこの祭りだろ」
「知らないわよ、全部こいつらに丸投げしてるんだから」
「……まあ、あなたは銭数えだけしてればいいわ」
やれやれ、といった様子で静葉は言った。
「何か演し物をやりたい人を募ったの。それで、返事をくれたのが……」
「私たち、という訳ですよ!」
ひょい、と影から頭が飛び出てきた。
「うわっ」
「ひゃっ……、って、早苗」
早苗がチョコバナナ(全部のせ)片手に屋台の影から現れる。
「もう、おどかさないでよっ」
「ふふん、私達がこんな信仰チャンスを逃すわけ無いじゃないですか。神奈子様が分社からばっちし盗聴してましたよ」
「……あの社、前面に板でも打ち付けとこうかしら」
「それで、早苗?演し物って何をするのかしら?秘密だって言って、私達もまだ聞いてないんだけれど」
静葉が早苗に問いかけた。
「なんだ、あんたたちも知らなかったんじゃない」
「つまり誰も知らなかったのか。んで早苗、何をするんだ?」
「それは……」
早苗が口を開く前に、神社に唸り声が響いた。
「な、なんだあ?」
魔理沙がきょろきょろと音の出処を探る。梢の向こうにシャベルのお化けを見つけて、思わずうひゃあ、と叫んだ。
「どうしました、魔理沙さん?」
「な、何だあれは。新手の妖怪か?」
「……ああ、あれですよ。私達の演し物」
「埋蔵金でも探すのかしら?」
「違いますよ。私達がやるのは……」
ちょうど持ち込まれた大鍋を背中に、早苗はにんまりと笑った。
「芋煮です」
守矢の芋煮はなかなかに好評だった。
魔理沙は芋煮片手に「わざわざあんなもんを使う必要あったのか?」と‘しょべるかぁ’なる機械を指差したが、
早苗の「外の世界ではあれで作るのがトレンドなんです」という言葉に沈黙した。呆れたのかもしれない。
とはいえその見た目の派手さから祭の観客からの反応も上々で、穣子は来年も頼もうかなぁ、と考えながら芋煮を啜っていた。
夕方になり、浮ついた空気も若干弛緩したものへと変わっていた。
「はーい、注目!」
境内の中央に組まれた櫓の上から、声が響く。秋姉妹の二柱だ。
「今日はたくさん集まってくれて、ありがと!」
穣子があどけなく笑いながら言う。
「お、穣子ちゃん」
「なんだー?なんかやんのかー?」
「穣子ちゃーん、今年はどうもあんがとねー!」
観衆が好き勝手に野次を飛ばす。穣子はそれに手を振って答えた。
「ありがとー!でも、豊作だったのはあたしだけじゃなくて、みんなが頑張ったからだよ。……だから、今日はいいっぱい楽しんで!
そしたら、来年もあたし頑張るから!」
「いいぞー!」
「言われなくても、俺達もう随分楽しんでるぜ―」
「みーのりこ!」「みーのりこ!」「みーのりこ!」
湧き上がる穣子コールに照れ照れな穣子を撫ででから、静葉が一歩前に出た。
「さあ、これからは私の時間」
静葉が手を挙げると、ふっと風が巻いた。
観衆は突風に一瞬身を屈め、天を見つめてわあっと歓声をあげる。
いつの間にか点けられた明かりに照らされ、巻き上げられた紅葉は輝くようだった。
「花も月もないけれど。紅葉に一杯、と参りましょう?」
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「……っくしゅん!」
「おお、さぶっ。こりゃ木枯らしだな」
幻想郷の秋は早足だ。収穫祭から二週間もすると、もう冬の足音が聞こえてくる。
「ああ、もう寒い」
霊夢はそう言うと、竹箒を放り出した。
「なんだ、もう掃除は終わりか?」
「大方、葉っぱは落ちちゃってるから。もういいわ」
「ものぐさだなあ。あっちの方にだいぶ溜まってるぞ?」
「うちの清潔さを気にするより先にすることがあるんじゃない?いいから、さっさと火つけて」
「あのなあ、うちは散らかってるんじゃない。ただ私にしかわからないように整理してあるんだ」
こんもりと積もった落ち葉の山に火がつくと、霊夢と魔理沙はこぞって焚き火に手をかざす。
「……暖かいわねえ」
のんびりと霊夢が言った。
「おい、そういえば霊夢、結局あれはどうだったんだ」
「あれ?」
「祭の稼ぎだよ。あれだけ盛況だったんだ。さぞ儲かったんだろ?」
「……ああ、そうね」
魔理沙は怪訝に思いながら霊夢の様子をうかがった。あれだけがめついてたにしては、いやに反応が薄い。
「なんだ?また葉っぱの金だったとか?」
「そうじゃないけど……ほら、あれ」
霊夢が指した先を見ると、軒先に様々なものが干されていた。柿、芋、椎茸、南瓜……。
「どうしたんだ、あんなに?」
「祭の取り分よ。収穫祭だからって、みんな自分のとこで穫れたものを納めてったの。結局現金は場所代と、ちょっとだけ入ってた賽銭だけ」
はあ、と霊夢がため息をつく。
「いいじゃないか。あれだけあれば楽に生きていけるぜ」
「だからって、そろそろ芋は食べ飽きたわ」
「ほう、そうかい」
魔理沙は喋りながら棒を器用に遣い、焚き火の中から塊を取り出した。二つに割る。思ったとおり、完璧な火加減だ。
「じゃあ、この焼き芋は丸々私がもらっておくぜ。……んん、甘くてうまいなー」
「あ、ちょっと……!」
二人がぎゃぎゃあと騒ぐそのすぐ近く、境内でも表の方に目新しい物が一つある。
ほっそりとした楓の下に建てられたその社は、微かにお芋の香りがした。