いつも通り変わらない、ただ炎天下なだけの夏の一日だと思ってた。
いつも通り麦茶を飲みながら、霊夢は縁側でただ座っていた。
そして同様に、射命丸文も座っていた。
「しかし、この暑さもたまりませんねぇ」
器用に扇子を動かして風を流す文。
霊夢はそのおこぼれにあずかり、涼んでいた。
「あんたはいいわねぇ、こうやって好きに風を操れるんだから」
「いやいや、だからといっていつも涼しいわけじゃないですよ。元々の風がぬるければぬるいままです」
「そうは感じないわぁ」
いい感じに流れてくる風に癒される霊夢。
その風は間を挟んでいる文の匂いも運ぶ。
(……文の匂い)
心地いいような、懐かしいような。
そんな雰囲気をひっそり楽しんだ。
「そろそろ取り換えた方がいいんじゃない?」
「それもそうですね。中失礼します」
向こうの井戸で水を汲み、タオルに流す音がする。
それを日陰で倒れているチルノにかぶせてやった。
「この暑さなら氷精も溶けるわけだわ」
昼ごろ、文が超特急で駆け込んできたので何事かと思えば、その後ろにはぐったりした氷精がいた。
曰く、石の上で寝ていたところを撮っていたら溶け始めたのだそうだ。
うなされてはいるものの、意識はあるようで二人は安心した。
「これで溶けたら一回休みってやつなのかしらね」
「そういうことなんですかねぇ。妖精はまだ謎がおおいですから」
恐らく妖精なら阿求と争えるといわれている文。
これは阿求の関心の足りなさゆえなのか、文が関心しすぎているのか、それまではわからないが。
「しかし意外ね」
「何がですか?」
「あんたがこうやって面倒見るだなんて」
少々茶化すつもりで霊夢は言った。
「私だってそこまで鬼じゃないですよぉ」
ひどいなぁ、とチルノにタオルをかぶせながら返す文。
「う~ん……」
冷や水を含んだシャツとドロワ姿で寝ているチルノがうめく。
羽の結晶が先よりかは尖ってきた形になった。
「いやー、これはチャンスとばかりに持って帰りそうな気がしてね」
「持って帰るって、霊夢さん私をなんだと思ってるんですか……」
「ペドフェリア天狗」
「もうそういうあだ名はやめてくださいよぉ!」
少々弄り過ぎたか。
そう思っていた霊夢に、文のつぶやきが大きく飛んできた。
「持ちかえるなら、私は霊夢さんの方を攫いますってー」
「え?」
「あ」
しまった、といった風に口をふさぐ。
霊夢がそそそ、と少しばかり距離を取る。
「じょ、冗談ですよ」
「そんな分かりやすい反応して後に弁解されても信用ないわよ」
そんなぁ~、と悲しそうな顔をする。
「まぁ、アンタなんかに連れ去られるなんてまっぴらごめんだけどね」
「………」
ふっと文の顔が素に戻った。
「それは『私には捕まえられない』という意味なのでしょうか?」
何か変なところを踏んだのだろうか、と不穏な雰囲気を感じ取る霊夢。
「そんなところかしらね」
霊夢はそっと札を手元に寄せた。
「そういえば霊夢さん。どうして私が本気を出さないか知ってますか?」
「『手加減してあげるから』って奴?」
「ええ」
「本気を出しても対等に勝負できる相手がいないから?」
「違いますね」
「さぁ。どこぞの魔法使いみたいに本気で負けたら悔しいから?」
「それでもないですね」
じゃあなんなのよ、と小さく悪態をついた。
「確かに昔ならそんな理由でしたが」
「……今は?」
刹那、文の羽が大きく動いた。
霊夢は札を投げるが、そこに文の姿はない。
「っ!」
「ふふっ」
いつの間にか反対側に回った文がニヤリと笑い、霊夢を突き飛ばした。
縁側から立っていたはずの霊夢の体は、札を手にしていた左腕もろとも床に押し付けられる。
「いっ……!」
最悪だ、と霊夢は唇をかんだ。
どうやら左肩が外れたようで、全く動かない。
「ああ、すみません。ちょっと加減を間違えてしまいました」
霊夢は抜けだそうとするが、体が動かない。
腕も体も同じような細さのくせに力が段違いだ。
「これでも私は妖怪、天狗ですよ?鬼には劣りますが、力は人間の非じゃありません」
「……何のつもり?」
あくまで睨み返す霊夢。
夏の太陽が羽と体に遮られ、逆光が文の顔を隠して見えなくなる。
「私は人間を追い続けるのと同時に、博麗の巫女を追い続けた」
蹴り上げようとする足は全て抑えられた。
すべすべした脚が、霊夢の足を抑えながら器用に割り込んでくる。
「もちろん貴方の事もずっと見てきた」
いつもの口調から素の言葉遣いへと変わっていく。
「そして、情を持ってしまった」
黒い翼が2人を包み込むように広がった。
「……私はね、霊夢」
互いの顔が、鼻の先まで迫る。
「ずっと、あなたを攫いたいと思っていたの」
右手が霊夢の顔を撫でる。
「私が本気を出すのはその時だけ」
「……私が抵抗した時、全力で叩きのめして攫う為?」
「それもいいけどね」
ぎゅっと握った霊夢の手をやさしく解いていく。
「やはり相手は博麗霊夢、気にかけている妖怪も多いのよ」
「妖怪に気にかけられるなんて真っ平ごめんなんだけど」
「面白い巫女よね、あなたは。そういうあなただからこそ私は惹かれたんだわ」
くすっと文が笑う。
「紫や萃香が黙っちゃいないわよ?」
きっとそれだけじゃない。
魔法の森や紅魔館や冥界、あげたらキリがないほどに追手がやってくるだろう。
「そのために隠し続けてきた本気。目に物見せてやるわ」
「あら、あんたあの二人と相性最悪じゃない。大丈夫なの?」
「あなたがいてくれたら、きっとできるわ」
「あら頼もしい。カッコつけちゃって」
つられて霊夢も笑った。
「でもちょっと見直したわ、文」
「それじゃあ、私にさらわれてくれる?」
「それはダメ」
「あら残念」
文がはぁ、とため息をついた。
同時に拘束を解く。
「……力ずくで攫うんじゃなかったの?」
「あれ?無理矢理のほうがお好きなんですか?」
「違うわよ」
「じゃあまたの機会にします。なんか冷めちゃいました」
ほら肩入れましょう、と霊夢を起こす。
少し荒々しいかったものの、鈍い音とともに慣れた手つきで肩が入った。
「どうですか?」
「やけに手馴れてるのね」
「ははは……」
「ふむ……違和感はないわね」
ぐるぐる腕を回してちゃんとくっついているかどうかを確認する。
そしておもむろに文に肩を回した。
「つかまえた」
「へ?」
バチン!と背中が叩かれる。
何かが張り付けられた、そんな気がした。
「あ、あれ?霊夢さん……?」
力が出ない。
それは、なんかおぼえのある感覚。
「どう、本気出せる?」
「ちょ、なんですか!?」
「とっておきの御札よ」
霊夢は、そのまま力の抜けた文を軽々と押し倒した。
先と立場が逆転した態勢した状態だ。
「あんたなんかに攫われるなんてまっぴら」
ずいずいと顔を近づけていく霊夢。
その素は押しに弱いのか、文の顔が引きつり始める。
「え、えっと……チ、チルノさんもいますし……」
「あの子はどうせ、起こされるまで寝てるわよ。あんたは心配しなくていいから」
「私はね、主導権を握られるのが大嫌いなだけなのよ」
目と鼻の先まで顔が近づく。
そして文の上にまたがり、ぺろっと舌なめずりをした。
「さて、鴉を飼うならまず躾からよね」
いつも通り麦茶を飲みながら、霊夢は縁側でただ座っていた。
そして同様に、射命丸文も座っていた。
「しかし、この暑さもたまりませんねぇ」
器用に扇子を動かして風を流す文。
霊夢はそのおこぼれにあずかり、涼んでいた。
「あんたはいいわねぇ、こうやって好きに風を操れるんだから」
「いやいや、だからといっていつも涼しいわけじゃないですよ。元々の風がぬるければぬるいままです」
「そうは感じないわぁ」
いい感じに流れてくる風に癒される霊夢。
その風は間を挟んでいる文の匂いも運ぶ。
(……文の匂い)
心地いいような、懐かしいような。
そんな雰囲気をひっそり楽しんだ。
「そろそろ取り換えた方がいいんじゃない?」
「それもそうですね。中失礼します」
向こうの井戸で水を汲み、タオルに流す音がする。
それを日陰で倒れているチルノにかぶせてやった。
「この暑さなら氷精も溶けるわけだわ」
昼ごろ、文が超特急で駆け込んできたので何事かと思えば、その後ろにはぐったりした氷精がいた。
曰く、石の上で寝ていたところを撮っていたら溶け始めたのだそうだ。
うなされてはいるものの、意識はあるようで二人は安心した。
「これで溶けたら一回休みってやつなのかしらね」
「そういうことなんですかねぇ。妖精はまだ謎がおおいですから」
恐らく妖精なら阿求と争えるといわれている文。
これは阿求の関心の足りなさゆえなのか、文が関心しすぎているのか、それまではわからないが。
「しかし意外ね」
「何がですか?」
「あんたがこうやって面倒見るだなんて」
少々茶化すつもりで霊夢は言った。
「私だってそこまで鬼じゃないですよぉ」
ひどいなぁ、とチルノにタオルをかぶせながら返す文。
「う~ん……」
冷や水を含んだシャツとドロワ姿で寝ているチルノがうめく。
羽の結晶が先よりかは尖ってきた形になった。
「いやー、これはチャンスとばかりに持って帰りそうな気がしてね」
「持って帰るって、霊夢さん私をなんだと思ってるんですか……」
「ペドフェリア天狗」
「もうそういうあだ名はやめてくださいよぉ!」
少々弄り過ぎたか。
そう思っていた霊夢に、文のつぶやきが大きく飛んできた。
「持ちかえるなら、私は霊夢さんの方を攫いますってー」
「え?」
「あ」
しまった、といった風に口をふさぐ。
霊夢がそそそ、と少しばかり距離を取る。
「じょ、冗談ですよ」
「そんな分かりやすい反応して後に弁解されても信用ないわよ」
そんなぁ~、と悲しそうな顔をする。
「まぁ、アンタなんかに連れ去られるなんてまっぴらごめんだけどね」
「………」
ふっと文の顔が素に戻った。
「それは『私には捕まえられない』という意味なのでしょうか?」
何か変なところを踏んだのだろうか、と不穏な雰囲気を感じ取る霊夢。
「そんなところかしらね」
霊夢はそっと札を手元に寄せた。
「そういえば霊夢さん。どうして私が本気を出さないか知ってますか?」
「『手加減してあげるから』って奴?」
「ええ」
「本気を出しても対等に勝負できる相手がいないから?」
「違いますね」
「さぁ。どこぞの魔法使いみたいに本気で負けたら悔しいから?」
「それでもないですね」
じゃあなんなのよ、と小さく悪態をついた。
「確かに昔ならそんな理由でしたが」
「……今は?」
刹那、文の羽が大きく動いた。
霊夢は札を投げるが、そこに文の姿はない。
「っ!」
「ふふっ」
いつの間にか反対側に回った文がニヤリと笑い、霊夢を突き飛ばした。
縁側から立っていたはずの霊夢の体は、札を手にしていた左腕もろとも床に押し付けられる。
「いっ……!」
最悪だ、と霊夢は唇をかんだ。
どうやら左肩が外れたようで、全く動かない。
「ああ、すみません。ちょっと加減を間違えてしまいました」
霊夢は抜けだそうとするが、体が動かない。
腕も体も同じような細さのくせに力が段違いだ。
「これでも私は妖怪、天狗ですよ?鬼には劣りますが、力は人間の非じゃありません」
「……何のつもり?」
あくまで睨み返す霊夢。
夏の太陽が羽と体に遮られ、逆光が文の顔を隠して見えなくなる。
「私は人間を追い続けるのと同時に、博麗の巫女を追い続けた」
蹴り上げようとする足は全て抑えられた。
すべすべした脚が、霊夢の足を抑えながら器用に割り込んでくる。
「もちろん貴方の事もずっと見てきた」
いつもの口調から素の言葉遣いへと変わっていく。
「そして、情を持ってしまった」
黒い翼が2人を包み込むように広がった。
「……私はね、霊夢」
互いの顔が、鼻の先まで迫る。
「ずっと、あなたを攫いたいと思っていたの」
右手が霊夢の顔を撫でる。
「私が本気を出すのはその時だけ」
「……私が抵抗した時、全力で叩きのめして攫う為?」
「それもいいけどね」
ぎゅっと握った霊夢の手をやさしく解いていく。
「やはり相手は博麗霊夢、気にかけている妖怪も多いのよ」
「妖怪に気にかけられるなんて真っ平ごめんなんだけど」
「面白い巫女よね、あなたは。そういうあなただからこそ私は惹かれたんだわ」
くすっと文が笑う。
「紫や萃香が黙っちゃいないわよ?」
きっとそれだけじゃない。
魔法の森や紅魔館や冥界、あげたらキリがないほどに追手がやってくるだろう。
「そのために隠し続けてきた本気。目に物見せてやるわ」
「あら、あんたあの二人と相性最悪じゃない。大丈夫なの?」
「あなたがいてくれたら、きっとできるわ」
「あら頼もしい。カッコつけちゃって」
つられて霊夢も笑った。
「でもちょっと見直したわ、文」
「それじゃあ、私にさらわれてくれる?」
「それはダメ」
「あら残念」
文がはぁ、とため息をついた。
同時に拘束を解く。
「……力ずくで攫うんじゃなかったの?」
「あれ?無理矢理のほうがお好きなんですか?」
「違うわよ」
「じゃあまたの機会にします。なんか冷めちゃいました」
ほら肩入れましょう、と霊夢を起こす。
少し荒々しいかったものの、鈍い音とともに慣れた手つきで肩が入った。
「どうですか?」
「やけに手馴れてるのね」
「ははは……」
「ふむ……違和感はないわね」
ぐるぐる腕を回してちゃんとくっついているかどうかを確認する。
そしておもむろに文に肩を回した。
「つかまえた」
「へ?」
バチン!と背中が叩かれる。
何かが張り付けられた、そんな気がした。
「あ、あれ?霊夢さん……?」
力が出ない。
それは、なんかおぼえのある感覚。
「どう、本気出せる?」
「ちょ、なんですか!?」
「とっておきの御札よ」
霊夢は、そのまま力の抜けた文を軽々と押し倒した。
先と立場が逆転した態勢した状態だ。
「あんたなんかに攫われるなんてまっぴら」
ずいずいと顔を近づけていく霊夢。
その素は押しに弱いのか、文の顔が引きつり始める。
「え、えっと……チ、チルノさんもいますし……」
「あの子はどうせ、起こされるまで寝てるわよ。あんたは心配しなくていいから」
「私はね、主導権を握られるのが大嫌いなだけなのよ」
目と鼻の先まで顔が近づく。
そして文の上にまたがり、ぺろっと舌なめずりをした。
「さて、鴉を飼うならまず躾からよね」
本気を出さない鴉はどんなお味なんでしょうか?