「うう……」
気だるい朝を迎えた。
昨日は宴会があったはずだが、何があったのか全く思い出せない。
お酒には自信があったのだが鬼にでも呑まされてしまったか。
手帳を見ても特にめぼしいネタはないところを見ると宴会で大した事はなかったのだろう。
気を取り直して今日も何か新聞記事になるネタがないかと幻想郷を飛ぶ。
とりあえずは神社に向かう。
あの神社の巫女は幻想郷の人妖なら誰もが気になる人気人物なので、記事になるようなネタを逃してはならない。
わずか数分の空の旅を終えて、私は境内に降り立ち、巫女の姿を探す。
目的の人物は縁側でお茶をしていた、しかしその表情はどこか鬱陶しそうだ。
それは私が来たからではない。
なぜなら私が来たことはまだ気づかれていないからだ……たぶん。
巫女の方に近づき、挨拶をすると一瞬さらに鬱陶しそうにしたが少し綻んだ顔を見せた。
私も縁側に腰掛けようとしたところで気づく。
お茶がもう一つ用意されているのだ。
もちろん私の分ではない。
いくらこの巫女が勘が良いからといっても、先にお茶を用意するということはありえない。
(というか、こうして挨拶した後であってもお茶が出てこないなんてことも珍しくない)
つまり他に誰か来ているというわけで……
「おまたせ」
と、背後に人形を携えた魔法使いが現れた。
「うげっ、アリスさん」
「いきなり随分なご挨拶ね」
私はすぐにこの状況に気付けなかった自分を呪った。
この魔法使いも別の意味で注目人物。
新聞のネタにはかかせない人物だったのだが、それは少し前までの話――
「ああ、私は外せない用事があるので」
「まぁそう言わず聞いていきなさいよ」
「いや、遠慮しておきま――」
「文」
「――はい」
アリスだけが相手なら持ち前のこの最速最高スピードで余裕綽々で立ち去ることが出来たのだが、霊夢さんの有無を言わせない威圧の前に動くことができない。
そうして私はアリスの話を聞くことになったのだった。
……
…………
「それで、魔理沙がね」
もうこのフレーズ何度聞いただろう。
いつの間にかアリスさんは魔理沙と相思相愛になったらしく、事あるごとにこうして惚気話を聞かせてくるようになった。
そりゃあ私も最初はこれはいいネタが出来たと記事にもしてたけど、こう毎度のようにされると参ってしまう。
私が来たことで霊夢さんが綻んだ顔を見せたのはこれが理由だった。
惚気話を一人で聞くのはつらいからだ。
「今日、魔理沙が朝おはようって起こしてくれたのよ」
「うん、うん」
いつも先に起きた方が起こしてるよね……
……
…………
「それで気持ちいい目覚めした後に居間にいくと、魔理沙が朝食を作ってくれてたの。何を作ってくれたと思う? オムライスよ」
「へ、へぇ~それは美味しそうですね」
「しかも、ケチャップで『愛』って書いてあるの。きゃー!」
もう爆発すればいいのに。
……
…………
「それで魔理沙の髪の匂いがいつもと違うなと思ったら、私のトリートメント使ったみたい。
いつもは何でもいいよって言ってたんだけど、自分のがなくなったから使ったんだって。
やっぱり魔理沙もおしゃれに気を使うべきなのよ」
「……」
……
…………
「あ、そろそろ魔理沙がお腹空かせてる頃だから帰るわね」
魔理沙さんはペットか何かなんですか? とは突っ込まない。
突っ込めば突っ込むだけ魔理沙の話が倍増されて返ってくるだけだからだ。
こうして数時間に及ぶ魔理沙トークから解放されたのだった。
「はぁ、やっと終わったわ」
「長かったですね。ええと魔理沙さんが朝おはようと起こしてくれた話と」
「振り返らなくてよろしい。というかよく覚えてるわね」
「一応記事になるネタないかなと」
「それで、あったの?」
「聞かなくてもわかってるくせに」
何も目新しい話はなかった。
仮にそういう話があったとしても、誰にでもそういう話をしているらしいので記事にする意義も薄い。
「それじゃあ霊夢さん、私も帰りますね」
今日もネタがなかった。
いったい何のために神社に行ったのか頭を抱えた。
……
…………
………………
――――別の日――――
異変を解決した、という報せが入った。
これは久しぶりにいい記事が書けそうだと意気揚々と巫女の所に行ったが
「解決したのは私じゃないのよね」と言う。
お気の毒にと言いたげな表情を見るに、そういうことなのだろう。
異変解決は巫女の仕事じゃなかったんですか、霊夢さん!
霊夢さんが解決していないということはもう一人の方ということになるわけで非常に気乗りしない。
しかし、記事のためには行かざるを得ないこのジレンマ。
前もこういうことがあった気がする。
……
…………
………………
悶々としながら私は魔法の森にある家の戸を叩く。
「お、文か。いいところに来た」
顔を出すは人間の魔法使いの魔理沙さん。
彼女の言ういいところは良かった試しがない。
「ああー、今日は異変について聞きたくて」
上がっていけという魔理沙さんに対して私は玄関先で応じる姿勢を見せる。
別に長々と話をするつもりはなかった。
「異変か。そうだな今回のはアリスの人形が大活躍だったぜ」
アリスという名前を聞いて若干顔を引きつりそうになってしまった。
落ち着け大丈夫、まだ始まっていない。
「最初調子悪かったんだよ。よろけた所に敵の攻撃を受けそうになったんだが、人形が前に出て自爆してさ。身を挺して守ってくれたんだぜ。さすがアリスの人形だと思った」
「ふむふむ、そうして異変の黒幕の所まで行けたと。それで?」
私は慎重に続きを促す。
「最終的にはそうなんだがそう急かすなって。あの場面で人形はなくなってしまったけど、あれで目が覚めたね。そこからは私の大活躍だよ」
「ほう! 魔理沙さんの活躍劇、私、気になります」
「そもそもあれだけ奮闘出来たのはな、今朝の朝食がアリスが作ったからだと思うんだ」
あ、だめだ。これ不味いパターンだ。
「なぁ、文知ってるか? アリスはな」
「ああ、わかってます! わかってます! それでは失礼します!」
全速力でその場から離れる。
だから気乗りしなかったのだ。
そう、彼女はアリスさんと同じで会う度に相方のことばかり話すのだ。
結局大した情報は得られなかったが仕方ない。
これは予想内のことだ。
異変が解決されたとなれば、じきに宴会がはじまるだろう。
その時に首謀者にでも聞いてみよう。
……
…………
………………
――――宴会にて――――
いつものように博麗神社で人妖が集まり、杯を交わす。
今宵の主役はなんといっても異変の首謀者。
私も新聞記事のため、話を伺いたかったのだが。
「お前に見せたあの魔法な、実はアリスのアイデアなんだ」
「もう、魔理沙ったら!」
うわぁ。もう捕まっちゃってるよ。
その首謀者のところには熱く今回の魔法について語る魔理沙さんとそれを聞いて顔を真っ赤にするアリスさんがいた。
首謀者さんも困惑の表情を隠せていない。
せめて名前くらいでも聞けたらと思うのだが、あの二人に割って入るなど残機がいくつあっても足りないので諦めざるを得ない。
しかし、これが続くと異変が起こっても私は記事が書けない。
なんとかして二人を引き離せないかとあたりを見回すと、見知った天邪鬼の妖怪がいた。
そうだ、その手があったか。
「正邪さん、お久しぶりです」
ん、と返事が来る。
「あの二人、仲良いですよねぇ……そういえば正邪さんはなんでも反対にする能力をお持ちなんですよね?」
「持ってはいるが、それと何の関係が?」
「もしあの二人の関係が逆になったら、面白いと思いません? それこそ幻想郷がひっくり返るくらいの事になると思うのですが」
幻想郷をひっくり返すという言葉に眉がぴくっと反応したのを見逃さず、私は続ける。
「はは、そうなったら困りますよね。今の話は聞かなかったことにしてください」
それに対して正邪はにたぁと含みを持った笑顔になっていた。あと一押しだ。
「や、やらなくていいんですよ?」
「もう遅い」
天邪鬼の考えていることはわかりやすい。
正邪の右手から光が走る。
目の前の景色が歪み、ぐるぐる回る。
そのまま意識が深く暗いところに堕ちて行った。
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気だるい朝を迎えた。
昨日は宴会があったはずだが、何があったのか全く思い出せない。
お酒には自信があったのだが鬼にでも呑まされてしまったか。
手帳を見ても特にめぼしいネタはないところを見ると宴会で大した事はなかったのだろう。
気を取り直して今日も何か新聞記事になるネタがないかと幻想郷を飛ぶ。
とりあえずは神社に向かう。
あの神社の巫女は幻想郷の人妖なら誰もが気になる人気人物なので、記事になるようなネタを逃してはならない。
わずか数分の空の旅を終えて、私は境内に降り立ち、巫女の姿を探す。
目的の人物は縁側でお茶をしていた、しかしその表情はどこか鬱陶しそうだ。
それは私が来たからではない。
なぜなら私が来たことはまだ気づかれていないからだ……たぶん。
巫女の方に近づき、挨拶をすると一瞬さらに鬱陶しそうにしたが少し綻んだ顔を見せた。
私も縁側に腰掛けようとしたところで気づく。
お茶がもう一つ用意されているのだ。
もちろん私の分ではない。
いくらこの巫女が勘が良いからといっても、先にお茶を用意するということはありえない。
(というか、こうして挨拶した後であってもお茶が出てこないなんてことも珍しくない)
つまり他に誰か来ているというわけで……
「おまたせ」
と、背後に人形を携えた魔法使いが現れた。
「うげっ、アリスさん」
「いきなり随分なご挨拶ね」
私はすぐにこの状況に気付けなかった自分を呪った。
この魔法使いも別の意味で注目人物。
新聞のネタにはかかせない人物だったのだが、それは少し前までの話――
「ああ、私は外せない用事があるので」
「まぁそう言わず聞いていきなさいよ」
「いや、遠慮しておきま――」
「文」
「――はい」
アリスだけが相手なら持ち前のこの最速最高スピードで余裕綽々で立ち去ることが出来たのだが、霊夢さんの有無を言わせない威圧の前に動くことができない。
そうして私はアリスの話を聞くことになったのだった。
……
…………
「それで、魔理沙がね」
もうこのフレーズ何度聞いただろう。
いつの間にかアリスさんは魔理沙と相思相愛になったらしく、事あるごとにこうして惚気話を聞かせてくるようになった。
そりゃあ私も最初はこれはいいネタが出来たと記事にもしてたけど、こう毎度のようにされると参ってしまう。
私が来たことで霊夢さんが綻んだ顔を見せたのはこれが理由だった。
惚気話を一人で聞くのはつらいからだ。
「今日、魔理沙が朝おはようって起こしてくれたのよ」
「うん、うん」
いつも先に起きた方が起こしてるよね……
……
…………
「それで気持ちいい目覚めした後に居間にいくと、魔理沙が朝食を作ってくれてたの。何を作ってくれたと思う? オムライスよ」
「へ、へぇ~それは美味しそうですね」
「しかも、ケチャップで『愛』って書いてあるの。きゃー!」
もう爆発すればいいのに。
……
…………
「それで魔理沙の髪の匂いがいつもと違うなと思ったら、私のトリートメント使ったみたい。
いつもは何でもいいよって言ってたんだけど、自分のがなくなったから使ったんだって。
やっぱり魔理沙もおしゃれに気を使うべきなのよ」
「……」
……
…………
「あ、そろそろ魔理沙がお腹空かせてる頃だから帰るわね」
魔理沙さんはペットか何かなんですか? とは突っ込まない。
突っ込めば突っ込むだけ魔理沙の話が倍増されて返ってくるだけだからだ。
こうして数時間に及ぶ魔理沙トークから解放されたのだった。
「はぁ、やっと終わったわ」
「長かったですね。ええと魔理沙さんが朝おはようと起こしてくれた話と」
「振り返らなくてよろしい。というかよく覚えてるわね」
「一応記事になるネタないかなと」
「それで、あったの?」
「聞かなくてもわかってるくせに」
何も目新しい話はなかった。
仮にそういう話があったとしても、誰にでもそういう話をしているらしいので記事にする意義も薄い。
「それじゃあ霊夢さん、私も帰りますね」
今日もネタがなかった。
いったい何のために神社に行ったのか頭を抱えた。
……
…………
………………
――――別の日――――
異変を解決した、という報せが入った。
これは久しぶりにいい記事が書けそうだと意気揚々と巫女の所に行ったが
「解決したのは私じゃないのよね」と言う。
お気の毒にと言いたげな表情を見るに、そういうことなのだろう。
異変解決は巫女の仕事じゃなかったんですか、霊夢さん!
霊夢さんが解決していないということはもう一人の方ということになるわけで非常に気乗りしない。
しかし、記事のためには行かざるを得ないこのジレンマ。
前もこういうことがあった気がする。
……
…………
………………
悶々としながら私は魔法の森にある家の戸を叩く。
「お、文か。いいところに来た」
顔を出すは人間の魔法使いの魔理沙さん。
彼女の言ういいところは良かった試しがない。
「ああー、今日は異変について聞きたくて」
上がっていけという魔理沙さんに対して私は玄関先で応じる姿勢を見せる。
別に長々と話をするつもりはなかった。
「異変か。そうだな今回のはアリスの人形が大活躍だったぜ」
アリスという名前を聞いて若干顔を引きつりそうになってしまった。
落ち着け大丈夫、まだ始まっていない。
「最初調子悪かったんだよ。よろけた所に敵の攻撃を受けそうになったんだが、人形が前に出て自爆してさ。身を挺して守ってくれたんだぜ。さすがアリスの人形だと思った」
「ふむふむ、そうして異変の黒幕の所まで行けたと。それで?」
私は慎重に続きを促す。
「最終的にはそうなんだがそう急かすなって。あの場面で人形はなくなってしまったけど、あれで目が覚めたね。そこからは私の大活躍だよ」
「ほう! 魔理沙さんの活躍劇、私、気になります」
「そもそもあれだけ奮闘出来たのはな、今朝の朝食がアリスが作ったからだと思うんだ」
あ、だめだ。これ不味いパターンだ。
「なぁ、文知ってるか? アリスはな」
「ああ、わかってます! わかってます! それでは失礼します!」
全速力でその場から離れる。
だから気乗りしなかったのだ。
そう、彼女はアリスさんと同じで会う度に相方のことばかり話すのだ。
結局大した情報は得られなかったが仕方ない。
これは予想内のことだ。
異変が解決されたとなれば、じきに宴会がはじまるだろう。
その時に首謀者にでも聞いてみよう。
……
…………
………………
――――宴会にて――――
いつものように博麗神社で人妖が集まり、杯を交わす。
今宵の主役はなんといっても異変の首謀者。
私も新聞記事のため、話を伺いたかったのだが。
「お前に見せたあの魔法な、実はアリスのアイデアなんだ」
「もう、魔理沙ったら!」
うわぁ。もう捕まっちゃってるよ。
その首謀者のところには熱く今回の魔法について語る魔理沙さんとそれを聞いて顔を真っ赤にするアリスさんがいた。
首謀者さんも困惑の表情を隠せていない。
せめて名前くらいでも聞けたらと思うのだが、あの二人に割って入るなど残機がいくつあっても足りないので諦めざるを得ない。
しかし、これが続くと異変が起こっても私は記事が書けない。
なんとかして二人を引き離せないかとあたりを見回すと、見知った天邪鬼の妖怪がいた。
そうだ、その手があったか。
「正邪さん、お久しぶりです」
ん、と返事が来る。
「あの二人、仲良いですよねぇ……そういえば正邪さんはなんでも反対にする能力をお持ちなんですよね?」
「持ってはいるが、それと何の関係が?」
「もしあの二人の関係が逆になったら、面白いと思いません? それこそ幻想郷がひっくり返るくらいの事になると思うのですが」
幻想郷をひっくり返すという言葉に眉がぴくっと反応したのを見逃さず、私は続ける。
「はは、そうなったら困りますよね。今の話は聞かなかったことにしてください」
それに対して正邪はにたぁと含みを持った笑顔になっていた。あと一押しだ。
「や、やらなくていいんですよ?」
「もう遅い」
天邪鬼の考えていることはわかりやすい。
正邪の右手から光が走る。
目の前の景色が歪み、ぐるぐる回る。
そのまま意識が深く暗いところに堕ちて行った。
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