「うう……」
昨日は宴会だったはずだが、どうやって家に帰ってきたのか思い出せない。
これがよく人間たちが言っている呑みすぎで翌朝記憶がないというやつなのか。
鬼ほどではないとはいえ呑める自信があったんだけど。
まぁ昨日何があったかなんて取材を始めればわかることだ。
今日も何か新聞記事になるネタを探しに幻想郷を飛ぶ。
とりあえずは神社に向かう。
宴会があったならまだ誰か潰れて残っているかもしれないし、
たとえ皆帰ってしまっていたとしても、あの神社の巫女は幻想郷の人妖なら誰もが気になる注目人物。
彼女に関するネタを逃してはならない。
わずか数分の空の旅を終えて、私は境内に降り立ち、巫女の姿を探す。
目的の人物は縁側でお茶をしていた。
その表情から若干の疲れが溜まっているようにも見える。
巫女の方に近づき、挨拶をすると嫌そうな表情をしてシッシッと帰れというジェスチャーをした。
帰れと言われて『はい、帰ります』では記者としてやっていけないので当然無視。
私も縁側に腰掛けようとしたところで気づく。
湯呑が二つあるのだ。
一つは巫女のもの、そしてもう一つはもちろん今来た私の分ではない。
一人で二つ使うなどということをするわけがないので、つまり他に誰か来ているというわけで……
「おまたせ」
「あ」
背後から現れた人形遣いの顔を見て思い出した。
そういえば正邪をそそのかしてアリスと魔理沙の関係を逆転させたんだった。
「アリスさんこんにちは。今日はいい天気ですねぇ」
以前ならば一刻も逃げ出したい状況だったが関係が変わり魔理沙、魔理沙と話を聞くこともなくなった今その必要はない。
「それで聞いてよ」
おそらく話の途中だったのだろう。
アリスも縁側に腰掛けて話し始める。
「それで、魔理沙がね……今日、魔理沙が朝おはようって起こしにきたのよ」
「うん……?」
「人がせっかく気持ちよく寝てるのによ? 信じられない!」
「いつも先に起きたほうが起こしてませんでしたっけ……?」
「あー、確かにそうかも。魔理沙が気持ちよく寝てたら起こしてやろうって気になるもの」
……
…………
「それで寝起き最悪だったんだけど仕方ないから起きて居間にいくと、朝食が用意されてたの」
「良かったじゃないですか」
「良いわけないでしょ! 他人の家の食材勝手に使って!」
「は、はぁ……」
「しかも何を作ったと思う?」
「オムライスですか?」
「そ、そうよ。オムライスよ。しかも、ケチャップで『変』って書いてあるの。変って何よ、変なのは魔理沙の方よ」
ここまで感情を爆発させたアリスは初めて見たと思った。
……
…………
「それで魔理沙の髪の匂いがいつもと違うと思ったら、私のトリートメント使ったのよ。いつもは何でもいいとか言ってたくせに、自分のがなくなったから勝手に私の使うとかありえない!
魔理沙がおしゃれに気を使うのは10年早いのよ。しかもその後もっと高級なトリートメント買って来てたし。むかつくから全部捨ててやったわ」
「……」
……
…………
「ああ、つい話込んでしまったわ。そろそろ帰るわね。魔理沙が来ても今日私が話してたことは内緒にしてよね」
よりにもよってそれを記者の私に言う? と思ったが、アリスから今までに感じたことのないような殺気が溢れていたので言葉を飲み込んだ。
こうして数時間に及ぶ魔理沙トークから解放されたのだった。
(変わってないじゃないですか!!!!)
アリスの姿が見えなくなり、心の中で叫んだ。
なんだあれは。
いや、確かに関係は変わっていたが惚気話が愚痴になっただけじゃないか。
「はぁ、やっと終わったわ」
「ずいぶん怒ってましたね。ええと魔理沙さんが朝起こしに来た話と」
「振り返らなくてよろしい。というかよく覚えてるわね」
なんか聞いたような話ばかりでしたし。
「一応記事になるネタないかなと」
「それで、あったの?」
「ちょっと記事にしようとは思わなかったですね」
私だって命は惜しい。
それに多分あの話は誰にでもしているだろう。
記事としての価値はない。
「それじゃあ霊夢さん、私も帰りますね」
今日もネタがなかった。
いったい何のために神社に行ったのか頭を抱えた。
……
…………
………………
――――別の日――――
異変を解決した、という報せが入った。
これは久しぶりにいい記事が書けそうだと意気揚々と巫女の所に行ったが、「解決したのは私じゃないのよね」と言う。
お気の毒にと言いたげな表情を見るに、そういうことなのだろう。
職務怠慢じゃないですか霊夢さん! 異変解決は巫女の仕事でしょう!?
霊夢さんが解決していないということはもう一人の方ということになるわけで非常に気乗りしない。
だって片方がああなっていれば、その相方の方も、ねえ?
しかし、記事のためには行かざるを得ないこのジレンマ。
ああ、悲しきかな我が習性。
……
…………
………………
恐る恐る私は魔法の森にある家の戸を叩く。
「お、文か。いいところに来た」
顔を出すは人間の魔法使いの魔理沙さん。
機嫌は特に悪くはなさそうだ。
しかし、彼女の言ういいところは良かった試しがない。
「ああー、今日は異変について聞きたくて」
上がっていけという魔理沙さんに対して私は玄関先で応じる姿勢を見せる。
別に長々と話をするつもりはなかった。
「異変か。そうだな今回のはアリスの人形がな」
アリスという名前を聞いて若干顔を引きつりそうになってしまった。
いや、まさかやっぱりそうなんですかね。
「私は最初調子悪かったんだよ。敵の攻撃も当たりそうになってさ。するとそれを好機と見たのか突然人形が目の前に来て自爆しやがった。身を捨てて迫ってくるんだぜ。さすがアリスの人形だと思った」
「それは災難でしたね……でも異変の黒幕の所まで行けたと。それで?」
私はさっさと続きを促す。嫌な予感がするからだ。
「最終的にはそうなんだがそう急かすなって。いやぁあの爆発で目が覚めたね。油断したらやられるって。そこからは私の大活躍だよ」
「それじゃあ逆に言えばアリスさんのおかげってわけですね」
「は? 何言ってるんだ。そもそもあれだけ最初調子悪かったのはな、今朝の朝食がアリスが作ったからだと思うんだ」
あ、だめだ。やっぱり変わってない。
どこかで見たパターンだ。
「なぁ、文知ってるか? アリスはな」
「ああ、わかりました! わかりました! それでは失礼します!」
「お、おい!」
全速力でその場から離れる。
だから気乗りしなかったのだ。
そう、アリスが魔理沙の話をやめてなかったということは、魔理沙も同様でアリスの事ばかり話すのは当然の事で予想ど真ん中。
悪い意味で期待を裏切ってくれなかった。
しかし異変が解決されたのは事実。ということはすぐに宴会がはじまるだろう。
異変の事はその時に首謀者にでも聞いてみよう。
……
…………
………………
――――宴会にて――――
いつものように博麗神社で人妖が集まり、杯を交わす。
今宵の主役はなんといっても異変の首謀者。
私も新聞記事のため、話を伺いたかったのだが。
「お前に通じなかったあの魔法な、実はアリスのアイデアなんだ」
「はぁ? 私の魔法真似しておいてその有様とか魔理沙センスなさすぎんのよ!」
うわぁ。さっそく始まってるよ。
その首謀者のところには淡々と今回使った魔法について語る魔理沙さんとそれを聞いて顔を真っ赤にするアリスさんがいた。
首謀者さんもウンザリした表情を隠せていない。
せめて名前くらいでも聞けたらと思うのだが、あの二人に割って入るなど残機がいくつあっても足りないので諦めざるを得ない。
結局私は記事が書けないのか。
うーん、どうしたものかとあたりを見回すと、見知った天邪鬼の妖怪がいた。
「正邪さん、二つ聞きたいことが」
返事は来ない。
まぁいい、無言は肯定というのが取材の鉄則だ。
「本当に能力使ったんですか?」
「さあね」
「……もし今のあの二人の関係を逆にしたら、もとに戻るんですかね」
「……」
「いや、どっちでも同じか。今の質問は聞かなかったことにしてください」
仲が良かろうと悪かろうと結局二人は互いの事しか見えてないのだ。何も変わらない。
これからどうするか思案していると、正邪の左手から光が発し始める。
「や、やらなくていいんですよ?」
事実上逆にすることが出来ないと言われて意地になったのか。
はたまた、ただの気まぐれか。
天邪鬼の考えていることはわかるようでわからない。
目の前の景色が歪み、ぐるぐる回りはじめる。
そのまま意識が深く暗いところに堕ちて行った。
少し読めばオチも分かるのに、それでも笑ってしまいました。
末永く爆発していればいいと思う