Coolier - 新生・東方創想話

阿求と小鈴の何でもない一日

2014/10/23 00:24:36
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 阿求の機嫌がすこぶる悪い。
 今日は初めから良くない日だと思っていた。分厚い雲が日光を遮っているから地上全部が薄暗い。風が少し吹いていたがそれも生ぬるくて気持ちが悪い。そして何より私の寝癖がひどいのである。どれだけ櫛でとかしても、ひと房だけ上に跳ね上がって鬱陶しいことこの上ない。へそを曲げたいのは私の方だと思う。
 何故こんなにも阿求が不機嫌なのかは私にも分からない。寝癖をなでつけながら彼女に家に遊びに行ったら、既にこうだった。よほど不愉快なことがあったのだろうが、詮索すると噛み付かれそうな雰囲気なので何もしない。触らぬ神に祟りはないのである。
 彼女の部屋は平生と何の変わりもなく、本棚も文机も座布団もちゃんとしてある。何か阿求の機嫌を損ねた原因があるかと思ったけれど、パッと見る限りではそのようなものは見当たらない。不機嫌の原因は部屋にはないらしかった。
 そうやって私が色々と見ている間にも阿求はイライラしているようである。イライラしながら文机の前に座り込んで書き物をしているが、その苛立ちが筆運びに大きな影響を与えている。もはや書くというよりも斬ると言う方が適している大雑把さで、筆をぐいぐい動かす。やり方が乱暴だから墨があちこちに飛んで汚い。正面に座る私のところにまでぽつぽつ飛んでくるのだから堪らない。
 このまま放置していたら私の服が墨まみれになってしまうから、何とかして阿求の機嫌を取らねばいけなくなった。仕方がないので私は、「どうしたの阿求、そんなに怒って」とおっかなびっくり話しかけてみた。もはや寝癖を気にしている場合ではない。
 声をかけられた阿求はこちらをじろりと見て「ああん?」と唸るようにして返事をした。およそ婦女子らしからぬドスの効いた声に内心恐怖を感じたが、ここで引いても面白くない。私は追求を続けた。

「だから、何でそんなにご機嫌斜めなのかって聞いてるの」
「小鈴には関係ない」
「そう言わずに」
「関係ないったら関係ない」

 いくら話しかけても筆を休めずに突っぱねられる。私は、曇った空や生ぬるい風や思い通りにならない髪やらと相まって、段々と腹立たしくなってきた。そっちがその気ならこちらにも考えがあると、私は目に力を入れて阿求を睨みつけてやった。
 しかし阿求は私の方ををちらとも見ずに書き続けているから、全くもって睨みがいがない。無駄なことに力を注いでいるこちらのほうが馬鹿みたくなって、胸にあった怒りがしぼんでしまった。しょうがないから、私は阿求を睨みつけるのをやめてやった。結果だけ見ると私が独りで喧嘩をして負けたような形である。
 そして睨むのをやめたら、何故だか急に阿求が何を書いているのかが気になりだした。彼女は先程から横帳をめくりめくり不断不休で書き続けている。何をそんなに必死になっているのか想像しかねて、とうとうその仕事をこっそり覗いてやろうと思いだした。私は音を立てないようおもむろに立って、阿求の前にある文机に近づいた。
 立ったまま覗き込むようにして彼女の書き物を見てみると、そこには猛烈な勢いの、呪うような文字があった。乱れているから判読しにくいが、分かるだけでも「巨乳死すべし」「絶壁に栄えあれ」「すもーるいずびゅーてぃふる」等と書かれている。これは何だと戦慄していると、私に気がついたらしい阿求がこちらを見た。顔に墨が付いている。その目は血走っていて、いつもの知性の光はどこかに失せていた。私は思わず「ひっ」と情けない声を上げてしまった。

「見たわね……」

 阿求は言った。その声には暗く恐ろしい響きがあった。そしてそれを聞いた私の頭の中では目まぐるしく昔が思い出されていた。初めて阿求と会った日、初めて店番をした日、初めて手にとった妖魔本。それらの記憶が次々と再生され、そして流れるように過ぎ去っていく。記憶が現代に追いついたあたりで、私は「ああ、これが走馬灯なのだな」と思い至った。
 死んだような思いで立っている私を、阿求はしばらくじっと見つめていたが、そのうちに目が潤いだして、ついに「こすずー……」と泣きそうな声を出した。全く突然である。泣きそうなのはこちらなのに、私が泣く前に何故か阿求が泣き出してしまった。混乱する私に、文机を踏み越えてきた阿求が抱きついてきて、さらにわんわん泣いた。涙が服に染み込んで消えた。私はどうすることもできず、ただただ阿求が泣き止むのを待った。



「悔しかったの」と阿求が言った。
 彼女が泣き止むまで辛抱強く待った私は、何故不機嫌だったのか、何故泣くに至ったのかを聞いた。阿求曰く、今日の早いうちに慧音さんが来た。彼女は稗田家が所有する里の歴史を記した本を借りに来たらしい。阿求がそれを快く了解した後も彼女はここに留まって、二人で色々話をした。そうしていると慧音さんが頻繁に自らの肩を揉むようにする。阿求が「どうしたんですか」と訊くと、慧音は「胸が大きいと肩が凝っていけない」と言った。阿求はそこで頭が真っ白になって、次に気が付いた時には慧音さんはもう帰っていた。

「慧音さん私を馬鹿にしてた。目が哀れんでた、目が蔑んでた!」
「阿求落ち着いて!」
「あんなひどい言葉、阿礼乙女九代の歴史の中でも初めてに違いないわ!」

 話しているうちに阿求が興奮して、やたらと大きな声を出した。自ら存在意義として自負する阿礼乙女の歴史を持ち出すほど、彼女は腹が立ったらしい。騒ぎを聞きつけて稗田の女中さんがやってきたけれど、大丈夫ですと言って私が追い返した。
 体の弱い阿求は一通り声を上げてから、疲れたように畳の上にへたれこんだ。もう先ほどのおかしな様子はない。どうやら暴れて気分が落ち着いたらしかった。
 私はへたれこんだ阿求を見て、「さてどうしようかな」と思った。話を聞く限り、今回の件は阿求の被害妄想で自業自得である。冷静に考えてみれば、多分慧音さんに悪意はなかったのだろうと思い至る。どうしたのと聞かれたから答えただけであって、決して胸のない阿求を嘲笑う意図はなかったはずである。私はそのように阿求に伝えた。
 私の話を聞いた阿求は疲れたように言った。

「そうね、冷静に考えれば分かることだったわ」
「そうでしょうとも」
「でも許せなかったのよ。あの言葉を聞いて、何だか胸のない人たちを、私や小鈴を馬鹿にされたような気がして……」
「喧嘩を売ってるの?」

 阿求は私をさりげなく貧乳一派に巻き込もうとした。まったくもって無礼千万である。彼女は不愉快そうにする私のある一部分を見た。そして自分の一部分と比べた後にふっと微笑み、「私たちは親友よ」と言った。そろそろ一撃見舞っても許されるのではないかと思う。
 歯を食いしばって怒りを押さえ込んでいる私に、阿求は「胸を気にするのはもうやめるわ」と言った。そして文机の上にある横帳を屑籠に放り込み、「話を聞いてくれてありがとう、親友」と言って笑った。私は毒気を抜かれてしまったから、肩をすくめて、「はいはいどういたしまして、親友」と言ってやった。
 ふと外を見てみると、空がきれいに晴れ上がっていた。風も凪いでいた。私は跳ねた寝癖を気にしながら、今日はいい日だったのかもしれないなと思った。



 後日、阿求が牛の乳を鯨飲して腹を下したという話を聞いた。胸は気にしないのでなかったのかと呆れたが、そういう賢いのに馬鹿な阿求を私は好ましく思う。そしてこれからも賢くて馬鹿なまま、私の親友でいてほしいと思う。
鈴奈庵読んでたらあきゅすずが書きたくなった。
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コメント



0.590簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷縁起に乳の大きさの項目も追加しようぜーw
3.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100非現実世界に棲む者削除
あっきゅんが橋姫になるのかと一瞬思ってしまった。
あきゅすずいいよねあきゅすず。
11.80名前が無い程度の能力削除
仲良き事は美しき哉……?
阿求も小鈴も、単に年齢相応なだけという気もしますが、
そこを考えると一気に切ない話になってしまいそうですね……。
12.80大根屋削除
賢いんだけど、黒くて、嫉妬深くて、自意識過剰な阿求らしいお話
そんな阿求が面白くて可愛いと思う(笑)
13.80名前が無い程度の能力削除
これはひどい
貧乳をバカにする巨乳は見つけ次第殺せ
17.80名前が無い程度の能力削除
成長性の有無がこの話を切なくさせるわー。
21.90名前が無い程度の能力削除
とても良い