「美鈴は私を食べる気は無いの?」
私の部屋で同じベッドに横になって向かい合う彼女に、言葉を一つ投げかけた。
「頂いているじゃないですか。さっきまでだって性的に」
「そうじゃないわよ! そうじゃなくって、食料としてよ。妖怪は人間を食べるものなんでしょう?」
私の話に、彼女は得心がいったというように頷いてみせた。
「妖怪は人間を食べる。それは確かに間違ってはいませんが、実は少し違います」
「どういうことかしら?」
「人間の恐怖心が妖怪の腹を満たすんです。ですから、人間の肉というものは一部の妖怪を除いては人間にとっての酒やたばこといった嗜好品と変わらない。食べることが生きることに必須というわけでは無く、食べなくても生きていけるんです」
この館に来て以来、初めて知った事実に軽く衝撃を受ける。
これまで私は紅魔館で働いていて、人間を捌くという事をしたことが無かった。
妖怪ばかりが住むここで働く以上、いつかは私自身がそれを行う事になると覚悟を決めていた。何時その時が来ても良いように密かにイメージトレーニングを繰り返す日々を送ってきたのだ。
それを思い出して何とも言えない気持ちになる。
「感情を持った生き物が最も恐怖を抱き易い瞬間ってどんな時だか分かりますか?」
「どんなって……ああ、そういうこと」
「分かりました?」
「根源的恐怖と言うのかしら。死ぬのは誰だって怖いものだもの」
「ええ、そして妖怪が人間から最もそれを引き出し易い手段が人喰いになるわけです」
「でも私、あなたがそんなことをしている姿なんて見たこと無いのだけど」
「そこは好みの問題になるのですが、人間の恐怖というものは妖怪にとっては最も美味な御馳走なんです。例えるなら塩胡椒で味を整えられた極上のステーキといったところでしょうか。だから妖怪は挙って人間を襲うんです。でも私はそんな妖怪の中でも悪食の類でして、恐怖を得られればその質なんて何でも良いんですよ。そしてそれが、私が門番をしている理由でもあるんですよ」
「それはつまりどういうこと?」
「人間以外の、つまりは妖怪や妖獣の類から得られる恐怖で十分なんです。質の悪いものばかりですが、私にはどうにも人間の恐怖なんていうものは胸焼けを起こすばかりで舌に合わないんですよ。最近は私が門番に立つだけで低級の妖獣等は恐怖を抱く様で、それだけで十分な腹の足しになっていますから」
「だったら今度から美鈴のご飯は抜きでもいいかしら?」
「え、いやそれは」
途端慌てた様子の彼女に吹き出す。
「冗談よ。そんなに心配しなくてもちゃんと作ってあげるわよ」
「もう、そういうのはやめてくださいよ。咲夜さんのご飯は美味しいですから、それが食べられなくなったら死んじゃいますよ」
小さく笑って美鈴の胸元に頭を寄せると、私の頭に温かな手が触れた。
その温もりに身を委ねて、更に話を続ける。
「悪かったわ。でも、そしたらあなたは私を食べる気は無いって事?」
「そうですね。食べる気はありません」
「それは残念ね」
「どうしてです?」
「正直に言うとね、私はあなたに食べられても構わないと思っているのよ。私はレミリアお嬢様のメイドで、死後私の身体はお嬢様方に食べて頂くつもりでいるわ。でもあなたは、こうして私と一緒にいてくれるあなたにも、少しくらい食べる権利を与えてあげるわ」
「まったく、酷い人ですね。私に惚れた相手を食べろと言いますか」
「あら、食べちゃいたいくらい愛してるって言うじゃない。それに、今直ぐというわけじゃないもの。その頃にはあなたと私の愛もすっかり冷えているかもしれないわよ」
「そんなことあるわけ無いじゃありませんか」
美鈴の腕が私の腰へと回される。その際に指先が背後を撫で上げてゾクリと身を震わせた。
「美鈴」
それに非難の視線を向けるが、彼女は素知らぬ顔だ。
「そんな寂しい事を言う人にはお仕置きです」
「うひぅ!」
思わず変な声が漏れた。
耳朶を痛くも無い絶妙な力加減で甘噛みされたら誰だって妙な声が出るというものだ。
離れようにも腰に回された腕に抑えられ逃げられず、涙目で美鈴を見れば実に楽しそうに口の端を持ち上げてみせた。
おのれ……。
「心変わりなんてさせませんよ。それに、もし仮に冷えてしまってもまた暖めてあげますから」
何も心配いりません、なんて言い切った彼女の言葉に顔どころか全身が熱くなる感覚を抑えられず、顔を隠すように再び胸元に押しつけた。
「……なら美鈴は何もいらないわけ?」
「そうですねえ……」
何かを考える様に言葉が途切れる。
「だったら、私は指を一本頂きます」
そうして暫くしてから、彼女は口を開いた。
その目は楽しそうに、そして幸せそうに細められる。
「それだけで良いの?」
「良いんですよ。左手の薬指一本。それだけは、例えお嬢様であっても渡しません」
そう言って美鈴は私の指先を撫でる。
その手に指を絡めて、私は静かに瞳を閉じた。
「ならその時はしっかり私を食べてよね、美鈴」
「私としてはそんな時は一日でも長く来ない方が良いですね」
そうして唇に触れる温かな感触と共に、眠りは思いの外早く訪れたのだった。
END
私の部屋で同じベッドに横になって向かい合う彼女に、言葉を一つ投げかけた。
「頂いているじゃないですか。さっきまでだって性的に」
「そうじゃないわよ! そうじゃなくって、食料としてよ。妖怪は人間を食べるものなんでしょう?」
私の話に、彼女は得心がいったというように頷いてみせた。
「妖怪は人間を食べる。それは確かに間違ってはいませんが、実は少し違います」
「どういうことかしら?」
「人間の恐怖心が妖怪の腹を満たすんです。ですから、人間の肉というものは一部の妖怪を除いては人間にとっての酒やたばこといった嗜好品と変わらない。食べることが生きることに必須というわけでは無く、食べなくても生きていけるんです」
この館に来て以来、初めて知った事実に軽く衝撃を受ける。
これまで私は紅魔館で働いていて、人間を捌くという事をしたことが無かった。
妖怪ばかりが住むここで働く以上、いつかは私自身がそれを行う事になると覚悟を決めていた。何時その時が来ても良いように密かにイメージトレーニングを繰り返す日々を送ってきたのだ。
それを思い出して何とも言えない気持ちになる。
「感情を持った生き物が最も恐怖を抱き易い瞬間ってどんな時だか分かりますか?」
「どんなって……ああ、そういうこと」
「分かりました?」
「根源的恐怖と言うのかしら。死ぬのは誰だって怖いものだもの」
「ええ、そして妖怪が人間から最もそれを引き出し易い手段が人喰いになるわけです」
「でも私、あなたがそんなことをしている姿なんて見たこと無いのだけど」
「そこは好みの問題になるのですが、人間の恐怖というものは妖怪にとっては最も美味な御馳走なんです。例えるなら塩胡椒で味を整えられた極上のステーキといったところでしょうか。だから妖怪は挙って人間を襲うんです。でも私はそんな妖怪の中でも悪食の類でして、恐怖を得られればその質なんて何でも良いんですよ。そしてそれが、私が門番をしている理由でもあるんですよ」
「それはつまりどういうこと?」
「人間以外の、つまりは妖怪や妖獣の類から得られる恐怖で十分なんです。質の悪いものばかりですが、私にはどうにも人間の恐怖なんていうものは胸焼けを起こすばかりで舌に合わないんですよ。最近は私が門番に立つだけで低級の妖獣等は恐怖を抱く様で、それだけで十分な腹の足しになっていますから」
「だったら今度から美鈴のご飯は抜きでもいいかしら?」
「え、いやそれは」
途端慌てた様子の彼女に吹き出す。
「冗談よ。そんなに心配しなくてもちゃんと作ってあげるわよ」
「もう、そういうのはやめてくださいよ。咲夜さんのご飯は美味しいですから、それが食べられなくなったら死んじゃいますよ」
小さく笑って美鈴の胸元に頭を寄せると、私の頭に温かな手が触れた。
その温もりに身を委ねて、更に話を続ける。
「悪かったわ。でも、そしたらあなたは私を食べる気は無いって事?」
「そうですね。食べる気はありません」
「それは残念ね」
「どうしてです?」
「正直に言うとね、私はあなたに食べられても構わないと思っているのよ。私はレミリアお嬢様のメイドで、死後私の身体はお嬢様方に食べて頂くつもりでいるわ。でもあなたは、こうして私と一緒にいてくれるあなたにも、少しくらい食べる権利を与えてあげるわ」
「まったく、酷い人ですね。私に惚れた相手を食べろと言いますか」
「あら、食べちゃいたいくらい愛してるって言うじゃない。それに、今直ぐというわけじゃないもの。その頃にはあなたと私の愛もすっかり冷えているかもしれないわよ」
「そんなことあるわけ無いじゃありませんか」
美鈴の腕が私の腰へと回される。その際に指先が背後を撫で上げてゾクリと身を震わせた。
「美鈴」
それに非難の視線を向けるが、彼女は素知らぬ顔だ。
「そんな寂しい事を言う人にはお仕置きです」
「うひぅ!」
思わず変な声が漏れた。
耳朶を痛くも無い絶妙な力加減で甘噛みされたら誰だって妙な声が出るというものだ。
離れようにも腰に回された腕に抑えられ逃げられず、涙目で美鈴を見れば実に楽しそうに口の端を持ち上げてみせた。
おのれ……。
「心変わりなんてさせませんよ。それに、もし仮に冷えてしまってもまた暖めてあげますから」
何も心配いりません、なんて言い切った彼女の言葉に顔どころか全身が熱くなる感覚を抑えられず、顔を隠すように再び胸元に押しつけた。
「……なら美鈴は何もいらないわけ?」
「そうですねえ……」
何かを考える様に言葉が途切れる。
「だったら、私は指を一本頂きます」
そうして暫くしてから、彼女は口を開いた。
その目は楽しそうに、そして幸せそうに細められる。
「それだけで良いの?」
「良いんですよ。左手の薬指一本。それだけは、例えお嬢様であっても渡しません」
そう言って美鈴は私の指先を撫でる。
その手に指を絡めて、私は静かに瞳を閉じた。
「ならその時はしっかり私を食べてよね、美鈴」
「私としてはそんな時は一日でも長く来ない方が良いですね」
そうして唇に触れる温かな感触と共に、眠りは思いの外早く訪れたのだった。
END
会話も文章も流れるようにスムーズですっと読み切ることが出来ました。
……そんな見え見えの壁に釣られクマー! ボコボコ(殴る音
面白かったです。
だが、それでいい
そして僕も食べてもらいたいです
先っぽだけ、先っぽだけでいいので!!
妖怪にとって親密な人間の肉を食べることも愛情表現の一つになるんでしょうね
口から砂糖が出そうです。
めーりん、咲夜さんをさらっちゃえ。
短い中にしっかりとしたストーリーがあると心地よいですね