悪趣味なくらい紅い外見の館も内装までは紅くない。せいぜい廊下に敷かれたカーペットくらいだ。その上等なカーペットのお陰で、足音の心配をせず歩きまわるれるのだから、そこは住民のセンスに感謝しよう。
私は壁に張り付くように立ち、そっと廊下の曲がり角の先を窺う。誰も見当たらないし、気配も感じられない。
よし、と私が一歩踏みだそうとした時、
「あらいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「ふへっ!?」
声がかけられると同時に、耳元に息を吹きかけられた。思わず跳ね上がる心臓と崩れ落ちる膝。
私は、変な声を出してしまったことを誤魔化すため、振り返って叫ぶ。
「さ、咲夜! なんで普通に話しかけてこないんだよ!」
すまし顔で私の背後に立つ咲夜は、さも当然と言った態度で応える。
「普通の客人なら普通にするわよ。貴方はどうなのかしら? ねえ、魔理沙」
「普通に正門から入ってきたって」
「本当?」
「本当だって。ああ、門番は寝ていたから、そのまま入ってきたけどな」
私がそう言うと、咲夜はため息をついた。どうして貴方が来る時は決まって寝ているのかしら、とぼやく彼女。さぁな、と私は適当に応える。
そんなことよりもだ。普通に正門から入ってきた以上、私は普通の客人なのだから普通にもてなすべきであろう。
「普通の客人がどうしてコソコソしていたのかは、聞いちゃ駄目なこと?」
「駄目だな。客人に込み入ったことを訊くのは行儀が良くない」
「じゃあ、そういうことにしておくわ」
咲夜は肩をすくめて言うと、右手を差し出す。私はその手をとって立ち上がる。
来なさい、と咲夜は視線で廊下の先を示した。
「関係ないことだけど、今日のパチュリー様は実験が上手く進んでなくて相当イラツイているみたいよ」
「へえ、そうなのか」
「ええ、鼠がいたらレアにされたかもね」
「そりゃあ怖いな」
「そうね。魔理沙には関係ないことだけど」
「ははは」
……行かなくて良かった。私は冷や汗を拭おうとして、それが出来ないことに気が付く。いや、左手を使えばいいのだけど、右手ではそれが叶わない。
何故かと言えば、咲夜が私の手を握りっぱなしだからだ。いつの間にか指まで絡めている。
「咲夜、なにこれ」
「……? 恋人つなぎ」
いや『そんなことも知らないの』みたいなリアクションを求めてはいない。私が求めていたのは『気が付かなかったわ、ごめんなさい』とかそういう……ってすごく恥ずかしいことを考えさせられているような。
振り解こうにも、圧迫感は感じないのに容易には離れない力強さを感じるというテクニシャン振り。なんて無駄な技術なんだ。
「嫌なの?」
「そういうんじゃなくてだな、落ち着かないんだよ」
言いつつも、私は曲がり角と廊下の間で視線を行ったり来たり繰り返す。まだ昼過ぎとは言え、レミリアやフランが起きていないとも限らない。こんなところを見られたら、しばらくはからかいのネタにされてしまう。
ふむ、と咲夜は考えるように顎に指を当てて言う。
「じゃあ、慣れればいいんじゃないかしら。そうすれば落ち着くわ」
「あー落ち着いた!すっげえ落ち着いたわー!」
違う、そうじゃない。そう言う代わりに半ばやけっぱちに落ち着いた宣言をする私。
もうなんでもいいから離してくれ。私のささやかな願いはしかし、
「落ち着いたなら、このままでも平気よね。じゃあ行きましょうか」
嬉しそうに微笑む咲夜の前に砕け散る。それに反抗する気力を失った私は、引きずられるように後に続いた。
◇
紅魔館に来ると、咲夜とはよく顔を合わせる。図書館に向かう途中だったり、図書館から逃げる途中だったり、稀に向こうから招かれたり。
顔を合わせた咲夜は、すまし顔だったり、呆れ顔だったり、嬉しそうだったりするが、どの顔をしていても、いつも自室に私を招いてくれる。
どうしてそんなことをしてくれるのか、と訊ねたことがある。いくら時間を操れても、体力は無限じゃないのだから私に構う暇はないだろう、と。
咲夜は、無言のまま微笑むだけで応えなかった。それ以来、訊ねようとしたことはない。気にはなったが、本人が言いたがらないのなら、無理に聞き出すこともない。招かれることに不満は一切なかったのだし。
だが、改めて訊ねてみたくなった。目の前に差し出されるショートケーキの刺さったフォークを前に、そう思わざるを得なかった。
「食べないの?」
「食べるよ。親からもらった立派な手で」
「ふぅん、そう」
私がそう言うと、咲夜はあっさりと手を引く。これには拍子抜けだ。なんやかんや理由をつけて食べさせてくると思ったのだが。
まあ、それならそれでいい。私は、フォークを手に取りショートケーキを一口サイズに切る――切れない。
「あら、最近のケーキは活きがいいのね」
「……これ作ったの咲夜だよな?」
「新鮮なケーキでしょ?」
「新鮮でもケーキは皿ごと瞬間移動なんてしない」
数十センチ横に移動したケーキを元の位置に戻そうとするが、それは一瞬で咲夜の目の前に現れる。
無言の視線で抗議をするが、咲夜はすまし顔のまま無視をする。そのやり取りはしばらく続いたが、先に視線を外したのは私だった。
「わかったよ。ありがたくメイド長自らに食べさせてもらえる名誉に与る」
渋々ながらの私の言葉に、咲夜は満足そうに頷いた。
口を開けて差し出されるケーキを受け入れる。まるでひな鳥だ。私は一人でも飛べるというのに、どうしてこんなことをするのか。とても美味しいというのが、更に憎らしい。
「いいじゃない。たまには年上に甘えても」
「度が過ぎる。このケーキよりも甘いんじゃないか」
「そうかしら? 姉妹とかなら普通だと思うけど」
「お前のとこのお嬢様はこんなことをしているのか?」
「どさくさに紛れてフォークを突き刺してる所は見たことあるわ」
さらっとそんなことを言う咲夜。それは家庭内暴力ではないだろうか。レミリアも色々と苦労しているらしい。
私は胸の内で同情していると、あらっ、と咲夜が声をもらす。
「どうした?」
「ほっぺた、クリームついてるわ。取ってあげるからじっとして」
「はっ? そんなわけないだろ」
私は一切ケーキに触れなかったし、さっきだってそのまま口に入ったのだから、頬にクリームがつく道理がない。
不思議に思いつつも、頬に手を伸ばす。何もないはずが、指にぬるっとしたものがついた。白いそれは間違いなくクリームであった。
「なんで……」
そこで私が気が付く。咲夜の目の前に置かれたケーキ。その天辺にあるはずの小さなクリームの山が一つなくなっていた。
そして目を離したのは一瞬でも、咲夜にはそれで十分だ。
「ああ、気のせいだったわ。残念ね」
「本音を隠す努力をしろ」
「なんのことかしら。わからないわ」
咲夜はあさっての方を向きながら言う。もう一度頬を触ると、クリームなんて全くなかった。もちろん気のせいだったわけではない。
「ところで魔理沙。貴方寝癖を帽子で隠しているでしょう」
「おおっと強引な話題転換。けど、よくわかったな」
確かに今日は髪を整えきるのが面倒だったから、帽子で誤魔化していたのだ。
そう言うと咲夜は、ふふん、と得意気に鼻を鳴らす。
「魔理沙のことならなんでもお見通しなの」
「…………あ、ああ。流石メイド長だな」
反応が遅れたのに他意はない。ただ、ちょっと嬉しかっただけだ。それだけなのに、どうして彼女の顔を見れないんだろう。
熱くなった顔を隠そうと帽子のつばに手を伸ばし、それが空を切る。
「なおしてあげる。じっとしてて」
振り向くと、いつの間にか後ろの回りこんでいた咲夜が帽子を取っていた。彼女の青い瞳と視線が交わり、先ほどの言葉がフラッシュバックする。
ぼっと顔から火が出るような感覚に、思わず私は帽子を引ったくるように奪い返し言う。
「大丈夫だから! 何もしなくていい!」
「あっ」
咲夜は、一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに笑顔を見せて、
「そう、ごめんなさい。余計なお世話だったわね」
その表情と言葉に胸が詰まる。それが取り繕った表情だってことくらい私でもわかる。
そして、それは私の本意ではない。
「咲夜っ」
席に戻ろうとする彼女の手を取る。廊下で触れた時よりも頼りなく感じるそれを、私はしっかりと握りしめた。
「魔理沙?」
「その、ただ驚いただけで……嫌だったわけじゃないから……」
しっかり目を見ながら。それが理想なんだろうけど、熱くなった顔を帽子で隠しながら言うのが私の精一杯だった。
それでも、言うべきことだから言うんだ。
「だから、お願い……します……」
俯いた視線の先には、塵一つ無い床しか見えない。一呼吸するだけで数分経過しているような感覚にとらわれる。
そっと、帽子が取られる。今度は抵抗せず、ゆっくりと顔を上げる。
「ん、わかった」
顔を合わせる前に、咲夜は短くそう言って私の後ろに回る。伝わっただろうか、と私が不安に思うのも束の間だった。
「って咲夜!?」
思わず上ずった声を上げてしまう私。だってそうだろう、いきなり後ろから抱きしめられたら誰だってそうなる。
息が止まってしまいそうになるくらい、咲夜は強く私を抱きしめると、耳元でささやく。
「……私、貴方みたいな可愛い妹が欲しかったの」
「えっ、はっ?」
「ここには私よりずっと年上しかいなかったから、甘えてくれる人がいて欲しかった」
「えーと……」
突然の発言と状況に混乱する頭を必死に動かし、今までの情報を整理する。
咲夜は、年上しかいない紅魔館で暮らしていたから誰かに甘えて欲しかった。可愛い妹が欲しかった。その対象が私だった。
要するに、お姉さんになりたかったということか?
「そうね、美鈴やお嬢様……美鈴みたいなお姉さんになりたかったの」
「おいなんで言い直した」
なんでやレミリア姉キャラやろ。
それを無視して咲夜は続ける。
「けど、魔理沙にそう言ったら怒るかもって思ってたから。『子ども扱いするな』って」
「……そうだな。じゃあ、何で今言うんだ?」
「今なら、許してくれると思って」
咲夜は身を乗り出し、私の顔を覗きこむ。私は、今度は顔を逸らさなかった。
「……それはずるくないか」
「そうね。でも、許してくれる?」
いつものようにすまし顔で訊ねる咲夜。しかし、その瞳は不安に揺れていた。
だったら、私の答えは決まっている。
「……出来のいい妹は、姉には逆らえないな」
「……うん、ありがとう」
安心したように微笑む咲夜が眩しくて、また顔が熱くなってきた。
だけど妹、か。気恥ずかしさはあるけど、悪い気はしない。けれど、いつかは対等な関係になりたい。姉ばかりに頼るわけにはいかないのだから。
そう言うと、咲夜は首を傾げて言う。
「対等な関係って、恋人?」
「いやそれは話が飛びすぎだろ」
「嫌? 私はそれもいいけど」
「な、何言ってんだよ!」
「嫌なの?」
悲しそうな顔をする咲夜に狼狽する私は、口を開いては何も言えずに閉じるを繰り返す。
だってこんなことを急に言われて、なんて言えばいいのかわかるわけがない。正直な気持ちを応えるべきなのか?
だったら私だって――
「ふ、ふふ」
「……咲夜?」
顔をそらして殺しきれない笑い声を漏らす咲夜。……まさか。
「ごめんなさい、ついからかってしまったわ」
「……お前なぁ!」
「ごめんごめん。ほら、髪を整えたらタルトをご馳走するから」
「ったく、二人前は出さないと許さないぞ」
「もちろん。ちゃんと用意してあるわ」
ブラシを取ってくるから待っていて、と咲夜は私から離れる。名残惜しい、と感じてしまった自分が悔しい。
「ああ、それと」
化粧台から道具を探す咲夜は、明日の天気の話をするような気軽さで言う。
「からかったけど、言ったことは本当だから」
「…………タルト、三人前な」
顔を手で覆い隠した私には、それを言うだけで必死だった。
私は壁に張り付くように立ち、そっと廊下の曲がり角の先を窺う。誰も見当たらないし、気配も感じられない。
よし、と私が一歩踏みだそうとした時、
「あらいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「ふへっ!?」
声がかけられると同時に、耳元に息を吹きかけられた。思わず跳ね上がる心臓と崩れ落ちる膝。
私は、変な声を出してしまったことを誤魔化すため、振り返って叫ぶ。
「さ、咲夜! なんで普通に話しかけてこないんだよ!」
すまし顔で私の背後に立つ咲夜は、さも当然と言った態度で応える。
「普通の客人なら普通にするわよ。貴方はどうなのかしら? ねえ、魔理沙」
「普通に正門から入ってきたって」
「本当?」
「本当だって。ああ、門番は寝ていたから、そのまま入ってきたけどな」
私がそう言うと、咲夜はため息をついた。どうして貴方が来る時は決まって寝ているのかしら、とぼやく彼女。さぁな、と私は適当に応える。
そんなことよりもだ。普通に正門から入ってきた以上、私は普通の客人なのだから普通にもてなすべきであろう。
「普通の客人がどうしてコソコソしていたのかは、聞いちゃ駄目なこと?」
「駄目だな。客人に込み入ったことを訊くのは行儀が良くない」
「じゃあ、そういうことにしておくわ」
咲夜は肩をすくめて言うと、右手を差し出す。私はその手をとって立ち上がる。
来なさい、と咲夜は視線で廊下の先を示した。
「関係ないことだけど、今日のパチュリー様は実験が上手く進んでなくて相当イラツイているみたいよ」
「へえ、そうなのか」
「ええ、鼠がいたらレアにされたかもね」
「そりゃあ怖いな」
「そうね。魔理沙には関係ないことだけど」
「ははは」
……行かなくて良かった。私は冷や汗を拭おうとして、それが出来ないことに気が付く。いや、左手を使えばいいのだけど、右手ではそれが叶わない。
何故かと言えば、咲夜が私の手を握りっぱなしだからだ。いつの間にか指まで絡めている。
「咲夜、なにこれ」
「……? 恋人つなぎ」
いや『そんなことも知らないの』みたいなリアクションを求めてはいない。私が求めていたのは『気が付かなかったわ、ごめんなさい』とかそういう……ってすごく恥ずかしいことを考えさせられているような。
振り解こうにも、圧迫感は感じないのに容易には離れない力強さを感じるというテクニシャン振り。なんて無駄な技術なんだ。
「嫌なの?」
「そういうんじゃなくてだな、落ち着かないんだよ」
言いつつも、私は曲がり角と廊下の間で視線を行ったり来たり繰り返す。まだ昼過ぎとは言え、レミリアやフランが起きていないとも限らない。こんなところを見られたら、しばらくはからかいのネタにされてしまう。
ふむ、と咲夜は考えるように顎に指を当てて言う。
「じゃあ、慣れればいいんじゃないかしら。そうすれば落ち着くわ」
「あー落ち着いた!すっげえ落ち着いたわー!」
違う、そうじゃない。そう言う代わりに半ばやけっぱちに落ち着いた宣言をする私。
もうなんでもいいから離してくれ。私のささやかな願いはしかし、
「落ち着いたなら、このままでも平気よね。じゃあ行きましょうか」
嬉しそうに微笑む咲夜の前に砕け散る。それに反抗する気力を失った私は、引きずられるように後に続いた。
◇
紅魔館に来ると、咲夜とはよく顔を合わせる。図書館に向かう途中だったり、図書館から逃げる途中だったり、稀に向こうから招かれたり。
顔を合わせた咲夜は、すまし顔だったり、呆れ顔だったり、嬉しそうだったりするが、どの顔をしていても、いつも自室に私を招いてくれる。
どうしてそんなことをしてくれるのか、と訊ねたことがある。いくら時間を操れても、体力は無限じゃないのだから私に構う暇はないだろう、と。
咲夜は、無言のまま微笑むだけで応えなかった。それ以来、訊ねようとしたことはない。気にはなったが、本人が言いたがらないのなら、無理に聞き出すこともない。招かれることに不満は一切なかったのだし。
だが、改めて訊ねてみたくなった。目の前に差し出されるショートケーキの刺さったフォークを前に、そう思わざるを得なかった。
「食べないの?」
「食べるよ。親からもらった立派な手で」
「ふぅん、そう」
私がそう言うと、咲夜はあっさりと手を引く。これには拍子抜けだ。なんやかんや理由をつけて食べさせてくると思ったのだが。
まあ、それならそれでいい。私は、フォークを手に取りショートケーキを一口サイズに切る――切れない。
「あら、最近のケーキは活きがいいのね」
「……これ作ったの咲夜だよな?」
「新鮮なケーキでしょ?」
「新鮮でもケーキは皿ごと瞬間移動なんてしない」
数十センチ横に移動したケーキを元の位置に戻そうとするが、それは一瞬で咲夜の目の前に現れる。
無言の視線で抗議をするが、咲夜はすまし顔のまま無視をする。そのやり取りはしばらく続いたが、先に視線を外したのは私だった。
「わかったよ。ありがたくメイド長自らに食べさせてもらえる名誉に与る」
渋々ながらの私の言葉に、咲夜は満足そうに頷いた。
口を開けて差し出されるケーキを受け入れる。まるでひな鳥だ。私は一人でも飛べるというのに、どうしてこんなことをするのか。とても美味しいというのが、更に憎らしい。
「いいじゃない。たまには年上に甘えても」
「度が過ぎる。このケーキよりも甘いんじゃないか」
「そうかしら? 姉妹とかなら普通だと思うけど」
「お前のとこのお嬢様はこんなことをしているのか?」
「どさくさに紛れてフォークを突き刺してる所は見たことあるわ」
さらっとそんなことを言う咲夜。それは家庭内暴力ではないだろうか。レミリアも色々と苦労しているらしい。
私は胸の内で同情していると、あらっ、と咲夜が声をもらす。
「どうした?」
「ほっぺた、クリームついてるわ。取ってあげるからじっとして」
「はっ? そんなわけないだろ」
私は一切ケーキに触れなかったし、さっきだってそのまま口に入ったのだから、頬にクリームがつく道理がない。
不思議に思いつつも、頬に手を伸ばす。何もないはずが、指にぬるっとしたものがついた。白いそれは間違いなくクリームであった。
「なんで……」
そこで私が気が付く。咲夜の目の前に置かれたケーキ。その天辺にあるはずの小さなクリームの山が一つなくなっていた。
そして目を離したのは一瞬でも、咲夜にはそれで十分だ。
「ああ、気のせいだったわ。残念ね」
「本音を隠す努力をしろ」
「なんのことかしら。わからないわ」
咲夜はあさっての方を向きながら言う。もう一度頬を触ると、クリームなんて全くなかった。もちろん気のせいだったわけではない。
「ところで魔理沙。貴方寝癖を帽子で隠しているでしょう」
「おおっと強引な話題転換。けど、よくわかったな」
確かに今日は髪を整えきるのが面倒だったから、帽子で誤魔化していたのだ。
そう言うと咲夜は、ふふん、と得意気に鼻を鳴らす。
「魔理沙のことならなんでもお見通しなの」
「…………あ、ああ。流石メイド長だな」
反応が遅れたのに他意はない。ただ、ちょっと嬉しかっただけだ。それだけなのに、どうして彼女の顔を見れないんだろう。
熱くなった顔を隠そうと帽子のつばに手を伸ばし、それが空を切る。
「なおしてあげる。じっとしてて」
振り向くと、いつの間にか後ろの回りこんでいた咲夜が帽子を取っていた。彼女の青い瞳と視線が交わり、先ほどの言葉がフラッシュバックする。
ぼっと顔から火が出るような感覚に、思わず私は帽子を引ったくるように奪い返し言う。
「大丈夫だから! 何もしなくていい!」
「あっ」
咲夜は、一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに笑顔を見せて、
「そう、ごめんなさい。余計なお世話だったわね」
その表情と言葉に胸が詰まる。それが取り繕った表情だってことくらい私でもわかる。
そして、それは私の本意ではない。
「咲夜っ」
席に戻ろうとする彼女の手を取る。廊下で触れた時よりも頼りなく感じるそれを、私はしっかりと握りしめた。
「魔理沙?」
「その、ただ驚いただけで……嫌だったわけじゃないから……」
しっかり目を見ながら。それが理想なんだろうけど、熱くなった顔を帽子で隠しながら言うのが私の精一杯だった。
それでも、言うべきことだから言うんだ。
「だから、お願い……します……」
俯いた視線の先には、塵一つ無い床しか見えない。一呼吸するだけで数分経過しているような感覚にとらわれる。
そっと、帽子が取られる。今度は抵抗せず、ゆっくりと顔を上げる。
「ん、わかった」
顔を合わせる前に、咲夜は短くそう言って私の後ろに回る。伝わっただろうか、と私が不安に思うのも束の間だった。
「って咲夜!?」
思わず上ずった声を上げてしまう私。だってそうだろう、いきなり後ろから抱きしめられたら誰だってそうなる。
息が止まってしまいそうになるくらい、咲夜は強く私を抱きしめると、耳元でささやく。
「……私、貴方みたいな可愛い妹が欲しかったの」
「えっ、はっ?」
「ここには私よりずっと年上しかいなかったから、甘えてくれる人がいて欲しかった」
「えーと……」
突然の発言と状況に混乱する頭を必死に動かし、今までの情報を整理する。
咲夜は、年上しかいない紅魔館で暮らしていたから誰かに甘えて欲しかった。可愛い妹が欲しかった。その対象が私だった。
要するに、お姉さんになりたかったということか?
「そうね、美鈴やお嬢様……美鈴みたいなお姉さんになりたかったの」
「おいなんで言い直した」
なんでやレミリア姉キャラやろ。
それを無視して咲夜は続ける。
「けど、魔理沙にそう言ったら怒るかもって思ってたから。『子ども扱いするな』って」
「……そうだな。じゃあ、何で今言うんだ?」
「今なら、許してくれると思って」
咲夜は身を乗り出し、私の顔を覗きこむ。私は、今度は顔を逸らさなかった。
「……それはずるくないか」
「そうね。でも、許してくれる?」
いつものようにすまし顔で訊ねる咲夜。しかし、その瞳は不安に揺れていた。
だったら、私の答えは決まっている。
「……出来のいい妹は、姉には逆らえないな」
「……うん、ありがとう」
安心したように微笑む咲夜が眩しくて、また顔が熱くなってきた。
だけど妹、か。気恥ずかしさはあるけど、悪い気はしない。けれど、いつかは対等な関係になりたい。姉ばかりに頼るわけにはいかないのだから。
そう言うと、咲夜は首を傾げて言う。
「対等な関係って、恋人?」
「いやそれは話が飛びすぎだろ」
「嫌? 私はそれもいいけど」
「な、何言ってんだよ!」
「嫌なの?」
悲しそうな顔をする咲夜に狼狽する私は、口を開いては何も言えずに閉じるを繰り返す。
だってこんなことを急に言われて、なんて言えばいいのかわかるわけがない。正直な気持ちを応えるべきなのか?
だったら私だって――
「ふ、ふふ」
「……咲夜?」
顔をそらして殺しきれない笑い声を漏らす咲夜。……まさか。
「ごめんなさい、ついからかってしまったわ」
「……お前なぁ!」
「ごめんごめん。ほら、髪を整えたらタルトをご馳走するから」
「ったく、二人前は出さないと許さないぞ」
「もちろん。ちゃんと用意してあるわ」
ブラシを取ってくるから待っていて、と咲夜は私から離れる。名残惜しい、と感じてしまった自分が悔しい。
「ああ、それと」
化粧台から道具を探す咲夜は、明日の天気の話をするような気軽さで言う。
「からかったけど、言ったことは本当だから」
「…………タルト、三人前な」
顔を手で覆い隠した私には、それを言うだけで必死だった。
甘い甘い。
さくまり良いよね、身長や体型、性格、髪の色に至るまで揃ってないように見えるのに絵になって。
甘いよッ!!
甘いいいぃぃぃぃ・・・!
二人とも可愛いなあ
やっぱり咲夜と魔理沙だと咲夜のが上手って感じになりますねぇ
これからも良好な関係を続けていってもらいたいものです。