「恋ってどんなものかしら」
唐突な台詞に驚いて、瞬きを数度繰り返した後。
前振りもなくそんなことを呟いた妹を見詰めながら。
「……突然、どうしたの」
疑問を口に出せば、妹はベッドのふちに腰掛けたまま、足をぶらつかせながら言葉を続けた。
「これ。パチュリーに借りたんだけどさ」
その手には、タイトルから甘ったるい感じを醸し出している恋愛小説が握られていて。
妹は、その表紙を私に見せた後、適当に枕元に放って、小さな唇から大きな溜息を吐き出した。
「主人公の気持ちとか、全然感情移入できないのよ。だって、恋なんて、したことないんですもの。ココにいたんじゃ、出会いもないし、ね」
ココ。
此処。
灯りをともしても、どこか薄暗さを感じさせる地下室。
姉であり、この館の当主である私が、自らの妹にあてがった――《牢獄》。
「……恋ってどんなものかしら」
繰り返された台詞に、息が詰まった。
数瞬の空白を挟んで、口端を歪める。
「さあ?」
軽い声が喉を通り抜けて。
吐き気を、催した。
「恋って、どんなものかしらね。わからないわ。だって、私もしたことがないもの」
そして、妹は。
「ふぅん」
中身のろくにない私の返答に、首を傾げた後、思案するように己の細い顎を摩ってから。
ふいに顔を上げたかと思ったら、笑顔を浮かべて言い放った。
「じゃあさ、お姉様――……私と、恋してみようか」
数百年生きてきて。
初めて、恋人が出来た。
初めての恋人は、金糸の髪と宝石のような羽根を持つ、吸血鬼の女の子で。
実の、妹です。
「今日から、お姉様は私の恋人だからね」
そんなことを言われても。
いったい、どのように振る舞えばいいのやら。
そもそも、色々おかしいだろう、と。
そうは思いつつも、断ることなど、出来ようはずもなくて。
罪悪感が7割、残りが責任感と義務感に埋め尽くされた感情に急かされながら、図書館で恋愛小説を参考書代わりに唸っていると。
「どうしたの、レミィ。その手の読み物に関心があるとは思っていなかったわ」
親友に声をかけられた。
「ああ、パチェ」
藁にも縋る思いで、問いかける。
「恋人って、どんなことをするものかしら」
親友は、少し目を丸くした後。
咳払いをひとつ挟んでから。
なにを問い返してくるでもなく、質問に答えてくれた。
「そうね……、デートとか、するんじゃない?」
「デート?」
「ほら、街に出掛けて、ショッピングしたり……まあ、このご時世じゃ、難しそうだけど」
現在、1918年。
人間達も、戦争だなんだと騒がしいが、化物にとっても、生き辛いと感じざるをえない、嫌な時代だ。
「ああ、でも。貴女なら、空中散歩って手もあるかしら? 満月の夜とか。結構、ロマンチックかもね」
想像してみる。
うん。
「無理ね」
言葉と一緒に溜息を吐き出した。
「どうして?」
小首をかしげた親友に、沈んだ声で返答する。
「外に連れ出せないもの」
「ああ、なるほど」
親友は、得心がいったとばかりに頷きながら、呟いた。
「お相手は、妹様か」
顔が、一気に熱くなったのを感じた。
「あら、お姉様」
地下室。
妹は、いつも通りベッドのふちに腰掛けて、足をぶらつかせていた。
「……」
私は。
口を開きかけては、紡ぐべき言葉を形に出来ないまま閉ざして。
結局、無言のまま、後ろ手に隠していた物を妹の鼻先に突き付けた。
「ふぇっ?」
それは。
我が館の庭で、門番が勝手に庭師の真似事をした結果の産物なのだけど。
「お花……?」
――……そうね、あと。恋人っていえば。贈り物とか、する物じゃないかしら?
まあ、私も恋愛経験なんてないから、本の受け売りだけれど、と。
そんなふうに付け加えられた親友の言葉であっても。
他に縋る物もありはしなかったから、素直に参考にさせて貰ったのだ。
「……」
沈黙が、忌々しい雨のように肌を刺す。
本来であれば、呼吸なんぞ必要としないはずのこの身体が、酸素を求めているのを感じる。
「……っ!」
耐えかねて。
何事かを叫び出しそうになった時。
「綺麗、だね」
妹が。
「ありがとう、お姉様」
そう言って、笑った。
「あ……ッ」
ああ。
なんだ、コレは。
「でも、この部屋、花瓶ないんだよ」
どうしよっか、なんて。
小さな花束を抱えて。
「……きれい、ね」
口から。
そんな言葉が、零れ落ちて。
「ん? うん、綺麗だよね」
でも、このままじゃ枯れちゃうよ、って。
ほら、また、そんな顔で。
笑う妹に、背を向けて、駆け出した。
「お姉様?」
戸惑ったような声に、叫び返す。
「花瓶、取ってくるわ!」
お花、ぬいぐるみ、愛らしい小物。
その日から。
沢山の贈り物をした。
――……そうね。そろそろ、手ぐらいつなげば? 恋人なんだし。
親友の助言に。
頭蓋骨の中の脳みそが、3回程再生しては破裂を繰り返した、気がする。
なんてことはない。吸血鬼だもの。
脳なんて単純で化学的な思考中枢が必要なのは、人間だけなのだ。
だから、平気。
「お姉様?」
平気、の、はず。
「……フラン」
妹の名前を呼ぶと。
「はい」
素直に、返事を返してくれた。
はい、って。なにそれ。
可愛い。
「……」
自らの右手を見詰める。
手汗が凄くて、手を洗って拭き忘れたみたいな状態だった。
慌てて、服で拭ってから。
勢いよく、差し出した。
「ん」
「え?」
戸惑う妹に。
「ん!」
言葉など、何ひとつ浮かばなかったから。
手を差し出したまま、唸るようにその一音だけ、繰り返した。
「……えっと」
妹は、躊躇いながらも。
「っ!」
私の手に、そっと己の手を乗せた。
そして、首を傾げながら。
「……お手?」
そう、呟いた。
「ち、ちがっ!?」
違う、と。
否定の言葉は、最後まで紡ぐことが出来なかった。
妹が、急に私の手を引いて。
「きゃっ!?」
気が付いたら、視界には妹しかなかった。
「ん……っ!」
やわらかな感触。
瞼を閉じる余裕など、ありはしなくて。
閉ざす気もなかったらしい妹の、私とよく似た紅い瞳に、脳髄を掻き乱された。
「ふ……ぅっ!」
離れる瞬間、生温かでぬめった舌先に、唇を舐められて。
背筋が、ぶるりと、震えた。
「ふ、ふら……」
「ねえ、お姉様」
妹が、笑う。
「恋ってどんなものかしら」
「……ッ、」
――……ああ。
『恋って、どんなものかしらね。わからないわ。だって、私もしたことがないもの』
あの時。
私は、そう答えたけれど。
それは、きっと――。
「……多分、ね」
声が、掠れた。
「うん」
答えを待つ妹の瞳から、目を逸らして。
色々な物の代わりに、足りない言葉だけ、唇から溢れさせる。
「多分、する物じゃなくて――……落ちる物だと、思うわ」
だから。
きっと、貴女には。
「やっぱり、わからないわ」
妹は、そう言って。
やっぱり、綺麗な顔で、笑った。
そう、貴女には、わからない。
だって、暗い地下室の。
さらに下なんて、ありはしないのだから。
落ちることなど、出来はしないのだ。
だから。
「わからないわ」
教えてあげる、なんて。
言えない。
――……言わない。
唐突な台詞に驚いて、瞬きを数度繰り返した後。
前振りもなくそんなことを呟いた妹を見詰めながら。
「……突然、どうしたの」
疑問を口に出せば、妹はベッドのふちに腰掛けたまま、足をぶらつかせながら言葉を続けた。
「これ。パチュリーに借りたんだけどさ」
その手には、タイトルから甘ったるい感じを醸し出している恋愛小説が握られていて。
妹は、その表紙を私に見せた後、適当に枕元に放って、小さな唇から大きな溜息を吐き出した。
「主人公の気持ちとか、全然感情移入できないのよ。だって、恋なんて、したことないんですもの。ココにいたんじゃ、出会いもないし、ね」
ココ。
此処。
灯りをともしても、どこか薄暗さを感じさせる地下室。
姉であり、この館の当主である私が、自らの妹にあてがった――《牢獄》。
「……恋ってどんなものかしら」
繰り返された台詞に、息が詰まった。
数瞬の空白を挟んで、口端を歪める。
「さあ?」
軽い声が喉を通り抜けて。
吐き気を、催した。
「恋って、どんなものかしらね。わからないわ。だって、私もしたことがないもの」
そして、妹は。
「ふぅん」
中身のろくにない私の返答に、首を傾げた後、思案するように己の細い顎を摩ってから。
ふいに顔を上げたかと思ったら、笑顔を浮かべて言い放った。
「じゃあさ、お姉様――……私と、恋してみようか」
数百年生きてきて。
初めて、恋人が出来た。
初めての恋人は、金糸の髪と宝石のような羽根を持つ、吸血鬼の女の子で。
実の、妹です。
「今日から、お姉様は私の恋人だからね」
そんなことを言われても。
いったい、どのように振る舞えばいいのやら。
そもそも、色々おかしいだろう、と。
そうは思いつつも、断ることなど、出来ようはずもなくて。
罪悪感が7割、残りが責任感と義務感に埋め尽くされた感情に急かされながら、図書館で恋愛小説を参考書代わりに唸っていると。
「どうしたの、レミィ。その手の読み物に関心があるとは思っていなかったわ」
親友に声をかけられた。
「ああ、パチェ」
藁にも縋る思いで、問いかける。
「恋人って、どんなことをするものかしら」
親友は、少し目を丸くした後。
咳払いをひとつ挟んでから。
なにを問い返してくるでもなく、質問に答えてくれた。
「そうね……、デートとか、するんじゃない?」
「デート?」
「ほら、街に出掛けて、ショッピングしたり……まあ、このご時世じゃ、難しそうだけど」
現在、1918年。
人間達も、戦争だなんだと騒がしいが、化物にとっても、生き辛いと感じざるをえない、嫌な時代だ。
「ああ、でも。貴女なら、空中散歩って手もあるかしら? 満月の夜とか。結構、ロマンチックかもね」
想像してみる。
うん。
「無理ね」
言葉と一緒に溜息を吐き出した。
「どうして?」
小首をかしげた親友に、沈んだ声で返答する。
「外に連れ出せないもの」
「ああ、なるほど」
親友は、得心がいったとばかりに頷きながら、呟いた。
「お相手は、妹様か」
顔が、一気に熱くなったのを感じた。
「あら、お姉様」
地下室。
妹は、いつも通りベッドのふちに腰掛けて、足をぶらつかせていた。
「……」
私は。
口を開きかけては、紡ぐべき言葉を形に出来ないまま閉ざして。
結局、無言のまま、後ろ手に隠していた物を妹の鼻先に突き付けた。
「ふぇっ?」
それは。
我が館の庭で、門番が勝手に庭師の真似事をした結果の産物なのだけど。
「お花……?」
――……そうね、あと。恋人っていえば。贈り物とか、する物じゃないかしら?
まあ、私も恋愛経験なんてないから、本の受け売りだけれど、と。
そんなふうに付け加えられた親友の言葉であっても。
他に縋る物もありはしなかったから、素直に参考にさせて貰ったのだ。
「……」
沈黙が、忌々しい雨のように肌を刺す。
本来であれば、呼吸なんぞ必要としないはずのこの身体が、酸素を求めているのを感じる。
「……っ!」
耐えかねて。
何事かを叫び出しそうになった時。
「綺麗、だね」
妹が。
「ありがとう、お姉様」
そう言って、笑った。
「あ……ッ」
ああ。
なんだ、コレは。
「でも、この部屋、花瓶ないんだよ」
どうしよっか、なんて。
小さな花束を抱えて。
「……きれい、ね」
口から。
そんな言葉が、零れ落ちて。
「ん? うん、綺麗だよね」
でも、このままじゃ枯れちゃうよ、って。
ほら、また、そんな顔で。
笑う妹に、背を向けて、駆け出した。
「お姉様?」
戸惑ったような声に、叫び返す。
「花瓶、取ってくるわ!」
お花、ぬいぐるみ、愛らしい小物。
その日から。
沢山の贈り物をした。
――……そうね。そろそろ、手ぐらいつなげば? 恋人なんだし。
親友の助言に。
頭蓋骨の中の脳みそが、3回程再生しては破裂を繰り返した、気がする。
なんてことはない。吸血鬼だもの。
脳なんて単純で化学的な思考中枢が必要なのは、人間だけなのだ。
だから、平気。
「お姉様?」
平気、の、はず。
「……フラン」
妹の名前を呼ぶと。
「はい」
素直に、返事を返してくれた。
はい、って。なにそれ。
可愛い。
「……」
自らの右手を見詰める。
手汗が凄くて、手を洗って拭き忘れたみたいな状態だった。
慌てて、服で拭ってから。
勢いよく、差し出した。
「ん」
「え?」
戸惑う妹に。
「ん!」
言葉など、何ひとつ浮かばなかったから。
手を差し出したまま、唸るようにその一音だけ、繰り返した。
「……えっと」
妹は、躊躇いながらも。
「っ!」
私の手に、そっと己の手を乗せた。
そして、首を傾げながら。
「……お手?」
そう、呟いた。
「ち、ちがっ!?」
違う、と。
否定の言葉は、最後まで紡ぐことが出来なかった。
妹が、急に私の手を引いて。
「きゃっ!?」
気が付いたら、視界には妹しかなかった。
「ん……っ!」
やわらかな感触。
瞼を閉じる余裕など、ありはしなくて。
閉ざす気もなかったらしい妹の、私とよく似た紅い瞳に、脳髄を掻き乱された。
「ふ……ぅっ!」
離れる瞬間、生温かでぬめった舌先に、唇を舐められて。
背筋が、ぶるりと、震えた。
「ふ、ふら……」
「ねえ、お姉様」
妹が、笑う。
「恋ってどんなものかしら」
「……ッ、」
――……ああ。
『恋って、どんなものかしらね。わからないわ。だって、私もしたことがないもの』
あの時。
私は、そう答えたけれど。
それは、きっと――。
「……多分、ね」
声が、掠れた。
「うん」
答えを待つ妹の瞳から、目を逸らして。
色々な物の代わりに、足りない言葉だけ、唇から溢れさせる。
「多分、する物じゃなくて――……落ちる物だと、思うわ」
だから。
きっと、貴女には。
「やっぱり、わからないわ」
妹は、そう言って。
やっぱり、綺麗な顔で、笑った。
そう、貴女には、わからない。
だって、暗い地下室の。
さらに下なんて、ありはしないのだから。
落ちることなど、出来はしないのだ。
だから。
「わからないわ」
教えてあげる、なんて。
言えない。
――……言わない。
この後仲良くなって監禁が解かれたらよかったのになあと思ってしまう
まさにそんな瞬間を描いたお話。その刹那がすごく素敵でした。なにあのフランの子犬可愛さ…あきらかにぶきっちょになっちゃうレミリア……今はどうなのかと、気になっちゃいます
レミフラいいねレミフラ。
もっとピュアというか何と言うか、とても素敵です
どなたか塩ください@@
こういう雰囲気がすごく好きです!
こういうのを待ってたんです! ビターチョコも甘く感じるおいしいレミフラ。素敵
最高でした