Coolier - 新生・東方創想話

新幻想郷縁起

2014/08/21 19:54:33
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稗田家には、百数十年に一度、御阿礼の子が生まれる。
聴いたこと見たこと、その全てを鮮明に記憶することができる求聞持の能力を持っていた稗田阿礼の生まれ変わりである。
その能力を利用して、彼、彼女らは妖怪についての知識をまとめ、人々の生活を守ろうとし、幻想郷縁起を編纂してきた。

私もその中の一人、九代目阿礼乙女、稗田阿求である。
生まれて二週間で言葉を解して以来、周囲に御阿礼の子として扱われ、私も当然そのように思って生きてきた。
そうして当然のように幻想郷縁起を編纂し、当然のように若くして死んでいく運命にある。至極当然であるその事実は、私にとって生きる前提であった。
しかしある日、私が家の古い物置で過去の資料を探していると、棚の隙間から、一つの巻物が出てきた。
それは幻想郷縁起と同じ形をしたものではあったが、題がなく、幾度となく開かれた跡があり、紙も少しくたびれていた。
気になって開いてみると、そこには見慣れた文字が並んでいた。何度も彼女の著書を読んだのだから間違いない。
それは、先代阿礼乙女、稗田阿弥の手記であった。
思えば、私が先代について知っていることは少ない。
生まれ変わりとは言っても、やはり前世の記憶は曖昧で、はっきりと思い出すことはできない。
特に、彼女という人間がどういう人物であったかについては全く知らなかった。
しかし、この手記は稗田阿弥本人が、仕事でなく、自分のために自分を綴った手記であるようだった。
私はどうしても気になって、自分が書いた手記だなどと自分を偽ってその文を読み進めてしまった。

そうしていくらかの前世の記憶を思い出した私は、今この本を執筆している。
仕事ではない、個人的なものだ。ただ知ってしまったことをきちんとした形に記したかった。

これは八代目阿礼乙女稗田阿弥と、その姉、稗田阿音という二人の人間の生きた記録を残したいという、私稗田阿求の個人的願望のもとに書かれた本である。
興味のない方は、そっと本を閉じてほしい。もし興味を抱き、読んだのなら、そっと胸の中に閉じておいてほしい。
そもそもこの小さな本を目に止めて開く人などいないのかもしれない。
ただこれを読んだ人が、受け継がれることのないこの記憶を心に残して、幸せな人生を送ることを祈るのみである。

九代目阿礼乙女 稗田阿求

この本は、稗田阿求の自室に保存されていた稗田阿求の著書に、私八雲紫がこれもまた個人的願望のもとに加筆したものである。
稗田阿求が発見した手記は、本来先代稗田阿弥が後の御阿礼の子に自分の記憶を残したくて書いたものであったが、記憶の共有部はしっかりと記されておらず、本として欠落している部分も多かった。
それを稗田阿求が加筆しながら一つの本としてまとめ上げ、この形となったのだが、稗田阿求が未だ知らぬことも存在する。それを、最後に記した。加筆部分はその箇所のみである。

八雲紫


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私、稗田阿弥には姉がいます。
名前は稗田阿音です。
彼女は先代阿礼乙女稗田阿七が亡くなってから百数年ぶりに生まれた子として、御阿礼の子ではないかと期待されていたそうです。
実際彼女は非凡な才を持っていました。御阿礼の子の予言こそ受けなかったものの、わずか二歳で普通の人と同じ程度にまで人の言葉を解するようになり、記憶力も非常に高かったそうです。
しかし、彼女は御阿礼の子ではありませんでした。
求聞持の能力は持っておらず、前世の記憶など欠片もありませんでした。周囲の失望を知りながら、懸命に努力するも、三歳で御阿礼の子としての才がないことを認められ、稗田阿音の名を与えられました。
どれほどの心境であったか、私には察しかねます。御阿礼様と畏まって呼ばれていたのが一転、阿音様と呼ばれるようになってからは、周囲に指の先で扱われるようになったといいます。
そんな中、私が生まれました。母は私を産んで亡くなり、姉は5歳で稗田家当主となりました。
私は生まれて二か月で言葉を解したので、今度こそ本物の御阿礼の子だと周囲から称賛されて育ちました。
八雲紫という妖怪が現れ、私を正式に御阿礼の子と認め、稗田阿弥の名をもらってからは、私は御阿礼の子として、幻想郷縁起の編纂に取り掛かることとなりました。
ところがなんと、姉はそれに真っ向から反対したのでした。
この子は御阿礼の子ではない、とかたくなに主張し、私に書庫へ立ち入ることを禁じました。
周囲からは嫉妬しているのだと陰口をたたかれ、時には罵倒されましたが、それでも彼女は曲がりませんでした。
「御阿礼の子など可哀想なもの。本の編纂のためだけに生まれてきて、病弱な体と、短い命を運命づけられる。
そんなものになる必要はないのよ。」
これは姉が私によく言ったことでした。

しかしわたしが二歳になるころには、八雲紫がしばしば訪ねてきて(と言っても突然現れるだけでしたが)私に御阿礼の子としての責務を果たすよう要求するようになりました。
前世の記憶もおぼろげに、私を使命へと駆り立てていたのでしょう。私もそのつもりでいました。
しかし、姉はそのたびに私の前に現れ、要求を拒否し、同じことを言いました。
そのまま一年が経つと、八雲紫もとうとうしびれを切らしたのか、私と姉の前に現れ、なぜ妹を止めるのかと姉を詰問しました。
彼女が言うには、これは彼女の前世からの宿命であり、その願いであるから、他人のあなたに拒否する権利はないとのことでした。
しかし、圧倒的力を持つ大妖怪である八雲紫を前にしても、姉は一歩も引きませんでした。
人には自由に生きる権利がある。それを奪うなど言語道断、前世など関係ない、この子にはこの子の人生がある、と抗いました。
私はこのままでは姉が殺されかねないと思い、私は自分の意志で御阿礼の子になるのだと言いました。
今でもたまに夢に見ることがあります。姉はそれはもう物凄い剣幕で怒鳴り散らしました。
なぜ御阿礼の子になどなりたいのか、命を大事にしろ、と。
私は必死でした。ただ必死に御阿礼の子になりたいの一点張りで押し通し、彼女はしまいには怒って部屋に閉じこもってしまいました。

幻想郷縁起の編纂も佳境に入ったある日のこと、姉と私は人里の代表として八雲紫に招待されました。
彼女に案内され異空間に入り込めば、そこには幻想郷の名だたる大妖怪などが集まっていました。
八雲紫は幻想郷と外の世界の常識を隔離する論理的結界、博麗大結界を敷こうとしていました。
外の世界の人間は、科学の進歩に乗っかって、妖怪をどんどんと否定するようになり、もはや妖怪の存続が危ぶまれているときでした。
それでもいくらかの妖怪は結界に反対していたようでしたが、私たちが呼ばれた頃には、議論はもはや最終段階に入り、後は人間側の承諾を得るのみといった様子でした。
もともと、結界騒動の間、妖怪達はそちらの対処に忙しくなり人を襲うことが減っていたので、里の人々は結界を歓迎していました。もちろん博麗の巫女の賛同も得ていたので、八雲紫もまさかここで躓くとは思わなかったでしょう。

ところが、姉は全く臆さず反旗を翻しました。

 盛者必衰はこの世の理。妖怪がこの世から消え去る時が来たのなら、潔く消えるべきなのでしょう、と。

議論は荒れに荒れました。多くの妖怪は生意気な小娘をくびり殺そうとしましたし、鬼などの一部の妖怪の中には、姉に賛同するものまで現れ始める始末でした。
八雲紫は必死に両者を説き伏せようとしましたが、姉は大妖怪の気迫など歯牙にもかけず反論します。
私は姉が殺されるのではないかと終始怯えていました。
 最後には多数決により決議されることとなりましたが、姉に対する八雲紫の怒りはそれはもう物凄いもので、議決の後、家に戻ってから再び口論となったのです。
 結局のところ、姉は怒っているようでした。妖怪という他者がために己が人生を振り回される御阿礼の子の存在自体に。
 不思議なもので、どう見ても力を持っているのは八雲紫の方なのに、口論を制しているのは姉でした。
八雲紫はだんだんと押され、静かに怒りを溜め込むようでした。
 しまいには姉は八雲紫の責任を追及し始めました。稗田家の転生の始まりには、八雲紫も一枚噛んでいたからです。
貴女は止めるべきだったと姉は言いました。
 なぜ一人の人間の犠牲の上に世界を成らすことが許されるのか。与えられた生の役目と、限られた命、そんな可哀想な人生を歩ませ、自由を剥奪することが、貴女の夢見る理想郷創りか、と。

しかし、私はその時我慢ならなくなったのです。姉は間違っていると、声を大にして言うべきだという衝動に駆られました。
私は言葉を選ぶことなどできませんでした。

ただ思ったのです。
私は可哀想な人間ではない、と。
どんな人だって生まれた環境で生きる自由は限られています。でも、その中で人は自分で自分の人生を選んで生きるのです。
私は人のために生きています。人に必要とされて生きているのです。それはとても幸せなことです。決して可哀想な事ではありません。それだけは自信を持って言えました。
 姉は言葉を失ったようで、膝をついて泣き出しました。強気な姉の事です。声は漏らしませんでした。
八雲紫も少し俯いているようで、あの身の毛のよだつような怒りの気配はもう感じられませんでした。
しばらくして、姉が泣くのをやめた時、八雲紫はこちらを見て、静かに口を開きました。
 いつの日か、この幻想郷を、御阿礼の子が不要となる、妖怪と人間が互いを必要としあう本当の理想郷にしてみせる。
そう言うと、彼女は静かに背を向けて、音も立てずに空間の切れ目へと姿を消しました。

 それ以来私は彼女を見ていません。
姉は前よりも静かになり、私の編纂を止めることはなくなりました。
 今、私は幻想郷縁起をまとめ終え、転生の準備を始めようとしています。
転生の前に、私は後の御阿礼の子に、是非とも伝えておきたいことがあるのです。
 八雲紫はまだ大結界を作り終えていせんし、まして彼女が約束を果たしたかどうかを知ることは私には到底叶わないことですが、あなたたちの時代にはきっと彼女の約束した理想郷が広がっているはずです。
ここに書かれていることはすべて遠い過去の事です。もはやあなたたちには関係の無い事なのです。

幸せに生きてください。きっとあなたたちは必要とされているはずなのですから。

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それから百年ほど後の事。八雲紫は九代目御阿礼の子の誕生に際して、稗田家を百二十年ぶりに訪れていました。
とうの昔に阿弥は亡くなっていましたが、驚くべきことにその姉、稗田阿音はまだ存命でした。
すでに百三十を超える老婆で、目も見えず、自室で横になっているところに、八雲紫は現れました。
約束は果たしました、と彼女は言いました。そして、新しい御阿礼の子に、末永い命を願って、
「稗田阿久」と名付けるつもりだと言いました。
八雲紫は、とうとう稗田家の転生をこの代で終わらせる心づもりでいたのです。
ところが、老婆は首を振りました。目は見えなくとも、その聡明さはかけらも失われていませんでした。
しわがれた声で彼女は言いました。

盛者必衰はこの世の理。すべては失われるものです。この理想郷でさえも。
だからこそ人は新しきを求めます。古きを失い、新しきを得る。
同じ形をとどめずとも、流れは続いていくものなのです。
失うことを恐れているばかりの臆病者の貴女には分からないでしょうが。

ククク、という笑い声は、この老婆が変わらずあの強気で憎らしい稗田阿音であり続けていることを教えました。

人の幸せは求めることにあり、求められることにあります。無欲などというのは結局のところ人間には不可能なのです。

だから、九代目御阿礼の子の名前は「求める」と書いて、「稗田阿求」とします。稗田家で最も長く生きた者の最後のことばです。あの子にはいつか求められることの意味を理解して欲しい。私でさえ、それに気がついたのはもう手遅れになってからでしたが。

ええ、私はまだ御阿礼の子が不要になったとは思っていませんよ。でもまあ、それを決めるのは貴女でも私でもないでしょう。あの子がどう求められているか、自分で見つけるはずです。

なあに、きっとあの子は幸せになるはずですよ。
貴女が叶えた理想郷では、彼女を求める者はもはや人間だけではありません。
私たちの時よりずっと多いはずなのですから。
寂しがりやの貴女には過ごしやすい世界になったのではなくて?

彼女は二週間後、稗田阿求が言葉を解するようになった頃、静かに息を引き取ったといいます。




最後に付して

人として生きることが何なのか、私には理解できようはずもない。
私は妖怪だ。しかし人間として幸せに生きた彼女たちの記憶が失われることを、私はやはり恐れてしまっているようである。
結局この本を誰が読むともわからない。またもとあった棚にこの本を戻す。私がしたのはそれだけだ。
こんな弱音を文に記すような危険なことなど、普段の私なら絶対にしないだろう。
でももし、臆病者の私の願いを叶えてくれるならば、その人間には、私は退治されてやってもいいのではないかとも思っている。

寂しがり屋で臆病者な大妖怪


新たな幻想郷に縁が起こるのを願って

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読了ありがとうございました。
この本を再び阿求が開いたかどうかは、皆さんの想像にお任せします。
それからこれを読み終わった後に求聞史記幻想郷縁起の独白を読んでいただけると、より面白いんじゃなかろかと思ってます。
因みに独白を書いた時期は手記発見後、紫が加筆する前です。
星鍛冶鴉
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コメント



0.290簡易評価
1.100クロバ削除
面白く読ませていただきました。
阿求の名づけに感嘆致しました。
人間らしい紫に少し違和感も感じましたが、そこに味があっていいのかもしれませんね。
3.100名前が無い程度の能力削除
最初お家争いな感じかと思ったらそんなことはなかった
良かった
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白く、感じも良かったです
5.100非現実世界に棲む者削除
とても良かったです。
6.90絶望を司る程度の能力削除
とても良かったです。
誤字があったので報告
もとあった棚にこの本をに→もとあった棚にこの本を
ですね。
7.100ばかのひ削除
これは非常に面白い
幻想郷縁起をひっぱりだして後ほどまた読みます!
8.無評価星鍛冶鴉削除
>>6
誤字報告ありがとうございます!
訂正しました
9.100大根屋削除
おぉ、これは面白い解釈の仕方ですね。
こういった人間ドラマが幻想郷にあっても不思議じゃないと感じます。
10.90名前が無い程度の能力削除
一人を犠牲にした社会などけしからん犠牲を拒絶することこそ誇りVSいやいや犠牲になるのも悪くはない寧ろ誇り
って感じですかね 難しいところです

お姉ちゃんは最初嫉妬にかられて妨害するのを正当化するために妹のためって偽善してたけどやっている内にマジになったって感じですかね
12.100名前が無い程度の能力削除
求聞史紀のあとがきでも阿求が転生する必要性があるのか、と疑問を述べていましたね
阿求がどのような選択をするのか気になるところです