Coolier - 新生・東方創想話

Then, the witch is flying in the sky

2014/08/03 21:59:52
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「あー、ちくしょー」
「……あの、大丈夫ですか?」
「早苗ー! そんな奴、ほったらかしときゃいいわよー!」
「……そういうわけにもいかないですよね?」
「いいよ、別に」
 ぷいっと、ほっぺた膨らませてそっぽを向くのは、白黒モノトーン魔法使いこと霧雨魔理沙。
 ただいま、彼女は白い部分が盛大に焦げて黒黒魔法使いになっていた。
 その彼女を気遣っていることが気に食わないのか、魔理沙の頭上で腕組みしていた紅白めでたい巫女さんこと博麗霊夢は、『何よ、もう』とふてくされて去っていく。
「これで……えー……何回、負けたかなぁ」
「勝率は、割と五分五分だと聞いてますけど」
「いや、そんなもんじゃない。
 この頃、私が押されてるはずだ」
 むくっと起き上がる魔理沙。
 その彼女を、『大丈夫ですか?』と気遣うのは、この頃、よくここにやってくる緑色の巫女こと東風谷早苗。
 彼女に手を引かれる形で、魔理沙は立ち上がる。
「あーいて……」
「あっちこっち、派手に焦げてますねぇ……」
「着弾の瞬間、あいつ、爆発の威力を抑える結界を張りやがった。手加減してますよー、ってアピールかよ、くそ」
「まあまあ」
 ――事の起こりは些細なこと。
 いつも通りの口げんかの末に、『そこまで言うなら弾幕勝負で決着だ!』と意気込んで空に舞い上がったのが、今から15分ほど前のこと。
 結果は、ご覧の通り。
 途中、突発的に吹いた強風に、魔理沙が煽られてバランスを崩すと言うハプニングがあったことを含めて、霊夢の勝利であった。
「あの風を起こしたの、絶対に文だぜ」
「まあ、あの人は、年がら年中、どっかで風を巻き起こしてますからねぇ」
「とりあえず、適当な方向にマスパっとこうと思う」
「やめてください。文さん関係なかったらどうするんですか」
「おう、そうか」
 とりあえず、そんな適当な冗談を交わして、彼女は早苗の介添えを受けながら、博麗神社の母屋に帰還する。
「あら、お帰り。遅かったわね」
「うっさいやい」
「霊夢さん、包帯とか、どこにありますか?」
「しーらないっ」
 ふてくさ霊夢は、縁側からとたとた、屋内へと歩いていってしまう。
 早苗は『全くもう』と苦笑しながら、魔理沙をそこに残して、「ちょっと待っててくださいね」と建物の中へ。
「弾幕勝負はお遊びとはいえ、大怪我することもあるんですから。
 気をつけましょうね」
「わかってるさ。
 わかってるけど、腹立つよなー。こう、負けがこんでくるとさ」
「わたしだって、霊夢さんにはそうそう勝てませんよ」
「いや、それはないな。
 昔のあいつならどうあれ、今のあいつはお前に骨抜きだ。割とあっさり負けてくれるはずだ」
「それは手加減こみじゃないですか。手加減こみの勝負に勝ったからって、嬉しくなんかありません」
 そう言われると、魔理沙も全く同意である。
 だよなぁ、とつぶやき、早苗の手当てを受けてから、『よし』と肩をぐるぐる回す。
「さんきゅな」
「いえいえ」
「こうなったら、もっと強くなって、霊夢をぎゃふんと言わせてやる」
「頑張ってください。応援してますよ」
「お、いいのか? 敵にエールを贈ったりなんてして」
「お友達ですから」
 こういう時、頑張る人の応援をするものなのだ、と早苗。
 魔理沙は『そら結構なことで』と悪態をつくと、箒にまたがり、その場を後にする。
 それを見送る早苗は、「負けず嫌いも大変ね」とつぶやくのだった。


「――私はあのとき、こう動いた。あいつはこう動いた。これは予測できた。だから、攻撃した」
 ごっちゃごちゃの自宅にて。
 魔理沙は椅子に腰掛け、机に向かっている。
 机の上には、ぼんやりと淡く光る光球が浮いていた。
「だが、あいつには通じない。あいつは結界を張って回避する。反撃が来る。私が上によけるのを、あいつは予測して、移動先に攻撃をぶち込んできた。
 だけど、私はそいつをよけてやった」
 ここで初めて、流れに変化が生まれたはずだ。彼女は脳内で小さくつぶやく。
「霊夢の奴は、私がここで攻撃をよけることを想定していない。
 動きの止まったあいつに、私は攻撃を仕掛けた。だが、効かなかった。結界を貫けない。だから、私はもっとあいつに接近して、攻撃してやった」
 二つの光の球が接近して、ばちばちと小さな音を立てる。
「ここで、私の攻撃があいつに命中した。
 あいつは驚いて、上に逃げる。逃がさないように狙い撃つ。狙い撃って……私は、不意打ちを食らった」
 霊夢にばかり気が向いていて、彼女が操作する遠隔攻撃に、魔理沙は気がつかなかった。
「私は大きくバランスを崩す。霊夢が調子に乗って攻撃を連発してくる。
 私は逃げる。あいつは追う。
 私が態勢を立て直す。あいつは動きを止めて、一旦、離れていく」
 だが、そこに狙いがあった。
 魔理沙とて、小手先の技が使いこなせないわけではない。
 自分が逃げた跡に、霊夢が後ろに下がった、その場所で、ちょうど破裂するように『罠』を仕掛けておいた。
「霊夢は罠にかかった。態勢は逆転した。私が攻撃を仕掛けて、今度はあいつが逃げる立場になった。
 あいつは結界と空間跳躍で反撃してくる。それを見越して、私は反撃した。あいつは私の攻撃を受けても、なお、向かってきた。
 予想済みだ。そんくらい。
 だけど……」
 ここで、相手の動きが変化する。
 普段、札と結界を使った遠隔包囲攻撃を得意とする霊夢が、両手に刃を引っさげて、超近距離格闘戦を挑んできた。
「正直、驚いた。私の足に追いつけないことを知っていて、あいつが接近戦を仕掛ける理由がないからだ。
 私は逃げた。すぐにあいつとの距離が離れた。
 だが、それがあいつの狙いだった。あいつは手にした剣を私に向かって投げつけた。
 んなものに当たってやる理由はない。私はそれをよけた。だが、それはあいつの罠だった。破裂した剣の弾丸をまともに浴びて、動きが止められて――」
 ――とどめを刺された。
 ぱんっ、と片方の光球がはじけて散る。
 はぁ、と魔理沙はため息をついた。
 霊夢だけではない、誰かと勝負を行い、負けるたびに、何度も何度も行なってきた『反省』だ。
 どの段階で流れが決したのか。どの行動がその原因だったのか。どうしてそうなったのか。
 それを明確に、クリアにするために、あえて『負け戦』を反芻する。
「……結局、判断ミスなんだよなぁ」
 たとえば、霊夢が接近戦を挑んできた時、逃げずに応戦していれば結果は違っただろう。
 逃げたとしても、投げられた剣に注意を向けていれば、これまた違った結果があったはずだ。
 霊夢と魔理沙。この二人の実力は拮抗している。
 勝負が決するのは、どちらが先に『ミス』をするか。
 それを誘うことが、彼女たちの戦いの基本である。要するに、択が多い方が勝つのである。
「もうちょい、技を増やすかねぇ……」
 椅子の背もたれをきしませて、伸びをする。
 次の瞬間、ばきんとかいう音を立てて、古くなっていた椅子の背もたれがへし折れた。
「へぶぁっ!?」
 超強烈な背骨へのクリティカルヒット。
 激痛に、床の上でのた打ち回る彼女。……下手すれば、とんでもない大事故になるトラブルである。
「……あんた、何やってるのよ」
「ぐ……ぐぐ……! ア、アリス……」
 それを呆れたような表情で眺めていた一人の少女。
 魔理沙とは、何だかんだ言いながらうまいこと付き合っている、アリス・マーガトロイドである。
「そんな古い椅子を使ってるからでしょ。
 そこら辺にあるゴミの中に、もっとマシなの、あるんじゃないの?」
「お前、私の心配をしろよな!?」
「あんたはそうそう壊れるようなやわな体のつくりしてないし」
 ひょいと肩をすくめ、『へっ』な顔をするアリス。
 むかつき度MAXの魔理沙は、何か言って反撃してやろうと思ったが、背中の痛みはそれどころではなかったらしい。
「全く……。
 また、家の中もゴミだらけだし。ちゃんと整理整頓、しなさいよね」
「……ほっとけやい。
 何しにきたんだよ……」
 呻きながら、何とか起き上がる。
 アリスは右手を腰に当てて、
「早苗が、あんたが霊夢に負けてへこんでるみたいだから励ましに行ってあげて、って言ってきたのよ」
 その心配もなさそうね、とアリス。
 彼女がぱちんと指を鳴らすと、いきなり、ずらっ、と数十を超える人形が現れる。
 彼女たちはアリスに指示されるまま、てきぱきと魔理沙の家の中を掃除し始めた。
「あ、ちょっと、こら! 勝手なことするなよ!
 あっ! ちょっと、アリス! その本、この前、パチュリーからようやく借りてきたばっかり……!」
「ようやく『盗んできた』ばっかりの間違いでしょ?
 これ、紅魔館に返しに行って。あと、この辺りに転がってる本も適当に。どうせ、全部、盗品よ」
 じたばたする魔理沙は人形数体に担ぎ上げられ、この荒れ果てた空間で、唯一、平穏を保っているベッドへと連れて行かれる。
 そこにぽいと放り投げられた後、人形のうち一体が湿布を取り出し、彼女の背中にぺたぺた張っていく。
「こんな風にしてるからGが出るのよ」
 と、アリスが言った矢先、台所の方で人形がGを発見し、魔理沙が悲鳴を上げるのだが、それはまた別の話。

「ほら。ふてくされてないで、これでも食べて機嫌直しなさい」
「やだ!」
 家の中はぴっかぴか。
 汚れたところなどどこにもなく、壊れた椅子の代わりに、アリスがどこかから持って来た見事な椅子がダイニングテーブルの横に鎮座している。
 そこに座らされた魔理沙は、ほっぺたぱんぱんに膨らませて、アリスが勧めるケーキにぷいっとそっぽを向いている。
「霊夢に負けたくらいで、どうしてそこまでふてくされるのかしらね」
「お前だって、人のこと、言えないじゃないか。負けず嫌いのくせに」
「そうね。負けず嫌いだから、ふてくされたりなんてしないわ。
 リベンジのことしか、私は考えない」
 澄ました表情でお茶をたしなみ、ふぅ、と息をつくアリス。
「もしかして、負けの考察もしてないの? だから負けるのよ」
「してるよ! 馬鹿にすんな!」
 アリスの挑発に負けて、彼女の手はティーカップに伸びた。
 その中身をぐいっと飲み干し、フォークを逆さまに、ケーキに突き立てる。
「あいつはほんと、やることなすこと手が込んでるからな。
 こうなったら、あいつが予想しない手を身につけて反撃してやるんだ」
「ふぅん」
「何か面白い技を開発しないとな」
 がぶりとケーキにかじりつく。
 その彼女のほっぺたを、アリスはハンカチで拭いてやると、一言。
「ま、いいんじゃない? それで」
「何だよ。投げやりだな」
「私が負けたわけじゃないもの」
「ああ、そうだな。べーっ、だ」
 年齢相応のふてくされモード全開の魔理沙に、アリスは言う。
「魔理沙は努力はするわね。
 負けた時も、割と真剣にどうして負けたのかを考察する。勝った時もそう。
 勝ちの理由と負けの理由を探るのは悪くないし、そこから何を学ぶかも、まぁ、概ね外れてない。
 けど、あんたは、結構な確率で努力の方向性を間違ってるわ」
 彼女の空っぽのティーカップに、人形がお茶を注ぐ。
 アリスは「言ってること、わかる?」と魔理沙の瞳を見据えて言う。
「何だよ。そんなことないぞ」
「まぁ、あなた当人がそう考えているのならいいわ。
 だけど、私の目から見て、あんたは無駄な努力をしてる時が多いのよ。
 人間の時間は短いわよ、魔理沙。霊夢に勝つというのなら、もっと効率的に努力しなさい」
「……お前さー、何ていうか、すごいかっちこちの奴だよな。
 どうすれば一番、得かとか、そういうことばっかり考えてるのかよ?」
「効率化、って言ってちょうだい。
 けど、魔理沙。あなただって、無駄な努力はしたくないでしょ?」
「まぁ、そりゃ、なぁ」
「だったら、私の忠告を受け止めるのも悪くないと思わない?」
「……う~ん」
 ふてくされながらも腕組みして、真剣に悩み出す。
 やれやれ、とアリスは苦笑する。
「相手の調子を狂わせれば、勝ったも同然よ。魔理沙」
 わかってるよ、と魔理沙。
 今回、彼女はそれで負けたのに等しいからだ。
 わかってはいるのだが、そう考えると、やはり、霊夢のペースをどうやって乱すかというところに考えは流れていってしまう。
「お前はいいよな。色々、頭がよくて回転が速いからさ」
「そうね。変化する状況を逐一、読み取って正確に判断するのは武器よね」
「何だよ。人を猪突猛進の馬鹿みたいに」
「あら、違ったの?」
「ちがわい!」
 アリスにからかわれ、魔理沙は声を上げる。
 むぅ、と膨れる彼女に、「じゃあ、魔理沙はどうするのよ?」と問いかける。
「即座に機転の利くことが出来ないなら、どうやって、相手のペースを乱すの?」
「そりゃ、もちろん、真正面からぶっ壊す」
「だから、あなたは猪突猛進の馬鹿って言われるのね」
「……ぐっ」
「だけど、正しい判断ね」
 やり方は人それぞれ。
 アリスのそれが機転の利く技であるなら、相手をそのまま力でねじ伏せる、魔理沙の力も、どちらも正しい『戦法』だ。
「智慧に長ける奴は強いよな」
「そうね。どんな攻め方をされても、それを受けて、対応を変えることが出来るからね」
「智は力、とはよく言ったもんさ」
「相手が馬鹿ならそれでいいのよ。
 けど、相手も頭のいい奴だと、そうはいかない。智慧と智慧の勝負よ。それが互角なら、純粋な力の勝負になる」
「相手の小手先の技も、まとめてぶっ壊すのは――」
「ある意味、智慧の勝利ね」
 古来より、寡兵が大軍を打ち負かした例は枚挙にいとまがないが、かといって、必ず『弱いほうが勝つ』とは限らない。
 圧倒的な力は正義である。どんな小ざかしい策を弄したところで、無敵の戦士にかなう術はないのだ。
 そこまで己を昇華させるのは智慧だ。
『どんな相手にも負けない力を手に入れる』ための研鑽を欠かさず行なってきた、『智慧』の勝利なのだ。
「よし。そんなら、ちょいと力を借りに行こう」
「そう。頑張って」
「おうさ」
「晩御飯は作っておいてあげる。ちゃんと食べるのよ」
「礼は言わない。あと、代金も払わない」
「つけておくわ」
「をい」
「冗談よ」
 すまし顔でひらひら手を振るアリス。
 その顔を見ていると、どうしても、『冗談』の一言が信じきれない魔理沙であった。

「――それで、私のところにやってきた、と」
「そうだ」
 彼女の前にいるのは、パチュリー・ノーレッジという。
 この空間――広大な本の海の主である彼女は、突然の来訪者に一言、言った。
「帰れ」
「何でだよ、冷たいな」
「冷たいとかそういう問題ではないの。
 あなたはアリスのアドバイスから何も学んでいないのね」
「どういうことだよ」
 ふてくされる魔理沙に対して、パチュリーはため息をついた。
 彼女は、「とりあえず、そこに座りなさい」とデスクの脇の椅子を示す。
 言われた通り、魔理沙がそこに腰掛けたところで、パチュリー先生の講釈が始まる。
「いい? 魔理沙。
 そもそも、私とあなた、そしてアリスは、目指すところも違えば持っている技術も違う、魔術の体系だって違う。
 あなたの技術は私の技術に包含されるかもしれないけれど、逆もまた真なりとはいかない。
 何せ、あなたの技術は、一種、特殊だわ。特殊な技術を極めようとしている専門馬鹿……ああ、失礼、専門家は、得てして周りの技術には疎いもの。
 これの意味はわかるわね? あなたは端的に言って、私の技術領域から見ると素人も同然なの。
 そんな素人に教える技術はないし、教えようと言う気にもならない。
 なぜなら、無駄だから。
 教えても無駄なら教える必要はない」
「何で『無駄』って言い切れるんだよ」
「あなた、火の魔法と水の魔法を掛け合わせること、出来る?」
「……できないけど」
「けれど、単体でそれを使うことは出来ていたわね。
 まぁ、私から見れば、全く小手先の技にしか過ぎないけれど」
「だから、その『小手先の技』を技術にしようとしてるんじゃないか」
「……遠回りなことをしようとするのね」
 はぁ、と彼女はため息をつく。
「あなたはアリスに言われたのでしょう? 人間の時間はとても短い、って。
 私たちみたいに長命な種族ならまだしも、明日には命が尽きてもおかしくない人間風情で、そんな遠回りな研究をすることに意味があるの?」
「何でもやってみて、得られたものは財産じゃないか」
「確かに。
 遠回りしないとわからないこともある――これはある意味、真理ね。
 最短ルートばかり通っていると、どうしても、必須となる技術の周囲にある雑多な知識には目が行かなくなる。
 けれど、魔術と言うものに限らず、何でもそうだけれど、技術と言うものはあらゆるものを総合して、それを蓄え、昇華させた先に、また新しい技が存在している。
 否定はしないけれど、魔理沙が今、目指しているものとは違う。
 だから、無駄だと言ったのよ」
 どうしてそれがわからないのかしら、とパチュリー。
 天才の考えることは凡人にはわからないと言われている。なぜなら、彼らは感覚と閃きで生きるタイプの生き物だからだ。
 地道に知識と技術を積み上げていく凡人には、決して、彼らの行動原理を理解することは出来ない。
「そりゃ、お前が天才だからだろうさ」
「それを本気で言っているのだとしたら、あなたは私の前から今すぐ消えなさい」
 普段から思っていることを、ぽつりとつぶやき、指摘する魔理沙に、厳しい指摘を飛ばす。
 ぐっ、と彼女は言葉に詰まる。
「天才というのはね、魔理沙。
 いきなり自分で術式を構成して、魔法の『ま』の字も知らないくせに、とんでもない魔法を生み出すような輩のことを言うのよ。
 私はそんなことは出来ないし、たとえ出来たとしても、その技術を安定させることなんて出来ないわ。
 だから、こうやって、読まなくてもいい本を大量に読まないといけないし、やらなくていいはずの研究ばっかりやっている。
 私は努力して、今の技術と知識を手に入れたのよ。楽して私のところまで簡単に上り詰めてくるような天才と一緒にしないで。
 あなた、まさか、私をそういう目で見ていたの?」
「いや……その……。……ちょっとだけ」
「……ったく。その時点から勘違いしていたのね、呆れるわ」
「まあまあ」
 そこでようやく、横手から助け舟が入った。
 話を黙って聞いていた、パチュリーの秘書担当の小悪魔が、『そんなにヒートアップしないで』と笑いながらパチュリーを押さえ、魔理沙と彼女の二人にお茶を配る。
「魔理沙さんから見れば、パチュリー様は、魔法としての技術も魔法使いとしての力量も全く上なんですから。
 ある意味、慕ってるんですよ。ね?」
「それなら、ことあるごとにうちの本をパクっていかないでほしいものね」
「あれですよ。
 近所の小さな子供が、知り合いの大きなお姉さんを頼りにするようなものです」
「おいこら、誰が小さい子供だ!」
「なるほど。一理あるわね」
「おいちょっと待て。お前、私よりも背が低いだろうが!」
「『身長』はね?」
「くそむかつく。」
『紅魔館バストランキング』で上位入賞を果たしているパチュリーの不敵な笑みに、魔理沙は呻いた。
 まぁ、それはともあれ、とパチュリー。
「ともかく、私はあなたに教えることは何もないし、教える気もない。だから、帰りなさいと言っただけ」
「けどさー、お前、色んな技術があるじゃないか?」
「あるわね」
「そういうのをたくさん習得しておいたら、臨機応変な行動って出来るじゃないか」
「出来るわね」
「私はそういうのもやっておきたい」
「やればいいじゃない」
「だから、教えてくれ」
「だが断る」
 手にした本を閉じて、パチュリー。
 彼女は肩をすくめてから、魔理沙をまっすぐに見据える。
「いい? 魔理沙。
 あなたが小手先の技術を学びたいと言うのなら、あなたが極めたいと思っている体系と技術においてそれをなすことを目指しなさい。
 私が向かう道と、あなたが向かう道は全く別物よ。そんな他人の技術を盗んで何になるの?」
「他人の技を盗むのが、上達するコツの一つだろ?」
「意味が違う。
 たとえば、私が、私よりも実力が上で、かつ、私みたいな魔法を使う奴がいたとしたら、それから技術を盗むことは私自身の実力の向上につながるわ。
 スポーツで言うなら、サッカー選手が自分よりも遥かに技術に優れるサッカー選手の技を盗むようなものね。
 けど、あなたが私の技術を盗むのは、サッカー選手が野球選手の技術を学ぼうとしているようなものよ。
 そんなもの、何の役に立つの」
「そこまで違わないだろ」
「違うわ」
「何で」
「そういうものだからよ」
 はぁ、とため息一つ。
 パチュリーは立ち上がると、
「じゃあ、魔理沙。もしも私が、あなたにロイヤルフレアの撃ち方を教えたら、あなたはどうする?」
「ん? 教えてくれるのか?
 それならありがたくちょうだいするな」
「そう」
「何せ、お前の秘術の一つだ。扱いは難しいだろうが、私自身の戦力アップは確定的に明らかだ!」
「あなたはまず日本語を学ぶ必要があるかもしれないわね」
 いきなり、魔理沙の頭上に『国語辞典』が現れ、そのまま彼女の脳天に直撃する。
 なお、辞典の分厚さは1000ページ以上、角は金属補強されていた。
「まぁ、それは置いておくとして」
「痛いわ!」
「それ、あげるから。持っていきなさい」
 パチュリーが魔理沙に振り返る。
「あなたは今、私の教えたロイヤルフレアは扱いが難しいと言ったわね? じゃあ、扱えるようにするために、どうする?」
「そりゃ、研究するさ。
 それが私に馴染まないなら、私好みの形に変える必要があるからな。魔法のアレンジ、ってやつだ」
 お前もよくやるだろ? と視線。
 パチュリーは無言でうなずくと、「なるほど。正しいわね」とつぶやいた。
「そのロイヤルフレアの研究をしている間、あなたは他のことが出来ないわね?」
「まぁ、そうだな」
「普段やっている研究とか自己研鑽とか、そういうのも」
「ちょっとくらいはやるさ」
「けど、手は抜いてしまうわね」
「まぁ……そうだけどさ」
「じゃあ、その間に」
 パチュリーの右手が魔理沙に向けられる。
 その右手が一瞬、閃光を放った後、光の奔流が、彼女の真横を駆け抜けていく。
 遠くで響く轟音。小悪魔が、「片付けるのは私なんですからね」とパチュリーに文句を言う。
「私が、あなたのマスタースパークを持っていったら、どうする?」
「……えっと……」
「しかも、私はあなたのマスタースパークを簡単に扱える。私の魔法体系の一つに、あなたの魔法体系があるのだから。
 あなたよりも遥かに短く、効率的に、マスタースパークをものにする。
 そして、今度は、マスタースパークとロイヤルフレアを同時に使えるようになる。
 そうなったらどうする?」
「……」
「あなたが私のロイヤルフレアを研究している間に、私はあなたの一歩も二歩も先に行ける。
 そうなったらどうするの? また、私の技術を盗んで、私に対抗しようとするの?
 そんなことをしても無駄よ。私はどんどん、あなたよりも先に行くのだから。
 そうしているうちに、あなたは寿命を迎えて、何もかも中途半端なまま、死んでいく。残された私は高笑い。
 ああ、私に届かないくせに、無駄な努力をしている虫けらが死んでいった、ってね」
 彼女はそう言って、椅子の上に戻る。
「ま、もちろん、そんな意地の悪いことは言うことはないし、言う必要もないけれど」
 魔法使いとはプライドが高いのだ、と彼女は言う。
 相手のことを罵って、そのプライドを踏みにじるような真似はしない。それは、自分を貶める行為にもつながるからだ。
 もっと端的に言うと、『無駄なことはやらない』ということになるのだが。
「アリスの言うことは正論ね。
 あなたはね、魔理沙。努力の方向が間違ってるのよ。
 他人の技術を学んだり盗んだりするのではなく、まずはあなた自身で自分の技術を高めなさい」
「……」
「一つの技術は色んな可能性を包含しているし、それもまた、扱い方によって無数のレシピとなる。
 他から何かを取り込んできて、そこに加えると言うのも、正しい選択肢の一つ。けれど、あなたの目指す方向性とは違うわね。
 もし、今すぐにでも霊夢に勝つような技術を身に着けたいと願うなら、まずは己を見つめなおし、自分の中の可能性と、正面から話し合いでも何でもしてみなさい。
 それをした後でなら、私は、あなたに私の技術を盗ませることも、やぶさかではないわ」
 黙りこんだ魔理沙は、しばらくしてから、『……ちぇっ』と舌打ちする。
「わかったよ、もう」
 立ち上がると踵を返し、箒に飛び乗ると、「邪魔したな」と残してその場を去っていく。
 開かれた扉の向こうに、彼女の姿が消える。
 扉が閉じられてから、しばらくして。
「魔理沙さんはどうするんですかね?」
「さあ? どうでもいいわ」
「あれで、もし、今後も成長しないようなら?」
「当然、ここへの出入りは禁止よ」
「普段からそのつもりなのに?」
「いちいちうるさい」
 困った主人ですね、というあからさまな視線を向けてくる小悪魔に、パチュリーは『しっしっ』と手を振りながら返した。
 はいはい、と笑う小悪魔がその場を去っていく。
「……ったく。
 下らないことだけど、余計なアドバイスをしてしまうのは、何なのかしらね」
 それもまた、自分の魔術の実力を高めるための研究としておこう。パチュリーは、そう結論付けた。無理やりに。
 どうしてこう、困ったことばかり、自分の周りには起きるのだろう。
 それを、彼女は自問自答する。
 ――もちろん、彼女自身、そうした自分の『態度』こそが誰よりも何よりも問題であり、魔理沙みたいな困った輩がひょいひょいとやってくることの原因となっていることには、思い至らない。

「あ~あ……どうすっかな……」
 ふよふよ、幻想郷の空を漂う霧雨魔理沙。
 いつもの勢いがどこにもなく、どことなく意気消沈しているようにも見える。
 考えていた作戦をパチュリーに全面的に否定され、しかも、さらにためになる話を聞かされてしまったせいだろう。
 どうしたもんか。
 彼女は箒の上で器用に腕組みする。
「おや、ちょうどいいところに」
 その時、彼女の耳元でいきなり声がした。
 驚いて振り返ってみると、見慣れた顔がまた一つ。
「……何だよ、文か」
「はい。
 幻想郷の明日を届ける辣腕新聞記者こと射命丸文ちゃんです」
「誰もそんなこと言ってないけどな」
 どちらかというなら、『幻想郷の皆さんにデマを届けますゴシップ記者』といったほうが正しいかもしれない。
 もちろん、そんなこと、本人に言おうものなら全力で否定されるだろうが。
「何しにきた?
 あ、そういえば、お前、この前、私と霊夢との戦いを邪魔しただろ。よーし、マスター……」
「いえ、私は別に何も。
 ただの通りすがりなのですが」
「は?」
 拍子抜けする返事だった。
 大抵、こういう時にどこからともなく湧いて出てくる文は、何らかの意図を持って対象に接触してきていたからだ。
 それが、自分から、『ただの通りすがり』と言うのは珍しい。
「私も暇人じゃないですからね」
「嘘つけ」
「まあまあ」
 にやりと笑う文。
 そうして、
「いえ、ついさっきですね、アリスさんに逢いまして」
「へぇ」
「アリスさんから、『魔理沙を見かけたら、とっとと家に帰りなさいよ、って伝えて』と言われてます」
「はあ」
「まるで子供のお使いですよね」
「やかましいわ!」
『ぷーっ、くすくす』な顔する文めがけて、魔理沙は拳を振った。
 それをひょいと文はよけると、「じゃ、伝えましたからねー」と空の彼方に向かって飛んでいく。
 速度を売りにする魔法使いでも、風と共に生きる天狗に追いつくのは不可能。あっという間に、彼女の姿は見えなくなった。
「ったく。何だい、どいつもこいつも」
 ぷくっとほっぺた膨らませてふてくされると、魔理沙も家路に着く。
 飛ぶことしばらく。
 家の前に戻ってきた彼女は、『ただいまー、っと』と家の中へ。
「何だ、ほんとにいない」
 アリスの奴は薄情な奴だぜ、ときれいになった室内を見渡してつぶやく。
 帽子をすぐ側の棚の上に置いて、箒を壁際に立てかけてから、
「……ん?」
 ダイニングテーブルの上に、人形がぽんと一つ、置いてあるのに気がつく。
 それは、アリスの姿をした、かわいらしい人形だった。
 何だこれ? と、魔理沙がそれを手に取った瞬間、
『やっぱり、パチュリーに怒られて帰って来たみたいね』
「うわっ!?」
 いきなり、人形が喋りだした。
 驚き、後ろに一歩、下がってしまう。
 人形はぴょこんとその場に立ち上がると、手を腰に当てて、
『だから言ったでしょ、魔理沙。私はね、嘘と冗談は滅多に言わないの』
 と、アリスの声で人形は喋り続ける。
 それを一瞥して、『なんかの遠隔操作か?』と魔理沙は首をかしげた。
 あの性悪人形遣いのことだ、どこかに隠れて、こっそりと、魔理沙が驚き、目を白黒させているのをおもしろがって見ているに違いない。
「アリ……!」
『残念だけど、この人形は、私の魔力で動いているのよ。
 吹き込んだ言葉を再生する機能があるの。早苗が『ぼいすれこぉだぁ』っていう道具を持っていたから、それを真似てみたわ』
 まるで、魔理沙の行動を予測していたかのように、アリス人形は喋ってくれる。
 腰に手を当てて、やれやれ、と首を左右に振りながら。
『だから、あなたは一方的に、私のお説教を聴くしか出来ないの。おっけー?』
「何がオッケーなものかい」
 むんずと人形捕まえて、それを外に放り投げようとする。
『あのね、魔理沙。
 確かに霊夢に負けて悔しいのはわかるけど、あなたは本当に、やり方が間違ってるのよ。
 だから、なかなか結果が出ないの。それ、理解してる?』
 そう言われて、右手を振り上げたその態勢のまま、彼女は固まった。
『努力で才能の差を埋めることは出来ないわ。
 だって、立っている位置が違う上に、相手とは違うレーンを走らないといけないのだもの。
 相手のレーンはあっちこっちに短縮用の隠し通路なんかがあるわけだけど、あなたのレーンにそんなものはない。
 ずるする相手に正々堂々、戦って勝てると思ってる?』
 彼女はアリス人形を見つめる。
 アリス人形は首を左右に振って、肩をすくめて、『やれやれ』と言っているように見えた。
『いい? 魔理沙。
 あなたが本気で霊夢に勝ちたいと思うなら、その一方的なハンデを覆す以外にないわ。
 これを努力でどうにかしないといけないのが、あなたにとって一番辛いところ。
 だから、少しでも、道を短くする方法を見つけるしかない。
 何十メートルだろうと前にいる相手に、少しでも、頑張って、必死で、追いつかないといけない』
「……わかってるよ」
『魔理沙。
 あなたがするべき努力は唯一つよ。自分の力を磨きなさい。自分の才能と、自分の知識と、自分の智慧で。
 他人を頼ってはダメ。誰かから何かのスキルを得ても、それはあなたの道を縮めてはくれない。
 あなたの走る道に、新しい道を示してくれる――だけど、それは短縮ルートにならない。結局、同じ長さを走ることになる。
 だったら、少しでも、ショートカットしたいじゃない?』
 ウインクするアリス人形。
 仕草の細かい人形だ。こういうことまで、わざわざ、アリスは仕込んでいったのだろうか。
『私はね、「あなたなら出来る」なんてことは絶対に言わないわ。
 そんな安請け合いされても困るでしょ?
 だから、私はね、魔理沙。あなたに言うの。
 自分の持っている才能を、死ぬ気で磨きなさい、ってね』
 ふわりとアリス人形は空に舞い上がった。
 ぺしぺし、と彼女は魔理沙の頭を叩く。
『あなたが持っている、あなただけのスキルが絶対にあるはずよ。
 ま、パチュリーは、「そんなもの、私ならすぐに盗めてしまうわね」なんて言うだろうけど。
 それも正しいんだけど、その言葉を真に受けたらダメよ。
 あなただけのスキルは、誰にも盗めない。そして、誰にもそれをどうにかすることは出来ない。
 あなたの中にしかないあなただけの才能なんだから』
 にっこりと、アリス人形は笑うような仕草を見せた。
 そして、ふよふよ、その場を離れて飛んでいく。
『あなたがするべき努力は、あなたの才能を磨き、育てることよ。
 そのためにする努力は決して無駄にならない。あなた自身のためになる。絶対にね。
 そっちの道、どうして選ぼうと思わなかったの?』
 長い沈黙が落ちる。
 アリス人形は、魔理沙から何か返答を受けないと喋らないように設定されているのかもしれない。
 視線の先、部屋の真ん中辺りでふわふわ浮いているアリス人形を、魔理沙は見つめる。
「……それだけじゃ足りないと思ってさ。
 ほら、才能って言うか、実力の器って決まってるだろ? それなら、何とかして器を大きくするしかないじゃないか。
 私にとって、色んな知識と技術を吸収するっていうのは、それなんだよな。
 自分の器を大きくしようというか……」
『その結果が中途半端になってしまっては、全く意味がないわね。
 ごてごてした装飾を施したところで、器そのものの形が変わるわけでもないし、大きさが大きくなるものでもない』
 ふわふわと、アリス人形の姿が部屋の向こうに消えていく。
 しばらくすると、アリス人形は、両手に銀色のトレイを持って戻ってきた。
『器の中に水を注ぐ。あふれた水は器の周りを満たす。
 だけどね、魔理沙。器の中に注ぎ入れるのが、水じゃなくて固体だったらどうする?
 器の上に、いくらでも積もっていくでしょ?
 器はどんどん重たくなっていく。それって、あなたの器の中身が、増えていることにつながらない?』
 かちゃかちゃと、テーブルの上に、アリス人形が料理を並べていく。
 まだ、どれも湯気が立っていて美味しそうだ。
『あなたがしていた努力は、器の中に水を注ぐ努力だった。
 あふれた水は周りをぬらす。確かに、それも才能の成長。器の回りと言う、あなたの周囲の力になるのだから。
 けど、本当に、あなた自身の力とするなら、器が重たくなった方がいいわよね』
 ふぅ、とアリス人形。
 くるりと振り返った彼女は、一言。
『以前ね、私がお母さんに言われたことがあるの。
 あなたと同じように、一生懸命、努力しても努力しても結果が出なかったときがあってね。
 夢子さんとかルイズさんみたいに、すごい実力がある人が身近にいるでしょう? コンプレックスね』
 椅子を引いて、アリス人形。
『どうしてこんなに頑張ってるのに、結果が出ないのか。
 お母さんは言ったわ。
「アリスちゃん。努力は必ず実を結ぶものよ。一生懸命頑張れば、何だって出来るし、結果が必ずついてくる。
 だけどね、アリスちゃん。結果が出ない努力は努力ではないわ。それは、努力したつもりになっているだけなの。
 あなたがするべき、本当の努力をしないから、結果が出ないのよ。
 あなたが本当にするべき努力が何か。それをしっかり考えて、もっともっと頑張ってね」
 ――ってね』
『さあ、どうぞ』とアリス人形は料理の並んだテーブルを示した。
『お腹すいたでしょ。あなたの好きなもの、作って置いておくから。
 ちゃんと食べなさいよ。また泣きながら、ご飯食べさせて、って言ってきても食べさせてあげないわよ』
 応援してるからね、と。
 そう言ってウインクして、アリス人形はぽとりと床の上に落下した。
 先ほどまで饒舌に話していた人形は、今は何も喋らない。
 魔理沙はそれを拾い上げて、テーブルの上にぽんと置く。
「……ふん」
 椅子に座って、魔理沙。
「お前に言われなくてもわかってるさ」
 あったかご飯に箸を向ける。
「……見てろよ。絶対に、度肝を抜いてやるからな」
 つぶやく声は震えていた。
 視界がじんわりとにじむ。
 箸を持つ手でアリス人形の頭をなでてから、彼女は「いただきまーす」と食事を始める。
 アリスの作ってくれた料理は、相変わらず、何だかお高く留まったような味がする。
 それがどんな味かと言われると、魔理沙も答えることが出来ない。
 わかるのは、『ああ、これがアリスの手料理なんだな』と言う感覚だけだった。


「たのもー」
 その日、博麗神社の境内に、変わった声が響いた。
「何よ、魔理沙。私は暇じゃないのよ」
「お賽銭入れたぞ。1000円」
「ようこそいらっしゃいませ、魔理沙さま」
「……あのさぁ」
 境内掃除に精を出す(というか、それしかやることがない)霊夢が、魔理沙に向かって最敬礼をかましてくれる。
 色んな意味で切なくなりそうなのをこらえて、魔理沙は、『まぁ、いいや』と今の光景全てを水に流した。
「あっ、魔理沙さん。こんにちは」
「よう、早苗。
 お前、何してんだ?」
「家の中の掃除です。
 霊夢さんが掃除しない部屋を中心に」
 とたとたと、足音立てて去っていく早苗。
 彼女は右手にバケツ、左手に無数の雑巾を持ち、その背中は実に楽しそうだった。
「……霊夢、お前、将来って言うか今もだけど早苗に頼りきって生活するのやめとけよ?」
「どういう意味だ!」
 反論してくる霊夢であるが、その勢いに意味はなかった。
 誰がどう見ても、今の霊夢は早苗に甘えまくりのダメ人間だからだ。
「あんただって、アリスの世話になってばっかりじゃない。
 何よ、その人形」
「ん? こいつか。
 アリスからもらった。ちょっと使い魔の訓練に使おうかな、って」
 彼女は肩に、アリス人形を載せている。
 くたっとなったそれは、昨日のように、雄弁に口を開かない。
「ふぅん」
「慣れればかわいい奴だぞ。本人と違って」
 魔理沙はそれを、ぽんと、地面の上に落とす。
 そして、
「で、だ。
 お前にちょいとケンカを売ろうと思う」
「何よ。あんたと遊んであげる暇があるほど、私は暇人じゃないのよ」
「私は今、ちょいと暇をしていてな。
 せっかくだから、お前に付き合ってやろうと考えている」
「あっそ。
 じゃあ、はい。箒。境内の掃除、お願いね」
「そいつは出来ない相談だ。
 何せ、これから境内に、もっと大きな穴が空く」
「あれ直すの萃香の役目だからどうでもいいけど、あんまり暴れられると困るんだけどね」
「まぁ、そういうな。友達のよしみだ。
 軽く一発、食らってくれるだけでいい。負けが多いのが気になっている」
「知らんっての」
 瞬間、飛んできた緑色の弾丸を、霊夢は手にした箒で弾いた。
 箒全体にぼんやりと光が点っている。
 彼女はそれをひゅんと振り、はぁ、とため息。
「不意打ちってのは気に食わないわね」
「だろう?」
「そういう奴にはきっついお灸が必要だわ」
「お灸は体にいいんだぞ」
「それじゃ、あんたの脳天にお灸したげるから、そこに直りなさい!」
 反撃に飛んでくる札を、魔理沙は一歩、後ろに下がって回避した。
 すかさず箒にまたがり、空へと飛び上がる。
「待て、こら!」
 追いかけてくる霊夢。
 彼女は魔理沙の下を取って札を連射しながら高度を上げてくる。
 相手の攻撃をひょいひょい回避して、魔理沙は言う。
「どうだい、やる気になったか」
 同じ高度に並んだ相手に向かって、彼女は一発、弾丸を放つ。
 霊夢は服の左の袖で、それを払いのけた。
「ええ、とっても」
 直後、展開される札が四方八方から魔理沙に迫る。
 右側に隙間を見つけた魔理沙は、すぐさま、そこへと向かって逃げ込んだ。
 札の包囲網を突破する瞬間、魔理沙めがけて鋭い針が飛ぶ。
「おお、こえぇ」
 直線軌道を直角に変換する。
 飛ぶのをやめて自由落下する彼女の頭上を、霊夢の放った針が通り抜ける。
 魔理沙は右手に箒を掴むと、それの先端を霊夢に向けた。
「そーれ!」
 一気に加速し、箒ごと、霊夢へと突っ込んでいく。
 霊夢は前方に体を回転させながら相手の突撃を回避する。態勢を整えないまま、天地が反転した景色を見つめながら、霊夢の反撃が魔理沙の背中に放たれる。
 背後から攻撃が迫るのを確認して、魔理沙は逆上がりの要領で箒の上に戻る。
 そして、前方へと加速して霊夢と距離をとってから、二発の閃光を、相手めがけて放つ。
 二本がほぼ左右に並んで走る攻撃。どちらか一方をよければ、どちらか一方が命中するのを狙っているのだろう。
 霊夢はその場に動きを止めて、展開する六枚の札で結界の盾を構築する。
 爆音が走り、霊夢の視界が煙で埋まる。即座に、彼女は地面に向かって離脱行動を取った。
 煙が覚めやらないうちに、霊夢の頭上を、また一本の閃光が通り過ぎていく。
「あんたの攻撃はね、魔理沙! 直線的でよけやすいのよ!」
 閃光の源めがけて、彼女は針を投げつける。
「おお、そいつは驚きだ! じゃあ、曲がるレーザーでも開発するかね!」
 煙の中から飛んでくる針を、魔理沙は左右に動いて回避する。
 だが、次の瞬間、彼女は舌打ちした。
 頭上と左右に抜けていった針が、いきなり方向転換してこちらに向かってきたのだ。
 一気に多面的攻撃を仕掛けられ、一瞬、彼女の思考が止まる。
 回避が間に合わない決断をして、彼女は両手に閃光を点し、それで飛んでくる針を殴りつけた。
 激しい光と共に何かが破裂する音が響く。
 そこめがけて、霊夢の次の攻撃が飛んでくる。
「くそっ!」
 一本の、巨大な槍。
 それが顔面めがけて飛んでくるのを確認して、魔理沙は攻撃を薙ぎ払ったそのままの両手で、槍を掴んだ。
「お前、こんなもの刺さったらマジで死ぬだろうが!」
「大丈夫。魔理沙だから」
「んなわけあるかい」
 掴んだ槍は、じりじりと熱を掌に伝えてくる。
 掴んで押さえているはずなのに、魔理沙の眉間めがけて、その切っ先が迫ってくる。
「せーのっ!」
 彼女は両手の魔力を最大まで高めて、その槍を握りつぶした。
 槍は無数の札から組み立ててある。散った札が、ひらひらと空を舞う。
 即座に、魔理沙はその場から離脱する。
 槍から解けた札が、次の瞬間、魔理沙の周囲で爆裂した。
「面白い攻撃だ!」
 こういう行動を瞬時に考え、組み立て、構築する。
 この臨機応変な戦い方は、決して、魔理沙には真似できないだろう。これこそ天才の技だ。
「だからどうしたってところかね」
 霊夢の姿がちらりと見えた。
 彼女の足が右側に流れていくのが見える。
 魔理沙は左に向かって移動し、相手と正対する向きと距離を維持しながら、牽制の弾丸を放つ。
 牽制攻撃など当たらないことがわかっているのか、霊夢は魔理沙を中心に円を描くように飛行しながら、散発的に攻撃を仕掛けてくる。
 魔理沙はそれをひょいと回避し、相手の行動をじっと見据える。
「……罠か!」
 気付いた瞬間、彼女は上空に離脱した。
 霊夢の移動した跡が光跡となり、その光が一瞬にして、魔理沙がそれまでいた場所に向かって収束する。
 束縛用の結界か何かだろう。
 あと一瞬でも、離脱が遅れていれば、それに捕縛されて勝負ありになっていたのは間違いない。
「相変わらず器用だね!」
 放つ弾丸。
 霊夢はそれをよける。
 直後、魔理沙の放った弾丸は爆裂し、周囲360度に小さな弾丸をばらまく。
「まぁね」
 霊夢はそれを右手の結界の盾で軽々弾き、飛んでくる二発目の弾丸を正面から撃墜する。
 再び、放たれる小さな弾丸の嵐を、今度は左手に作った結界の盾で受け止め、後ろに下がる。
 魔理沙は彼女の周囲めがけて爆裂する弾丸を放ち、細かい弾丸の雨で霊夢の移動範囲を拘束する。
「食らえっ!」
 彼女は右手に巨大な光の球を生み出した。
 それを、霊夢の頭上めがけて放り投げる。
 光の球は上空で弾け、数十の光の弾丸を、一斉に神社の敷地内に向けて走らせる。
「あとで、ちゃんと境内とかの掃除、しなさいよね!」
 霊夢は結界の盾を頭上にかざし、右手で魔理沙めがけて攻撃を放ちながら後ろに下がる。
「その心配はいらないぜ!」
 相手の移動する位置――それを見極めて、魔理沙の右手が下から上に動いた。
 それまで地面めがけて降るだけだった弾丸が、彼女の手の動きに従って空へと戻ってくる。
 その収束する先――霊夢めがけて、ばら撒かれた弾丸が飛んでいく。
「ちっ」
 霊夢は舌打ちすると、その場からふっと姿を消した。
 魔理沙は即座に、自分の左手側に向かって閃光を放つ。
 空間転移して攻撃を逃れた霊夢がその場に現れ、自分に向かってくる閃光を左手で弾いた。
「あっつ~……!」
 結界の盾が間に合わなかったのか、彼女は痛みに顔をしかめる。
 それでも、肌が少し赤くなった程度のダメージしか受けていないのは、さすがは霊夢というところか。
「お前、空間転移すると、100%に近い確率で相手の背後を取るよな」
「後ろから不意打ちしかけたほうが効果的じゃない」
「読まれてたら意味ないんじゃないか?」
「じゃ、考えとくわ」
 両手に構えた札を、霊夢は放つ。
 縦横無尽に走るそれを、魔理沙は上下左右の細かい動きで回避し、一気に地面に向かって降下する。
 そして、霊夢を頭上に捉えた彼女は、右手から、霊夢一人くらいなら飲み込めるサイズの閃光を放った。
 霊夢はそれをひょいと回避する。
 一直線にしか飛んでこない攻撃など、どんなに威力があっても当たるものではない。
 魔理沙は連続で、回避する霊夢に向かって閃光を放ち続ける。
 霊夢は小さく舌打ちした。
 相手の攻撃してくる距離が遠い。
 針では閃光に撃ち負けるし、札では距離が遠すぎて当たらない。
 仕方ないな、と彼女はその場で足を止めると、一瞬の間に無数の結界の盾を作り出す。
 それを構え、魔理沙からの閃光が放たれた瞬間、一気に魔理沙に向かって突進する。
「来たな」
 閃光を蹴散らし、突き進んでくる霊夢が右手を振り上げる。
 魔理沙は相手の側を掠めるようにして飛び上がり、その場から離脱する。
 霊夢の右手が光を放ち、放たれる何かが刃のように地面に突き刺さる。
 両者は位置を入れ替えた後、再度、攻撃を交わそうと構える。
「ちっ」
 魔理沙は、しかし、攻撃できずに逃げに徹する。
 今度は霊夢が攻勢に出る。
 中距離での札の乱舞と針による直射には、魔理沙もなかなか攻める手立てが見つからない。
 飛んでくる札の中で、当たりそうなものを迎撃しつつ、彼女は神社の空を逃げ惑う。
 一瞬の隙間を縫って、霊夢の位置を確認する。
「――しまった!」
 そこに、霊夢の姿がない。
 慌てて右手を頭上に掲げる。直後、そこへ、空間転移してきた霊夢の蹴りが突き刺さる。
「あら、残念」
 霊夢の左手が動き、至近距離で放たれた札が、魔理沙の盾を回避するように彼女の背中に突き刺さった。
「まず一つ」
「くそっ」
 背中のダメージに気を取られ、動きが鈍くなる魔理沙の右のわき腹に、霊夢の札が命中する。
「二つ目」
 着実に、魔理沙へのダメージを積み上げて、霊夢。
 魔理沙は破れかぶれとばかりに、至近距離から霊夢めがけて閃光を放つ。
 霊夢はそれをひょいとよけてみせると、左手を魔理沙へと向けて、
「――っ!?」
 その手を、慌てて自分の真横へと向けなおす。
 その瞬間、彼女の手に構えられていた札に、閃光の刃が命中した。
「こういう使い方ってどう思う?」
「人の技パクんな!」
「そいつぁすまなかったな。だが、これで一発目だ!」
 右手の刃で、魔理沙は霊夢の腕を払いのける。
 すかさず、左手の刃で、彼女は霊夢を一撃する。霊夢は、右手でそれを受け、直撃は避けたものの大きくバランスを崩す。
 魔理沙は追撃の弾丸を放ち、霊夢の目前で、それを爆裂させた。
 爆風と衝撃に煽られ、霊夢が大きく吹っ飛ばされる。
 相手が態勢を整えないうちに、魔理沙は追撃を放ちながら、自分にとって有利な距離を保つ。
「これ以上、食らってたまるものですか!」
 霊夢の右手が動き、魔理沙を示す。
 すると、彼女の眼前に赤い光が集まり、結界の盾を作り出した。
 弾丸がいくつもそれに命中し、爆発する。
 彼女は何とか体勢を立て直すと、魔理沙めがけて札を連続で放ち、相手の動きを制限しようとする。
 一方、魔理沙は飛んでくる札を的確に撃墜しつつ、後ろへと下がっていく。
 霊夢がそれを追いかけようとした瞬間、魔理沙は足を止める。
 その奇妙な動きに、一瞬、霊夢の動きが止まる。
「そこだっ!」
 それを逃さず、魔理沙の放つ閃光が、霊夢の左肩を捉えた。
 衝撃に振り回されるように、霊夢の体が大きくかしぐ。
「意表をつくってのはこういうことかね!」
 自分に向かって、なお、飛んでくる札の直撃を受けつつ、彼女は問いかける。
 霊夢は「肉を切らせてなんとやら、の間違いよ!」と悪態をついた。
 両者は一旦、空中で動きを止める。
 わずかの間のにらみ合い。最初に動いたのは霊夢だ。
 彼女は魔理沙へと接近戦を挑んでくる。
 振り上げた刃が、彼女の眼前を掠めていく。
「お前、接近戦を極めるつもりかい!」
「さぁね!」
 逃げる魔理沙を追いかける霊夢。
 しかし、両者の空中での速度差は歴然だ。
 あっという間に、二人の間の距離が開いて行く。
 だが、霊夢は攻撃をやめようとはしない。それどころか、魔理沙のいないところでも刃を振るい、空振りすらしている。
「何が……」
 相手の行動の意図が読めない。
 魔理沙は散発的に牽制弾を放ちつつ、霊夢から距離をとる。
 そうして――、
「はっ!」
 魔理沙への、右下方からの斬撃を、彼女は受け止める。
 弾ける光。耳障りな音。
「このっ!」
 自分の目前へ迫っていた相手を、魔理沙は閃光を放って押しのける。
 霊夢は魔理沙と少し距離を空けると、両手で唐突に、印を結んだ。
「そういうことかっ!」
 魔理沙が霊夢の行動に気付いた時にはすでに遅い。
 霊夢が斬撃として振るった光の残滓に強い光が宿る。
 それは一瞬で、空中に巨大な陣を描き出した。
 直後、その光の羅列から、次々に強力な光を放つ弾丸が飛び出してくる。
「くそっ!」
 魔理沙を完璧に包囲する、巨大な弾幕結界。
 包囲から逃れようとして後ろに下がると、その背中が見えない壁にぶつかって止まる。
 弾幕結界によって構成された巨大な檻の中に、魔理沙は閉じ込められている。
「さあ、魔理沙。この陣の中でも減らず口は叩けるかしらね!」
 霊夢が右手を振るうと、その動きに沿って光が形を成し、三日月状の巨大な弾丸を作り出す。
 一直線に飛んでくるそれをぎりぎりで回避し、魔理沙は霊夢の頭上へ逃げる。
「何とかするさ!」
 相手の頭上から攻撃を放つのだが、霊夢はそれを、左手の盾で受け止めてしまう。
 魔理沙は舌打ちし、すぐさま、その場を離脱する。
 360度、隙間なしの弾丸の嵐に、さすがの彼女も焦りが顔に浮かぶ。
「お前がこいつを制御する要ってんなら――!」
 魔理沙の両手が霊夢に向かってかざされる。
「お前を倒せばいいんだろ!」
 直後、放たれる極大の閃光を、霊夢は結界の盾で受け止める。
 強烈な圧力で押してくるそれに、しかし、霊夢は口許にわずかの余裕すら浮かべながら、「そういうことよ」と返すだけだ。
「捕まえてあげるわ!」
 霊夢の結界が力を増し、逆に魔理沙を押しのけようとする。
 体がきしむのを感じ、魔理沙は――、
「出来るもんならな!」
 ――笑っていた。
 彼女は広げていた掌を、ゆっくりと閉じていく。
 それにしたがって、閃光もまた、徐々に収束を始めた。
「……何を!?」
 慌てて、霊夢は左手に右手を添えて、両足で空中をしっかりと踏みしめる。
「なぁ、霊夢よ。
 結界ってのは面と空間で相手を押さえつけるもんだろ?」
「それがどうしたってのさ」
「そんなら、それに対して、『点』で立ち向かったらどうなるのかね!」
 超巨大な閃光は、ついには細く小さな『線』へと姿を変えた。
 それに伴い、霊夢の結界がぎしぎしときしみ、魔理沙の閃光を受け止めている部分に、徐々に奇妙な膨らみが生まれ始める。
「……そうきたか!」
 霊夢は慌てて、回避行動を取った。
 次の瞬間、魔理沙の閃光が、霊夢の結界を突き崩す。
 そのまま閃光は周囲を囲む弾幕結界へと突き刺さり、それをも粉砕して空の向こうへと消えた。
「逃がすかよっ!」
 魔理沙から距離をとろうとする霊夢。
 それを逃さず、魔理沙は一気に、箒を加速させる。
「体当たりってのも立派な攻撃だろうさ!」
 そのまま、箒ごと、彼女は霊夢へと突っ込んだ。
 箒の先端が霊夢の左肩を抉る。
 先ほど、魔理沙の閃光の直撃を受けたところと同じところへダメージを打ち込まれ、さすがの霊夢も顔をしかめた。
 だが、霊夢とて、黙って弾かれるだけではない。
 空中を舞う、壊れた結界の残滓を手で掴むと、それを一発の弾丸に変じさせ、魔理沙の左のわき腹に撃ち込んだ。
 両者が吹き飛び、空中をくるくると回る。
 霊夢は地面に叩きつけられる寸前で両足を大地につけることに成功するが、勢いは殺しきれず、そのまま地面を転がって社殿に激突した。
 一方の魔理沙は、吹き飛んだ姿勢を立て直すことすらかなわず、神社の周囲を囲む林の中に落下していく。
「っつぅ~……!
 だけど……!」
 立ち上がろうとして、霊夢は気付いた。
『私は魔理沙の手伝いじゃないわよ?』
 その側に仕掛けられていたアリス人形から撃ち出される弾丸の直撃を受け、彼女は空を舞い、大地に叩きつけられる。
 ――しんと、周囲が静まり返る。
「あいててて……」
 全身、ぼろぼろになって魔理沙が境内へと戻ってくる。
 その彼女の元に、よちよちと、ぎこちない動きで近寄ってきたアリス人形が、ぴょんとその肩に飛び乗った。
「おっ、うまくいったようだな」
 視線の先――大の字で、霊夢が地面の上に寝ているのを確認して、笑う。
「どうだい、霊夢。私の使い魔の不意打ちは」
「……いつ仕掛けたのよ」
「割と最初のうちからさ」
 ――最初の攻防の際、地面に放られたアリス人形は、魔理沙の指示に従うまま、機を待っていた。
 隙を見て、霊夢に攻撃するために。
 もちろん、人形の動かし方など適当だ。適当に、使い魔を使う練習の一環としてやってみたに過ぎない。
 その証拠に、力を使い果たした人形は、魔理沙の上でくてっと倒れている。
 自分に寄り添うようなその人形をなでながら、
「これで、私に勝ち、プラス1だな?」
 そう言って、にやりと、魔理沙は笑った。


「納得いかないわ」
「まあまあ」
「何でだよ」
 母屋の居間で、ただいま、魔理沙は霊夢と早苗と一緒に鍋を囲んでいた。
 鍋の中には秋の味覚が色とりどりに、くつくつと煮込まれている。
 ちなみに料理をしたのは霊夢である。
 魔理沙は『私は客だ』と手出しをせず、早苗は『いいから早苗はテーブルにお皿並べてて』と追い出されている。
「私は一人で戦ってたのに、あんた、アリスとペアで戦ってたんじゃない!
 2対1とか卑怯よ!」
「どこが卑怯なもんかい。
 私はアリスが置いていった人形を使い魔にしただけだ。文句があるなら、お前だってやればよかったじゃないか」
 アリス人形は、魔理沙の背中にもたれるようにして置かれている。
 にんまり笑う魔理沙は、その人形の『出来』にいたく満足げだった。
「知らないわよ、そんなの」
「いいじゃないですか、霊夢さん。
 そういう戦い方もあり、ってことで」
「次に戦う時は手加減しないわよ、魔理沙」
「お、そいつぁ嬉しいね。手加減してくれていたのかい」
「……むっきー!」
 久方ぶりの負けにふてくされている霊夢は、鍋の中から魚の切り身を取り出して、それを口の中に放り込む。
 魔理沙が鍋に箸をつけようとすると、「あんたは葉っぱでも食べてなさい!」と春菊が大量に、彼女の器の中に召喚された。生で。
「おとなげないですよ、霊夢さん」
「そうだそうだ。
 いやー、よかったよかった。お前のそういう顔を見られただけで、私は勝利した甲斐があったってもんだぜ」
 霊夢を挑発する魔理沙は、春菊を鍋の中に放り込み、代わりににんじんと大根、白菜を取り出して、それをもぐもぐ頬張る。
「魔理沙さんは化かしあいに強くなりましたよね」
「おうさ。
 ま、だけど、霊夢以外にゃ通じない手だからな。もっと他の手段を考えないといかん」
「頑張ってください。
 次は、わたしも一戦、お願いしようかな?」
「おお、いいぜ。かかってこい、かかってこい。幻想郷の先輩としての風格を見せ付けてやるさ」
「そんなこと魔理沙さんに言われても、小さい子が威張ってるようにしか見えませんね」
「むぐっ……!」
 事実、この場では一番年下の魔理沙である。
 早苗の一言がなかなかクリティカルだったのか、彼女は大根を口に入れたまま、しばし沈黙する。
「自分の技を磨くのも、なかなか大変なもんですよね」
 そう言ってにっこり笑う早苗の笑顔に、思わず彼女は『このやろう……』と呻いたと言う。
大きいお姉さん達に構ってもらえる魔理沙はかわいい。
基本、年下が年上にかわいがられるのはいいものなのです。
それがどんな形であれ。
haruka
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コメント



0.1070簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
私も兄弟が優秀なのでわかります…!ふてくされる魔理沙、説教されて泣く魔理沙、勝って得意気な魔理沙、どれもかわいい(確信)春菊の生はキツい。
3.90名前が無い程度の能力削除
自分もパッチェさんから説教されたいですぅ
4.100非現実世界に棲む者削除
久々に熱いレイマリの弾幕勝負が読めて満足してます。
色々といじられたり面倒を見られたりする魔理沙がとても可愛かったです。
7.80奇声を発する程度の能力削除
良いね、魔理沙可愛かった
8.90絶望を司る程度の能力削除
白熱する弾幕の描写が凄かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙かっこいい
普通に尊敬する
てか強い体捌きは人間として極限のレベル
パーフェクトって感じ
アリスやパチュリーもいい先輩として上手に付き合っている感じ
12.80名前が無い程度の能力削除
やはりひたすら努力し続けるのが魔理沙の魅力ですね。
しかし、魔理沙と言えばスパーク系の光魔法、これはわかるけれどもうちょっと星魔法の方も目立たせて欲しかったかなぁ、とか贅沢を言ってみたり。