Coolier - 新生・東方創想話

外に連れ出す手

2014/08/02 16:08:54
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 ★が付いている話を読んでいないと首を傾げるやり取りなどがあるかもしれません。






































 本を読んでいると、不意に肩に重みがかかると同時に手を握られた。

 ベッドに腰掛けていた私は、膝の上に置いていた本から栞を抜き取って、今読んでいた頁にそれを挟む。本が閉じてしまうことを気にする必要がなくなったから、私の手を握ってくる手の甲をそっと撫でる。肩にかかる重みが増す。

「こんにちは、こいし」
「ん」

 私の挨拶に対して返ってきたのは、短い頷きだけだった。前はもっと元気だったのになぁ。ここ最近は、ずっとこんな調子だ。

「今日は、どこかに行くの?」
「……んーん。フランとここにいる」

 少し悩む素振りを見せたかと思うと、片腕で縋りつくように抱きついてきた。私は大人しくされるがままとなっている。ぬいぐるみにでもなったような気分だ。それで安心させるという意味では、まさにその通りなのだろうけど。

「そっか。なら、新しい絵本見つけてきたから、読んであげる」

 魔法空間の中から図書館で見つけてきた絵本を引っ張り出す。動けなくなるだろうからと、最近はこいしのための本はこうして持ち運んでいる。
 優しい絵柄の表紙を見つめながら、絵本を開く。中に描かれているのも、やはり優しげな雰囲気の絵だ。そして、書かれているのも悪意が一切ない閉じられた世界での優しい物語だ。
 好きなもの以外はどうでもいいからと引きこもる私は、悪意に怯えて引きこもるこいしのため、そっと優しい世界を読み聞かせていく。
 外側へと目を向けて欲しいと願いながら、徐々に二人だけの世界へと沈み込んでいく。
 でも、今日はそんな時間が長く続くことはなかった。

「フラン! 一緒に出かけるわよ!」

 引きこもり二人がひっそりとしている空間には似つかわしくない、明るく場を盛り上げるような声が部屋へと侵入する。階段を下りてくる音は聞こえていたけど、ノックもなしに入ってくることなんてなかったから、驚いて身体が震える。こいしの身体も震えていた。

「な、なに、お姉様」
「私が出しゃばるのもどうかと思ってずっと様子見してたけど、もう我慢の限界だわ! 私はフランを外に連れ出してくれるような友人ができて欲しかったのであって、余計にこじらせるような奴は望んでなんていなかった! だから、私が貴女たちを無理矢理連れ出す! 拒否権はないから、さっさと付いてきなさい!」

 そう言っている間に、お姉様は私とこいしの手首を掴んでいた。私だけなら逃げようと思えばいくらでも逃げられるけど、こいしを逃がすことはできない。だから、私一人物理的に逃げても、結局間接的には捕まったままだ。私自身は捕まるのは構わないんだけど。
 ちらりとこいしの横顔を窺ってみると、お姉様を睨んでいる。不機嫌の理由はどれだろうか。いくつか心当たりがある。

「えっと、あんまり無理させない方がいいと思うんだけど……」

 お姉様の突然の襲来に驚き戸惑っていて、体勢が整っていないせいで一歩引いた言い方となってしまう。

「誰もいない場所に連れて行けばいいんでしょう? 全くとは言えないけど、滅多に来ない場所ならいくらでもあるわよ。というわけで、早速行くわよ」

 これ以上の反論は許さないとでも言うように、私たちを引っ張る。私は、慌てて本をベッドの上へとどける。
 そして、お姉様に手を引かれながら、その強引さに呆れて、内心でため息を吐く。でも、何とかしてくれるのではないだろうかと信じているから、無駄な抵抗はしない。
 代わりに、空いている方の手でこいしの手を握った。連れ出すことはできないけど、私が安全地帯としてここにいるから、安心してほしいと訴えかけるように。





 こいしが引きこもるようになってから、しばらくの時間が経っていた。引きこもると言っても、私と一緒に出かけなくなったというだけで、紅魔館と地霊殿の間は行き来している。私といないときは、どうしているのか知らないけど、口振りからしてどこにも行っていないのだと思う。
 こいしがこうなってしまったのは、私のせいでもある。私に心を預けるくらいに気を許しているから、一緒にいるときはとても無防備となってしまう。そんなこいしと一緒に人里へと行って、その結果こいしのトラウマを抉ることとなってしまった。
 人里で悪し様に言われたわけではない。悪意を向けられたというわけでもない。ただ、注目を浴びて、多くの視線を向けられていたというだけだった。でも、数多くの悪意を向けられた末に第三の目を閉じたというこいしには、込められている感情なんて関係がなかった。
 悪意を抱いているかもしれない。そんな憶測がこいしを追いつめてしまった。心に刻まれた恐怖は、いつだって悪い予想ばかりを引き出してくるのだ。
 そして、私といるときは一切外に出なくなってしまった。
 心を守るためと思えば仕方がないのかもしれない。壊れてしまえばどうしようもないのだから。
 そういうわけで、こいしが自分から出かけたいと言うまでは、無理に外に出させようとはせず、ゆっくりとその傷が癒えるのを待とうと思っていた。私はもともと外に出かけたいという欲求もないから、部屋から出なくなったところで、鬱屈とするようなこともない。
 でも、そうは思っていない人もいた。まあ、お姉様のことなんだけれど。こちらから頼んだり頼ったりして、何度かこいしのことで助けて貰ってはいたけど、お姉様の方からここまで積極的に関わってくることはなかった。お姉様から見て、私たちはよほど世界を閉ざしているように見えていたのかもしれない。




 停滞した世界に留まる私たちが、お姉様に連れられて来られたのは、色が落ちたはずなのに、どこか鮮やかな枯れ葉をつけた大樹のある場所だった。まだ距離はあるのに、見上げなければ天辺が見えないほどに大きい。私なんかよりも、ずっと長生きをしているのだろう。
 この辺り一帯の養分をその一本の木が独占しているのか、他の木々とは独立して生えている。妖怪の山から離れた名もなきこの山の長老のごとき様相だ。

「どう? 立派な木でしょう? 山が地味だからか、あんまり存在を知られていないみたいだけど、幻想郷の中でも有数の大木だと思うわよ」

 お姉様がまるで我が事のように、自慢げにそう紹介する。よほどお気に入りの場所なんだろうということが、そこから窺うことができる。
 お姉様もこいしも、外のことを全然知らない私とは対照的に、本当に色々な場所を知っている。

「むぅ……」

 なんだか不満げな声が聞こえてきた。こいしの方を見てみれば、不機嫌そうな横顔が視界へと入ってくる。

「こいし、どうかした?」
「……レミリアに、負けてるって思って。ね、フランは私が連れて行った紅葉スポットと、この紅葉スポット、どっちが優れてると思う?」

 どうやら、お姉様に優位性を取られているのが気に入らないようだ。そんなに表情に違いが出てるんだろうか。お姉様かこいしかなら、あからさまに表情が変わるだろうけど、案内された場所くらいで変わるとも思えない。
 ちなみに、こいしに案内されたのは、無数の木々に囲まれて、どこに視線を向けても落葉が目に入ってくるような場所だった。ずっとその場に留まっていれば、埋もれてしまうのではないだろうかと考えていたなと思い出す。去年のことである。
 どちらが優れているというのも難しい質問だ。お姉様の勧めてきたものと、こいしの勧めてきたもの。お互い方向性が異なっている。だから、一概にどちらがいいとも決められない。よって、最終的に優劣を決めるのは、私の好みだ。こいしは既に気づいているようだけど。
 そうやって考え込んでいる内に、注目が私の方へと集まっていた。私なんかの言葉にそんなに注視する必要があるだろうかと、集中する視線に若干動揺しながら、答えを口にする。

「どっちも同じくらいにいい場所だと思う。だから、この先は私の好みの話になるけど、私はここの方が好き」
「……それは、レミリアが選んだ場所だから?」

 こいしの声がじっとりとしたものになる。そういうものを向けないでほしいなぁとは思うけど、言うだけ無駄というものだろう。私の望む関係性とこいしの望む関係性の乖離は今に始まったことではない。

「全く関係ないとは言い切れないけど、私自身が自覚してる範囲での理由は別のもの。私はずっとお姉様という絶大で絶対的な存在だけを見て生きてきた。だから、たった一つのものが周りを置いて突き抜けてるっていう方が好きなんだと思う」

 普通なら、こういう嗜好の育ちの影響なんてなかなか明らかにできないんだろうけど、あまりにも特殊な環境下にいた私は、こうだからなのではないかと予想できる嗜好が割とある。だからこそ、周りに考えが筒抜けになってしまっているのだろうか。

「……じゃあ、今度からはフランの好みに合わせるようにする」
「無理して私に合わせてくれなくてもいいよ。どっちか一つを選べって言われたらそっちを選ぶっていうだけで、こいしが勧めてくれる場所も好きだから」
「そういう言い方は卑怯だと思う」
「綺麗な物が見れる場所に連れて行ってもらえるっていうだけで、私にとっては価値のあることだから」

 世界が広がっていくというのが、案外楽しいのだ。一人でいると、外に出ようという気にならなくて、閉じこもってしまうのだけれど。

「……じゃあ、がんばる」
「無茶はしないでね。私が一番いやなのは、自分の世界が壊れることだから」
「うん」

 素直な様子で頷いて、一区切りとなる。なんとかこいしの嫉妬心を抑えることができたようだ。やれやれ。

「端から聞いてると、良いように言い包めたようにしか聞こえないわね」

 お姉様がぽつりとそんなことを言う。
 その評価はあながち間違っていないと思うけど、わざわざ口にしないで欲しい。本当は私だって、もうちょっとでいいから気軽に好きの優劣を口にしたい。

「……そんなのわかってる。私のせいで、フランに気を遣わせてるっていうのもわかってる。でも、拒絶されないってわかるとつい甘えちゃう。……だから、嫌な顔一つしないフランが悪い」

 ぎゅっと腕に力を込めて縋りついてくる。そんなにされなくても、逃げたりしないんだけどなぁと思いながら、されるがままとなる。

「ふぅん? まあ、私としてはフランを外に連れ出してくれるなら、なんだっていいんだけれどね。だから、私に負けて悔しいって言うんなら、あんな狭い部屋に引きこもってないで、フランを連れ回してちょうだい」
「……わかってる」

 こいしはふてくされたようにそう答えていた。これで元に戻ってくれるなら万々歳だけど、対抗心が燃え上がりすぎて突っ走られてしまうと、それはそれで大変そうだ。まあ、私に甘えたりすること以外に対しては、そこまで突き抜けた行動をするわけでもないからだいじょうぶだろう。

「なら、面倒くさい話はここでお終い。そんなつまらないことになんてかまけてないで、うんと楽しみましょう。というわけでフラン、用意をお願い」

 お姉様は半ば強引に話を切り上げると、私に向かってそう言ってくる。
 お姉様の言うとおり、このままこいしを責めるかのような話題を続けていたって仕方がない。今を楽しむ。それが、こいしに必要なものだ。

「うん、ちょっと待ってて。こいしもちょっと離れててくれる?」
「手伝う」
「そう? ありがとう」

 と言うわけで、出かける直前に咲夜から手渡されて、魔法空間の中に収めていたピクニック用品一式を取り出して、二人で用意をすませてしまう。
 赤い絨毯のようなレジャーシートを敷いて、お姉様と私が使っている薄紅色の日傘よりも大きな日傘を広げ、最後に蓋付きの大きめのバスケットを三つ並べる。
 バスケットの中身がなんなのかは知らされていない。お姉様は知っているみたいだけど、咲夜ともども教えてはくれなかった。開けてからのお楽しみだ、と言って。わかっているのは、一つはやたらと重く、残りは見た目からなんとなく抱く印象通りの重さだということ。
 私たちは靴を脱ぐと、各々が好きな位置へと座る。具体的には、お姉様が適当な場所を選び、私がその正面に座る。こいしは私の隣だ。私たちの座る位置は、お姉様を基準点にして固定されている。
 私は若干の好奇心とともに、一番重かったバスケットから蓋を開けてみる。

「……お姉様?」

 バスケットの中はワインボトルと酒瓶でびっしりと埋まっていた。音で中身を悟らせないためか、隙間は丁寧にタオルで埋められている。
 驚きはそれほどなかった。見た瞬間に納得してしまっていたからだろう。お姉様は幻想郷の妖怪の例に漏れず、お酒好きなのだ。

「紅葉見酒ってのも風流でしょう?」
「全然そんなこと思わない」

 普段、お酒を飲むか飲まないかという違いなんだろうけど。
 残りのバスケットも開けてみると、片方には栓抜きやら杯やらワイングラスがこれまた丁寧に納められていて、最後の一つにはお菓子が並べられていた。日本酒に洋菓子って合うんだろうか。
 まあ、酒盛りになってしまうこと自体は別に構わない。お酒が好きだということはないけど、嫌いだというわけでもない。でも、隣から発せられる期待のせいで、渋い顔をせざるをえない。
 私が失態を犯さないように気を付けても、他人の暴走まではどうしようもない。こいしはどこまでたがを外すタイプなんだろうか。

「これは酔って乱れるフランが見れるチャンス?」
「普段とそんなに変わらないから、期待しない方がいいよ」
「そりゃあ、あれだけちまちま飲んでたら酔いようがないでしょうね。あなたは、羽目を外すことを覚えた方がいいわね」
「お姉様、余計なこと言わないで」

 お姉様を睨む。効果は全くなく、どこ吹く風といった様子だ。
 せっかく、大量にお酒を飲まされないようにするためにああ言ったのに。

「ふむ、いっぱい飲ませれば、未知の領域にたどり着かせられるのか。ではでは早速」

 こいしは私から離れると、バスケットから杯と酒瓶を取り出す。瓶を開ける姿は非常に楽しそうだ。その分だけ、私は不安になる。

「なかなか盛り上がりそうね」
「……お~ね~え~さ~ま~?」

 元凶であるお姉様に恨みがましくそう言うけど、平然と受け流されてしまうだけなのだった。




 三人だけでの酒盛りは、こいしの望んだとおりのものとはならず、案外静かな雰囲気で進んでいった。こいしに押しつけられるまま、これまでにないくらいのハイペースで飲み進めていったけれど、若干意識がぼんやりとするくらいだった。
 こいしは、酔いが進んだからといって暴走するようなことはなく、逆に大人しくなって、やたらと甘えてくるようになった。まあ、いつも通りと言えばいつも通りだ。

「えへへ~、ふらぁん」

 私に頭を撫でられているこいしが、幸せそうな笑みをこぼしながら甘えた声で私の名前を呼ぶ。その声に込められたものが、私の想いとは相容れないものなんだとしても、こうして慕われるのは嬉しい。だからついつい翡翠色が混ぜ込まれた銀髪の中へと手を埋めるようにしながら、私なりの愛しさを込めて撫でてしまう。

「ねえ、お姉様も撫でて欲しかったら、横に来て良いよ。というか、来て」

 私の背中へと寄りかかってきているお姉様へと話しかける。たまに聞こえてくる音から、一人でお酒を注いで飲んでいるのだろう。
 最初の頃は、私たちのやり取りを楽しげに眺めてお酒を飲みながら、こいしを煽っていた。でも、こいしが大人しくなるにつれて、つまらなさそうな表情になっていき、突然立ち上がったかと思うと、私に背中を預けてきたのだ。

「生意気言ってるんじゃないわよ。私はここがいいのよ。紅葉もしっかり見えるしね」

 澄ました喋り方をしているけど、その実寂しがっているというのが、漏れ出てきている。
 普段は私に独り立ちして欲しいと突き放すような態度を取っているけど、本当は離れて欲しくないと思っているのだろう。私は独り立ちなんて望んでいないけど、お姉様の愛は嬉しい。そして、寂しさを隠そうとする意地っ張りな姿を愛おしいと思う。
 私の愛をお姉様へと向けて体現させたい。でも、こいしへのそうした行いも止めたくない。
 さて、どうしようかなぁ。

「フラン? ちゃんとこっち見て」

 考え事に没頭しようとしていたら、こいしが私の頬に手を添えてそう言ってきた。二人同時にちゃんと相手にしようと思うと非常に難しい。だからといって、どっちか片方を切り捨てるなんてことはできない。
 一番を選べと言われれば迷いなく選べるけど、だからといって二番目に愛すべきものを見捨てていい理由になどなりえないのだ。私は自分の世界は何があっても守り抜きたい。

「ん、ごめん。二人一緒にちゃんと相手できればいいんだけど、どうしてもどっちかに偏っちゃうね」
「フランは私のことだけ見てればいい」
「そうね。私になんて構う必要はないわよ」

 こいしは素直でよろしい。
 でも、お姉様は相変わらず意地っ張りだ。構う必要がないというのなら、私から離れてしまえばいいというだけの話だ。それを指摘してしまうと、離れて行ってしまいそうだから、言葉にはしない。

「こいしに寄りかかられててバランス取れないから、お姉様には反対側に来てもらえると嬉しい」
「じゃあ、私が前に行く!」

 お姉様を私の横へと移動させるための言葉だったのに、寄りかかっていたこいしが正面から腰の辺りに抱きついてきた。お姉様の方しか見ていなくて、こいしがどういう行動をするのか全然考えていなかった。失策だ。
 お姉様もなかなか手強い。強硬措置もあるけど、できれば自分の意志でこっちに向いて欲しい。

「って! ちょっと、こいしっ!? お腹に顔埋めて動かさないで!」

 くすぐったさに、足をじたばたさせて耐える。引きはがしてしまうわけには、いかないだろう。

「じゃあ、ちゃんと私の相手して」

 顔を離して、酔いに赤く染まった拗ねた表情をこっちに向けてくる。それでいて、よくよく見てみると不安げで寂しそうな色が覗いている。
 どうも、お姉様をこちらに振り向かせることばかりにかまけてはいられないようだ。やりたいことを邪魔されてしまったことに面倒くささを感じながらも、そんなこいしを落ち着かせようということに意識が向かう。こいしが大切な存在であるということに変わりはないのだ。

「ん、ごめん」

 強情なお姉様のことはいったん放っておくことにする。

「うむ、よろしい」

 私がしっかりとこいしの方へと意識を向けたのはわかったようで、満足げに微笑む。かと思ったら、何やら気難しい表情を浮かべる。

「どうかした?」
「この体勢、フランを間近に感じられていいんだけど、顔が見えないのが欠点だなぁと」

 そう言って私から腕を離すと、身体を半回転させて、伸ばした私の足の上に後頭部を乗せて見上げてくる。見下ろせば、それだけでこいしの顔が正面に来る。

「これで、おっけー」

 心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる。そうした表情を見ることができるということ自体は、喜ばしいことだけど、その対象が私だということには首を傾げたくなる。
 いっそのこと、私も同じ感情を抱いてしまえば、お互いに楽になるのかもしれない。そう思ったところで、私の中にそういった感情は一欠片だって芽生えてくることはないんだけど。

「ふふ、幸せそう」

 その代わりに、私なりの愛でもって応える。優柔不断だと言われてしまえばそれまでだけど、突き放してしまうのは違うような気がするのだ。
 そんなことを、露わになったおでこを撫でながら思う。すべすべとしていて、触り心地が良い。

「うん。レミリアの方ばっかり見てるのは相変わらずだけど、いつもよりも甘えさせてくれるから。……いつもは、ずっと難しい顔してるよね」
「まあ、今は色々と考えるのが面倒くさいから」
「じゃあ、フランには常々お酒飲ませるようにする」
「先に言っとくけど、こいしの想いに応えられないっていうのは、変わらないからね」
「そういう夢も希望もないこと言うのは、変わらないんだ」
「だって、考えるまでもなく答えは出てるから」
「けち」
「愛は惜しんでないんだけどねぇ」

 私の言葉に、こいしが固まった。積極的な割に、こっちから愛だとかそういうことを言うと過剰反応を示す。今まで、さとり以外にまともに反応をしてくれるのがいなかったんだろうなぁと思う。

「……不意打ちでそういうこと言うのずるい。禁止」
「いいの? ほんとに禁止にしちゃって」
「……むぅ、やっぱりフランはずるい」

 むくれた。膨らんだ頬の触り心地が良さそうで、ついつい突ついてしまう。
 それと同時に、元の大きさに萎んで、顔にも笑みが戻ってくる。なんとも平和なやり取りだ。こういうのがいつまでも続いてくれるといいんだけどなぁ。
 そんな祈りを誰にともなく向ける。努力で何とかできることもあるけど、どうしようもないことの方が圧倒的に多いから。
 と、突然、背中の重みが増えた。どうやら、後ろの寂しがり屋も寂しさを持て余してしまっているようだ。とはいえ、こっちから何かをしても避けられてしまいそうだから、向こうが何かしてくるまで待っていようと決めるのだった。




「ね、フラン。ちょっと歩こう?」

 薄ぼやけた意識の中で、ぼんやりと枯れ葉が散りゆく様子を眺めていたら、変わらず私の腿に頭を乗せていたこいしがそう提案をしてくる。

「うん」

 断る理由もなかったから頷く。お姉様は一人で横になって眠っている。
 寂しさが外へと溢れ出すくらいまでため込んでしまったらしいお姉様は、突如として私へと絡んできて、やたらとお酒を勧めてきた。断るようなことはしなかったから、だいぶ意識が朦朧としている。一応理性がこうして働いてくれているのは、幸いだと言えるのだろうか。理性が飛んでたら飛んでたで、こいしに対してどんな反応を示すのか気にはなるけど。……うん、こういうことを考えている時点で、いくらか理性は飛ぶか溶けるかしているのかもしれない。

「フラン?」
「ああ、うん、ごめん。ぼんやりしてる。……というか、こいしがどいてくれないと立ち上がれない」

 少し考えてそのことに思い至った。

「あ、そっか。居心地がよかったからつい」

 こいしも酔っているせいで、判断力が鈍ってるんだろうか。でも、酔ってなくても、こういうことしでかしそうだしなぁ。
 こいしは若干ふらふらとしながら身体を起こして立ち上がる。私はその横に並ぼうとして、思いの外足に力が入らなくて、体勢を崩す。

「おっと、危ない危ない。ふっふー、私に頼り切ってくれて良いよ」
「下手したら死にかねないからそうさせてもらう」

 こいしに寄りかからせてもらいながら、日傘を取り出して、こいしに手渡す。開いたときにふらふらとして危なっかしかったから、私の一部を蝙蝠にして、一緒に支える。吸血鬼用の特大の日傘は、こいしの手には重いようだ。

「えへへ~、フランと共同作業」
「幸せそうだねぇ」

 すぐ横に眩しいくらいの笑顔がある。私の世界の中にそういったものがあるということで、私も幸せになってくる。

「うんっ」

 弾んだ声とともに頷く。なんともいじらしい反応だ。ついつい手を上げて、頭を撫でてしまう。
 それから、どちらからともなく歩き出す。日傘のせいで、せっかくの紅葉はあまり見えないけど、一歩進む度にさくさくと音がして、これはこれで秋らしい楽しみ方なのかもしれないと思う。

「こうやってフランと歩くのも久しぶり」
「うん」

 しばらく大樹の周りを適当に歩いていると、こいしが話しかけてきた。何か本題があるのだろうと思って、私は頷くにとどめる。

「……あんなに怯えてたのが馬鹿みたい」

 どこか自虐を含んだ声が返ってくる。
 少し間を置いてから口にした言葉がそれだったということが、非常に許せなかった。それはこいしに対するものじゃなくて、私に対するものなんだけれど。

「ねえ、こいし。本気でそう思ってるの?」

 隣の顔を見上げる。驚いているような横顔が目に入ってくる。もっと優しく、そんなことはないとでも言われると思っていたのだろうか。それとも、反論なんてせずに頷くとだけだと思っていたのだろうか。どちらにせよ、怒りをはらんだ声が返ってくるとは思ってもいなかっただろう。普段は、そんな声を出すようなことなんてない。

「確かに実際に外に出てみて、なんともなかった。でも、こいしは心の底から怖かったんでしょ? 外に出れば、敵ばかりかもしれないって怯えてたんでしょ?」

 ずっと傍で見ていた私には、それらは決して偽物には見えなかった。

「その上で逃げてるんなら、それは正しい対処。自分自身の心を守ろうとするのは、当然のこと。こいしが自分自身を卑下する必要なんてない。悪いのは、こいしの傍にいて心を護れるだけの役割を与えられてたのに、閉じこもらせてた私。本当なら、こいしを引っ張り出すのは、私じゃないといけないはずだった」

 私らしいからしくないかは二の次として、こいしを籠の中から連れ出すのは、私に課せられた役目だったはずだ。だというのに、私は籠の中に居続けることを選ばせてしまった。

「私はお姉様と違って、根っからの引きこもりだから、どうしても完全に危険がなくなるまで待とうって考えになっちゃう。だから、もしこいしがまた外が怖くなったら、今日のことを思い出して。こいしがほんの少しでも私の手を握って、引っ張ってくれたら引っ張り出すから。私だけで頼りないなら、お姉様共々前を歩いて護るから」

 我ながら情けないことを言っている自覚はある。でも、無理やり引っ張り出した結果が破滅かもしれないと思うと怖いのだ。だから、覚悟の一部をこいしにも負担してもらわなければいけない。覚悟ができた後は、私のできる限りの力を振るうだけだ。

「……ほんとに酔ってるの?」
「うん、だいぶぼんやりしてる」

 だから、今言葉にしたのは、お姉様に連れ出されて、ここまで意識が薄ぼやけるまでに考えていたことだった。今から何か新しく考えて、反省したり、これからに反映させたりするだけの思考力は残っていない。絞り出すだけ絞り出してしまえば、空っぽとなる。
 こいしが無言で私へと寄りかかってくる。お互いに支え合うような形になるけど、身長差やらのせいで私の方が多少踏ん張らなくてはいけない。自分から頼っても良いと言ったのだから、ふらついてしまわない程度にがんばるのは当然だ。
 後はもう、こいしの手を握って待つだけだ。
 それが、臆病な引きこもりなりのやり方なのだから。







 自室の椅子に座って本を読んでいると、不意に手を握られた。
 顔を上げてみれば、対面の席でこいしが身を乗り出して私の手を握ってきていた。

「こんにちは、こいし。今日はどこかに行く?」
「……。ううん」

 逡巡の後に首を横に振った。外に行きたいのと内にこもっていたいのと半々と言ったところだろうか。
 とりあえず様子見ということで、いつものように絵本を取り出す。この前得られた反省を生かして、方向性は変えている。
 悪意のないという条件はそのままに、どこかに出かける、それも楽しいものを探すために出かける物語を選んできた。わざわざ内にこもることを促す物語にすべきではなかったと悟ったのだ。
 こいしと手を握り合ったまま、隣へと移動して絵本を広げる。

「じゃあ、今日はこの本を読むよ」

 その言葉を皮切りに、そっと読み始める。大きな盛り上がりはないけど、主人公の楽しげな様子が鮮明に伝わってくるそんな物語を。
 読み進めていく内に、こいしがうずうずとし始めるのがわかった。
 そこで私は本をそっと閉じる。そらんじることはできないけど、大まかには覚えている。それなら――

「続きは私たちなりの楽しいものを探しながらにしようか」

 立ち上がって、私なりに希望を込めた声でそう言う。

「……気障ったらしい」

 そんな評価をちょうだいしてしまう。でも、私の後に続いて立ち上がってくれたからよしとしよう。

「それで、どこ行くの?」

 私がそれを言おうとしていたのに先に言われてしまう。流れとしては正しいんだろうけど。

「えっと、お姉様に聞きに」
「却下」
「お姉様と一緒に?」
「尚更却下」
「……じゃあ、気の向くまま適当に」
「フランがどこに連れて行ってくれるか、楽しみにしてる」

 私が困ってる姿が可笑しいのか、声が若干笑っていた。なんとも締まらない。でも、期待に満ちているということは間違いないようだ。
 気負ったところでどうしようもない。風任せに進むことくらいはできるだろう。もし、人や妖怪の姿が多く見えれば避けてしまえばいい。

「とりあえず、外に出ようか」
「うん」

 頷くこいしの手を握ったまま、扉を目指す。
 外の世界の楽しいものばかりに目を向けて、そのうちこいしが躓くことなく前へと歩いていけるようになって欲しいと願いながら。
 ここまで読んでくださりありがとうございました。

 俗にいう息抜き回。
 前回の話の続きなので、今の季節は無視して秋です。

 あと、ふと思いついたので作品一覧を作ってみました。
 一作品抜けてますが、あまりにも雰囲気が違うので抜いただけなので、気にしないでください。
紅雨 霽月
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