あたいを大雑把に分類すると猫であり、人によっては神社の縁側や高い塀などで丸まり眠る姿を想像すると思う。
しかしあたいはこれでも幻想郷中を所狭しに回り、死体を集めている。趣味というよりは種族としての習性である。落ちている死体があれば拾い、葬式が行われていれば黙って貰って行く。死体に大した使い道があったり、個別に価値があるわけではない。単純に本能的な収集、といえばいいかもしれない。習性なので飽きることもない。人の姿でそこらを飛び回り、休みたい時は猫の姿で、こうして博麗神社で猫らしく丸まりながら安らいでいる。あたいはきちんとした働き者であり、妖怪が暴れた時にしか動かない目の前にいる人間とは違うのである。
「あづい……」
夏至はとうに過ぎ去り本格的な夏が始まっていた。神社の巫女である博麗霊夢はそれこそ死体のように部屋の一室で横たわっていた。飢えを凌いでいた時程ではないにしても、いつもの巫女服を着たままの彼女は、河童が造ったらしい機械の風車から出る風に当たりながら、氷すらない硝子の容器だけが机に置かれている部屋にいて、ぱっと見て死にそうだった。
「なんでこういうときに限って魔理沙が来ないのよ。あいつの魔法でドカンと大きな氷でも……いや、あいつはそういうのはできないのかしら。だとしたらパチュリーね。水を操れるはずなんだからこんな暑さ程度なんともないはず。いや、『水を操る』なら確か河童が……。あれ、あの河童って、機械を操る能力だったっけ……」
巫女は畳と壁に話しかけていた。結界で日光でも遮断できないのか、と思う。神社らしく、巫女の体力が尽きない事を祈りながら氷精でも連れて来るか、と四本足で立ち上がったところで、あたいは足音に気付く。縁側を歩いてきたその者は部屋にいる霊夢に気付き、近づいて来る。
「小町もいいわね。距離を操って、私をここから湖まで飛ばしてくれれば……ふ、ふふふ……」
「何やってるのよ霊夢」
ぐるりと首だけを捻った霊夢の視界に映ったのは、確か十六夜咲夜と言う吸血鬼の館に住む女中だった。メイド、と呼ばれていたか。奇妙な役職だ。『めいど』の女中といえば半霊が思いつくが、恐らく関係ないだろう。
「あんたじゃなくて、パチュリーを頼んだんだけど」
「何の話よ」
「だいたい、入ってくるなら普通に入ってきなさいよ。また時間を止めたわね」
「いえ、普通に入ってきたのだけど」
やはり意識が朦朧としていたようだ。
「で、なんのよう?」
姿勢を変えようとしない霊夢を見て苦笑いしつつも、メイドは右腕に下げた袋に目を向ける。
「先日の宴会のお返しをしに来たわ」
「……氷菓子……」
尋ねるというよりは願望のような霊夢の言葉に対し、「ええ」と咲夜は肯定する。その瞬間、瞬き程の時間で霊夢は起き上がった。
「嘘を吐きなさい。氷菓子だったら、紅魔館までのあの距離なら溶けるじゃない」
荒々しい口調にも関わらず、それは丁寧な姿勢の正座だった。
「ええ、だからアイスの時間を止められる私が来たのよ」
「あ……」
その考えはなかった、という表情をする霊夢と、メイドがいる中で大きな風車はひたすら回り続けていた。
メイドから『ばにらあいす』なるものを貰い、それを食べ終えた後の霊夢の表情はどうしようもない程に緩んでいた。今なら土蜘蛛程度でも不意打ちに成功しそうだ。とはいうものの、メイドから一口頂戴させてもらったそれはなるほど、地底で食べたことのあるかき氷とも違う美味なものであった。かき氷とは違いゆっくりと、しかし優しくあたいの喉を潤し、冷やしていった。
「はぁー助かった。此処の冷凍庫が大きければ、その中に入って涼むこともできたんだけど」
「うちのメイド妖精じゃないんだから……」
妙な事をさり気なく言ったメイドを見ながら、霊夢は使い道のなくなったスプーンを二本の指に挟んで動かす。
「それにしても大したものね。吸血鬼に仕えてるとはいえ、ちゃんと目的を持って毎日動いてるなんて。異変が起きなければ、私なんてただの巫女だし」
「……あなたがきちんと巫女の仕事をしているところを見たことないのだけど」
霊夢が指に挟むスプーンの動きは止まった。しかし、確かに巫女の言う通り、神と共に過ごす人間は見たことはあっても、妖怪と共に過ごす純粋な人間と言うのは、こんな世界といえどもこのメイドくらいしかいない。『幼い』という旨の特徴しか聞いたことがない吸血鬼であるが、そいつの都合に振り回されてはいないのだろうか。それとも、このメイドは何か目的があって吸血鬼の元に付いている、というのが理由としては一番すっきりする。となると、前にさとり様からの話を聞いた限りでは……不老不死か。吸血鬼の灰を口にすれば、その力が手に入ると言われている。妖怪のあたいだって死は恐れている。妖怪と比べてすぐに、それも確実に死を迎える人間にとっては目から鱗な手段に、つまりこのメイドは一番手が届いているとも言える。しかもその吸血鬼には妹がいるらしい。単純に機会は二倍である。そう思う中、メイドは霊夢からの言葉に対する返答に困ったのか、渋い表情をしていた。
「決まってるわけではないわ」
「ん?」
「目的や未来。私にもそんなのは決まってないわ。だから、時々怖くなることもある」
「あなた、吸血鬼の所で働いてるじゃない」
「それでもよ。お嬢様には悪いけど……一生をあの館で過ごすかと聞かれれば……必ず首を縦に振るかどうか、私には判らないわ。私が生涯を尽くしてお嬢様に仕えたとしても、吸血鬼の寿命からして、それは子犬が死んでしまった程度でしかない。最近、寝る前によくそんな事を思ってしまうの」
寿命の差、あたいもそれなりに興味はあることだ。あの吸血鬼が永遠に幼い呪いに掛かっているのかどうかは分からないが、五百年という年月を経てあのような姿である。少なく見積もっても寿命は二千年を軽く超えるだろう。人間など最近こそ五十を超える者が増えてきたが、それでも吸血鬼にとっては、それこそ人間と虫くらいの差だ。話を聞く限り、メイドはここ最近思い悩んでいるというが、やはり人間はのんびりしている。たった五十年しかない貴重な時間をそんな事に費やすとは。悩んで自らの未来が変わるならそれもいい。しかし何事も、動く事でしか変わりはしない。目の前にいる巫女も、生意気な魔法使いも、あの大妖怪だって、念じる事だけで物事を変える力など持ちえていない。動きながら考える。弾幕の戦いでできる事を何故このメイドはしないのだろうか。この調子では、時は操れても自らの運命を変えることなどできやしない。
「パチュリー様に相談したら、『過去と未来の日記を書けばいい』とか、よく分からない事を言われるだけだし」
巫女はメイドの言葉に反応した。
「わからない?」
「ええ。いくら時を操れるからって、さすがに未来の事なんて日記に記すことはできないわ」
そこで巫女と私は、メイドが勘違いをしている事に気付く。
「いや、未来の日記って……ただ単に『目標』の事を言ってるだけじゃ……」
「え?」
何かに気付いたのか頭を回転させ始めるメイドを前にしながら巫女は言葉を続ける。
「過去は日記そのものだとして、未来の日記っていうのは、つまり目標よ。未来の自分はこうなっている、またはこうなりたい。それに近付くために、自分を客観的に見れる過去……つまり普通の日記を書いておけ。ってことじゃないの? あんたみたいな専門じゃないけど、紫は確か、時間とは連続した刹那が繋ぎ合わさったもの、だったかしら? とにかくそんな事を言ってたわ。その一日ごとの固まり、その部分の自分が何をしていたか、未来の自分に近付いているか離れているか見極める事ができるようにする。パチュリーはそういうことを言いたかったんじゃないの」
メイドは無言で苦し紛れの様に微笑み、それを見て霊夢は渋い表情をしていた。二人しかいないが、大層な知恵は生まれたようだ。パチュリー……地底に乗り込んできた時の魔理沙を手伝っていた魔女の言う通りだ。人間など、目の前の欲にすぐ流されてしまう。あたい達妖怪は、そんな事はしない。何故なら、生まれてから自分のしたいように生きているからだ。食べたいときに食べ、遊びたいときに遊び、働きたい時に働く。大層な志を掲げる人間でも、欲望はある。しかし人は我慢する。人里へ足を運んだ時も、人間の大人は実に不思議だった。全力で遊ばないのだ。その場だけの会話をして、惰性で酒を飲み、付き合いで碁を打つ。それでいて人によっては、最近大忙し、と言う者がいるから、来年の事を聞いた鬼でなくとも大笑いしてしまう。きっと目標というのは、あたい達が思っている以上に人間にとって大切なものなのだろう。異変解決に走る巫女達が良い例だろう。異変の解決に全ての力を注ぎこむ。他の事に流される事なんてまずない。それと同じようにすればいい。自分にとっての『異変』を上げ、それを『解決』するために前を見て進めばいい。魔女の言っている『未来の日記』とは、それを忘れないため。なんだかんだで人間は日々をせわしなく懸命に生きている。その忙しさから自分の望む未来が頭の片隅に追いやられた時、それを掘り返すために『未来の日記』として書かれた目標はある。書くことも大事だが、書き残された物として存在させる事が大切なのだろう。なるほど伊達に白黒魔法使い曰く『山のような沢山の本に囲まれてる』だけはある。
「そ、そういうことね。そうかもしれない、と思ってた、たわ。普段だらだら生きてるのに、な、なななかなかいい事を言うじゃない」
思い切り目をそらして動揺しながらメイドは減らず口を叩いていた。目から鱗だったと言わんばかりに口元を上げ、それを見た巫女は溜息を吐く。
「自分の理想とする、なりたい自分を書けば、今のあんたみたいに迷った時それに向かって生きていけばいいのよ」
先程まで死にかけていた人間のものとは思えない言葉である。
「何を書けばいいのかしら」
「は?」
しかし霊夢の言葉を聞いても尚、メイドは顎に手を当てていた。
「だから、なりたい自分を想像して――」
「それが……ないのよ」
「…………」
「たとえば五年後や十年後の自分を想像しても、お嬢様の元で働いてる自分しか想像できないのよ」
「まったく固いわね。それも一つ、でいいのよ。結局は未来なんだから、一度思いつく限り書けばいいのよ。自分がなる可能性のある未来全部をね。メイドのままでいる、または門番として吸血鬼を護る事に専念する。いっその事時間を操る魔女にでもなるか。あんたの館の中だけでも、選択肢は沢山あるじゃない」
それとも吸血鬼に反旗を翻して、不老不死になるか。というのもある。
「そんなに沢山目標があったら、混乱しそうだわ」
「人間なんて、なんだかんだで流れていくのよ。自然に絞られていくはずだわ。大事なのは歩き続ける事。道を踏み外したって落ちた所がまた新しい道になるんだから」
「そういうもの……ね。うーん。じゃあ、ちょっと紙を持ってきてくれるかしら」
今この場で霊夢の言われた通り想像できる未来を書き記すのだろう。妙なところで真面目だった事をおかしく感じたのか霊夢は鼻で小さく笑ってしまい、棚にあった紙を一枚差し出した。
ふむ、とメイドは一言発し、洋筆を紙に付けようとする。しかし、視線を紙から巫女に向けた。
「せっかくだから一緒に書きましょう」
「は?」
「私以上にパチュリー様の言いたいことが伝わってるんだもの。あなたに見本を見せてほしいわ」
「嫌よ……。っていうか私だって、そんな大した目標なんてないわよ」
「分かってるわ」
「…………」
もしあるなら、先程のような哀れな姿を他人に見せるとはとても思えない。
「だから一緒に書きましょう。大丈夫よ、ここには人間二人しかいないわ」
「猫はいるわよ」
にゃーん。
妖怪であるあたいも見栄や羞恥は知っている。見ようとするのは野暮というものだ。魔法使いや胡散臭いあの妖怪と一緒にしないでほしい。
「しょうがないわね。……別にいいけど、レミリアとかにばらしたら承知しないわよ」
「それくらいは心得てるわ。そのために、互いを抑止するよう互いのを見せ合うんでしょ。大丈夫よ、お嬢様には見せないわ」
「…………」
「お嬢様に誓って」
「それ、意味あるのかしら」
困惑しつつも、巫女は自分の分である紙と筆を取り出す。それから巫女とメイドは静かに机へ顔を向け始めた。
妖怪が跋扈しているこの幻想郷で人間が未来を意識して生きるのは意味のないことなのかもしれない。しかし、まだ年端も行かない巫女とメイドは、まだまだ見栄を張り、無意味な自信で溢れる年頃である。こうして他人に未来を見せ合う事で、口だけなどと思われたくはない、という怠けに対しての程よい重圧がかかる。あたいだってそう言われるのは癪にさわる。幼い少女達にとって、その恥はどれほど恐怖なものか。
猫の姿ではあっても、見つけた目標をあたいに聞かれるのは抵抗があるはずだ。少女二人を残して、隣の部屋で蒸し暑い昼寝を続けることにしよう。
しかしあたいはこれでも幻想郷中を所狭しに回り、死体を集めている。趣味というよりは種族としての習性である。落ちている死体があれば拾い、葬式が行われていれば黙って貰って行く。死体に大した使い道があったり、個別に価値があるわけではない。単純に本能的な収集、といえばいいかもしれない。習性なので飽きることもない。人の姿でそこらを飛び回り、休みたい時は猫の姿で、こうして博麗神社で猫らしく丸まりながら安らいでいる。あたいはきちんとした働き者であり、妖怪が暴れた時にしか動かない目の前にいる人間とは違うのである。
「あづい……」
夏至はとうに過ぎ去り本格的な夏が始まっていた。神社の巫女である博麗霊夢はそれこそ死体のように部屋の一室で横たわっていた。飢えを凌いでいた時程ではないにしても、いつもの巫女服を着たままの彼女は、河童が造ったらしい機械の風車から出る風に当たりながら、氷すらない硝子の容器だけが机に置かれている部屋にいて、ぱっと見て死にそうだった。
「なんでこういうときに限って魔理沙が来ないのよ。あいつの魔法でドカンと大きな氷でも……いや、あいつはそういうのはできないのかしら。だとしたらパチュリーね。水を操れるはずなんだからこんな暑さ程度なんともないはず。いや、『水を操る』なら確か河童が……。あれ、あの河童って、機械を操る能力だったっけ……」
巫女は畳と壁に話しかけていた。結界で日光でも遮断できないのか、と思う。神社らしく、巫女の体力が尽きない事を祈りながら氷精でも連れて来るか、と四本足で立ち上がったところで、あたいは足音に気付く。縁側を歩いてきたその者は部屋にいる霊夢に気付き、近づいて来る。
「小町もいいわね。距離を操って、私をここから湖まで飛ばしてくれれば……ふ、ふふふ……」
「何やってるのよ霊夢」
ぐるりと首だけを捻った霊夢の視界に映ったのは、確か十六夜咲夜と言う吸血鬼の館に住む女中だった。メイド、と呼ばれていたか。奇妙な役職だ。『めいど』の女中といえば半霊が思いつくが、恐らく関係ないだろう。
「あんたじゃなくて、パチュリーを頼んだんだけど」
「何の話よ」
「だいたい、入ってくるなら普通に入ってきなさいよ。また時間を止めたわね」
「いえ、普通に入ってきたのだけど」
やはり意識が朦朧としていたようだ。
「で、なんのよう?」
姿勢を変えようとしない霊夢を見て苦笑いしつつも、メイドは右腕に下げた袋に目を向ける。
「先日の宴会のお返しをしに来たわ」
「……氷菓子……」
尋ねるというよりは願望のような霊夢の言葉に対し、「ええ」と咲夜は肯定する。その瞬間、瞬き程の時間で霊夢は起き上がった。
「嘘を吐きなさい。氷菓子だったら、紅魔館までのあの距離なら溶けるじゃない」
荒々しい口調にも関わらず、それは丁寧な姿勢の正座だった。
「ええ、だからアイスの時間を止められる私が来たのよ」
「あ……」
その考えはなかった、という表情をする霊夢と、メイドがいる中で大きな風車はひたすら回り続けていた。
メイドから『ばにらあいす』なるものを貰い、それを食べ終えた後の霊夢の表情はどうしようもない程に緩んでいた。今なら土蜘蛛程度でも不意打ちに成功しそうだ。とはいうものの、メイドから一口頂戴させてもらったそれはなるほど、地底で食べたことのあるかき氷とも違う美味なものであった。かき氷とは違いゆっくりと、しかし優しくあたいの喉を潤し、冷やしていった。
「はぁー助かった。此処の冷凍庫が大きければ、その中に入って涼むこともできたんだけど」
「うちのメイド妖精じゃないんだから……」
妙な事をさり気なく言ったメイドを見ながら、霊夢は使い道のなくなったスプーンを二本の指に挟んで動かす。
「それにしても大したものね。吸血鬼に仕えてるとはいえ、ちゃんと目的を持って毎日動いてるなんて。異変が起きなければ、私なんてただの巫女だし」
「……あなたがきちんと巫女の仕事をしているところを見たことないのだけど」
霊夢が指に挟むスプーンの動きは止まった。しかし、確かに巫女の言う通り、神と共に過ごす人間は見たことはあっても、妖怪と共に過ごす純粋な人間と言うのは、こんな世界といえどもこのメイドくらいしかいない。『幼い』という旨の特徴しか聞いたことがない吸血鬼であるが、そいつの都合に振り回されてはいないのだろうか。それとも、このメイドは何か目的があって吸血鬼の元に付いている、というのが理由としては一番すっきりする。となると、前にさとり様からの話を聞いた限りでは……不老不死か。吸血鬼の灰を口にすれば、その力が手に入ると言われている。妖怪のあたいだって死は恐れている。妖怪と比べてすぐに、それも確実に死を迎える人間にとっては目から鱗な手段に、つまりこのメイドは一番手が届いているとも言える。しかもその吸血鬼には妹がいるらしい。単純に機会は二倍である。そう思う中、メイドは霊夢からの言葉に対する返答に困ったのか、渋い表情をしていた。
「決まってるわけではないわ」
「ん?」
「目的や未来。私にもそんなのは決まってないわ。だから、時々怖くなることもある」
「あなた、吸血鬼の所で働いてるじゃない」
「それでもよ。お嬢様には悪いけど……一生をあの館で過ごすかと聞かれれば……必ず首を縦に振るかどうか、私には判らないわ。私が生涯を尽くしてお嬢様に仕えたとしても、吸血鬼の寿命からして、それは子犬が死んでしまった程度でしかない。最近、寝る前によくそんな事を思ってしまうの」
寿命の差、あたいもそれなりに興味はあることだ。あの吸血鬼が永遠に幼い呪いに掛かっているのかどうかは分からないが、五百年という年月を経てあのような姿である。少なく見積もっても寿命は二千年を軽く超えるだろう。人間など最近こそ五十を超える者が増えてきたが、それでも吸血鬼にとっては、それこそ人間と虫くらいの差だ。話を聞く限り、メイドはここ最近思い悩んでいるというが、やはり人間はのんびりしている。たった五十年しかない貴重な時間をそんな事に費やすとは。悩んで自らの未来が変わるならそれもいい。しかし何事も、動く事でしか変わりはしない。目の前にいる巫女も、生意気な魔法使いも、あの大妖怪だって、念じる事だけで物事を変える力など持ちえていない。動きながら考える。弾幕の戦いでできる事を何故このメイドはしないのだろうか。この調子では、時は操れても自らの運命を変えることなどできやしない。
「パチュリー様に相談したら、『過去と未来の日記を書けばいい』とか、よく分からない事を言われるだけだし」
巫女はメイドの言葉に反応した。
「わからない?」
「ええ。いくら時を操れるからって、さすがに未来の事なんて日記に記すことはできないわ」
そこで巫女と私は、メイドが勘違いをしている事に気付く。
「いや、未来の日記って……ただ単に『目標』の事を言ってるだけじゃ……」
「え?」
何かに気付いたのか頭を回転させ始めるメイドを前にしながら巫女は言葉を続ける。
「過去は日記そのものだとして、未来の日記っていうのは、つまり目標よ。未来の自分はこうなっている、またはこうなりたい。それに近付くために、自分を客観的に見れる過去……つまり普通の日記を書いておけ。ってことじゃないの? あんたみたいな専門じゃないけど、紫は確か、時間とは連続した刹那が繋ぎ合わさったもの、だったかしら? とにかくそんな事を言ってたわ。その一日ごとの固まり、その部分の自分が何をしていたか、未来の自分に近付いているか離れているか見極める事ができるようにする。パチュリーはそういうことを言いたかったんじゃないの」
メイドは無言で苦し紛れの様に微笑み、それを見て霊夢は渋い表情をしていた。二人しかいないが、大層な知恵は生まれたようだ。パチュリー……地底に乗り込んできた時の魔理沙を手伝っていた魔女の言う通りだ。人間など、目の前の欲にすぐ流されてしまう。あたい達妖怪は、そんな事はしない。何故なら、生まれてから自分のしたいように生きているからだ。食べたいときに食べ、遊びたいときに遊び、働きたい時に働く。大層な志を掲げる人間でも、欲望はある。しかし人は我慢する。人里へ足を運んだ時も、人間の大人は実に不思議だった。全力で遊ばないのだ。その場だけの会話をして、惰性で酒を飲み、付き合いで碁を打つ。それでいて人によっては、最近大忙し、と言う者がいるから、来年の事を聞いた鬼でなくとも大笑いしてしまう。きっと目標というのは、あたい達が思っている以上に人間にとって大切なものなのだろう。異変解決に走る巫女達が良い例だろう。異変の解決に全ての力を注ぎこむ。他の事に流される事なんてまずない。それと同じようにすればいい。自分にとっての『異変』を上げ、それを『解決』するために前を見て進めばいい。魔女の言っている『未来の日記』とは、それを忘れないため。なんだかんだで人間は日々をせわしなく懸命に生きている。その忙しさから自分の望む未来が頭の片隅に追いやられた時、それを掘り返すために『未来の日記』として書かれた目標はある。書くことも大事だが、書き残された物として存在させる事が大切なのだろう。なるほど伊達に白黒魔法使い曰く『山のような沢山の本に囲まれてる』だけはある。
「そ、そういうことね。そうかもしれない、と思ってた、たわ。普段だらだら生きてるのに、な、なななかなかいい事を言うじゃない」
思い切り目をそらして動揺しながらメイドは減らず口を叩いていた。目から鱗だったと言わんばかりに口元を上げ、それを見た巫女は溜息を吐く。
「自分の理想とする、なりたい自分を書けば、今のあんたみたいに迷った時それに向かって生きていけばいいのよ」
先程まで死にかけていた人間のものとは思えない言葉である。
「何を書けばいいのかしら」
「は?」
しかし霊夢の言葉を聞いても尚、メイドは顎に手を当てていた。
「だから、なりたい自分を想像して――」
「それが……ないのよ」
「…………」
「たとえば五年後や十年後の自分を想像しても、お嬢様の元で働いてる自分しか想像できないのよ」
「まったく固いわね。それも一つ、でいいのよ。結局は未来なんだから、一度思いつく限り書けばいいのよ。自分がなる可能性のある未来全部をね。メイドのままでいる、または門番として吸血鬼を護る事に専念する。いっその事時間を操る魔女にでもなるか。あんたの館の中だけでも、選択肢は沢山あるじゃない」
それとも吸血鬼に反旗を翻して、不老不死になるか。というのもある。
「そんなに沢山目標があったら、混乱しそうだわ」
「人間なんて、なんだかんだで流れていくのよ。自然に絞られていくはずだわ。大事なのは歩き続ける事。道を踏み外したって落ちた所がまた新しい道になるんだから」
「そういうもの……ね。うーん。じゃあ、ちょっと紙を持ってきてくれるかしら」
今この場で霊夢の言われた通り想像できる未来を書き記すのだろう。妙なところで真面目だった事をおかしく感じたのか霊夢は鼻で小さく笑ってしまい、棚にあった紙を一枚差し出した。
ふむ、とメイドは一言発し、洋筆を紙に付けようとする。しかし、視線を紙から巫女に向けた。
「せっかくだから一緒に書きましょう」
「は?」
「私以上にパチュリー様の言いたいことが伝わってるんだもの。あなたに見本を見せてほしいわ」
「嫌よ……。っていうか私だって、そんな大した目標なんてないわよ」
「分かってるわ」
「…………」
もしあるなら、先程のような哀れな姿を他人に見せるとはとても思えない。
「だから一緒に書きましょう。大丈夫よ、ここには人間二人しかいないわ」
「猫はいるわよ」
にゃーん。
妖怪であるあたいも見栄や羞恥は知っている。見ようとするのは野暮というものだ。魔法使いや胡散臭いあの妖怪と一緒にしないでほしい。
「しょうがないわね。……別にいいけど、レミリアとかにばらしたら承知しないわよ」
「それくらいは心得てるわ。そのために、互いを抑止するよう互いのを見せ合うんでしょ。大丈夫よ、お嬢様には見せないわ」
「…………」
「お嬢様に誓って」
「それ、意味あるのかしら」
困惑しつつも、巫女は自分の分である紙と筆を取り出す。それから巫女とメイドは静かに机へ顔を向け始めた。
妖怪が跋扈しているこの幻想郷で人間が未来を意識して生きるのは意味のないことなのかもしれない。しかし、まだ年端も行かない巫女とメイドは、まだまだ見栄を張り、無意味な自信で溢れる年頃である。こうして他人に未来を見せ合う事で、口だけなどと思われたくはない、という怠けに対しての程よい重圧がかかる。あたいだってそう言われるのは癪にさわる。幼い少女達にとって、その恥はどれほど恐怖なものか。
猫の姿ではあっても、見つけた目標をあたいに聞かれるのは抵抗があるはずだ。少女二人を残して、隣の部屋で蒸し暑い昼寝を続けることにしよう。
企業も国も目標はいるし、実現可能な目標を明確に説明出来ないのは大人の責任を果たしてないって考えもあるし
人間自分の頭というのは案外馬鹿だから馬鹿な自分に警戒するという意味で理想から距離を置くというのはあるのかも知れない
原作のセリフからも咲夜さんおぜう様に最後まで付き合いそうだけど