小傘さんは神社の縁側に座りながら、足をぱたぱたと前後に揺らしています。
私はそんな彼女の姿を、ちゃぶ台に頬杖を付きながらぼーっと見つめていました。
「かわいいですよねえ、やっぱり」
思わず声に出てしまいましたが、小傘さんに聞こえないぐらいの小さなボリュームです、聞こえるはずがないんです。
彼女の傍らに置かれた唐傘の下駄も、足に合わせて微妙に揺れています。
普段はあまり意識することはありませんけど、こうして実際に傘とシンクロしている所を見ると、ああ彼女も妖怪なんだなと実感してしまいます。
それでも可愛いことには変わりないわけですけど。
私が外の世界から幻想郷へやってきて早数年の月日が経ってしまいました。
最初の頃は、外の世界じゃ滅多にお目にかかれないレベルの美少女だらけだったものですから、新しい出会いの度に心臓バクバクの手汗だらだらで緊張しまくっていたわけですが、最近ではそんな美少女だらけの環境にもすっかりと慣れてしまいました。
これで私が男だったりしたら、美少女まみれの環境に未だに慣れてないか、あるいは調子に乗って色んな女の子に手を出しまくるかのどっちかだと思うのですが。
後者だったらすでに私の命は無いでしょうね、人喰い妖怪に頭を一飲みされておしまいです。
恋愛において人は外見が九割なんて言いますけれど、とびきりの美少女に出会う度に惚れまくるかと思いきやそういうわけでもなく、この数年間私が誰かに恋をするなんてことはありませんでした。
まあそもそも、ここにはほとんど女しか居ないんですから、恋愛に発展するなんてこと滅多に無いんですけどね。
稀ではありますけど、相手が度を越した美少女だったりすると同性だとしても惚れちゃうことがあるって外の世界でも耳にしたことがありますが、やっぱり同性ってだけで恋愛対象からは外れちゃいますおね。
と言っても、幻想郷において同性という理由は恋をしない口実にはならない気もします。
なぜかって、ここでは同性同士のカップルも珍しくないからです。
まさに外の世界の常識にとらわれてはいけないとはこのこと、私はこの常識にまだ慣れきっていませんから戸惑うことも多々あります。
友達同士だと思ってた身近な人達が、いつの間にか友達の垣根を超えて恋人になってたりするんだからそりゃ驚きますよね。その時同行していた小傘さんのお腹はもうパンパンでしたよ、満腹で。
”異性間での友情は成り立たない”、という外の世界での定説もここでは無意味です。
何せ同性間であっても友情が行き過ぎれば恋になってしまうのですから、全く油断も隙もあったもんじゃありません。
人里みたいに人間ばかりが集まっている場所で、比較的外の世界に近い常識を持つ集落とかだと異性での恋愛が普通だったりするんですが、人間の常識が通用しない妖怪たちの間では割と当たり前のように同性同士で恋人になってたりします。
理由ははっきりとしませんが、女性の妖怪が割合として圧倒的に多いからってのも理由の一つだとは思います。
それにおそらくですが、妖怪たちには人間のように生殖本能というのが無いんじゃないでしょうか。
アレをアレに突っ込んで生殖しなくても、信仰やうわさ話、呪いや自然の力などの不思議パワーで増えるのが妖怪や妖精ですから。
人間と違って絶対に異性間の性行為が必要ってわけじゃないんです、だから異性に惹かれる必要が無いんじゃないかと思います。
単純に好みの相手と恋人になっちゃえばいいってだけです。
だからなのか、外の世界みたいに浮気や離婚みたいな恋愛におけるネガティブな話題はあんまり聞かない気もします。
だって友人の延長線上にある恋愛ですからね、長年一緒につるんできた相手だったりすると性格の不一致で別れるなんて話にもなり難いでしょうし、同性の方が性行為は気持ちいいなんて話もありますから。
それでも、やっぱり私は同性間の恋愛というものに抵抗を感じています。
幻想郷の理屈を主張されたって、私の根底に根付いている外の世界の恋愛観が綺麗さっぱり消えるわけではありません。
そもそも同性愛に対する抵抗の有無以前に、外の世界でも私は恋らしい恋をしたことが無いんです、だから恋がどんな物なのかもいまいちピンと来ないのが現状だったります。
ドキドキするとか、キラキラするとか、漠然とした知識はありますが、はっきりとした恋の定義を知りません。
探そうとしても見つかるような物ではありませんし、辞書を引いても恋愛小説を呼んでもやっぱり確立された答えは得られずに、そうこうしている間に恋人居ない歴=年齢と言う言葉が重くのしかかる年にまでなってしまいました。
焦ることは無いと神奈子様も諏訪子様もおっしゃるのですが、高校に通っていた時のように周りに比較対象がいるわけでも無いですから、自分が進んでいるのか遅れているのかもわかりません。
かと言って油断してまだまだ余裕だと思っていたら、仲良くしてた人にいつの間にか恋人が出来てたり、恋愛トークをしてたら他の人の話がやけに生々しかったりと、年々行き遅れ感は増していく一方。
巫女だから処女でも構わないと思ってたのですが、巫女で処女なのは実は自分だけなんじゃないかと疑心暗鬼に陥ったりもしました。
と言うか実際そうだったんですけどね。
名誉のために名前は伏せておきますが、友人の巫女さんは昼間っから恋人と盛りまくりですから。
外の世界でもそうでしたけど、歴史上の巫女って案外股が緩かったりしますよね。
そもそも太古の神様たちの時点でやりたい放題だったわけです、そんな神様が巫女さんなんてフェティッシュの塊を見逃すわけがないんです。
神殿娼婦だとか傀儡女なんて人たちもいたわけですし、彼女たちは間違いなく巫女の一種ですよね。
処女の巫女なんてシロモノは明治時代以降に作られた物なんですよ。
だいたい、巫女は処女じゃないといけないって常識のある現代ですら、アルバイトの巫女さんが処女かどうかなんてわかったもんじゃないですからね。
まさか新しいバイトが入る度に神主さんがチェックする、なんてエロ漫画も真っ青な展開があるわけないでしょうし。
エロ本にだって巫女服が出てくる時代なんです、何言ったって無駄なんでしょうけど。
とは言え、巫女さんが昔に娼婦みたいなことをしていたと考えると、巫女服に対して男性がムラムラしちゃうのは本能のようなものなのかもしれませんね。
かくいう私も、巫女服の女の人にはちょっと興奮しちゃったりしますし。
自分の格好はさておき、初めて霊夢さんを見た時は”本物(マジモン)の巫女さんだ!”ってガッツポーズしながら内心大喜びしてしましたから。
いつの間にか巫女談義になってしまいましたね、同性愛について考察してた気がしたんですが。
仕方ありません、ここは私を同性愛云々で悩ませる原因の一つである小傘さんを使って、このもやもやを晴らすことにしましょう。
私は立ち上がり、気配を殺して小傘さんの方へと近づいていきます。
彼女は艶かしい生足を揺らしながら呑気に鼻歌なんか歌ったりして、私に気づく様子は全くありません。
小傘さんって、身長は私よりも小さいし顔つきや言動だって幼い癖に、胸は大きいしふとももなんかも結構むちむちなんですよね。
こういうの、ギャップがエロいって言うんですかね。
無邪気さとエロスのミスマッチさ加減が、さらに私の劣情をかきたてます。
ん、劣情?
いえいえ、私が小傘さんに対してそんないかがわしい感情を持つわけがないじゃないですか!
私は純粋に友達として彼女に惹かれているだけで――って、これじゃ駄目ですね。
何と言いますか、いつもと変わらないんですよね。小傘さんをいかがわしい目で見てるくせに、この気持ちが恋かって言われると必死になって否定してしまうこの感じ。
きっと私が根っからの幻想郷の住人であればそのままの勢いで小傘さんに告白とかしちゃうんでしょうけど、自分でも小傘さんに対する感情が恋愛なのか友情なのかわからない私は、この感情を持て余すしかないわけです。
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きなんですけど、恋とは違うっていうか。
でも恋を知らないくせに何言ってんだこいつ、というか。
かと言って告白出来るかって聞かれるとノーで、やっぱり私達の関係には友達が相応しいんじゃないかなって思うんだけど、それも何だか違う気がして。
んで、そんなこんなでうだうだ考えていると色々面倒になっちゃって、もう考えるの面倒くせーって具合で全部放り投げて私は勢いのまま小傘さんに襲いかかるわけです。
ちょうど今みたいな感じで、がばちょっと抱きついたりして。
「うひゃあぁっ!?」
「小傘さーん、私たいくつですー」
「な、な、何してるの早苗っ、びっくりしたじゃん! もー!」
「うふふー、小傘さんのリアクションはいつ見ても一級品ですねえ、惚れ惚れしちゃいます」
「うぅ、驚かしたいのは私の方なのに……」
別に驚かそうと思ってやってるわけじゃないんですよ、実は小傘さんは私の行き場をなくした感情のとばっちりを受けているだけなんです。
本当のことを言うと、小傘さん本気で怒っちゃいそうですけど。
ああ、それにしても小傘さんの肌は相変わらずすべすべで気持ちいですねえ。間近で見る顔も可愛らしいですし、オッドアイは相変わらず吸い込まれそうなぐらい綺麗ですし。
外の世界での私には、ここまで密接なスキンシップを取れる相手はいませんでした。
つまり、私の人生においてもっとも距離が近い人物は、小傘さんと言うことになります。
もっとわかりやすく言い換えれば、小傘さんは私の人生において一番大切な相手ということです。それは揺るぎようのない事実なのです。
この関係は、友達と呼ぶより、親友と呼んだ方が近くて。
学校や就職の無い幻想郷だと何年経っても別れはありませんし、離れ離れになって関係が自然消滅なんてこともないでしょう。
よっぽどの大げんかでもしない限り、私達はずっと親友のままなんだと思います。
妖怪と現人神の関係ですから、たぶん十年後と言わず百年後だって、ずっと。
それってとても素敵なことですよね、百年後も二人で楽しく笑っていられたらとても幸せだと思います。
ですけど、五十年来の友人っていうおじいさんおばあさん達は外の世界にも居ましたが、百年間ずっとべったりの親友はさすがに見たことがありません。
一体どうなっちゃうんでしょうね。
お互いの事を自分以上に理解していて、一緒にいると楽しくて、下らない出来事でも笑っちゃったりして。
それで百年も一緒に。
キスしたりエッチしたりしないだけで、恋人や夫婦と何が違うって言うんでしょう。
むしろ倦怠期の夫婦なんかよりは、はるかに愛し合ってる感じがしません?
「はあぁ……小傘さん、今日は暑いですよねえ」
なんといっても今は夏です、そりゃ暑いに決まってます。
じりじりと照りつける太陽、じっとりと汗ばむ肌、そして触れ合う私と小傘さんの体温。
どれをとっても暑いです、灼熱です。
「早苗がくっついてるから暑いんじゃない、さっきまでは風が気持よくてそこまで暑くなかったよぉ」
「うむむ、ですが小傘さんの抱き心地も捨てがたいですね」
「悪い感触とは言わないけどさ、季節考えてよ……」
「えっ、冬だったら抱きしめてもいいんですか!?」
「何で急にテンション上がるの!?
まあ、別に夏でも構わないっていうか、どうせ拒否しても早苗は抱きついてくるじゃん」
「それもそうですね」
「汗臭くない?」
「小傘さんの匂いはどんな匂いでも大好きです」
「答えになってないよ……」
「いいじゃないですか、嫌な匂いなんて全くしないですよ。
むしろ私の匂いの方が気になるぐらいです」
「心配しなくたって、早苗はいつも甘い匂いがするよ。たぶん私よりずっと素敵な匂いだと思う。
匂いだけじゃないよね、早苗は体型も私と違ってちゃんと育ってるし、柔らかくて気持ちいいし、たまに自信無くしそうになるぐらいなんだから」
「まさか小傘さんにプロポーションのことで褒められるとは思いませんでした、むしろ私の方が小傘さんを見る度に自信をなくすぐらいだったのに」
「うーん……そうかなあ」
「そうですよ。いつも外にいるのに肌は白いですし、小柄な割には胸は大きいですし、太ももはやけに艶かしいですし。
すごくいやらしい体をしてると思います」
「それ、褒めてる? と言うか私の体をそんな目で見てたの!?」
「何を言いますか、最上級の褒め言葉ですよ」
「ううぅ……なんだか恥ずかしいよ」
顔を染めて黙りこんでしまいました、私はそんな小傘さんに追い打ちをかけるように頬をぴたっとくっつけて、すべすべの肌に頬ずりをしてやります。
俗に言う追い打ちってやつです。
「うぅ……」
ダルそうに唸りながらも、小傘さんは私を振り払ったりはしません。あらやだラブラブですね私たち。
こんなやりとりも割といつものことで、いつまで経っても慣れずに顔を赤くする小傘さんが可愛くて仕方ありません。
友達同士のスキンシップとしては、やっぱり過剰なんでしょうか。
私にはどこまでが友達で、どこまでが恋人かなんてわかりません。
でもこのやりとりの途中も、少女漫画みたいな胸のドキドキとかトキメキがあるかっていうとそういうわけではなくて、どちらかと言うと体中を包むぽかぽかとした、優しい感覚があるだけです。
これを恋と呼ぶでしょうか。恋じゃないのなら何と呼ぶのかと聞かれても、私には答えられませんが。
見る人が見れば友達としては過剰だと言うかも知れませんし、別の人が見れば微笑ましい光景と思うのかも。
価値観なんてそれぞれで、恋の尺度も人それぞれ。
むしろ、友達でなければいけない理由も、恋人でなければいけない理由も無いのかもしれません。
愛はあります、好意もあります、でもそれって家族だって同じですし、友人だって同じですし、恋人だって同じことです。
家族愛とか、友愛とか、恋愛とか、それってお互いの立場が違うだけで本当は同じ感情だったりするんじゃないでしょうか。
だって、たぶん私、この世の誰より小傘さんを愛してる自信ありますよ。
相手が汗まみれだとしても、嫌な気持ちになるどころか喜びながら抱きしめられるぐらい愛してます。
小傘さんだってそうですよね、どんな状況だって私に抱きしめられて嫌な顔はしませんし、むしろ好きって言ってくれるぐらいなんですから。
こうして頬ずりしていたって小傘さんは抵抗しません。
このまま私が首を回せば、頬にキスができます。
お互いに首を回せば、唇と唇でキスだって。
小傘さんをキスをする所を想像しても、私は別に恥ずかしくなったり不快な気分になったりはしません。
なんだか、心がぽかぽかするだけで。
この過剰なスキンシップよりも、もっと過剰にスキンシップしたっていいんじゃないかとすら思ってます。
「早苗、顔近すぎて恥ずかしいんだけど」
「何も恥ずかしがることないじゃないですか、いっそキスでもしてみます?」
「へっ!? キ、キスって……!?」
小傘さんは嫌なんでしょうか。
まあ、別に私もしたいってほどじゃなくて、出来るか出来ないかで言えば平気で出来るってぐらいなんですが。
「頬に、キス?」
「それがお望みならそれでもいいですけど、普通キスって言ったら唇同士じゃないです?」
「やっぱり……そうだよね。
うーん……その、えっと、あの……ど、どうしても早苗がしたいって言うんなら、別にいいけど」
「どうしてもってほどではないんですが」
「えぇっ!?」
「そんなに驚いてどうしたんです?」
「だってキスだよ!?
キスするのって、相手が好きだからでしょ? 好きって気持ちが抑えられなくなったからキスするもんじゃないの!?」
「小傘さんは私の持ってきた少女漫画を読み過ぎです、キスに幻想を抱きすぎです。
ただ私は、どんなもんだろうって好奇心で」
「好奇心で私のファーストキス奪おうとしたの!?」
「私もファーストキスですよ」
「そうかもしれないけどっ、そういうことじゃないんだって!
ああ、もう……早苗が何考えてるのかわけわかんないよぉ……」
「だからただの好奇心って言ってるじゃないですか、難しいことなんて何も考えてません。
小傘さんとならキスしてもいいかなって思った、ただそれだけですよ」
「……思ったの?」
「はい、思いました」
キスしたい、じゃなくて、キスしてもいいかな、って感じですが。
だから恋と呼ぶには情熱が足りなくて、友情と呼ぶにはちょっと行き過ぎてて、判断に困ります。
キスすれば気持ちの正体も少しははっきりするかなと思ったんですが、どうなんでしょう、案外今までと何も変わらない気もします。
そもそもキスしたいってどういう衝動なんでしょう、言ってしまえば唇を合わせるだけの行為じゃないですか、外国じゃ挨拶代わりにするとも聞きますし。
だいたい、一度もやったことの無いことを、いくら相手の事が好きだからと言って、突然”したい”なんて思うことがあるでしょうか。
一度やって癖になったから”したい”と思うのはわかるんですが、キスの経験も無いのに無性に欲することなんてあるんですかね、少なくとも私にはありません。
だから、それを知るという目的も含めてキスしたいと思ったんです。
癖になるような感触なら、一度ぐらいは味わってみたいですし。
そしてその相手は、できれば一番好きな相手である小傘さんが良いと思いました。
ただ、この衝動を恋と呼ぶにはちょっと淡白すぎる気がします。かと言って友情と呼ぶのはふさわしくないかもしれませんが。
「待って、ちょっとだけ心の準備をさせて」
「そこまで緊張されると何だか悪いことしてるような気になりますね」
「強引にキス迫るなんて、悪いことに決まってるじゃん!」
「そうですか?」
「そうだよ! なんで早苗は平然としてられるのかなぁ……」
一旦私達は体を離して、改めて正座をして向き合いました。
小傘さんは顔を落としたまま、握った拳を太ももの上で震わせながら、何度も大きく深呼吸をしました。
こうしてまるで何かの儀式のように大げさにされてしまうと、さすがに私も緊張してしまいます。
もっと軽く、フランクな感じでちゅっとするはずだったんですが。
ドキドキも……してるんでしょうか、確かに今までとはちょっと違った胸の苦しさがあるような。でもこれってただの緊張感、ですよね。
「……よしっ」
小傘さんは小さな声で気合を入れると、顔を上げて私の方を見つめます。
顔は真っ赤なままですが、表情からは確かな覚悟が見て取れます。
あまりの気合の入りように、私も釣られるように思わずごくりと生唾を飲み込んでしまいました。
「さあ早苗、ばっちこいだよ!」
がばっと両手を開き、ウェルカムの体勢を取る小傘さん。
これってキスシーンですよ。ドラマだとクライマックスですよ。
なのにこの小傘さんのムードの欠片も無い仕草。
あまりに小傘さんらしいその行動に、私は胸が暖かくなって思わず微笑んでしまいました。
やっぱり、私は小傘さんの事が好きです。それだけは間違いありません、確信できます。
そこれそ、キスだって平気に出来るぐらいに。
緊張しすぎてへの字に曲がっている口がまた愛らしくて、思わず微笑んでしまうのをこらえきれません。
これって、恋なんですかね?
「笑わないでよ……これでも必死なんだから」
「すいません、小傘さんがあまりにかわいかったもので」
「なっ、またそうやって私の事からかうんだから!」
「からかってなんて居ませんよ、本気でそう思ってます」
「……うぅ、そっちのがたち悪いって」
正面から小傘さんをぎゅっと抱きしめます。
体と体が触れ合う瞬間に小傘さんの体はガチガチに萎縮してしまって、かわいそうなぐらいに緊張しているのが伝わってきます。
それが可愛いって言うと、また怒ってしまうんでしょうね。
でも事実だから仕方ありません。
なんだか急にキスが楽しくなってきました。
なるほど、キスは行為そのものに意味があるわけではないのですね。
こうして小傘さんが恥ずかしがって、涙目になりながら懇願するように私を見てくれるのなら、確かに何度だってキスしたくなるかもしれません。
でもこれって恋なんでしょうか、未だ私にはわかりません。
ですから答えを出すためにも、やはり直接触れ合うしかないようです。
長いまつげがふるふると震えています。
水色と赤色のオッドアイは半開きになっていて、少しだけ潤んだ瞳で気まずそうに私の方を見ています。
小傘さんから、私はどう見えているんでしょう。
まつ毛はもちろん小傘さんより短いですし、瞳だって小傘さんの方が大きいし綺麗です。
あっちから見た私は、おそらくしょぼくれたカラカラの枯れ切った女に見えてると思います。
ああ、でもさっきもそんな事を言って小傘に否定されてしまいましたね。案外、これも隣の芝は青い現象なのかもしれません。
小傘さんだって、私の事かわいいって言ってくれたりしてました。
だから、小傘さんから見た私はかわいくて、私からみた小傘さんはかわいいのかも。
これは友情とはちょっと違いますよね、恋をすると見る目が変わるみたいですから、恋に似た感情と呼べるのかもしれません。
冷静になって考えてみれば、幻想郷には美少女がいっぱいいますし、きっと見た目だけなら小傘さんより可愛らしかったり、綺麗だったりする女の人が居るはずなんです。
それでも私にとって小傘さんが一番魅力的に映るのは、愛情による補正がかかっているから。
やっぱこれ、恋……なんでしょうか。
「ねえ早苗、焦らさないでよ」
そんなつもりはありませんでしたか、小傘さんの台詞はまるでいかがわしい行為でもしているようでした。
ぞくりとしましたし、神奈子様や諏訪子様に聞かれたら勘違いされるかも、とどきりとしてしました。
そうですね、あんまりこんな恥ずかしい体勢で長時間居るもんじゃありませんよね。
向き合って、首を少しだけ曲げて顔を傾けて、距離を詰めていって。
吐息を感じる距離に。
体温を感じる距離に。
唇の先が触れ合って、そこから暖かさと柔らかさが広がっていって、私達は融け合うようにゼロ距離になりました。
作法というわけではありませんが、自然と目を閉じてしまいます。
きっと小傘さんも同じでしょう。
小傘さんは私の背中に回した腕により強い力を込めて、胸と胸を押し付け合うように強く抱き合いました。
私も私で小傘さんの背中に回した手にきゅっと力を込めて、小傘さんほどではありませんが彼女の体を引き寄せます。
体を完全に密着させて、まるで全身でキスするみたいに。
セミの音がうるさく響いています。
本来ならそれで掻き消されるはずの吐息の音も、私の耳にははっきりと届いていて、まるで小傘さんの体が私の体になってしまったかのように、音も、感触も、ダイレクトに伝わってきます。
肺が膨らみ、縮んでいく感覚さえも、心臓が脈打つリズムさえも、鮮明に、鮮烈に。
ドクン、ドクン。
私の胸も共鳴するように高鳴って、体は熱くなって、夏の熱気をはるかに通り越して、目眩がするほどに私の体は火照っていきます。
しばらくそんな時間が続いて、私達はちょっとだけ苦しくなって、どちらからともなく体を離しました。
「……はぁ、はぁ……」
「ん……ふぅ………」
小傘さんは気まずそうに私から視線を外して、こめかみを伝う汗の雫を手首で拭き取りました。
私はのぼせたようにふらふらとする頭のまま、ぼーっと小傘さんの方を見つめていました。
キスをしたがる恋人たちの気持ちが、わかったような、わからなかったような。
確かに胸は高鳴りました、でもそれと同時にぽかぽかとする気持ちもあって。
結局、恋が何なのか、はっきりとした物はわかりませんでした。
でも、私達の関係が進展したなっていう実感はあって、それと同時にちょっとした不安も沸き上がってきたんです。
たぶん、小傘さんが黙っているのも同じような不安が沸き上がってきたからでしょう。
はっきりとしないままの気持ちが、こんなに怖いものだなんて思いもしませんでした。
確かにあやふやな関係って気楽ですよね、縛り付けるものは何もありませんし。
だけどそれってお互いに自由に飛び回れる権利があるって意味なんです、縛り付けない代わりに、別れだって自由で。
離れたままでも平気な二人だったなら、きっとそんな霞のような関係でも平気だったのかもしれません。
けれど私達は違いました。
形はどうであれ、求め合っているんです。もっと近づきたい、絶対に離れてたくない、って。
行間は割と長く、その沈黙は結構居心地の悪いものでした。
それからしばらくして口を開いた小傘さんは、私の想像通りの形になった不安を言葉にして、私にぶつけてきました。
「なんか……また、早苗のことよくわかんなくなっちゃった。
早苗とは四六時中ずっと一緒に居て、たまに通じ合った気がするんだけど、結局またわかんなくなっちゃう。
繋がってるのか、離れてるのかもよくわかんないよ」
関係が深まれば深まるほど、気持ちが高まると同時に不安も高まっていくものです。
ここ幻想郷が、外の世界で楽園と呼ばれる場所であったとしても、私達にとってその場所自体が意味を持つわけではありません。
楽園が楽園たる理由は、きっと近しい人にあって。
あなたがいるから幸せで、笑ってられる。
だから失楽の恐怖は、あなたが大切であるほど大きくなっていくのが必然。
ですが、私達の場合はまだ楽園にすら到達していないのかもしれません。
失うのは、大事なものがあるから。その大事な物を、私達はまだ手にすらしていないのです。
「何、考えてるんだろうとか。私の事、どう思ってるんだろう、とか。
はっきりしない関係って、外の世界だとそれが当たり前なのかもしれないけど、私達の生きる場所じゃそれはあたりまえじゃないの。
だから、私達の見てきた世界って違うから、早苗が求めてくることに、本当は私が思ってるような意味はないんじゃないかって」
たぶん、失う怖さは私よりもずっと小傘さんの方が大きいはず。
だって彼女は付喪神ですから。捨てられ、忘れられたからこそ彼女はここに居るのです。
ですが今の彼女は、例え捨てられたとしても朽ち果て消えることはできません。
付喪神として自我をもってしまったばかりに。
だから、誰よりも失うことを、失われることを恐れている。
ちょっとだけ反省してます、私がやってきたことはデリカシーがなかったんじゃないかって。
浮かれてた部分もあるんだと思います、だってこんなに大切だと思える人が出来たの、初めてでしたから。
だから慎重になりすぎていたのかも。
何も、答えは私だけの為にあるわけではないのです。
二人の関係なら、その答えも二人のためにある。
私だけが悩んでいて、全てが小さな輪の中で自己完結できるなんて甘えもいい所です、一人だけじゃない、私の選択は全て彼女を巻き込むはずなのに。
「最初はこんなに近くなかったよね、私たち。
手をつないだり、お泊りしたり、急に抱きついてきたり、かわいいとか言ってみたり。
少しずつ進歩してきて、深くなって、近くなって、普通の友達とは違うこともやって。
でも、早苗にはそんな様子全然無かった。それから、期待して、悩んだりしてるのは実は私だけなのかなって悩み始めたの。
私なんて、早苗にとってその程度なのかなって、ほんとはずっと不安だったの。
早苗の気持ちがその程度だったら、いつかふとした拍子に飽きられて、捨てられるかもしれないなって、そう思うと泣きたくなるぐらい怖くて、怖くて。
だけどね、私は知っての通り臆病者だから、自分から言い出すことなんて出来なかったの」
例え私が”どっちでもいい”と思っていたとしても、彼女はそうじゃなかったとしたら、私は彼女の為に選択するべきだったんです。
もっと早く、小傘さんが不安になってしまうよりずっと早くに。
愛があるって気持ちにはずっと前から気づいていたわけですし、楽だからとか、心地いいからって理由で現状維持に甘んじていた私は、その間ずっと小傘さんを傷つけていました。
悪いことをしてしまいました。
小傘さんを傷つけたくないって、十年後も百年後も楽しく笑っていたいって言ってたのは私だったはずなのに。
「でも、もう我慢なんて出来ないよ、私。キスなんてされちゃったら、我慢できるはずがない。
からかってるだけならはっきり言って欲しいし、もっと別の意図があるんなら早苗の口からちゃんとした言葉で聞きたいの」
小傘さんの表情はちょっぴり悲しげで、声には悲痛さが混じっています。
そうさせたのは、私です。
ですから償う義務がありますよね。悲しませた分、幸せにする義務が。
「だから……お願い、早苗。さっきのキスの本当の意味を、教えて欲しい。
早苗の口から、早苗の言葉で、嘘偽り無く」
最初は意味なんて本当に無かったんです、ただの好奇心で、小傘さんとならキスをしても平気なんじゃないかって、ただそれだけで。
だから、今から私が告げるその問に対する答えは、ひょっとすると嘘になってしまうのかもしれません。
本心ではないですし、最初の意図とも全く違いますから。
でも私が小傘さんとキスをしたいと思ったのは事実ですし、その衝動だって実は私が気づいていないだけで恋愛感情によるものなのかもしれません。
って、これは言い訳にしかなりませんよね。
でも私の胸の中にある、小傘さんに悲しい思いをしてほしくないって気持ちや、小傘さんに笑って欲しいという気持ちは間違いなく本物。
かわいいと思っているのも本気で、好きって気持ちにも嘘はありません。
ですから、これは小傘さんを傷つけるような嘘にはならないはずなんです。
「……小傘さんの事が、好きだから、です」
あと戻りは出来ません、心地よいぬるま湯のような世界とはおさらばです。
ですが私は、その先にある楽園が欲しいと望みました。
「かわいくて、友達だけじゃ足りなくなってしまったんです。
もっと近くに行きたいと思う自分の気持ちを抑えられなくなってしまいました」
「それが、キスした理由? 本当の本当に? また私をからかったりしてないよね?」
「こんなたちの悪い冗談、さすがの私でも言ったりしませんよ」
「うん、わかってる。早苗は私を傷つけるような嘘はつかないもんね。
早苗のことはよくわかんない部分も多いけど、私のこと大切にしてくれてるって気持ちだけは間違いないってわかってるから。
でも……できれば、もっかい言って欲しいな。まだ実感湧かないから」
「小傘さんが望むなら何度でも言いますよ。
ですが、小傘さんの答えを私はまだ聞いていません」
「あっ……」
私に告白させておいて、自分だけは恥ずかしい思いをしないなんていい度胸です。
これは後でおしおきですね。
「ご、ごめんねっ、もうわかってると思ってた」
「わかってますけど、ちゃんと言葉にして欲しいんです」
「そうだよね、私だって早苗から聞くまで不安だったんだもん、早苗だって不安になっちゃうよね、うん。
えっと、じゃあ……言うね」
一拍置いて、小傘さんは丁寧に、私への想いを語り始めました。
「私は早苗のことが、好きです。大好きです。
実はずっと前から、手を繋いだり、一緒に寝たりする度に胸が爆発しそうなぐらいドキドキしたりしてたんだよ。
早苗がいたずらで後ろから抱きついてくる時も、驚いたり嫌がるようなフリはしてたけど、本当は顔が近くてうれしくって、爆発しそうなぐらい恥ずかしくって、でもそのままキスできたらいいなって思ってたり。
だから、今日は夢が叶ったような気分なの。早苗がキスしてくれて、私の事好きだって言ってくれて、ずっと前から望んでたことが全部叶っちゃって」
「全部、ですか?」
「うん、全部だよ。私の頭の中は早苗のことでいっぱいだったから。
毎日早苗のとこに行って一緒に過ごして、別れた後だって明日は何を話そうとか、何をして遊ぼうとかずっと考えてた。
早苗のこと以外考えようとしても考えられないぐらい夢中だったの」
……私はどうやら、とんだ勘違いをしていたようですね。
お互いに理解しているつもりとか言っておいて、実は小傘さんのことを何も理解していなかったようです。
最初から、小傘さんは私のことを友達とは思っていなかったわけですね。
自分でもちょっと過剰かなと思っていたスキンシップだって、私は平気な顔してやっていましたけど、小傘さんはいつだって気絶しそうなぐらい緊張していたわけです。
一方通行。自己中心。どうやら私は、思っていた以上に人の気持ちが理解できない唐変木のようで。
「早苗、もっと近くに行ってもいい?」
「恋人なんですから、許可を取る必要がありますか?」
「……えへへ。
じゃあ、お邪魔します」
小傘さんは膝立ちのまま私に近づいてきて、そのまま胸に飛び込むような形で抱きつきました。
「あぁ、さなえ、さなえっ。
……大好きだよ、ずっと一緒にいてねっ」
私の胸に頬ずりをしながら、すっかりとろけた笑顔で何度も”好き好き”と連呼します。
今まで何度も小傘さんの笑顔を見てきましたけど、今日ほど幸せそうな表情を今まで見たことがありません。
今までで一番、かわいいって思いました。愛おしいって思いました。
考えるよりも早く私の腕は小傘さんの背中に回っていて、再び私達は抱き合う形に。
「ねぇ早苗、もっかい言って欲しいな。私の事好きって、もっかい聞かせて欲しい」
「わかりました。
小傘さんことが、好きです」
「えへー……もう一回お願いっ」
「好きです、愛しています」
「えへ、えへへぇ……どうしよ、私ってば幸せすぎてどうにかなっちゃいそう……」
それは私の台詞です。
こんな至近距離でそんなとろけた表情を見せられたら、私だってこらえきれなくなっちゃいますよ。
理性って限りある物だって、私は今この瞬間初めて知りました。
ほんとに消えてなくなるものなんですね、愛って恐ろしい。
「あの、小傘さん」
「なぁに、どーしたの早苗」
「キス、してもいいですか?」
「んふふふぅ……いーよ。
許可なんて取らなくたって、好きなだけ、私のお口はもう早苗だけの物だから、何回だっていいよ!」
許可は貰いました、ですので遠慮なく。
ちゅ、ちゅっ、ちゅう。
キスの三段活用です、一度目は軽く触れて、二度目はしっとりキスをして、三度目はちょっぴり吸ってみて。
「はふぅ……じゃあ、次は私からするね」
攻守交代、お次は小傘さんからのキスの雨です。
傘のくせに雨を降らすなんて、なんて不埒な化け傘なんでしょう。
ああ、もうかわいい。すぐかわいい。ずっとかわいい。
どうしましょう、私の胸……確実に、ドキドキ言ってます。
友達じゃなくて、完全に恋してるみたいに。
「小傘さん、大変です」
「どしたの?」
「私……この短期間で、小傘さんのことどんどん好きになってます。
さっきより、倍か、それ以上に好きになっちゃってるみたいです」
最初のキスでは落ちついていたはずの私の胸は、今じゃ小傘さんと同じように爆発しそうなぐらい高鳴っています。
たぶん、今までなったことないぐらい顔真っ赤ですよ私。
自然と息も荒くなって、視界だって景色がゆらいでいます。
でも、小傘さんだけははっきりと捉えているのです。
「それは大変だね、そのままだと早苗も私と同じように、私のことしか考えられなくなっちゃうかも」
「小傘さんはなんともないんですか?」
「なんともあるよ、好きが大好きになって、大好きが超好きになっちゃうぐらいに大変なことになってる。
でも、元から私の頭の中は早苗でいっぱいだから、見た目では変わってないように見えるだけだよ」
「そうですか、つまり一緒だってことですね」
「そう、私と早苗は一緒なの。おそろいなんだよ」
ただ一緒ってだけなのに、それがまた嬉しくて嬉しくて、体が熱くなって、愛おしさが暴走して、溢れだす衝動を抑えきれなくなった私は、小傘さんの唇に自分の唇を押し付けました。
最初は小傘さんだけが猫なで声だったのですが、私の頭も次第に蕩けていき正常な思考ができなくなって、自然と甘ったるい声を出すようになってしまいました。
まるで砂糖の海で溺れるように、口の中の糖分と糖分を交わすようにして、私達は愛の告白とキスを数えきれないほど繰り返します。
夏の日差しに照らされながら、汗まみれになって、その汗すら愛おしいと思いながら。
好き、好き、と何度も囁いて、呟いて。
声でも気持ちでも好きが止まらなくなってしまいます。
ほんと、さっきまでの冷静だった私はどこにいっちゃったんでしょう。
キス一つで、人はこんなにも変わってしまうものなのですね。
友達とか家族だとか言ってたのはどこのどいつでしたっけ、こんなの恋以外にあり得ないじゃないですか。
「早苗、ただいまー!」
私達が過剰すぎるスキンシップをしていると、玄関の方から声が聞こえてきました。
姿を見ずともわかります、神奈子様の声です。
「どうしましょう、神奈子様帰ってきちゃいましたね」
「どーしよっか……」
言葉だけは悩むふりをしながら、私達は体を離そうとはしませんでした。
神奈子様が廊下を歩いてきます、足音は次第に近づいてきます。
もうそう長い時間は残されていないでしょう、体を離す時間もあるかどうか怪しいものです。
でも私達は余裕綽々で、おそらく最初から離すつもりはなかったんだと思います。
小傘さんの柔らかい唇の感触は何度味わっても飽きなくて、小傘さんも私の唇の感触に満足してくれているらしく、何度だってキスをねだってきます。
ですから止られるわけがなかったんです、神奈子様には申し訳ありませんが。
「早苗、私いいこと思いついちゃった」
「聞かせてください」
「このまま恋人として、早苗のご両親に紹介しちゃおうよ」
「なるほど、それは妙案ですね」
ご両親という呼び方の是非はおいといて、その提案は実に魅力的です。
何せこのまま体を密着させたままでいい上に、私と小傘さんの仲を公認にできるのですから。
小傘さんは毎日のように神社に遊びに来ていますから、もちろん神奈子様と諏訪子様とだって面識が有ります。
結構頻繁にお泊りすることだってありましたしね、もしかすると四人目の家族ぐらいに思ってくれているかもしれません。
そんな小傘さんと私がキスなんてしてたら、神奈子様さぞ驚くでしょうね。
「びっくりしてくれたらいいなあ、愛情も満たせるし食欲も満たせるしご両親にも紹介できるし、一石三鳥だよ」
「ではもっとびっくりさせるために、もう一度キスしましょうか」
「私もそう言おうと思ってたんだ、えへへー」
小傘さんが唇を突き出します。
小雛のようにキスをねだるその唇に、私は自分の唇を重ねました。
じっくりと、お互いの感触と体温、そして感情を味わいながら、周りには目もくれず私達はキスを堪能します。
居間と廊下を繋ぐ襖が開かれるまで、あと数秒。
襖が開かれた瞬間、濃密に唇を重ねあう私達を見て神奈子様がどんなリアクションをしたかは――神奈子様の名誉のため、伏せさせていただきたいと思います。
私はそんな彼女の姿を、ちゃぶ台に頬杖を付きながらぼーっと見つめていました。
「かわいいですよねえ、やっぱり」
思わず声に出てしまいましたが、小傘さんに聞こえないぐらいの小さなボリュームです、聞こえるはずがないんです。
彼女の傍らに置かれた唐傘の下駄も、足に合わせて微妙に揺れています。
普段はあまり意識することはありませんけど、こうして実際に傘とシンクロしている所を見ると、ああ彼女も妖怪なんだなと実感してしまいます。
それでも可愛いことには変わりないわけですけど。
私が外の世界から幻想郷へやってきて早数年の月日が経ってしまいました。
最初の頃は、外の世界じゃ滅多にお目にかかれないレベルの美少女だらけだったものですから、新しい出会いの度に心臓バクバクの手汗だらだらで緊張しまくっていたわけですが、最近ではそんな美少女だらけの環境にもすっかりと慣れてしまいました。
これで私が男だったりしたら、美少女まみれの環境に未だに慣れてないか、あるいは調子に乗って色んな女の子に手を出しまくるかのどっちかだと思うのですが。
後者だったらすでに私の命は無いでしょうね、人喰い妖怪に頭を一飲みされておしまいです。
恋愛において人は外見が九割なんて言いますけれど、とびきりの美少女に出会う度に惚れまくるかと思いきやそういうわけでもなく、この数年間私が誰かに恋をするなんてことはありませんでした。
まあそもそも、ここにはほとんど女しか居ないんですから、恋愛に発展するなんてこと滅多に無いんですけどね。
稀ではありますけど、相手が度を越した美少女だったりすると同性だとしても惚れちゃうことがあるって外の世界でも耳にしたことがありますが、やっぱり同性ってだけで恋愛対象からは外れちゃいますおね。
と言っても、幻想郷において同性という理由は恋をしない口実にはならない気もします。
なぜかって、ここでは同性同士のカップルも珍しくないからです。
まさに外の世界の常識にとらわれてはいけないとはこのこと、私はこの常識にまだ慣れきっていませんから戸惑うことも多々あります。
友達同士だと思ってた身近な人達が、いつの間にか友達の垣根を超えて恋人になってたりするんだからそりゃ驚きますよね。その時同行していた小傘さんのお腹はもうパンパンでしたよ、満腹で。
”異性間での友情は成り立たない”、という外の世界での定説もここでは無意味です。
何せ同性間であっても友情が行き過ぎれば恋になってしまうのですから、全く油断も隙もあったもんじゃありません。
人里みたいに人間ばかりが集まっている場所で、比較的外の世界に近い常識を持つ集落とかだと異性での恋愛が普通だったりするんですが、人間の常識が通用しない妖怪たちの間では割と当たり前のように同性同士で恋人になってたりします。
理由ははっきりとしませんが、女性の妖怪が割合として圧倒的に多いからってのも理由の一つだとは思います。
それにおそらくですが、妖怪たちには人間のように生殖本能というのが無いんじゃないでしょうか。
アレをアレに突っ込んで生殖しなくても、信仰やうわさ話、呪いや自然の力などの不思議パワーで増えるのが妖怪や妖精ですから。
人間と違って絶対に異性間の性行為が必要ってわけじゃないんです、だから異性に惹かれる必要が無いんじゃないかと思います。
単純に好みの相手と恋人になっちゃえばいいってだけです。
だからなのか、外の世界みたいに浮気や離婚みたいな恋愛におけるネガティブな話題はあんまり聞かない気もします。
だって友人の延長線上にある恋愛ですからね、長年一緒につるんできた相手だったりすると性格の不一致で別れるなんて話にもなり難いでしょうし、同性の方が性行為は気持ちいいなんて話もありますから。
それでも、やっぱり私は同性間の恋愛というものに抵抗を感じています。
幻想郷の理屈を主張されたって、私の根底に根付いている外の世界の恋愛観が綺麗さっぱり消えるわけではありません。
そもそも同性愛に対する抵抗の有無以前に、外の世界でも私は恋らしい恋をしたことが無いんです、だから恋がどんな物なのかもいまいちピンと来ないのが現状だったります。
ドキドキするとか、キラキラするとか、漠然とした知識はありますが、はっきりとした恋の定義を知りません。
探そうとしても見つかるような物ではありませんし、辞書を引いても恋愛小説を呼んでもやっぱり確立された答えは得られずに、そうこうしている間に恋人居ない歴=年齢と言う言葉が重くのしかかる年にまでなってしまいました。
焦ることは無いと神奈子様も諏訪子様もおっしゃるのですが、高校に通っていた時のように周りに比較対象がいるわけでも無いですから、自分が進んでいるのか遅れているのかもわかりません。
かと言って油断してまだまだ余裕だと思っていたら、仲良くしてた人にいつの間にか恋人が出来てたり、恋愛トークをしてたら他の人の話がやけに生々しかったりと、年々行き遅れ感は増していく一方。
巫女だから処女でも構わないと思ってたのですが、巫女で処女なのは実は自分だけなんじゃないかと疑心暗鬼に陥ったりもしました。
と言うか実際そうだったんですけどね。
名誉のために名前は伏せておきますが、友人の巫女さんは昼間っから恋人と盛りまくりですから。
外の世界でもそうでしたけど、歴史上の巫女って案外股が緩かったりしますよね。
そもそも太古の神様たちの時点でやりたい放題だったわけです、そんな神様が巫女さんなんてフェティッシュの塊を見逃すわけがないんです。
神殿娼婦だとか傀儡女なんて人たちもいたわけですし、彼女たちは間違いなく巫女の一種ですよね。
処女の巫女なんてシロモノは明治時代以降に作られた物なんですよ。
だいたい、巫女は処女じゃないといけないって常識のある現代ですら、アルバイトの巫女さんが処女かどうかなんてわかったもんじゃないですからね。
まさか新しいバイトが入る度に神主さんがチェックする、なんてエロ漫画も真っ青な展開があるわけないでしょうし。
エロ本にだって巫女服が出てくる時代なんです、何言ったって無駄なんでしょうけど。
とは言え、巫女さんが昔に娼婦みたいなことをしていたと考えると、巫女服に対して男性がムラムラしちゃうのは本能のようなものなのかもしれませんね。
かくいう私も、巫女服の女の人にはちょっと興奮しちゃったりしますし。
自分の格好はさておき、初めて霊夢さんを見た時は”本物(マジモン)の巫女さんだ!”ってガッツポーズしながら内心大喜びしてしましたから。
いつの間にか巫女談義になってしまいましたね、同性愛について考察してた気がしたんですが。
仕方ありません、ここは私を同性愛云々で悩ませる原因の一つである小傘さんを使って、このもやもやを晴らすことにしましょう。
私は立ち上がり、気配を殺して小傘さんの方へと近づいていきます。
彼女は艶かしい生足を揺らしながら呑気に鼻歌なんか歌ったりして、私に気づく様子は全くありません。
小傘さんって、身長は私よりも小さいし顔つきや言動だって幼い癖に、胸は大きいしふとももなんかも結構むちむちなんですよね。
こういうの、ギャップがエロいって言うんですかね。
無邪気さとエロスのミスマッチさ加減が、さらに私の劣情をかきたてます。
ん、劣情?
いえいえ、私が小傘さんに対してそんないかがわしい感情を持つわけがないじゃないですか!
私は純粋に友達として彼女に惹かれているだけで――って、これじゃ駄目ですね。
何と言いますか、いつもと変わらないんですよね。小傘さんをいかがわしい目で見てるくせに、この気持ちが恋かって言われると必死になって否定してしまうこの感じ。
きっと私が根っからの幻想郷の住人であればそのままの勢いで小傘さんに告白とかしちゃうんでしょうけど、自分でも小傘さんに対する感情が恋愛なのか友情なのかわからない私は、この感情を持て余すしかないわけです。
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きなんですけど、恋とは違うっていうか。
でも恋を知らないくせに何言ってんだこいつ、というか。
かと言って告白出来るかって聞かれるとノーで、やっぱり私達の関係には友達が相応しいんじゃないかなって思うんだけど、それも何だか違う気がして。
んで、そんなこんなでうだうだ考えていると色々面倒になっちゃって、もう考えるの面倒くせーって具合で全部放り投げて私は勢いのまま小傘さんに襲いかかるわけです。
ちょうど今みたいな感じで、がばちょっと抱きついたりして。
「うひゃあぁっ!?」
「小傘さーん、私たいくつですー」
「な、な、何してるの早苗っ、びっくりしたじゃん! もー!」
「うふふー、小傘さんのリアクションはいつ見ても一級品ですねえ、惚れ惚れしちゃいます」
「うぅ、驚かしたいのは私の方なのに……」
別に驚かそうと思ってやってるわけじゃないんですよ、実は小傘さんは私の行き場をなくした感情のとばっちりを受けているだけなんです。
本当のことを言うと、小傘さん本気で怒っちゃいそうですけど。
ああ、それにしても小傘さんの肌は相変わらずすべすべで気持ちいですねえ。間近で見る顔も可愛らしいですし、オッドアイは相変わらず吸い込まれそうなぐらい綺麗ですし。
外の世界での私には、ここまで密接なスキンシップを取れる相手はいませんでした。
つまり、私の人生においてもっとも距離が近い人物は、小傘さんと言うことになります。
もっとわかりやすく言い換えれば、小傘さんは私の人生において一番大切な相手ということです。それは揺るぎようのない事実なのです。
この関係は、友達と呼ぶより、親友と呼んだ方が近くて。
学校や就職の無い幻想郷だと何年経っても別れはありませんし、離れ離れになって関係が自然消滅なんてこともないでしょう。
よっぽどの大げんかでもしない限り、私達はずっと親友のままなんだと思います。
妖怪と現人神の関係ですから、たぶん十年後と言わず百年後だって、ずっと。
それってとても素敵なことですよね、百年後も二人で楽しく笑っていられたらとても幸せだと思います。
ですけど、五十年来の友人っていうおじいさんおばあさん達は外の世界にも居ましたが、百年間ずっとべったりの親友はさすがに見たことがありません。
一体どうなっちゃうんでしょうね。
お互いの事を自分以上に理解していて、一緒にいると楽しくて、下らない出来事でも笑っちゃったりして。
それで百年も一緒に。
キスしたりエッチしたりしないだけで、恋人や夫婦と何が違うって言うんでしょう。
むしろ倦怠期の夫婦なんかよりは、はるかに愛し合ってる感じがしません?
「はあぁ……小傘さん、今日は暑いですよねえ」
なんといっても今は夏です、そりゃ暑いに決まってます。
じりじりと照りつける太陽、じっとりと汗ばむ肌、そして触れ合う私と小傘さんの体温。
どれをとっても暑いです、灼熱です。
「早苗がくっついてるから暑いんじゃない、さっきまでは風が気持よくてそこまで暑くなかったよぉ」
「うむむ、ですが小傘さんの抱き心地も捨てがたいですね」
「悪い感触とは言わないけどさ、季節考えてよ……」
「えっ、冬だったら抱きしめてもいいんですか!?」
「何で急にテンション上がるの!?
まあ、別に夏でも構わないっていうか、どうせ拒否しても早苗は抱きついてくるじゃん」
「それもそうですね」
「汗臭くない?」
「小傘さんの匂いはどんな匂いでも大好きです」
「答えになってないよ……」
「いいじゃないですか、嫌な匂いなんて全くしないですよ。
むしろ私の匂いの方が気になるぐらいです」
「心配しなくたって、早苗はいつも甘い匂いがするよ。たぶん私よりずっと素敵な匂いだと思う。
匂いだけじゃないよね、早苗は体型も私と違ってちゃんと育ってるし、柔らかくて気持ちいいし、たまに自信無くしそうになるぐらいなんだから」
「まさか小傘さんにプロポーションのことで褒められるとは思いませんでした、むしろ私の方が小傘さんを見る度に自信をなくすぐらいだったのに」
「うーん……そうかなあ」
「そうですよ。いつも外にいるのに肌は白いですし、小柄な割には胸は大きいですし、太ももはやけに艶かしいですし。
すごくいやらしい体をしてると思います」
「それ、褒めてる? と言うか私の体をそんな目で見てたの!?」
「何を言いますか、最上級の褒め言葉ですよ」
「ううぅ……なんだか恥ずかしいよ」
顔を染めて黙りこんでしまいました、私はそんな小傘さんに追い打ちをかけるように頬をぴたっとくっつけて、すべすべの肌に頬ずりをしてやります。
俗に言う追い打ちってやつです。
「うぅ……」
ダルそうに唸りながらも、小傘さんは私を振り払ったりはしません。あらやだラブラブですね私たち。
こんなやりとりも割といつものことで、いつまで経っても慣れずに顔を赤くする小傘さんが可愛くて仕方ありません。
友達同士のスキンシップとしては、やっぱり過剰なんでしょうか。
私にはどこまでが友達で、どこまでが恋人かなんてわかりません。
でもこのやりとりの途中も、少女漫画みたいな胸のドキドキとかトキメキがあるかっていうとそういうわけではなくて、どちらかと言うと体中を包むぽかぽかとした、優しい感覚があるだけです。
これを恋と呼ぶでしょうか。恋じゃないのなら何と呼ぶのかと聞かれても、私には答えられませんが。
見る人が見れば友達としては過剰だと言うかも知れませんし、別の人が見れば微笑ましい光景と思うのかも。
価値観なんてそれぞれで、恋の尺度も人それぞれ。
むしろ、友達でなければいけない理由も、恋人でなければいけない理由も無いのかもしれません。
愛はあります、好意もあります、でもそれって家族だって同じですし、友人だって同じですし、恋人だって同じことです。
家族愛とか、友愛とか、恋愛とか、それってお互いの立場が違うだけで本当は同じ感情だったりするんじゃないでしょうか。
だって、たぶん私、この世の誰より小傘さんを愛してる自信ありますよ。
相手が汗まみれだとしても、嫌な気持ちになるどころか喜びながら抱きしめられるぐらい愛してます。
小傘さんだってそうですよね、どんな状況だって私に抱きしめられて嫌な顔はしませんし、むしろ好きって言ってくれるぐらいなんですから。
こうして頬ずりしていたって小傘さんは抵抗しません。
このまま私が首を回せば、頬にキスができます。
お互いに首を回せば、唇と唇でキスだって。
小傘さんをキスをする所を想像しても、私は別に恥ずかしくなったり不快な気分になったりはしません。
なんだか、心がぽかぽかするだけで。
この過剰なスキンシップよりも、もっと過剰にスキンシップしたっていいんじゃないかとすら思ってます。
「早苗、顔近すぎて恥ずかしいんだけど」
「何も恥ずかしがることないじゃないですか、いっそキスでもしてみます?」
「へっ!? キ、キスって……!?」
小傘さんは嫌なんでしょうか。
まあ、別に私もしたいってほどじゃなくて、出来るか出来ないかで言えば平気で出来るってぐらいなんですが。
「頬に、キス?」
「それがお望みならそれでもいいですけど、普通キスって言ったら唇同士じゃないです?」
「やっぱり……そうだよね。
うーん……その、えっと、あの……ど、どうしても早苗がしたいって言うんなら、別にいいけど」
「どうしてもってほどではないんですが」
「えぇっ!?」
「そんなに驚いてどうしたんです?」
「だってキスだよ!?
キスするのって、相手が好きだからでしょ? 好きって気持ちが抑えられなくなったからキスするもんじゃないの!?」
「小傘さんは私の持ってきた少女漫画を読み過ぎです、キスに幻想を抱きすぎです。
ただ私は、どんなもんだろうって好奇心で」
「好奇心で私のファーストキス奪おうとしたの!?」
「私もファーストキスですよ」
「そうかもしれないけどっ、そういうことじゃないんだって!
ああ、もう……早苗が何考えてるのかわけわかんないよぉ……」
「だからただの好奇心って言ってるじゃないですか、難しいことなんて何も考えてません。
小傘さんとならキスしてもいいかなって思った、ただそれだけですよ」
「……思ったの?」
「はい、思いました」
キスしたい、じゃなくて、キスしてもいいかな、って感じですが。
だから恋と呼ぶには情熱が足りなくて、友情と呼ぶにはちょっと行き過ぎてて、判断に困ります。
キスすれば気持ちの正体も少しははっきりするかなと思ったんですが、どうなんでしょう、案外今までと何も変わらない気もします。
そもそもキスしたいってどういう衝動なんでしょう、言ってしまえば唇を合わせるだけの行為じゃないですか、外国じゃ挨拶代わりにするとも聞きますし。
だいたい、一度もやったことの無いことを、いくら相手の事が好きだからと言って、突然”したい”なんて思うことがあるでしょうか。
一度やって癖になったから”したい”と思うのはわかるんですが、キスの経験も無いのに無性に欲することなんてあるんですかね、少なくとも私にはありません。
だから、それを知るという目的も含めてキスしたいと思ったんです。
癖になるような感触なら、一度ぐらいは味わってみたいですし。
そしてその相手は、できれば一番好きな相手である小傘さんが良いと思いました。
ただ、この衝動を恋と呼ぶにはちょっと淡白すぎる気がします。かと言って友情と呼ぶのはふさわしくないかもしれませんが。
「待って、ちょっとだけ心の準備をさせて」
「そこまで緊張されると何だか悪いことしてるような気になりますね」
「強引にキス迫るなんて、悪いことに決まってるじゃん!」
「そうですか?」
「そうだよ! なんで早苗は平然としてられるのかなぁ……」
一旦私達は体を離して、改めて正座をして向き合いました。
小傘さんは顔を落としたまま、握った拳を太ももの上で震わせながら、何度も大きく深呼吸をしました。
こうしてまるで何かの儀式のように大げさにされてしまうと、さすがに私も緊張してしまいます。
もっと軽く、フランクな感じでちゅっとするはずだったんですが。
ドキドキも……してるんでしょうか、確かに今までとはちょっと違った胸の苦しさがあるような。でもこれってただの緊張感、ですよね。
「……よしっ」
小傘さんは小さな声で気合を入れると、顔を上げて私の方を見つめます。
顔は真っ赤なままですが、表情からは確かな覚悟が見て取れます。
あまりの気合の入りように、私も釣られるように思わずごくりと生唾を飲み込んでしまいました。
「さあ早苗、ばっちこいだよ!」
がばっと両手を開き、ウェルカムの体勢を取る小傘さん。
これってキスシーンですよ。ドラマだとクライマックスですよ。
なのにこの小傘さんのムードの欠片も無い仕草。
あまりに小傘さんらしいその行動に、私は胸が暖かくなって思わず微笑んでしまいました。
やっぱり、私は小傘さんの事が好きです。それだけは間違いありません、確信できます。
そこれそ、キスだって平気に出来るぐらいに。
緊張しすぎてへの字に曲がっている口がまた愛らしくて、思わず微笑んでしまうのをこらえきれません。
これって、恋なんですかね?
「笑わないでよ……これでも必死なんだから」
「すいません、小傘さんがあまりにかわいかったもので」
「なっ、またそうやって私の事からかうんだから!」
「からかってなんて居ませんよ、本気でそう思ってます」
「……うぅ、そっちのがたち悪いって」
正面から小傘さんをぎゅっと抱きしめます。
体と体が触れ合う瞬間に小傘さんの体はガチガチに萎縮してしまって、かわいそうなぐらいに緊張しているのが伝わってきます。
それが可愛いって言うと、また怒ってしまうんでしょうね。
でも事実だから仕方ありません。
なんだか急にキスが楽しくなってきました。
なるほど、キスは行為そのものに意味があるわけではないのですね。
こうして小傘さんが恥ずかしがって、涙目になりながら懇願するように私を見てくれるのなら、確かに何度だってキスしたくなるかもしれません。
でもこれって恋なんでしょうか、未だ私にはわかりません。
ですから答えを出すためにも、やはり直接触れ合うしかないようです。
長いまつげがふるふると震えています。
水色と赤色のオッドアイは半開きになっていて、少しだけ潤んだ瞳で気まずそうに私の方を見ています。
小傘さんから、私はどう見えているんでしょう。
まつ毛はもちろん小傘さんより短いですし、瞳だって小傘さんの方が大きいし綺麗です。
あっちから見た私は、おそらくしょぼくれたカラカラの枯れ切った女に見えてると思います。
ああ、でもさっきもそんな事を言って小傘に否定されてしまいましたね。案外、これも隣の芝は青い現象なのかもしれません。
小傘さんだって、私の事かわいいって言ってくれたりしてました。
だから、小傘さんから見た私はかわいくて、私からみた小傘さんはかわいいのかも。
これは友情とはちょっと違いますよね、恋をすると見る目が変わるみたいですから、恋に似た感情と呼べるのかもしれません。
冷静になって考えてみれば、幻想郷には美少女がいっぱいいますし、きっと見た目だけなら小傘さんより可愛らしかったり、綺麗だったりする女の人が居るはずなんです。
それでも私にとって小傘さんが一番魅力的に映るのは、愛情による補正がかかっているから。
やっぱこれ、恋……なんでしょうか。
「ねえ早苗、焦らさないでよ」
そんなつもりはありませんでしたか、小傘さんの台詞はまるでいかがわしい行為でもしているようでした。
ぞくりとしましたし、神奈子様や諏訪子様に聞かれたら勘違いされるかも、とどきりとしてしました。
そうですね、あんまりこんな恥ずかしい体勢で長時間居るもんじゃありませんよね。
向き合って、首を少しだけ曲げて顔を傾けて、距離を詰めていって。
吐息を感じる距離に。
体温を感じる距離に。
唇の先が触れ合って、そこから暖かさと柔らかさが広がっていって、私達は融け合うようにゼロ距離になりました。
作法というわけではありませんが、自然と目を閉じてしまいます。
きっと小傘さんも同じでしょう。
小傘さんは私の背中に回した腕により強い力を込めて、胸と胸を押し付け合うように強く抱き合いました。
私も私で小傘さんの背中に回した手にきゅっと力を込めて、小傘さんほどではありませんが彼女の体を引き寄せます。
体を完全に密着させて、まるで全身でキスするみたいに。
セミの音がうるさく響いています。
本来ならそれで掻き消されるはずの吐息の音も、私の耳にははっきりと届いていて、まるで小傘さんの体が私の体になってしまったかのように、音も、感触も、ダイレクトに伝わってきます。
肺が膨らみ、縮んでいく感覚さえも、心臓が脈打つリズムさえも、鮮明に、鮮烈に。
ドクン、ドクン。
私の胸も共鳴するように高鳴って、体は熱くなって、夏の熱気をはるかに通り越して、目眩がするほどに私の体は火照っていきます。
しばらくそんな時間が続いて、私達はちょっとだけ苦しくなって、どちらからともなく体を離しました。
「……はぁ、はぁ……」
「ん……ふぅ………」
小傘さんは気まずそうに私から視線を外して、こめかみを伝う汗の雫を手首で拭き取りました。
私はのぼせたようにふらふらとする頭のまま、ぼーっと小傘さんの方を見つめていました。
キスをしたがる恋人たちの気持ちが、わかったような、わからなかったような。
確かに胸は高鳴りました、でもそれと同時にぽかぽかとする気持ちもあって。
結局、恋が何なのか、はっきりとした物はわかりませんでした。
でも、私達の関係が進展したなっていう実感はあって、それと同時にちょっとした不安も沸き上がってきたんです。
たぶん、小傘さんが黙っているのも同じような不安が沸き上がってきたからでしょう。
はっきりとしないままの気持ちが、こんなに怖いものだなんて思いもしませんでした。
確かにあやふやな関係って気楽ですよね、縛り付けるものは何もありませんし。
だけどそれってお互いに自由に飛び回れる権利があるって意味なんです、縛り付けない代わりに、別れだって自由で。
離れたままでも平気な二人だったなら、きっとそんな霞のような関係でも平気だったのかもしれません。
けれど私達は違いました。
形はどうであれ、求め合っているんです。もっと近づきたい、絶対に離れてたくない、って。
行間は割と長く、その沈黙は結構居心地の悪いものでした。
それからしばらくして口を開いた小傘さんは、私の想像通りの形になった不安を言葉にして、私にぶつけてきました。
「なんか……また、早苗のことよくわかんなくなっちゃった。
早苗とは四六時中ずっと一緒に居て、たまに通じ合った気がするんだけど、結局またわかんなくなっちゃう。
繋がってるのか、離れてるのかもよくわかんないよ」
関係が深まれば深まるほど、気持ちが高まると同時に不安も高まっていくものです。
ここ幻想郷が、外の世界で楽園と呼ばれる場所であったとしても、私達にとってその場所自体が意味を持つわけではありません。
楽園が楽園たる理由は、きっと近しい人にあって。
あなたがいるから幸せで、笑ってられる。
だから失楽の恐怖は、あなたが大切であるほど大きくなっていくのが必然。
ですが、私達の場合はまだ楽園にすら到達していないのかもしれません。
失うのは、大事なものがあるから。その大事な物を、私達はまだ手にすらしていないのです。
「何、考えてるんだろうとか。私の事、どう思ってるんだろう、とか。
はっきりしない関係って、外の世界だとそれが当たり前なのかもしれないけど、私達の生きる場所じゃそれはあたりまえじゃないの。
だから、私達の見てきた世界って違うから、早苗が求めてくることに、本当は私が思ってるような意味はないんじゃないかって」
たぶん、失う怖さは私よりもずっと小傘さんの方が大きいはず。
だって彼女は付喪神ですから。捨てられ、忘れられたからこそ彼女はここに居るのです。
ですが今の彼女は、例え捨てられたとしても朽ち果て消えることはできません。
付喪神として自我をもってしまったばかりに。
だから、誰よりも失うことを、失われることを恐れている。
ちょっとだけ反省してます、私がやってきたことはデリカシーがなかったんじゃないかって。
浮かれてた部分もあるんだと思います、だってこんなに大切だと思える人が出来たの、初めてでしたから。
だから慎重になりすぎていたのかも。
何も、答えは私だけの為にあるわけではないのです。
二人の関係なら、その答えも二人のためにある。
私だけが悩んでいて、全てが小さな輪の中で自己完結できるなんて甘えもいい所です、一人だけじゃない、私の選択は全て彼女を巻き込むはずなのに。
「最初はこんなに近くなかったよね、私たち。
手をつないだり、お泊りしたり、急に抱きついてきたり、かわいいとか言ってみたり。
少しずつ進歩してきて、深くなって、近くなって、普通の友達とは違うこともやって。
でも、早苗にはそんな様子全然無かった。それから、期待して、悩んだりしてるのは実は私だけなのかなって悩み始めたの。
私なんて、早苗にとってその程度なのかなって、ほんとはずっと不安だったの。
早苗の気持ちがその程度だったら、いつかふとした拍子に飽きられて、捨てられるかもしれないなって、そう思うと泣きたくなるぐらい怖くて、怖くて。
だけどね、私は知っての通り臆病者だから、自分から言い出すことなんて出来なかったの」
例え私が”どっちでもいい”と思っていたとしても、彼女はそうじゃなかったとしたら、私は彼女の為に選択するべきだったんです。
もっと早く、小傘さんが不安になってしまうよりずっと早くに。
愛があるって気持ちにはずっと前から気づいていたわけですし、楽だからとか、心地いいからって理由で現状維持に甘んじていた私は、その間ずっと小傘さんを傷つけていました。
悪いことをしてしまいました。
小傘さんを傷つけたくないって、十年後も百年後も楽しく笑っていたいって言ってたのは私だったはずなのに。
「でも、もう我慢なんて出来ないよ、私。キスなんてされちゃったら、我慢できるはずがない。
からかってるだけならはっきり言って欲しいし、もっと別の意図があるんなら早苗の口からちゃんとした言葉で聞きたいの」
小傘さんの表情はちょっぴり悲しげで、声には悲痛さが混じっています。
そうさせたのは、私です。
ですから償う義務がありますよね。悲しませた分、幸せにする義務が。
「だから……お願い、早苗。さっきのキスの本当の意味を、教えて欲しい。
早苗の口から、早苗の言葉で、嘘偽り無く」
最初は意味なんて本当に無かったんです、ただの好奇心で、小傘さんとならキスをしても平気なんじゃないかって、ただそれだけで。
だから、今から私が告げるその問に対する答えは、ひょっとすると嘘になってしまうのかもしれません。
本心ではないですし、最初の意図とも全く違いますから。
でも私が小傘さんとキスをしたいと思ったのは事実ですし、その衝動だって実は私が気づいていないだけで恋愛感情によるものなのかもしれません。
って、これは言い訳にしかなりませんよね。
でも私の胸の中にある、小傘さんに悲しい思いをしてほしくないって気持ちや、小傘さんに笑って欲しいという気持ちは間違いなく本物。
かわいいと思っているのも本気で、好きって気持ちにも嘘はありません。
ですから、これは小傘さんを傷つけるような嘘にはならないはずなんです。
「……小傘さんの事が、好きだから、です」
あと戻りは出来ません、心地よいぬるま湯のような世界とはおさらばです。
ですが私は、その先にある楽園が欲しいと望みました。
「かわいくて、友達だけじゃ足りなくなってしまったんです。
もっと近くに行きたいと思う自分の気持ちを抑えられなくなってしまいました」
「それが、キスした理由? 本当の本当に? また私をからかったりしてないよね?」
「こんなたちの悪い冗談、さすがの私でも言ったりしませんよ」
「うん、わかってる。早苗は私を傷つけるような嘘はつかないもんね。
早苗のことはよくわかんない部分も多いけど、私のこと大切にしてくれてるって気持ちだけは間違いないってわかってるから。
でも……できれば、もっかい言って欲しいな。まだ実感湧かないから」
「小傘さんが望むなら何度でも言いますよ。
ですが、小傘さんの答えを私はまだ聞いていません」
「あっ……」
私に告白させておいて、自分だけは恥ずかしい思いをしないなんていい度胸です。
これは後でおしおきですね。
「ご、ごめんねっ、もうわかってると思ってた」
「わかってますけど、ちゃんと言葉にして欲しいんです」
「そうだよね、私だって早苗から聞くまで不安だったんだもん、早苗だって不安になっちゃうよね、うん。
えっと、じゃあ……言うね」
一拍置いて、小傘さんは丁寧に、私への想いを語り始めました。
「私は早苗のことが、好きです。大好きです。
実はずっと前から、手を繋いだり、一緒に寝たりする度に胸が爆発しそうなぐらいドキドキしたりしてたんだよ。
早苗がいたずらで後ろから抱きついてくる時も、驚いたり嫌がるようなフリはしてたけど、本当は顔が近くてうれしくって、爆発しそうなぐらい恥ずかしくって、でもそのままキスできたらいいなって思ってたり。
だから、今日は夢が叶ったような気分なの。早苗がキスしてくれて、私の事好きだって言ってくれて、ずっと前から望んでたことが全部叶っちゃって」
「全部、ですか?」
「うん、全部だよ。私の頭の中は早苗のことでいっぱいだったから。
毎日早苗のとこに行って一緒に過ごして、別れた後だって明日は何を話そうとか、何をして遊ぼうとかずっと考えてた。
早苗のこと以外考えようとしても考えられないぐらい夢中だったの」
……私はどうやら、とんだ勘違いをしていたようですね。
お互いに理解しているつもりとか言っておいて、実は小傘さんのことを何も理解していなかったようです。
最初から、小傘さんは私のことを友達とは思っていなかったわけですね。
自分でもちょっと過剰かなと思っていたスキンシップだって、私は平気な顔してやっていましたけど、小傘さんはいつだって気絶しそうなぐらい緊張していたわけです。
一方通行。自己中心。どうやら私は、思っていた以上に人の気持ちが理解できない唐変木のようで。
「早苗、もっと近くに行ってもいい?」
「恋人なんですから、許可を取る必要がありますか?」
「……えへへ。
じゃあ、お邪魔します」
小傘さんは膝立ちのまま私に近づいてきて、そのまま胸に飛び込むような形で抱きつきました。
「あぁ、さなえ、さなえっ。
……大好きだよ、ずっと一緒にいてねっ」
私の胸に頬ずりをしながら、すっかりとろけた笑顔で何度も”好き好き”と連呼します。
今まで何度も小傘さんの笑顔を見てきましたけど、今日ほど幸せそうな表情を今まで見たことがありません。
今までで一番、かわいいって思いました。愛おしいって思いました。
考えるよりも早く私の腕は小傘さんの背中に回っていて、再び私達は抱き合う形に。
「ねぇ早苗、もっかい言って欲しいな。私の事好きって、もっかい聞かせて欲しい」
「わかりました。
小傘さんことが、好きです」
「えへー……もう一回お願いっ」
「好きです、愛しています」
「えへ、えへへぇ……どうしよ、私ってば幸せすぎてどうにかなっちゃいそう……」
それは私の台詞です。
こんな至近距離でそんなとろけた表情を見せられたら、私だってこらえきれなくなっちゃいますよ。
理性って限りある物だって、私は今この瞬間初めて知りました。
ほんとに消えてなくなるものなんですね、愛って恐ろしい。
「あの、小傘さん」
「なぁに、どーしたの早苗」
「キス、してもいいですか?」
「んふふふぅ……いーよ。
許可なんて取らなくたって、好きなだけ、私のお口はもう早苗だけの物だから、何回だっていいよ!」
許可は貰いました、ですので遠慮なく。
ちゅ、ちゅっ、ちゅう。
キスの三段活用です、一度目は軽く触れて、二度目はしっとりキスをして、三度目はちょっぴり吸ってみて。
「はふぅ……じゃあ、次は私からするね」
攻守交代、お次は小傘さんからのキスの雨です。
傘のくせに雨を降らすなんて、なんて不埒な化け傘なんでしょう。
ああ、もうかわいい。すぐかわいい。ずっとかわいい。
どうしましょう、私の胸……確実に、ドキドキ言ってます。
友達じゃなくて、完全に恋してるみたいに。
「小傘さん、大変です」
「どしたの?」
「私……この短期間で、小傘さんのことどんどん好きになってます。
さっきより、倍か、それ以上に好きになっちゃってるみたいです」
最初のキスでは落ちついていたはずの私の胸は、今じゃ小傘さんと同じように爆発しそうなぐらい高鳴っています。
たぶん、今までなったことないぐらい顔真っ赤ですよ私。
自然と息も荒くなって、視界だって景色がゆらいでいます。
でも、小傘さんだけははっきりと捉えているのです。
「それは大変だね、そのままだと早苗も私と同じように、私のことしか考えられなくなっちゃうかも」
「小傘さんはなんともないんですか?」
「なんともあるよ、好きが大好きになって、大好きが超好きになっちゃうぐらいに大変なことになってる。
でも、元から私の頭の中は早苗でいっぱいだから、見た目では変わってないように見えるだけだよ」
「そうですか、つまり一緒だってことですね」
「そう、私と早苗は一緒なの。おそろいなんだよ」
ただ一緒ってだけなのに、それがまた嬉しくて嬉しくて、体が熱くなって、愛おしさが暴走して、溢れだす衝動を抑えきれなくなった私は、小傘さんの唇に自分の唇を押し付けました。
最初は小傘さんだけが猫なで声だったのですが、私の頭も次第に蕩けていき正常な思考ができなくなって、自然と甘ったるい声を出すようになってしまいました。
まるで砂糖の海で溺れるように、口の中の糖分と糖分を交わすようにして、私達は愛の告白とキスを数えきれないほど繰り返します。
夏の日差しに照らされながら、汗まみれになって、その汗すら愛おしいと思いながら。
好き、好き、と何度も囁いて、呟いて。
声でも気持ちでも好きが止まらなくなってしまいます。
ほんと、さっきまでの冷静だった私はどこにいっちゃったんでしょう。
キス一つで、人はこんなにも変わってしまうものなのですね。
友達とか家族だとか言ってたのはどこのどいつでしたっけ、こんなの恋以外にあり得ないじゃないですか。
「早苗、ただいまー!」
私達が過剰すぎるスキンシップをしていると、玄関の方から声が聞こえてきました。
姿を見ずともわかります、神奈子様の声です。
「どうしましょう、神奈子様帰ってきちゃいましたね」
「どーしよっか……」
言葉だけは悩むふりをしながら、私達は体を離そうとはしませんでした。
神奈子様が廊下を歩いてきます、足音は次第に近づいてきます。
もうそう長い時間は残されていないでしょう、体を離す時間もあるかどうか怪しいものです。
でも私達は余裕綽々で、おそらく最初から離すつもりはなかったんだと思います。
小傘さんの柔らかい唇の感触は何度味わっても飽きなくて、小傘さんも私の唇の感触に満足してくれているらしく、何度だってキスをねだってきます。
ですから止られるわけがなかったんです、神奈子様には申し訳ありませんが。
「早苗、私いいこと思いついちゃった」
「聞かせてください」
「このまま恋人として、早苗のご両親に紹介しちゃおうよ」
「なるほど、それは妙案ですね」
ご両親という呼び方の是非はおいといて、その提案は実に魅力的です。
何せこのまま体を密着させたままでいい上に、私と小傘さんの仲を公認にできるのですから。
小傘さんは毎日のように神社に遊びに来ていますから、もちろん神奈子様と諏訪子様とだって面識が有ります。
結構頻繁にお泊りすることだってありましたしね、もしかすると四人目の家族ぐらいに思ってくれているかもしれません。
そんな小傘さんと私がキスなんてしてたら、神奈子様さぞ驚くでしょうね。
「びっくりしてくれたらいいなあ、愛情も満たせるし食欲も満たせるしご両親にも紹介できるし、一石三鳥だよ」
「ではもっとびっくりさせるために、もう一度キスしましょうか」
「私もそう言おうと思ってたんだ、えへへー」
小傘さんが唇を突き出します。
小雛のようにキスをねだるその唇に、私は自分の唇を重ねました。
じっくりと、お互いの感触と体温、そして感情を味わいながら、周りには目もくれず私達はキスを堪能します。
居間と廊下を繋ぐ襖が開かれるまで、あと数秒。
襖が開かれた瞬間、濃密に唇を重ねあう私達を見て神奈子様がどんなリアクションをしたかは――神奈子様の名誉のため、伏せさせていただきたいと思います。
久しぶりにガッツリ百合分補給した
氏の作品がもっと見たい
よいこがさなだっt・・・(糖分過剰
ああ、こがさな成分が体に満ちる…
>理由なんていらない、そこにこがさながあればいい。
素晴らしい名言だ素晴らしい。