博麗霊夢がしにました。冬のおわりの事でした。
その知らせは、幻想郷中に届きました。
その知らせは、アリス・マーガトロイドにも届きました。
博麗霊夢がしんだ、という知らせは、博麗霊夢の死因と共に伝えられましたが、
アリス・マーガトロイドの記憶には、さして留まりませんでした。
あまり幸せな死に方じゃないな、とおもったことだけは、おぼえていました。
幻想郷中のにんげんが、ようかいが、博麗霊夢のために涙をながしました。
アリス・マーガトロイドだけは、涙をながす前に、霧雨魔理沙のことをしんぱいしました。
霧雨魔理沙を、ささえてあげなくちゃ。
霧雨魔理沙が、どれだけの悲しみをかかえているのか、それはわからないけれど。
それでも、ささえてあげなくちゃ。
アリス・マーガトロイドには、そのおもいだけが、ありました。
アリス・マーガトロイドは家を飛び出そうとしました。
はやく、霧雨魔理沙に、あわなければ。
扉を開こうとしたとき、備え付けのドアベルが鳴りました。
鳴らしたのは、霧雨魔理沙でした。
いままで、ドアベルなんて行儀のいいもの、使ったことなんて、ないくせに。
いつもなら、そんな軽口の一つもいうところですが、アリス・マーガトロイドは何もいわず、霧雨魔理沙を家に入れて、
いつもは自分が座っている椅子に座らせました。
アリス・マーガトロイドは暖炉に薪をくべた後、ぬるくもないし熱すぎない、とても飲みやすい紅茶を自分の手で淹れ、焼きたてのお茶菓子といっしょに、かわいらしいテーブルに置きました。
そして予備の椅子を持って来て、霧雨魔理沙と向かいあって座りました。
霧雨魔理沙は、ありがとう、といって、あたたかい紅茶を少しずつ、飲みはじめました。
お礼をいうなんて、めずらしいわね。
これも、いつもなら、口にしたかもしれない台詞ですが、アリス・マーガトロイドはもちろん何もいわず、また、
霧雨魔理沙のかおをみることもできず、予備の椅子にただ、座っていました。
アリス・マーガトロイドが、そろそろ新しい薪をくべようか、とかんがえはじめたとき。
「アリス」
霧雨魔理沙が、ぽつりと、いいました。
「きいたか?」
アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
「そうか。きいたか」
霧雨魔理沙が、平坦な声で、いいました。
「今日は、その話を、しにきたんだ」
アリス・マーガトロイドは、もう一度、うなずきました。
うなずいて、うなずいたまま、アリス・マーガトロイドは、ききました。
わらい声を、ききました。
とてもかわいい音色で響く、わらい声を、ききました。
霧雨魔理沙の、わらい声を、ききました。
「きいたか! あいつ、ついに、くたばりやがったってさ!
ははは、こんなにうれしいことはないぜ!」
かおをあげたアリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の、とびきりのえがおを、みていました。
霧雨魔理沙は、新しい薪が燃え尽きて、おかわりの紅茶がなくなるまで、話をつづけました。
博麗霊夢の、どこがきらいか。
博麗霊夢の、なにがきらいか。
博麗霊夢が、どれだけきらいか。
そして、博麗霊夢がしんで、どれだけうれしいか。
雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで、話をつづけて。
アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべることなく、話をきいていました。
霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで話をおえると、おいしい紅茶とお茶菓子に、
もう一度お礼をいい、アリス・マーガトロイドの家をでていきました。
アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の話をきいていたときと同じように、ひとこともしゃべることなく、
ティーカップと残ったお茶菓子を片付けました。
予備の椅子は、片付けませんでした。
次の日も、霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきました。
霧雨魔理沙は、昨日と変わらず、アリス・マーガトロイドがいつも座っている椅子に座り、昨日と変わらないえがおで、話をはじめました。
博麗霊夢がしんだ事について、昨日と変わらず雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
アリス・マーガトロイドは、昨日と変わらずに、あたたかい紅茶を自分の手で淹れ、お茶菓子を出し、
予備の椅子に座って、ひとこともしゃべることなく、霧雨魔理沙の話をきいていました。
次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、博麗霊夢がしんだ事を、
変わらないえがおで、話しつづけました。
冬がおわって、春がはじまっても、
春がおわって、夏がやってきても、
夏がおわって、秋がおとずれても、
秋がおわって、ふたたび冬がめぐってきても、霧雨魔理沙は話しつづけました。
幻想郷を紅い霧が覆ったときのこと。
冬がおわらなくなったときのこと。
何日間もつづく、宴会のこと。
偽者の満月が、空に浮かんだときのこと。
四季折おりの花が、いっせいに咲き乱れたときのこと。
山の上に神社があらわれたときのこと。
博麗神社が、倒壊したときのこと。
地底から、怨霊が湧き出てきたときのこと。
空飛ぶ船を、追いかけたときのこと。
河童のバザーを見に行ったときのこと。
雑多な神霊が、大量にあらわれたときのこと。
幻想郷に、宗教ブームがおとずれたときのこと。
空に浮かぶ、さかさまの城に向かったときのこと。
反逆した妖怪を、退治しに行ったときのこと。
花見をしたときのこと。
縁側で、お茶を飲んだときのこと。
月に行ったときのこと。
喧嘩をしたときのこと。
仲直りをしたときのこと。
助けたときのこと。
助けられたときのこと。
いっしょに新聞を読んだときのこと。
いっしょに人間の里に降りたときのこと。
いっしょに歩いたときのこと。
いっしょにいたこと。
霧雨魔理沙の話のはじまりには、話のとちゅうには、話のおわりには、いつも、博麗霊夢がいました。
霧雨魔理沙は、博麗霊夢をけなしました。さげすみました。にくみました。あざわらいました。うらみました。
数え切れないほどのわるくちを、博麗霊夢のわるくちを、いいつづけました。
話をするあいだ、霧雨魔理沙は、いつも、とびきりのえがおのままでいました。
アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべらないまま、霧雨魔理沙の話を、ききつづけていました。
おだやかなほほえみをたたえて、ききつづけていました。
けれど。
霧雨魔理沙は、気付いていませんでした。
アリス・マーガトロイドの、膝の上に置かれた手は。
霧雨魔理沙からはみえないところにある手は、霧雨魔理沙の話をきいているあいだ、ずっと、
固くにぎりしめられていました。
めぐってきた冬が、おわろうとしていた頃でした。
霧雨魔理沙は、今日も、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をしていました。
話にひとくぎりがついて、霧雨魔理沙が、紅茶を飲みほしました。
「アリス、紅茶のおかわりを、くれないか」
アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
うなずいて、予備の椅子から立ち上がり、霧雨魔理沙の分のティーカップを手に取り、
キッチンまで持っていきました。
ティーカップをシンクに置き、何ももたずに、霧雨魔理沙のところへ、そっともどりました。
アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙を、そっと覗きみました。
霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドに話をしているときと、何もかわらない、とびきりのえがおのままでいました。
とてもうれしそうに、とてもたのしそうに、紅茶のおかわりを、待っていました。
アリス・マーガトロイドには、もう、これ以上、がまんすることなど、できませんでした。
もう、これ以上、霧雨魔理沙の話をきくことなど、できませんでした。
アリス・マーガトロイドは、椅子に座ったままの霧雨魔理沙に歩み寄り、
うしろから、やさしく、だきしめました。
アリス・マーガトロイドに、霧雨魔理沙の動揺した様子が、伝わってきました。
「アリス?」
霧雨魔理沙は、いぶかしげにしていました。
アリス・マーガトロイドは、やさしくだきしめたまま、やわらかな声で、霧雨魔理沙にいいました。
「もう、いいのよ。だいじょうぶ。
わすれたって、いいの。わすれたって、かまわないの。
なにも、わるいことじゃないの。
いい、まりさ。
わすれたくない、おぼえていたい、っておもうことは、すばらしいことよ。
でもね。
わすれちゃいけない、おぼえてなくちゃいけない、っておもうこととは、にているようで、とてもちがうの。
じぶんをきずつけてしまうの。じぶんをこわしてしまうの。
じぶんを、たいせつにして」
霧雨魔理沙は、何もいいませんでした。アリス・マーガトロイドは、つづけました。
「もういちど、よくかんがえて。
まりさ。
わすれたって、いいの。それは、わるいことじゃないの。
せかいじゅうのだれだって、あなたをせめない。
わたしだって、せめない。
よく、かんがえてほしい」
アリス・マーガトロイドは、目をつむったまま、いいました。
それから、おひさまが沈むまで、ふたりはずっと、そのままでいました。
霧雨魔理沙も、アリス・マーガトロイドも、ひとこともしゃべらずにいました。
あたたかな家の中で。
おひさまが沈んだ頃、霧雨魔理沙は玄関に向かいました。
おたがい、目を合わせないまま、ひとこともしゃべらないまま。
アリス・マーガトロイドは、見送りにきていました。
霧雨魔理沙は、扉を開けようと、ドアノブに手をかけて。
アリス・マーガトロイドの方に、振り向きました。
霧雨魔理沙は、椅子に座って話をしていたときとは全く違う、ごく小さな声で。
ただ、ひとことだけ、いいました。
「ありがとう」
アリス・マーガトロイドが、かおを上げた先には、えがおはありませんでした。
次の日、アリス・マーガトロイドの家に、霧雨魔理沙は、やってきませんでした。
次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をすることは、ありませんでした。
アリス・マーガトロイド、最初のうちは、あたたかい紅茶をあらかじめ用意して、来客を待っていました。
けれど、そのうちに、アリス・マーガトロイドが、ふたり分の紅茶を淹れる事は、なくなっていきました。
アリス・マーガトロイドは、しばらく座っていなかった椅子に座って、そのことを、すこし、さびしがりながらも。
それでも、たしかに、こころの中は、みたされていました。
冬がおわって、春がはじまる頃。
アリス・マーガトロイドは、人間の里におとずれた後、霧雨魔理沙の家に寄っていこうとおもいました。
ちょうど、里の子供たちにあげたクッキーが残っていたので、それを手土産にして。
ありとあらゆるがらくたが積み上げられた、霧雨魔理沙の家の前。
ドアベルが付いていなかったので、アリス・マーガトロイドは、手の甲で、扉をノックしました。
アリス・マーガトロイドは、家にかえりました。
暖炉に薪をくべた後、あたたかい紅茶を淹れて、焼きたてのお茶菓子といっしょに、
かわいらしいテーブルに置きました。
そして、もうすっかり座り慣れた、予備の椅子に座りました。
アリス・マーガトロイドは、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
飲みながら、今日のできごとを、おもいだしました。
人間の里で、子供たちに人形劇をみせたこと。
元気いっぱいの、子供たちのえがお。
かえりがけに、霧雨魔理沙の家に寄ったこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、死んでいたこと。
例年よりも気温の低い季節のせいか、においは、さほどでもありませんでした。
体の状態から、死んでから、随分と時間が経過しているようでした。
死因は、確認をしたはずでしたが、アリス・マーガトロイドの記憶には留まりませんでした。
留めておきたくありませんでした。
博麗霊夢と同じ死に方だな、とおもった事だけは、おぼえていました。
次の日も、アリス・マーガトロイドは、暖炉に薪をくべました。
あたたかい紅茶がはいった、ふたつのティーカップと、焼きたてのお茶菓子を、かわいらしいテーブルに置きました。
いつものように、予備の椅子に座り、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
そして、アリス・マーガトロイドは、とびきりのえがおでいいました。
「やっと、あのばかが、いなくなったわね。
こんなに、うれしいことは、ないわ」
その知らせは、幻想郷中に届きました。
その知らせは、アリス・マーガトロイドにも届きました。
博麗霊夢がしんだ、という知らせは、博麗霊夢の死因と共に伝えられましたが、
アリス・マーガトロイドの記憶には、さして留まりませんでした。
あまり幸せな死に方じゃないな、とおもったことだけは、おぼえていました。
幻想郷中のにんげんが、ようかいが、博麗霊夢のために涙をながしました。
アリス・マーガトロイドだけは、涙をながす前に、霧雨魔理沙のことをしんぱいしました。
霧雨魔理沙を、ささえてあげなくちゃ。
霧雨魔理沙が、どれだけの悲しみをかかえているのか、それはわからないけれど。
それでも、ささえてあげなくちゃ。
アリス・マーガトロイドには、そのおもいだけが、ありました。
アリス・マーガトロイドは家を飛び出そうとしました。
はやく、霧雨魔理沙に、あわなければ。
扉を開こうとしたとき、備え付けのドアベルが鳴りました。
鳴らしたのは、霧雨魔理沙でした。
いままで、ドアベルなんて行儀のいいもの、使ったことなんて、ないくせに。
いつもなら、そんな軽口の一つもいうところですが、アリス・マーガトロイドは何もいわず、霧雨魔理沙を家に入れて、
いつもは自分が座っている椅子に座らせました。
アリス・マーガトロイドは暖炉に薪をくべた後、ぬるくもないし熱すぎない、とても飲みやすい紅茶を自分の手で淹れ、焼きたてのお茶菓子といっしょに、かわいらしいテーブルに置きました。
そして予備の椅子を持って来て、霧雨魔理沙と向かいあって座りました。
霧雨魔理沙は、ありがとう、といって、あたたかい紅茶を少しずつ、飲みはじめました。
お礼をいうなんて、めずらしいわね。
これも、いつもなら、口にしたかもしれない台詞ですが、アリス・マーガトロイドはもちろん何もいわず、また、
霧雨魔理沙のかおをみることもできず、予備の椅子にただ、座っていました。
アリス・マーガトロイドが、そろそろ新しい薪をくべようか、とかんがえはじめたとき。
「アリス」
霧雨魔理沙が、ぽつりと、いいました。
「きいたか?」
アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
「そうか。きいたか」
霧雨魔理沙が、平坦な声で、いいました。
「今日は、その話を、しにきたんだ」
アリス・マーガトロイドは、もう一度、うなずきました。
うなずいて、うなずいたまま、アリス・マーガトロイドは、ききました。
わらい声を、ききました。
とてもかわいい音色で響く、わらい声を、ききました。
霧雨魔理沙の、わらい声を、ききました。
「きいたか! あいつ、ついに、くたばりやがったってさ!
ははは、こんなにうれしいことはないぜ!」
かおをあげたアリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の、とびきりのえがおを、みていました。
霧雨魔理沙は、新しい薪が燃え尽きて、おかわりの紅茶がなくなるまで、話をつづけました。
博麗霊夢の、どこがきらいか。
博麗霊夢の、なにがきらいか。
博麗霊夢が、どれだけきらいか。
そして、博麗霊夢がしんで、どれだけうれしいか。
雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで、話をつづけて。
アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべることなく、話をきいていました。
霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで話をおえると、おいしい紅茶とお茶菓子に、
もう一度お礼をいい、アリス・マーガトロイドの家をでていきました。
アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の話をきいていたときと同じように、ひとこともしゃべることなく、
ティーカップと残ったお茶菓子を片付けました。
予備の椅子は、片付けませんでした。
次の日も、霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきました。
霧雨魔理沙は、昨日と変わらず、アリス・マーガトロイドがいつも座っている椅子に座り、昨日と変わらないえがおで、話をはじめました。
博麗霊夢がしんだ事について、昨日と変わらず雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
アリス・マーガトロイドは、昨日と変わらずに、あたたかい紅茶を自分の手で淹れ、お茶菓子を出し、
予備の椅子に座って、ひとこともしゃべることなく、霧雨魔理沙の話をきいていました。
次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、博麗霊夢がしんだ事を、
変わらないえがおで、話しつづけました。
冬がおわって、春がはじまっても、
春がおわって、夏がやってきても、
夏がおわって、秋がおとずれても、
秋がおわって、ふたたび冬がめぐってきても、霧雨魔理沙は話しつづけました。
幻想郷を紅い霧が覆ったときのこと。
冬がおわらなくなったときのこと。
何日間もつづく、宴会のこと。
偽者の満月が、空に浮かんだときのこと。
四季折おりの花が、いっせいに咲き乱れたときのこと。
山の上に神社があらわれたときのこと。
博麗神社が、倒壊したときのこと。
地底から、怨霊が湧き出てきたときのこと。
空飛ぶ船を、追いかけたときのこと。
河童のバザーを見に行ったときのこと。
雑多な神霊が、大量にあらわれたときのこと。
幻想郷に、宗教ブームがおとずれたときのこと。
空に浮かぶ、さかさまの城に向かったときのこと。
反逆した妖怪を、退治しに行ったときのこと。
花見をしたときのこと。
縁側で、お茶を飲んだときのこと。
月に行ったときのこと。
喧嘩をしたときのこと。
仲直りをしたときのこと。
助けたときのこと。
助けられたときのこと。
いっしょに新聞を読んだときのこと。
いっしょに人間の里に降りたときのこと。
いっしょに歩いたときのこと。
いっしょにいたこと。
霧雨魔理沙の話のはじまりには、話のとちゅうには、話のおわりには、いつも、博麗霊夢がいました。
霧雨魔理沙は、博麗霊夢をけなしました。さげすみました。にくみました。あざわらいました。うらみました。
数え切れないほどのわるくちを、博麗霊夢のわるくちを、いいつづけました。
話をするあいだ、霧雨魔理沙は、いつも、とびきりのえがおのままでいました。
アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべらないまま、霧雨魔理沙の話を、ききつづけていました。
おだやかなほほえみをたたえて、ききつづけていました。
けれど。
霧雨魔理沙は、気付いていませんでした。
アリス・マーガトロイドの、膝の上に置かれた手は。
霧雨魔理沙からはみえないところにある手は、霧雨魔理沙の話をきいているあいだ、ずっと、
固くにぎりしめられていました。
めぐってきた冬が、おわろうとしていた頃でした。
霧雨魔理沙は、今日も、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をしていました。
話にひとくぎりがついて、霧雨魔理沙が、紅茶を飲みほしました。
「アリス、紅茶のおかわりを、くれないか」
アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
うなずいて、予備の椅子から立ち上がり、霧雨魔理沙の分のティーカップを手に取り、
キッチンまで持っていきました。
ティーカップをシンクに置き、何ももたずに、霧雨魔理沙のところへ、そっともどりました。
アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙を、そっと覗きみました。
霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドに話をしているときと、何もかわらない、とびきりのえがおのままでいました。
とてもうれしそうに、とてもたのしそうに、紅茶のおかわりを、待っていました。
アリス・マーガトロイドには、もう、これ以上、がまんすることなど、できませんでした。
もう、これ以上、霧雨魔理沙の話をきくことなど、できませんでした。
アリス・マーガトロイドは、椅子に座ったままの霧雨魔理沙に歩み寄り、
うしろから、やさしく、だきしめました。
アリス・マーガトロイドに、霧雨魔理沙の動揺した様子が、伝わってきました。
「アリス?」
霧雨魔理沙は、いぶかしげにしていました。
アリス・マーガトロイドは、やさしくだきしめたまま、やわらかな声で、霧雨魔理沙にいいました。
「もう、いいのよ。だいじょうぶ。
わすれたって、いいの。わすれたって、かまわないの。
なにも、わるいことじゃないの。
いい、まりさ。
わすれたくない、おぼえていたい、っておもうことは、すばらしいことよ。
でもね。
わすれちゃいけない、おぼえてなくちゃいけない、っておもうこととは、にているようで、とてもちがうの。
じぶんをきずつけてしまうの。じぶんをこわしてしまうの。
じぶんを、たいせつにして」
霧雨魔理沙は、何もいいませんでした。アリス・マーガトロイドは、つづけました。
「もういちど、よくかんがえて。
まりさ。
わすれたって、いいの。それは、わるいことじゃないの。
せかいじゅうのだれだって、あなたをせめない。
わたしだって、せめない。
よく、かんがえてほしい」
アリス・マーガトロイドは、目をつむったまま、いいました。
それから、おひさまが沈むまで、ふたりはずっと、そのままでいました。
霧雨魔理沙も、アリス・マーガトロイドも、ひとこともしゃべらずにいました。
あたたかな家の中で。
おひさまが沈んだ頃、霧雨魔理沙は玄関に向かいました。
おたがい、目を合わせないまま、ひとこともしゃべらないまま。
アリス・マーガトロイドは、見送りにきていました。
霧雨魔理沙は、扉を開けようと、ドアノブに手をかけて。
アリス・マーガトロイドの方に、振り向きました。
霧雨魔理沙は、椅子に座って話をしていたときとは全く違う、ごく小さな声で。
ただ、ひとことだけ、いいました。
「ありがとう」
アリス・マーガトロイドが、かおを上げた先には、えがおはありませんでした。
次の日、アリス・マーガトロイドの家に、霧雨魔理沙は、やってきませんでした。
次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をすることは、ありませんでした。
アリス・マーガトロイド、最初のうちは、あたたかい紅茶をあらかじめ用意して、来客を待っていました。
けれど、そのうちに、アリス・マーガトロイドが、ふたり分の紅茶を淹れる事は、なくなっていきました。
アリス・マーガトロイドは、しばらく座っていなかった椅子に座って、そのことを、すこし、さびしがりながらも。
それでも、たしかに、こころの中は、みたされていました。
冬がおわって、春がはじまる頃。
アリス・マーガトロイドは、人間の里におとずれた後、霧雨魔理沙の家に寄っていこうとおもいました。
ちょうど、里の子供たちにあげたクッキーが残っていたので、それを手土産にして。
ありとあらゆるがらくたが積み上げられた、霧雨魔理沙の家の前。
ドアベルが付いていなかったので、アリス・マーガトロイドは、手の甲で、扉をノックしました。
アリス・マーガトロイドは、家にかえりました。
暖炉に薪をくべた後、あたたかい紅茶を淹れて、焼きたてのお茶菓子といっしょに、
かわいらしいテーブルに置きました。
そして、もうすっかり座り慣れた、予備の椅子に座りました。
アリス・マーガトロイドは、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
飲みながら、今日のできごとを、おもいだしました。
人間の里で、子供たちに人形劇をみせたこと。
元気いっぱいの、子供たちのえがお。
かえりがけに、霧雨魔理沙の家に寄ったこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
霧雨魔理沙が、死んでいたこと。
例年よりも気温の低い季節のせいか、においは、さほどでもありませんでした。
体の状態から、死んでから、随分と時間が経過しているようでした。
死因は、確認をしたはずでしたが、アリス・マーガトロイドの記憶には留まりませんでした。
留めておきたくありませんでした。
博麗霊夢と同じ死に方だな、とおもった事だけは、おぼえていました。
次の日も、アリス・マーガトロイドは、暖炉に薪をくべました。
あたたかい紅茶がはいった、ふたつのティーカップと、焼きたてのお茶菓子を、かわいらしいテーブルに置きました。
いつものように、予備の椅子に座り、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
そして、アリス・マーガトロイドは、とびきりのえがおでいいました。
「やっと、あのばかが、いなくなったわね。
こんなに、うれしいことは、ないわ」
ツンデレ的な意味か
そうだと言ってくれ
アリスはどういうつもりで魔理沙を慰めたんだろう
嫉妬の限界からの悪意だったのか純粋な愛故だったのか
個人的に愛故の行為で嫉妬からの怒りと不憫さの半々だったが、死んだショックを誤魔化すための精神的な保護本能で
精々したと思い込んでるパターンかなと思う 魔理沙がそうしたみたいに
ただ、少しは救いがあっても良かったんじゃないか、とは思いました……
凍死?餓死?
憎むことで忘れないようにしていた
忘れることで楽になる……はずが、生の張り合いをなくしてしまった
そんなふうに解釈しました
霊夢がなぜ死を選んだのかは明らかにされていませんが、霊夢・魔理沙・アリスの連鎖と考えると、同じく思い人が自殺したのでしょうか
怖いです。