Coolier - 新生・東方創想話

まほうつかいのとびきりのえがお

2014/07/22 15:26:52
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 博麗霊夢がしにました。冬のおわりの事でした。
 その知らせは、幻想郷中に届きました。
 その知らせは、アリス・マーガトロイドにも届きました。
 博麗霊夢がしんだ、という知らせは、博麗霊夢の死因と共に伝えられましたが、
 アリス・マーガトロイドの記憶には、さして留まりませんでした。
 あまり幸せな死に方じゃないな、とおもったことだけは、おぼえていました。










 幻想郷中のにんげんが、ようかいが、博麗霊夢のために涙をながしました。
 アリス・マーガトロイドだけは、涙をながす前に、霧雨魔理沙のことをしんぱいしました。
 霧雨魔理沙を、ささえてあげなくちゃ。
 霧雨魔理沙が、どれだけの悲しみをかかえているのか、それはわからないけれど。
 それでも、ささえてあげなくちゃ。
 アリス・マーガトロイドには、そのおもいだけが、ありました。







 アリス・マーガトロイドは家を飛び出そうとしました。
 はやく、霧雨魔理沙に、あわなければ。
 扉を開こうとしたとき、備え付けのドアベルが鳴りました。
 鳴らしたのは、霧雨魔理沙でした。
 いままで、ドアベルなんて行儀のいいもの、使ったことなんて、ないくせに。
 いつもなら、そんな軽口の一つもいうところですが、アリス・マーガトロイドは何もいわず、霧雨魔理沙を家に入れて、
いつもは自分が座っている椅子に座らせました。
 アリス・マーガトロイドは暖炉に薪をくべた後、ぬるくもないし熱すぎない、とても飲みやすい紅茶を自分の手で淹れ、焼きたてのお茶菓子といっしょに、かわいらしいテーブルに置きました。
 そして予備の椅子を持って来て、霧雨魔理沙と向かいあって座りました。
 霧雨魔理沙は、ありがとう、といって、あたたかい紅茶を少しずつ、飲みはじめました。
 お礼をいうなんて、めずらしいわね。
 これも、いつもなら、口にしたかもしれない台詞ですが、アリス・マーガトロイドはもちろん何もいわず、また、
霧雨魔理沙のかおをみることもできず、予備の椅子にただ、座っていました。
 アリス・マーガトロイドが、そろそろ新しい薪をくべようか、とかんがえはじめたとき。
 「アリス」
 霧雨魔理沙が、ぽつりと、いいました。
 「きいたか?」
 アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
 「そうか。きいたか」
 霧雨魔理沙が、平坦な声で、いいました。
 「今日は、その話を、しにきたんだ」
 アリス・マーガトロイドは、もう一度、うなずきました。
 うなずいて、うなずいたまま、アリス・マーガトロイドは、ききました。
 わらい声を、ききました。
 とてもかわいい音色で響く、わらい声を、ききました。
 霧雨魔理沙の、わらい声を、ききました。
 「きいたか! あいつ、ついに、くたばりやがったってさ!
ははは、こんなにうれしいことはないぜ!」
 かおをあげたアリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の、とびきりのえがおを、みていました。
















 霧雨魔理沙は、新しい薪が燃え尽きて、おかわりの紅茶がなくなるまで、話をつづけました。
 博麗霊夢の、どこがきらいか。
 博麗霊夢の、なにがきらいか。
 博麗霊夢が、どれだけきらいか。
 そして、博麗霊夢がしんで、どれだけうれしいか。
 雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
 霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで、話をつづけて。
 アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべることなく、話をきいていました。
 霧雨魔理沙は、話をはじめたときと変わらないえがおで話をおえると、おいしい紅茶とお茶菓子に、
もう一度お礼をいい、アリス・マーガトロイドの家をでていきました。
 アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙の話をきいていたときと同じように、ひとこともしゃべることなく、
ティーカップと残ったお茶菓子を片付けました。
 予備の椅子は、片付けませんでした。











 次の日も、霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきました。
 霧雨魔理沙は、昨日と変わらず、アリス・マーガトロイドがいつも座っている椅子に座り、昨日と変わらないえがおで、話をはじめました。
 博麗霊夢がしんだ事について、昨日と変わらず雲にかくれたおひさまが沈むまで、話をつづけました。
 アリス・マーガトロイドは、昨日と変わらずに、あたたかい紅茶を自分の手で淹れ、お茶菓子を出し、
予備の椅子に座って、ひとこともしゃべることなく、霧雨魔理沙の話をきいていました。











 次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
 霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、博麗霊夢がしんだ事を、
変わらないえがおで、話しつづけました。
 冬がおわって、春がはじまっても、
 春がおわって、夏がやってきても、
 夏がおわって、秋がおとずれても、
 秋がおわって、ふたたび冬がめぐってきても、霧雨魔理沙は話しつづけました。
 幻想郷を紅い霧が覆ったときのこと。
 冬がおわらなくなったときのこと。
 何日間もつづく、宴会のこと。
 偽者の満月が、空に浮かんだときのこと。
 四季折おりの花が、いっせいに咲き乱れたときのこと。
 山の上に神社があらわれたときのこと。
 博麗神社が、倒壊したときのこと。
 地底から、怨霊が湧き出てきたときのこと。
 空飛ぶ船を、追いかけたときのこと。
 河童のバザーを見に行ったときのこと。
 雑多な神霊が、大量にあらわれたときのこと。
 幻想郷に、宗教ブームがおとずれたときのこと。
 空に浮かぶ、さかさまの城に向かったときのこと。
 反逆した妖怪を、退治しに行ったときのこと。
 花見をしたときのこと。
 縁側で、お茶を飲んだときのこと。
 月に行ったときのこと。
 喧嘩をしたときのこと。
 仲直りをしたときのこと。
 助けたときのこと。
 助けられたときのこと。
 いっしょに新聞を読んだときのこと。
 いっしょに人間の里に降りたときのこと。
 いっしょに歩いたときのこと。
 いっしょにいたこと。
 霧雨魔理沙の話のはじまりには、話のとちゅうには、話のおわりには、いつも、博麗霊夢がいました。
 霧雨魔理沙は、博麗霊夢をけなしました。さげすみました。にくみました。あざわらいました。うらみました。
 数え切れないほどのわるくちを、博麗霊夢のわるくちを、いいつづけました。
 話をするあいだ、霧雨魔理沙は、いつも、とびきりのえがおのままでいました。







 アリス・マーガトロイドは、ひとこともしゃべらないまま、霧雨魔理沙の話を、ききつづけていました。
 おだやかなほほえみをたたえて、ききつづけていました。
 けれど。
 霧雨魔理沙は、気付いていませんでした。
 アリス・マーガトロイドの、膝の上に置かれた手は。
 霧雨魔理沙からはみえないところにある手は、霧雨魔理沙の話をきいているあいだ、ずっと、
固くにぎりしめられていました。











 めぐってきた冬が、おわろうとしていた頃でした。
 霧雨魔理沙は、今日も、アリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をしていました。
 話にひとくぎりがついて、霧雨魔理沙が、紅茶を飲みほしました。
 「アリス、紅茶のおかわりを、くれないか」
 アリス・マーガトロイドは、何もいわず、うなずきました。
 うなずいて、予備の椅子から立ち上がり、霧雨魔理沙の分のティーカップを手に取り、
キッチンまで持っていきました。
 ティーカップをシンクに置き、何ももたずに、霧雨魔理沙のところへ、そっともどりました。
 アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙を、そっと覗きみました。
 霧雨魔理沙は、アリス・マーガトロイドに話をしているときと、何もかわらない、とびきりのえがおのままでいました。
 とてもうれしそうに、とてもたのしそうに、紅茶のおかわりを、待っていました。
 アリス・マーガトロイドには、もう、これ以上、がまんすることなど、できませんでした。
 もう、これ以上、霧雨魔理沙の話をきくことなど、できませんでした。
 アリス・マーガトロイドは、椅子に座ったままの霧雨魔理沙に歩み寄り、
うしろから、やさしく、だきしめました。
 アリス・マーガトロイドに、霧雨魔理沙の動揺した様子が、伝わってきました。
 「アリス?」
 霧雨魔理沙は、いぶかしげにしていました。
 アリス・マーガトロイドは、やさしくだきしめたまま、やわらかな声で、霧雨魔理沙にいいました。
 「もう、いいのよ。だいじょうぶ。
わすれたって、いいの。わすれたって、かまわないの。
なにも、わるいことじゃないの。
いい、まりさ。
わすれたくない、おぼえていたい、っておもうことは、すばらしいことよ。
でもね。
わすれちゃいけない、おぼえてなくちゃいけない、っておもうこととは、にているようで、とてもちがうの。
じぶんをきずつけてしまうの。じぶんをこわしてしまうの。
じぶんを、たいせつにして」
 霧雨魔理沙は、何もいいませんでした。アリス・マーガトロイドは、つづけました。
 「もういちど、よくかんがえて。
まりさ。
わすれたって、いいの。それは、わるいことじゃないの。
せかいじゅうのだれだって、あなたをせめない。
わたしだって、せめない。 
よく、かんがえてほしい」
 アリス・マーガトロイドは、目をつむったまま、いいました。
 それから、おひさまが沈むまで、ふたりはずっと、そのままでいました。
 霧雨魔理沙も、アリス・マーガトロイドも、ひとこともしゃべらずにいました。
 あたたかな家の中で。







 おひさまが沈んだ頃、霧雨魔理沙は玄関に向かいました。
 おたがい、目を合わせないまま、ひとこともしゃべらないまま。
 アリス・マーガトロイドは、見送りにきていました。
 霧雨魔理沙は、扉を開けようと、ドアノブに手をかけて。
 アリス・マーガトロイドの方に、振り向きました。
 霧雨魔理沙は、椅子に座って話をしていたときとは全く違う、ごく小さな声で。
 ただ、ひとことだけ、いいました。
 「ありがとう」
 アリス・マーガトロイドが、かおを上げた先には、えがおはありませんでした。












 次の日、アリス・マーガトロイドの家に、霧雨魔理沙は、やってきませんでした。
 次の次の日も、次の次の次の日も、次の次の次の次の日も。
 霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドの家にやってきて、話をすることは、ありませんでした。
 アリス・マーガトロイド、最初のうちは、あたたかい紅茶をあらかじめ用意して、来客を待っていました。
 けれど、そのうちに、アリス・マーガトロイドが、ふたり分の紅茶を淹れる事は、なくなっていきました。
 アリス・マーガトロイドは、しばらく座っていなかった椅子に座って、そのことを、すこし、さびしがりながらも。
 それでも、たしかに、こころの中は、みたされていました。












 冬がおわって、春がはじまる頃。
 アリス・マーガトロイドは、人間の里におとずれた後、霧雨魔理沙の家に寄っていこうとおもいました。
 ちょうど、里の子供たちにあげたクッキーが残っていたので、それを手土産にして。
 ありとあらゆるがらくたが積み上げられた、霧雨魔理沙の家の前。
 ドアベルが付いていなかったので、アリス・マーガトロイドは、手の甲で、扉をノックしました。













 アリス・マーガトロイドは、家にかえりました。
 暖炉に薪をくべた後、あたたかい紅茶を淹れて、焼きたてのお茶菓子といっしょに、
かわいらしいテーブルに置きました。
 そして、もうすっかり座り慣れた、予備の椅子に座りました。
 アリス・マーガトロイドは、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
 飲みながら、今日のできごとを、おもいだしました。
 人間の里で、子供たちに人形劇をみせたこと。
 元気いっぱいの、子供たちのえがお。
 かえりがけに、霧雨魔理沙の家に寄ったこと。
 霧雨魔理沙が、しんでいたこと。






 霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
 霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
 霧雨魔理沙が、しんでいたこと。
 霧雨魔理沙が、死んでいたこと。








 例年よりも気温の低い季節のせいか、においは、さほどでもありませんでした。
 体の状態から、死んでから、随分と時間が経過しているようでした。
 死因は、確認をしたはずでしたが、アリス・マーガトロイドの記憶には留まりませんでした。
 留めておきたくありませんでした。
 博麗霊夢と同じ死に方だな、とおもった事だけは、おぼえていました。












 次の日も、アリス・マーガトロイドは、暖炉に薪をくべました。
 あたたかい紅茶がはいった、ふたつのティーカップと、焼きたてのお茶菓子を、かわいらしいテーブルに置きました。
 いつものように、予備の椅子に座り、ゆっくりと、紅茶を飲みはじめました。
 そして、アリス・マーガトロイドは、とびきりのえがおでいいました。
 「やっと、あのばかが、いなくなったわね。
こんなに、うれしいことは、ないわ」
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コメント



0.630簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
死因も彼女らの気持ちもどうとればいいと言うんだ
ツンデレ的な意味か
そうだと言ってくれ
3.90奇声を発する程度の能力削除
おおう…
4.100名前が無い程度の能力削除
結局忘れないことが大事だったということか
アリスはどういうつもりで魔理沙を慰めたんだろう
嫉妬の限界からの悪意だったのか純粋な愛故だったのか
個人的に愛故の行為で嫉妬からの怒りと不憫さの半々だったが、死んだショックを誤魔化すための精神的な保護本能で
精々したと思い込んでるパターンかなと思う 魔理沙がそうしたみたいに
6.70大根屋削除
超が付くほどひねくれた幻想少女たちの悲しいやり取りですね。なんとなく言いたいことが分かる気もしないでもないですが。
ただ、少しは救いがあっても良かったんじゃないか、とは思いました……
11.80名前が無い程度の能力削除
二人は何で死んだんだ?
凍死?餓死?
16.無評価名前が無い程度の能力削除
死因は自殺
憎むことで忘れないようにしていた
忘れることで楽になる……はずが、生の張り合いをなくしてしまった
そんなふうに解釈しました
霊夢がなぜ死を選んだのかは明らかにされていませんが、霊夢・魔理沙・アリスの連鎖と考えると、同じく思い人が自殺したのでしょうか
17.90faceless削除
こわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですひわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいですこわいです

怖いです。
19.80名前が無い程度の能力削除
やるせない