『封獣ぬえと八雲紫の共同開発、ぬえドリンク、近日発売。』
数日前に配達されたと思われる文々。新聞に載っていた奇抜な一面を一読し、霧雨魔理沙は疑問符を浮かべた。
そこには、肩を組んで笑顔で共に商品を手に掲げている八雲紫と封獣ぬえの姿があった。
まずここで、魔理沙の中に三つの疑問が生まれた。
一つ目。どういう経緯でそうなったんだよ。
二つ目。ぬえドリンクってなんだよ。
三つ目。紫とぬえってこんなに仲良かったっけ。
これらの疑問は、本文を読み進めていくうちに氷解することになる。
ぬえは常々、自らの、「正体を分からなくする程度の能力」が何かに活用できないか模索していた。
悪事に使う事くらいしか活用法の見つからない能力だが、命蓮寺の信徒がそのようなことばかりしていてはばつが悪いので、という理由である。
毎日毎日考え続けた結果、『相手の感じたいものを感じさせる』という性質を食べ物に利用できないか、という発想に思い至る。
すなわち、正体不明の力によって、何を食べても相手の好きなものの味を出すことが出来る、という訳である。
しかし、この試みは残念ながら失敗に終わる。
正体不明の力は、通常観測者によって感じるものが違う。「見せる」という部分においてはそれでよいのだが、「味わう」となるとそうはいかない。
つまり、複数の観測者によって観察された場合、味がごちゃ混ぜになってしまうという欠点を抱えてしまっていたのだ。
その人の好きな味は、観測者のいない場所、すなわち一人きり――つまり、ぼっちという非常に限定的な条件でしか発現しない。
これではどうにもできない、あとぼっち言うな。と言う感じで、ぬえはがっくりしながらこの方法を諦めようとした。
しかしここで、幻想郷一のおせっかい焼きである八雲紫がこの噂を聞きつけ、協力を申し出た。
紫の協力によって、境界の能力を使用することで、相手の好きな状態で味を固定することが可能になった。
この過程で、ぬえと紫は様々な試行錯誤を繰り返し、その中でそれなりに仲良しになった、という訳である。
改良に改良を重ね、結果的に完成したのが、この『ぬえドリンク』である。
日にちの早い新聞を読み進めていくと、『ぬえドリンク、大好評。』だとか、『人妖ともどもに大人気。』だとか言った具合に、なかなか好感触なようだ。
幻想郷一の蒐集家を自称する魔理沙だが、実はグルメにも通じていた。
霊夢や早苗やアリスの新作料理などがあれば試食をするし、里で新作スイーツが発売されれば真っ先に食べに行ったりするため、舌が肥えているのだ。
魔理沙はまだ見ぬぬえドリンクの味を想像して、しかしあまり具体的なイメージが湧かなかったので、とりあえず飲んでみることにした。
幸い現在の時刻はお昼前であり、腹の空く時間帯である。
ついでに昼飯も食うことにして、魔理沙は人里へと飛び立った。
◇◇◇ ◇◇◇
人里に降り立つと、一際大きな人だかりができている店に気が付き、看板を見てみると、『庵の雲』という、和風なのか洋風なのか分からない名前の喫茶店だった。
庵の雲、アンノウン、正体不明。間違いなくぬえの店である事を確認すると、私は人だかりの方に向かって歩き始めた。
歩きながら人だかりの方を見てみると、見知った顔が沢山いることに気が付く。
その中には、旧地獄の頭領だとか、さとり妖怪だとか、意外な顔もちらほら見られた。
面子を見て、この喫茶店の人気がいかに高いかという事がよくよく理解できた。生き物は目新しいものに食いつくものだが、ここまでとは。
かくいう自分もその一人なのだという事を考えて、少し苦笑した。
暫く待っていると、人だかりが少しずつ小さくなっていった。ほとんどの客は持ち帰りなので、店内自体はそこまで混雑していなかった。
店内に入ると、命蓮寺の面子がだいたい揃っていた。たまたま近くにいたナズーリンが軽く挨拶を寄越してきたので、軽く返した。
辺りを見回すと、ぬえドリンクだけではなく、『ムラサカレー』だとか、『ネズミも大絶賛チーズ』だとか、『雲山わたあめ』だとか、命蓮寺のメンバーを模した商品が色々と売られていることに気が付いた。
どうやら、ドリンクにかぶせて色々と売り出しているようである。とりあえず、ムラサカレーとぬえドリンクを注文し、店内に座った。
出されたお冷をちびちび飲んでいると、一緒に来店していたらしい幽々子が話しかけてきた。
「あなたも来てたのね」
「お前は間違いなく来てると思ってたよ。初来店なのか?」
「いやー、実は二回目なんだけどね……」
「幽々子様」
聞き慣れた声が聞こえたので横を見ると、案の定妖夢が不機嫌そうな様子で佇んでいた。妖夢は続けて口を開いた。
「今回は二杯までですよ。いいですね?」
「わ、わかってるわよぉ。わかってるからそんなに怖い顔しないで、ね、ね?」
「この前の事、忘れてませんからね」
「うう、妖夢が機嫌直してくれない。魔理沙、助けて頂戴?」
「私に振るなよ……」
話を聞くところによると、前回は開店直後に来店したが、向こうが用意していたぬえドリンクのストックのうち六割程度を一人で飲み干してしまったため、三日間の来店停止を言い渡されてしまったらしい。妖夢は結局一回も口をつけられなかったようだ。それで不機嫌なのだろう。
二人と適当に会話を交わしていると、ムラサカレーと一緒に目的のものが届いてきた。私は少し顔を顰めた。
ぬえドリンクは、何とも言えない色をしていた。七色、と言うよりは極彩色、と言った方が正しい感じの色である。少なくとも、食欲をそそられるような色ではない。
しかし、物は試しだ、という事で、ええい、と心の中で念じて、ドリンクを一口含んで、次の瞬間思わず叫んだ。
「うっ、うまい! うーまーいーぞー!」
それは、何とも言えない不思議な味わいであった。私の好きなミルク・ココアと、マツタケと、ショートケーキと、日本酒の好きな部分の味わいが全て含まれていて、それでいて味が不協和音を起こすことなく見事に調和している。
普通ならば気持ち悪くなりそうなものだが、全くそんなことはなく、後味も見事なもので、不快感は全くなかった。
しかも不思議とカレーにも妙に合うので、どんどん食が進み、あっという間にドリンクもカレーも無くなってしまった。
「ふー、うまかった。カレーも美味しかったなぁ」
「食後にからかさアイスはどうかなー? びっくりするほどおいしいよー!」
「そこまで言うなら、どれどれ……」
続いてからかさアイスとやらを口に含む。ひんやりとした感触が心地よい。ソーダ風味のアイスは、呼び込み通り中々おいしかった。
一息ついて辺りを見回すと、見知った顔がぽつぽつ居ることに気が付いた。
そこで私は、一ついい考えを思い付き、発案者のぬえを呼んだ。
「おーい、ぬえ。一つ聞きたいことがあるんだが」
「はいはい、なに? 割と忙しいから手短に頼むわよ」
ぬえは言葉通り忙しそうな様子だったので、質問も簡潔にすることにした。
「いやー、他人のぬえドリンクを飲んだらどうなるのかな、って思って」
「……あー、それは考えてなかったわ。紫ー?」
「呼ばれて飛び出て」
「誰かに出したぬえドリンクを他人が飲んだらどうなるの? っていう質問なんだけど」
その質問を聞いて、紫は楽しげに笑って答えた。
「あら、なかなかいい質問ね。ぬえドリンクは対象に手渡された時点で味が確定しているから、その人の好きなものの味、という事になるわ」
「ほう。それは中々面白そうじゃないか」
「ほどほどにしておかないと、痛い目見るかもしれないわよ?」
なかなかどうして、楽しげな回答が返ってきたので、私は胸躍らせながら店内の知り合いの所を訪ねた。
まず、アリスと霊夢の顔を見つけたので、話しかける。
「よう。お前らのドリンク、一口飲ましてくれないか?」
「嫌よ。これ高いもの」
「いいけど、貴女にこの味合うかしら?」
正反対の答えが返ってきたことに苦笑しながらも、言葉巧みに霊夢を説得し、今度賽銭を入れるという約束で一口だけドリンクを飲んでいいという許可をもらった。
まず、アリスのドリンクから口に含んだ。
「んー……なんだこれ? コーヒー? もっと甘くならないのか?」
「私の好みだもの」
アリスのドリンクはほろ苦い味で、私としてはあまり好きな味では無かった。これじゃコーヒーと変わんないじゃん、と言うと、まだまだ子供ね、とアリスに溜息を吐かれたので、なんとなく釈然としない気持ちになった。
続いて、霊夢のドリンクに手を付けた。
「この味は……お茶じゃねーか」
「好きなものなんてお茶くらいしかないもの」
霊夢の回答を聞いて、私はもの悲しい気持ちになった。霊夢のドリンクは、ものの見事にお茶だった。もうお茶以外の何物でもなかった。こんど美味いもん食わせてやる、と言うと、霊夢は喜んでいた。
二人に礼を言って、次のテーブルへと移った。
勇儀とさとりのドリンクに手を付けてみた。勇儀のドリンクは完全に酒だった。酒飲めよ。さとりのドリンクは意外と甘かった。甘いもん好きなんだな、と言うと、照れて押し黙ってしまった。シャイな奴め。
咲夜とレミリアのドリンクに手を付けてみた。咲夜のドリンクはホットミルクみたいな味だったので、意外だ、と言うと、これまた顔を赤くして、寝る前にいつも飲んでるの、と言っていた。レミリアのドリンクはトマトジュースみたいな味だった。お前吸血鬼としてそれでいいのか。
マミゾウと小鈴のドリンクに手を付けてみた。マミゾウのドリンクはお汁粉だった。小豆と餅の味が一つのドリンクの中に再現されていることにある意味感動したが、同時に思う。おばあちゃんか。小鈴のドリンクは子供らしい味かと思ったら意外と渋味のある味だった。おばあちゃんに影響される孫か。
色々な奴のドリンクを飲むのは、なかなか楽しかった。その人の好きなものをドリンクから推測できるし、意外な人物が意外な味が好きだったりして、その人物についての認識を改めることにもなった。
しかし、一人一口とはいっても、何十人もまわっているとなかなか腹に溜まるものである。そろそろ腹がたぷたぷになって来たので、次のドリンクで最後にすることにした。
ところが、辺りを見回すと、知り合いの所は大体回ってしまったので、もう行く所がない。
残念に思いつつも、店の片隅に目を向けると、空席にドリンクだけがぽつんと置かれていることに気が付いた。
誰のものかわからないのだが、それが逆にスリルを掻きたてているように感じて、私はその席に移動した。続いて、近くに居るおっさんに尋ねた。
「そこの人、ここに誰座ってたか知ってるか?」
「さぁ、あんまり覚えてないね。小さい子だったのは覚えてるけど」
小さい子、と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはチルノや三妖精などである。どちらにしても、こっそり一口くらい飲んでも問題ないだろうし、変な味がするとは思えない。
私は少し尻込みしたが、意を決してドリンクを口に含んでみることにした。
――しかし、そのドリンクの味は、今までのものとは全く違った。
「な、んだこれ」
肉、のような気もする。しかし、私が今まで口にした如何なる肉とも味が異なるし、そもそもどことなく酸っぱく、あまり好んで口にしたい味でもない。
それよりも、どこか胸騒ぎがすることの方が気になった。なにか、禁忌を犯してしまったような、超えてはいけない一線を越えてしまったような――。
しかし、あまり気にするのも良くないと思って、こんな味が好きな奴は物好きだな、と思って、席を立とうとした。
その背に、聞き覚えのある声がかかった。
「あー。人のドリンク勝手に飲んじゃ駄目だよー」
――その声を聞いて、全身が総毛立つのがわかった。
おい、嘘だろ。冗談だと言ってくれ。そんな言葉が心中を支配する。
だってその声の主が彼女だとしたら、私がさっき口に含んだモノは――。
予想が外れてくれているように祈りながら、ゆっくりと後ろを振り向いて――
視界の端に、金髪と赤いリボンを捉えた。
数日前に配達されたと思われる文々。新聞に載っていた奇抜な一面を一読し、霧雨魔理沙は疑問符を浮かべた。
そこには、肩を組んで笑顔で共に商品を手に掲げている八雲紫と封獣ぬえの姿があった。
まずここで、魔理沙の中に三つの疑問が生まれた。
一つ目。どういう経緯でそうなったんだよ。
二つ目。ぬえドリンクってなんだよ。
三つ目。紫とぬえってこんなに仲良かったっけ。
これらの疑問は、本文を読み進めていくうちに氷解することになる。
ぬえは常々、自らの、「正体を分からなくする程度の能力」が何かに活用できないか模索していた。
悪事に使う事くらいしか活用法の見つからない能力だが、命蓮寺の信徒がそのようなことばかりしていてはばつが悪いので、という理由である。
毎日毎日考え続けた結果、『相手の感じたいものを感じさせる』という性質を食べ物に利用できないか、という発想に思い至る。
すなわち、正体不明の力によって、何を食べても相手の好きなものの味を出すことが出来る、という訳である。
しかし、この試みは残念ながら失敗に終わる。
正体不明の力は、通常観測者によって感じるものが違う。「見せる」という部分においてはそれでよいのだが、「味わう」となるとそうはいかない。
つまり、複数の観測者によって観察された場合、味がごちゃ混ぜになってしまうという欠点を抱えてしまっていたのだ。
その人の好きな味は、観測者のいない場所、すなわち一人きり――つまり、ぼっちという非常に限定的な条件でしか発現しない。
これではどうにもできない、あとぼっち言うな。と言う感じで、ぬえはがっくりしながらこの方法を諦めようとした。
しかしここで、幻想郷一のおせっかい焼きである八雲紫がこの噂を聞きつけ、協力を申し出た。
紫の協力によって、境界の能力を使用することで、相手の好きな状態で味を固定することが可能になった。
この過程で、ぬえと紫は様々な試行錯誤を繰り返し、その中でそれなりに仲良しになった、という訳である。
改良に改良を重ね、結果的に完成したのが、この『ぬえドリンク』である。
日にちの早い新聞を読み進めていくと、『ぬえドリンク、大好評。』だとか、『人妖ともどもに大人気。』だとか言った具合に、なかなか好感触なようだ。
幻想郷一の蒐集家を自称する魔理沙だが、実はグルメにも通じていた。
霊夢や早苗やアリスの新作料理などがあれば試食をするし、里で新作スイーツが発売されれば真っ先に食べに行ったりするため、舌が肥えているのだ。
魔理沙はまだ見ぬぬえドリンクの味を想像して、しかしあまり具体的なイメージが湧かなかったので、とりあえず飲んでみることにした。
幸い現在の時刻はお昼前であり、腹の空く時間帯である。
ついでに昼飯も食うことにして、魔理沙は人里へと飛び立った。
◇◇◇ ◇◇◇
人里に降り立つと、一際大きな人だかりができている店に気が付き、看板を見てみると、『庵の雲』という、和風なのか洋風なのか分からない名前の喫茶店だった。
庵の雲、アンノウン、正体不明。間違いなくぬえの店である事を確認すると、私は人だかりの方に向かって歩き始めた。
歩きながら人だかりの方を見てみると、見知った顔が沢山いることに気が付く。
その中には、旧地獄の頭領だとか、さとり妖怪だとか、意外な顔もちらほら見られた。
面子を見て、この喫茶店の人気がいかに高いかという事がよくよく理解できた。生き物は目新しいものに食いつくものだが、ここまでとは。
かくいう自分もその一人なのだという事を考えて、少し苦笑した。
暫く待っていると、人だかりが少しずつ小さくなっていった。ほとんどの客は持ち帰りなので、店内自体はそこまで混雑していなかった。
店内に入ると、命蓮寺の面子がだいたい揃っていた。たまたま近くにいたナズーリンが軽く挨拶を寄越してきたので、軽く返した。
辺りを見回すと、ぬえドリンクだけではなく、『ムラサカレー』だとか、『ネズミも大絶賛チーズ』だとか、『雲山わたあめ』だとか、命蓮寺のメンバーを模した商品が色々と売られていることに気が付いた。
どうやら、ドリンクにかぶせて色々と売り出しているようである。とりあえず、ムラサカレーとぬえドリンクを注文し、店内に座った。
出されたお冷をちびちび飲んでいると、一緒に来店していたらしい幽々子が話しかけてきた。
「あなたも来てたのね」
「お前は間違いなく来てると思ってたよ。初来店なのか?」
「いやー、実は二回目なんだけどね……」
「幽々子様」
聞き慣れた声が聞こえたので横を見ると、案の定妖夢が不機嫌そうな様子で佇んでいた。妖夢は続けて口を開いた。
「今回は二杯までですよ。いいですね?」
「わ、わかってるわよぉ。わかってるからそんなに怖い顔しないで、ね、ね?」
「この前の事、忘れてませんからね」
「うう、妖夢が機嫌直してくれない。魔理沙、助けて頂戴?」
「私に振るなよ……」
話を聞くところによると、前回は開店直後に来店したが、向こうが用意していたぬえドリンクのストックのうち六割程度を一人で飲み干してしまったため、三日間の来店停止を言い渡されてしまったらしい。妖夢は結局一回も口をつけられなかったようだ。それで不機嫌なのだろう。
二人と適当に会話を交わしていると、ムラサカレーと一緒に目的のものが届いてきた。私は少し顔を顰めた。
ぬえドリンクは、何とも言えない色をしていた。七色、と言うよりは極彩色、と言った方が正しい感じの色である。少なくとも、食欲をそそられるような色ではない。
しかし、物は試しだ、という事で、ええい、と心の中で念じて、ドリンクを一口含んで、次の瞬間思わず叫んだ。
「うっ、うまい! うーまーいーぞー!」
それは、何とも言えない不思議な味わいであった。私の好きなミルク・ココアと、マツタケと、ショートケーキと、日本酒の好きな部分の味わいが全て含まれていて、それでいて味が不協和音を起こすことなく見事に調和している。
普通ならば気持ち悪くなりそうなものだが、全くそんなことはなく、後味も見事なもので、不快感は全くなかった。
しかも不思議とカレーにも妙に合うので、どんどん食が進み、あっという間にドリンクもカレーも無くなってしまった。
「ふー、うまかった。カレーも美味しかったなぁ」
「食後にからかさアイスはどうかなー? びっくりするほどおいしいよー!」
「そこまで言うなら、どれどれ……」
続いてからかさアイスとやらを口に含む。ひんやりとした感触が心地よい。ソーダ風味のアイスは、呼び込み通り中々おいしかった。
一息ついて辺りを見回すと、見知った顔がぽつぽつ居ることに気が付いた。
そこで私は、一ついい考えを思い付き、発案者のぬえを呼んだ。
「おーい、ぬえ。一つ聞きたいことがあるんだが」
「はいはい、なに? 割と忙しいから手短に頼むわよ」
ぬえは言葉通り忙しそうな様子だったので、質問も簡潔にすることにした。
「いやー、他人のぬえドリンクを飲んだらどうなるのかな、って思って」
「……あー、それは考えてなかったわ。紫ー?」
「呼ばれて飛び出て」
「誰かに出したぬえドリンクを他人が飲んだらどうなるの? っていう質問なんだけど」
その質問を聞いて、紫は楽しげに笑って答えた。
「あら、なかなかいい質問ね。ぬえドリンクは対象に手渡された時点で味が確定しているから、その人の好きなものの味、という事になるわ」
「ほう。それは中々面白そうじゃないか」
「ほどほどにしておかないと、痛い目見るかもしれないわよ?」
なかなかどうして、楽しげな回答が返ってきたので、私は胸躍らせながら店内の知り合いの所を訪ねた。
まず、アリスと霊夢の顔を見つけたので、話しかける。
「よう。お前らのドリンク、一口飲ましてくれないか?」
「嫌よ。これ高いもの」
「いいけど、貴女にこの味合うかしら?」
正反対の答えが返ってきたことに苦笑しながらも、言葉巧みに霊夢を説得し、今度賽銭を入れるという約束で一口だけドリンクを飲んでいいという許可をもらった。
まず、アリスのドリンクから口に含んだ。
「んー……なんだこれ? コーヒー? もっと甘くならないのか?」
「私の好みだもの」
アリスのドリンクはほろ苦い味で、私としてはあまり好きな味では無かった。これじゃコーヒーと変わんないじゃん、と言うと、まだまだ子供ね、とアリスに溜息を吐かれたので、なんとなく釈然としない気持ちになった。
続いて、霊夢のドリンクに手を付けた。
「この味は……お茶じゃねーか」
「好きなものなんてお茶くらいしかないもの」
霊夢の回答を聞いて、私はもの悲しい気持ちになった。霊夢のドリンクは、ものの見事にお茶だった。もうお茶以外の何物でもなかった。こんど美味いもん食わせてやる、と言うと、霊夢は喜んでいた。
二人に礼を言って、次のテーブルへと移った。
勇儀とさとりのドリンクに手を付けてみた。勇儀のドリンクは完全に酒だった。酒飲めよ。さとりのドリンクは意外と甘かった。甘いもん好きなんだな、と言うと、照れて押し黙ってしまった。シャイな奴め。
咲夜とレミリアのドリンクに手を付けてみた。咲夜のドリンクはホットミルクみたいな味だったので、意外だ、と言うと、これまた顔を赤くして、寝る前にいつも飲んでるの、と言っていた。レミリアのドリンクはトマトジュースみたいな味だった。お前吸血鬼としてそれでいいのか。
マミゾウと小鈴のドリンクに手を付けてみた。マミゾウのドリンクはお汁粉だった。小豆と餅の味が一つのドリンクの中に再現されていることにある意味感動したが、同時に思う。おばあちゃんか。小鈴のドリンクは子供らしい味かと思ったら意外と渋味のある味だった。おばあちゃんに影響される孫か。
色々な奴のドリンクを飲むのは、なかなか楽しかった。その人の好きなものをドリンクから推測できるし、意外な人物が意外な味が好きだったりして、その人物についての認識を改めることにもなった。
しかし、一人一口とはいっても、何十人もまわっているとなかなか腹に溜まるものである。そろそろ腹がたぷたぷになって来たので、次のドリンクで最後にすることにした。
ところが、辺りを見回すと、知り合いの所は大体回ってしまったので、もう行く所がない。
残念に思いつつも、店の片隅に目を向けると、空席にドリンクだけがぽつんと置かれていることに気が付いた。
誰のものかわからないのだが、それが逆にスリルを掻きたてているように感じて、私はその席に移動した。続いて、近くに居るおっさんに尋ねた。
「そこの人、ここに誰座ってたか知ってるか?」
「さぁ、あんまり覚えてないね。小さい子だったのは覚えてるけど」
小さい子、と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはチルノや三妖精などである。どちらにしても、こっそり一口くらい飲んでも問題ないだろうし、変な味がするとは思えない。
私は少し尻込みしたが、意を決してドリンクを口に含んでみることにした。
――しかし、そのドリンクの味は、今までのものとは全く違った。
「な、んだこれ」
肉、のような気もする。しかし、私が今まで口にした如何なる肉とも味が異なるし、そもそもどことなく酸っぱく、あまり好んで口にしたい味でもない。
それよりも、どこか胸騒ぎがすることの方が気になった。なにか、禁忌を犯してしまったような、超えてはいけない一線を越えてしまったような――。
しかし、あまり気にするのも良くないと思って、こんな味が好きな奴は物好きだな、と思って、席を立とうとした。
その背に、聞き覚えのある声がかかった。
「あー。人のドリンク勝手に飲んじゃ駄目だよー」
――その声を聞いて、全身が総毛立つのがわかった。
おい、嘘だろ。冗談だと言ってくれ。そんな言葉が心中を支配する。
だってその声の主が彼女だとしたら、私がさっき口に含んだモノは――。
予想が外れてくれているように祈りながら、ゆっくりと後ろを振り向いて――
視界の端に、金髪と赤いリボンを捉えた。
ぬえドリンク美味しそうだなあ、あ、そこの金髪の子、ちょっと一口(略
ただ、求聞口授とかを見る限り、人間と妖怪の垣根を一番意識しているのは魔理沙な気がするけど。
というかぬえと紫って斬新だなおいもっとやれやってくださいお願いします
そしてぬえと紫の組み合わせは斬新だw
次回作も期待してます
うええ
共食いと言うか、絶対にやっちゃいけないとものごころついた時から漠然と、だが本能レベルで刻み込まれた禁を破っちまったとくればもう
人喰い妖怪がごろごろしている幻想郷でここまで人肉味を回避できたのは運がいいと思うよ。
しかし、妖怪が大勢いたのにもかかわらず最後まで人間味に当たらなかったということは、
意外と妖怪たちにとって人間って人気がないのだろうか?
こんなドリンクがあったら1回飲んでみたい
幻想郷で食べ物の話を読むと、たまにこういうゾクっとした話と出会います。
自分はそういう話が好き。
良い作品でした。