あたいの飼い主であるさとり様には妹がいる。
共に山の神社を駆けている博麗霊夢は数日前にあたいの親友を助けてくれた。それから数日経ち、親友を唆した者に心辺りがあるらしく、山の神社に住む神の元へ向かう霊夢にあたいは密かに着いて行っていた。
山の神社にも人間の巫女はいたようで、目にするや否や彼女は突如霊夢に向かい襲い掛かってきた。しかし、霊夢はそれを難なくあしらった。そこで倒れている巫女はともかく、地獄鴉であるあたいの親友にさえ勝つことができるとは、霊夢は本当に人間なのかとやはり疑問に思ってしまう。
「どうして……」
並ぶ鳥居の一つに背を預ける緑色の髪をした巫女、名前は確かとうふう……いや、こちやか。その東風谷早苗が納得いかなそうに呻いている。
「常識に囚われなくなった私は、自由に空を飛べるようになった。自分だけの弾幕も創れるようになった。なのに、どうして」
彼女の言う通り、常識に囚われていい事などほとんどない。しかし、彼女のそれは、あたいから見れば囚われないというよりは、ただ逆らっているようにも見えた。常識に囚われない事に囚われてしまっているではないかと、面白く思ってしまった。それ故に本来の弾幕である『相手に当てる』という常識に逆らったそれは、なるほど避けづらいが、棒立ちの相手に当たるまでの時間が本来の弾幕より遅い。ひねくれ者の霊夢には確かに効果てきめんかもしれないが、もし相手が魔理沙であれば、あのような弾幕はひらりとかわされてしまう。まぁ、緑の巫女はここに来て少ししか経ってないのだ。霊夢の相手になっただけ上出来だろう。
「神奈子様達のお力を受けたのに、どうして……」
その言葉に、あたいや霊夢は反応した。神々が後ろ盾となっている自分に敵はない、みたいな言い方だ。まるで狐だ。いや、この世界の狐はかなり強いから、虎に頼る必要はないのか。余談だが幻想郷では虎は見ないが、もしかするとその内現れるのかもしれない。
「二柱程度の力を借りたところで、どうして私に勝てるなんて思ってるの?」
霊夢は一度休憩するかのように地へ足を着き、早苗の元まで歩いた。
「霊夢さんの所は、神様がいるかどうかさえ判らないじゃないですか」
「……い、いるわよ」
はっきり言った緑の巫女も巫女だが、狼狽えた霊夢も霊夢である。
「だいたい、あんた達が此処に神社建てた時だって、私が苦戦したのは神奈子達だけよ。その神奈子の元にいるからって、あんたに苦戦する理屈なんてないわ」
御尤もだ。強い者の上にいるから自分も同じぐらい強いと勘違いしている典型だった。こればかりは人間、妖怪限らずあらゆる種族が陥る可能性がある。取巻きだろうが右腕だろうが、それを自ら言う者をたまに見かける。それは、自分は頂点まで成長する事を諦めた、と恥ずかしげもなく言っているようなものだ。こういう種類の者は、自分だけでなく上の者にとっても不利益だ。強くありたいと思うなら、上の者の手を噛む勢いで努力するのが、互いに健全だ。追われる立場となる上の者にとっても励みになる。
「あなたは神奈子達の力を借りたから、負けたようなものよ」
「……どうして。じゃあ霊夢さんの所の神社には、もっと強い神様が――」
「借りてない」
「……え?」
「私は私一人の力で戦ってる。まぁ、いつだったか妖怪と協力したこともあるけど、その時はそれぞれのやりたいようにやっただけね」
「……どういう事ですか」
まだわからないのか、と言いたげに溜息を吐いた霊夢は言い捨てる。
「あなたは初めから、あなたの力で戦おうとしてないだけ、自分が負けても神奈子達がいると考えている。だから駄目なのよ」
「そ、そんな事は――」
「それは修行の時でも当てはまる」
その言葉で緑の巫女は口を止めた。何か心当たりでもあったのだろう。
「確かに今さっきのあんたは、自分で戦ってた。自ら考えた弾幕で私に挑んできた。でも、それだけしか勝敗に関係ある要素がないわけじゃない。日々の修行。本番だけ張り切るなんて、動物でもできるわ」
霊夢自身も修行不足、という話を地上にいるとても偉そうにしている妖怪から聞いた事があるが、ここでは黙っておこう。
「それに、好き勝手動く妖怪ならともかく。私達人間は、面倒だけど無意識に力を合わせようとしてしまう。複数で妖怪に勝つ百の力を生み出す事しか考えられなくなり、一人で百の力を生み出すための考えさえ放棄してしまうのよ」
「霊夢さんだって……神社で他の妖怪達と仲良くしてるじゃありませんか」
「……わ、私は、人間同士、の場合を言っただけよ」
ふむ、常識に囚われない事を自負するだけあって、この雰囲気でも的確に突っ込む事ができるか。いまいちしまらない霊夢に代わってあたいが補足しておこう。霊夢の意図とは違い妖怪で例えるのは恐縮だが、強き妖怪は基本一人を好む。地底の鬼である星熊勇儀がその最たる例だ。普段周りの妖怪と騒ぎながら酒を飲んでいるが、戦いとなればどのような状況でもたった一人、しかも互角の力量となるよう自らに枷までつけている。霊夢と協力していた妖怪に至っては、一人どころかそもそも戦ってさえいない。霊夢が地底で戦う様を聞きながら茶でも飲んでいたという。もしそいつが地底に降りてくれば、星熊勇儀はどう動いていたか、あたいとさとり様は結構その話で盛り上がる事もある。あとは、地上の向日葵ばかりが咲いているらしい場所にもそういう妖怪が一人いるらしいが、そいつについてはあまり知らない。妹様辺りならもしかしたら知っているかもしれない。話を戻して、霊夢の思想に合わせるならば、人は集団になればなるほど強いが成長しない、といったところだろう。今思い出した。実に不思議な話なのだが、星熊勇儀自身は戦い以外でも割と一人を好んでいるらしい。しかしその強さ故か、孤独を望む彼女の周りにはよく妖怪が集まっている。しかしその中に彼女と同じ力を持つ妖怪はいないだろう、鬼と同じ力を持つ妖怪自体そういないが。厳密には違うがさとり様もお一人であり、鬼ほどではないが強い。さとり様はそのお力故に一人になってしまったが、あの方は一人になっても折れない強い心がある。あたいも親友もそこに惹かれたのだろう。それに、地獄鴉の力を譲り受けるまでもなく、親友も強かった。あいつがあたいより強いのは、集団的な利益勘定を考えないからなのかもしれない。いつか、鬼が言っていたのか忘れたが、『考える戦いをしようと考えたこともない』に親友は当てはまるのだろう。ただ利用されるために八咫烏の力を取り込まされたが、親友はさとり様が喜ぶから、という単純で純粋な思いがあった。たとえ本当にさとり様のためになる事が証明されても、あたいだったら警戒し、その力を拒絶しただろう。それがあたいと親友の差で、それによって生じた強さの差だと思っている。そう考えるなら、きっと妹様も強い。妹様は親友以上に考えて戦わない。というより、何も考えていないのだから。
「一ついいかしら」
咳払いをして、霊夢は緑の巫女に問う。
「百の力を持った人間が二人いるとする。その人達が力を合わせれば、それはどのくらいになるのかしら」
緑の巫女も馬鹿ではないらしく、間違いを即答することはない。しかし、答える事ができない。この瞬間に出された問答故に趣旨をなんとなくは察しているものの、逆に言えば曖昧にしか理解することができていない。
「それが解ったら、また戦いましょう」
そう言って霊夢は神社に向かい飛び立っていく。あたいもそれを追いかける。
緑の巫女がいつ霊夢の問いの答えを見つける事ができるか。鬼やさとり様との賭け事の種にするのも一興だ。
さて、神社を奥に進むと、とある既視感を感じた。霊夢にとってそれは初めてのものであったが、あたいはそれを知っている。無意識に刻まれた雰囲気の記憶があの方を意識させた。
にゃーん。
あくまで霊夢に見つからないように来たので、あたいは小さく、しかしあの方に聞こえるような声量で鳴く。足を止めた霊夢の目もそれを意識できるほどに、小柄な少女がぼんやりと姿を現す。
緑の巫女に偉そうに謳ったのだ。さぁ、さとり様やあたい、親友を倒したその力をあの方に見せてくれ。
数日経った博麗神社では、あたいを除いて三人の者が朝食をとっていた。
「確かに私はそんな事を言ったわ、でもね――」
その内の一人は、当然博麗霊夢である。
「どうして私の所にあんた達がいるのよ!」
残りの二人は、山の神社にいた神達である。というよりその片方はあたいの親友を唆した張本人である八坂神奈子だった。もう一人は……初めて見る。変な帽子を被った神だ。
「どうしてと言われてもねぇ。一人の方が強くなれる、と早苗に教えたのは、あんたじゃないか」
八坂神奈子自身自嘲気味に笑って霊夢に返す。あたいと霊夢が山の神社に乗り込んだ数日後、この神達は突如博麗神社に乗り込んできた。『強くなるため、早苗に追い出された』というのが理由であり、原因である。確かに霊夢は先日、緑の巫女に、一人でいないと強くなれない、という旨の話をした。それを聞いて巫女は、自らの信仰する神二つを山の神社から追い出したのだ。自分が何処かに籠るならともかく、まさかこうなることはあたいはもちろん霊夢も予想していなかっただろう。
「ま、早苗にはいい薬になるだろうね。あんたの言う通り、早苗はちょっと私達への甘え癖が抜けてなかった。まだまだ子供とはいえ、あの子も歴とした神なんだから」
「私はよくないわよ。ただでさえ少ない米が恐ろしい速度で無くなっていくし……」
「早苗が私達の迎えに来たら何かしらのものを返すから、大目に見ておくれ」
「……もうお粥はいらないわよ?」
霊夢と忌まわしい神が会話する中、もう一人の神は黙って食べ続けている。
「そうそう思い出した。早苗に中々面白い問答をしたそうじゃないか」
大きい方の神が会話を続ける中、もう一人の神は、箸でつまんだ魚をあたいに向ける。
「早苗に? ……なんだったかしら」
これは良い心がけだ、遠慮なく頂こう。
「百の力と百の力が合わされば、それはどうなるか」
しかし、あたいがくわえようとした瞬間、神は箸につままれた魚を自分の口に入れた。
「せっかくだから、早苗の代わりに私が答え合わせでもしようかい」
この瞬間、もう一人の神もあたいの中で忌まわしい者になった。
「当然、二百ではない。いや、二百ではいけない、ってところかね。単純な腕力で考えれば、そりゃ百足す百で二百にはなる。そうだねぇ、色々な例えがあるが……まぁいいか。とにかく、百足す百が二百では、そもそも意味がない。組む意味がないんだ。三人寄れば文殊の知恵、とはよく言ったもの。三人が百の知識を持ち寄ったって三百の知識にしかならないが、知恵……三人が共にいることによる何らかの発想は、時に世界をひっくり返す程の何かが生まれる時もある。組むっていうのは、それがあるから楽しく、そうでなくてはならない。『い』の人間、『ろ』の人間、『は』の人間。そいつら単体では一生掛かっても思いつかないような発想が、ただ思考を交えるだけで『に』の発想が生まれることもある。知識は足し算、知恵は掛け算、とでも言っておこうかい」
あたいを差し置いて大きい方の忌まわしい神が勝手に話しているが、特に反論する事も見つからないので、机の影で聞き続けることにする。
「百なんて大きな数字にするからいけない。単純に一でいい。優れていれば二で、逆なら零だ。知識は合わせて三であるが、皆平凡故に一の発想しか生まれない。しかし皆優秀な者が偶然集まり、知恵を絞ったとすれば、八の発想というとんでもないものが生まれる。問題は零……足を引っ張る奴だな。他の二人が二と二で四の知恵を捻り出したとしても、愚かな者はそれを私的に利用したり、何も考えず否定する。するとその知恵は瞬く間に腐る……零を掛けて、零だ」
「だいたい正解だけど、神だけあって極端ね」
「極端というより、実話だよ」
霊夢とあたいはその言葉に反応した。小さな神もご飯を食べつつ大きな神の方を見ている。
「伊達に人間より長生きはしてないさ。文字通りの意味で自分の事しか考えない人間を何人も見てきた。他人を利用し、裏切り、最後には自分の想いさえ切り捨てる。文明を発達させてきたのが人間なら、それを滅ぼすのも人間だよ。だからこそ、早苗にはそんな風になってほしくないんだ。神であり人である。それだけで、純粋な人であるあんたや神である私達では考えもつかないような何かを生み出すかもしれないからね。それが良いものであろうと悪いものであろうと、ね。その証拠に、私達が追い出されるなんて、発想の外だったろう?」
冷めつつある米を一気に頬張り、飲み込んだ神は言葉を続ける。
「でも、早苗は立派に一人で強くなろうとしている。あの子は強くなるよ。あんたに追いつくかもね」
「……親バカね」
「まぁ、山の天狗達に唆されないように、追い出されたとはいえ遠くから見守るさ。まだまだ知識も不十分だからね」
あの時は、どう見繕ってもあたいや親友でさえ簡単に勝てそうだった緑の巫女。それが、襲い掛かってくる妖怪達を次々と返り討ちにする実力を身に着けられるのだろうか。外から来た人間が幻想郷の魍魎を相手にするなど中々に滑稽な事だが、巫女は既に、霊夢と神達の知恵を授かり、可能性を手にしている。
妖怪、そして霊夢と並ぶ力を持った時こそ、あの巫女は本当の意味で常識に囚われないと証明したことになるだろう。
共に山の神社を駆けている博麗霊夢は数日前にあたいの親友を助けてくれた。それから数日経ち、親友を唆した者に心辺りがあるらしく、山の神社に住む神の元へ向かう霊夢にあたいは密かに着いて行っていた。
山の神社にも人間の巫女はいたようで、目にするや否や彼女は突如霊夢に向かい襲い掛かってきた。しかし、霊夢はそれを難なくあしらった。そこで倒れている巫女はともかく、地獄鴉であるあたいの親友にさえ勝つことができるとは、霊夢は本当に人間なのかとやはり疑問に思ってしまう。
「どうして……」
並ぶ鳥居の一つに背を預ける緑色の髪をした巫女、名前は確かとうふう……いや、こちやか。その東風谷早苗が納得いかなそうに呻いている。
「常識に囚われなくなった私は、自由に空を飛べるようになった。自分だけの弾幕も創れるようになった。なのに、どうして」
彼女の言う通り、常識に囚われていい事などほとんどない。しかし、彼女のそれは、あたいから見れば囚われないというよりは、ただ逆らっているようにも見えた。常識に囚われない事に囚われてしまっているではないかと、面白く思ってしまった。それ故に本来の弾幕である『相手に当てる』という常識に逆らったそれは、なるほど避けづらいが、棒立ちの相手に当たるまでの時間が本来の弾幕より遅い。ひねくれ者の霊夢には確かに効果てきめんかもしれないが、もし相手が魔理沙であれば、あのような弾幕はひらりとかわされてしまう。まぁ、緑の巫女はここに来て少ししか経ってないのだ。霊夢の相手になっただけ上出来だろう。
「神奈子様達のお力を受けたのに、どうして……」
その言葉に、あたいや霊夢は反応した。神々が後ろ盾となっている自分に敵はない、みたいな言い方だ。まるで狐だ。いや、この世界の狐はかなり強いから、虎に頼る必要はないのか。余談だが幻想郷では虎は見ないが、もしかするとその内現れるのかもしれない。
「二柱程度の力を借りたところで、どうして私に勝てるなんて思ってるの?」
霊夢は一度休憩するかのように地へ足を着き、早苗の元まで歩いた。
「霊夢さんの所は、神様がいるかどうかさえ判らないじゃないですか」
「……い、いるわよ」
はっきり言った緑の巫女も巫女だが、狼狽えた霊夢も霊夢である。
「だいたい、あんた達が此処に神社建てた時だって、私が苦戦したのは神奈子達だけよ。その神奈子の元にいるからって、あんたに苦戦する理屈なんてないわ」
御尤もだ。強い者の上にいるから自分も同じぐらい強いと勘違いしている典型だった。こればかりは人間、妖怪限らずあらゆる種族が陥る可能性がある。取巻きだろうが右腕だろうが、それを自ら言う者をたまに見かける。それは、自分は頂点まで成長する事を諦めた、と恥ずかしげもなく言っているようなものだ。こういう種類の者は、自分だけでなく上の者にとっても不利益だ。強くありたいと思うなら、上の者の手を噛む勢いで努力するのが、互いに健全だ。追われる立場となる上の者にとっても励みになる。
「あなたは神奈子達の力を借りたから、負けたようなものよ」
「……どうして。じゃあ霊夢さんの所の神社には、もっと強い神様が――」
「借りてない」
「……え?」
「私は私一人の力で戦ってる。まぁ、いつだったか妖怪と協力したこともあるけど、その時はそれぞれのやりたいようにやっただけね」
「……どういう事ですか」
まだわからないのか、と言いたげに溜息を吐いた霊夢は言い捨てる。
「あなたは初めから、あなたの力で戦おうとしてないだけ、自分が負けても神奈子達がいると考えている。だから駄目なのよ」
「そ、そんな事は――」
「それは修行の時でも当てはまる」
その言葉で緑の巫女は口を止めた。何か心当たりでもあったのだろう。
「確かに今さっきのあんたは、自分で戦ってた。自ら考えた弾幕で私に挑んできた。でも、それだけしか勝敗に関係ある要素がないわけじゃない。日々の修行。本番だけ張り切るなんて、動物でもできるわ」
霊夢自身も修行不足、という話を地上にいるとても偉そうにしている妖怪から聞いた事があるが、ここでは黙っておこう。
「それに、好き勝手動く妖怪ならともかく。私達人間は、面倒だけど無意識に力を合わせようとしてしまう。複数で妖怪に勝つ百の力を生み出す事しか考えられなくなり、一人で百の力を生み出すための考えさえ放棄してしまうのよ」
「霊夢さんだって……神社で他の妖怪達と仲良くしてるじゃありませんか」
「……わ、私は、人間同士、の場合を言っただけよ」
ふむ、常識に囚われない事を自負するだけあって、この雰囲気でも的確に突っ込む事ができるか。いまいちしまらない霊夢に代わってあたいが補足しておこう。霊夢の意図とは違い妖怪で例えるのは恐縮だが、強き妖怪は基本一人を好む。地底の鬼である星熊勇儀がその最たる例だ。普段周りの妖怪と騒ぎながら酒を飲んでいるが、戦いとなればどのような状況でもたった一人、しかも互角の力量となるよう自らに枷までつけている。霊夢と協力していた妖怪に至っては、一人どころかそもそも戦ってさえいない。霊夢が地底で戦う様を聞きながら茶でも飲んでいたという。もしそいつが地底に降りてくれば、星熊勇儀はどう動いていたか、あたいとさとり様は結構その話で盛り上がる事もある。あとは、地上の向日葵ばかりが咲いているらしい場所にもそういう妖怪が一人いるらしいが、そいつについてはあまり知らない。妹様辺りならもしかしたら知っているかもしれない。話を戻して、霊夢の思想に合わせるならば、人は集団になればなるほど強いが成長しない、といったところだろう。今思い出した。実に不思議な話なのだが、星熊勇儀自身は戦い以外でも割と一人を好んでいるらしい。しかしその強さ故か、孤独を望む彼女の周りにはよく妖怪が集まっている。しかしその中に彼女と同じ力を持つ妖怪はいないだろう、鬼と同じ力を持つ妖怪自体そういないが。厳密には違うがさとり様もお一人であり、鬼ほどではないが強い。さとり様はそのお力故に一人になってしまったが、あの方は一人になっても折れない強い心がある。あたいも親友もそこに惹かれたのだろう。それに、地獄鴉の力を譲り受けるまでもなく、親友も強かった。あいつがあたいより強いのは、集団的な利益勘定を考えないからなのかもしれない。いつか、鬼が言っていたのか忘れたが、『考える戦いをしようと考えたこともない』に親友は当てはまるのだろう。ただ利用されるために八咫烏の力を取り込まされたが、親友はさとり様が喜ぶから、という単純で純粋な思いがあった。たとえ本当にさとり様のためになる事が証明されても、あたいだったら警戒し、その力を拒絶しただろう。それがあたいと親友の差で、それによって生じた強さの差だと思っている。そう考えるなら、きっと妹様も強い。妹様は親友以上に考えて戦わない。というより、何も考えていないのだから。
「一ついいかしら」
咳払いをして、霊夢は緑の巫女に問う。
「百の力を持った人間が二人いるとする。その人達が力を合わせれば、それはどのくらいになるのかしら」
緑の巫女も馬鹿ではないらしく、間違いを即答することはない。しかし、答える事ができない。この瞬間に出された問答故に趣旨をなんとなくは察しているものの、逆に言えば曖昧にしか理解することができていない。
「それが解ったら、また戦いましょう」
そう言って霊夢は神社に向かい飛び立っていく。あたいもそれを追いかける。
緑の巫女がいつ霊夢の問いの答えを見つける事ができるか。鬼やさとり様との賭け事の種にするのも一興だ。
さて、神社を奥に進むと、とある既視感を感じた。霊夢にとってそれは初めてのものであったが、あたいはそれを知っている。無意識に刻まれた雰囲気の記憶があの方を意識させた。
にゃーん。
あくまで霊夢に見つからないように来たので、あたいは小さく、しかしあの方に聞こえるような声量で鳴く。足を止めた霊夢の目もそれを意識できるほどに、小柄な少女がぼんやりと姿を現す。
緑の巫女に偉そうに謳ったのだ。さぁ、さとり様やあたい、親友を倒したその力をあの方に見せてくれ。
数日経った博麗神社では、あたいを除いて三人の者が朝食をとっていた。
「確かに私はそんな事を言ったわ、でもね――」
その内の一人は、当然博麗霊夢である。
「どうして私の所にあんた達がいるのよ!」
残りの二人は、山の神社にいた神達である。というよりその片方はあたいの親友を唆した張本人である八坂神奈子だった。もう一人は……初めて見る。変な帽子を被った神だ。
「どうしてと言われてもねぇ。一人の方が強くなれる、と早苗に教えたのは、あんたじゃないか」
八坂神奈子自身自嘲気味に笑って霊夢に返す。あたいと霊夢が山の神社に乗り込んだ数日後、この神達は突如博麗神社に乗り込んできた。『強くなるため、早苗に追い出された』というのが理由であり、原因である。確かに霊夢は先日、緑の巫女に、一人でいないと強くなれない、という旨の話をした。それを聞いて巫女は、自らの信仰する神二つを山の神社から追い出したのだ。自分が何処かに籠るならともかく、まさかこうなることはあたいはもちろん霊夢も予想していなかっただろう。
「ま、早苗にはいい薬になるだろうね。あんたの言う通り、早苗はちょっと私達への甘え癖が抜けてなかった。まだまだ子供とはいえ、あの子も歴とした神なんだから」
「私はよくないわよ。ただでさえ少ない米が恐ろしい速度で無くなっていくし……」
「早苗が私達の迎えに来たら何かしらのものを返すから、大目に見ておくれ」
「……もうお粥はいらないわよ?」
霊夢と忌まわしい神が会話する中、もう一人の神は黙って食べ続けている。
「そうそう思い出した。早苗に中々面白い問答をしたそうじゃないか」
大きい方の神が会話を続ける中、もう一人の神は、箸でつまんだ魚をあたいに向ける。
「早苗に? ……なんだったかしら」
これは良い心がけだ、遠慮なく頂こう。
「百の力と百の力が合わされば、それはどうなるか」
しかし、あたいがくわえようとした瞬間、神は箸につままれた魚を自分の口に入れた。
「せっかくだから、早苗の代わりに私が答え合わせでもしようかい」
この瞬間、もう一人の神もあたいの中で忌まわしい者になった。
「当然、二百ではない。いや、二百ではいけない、ってところかね。単純な腕力で考えれば、そりゃ百足す百で二百にはなる。そうだねぇ、色々な例えがあるが……まぁいいか。とにかく、百足す百が二百では、そもそも意味がない。組む意味がないんだ。三人寄れば文殊の知恵、とはよく言ったもの。三人が百の知識を持ち寄ったって三百の知識にしかならないが、知恵……三人が共にいることによる何らかの発想は、時に世界をひっくり返す程の何かが生まれる時もある。組むっていうのは、それがあるから楽しく、そうでなくてはならない。『い』の人間、『ろ』の人間、『は』の人間。そいつら単体では一生掛かっても思いつかないような発想が、ただ思考を交えるだけで『に』の発想が生まれることもある。知識は足し算、知恵は掛け算、とでも言っておこうかい」
あたいを差し置いて大きい方の忌まわしい神が勝手に話しているが、特に反論する事も見つからないので、机の影で聞き続けることにする。
「百なんて大きな数字にするからいけない。単純に一でいい。優れていれば二で、逆なら零だ。知識は合わせて三であるが、皆平凡故に一の発想しか生まれない。しかし皆優秀な者が偶然集まり、知恵を絞ったとすれば、八の発想というとんでもないものが生まれる。問題は零……足を引っ張る奴だな。他の二人が二と二で四の知恵を捻り出したとしても、愚かな者はそれを私的に利用したり、何も考えず否定する。するとその知恵は瞬く間に腐る……零を掛けて、零だ」
「だいたい正解だけど、神だけあって極端ね」
「極端というより、実話だよ」
霊夢とあたいはその言葉に反応した。小さな神もご飯を食べつつ大きな神の方を見ている。
「伊達に人間より長生きはしてないさ。文字通りの意味で自分の事しか考えない人間を何人も見てきた。他人を利用し、裏切り、最後には自分の想いさえ切り捨てる。文明を発達させてきたのが人間なら、それを滅ぼすのも人間だよ。だからこそ、早苗にはそんな風になってほしくないんだ。神であり人である。それだけで、純粋な人であるあんたや神である私達では考えもつかないような何かを生み出すかもしれないからね。それが良いものであろうと悪いものであろうと、ね。その証拠に、私達が追い出されるなんて、発想の外だったろう?」
冷めつつある米を一気に頬張り、飲み込んだ神は言葉を続ける。
「でも、早苗は立派に一人で強くなろうとしている。あの子は強くなるよ。あんたに追いつくかもね」
「……親バカね」
「まぁ、山の天狗達に唆されないように、追い出されたとはいえ遠くから見守るさ。まだまだ知識も不十分だからね」
あの時は、どう見繕ってもあたいや親友でさえ簡単に勝てそうだった緑の巫女。それが、襲い掛かってくる妖怪達を次々と返り討ちにする実力を身に着けられるのだろうか。外から来た人間が幻想郷の魍魎を相手にするなど中々に滑稽な事だが、巫女は既に、霊夢と神達の知恵を授かり、可能性を手にしている。
妖怪、そして霊夢と並ぶ力を持った時こそ、あの巫女は本当の意味で常識に囚われないと証明したことになるだろう。
あなたの書くSSの雰囲気が大好きです。
群れるのが弱いみたいな感じなのは妖怪や神だからかも知れません
矮小な人間様は群れてこそナンボみたいなところがあるし、零の人間が沢山いるから色んなややこしさや面白さがある気が最近します
でも考えるということを考えたことない姐さんカッケー