Coolier - 新生・東方創想話

楽園の素敵な巫女のわりと怠惰で愉快な食生活1.米粉麺

2014/07/10 00:56:58
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 そうだ蕎麦だ、と。
 唐突と博麗霊夢はそう思った。リグルも鳴くある夏夜のことだ。最近はどうにも暑くて食欲が湧かない。しかし少女にとって飯を食わないというのは、身体に悪いからと酒を取り上げられる次くらいには我慢ならない話である。故に楽しみな飯を楽しく食いたいと、久しく少女は頭を働かせていた。
 その結果が蕎麦である。香り高く喉越し良く、そして涼しく。考えれば涎が出てくるほどには名案だった。明日にでもさっそくと水割り焼酎を煽いで、霊夢は縁側で横たえていた身体を起こす。思い立ったが吉日、だ。
 ただ問題はここからだった。ほろ酔い千鳥な足取りで台所に出向いた霊夢だったが、一つどうにも大切なことを忘れていた。そう突然の思いつきに対応できるほど、果たして少女の備蓄は豊かであろうか? 答えは否である。何ものにも縛られない少女は自由気侭であるが、それは性情の話であって望めば叶うほど人生というのは甘くはない。
 つまり霊夢の眼前にはいくら見ても玄米と味噌と少しの野菜しかないわけだ。早苗がこの場に居合わせれば肩を叩いて、夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を云々と言ったことだろう。それとも風祝だから、どっどどどどうど、だろうか? ともかく現実として、葱はあっても蕎麦粉も片栗粉もなかった。代わりとばかりに芋がある。ついでに塩もある。
 いつもの霊夢なら、ここで妥協して蒸かし芋でも食っていたかもしれない。塩でも振れば、酒の摘みとしては上等だ。しかしどうにも今ばかりはそれは癪だった。蕎麦が食いたい。でも食材がない。けれど明日人里まで飛んで食いに行くのは面倒だ。どうにか家にいたまま蕎麦が食いたいのだ、いったい何とかならないものか?
 酔っ払いとは得てして勝手である。それは霊夢も例外ではない。しかし少女は酔っ払いであると同時に巫女であった。そして巫女とは風祝の奇跡とまではいかないが、それでも幸運を約束された存在だ。思いつきが確率事象であるならば、まるで賽の目でも当てるように容易く、結果は少女に着いてくる。
「んー……………………はっ」
 斯くして。しばらく膨れっ面の霊夢に見詰められている内に、やれやれ根負けしたとばかりに勘は空から舞い降りた。少女は酒で赤らめた顔をまったく少女らしく綻ばせる。甘くはないが都合はだいたい良い、少女の人生は大方そういう風に出来ていた。
「そうね、粉がなければ粉を作ればいいのよ」
 さらりと無茶なことを言いながら、霊夢は適当に下準備を済ませてとっとと寝ることにした。明日は久しぶりに退屈しない一日になりそうだ。

   ◆

「いい天気ね」
 お天道様は今日も巫女の味方である。さて翌朝一番に霊夢がしたのは、昨夜一晩うるかした米をザルに上げて水を切ることだった。少女の手際は淀みない。寝て酒が抜ければ答えはもう勘に頼らずとも頭の中に浮かんでいた。
 作るのは米粉だ。どうして今まで思いつかなかったのだろう。お茶菓子の煎餅も米粉からできるのだ。生地を叩いて伸ばして焼くのが煎餅なら、生地を叩いて伸ばして切って茹でれば麺になるのは道理である。
 あとは片栗粉だが、果たして食材を前に霊夢は目を瞑って適当に手を伸ばした。結果として掴んだのは芋である。どうやらこれが片栗粉になるらしいと、とりあえず少女は芋を刻んだ。その後も適当に掴んだ漉し布より、ああなるほど水に浸けとけば良いのだなと直感する。
 巫女っていうのはこういうときは便利でいい。なんせ外れなしだ。刻んだ芋をさらに擦り下ろして漉し布に入れて、水を溜めた底の浅いお椀の中でしばらく揉み洗う。そうして水が白っぽく濁ってきたところで、霊夢は腹が空いてきたので、下準備は一端おいて朝餉を作ることにした。
 朝餉が済めばいつもは境内を掃除してお茶といったところだが、今日の霊夢はお茶の代わりに台所で蕎麦作り、いや今はまだその下準備である。ここまでくれば実は人里に食いに飛んだ方が早いんじゃないかとか、細かいことは言いっこなし考えっこなしだった。
 ザルの米を平べったい皿に広げて、日当たりの良さそうな場所に置いておく。そうしてふと見ればお椀の水は茶色くなっていた。上澄みを捨てて水を入れ直す。おそらくこれをあと二、三度繰り返して乾燥させれば物はできあがるだろう。何ともなしに水をかき混ざして、霊夢は一休み入れることにした。
 夏の日差しは眩しく暑く。しかし昨日までは鬱陶しかったこのじりじりも、今日の霊夢には夕餉への期待を膨らませる一因となっていた。可笑しな話だ。先の朝餉だってあまり食べる気にならなかったから簡単に済ませてしまったのに、どうして夕餉のことを考えれば腹は空いてくる。
 それから何度か掃除をして上澄みを捨てて、茶碗を皿と同じく日向に置いて乾燥させながら、あとは縁側でお茶を飲みながら魔理沙の相手をしている内に、気づけば日は沈み始めていた。夕焼けの頃、茶碗の底の方に沈殿していた白い塊を木べらで砕いて、片栗粉は完成である。
「まさか、芋がカタクリの代わりになるなんてね」
 同じ根っこ同士で相性は良かったわけだ。これはいよいよ期待できると、もうすっかり乾いた米の乗っかった皿も手に伴って霊夢は台所へ立った。一日がかりの下準備も終わり、待ちかねた蕎麦作りの時間である。
 すり鉢に米を移してよく磨り潰す。ここからはもう料理の領域だ。砕けて米粉となった米と片栗粉を、捏ね鉢で合わせて、水を入れて菜箸で万遍なくかき混ぜる。霊夢は蕎麦屋ではなく巫女なので詳しい手順はわからないが、経験則からここでいきなり手を突っ込めば、鬱陶しいほどに手指に粉が張りつくことは知っていた。
 いつもより慎重に混ぜ合わせていき、ある程度固まって生地になったのを確かめてから、ようやく両掌で持ち上げてバタン、バタンと叩きつけながら、しっかりと体重をかけて捏ねる。そうして生地が滑らかになったら、菊の花弁を形作るようにして中の空気を抜いた。
 麺台に残った片栗粉を塗して、手を押しつけるようにして薄く平らにしていく。ある程度生地を広げたら、麺棒を使ってさらに延していくのだ。ふんふーん♪ 鼻歌さえ歌いながら霊夢は作業を続けていく。延ばし終えた生地を、片栗粉を塗しながら半分また半分と折りたたんでいく。あとはそれをまな板の上に載せて、包丁で細く切っていけば蕎麦麺ならぬ米粉麺の完成だった。
「…………あれ、これ本当に蕎麦かしら?」
 不意にそんな疑問が頭を過ったが、まあ見た目は蕎麦麺である。多少の差異はこの際別に構わないだろうと霊夢は湯に麺を突っ込んだ。茹で上がった麺を、水を切って取り出し、流水で洗って次いで冷水で締めれば完成である。
 そうして昨日から一歩も境内の外に出ないまま、しかし望み通り霊夢の眼前には蕎麦があった。これが久方ぶりの博麗の巫女の本気である。麺汁に刻み葱やら卵やらを入れて、いささか緊張した面持ちで白く艶やかな麺を箸で摘みそして啜った。どうにも蕎麦麺よりつるつるとした食感がまた喉越し良い。
「うん、美味しい!」
 出来の方は正直なところ、素人の猿真似といった具合ではあったが霊夢に不満は無さそうだった。少女に足りていなかったのは食欲もそうだが日々の新たな刺激である。貧乏暇なしとは悪口のように聞こえるが、やることがないよりはあった方がやはり楽しいものだ。
「たまには悪くないわねえ」
 少なくとも寝酒で夜暇を飽かしていた昨日よりは、霊夢は今日、ずっと楽しかったし、ずっと酒も旨かったわけだ。これに味を占めた少女が退屈に感けて代作料理に耽るようになり、ますます境内に籠るようになったのはまったくの余談である。
 蕎麦麺がないなら米粉麺を作ればいいじゃない。
 初投稿です。次回はもっと台詞を増やせればなと思います。今後ともよろしくお願いします。
 貧乏巫女? 逆に考えるんだ、お金なんてない方がきっと幸せだって。
 副題「米粉麺」
・7/13 アドバイス頂いたのでタイトルに副題を追加しました!
悟正龍統
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コメント



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1.90大罠削除
いつの間にか米粉麺になりましたね。美味しそうでした。次の作品も待ってます。
2.70名前が無い程度の能力削除
期待するぜぇ
3.90名前が無い程度の能力削除
霊夢さんが楽しそうで何よりです。この巫女は貧相かもしれないが、知恵とメンタルが凄くある……!
4.80奇声を発する程度の能力削除
良いね、面白かったです
7.90絶望を司る程度の能力削除
楽しませて頂きました。
28.80名前が無い程度の能力削除
まさかの幻想郷グルメSS!