それなりに晴れた空、青臭い風、いつも身近にあるものとは違う太陽。
私は今、地上にいる。
地下からこちらに出てきたのは、何百年ぶりだろうか?
一応地底の責任者としては、こちら側の管理者に許可は得たが、それでも少し、居心地が悪かった。
「手早く済ませたいわね」
一人ごちながら、頭の中で地上でしておくべき事を整理する。主目的はこいしが入信したとかいう寺を見に行く事だが、お空に力を与えたという神にも会っておくべきだろうか? 出来れば秦こころとか言う付喪神にも会っておきたい。ああ、人里から家畜を仕入れておくのも必要だろう。ついでに地上の本も見ておきたい。そういえば、地上には記憶力が凄い人間がいたという話だし、お空の忘れっぽさを何とか出来ないかしら。
つらつらと挙げながら、のんびりと空を飛んでいると、一軒の家屋が目に入った。
「確かあれは……」
魔法の森の入り口にぽつりと建っているそれは、商店である事を示す看板を掲げていた。
ただの人間が利用するにはあまりにも不便な立地だと思うが、確かお燐から、話には聞いた覚えがある。
「香霖堂」
何となく店の前に降り立って、看板に記された店名を読み上げる。道具なら幻想郷の内外を問わず何でも取り扱っている店。らしい。
今のところ物品としては入用な物は特に……あった。
「でも、そんな便利な物があるかしら?」
正直無理な話だとも思うが、有ったなら幸運。無かったらちょっとした冷やかし。という程度の気楽さで、店内に足を踏み入れ、そしてすぐに後悔した。
「なぁ香霖。どうせ客も来ないし、宴会でもしようぜ」
「魔理沙。霖之助さんが困ってるでしょう。ほどほどにしなさいな。まあ、確かに客は来ないでしょうけど」
「二人とも、今日はちゃんと客が来たんだ。静かにお願いするよ」
店内のカウンターに座っている店主と思しきメガネの青年。そちらは別に問題ない。だが、その両脇に、個人的に面倒くさいと思っている人間が、二人も居たからだ。
「客だって!? めっずらしいなぁ」
「ほんとに珍しい。って、あら? さとり?」
「知り合いかい?」
「確か、地底の管理人とかじゃなかったか?」
白と黒の魔法使い然とした姿の少女、霧雨魔理沙の言葉に、紅白の巫女服の少女、博麗霊夢が相槌を打つ。
「そうよ。覚り妖怪の」
厳密には地底というより、旧地獄の管理人なのだが、まあ、些細な話だろう。いちいち訂正するのも面倒だ。
物珍しげな視線を送ってくるこの二人は、端的に言えば好戦的な部類の人間だ。自分としては相手にするのはいたく面倒であり、出来れば出会いたくないと考えていた二人だ。
「いらっしゃい。我が香霖堂は、ありとあらゆる道具を揃えている。冥界の道具でも、外の世界の道具でもね。きっと君の気に入るものがあるはずだ」
自信に満ちた物言いの店主、本心からそう考えているらしく、覚り妖怪と聞いても、物怖じした様子を見せない。とは言っても、やはり多少は警戒心があるようだが。
「ええ、少し探している物がありまして」
直ぐに踵を返しても良かったのだが、なんだか大人しい巫女と白黒の様子に興味を抱き、静かに店主の前に歩を進める。
「どんなものかな? 良ければ僕が見繕ってこよう」
「そうですね。妹が頻繁に家を空けて、いつ戻っているかも分からないもので」
店主――霖之助と言ったか、彼と話を進めながら、二人の様子を窺う。
「あー。こいしなぁ」
「前は人里で良く見たわよね」
(ふむ。なるほど)
とりあえずこの二人も、今はそれほど争うつもりは無いらしい、それに、多少、この霖之助という男に対し、遠慮があるらしい。
まあ、友人相手でも完全に遠慮が無い間柄と言うものもそうそう無いし、ましてや彼は異性だ。多少は余所行きな振る舞いをするものだろう。
しかし、それではつまらない。妖怪の性として、その心の秘密を暴露するにも、これでは大した事にはならない。
「それで、せめて妹が帰宅したのが分かるようになる道具でもあれば、と、思いまして」
「ふむ。なるほど、それならいくつか候補があるよ」
「あら?」
ダメもとで尋ねてみたのと、彼への注意を払っていなかったので、予想外な返答に驚きを示してしまった。
「ん? 覚り妖怪が驚くなんて、香霖、一体何を考えていたんだ?」
「残念ながら、僕は商売の事しか考えてないよ」
「まあ、霖之助さんだものね」
巫女と白黒の反応で、ふと思いついた事がある。だが、地霊殿の主として、地上と不和をもたらす訳にはいかない。思いつきは、そっと心に仕舞っておくべきだろう。
「これなんかどうかな? 監視カメラと言ってね。雷を動力として、二十四時間、映像を記録し続けるものだ」
カウンターに置かれたなんだかゴテゴテとした大きな黒い塊は、埃をかぶってはいるものの、この幻想郷においてはとても異質な感じがした。
「中々便利そうですね」
「ああ、きっと外の世界では、守衛の代わりなどで使われているのだろう。人の出入りもこれで記録しているのかもしれない。こんなものがあるということは、外の世界では――」
熱弁を振るう彼に、適当に相槌を返しながら、この目の前の物体をどうやって使うのだろうか? と、根本的な疑問を解決すべく、彼の心を探ってみる。
「ひょっとしたらそれほどまでに外の世界は治安が乱れているのかもしれない。守衛は殺されれば何も喋れないしね。それに――」
この長い薀蓄に心から入り込んでしまっているようだ。読み取れるのは、彼の語る言葉と何一つ変わらない。
(……長い)
約定そのものは形骸化しているとは言え、自分は地上と交流を絶っている地底の住民だ。
それだけに、勝手に地上をうろつくつもりもないし、今もある程度の日数を取り決めて来ている。
多少破ったところで大きな問題にはならないだろうが、自分は旧地獄の管理者だ。ただの住民とは違い、責任などもある。
自分が率先して違反を行えば、他の者に示しがつかないし、今後何かしらの問題が起きた際、叩かれる要因にもなる。
あまり悠長に時間を浪費したくは無いのだが、彼はこちらの事情などお構いなしに、自分の考えを話し続けている。
(基本的に一人みたいだし、会話に飢えているのかしら)
「これに限った話ではなく、外の世界の道具には、雷を動力にする物が多い。おそらく外の世界では、雷を恒常的に供給出来る仕組み等があるのだろうね」
わき道に逸れ出した薀蓄を聞き流しながら、白黒魔法使いと紅白巫女に視線を送ると、魔理沙はやれやれと言った様子で、霊夢は茶を啜りながら落ち着いた様子で話を聞いている。
幻想郷に於いて、異変解決などで実績がある両名が、このひ弱そうな店主に対しては、随分と謙虚な振る舞いをしているように思う。
それほどこの薀蓄が好きな青年に実力があるのか、それとも――。
(好意でもあるのか)
ふっと浮かんだ下世話な考えに、内心で苦笑する。二人の心を読めば、そこまでの感情が無いのは明白だ。巫女の方はともかく、白黒の方はなにかしらのしがらみでもあるようだが、どちらかと言うと家族に抱くものに近そうにも思う。
そんな事を考えながら、適当に話を聞き流していると、彼はようやく満足したらしく、大きく息をついて、営業用の笑みを浮かべた。
「といったところかな。どうだい? 君の望んでるものに最適だと思うのだが」
「ああ、そうですね」
意識を店主に戻し、この『かんしかめら』なるものの効果について考える。
動力を確保するのは、いささか面倒ではあるが、幸いな事に、お空がしている山の神の仕事との関係で、解決は出来るだろう。
ただ、難点を挙げるとすれば、一日中稼働させるのは、やはり無理なところだろうか? お空も休養は必要だし、私事の為にペットにそのような無茶を要求するのは避けたい。
もっとも、一日の半分でも記録していられるなら、こいしの帰宅に気づける分は多くなるかとも思うし。完全にダメ。という訳でもない。
ああ、しかし、そもそもの問題があった。
「これ、どうやって使うんですか?」
電力を与えれば勝手に動くという代物ではないだろう。あらゆる道具は付喪神でもなければ、生き物の操作を受けねば動かない。
「ああ、うちでは動力が確保できないからね。僕も詳しくは分からない。色々見たところ、この上についている押し込める部分で操作すると思うのだが」
曖昧な説明だった。本心から知らないのだろう事は、読むまでも無い。商売なのだから、そんなところで嘘をつく道理もない。
「記録したものはどうやって確認するんですか?」
「ここに出力と書かれているだろう? そこから確認出来ると思うよ。ひょっとしたら、何か道具が別に必要かもしれないけれどね」
彼が指し示したところには、確かに出力の文字があり、その隣には小さな穴があった。
覗き込むには小さすぎるが、そこから記録したものを影絵のように投影する事が出来るとは思えない。
なぜなら、その穴が付いている場所が、この本体の上側だからだ。
どこかに取り付ける為と思われる金属の棒は上部にくっついており、そうすると必然、同じ方向に穴も向いてしまい、映像が投影されたとしても、ロクに見えないだろう。
なので、おそらく『別の道具が必要』という推測は正解だろう。
うまく記録出来たとしても、確認が出来なければ意味が無い。
長々と薀蓄を聞かされた挙句、使い物にならないものを本気で勧めて来た彼に、正直、苛立ちを覚えた。
「他に何かありませんか?」
「他にかい? じゃあ、そうだね。こういうのはどうかな?」
次に差し出されたのも、やはり良く分からない塊。それと紐のような――確かコードとか言うものだったか、それで繋がった、電球だった。
「これは、人感センサ電球。ある程度の範囲内に動くものを感知したら、自動で光る優れものだよ。おそらくは暗い場所を通る際に自動で道を照らす為のものだろうけど、君の要望にも応えられると思う。動力はやはり雷のようだけど、先の君の様子から言って、そちらは問題なさそうだし」
先の僅かなやり取りからそれだけ読み取ったのは大したものだと思うが、それに感心する間もなく、また彼の薀蓄が始まる。
「このように自動で、自律的に稼働する道具というのは、とても高度な構造をしているのだろう。最近手に入れた中でも、極めて新しい品と言えるよ。他には今のところそこまでの機能を持つものはないしね。コレクションに加えようかと思っていたが、君は二人の話からすると大物らしいし、是非贔屓にしてもらえればと思ってね。特別に譲っても良いと思っている。詳細な仕組みまでは分からないけれど、自動と言う事は、常時点灯するのは外の世界でも非効率的な事みたいだね。おそらく、雷の力の供給にも限界があるのだろう。一体どういうシステムなのか、とても興味深いよ。雷の力の供給源も、このような代物を作る現場も、是非一度見てみたいものだ」
長い。
薀蓄が長い。
一つの商品を確認するのに、彼は一体どれだけの時間を浪費すれば気が済むのか。
これではいくら便利だろうと、来るのに躊躇する客の方が多いだろう。そもそもここの立地は人里からも妖怪の拠点からも遠すぎる。苦労して店に到着して、便利な品を買い求めても、人間では薀蓄を聞いているだけで日が暮れて、帰るに帰れなくなってしまう。
半ば呆れながらも、彼が自信満々に差し出した道具を見る。彼の考えとしては、この商品でほぼ決めさせるつもりらしいが、残念ながら自分の求める品としては、効果はともかく、道具そのものに欠陥がある。
まず、動くものを感知するのは、入り口などに設置するには適さない。多数のペットたちでも反応してしまうので、こいしだけを見つけるというのは不可能だ。
というか、そもそもこの二つを繋いでいるコードが、短すぎる。
単純にこいしを感知したいだけなのだから、こいしの部屋に仕掛けておくという考えもあるが、自分とこいしの部屋は、このコードでつなげておくには遠すぎる。地霊殿の入り口に設置しても、同様だ。
動力のコードはある程度なんとかなるにしても、この二つを繋いでいるコードをそれで代用するのは出来ないだろうし。
早々に結論を出してしまうと、彼が今も続けている薀蓄は、面倒なもの以外の何でもない。
視線をずらし、霊夢と魔理沙の様子を窺うと、霊夢は相変わらず暢気にしていたが、若干魔理沙の方に変化が生じていた。
退屈そうにこちらの様子を覗いているのだが、彼女の心には、些細な嫉妬めいたものが見受けられる。
友達が知らない子と談笑している事に拗ねる子供のような、些細で可愛げがあるものだった。
しかし、その様子を見て、先ほど仕舞っておいた悪戯心が、再びむくむくと首をもたげてくる。
(少しくらいなら、構わないかしら?)
長々と薀蓄で時間を浪費してくれた店主と、以前のお空の異変の時と、その二つの意趣返しとしては、中々悪くないように思える。
そもそも不和を起こさねば良いのだし、地底に封じられている妖怪が地上に出る事に、危機感が無い連中も多すぎる。
それならいっそ、軽い警告として、ちょっと痛い思いをしてもらうのも良いかもしれない。
自分としては、地底に地上の妖怪や人間がずかずかと入り込んでくるのもあまり好ましくはないし、軽く脅かすくらいなら、許可を出したこちら側の管理人に責任転嫁も出来るだろう。
元々封じられていた存在を地上に出させれば、何かしらの影響が出るのは明白だったはずだ。それを怠り、監視すらつけなかったそちらが悪い。とでも開き直ってしまおう。
そもそも、妖怪はある程度人間などには恐れられる為の存在でもある。目の前の彼は半妖らしいが、まあ、巫女もいるし構うまい。
言い訳で理論武装してから、溢れ出そうになる笑みを噛み殺し、彼の薀蓄を遮った。
「そうですね。頂きましょう」
「だから――え?」
「おいくらですか?」
「あ、ああ。値段ね。そうだな……」
戸惑った様子で、算盤を弾く店主。売れるとそれほど本気で考えていなかったのが読み取れる。道理で商売そっちのけで薀蓄を語る訳だ。
「このくらいでどうかな?」
「ふむ……」
はじき出された額は、正直高額で、ありえないとまでは言わないが、普通なら躊躇する値段だった。
彼の本心としても、とりあえずふっかけて、値段交渉に持ち込む腹積もりなのだろう。ようやく商売人らしい行動を取ってくれたお陰で、自分としてはとてもやりやすい。
「分かりました」
「え? いいのかい?」
すんなりと言い値を認めた自分に困惑する店主。本当に、商売人というものは、分かりやすい。
「ええ。構いません。良い物ですから、そのくらいは必要でしょう。しかし、今は手持ちがありませんので、後でペットに代金を持たせます。その時に引渡しをお願いできますか?」
「あ、ああ。構わないよ」
戸惑いながらも声を弾ませ、内心では降って沸いた『上客』に、心を躍らせているのが分かる。自分が集めている物の価値への理解者が居たという事にも歓喜しているようだった。
この店主……霖之助という人物の心に、自分は機嫌を損ねたくない相手となり、そして、今隙だらけだった。
「しかし、霖之助さん」
「なんだい?」
あえて名前で呼びながら、困ったように視線を逸らしてみせる。視界の隅に映る霊夢と魔理沙は、先のやり取りで弾んだ彼の声を聞きつけ、こちらを注視していた。
「あまりそのような事を考えられますと、困ってしまいます。私とあなたは先ほど出会ったばかりではありませんか」
「え?」
自分の言っている事の意味が分からず、ぽかんとした様子の霖之助。しかし、自分の言葉の効果は、横で聞いていた二人には効果抜群だった。
「おい香霖。一体何を考えてたんだ?」
「いや、僕は別に――」
「霖之助さんも男性ですから、そういうのは私は理解があるつもりですが、あまりハードなものは流石に抵抗があります」
霖之助の弁明を遮り、追い討ちを仕掛けると、霊夢も微妙な表情で難色を示した。
「ふむ。霖之助さんってばムッツリだったのねぇ」
「違うよ!? 僕は別に――」
「ええ、分かっています。けれど、誰彼構わずというのは、関心しませんよ。霊夢さんや魔理沙さんとどれほどの仲かは存じませんが、そんな事をしていてはいけません」
「いや、ちょっと待って! 何の話を――」
「覚り妖怪ですから、弁明は不要ですよ。ご自身でも分かってらっしゃるでしょう? ある程度なら、うちまでおいでくださればお相手しますから、ご自重お願いします」
「さとり!? お前自分が何言ってるか分かってるのか!?」
「大丈夫ですよ。魔理沙さん。これでも地底の主として長くやってきてますし、多少はまあ、犬にでも噛まれたと思って」
焦りと怒りのようなものが入り混じって詰め寄る魔理沙に、にっこりと微笑んでみせると、彼女は落ち着かない様子で、視線を彷徨わせ始めた。
「で、でもな? ほら、そういうアレはだな……」
三者が三者とも勘違いしてるのを読み取って、内心でほくそ笑む。
「あら? 魔理沙さんは純情なんですね。純情さで言えば霊夢さんもみたいですけれど、年若い二人にはやはり良くないかと思うんですよ。霖之助さん」
「いや、だから、何の話なんだ!?」
「大丈夫ですよ。確かに私は見た目はこうですが、霖之助さんは中々美形でもありますし、一晩じっくりお話をするくらいは構いません。歓迎しますよ」
「お話って……さとりあんた……」
頬を朱に染める霊夢。残念ながらこちらは狙い通りとは行かなかったようだ。しかし、魔理沙の方は、渋面を作って、考え込んでいる。
それならば――。
「それとも、やはり私では、霊夢さんほどの魅力はありませんか?」
「えっ、私?」
悲しげに目を伏せてみせると、魔理沙が顔を跳ね上げて驚いている霊夢を問い質した。
「れ、霊夢!? お前まさか!」
「いやいやいや、私は関係ないってば!」
「というか君は一体何の話をしているんだ!?」
上客相手ゆえに霖之助は必死に抑えているようだが、それでも若干の棘がある調子で問いただす。
売買の約束はしたが、取引そのものは後日、せっかくの機会だし、あまり機嫌は損ねたくない。だが、変な事を言い出され、自分の名誉が著しく損なわれているこの状況には耐え難い。
そんな心境を読み取る。多分、この店は本当に客が来ないのだろう。おそらくは元々儲けるつもりがあったが、あまりに客が来ない為、趣味でやっていると自分を少し誤魔化しているのかもしれない。完全に趣味なら、とっとと自分を追い出しているだろうし。
まあ、そんな事はどうでもいい。
「私の口からはそれは、ね?」
「おおおい!? どういう事だ香霖! 説明しろ!」
「いや、だから僕にも――」
詰問する魔理沙、様々な感情が入り混じって混乱しているのが分かる。適当に言い当てて単純に恐怖させるのも良いが、こちらの方も中々面白い。
そろそろ〆に行こう。
魔理沙を抑えようとしている霖之助の耳元へ、吐息がかかるほどの距離にそっと顔を寄せ、とても小さな声で囁いた。
「長話や薀蓄は、ほどほどに、ですよ」
「え?」
気の抜けた間抜け面で振り向いた彼に、にっこりと微笑みかける。
「おい! 香霖! さとり! 今何をしたんだ!?」
「それは私からは……。霊夢さんも居ますし。彼に聞いて下さいね」
「れ、霊夢!? お、お前やっぱり……!」
「いや、だから私は関係ないってば、さとり! あんまりいい加減な事言ってると――」
「誤魔化さずにちゃんと話してくれよ! 私は霊夢の事友達だって信じてるんだから!」
「ちょっ、魔理沙。落ち着きなさい! っていうか離しなさい!」
真剣な表情で霊夢にしがみつく魔理沙を、霖之助もこめかみを押さえながら宥める
「そうだ。魔理沙。彼女は単に僕の話が長いと指摘してただけだ。言い方は凄まじく婉曲だったが、そういう話だったみたいだ」
「ふ、二人して私に隠し事するつもりだな!? 騙されないぜ! 真相を聞きだすまでは今日は帰らないし、霊夢も離さないからな!」
「ああもう! ちょっとさとり! あんたこれ何とかしなさいよ! って、居ない!?」
辟易としながら霊夢が振り向いた先には、彼女の求める人物の姿は既に無かった。
「え!? ついさっきまでそこに居たのに!?」
「逃げたわね!? ええい! この状況なんとかしていきなさいよ!」
霊夢の悲鳴交じりに叫ぶ声を聞きながら、店の外で声を殺して笑う。
「ぷっ、ククッ」
嫉妬を直接操れる橋姫には及ばないが、中々どうして、上手くいったと思う。
昔は自分を知っている者が少ない分、このような使い方などそうそう出来なかった。
「さて、このまましばらく観察するのも楽しそうだけれど」
落ち着いた辺りで巫女や白黒に見つかると面倒そうだ。
元々の用事もある事だし、ここは退散するとしよう。
久々にすっきりした気分で、空に舞い上がった。
私は今、地上にいる。
地下からこちらに出てきたのは、何百年ぶりだろうか?
一応地底の責任者としては、こちら側の管理者に許可は得たが、それでも少し、居心地が悪かった。
「手早く済ませたいわね」
一人ごちながら、頭の中で地上でしておくべき事を整理する。主目的はこいしが入信したとかいう寺を見に行く事だが、お空に力を与えたという神にも会っておくべきだろうか? 出来れば秦こころとか言う付喪神にも会っておきたい。ああ、人里から家畜を仕入れておくのも必要だろう。ついでに地上の本も見ておきたい。そういえば、地上には記憶力が凄い人間がいたという話だし、お空の忘れっぽさを何とか出来ないかしら。
つらつらと挙げながら、のんびりと空を飛んでいると、一軒の家屋が目に入った。
「確かあれは……」
魔法の森の入り口にぽつりと建っているそれは、商店である事を示す看板を掲げていた。
ただの人間が利用するにはあまりにも不便な立地だと思うが、確かお燐から、話には聞いた覚えがある。
「香霖堂」
何となく店の前に降り立って、看板に記された店名を読み上げる。道具なら幻想郷の内外を問わず何でも取り扱っている店。らしい。
今のところ物品としては入用な物は特に……あった。
「でも、そんな便利な物があるかしら?」
正直無理な話だとも思うが、有ったなら幸運。無かったらちょっとした冷やかし。という程度の気楽さで、店内に足を踏み入れ、そしてすぐに後悔した。
「なぁ香霖。どうせ客も来ないし、宴会でもしようぜ」
「魔理沙。霖之助さんが困ってるでしょう。ほどほどにしなさいな。まあ、確かに客は来ないでしょうけど」
「二人とも、今日はちゃんと客が来たんだ。静かにお願いするよ」
店内のカウンターに座っている店主と思しきメガネの青年。そちらは別に問題ない。だが、その両脇に、個人的に面倒くさいと思っている人間が、二人も居たからだ。
「客だって!? めっずらしいなぁ」
「ほんとに珍しい。って、あら? さとり?」
「知り合いかい?」
「確か、地底の管理人とかじゃなかったか?」
白と黒の魔法使い然とした姿の少女、霧雨魔理沙の言葉に、紅白の巫女服の少女、博麗霊夢が相槌を打つ。
「そうよ。覚り妖怪の」
厳密には地底というより、旧地獄の管理人なのだが、まあ、些細な話だろう。いちいち訂正するのも面倒だ。
物珍しげな視線を送ってくるこの二人は、端的に言えば好戦的な部類の人間だ。自分としては相手にするのはいたく面倒であり、出来れば出会いたくないと考えていた二人だ。
「いらっしゃい。我が香霖堂は、ありとあらゆる道具を揃えている。冥界の道具でも、外の世界の道具でもね。きっと君の気に入るものがあるはずだ」
自信に満ちた物言いの店主、本心からそう考えているらしく、覚り妖怪と聞いても、物怖じした様子を見せない。とは言っても、やはり多少は警戒心があるようだが。
「ええ、少し探している物がありまして」
直ぐに踵を返しても良かったのだが、なんだか大人しい巫女と白黒の様子に興味を抱き、静かに店主の前に歩を進める。
「どんなものかな? 良ければ僕が見繕ってこよう」
「そうですね。妹が頻繁に家を空けて、いつ戻っているかも分からないもので」
店主――霖之助と言ったか、彼と話を進めながら、二人の様子を窺う。
「あー。こいしなぁ」
「前は人里で良く見たわよね」
(ふむ。なるほど)
とりあえずこの二人も、今はそれほど争うつもりは無いらしい、それに、多少、この霖之助という男に対し、遠慮があるらしい。
まあ、友人相手でも完全に遠慮が無い間柄と言うものもそうそう無いし、ましてや彼は異性だ。多少は余所行きな振る舞いをするものだろう。
しかし、それではつまらない。妖怪の性として、その心の秘密を暴露するにも、これでは大した事にはならない。
「それで、せめて妹が帰宅したのが分かるようになる道具でもあれば、と、思いまして」
「ふむ。なるほど、それならいくつか候補があるよ」
「あら?」
ダメもとで尋ねてみたのと、彼への注意を払っていなかったので、予想外な返答に驚きを示してしまった。
「ん? 覚り妖怪が驚くなんて、香霖、一体何を考えていたんだ?」
「残念ながら、僕は商売の事しか考えてないよ」
「まあ、霖之助さんだものね」
巫女と白黒の反応で、ふと思いついた事がある。だが、地霊殿の主として、地上と不和をもたらす訳にはいかない。思いつきは、そっと心に仕舞っておくべきだろう。
「これなんかどうかな? 監視カメラと言ってね。雷を動力として、二十四時間、映像を記録し続けるものだ」
カウンターに置かれたなんだかゴテゴテとした大きな黒い塊は、埃をかぶってはいるものの、この幻想郷においてはとても異質な感じがした。
「中々便利そうですね」
「ああ、きっと外の世界では、守衛の代わりなどで使われているのだろう。人の出入りもこれで記録しているのかもしれない。こんなものがあるということは、外の世界では――」
熱弁を振るう彼に、適当に相槌を返しながら、この目の前の物体をどうやって使うのだろうか? と、根本的な疑問を解決すべく、彼の心を探ってみる。
「ひょっとしたらそれほどまでに外の世界は治安が乱れているのかもしれない。守衛は殺されれば何も喋れないしね。それに――」
この長い薀蓄に心から入り込んでしまっているようだ。読み取れるのは、彼の語る言葉と何一つ変わらない。
(……長い)
約定そのものは形骸化しているとは言え、自分は地上と交流を絶っている地底の住民だ。
それだけに、勝手に地上をうろつくつもりもないし、今もある程度の日数を取り決めて来ている。
多少破ったところで大きな問題にはならないだろうが、自分は旧地獄の管理者だ。ただの住民とは違い、責任などもある。
自分が率先して違反を行えば、他の者に示しがつかないし、今後何かしらの問題が起きた際、叩かれる要因にもなる。
あまり悠長に時間を浪費したくは無いのだが、彼はこちらの事情などお構いなしに、自分の考えを話し続けている。
(基本的に一人みたいだし、会話に飢えているのかしら)
「これに限った話ではなく、外の世界の道具には、雷を動力にする物が多い。おそらく外の世界では、雷を恒常的に供給出来る仕組み等があるのだろうね」
わき道に逸れ出した薀蓄を聞き流しながら、白黒魔法使いと紅白巫女に視線を送ると、魔理沙はやれやれと言った様子で、霊夢は茶を啜りながら落ち着いた様子で話を聞いている。
幻想郷に於いて、異変解決などで実績がある両名が、このひ弱そうな店主に対しては、随分と謙虚な振る舞いをしているように思う。
それほどこの薀蓄が好きな青年に実力があるのか、それとも――。
(好意でもあるのか)
ふっと浮かんだ下世話な考えに、内心で苦笑する。二人の心を読めば、そこまでの感情が無いのは明白だ。巫女の方はともかく、白黒の方はなにかしらのしがらみでもあるようだが、どちらかと言うと家族に抱くものに近そうにも思う。
そんな事を考えながら、適当に話を聞き流していると、彼はようやく満足したらしく、大きく息をついて、営業用の笑みを浮かべた。
「といったところかな。どうだい? 君の望んでるものに最適だと思うのだが」
「ああ、そうですね」
意識を店主に戻し、この『かんしかめら』なるものの効果について考える。
動力を確保するのは、いささか面倒ではあるが、幸いな事に、お空がしている山の神の仕事との関係で、解決は出来るだろう。
ただ、難点を挙げるとすれば、一日中稼働させるのは、やはり無理なところだろうか? お空も休養は必要だし、私事の為にペットにそのような無茶を要求するのは避けたい。
もっとも、一日の半分でも記録していられるなら、こいしの帰宅に気づける分は多くなるかとも思うし。完全にダメ。という訳でもない。
ああ、しかし、そもそもの問題があった。
「これ、どうやって使うんですか?」
電力を与えれば勝手に動くという代物ではないだろう。あらゆる道具は付喪神でもなければ、生き物の操作を受けねば動かない。
「ああ、うちでは動力が確保できないからね。僕も詳しくは分からない。色々見たところ、この上についている押し込める部分で操作すると思うのだが」
曖昧な説明だった。本心から知らないのだろう事は、読むまでも無い。商売なのだから、そんなところで嘘をつく道理もない。
「記録したものはどうやって確認するんですか?」
「ここに出力と書かれているだろう? そこから確認出来ると思うよ。ひょっとしたら、何か道具が別に必要かもしれないけれどね」
彼が指し示したところには、確かに出力の文字があり、その隣には小さな穴があった。
覗き込むには小さすぎるが、そこから記録したものを影絵のように投影する事が出来るとは思えない。
なぜなら、その穴が付いている場所が、この本体の上側だからだ。
どこかに取り付ける為と思われる金属の棒は上部にくっついており、そうすると必然、同じ方向に穴も向いてしまい、映像が投影されたとしても、ロクに見えないだろう。
なので、おそらく『別の道具が必要』という推測は正解だろう。
うまく記録出来たとしても、確認が出来なければ意味が無い。
長々と薀蓄を聞かされた挙句、使い物にならないものを本気で勧めて来た彼に、正直、苛立ちを覚えた。
「他に何かありませんか?」
「他にかい? じゃあ、そうだね。こういうのはどうかな?」
次に差し出されたのも、やはり良く分からない塊。それと紐のような――確かコードとか言うものだったか、それで繋がった、電球だった。
「これは、人感センサ電球。ある程度の範囲内に動くものを感知したら、自動で光る優れものだよ。おそらくは暗い場所を通る際に自動で道を照らす為のものだろうけど、君の要望にも応えられると思う。動力はやはり雷のようだけど、先の君の様子から言って、そちらは問題なさそうだし」
先の僅かなやり取りからそれだけ読み取ったのは大したものだと思うが、それに感心する間もなく、また彼の薀蓄が始まる。
「このように自動で、自律的に稼働する道具というのは、とても高度な構造をしているのだろう。最近手に入れた中でも、極めて新しい品と言えるよ。他には今のところそこまでの機能を持つものはないしね。コレクションに加えようかと思っていたが、君は二人の話からすると大物らしいし、是非贔屓にしてもらえればと思ってね。特別に譲っても良いと思っている。詳細な仕組みまでは分からないけれど、自動と言う事は、常時点灯するのは外の世界でも非効率的な事みたいだね。おそらく、雷の力の供給にも限界があるのだろう。一体どういうシステムなのか、とても興味深いよ。雷の力の供給源も、このような代物を作る現場も、是非一度見てみたいものだ」
長い。
薀蓄が長い。
一つの商品を確認するのに、彼は一体どれだけの時間を浪費すれば気が済むのか。
これではいくら便利だろうと、来るのに躊躇する客の方が多いだろう。そもそもここの立地は人里からも妖怪の拠点からも遠すぎる。苦労して店に到着して、便利な品を買い求めても、人間では薀蓄を聞いているだけで日が暮れて、帰るに帰れなくなってしまう。
半ば呆れながらも、彼が自信満々に差し出した道具を見る。彼の考えとしては、この商品でほぼ決めさせるつもりらしいが、残念ながら自分の求める品としては、効果はともかく、道具そのものに欠陥がある。
まず、動くものを感知するのは、入り口などに設置するには適さない。多数のペットたちでも反応してしまうので、こいしだけを見つけるというのは不可能だ。
というか、そもそもこの二つを繋いでいるコードが、短すぎる。
単純にこいしを感知したいだけなのだから、こいしの部屋に仕掛けておくという考えもあるが、自分とこいしの部屋は、このコードでつなげておくには遠すぎる。地霊殿の入り口に設置しても、同様だ。
動力のコードはある程度なんとかなるにしても、この二つを繋いでいるコードをそれで代用するのは出来ないだろうし。
早々に結論を出してしまうと、彼が今も続けている薀蓄は、面倒なもの以外の何でもない。
視線をずらし、霊夢と魔理沙の様子を窺うと、霊夢は相変わらず暢気にしていたが、若干魔理沙の方に変化が生じていた。
退屈そうにこちらの様子を覗いているのだが、彼女の心には、些細な嫉妬めいたものが見受けられる。
友達が知らない子と談笑している事に拗ねる子供のような、些細で可愛げがあるものだった。
しかし、その様子を見て、先ほど仕舞っておいた悪戯心が、再びむくむくと首をもたげてくる。
(少しくらいなら、構わないかしら?)
長々と薀蓄で時間を浪費してくれた店主と、以前のお空の異変の時と、その二つの意趣返しとしては、中々悪くないように思える。
そもそも不和を起こさねば良いのだし、地底に封じられている妖怪が地上に出る事に、危機感が無い連中も多すぎる。
それならいっそ、軽い警告として、ちょっと痛い思いをしてもらうのも良いかもしれない。
自分としては、地底に地上の妖怪や人間がずかずかと入り込んでくるのもあまり好ましくはないし、軽く脅かすくらいなら、許可を出したこちら側の管理人に責任転嫁も出来るだろう。
元々封じられていた存在を地上に出させれば、何かしらの影響が出るのは明白だったはずだ。それを怠り、監視すらつけなかったそちらが悪い。とでも開き直ってしまおう。
そもそも、妖怪はある程度人間などには恐れられる為の存在でもある。目の前の彼は半妖らしいが、まあ、巫女もいるし構うまい。
言い訳で理論武装してから、溢れ出そうになる笑みを噛み殺し、彼の薀蓄を遮った。
「そうですね。頂きましょう」
「だから――え?」
「おいくらですか?」
「あ、ああ。値段ね。そうだな……」
戸惑った様子で、算盤を弾く店主。売れるとそれほど本気で考えていなかったのが読み取れる。道理で商売そっちのけで薀蓄を語る訳だ。
「このくらいでどうかな?」
「ふむ……」
はじき出された額は、正直高額で、ありえないとまでは言わないが、普通なら躊躇する値段だった。
彼の本心としても、とりあえずふっかけて、値段交渉に持ち込む腹積もりなのだろう。ようやく商売人らしい行動を取ってくれたお陰で、自分としてはとてもやりやすい。
「分かりました」
「え? いいのかい?」
すんなりと言い値を認めた自分に困惑する店主。本当に、商売人というものは、分かりやすい。
「ええ。構いません。良い物ですから、そのくらいは必要でしょう。しかし、今は手持ちがありませんので、後でペットに代金を持たせます。その時に引渡しをお願いできますか?」
「あ、ああ。構わないよ」
戸惑いながらも声を弾ませ、内心では降って沸いた『上客』に、心を躍らせているのが分かる。自分が集めている物の価値への理解者が居たという事にも歓喜しているようだった。
この店主……霖之助という人物の心に、自分は機嫌を損ねたくない相手となり、そして、今隙だらけだった。
「しかし、霖之助さん」
「なんだい?」
あえて名前で呼びながら、困ったように視線を逸らしてみせる。視界の隅に映る霊夢と魔理沙は、先のやり取りで弾んだ彼の声を聞きつけ、こちらを注視していた。
「あまりそのような事を考えられますと、困ってしまいます。私とあなたは先ほど出会ったばかりではありませんか」
「え?」
自分の言っている事の意味が分からず、ぽかんとした様子の霖之助。しかし、自分の言葉の効果は、横で聞いていた二人には効果抜群だった。
「おい香霖。一体何を考えてたんだ?」
「いや、僕は別に――」
「霖之助さんも男性ですから、そういうのは私は理解があるつもりですが、あまりハードなものは流石に抵抗があります」
霖之助の弁明を遮り、追い討ちを仕掛けると、霊夢も微妙な表情で難色を示した。
「ふむ。霖之助さんってばムッツリだったのねぇ」
「違うよ!? 僕は別に――」
「ええ、分かっています。けれど、誰彼構わずというのは、関心しませんよ。霊夢さんや魔理沙さんとどれほどの仲かは存じませんが、そんな事をしていてはいけません」
「いや、ちょっと待って! 何の話を――」
「覚り妖怪ですから、弁明は不要ですよ。ご自身でも分かってらっしゃるでしょう? ある程度なら、うちまでおいでくださればお相手しますから、ご自重お願いします」
「さとり!? お前自分が何言ってるか分かってるのか!?」
「大丈夫ですよ。魔理沙さん。これでも地底の主として長くやってきてますし、多少はまあ、犬にでも噛まれたと思って」
焦りと怒りのようなものが入り混じって詰め寄る魔理沙に、にっこりと微笑んでみせると、彼女は落ち着かない様子で、視線を彷徨わせ始めた。
「で、でもな? ほら、そういうアレはだな……」
三者が三者とも勘違いしてるのを読み取って、内心でほくそ笑む。
「あら? 魔理沙さんは純情なんですね。純情さで言えば霊夢さんもみたいですけれど、年若い二人にはやはり良くないかと思うんですよ。霖之助さん」
「いや、だから、何の話なんだ!?」
「大丈夫ですよ。確かに私は見た目はこうですが、霖之助さんは中々美形でもありますし、一晩じっくりお話をするくらいは構いません。歓迎しますよ」
「お話って……さとりあんた……」
頬を朱に染める霊夢。残念ながらこちらは狙い通りとは行かなかったようだ。しかし、魔理沙の方は、渋面を作って、考え込んでいる。
それならば――。
「それとも、やはり私では、霊夢さんほどの魅力はありませんか?」
「えっ、私?」
悲しげに目を伏せてみせると、魔理沙が顔を跳ね上げて驚いている霊夢を問い質した。
「れ、霊夢!? お前まさか!」
「いやいやいや、私は関係ないってば!」
「というか君は一体何の話をしているんだ!?」
上客相手ゆえに霖之助は必死に抑えているようだが、それでも若干の棘がある調子で問いただす。
売買の約束はしたが、取引そのものは後日、せっかくの機会だし、あまり機嫌は損ねたくない。だが、変な事を言い出され、自分の名誉が著しく損なわれているこの状況には耐え難い。
そんな心境を読み取る。多分、この店は本当に客が来ないのだろう。おそらくは元々儲けるつもりがあったが、あまりに客が来ない為、趣味でやっていると自分を少し誤魔化しているのかもしれない。完全に趣味なら、とっとと自分を追い出しているだろうし。
まあ、そんな事はどうでもいい。
「私の口からはそれは、ね?」
「おおおい!? どういう事だ香霖! 説明しろ!」
「いや、だから僕にも――」
詰問する魔理沙、様々な感情が入り混じって混乱しているのが分かる。適当に言い当てて単純に恐怖させるのも良いが、こちらの方も中々面白い。
そろそろ〆に行こう。
魔理沙を抑えようとしている霖之助の耳元へ、吐息がかかるほどの距離にそっと顔を寄せ、とても小さな声で囁いた。
「長話や薀蓄は、ほどほどに、ですよ」
「え?」
気の抜けた間抜け面で振り向いた彼に、にっこりと微笑みかける。
「おい! 香霖! さとり! 今何をしたんだ!?」
「それは私からは……。霊夢さんも居ますし。彼に聞いて下さいね」
「れ、霊夢!? お、お前やっぱり……!」
「いや、だから私は関係ないってば、さとり! あんまりいい加減な事言ってると――」
「誤魔化さずにちゃんと話してくれよ! 私は霊夢の事友達だって信じてるんだから!」
「ちょっ、魔理沙。落ち着きなさい! っていうか離しなさい!」
真剣な表情で霊夢にしがみつく魔理沙を、霖之助もこめかみを押さえながら宥める
「そうだ。魔理沙。彼女は単に僕の話が長いと指摘してただけだ。言い方は凄まじく婉曲だったが、そういう話だったみたいだ」
「ふ、二人して私に隠し事するつもりだな!? 騙されないぜ! 真相を聞きだすまでは今日は帰らないし、霊夢も離さないからな!」
「ああもう! ちょっとさとり! あんたこれ何とかしなさいよ! って、居ない!?」
辟易としながら霊夢が振り向いた先には、彼女の求める人物の姿は既に無かった。
「え!? ついさっきまでそこに居たのに!?」
「逃げたわね!? ええい! この状況なんとかしていきなさいよ!」
霊夢の悲鳴交じりに叫ぶ声を聞きながら、店の外で声を殺して笑う。
「ぷっ、ククッ」
嫉妬を直接操れる橋姫には及ばないが、中々どうして、上手くいったと思う。
昔は自分を知っている者が少ない分、このような使い方などそうそう出来なかった。
「さて、このまましばらく観察するのも楽しそうだけれど」
落ち着いた辺りで巫女や白黒に見つかると面倒そうだ。
元々の用事もある事だし、ここは退散するとしよう。
久々にすっきりした気分で、空に舞い上がった。
さとり様まじ妖怪。
必死な魔理沙可愛い。
しかし相変わらず機能しない霊夢の直感
ところで以前、某推理ゲームをやられていた事はありませんか?
もしそうだとしたら、正に鳴海氏のさとりのお話でしたと言わせて頂きます。
面白かったです
このさとりさんは実に覚りしてますな、いやらしい…
個人的に結構つぼに入りました。
まさか店主の説明が気に入らないだけで、幻想郷の有力者と繫がりが程度ある店主どころか幻想郷の有力者に顔が効きまくる霊夢や魔理沙を
巻き込んで嫌がらせをするなんて!
頭が悪いのか嫌われ者上等なのかはたまたその両方なのか
性格と頭が悪いやつって確かになんか魅力あるよね
突発力があるしなんか自信満々に人を批判したり馬鹿にしてくるから凄く説得力があるし深い事言っているような気になる
さとり様というよりまさにさとり妖怪
良いと思います
ところで霖之助さんが霖乃助になっているところがあるみたいですよ
欲を言えば、もうちょい捻ってもらえると先が読めなくてベネ。