初夏の博麗神社。本格的な夏はもう少し先のことだが、ムシムシとした独特の空気と強い日差しは、暑い夏の訪れを感じさせる。
7月を目前に、いつものように分社の確認にきた早苗は、その近くに立派な竹が立てられていることに気づいた。細い木に麻縄で結びつけられている竹は、たくさんの細い枝と葉を身につけている。
「七夕の準備ですか?」
「コレが勝手に竹を持ってきたからね」
縁側で和紙を切りながら霊夢さんが指さした「コレ」はすやすやと寝息を立てているチルノだった。
「別に竹を持ってくるのは構わないんだけど、大きさがね。だから処理させたのよ」
長々と竹と格闘することになったチルノは疲れてダウン。
手持ちぶさたになった霊夢は、和紙で短冊をつくることにしたらしい。
「霊夢さんは、短冊もはさみで切らないんですね」
「どうもねぇ。そこまで気にしなくてもいいとは思うんだけど……。どうも縁切りみたいな気がして」
「わたしは、はさみで切っちゃいますけどね。神奈子様も構わないとおっしゃるので」
「あんたのところの神様は、大雑把すぎるのよ」
呆れたように言いながら、霊夢さんは竹のものさしで和紙を切っていく。
神奈子様は、「はさみを使ったくらいで縁切りと思うほど神様の心は狭くないよ」とおっしゃっていたけど、霊夢さんを見ていると、細かいところまで神様との繋がりを大切にすることも、大切だと思ってくる。
もっとも、うちの神様はときどきとんでもないことをしてくれるので、こっちが罰を与えないと、いけなかったりもするのだが……。
「それは、七夕の飾りかい?」
しばらく空を眺めたり、目が覚めたチルノさんと話をしたりしていると、人間の参拝客がやってきた。
老婆と、その孫と思われる女の子の2人組だ。
「そうなんです。そろそろ七夕なので。竹の準備は、そこにいる妖精に頼んだんですけどね」
言いながら、霊夢さんはチルノさんの頭を優しくなでる。
言葉遣いも、チルノさんの扱いも、いつもの霊夢さんとは別人のようだ。
「わたし、お願いごとする! おばあちゃんも一緒にしようよ!」
老婆の手をとって、女の子ーー香苗ちゃんという名前だったーーが元気な声をあげる。
「墨と筆はもってくるので、そこに掛けてください」
霊夢さんは座布団を持ってきて、2人に座ってもらってから硯にすった墨と筆を用意する。
短冊を渡すと、香苗ちゃんは難しそうに、老婆は手慣れた様子で短冊を書いた。
けーね先生のしゅくだいがすくなくなりますように
一家団欒 和気藹々
「おばあちゃん、それ、どういう意味?」
「みんなが楽しく暮らせますように、っていう意味だよ」
えくぼを深めて老婆が孫に話す。
香苗ちゃんの方の願いは、いかにも子供らしい願いだ。
昔のわたしも、こんな願いをしていた気がする。なんて欲のない願いなのだろう。
「もっと高いところにつけたい!」
あとは竹に短冊をつけておしまい。そう思ったところでちょっとした問題が起こった。
香苗ちゃんが、自分の背丈よりも高いところに短冊をつけたがったのだ。
空を飛ぶことのできる霊夢さんや自分がつければ問題ないのだが、香苗ちゃんは自分がつけると言って聞かない。
「なら、あたいが連れていってあげる」
仕方なく抱っこでもして連れてあげようと思ったところで名乗りでたのはチルノさんだった。
チルノさんは香苗ちゃんの腰のあたりを抱くと、薄い羽をはばたかせて香苗ちゃんの背丈よりも遙か高くまで飛び上がる。すると香苗ちゃんは今まで体験したことない高さに興奮しながら、短冊を結びつけた。
「神様、ありがとうございます」
「え、神様? あたい、妖精だよ?」
地上に降りたあと、香苗ちゃんに神様と呼ばれて、チルノさんはとても驚いていた。
「神様じゃないの? 神社にいて、人間でなくて、空も飛べるのに?」
香苗ちゃんが不思議そうにチルノさんの顔をのぞき込む。
どうやら香苗ちゃんの中では、チルノさんは完全に神様になってしまったらしい。
でも、仕方ないのかもしれない。早苗は自分が外の世界にいたときのことを考えて思った。
もし幼い子供が神社で、空を飛べる人間でない存在に出会ってしまったら、神様だとおもっても無理はないだろう。
「香苗が神様だと思うなら、本当に神様なのかもね」
チルノさんと香苗ちゃんのやりとりを見ていた老婆が静かに微笑みながら言った。
「人間が神様が居ると思ったところに神様はいるのだからね」
老婆の言葉は、長く神社で暮らしてきた早苗の胸にストンと収まるものだった。
なんせ日本には八百万もの神様がいるのだから。
その人がいると思ったところに、神様はいるのだろう。
たとえ、見た目が妖精だとしても。
「神様、明日のけーね先生の宿題を減らしてください」
チルノさんの前で手を合わせてる香苗ちゃんをみながら、早苗は老婆と同じように微笑むのだった。
☆☆☆
博麗神社に参拝客が増えているらしい。
魔理沙がその噂を聞いたのは7月に入ってすぐだった。
「そんな馬鹿な」
独り言をしながら博麗神社にむけて箒を飛ばす。
あのグータラ巫女が熱心に信仰を集めたとは思えない。
まさか、何かの異変の前兆ではないだろうか?
霊夢が聞いたら針が飛んできそうなほど失礼なことを考えながら神社を訪れた魔理沙。その目に飛び込んできたのは、少ないながらも参拝客のいる神社だった。
「霊夢、気でも狂って、何かやったのか?」
「失礼ね!」
「痛ぇ!」
単刀直入に尋ねたら、革靴の上からつま先を踏みつけられた。
うん。霊夢はいつも通りだ。
「それで、何で万年閑古鳥の神社に参拝客が来たんだ?」
「なんか、人里で噂が流れたみたいなのよねぇ。あそこの竹に願い事をすると、願いが叶うって」
霊夢の視線の先には、手近な木に結びつけられた大きな竹があった。結構な数の短冊に加えて、吹き流しや提灯飾りなどもくっつけられている。
それはいいとしてだ。
「何でチルノが巫女服で働いてるんだ? ハグまでされてるし」
「どうもチルノが、うちの竹飾りの神様みたいな扱いになっててねぇ」
博麗神社にある妖精が立てた竹。そこにお願いをすると願いが叶う。さらに、妖精の姿をした神様に触ると、さらに幸運が来る
その噂を最初に流したのは、香苗だった。
なんでも、参拝した翌日の宿題がほとんどなかったらしい。
そして、博麗神社の竹と妖精の神様の噂は、香苗の通う寺子屋から神社、さらに人里にまで伝わり、ちょっとしたブームになり、竹とチルノは信仰対象となってしまっている。
「それで、チルノが巫女服を着てるのは?」
「一応あれの方が神秘性が増すかなぁって。本人もそこそこ気に入ってるみたいだし」
「あのチルノがねぇ。せっかくだし、わたしも書いてくかな」
「なんだかんだ言って、あんたも気になるのね」
「うるせぇ」
ニヤニヤしている霊夢を振り切って、魔理沙は竹へと向かう。
ただの竹とチルノとはいえ、噂が流れれば信じてしまうのは、魔理沙が人間だからなのかもしれない。たとえ彼女が人間離れしていて、妖怪とつるんでいても。
「おいおい、なんだこりゃ」
あまり深いことは考えていなかった魔理沙だが、竹の周りには想像を越えた光景が広がっていた。
地面には生米や小銭が蒔いてあり、短冊が置かれている机には、日本酒の一升瓶が乗っている。さらにもう一つの机には、お菓子や食べ物が置いてあった。
「みんな本当にお参りしてくのよ。ほんの数日前に竹を立てたのに」
魔理沙の後をついてきた霊夢が言った。
「それにしてもここまでとはねぇ。お金や日本酒はやりすぎじゃないか?」
「おかげで大儲けよ」
「おい神職者」
満足そうに言った霊夢に、魔理沙は猛速でつっこみを入れた。
一瞬自分も小銭を蒔いていこうと思ったのに。
どうせこいつの懐に入るならいいやと思ってしまった。
こいつは信者と書いて儲ける程度にしか考えていなさそうだし。
魔理沙につっこみを入れられてもどこ吹く風な霊夢は放っておいて、短冊に願い事を書いて、竹に結びつける。
「魔理沙もあたいに願い事?」
ちょうど結び終わったところで、巫女服姿のチルノが話しかけてきた。やたらと疲れた顔をして。
「チルノじゃなくて、竹にな。それよりなんでそんなに疲れてるんだ?」
「だってみんな、あたいのこと抱きしめてくるんだもん」
「あ、忘れてたぜ」
ポンと手を打ってから、魔理沙はギュッとチルノを抱きしめる。小さなチルノはすっぽりと胸におさまり、なかなかの抱き心地だ。
「なんで魔理沙まで抱きつくの!」
「いや、神様を抱けば願いが叶うっていうのが噂だからな」
「もう、神様するのも大変だよ」
「ははは。七夕当日までは頑張るんだな」
チルノの頭を撫でながら、飾られた短冊を見ていく。
十人十色な願いが並ぶなか、魔理沙は一風変わった願い事を見つけた。
諏訪子様がまともな神様になりますように
「早苗だよな……。これ」
「神社で勝手に打ち上げ花火やって、火事寸前になったらしいよ。今は罰期間だって」
「おい神様、しっかりしろや」
「今は毎晩諏訪子だけ冷や麦だって」
「そりゃご愁傷様だな」
魔理沙は守矢神社の方向に向けて「南無」と手を合わせる。
けれども内心は「そりゃお前が悪い」と神である諏訪子に対して思っていた。
人間だろうと、妖怪だろうと、神だろうと、悪いものは悪いし。
「そういえば、魔理沙は何をお願いしたの?」
「年頃の乙女の願い事は、トップシークレットだぜ」
「そう言うってことは、やっぱり恋愛?」
「ば、馬鹿なこと言ってるんじゃないぜ!」
「けっこういろんな人のお願い見てたから、あたいわかるんだよね! だいたい一人でこっそりお願いするのは、恋愛関係だから」
「だから、違うって! わたしのお願いは」
「あ、この桜色の短冊かな? 書いてあることは……」
「読むなー!!!」
全力でチルノの体と口を押さえ込んで騙される魔理沙。
その後魔理沙はチルノへのお布施として、大量のお菓子を約束することになるのだった。
☆☆☆
「最近早苗が冷たい」
「早苗、死んだの?」
「違うよ! 夕飯がわたしだけずっと冷や麦なの! しかも一週間!」
「冷や麦、美味しいからいいじゃない」
「幻想郷の巫女たちは、みんな神様をないがしろにしすぎよ!」
持つべきものは博麗神社。
そんな幻想郷の通説を信じて博麗神社にやってきた諏訪子は、早々縁側で崩れ落ちた。
立派な巫女である霊夢なら、わたしを守ってくれると信じてたのに。
この鉄仮面巫女は、涼しい顔でお茶を飲んでいる。
「家の近くで打ち上げ花火やって、火事寸前になったら、怒られて当然でしょうに」
「あーうー」
霊夢にとどめの一撃を受けて、諏訪子は崩れ落ちると同時に、「この巫女に怒りをぶつけてやる!」と思った。
たしかに、わたしが悪かったけど、一週間も冷や麦なんて、人道ならぬ神道に対する罪だ。
本当なら早苗にぶつけたいところだけど、冷や麦の刑が延長しそうで怖いし……。
同じ巫女の霊夢でいいだろう。
方法は24時間耐久くすぐりあたりで。
その前に霊夢を弾幕で倒さなくてはならないのだが、今ならいける気がする。
なぜなら。
「最近どうも信仰が深まってると思ったら、こういうことだったんだね」
「あー、ついでにうちや分社に参拝していく人がたくさんいたからね」
話しながら眺めるのは、たくさんの短冊や紙の飾り、注連縄までつけられた竹飾りだ。七夕の前日を迎えて、地面は小銭や米で埋め尽くされている。
だが、それ以上だったのは。
「一番すごいのは、こっちだけどねぇ」
「確かにこれはねぇ……」
ここ一週間の神様業で疲れきって眠っているチルノ。
その周りは、明らかに食べきれない量の食べ物があった。
「完全に神様みたいな扱いでね。抱きしめられたりしてるのはどうかと思ったけど」
「あはは。ついにチルノも八百万入りか」
「こいつが神様なんてねぇ」
「信じるところに神様はいるからね」
信じられたり、大切に思われれば、そこには神が宿る。
対象が人間であっても妖精であっても妖怪であっても、はては物体や自然、現象だったとしても変わらない。
逆に信用を失ったり、大切に思われなくなれば、神は消滅する。
日本の神とは、そういうものだ。
だから諏訪子は、人間も妖怪も神も大差ないと思っている。
もちろん神として大切に思われたいという気持ちはあるが、特別尊敬されたいとは思っていない。
「あんたもなにか書いていけば? 今だったら、諏訪子よりもチルノの方が力がありそうだし」
「否定はしきれないわね」
もし本当にチルノが神様だったら、今のチルノにはとても勝てないだろう。
ここは霊夢の言うように、なにか願い事をしていった方がいいかもしれない。
靴をはいて、竹の近くに置いてある短冊を数枚取って願いごとを書く。
「うーん、どうしよう?」
5枚ほど書いてから、どれを結びつけるか考える。
何枚も願うのは、欲が深すぎるし。
「やっぱりこれかな」
そう言って諏訪子が手に取ったのは
みんなが幸せに暮らせますように
人間も、妖怪も、神も。
みんなが幸せに暮らせれば、それでいい。
神として自分が存在していくために必要な信仰も巫女も、この幻想郷には揃っているのだから。
「ふーん。神様らしい立派な願い事で。それで、見えないように重ねて持ってる短冊に書かれてる願い事は?」
「あ! 待って!」
諏訪子の静かな祈りを叩き壊して、霊夢が短冊をすばやく奪い取る。
「『早苗が冷や麦以外のご飯も作ってくれますように』か。素晴らしい願い事ね!」
「れ・い・むぅー」
笑顔で読み上げる霊夢に、諏訪子の神としての威厳は完全に崩れ落ちた。
これはもう武力行使しかない。
ここまで神を弄ぶのなら、神罰を与えるしかない。
「さっきから神であるわたしの扱いが酷すぎるよ! 罰として、24時間耐久くすぐりの刑に処すわ!」
「どうせ家に帰っても冷や麦だから、24時間くすぐっても問題ないものね。あんたがやられる側だけど」
ここまで脅しをかけても、一歩も引かない巫女。
いい度胸だ。
本当にこの巫女は面白い。
こんなに神をないがしろにしてくるのに、神社の手入れもしっかりするし、神に対する信仰も篤い。
気持ちのいい巫女だ。
「ふふふ。覚悟しなさい。っと、その前に。霊夢、短冊返して」
「あ、忘れてた」
お札の代わりに投擲してきそうだった短冊を霊夢に返してもらい、竹につける。
そのあともう一枚願い事を書き、ありったけの小銭を蒔き、帽子から酒の一升瓶を取り出してそなえ、深々と二礼二拍一礼。願い事は、
霊夢に勝てますように
最終手段は、ありったけの神頼み。
それは自分自身が神様でも変わらないのだった。
が。
どんなに神頼みをしても無理なものは無理なわけで。
「ひやぁっ! 腋くすぐんのやっあひひひひひひいっ!」
「負けたんだから、黙ってくすぐられなさい! 24時間!」
「黙ってとか無理だって! はひゃぁうっ!!」」
諏訪子は馬乗りになった霊夢にくすぐられていた。薄い服の上から、腋やらお腹をくすぐられて、どんどん笑い声がもれてきてしまう。
すでに息も絶え絶えになっていた諏訪子だったが、さらなる厄災が諏訪子を襲った。
「あれ、霊夢? なにしてるの?」
諏訪子の声で起きたのか、眠そうに目をこすりながらチルノが起きあがる。
「あ、ちょうどよかった。この短冊を3枚も書いた強欲な神様に罰を与えてんの。あんたも神様として、諏訪子に神罰を与えていいわよ」
「チルノ様! お許しを! ひぃ! そ、しょこはやめて!」
「あんたは笑ってればいいのよ!」
チルノに命乞いをするが、霊夢がその瞬間にくすぐりを強めてゆるさない。
「諏訪子、苦しそうだけど?」
「いいのよ。それに、罰を与えるのも、神様のお仕事よ」
「霊夢がそういうならやる」
巫女服のまま諏訪子の首筋をくすぐり始めるチルノ。
「ひゃっふふふふふあはっ! やめてってば!」
「だって、霊夢に逆らったら怖いし……」
諏訪子をくすぐりながら、寝起きのうつろな瞳で話すチルノ。
やっぱり幻想郷で一番怖いのは、神でも妖怪でもなく、博麗の巫女だと諏訪子は思った。もはや、そこに種族は関係ない。
「あはははははははははっ! くすぐりの神様ってたすけてくれないの!?」
断末魔の悲鳴をあげる諏訪子。
しかし、そんな神様が都合よくあらわれるはずもなく、諏訪子は霊夢とチルノにくすぐられ続けるのだった。
7月を目前に、いつものように分社の確認にきた早苗は、その近くに立派な竹が立てられていることに気づいた。細い木に麻縄で結びつけられている竹は、たくさんの細い枝と葉を身につけている。
「七夕の準備ですか?」
「コレが勝手に竹を持ってきたからね」
縁側で和紙を切りながら霊夢さんが指さした「コレ」はすやすやと寝息を立てているチルノだった。
「別に竹を持ってくるのは構わないんだけど、大きさがね。だから処理させたのよ」
長々と竹と格闘することになったチルノは疲れてダウン。
手持ちぶさたになった霊夢は、和紙で短冊をつくることにしたらしい。
「霊夢さんは、短冊もはさみで切らないんですね」
「どうもねぇ。そこまで気にしなくてもいいとは思うんだけど……。どうも縁切りみたいな気がして」
「わたしは、はさみで切っちゃいますけどね。神奈子様も構わないとおっしゃるので」
「あんたのところの神様は、大雑把すぎるのよ」
呆れたように言いながら、霊夢さんは竹のものさしで和紙を切っていく。
神奈子様は、「はさみを使ったくらいで縁切りと思うほど神様の心は狭くないよ」とおっしゃっていたけど、霊夢さんを見ていると、細かいところまで神様との繋がりを大切にすることも、大切だと思ってくる。
もっとも、うちの神様はときどきとんでもないことをしてくれるので、こっちが罰を与えないと、いけなかったりもするのだが……。
「それは、七夕の飾りかい?」
しばらく空を眺めたり、目が覚めたチルノさんと話をしたりしていると、人間の参拝客がやってきた。
老婆と、その孫と思われる女の子の2人組だ。
「そうなんです。そろそろ七夕なので。竹の準備は、そこにいる妖精に頼んだんですけどね」
言いながら、霊夢さんはチルノさんの頭を優しくなでる。
言葉遣いも、チルノさんの扱いも、いつもの霊夢さんとは別人のようだ。
「わたし、お願いごとする! おばあちゃんも一緒にしようよ!」
老婆の手をとって、女の子ーー香苗ちゃんという名前だったーーが元気な声をあげる。
「墨と筆はもってくるので、そこに掛けてください」
霊夢さんは座布団を持ってきて、2人に座ってもらってから硯にすった墨と筆を用意する。
短冊を渡すと、香苗ちゃんは難しそうに、老婆は手慣れた様子で短冊を書いた。
けーね先生のしゅくだいがすくなくなりますように
一家団欒 和気藹々
「おばあちゃん、それ、どういう意味?」
「みんなが楽しく暮らせますように、っていう意味だよ」
えくぼを深めて老婆が孫に話す。
香苗ちゃんの方の願いは、いかにも子供らしい願いだ。
昔のわたしも、こんな願いをしていた気がする。なんて欲のない願いなのだろう。
「もっと高いところにつけたい!」
あとは竹に短冊をつけておしまい。そう思ったところでちょっとした問題が起こった。
香苗ちゃんが、自分の背丈よりも高いところに短冊をつけたがったのだ。
空を飛ぶことのできる霊夢さんや自分がつければ問題ないのだが、香苗ちゃんは自分がつけると言って聞かない。
「なら、あたいが連れていってあげる」
仕方なく抱っこでもして連れてあげようと思ったところで名乗りでたのはチルノさんだった。
チルノさんは香苗ちゃんの腰のあたりを抱くと、薄い羽をはばたかせて香苗ちゃんの背丈よりも遙か高くまで飛び上がる。すると香苗ちゃんは今まで体験したことない高さに興奮しながら、短冊を結びつけた。
「神様、ありがとうございます」
「え、神様? あたい、妖精だよ?」
地上に降りたあと、香苗ちゃんに神様と呼ばれて、チルノさんはとても驚いていた。
「神様じゃないの? 神社にいて、人間でなくて、空も飛べるのに?」
香苗ちゃんが不思議そうにチルノさんの顔をのぞき込む。
どうやら香苗ちゃんの中では、チルノさんは完全に神様になってしまったらしい。
でも、仕方ないのかもしれない。早苗は自分が外の世界にいたときのことを考えて思った。
もし幼い子供が神社で、空を飛べる人間でない存在に出会ってしまったら、神様だとおもっても無理はないだろう。
「香苗が神様だと思うなら、本当に神様なのかもね」
チルノさんと香苗ちゃんのやりとりを見ていた老婆が静かに微笑みながら言った。
「人間が神様が居ると思ったところに神様はいるのだからね」
老婆の言葉は、長く神社で暮らしてきた早苗の胸にストンと収まるものだった。
なんせ日本には八百万もの神様がいるのだから。
その人がいると思ったところに、神様はいるのだろう。
たとえ、見た目が妖精だとしても。
「神様、明日のけーね先生の宿題を減らしてください」
チルノさんの前で手を合わせてる香苗ちゃんをみながら、早苗は老婆と同じように微笑むのだった。
☆☆☆
博麗神社に参拝客が増えているらしい。
魔理沙がその噂を聞いたのは7月に入ってすぐだった。
「そんな馬鹿な」
独り言をしながら博麗神社にむけて箒を飛ばす。
あのグータラ巫女が熱心に信仰を集めたとは思えない。
まさか、何かの異変の前兆ではないだろうか?
霊夢が聞いたら針が飛んできそうなほど失礼なことを考えながら神社を訪れた魔理沙。その目に飛び込んできたのは、少ないながらも参拝客のいる神社だった。
「霊夢、気でも狂って、何かやったのか?」
「失礼ね!」
「痛ぇ!」
単刀直入に尋ねたら、革靴の上からつま先を踏みつけられた。
うん。霊夢はいつも通りだ。
「それで、何で万年閑古鳥の神社に参拝客が来たんだ?」
「なんか、人里で噂が流れたみたいなのよねぇ。あそこの竹に願い事をすると、願いが叶うって」
霊夢の視線の先には、手近な木に結びつけられた大きな竹があった。結構な数の短冊に加えて、吹き流しや提灯飾りなどもくっつけられている。
それはいいとしてだ。
「何でチルノが巫女服で働いてるんだ? ハグまでされてるし」
「どうもチルノが、うちの竹飾りの神様みたいな扱いになっててねぇ」
博麗神社にある妖精が立てた竹。そこにお願いをすると願いが叶う。さらに、妖精の姿をした神様に触ると、さらに幸運が来る
その噂を最初に流したのは、香苗だった。
なんでも、参拝した翌日の宿題がほとんどなかったらしい。
そして、博麗神社の竹と妖精の神様の噂は、香苗の通う寺子屋から神社、さらに人里にまで伝わり、ちょっとしたブームになり、竹とチルノは信仰対象となってしまっている。
「それで、チルノが巫女服を着てるのは?」
「一応あれの方が神秘性が増すかなぁって。本人もそこそこ気に入ってるみたいだし」
「あのチルノがねぇ。せっかくだし、わたしも書いてくかな」
「なんだかんだ言って、あんたも気になるのね」
「うるせぇ」
ニヤニヤしている霊夢を振り切って、魔理沙は竹へと向かう。
ただの竹とチルノとはいえ、噂が流れれば信じてしまうのは、魔理沙が人間だからなのかもしれない。たとえ彼女が人間離れしていて、妖怪とつるんでいても。
「おいおい、なんだこりゃ」
あまり深いことは考えていなかった魔理沙だが、竹の周りには想像を越えた光景が広がっていた。
地面には生米や小銭が蒔いてあり、短冊が置かれている机には、日本酒の一升瓶が乗っている。さらにもう一つの机には、お菓子や食べ物が置いてあった。
「みんな本当にお参りしてくのよ。ほんの数日前に竹を立てたのに」
魔理沙の後をついてきた霊夢が言った。
「それにしてもここまでとはねぇ。お金や日本酒はやりすぎじゃないか?」
「おかげで大儲けよ」
「おい神職者」
満足そうに言った霊夢に、魔理沙は猛速でつっこみを入れた。
一瞬自分も小銭を蒔いていこうと思ったのに。
どうせこいつの懐に入るならいいやと思ってしまった。
こいつは信者と書いて儲ける程度にしか考えていなさそうだし。
魔理沙につっこみを入れられてもどこ吹く風な霊夢は放っておいて、短冊に願い事を書いて、竹に結びつける。
「魔理沙もあたいに願い事?」
ちょうど結び終わったところで、巫女服姿のチルノが話しかけてきた。やたらと疲れた顔をして。
「チルノじゃなくて、竹にな。それよりなんでそんなに疲れてるんだ?」
「だってみんな、あたいのこと抱きしめてくるんだもん」
「あ、忘れてたぜ」
ポンと手を打ってから、魔理沙はギュッとチルノを抱きしめる。小さなチルノはすっぽりと胸におさまり、なかなかの抱き心地だ。
「なんで魔理沙まで抱きつくの!」
「いや、神様を抱けば願いが叶うっていうのが噂だからな」
「もう、神様するのも大変だよ」
「ははは。七夕当日までは頑張るんだな」
チルノの頭を撫でながら、飾られた短冊を見ていく。
十人十色な願いが並ぶなか、魔理沙は一風変わった願い事を見つけた。
諏訪子様がまともな神様になりますように
「早苗だよな……。これ」
「神社で勝手に打ち上げ花火やって、火事寸前になったらしいよ。今は罰期間だって」
「おい神様、しっかりしろや」
「今は毎晩諏訪子だけ冷や麦だって」
「そりゃご愁傷様だな」
魔理沙は守矢神社の方向に向けて「南無」と手を合わせる。
けれども内心は「そりゃお前が悪い」と神である諏訪子に対して思っていた。
人間だろうと、妖怪だろうと、神だろうと、悪いものは悪いし。
「そういえば、魔理沙は何をお願いしたの?」
「年頃の乙女の願い事は、トップシークレットだぜ」
「そう言うってことは、やっぱり恋愛?」
「ば、馬鹿なこと言ってるんじゃないぜ!」
「けっこういろんな人のお願い見てたから、あたいわかるんだよね! だいたい一人でこっそりお願いするのは、恋愛関係だから」
「だから、違うって! わたしのお願いは」
「あ、この桜色の短冊かな? 書いてあることは……」
「読むなー!!!」
全力でチルノの体と口を押さえ込んで騙される魔理沙。
その後魔理沙はチルノへのお布施として、大量のお菓子を約束することになるのだった。
☆☆☆
「最近早苗が冷たい」
「早苗、死んだの?」
「違うよ! 夕飯がわたしだけずっと冷や麦なの! しかも一週間!」
「冷や麦、美味しいからいいじゃない」
「幻想郷の巫女たちは、みんな神様をないがしろにしすぎよ!」
持つべきものは博麗神社。
そんな幻想郷の通説を信じて博麗神社にやってきた諏訪子は、早々縁側で崩れ落ちた。
立派な巫女である霊夢なら、わたしを守ってくれると信じてたのに。
この鉄仮面巫女は、涼しい顔でお茶を飲んでいる。
「家の近くで打ち上げ花火やって、火事寸前になったら、怒られて当然でしょうに」
「あーうー」
霊夢にとどめの一撃を受けて、諏訪子は崩れ落ちると同時に、「この巫女に怒りをぶつけてやる!」と思った。
たしかに、わたしが悪かったけど、一週間も冷や麦なんて、人道ならぬ神道に対する罪だ。
本当なら早苗にぶつけたいところだけど、冷や麦の刑が延長しそうで怖いし……。
同じ巫女の霊夢でいいだろう。
方法は24時間耐久くすぐりあたりで。
その前に霊夢を弾幕で倒さなくてはならないのだが、今ならいける気がする。
なぜなら。
「最近どうも信仰が深まってると思ったら、こういうことだったんだね」
「あー、ついでにうちや分社に参拝していく人がたくさんいたからね」
話しながら眺めるのは、たくさんの短冊や紙の飾り、注連縄までつけられた竹飾りだ。七夕の前日を迎えて、地面は小銭や米で埋め尽くされている。
だが、それ以上だったのは。
「一番すごいのは、こっちだけどねぇ」
「確かにこれはねぇ……」
ここ一週間の神様業で疲れきって眠っているチルノ。
その周りは、明らかに食べきれない量の食べ物があった。
「完全に神様みたいな扱いでね。抱きしめられたりしてるのはどうかと思ったけど」
「あはは。ついにチルノも八百万入りか」
「こいつが神様なんてねぇ」
「信じるところに神様はいるからね」
信じられたり、大切に思われれば、そこには神が宿る。
対象が人間であっても妖精であっても妖怪であっても、はては物体や自然、現象だったとしても変わらない。
逆に信用を失ったり、大切に思われなくなれば、神は消滅する。
日本の神とは、そういうものだ。
だから諏訪子は、人間も妖怪も神も大差ないと思っている。
もちろん神として大切に思われたいという気持ちはあるが、特別尊敬されたいとは思っていない。
「あんたもなにか書いていけば? 今だったら、諏訪子よりもチルノの方が力がありそうだし」
「否定はしきれないわね」
もし本当にチルノが神様だったら、今のチルノにはとても勝てないだろう。
ここは霊夢の言うように、なにか願い事をしていった方がいいかもしれない。
靴をはいて、竹の近くに置いてある短冊を数枚取って願いごとを書く。
「うーん、どうしよう?」
5枚ほど書いてから、どれを結びつけるか考える。
何枚も願うのは、欲が深すぎるし。
「やっぱりこれかな」
そう言って諏訪子が手に取ったのは
みんなが幸せに暮らせますように
人間も、妖怪も、神も。
みんなが幸せに暮らせれば、それでいい。
神として自分が存在していくために必要な信仰も巫女も、この幻想郷には揃っているのだから。
「ふーん。神様らしい立派な願い事で。それで、見えないように重ねて持ってる短冊に書かれてる願い事は?」
「あ! 待って!」
諏訪子の静かな祈りを叩き壊して、霊夢が短冊をすばやく奪い取る。
「『早苗が冷や麦以外のご飯も作ってくれますように』か。素晴らしい願い事ね!」
「れ・い・むぅー」
笑顔で読み上げる霊夢に、諏訪子の神としての威厳は完全に崩れ落ちた。
これはもう武力行使しかない。
ここまで神を弄ぶのなら、神罰を与えるしかない。
「さっきから神であるわたしの扱いが酷すぎるよ! 罰として、24時間耐久くすぐりの刑に処すわ!」
「どうせ家に帰っても冷や麦だから、24時間くすぐっても問題ないものね。あんたがやられる側だけど」
ここまで脅しをかけても、一歩も引かない巫女。
いい度胸だ。
本当にこの巫女は面白い。
こんなに神をないがしろにしてくるのに、神社の手入れもしっかりするし、神に対する信仰も篤い。
気持ちのいい巫女だ。
「ふふふ。覚悟しなさい。っと、その前に。霊夢、短冊返して」
「あ、忘れてた」
お札の代わりに投擲してきそうだった短冊を霊夢に返してもらい、竹につける。
そのあともう一枚願い事を書き、ありったけの小銭を蒔き、帽子から酒の一升瓶を取り出してそなえ、深々と二礼二拍一礼。願い事は、
霊夢に勝てますように
最終手段は、ありったけの神頼み。
それは自分自身が神様でも変わらないのだった。
が。
どんなに神頼みをしても無理なものは無理なわけで。
「ひやぁっ! 腋くすぐんのやっあひひひひひひいっ!」
「負けたんだから、黙ってくすぐられなさい! 24時間!」
「黙ってとか無理だって! はひゃぁうっ!!」」
諏訪子は馬乗りになった霊夢にくすぐられていた。薄い服の上から、腋やらお腹をくすぐられて、どんどん笑い声がもれてきてしまう。
すでに息も絶え絶えになっていた諏訪子だったが、さらなる厄災が諏訪子を襲った。
「あれ、霊夢? なにしてるの?」
諏訪子の声で起きたのか、眠そうに目をこすりながらチルノが起きあがる。
「あ、ちょうどよかった。この短冊を3枚も書いた強欲な神様に罰を与えてんの。あんたも神様として、諏訪子に神罰を与えていいわよ」
「チルノ様! お許しを! ひぃ! そ、しょこはやめて!」
「あんたは笑ってればいいのよ!」
チルノに命乞いをするが、霊夢がその瞬間にくすぐりを強めてゆるさない。
「諏訪子、苦しそうだけど?」
「いいのよ。それに、罰を与えるのも、神様のお仕事よ」
「霊夢がそういうならやる」
巫女服のまま諏訪子の首筋をくすぐり始めるチルノ。
「ひゃっふふふふふあはっ! やめてってば!」
「だって、霊夢に逆らったら怖いし……」
諏訪子をくすぐりながら、寝起きのうつろな瞳で話すチルノ。
やっぱり幻想郷で一番怖いのは、神でも妖怪でもなく、博麗の巫女だと諏訪子は思った。もはや、そこに種族は関係ない。
「あはははははははははっ! くすぐりの神様ってたすけてくれないの!?」
断末魔の悲鳴をあげる諏訪子。
しかし、そんな神様が都合よくあらわれるはずもなく、諏訪子は霊夢とチルノにくすぐられ続けるのだった。
魔理沙の恋の相手とは一体…
チルノが神化したssで悲惨な結果になったやつしか読んだこと無い......。
しかし、良い雰囲気でした。
チルノは七夕を過ぎて信仰がなくなれば、案外すぐに元に戻ってしまいそうですね
霊夢や諏訪子の"神"に対する姿勢がなかなか興味深かったです。
前作は未読ですが神奈子や早苗の思う"神"も読んでみたいと思います。
それにしてもみんなにぎゅってされる巫女チル・・・なにそれ萌える!
もしチルノが妖精という枠から外れるとしたら妖怪よりも神になる気がする