Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリン! 旧地獄のズバット!

2014/06/28 12:04:07
最終更新
サイズ
67.68KB
ページ数
1
閲覧数
4480
評価数
7/16
POINT
1110
Rate
13.35

分類タグ

「うん? どうしたんだ、パルスィ?」

「勇儀、あの妹紅って娘、危ない……とっても危ない」

「んー、聞くところでは、凄腕の妖術師で不死身らしい。
 とても強くて危険なヤツなんだろうな。
 面白いな、いっちょ、やり合ってみるかな?」

「そうじゃないのよ!」

 水橋パルスィは楽しそうな星熊勇儀にいらだっている。

「なんだ? どういうことだ? 分からないよ」

 言葉を額面通りに受け取り、深読みをしない勇儀はパルスィの言いたいことがホントに分からない。

 橋姫の視線は藤原妹紅に注がれたままだ。

 腰まで届く長い白髪、整った顔立ち、確かに目立つ。
 だが、痩せ気味であるし、目つきには明らかに険がある。
 抜群の美人、とは言い切れない。
 それでもパルスィは危険を感じた。
 間違いない、あれは【イイ女】だ、それも桁外れの。
 少し擦れた感じはこれまでの辛い生の現れだろうか。
 それでもあんなに綺麗に笑えるのだ。
 ただの娘ではない。
 拒絶され、孤独に苛まれ、迷って狂って、それでも最後に何とか踏ん張れた女だ。
 自分と同じ匂いがする、そしてあっちの方が上等な気がする。
 パルパル とても危険だ。

「ねえ、勇儀、あの妹紅って娘、どう?」

「どうって? そうだな……んー。
 なんだかオマエと似た感じがするなぁ。
 うん、私の好みだ、かなりイイな」

 鬼の四天王の一角は直球しか投げない。

「ゆ、勇儀」

 やっぱりそうなんだ、泣きそう。

「おや? 久しぶりに嫉妬かい? わははははは!」

 その一方は大笑いで返す。

「三千大世界で一番の女がここにいるんだぞ?
 私は、どうすればオマエがもっと私に夢中になるか、そればかり考えているのにな。
 足りないアタマを使ってね」 

 片手で力強くグイっと抱き寄せる。

「そ、そうなの?」
 
 嘘の言えない鬼の言を疑う必要は無いはずだ。

(もっと夢中って、私はとっくに勇儀の中に棲んで居るのに……)





 数時間前、午前中から命蓮寺を訪れた星熊勇儀と水橋パルスィ。
 旧地獄とは相互不可侵の取り決めがあったが、いくつかの異変を経て緩くなっている。

「お、おは……おは、あ、あの」

 門前で掃除をしていた幽谷響子は鬼の中の鬼を前にパクパクしていた。
 いつもの元気の良い挨拶ができない。
 以前会ったこともあるし、宴席で声をかけられたこともある。
 しかし、目の前にいる大妖がまとう空気は圧倒的だった。
 妖怪の頂点たる【鬼】そしてその中で最強の力の持ち主、星熊勇儀に肝を抜かれてしまっている。
 
「山彦のお嬢ちゃん、久しぶりだね。
 取り次いでくれるかな?」
 
 鬼の大将が少し屈んで顔を近づける。
 当の鬼は至って友好的なつもりなのだが、響子は『ヒッ!』と固まってしまった。

「勇儀、怯えさせてどうするのよ」

 パルスィが鬼の腕を引っ張って下がらせる。

「怖がらせてゴメンね、ナズーリンさんに取り次いでもらえるかしら?」

 元々の美貌に最近では穏やかさと艶っぽさが加わり、美人揃いの幻想郷においても一軍レギュラーの座を獲得した妖美姫が優しく笑んだ。

「ふえ……あ……はい!
 おまちくださーーい!」

 橋姫の微笑みにちょっとボーッとなった響子だが、気持ちを改め、パタパタと駆けだした。

「ナズーリーン!
 おーーい! ナズゥーリィーーン!!」



「勇儀どの久しぶりだね。
 して、本日の用向きは?」

「なんだい、カタいなぁ。
 遊びに来たんだよ」

 ナズーリンは旧地獄の顔役に怯むこともなくたずねる。
 パルスィは寅丸星とハイタッチをしたあと、楽しそうにチャット(おしゃべり)を始めている。
 この二人、とても仲が良い。
 お互いの恋愛事情を理解し、応援しあう【盟友】だから。

「なあ、ナズーリン、例の上白沢慧音先生を紹介して欲しいんだよ」

「慧音どの? ああ、先日の件か」

 以前、勇儀がパルスィを伴って命蓮寺を訪ねた際、変態エロネズミから『ただのスケベではない』と高評価を受けている上白沢慧音が気になり、紹介してもらう約束を取り付けていた。

「それは良いけど、パルスィどのは、その目的を知っているのかい?」

「パルスィには学校の先生に会って、役に立つ話を聞くと言ってある。
 鬼は嘘を言わないからね」

 確かに嘘は言っていない。
 真実を全部言っていないだけだ。

「微妙にズルいな……まぁ、いいか、私も聞きたいしね」

【役に立つ話】つまり、性技の話だ。
 自他ともに認めるドスケベの鬼&ネズミだが、スケベとして更なる高みに達したいという思いは共通している。
 しかし、相手のスケベ事情に得心がいっているわけではない。
 ナズーリンは、鬼のスケベは品が無いと断じているし、勇儀はネズミのスケベは理屈っぽくて肝心の一歩が踏み出せないヘタレだと決めつけている。
 スケベ、スケベとしつこいが、ここで引っ張り出されたのが現在、スケベのゴールドメダリストと目される上白沢慧音先生だった。



「コソコソするのは性に合わないんだがな」

「お楽しみにたどり着くまでのちょっとした手間だと思いたまえよ」

 勇儀は大きな麦わら帽子が煩わしそうだ。
 だが、鬼の中の鬼、星熊勇儀が人里の往来に突然現れたら大騒ぎになってしまうだろう。
 見間違えようのない一本角は隠すべきだ。

 寺子屋に上白沢慧音を訪ねる。
 今日は半ドンのはずだ。
 人里に用事のあったムラサに先触れを頼んでおいたので、空振りにはならないだろう。
 
『パルスィさんに慧音さんを紹介したいです』
 
 もっともな理由で寅丸星とパルスィもついてきている。

(おい、この二人はどうするんだよ!)

 勇儀が小声でナズーリンに問う。
 慧音と話そうとしている内容が内容だけに相方に聞かせる訳にはいかない。

(心配無用だ、任せておいて)

 一方のネズミのエロ将は余裕綽々。

 寺子屋では上白沢慧音と藤原妹紅が待っていた。
 妹紅と慧音は半同棲状態なので意外でも何でもないが。

 ナズーリンと寅丸星がそれぞれを紹介する。
 そして、それぞれが互いに挨拶。
 ナズーリンが、けね×もこに旧地獄の来歴や二人との経緯を説明し始めた。

 その時、もんぺ娘を見つめていたパルスィが呟いたのが冒頭のコンテンツだった。

『勇儀、あの妹紅って娘、危ない……とっても危ない』



 ナズーリンが本日の訪問目的を語り始める。

「勇儀どのは、今の人間が【地獄】をどのように認識しているか、そしてその認識の変遷について慧音どのの説を聞きたいのだそうだ」

 鬼とは違い、こちらはごく自然に嘘をつく。

「ご主人様、この話は時間がかかると思う。
 その間、パルスィどのと妹紅どのと一緒に、スゥイーツなど楽しんできてはいかがかな?」

 名案でしょうと、小首をかしげて見せるネズミの従者。

「ソレは楽しそうですね。
 ねえ、お二人とも、甘味処へいきませんか?
 オススメのお店があるんですよ」

 寅丸星の提案に妹紅とパルスィは相方に目で問いかける。

『行ってもいい?』×2

 慧音も勇儀もゆっくりと頷いた。

 ほぼ初対面の不死人と橋姫。
 得体の知れない相手に、正直不安はある。
 だが、共通の知人である寅丸星は信頼している。
 この穏やかな武神代理は居るだけで場を和ませる。

「さあ、さあ、参りましょう」

 白髪と金髪のマーベラスガールズの手を取り、楽しそうに歩き始めた寅丸星。

「では、いってきますね」

「いってらっしゃーい」



「これはまたあっさりと片が付いたな。
 ナズーリンよ、オマエ、やるもんだな」

「ふふ、【任せて安心ナズーリン】なのさ。
 このくらい造作もないね」

 三人の美姫を見送ったあと、鬼のつぶやきにネズミが胸を張って答えた。



「学ぼうとするモノには常に扉を開いているつもりです。
 星熊勇儀さん、地獄の話でしたね。
 少し長くなりますけど、よろしいですか?」

 こぢんまりとした和室に通された勇儀とナズーリンに根っからの教師、慧音は嬉しそうに語りかけた。
 対外的には丁寧な対応をする上白沢慧音。
 胸襟を開ける相手になら本来の男っぽい口調が出るのだが。

「慧音どの、すまない、ちょっと嘘をついた」

「うん? どういうこと?」

「実は……」

 ナズーリンから本当の訪問理由を聞いて眉をひそめる人里の守護者。

「なんだ、地獄の鬼が人間に関心を持ってくれたのかと思ったのに」

「まぁ、その話はまたいずれ。
 今日のところは慧音どのの先進的かつ画期的な技巧について解説をしていただきたいのだ」

「そうそう、頼むよ慧音先生」
 
 旧地獄の顔役がニカッと笑う。

「あなた方は、まったく……
 私のその方面は完全な独学ですよ?
 参考になるとは思えないのですが」

「堅苦しいなあ、先生、もっとざっくばらんにいこうや」

「そう言われましても」

「アンタはこの私をまったく恐れていない。
 覚悟ができているんだろ? 全てにおいての覚悟が。
 肝の据わり方がハンパじゃないってことはその目を見りゃ分かるさ。
 うん、気に入った、遠慮は無用としてくれよ」

 鬼の四天王の一角は、人里に隠れていた女傑を大いに認めたようだ。

「まー、私も性技には自信があるがね。
 星熊セイギと名乗っても良いくらいだな」

「なるほど、確かにパルスィさんを見ればその言は間違いないと分かります。
 勇儀さんに夢中でとても満たされ、輝いていますね。
 あれほど艶やかな女性は滅多にいません」

「そ、そうなのかい?」

「女性としての理想の姿の一つでしょう。
 恐れ入っています」

「そうか……なんだか照れるなぁ」

 冗談混じりに言ったつもりなのに、パルスィを引き合いに出され、縮こまってしまった鬼の御大将。

「前に私も言っただろ?
 パルスィどのは、どんな世界にいても最上級と言われるんだよ」

「オマエの言うことはどうにもな……
 だが、慧音先生のお墨付きをもらったのなら話は別だ」

「おい、随分と失礼じゃないか?」

 ネズミ妖怪が鬼の大将に突っかかる。

「ところで、貴方のその長く鋭い爪が気になりますね」

 慧音が勇儀の手先を指さす。

「これか? 鬼の爪だからな、すぐ伸びてしまうんだよ。
 大事な時にはそれなりに気を使っているがね」

「だが、それでは先には進めないでしょう。
 ……面倒でも毎日手入れすべきだ。
 愛するものを傷つけたくはないだろう?」

 調子が出てきた慧音は本来の口調になってきた。

「ん、まあ、そうだが」

「勇儀さんは、指をしゃぶらせないのか?」

 慧音が勇儀を見据えた。

「指を? どういうことだ?」

「指には神経が集まっているからとても敏感だ。
 そして指先で口腔内を蹂躙するのは、支配感の極点の一つだ」

「パルスィの口に指を突っ込み、舌を、歯を、いじり回すのか……
 たしかに指先が気持ちよさそうだ」

「そしてこの行為は攻守の逆転が容易だ」

「なるほど! パルスィの細くしなやかな指が私の口の中で怪しく蠢くのか……
 う、うわっ! ……ぞくっとしたぁ」

「つまり鋭い爪は邪魔なのだ、分かるね?」

「了解だ! 理解した!」

 やがて興が乗ってきたのか身振り手振りが激しくなる慧音。
 はじめのうちは『ほうほう、なるほど』と聞いていた鬼とネズミの二人だが、徐々に顔が赤らんでいく。
 この絶倫教師、色々とレベルが高い。

 慧音の指が軟体動物の触手のように妖しく動く。

「このくらいは動かせるだろう?」

「え!? アンタ、関節あるのか? 
 なんだ、その動きは?」

「こんなもの訓練次第だよ。
 例題を参照してもらうのが早いかな、ナズーリンさん、ちょっとこっちへ来て」

 請われるままに慧音の脇に移動したナズーリン。
 少しだけ緊張している。

「慧音どの、お、お手柔らかに頼むね」

「アナタにこんなことをするのは初めてだよね?
 もちろん、加減はするから大丈夫」

 そう言ってナズーリンを抱き寄せる慧音先生。
 ネズミ妖の耳元に熱い息を吹きかけ、何やら囁きながら顔や首筋を撫で回す。
 そしてその手は服の中に潜り込んでいった。

「あ、あふ、け、慧音どの、そ、そこは……」

 もぞりもぞり、と怪しげな手の動き。

「大丈夫、大事なところには決して触らないからね……
 この可愛い体に秘められ、隠された本当の宝物……
 私にだけ見せておくれ…… なぁ、いいだろう?……」

 口づけするほどに顔を近づけ、ねっっとり、と話す。
 そしてその手指はリズミカルに小さな体を弄りまくっていた。

「あ、あん、ふぐっ、はあん……そこ違うの……
 け、けーね、どの、そのさき、もっとぉ」

 目を潤ませたナズーリンが切なそうな喘ぎ声で続きをせがむ。

「それはダメだね、寅丸さんの信頼を裏切るわけにはいかない」

「そんなぁ……どうして……」

 ナズーリンは今にも泣きそう。

「う、上には上がいるのか……
 スゴい! 格が違う!」

 変態ネズミをいとも容易く陥落させた性豪の技に勇儀が驚嘆する。

 その後も上白沢慧音の特別講義は続いた。



『そんなほじくり方、やりすぎだ!』
『そこまでしたらいくらなんでも気が狂う!』
『自分から言うまで【おあずけ】なんて耐えられない!』
『妹紅という娘、あんなかわいい顔して、そんなことやこんなことを施されているのか!』
『うううーー! 私は未熟だー!』

 星熊勇儀の精神は倒壊点に近づきつつあった。



「次は旬の果物の一番美味しい食べ方についてだけど。
 ……聞きたい?」

 慧音先生がスケベ生徒二人に悪戯っぽく聞いた。

「あん? 果物? いきなりなんだ?」

「あっ、そう言うことか、ぜひ聞きたい!」

 突然食べ物の話題になって理解できない勇儀、一方、すぐに意図を汲んだナズーリン。

「では二人に問う、果物の味とは?」

「んー、甘くてちょっと酸っぱくて、たまに苦くて渋いかな」

「複雑で奥深い甘味だね」

「その通り、それは女性の【味】そのものだ」

「ほうほう、なるほどもっともだ」

「さて、ここに大粒の苺が十個あったとする。
 そして全裸の相方がいる。
 諸君はこの苺をどのように食すべきかな?」

『ごくりっ』×2

 教師から生徒へ出題。
 苦心して回答する変態生徒二人。

※注※ サイトの規約上、詳細は記述できません。
    申し訳ございませんが、妄想力で補ってください。

「ふむ、勇儀さんは65点。
 ナズーリンどのは80点だな。
 私ならこうする、まずは自分で苺を含み、軽く咀嚼したあと……」

※注※ サイトの規約上(以下略)

「うええええーー!!」

「恐れ入ったー!」

「二人とも、単なる技巧に走って悦にいってるようでは高みには行けない。
 どうすれば相手が喜ぶのか、心地よいのか。
 想像力を働かせるのだ。
 相手の幸せこそが己が幸せ。
 諸君の相手はそうするだけの価値のある存在だろう?」

 コクコクと素直に頷く勇&ナズ。

「うむ、そうだね。
 だが、大切にするとはいっても、甘やかして言いなりになれば良いと言う訳ではない。
 相手をもっと高い次元の幸せに導いてやるために、そしてなにより自分が一緒に幸せになるための道を全力で探す努力を怠ってはならない。
 我々の想い人、生涯を賭けると決めた想い人は、共に高め合える無二のパートナーなのだ!
 そうではないか? 諸君!!」

 拳を振り上げて訴える熱血教師に二人の生徒は、ちぎれるほど激しく頷く。

「ふむ、では、諸君に大事なことをもう一つ伝えよう」

 厳しい顔つきの慧音先生。

『ゴクリッ』×2

 まさか、いよいよ真髄が語られるのか。

「食べ物で遊ぶとバチが当たるからね?」

「……なんじゃそりゃー!」×2





 一方、寅丸星、水橋パルスィ、藤原妹紅、恋する三人娘の行進。
 甘味処に向かう三人を誰もが振り返る。
 妍(けん)を競う娘たちが【恋して幸せ乙女の無敵モード】を発動させているので、追加のボーナス点がバンバカ入ってくる。
 星を真ん中に、右にパルスィ、左に妹紅、誰もこの進軍を止められない。
 
 暖簾をくぐった三人に引き寄せられた里の娘たちが甘味処に詰めかける。

『あの三人、もっと見ていたい!』



 寅丸の対面に妹紅とパルスィが並んで座る。
 二人を気遣い、話題を均等に振ろうとする毘沙門天の代理。

「妹紅さんは餡蜜ですか? 美味しいですよねー。
 パルスィさんは何にします? あ、ゆっくり選んでくださいね。
 うーん、私はどれにしようかしら、迷っちゃいますねー。
 どれも美味しそう……
 そうだ、みんな違うモノを頼んで、ちょっとずつ味見をしませんか?
 いかがですか?」

 寅丸の提案に二人はチラチラと相手の様子を伺っている、そして。

「私は構わないわ、んー、ところてんにしようかな?」

「甘い黒蜜もいいですし、酸っぱいのも美味しいですよね、両方いっちゃいましょうか?」

 パルスィの応えを寅丸がフォローする。

「そうね、ところてんも食べてみたいね」

「それでは私は抹茶パフェにします。
 すいませーん! 注文お願いしまーす」

 妹紅の同意も確認し、女給を呼ぶ。



「その……パル、スィさん、は普段どんなことをしてるの?」

「えと、地獄の竪穴の監視かな、今はそんなにキチンとやっていないんだけど」

 地上と地下の行き来がかなり緩くなっている最近ではフリーパス状態だったから。

 寅丸星の仲立ちで少しずつ打ち解けていくモコパル。

 翠玉(エメラルド)と言う綺麗な宝石を見たことがある。
 だが、この橋姫の緑眼はそれよりも美しい。
 ずっと見つめていたら虜にされてしまいそうだと妹紅は思った。
 内在する妖しく危険な力が伝わってくる。
 そして、なにやら同類の香りがする。
 擦れて傷つき焼け爛れた心を持っているはずだ。
 なのにその陰惨な部分をうまく制御している。
 とても気になる。
 もっと色々聞いてみたいが、この甘味処は人が多すぎる。
 だから、あと、ひとつだけ。

「今はどうなの?」

「幸せよ」

 何が、とも聞かずにパルスィは答えた。
 互いに気になっていることが一致しているので多くの言葉は必要ないのだろう。

「そうか、良かったね」

「妬んでいただけで自分からは何もしなかったし……
 運が良かっただけかも……」

「そうなんだ、私も拗ねていただけだった。
 運か……私もたまたまだったのかな」

 運と言う単語に引っ掛かりを感じた妹紅。
 もし運が無かったら自分はどうなっていたんだろう。
 もし慧音が自分を救ってくれなかったらどうなっていたんだろう。
 急激に体温が奪われるような恐怖を感じた。

「お二人とも、辛い思いをして来られたのですよね。
 でも、今は報われて良かったです」

 寅丸星が優しく告げたが、素直には受け入れられない妹紅。

「でも、辛い思いをしたまま報われずに死んでいくモノもいるよ」

 きっとそのほうが多いはずだ。
 その無念は何処へ行くのか。
 これまで、自分はどれだけの妖怪を屠っただろう。

「そうだよね」

 同意して目を伏せてしまうパルスィ。
 自分はどれほどの人間を手に掛けたろう、不条理に。



「そこから先は業(カルマ)のお話をすることになります」

 沈み込んでしまった二人に慈雨の声がおりてきた。

「実は私、こう見えましても仏徒でして、仏神の代理でもあるんですよ?
 ありがたい説法、いっちゃいましょうか?」

 先ほどの『ところてん、両方いっちゃいましょうか?』と同じ口調。
 あまりの軽い言い方に拍子抜けしてしまう業の深い二人。

 その時ちょうど注文したスイーツが運ばれてきた。

「どんなに悩んでも過去には戻れません。
 これからでございますよ、お二人とも。
 おいしそー! さあ、さあ、いただきましょう!」

「でも……」

「今日はその業にご自分で気づかれたいうことで大収穫でございます。
 答えをお求めになる気持ちは分かりますが、慌ててはいけません。
 ゆっくり確実に歩いてまいりましょう、私もご一緒しますから……ね?」

 そう言って柔らかく笑った。

「……星さん、貴方、神様みたい」

「うん、後光が見えてきた」

「え? そ、そうですか? あははははは」

 ここは威厳を持って、すかさず仏の道を説く流れのはずなのに、この少し抜けた感じ。
 神の代理人として良いか悪いかと問われれば、悪いのだろう。
 だが、そんな駆け引きを笑い飛ばす陽光のような包容力。

 釣られて笑いだす妹紅とパルスィ。

 結局そのあとは他愛のない世間話に花が咲いた。





「いやー、恐れ入った! 慧音先生、是非、旧都へ来てくれ。
 相方の娘も一緒に歓迎するよ!
 ナズーリン、オマエも寅丸と来いよ!」

 慧音の講義を堪能した旧地獄の顔役が上機嫌で言った。

「んー、旧都か……
 いいね、久方ぶりの地下世界か。
 慧音どの、行こうよ」

 少しだけ考えていたナズーリンだが、乗り気になったようだ。
 歴史学者を誘う。

「旧地獄か、確かに興味はあるね。
 よし、これもご縁だ、伺うとしようか」

「そうか! これは楽しみだ!
 この星熊勇儀が負けを認めた性豪・上白沢慧音先生!
 旧都へご招待だあ!」

「ゆ、勇儀さん? 性豪って……」

「慧音先生! あなたに【絶倫昇天大王】の称号を送らせていただく!」

「ちょっ、ちょっと待って!
 そんな称号、お断りだ! やめてくれ!」

「何のお話ですか?」

 星・もこ・パルが帰ってきた。

「勇儀どのと慧音どのがすっかり意気投合してね。
 近いうちに地下に行こうと話がまとまったところなんだよ。
 ご主人様、私たちもお呼ばれされたから行こうじゃないか」

 自然に誤魔化すネズミ妖怪。
 嘘はまったく言わずにさらりと欺く。

「あら、いいですねー、お勤めの都合をつけなきゃ。
 それに地下にいくのでしたら、こいしさんのお姉さんにもご挨拶したいですね」

「寅丸、さとりに会うつもりなのか?」

 勇儀が眉をひそめた。

「はい、何か不都合がありますの?」

「んー、そうか、せいぜい気をつけるんだな」

 珍しく意味ありげな言い方。

「気遣いは無用だよ。
 覚り妖怪への対処方法は心得ているからね」

 ナズーリンが軽くいなした。

 その晩は恒例の鶏の水炊き(慧音特製)をつつきながら大いに盛り上がった六人だった。





 次の週末、ナズ星、ケネモコの四人は地下に続く竪穴を降りた。
 降りた先の大きな橋で水橋パルスィが待っていた。

「ようこそ旧都へ」

 スカートをちょっとつまみ、軽く膝を曲げてニッコリ。
 はわー、キレカワイイ……
 この案内嬢、レベル、メチャクチャたけえー。

 大通り、一軒の大きな酒場に案内された。

【熱烈歓迎 絶倫昇天大王 上白沢慧音 御一行様】

 豪華な横断幕がその店の屋根にかかっていた。

「ほう、さすがだな、慧音どのの勇名は地下にも轟いている」

「けいね、あれ、なんなの?」

 ニヤニヤしているナズーリンと訝しげな妹紅。
 キョトンとしている寅丸、そして頭を抱えている慧音。

 パルスィが店の中に入って少しすると案内役と思しき鬼が店頭に出てきた。

「いやいや、ようこそいらっしゃいました!
 貴方様が上白沢慧音先生ですね? 
 あの勇儀の姉御が完全に兜を脱いだ大性豪と聞いています!
 三国一イヤラシく、最もねちっこい、百戦錬磨のインモラルスケベだと」

「な、な、なんだ!? 違う! や、やめてくれーーー!」

 悲鳴のような叫び声。

「あ、寅丸さんですよね? ご無沙汰でございます」

 寅丸とナズーリンは以前、旧地獄の大宴会に命蓮寺代表で招かれていた。
 どこにいても目立つ武神の代理を覚えている鬼も多いのだろう。
 反対にナズーリンはそれなりの付き合いがなければ印象が薄い。
 今も完全にスルーされているが、そんなことを気にする密偵ネズミではない。

「するってぇと、こちらが【モコウ】さんですね?
 こりゃあ美しい! しかしこんな綺麗な顔して慧音先生と……ウッへへへ」

 地獄の鬼に上品さを求めるのは間違っているのだろうが、あまりにもナニだ。

「おう! 来たな! みんな早く上がっとくれ!」

 しびれを切らした星熊勇儀が迎えに現れた。
 勇儀に急かされ店に入る四人。
 だが、不死人は歴史喰いの半獣にジト目を向けている。

「けいね? 説明してくれるよね?」

「む、ああ、あとでね……」



 宴会が始まった。

 招待客である四人は勇儀を中心に座っているが、パルスィは給仕のように忙しく動き回っている。
 そのさまを見ていた慧音が勇儀に聞く。

「パルスィさんはどうして勇儀さんのそばにいないのか?」

 すると、勇儀はそれまでの陽気な大声を潜め、小声で不機嫌そうに言った。

「パルスィは私とのことを大っぴらにしたくないんだとさ。
 こういった席や往来ではなるべく私のそばにいないようにしているんだ」

「どうして? 恋人なのに」

 これは妹紅。 

「私のためなんだと。
 立場がどうのと言っているんだ、私は全然気にしないんだがな。
 だが、アイツ、これだけは譲らないんだよ」

 そう言って少し口を尖らせた。

 この旧地獄の顔役で実質的な総大将星熊勇儀が誰を連れ合いとするか。
 遊びのうちは良いのだろうが、勇儀が誰かに執着したとなれば、それは極論すれば政治的にも影響を及ぼすかもしれない。
 その辺りの諸々を考え、パルスィは一歩も二歩も引いているのだ。
 星熊勇儀、この豪放磊落で面倒見が良く、いつでも公平な指導者の弱点にならないように。

 以前はさんざん浮名を流した星熊勇儀だが、この数年【お持ち帰り】は皆無だった。
『私は見つけちまったのさ、本当に大事なものを』
 その相手が緑眼の橋姫であることは公然の秘密だった。
 顔役の【イロ】ならば好き放題もできるはずだが、パルスィは表には出ず、他人のことは決して評価せず、勇儀の心身だけを案じている。
 橋姫という魔物として陰口すら叩かないのは自己否定に近い行動だ。
 だが、そこそこ道理の分かる妖怪たちはこの献身に概ね好意的だった。



「バカ鬼にはもったいない才女だよ」

 ぼそっと言ったのはナズーリン。

「なんだとお?」

「お酒、足りてる?」

 タイミングよく割り込んできたのは噂のパルスィだった。
 妹紅の横で酒瓶を構えている。

「あ、ああ、いただこうかな」

 妹紅の杯に注ぎ終わり、去ろうとした腕を掴まれた。

「どうしたの? 妹紅さん」

 妹紅は、なぜ引き止めてしまったのか自分でも分からない。

「そのう……私の酒も飲んでよ」

 不思議そうにしつつも隣に座ったパルスィ。
 杯を一気に空けた妹紅がそれを渡し、酒を注ぐ。
 ちょびちょびと飲んでいる橋姫をじっと見ている。

「ふー、ごちそうさま」

 杯を下ろしたパルスィ。
 ルビーとエメラルドの瞳が数瞬だけお互いを縛り合った。

「ねえ、ホント、どうしたのよ?」

 先に目線を外したパルスィが恥ずかしそうにたずねた。

「い、いや、なんでもないよ」

 妹紅も少し顔を赤くして視線を逸らした。



 この実に微妙なやり取りを固唾を飲んで見守っていた四人。

「おい、パルスィ、オマエまさか……」

 勇儀が腰を浮かせた。
 地獄の豪鬼が、らしくなく狼狽えている。

 パチーン!
 隣にいたナズーリンが勇儀の尻を叩いた。

「しっかりしろ!」

「う? ああ……」

 ナズーリンが小声で叱る。

「妹紅どのはパルスィどのの心情を察して居ても立ってもいられなくなったんだ。
 あの娘たちの誠心を疑ってつまらん勘ぐりをするな! バカモノ!」

 珍しく真剣なネズミの賢将。

「そ、そうか、そうだよな。
 む……我ながら情けない」

「キミの立場を保つため【陰】に徹する覚悟をした献妻に、優しい妹紅どのは情を乗せてしまったんだよ」

 その意見に慧音が大きく頷いている。
 このやり取り、当のモコ&パルに聞こえているのかどうかは分からない。

「……立場か、そんなモノと言いたいところだが、今の私が背負っているモノはそこそこ重いんだ」

「ああ、そうだろう。
 だから、キミがそれを投げうってパルスィどのだけを求めたとしても彼女は喜ばないだろうね」

「そう思うか?」

「私も同感、パルスィさんはとても聡明だ。
 大勢に慕われ、皆のために力を尽くし、太陽のように輝く勇儀どのが大好きなのだと思う。
 だからこそ今の立場を受け入れているのだろう」

 慧音が低い声でゆっくり、丁寧に言った。

「太陽って……なんだよ、私は地獄の鬼なんだぞ?」

 いくら酒に酔っても赤くならないその顔にほんのりと朱がさした。

 小さな声でポソポソしゃべっていた三人。
 これまで黙って聞いていたもう一人がいきなり普段のトーンで話し始めた。

「そうですね、立場というものも大事ですからね」

 寅丸星、地声が大きいし、ひそひそ話ができる性質でもない。
 妹紅とパルスィも『何事か』と顔を向けた。

「私もナズーリンとは表向き主従関係ですから外ではあまり恋人らしいことはできません。
 その辛さは、よーく分かります、はい」

「いやいやいやいやいやいやいや」×4

 四人が揃って手を振る。
 勇儀と慧音にモコ&パルが加わって。

「へ? なんですか皆さん? どういうことです?」

「あのだねー、貴方たちほど分かりやすく、ベッタベタでドロ甘なカップルは幻想郷にいないからね?」

 慧音が代表して感想を述べた。

「そ、そうなんですか?」

 寅丸は素で驚いている。
 四人が揃ってガシガシと頷く。

「はああーーーー」

 盛大なため息はナズーリン。

「傍からはそう見られているのに実態は【無限寸止め地獄】。
 私の下半身を駆けめぐる波動エネルギーは行き場を無くして暴発してしまうよ、まったく……」

「な、ナズ! なんてこと言うんですか!」



「おーーー! やってるねー!」

 新たな参客に会場がどよめいた。
 少女の風体だが、両側頭部から大きな角が生えている。
 伊吹萃香、唯一地上を拠点とする鬼。
 地下世界を捨てたと思われているのでこの場に現れたこと自体が珍しいのだ。

「萃香! 久しぶりだな! どういう風の吹き回しだ?」

「おー勇儀、たまにはこっちにも顔を出さないとオマエたちに忘れられちゃうと思ってねー。
 みんな、元気そうでなによりだ」

 勇儀に挨拶した後、宴会場をぐるりと見回す。
 パルスィのところで萃香の視線が止まった。

「おや? 橋姫、オマエ、まだ勇儀にちょっかいかけてるのか?
 身の程知らずがいい気になるんじゃないよ」

 冗談か本気か、勇儀の近くにいたパルスィを軽く脅した。
 萃香は勇儀がパルスィを娶ったことを知らない。
 パルスィはその場で正座し、両手を前につく。
 ほぼ土下座の姿勢でゆっくり、はっきりとしゃべり始めた。

「妾(わたし)は鬼の御大将、星熊勇儀様のお情けに縋って生き長らえている【下賤な妖怪】でございます。
 伊吹様、この身はすぐに消えます故、お目汚しの段、なにとぞご容赦をくだいませ」

 そう言って立ち上がり、勇儀たちに礼をした後、静まり返った宴席を辞してしまった。

 勇儀は俯いたまま黙っている。
 それはパルスィとの約束だから。
 二人の仲を認めさせたい一本気な勇儀をパルスィはじっくりと説得した。

『旧都の顔役であるアナタが、忌み嫌われている橋姫と戯れていたら、それだけで不愉快に思うモノは多いはずよ。
 もし、公の席でそのことを指摘されたら決して私を庇わないで。
 捨て置いてね? 知らんぷりしてね?
 私は大丈夫、うまくやり過ごして見せるから。
 約束して、つまらない意地でアナタの看板に傷をつけないで』

(……パルスィ、鬼の約定だから我慢する。
 でも、オマエにこんなことをさせてまで守る立場ってなんなんだ!
 オマエへの意地って、つまらないモノなのかよお!)

 びきゃ!

 強く、強く握った拳の中で鬼の爪が割れた。



 妹紅が慧音に何か囁き、立ち上がった。   
 慧音は『任せる』と一言だけ。
 パルスィの後を追うように退席した不死鳥の化身。



 伊吹萃香は戸惑っていた。
 橋姫をちょっとからかって文句の一つも言えば気が済むところだったのに、宴席を白けさせてしまった。
 面白くなさそうに呟く。

「なんだよう、これじゃワタシ、悪者みたいじゃんか」

「みたいじゃなくて、まんま悪者だろうが」

 鬼の四天王に喧嘩を売ったのは小さなネズミだった。
 このネズミの賢将、普段は相手の力量を見極めたうえで冷静に喧嘩を売るのだが【身内】が絡むと途端にお構い無しになる。
 もちろん水橋パルスィはすでにナズーリンの【身内】だ。

「あれえ? オマエたちは確か……」

 萃香がナズーリンと寅丸を交互に見る。

「そっかー、あの寺にいたヤツだな?」

「そうだ、私は命蓮寺の小間使い、ナズーリンだ。
 こちらは私のご主人様で毘沙門天の代理、寅丸星様にあらせられる」

 少し前のこと、萃香は『挨拶も無しに寺を建てた』と言って正体を隠して命蓮寺の面々をドツキまわした。
 しかし、さすがに聖白蓮、寅丸星には隙が無かったし、桁外れの妖力を持つ居候のキメラとタヌキもドツキ損なった。
 そしてこの生意気なネズミ妖怪も不思議に隙が無かった。

「オマエらには挨拶し損なったね」

 萃香はカラカラと笑ったが、ナズーリンは自由奔放な鬼を半眼で見つめたままだった。
 少しの間の後、隣にいた寅丸星が立ち上がろうとする気配。
 普段はポワポワしているが、その正体は高次の武芸を極めた超特級の戦闘妖獣。
 この獣はあの理不尽な振る舞いに対し、純粋に【怒って】いた。
 本当の敵と認識すれば、天上界が認めた豪武の力を解放するかも知れない。 

 ナズーリンは『待て』とばかりに寅丸の肩をつかんだ。
 こんなところで大事な主人に恥をかかせるわけには行かない。

(星、ここは私に任せて)

 ナズーリンの囁きに、浮かしていた腰をぺたんと下ろした武神の代理。

(……はい、お願いします)

 寅丸星は、己自身より信頼している最愛の半身が本気で告げる言葉を疑わない。



「キミが面白半分で寺の連中にちょっかいを出していたあの時、ウチの入道使いは打ち所が悪くて半日意識が戻らなかった。
 小妖を庇おうとして無理な体勢で倒れたんだ。
 生真面目で口うるさいが、仲間思いの優しい娘だ。
 聖白蓮の元、皆、仏弟子ゆえ、キミなんぞに仕返しなどとは考えていないが面白かろうはずも無い。
 ……だから今後は命蓮寺には近づくなよ」

「はあ? 何を言ってるんだ? ネズミのくせに生意気だな」

「ウチの住職は怒っているんだよ(ご本尊の代理もね)」

「だからなんだよ、鬼相手に喧嘩を売りたいのか?」

「聖白蓮は【鬼退治】の秘術を知っているよ」

「うそつけ」

「鬼を完全に滅することはできない。
 だが、ほぼ永遠に封印する方法はある。
 あの住職はいくつもの魔道に手を染めた破戒僧だからね。
 陰陽道にも明るいんだよ。
 キミ、大魔法使い・聖白蓮をなめすぎだ」

「ふん」

「命を張って自分に尽くしてくれるモノが無意味に傷つけられたのだ。
 笑って許すと思うか?
 あの尼僧は信念に沿うことなら残酷なこともするよ。
 知らなかったのか? 魔界、法界で多くの鬼を叩きのめしてきたんだ。
 鬼退治はお手の物だよ」

「大層な事を言ってくれるねー」

「まだ分からんのか、では、分かるように言ってやろう。
 聖白蓮はツボを持っている【ワキミの壺】をね」

「……うそだ……あれはもう無くなったはず……」

 今日、初めて驚愕の表情をする伊吹萃香。

「試してみるかい?
 聖白蓮にルール無用のデスマッチを申し込んでみなよ」

「ナズーリン! その辺で勘弁してやってくれ」

 勇儀が間に入った。
 ナズーリンは気心が知れた方の鬼の顔をちらっと見る。
 そしてフッと笑った。
『オーケー、ここはキミの顔を立てよう』のサイン。

「萃香どの、それほど強いんだから勝手気ままにやるのは、まぁ分かるけどね。
 だが、何でも思い通りになる訳ではないよ」

「うーー、オマエ、自分は大したことないくせに……
【虎の威をかる狐】だな!」

「いや、私はただの【鼠】だよ」

 この二人の遺恨は今後、長引きそうな気配があった。



 パルスィに追いついた妹紅だが声をかけるでもなく、少し後ろを黙って歩いている。
 やがて二人は人気のない岩場に腰掛けた。
 結構な時間を経てからパルスィがしゃべり始めた。

「まだ我慢できるよ、自分で決めたことだから。
 これまで当てもなく待っていた時間に比べたらなんてことないもの」

 立派な台詞だが、泣きそうな表情なので極めて不自然だった。

 妹紅はパルスィの肩をそっと抱いた。

「ねえ、パルスィ、本当に困ったことになったら、この【符】を地上に向けて放って。
 私を呼んで。
 必ず、絶対に駆けつけるから」

「……ふふ、ありがと。
 でも、それはお互いってことにしようよ。
 私だってそんなに弱くはないのよ?」

「私のことを忘れてはイヤですよ」

 いつの間にか寅丸が立っていた。

「寅丸さん? どうやってここへ?」

 妹紅は自分たちを尾行しているモノはいないと確信していたので少し驚いた。

「ナズーリンの子ネズミさんに教えてもらいました」

 抜け目のない賢将の配慮だった。
 妹紅と反対側、献妻を両側から守るように座った。

「妹紅さん、星さん、ありがとう。
 やっぱり私、今は幸せなんだ。
 だって、だって、その、と、ともだち……」

 あとは嗚咽に変わった。



 パルスィが落ち着いた頃、大きな力の気配が近づいてきた。

「皆で温泉に行こうじゃないか」

 星熊勇儀の提案はいつも唐突だ。
 上白沢慧音とナズーリンもいる。

「勇儀、宴会はどうしたの?」

「いつものように朝まで宴会では代わり映えがしない。
 せっかく客人が来ているからね、新名所に案内することにしたんだ。
 さあ、行こう!」

 パルスィの手を握って立ち上がらせた。

「うあ……ねえ勇儀、手、爪が割れているよ?」

「私は鬼だぞ? こんなもの直ぐに治るさ」



 人通りの多い往来に出ても手を離さない相方にパルスィは慌てた。

「ゆ、勇儀!?」

「いいんだ」

「でも、皆に見られるよ」

「もう、いいんだ。
 オマエとの約定は破らせてもらうよ。
 この星熊勇儀、最初で最後の約定破りだ。
【水橋パルスィ】は誰にも渡さない。
 そして、もう誰にも文句を言わせない」

 力強い言葉にただ頷くだけのパルスィ。



 いくつかある地下温泉の中でも最上級の湯屋。
 本日はたまたま他に客はなく、貸切状態だそうな。

※注※ 泥酔状態での入浴は大変に危険です。
    良い子の皆は絶対に真似をしないでください!

「どうして一緒に入っちゃいけないのさ」

 ナズーリンが主人に食ってかかっている。

「なんとなくです」

「慧音どのはなんで良いの!?
 私よりはるかにすけべいなんだよ!? 絶倫昇天大王だぞ!?」

「慧音さんは清く正しいですから」

「すけべいに清いも正しいも無いだろう!
 納得のいく説明を求める!」

「だからなんとなくです」

「そーーんな理由で承服できるモノかーー!」

「おだまりなさい」

「わはははは、オマエ、信用無いんだなー、わっははは」

 エロネズミの虚しい奮闘を笑っているエロ鬼。

「勇儀もダメよ」

「ははは……はん? パルスィ? ……なんで?」

「なんとなく」

「おいおい、私はコイツと同じ扱いなのか?
 さっき、私の覚悟を認めてくれたんじゃないの?」

「それとこれとは別なの、ダメったらダメよ」

「むう、それじゃ、私はナズーリンと入ることになるがいいのかい?」

 寅丸とパルスィが顔を見合わせる。

「なあ、パルスィ、私の貞操がどうなってもいいのか?
 このエロネズミに好き放題犯されてしまうんだぞ?」

「待ちたまえ、そのセリフはどう考えても私のモノだろう?
 ねえ、ご主人様、きっとこの変態鬼にスゴいことされてしまうよ。
 容赦なく拡げられて、元に戻らなくなったらどうするの?」

 寅丸とパルスィが再び顔を見合わせる。
 そして同時に頷いた。

「お好きなように」×2

「はああーー!?」×2

 互いの相方を信じているからこそか。



---湯殿にて---

 ああだったらいいだろうなと憧れる想像上のハイパーボディがそこにあった。
 全裸の寅丸星。
 予想はしていたが、現物は想像の二段階ほど上にあった。

 いくら親しい仲でも凝視するのは失礼だからと、それでも慧音と妹紅は何度もチラ見する。
 この姿まま朝日に向かって大きく伸びをしても様になりそうな爽やかで健やかな美身。

 慧音も妹紅も十二分にグッダーなスタイルだが、この相手はパーツごとにあれこれ言うのが虚しくなるほど総合力が飛び抜けている。
 強いて難を言えば乳が立派すぎる、いや、これって難でも何でもないか。

 最後に入ってきたのは四人の中ではもっとも小柄なパルスィだった。
 彼女は自分達とさほど変わらないように見えるのに、全体のバランスが絶妙で【完全体】と呼べるほど整っていた。
 特に肌理の細かさ、美しさが圧巻だった。
 光沢があるのに瑞々しい、一体、どんな触り心地なのだろうと、思わず手を伸ばし確かめてみたくなる。

 そして現在絶好調の橋姫の魅力は外観だけではない。
 服を脱ぐ所作も慎ましやかで品があり、湯殿での仕草にも何とも言えない艶がある。
 今は、立て膝で少し首を傾げ、肩口から桶の湯を掛け流していた。

 三人の視線に気づいたパルスィが不思議そうに聞く。

「何を見てるの?」

「いや、その」

「べ、別に」

 逆に恥ずかしいけねもこ。

「パルスィさん、とっても綺麗です!」

 ハッキリと口にするのは寅丸。

「よ、よしてよ、 女同士なのにぃ……」

 身を縮こませ、恥ずかしそうに流し目をくれた。

 ゾクッ ゾクゾクッ!
 体の芯が揺さぶられる。
 その仕草、表情、なんともそそられる。

(こ、これは【女子力】とか言う表面的なものではない。
 この妖美はもっと根源的な【雌】の力であり、陰に潜むことにより研ぎ澄まされ……)

(うひゃあ……これじゃ地獄の鬼もイチコロだぁ。
 やっぱり危険なほど魅力的、でも、でも、いつか私も……)

(パルスィさん、素敵、かーわいーですねー)

 受け取り方は三者三様だが、仮に点数をつけるのなら揃って百点を入れることは間違いない。



 一方、鬼とネズミは隣の岩風呂。

 隣からキャッキャとはしゃぐ声が漏れ聞こえる。
 
「あっちは楽しそうだなー」

「あー そだねー」

 こちらはまったく盛り上がっていない。

「ふいーー、まあ、たまには静かなのもいいか」

 勇儀は湯船の縁に両腕を広げ、幻想郷【乳八仙】の双丘を惜しげもなく晒している。
 ナズーリンの見立てでは、寅丸星よりAC(アーマークラス)が2Pほど高いダイナマイトボディだ。
 逞しく、引き締まっていながら女性としての柔らかいラインを維持している。

(これは素晴らしい……だが、今は気乗りがしないなぁ)

 大好物の豊満ボディを目の当たりにしているのに心が躍らないエロ将。

 湯に浸かっているので顔の高さはほぼ同じ。
 普段ではあまり見られない角度なので、ナズーリンは改めて至近で勇儀の顔を眺めた。
 手拭いで長い金髪をくるみ、うなじを見せているのが新鮮だ。

「髪は包むんだね」

「湯が汚れるからな」

「へえ、そんなことを気にするんだ」

「当たり前だろ、私をなんだと思ってるんだ?]

 なににつけ大雑把だと思っていた鬼の意外な一面に少し感心したナズーリン。

 いつもは大きな赤い角に目が行ってしまうが、今はじっくりと顔を見る。
 切れ長の目、すっきりとした鼻梁、そして形の良い唇は紅をさしていないのに妖しいほど赤かった。
 普通に美人だ、元い、かなり美人だ。
 力自慢の鬼、もっとゴツい顔だったはずだと思い込んでいた。
 よくよく見れば『ごめんなさいでした』と言うほどの美人だった。

「なんだ? 私の顔に何かくっついているのか?」

「いや、その、その髪、洗ってやろうか?」

「んー、遠慮する、自分でやるよ。
 パルスィは私の髪を気に入っているんでね。
 他人に触れられたくはない、かな?」

「ふん、好きにするといいさ」

 動揺を気取られないようになんとか誤魔化す。

「オマエ、よく見ると傷だらけだな。
 それも変わった傷が多いな」

 勇儀が別の話題を振ってきた。

「仕事柄、切った張ったの荒事とは違う傷のつき方だからね」

 長年の探索行で受けてしまった傷。
 火傷痕、擦過傷、穿孔痕、ほとんど目立たなくなってはいるが消えてはくれない。
 でも、寅丸星はこの傷さえも愛おしんでくれる。
 だからナズーリンは、まったく気にしていない。

「私とはくぐってきた修羅場の種類が違うんだろうな。
 だが、傷の数と状態を見れば分かる、オマエが歴戦の猛者である証だ。
 やっぱり大したもんだ。
 ……これでもオマエのこと、少しは認めているんだからな」

 口の悪い鬼の大将から予期せぬ賞賛。
 ナズーリンはびっくりした。

「あ、ああ、そりゃどうも」

「しっかし、オマエは育っていないなー。
 そんなんじゃ、食指がまったく動かんぞ」

「な!? ほ、放っておいてくれよ!」

 さんざん持ち上げられてから落っことされた。



「話は変わるけど、明日、地霊殿に行きたいんだが、渡りをお願いできないかな」

「やっぱりさとりのところに行くのか?」

「先日も気になったんだが、その口ぶりだと乗り気ではなさそうだね。
 なぜだい?」

「アイツ等のことはそっとしておいてやってくれないか」

「その『アイツ等』とは妹のこいしも含むってことだね?」

「そう言うことだ」

「なおさら気になるな。
 古明地こいしは命蓮寺の信徒なんだ。
 こいしを見れば、その姉の器量にも興味が湧くだろ?」

「オマエ、少しは真面目に話しなよ。
 古明地さとりに会うってことがどう言うことか分かっているのか?」

 幻想郷各地に潜入調査を敢行しているナズーリンだが、地霊殿は手つかずだった。
 湧き出る怨霊を抑え込むために建造された地霊殿。
 その主は怨霊をはじめ誰もが恐れ怯む覚り妖怪。

「覚り妖怪は確かに厄介な相手だが、対処方法がないわけではない。
 思考を読む妖怪、魔物、術者は結構いるからね。
 対処方法は大きく分けて二つある。
 一つは表層意識にノイズを混ぜる方法、もう一つは意識を沈み込ませて表層をブランクにする方法だ」

「んーー、なんだか分かんないよ」

 勇儀が困り顔で、くいっと小首をかしげた。
 あれれ? とても可愛いじゃないか。

「まぁ、そうだろうね。
 いいよ、気にしないでくれ」

 最近頻繁に命蓮寺を訪れる古明地こいし。
 彼女はたびたび姉のさとりの話をする。
 
『クチナシの花が咲いていたの、お姉ちゃんの好きな花なんだ』
『これ、おいしい……お姉ちゃんはタコ焼き食べたことあるのかな?』
『あの図書館、本好きのお姉ちゃんを連れて行ってあげたいな』

 姉を慕っているのは間違いないだろう。
 それでいて今の微妙に距離を感じさせる状況はなにゆえか。
 お節介シンドロームが治らないナズーリンはムズムズしていた。

「勇儀どのは、古明地さとりとは親しいのかい?」

「親しいというほどではないが、交流が無い訳じゃない。
 立場ってこともあるしね」

 そう言って少し顔をしかめる。
 
 上下関係とか、管理・支配などが大嫌いな勇儀にとって【立場】という言い方にはかなり抵抗があるらしい。
 だが、旧都の顔役である勇儀は怨霊や動物妖怪がらみでトラブルが起きたときに地霊殿と確認を行う【立場】だ。

「つまり、交流があるんだね?
 ぶっちゃけ、キミの印象はどうなの?」

 ナズーリンの問いに勇儀の目線はしばらく左に向けられていたが、軽いため息のあと、右に移ったまま考え込んでいる。
 これは最初さとりのことを記憶から引っ張り出し、次に伝える言葉を慎重に選んでいることの表れだ。
 単純で隠し事のできない鬼の心理はその所作からも分かりやすい。
 この程度の読心術の基礎はナズーリンにとって、なんてことはない。
 だからこそ興味深い。
 この豪放な鬼の大将が、伝える言葉を選んでいる。
 その相手のことが気になる。

「偉そうで、いけ好かないヤツだと思っていたさ。
 でも、伝え聞いた話では、んー、かなり辛い思いをしてきハズなんだよな」

 何についても一刀両断、スパッと言い切る地獄の豪鬼がハッキリしない。
 ネズミの賢将は思い切って聞いてみる。

「ねえ、キミ、もしかして古明地さとりと何かあったの?」

「え、う……」

 驚いたようにナズーリンを見た勇儀はそのままお尻をずらして湯船に沈み込んでいった。
 口の辺りまで沈み、ブクブク言っている。

「おい、なんだよ、聞こえないって」
 
 湯をかき分け、近くに寄るナズーリン。

「ぷく、ぶぶくぶくぶく……」

「こら、しっかりしろよ。
 でないと、その特大肉まんを揉み倒して、先端を泣くまで扱きあげるぞ」

 勇儀が湯面から顔を出す。

「面白いじゃないか……
 やって見ろよ、その代わりにオマエのちっちゃな前庭を形が変わるまで舐り倒すからな」

「ねえ、こんな話をしてる場合じゃないだろ?
 真面目な話だぞ。
 古明地さとりの話が途中だ」

「オマエが脱線させたんじゃないか!」



「約束してくれ」

 少し冷静になった勇儀が抑えた口調で言った。

「あん?」

「これから話すことをパルスィには言わないと」

「ふーむ、言いたいことは大体分かった」

「な、なんで?」

「キミ、古明地さとりにコナをかけたんだろ?」

「……オマエも【覚り】なのか?」

「パルスィどのに内緒ってことで見当はつくさ」

「そうなのか……。
 昔の話なんだがな。
 もちろんパルスィと出会う前のことだ」

「今の彼女はそんなことで妬んだりしないと思うけどね」

「ちょっと好みだったんだ。
 私、ああいった小柄で一途で芯の強いタイプに弱いのかな」

「ふーん、じゃあ、私はどうなの?
 その条件に当てはまる自信があるけど?」

 片目をつぶったナズーリンがからかうように問う。

「え……? そう言えばそうか。
 でも、そそられないなあ。
 性格は最悪だけど顔はまあまあだし……
 それに、一緒にいてエラく楽しいしなぁ。
 んー、一体、何がダメなんだろうか……」

 ナズーリンをじっと見つめる。

「い、いいよ! 真剣に考えなくていいよ!
 冗談なんだから!」

「この世でオマエと私、二人きりになったら好きになるかもしれないな」

「あーそうかい、ありがとさん!
 なんだい、まったく……」

 ナズーリンは勇儀のことを憎からず思っているので何だか面白くない。

「ははは、そんなに怒るなよ。
 こんな話ができるのはこの世でオマエだけだ。
 私、オマエのことは結構気に入っているんだぞ?」

「ふんっだ、遅いよ」

 閑話休題。

「キミ、確か少女の趣味は無かったよね?」

「無論だが、アイツは見た目と違って大人の女だよ。
 それにド根性もある」

「ド根性とは懐かしいねー。
 でも、キミが言うのだから相当なモノなんだろう」

「実際に会ってみたらイイ女だったから、いつものようにモノにしようと迫ったんだ」

「キミの色狂いはともかく、積極性には敬意を表するよ」

「だが、さとりは冷めた目で見返すだけだった」

「その時キミは何を考えていたんだ?」

「まずは裸に剥いて、どうやって責め立ててやろうかと、あれこれ考えていたんだ」

「相手が覚り妖怪だって知ってるよね?」

「と、当然だろ」

「結果、どうなったの?」

「フられたんだよ、あっさりな」

「『当然だろ』キミはやっぱりバカだな」

「……フられたからといって、さとりを嫌いになった訳じゃない。
 今だって好みさ、イイ女だもん。
 あ、パルスィには言ってくれるなよ?
 私、もう、パルスィだけなんだから」

「分かっているよ」

「だが、さとりが困っているなら助けてやりたい。
 アイツを困らせるモノは近づけたくないんだ」

「キミのそういう気質は好ましいね。
 ……待てよ【近づけたくない】って私のことなの?」

「オマエとさとりの組み合わせは、ロクなことにならない気がする」

「何か根拠があるのかい?」

「なんとなくだよ」

「むー、その言葉、嫌いになりそうだ」
 
「なあ、ナズーリン。
 オマエは、さとりに会ってなにをしたいんだ?」

 不安げな星熊勇儀。
 これはとても珍しい。

「ふふっ、キミは意外と心配性なんだな。
 いや、優しすぎるのかな?」

「おっと、そこは取り消しくれよ。
 地獄の鬼の矜持にかかわる。
【星熊勇儀は優しい鬼】なんて評されたら表を歩けなくなるじゃないか」

 勇儀が口を尖らして抗議する。
 これも実に可愛い。

「オーライ、取り消すよ、んふふふ。
 ……では本題だ。
 古明地こいしが命蓮寺の信者になったことは先に言ったとおりだ」

 最近、ちょいちょい顔を出し、寺の連中と絡んでいるこいし。

 小傘と雲山とふらふら空を散歩したり。
 響子と一緒に掃除をしていたり。
 時にはマミゾウ親分の尻尾を枕にシェスタ。
 珍しい花を摘んできては一輪に見せたり。
 聖と問答めいたやりとりをすることもある。
 寅丸を手伝って芋の皮むきをしたり。
 ムラサと合唱していたこともある。
 そして、一番仲が良く見えるのは封獣ぬえ。
 こいしが寺でお泊りするとき、大抵はぬえの部屋で夜中まで遊んでいるようだ。

 こんな感じで、とても馴染んでいるように見える。

「まぁ、楽しそうだよね、面白い娘だよ」

【覚る】力を自ら封じた覚り妖怪
 古明地こいしは極めて特殊な存在となってしまった。
 ナズーリンは、こいしの行動範囲やその行動原理に興味を持っている。
 幻想郷内を徘徊する彼女に何度か同行したが、いつも途中で振り切られてしまっていた。
 この名うての探索者のマークを外せるモノはこれまで存在しなかったのでプライドを刺激されている。

 そして【目】を閉じてしまった妹、開いたままで怨霊封じの役を受け入れた姉、ナズーリンはその経緯にも興味をそそられている。

「古明地さとりのことは詳しくは知らない。
 だが、古明地こいしは少しは知っている。
 あの姉妹、このままで良いと思う?」

 勇儀の目を見ながら真剣に問う。

「む……それは……」

 言葉にはしないが【否】と伝わる。

「こいしが望んでいるのは何だと思う?
『お姉ちゃんともっと仲良くしたい』じゃないか?
 私、少し橋渡しをしてやりたいんだ」

 鬼の御大将は本質を見誤ることはない。
 だが、小難しい言葉を使った説明で誤解を招いては元も子もない。
 賢将は敢えて平易な言い方を用いた。

「まったく、お節介なことだな」

 そう言う勇儀の嘲笑は随分と柔らかかった。

「分かっているさ、てーゐにもしょっちゅう言われる。
『全てを助けたいの? アナタ何様のつもり?』ってね。
 でも、私が助けたいのは、身近にいて、尚且つ、私が気に入った限られたモノだけだ。
 独りよがりで、気紛れな選択なのさ」

「それだと随分、たくさん、いるんじゃないか?」

「……そうかな?」

「オマエは自分が思っているよりずーっとお人好しだぞ? わはははっ」

 勇儀が楽しそうに笑った。

「うーん、そうなのかなぁ。
 私、狡猾で抜け目が無く、計算高い小悪党のつもりなんだけどね」

 主人である寅丸星は幻想郷きっての【お人好し】との定評があるが、事情通の間では、その従者は単に口が悪く取っつきにくいだけで、実は主人に勝るとも劣らない【お人好し】と言われている。

「わははは、小悪党ってのは違いないがな」

「笑いすぎだろ、そんなに可笑しいかい?」

「ははは……よし、いいだろう。
 行ってこいよ、さとりのところへ。
 アイツがオマエの好みかどうかは分からんがな」

「それは別にしても、彼女には個人的に興味がある。
 憧れの先生に会ってみたいのさ」

「さとりがか? なんの先生なんだ?」

「キミが慧音先生に会いたかったようなものさ」


 
 その夜は温泉宿に皆で泊まった。
 部屋割りでナズーリンが悶着を起こしたので、結局、大きめの部屋で全員が雑魚寝をする事にした。

 勇儀、星、慧音、パルスィ、妹紅、それぞれ浴衣姿が実に艶めかしい。
 ナズーリンだけは大人用の浴衣が大きすぎて残念な感じだった。
 しかし、当人は大満足。

(うむむ、望外の幸運だ!
 タイプの異なる美人が五人! そして湯上がりの浴衣姿!
 こんなスーパーショットは滅多にお目にかかれまい!)

 夜中までガールズトーク(?)で盛り上がったが、トンでもない仕儀に及ぶモノはいなかった(ちょっと残念)。





 翌日、慧音と妹紅は勇パルにつれられ史跡巡り。
 ナズ&星は地霊殿へ向かった。

「ご主人、古明地さとりは【覚り妖怪】だからね」

「存じておりますよ、言葉に出さなくても相手の考えていることが読めてしまうんですよね?」

「そう、つまり、隠し事はできないと言うことだね」

「え……で、では、私がナズーリンのことをどれだけ好きなのか知られてしまうのでしょうか?
 は、はずかしーー」

「ご主人……」

 素で言っているからこそ質が悪い。
 可愛すぎる。 

「心を読んでトラウマを暴き、悪夢を蘇らせる。
 力業では対抗できないとても厄介な攻撃を仕掛けてくる」

「そんなあ……」

「まぁ、心配は要らないよ。
 ご主人の本来の【心】は神槍をもって戦うときくらい強いからね」

「そうでしょうか……」

 寅丸星は裏表が無く、明朗なお人好しだが、これまでに何度も傷つき、何度も壊れかけたトラウマだらけの精神の持ち主でもある。
 覚り妖怪なら付け込む隙だらけだ。

 高位の武人である寅丸星は、明鏡止水の心を保てるのだが、それはあくまで戦闘時の話。
 このヒト、オンオフが妙にハッキリしていて、普段はポカポカとゆるーい心を丸出しで暮らしている。
 その精神を攻められたらかなりヤバいかも。

 だが、この脆そうな心は決して砕けないだろう。
 厳しく優しく支えてくれる【絶対一】の存在があるから。
 だが、依存ではない。
 生ある限り共に在り、相互補完を約したパートナー。
 ナズーリンへの信頼は自己肯定よりも遙かに強い。
 つまり、今の寅丸星の心はナズーリンが在る限り、根幹部分は絶対不滅なのだ。
 
 そのあたりのことは、お互い、十二分に分かり合っている。
 ナズーリンだって心の支柱には【寅丸星 命】とデッカく刻印されているのだから。
 分かっている。
 分かっているからこそ言いたい。

(これほど想いが通じているのに【B】止まりって……
 おっかしいーだろおおーー!? なぜだあーー!!)

 ナズーリン 流す涙に 血が混じる(五七五)。



 古明地さとりは客を待っていた。
 先刻、星熊勇儀からの使いがあった。
 命蓮寺の寅丸星とその従者が訪れると。
 他者との接触を好まないさとりだが、最近その寺には妹のこいしが頻繁に出入りしていると聞く。
 ふらりと帰ってくるこいしが楽しそうに寺での話をする。
 ならば挨拶くらいはしておこう。

「さとり様、お客様が見えました」

 地霊殿の主が最も信頼するペット、火焔描 燐が来客を告げた。

 入室してきた寅丸星らしき女は噂よりも大きく見えた。
 背筋がシャンと伸びていて、振る舞いが堂々としているからだろう。
 元は妖獣だときくが、ハッキリとした目鼻立ちに柔和な面立ち、地底ではお目にかかれない陽性の美しさがある。

『ご主人はいつも通り自然体で良い。
【覚り妖怪】程度に怯むことなどないよ。
 ……星、キミの心は誰にも恥じることは無いんだから』

 覚り妖怪相手ということで訪問前には少々慌てていた寅丸星だが、この世で最も頼りにしている従者から力強く告げられ、持ち前のポジティヴシンキングを取り戻していた。



「命蓮寺の寅丸星と申します」

「古明地さとりです。
 妹がお世話になっているそうでお礼を申し上げます」

「こちらこそ、こいしさんのおかげで寺も賑わっております」

「ご迷惑をかけていませんか?」

「いえいえ、全然」

 この辺は社交辞令。

「こちらは私の従者、ナズーリンです」

(従者?……寅丸星の心は恋人と言っているわね。
 うわ、甘っ、熱っ、これはちょっと恥ずかしいくらい。
 ホントに【ナズーリン】が好きなのね)

 寅丸星に【アクセス】したさとりは、そのオープンストレートな思考に面食らった。

『ナズーリンはスゴいんですよ! 素敵なんです!
 私、大大大好きなんです!』

 ツッコむ隙の無い剛速球をドッカンドッカン投げてくる。
 さとりは堪らず【コネクト】を解除した。

(まいった、こんなに純粋な想いって久しぶりだわ……)



「こちらにはとってもたくさんの動物がいるのですね」

「ええ……寅丸さんは動物、好きなんですね」

「はい、大好きです!」

 妖獣の頃は捕食する側の頂点にいた寅丸だが、仏門に入ってからは教えに沿って衣食住が改まり、他の獣に対しての感覚も変わっていった。
 今では大の動物好きだ。

「私も動物が好きです」

 二人、ひとしきり動物談義に花が咲く。

「ご主人様、地霊殿を見学させていただいては?
 古明地どの、いかがでございますかな」

 二人のやり取りが途切れたタイミングでナズーリンが提案した。

「結構ですよ……お燐、寅丸さんをご案内してあげなさい」

「かしこまりー」

「お燐? 最近言葉使いがおかしいわよ?」

 このところ頻繁に地上に遊びに行っているお燐とお空。
 いちいち心を読むことはしなくなっているから分からないが、なにやら妙な影響を受けているような気がしてならない。

「ご主人様、どんな動物がいたか、あとで教えてね」

 ナズーリンが主人に囁いた。



 ナズーリンと二人きりになったさとり。

「アナタはご主人様に随伴しなくて良かったの?」

 さとりはとりあえずそう言ってみたが、とても緊張していた。
 このネズミ妖怪の思考が全く読めないのだ。
 心の表面に薄靄がかかっているようで内側に入り込めない。
 一体、何者なのか。

「私は貴方に用事があるのさ。
 ……古明地さとりどの、私の心が読めないのかい?」

 無表情だったナズーリンの口元がきゅうっと上がった。
 相手の思考が読めない状態に慣れていない覚り妖怪は激しく動揺する。

「心の表層を閉じることは、その意味を理解し、慎重に地道に訓練すれば然ほど難しいことではないからね」

 このネズミ妖怪、やはり意図的に心を閉ざしているのだ。

「心を読まれることを是とするモノはいないだろう。
 もちろん私もさ、不都合かな?」

「いえ別に……」

 大いに不都合だが『心を読ませなさい』と要求するのもヘンな話だ。

「覚り妖怪には及ばないが、私も心が読めるんだよね」

「え……」

 トンでもないことを言い出した。

「まぁ、特に宣伝しているわけではないし。
 キミが今、この瞬間に強く思っていることくらいしか読みとれないがね。
 試してみようか?
 んー、キミの下穿きの色を読んでみようかな」

「なんですって?」

 あまりにも唐突な話。
 さとりは思わず今日の下着を意識してしまった。

(えっと、今日はお客さんだから念のために穿き替えたんだっけ……)

 何の【念のため】かは不明だが、それが乙女としての標準思考なのだ。
 間違ってはいない、正統派乙女の正しい心構えだ。

「そうだ、そうやって強く表層に出してくれれば読みとれる……
 ……ほう、薄紫か、なかなかセクシーだねぇ」

「まさか……そんな」

 当たりだった。



「話は変わるけど、新作はいつ頃の予定ですかね?」

「……なんのこと?」

 心をシェイクされ、いつもの精神的優位を確保できない覚り妖怪。
 立場が逆転するととても脆い。

「【煙字(けむあざ)こてら先生】の新作だよ」

「っ!?」

 地霊殿の主は驚き過ぎて声も出なかった。

 読書好きの古明地さとり。
 読むだけではなく、小説を書いている。
 最初は書くだけで満足していたが、いつしか発表したくなった。
 だが、地霊殿の主が本名で出版するのは憚りがあるのでペンネームを使った。
 それが【煙字こてら】。
 こっそり、ひっそり出版した。
 店頭に並んでからの数日はロクに眠れないほどドキドキしていた。
 たくさんは売れなかったが、しばらくしてから販売元を経由して読者からのお便りが届いた。
 たったの三通だったが、どれも熱烈な感想だった。
 丁寧に読んでくれたヒトがいたことにさとりは涙した。
 その手紙を何度も何度も読み返し、勇気づけられた。

「何故それを?」

 出版元への入稿や打ち合わせはお燐を変装させて行なっていたのでバレるはずはないと思っていた。

「もしかしてと思っていたんだけど、今、確信したのさ」

「……読んだの?」

「心をかい? まぁそうかな。
 でも、先生の出版物はすべて持っている。
 二重の意味で【読んでいる】わけだねー」

 とても楽しそうなネズミ妖怪。

「あり得ないほどファンシーでスウィートな世界観、そして過剰なまでに粘着質な心理描写が特徴のご近所冒険譚だよね」

 スパスパと評価され、猛烈に恥ずかしい。
 さとり自身もやり過ぎかなと省みるほどに色々とネタを詰め込んでいる。

「ベストセラーにはならないだろう。
 表現がクドいし、独りよがりな展開が鼻につく。
 特殊なマイノリティーには支持されるかも知れんがね」

 痛いところをグリグリ突かれる。
 泣きたくなってきた。
 
「でも、慣れるとこの世界観、クセになるんだ。
 何度も何度も読み返してしまう。
 続きが気になるんだよね」

 ネズミの笑っている顔は今までになく優しい。

「それで、新作の進捗状況はどうですか? 煙字(けむあざ)先生」

 この相手にトボケるのは意味がないと判断したさとり=こてら先生。

「えっと、来月末には入稿できると思います、いえ、します」

「それは僥倖、楽しみにしていますよ」

 出版元と販売元(本屋)には作者は秘密だと、クドいほど言っておいたはずなのに。

「ペンネームから当たりをつけたんだよ。
【けむあざこてら】を五十音順で一つずつ後ろにずらすと【こめいじさとり】だったからさ」

(あ……気が付くヒト、いたんだ……)

 気付かれるハズがないと遊びで作ったP.N.
 でも、誰かに気付いて欲しかったのかも知れない。
 これを書いたのは私、古明地さとりだと。

(出版元をマークしていたらキミのところの猫さんが出入りしているようだったから、ちょいと中身を覗かせてもらったんだけどね)

 この程度の調査は、腕利きの密偵であり、探索のプロであるナズーリンにすれば児戯に等しい。
 心を読むなど、ハッタリだ、そんな力は元々無いんだから。
 唯一確かな【心を読まれない術】だけを最大限に利用し、事前の情報収集を元に相手の出方を見ながらのリーディングで翻弄、そして圧倒的優位に立つ。
 ここまでは狡将ナズーリンの思惑通り。

 一方の覚り妖怪は非常に希な状況【精神的に劣勢】だった。
 秘密を知られてしまった。
 それも極めてプライベートな事だから、公表されたくはない、絶対に。

「それでアナタはどうしたいの?」

 これをネタに強請られるのか、と警戒するさとり。

「さとりどの、こんなやり取りの時はもっと慎重に構えなくてはいけないな。
 今の発言は、相手にみすみす主導権を与えることになるんだよ?」

 確かにこれでは要求を飲むつもりなのが丸分かりだ。

「まぁ、もっと高等な駆け引きにおいては、自分の弱みをわざと晒して相手の油断を誘うってのもあるがね。
 さとりどのはそこまで擦れていないようだから気をつけたまえ」

 何も言い返せないさとり。

「だが、せっかくの申し出だから私の要求を聞いてもらおうかな?」

(結局、そうなるんじゃないの!)

 思わず身構える。

「サインが欲しいの」

「……サイン?」

 ナズーリンはそう言いながら鞄から小さめの色紙を取り出した。

「あの、私、煙字先生のファンなの。
【ナズーリンさん江】って書いてくれると……嬉しいな」

 そう言ってモジモジ恥ずかしそうに色紙と太ペンを差し出す。
 
 さとりはこの超展開について行けていないが、取りあえず行動する事にした。
 サインなんか書いたことはなかったので普通の字で【ナズーリンさん江 煙字こてら】と丁寧に書いた。

「……これでいい?」

「ありがとう、煙字先生、これからも応援します」

 サイン済みの色紙を大事そうにしまったナズーリン。

「あ、はい、頑張ります」

 なんだ、この展開は。
 冗談なのだろうか?
 訝しげなさとり、ダメもとで今一度ナズーリンの心を覗いてみた。
 すると表層が少し見えた。

『ぃやったーー! 煙字先生の直筆サイン、ゲットだぜー!』

 ホントに喜んでいる。
 こちらが恥ずかしいくらいに。



「さーて、古明地どの、本題に移るとしようか」

 ナズーリンの態度は一転、元の不遜な雰囲気に戻ったようだが、心の内はポロポロこぼれだしている。
 気が緩んでいるのか、心が閉じ切れていないようだ。
 しかし、先ほどナズーリンが言ったように、これは罠なのかも知れない。
 さとりは慎重に【アクセス】してみた。

『はあー、満足したー、来て良かった。
 良かったと言えば、さとりどのは噂より遙かに美人じゃないか。
 病的なまでに色白の肌は図書館魔女よりも白いかも知れない。
 気品と儚さが同居する深窓の令嬢だね』

 そんな風に見られているなんて、嬉しさよりも恥ずかしさが強くなる。

『うん、是非、いじくり倒したいな』

「……どうしてそうなるのよ」

 声に出してしまっていた。

「ん? そうか、心を隠すことを忘れてしまっていたね。
 これはうっかりした」

 ひょいと首をすくめるネズミ妖怪。

 続けてさとりの第三の目経由で飛び込んできたのは色々な姿をした自分自身だった

「な、なんで私、そんなおかしなポーズになっているの?
 親指を咥えて上目遣いをしていたり、短いスカートで体育座りをしていたり、舌をだらしなく出したまま虚ろな表情をしていたり」

 それ以外も口には出せないような淫らな格好をした自分自身を次々と見せつけられた。

「おっと、迂闊だった」

「アナタ、わざとでしょ? やめてくれない?」

 顔をほんのり赤らめ、ちょっと怖い顔で睨んできた。
 その顔に満足げなナズーリン。

(私の妄想を正確に把握してリアクションしてくれる。
 言葉にできないイメージまでもだ。
 こんな楽しい相手はいない、ある意味理想の相手かも。
 悔しそうに唇を噛んだり、恥じらったり、怒ったり。
 んー、可愛いなんてモンじゃないぞ。
 それに加えて憧れの小説家先生なんだ、ギャップ効果も十分だ。
 あれれ……これは……良いな……かなり良いな!)

 テンションがパカパカ上がってきたエロ将。

「さとりどの、キミが気に入った。
 もう私のモノだ、絶対に幸せにするから!」

「いつ、アナタのモノになったの?
 それに、寅丸さんのことはどうするのよ」

 ムッとする覚り妖怪。

「ご主人様は別だ、キミは私の性的なオモチャとして在って欲しい」

「それって何なの? ファンだって言ったくせに……」

 もう訳が分からない。

「それも込みでだよ。
 シニカルなくせにホントは優しそうだ、うん、気に入った。
 放っておけないよ、月一で通わせていただこうかな。
 さとーりんって呼んでいい? ナズーリンみたいだよね」

「いやよ」

「茶菓子は持参するから、美味しいお茶を頼むね」

「了解していないわよ」

「私は成熟した女体にしか興味が無いはずだった。
 ロリには興味は無いはずだったのに。
 まぁ、キミの実体は【大人の女】だ、しかも震えが来るほど良い女だ。
 これもギャップ萌えなのかな?」

「そんなこと知らないわよ。
 ……私がその【ロリ】だと言いたいの?」

 実はさとりはそのような言われ方をすることが多いのだが、自身は全く納得がいっていなかった。
 正直、不愉快だった。

「私にロリエロスの魅力を開眼させた罪は重いぞ。
 とても重い、償ってもらおうか」

「それって私のせいなの?」

「私の新境地、ロリエロスの評価を頼みたい」

「絶対にイヤ」

「まぁ、徐々にキミの心も体もほぐしていってあげるからさ。
 キミを開発したい。
 古明地さとりの開発担当は向こう百年、私が専任させていただく。
 これは誰にも譲れないからね」

「さっきから話がかみ合っていない。
 アナタが一方的に勝手なことを言っているだけでしょ?
 私に触れたら許さないから」

「私の経験から言わせてもらえば、キミの身体はとても高感度なはずだよ」

「何よそれ」

「絶頂を極めやすい恵まれた体質だと言っているのだ」

「ふざけないで。 何を根拠に」

「だって、私は女体観察の専門家だよ?
 キミの能力はまだまだこんなものじゃないはずだ。
 キミ自身、分かっているんだろう?」

「わ、私の能力?」

「緊縛」

「は?」

「縛られることによってキミの真の能力が開花するはずだ」

「まったく意味が分からない」

「三年だ、三年くれれば成果を出してみせる。
 説明するのがまどろっこしいな。
 私の心を読みたまえ。
 三年にわたる綿密な調教計画をその眼で見たまえ。
 私がハッタリを言っているのではないと納得できるはずだ!」

 勢いに押されてナズーリンの心を、詳細な計画を【視て】しまった。

「…………へ、へ、変態ーー!!」

 こんな大声を出したのはいつ以来だろう。

「断言しよう、キミは幻想郷で最も縄の似合う女だ。
 透き通るほどの白い肌、未成熟な肢体、そして固い表情、それらは縄によって彩られ、完全体へと浄化されるのだ!」

「ホッントに訳が分からない!」

「ふおー! ロォマーン ティーックがっ止まらないぞおー!
 私の果たさなければならない使命はここにもあったのだ!」

 両腕を広げ天を仰ぎ、恍惚の表情のナズーリン。
 なんだかとても満足していてこのまま完結してしまいそうだ。

「やめてーーー!」

 力の限りの、しかし、か細い絶叫だった。



「さーて、古明地どの、本題に移るとしようか」

「さっきもそう言ったじゃないの」

「いや、失敬、先ほどのはおまけ、うん、でも、結果的には本題に近かったな、満足したしね。
 だが、これからが本題、超本題だ」

 息を整えたナズーリンは仕切り直すらしい。
 明らかに脱線し、トンでもないことになってしまっているが。

「キミの妹のことなんだが」

「え?」

「さとりさまー、こいしさまがお帰りですよー」

 ノックも無しに扉が勢い良く開いた。
 顔を出したのは地獄鴉の霊烏路 空、通称お空。

「お空? ……こいしが戻ってきているの?」

「お姉ちゃああーーん!」

 扉の陰からパタパタと駆け寄ってきたのは紛れもなく古明地こいしだった。

「どーーん!」

 ぐわらっしょい!

 飛びかかるような勢いで抱きついたこいし、椅子に座ったままのさとりもろとも派手にひっくり返った。

(おやまあ、なんとも激しい愛情表現だね。
 うん、やはり薄紫か、可愛いな)

 倒れた拍子にさとりのスカートは捲れ上がってしまっていた。
 あらかじめ子ネズミに確認させていた通りの色だった。

「う、うう……」

 頭を押さえ呻いている。
 結構強く打ち付けたようだ。

「さとりさまー! 大丈夫ですか!?」

 お空が二人を抱き起こす。

「お姉ちゃん、ただいまー!」

 同じようにひっくり返ったのに、こいしは all in one piece(まったくの無傷)だった。 

「こいし……あなた……
 お客様もいるのよ……いたた」

 痛みを堪えながら、ちょっと恨めしそうな目で妹を見つめるその顔は、そのテの趣味が無くとも【煽られる】

(ほおう、それだ! 予想通り良い表情だ、これはタマらないな。)

 いつものように場に関係なく不謹慎な感想を抱くエロ将。

「あれ? ナズーリン? どうしたの?」

「キミの姉上を誘惑したところだ」

 顔を赤らめ息づかいの荒い姉を見て慌てるこいし。

「お姉ちゃんをイジメたらダメだよ。
 ねえ、お姉ちゃん、ナズーリンはとってもエッチなんだよ、気をつけて!」

「……その忠告、もう少し早めに欲しかったわね」

「ええー! もしかして!」

「ああ、そうだ、キミの姉上は私がイタダいたよ」

 その場を面白くしようとするナズーリンは悪ノリした。

「うううー、お姉ちゃんの初めてはワタシのモノだったのにー!」

 とても悔しそうなこいし。

「ふふん、モタモタしているからいけないのさ」

「で、どうだったの? 良かった?」

「最高だ、久しぶりに満足させてもらった」

「くやしーー!」

「……ねえ、ちょっと。
 冗談に決まっているでしょう?
 私を抜きでいい加減な話を広げないで」

 さとりがうんざり気味で割って入った。
 変態ネズミはともかく、同じレベルでかけ合う妹が少し心配だ。

 世の中に絶望し、自ら目を閉じた頃からは随分と変わってきた。
 異変以降、明るく活発になってきたのは確かだった。

「こいし、おかえりなさい」

「はい、ただいま!」



「なんだ、思っていたよりずっと仲が良いんだね」

 ナズーリンは当てが外れたように聞いた。
 もっとギクシャクしているものだと思っていたから。

「そうかしら?」

(こいしは気持ちが前に出過ぎだな、制御できていないくらいだ。
 さとりどのは逆に引き過ぎだ、頭で考えすぎる嫌いがあるからか。
 もっと色々な場面で触れ合って話し合えば良いんだ。
 地霊殿のこの部屋だけの交流ではあまり進展がないだろう。
 うん、もっと二人で外へ行けば良いんだろうな)

 ナズーリンの分析は終了し、改善への方策も出た。

「お姉ちゃんは外に出たがらないんだよ」

「こいし、キミ、私の心を読んだのか?」

「え? まさかー、ワタシ、第三の目、閉じてるんだよ?」

(偶然か? それとも……まぁ、今はいいか。
 外出の段取りを手伝ってやるかね)

「さとりどの、少し妹と外へ遊びに行きたまえ」

「……無理を言わないで。
 私がこの地霊殿を空けるわけにはいかないわ」

「それだけが理由なの?」

「……そうよ」

 嘘だった。
 能力のせいで誰からも嫌われ拒絶されてきたさとりは外が【怖い】。

「こいしと一緒なら大丈夫だよ」

「そうだよ、外ならワタシがお姉ちゃんを守ってあげるよ」



「戻りましたよー」

 寅丸星がお燐とともに帰ってきた。

「ご主人様、どうだった?」

「皆、さとりさんをとても慕っていますね。
 大きな蛇はとても賢かったです。
 あと、双子の野干は大変働き者だと思いました」

「ふーん、ご主人様の目に留まるほどのモノも何匹かいるのだね。
 さとりどの、そいつらを人型妖怪に昇格させたまえよ。
 そしたら、もう少し楽になるよ」

 さとりのペット達は妖怪や怨霊を食べる事で強い人型妖怪に成長することがある。
 妖力の強いさとりが後押しすれば、それは容易くなる。
 そしてお燐やお空のように人型に成長したペット達には仕事が与えられる。
 普通のペット達の世話、地霊殿や庭の管理、怨霊の管理等が任されている。

「簡単に言ってくれるわね」

「先ほどの話の続きなんだよ。
 ゆとりを作って、こいしと遊びに行きなよ」

「そうだよ、お姉ちゃん、遊びに行こう!」

「そうしたいのは山々だけど……
 でも、やっぱりここを離れるわけにはいかない」

「んー、頼りになる留守番がいればいいんだろう?」

「そんなヒトいるのかしら」

「心当たりがある、と言うかこれから当たるんだがね。
 キミの代わりが出来るとしたら地獄の閻魔様くらいだろう」

「そんなの無理よ」

 元々その閻魔に言われてここにいるのだから。

「賭けるかね? うまくいったら先ほどの性奴隷の件を受け入れてくれる?」

「性奴隷? そんなことまで言っていなかったでしょ」

「うふふふ、ヤル気が湧いてきたぞお」

「だから話を聞いてよ!」
 
「【任せて安心ナズーリン】なのさ。
 さとーりん、キミってサイコー!」

「その呼び方やめて!」

 すっかりナズーリンのペース。





「さとりさんとこいしちゃん、外へ遊びに行けるようになるといいですね。
 ナズーリンならきっとやってくれますもんね?
 ……なんでそんなに怒っているんですか?」

「分からないのかい?」

 地獄からの帰り道、不機嫌そうな従者に主人が問うてみた。

 勇儀とパルスィ、慧音と妹紅と別れたあたりからブリブリ、ガリガリ音がするくらい怒っている。

「あのふた組のカップル、前日よりも明らかにラブオーラが強まっていたじゃないか!」

「確かにそうですね、今回他者と触れ合ったことが良い刺激になったのではないでしょうか」

「なーーにを冷静に分析しておるんだ!
 私たち、まったく進展がないじゃないか!
 ねえ! どういうこと!?」

「えと、時が満ちていないと言いますか……」

「いつ? いつなのさ!」

「私の気持ちは日に日に募って行ってますけど」

「そ、それは嬉しいけど……具体的な接触とかは?」

「えと、一緒にお風呂入りますか?」

「ふんだ、ドッキリ、イヤーンなハプニングが無いならお断りだ!」

「ハプニングですか?」

「いつまでたっても合体しないじゃないか! おかしいよ!
 このシリーズが仮に合体ロボットものなら打ち切り確定だぞ!」

「ナズ、ごめんなさい」

「謝ってもらってもどうにもならんよ!」

「いえ、意味が分からないんです、ごめんなさい」

「ぐああああーー!!」

 幻想郷で一番のベタベタカップルと言われているナズーリン×星。
 だが、内実はまだまだまだまだだった。



                     了
 ご無沙汰のナズーリンでした。
 さとり、大好きです。
 パチュリーと絡ませてみたいですね。

 イベントにちょこちょこ出ています。
 次回は6/29の「みょうれんパーティー2」です。
 見かけたら声をかけてやってください、喜びます。
紅川寅丸
http://benikawatoramaru.web.fc2.com
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.440簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
まさか「魔王赤おじさん」を封じ込めた実績のあるわきみのツボを命蓮寺(聖)が所持していたとは…
魔界ってすげー
伊吹さんは文と同じく対立軸に置かれましたか
片方しか仲間にできないRPGみたい(はたてと勇儀を選択)
それと深刻な話と見せかけてさとりんをイジるのはやめてさしあげろ
つーか会ってサインもらってからかっただけで、この賢将、一方的な約束して帰宅してるー!?(ガビーン
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
紅川寅丸さんの久しぶりの新作ということで、一字一句余さず楽しませて頂きました!
話が進んでいくごとに独自の設定が増えていき、これから紅川さんの描く幻想郷がどのようになっていくのか楽しみです。
8.100名前が無い程度の能力削除
いいね
10.100名前が無い程度の能力削除
GJです。
ところでパルパルは白い星いくつになりますか?
11.無評価紅川寅丸削除
2番様:
 ありがとうございます。わきみのツボは【火●魔人】のモノをイメージしたんですが……
 対立軸、うん、そう見えますね。片方しか仲間にできないといえばFEですかね。自分は『サムソン』で、外伝では『ディーン』でした。剣士強いし……でも、二回目以降はセリカを精神的にサポートするお姉さんキャラと位置づけ『ソニア』を選んでいました。
 さとりんとナズはこれからもちょいちょい絡みます。

奇声様:
 いつもありがとうございます。

6番様:
 恐縮です。あっと驚くようなネタを華麗に綴ってみたいと思っておりますが、まだまだ修業中でございます。
 せめて言葉や表現を丁寧にし、キャラ達を大切にしていくつもりです。
 これからもゆるゆる書いてまいりますので末永くお付き合いをお願いしますね。
 あ、次回もカッ飛び設定です、ナズーリンが【アレ】をなくしちゃいます。

8番様:
 ありがとうございます。

10番様:
 ごっつあんです。
 白い星(胸)はギリで三つですが、黒い星(イイ女指数)は4.8くらいいったでしょうね。
 イヤ、ホント、パルスィ大好きっす!
14.100名前が無い程度の能力削除
いいね
16.100774正常精神削除
あぁ…。ダメだ…。ナズだけでなく、こいしや慧音先生、更には勇儀姐さんetc…もとうとうエロスの道へ歩を進めてしまったか…。(幻想郷でエロスが広まらないことを全力で願います。)何故ナズ星のドロラブの進展がないかって?お互い、未熟だからですよ。もう少し、体を張り合ったらどうです?(もちろんエロい意味で。って、俺までエロスの道に歩みかけた…。あぶねぇあぶねぇ…)ロリエロスって何ですか、エロ賢将にエロ鬼姐さん。新ジャンルのエロスですか?

感想:ストーリー自体は長いけど、その分読み応えがあって、面白かったです。続き、(全裸で)待ってます。
17.無評価紅川寅丸削除
14番様:
 ありがとうございます。

774正常精神様:
 慧音先生と勇儀姉さんは最初からエロス一直線です(拙過去作ご参照w)。
 体の張りあいはもうちょっと待っててくだいさね。
 ロリエロス……まぁ、文字通りでございますね……
 ありがとうございました。