Coolier - 新生・東方創想話

雨の結界

2014/06/24 23:26:23
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 朝からしとしとと降り続いていた雨がお昼を過ぎると俄に強くなって、瓦を打ち鳴らすぱらぱらが、ばらばらと強くなり、ざんざんと間隔が短くなっていった。終いには途切れる事無く瓦を叩く雨音の幕が降りた。音が消えたかと錯覚する様な音の洪水が辺りを浸しきった頃になって、ようやく魔理沙はジョゼ・サラマーゴの白の闇から天井へと視線を移し、随分降っているなと呟いた。霊夢は魔理沙の言葉でロジックパズルの没頭から頭を起こし外に目をやって、俄雨よすぐに止むわ、と答えた。
 雨の激しさは全てを洗い流してしまった。魔理沙が耳を澄ませると雨音に流されて世界中から音が消えていた。匂いを嗅ぐと、雨音が全てを刮ぎ落として、後には透明な、けれど確かに辺りの匂いを思い起こさせる香りが漂っていた。何もかもが無くなって雨尽くしの世界は、雨の中に溺れている様で嫌な気分になる。辟易した魔理沙がそっと首を伸ばして窓から外を見ると何も見えなかった。降り立つ雨と沸き立つ烟りが何もかもをぼんやりと真っ白く覆い尽くして、庭に生えた木の一本すら見えなくなっていた。おい、霊夢。見ろよ、世界が雨の底に沈んでるぜ。見てるわよ。大丈夫かしら。作物は全部枯れちまうかもな。それだけじゃないわ。川が氾濫するかも。どうでも良いさ。水の底に沈むなら沈んじまえば良い。あたし等だけそこに船を浮かべて水が引くのを待つんだ。霊夢は呆れた様子で息を吐く。しかしすぐに、どうせ私達に出来る事は何も無いわね、と言って再びパズルに目を落とした。違いない。魔理沙も同意したが、視線は本に戻さず雨の降りしきる外を眺め続けた。真っ白く沸き立つばかりで何の変化も無い光景を見ていると時が止まった様な錯覚を得る。地面から立ち上る煙が段段と固まって、真っ白な塗り壁に変じてしまった。それは妙に圧迫感があった。音も匂いも雨に消され、そして外界もまた雨に閉ざされたとなると、自分が今居る神社に閉じ込められてしまった様な気がして、息が苦しくなった。
 霊夢。しばらく息苦しさを味わっていた魔理沙は、その苦しみを共有する為に霊夢へと声を掛けた。雨は止む気配が無いぜ。私達はここに閉じ込められたんじゃないか? この大雨を見ているとそんな気がしてこないか? 魔理沙の問いに、霊夢が問い返す。あんたは雨が嫌いなの? 嫌いだね。外に出られなくて狭っ苦しい。魔理沙は間髪入れずに答えた。霊夢はお茶に口を付けてから、外へ目を向けた。私は雨も好きよ。嫌いじゃない。魔理沙の目が疑いの目に変わる。息苦しくないのか? 息苦しいわよ。じゃあやっぱりお前は雨が嫌いなんだ。何でそうなるのよ。確かに息苦しいけど、でもこの雰囲気は嫌いじゃない。外に出られなくてもこうして、あんたと一緒に外を見ていられれば。そんな霊夢の言葉を魔理沙は鼻で笑った。二人で一緒に居るのだって、晴れ渡った外を歩きまわった方が何倍も良いに決まってる。魔理沙は立ち上がると襖を思いっきり開け放った。想像してみろよ、霊夢。真っ白に塗り固められた外を見ながら、魔理沙が夢見る様に語る。雨で世界が沈みきって、今新しい世界が作られているんだ。白い壁をぶっ壊せば素敵な世界が広がっているんだ。霊夢はどんな世界が良い? 雪の降りしきる北国? それとも常夏の日差しが降り注ぐ南国? 霊夢はパズルの本を閉じると考える様に視線を天井へ向けた。もしも本当に世界が雨で流れ去り、自分達の望む世界が現れたとしたらどんな所へ行きたいだろう。雪を肴に温かい鍋を囲って盃を重ねる自分や、真っ更な日差しの下、底抜ける様な透明な海で遊ぶ自分を想像する。どちらも甲乙つけがたく、どちらか一方しか選べないというのなら、どちらを選んでももう一方が惜しくなってきっと後悔する。選んだ答えは絶対に外れへと変わってしまう。大変難しい問題だ。けれど隣に魔理沙が居るというのなら、どちらを選んでもきっとその答えに満足出来る。どちらを選んでも正解になる。霊夢は考えた末に夏が近い事を思って南国が良いと言った。すると魔理沙が嬉しそうに笑う。良いねぇ。行こうぜ、南の島。楽しい想像が溢れだしたのか飛び跳ね始めた魔理沙を見て、霊夢は苦笑する。無理よ。巫女の私が外へ出る訳にはいかないもの。その言葉を聞いた魔理沙は途端に飛び跳ねるのを止めて顔を俯けた。まだそんな事を言っているのかよ、霊夢。魔理沙の暗い声音を雨の湿気がふやかして、部屋の中が重苦しくなる。魔理沙の機嫌を損ねてしまった事を後悔して、霊夢が何とか取り繕おうと口を開いた時、魔理沙が顔を上げてにっと口の端を持ち上げた。残念だけど外は南の国だぜ。今更出たくないって言ったってもう遅いんだ。霊夢が外を見ると、未だに雨が降りしきり、軒の向こうには一寸先も見えない真っ白な闇が広がっていた。全ての音は雨で洗い流され、鼻腔には饐えた雨の匂いしか感ぜられない。それなのに魔理沙は言った。どうだ、南国のトロピカルな香りが漂ってくるだろ? 耳を澄ませば、陽気な音楽が聞こるぜ。困惑する霊夢の前で、魔理沙は真っ白な雨の壁を背にして嬉しそうに両手を挙げた。霊夢、想像してみろよ! 雨の向こうには素敵な南の島が広がっているんだぜ! 魔理沙が大声を上げると、唐突に驟雨が収まり霧雨へ変わった。霊夢が息を呑む前で、軒の向こうの世界が姿を現した。
 軒の向こうには相変わらず、博麗神社の庭が広がっていた。
 霊夢は拍子抜けした思いで雨に濡れた鎮守の森を眺めた。残念だったわね、いつもの幻想郷で。霊夢は信じられない位、落胆している自分に気が付いた。期待させてきた魔理沙を何となく恨みがましく思って睨むと、魔理沙は一層の笑顔を返してきた。何言ってんだ? ここから見える景色が同じなだけで、ここはもう南の島だぜ? 林を抜けたらすぐに真っ青な海が広がっているんだ。さ、探索に行こう。霊夢は呆れる思いで霧雨を眺めながら、パズルの本を開いて冷たく言った。外、雨降ってるみたいだけど。それに対して、魔理沙は何処からか傘を取り出す事で答えた。雨が降っているなら傘を差せば良い。魔理沙の言葉が本気か冗談かを計りかねて、霊夢は訝しむ様な視線を送った。魔理沙の様子は今にも外へ行こうとうずうずしていて、言葉の真偽はともかく、外へ行こうという意思は本物の様だった。
 仕方無いわね。付き合ってあげるわよ。霊夢は呆れた様に溜息を吐いてパズルの本を閉じてから、隠し切れない笑みを浮かべて魔理沙の下へと駆け寄った。二人で傘の下に入り、外の世界へ踏み出すと、傘に細かな雨が当たってしゃらしゃらと音を立て始めた。二人の足音が神社の外へ向かうと、しゃらしゃらという音もまた外へ。
 百万ドルの夜景をプレゼントするぜ、霊夢。
 楽しみにしているわ。
 やがて二人の足音が雨に消え、
 しゃらしゃらという音もまた消えた。
 尚も雨音は辺りに響いていたが、
 しばらくすると雨も止み、
 太陽が姿を見せた。
二人が旅行に行くとしたら、適当で良いという霊夢を尻目に、魔理沙は一所懸命に計画を立てるけど、現地に言ったら興奮しすぎて二人してその場のノリで行動しそう。
烏口泣鳴
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コメント



0.560簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
内容や雰囲気は好きだしあとがきには全面的に賛成する
願わくばもうちょい改行を細かくしてスペースを増やしてほしい
衰え始めた視力には辛いんだ…
4.70名前が無い程度の能力削除
いい話なんですけど、これは読みにくい。
5.80非現実世界に棲む者削除
相合い傘いいね。
この二人ならどこにいっても楽しんで来るでしょう。
魔理沙が霊夢をエスコートしていてとても良かったです。
13.80名前が無い程度の能力削除
読みにくかったのだけは残念です。
雰囲気が好みでした。
14.80名前が無い程度の能力削除
この文字の驟雨が視界を煩わせる雨滴の帳と喧騒を表しているのなら、
>唐突に驟雨が収まり霧雨へ変わった。
この辺から改行多めにしても良かったのかな、と思いました。
>しばらくすると雨も止み、太陽が姿を見せた。
これ以降文字がなくなっていますしね。

梅雨の時期に投稿されていて、ふさわしい作品だと思いました。
17.90名前が無い程度の能力削除
なんでこいつらこんなかわいいんだよぅ