Coolier - 新生・東方創想話

アガルマトフィリア

2014/06/20 16:20:35
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 人間にだって色々いる。女たらしの魔法使いやロリコンメイド、尻の軽そうな巫女や奥手な半霊。でも、よく考えればそれらはあくまで人間であって、嗜好の先も生き物ではある。
「どうしたのよ霊夢」
 しかし目の前にいる魔法使いは人形と親しくしている。机の上で足を伸ばしている自分の人形の頭を私との会話の最中で延々と撫で続けていた。人の神社で何をしているのか。
 私の陰陽玉がアリスの目標とする人形の完全自立に応用できるかもしれない、とかなんとかという事で、魔理沙がいないにも関わらず二人でこんな夜遅くまで話し込んでいる。陰陽玉についての話はあらかた終わったけれど、珍しくアリスとの雑談に花が咲いていた。
 ただ、気になってしょうがない事は一つある。
 ――ナニダマッテルンダヨ。
 会話をしているのが私とアリス、そして人形という雰囲気になっている。しかも、今は一人……いや、一体だけど、多い時はおやつ時で三体も動いていた。
「別になんでもないわよ。ただ、いつまでいるのかと思って」
「そうねぇ。今日はなんだか、まだ話していたいわ。せっかくだし魔理沙の話でもする?」
 アリスにしてはこんな時間まで話したいとは珍しい。珍しいといえば、人形使いとはいえこんなにも人形と接しているアリスを見るのも珍しい。普段もこのような感じなのか、いつか魔理沙に聞いてみよう。
 人形は急須を持ってアリスの湯呑みにお茶を入れている。それだけなら別に構わないのだけれど、アリスはただの人形に向かって当たり前のように「ありがとう」と言った。
「…………」
 結局、人形はアリスが操っているのだから、自分にお礼を言っている事になるのかしら。そんな意味不明で答えを求められないような謎が私の頭を回る。
「どうせなら泊まっていけば」
「いいの?」
「私も、色々あんたと話してみたいと思ったし。その代わり晩御飯はあなたが作ってよ。それくらいいいでしょ」
「分かったわ。あなたの台所にお米と黄色いお漬物以外の食べ物があるなら、腕に磨きをかけてあげるけど」
「……豆腐なら」
「…………」
 数十分後、必死で台所中を探し、晩御飯はざる蕎麦とじゃがいもの天ぷらが私達の夕食になった。賞味期限? そんなものを気にしている内は巫女にはきっとなれないわよ。
 ――モリヤノミコハチャントシタモノクッテルダロ。
「…………」
 言葉に出していないにも関わらずつっこまれた、人形に。
 それはおいといて、なるほどあんないつの油か判らないにも関わらずきちんとした味の天ぷらになっている。腕に自信があると自分で言っていたのも頷ける。しかも料理をしている時、自分は椅子に座ってほとんどの工程を人形で行っているのだから、大したものね。
 料理を終えた人形達はほとんどがアリスの膝元で動かなくなっている。残りの一体が机に立っていて、私達のグラスに入っている水がなくなるとすぐさま注いでくれる。便利なのはいいんだけど、結局はこれ、アリスが注いでる事になるのよね……恐らく。
「どうしたの?」
「……その子にご飯は与えないの?」
 アリスは文字通り、目を丸くしていた。私だって自分が何を質問しているのか解らないのに。
「え……どういうことかしら」
「いや、それについてよく解ってない私が悪いのかもしれないけど。その人形はどういう理屈で喋ってるのかも解らないけど、あなたはそれに返事をしている。……ええと……だから……その人形も……何か物を食べたりしないのかしら」
 我ながら意味不明な問いね。しかしアリスは手を顎に当てて何か真剣に考えていた。
「そうね。確かにそういう機能を付けるのも私としては一介の目標だわ。たまにパチュリーとフランケンシュタインやホムンクルス精製について話す時もあるわね。一応にとりや、最近幻想郷に姿を見せた青い仙人にもそういった話を聞いてるわ。極端な話、河童の機械はエネルギーを元にして完全自立している人形のようなものだし、仙人のキョンシーは命令を書いた札を張るだけで、本人が見ていない所でも行動することができる。それを上手く私の人形に応用できないか、つまり霊夢の言う通り、人間の食べ物をエネルギー源として遠隔的に動かす事ができないかとも考えたけど、これが中々難しいのよ。ほら、人間の食べ物って動物では毒になるものが多いでしょ? 毒キノコだって人間が食べれるものじゃないわけだし。河童の機械だって、不純な水を動力にすることはまだできないようだし。良い物だけを取り入れて悪いものは排出する。実装しようとしたら、それはそれで別の分野の勉強に力を入れないといけなくなるわね。それに……」
 別の意味で聞いてはいけない事だったようね。どうして魔法使いっていうのは、自分の知識をひけらかすのが好きなのかしら。白蓮もこんな風にお喋りになる事があったりするのかしらね。
「霊夢?」
「よくわかったわ、とっても」
 私の表情から察してくれたのか、アリスはそれ深い話をしなくなった。
 ――ネムソーナカオダナ。
「…………」
 人形を操っている時は本音が漏れる決まりでもあるのかしら。
「どうしてあなたは、人形と話してるの?」
「? 人形と話す事は何もおかしい事じゃないと思うけど」
「…………」
 そう来たか。
「心の中で生きている、なんて都合のいい事は言わないわ。そうね、例えるなら、守矢神社の信仰に似ているわね。神という見えない物が存在しているかのように振る舞うのと同じく、生きてはいないものを生きているように振る舞っている」
 何故私ではなく早苗の神社を例に選んだ。いるぞ、神は、ここにも。
「単純に可愛いからっていうのもあるけれど、この子は私の支えにもなってくれる」
 この子……ねぇ。
「肯定はしてくれない。でも、否定されることも絶対にない。私の心が沈んだ時、この子が私を助けてくれるのよ。よく言うでしょ。仲間は喜びや悲しみを分かち合う事ができるって。一方的だけど、この子と接している間、私は負の感情をこの子に吸い取ってもらっているのよ。さっき言った、動物にとって毒になる人間の食べ物とは逆ね。私にとって不利益である負の感情は、この子にとって毒にならない。本当に……助かってるわ」
 ――コッチハタマッタモノジャネーゾ。
「ええ、事あるごとにあなたを抱きしめて、文字通り窮屈にしてしまってるわね」
 会話を始めるな。ついていけなくなる。
「お風呂沸かしたいから……失礼」
 そうやって逃げるように私は部屋を出る。何が何だかさっぱりわからない。が、神々の信仰と似ている、というアリスの言葉はなんとなく理解できた。存在しない物にすがって生きていく人間はこの幻想郷では少ないわけではない。神奈子はそのために外の世界からこちら側に来たと言っていた。でも、それは本当にそうなのだろうか。ただ神ではなくなっただけで、人間は他のものにすがるようになっただけではないのか。早苗に教えてもらった携帯電話。あれを使えば、色々な見えないものを信仰することだってできるかもしれない。神だけに限らず、姿の見えない同じ人間を……。
「…………」
 しかし人形を信仰するのはどうかと思うけど……いや、アリスのあれはただすがっているだけか。
 お湯を張り、とりあえずはアリスを風呂に行かせるよう促したので、今は部屋に一人である。
「…………」
 もしかしたら、アリスが種族としての魔法使いだから私は判断しかねているのかもしれない。人間で例えればいい。例えば魔理沙が人形を好きだったら……。
「…………」
 子供っぽいわね。逆に言えば、子供っぽいと感じるだけ。人形と話す……それはそれでありそう。……何? 私が過敏になっているだけ? アリスのあれは普通とでも言うの? さっぱりだわ。曲がりなりにも、アリスだって元は人間じゃない。人間なら、そこまで過剰に人形を好きにならなくていいじゃない。今が人間じゃないとはいえ、人間の男に心を惹かれてもいいじゃない。わたしだってほら……異性に恋心の一つや二つ……。
「…………」
 ……空っぽなのは賽銭箱だけで十分よ。
「…………」
 と、いつの間にか一眠りしてしまったらしい事に気付く。部屋の電気は点けっぱなしなので深く眠ることはなかったけど、それでもアリスが風呂に入ってから四十分は経っていた。此処の狭い風呂がそんなに気に入ったのかしら。
 そう思ったと同時に足跡が聞こえ、アリスは部屋に戻ってきた。
「あら、髪の毛が凄いけど、寝ていたのかしら」
「ええ、ちょっと――」
 アリスを見て私は嫌な直感をする。彼女の周りを飛んでいる人形が私の視界に入った。こういう勘程、的中しそうだから困る。
「ど、どうしたのよ」
 まさかとは思いつつも気になった私は、人形の腕を指でなぞる。
 ――ダイタンナヤツダナ。
 人形の悪態も聞こえなくなるほどの結果が出る。それの腕は湿っていた。アリスに触れている訳でもないのに。
「ちょっといいかしら」
 そう言って私は人形を掴む。そして恐る恐る、人形の髪に顔を近づける。
 ――ヘンタイジャネーノ。
 私の嗅覚が感じたものは、人形に対する反論の気持ちを一瞬で掻き消した。
「霊夢?」
 よろよろと後ろに下がり、腰を下ろした私は机に肘をつくことしかできない。早苗ではないけど、自分の常識にない事実を経験すると、とてもではないけど黙るしかない。人形の髪からは石鹸の匂いがした。風呂場にいるアリスが使ったシャンプーの香りが移った、という程度ではない程にはっきりとした石鹸の香り。間違いなく、アリスはこの人形の髪を洗っている。恐らく、他の人形達も。人形で遊ぶ人里の子供を見たことがないわけではない。しかし今私の前にいるのは幼い人間ではなく、魔法使いである。見た目はともかく、恐らく私の何倍も生きてるはずだ。人形遊びという年でもない。……いや、人形遊びでだって、髪など洗うはずが……。……さっぱり解らない。
 ――ゲンキガネーナ?
 お前のせいだ。
「ねぇ……アリスにとって人形って……何?」
「とても大切なものよ」
 概念的な答えは嫌いだけど、即答したアリスから伝わる嬉しさや恥ずかしさが滲む表情は私から詮索する気を失わせた。
「お風呂に入ってくるわ」
 そう言って私は再び逃げるように部屋を後にし、思考を元に戻すため入浴した。
 そうして数時間後、私とアリスは諸々の雑談を終えて床に就いた。
 が、風呂があんな感じだったら、当然就寝も大体予想はできる。右隣の布団で眠っているアリスの顔付近で人形達も同じように横になっていた。ご丁寧に目も瞑っている。というか、人用の枕だから完全に上半身が起きている。
「…………」
 寝られない。よく分からないけど、混乱して目が冴えてしまっている。
 部屋の戸を開け、縁側に出て夜風に当たる。頭は冷えるけど、それでもアリスの事を理解できる程回るようになったわけではない。
 そんな私を馬鹿にしに来たのか、「はろー」と一人の妖怪が逆さまで出てきた。
「紫……」
「駄目よう霊夢。夜は妖怪の時間。子供が起きてたら攫われちゃうわよう」
 また私の頭を悩ませそうな存在だけど、次に眠くなるまでの時間稼ぎにはなるわね。
「ちょっと話に付き合いなさい」
「あら珍しい。向こうで寝ている人形使いの話かしら」
「…………」
 どうやら覗き見ていたようね。まぁ、見ているなら話が早い。
「あれはなんなの?」
 紫は一瞬だけ目を丸くし、一度鼻で溜息を吐いてふわりと半回転し、私の横に腰を下ろす。
「どこからどう見ても、お人形が好きな女の子じゃない」
「だからそれがおかしい――」
「あなたにとってのお賽銭と同じよ」
 途端に反論できなくなってしまった自分が情けなかった。
「というのは半ば冗談として。いいじゃない別に。アリス・マーガトロイドが人形を溺愛しているからといって、あなたが迷惑を被っているわけではないのよ?」
「奇妙なのよ。気になってしょうがないわ」
「きっとあなたは、アリスの他に人形を愛する人を見たことがないから、そう思っているだけじゃないかしら」
「まぁ、そうね。もしかしたら、何かの異変かもしれないわね。何か始める前に退治でもしようかしら」
 相手が紫だから少々大袈裟に言う。しかし口元を押さえる紫の目は笑っていなかった。
「それじゃあ、様々な魑魅魍魎と交友関係を持つ唯一の人間という博麗霊夢の存在も異変の一つなのではないかしら」
 手に若干の汗が滲む。これ以上悪態を吐けば、喉元に刃物が飛んできそうだ。
「人形と一緒にするのもあれだけれど、私も式神を使役している立場上、あなたの言葉を無視することはできないわ。あなたにはまだ解らないかもしれないけど、誰にだって自分そのものにはない自分の逆鱗があるの。もしそれに触れてごらんなさい。最初で最後のアリス・マーガトロイドの本気を見られるでしょうね」
 別にそんなつもりはない。それにそんな大切なものなら、私みたいな人間にほいほい見せるわけない。
「アリスはあなたが好きなのよ」
「…………」
「ちなみに言っておくけれど、アリスはあの姿を魔理沙には見せていないわ。あなたとパチュリーくらい。それでいてパチュリーもそれを他言していない。あなたは信用されているのよ」
「……常識的ではないものを私に理解しろっていうの?」
「常識なんて、ただ中正でしかない偏見よ。神社に引きこもっているだけの巫女にとっては、自分が認めるものだけが常識でしかないのね」
「…………」
「霊夢、アリスだって元は人間よ。あの人形にはその時の感情が詰められているのかもしれない。それを強引にこじ開けようとしたり、否定するのは、人間として恥ずべきことではなくて」
「うるさいわね」
 これ以上話していると洗脳されそうだ。あんたやアリスの都合なんて知った事じゃないわ。
「今日はもうあんたと話す気はないわ。とっとと帰りなさい」
「あらあら、子供には難しかったかしら」
 撥ねつけた割に紫は何も堪えていない様子だった。
「それじゃあね、霊夢。今日のあなたが美しき景色へ旅立てますように」
 そう回りくどく言って紫は頭上に開けたスキマに入り、何処かへ行った。本当に無駄な労力を使ってしまったかもしれない。眠くなるどころか、胸のもやもやはますます大きくなっている。
 部屋に戻ると、寝返りを打ったアリスは私の布団から背を向けるように眠り続けている。なるほど、多少強引でも人形を枕元に置いてるのは、寝返りで人形を傷付けないためか。
「…………」
 いや、何理解しようとしてるのよ。これ以上妖怪の嗜好に付き合っても得なんてないわ。
「霊……夢?」
 私が戸を閉める音でアリスは起きたらしく、こちら側に振り向く。
「ちょっと夜風に当たってただけよ、私ももう寝るわ」
 これ以上頭を混乱させたくない。疲れた時は眠るに限る。
 アリスも「そう」とだけ言葉を返して寝返りを打ち、布団に入った私から背を向ける。
「アリス」
 私はアリス達とは違う、ただの人間でしかない。
「私は、あなたの人形好きは行き過ぎだと思ってるし、意味が解らないわ」
 紫やアリスの都合なんて知った事じゃない。
「だから……」
 だから……。
「またいつか、話しましょう。その時は私が納得する言葉を頂戴」
 私の都合で理解していくしかない。理解する必要がないことは沢山あるけど、理解できないままでいるのもなんだか悔しい。
 私の言葉に対してアリスはそれ以上口を開かなかったけど――
 ――ナンドデモキテヤルゾ。
 私の方を向く人形は笑っているように感じた。
 人形が布団に入ってきたのはアリスの意思なのか寝相なのか。深く考える前に私の瞼は閉じていった。



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コメント



0.1210簡易評価
2.80絶望を司る程度の能力削除
自分と違うことを理解するってって難しいね
3.80奇声を発する程度の能力削除
ふうむ…
4.90名前が無い程度の能力削除
無理に理解せんでもいいよね
実際にもこういう事はあるけど「ああ、そうなんだ」って感じで流してる
迷惑かけん限りは基本自由でいいと思う
10.20名前が無い程度の能力削除
常識云々や他人の心情を測る霊夢に違和感しか。
11.100名前が無い程度の能力削除
この霊夢はなんかリアルね
19.100名前が無い程度の能力削除
偏見にもそれなりの理由があるだろうし実際難しい
作者のSSはなんか考えさせられるから毎回楽しみにしてます
小説の醍醐味は葛藤だと最近思うので内容に少し納得出来ずモヤモヤするあたりのSSが面白い
25.50名前が無い程度の能力削除
こういうのは魔理沙が思うことって感じかな、霊夢はへぇだけで終わらすというか
原作でもそんな感じで殆ど流してる様な
35.100Yuya削除
すげえ良かった