※注意※
一応、霖之助と魔理沙と危険な書物の続きになりますが、割と単体でも読めるようにしています。
博麗霊夢、霧雨魔理沙、森近霖之助のイメージを損なう可能性があります。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霧雨魔理沙は後悔していた。
ほんのちょっとした冗談のつもりだった。本当にそれだけだった。
別に、全くこういった結果を予想していなかったわけではない。むしろ、こんな結果になることの方が高いとも思っていた。
けれども、頭では分かっていたものの、それでも心のどこかではそう思いたくはなかった。そういう事なのだろう。
「マジ……かよ」
魔理沙は乾いた笑いを漏らした。冷静になろうとしても、心臓が痛いほどに脈打つ。
しかし、目の前にある物。今、手にしている物。それが現実だった。
女性の裸体の写真が納められた写真集。
若い女性達は、写真の中で挑発的な姿勢と表情を浮かべていた。美術的、芸術的なものを求めたものには見えない。もっとこう……本能的で生々しいものを煽るためのものだ。
要するに、うっふ~んであっは~んでいや~んなエロ写真集だ。
「え? ええええええ?」
そりゃあ確かに、霖之助も男である。こういうのに全く興味が無いとかそんなことはあるまい。むしろ、興味を持っていることは男として健全であろう。
理屈としては魔理沙も分かっている。というか、分かっていたつもりだった。
だからこそ「本当にあるのか?」「もし、本当にあったらこれをネタにからかってやろう」とか、そんな程度に考えていた。
けれども、いざ本当に見付けてしまったら、そんな考えは吹き飛んでしまった。
魔理沙にしてみれば、霖之助は幼少の頃からの付き合いで、とても身近な存在だ。ある意味では、肉親同様とも思っている。
そして、そんな彼はこれまでそういう……男だとか女だとか、とにかく性を感じさせるような素振りは見せてこなかったし、魔理沙も特に意識したことは無かった。むしろ、霖之助はそういうのには特に鈍い男だとすら思っていた。
そんな長年のイメージは、このエロ本達を見付けたことで脆くも崩れ去ったわけである。そう、エロ本は一冊どころではなかった。まだあと何冊かあった。
「あ、あははは……あいつ、結構スケベじゃねーか。こんなにも隠しやがって」
そう言って笑ってはみるものの、その声が乾いていることを魔理沙は自覚した。自分の中の霖之助のイメージが崩れたことが、想像以上に衝撃だった。心のどこかで、彼だけは、どこまでも安全な男だと思っていたかったのかも知れない。
しかし森近霖之助も、ああ見えてやっぱり雄の本能を隠し持った男だった。そして時には……あるいは夜な夜な持て余した性欲をこの写真の彼女らに向けて発散し、自らを慰めているのだろう。
魔理沙は顔を赤くした。
一瞬ではあるけれど、彼がこの本を使って、この部屋で自らを慰める姿を想像してしまった。慌てて首を振ってそんなイメージを意識の外に追い出す。
「しかし……どうすればいいんだぜ? これ?」
もはや、面と向かってからかうだけの精神的余裕は無い。見つけ出したエロ本を元の位置に戻そう思ったが……。
再び、魔理沙は顔を真っ赤に染めた。エロ本はタンスの中、それも数々のフンドシの中に隠されていた。下着の中にこんなものを隠す辺り、ある意味では変態染みていると思った。フロイト的な意味で。こう……女達を自身の欲望で埋め尽くしたい的な無意識が働いているような?
それはともかく、取り出すときは何とも思っていなかったが、一度、霖之助の男性を意識してしまった以上、再びあの中に手を突っ込むというのも、乙女としては躊躇してしまう。おそらく、彼もフロイト的な無意識云々をともかくとすれば、そんな理由でブツを防衛していたのだろう。
「……よし」
魔理沙はエロ本を彼の机の上に置くことにした。こうしておけば、下着の中に手を突っ込むという事態も回避出来るし、当初の予定だった悪戯も、ちょっとは成果を出したと言えるだろう。
あまり長居してはいられない。そもそも、香霖堂には在庫置き場の整理の手伝いに来ていて、その流れで表の商品の確認も頼まれたという形だ。そこで、霖之助のいる在庫部屋から離れたのだった。本来やるべき仕事をしないと、霖之助に不審がられてしまう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霊夢は拳を握り、わなわなと震えていた。
「だ、だからっ! 本当に、それだけ。それだけなんだってっ! 別に香霖が私に何かしたとか、そんなんじゃ全然ないんだぜ?」
目の前で魔理沙が両腕を振って弁解する。
事情は分かった。分かったけれど……。
霊夢は目を据わらせたまま、左腕を上げた。その手には、縁側に置いてあったお祓い棒が握られている。
「ちょっ!? おい待て……霊夢っ!?」
何も言わず、霊夢はそれを振り下ろした。魔理沙の額にお祓い棒が当たり、彼女は悲鳴を上げた。
「……まったくっ! 誤解させるような言い方するんじゃないわよっ! 柄にも無く頬を染めて、“香霖も男で、ああ見えて凄いのを隠し持っていた”だの“そんなものを受け入れる”だの“男ってものを知って女として成長”だの……言い方ってものを考えなさいよっ! 何事かと思えば、そんな話なのっ!? 危うく、霖之助さんをぶちのめしてしまうところだったじゃないっ!」
霖之助の手伝いを終えて、こっちに遊びに来た魔理沙だが、彼女の様子が妙だった。そう、どうにも女を意識した乙女な状態で……問いただしてみたら、霖之助と何かあったような思わせぶりな事を言ってきたのだった。そして、彼をぶっ飛ばしに行こうとしたら魔理沙が慌てて止めてきたわけで……。
魔理沙が額を撫でる。
「いてて……。何だよー。そっちが勘違いしただけだろ? 一体何を考えたんだよ? この、むっつり巫女」
「やかましいっ!」
霊夢は真っ赤になって怒鳴った。顔が赤いのは怒りの他に、羞恥心も混じっているからだ。「……まあ、何事も無くてよかったけど」とか思わず呟く。
「え? 何か言ったか?」
「何でもないっ!」
腕を組んで、霊夢はそっぽを向いた。
「……でも、流石に少し驚いたぜ。香霖の奴、普段全然そんなのに興味無さそうな顔していたからさー」
「それこそ、あんたの思い込みだったって事でしょ。あんたも言っていた通り、霖之助さんも男の人で、そういうのに興味が無いわけじゃなかったと……それだけの話よ」
ふんっ! と霊夢は不機嫌に嘆息した。
「それで? 一体どんなものを隠していたのよ?」
ふと、そんなことを聞いてみる。
しかし、視界の端で魔理沙は半眼を浮かべてきた。
「そんなこと聞いてどうするんだよ? お前も、何だかんだ言って結局そういうのに興味あるのか? やっぱり、むっつり巫女じゃないか」
「だっ!? 誰がっ!? そんなんじゃないわよっ! 私はただ……別にそういうのじゃなくて、さっきあんたが言ったんでしょうがっ! 『凄い物を隠し持っている』って。あんまりにもこう……アブノーマルな趣味だったら、今後の付き合い方を考え直す必要があるかもって……。そう、それだけよっ!」
「ああ、なるほどなー。まあ、でも安心していいと思うぜ? 私も変態性癖とかよく分からないけど、写真に載っていたのはみんな普通の大人の女みたいだったし」
「人間の?」
「当たり前だろ? あ~? うん、どうもあれ、外来本っぽかったしな」
魔理沙は顎に手を当ててうんうんと頷いた。
「どうして分かるのよ?」
「着ていた服がこっちじゃ見慣れない物ばっかりだったからな」
「どういう事よ? そういう本って、普通は裸なんじゃないの? よく知らないけど」
ちょっぴり『よく知らない』というところを強調して、霊夢は訊いた。魔理沙は特に気付いていなかったようだが。
「いや、私も知らないぜ? でもさ、どうやら素っ裸がいいかというと、そういうものでもないらしい。男心はよく分からん」
「……そうなの?」
霊夢は首を傾げた。
「というか、魔理沙。あんたはそんな話をどこから聞いたのよ? 何だかんだ言って、あんた、興味あるの? むっつり魔法使い」
「んなっ!? そ、そんなわけ無いだろ? 人里で男達がそんなこと言っているのが聞こえてきただけだって。連中、相当酔っていてさ……『ドロワ脱がせても靴下脱がすな』とか『着衣ものが全部脱がすとかあり得ねえだろ』とかそんなこと力説していた。最後は顔を真っ赤にしたミスティアに屋台を追い出されていたけどな。ちなみに、弾幕も浴びせられまくっていたが、助けなかったぜ?」
「いいわよ。そんな連中、守らなくて」
呆れたと、霊夢は嘆息した。人里の未来が少し心配になる。
「で? 具体的に、外の格好ってどんなのよ?」
「ああ、命蓮寺の村紗がいつも着ている服があるだろ? あれを下がスカートにしたようなやつとか、永琳が着ている変な服を白や薄ピンク一色にしたようなやつ、あと名前の書いてある肌着に、厚い布地のパンツみたいなもんを穿いたような格好とか……そんなのだ。早苗に訊けば分かるのかも知れないが、外の世界の人間も普段は私達のような服を着ているらしいし、外の世界の作業着とか仕事着とかそんなのじゃないか?」
「……ふぅん? 霖之助さん、そんなのが好きなんだ」
と、魔理沙が怪訝な表情を浮かべてきた。
「どうしたのよ魔理沙? そんな顔して?」
「あ、いやあれかな? あいつ、何度か外の世界に行ってみたいとか言っていたけどさ……やっぱり、そういう事なのかなって。さっきはその……普通かもって言ったけどさ、実はそうじゃなくて……」
「外の世界の格好をした女の人にしか興味が湧かないとか?」
魔理沙は頷いた。
「ああ。それに、よくよく考えてみれば……どれもこれも中途半端に服を着た写真ばっかりでさ。いやっ!? 別に全部を見たわけじゃないんだぜ? でも、そんなのばっかりっていうのも、趣味が偏りすぎだろと……髪型とか、体型とか、胸の大きさとか、そういうのは関係なさそうなのに。それに、そうだよ、服を着た女の人にしか興奮しないとかいうのも……ちょっと変だよ……な?」
「そう……ね」
霊夢も頷く。
「こうして考えてみたら、納得だわ。霖之助さん、考えてみたら女性と付き合っていたとか、浮いた話が全然出てこないし……だから私も、霖之助さんの事、あまりそういうのに興味の無い人だって思っていたんだけど。でも、そうじゃなくて、外の世界のこういう格好をした女の人にしか興味が湧かない……って、事だったのかも?」
霊夢は頭を振った。何て事だ。知り合いが、そんな性癖を抱え込んでいたなんて。ずっと、気付かなければよかったのにと思った。
「なあ、霊夢? お前……さ、香霖のこと嫌いに――」
「ならないわよ。確かに、ちょっぴり性癖が偏っているかも知れないけど、他人様に迷惑掛けるわけじゃないでしょ? そんなので今更付き合いを変えようとか思わないわよ。あんたもそうでしょ?」
「当たり前じゃないかっ! そんな気は私だって無いぜ」
霖之助の人となりは知っている。だから、霊夢はそこで彼を拒絶しようとまでは、思えなかった。昔からの付き合いの魔理沙なら尚更だろう。そんな彼女の目の前で、こんな理由で彼を拒絶するのは尚更だ。
「そ……それに、服を着たままとかいうのが好きとか、そういう男の人も多いんでしょ? 魔理沙も、最初に写真を見たときにどん引きしたってわけでもないんだし」
「でも、このままでいいのかっていうと、そうじゃないと思うぜ?」
「そうね」
霊夢は小さく溜息を吐いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日。
霊夢は無縁塚へとやって来た。
霖之助がどこでそんなものを調達してきたのかと考えれば、思い当たる節といえばここしか思い浮かばない。
これまで彼が手に入れたものを強引に取り上げることは出来ない。無理矢理、彼の性癖を矯正することも出来ない。こういう話が、とてもデリケートな問題であることくらいは彼女らも理解している。他人がとやかく言ったところで、本人にしてみれば大きなお世話だろう。
しかし、やっぱりこのままでいいのかというと、そうは思えない。
と、すればどうするべきか?
原因を根元から断つ。彼が調達しようにも、それが綺麗さっぱり、無くなってしまえばいいのだ。
彼も、いつまでも同じ本を見ていても飽きることだろう。そうすれば、飽きた本は捨てることになる。しかし、そのときに新しい本が無ければどうだろうか?
流石に、そこで一足飛びに外の服フェチを治せるとまでは霊夢も思っていない。しかし、せめてこれ以上の悪化を食い止めることくらいは出来るのではないか? そして、やがてはそんな性癖も改善されるのではないだろうか?
そんなわけで、ここにそういう本があったら見付け次第、焼却処分しようというわけであった。
魔理沙も誘ったのだが、直前になって遅れると言ってきた。何でも、八卦炉の燃料が心許ないらしい。先にそっちを集めてから合流すると言ってきた。
霊夢は無縁塚を一人、散策する。相変わらず、何をどう使うのかよく分からない道具がそこかしこに転がっていた。もしもこれらが付喪神化でもしたら、面倒だなとか、霊夢は思った。
「いっそのこと、魔理沙に頼んで一度ここら辺一帯を根こそぎ薙ぎ払った方がいいかも知れないわね。変な本を探すのも面倒くさいし」
頭を掻いて、霊夢はぼやいた。
「だいたい、霖之助さんも霖之助さんよ。わざわざそんな本を拾ってとか……。子供じゃあるまいし、もうちょっと考えなさいよね。みっともない」
そこら辺の道ばたに落ちていたエロ本を見付けて、きょろきょろと周囲を伺い、しゃがみ込んで中身を確認する霖之助の姿。
道ばたの草むらの前に、そんな彼の姿を想像して、霊夢は大きく溜息を吐いた。やっぱり、みっともない。
「うん?」
と、霊夢は眺めていた草の陰とは隣の草陰に、何冊か本が落ちているのを見付けた。題名がどうなっているのかとか、そんな細かいところは見えないけれど、何となくだが卑猥な本だと思った。そんな空気を醸し出していた。
どうやら早速、処分対象のブツが見付かったようだ。
やれやれと、霊夢は本に近付く。こうもホイホイ見付かるというのなら、一帯ここにはどれだけそういう本があることなのやら。
冗談半分に考えていた、魔理沙になぎ払って貰うという案が一番いいような気がしてきた。
あと、そんな情報は間違っても人里には流さない方がいいと思った。
無縁塚は幻想郷縁起にも危険度極高と書かれ、危険地帯として広く知れ渡ってはいる。しかし、性に興味津々な男……特に、子供がそういった本を探しに来るようになるかも知れない。危険という文字は、幼い冒険心をそそるものだ。そして、理解しがたいが……男はそういう欲望によって、そんな理性的な判断、我慢が出来ないことがあるらしい。
「本当に男って奴は、馬鹿ばっかりなんだから」
霊夢は、落ちていた本を拾った。ここに流れ着いてきてそんなに時間が経っていないのか、状態は悪くないようだ。紙が、雨露に濡れて皺になっていない。
「ぬえっ!?」
手にした本を見て、霊夢は思わず呻いた。
その本の表紙には、写真は無かった。代わりに、肌の露出多めのイラストが書いてあった。漫画本のようだ。
しかし――
「お、おお……お、と……おと……男っ!?」
表紙を飾るイラストには、服をはだけさせた男のイラストが描いてあった。それも、とても格好良くて、でも嘆美で色気のある美男子と美少年だ。彼らは熱っぽい視線で互いを見つめ合っている。
“先輩の胸板……厚いですよね”
“や、止めろ……胸を……なぞるな”
“止めろって言うなら、僕のこと押しのければいいじゃないですか。先輩の方が、立派な体しているんだし。つまり、僕を期待しているって……ことなんですよね?”
“くっ……そんな、こと……”
“抵抗、しないんですか?”
思わず、そんな台詞が霊夢の脳裏に浮かんだ。
慌てて、霊夢は首を振ってそんな妄想を頭の外へと追い出す。
「何よ……これ?」
霊夢は口に手を当てた。顔が熱い。
男性向けの卑猥な本があるというのは、聞いているし、それはそれで不思議ではないと思っていた。しかし、こんなものがあるとは、早苗にも聞いたことが無かった。
ごくりと、霊夢の喉が上下した。
最初に感じたのは、恐怖だった。手が震える。もしも、今ここでこれの中身を見てしまったら、自分はもう戻れなくなってしまう。そんな、予感。
けれども、心臓が痛い。
その痛みは、恐怖でもあり。同時に強く、悪魔的な誘惑でもあった。
“もしも本当にこの本を読んでしまったら、そのとき自分はどうなってしまうのか?”
その、妖しい好奇心に抗することが出来ない。
「駄目……駄目よ。こんなの、いけないわ。私は、巫女なのよ。こんな本なんて」
そう呟きつつも、震える指が表紙をめくる動きを止めてくれない。
そして、その中身はあっさりと霊夢の目の前に現れた。
「やっ……嘘、そんな、いきなりなの?」
最初の一ページ目から、若い男と男がキスをしていた。不意打ちだったのか、精悍な顔つきの男が目を丸くして、頬を赤く染めていた。
不意打ちでキスをしてきた少年は、どちらかというと美少女と言っても通じそうな、可愛らしい顔立ちをしていた。
霊夢は次のページをめくった。
“ご、ごめんなさい。先輩。僕、そんなつもりじゃ……。でも、どうしても我慢、出来なくて……”
“あ、おいっ!?”
可愛らしい顔立ちの美少年が、精悍な顔つきの青年から背を向けて逃げ出した。夕闇の彼方へと消えていく。そんな少年を青年は戸惑った表情のまま、手は伸ばしても、追いかけることはしなかった。
ただ、青年はその場に立ち尽くして、指で自分の唇をなぞった。無意識に、先程の少年から受けたキスの感触を思い出すように。
そんなシーンを見て、霊夢はぞくりと、背筋を何かが駆け上ったような感覚を覚えた。
危険だと思った。この本を手に取らなければよかったと、霊夢は後悔した。
自分の中で、長く気付いていなかった危険な感情、未知の感覚が目覚めようとしている。それを霊夢は自覚した。
堕ちていく。自分の中で、頑なに守っていた何かが、崩れ去られようとしていく。それがとても恐くて、でも、どうしようも無く心地いい。
「はぁ……はぁっ」
息が荒い。
「駄目よ。もう……これ以上は駄目。こんなところで、こんなこと……いけないわ。ああっ! でもっ」
指が止まってくれない。
体の奥が、火の付いたように熱い。
貪るように、霊夢はページをめくり続けていく。
ふと、霊夢の脳裏に閃くような何かがよぎった。
霊夢は没頭していた書物から目を離し、周囲を見渡した。ひょっとしたら、ここに落ちていた本は他のものもみんな……そうなのか?
「う……は……あああぁっ!?」
霊夢の目が、大きく見開かれる。
ここは、宝の山だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
森近霖之助は、大きく溜息を吐いた。
まさか、魔理沙に秘蔵の大人向け書物を見付けられるとは思わなかった。昨日は何も言われなかったが、心の底ではどう思われたことやら。
いい歳をして、と言われればそうなのだが……というか、生きた年月だけで言えば普通の人間よりもずっと長いのだが、それでもこういうのは恥ずかしい。
次に魔理沙と顔を合わせたとき、自分はどんな顔をすればいいのだろうか?
「いや、それもあの子の出方次第だな」
やっぱり、自分が机の上に置かれたあれらを見付けるまでそうだったように、何事も無かったかのような顔をしてくるのか? それとも、こちらをからかってくるのか? あるいは、軽蔑したと近寄っても来ないのか?
女心はよく分からない。あの年頃の少女なら、尚更だ。頭に浮かんだどの反応も、あり得そうな気がしてならない。
いかんなあ、と霖之助は頭を掻いた。
考えていても詮無いことだと分かってはいるものの、それでも考えてしまう。だからこうして、気晴らしにと仕入れに出かけてみたのだが、それでもまだこんな事を考えていては、何しに出てきたのだと思った。
何か、一時でもそんな考え事を忘れさせてくれるような、そんな興味を惹く珍しい物でも落ちていないものだろうか?
「おや?」
見知った顔……というか、背中を見付けた。博麗霊夢。こんなところで、珍しいと彼は思った。
妖怪退治か何かに来たのだろうか? そんなことを一瞬、思ったがそうではない気がした。何となくだが、周囲に対して無警戒だと思った。気迫というかそういうものが感じられない。遠目で見ても隙がありすぎる。それもまた、珍しい。
霊夢はその場で立ち尽くしたまま、顔を少し俯かせている。背後からだとよく分からないが、目の前にある何かを夢中で眺めているかのようだ。
「ふむ」
霖之助は、そんな彼女の姿に興味をそそられた。あと、彼女をそうさせる代物とはどんな物かというのもだ。
それと、そんな無防備だと危険だと注意しておいた方がいいだろう。
彼は霊夢へと近付いていった。
「やあ、霊夢。こんなところで会うなんて奇遇だね」
霊夢はあからさまに、びくっと体を震わせた。本当に、全くの無警戒だったようだ。霖之助は自然に声を掛けたつもりだったのだが。
「り、霖之助さんっ!? 何でこんな所に、いきなりっ!?」
「いや? 仕入れに来ただけだよ? それで、霊夢の姿を見付けたから声を掛けたんだが……驚かせてしまったようだね。すまない」
霖之助は頭を下げた。
「ところで、こんな所に霊夢がわざわざ足を運ぶなんて珍しいね。妖怪退治か何かかい?」
「え? あ? え~と? まあ、そうね……そんなところよ。うん」
嘘だな、と霖之助は見抜いた。というか、見抜いたと言えるのだろうか? 目を泳がせて、半笑いの混じった口調。誤魔化そうとして盛大に失敗している。ここまで分かりやすい反応は逆に、今までそうそう見たことが無い。
おそらく、また何か、誰からか怪しい儲け話を持ちかけられて、それに乗ってのこのことこんな所まで出張ってきたというところだろう。
「ところで、霊夢? 近付いてくる僕にも気付かないくらいに、何かに夢中になっていたようだけれど、さっきから何を見ていたんだい?」
「な、何のことかしら~?」
「さっき、咄嗟に巫女服の中に隠した何かのことだよ。君がそんな反応を見せる物なんて珍しいからね。出来れば、僕にも見せてくれないかい? 別に、横取りしようとか思っていないからさ」
害意は無いと、霖之助は霊夢に微笑んだ。
しかし、霊夢は呻き声を上げた。滝のような汗を額に浮かべる。
「どうしたんだい、霊夢? さあ?」
霖之助は手を出し、一歩前へと踏み出した。それに対して、霊夢は怯えたように一歩後ろに下がった。
「大丈夫だって、ちょっと見てみたいだけだから」
「え……でも、だって……」
「頼むよ、霊夢」
「う……あうぅ」
霊夢がこんな反応を見せてくることなど、今まで無かったことだ。
これは、どうやら相当に珍しく、貴重な何かを彼女は見付けたということに違いない。そう、霖之助は確信した。
焦らされれば焦らされるほど、霖之助は道具屋としての興味が強くそそられるのを感じた。色は? 形は? どんなものなのか、一目見てみたくて仕方無い。
「霊夢っ!」
「きゃっ!?」
我慢出来ず、霖之助は思わず彼女の服へと手を伸ばしてしまった。慌てて身をよじった霊夢に避けられたが。
「ああっ!? ごめん、霊夢。でも、頼む。一目、一目だけでいいからっ!」
服を腕で抱える霊夢は、絶体絶命といった表情を浮かべてきた。そんなに、追い詰めるような真似をしたつもりは無いのだけれど。確かに、無理矢理奪うような真似をしてしまったのはマズいと思ったが。
「ごめんなさいっ!」
「あっ!? 霊夢っ!?」
霊夢は踵を返して、その場から駆け出していった。慌てて、霖之助はその姿を追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
無縁塚に到着した。
魔理沙は周囲を見渡し、霊夢の姿を探した。待ち合わせ場所から、そんなに遠くへと離れてはいないはずだと思うのだけれど。
まあ、適当にうろついていれば見付かるだろう。そんな呑気なことを考えながら、無縁塚の奥へと歩いて行く。
「おん?」
早速だが、霊夢の姿が見付かった。すぐに見付かってよかったと魔理沙は思った。
しかし、妙だと思った。
霊夢が空を飛びもせず、血相を変えて走ってくる。
「まさかっ!?」
あの霊夢が取り乱すほどにヤバい妖怪が出たのだろうか? 魔理沙は八卦炉を取り出した。霊夢の元へと駆け寄っていく。
「お~い、霊夢っ! 何かあったのかっ!」
その身を抱きかかえるようにして駆け寄ってくる霊夢。その息は荒い。
“待てっ! ちょっと、待ってくれ霊夢~っ!!”
「あれ?」
霊夢の後方から、霖之助が姿を現した。
その様子から察するに、霖之助が霊夢を追いかけ、そして霊夢は霖之助から逃げてきたということのようだ。
魔理沙の背中に隠れる霊夢に、魔理沙は首を傾げた。
「おい霊夢? お前、霖之助と何かあったのか?」
「お願い、魔理沙。助けてっ!」
「は? 助けて? どういうことだ?」
何がなにやら訳が分からないと、魔理沙は困惑する。どんな妖怪でも返り討ちにするような巫女が、霖之助の一体何を恐れるというのか?
“霖之助さんがっ! 私の服の下にある、乙女の大事な物を無理矢理奪おうとしてくるのっ!”
その一言。
その一言が何を意味していたのか、理解出来ないほど魔理沙は子供ではない。そして、霖之助も男であることを理解している。
魔理沙の頭が、カッと熱くなった。
あと、情けなかった。こんな男を慕っていたなんて……。
「さよならだぜ、香霖」
小さく呟いたその声は、自分でも驚くほどに静かな声だと思った。本当に怒ったときは、却って冷静になれるものだと聞いたことがある気がするが、つまりはこれがそうなのかと、頭の片隅で考えた。
八卦炉の出力を最大出力に設定。
「お~い。魔理沙、ちょっと霊夢のことを――」
“ファイナルマスタースパーク”
極大の光に、霖之助の姿が消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霊夢を追っていたら、魔理沙の姿も見付けた。
今はちょっと顔を合わせにくいが、霊夢を引き留めてくれるのなら好都合だと思った。
話せばきっと魔理沙も分かってくれるだろう。珍品マニアだ。霊夢が隠した物を見るために、彼女が協力してくれる可能性は高い。
「お~い。魔理沙、ちょっと霊夢のことを――」
しかし、魔理沙は八卦炉をこちらに向けてくる。
霖之助は、顔が引きつるのを感じた。
その一瞬後、視界一面をまばゆい光が包み込んだ。
“どうやら、僕は相当に魔理沙に軽蔑されてしまっていたようだ”
そんな悲しい現実を認識するのが、人生の終わりだなんて、本当に悲しいと霖之助は思った。
そして、彼の意識は途切れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
全身が痛い。
生きているのが不幸なのか幸運なのか、よく分からない。
自分を手当てしてくれたのは、女性らしい。それも、どうやら竹林の薬師であるらしかった。そして、噂で聞いた永遠亭に入院しているということだろう。
全身包帯だらけで目も開けられないので、状況は彼女の声でしか聞いていない。
包帯に覆われた体が暑くて仕方ない。あと、身動きが取れないのも辛い。いっそのこと、治るまで睡眠薬か何かでずっと眠らせて欲しいと思った。
「霊夢、お前な。紛らわしい言い方するんじゃないぜ。香霖を真っ黒焦げにしちまったじゃないか」
「なっ!? 何よ。勘違いした魔理沙が悪いんじゃない」
「当たり前だろうがっ! あんな言い方されたら、誰だって驚くっての」
どうやら、近くに霊夢と魔理沙がいるらしい。一応、お見舞いのつもりだろうか? それなら、せめて静かにしていて欲しいと思った。
「それで? お前、一体何を隠していたんだよ? 治療中の間も、ず~っと隠していたけど」
「あー、うん。これ……なんだけど」
魔理沙が吹き出した。
「お、おま……これ……ななな……何だよこれっ!?」
魔理沙が慌てふためいた声を出すのを聞いて、霖之助は耳に全神経を集中させた。
「マジ……かよ。ええっ!? こんな、すご……うわ……」
「ね? 凄いでしょ? ほら、特にこことか」
「ちょっ!? おま……いいって、もっとゆっくり見させろよ。ふぉっ!? いきなりこんな……ええぇっ!? 嘘……こんなの、こんなの私知らない。頭が変になっちゃいそう」
「でも、そんなこと言って、魔理沙……ほら、あなた、今どんな顔しているか分かる? あなたも、嫌いじゃないでしょ?」
興奮した魔理沙と霊夢の吐息が、病室に響いてくる。
くそっ! 彼女たちは一体どんな凄い物を見ているんだっ!?
霖之助は、あんな本を隠していなければ、もしかしたら一緒にそれを見ることが出来たのかも知れないのにと、悔しく思った。
退院したら、あの本を捨てるべきだろうか? そうすれば、魔理沙もひょっとしたら……いやしかし、あれらはとっておきのお気に入りだ。捨てるのはあまりにも惜しい。
好奇心と雄の本能のせめぎ合いに、霖之助は呻き声を上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちなみに後日、霖之助の与り知らないところで、腐想異変と呼ばれる異変が起きたり起きなかったりしたようだが……。
それはまた、別の話である。
―END―
一応、霖之助と魔理沙と危険な書物の続きになりますが、割と単体でも読めるようにしています。
博麗霊夢、霧雨魔理沙、森近霖之助のイメージを損なう可能性があります。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霧雨魔理沙は後悔していた。
ほんのちょっとした冗談のつもりだった。本当にそれだけだった。
別に、全くこういった結果を予想していなかったわけではない。むしろ、こんな結果になることの方が高いとも思っていた。
けれども、頭では分かっていたものの、それでも心のどこかではそう思いたくはなかった。そういう事なのだろう。
「マジ……かよ」
魔理沙は乾いた笑いを漏らした。冷静になろうとしても、心臓が痛いほどに脈打つ。
しかし、目の前にある物。今、手にしている物。それが現実だった。
女性の裸体の写真が納められた写真集。
若い女性達は、写真の中で挑発的な姿勢と表情を浮かべていた。美術的、芸術的なものを求めたものには見えない。もっとこう……本能的で生々しいものを煽るためのものだ。
要するに、うっふ~んであっは~んでいや~んなエロ写真集だ。
「え? ええええええ?」
そりゃあ確かに、霖之助も男である。こういうのに全く興味が無いとかそんなことはあるまい。むしろ、興味を持っていることは男として健全であろう。
理屈としては魔理沙も分かっている。というか、分かっていたつもりだった。
だからこそ「本当にあるのか?」「もし、本当にあったらこれをネタにからかってやろう」とか、そんな程度に考えていた。
けれども、いざ本当に見付けてしまったら、そんな考えは吹き飛んでしまった。
魔理沙にしてみれば、霖之助は幼少の頃からの付き合いで、とても身近な存在だ。ある意味では、肉親同様とも思っている。
そして、そんな彼はこれまでそういう……男だとか女だとか、とにかく性を感じさせるような素振りは見せてこなかったし、魔理沙も特に意識したことは無かった。むしろ、霖之助はそういうのには特に鈍い男だとすら思っていた。
そんな長年のイメージは、このエロ本達を見付けたことで脆くも崩れ去ったわけである。そう、エロ本は一冊どころではなかった。まだあと何冊かあった。
「あ、あははは……あいつ、結構スケベじゃねーか。こんなにも隠しやがって」
そう言って笑ってはみるものの、その声が乾いていることを魔理沙は自覚した。自分の中の霖之助のイメージが崩れたことが、想像以上に衝撃だった。心のどこかで、彼だけは、どこまでも安全な男だと思っていたかったのかも知れない。
しかし森近霖之助も、ああ見えてやっぱり雄の本能を隠し持った男だった。そして時には……あるいは夜な夜な持て余した性欲をこの写真の彼女らに向けて発散し、自らを慰めているのだろう。
魔理沙は顔を赤くした。
一瞬ではあるけれど、彼がこの本を使って、この部屋で自らを慰める姿を想像してしまった。慌てて首を振ってそんなイメージを意識の外に追い出す。
「しかし……どうすればいいんだぜ? これ?」
もはや、面と向かってからかうだけの精神的余裕は無い。見つけ出したエロ本を元の位置に戻そう思ったが……。
再び、魔理沙は顔を真っ赤に染めた。エロ本はタンスの中、それも数々のフンドシの中に隠されていた。下着の中にこんなものを隠す辺り、ある意味では変態染みていると思った。フロイト的な意味で。こう……女達を自身の欲望で埋め尽くしたい的な無意識が働いているような?
それはともかく、取り出すときは何とも思っていなかったが、一度、霖之助の男性を意識してしまった以上、再びあの中に手を突っ込むというのも、乙女としては躊躇してしまう。おそらく、彼もフロイト的な無意識云々をともかくとすれば、そんな理由でブツを防衛していたのだろう。
「……よし」
魔理沙はエロ本を彼の机の上に置くことにした。こうしておけば、下着の中に手を突っ込むという事態も回避出来るし、当初の予定だった悪戯も、ちょっとは成果を出したと言えるだろう。
あまり長居してはいられない。そもそも、香霖堂には在庫置き場の整理の手伝いに来ていて、その流れで表の商品の確認も頼まれたという形だ。そこで、霖之助のいる在庫部屋から離れたのだった。本来やるべき仕事をしないと、霖之助に不審がられてしまう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霊夢は拳を握り、わなわなと震えていた。
「だ、だからっ! 本当に、それだけ。それだけなんだってっ! 別に香霖が私に何かしたとか、そんなんじゃ全然ないんだぜ?」
目の前で魔理沙が両腕を振って弁解する。
事情は分かった。分かったけれど……。
霊夢は目を据わらせたまま、左腕を上げた。その手には、縁側に置いてあったお祓い棒が握られている。
「ちょっ!? おい待て……霊夢っ!?」
何も言わず、霊夢はそれを振り下ろした。魔理沙の額にお祓い棒が当たり、彼女は悲鳴を上げた。
「……まったくっ! 誤解させるような言い方するんじゃないわよっ! 柄にも無く頬を染めて、“香霖も男で、ああ見えて凄いのを隠し持っていた”だの“そんなものを受け入れる”だの“男ってものを知って女として成長”だの……言い方ってものを考えなさいよっ! 何事かと思えば、そんな話なのっ!? 危うく、霖之助さんをぶちのめしてしまうところだったじゃないっ!」
霖之助の手伝いを終えて、こっちに遊びに来た魔理沙だが、彼女の様子が妙だった。そう、どうにも女を意識した乙女な状態で……問いただしてみたら、霖之助と何かあったような思わせぶりな事を言ってきたのだった。そして、彼をぶっ飛ばしに行こうとしたら魔理沙が慌てて止めてきたわけで……。
魔理沙が額を撫でる。
「いてて……。何だよー。そっちが勘違いしただけだろ? 一体何を考えたんだよ? この、むっつり巫女」
「やかましいっ!」
霊夢は真っ赤になって怒鳴った。顔が赤いのは怒りの他に、羞恥心も混じっているからだ。「……まあ、何事も無くてよかったけど」とか思わず呟く。
「え? 何か言ったか?」
「何でもないっ!」
腕を組んで、霊夢はそっぽを向いた。
「……でも、流石に少し驚いたぜ。香霖の奴、普段全然そんなのに興味無さそうな顔していたからさー」
「それこそ、あんたの思い込みだったって事でしょ。あんたも言っていた通り、霖之助さんも男の人で、そういうのに興味が無いわけじゃなかったと……それだけの話よ」
ふんっ! と霊夢は不機嫌に嘆息した。
「それで? 一体どんなものを隠していたのよ?」
ふと、そんなことを聞いてみる。
しかし、視界の端で魔理沙は半眼を浮かべてきた。
「そんなこと聞いてどうするんだよ? お前も、何だかんだ言って結局そういうのに興味あるのか? やっぱり、むっつり巫女じゃないか」
「だっ!? 誰がっ!? そんなんじゃないわよっ! 私はただ……別にそういうのじゃなくて、さっきあんたが言ったんでしょうがっ! 『凄い物を隠し持っている』って。あんまりにもこう……アブノーマルな趣味だったら、今後の付き合い方を考え直す必要があるかもって……。そう、それだけよっ!」
「ああ、なるほどなー。まあ、でも安心していいと思うぜ? 私も変態性癖とかよく分からないけど、写真に載っていたのはみんな普通の大人の女みたいだったし」
「人間の?」
「当たり前だろ? あ~? うん、どうもあれ、外来本っぽかったしな」
魔理沙は顎に手を当ててうんうんと頷いた。
「どうして分かるのよ?」
「着ていた服がこっちじゃ見慣れない物ばっかりだったからな」
「どういう事よ? そういう本って、普通は裸なんじゃないの? よく知らないけど」
ちょっぴり『よく知らない』というところを強調して、霊夢は訊いた。魔理沙は特に気付いていなかったようだが。
「いや、私も知らないぜ? でもさ、どうやら素っ裸がいいかというと、そういうものでもないらしい。男心はよく分からん」
「……そうなの?」
霊夢は首を傾げた。
「というか、魔理沙。あんたはそんな話をどこから聞いたのよ? 何だかんだ言って、あんた、興味あるの? むっつり魔法使い」
「んなっ!? そ、そんなわけ無いだろ? 人里で男達がそんなこと言っているのが聞こえてきただけだって。連中、相当酔っていてさ……『ドロワ脱がせても靴下脱がすな』とか『着衣ものが全部脱がすとかあり得ねえだろ』とかそんなこと力説していた。最後は顔を真っ赤にしたミスティアに屋台を追い出されていたけどな。ちなみに、弾幕も浴びせられまくっていたが、助けなかったぜ?」
「いいわよ。そんな連中、守らなくて」
呆れたと、霊夢は嘆息した。人里の未来が少し心配になる。
「で? 具体的に、外の格好ってどんなのよ?」
「ああ、命蓮寺の村紗がいつも着ている服があるだろ? あれを下がスカートにしたようなやつとか、永琳が着ている変な服を白や薄ピンク一色にしたようなやつ、あと名前の書いてある肌着に、厚い布地のパンツみたいなもんを穿いたような格好とか……そんなのだ。早苗に訊けば分かるのかも知れないが、外の世界の人間も普段は私達のような服を着ているらしいし、外の世界の作業着とか仕事着とかそんなのじゃないか?」
「……ふぅん? 霖之助さん、そんなのが好きなんだ」
と、魔理沙が怪訝な表情を浮かべてきた。
「どうしたのよ魔理沙? そんな顔して?」
「あ、いやあれかな? あいつ、何度か外の世界に行ってみたいとか言っていたけどさ……やっぱり、そういう事なのかなって。さっきはその……普通かもって言ったけどさ、実はそうじゃなくて……」
「外の世界の格好をした女の人にしか興味が湧かないとか?」
魔理沙は頷いた。
「ああ。それに、よくよく考えてみれば……どれもこれも中途半端に服を着た写真ばっかりでさ。いやっ!? 別に全部を見たわけじゃないんだぜ? でも、そんなのばっかりっていうのも、趣味が偏りすぎだろと……髪型とか、体型とか、胸の大きさとか、そういうのは関係なさそうなのに。それに、そうだよ、服を着た女の人にしか興奮しないとかいうのも……ちょっと変だよ……な?」
「そう……ね」
霊夢も頷く。
「こうして考えてみたら、納得だわ。霖之助さん、考えてみたら女性と付き合っていたとか、浮いた話が全然出てこないし……だから私も、霖之助さんの事、あまりそういうのに興味の無い人だって思っていたんだけど。でも、そうじゃなくて、外の世界のこういう格好をした女の人にしか興味が湧かない……って、事だったのかも?」
霊夢は頭を振った。何て事だ。知り合いが、そんな性癖を抱え込んでいたなんて。ずっと、気付かなければよかったのにと思った。
「なあ、霊夢? お前……さ、香霖のこと嫌いに――」
「ならないわよ。確かに、ちょっぴり性癖が偏っているかも知れないけど、他人様に迷惑掛けるわけじゃないでしょ? そんなので今更付き合いを変えようとか思わないわよ。あんたもそうでしょ?」
「当たり前じゃないかっ! そんな気は私だって無いぜ」
霖之助の人となりは知っている。だから、霊夢はそこで彼を拒絶しようとまでは、思えなかった。昔からの付き合いの魔理沙なら尚更だろう。そんな彼女の目の前で、こんな理由で彼を拒絶するのは尚更だ。
「そ……それに、服を着たままとかいうのが好きとか、そういう男の人も多いんでしょ? 魔理沙も、最初に写真を見たときにどん引きしたってわけでもないんだし」
「でも、このままでいいのかっていうと、そうじゃないと思うぜ?」
「そうね」
霊夢は小さく溜息を吐いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日。
霊夢は無縁塚へとやって来た。
霖之助がどこでそんなものを調達してきたのかと考えれば、思い当たる節といえばここしか思い浮かばない。
これまで彼が手に入れたものを強引に取り上げることは出来ない。無理矢理、彼の性癖を矯正することも出来ない。こういう話が、とてもデリケートな問題であることくらいは彼女らも理解している。他人がとやかく言ったところで、本人にしてみれば大きなお世話だろう。
しかし、やっぱりこのままでいいのかというと、そうは思えない。
と、すればどうするべきか?
原因を根元から断つ。彼が調達しようにも、それが綺麗さっぱり、無くなってしまえばいいのだ。
彼も、いつまでも同じ本を見ていても飽きることだろう。そうすれば、飽きた本は捨てることになる。しかし、そのときに新しい本が無ければどうだろうか?
流石に、そこで一足飛びに外の服フェチを治せるとまでは霊夢も思っていない。しかし、せめてこれ以上の悪化を食い止めることくらいは出来るのではないか? そして、やがてはそんな性癖も改善されるのではないだろうか?
そんなわけで、ここにそういう本があったら見付け次第、焼却処分しようというわけであった。
魔理沙も誘ったのだが、直前になって遅れると言ってきた。何でも、八卦炉の燃料が心許ないらしい。先にそっちを集めてから合流すると言ってきた。
霊夢は無縁塚を一人、散策する。相変わらず、何をどう使うのかよく分からない道具がそこかしこに転がっていた。もしもこれらが付喪神化でもしたら、面倒だなとか、霊夢は思った。
「いっそのこと、魔理沙に頼んで一度ここら辺一帯を根こそぎ薙ぎ払った方がいいかも知れないわね。変な本を探すのも面倒くさいし」
頭を掻いて、霊夢はぼやいた。
「だいたい、霖之助さんも霖之助さんよ。わざわざそんな本を拾ってとか……。子供じゃあるまいし、もうちょっと考えなさいよね。みっともない」
そこら辺の道ばたに落ちていたエロ本を見付けて、きょろきょろと周囲を伺い、しゃがみ込んで中身を確認する霖之助の姿。
道ばたの草むらの前に、そんな彼の姿を想像して、霊夢は大きく溜息を吐いた。やっぱり、みっともない。
「うん?」
と、霊夢は眺めていた草の陰とは隣の草陰に、何冊か本が落ちているのを見付けた。題名がどうなっているのかとか、そんな細かいところは見えないけれど、何となくだが卑猥な本だと思った。そんな空気を醸し出していた。
どうやら早速、処分対象のブツが見付かったようだ。
やれやれと、霊夢は本に近付く。こうもホイホイ見付かるというのなら、一帯ここにはどれだけそういう本があることなのやら。
冗談半分に考えていた、魔理沙になぎ払って貰うという案が一番いいような気がしてきた。
あと、そんな情報は間違っても人里には流さない方がいいと思った。
無縁塚は幻想郷縁起にも危険度極高と書かれ、危険地帯として広く知れ渡ってはいる。しかし、性に興味津々な男……特に、子供がそういった本を探しに来るようになるかも知れない。危険という文字は、幼い冒険心をそそるものだ。そして、理解しがたいが……男はそういう欲望によって、そんな理性的な判断、我慢が出来ないことがあるらしい。
「本当に男って奴は、馬鹿ばっかりなんだから」
霊夢は、落ちていた本を拾った。ここに流れ着いてきてそんなに時間が経っていないのか、状態は悪くないようだ。紙が、雨露に濡れて皺になっていない。
「ぬえっ!?」
手にした本を見て、霊夢は思わず呻いた。
その本の表紙には、写真は無かった。代わりに、肌の露出多めのイラストが書いてあった。漫画本のようだ。
しかし――
「お、おお……お、と……おと……男っ!?」
表紙を飾るイラストには、服をはだけさせた男のイラストが描いてあった。それも、とても格好良くて、でも嘆美で色気のある美男子と美少年だ。彼らは熱っぽい視線で互いを見つめ合っている。
“先輩の胸板……厚いですよね”
“や、止めろ……胸を……なぞるな”
“止めろって言うなら、僕のこと押しのければいいじゃないですか。先輩の方が、立派な体しているんだし。つまり、僕を期待しているって……ことなんですよね?”
“くっ……そんな、こと……”
“抵抗、しないんですか?”
思わず、そんな台詞が霊夢の脳裏に浮かんだ。
慌てて、霊夢は首を振ってそんな妄想を頭の外へと追い出す。
「何よ……これ?」
霊夢は口に手を当てた。顔が熱い。
男性向けの卑猥な本があるというのは、聞いているし、それはそれで不思議ではないと思っていた。しかし、こんなものがあるとは、早苗にも聞いたことが無かった。
ごくりと、霊夢の喉が上下した。
最初に感じたのは、恐怖だった。手が震える。もしも、今ここでこれの中身を見てしまったら、自分はもう戻れなくなってしまう。そんな、予感。
けれども、心臓が痛い。
その痛みは、恐怖でもあり。同時に強く、悪魔的な誘惑でもあった。
“もしも本当にこの本を読んでしまったら、そのとき自分はどうなってしまうのか?”
その、妖しい好奇心に抗することが出来ない。
「駄目……駄目よ。こんなの、いけないわ。私は、巫女なのよ。こんな本なんて」
そう呟きつつも、震える指が表紙をめくる動きを止めてくれない。
そして、その中身はあっさりと霊夢の目の前に現れた。
「やっ……嘘、そんな、いきなりなの?」
最初の一ページ目から、若い男と男がキスをしていた。不意打ちだったのか、精悍な顔つきの男が目を丸くして、頬を赤く染めていた。
不意打ちでキスをしてきた少年は、どちらかというと美少女と言っても通じそうな、可愛らしい顔立ちをしていた。
霊夢は次のページをめくった。
“ご、ごめんなさい。先輩。僕、そんなつもりじゃ……。でも、どうしても我慢、出来なくて……”
“あ、おいっ!?”
可愛らしい顔立ちの美少年が、精悍な顔つきの青年から背を向けて逃げ出した。夕闇の彼方へと消えていく。そんな少年を青年は戸惑った表情のまま、手は伸ばしても、追いかけることはしなかった。
ただ、青年はその場に立ち尽くして、指で自分の唇をなぞった。無意識に、先程の少年から受けたキスの感触を思い出すように。
そんなシーンを見て、霊夢はぞくりと、背筋を何かが駆け上ったような感覚を覚えた。
危険だと思った。この本を手に取らなければよかったと、霊夢は後悔した。
自分の中で、長く気付いていなかった危険な感情、未知の感覚が目覚めようとしている。それを霊夢は自覚した。
堕ちていく。自分の中で、頑なに守っていた何かが、崩れ去られようとしていく。それがとても恐くて、でも、どうしようも無く心地いい。
「はぁ……はぁっ」
息が荒い。
「駄目よ。もう……これ以上は駄目。こんなところで、こんなこと……いけないわ。ああっ! でもっ」
指が止まってくれない。
体の奥が、火の付いたように熱い。
貪るように、霊夢はページをめくり続けていく。
ふと、霊夢の脳裏に閃くような何かがよぎった。
霊夢は没頭していた書物から目を離し、周囲を見渡した。ひょっとしたら、ここに落ちていた本は他のものもみんな……そうなのか?
「う……は……あああぁっ!?」
霊夢の目が、大きく見開かれる。
ここは、宝の山だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
森近霖之助は、大きく溜息を吐いた。
まさか、魔理沙に秘蔵の大人向け書物を見付けられるとは思わなかった。昨日は何も言われなかったが、心の底ではどう思われたことやら。
いい歳をして、と言われればそうなのだが……というか、生きた年月だけで言えば普通の人間よりもずっと長いのだが、それでもこういうのは恥ずかしい。
次に魔理沙と顔を合わせたとき、自分はどんな顔をすればいいのだろうか?
「いや、それもあの子の出方次第だな」
やっぱり、自分が机の上に置かれたあれらを見付けるまでそうだったように、何事も無かったかのような顔をしてくるのか? それとも、こちらをからかってくるのか? あるいは、軽蔑したと近寄っても来ないのか?
女心はよく分からない。あの年頃の少女なら、尚更だ。頭に浮かんだどの反応も、あり得そうな気がしてならない。
いかんなあ、と霖之助は頭を掻いた。
考えていても詮無いことだと分かってはいるものの、それでも考えてしまう。だからこうして、気晴らしにと仕入れに出かけてみたのだが、それでもまだこんな事を考えていては、何しに出てきたのだと思った。
何か、一時でもそんな考え事を忘れさせてくれるような、そんな興味を惹く珍しい物でも落ちていないものだろうか?
「おや?」
見知った顔……というか、背中を見付けた。博麗霊夢。こんなところで、珍しいと彼は思った。
妖怪退治か何かに来たのだろうか? そんなことを一瞬、思ったがそうではない気がした。何となくだが、周囲に対して無警戒だと思った。気迫というかそういうものが感じられない。遠目で見ても隙がありすぎる。それもまた、珍しい。
霊夢はその場で立ち尽くしたまま、顔を少し俯かせている。背後からだとよく分からないが、目の前にある何かを夢中で眺めているかのようだ。
「ふむ」
霖之助は、そんな彼女の姿に興味をそそられた。あと、彼女をそうさせる代物とはどんな物かというのもだ。
それと、そんな無防備だと危険だと注意しておいた方がいいだろう。
彼は霊夢へと近付いていった。
「やあ、霊夢。こんなところで会うなんて奇遇だね」
霊夢はあからさまに、びくっと体を震わせた。本当に、全くの無警戒だったようだ。霖之助は自然に声を掛けたつもりだったのだが。
「り、霖之助さんっ!? 何でこんな所に、いきなりっ!?」
「いや? 仕入れに来ただけだよ? それで、霊夢の姿を見付けたから声を掛けたんだが……驚かせてしまったようだね。すまない」
霖之助は頭を下げた。
「ところで、こんな所に霊夢がわざわざ足を運ぶなんて珍しいね。妖怪退治か何かかい?」
「え? あ? え~と? まあ、そうね……そんなところよ。うん」
嘘だな、と霖之助は見抜いた。というか、見抜いたと言えるのだろうか? 目を泳がせて、半笑いの混じった口調。誤魔化そうとして盛大に失敗している。ここまで分かりやすい反応は逆に、今までそうそう見たことが無い。
おそらく、また何か、誰からか怪しい儲け話を持ちかけられて、それに乗ってのこのことこんな所まで出張ってきたというところだろう。
「ところで、霊夢? 近付いてくる僕にも気付かないくらいに、何かに夢中になっていたようだけれど、さっきから何を見ていたんだい?」
「な、何のことかしら~?」
「さっき、咄嗟に巫女服の中に隠した何かのことだよ。君がそんな反応を見せる物なんて珍しいからね。出来れば、僕にも見せてくれないかい? 別に、横取りしようとか思っていないからさ」
害意は無いと、霖之助は霊夢に微笑んだ。
しかし、霊夢は呻き声を上げた。滝のような汗を額に浮かべる。
「どうしたんだい、霊夢? さあ?」
霖之助は手を出し、一歩前へと踏み出した。それに対して、霊夢は怯えたように一歩後ろに下がった。
「大丈夫だって、ちょっと見てみたいだけだから」
「え……でも、だって……」
「頼むよ、霊夢」
「う……あうぅ」
霊夢がこんな反応を見せてくることなど、今まで無かったことだ。
これは、どうやら相当に珍しく、貴重な何かを彼女は見付けたということに違いない。そう、霖之助は確信した。
焦らされれば焦らされるほど、霖之助は道具屋としての興味が強くそそられるのを感じた。色は? 形は? どんなものなのか、一目見てみたくて仕方無い。
「霊夢っ!」
「きゃっ!?」
我慢出来ず、霖之助は思わず彼女の服へと手を伸ばしてしまった。慌てて身をよじった霊夢に避けられたが。
「ああっ!? ごめん、霊夢。でも、頼む。一目、一目だけでいいからっ!」
服を腕で抱える霊夢は、絶体絶命といった表情を浮かべてきた。そんなに、追い詰めるような真似をしたつもりは無いのだけれど。確かに、無理矢理奪うような真似をしてしまったのはマズいと思ったが。
「ごめんなさいっ!」
「あっ!? 霊夢っ!?」
霊夢は踵を返して、その場から駆け出していった。慌てて、霖之助はその姿を追った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
無縁塚に到着した。
魔理沙は周囲を見渡し、霊夢の姿を探した。待ち合わせ場所から、そんなに遠くへと離れてはいないはずだと思うのだけれど。
まあ、適当にうろついていれば見付かるだろう。そんな呑気なことを考えながら、無縁塚の奥へと歩いて行く。
「おん?」
早速だが、霊夢の姿が見付かった。すぐに見付かってよかったと魔理沙は思った。
しかし、妙だと思った。
霊夢が空を飛びもせず、血相を変えて走ってくる。
「まさかっ!?」
あの霊夢が取り乱すほどにヤバい妖怪が出たのだろうか? 魔理沙は八卦炉を取り出した。霊夢の元へと駆け寄っていく。
「お~い、霊夢っ! 何かあったのかっ!」
その身を抱きかかえるようにして駆け寄ってくる霊夢。その息は荒い。
“待てっ! ちょっと、待ってくれ霊夢~っ!!”
「あれ?」
霊夢の後方から、霖之助が姿を現した。
その様子から察するに、霖之助が霊夢を追いかけ、そして霊夢は霖之助から逃げてきたということのようだ。
魔理沙の背中に隠れる霊夢に、魔理沙は首を傾げた。
「おい霊夢? お前、霖之助と何かあったのか?」
「お願い、魔理沙。助けてっ!」
「は? 助けて? どういうことだ?」
何がなにやら訳が分からないと、魔理沙は困惑する。どんな妖怪でも返り討ちにするような巫女が、霖之助の一体何を恐れるというのか?
“霖之助さんがっ! 私の服の下にある、乙女の大事な物を無理矢理奪おうとしてくるのっ!”
その一言。
その一言が何を意味していたのか、理解出来ないほど魔理沙は子供ではない。そして、霖之助も男であることを理解している。
魔理沙の頭が、カッと熱くなった。
あと、情けなかった。こんな男を慕っていたなんて……。
「さよならだぜ、香霖」
小さく呟いたその声は、自分でも驚くほどに静かな声だと思った。本当に怒ったときは、却って冷静になれるものだと聞いたことがある気がするが、つまりはこれがそうなのかと、頭の片隅で考えた。
八卦炉の出力を最大出力に設定。
「お~い。魔理沙、ちょっと霊夢のことを――」
“ファイナルマスタースパーク”
極大の光に、霖之助の姿が消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
霊夢を追っていたら、魔理沙の姿も見付けた。
今はちょっと顔を合わせにくいが、霊夢を引き留めてくれるのなら好都合だと思った。
話せばきっと魔理沙も分かってくれるだろう。珍品マニアだ。霊夢が隠した物を見るために、彼女が協力してくれる可能性は高い。
「お~い。魔理沙、ちょっと霊夢のことを――」
しかし、魔理沙は八卦炉をこちらに向けてくる。
霖之助は、顔が引きつるのを感じた。
その一瞬後、視界一面をまばゆい光が包み込んだ。
“どうやら、僕は相当に魔理沙に軽蔑されてしまっていたようだ”
そんな悲しい現実を認識するのが、人生の終わりだなんて、本当に悲しいと霖之助は思った。
そして、彼の意識は途切れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
全身が痛い。
生きているのが不幸なのか幸運なのか、よく分からない。
自分を手当てしてくれたのは、女性らしい。それも、どうやら竹林の薬師であるらしかった。そして、噂で聞いた永遠亭に入院しているということだろう。
全身包帯だらけで目も開けられないので、状況は彼女の声でしか聞いていない。
包帯に覆われた体が暑くて仕方ない。あと、身動きが取れないのも辛い。いっそのこと、治るまで睡眠薬か何かでずっと眠らせて欲しいと思った。
「霊夢、お前な。紛らわしい言い方するんじゃないぜ。香霖を真っ黒焦げにしちまったじゃないか」
「なっ!? 何よ。勘違いした魔理沙が悪いんじゃない」
「当たり前だろうがっ! あんな言い方されたら、誰だって驚くっての」
どうやら、近くに霊夢と魔理沙がいるらしい。一応、お見舞いのつもりだろうか? それなら、せめて静かにしていて欲しいと思った。
「それで? お前、一体何を隠していたんだよ? 治療中の間も、ず~っと隠していたけど」
「あー、うん。これ……なんだけど」
魔理沙が吹き出した。
「お、おま……これ……ななな……何だよこれっ!?」
魔理沙が慌てふためいた声を出すのを聞いて、霖之助は耳に全神経を集中させた。
「マジ……かよ。ええっ!? こんな、すご……うわ……」
「ね? 凄いでしょ? ほら、特にこことか」
「ちょっ!? おま……いいって、もっとゆっくり見させろよ。ふぉっ!? いきなりこんな……ええぇっ!? 嘘……こんなの、こんなの私知らない。頭が変になっちゃいそう」
「でも、そんなこと言って、魔理沙……ほら、あなた、今どんな顔しているか分かる? あなたも、嫌いじゃないでしょ?」
興奮した魔理沙と霊夢の吐息が、病室に響いてくる。
くそっ! 彼女たちは一体どんな凄い物を見ているんだっ!?
霖之助は、あんな本を隠していなければ、もしかしたら一緒にそれを見ることが出来たのかも知れないのにと、悔しく思った。
退院したら、あの本を捨てるべきだろうか? そうすれば、魔理沙もひょっとしたら……いやしかし、あれらはとっておきのお気に入りだ。捨てるのはあまりにも惜しい。
好奇心と雄の本能のせめぎ合いに、霖之助は呻き声を上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちなみに後日、霖之助の与り知らないところで、腐想異変と呼ばれる異変が起きたり起きなかったりしたようだが……。
それはまた、別の話である。
―END―
カオスですねwwwとくに里の男達が紳士すぎてあきれを通り越してもはや清々しいです。
しかし霊夢のあの妄想は無理があるかと。
幻想郷で先輩とか後輩とか普段聞かないでしょうから。
少女達の幻想郷がヤオイに染まる・・・・・・
・・・おめでとう! 今、創想話に新たなジャンルが誕生した!!
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