遺言 霧雨魔理沙
考えたくもないことだけれども。
もしかしたら、私はみっともなく死んだのだろうか?
私がこのような遺書というものを書き、自らの思いのあらましを後に残そうと考えたのは、とある実験が発端だった。
ラルラ茸という、幻想郷は魔法の森に現れた新種の茸がある。私はある日、これをどうにかして魔法の原料にできないかと考えた。
まず、今までの茸と同じように、煮て、混ぜて、乾燥させて、最終的に丸い固形物にする。そして、固形化してメロンのような色合いになったそれをとりあえず思いっきり床に叩き付けた。
この時、私は油断してしまった。
本来、魔術の実験をする場合には、魔術の暴走を防ぐために対策用の術を何重にも複雑に配置しなければいけない。私は、その術の配置をほんの少し間違えてしまったのだ。
何度もやった術のはずなのに。やはり、どうしようもないほどの油断があったとしか思えない。きっと、私はのぼせ上がっていたのだろう。
霧雨魔理沙は所詮、弱い弱い一人の人間である。
この事実を忘れてしまっていたに違いない。
ラルラ茸の固形物を床に叩きつけた瞬間、私の家は緑色の光に包まれた。目が眩むほどの閃光。私はやばい、と思って固形物に何か魔法をかけようとした。だが、もう遅かった。やがて私の意識は遠のき、体は崩れ落ちる。
……その後のことを考えると、今でも震えが来る。
私は茸の魔法を使っているくせに、茸の本当の恐ろしさを知らなかったのだ。
次に私が目を覚ましたのは、信じがたいほどの激痛のためだった。
あれはなんといったらよいのだろう。笑い話になるかもしれないが、『針千本飲ます』という言葉が一番適切かもしれない。本当に体の中に千本の針が入っているような、そんな痛みだった。全ての内臓に針が突き刺さっているような、そんな痛みだった。
叫んだ。それこそ文字通り血を吐くほど叫んだ。のたうちまわり、白目を剥きながら、私は狂乱した。
生まれてきて体験した全ての痛みを足しても、まだ足りないぐらいの痛みの洪水。
痛みによって気絶し、またその痛みによって覚醒する。それを何百回とくりかえした。
明確な思考は、わりかし早く喪失した。ただただ『痛い』の二文字があたまを支配していた。
だが、やがて、その他の文字があたまに入り込んできた。
『死』の一文字だ。
このままだと死ぬ。死んでしまう。そんな確信の念が少しずつふくらんでくる。ほとんど機能を停止してしまったはずの思考なのに、なぜかそれだけは、はっきりとしていた。
圧倒的なまでの死が、私の生を踏み潰そうとしていた。ああ、私など所詮虫けらだ。抵抗はかけらほどの意味もない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。命を落とし無に還る。
たすけて。
誰かたすけて。
母さま。父さま。こうりん。
たすけて。
死という暴虐に包まれて、私の魂は磨耗しようとしていた。
やがて、激痛が続いたまま夜があけようとしたとき。幸運がやってきた。
のたうちまわっていた私の体のどこかが、机にぶつかった。机にはとある薬品があった。その薬品の入った筒がたまたま衝撃によって倒れ、そしてこれまた運よく薬品が私の体にかかった。
すると、あっけないほどに痛みは引いていった。それまでの痛みはなんだったのかと言いたくなるほど、簡単に私は治った。しばらく呆然とした。
痛みが治った後も私は力が出せずそのまま一日床に倒れたままだったが、それでも、痛みは去り、死の危険は去ったのだ。
……後々、私が吐いた血を慎重に調査したところ、そこにはラルラ茸の胞子がびっしりとあった。どうやらあの時、私の体のなかではラルラ茸の胞子が暴れまわっていたらしい。
とりあえずの危機はくぐりぬけた。私は九死に一生を得たのだ。
けれども。
肝心の話はこれからだ。
あの出来事からこの遺言を書くまでに三日が過ぎた。
この三日間、私の体は奇妙なほどに重かった。いや、ラルラ茸の作用ではない。これは精神的な、私の心のうちの、恐怖によるものだ。
あの激痛のなかで私は死を視た。
視たと言えるほどはっきりと認識した。
あの死が、私のなかから出て行ってくれないのだ。
朝おきると死をイメージする。メシを食べていると死をイメージする。箒で空を飛んでいると死をイメージする。
まるで死のイメージが脳髄にこびりついてしまったかのように、私はこの三日間、死を忘れることが出来ないでいる。
私は気づいてしまったのだ。いや、ようやく気づいたというべきか。
私は死ぬのだ。死ぬことを定められた存在なのだ。単純にそれが早いか遅いかの差であり、最終的にはなんらかの理由で死んでしまうのだ。
その絶対的な事実を、私はあの痛みのなかで思い知らされた。
私が遺言を書こうと思ったのは、つまりこのように死を強く意識したためである。
死が当たり前なのだと気づき、ならば死を前提とした文章、つまり遺言を書かないといけないと、半ば反射的に筆を取った。
私はこの瞬間にも死んでしまうかもしれない。
だからせめて短いメッセージだけでも誰かに残したいと思ったのだ。
親父。私は家を出たことを何も後悔していない。母さんがなくなって以来、ふさぎこんでいたあんたを無視してしまったことも、だ。
私はいろんなものを捨ててでも、魔法を究めたかった。魅魔さまについていって世界の果てまで見に行きたかった。
いろいろと文句を言いたいのは分かる。けれど、私が一つもかっこよくなかったとは言わせないぜ。
私の死に様も
か
かっこ
かっこよかっただろ?
かっこよかっただろ?
かっこよかったよな?
かっこよかったと言ってくれ。
頼む。
なんだか変だ。書きたいことがまとまらない。
親父へのそれはかっこいい決別の言葉を書いて、それから香霖へツケは家から勝手に持っていって良いと書いて。
そんなことを書いていけばよいのに。それだって書きたいことなのに。
それでも私は不安を書いてしまう。
死はいつだってやってくる。
じゃあ、その死の時、私はどんな風になっているんだ?
私はゆくゆくは大魔法使いと呼ばれる存在になりたい。でも、もしなれていなかったら? いやそれ以前に、捨食の法すらマスター出来ず、そのまま老いていってしまったら?
何者かと戦いで敗北し、もしかしたら命乞いをしているかもしれない。みっともなくなきながら、もしくはみっともなくへらへら笑いながら。それでそのまま殺されてしまったりしてな。
そうだ。そんなのは絶対に嫌だ。
私は生きている。生きている限り、それこそ流星のように輝かしく死にたい。
せめて何者かになって死にたい。
魅魔さまのように、偉大な力を持って世界の全てを見回したい。
霊夢のように何者にも縛られないようになりたい。
地位とか権力とかじゃなく、誰もが心のそこから感嘆するような素晴らしい存在になりたい。
嫌だ。そんな風にならずに死ぬのは嫌だ。もし立派にならずに死んだら、それこそ死にきれない。
それがだめなら、せめてせめて、夢を追いかけるまま死にたい。夢をあきらめたくない。
殺されてもいい。輝かしく死ねるのなら。
ああ、ちくしょう。誰か教えてくれよ。どっかには未来を視るやつのひとりぐらい居るだろ? だれでもいい。
私はどうなっているんだ? どんな風になっているんだ?
星のような人間になれているか?
立派になれているのか?
もし、恥に塗れているのなら。私はいますぐ死んでやる。
頼むよ。
死が当たり前なら、せめてその死は立派なものであってほしいんだよ。
私は立派に、あの世へと旅立ちたいんだ。
「ああ、可愛いなぁ! 可愛いなぁ、わたし!」
なんていうの? 健気! そう、健気! とにかくがむしゃらに進んで、倒れるときも前のめり! その必死さにきゅんきゅんしちゃうぜ! 我ながら!
「……なにをしておるのだ師匠? いきなりニヤニヤして」
後ろからニースの声がした。おいおい、人が萌え萌えで楽しんでいるときに無粋なことをするもんじゃないぜ?
「弟子よ、萌えという至高の時間を邪魔するもんじゃないぞ?」
「……萌えるって、過去の自分にか?」
部屋の塗装は剥がれ落ち、あちこちからすきま風が吹き込んでいる。いま、わたしの元・住居はボロボロの廃墟になっている。
けれど、それでもわたしは思い出せる。ここで過ごした輝かしい日々を。
「本当に懐かしい……家よ、霧雨魔理沙は帰ってきたぞ」
もはや一つ一つが歴史的資料となったガラクタたちのあいだを歩き回る。朽ちるのを防ぐ魔法をかけつづけても、全てが元のままとは言えない。でも、かつての我が同居人たちはなんとか形を保ってていてくれた。
「だいたい何年前の文章なのだ、わが師よ」
わたしの何千人目かの弟子、ニースが尋ねた。ええと、確か。
「二千年前、だな」
あの遺言書を書いてから二千年。霧雨魔理沙は、まだ生きている。
『星間宇宙を駆ける魔女』、それがいまのわたしの二つ名だ。いつもはこの銀河系をふらふらしている。あっちに新発明があればそれを盗み去り、こっちに戦争があればそれを引っ掻き回す。蛇蝎のように嫌われたかと思えば、わたしを中心にした宗教が誕生したりする(もちろん逃げ出したが)。
心のおもむくがまま、それはそれは自由に宇宙を駆け巡っているのだ。
「ししょー、ししょー」
スペースシップ〔グルルンガン〕から霊歌の声がした。窓から外を見ると霊歌が〔グルルンガン〕から出てくるところだった。
〔グルルンガン〕は七十メートルほどの大きさを持つわたしの宇宙船だ。その形はハロウィンのカボチャそっくりである。
「ししょー、博麗神社で巫女さんと会うじかんですよー」
「おう、もうそんな時間か。すぐ行くよ」
「霊歌め、やはりずいぶんと楽しそうにしておる」
「久しぶりの故郷だからな」
わたしが地球に戻るのは三十年ぶりだ。だが、霊歌はとっては五年ぶりである。霊歌は五年前、博麗の巫女の候補であったにも関わらず、幻想郷を飛び出してきた。わたしの評判を聞いて、それに憧れたらしい。六千光年の旅の末、小さい女の子がやってきたときは驚いたぜ。
驚くといえば現在〔グルルンガン〕に乗り込んでいるメンバー、わたし、霊歌、そしてもう一人であるニースも、なかなかおもしろい経歴だったな。なんせ、とある星間帝国の皇女だ。
大活劇の末、見事に悪い魔女がお姫様をさらったということだ。まあ、全部こいつの希望通りなわけだが。物好きめ。
「霊歌も博麗神社とのもめごとが終わってほっとしておるだろうな」
「橙……いや三代目八雲紫との喧嘩は大変だったぜ。最後にはこっちの勝ちだったが。お前の問題のなんとか出来るといいんだが」
「ふん、私はもう帝星には帰らんよ。それよりも、ほれ、これを飲み終えたら神社に行こうじゃないか」
青い髪に青い目の新生人類はこちらをきっ、と睨んだかと思えば、すぐに破顔し、私に飲み物を渡してくれた。コップに入ったそれは。
「ラルラジュースか」
色はメロンに似ている。においはイチゴに似ているか?
あのラルラ茸を精製してつくるジュースだ。
かつて人間が長い年月をかけて河豚を食べる技術を編み出したように、わたしも苦労してこの茸の利用方法を見つけ出した。
いまとなってはミニ八卦炉印のラルラジュースとして全銀河系で大ヒット、わたしの資金源の一つになっている。味は保証するぜ。
「……さて」
新しい博麗の巫女がなかなかおもしろい奴であると聞きつけて、久しぶりに地球は幻想郷にやってきた。科学と幻想のハイブリッド技術体系が普遍化したこの時代において、博麗の巫女はそこそこ大きな存在だ。そんな時代状況のなか今回の奴はなかなか強大な力を保有しているらしい。銀河系に一波乱くるかもしれん。まあ、一波乱きたほうが楽しいのだが。
で、ついでに昔のわたしの家に寄ったわけだ。そうしたら偶然、はるか昔まだ人間だったころに書いた遺言書がでてきたのだ。いやいや、なかなかおもしろいものを見させてもらった。
おもしろいなんて言ったら、昔のわたしは怒るかな? でも安心しろよ。お前はちゃんと魔法使いになれたんだぜ? いまや銀河にその名前を轟かせているんだ。
たしかこの遺言書を書いたのが、レミリアの紅霧異変の前だったか。遺言書を書いてからしばらくはうじうじしていた。でもさ、考えてみろよ。ここは幻想郷だぜ?
わくわくして、楽しいことがいくらでもある場所なんだぜ?
そりゃ、へたしたら死ぬこともあるかもしれない。何者かになる前に死ぬかもしれない。でもだからって、目の前の楽しいことを無視できるほどお前は出来た人間か? 違うだろう?
お前はいろんな奴に出会って、どんどん強くなる。どこまでも強くなる。そして夢を叶え、その夢の先へ突撃していくんだ。未来のわたしがそれを保証してやる。
霧雨魔理沙ってやつはそれはそれは凄いやつなんだぜ?
まあ、この思考が過去に届くことはない。過去のわたしは、思いっきり悩めばいい。苦しめ苦しめ。
過去の絶望を未来の栄光がニヤニヤしながら笑っててやるぜ。
「さてと! それじゃいこうか」
ラルラジュースを飲み終えていきおいよく部屋の外へと飛び出した。遺言書は持ったまま。この遺言書はわたしの萌え源として丁重に扱おうじゃないか。
「神社ではなにをする気だ師匠?」
「もちろん……弾幕ごっこだ! 派手にいこうぜ!」
ずかずかと家のなかを行く。すると、鏡が目に止まった。二千年前からある鏡。二千年前にわたしを映した鏡。
そこには、二千年前と同じ姿をした少女が映っている。
輝かしく、どこまでも輝かしく。
わたしという名の流星はこれからも駆け続ける。
考えたくもないことだけれども。
もしかしたら、私はみっともなく死んだのだろうか?
私がこのような遺書というものを書き、自らの思いのあらましを後に残そうと考えたのは、とある実験が発端だった。
ラルラ茸という、幻想郷は魔法の森に現れた新種の茸がある。私はある日、これをどうにかして魔法の原料にできないかと考えた。
まず、今までの茸と同じように、煮て、混ぜて、乾燥させて、最終的に丸い固形物にする。そして、固形化してメロンのような色合いになったそれをとりあえず思いっきり床に叩き付けた。
この時、私は油断してしまった。
本来、魔術の実験をする場合には、魔術の暴走を防ぐために対策用の術を何重にも複雑に配置しなければいけない。私は、その術の配置をほんの少し間違えてしまったのだ。
何度もやった術のはずなのに。やはり、どうしようもないほどの油断があったとしか思えない。きっと、私はのぼせ上がっていたのだろう。
霧雨魔理沙は所詮、弱い弱い一人の人間である。
この事実を忘れてしまっていたに違いない。
ラルラ茸の固形物を床に叩きつけた瞬間、私の家は緑色の光に包まれた。目が眩むほどの閃光。私はやばい、と思って固形物に何か魔法をかけようとした。だが、もう遅かった。やがて私の意識は遠のき、体は崩れ落ちる。
……その後のことを考えると、今でも震えが来る。
私は茸の魔法を使っているくせに、茸の本当の恐ろしさを知らなかったのだ。
次に私が目を覚ましたのは、信じがたいほどの激痛のためだった。
あれはなんといったらよいのだろう。笑い話になるかもしれないが、『針千本飲ます』という言葉が一番適切かもしれない。本当に体の中に千本の針が入っているような、そんな痛みだった。全ての内臓に針が突き刺さっているような、そんな痛みだった。
叫んだ。それこそ文字通り血を吐くほど叫んだ。のたうちまわり、白目を剥きながら、私は狂乱した。
生まれてきて体験した全ての痛みを足しても、まだ足りないぐらいの痛みの洪水。
痛みによって気絶し、またその痛みによって覚醒する。それを何百回とくりかえした。
明確な思考は、わりかし早く喪失した。ただただ『痛い』の二文字があたまを支配していた。
だが、やがて、その他の文字があたまに入り込んできた。
『死』の一文字だ。
このままだと死ぬ。死んでしまう。そんな確信の念が少しずつふくらんでくる。ほとんど機能を停止してしまったはずの思考なのに、なぜかそれだけは、はっきりとしていた。
圧倒的なまでの死が、私の生を踏み潰そうとしていた。ああ、私など所詮虫けらだ。抵抗はかけらほどの意味もない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。命を落とし無に還る。
たすけて。
誰かたすけて。
母さま。父さま。こうりん。
たすけて。
死という暴虐に包まれて、私の魂は磨耗しようとしていた。
やがて、激痛が続いたまま夜があけようとしたとき。幸運がやってきた。
のたうちまわっていた私の体のどこかが、机にぶつかった。机にはとある薬品があった。その薬品の入った筒がたまたま衝撃によって倒れ、そしてこれまた運よく薬品が私の体にかかった。
すると、あっけないほどに痛みは引いていった。それまでの痛みはなんだったのかと言いたくなるほど、簡単に私は治った。しばらく呆然とした。
痛みが治った後も私は力が出せずそのまま一日床に倒れたままだったが、それでも、痛みは去り、死の危険は去ったのだ。
……後々、私が吐いた血を慎重に調査したところ、そこにはラルラ茸の胞子がびっしりとあった。どうやらあの時、私の体のなかではラルラ茸の胞子が暴れまわっていたらしい。
とりあえずの危機はくぐりぬけた。私は九死に一生を得たのだ。
けれども。
肝心の話はこれからだ。
あの出来事からこの遺言を書くまでに三日が過ぎた。
この三日間、私の体は奇妙なほどに重かった。いや、ラルラ茸の作用ではない。これは精神的な、私の心のうちの、恐怖によるものだ。
あの激痛のなかで私は死を視た。
視たと言えるほどはっきりと認識した。
あの死が、私のなかから出て行ってくれないのだ。
朝おきると死をイメージする。メシを食べていると死をイメージする。箒で空を飛んでいると死をイメージする。
まるで死のイメージが脳髄にこびりついてしまったかのように、私はこの三日間、死を忘れることが出来ないでいる。
私は気づいてしまったのだ。いや、ようやく気づいたというべきか。
私は死ぬのだ。死ぬことを定められた存在なのだ。単純にそれが早いか遅いかの差であり、最終的にはなんらかの理由で死んでしまうのだ。
その絶対的な事実を、私はあの痛みのなかで思い知らされた。
私が遺言を書こうと思ったのは、つまりこのように死を強く意識したためである。
死が当たり前なのだと気づき、ならば死を前提とした文章、つまり遺言を書かないといけないと、半ば反射的に筆を取った。
私はこの瞬間にも死んでしまうかもしれない。
だからせめて短いメッセージだけでも誰かに残したいと思ったのだ。
親父。私は家を出たことを何も後悔していない。母さんがなくなって以来、ふさぎこんでいたあんたを無視してしまったことも、だ。
私はいろんなものを捨ててでも、魔法を究めたかった。魅魔さまについていって世界の果てまで見に行きたかった。
いろいろと文句を言いたいのは分かる。けれど、私が一つもかっこよくなかったとは言わせないぜ。
私の死に様も
か
かっこ
かっこよかっただろ?
かっこよかっただろ?
かっこよかったよな?
かっこよかったと言ってくれ。
頼む。
なんだか変だ。書きたいことがまとまらない。
親父へのそれはかっこいい決別の言葉を書いて、それから香霖へツケは家から勝手に持っていって良いと書いて。
そんなことを書いていけばよいのに。それだって書きたいことなのに。
それでも私は不安を書いてしまう。
死はいつだってやってくる。
じゃあ、その死の時、私はどんな風になっているんだ?
私はゆくゆくは大魔法使いと呼ばれる存在になりたい。でも、もしなれていなかったら? いやそれ以前に、捨食の法すらマスター出来ず、そのまま老いていってしまったら?
何者かと戦いで敗北し、もしかしたら命乞いをしているかもしれない。みっともなくなきながら、もしくはみっともなくへらへら笑いながら。それでそのまま殺されてしまったりしてな。
そうだ。そんなのは絶対に嫌だ。
私は生きている。生きている限り、それこそ流星のように輝かしく死にたい。
せめて何者かになって死にたい。
魅魔さまのように、偉大な力を持って世界の全てを見回したい。
霊夢のように何者にも縛られないようになりたい。
地位とか権力とかじゃなく、誰もが心のそこから感嘆するような素晴らしい存在になりたい。
嫌だ。そんな風にならずに死ぬのは嫌だ。もし立派にならずに死んだら、それこそ死にきれない。
それがだめなら、せめてせめて、夢を追いかけるまま死にたい。夢をあきらめたくない。
殺されてもいい。輝かしく死ねるのなら。
ああ、ちくしょう。誰か教えてくれよ。どっかには未来を視るやつのひとりぐらい居るだろ? だれでもいい。
私はどうなっているんだ? どんな風になっているんだ?
星のような人間になれているか?
立派になれているのか?
もし、恥に塗れているのなら。私はいますぐ死んでやる。
頼むよ。
死が当たり前なら、せめてその死は立派なものであってほしいんだよ。
私は立派に、あの世へと旅立ちたいんだ。
「ああ、可愛いなぁ! 可愛いなぁ、わたし!」
なんていうの? 健気! そう、健気! とにかくがむしゃらに進んで、倒れるときも前のめり! その必死さにきゅんきゅんしちゃうぜ! 我ながら!
「……なにをしておるのだ師匠? いきなりニヤニヤして」
後ろからニースの声がした。おいおい、人が萌え萌えで楽しんでいるときに無粋なことをするもんじゃないぜ?
「弟子よ、萌えという至高の時間を邪魔するもんじゃないぞ?」
「……萌えるって、過去の自分にか?」
部屋の塗装は剥がれ落ち、あちこちからすきま風が吹き込んでいる。いま、わたしの元・住居はボロボロの廃墟になっている。
けれど、それでもわたしは思い出せる。ここで過ごした輝かしい日々を。
「本当に懐かしい……家よ、霧雨魔理沙は帰ってきたぞ」
もはや一つ一つが歴史的資料となったガラクタたちのあいだを歩き回る。朽ちるのを防ぐ魔法をかけつづけても、全てが元のままとは言えない。でも、かつての我が同居人たちはなんとか形を保ってていてくれた。
「だいたい何年前の文章なのだ、わが師よ」
わたしの何千人目かの弟子、ニースが尋ねた。ええと、確か。
「二千年前、だな」
あの遺言書を書いてから二千年。霧雨魔理沙は、まだ生きている。
『星間宇宙を駆ける魔女』、それがいまのわたしの二つ名だ。いつもはこの銀河系をふらふらしている。あっちに新発明があればそれを盗み去り、こっちに戦争があればそれを引っ掻き回す。蛇蝎のように嫌われたかと思えば、わたしを中心にした宗教が誕生したりする(もちろん逃げ出したが)。
心のおもむくがまま、それはそれは自由に宇宙を駆け巡っているのだ。
「ししょー、ししょー」
スペースシップ〔グルルンガン〕から霊歌の声がした。窓から外を見ると霊歌が〔グルルンガン〕から出てくるところだった。
〔グルルンガン〕は七十メートルほどの大きさを持つわたしの宇宙船だ。その形はハロウィンのカボチャそっくりである。
「ししょー、博麗神社で巫女さんと会うじかんですよー」
「おう、もうそんな時間か。すぐ行くよ」
「霊歌め、やはりずいぶんと楽しそうにしておる」
「久しぶりの故郷だからな」
わたしが地球に戻るのは三十年ぶりだ。だが、霊歌はとっては五年ぶりである。霊歌は五年前、博麗の巫女の候補であったにも関わらず、幻想郷を飛び出してきた。わたしの評判を聞いて、それに憧れたらしい。六千光年の旅の末、小さい女の子がやってきたときは驚いたぜ。
驚くといえば現在〔グルルンガン〕に乗り込んでいるメンバー、わたし、霊歌、そしてもう一人であるニースも、なかなかおもしろい経歴だったな。なんせ、とある星間帝国の皇女だ。
大活劇の末、見事に悪い魔女がお姫様をさらったということだ。まあ、全部こいつの希望通りなわけだが。物好きめ。
「霊歌も博麗神社とのもめごとが終わってほっとしておるだろうな」
「橙……いや三代目八雲紫との喧嘩は大変だったぜ。最後にはこっちの勝ちだったが。お前の問題のなんとか出来るといいんだが」
「ふん、私はもう帝星には帰らんよ。それよりも、ほれ、これを飲み終えたら神社に行こうじゃないか」
青い髪に青い目の新生人類はこちらをきっ、と睨んだかと思えば、すぐに破顔し、私に飲み物を渡してくれた。コップに入ったそれは。
「ラルラジュースか」
色はメロンに似ている。においはイチゴに似ているか?
あのラルラ茸を精製してつくるジュースだ。
かつて人間が長い年月をかけて河豚を食べる技術を編み出したように、わたしも苦労してこの茸の利用方法を見つけ出した。
いまとなってはミニ八卦炉印のラルラジュースとして全銀河系で大ヒット、わたしの資金源の一つになっている。味は保証するぜ。
「……さて」
新しい博麗の巫女がなかなかおもしろい奴であると聞きつけて、久しぶりに地球は幻想郷にやってきた。科学と幻想のハイブリッド技術体系が普遍化したこの時代において、博麗の巫女はそこそこ大きな存在だ。そんな時代状況のなか今回の奴はなかなか強大な力を保有しているらしい。銀河系に一波乱くるかもしれん。まあ、一波乱きたほうが楽しいのだが。
で、ついでに昔のわたしの家に寄ったわけだ。そうしたら偶然、はるか昔まだ人間だったころに書いた遺言書がでてきたのだ。いやいや、なかなかおもしろいものを見させてもらった。
おもしろいなんて言ったら、昔のわたしは怒るかな? でも安心しろよ。お前はちゃんと魔法使いになれたんだぜ? いまや銀河にその名前を轟かせているんだ。
たしかこの遺言書を書いたのが、レミリアの紅霧異変の前だったか。遺言書を書いてからしばらくはうじうじしていた。でもさ、考えてみろよ。ここは幻想郷だぜ?
わくわくして、楽しいことがいくらでもある場所なんだぜ?
そりゃ、へたしたら死ぬこともあるかもしれない。何者かになる前に死ぬかもしれない。でもだからって、目の前の楽しいことを無視できるほどお前は出来た人間か? 違うだろう?
お前はいろんな奴に出会って、どんどん強くなる。どこまでも強くなる。そして夢を叶え、その夢の先へ突撃していくんだ。未来のわたしがそれを保証してやる。
霧雨魔理沙ってやつはそれはそれは凄いやつなんだぜ?
まあ、この思考が過去に届くことはない。過去のわたしは、思いっきり悩めばいい。苦しめ苦しめ。
過去の絶望を未来の栄光がニヤニヤしながら笑っててやるぜ。
「さてと! それじゃいこうか」
ラルラジュースを飲み終えていきおいよく部屋の外へと飛び出した。遺言書は持ったまま。この遺言書はわたしの萌え源として丁重に扱おうじゃないか。
「神社ではなにをする気だ師匠?」
「もちろん……弾幕ごっこだ! 派手にいこうぜ!」
ずかずかと家のなかを行く。すると、鏡が目に止まった。二千年前からある鏡。二千年前にわたしを映した鏡。
そこには、二千年前と同じ姿をした少女が映っている。
輝かしく、どこまでも輝かしく。
わたしという名の流星はこれからも駆け続ける。
どういう終わり方になるかなーって遺言のところ読みながら思ってたけど、こういう終わり方は好きよ。
そしてその遺言を黒歴史とみなすのではなく、可愛いなぁと悶えてしまう未来の魔理沙は強いというか大きな器を持つまでに成長したのですねぇ
立派になったなあ。
こういう話大好きです