Coolier - 新生・東方創想話

機械幻葬クロノファンタジア

2014/04/24 21:50:04
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序【如何にして彼女は幻想郷で遊ぶに至ったか
破【如何にして彼女は相棒と袂を分かつに至ったか
急【如何にして彼女は物語を終幕へと導くに至ったか


【如何にして彼女は幻想郷で遊ぶに至ったか】


「んーあっ、よく寝たぁ……」

 博麗の巫女の朝は早い。
 今日もまた博麗の巫女としての勤めを果たすべく、霊夢はんーっと伸びをする。

「さて、今日も一日だらだらとがんばりましょ」

 頑張るのか頑張らないのかいまいちよくわからない台詞を吐きながら、霊夢は簡単に朝ごはんを作り、食し、そしてぱっぱと着替えを済ませる。
 そして彼女は、縁側の戸を開け放った。きっと陽気な幻想郷の空気が、彼女を温かく迎えてくれるだろうから。


『……プシュー、プシュー』

 ごりごりっ! ぞりぞりぞりぞりっ!


「……は?」

 そこは、博麗神社の境内には間違いないのだろう。
 だが、それは博麗霊夢の知る姿とはだいぶかけ離れていた。

 得体の知れない生物……かどうかも疑わしい半球状の物体が四つほど、境内の土や石畳を削り取りながら這いずり回っている。
 あまりにも冒涜的なその光景に、霊夢はしばし呆然とする、が、すぐに彼女は我に返った。

「ちょおーっと何こいつら! あたしの神社に何してくれちゃってんの!?」

 這いずり回るその名状しがたい物体に、思いきり力を込めて札を投げつける。
 名状しがたい物体どもはその直撃を喰らい、吹き飛んでけたたましい金属音をたてながらお互いに叩きつけられ、意外とあっけなくその動きを停止した。

「何よ今のナベがぶつかったような音は……鉄で出来てるって言うの? うわ硬っ! コンコンゆってる!」

 近寄ってお払い棒でその物体をガンガン叩き、その感触に驚く。
 このでっかい鉄のダンゴムシとでも形容すべき物体は、恐らく生物ではない。

「河童どもがよく作ってる機械に似てる感じね。あいつらの仕業かしら?」

 そのまま球面を背にして、ひっくり返ったテントウムシのようにころころと揺れるさまを見ていた霊夢は、ふと疑問を覚える。

「あれ? 神社の土ってどこに行った?」

 地面はかなり削り取られているが、その削り取った土が見当たらない。この鉄ダンゴムシに入りきるような大きさではないのに。

「よくわかんないから割ってみる! 生き物じゃないなら遠慮はいらんわね!」

 強く霊力を込め、お祓い棒で継ぎ目と見える場所を狙い打つ。
 霊夢の目論見どおり、鉄ダンゴムシは二つにブチ割れたが、中にはよくわからない部品が入っているだけで、土はまったく入っていなかった。

「むーん……? 不思議ね。……まぁそんなことはどうでもいいわ! 神社を荒らした罪は重いわよ! 覚悟しなさいよね河童(仮)!!」

 霊夢はそう吠えて、勢いよく神社を飛び立った。
 とりあえずは、妖怪の山へ向けて。




「多い! ウザい! ダサい! しょっぱい!」

 霊夢はいつも妖精や毛玉に対してそうするように、お札や陰陽玉をぶつけたり、お祓い棒で殴りつけたりしながら、名状しがたきメカどもをスクラップにして進む。

 そう、そいつらは霊夢の予想を超えて多かった。
 ダンゴムシだけならやろうと思えば無視も出来るが、犬や鳥のような奴もいて、中にはこちらの攻撃に反応して反撃弾を撃ってくる奴もいた。

「ああもう、普通に異変だわ、これ!」

 いやな予感をビンビンに受信しつつ、とりあえずメカたちの多いほうへ行く。
 黒幕が発信元なら、多いほうに黒幕がいるだろう。めんどくさいけど。

「でぇい! 『封魔陣』!!」

 とにかく進路を確保するため、ボムで雑魚たちをなぎ払ったとき、その声が聞こえた。

「はうう~!? きっ、貴重なさんぷるがぁ~!!」
「あん? 誰?」

 空に舞うスクラップどもを悲壮な表情で見上げているそいつは、霊夢の見たところ、少なくとも人間であった。
 作業着のような軽装に身を包んだ、茶色の三つ編みの少女。

「ん……? あんたどっかで見たことあるような……」
「げげぇ! 神社の巫女ですぅ!」

 霊夢が少女に対して既視感を抱く中、当の少女は霊夢を見て明らかに何か過去にいやな出来事があったような反応を呈した。
 それを見て霊夢はピン、と記憶を掘り起こす。

「思い出したわ! いつぞやのザコ!!」
「ボスです! ってかせめて名前の一つでも覚えててほしかったですぅ! わたしには里香っていうちゃんとした名前があるのにー!」
「そんな昔のこといちいち覚えてらんないわよ!」

 戦車むすめ・里香。霊夢が巫女として駆け出しのころに当時の異変解決の一環として戦った、戦車技師を自称する変り種の人間である。

「なんであんたがこんなとこにいるのよ。……まさか、このヘンテコな機械どもはあんたの仕業なの!?」
「違うですよう! わたしはこの機械を調べていたのです! 今まで拾った外の世界の機械とも、河童の機械とも違う貴重なものだったのに、全部豪快に吹き飛ばしてくれちゃってぇ!」
「いーじゃん、どうせまだいっぱいあるんだし」

 小指で耳をいじりながらぞんざいに返答する霊夢に、里香は真っ赤になって叫ぶ。

「きー! もう辛抱たまらんです! 積年の恨みを晴らすのも兼ねて、やってやるです!!」
「あんたなんかに何が出来るのよ」
「わたしにはこの前拾ったものすげえ戦車があるんですよ! これで神社の巫女なんかけちょんけちょんなのですー!」

 言って、里香はばっと身を翻すと、傍らの茂みへと飛び込んでいった。

 ほどなくして、キュラキュラキュラとなんとも形容しがたい音を立てて、迷彩柄の戦車がせり出し、霊夢の行く手をふさぐ。

「さぁー! こいつ相手にどう戦ってくれるのです!?」

 そうして中から、里香の得意げな声が響いた。

「逝くなのです! 九七式中戦車ー!」
「『夢想封印 集』」
「ぐわー! なのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 戦闘開始から無慈悲に叩き込まれた夢想封印が戦車の装甲を蹂躙し、しめやかに爆発四散。里香は吹っ飛ばされて星になりました。サヨナラ!

「とんだやわらか戦車だったわね……いかんいかん、余計な時間を食ったわ、急がないと幻想郷がダンゴムシに食い尽くされちゃう」
「そうね、急がないといけないわね」

 嫌な未来の可能性を思い、身を震わせながら飛び立とうとした霊夢の鼻先に、突如として胡散臭い顔見知りの顔が出現する。

「おーーーーーっふぅお!?」

 そのままキスでもしちまいそうな勢いの中、霊夢は必死に身をよじって胡散臭い顔を回避。きりもみ回転をしながら何事もなかったかのように着地する。

「いきなり出てきてんじゃないわよ紫! 巫女は急に止まれないのよ!」
「ごめんごめん」

 空間に断裂したスキマから、するりと出てくるおなじみのスキマ妖怪、八雲紫。

「許してよ。今度月光仮面になるから」
「意味わからんし、なられても困るわよ」

 紫のよくわからない謝罪に、霊夢はやれやれといった調子で水に流す。

「ったく、それにしてもこんなタイミングで出てくるなんて珍しいわね」

 霊夢の言葉に、紫はおどける様から一転、すっと真剣な顔になった。

「結構まずいことになってるかもしれないわ」
「でしょうね」

 言わずもがな、このそこかしこに機械が溢れている現状である。
 霊夢もとりあえず、今までに見た状況を紫へと伝えた。

「河童がまた何かやらかしたのかと思ったけど、さっきの里香が河童の機械ともぜんぜん違うって言ってたし、削られた土が完全に消えてるのが不可解だわ」
「また変なものが結界を越えてきたのかもしれない。……見て、機械たちが移動を始めたわ」

 紫が指差すと、今までてんでばらばらに行動していた機械たちが、突然足並みをそろえて移動を始めていた。

「この方向は……魔法の森? いや待ってちょっと、何あれ」

 機械たちの行く先を目で追った霊夢は、遠景の中に見慣れないものがあることに気づく。
 魔法の森から、一本の線が空に向かってそびえていた。

「あれは……巨大な尖塔かしら」

 紫もそれを見やって、その線の正体を類推する。
 とにもかくにも、昨日まであんな構造物は存在していなかった。どう見てもこの機械たちとつながりがあると見るべきだろう。

「さて、このままバカ正直に進んでも、まだまだ関係ない人妖との戦闘になるのは必至ですわね」
「あー、河童とか魔法使いとか、常識に捉われない奴とか出てきそうね」
「目的地が見えているのなら、後は簡単。さっさと移動してしまいましょう」

 紫がそう言って片目をつぶると、霊夢たちの前の空間が断裂し、スキマのゲートが生成される。きっと、塔のふもとへと繋がっているだろう。

「あら、たまには気の利いたことするわね」
「いつもしてますわ」

 そんな軽口を叩きあいながら、二人はスキマをくぐった。




「あら」
「よう、やっぱお前らも来たのか」

 ゲートをくぐった先には、見知った顔がいた。
 霧雨魔理沙、そしてアリス・マーガトロイド。魔法の森に住まう魔法使いたちである。

「なんだ、結局あんたたちと会っちゃうの? 先を越されてたかぁ」

 スキマワープまで使って急いできたと言うのに、普通にこの顔があるとちょっと膨れてしまう霊夢であった。

「まぁ、私らはジモティー(地元民)だからな」
「それに別に先を越してるわけじゃないわよ。隠れて様子を伺ってたの」

 あたりを見渡すと、魔理沙とアリスが立っていたのは後ろに大木、前に大岩と、障害物に挟まれた地点であった。
 ざわざわと機械たちが両脇を通り過ぎているのがわかるが、この場所は安全地帯になっているらしく、特に影響がない。

「あれ、塔のふもとに出るかと思ってたけど」
「塔? ああ、あれか。それなら塔のふもとに違いないぜ」
「こっそりと顔を出して見てみなさいよ」
「別に顔を出さなくても、スキマで覗けば良いわ」

 魔理沙とアリスの薦めに対して、紫は手鏡大のスキマを展開して、霊夢のほうに向ける。
 見れば大岩の上空にも同じスキマが展開されており、そこから見える風景が見えるらしかった。

「あら、たまには気の利いたことするわね」
「いつもしてますわ」

 さっき聞いたやり取りをしながら、霊夢はスキマの中を覗き込んだ。
 確かに大きな建造物の入り口が見える。上のほうまでは見えないが、円筒状の形で、扉のようなものがついていることを考えるに、あの塔で間違いないだろう。
 しかし、その出入り口の前には、ダンゴムシたちとは明らかに格の違う、ごっつい機械が鎮座していた。霊夢にはなんと形容すればいいのか分からなかったが、さっき見た戦車の砲塔のようなものがいっぱいくっついているあたり、結構面倒そうなにおいがぷんぷんとする。有り体に言えばコンパクトな要塞みたいなものだった。

 魔理沙とアリスがここで様子見に徹していた理由はあれだろうか?
 更に、普通の出入り口とは別に、ペットの出入り口のような小さな穴が塔を一周するようにいくつも開いており、ここまで移動してきた機械たちが、次々とその穴から中に入っていくのが見える。

「やっぱりここが異変の原因で間違いないようね」

 その光景を確認して、霊夢がにやりと笑って頷いた。

「あれは、この機械たちを回収しているのかしら」

 もう一つ、自分用のスキマで同じものを見ていた紫が首をかしげる。

「あいつら地面の土とか、植物とか木の実とか、色々と取り込んでたみたいだから、それを回収してるんじゃないか?」

 その魔理沙の推論は、霊夢には否定する根拠があるものだった。

「それはないんじゃない? 私、うちの庭で土削っていた奴を一つぶち割ってみたんだけど、不思議と中からは何も出てこなかったわ」
「何かしら、特殊な方法で保存しているのかもよ」

 しかし、その根拠も不確かであるとアリスが言う。確かに、目の前の建造物とこのメカたちは、霊夢たちにとっては完全に正体のつかめない存在なのだ。

「ともかく、行ってみないと何も分からんわ。あんたたち、あのデカブツに尻込みしてたの?」
「そういうわけじゃないが、とりあえず様子を見てたんだぜ」
「でも霊夢と紫が来たんだから、あれくらいなんとかなりそうじゃない?」

 アリスの言葉に、魔理沙がむっとする。

「だからわたし一人でも何とかなると言ってるんだ。門番破りなら紅魔館で慣れてるしな」
「美鈴も気の毒に」
「ともかく、より確実に出来るなら、それに越したことはありませんわ。この四人なら問題ないでしょ」

 アリスが門番に手を合わせる中、紫からのお墨付きが出て、いざ出撃! と意気込んだ瞬間。


「我らが琴蓮号(きんれんごう)に、何かご用件でしょうか」


 ふと、背中から聞きなれない声色を浴びせかけられた。

「っ、何者!?」

 気配も何もなかったはずなのに声をかけられたことに驚いて、霊夢たちは身を翻しながら距離をとる。

「もう一度お尋ねします。我らが琴蓮号に、何かご用件でしょうか」

 恐らく空からやってきたのだろう、そこに浮いていたのは、メイド服に身を包んだ、短い緑髪の少女だった。
 咲夜のようなピシッとした感じではないが、落ち着きがありそうで、整った容貌をしている。

 だが、その目に生気はまったく見えず、耳があるはずの部分には、鉄製の部品がカバーのように取り付けられ、とがった耳のように突き出していた。

「これは……!?」

 その姿に、紫がぴくりと眉を動かす。
 明らかに異質な存在だった。

「キンレンゴウってのは、そこの塔の名前か?」
「肯定します。こちらにそびえる構造物が、我らの拠点、琴蓮号でございます」

 魔理沙が一歩進み出て訪ねると、少女は感情のこもらない声で答えた。
 その存在感は、あたりをうろつく機械どもと、何も変わりがない。

「あんたは一体何者なの?」
「私はマスター――琴蓮号の主に仕えるアンドロイドです。固有名称は『夕凪7号』と申します」

 霊夢の質問に少女――夕凪7号が返答する。
 だが、その答えは霊夢たちにはいまいち意味の分からないものだった。ただ、紫だけが神妙な顔をして会話を聞いていた。

「ユーナギナナゴー? 変な名前だな。アンドロイドってロボかなんかのことか?」
「よくわかんないけど、あんた人形?」
「こんなことをして、一体何をしようっていうのよ」

 アリスや霊夢が立て続けに質問を浴びせるが、夕凪7号はそれを制するように首を振る。

「これ以上の問答は時間の浪費と判断します。私がマスターから仰せつかったのは、琴蓮号に用がある者ならば丁重に迎えよ、という一言のみ。琴蓮号にご用件があるのならばマスターの元へとご案内致します。そうでないのならば、ここは危険ですゆえ、どうぞお引取りくださいませ」
「ええいもうめんどくさい奴ね! あるわよ! 用事ありまくるわよ! だからさっさとそのマスターとかいう奴のところに案内しなさい!」

 こいつに質問しても埒が明かないのだろう。罠かもしれないが、そうだったら罠ごとぶっ飛ばしてやればいい。
 そう判断した霊夢がそう言うと、7号はかくりとお辞儀をした。

「了解いたしました。その他の皆様も同様でございますか?」
「同様だぜ」

 魔理沙らも異存がないことを示すと、7号はふよふよと大岩の脇へ向けて移動を始める。

「ではご案内致します。どうぞ私の後ろにお続きください」




 とりあえず素直に7号の後ろへと続く霊夢たち。
 7号は塔の出入り口と思しき場所に近づいて着地し、例のゴツイ機械に話しかけた。

「3号、お客様をお連れしました。開門を要求します」

 するとカシュン、と意外と軽い音を立てつつゴツイ機械の前面の装甲が開き、その中身が露になる。
 その中に納まっていたのは、7号と同じようなメイド服に身を包んだ、こちらもアンドロイドであろう少女。
 7号との差異は、まず赤色の長髪だということが一番に挙がる。
 一応、体つきや顔立ちも多少違うようだが、そんなことは霊夢たちにとってはどうでもいい。

「了解しました7号。開門を了承します」

 7号と似たような、人間からすれば少し違和感を感じる発音で、3号の乗る――というか3号と接続している機械が少し浮いて前方に移動し、扉との隙間ができる。
 それと同時に扉が自然と左右に分かれ、入り口が開く。幻想郷にはまだ馴染みのない自動ドア方式に、魔理沙はおお、と感嘆の声を漏らした。

「では皆様方、こちらへどうぞ」

 再び7号の誘導にしたがって、霊夢たちは謎の塔『琴蓮号』の中へと足を踏み入れた。




「なんか、間欠泉地下センターみたいだな」

 琴蓮号の内部を幻想郷民にも分かりやすく表すならば、魔理沙の感想が一番端的に伝わるものであろう。
 よく分からない文字列が浮かび上がる鉄板を組み合わせたような、不可解で無機質な場所。

「気味が悪いですわ」
「あんたがそれ言うの?」

 あたりを見渡して言った、紫のあまりにも似合わない感想に霊夢がツッコミを入れる。

「ひどいじゃない霊夢! ゆかりんはいたく傷つきましたわ」

 紫は不服そうに頬を膨らませたが、実際気味が悪いのだ。
 確かに、間欠泉地下センターに似ていないこともない。外の世界を知る酔狂な神々が、己の趣味を外観に反映しながら建物を作れば、こういう雰囲気になるのかもしれない。

 だが、紫には分かる。この建物は、外の世界の技術とはかけ離れた何かで出来ている。
 一体この建物は、何がどうして突如としてここに湧いて出たのか――
 その答えを得るために、今しばらくはおとなしくあの得体の知れないアンドロイドの背を追おう。

「こちらでございます」

 そう言って7号が立ち止まったのは、円形の舞踏ステージのような場所。というか、そこで行き止まりになっている。

「何よ、行き止まりじゃない。塔だったのに階段の一つも……ってこの塔クソ高かったじゃない! わざわざ中に入らなくても飛んでいった方がマシだったわ!」
「いやいや、地下センターにもあったエレベーターって奴じゃないか? とりあえず乗ってみようぜ」

 魔理沙の言葉に、霊夢も渋々ながらステージの上に乗る。

「何よコレ。踊れとでも言うのかしら。……って、うわ?」

 悪態をつく霊夢の目の前の光景が、一気に切り替わる。
 先ほどまでは陰気なのが否めなかった場所だったのに、今は明かりが煌々とたかれている、紅魔館のような西洋建築を思わせる通路が、目の前に現れていた。

「……何が起こったの?」
「地上108階、マスターの私室へ至る通路へと転送いたしました。どうぞ、後は真っ直ぐでございます」

 7号が淡々と答えて、再び先導して歩き出す。

「ふぅん……? まぁ紫のスキマ移動みたいなもんかしら」
「どんな仕掛けで動いてるんだろうなあ」

 霊夢と魔理沙は素直に驚き、興味津々であたりを見渡しながら転送装置を後にして通路を進んでいく。

「どうしたの? 紫」

 アリスは、紫の様子が少しおかしいことに気づいて声をかけた。

「これだけの人数を一瞬で強制的に転送できる……本当ならば月人並みの能力ね」

 紫が答えて言うには、この技術に脅威を感じているらしい。確かに言われてみれば規格外の能力者かもしれない。まぁ、規格外の能力者など幻想郷にもそれなりにいるので、さほどピンとは来ないが。

「まぁでも、それをするにはまず相手が素直にコレに乗らなきゃいけないんでしょ?」
「さぁ……転送先の座標を分かりやすくするためにコレを置いているだけ、という可能性もあるわ。何にせよ、油断はできない」

 言って、紫も霊夢たちの後へ続く。アリスも若干困惑しながら、それに倣った。
 先行した7号は、その真っ直ぐの短い通路の終着点――何を表現しているのかは不明だがとにかく精巧な意匠を施された古めかしい威厳ある扉の前に立った。

「マスター。お客様をお連れいたしました」

 その言葉に対して返答はなかったが、代わりに豪華な扉の取っ手ががちゃんと中に折りたたまれ、そのまま板がガーッと全部右に移動して、開いた。

「……風情も何もねーな。何のためについてんだこの取っ手は」
「飾りでしょ」

 魔理沙が呆れ、アリスが素っ気無く答えながら、一行は塔の主の部屋へと足を踏み入れる。7号は入り口の傍に控え、またかくりとお辞儀をして、部屋に入る霊夢らを見送っていた。彼女は中には入ってこないらしい。

 それはともかく部屋の内装であるが、外が西洋風のつくりだったので中もそうかと思いきや、ここは入り口と同じような奇妙な雰囲気だった。
 円形の部屋のそこかしこに映像や文字列を映し出す空中投影ディスプレイが浮かび上がっており、その真ん中に、色々とごてごてした鋼鉄の椅子が据え付けられている。

 そこに座っている人物こそ、この『琴蓮号』の主に相違ない――と思われるのだが。

「……まさかと思うけど、あんたがこの塔の主?」

 霊夢たちがそういう感想を抱いたのも当然。
 まずそこに座っているのは、年端も行かないような少女だった。
 だが、その点は紅魔館の主も似たような背格好であるし、そこはまぁ、問題ない。
 輝くプラチナブロンドの長髪、まったく飾り気のない、体にぴったりとした白いボディスーツのような衣装。

 そして――生気を宿さない双眸。

 どこからどう見ても、夕凪7号らとなんら変わりのない、アンドロイドだ。
 少女はふわりと椅子から降り立ち、何の感情も見えない黒い目で、霊夢たちを見やる。
 その強烈な違和感はまるで、全ての幻想を否定しているかのようで。
 紫すら息を呑む中、その少女は口を開いた。






「はっぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! うれピぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! よろピくねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 いい笑顔でサムズアップしながら。







「いや、その、ふざけてたわけじゃないんです。なんかこうみんな顔怖かったし、ちょっと空気やわらかくなんないかなって思って。あっ痛っ、お祓い棒でつつかないで……。スンマセンでした。マジでスンマセンでした」

 あれから一分後、そこには霊夢たちの前で土下座をする少女の姿が!

「ったく、よくもびっくりさせてくれたわね。もうあんたいいから、さっさと塔の主とやらを出しなさいよ」

 お祓い棒で少女のほっぺたをウリウリとつつきながら、霊夢は少女に主を出すように要求する。

「いやいやいや、それは私に間違いないよ」
「は?」

 少女はがばっと土下座の体勢から起き上がると、キメ顔でポーズをとった。

「私こそこの琴蓮号の主にして、ななちゃんたちがマスターと呼ぶその人! フィリア・ロートゥス様よ! ……いやマジでさ」

 目には相変わらず生気がないくせに、顔はころころと表情豊かに変わる。

「この目が嘘をついてる目にみえるっていうの!?」
「嘘かどうか以前に生きてるかどうかすらわかんねーわよ!!」

 秦こころの親戚か何かか? と霊夢は若干げんなりしながら、このテンションの高いアンドロイドにツッコミを入れる。

「まぁ、あなたがこの塔の代表としてしっかり話をしてくれるなら、よしとしましょう。ではフィリアさん、質問をいくつかよろしいですか?」

 紫もため息をつきながら、とりあえずフィリアを塔の主と仮定する。

「おーう、いくらでもドンと来なさいよ! 何でも答えるよ!」

 にっと笑って胸を叩くフィリアに、紫は最初の質問をぶつける。

「……ではまず、この塔に用事のある者を、ここまですんなりと招き入れた真意をお聞かせ願えるかしら?」

 今まで異変を起こしてきた者が、こんなにあっさりと黒幕(影武者の可能性はあるが)まで案内することなど前例がなかった。

「それはまぁ、文句のある人には一言謝っとかなきゃいけないなーって」
「謝る?」
「え? 文句言いに来たんでしょ? ウチの環境調査用のロボたちが間違ってばら撒かれちゃったから、だいぶ迷惑したんでしょ?」
「間違って? あなたは異変を起こそうとして起こしたわけではないの?」
「ぶっちゃけ、こっちが何が起こってるのかよくわかんないわよ。時空航行中になんか変なものに引っかかったと思ったらこんなところに墜落して、その衝撃で調査ロボたちがばら撒かれて暴走しちゃったんだ。今は帰還命令出してるから、そのうちみんな帰ってくると思うよ」

 フィリアの口ぶりを信じるならば、あのダンゴムシたちが幻想郷中に出現したのは、向こうにとっても事故であるらしい。

「博麗大結界に引っかかったのかしら……それにしても時空航行って……?」
「そういえば、あのダンゴムシみたいのがウチの境内の土を削っていったんだけど、ぶっ壊しても中から何も出てこなかったのよ。あれはどういうことなの?」

 霊夢が手を挙げて質問に横入りした。

「ダ、ダンゴムシ……」

 フィリアは自作品の形容にショックを受けながらも、こほん、と咳払いをし、気を取り直して説明する。

「あなたたちもここに来るまでに転送を経験したでしょ? あれと同じ要領で、採取すると同時にここのサンプル保存庫に転送してきてるのよ。一応地域別に分類されてるはずだから、いるってのなら返すけど」
「単に土なんか返されてもどうしようもないわよ。ちゃんと見た目を元通りにしなさい!」
「わかったわかった。それはなんとかするわよ」
 顔の近すぎる霊夢の剣幕に、フィリアは多少引き気味で了承する。実際、この科学力があれば土を均して石畳を敷くくらいは朝飯前だろう。
「はいはい、私から質問。あなたやあの夕凪7号って子は人形の一種なの?」

 次に手を挙げたのはアリスだった。
 完全な自律人形の完成を目標とし、魂についての造詣も深いアリスとしては、無生物であるのに魂を備えているかのように動き回っているフィリアや夕凪の存在は実に興味深いものであるのだろう。

「まぁ、人工的に作られた人の形なんだから、人形と言われればそうかもしれないわね」
「あなたはともかく、ここまでに見た7号や3号なんかは、遠隔操作されているの?」
「逐一操作してるわけじゃないけど、まぁ半自律ってとこかな。基本的な判断能力は備えてあるしね」
「参考までに、その自律機能はどうやって備えているのか、伺ってもよろしい? あ、あと、あなたの雰囲気があの子達と違う理由も」

 突っ込んだアリスの質問に、フィリアはぽりぽりと、かゆくもないだろうに頭をかく。

「端的には、そういう風に人工知能が組んであるからとしか言えないわ。込み入った話は長くなるからまた今度ね。あと私は、これでも元人間だからね。元の人格が残るようにしてあるだけよ」
「ああ、だからあの子達の『マスター』ってわけね。人間が魔法使いになって永い寿命を得るように、あなたもあの子達を造った技術を応用して人工の体を用意し、そうなったわけだ」
「んんー、ま、そういうことね」

 フィリアは得意げに口の端を上げる。
 機械が機械の主をやっていることに違和感を感じていたが、自らを機械化した人間の技術者の成れの果てだというならば、確かにこの地位にも納得が出来る。

「んじゃ、今度は私から質問だ」

 今度手を挙げたのは魔理沙だった。

「お前たちがロボットだって言うのなら、お前たちは何の力で動いてるんだ? 魔術的なものは感じないが、神奈子たちが最近言ってる、核融合ってやつか?」

 河童たちとの付き合いも深い彼女は、機械に関してもある程度の知識がある。そこで、彼女なりに気になったのは動力のことだった。
 うまくすれば面白い情報が聞けるかもしれない。

「うーん、核融合? ここでも中々面白いことやってるわね。確かに核融合は優秀なエネルギーだわ。しかし、まるで全然! この私の使うエネルギーの素晴らしさには、程遠いのよねえ!」
「ほーう、じゃあ、お前は一体何を使ってるんだぜ?」

 哄笑するフィリアに、魔理沙は挑発的に尋ねる。
 だが、返ってきたのは意外な返事だった。

「それはね、サボテンですよ」
「は?」
「サボテンから抽出したサボテンエネルギーこそ、原子力エネルギーを遥かに凌ぐ、我々の動力源なのですわ!」

 意外! それはサボテン!

「お前頭大丈夫か?」
「至って大丈夫よ。いやマジで。そんな心配するような瞳で見ないで……惚れちゃいそうになるもの」

 上目遣いで見つめるフィリアに魔理沙が黙って箒を振り上げると、フィリアは慌ててそれを押しとどめる。

「無言はやめて! コワイ! いや、サボテンは冗談じゃないのよ。マジよ? 色々な世界を覗いてみたけど、サボテンエネルギーは一番生産が簡単で、なおかつ優秀なエネルギーだったわ。何なら40台の階層を見る? 全面サボテン農場になってるからさ。冗談のために農場作れるほどあたしゃサボテン好きじゃないよ」

 フィリアが指差すと、モニタの一つが一面の砂漠と、そこにひしめくように生えるサボテンを映し出す。
 燦々と太陽が照っているあたり、どう見ても屋外に見えるのではあるが。

「……まぁいいさ。冗談だろうがそうでなかろうが、冗談みたいな話って事だけは確かだ」
「私は最初から大真面目に話していると言うのに……。理解されない悲しみねぇ。異世界コミュニケーションって、これだけが面倒だわ」

 そう言って、フィリアはやれやれと肩をすくめる。

「……ねえ、さっきから聞いていて思ったのだけど、時空航行だの、異世界だの、あなたは一体何者なの? 何が目的?」

 横から色々と割って入られて、ずいぶんとおあずけを喰らっていた紫が、どことなくうれしそうに手を挙げる。

「うーん、そうね、私はただの旅人。あなたたちはここを塔だと思ってるようだけど、実際は船なのよ。私の誇る時空移動船……だから琴蓮『号』。私たちはコレに乗って、過去も未来も平行世界も関係なく、世界を渡り、旅して回っているの。私の探しものを探してね」

 フィリアの答えは、一見荒唐無稽で、とても信じられるようなものではなかった。
 だが、霊夢たちにしてみれば、信じられないこともない。なぜならかつて幻想郷には、異世界から来た先人がいたのだから。

「そういえば、なんかこれっていつだったかのアイツに似てるわね。えーと……岡崎……夢子」
「夢美な」
「そうそれ」

 霊夢のうろ覚えを、魔理沙がツッコミで訂正する。
 その名前を聞いて、紫が過去の記憶を掘り起こした。

「岡崎夢美……そういえば彼女も、可能性空間移動船とやらで幻想郷に出現した異世界人でしたわね」
「あれ? 紫ってそのころいたっけ?」
「私は幻想郷最古参ですわ?」
「あー、それもそうね?」

 なにやらお互い首をかしげて話し合っている霊夢と紫をよそに、フィリアは懐かしい名前を聞いたなあ、と一人頷いていた。

「岡崎教授の世界にもお邪魔したことがあるね。もっともあの世界だとこっちの存在がバレるとめんどくさい事になりそうだったから、一方的に観察してただけだけどね。いやぁ、彼女の技術は盗みがいがあったわー」

 プライバシーもへったくれもありゃしない。とんだ技術泥棒である。

「あんた、探し物を探してるって言ってたわよね、それ、何なの?」
「さぁ? 忘れちゃった」
「はぁ?」

 アリスの質問に、フィリアは他人事のように言って肩をすくめた。

「私が人間だったころ、機械の体になってまで捜し求めたい、と思った何かなんだけどね。永く生きていろんな世界をさまよってるうちに優先順位が下がってきて、メモリ整理の波に飲まれて消えちゃったのよねー。だから言ったじゃん? 私は『探しものを探して』いるのだ」
「お前、それでいいのか?」

 魔理沙がジトッとした視線で尋ねるが、フィリアは対照的にからからと笑った。

「いいんじゃないの。あてどのない旅も楽しいもんだよ。たまにこういうアクシデントもあるしね」
「ここに来たのは事故って言ってたわよね。じゃあ、ここからはすぐに旅立つの?」

 霊夢の質問に、フィリアは少し思案顔になる。

「どの道、せっかく来たんだから少しは滞在させてもらおうと思ってる。それになぜかここの結界が素通りできない。理論的には抜けれるはずなんだけど。事故った影響で、どこか故障してるのかも。それを直さなきゃ、どこにも行けないね」

 言って、フィリアは苦笑しながら、再びやれやれと肩をすくめた。

「そういうわけで、しばらくはここに居座らせてもらいたいのだけど、かまわない?」
「……博麗大結界に招かれたと言うことは、あるいはここに、あなたの探している何かがあるのかもしれませんわね」

 フィリアの問いかけに、紫はしばし考えた後、胡散臭い笑顔を浮かべて神妙に頷いた。

「どうぞごゆるりと。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」




「ねえ、紫、本当によかったの?」

 琴蓮号を後にして魔理沙らと別れて神社へと帰る道すがら、霊夢は珍しく少し不安げな顔をして、紫に尋ねた。
 フィリアは今までの異変の首魁たちとは違い、まったく敵対的な意思を示すことがなく、戦闘にすらならなかった。

 だからこそ、霊夢はフィリア・ロートゥスという謎の機械人形のことをはかりかねた。
 元より巫女の感が、これだけで終わるはずがないと告げている。だが、完全に折れる姿勢を取っている相手に戦いを強いるほど、霊夢も非常識ではない。

「……幻想郷にたどり着いたということは、何かの意味があるのでしょう。何かが起これば、またその時に叩けばよいだけのこと」

 時空を渡る旅人。その言葉が正しいとすれば、彼女らはあらゆる世界より、いついなくなってもおかしくない勢力だと、言い換えることもできる。
 古き怪異が幻想であるように、遠き未来の夢もまた幻想。たまたま彼女らがこの時間軸に姿を現し、博麗大結界に引っかかる可能性は十分にあるだろう。

「彼女らが船を直してすぐにこの時空を去るならば、よいのだけれど」

 彼女らは、きっと存在するだけで幻想郷のあり様を変える。慎重に見守らねばらならない、と、紫は心中で強く決意した。
 その様子を見て、霊夢は不安げな表情を飛ばして、うーんと伸びをした。

「ま、夢子のときも大したことなかったし、心配するだけ損なのかしら。勘だってたまには当てにならないときあるし」
「夢美夢美」
「そうだった。そういやあの7号とかいうロボを見て思ったんだけどさ。確か私、昔あんなの持ってたよね。夢美からもらった奴。あれ、どこに行ったのかなあ」

 そこまで大昔の話でもないというのに、岡崎の名を出すまで綺麗に忘れていたその存在を、霊夢は必死に記憶の海から発掘しようとする。
 確か家事手伝いのロボで、名前は……

「さぁ……私はそんなロボ、知らないわね」
「あれ、あんたなら覚えてると思ったんだけどなあ……まいっか……」

 紫に否定されて、霊夢は首をかしげながらも、思い出せないものを考えてても仕方がないと割り切ろうとする。

「そんな便利なのがいたら、絶対手放してなかったと思うんだけど」

 割り切りきれないながら、霊夢はまた家事雑事の待つ神社へと戻らねばならなかった。



「うひょー、こいつぁ壮観だぁね」

 時は、しばし遡る。
 けたたましいプロペラ音を響かせながら、河童のエンジニア、河城にとりは幻想郷上空より地上を俯瞰していた。
 普段からよくわからない機械製作を嗜んでいる彼女は、もちろんいの一番にこの異変を察知し、フィリアがばら撒いてしまった環境調査ロボの解体と再構築を一通り終えていた。

 今まで拾った外来の機械類とはまったく違う未知の機構で構成されていることに深い感動と驚きを覚えて興奮していたが、やがて彼女もロボたちが同じ方向に向けて移動しはじめたことに気づいた。
 そこで上空からその動きを見ていたのだが、そこで初めて魔法の森に謎の超高層尖塔――フィリアの時空移動船『琴蓮号』――が出現していることに気づいたのだ。

「あれは……厄介ごとのにおいもするけど、うまくすればお金になるかも!」

 などとほくそ笑んでいたところ。

「やな感じいいいいいい!! なのですうううううう!!!」

 尖塔に気をとられ、まったく逆方向から聞こえた叫びに対処が遅れた。
 気づいて振り返ったときには、人間に見える何者かがいくつかのでかい金属片と共に、こちらめがけて突っ込んでくるところだった。

「おわぁー!?」

 もちろんそいつは。謎の機械あさりをしていただけなのに、不幸にも博麗霊夢にぶっ飛ばされてしまった戦車技師・里香である。

「ちょ、ま、くるなー!?」
「助けてくださあああああああい!」

 にとりが焦っているうちにプロペラに戦車の金属片が命中、破壊される。
 そうして混乱が増したところに、勢いの乗った里香のタックルをもろに喰らって、二人のエンジニアはきりもみ回転しながら魔法の森へと落ちていった。




「ぷはー! 持っててよかったフォースシールド!」

 にとりは混乱しながらも、背中のバックパックからパラシュートを展開しようとしたり、投網を出して木に引っ掛けて勢いを殺そうとしたりと色々と手を打った。
 最後にものを言ったのは、河童自慢の盾、フォースシールド。ダメージ軽減補正は伊達じゃない。

「た、助かったのですぅ……って、うわぁ妖怪ぃ!?」
「やい人間! 飛ぶときはしっかり前見て飛べよ! 尻子玉抜くぞ! もしくは謝罪と賠償を要求するぞ!」
「ふえええええ、そんなの私知りませんよぉ!?」

 里香にとっては一難去ってまた一難。
 吹っ飛ばされた勢いで飛んでいた妖怪に追突してしまい、そして凄まれている。
 普通の人間ならば逃げるか謝り倒すぐらいしか選択肢のない場面だ。
 だが、里香はあいにくと普通の人間ではなく。

「こうなりゃやってやるですぅ! もう外の世界の戦車なんて信じない! 出でよ、カプセル戦車ぁぁぁぁ!!」

 そうして、里香は腰につけていた黒い玉を放った。
 それは地面につくと同時に、ぐんぐんとデカくなっていき、天使のような輪と悪魔のような翼が展開していく。
 そして里香の全長よりはるかに大きくなった黒球の真ん中に一本横線が入ったかと思うと、ギパァと生々しい駆動音を立てて、巨大な瞳が姿を現し、血走った視線でにとりを射抜いた。

「ひゅいィ!? なんじゃこりゃああ!?」

 非力な人間だと思って強がっていたら、いきなり超弩級の使い魔を召喚され、にとりは腰を抜かす。

「これぞ戦車技師・里香の誇る伝統と信頼の飛行型戦車! 『イビルアイΣ(シグマ)』ーーー!! なのですーーーー!!!」
「どこが戦車だぁ!?」

 にとりが伝統と信頼のツッコミをしている間に、里香はさっさとイビルアイの側面のドアを開けて中に乗り込む。

「そこから入るの!? ってか一応機械なのな!? うん!?」

 ある種、この形状と収納技術の方が、あの謎の土削りロボよりよっぽど謎である。

「逝くなのでーす!!!」

 そんなことを思っているうちにイビルアイの眼球から、光弾がいくつも展開してにとりへと襲い掛かる。

「ひゅいぃ!!」

 さらに必死に避けたところに爆薬の雨あられ。容赦のない鬼畜弾幕に、にとりは気合で避けたりフォースシールドを駆使したり、工夫しながら凌ぐ。
 にとりはイビルアイΣの力に戦慄した。正直、この戦闘力だけなら、人里の人気奪い合い騒動の際に戦った幻想郷上位クラスの面々にまったく引けを取らないと感じた。

(とんでもない窮鼠に凄んじまったもんだねぇ……!)

 にとりは今更ながら後悔した。この状況、普通の木っ端妖怪ならば逃げるか謝り倒すぐらいしか選択肢のない場面だ。
 だが、にとりはあいにくと普通の木っ端妖怪ではなく。

「ええい! 私も超妖怪弾頭と呼ばれた女だ! 相手が機械とあらば、エンジニアの矜持にかけて、負けるわけにはいかーん!」

 にとりはイビルアイに水砲を浴びせかけて、その反動でいったん大きく距離をとり、木陰に身を隠す。
 そうして敵の目から逃れているわずかな時間に、非常用の装備へとバックパックを換装し、敵の前へと躍り出た。

「穿てぇ! 妖怪戦艦『三平ファイター』あああああああああ!!!」

 ドリル付きスラスターを背負った彼女は、水流ジェットのままにイビルアイΣへと突撃していった――




「ふっ……やるな、お前……!」
「そちらこそ、なのです……!」

 そして、戦いが終わった後には、お互い矢付き刀折れ全力を出し切って、魔法の森の草むらで仲良く横たわる二人がいた。

「人間にもこんなすげえ兵器を作り出せる奴がいたんだな……。正直侮ってたよ」
「かつて博麗の巫女も苦しめたわたしの切り札、イビルアイΣを相手に一歩も引かないなんて……河童さんの技術は聞き及んでましたが、度胸は予想以上なのです」
「正直、人間って馬鹿にしてたけど、あんたとなら本当の盟友になれそうだ……!」
「うれしいのです……わたしもあなたとは気が合いそうなのです!」

 よくあるといえばよくある展開だが、きっと二人とも魔法の森の胞子にいい具合に頭がやられているんだろう。

「私は河城にとり、谷カッパのにとりだ! よろしくな!」
「わたしは人間の戦車技師、里香なのです! よろしくなのです!」

 しかしきっかけが追突であれ幻覚であれ、そうして寝転んだまま握手を交わす二人の間には、確かに友情が芽生えていた。
 いい笑顔でお互いの姿に見惚れていた二人を正気に戻したのは、いい雰囲気の二人にまったく遠慮することなく二人の間を通過しようとした、例の環境調査ロボ、鉄のダンゴムシだった。

「っとぉ、そうだ、私はこの変な機械を追ってたんだ!」
「ああ、それはわたしもなのです!」
「ようし、なら話は早い! 行くよ里香!」
「はいなのです!」

 二人のエンジニアは息もぴったりに、尖塔・琴蓮号の方角へと駆け出していった。




 二人はしばらく前まで霊夢一行が身を隠していた岩の陰へと滑り込んでいた。

「うはー、なんだこりゃ。こんな超高層建築、どうやったら作れるんだか」
「すごいのですー」

 二人とも琴蓮号の高さと、四方八方から集まってくるおびただしいロボの数、そして――

「出来れば中に入りたいんだけど……」
「でもあれは明らかにやばい奴なのですー」

 琴蓮号の入り口を守る重装機体・夕凪3号の存在に気おされていた。
 常ならば二人とも、未知の重装機体が相手ならば喜んで突っ込んでいくのだが、いかんせん、今はお互いの切り札、イビルアイΣと三平ファイターが、先の戦いで消耗してしまっている。
 恐らく、今まともにやっては話にならないだろう。

「仕方ない、戦いを挑むのはまた今度にしよう」
「諦めるのです?」
「戦いはね。でも、入り口ならあいつが守っているのの他に、機械用の小さい入り口がいくつもある。こいつなら紛れ込ませられるはずさ」

 そうしてにとりがバックパックから取り出したのは、小さい鉄のねずみのようなロボットだった。額には手鏡大の丸いガラス板のようなものが装着されている。

「こいつはリモコン操作で動く偵察用ロボさ。額のは水の詰め込んである水鏡機構。それに写った光景を念波に変換して別の水鏡に映すことが出来るのさ。まぁ、水鏡のくだりは機械技術じゃなくて河童の妖術なんだけどね」
「うわぁ、機械と妖術のあわせ技ですね! さすがカッパさんなのです!」
「えへへ、それほどでもあるかも」

 目をきらきらさせて尊敬してくる里香に、にとりは若干得意げになりながらも、偵察ロボを操縦してダンゴムシ軍団に紛れ込ませる。
 そしてにとりは妖術を起動させ、地面に置いたもう一つの水鏡に、ダンゴムシのケツが映る。とりあえずはうまく動作しているようだ。

「よし、このまま機械用の穴から進入するぞ」

 にとりの偵察ロボは、夕凪3号に見咎められることもなく、ダンゴムシに混ざって機械用の回収口から建物内へ進入する。
 水鏡には、霊夢たちが見たような、地下センターに似た不思議な光景が映し出される。
 そして、ダンゴムシたちは自力駆動をやめ、ベルトコンベアに乗ってどこかに集積されていく様子だった。

「むむ、中はこうなっているのか」
「不思議なところですぅ」

 ともあれ、ダンゴムシの行く末を見守る前に、このフロアを探索したい。にとりはリモコンを操ってコンベアから偵察ロボを脱出させようと試みたが。

「むっ!? 操作が効かない!?」

 先ほどまでは問題なく稼動していたと言うのに、今はいくらリモコンをいじろうとも、突然ぴくりとも水鏡の映像が移動しない。
 あせってがちゃがちゃと操作を繰り返すうちに、水鏡の映像すらぶっつりと途切れてしまった。

「な、何が起こったのです?」

 そう里香が尋ねたところに。

「侵入者――確認」

 二人のものではない、機械的な女性音声と共に空間が断裂。
 まるで八雲紫のスキマのように広がったそこから、緑髪のメイドロボ――夕凪7号が姿を現した。

「ひゅ、ひゅい!?」

 にとりと里香がおののく中、空間は閉じ、7号は二人へと向き直る。

「我らが琴蓮号の中では、外部の不正な電波など意味を成しません。侵入者に詰問します。我らが琴蓮号に何用ですか?」

 何の感情も篭もらない視線に射抜かれて、さしもの二人も萎縮する。

「正直にお答えください。質問を繰り返します。我らが琴蓮号に何用ですか?」
「み、未知の機械を追っていたら、ここに来てしまったのですぅ」
「な、中がちょっと気になったし、入り口はおっかないのが守っているから、こっそり覗かせてもらおうと思っただけで、と、特に他意はないんだよ」

 機械的――実際機械だが――な質問に気圧されて、二人はしどろもどろになりながらも、正直に事情を説明する。

「ライアーチェック……クリアー。事情は了解いたしました」

 7号はそれを聞き、かくりと頷いた。

「では此度のことは不問といたしますので、このままお引取りください」
「ちょ、ちょっと待ってよ、中に入れてはもらえないの!?」

 何の感情もなく突き放されるような返答に驚き、にとりはに食い下がる。
 7号は3号のように重装備していないこともあり、少し強気に出ることが出来た。

「既に幻想郷代表者との会談は終えており、今は来訪者の入船はお断りさせて頂いております。この環境調査機器たちを追ってやってきたその他の皆様にも、入り口で丁重に説明させていただき、お引取り願っております」
「じゃ、じゃあさ少しは教えてよ! この建物のことについてとかさ! 『琴蓮号』とか、『入船』とか、気になる言葉をチラリズムするのは卑怯だって!」
「わ、私からもお願いするです!」
「了解いたしました」

 二人のお願いに、7号はあっさりと了承を出す。
 元より、その程度のことは禁則事項ではないのだろう。対外説明用のテンプレートが用意されているのだ。

「この塔の名は『琴蓮号』。我らと、我らの主、フィリア・ロートゥス様の拠点であります。本来は塔ではなく、空を行く船ですが、今朝未明にこの幻想郷の結界に引っかかって墜落し、今はこの姿になっております」

 空を行く船という単語は、以前に宝船騒動があったことから、幻想郷住民としてはそこまで驚くべき事象でもない。
 だが、この塔は命蓮寺と違って、法力的なものではなく、機械技術によって飛んでいたに違いない。そう思うと、二人のエンジニアの心は熱く燃え滾る。

「そして、皆様が目撃された謎の機械は、その事故の際に不具合によりばら撒かれてしまった環境調査用機械で、今は回収命令が出されております。今しばし待っていただければ、完全に回収は完了いたします。被害のあった箇所には出来る限りの補償や修繕を検討させていただきます。何かあればお申し出ください。他に、何かお尋ねしたいことはございますか?」

 7号の確認に、にとりが手を挙げた。

「フィリアって奴には会えないの?」
「フィリア様はお忙しく、とても来客全てに対応することは不可能です。対外説明の業務には全て我々が代行して当たらせていただいております」
「そっか……出来ればトップと直々に話をしてみたかったんだけど……」
「焦られずとも、そう遠くないうちに会う機会は存在すると推測されます。あの方は旅人。世界をくまなく見物せずにはおられぬ性分ですから」
「この琴蓮号の中で会うことは出来ないけれど、外に出てくる気はあるってことか……」
「他に質問はございませんか?」
「はいなのです」

 再度の7号の確認に、今度は里香が手を挙げた。

「あなたのことを教えてほしいのです?」

 里香は7号がアンドロイドであるという情報はまだ知らないが、耳や背中の翼的なものなど、機械的な部品がところどころ見受けられることから、恐らく機械人形であろうという推測は出来ていた。
 自然に受け答えが出来るほどの知能を持った機械人形。機械に造詣の深いものとしては、垂涎の素材である。

「私はマスターであるフィリア様に仕えるアンドロイド。固有名称は『夕凪7号』と申します。その他に何か?」
「ああ、やっぱりなのです! それじゃ、ええと、趣味とか、好きなものとか?」
「……私はマスターであるフィリア様に仕えるアンドロイド。私的な趣味嗜好などは存在しません」
「それじゃそれじゃ、7号さんてことは、1~6号さんや、8号さんもいるのです? 7号さんのお役目ってどんなことなのです?」
「『夕凪』は、この7号まで存在します。たとえば、そこで門を守っているのが夕凪3号です。彼女の役目は守衛や戦闘が主ですが、私はフィリア様の代行や身の回りの雑事等を司っております。その他に何か?」
「動力とか、装備とか」
「禁則事項です。その他に何か」

 眉一つ動かさずに淡々と受け答える7号と対照的に、里香はころころと表情を変えながら、がんばって何か聞こうと頭を絞る。

「ええと、じゃあ、7号さん、私たちのお友達になってもらえないのです?」

 その日、初めて7号の眉根に皺がよった。

「わたしは里香というのです! わたしはもっと、あなたたちとお話がしたいのです!」
「私はにとりだよ。里香の相方で、気持ちは一つさ」

 若干下心はにじむものの、まっすぐな気持ちで放たれた二人の自己紹介に、しかし7号は首を横に振った。

「……私はマスターであるフィリア様に仕えるアンドロイド。私的な時間を保有してはおらず、私に友人としての機能を果たすことは不可能です。お引き取りください、お引取りください、お引取りください――」




 里香とにとりは取り付くしまのなくなった7号の説得をあきらめ、魔法の森を引き返していた。

「残念だったのです……」
「仕方ない。でもあいつと話せただけ収穫はあったさ。いったん出直そう。私たちの切り札を修理してさ」
「はいなのです!」







「ふんふんふ~ん♪ ハチミツハチミツ山田の~はちみつ~♪」
「らんらんらん~♪」

 幻想郷全土に謎の機械が湧き、すぐにいなくなり、魔法の森に超高層尖塔が出現した異変から数日。
 被害のあった箇所もすぐに謎のメイド部隊が来て元通りにしてくれたとかなんとかで収まり、人々は既に異変のことなど半分忘れつつ、いつもどおりにいつもの暮らしを送っていた。

 そうしたこの日、鼻歌を歌いながら人里を歩いているのは、人里に住まうろくろ首、赤蛮奇と、忘れ傘の付喪神、多々良小傘。
 赤蛮奇はあまり他者と打ち解けることのない妖怪だったが、最近数人友達が出来たようで、小傘はその一人であった。

 二人がなぜ人里を歩いているかというと、食料の買出しをするためである。
 食糧としては人を驚かせてナンボの妖怪たちだが、それはそれとして人間のご飯もおいしい。
 それに何だかんだで買い物というのは楽しいもので、特にこれから行く養蜂農家の山田さんところのハチミツは、二人の大好物だった。

「ふーんふふんふん♪」
「らんらんらんらん~♪」

 それはもう、彼女らも笑顔で鼻歌も出ようと言うものである。

「こころちゃんも来ればよかったのにねー」
「修行の時間じゃ仕方ないよー。またハチミツ届けてあげよー」

 ただ、山田さんとこは、人里でも外れのほうの、少し小高い丘のような場所にあり、たどり着くにはしばらく坂道を歩まねばならない。
 飛べば楽かもしれないが、一応蛮奇は人間にまぎれて暮らしている身であるし、こうやってワクワクする時間も愛おしいので、二人は足取り軽く坂道を歩いていた。

 その時である。

「………………れぇ~」

 二人の目に、何か坂道を転がってくる球体のようなものが見えた。

「何だあれは」

 目を凝らしてそれを観察していると、ぐんぐんとこちらに近づいてきて、しかも何か音声を発しているように見受けられた。

「…………てくれぇ~」

 一体何を言っているんだ。そうやって耳を澄ましているうちに。

「たぁ~すけてくれぇ~!!!」

 そいつが助けを求めながら転がってくる首そのものだと気づいたときには。

「ゴベフ!?」
「蛮奇ちゃあああああああん!?」

 既にその首は手前の石に突き当たり、思いっきり跳ね上がって赤蛮奇の頭に直撃した。
 元々あった赤蛮奇の頭が弾き飛ばされ、その転がってきた頭がくるくる回転した後にビシッと決まって固定されるさまは、まさに『赤蛮奇!新しい顔よ!』といった風情である。

 当然ながら転がってきた顔は赤蛮奇とは別物であり、それは人形のように整った顔立ちと輝くプラチナブロンドの髪を持つ少女の頭だった。

「わぁすごい! 蛮奇ちゃん美人になったね!」
「待ってこがにゃん、それ今まではさほどでもなかったってこと?」

 色々とショックを受ける蛮奇たちのところに。

「ちょー! 待ってー! 待つんだー! 頭ー!」

 さらに、坂道の上のほうから、首のない体がばびゅーんとジェット噴射で飛んできた。
 そいつは蛮奇たちの近くでスッと着地すると、驚いたような大仰なポーズをとった。

「うわ! なんかすごい私に似た人がおる! ねえそこの人! ここであんたみたいな顔をした頭を見かけなかった!?」
「何だその質問!?」
「そこの蛮奇ちゃんみたいな顔をした人ならそこの蛮奇ちゃんだよー」
「つまりあんたが私ということか! そんなバカな!」

 困惑する首なし死体を、赤蛮奇たちは困惑しながら見やる。
 すごく小柄な少女の体。幻想郷ではまず見かけない、体にぴったりとしたまったく飾り気のない白いボディスーツのような衣装を纏っている。

 それを見て、赤蛮奇はピンと来た。

(……こ、こいつ! 私と同じろくろ首か! 私のろくろ首としての地位を奪いに来たのね! 許せん!)

 もちろんそいつは最近幻想郷にやってきた魔法の森の科学の権化、フィリア・ロートゥスに相違なかったが、赤蛮奇はそんなことは知る由もなく、謎の対抗意識を募らせる。

「ふふふふ……! 馬鹿め! お前の首はあずかったわ!」
「蛮奇ちゃん何言い出すの!?」

 たとえその正体が機械であろうとも、自分にくっついた頭を動かすことくらいは、ろくろ首として朝飯前。
 赤蛮奇はこの頭やたら重いなあ、と思いながら、フィリアの顔でにやりと笑う。
 それを聞かされて、フィリアの体は再びおさるのようにショッキングなポーズをとった。

「なんと! それが私の首だったのね! 道理でデータ照合したら完全に一致するはずだわ!!」
「それは気づこうよ!?」

 基本ぼけぼけの小傘もさすがに反射的にツッコむ。

「この首を返してほしくば、私と勝負しなさい! あなたが勝ったら返してあげる! でも、私が勝ったらこの人里から出て行ってもらうわ!」

 ビシッと指を指しながら宣戦する蛮奇に、フィリアは、

「出て行くのは良いけど、それでも首は返してくれるかしら?」

 と、負けても一回出て行ってまた来ればいいや、とか思いながら質問した。
 それに対し、赤蛮奇は自分の頭の複製を呼び戻し、フィリアに突きつけて言う。

「いいえ、代わりに私の顔をあげます」
(負けられぬ)

 フィリアはぐっとこぶしを握り、在りし日の自分に後悔した。
 まさか、『ロボというのは頭がとれるものよ。取れないロボはただの豚だ』を信条に自分の体を改修したのが仇となるなんて。

 ともかく、互いの頭と頭をかけた、フィリアと蛮奇の真剣勝負が始まったのである。

「勝負方法は!?」

 くびなしフィリアが尋ねると、くびちがいの赤蛮奇がお前は何を言っているんだという風に返答した。

「そりゃ幻想郷で決闘って行ったら、弾幕勝負に決まってるでしょ?」
「却下ね」
「はい!?」

 数多の幻想郷ビギナーたちも瞬時に馴染んでいた幻想郷定番の弾幕勝負を、しかしフィリアはあっさりと拒否してのける。

「その勝負は『弾幕というものは左舷が薄いものよ。左舷の弾幕が厚ければ誰も苦労しないわ』が信条の私に対して、あまりにも不利ッ!」
「何その意味わかんない信条!?」

 小傘はもう悲鳴のようにツッコむ。本当にこの人意味が分からない。びっくりしすぎて妬ましい。パルパル。

「あんたもろくろ首なら、自分の首の扱いには自信があるでしょう! というわけで、この私が今回提唱する決闘法は、これよ!」

 フィリアがガキンと指を鳴らすと、天空から何かでかいものがズズゥンと音を立てて落下してきた。
 それは……サッカーのゴール。

「名づけて! 『首蹴りサッカーPK戦』! ルールは簡単! 足で自らの首を蹴って相手のゴールにシュウウウウウウウッ! 超・エキサイティン! 以上」
「意味わかんねえよ!」

 投げやりに過ぎる説明に蛮奇がキレると、フィリアはやれやれといった風に詳しい説明を始めた。

「つまり、交代で首を蹴る側とゴールを守る側に分かれる。蹴る側は自分の首を相手が守るゴールに蹴りいれる。最初に蹴れば後はどんな操作をしてもOKだけど、無制限だと何回でもゴールを狙えるので、必ず首はゴール側に前進させ続けること。首をその場にとどめたり、手前に動かす動作はNG。あと地面についてもアウト。逆に守る側は全身全霊を賭して相手の首が自分の守るゴールに入るのを阻止する。見事自分の首をゴールインさせたら1点で、2点目を先取した方が勝利、ってことだよ。言わせんな恥ずかしい」
「いや言えよ。なげえし。ってか自分の首を蹴るのか……」
「開始をわかりやすくするための措置だけど、やっぱり自分の首を蹴るのはダメージが発生するのかしら?」
「ふん、別に問題ないわよ」

 フィリアの態度に赤蛮奇は若干げんなりとしたが、首を操るものとしては、なかなかに興味をそそるゲームで、決闘を抜きにしてもなんだかやってみたい感覚に駆られた。

「いいわ、受けて立つわよ。でもあんたの首って、私が持ってるんだけど。これを返せとか言わないわよね?」
「そんなことしないわ。こんなこともあろうかと、予備の首を持ってきているのよ!」
「じゃあもうそれで良いじゃあああああああん!?」

 どこからか自慢げに予備の首を取り出すフィリアに、ついに小傘が卒倒した。

「こがにゃああああああああん!!!」

 赤蛮奇は慌てて小傘に駆け寄り、抱き起こす。
 しかし、どう見ても彼女には、しばしの睡眠が必要な様子だった。

「おのれ……よくも小傘を! 小傘のためにもこの決闘で必ずお前に勝ってみせる! 私の名は赤蛮奇! 人里に住まう孤高のろくろ首なり!! お前の名は!?」
「私の名はフィリア・ロートゥス! 時をかける少女とでも呼んでもらおうかしら! さぁ、先攻はくれてやるわ! どこからでも撃ち込んできなさい!」

 お互いに名乗りをあげ、フィリアはとりあえず予備の頭を装着しながらサッカーゴールの前に仁王立ちし、赤蛮奇は吹っ飛ばされたオリジナルの首を呼び戻し、自らの足元に落とす。

 お互いの目と目が合い、闘志のぶつかり合いが激しい火花を散らす。

「うおおおおおおおっ! 行け! マイヘーーーッド!!」

 気合一閃、蛮奇が自らの頭を蹴り飛ばす。それは高速でまっすぐゴールに一直線――かと思いきや、突如として立体的な稲妻のように複雑怪奇な軌道を描き、ゴールを守るフィリアへと迫る。

 ――だが。

「その程度の動きは! まるっきり想定内なのよ!」

 フィリアに内蔵された分析機構が膨大な計算を一瞬で処理し、赤蛮奇の軌道のクセを完全に解析する。この機構のフルパワーを持ってすれば、数秒先の未来など手に取るようにわかる。
 まったく不規則なように見える赤蛮奇の首の動きに、フィリアは相手に気取られぬよう、十分ひきつけてから必要最小限の動きで手を伸ばす。

 蛮奇の首は果たして吸い込まれるように、フィリアの手の内に収まっていた。

 ――と思いきや、その首から突如として首のコピーが飛び出し、完全に油断していたフィリアの反応より早く、ゴールネットに突き刺さったのだ。

「な、なんですって……!?」
「増やすなとは、言われてないわよねぇ~?」

 信じられないように振り返るフィリアの手の中で、納まった蛮奇の首が、勝ち誇ったようににやーっと笑う。

「ちぇっ、そこからでもコピーを出せるとは、分析不足だったようね。でもまだあんたの得点は1点! 最初の攻撃が終わっただけに過ぎないわ! 勝ち誇るのはまだ早いわよ。さぁ、交代なさい!」

 そうして二人は場所を入れ替え、今度は蛮奇がゴール前でフィリアの顔のままふんぞり返り、フィリアが自らの首を地面に落とす。

「そんな頭で大丈夫なの?」

 蛮奇と違って長髪なので、色々とウザそうである。
 だが、当然そんなことで問題があるなら、フィリアもこんな勝負を仕掛けてはいない。
 再び目と目で火花を散らすと、今度はフィリアが気合一閃、自らの頭を蹴り出した。

「らっしゃああああああああ!!」

 赤蛮奇と違い、それはひたすらまっすぐに、ゴールを目指していく。
 そんなフィリアの頭に対して赤蛮奇が取った行動とは。

「飛べっ! 『マルチプリケイティブヘッド』おおおお!!!」

 迎撃である。
 自らの頭の分身を五つ作り出し、それぞれが別方向からフィリアの頭へと襲い掛かる。

「小ざかしいわぁ! 浪漫『目からビーム』! 嘔吐『口からバズーカ』ぁ!!」

 だがフィリアの頭もそれを堂々と迎え撃つ。
 目や口から光線を吐き出し、赤蛮奇の頭を次々と撃墜していった。
 フィリアは首が取り外せるだけのただのロボット。赤蛮奇ほど自在に軌道を操ることは出来ない。だが、攻撃性能だけならば、勝っている自信があった。

「むうう、こしゃくなあ! ならこれならどうかしら! 『デュラハンナイト』!」

 赤蛮奇は相手の動きを制限するように弾幕を張り、そしてその最奥でフィリアの頭を叩き落とす姿勢を取る。

「バカめ! 私の頭は重くて硬いわよ! あんたなんかが叩き落とせるものじゃないわ!」
「じゃあその重くて硬いものを、利用させてもらおうじゃないの!」

 そう言うと赤蛮奇は、飛来したフィリアの頭に対し――思いっきり頭突きを喰らわせた!
 そう、赤蛮奇が今装備しているのはフィリアの頭。
 フィリアの頭でフィリアの頭を受け止めてしまえば、自分はまったく痛い思いをせずに相手の硬さを逆利用できるのだ――が。

「うわ、しまった!?」

 結果として起こったことは、ぶつかった衝撃で今装備している頭が押し出されてしまった。蹴った頭が赤蛮奇に装着されるとともに、装備していた頭がゴールネットの中に吸い込まれてしまったのだ。

「あんたが装着してたのも、『私の首』には間違いないわよねえ?」

 勝利条件は『自分の首をゴールイン』させること。
 奇しくも赤蛮奇がフィリアの首を首質に取っていたことが裏目に出てしまった形となった。

「ぐぬぬぬ……だがこれで一対一! 次で私が決めればそれで終わりなのよ!」

 赤蛮奇は悔しがりながらも、次の手番に向けて闘志を燃やしていた。




「う、うーん……」

 多々良小傘が目を覚ましたのは、先のフィリアの手番。フィリアと赤蛮奇がお互いに技を尽くしてゴール前の攻防を行っている、その瞬間だった。

「うわぁ、ひどい絵面だぁ」

 起き上がって最初に見た光景に、小傘は素直な感想を漏らす。
 二人の美少女が真剣に自分の首を蹴り飛ばしあうその様は、実に怪奇で珍奇であった。

「でも――すごい」

 だが、小傘にも二人の真剣さと熱気を感じ取ることは出来た。
 引き込まれる何かがあった。

「そこだー! やれー!」
「蛮奇ちゃんがんばー!」
「ちっちゃいのも負けんなよー!」
「!?」

 いきなり湧いて出た色とりどりの声援に、小傘はびっくりして辺りを見回す。
 すると、いつの間にこの騒ぎを嗅ぎつけたのか、近所に住まう妖精や、珍しい物好きの人間など結構な数が集まってフィリアと蛮奇の首蹴りサッカー対決を見物していた。
 とにかく相手の守りを突破したら勝ちなのだろうという、見た目のわかりやすさも野次馬に拍車をかけていた。

 なお、蛮奇が妖怪であることが決定的にばれているが、元々割とバレバレだったので特に問題はない。

「ええーい、がんばれ蛮奇ちゃーん!」

 小傘も半分なんだか分からないながらも、周りの熱気に浮かされて、声の限りに応援を飛ばした。




「いい感じに場も暖まってきたようね」
「私はこういう雰囲気、好きじゃないんだけどねえ」

 結局予備の頭を装着して楽しげにしているフィリアに対して、赤蛮奇はむすっとした顔で攻撃側の位置に付いた。
 赤蛮奇は元々ひねくれものの妖怪で、人里の人気取り合戦も流行りモノだと馬鹿にして見ていた。
 しかし、逆さ城の異変のときといい、今現在といい、なんだかんだでこんなところで戦ってしまっている。
 それが存外に楽しく、心が沸き立っているという事実にさえ、赤蛮奇はむずがゆいものを覚えていた。
 だがしかし、そんな余計なことを考えている場合ではない。
 目の前には、決して負けられない敵がいるのだ。

「行くぞフィリアあぁ! 『セブンズ・ヘッド』ぉ!!」

 赤蛮奇が頭を蹴った瞬間、それは七つの軌跡を描いてゴールへと飛んでゆく。
 蹴った瞬間に頭を七つに分裂させ、しかもそれぞれの軌道を不規則に制御しながら、フィリアの守るゴールへと殺到する。

「これを受け止めきれるかしらぁ!?」
「やってやるわよぉ!」

 既に赤蛮奇の手の内は見えた。
 今度こそフィリアの分析機構は、七つの頭の完璧なシミュレートを行っていた。不意に増える可能性も織り込み済み。

 フィリアはにやりと笑いながら時を待ち、そして叫んだ。

「ターゲットロックオーン! 一斉掃射ぁ!」

 目からビーム、口からバズーカ、額からバルカン、両手からロケットパンチ、両脇腹からレーザー砲、おっぱいからミサイル。

 今持てる浪漫溢れる兵装の限りを尽くし、フィリアの弾幕が赤蛮奇の首を襲う。

「胸がないくせにおっぱいミサイルとな!?」
「ああっ、蛮奇ちゃん!」

 元々機械ならではの完璧な迎撃だったこともあるが、どうでもいいことに一瞬気をとられたのが、赤蛮奇の敗因だった。
 硝煙が晴れたときには、七つの首が地面に打ち落とされており、コピーだったそれらは力なく消えうせた。

「つるぺたミサイル……ありだな」
「俺にも撃ってくれー!」

 と一部の観客がヒートアップする中、赤蛮奇が今更ながらにとあることに気づいた。

「ぐぬぬ、こんな時に体を張ったギャグをしてくるとは……というかお前、ろくろ首じゃないな!?」
「あははは! やっぱ同類だと思ってた? でも残念! 私はろくろ首じゃなけりゃ、妖怪ですらない。ただ首が取れるだけのアンドロイドさ!」

 フィリアはミサイル撃ったせいでえぐれた胸を張って高らかに笑う。

「で、どうする? やる気なくなっちゃった?」
「ちぇっ、ろくろ首でもない奴に首の扱いで負けちゃあ、それこそ末代までの恥だわ! あんただけは絶対に倒すよ。続行だ!」
「そうこなくっちゃ」

 蛮奇の言葉にフィリアは満足げにうなずいて、再び攻守が交代する。

「さっきは不覚を取ったけど、ここで凌ぎきれば何の問題もないわ!」
「追い込まれたその状況でどれだけ踏ん張れるかしらね?」

 しかし、一対一でフィリアに凌がれたこの状況、赤蛮奇が追い詰められているのは間違いない。赤蛮奇もフィリア相手では一瞬の油断が命取りになるのは、今までの攻防で嫌というほど身にしみていた。
 今度は自分の首を絞めかねないフィリアの首を外し、自分自身の頭を装着して、蛮奇はゴール前に立つ。

「さぁ、行くわよ! これでおしまいだっ!」

 その姿を見やり、フィリアは頭を蹴った。
 その軌道はやはり、蛮奇とは正反対の直線的な軌道。

「同じ手で私が抜けるもんか! 『ナインズ・ヘッド』!!」

 今度蛮奇がとった迎撃体制は、自らの限界まで頭のコピーを展開してゴール前に壁を構築。
 そしてその全ての頭と本体から弾幕を展開して、飛来するフィリアの頭を打ち落とさんとする攻性防壁の陣。

「何するかと思えば壁? ならやることは一つよ!」

 フィリアは首に仕込んだ補助バーニアをテクニカルに動作させ、赤蛮奇の弾幕を最小限の動きでかわしながら、まっすぐ赤蛮奇本体へと向けて突っ込んでくる!

「強引に突破する気ね! そうはいくもんか!」

 フィリアの頭は重い。
 それを踏まえているが故の最大出力・九つの頭。今度は全ての頭でがっちりとスクラムを組んで、フィリアの頭を受け止める。
 頭の着弾に合わせて、全ての頭をそこに集中させる。その瞬間。

「ふぁいやー!」

 フィリアの首から、今までにないほどの巨大なジェット噴射が噴き出し、急加速。
 その勢いは、九つの首のガードを一瞬早くすり抜け、赤蛮奇本体にインパクトを叩き込んだ。

「っおあああああああああああっ!?」
「うわあああああ! 蛮奇ちゃん吹っ飛ばされたああああ!」

 小傘の叫びどおり、完全にタイミングをずらされた赤蛮奇はフィリアの重い頭の一撃に吹っ飛ばされて宙を舞い、落ちた。

「ぐぐ……っ! くそう、やってくれたわね……」

 落ちたオリジナルの頭を探り、首にはめながらふらふらと立ち上がってゴールを見るが、そこにはやはりフィリアの頭が突き刺さっていて、ウザいドヤ顔を見せ付けていた。
 これで二点先取。

 赤蛮奇の敗北だった。

 派手な決着にギャラリーが沸く中、うなだれる赤蛮奇にフィリアが歩み寄る。

「悪いわね、私の勝ちよ。でもさすがろくろ首、首を操るテクニックに関してなら、私の及ぶところじゃなかったわね」

 言いながら差し出された手を、赤蛮奇はぶすっとした顔でしばらく見つめていたが、観念したようにその手をとる。

「悪態くらい素直に吐かせなさいよね、いけ好かない奴。……首は返すわ。どうせろくろ首じゃないなら因縁つける理由もないんだし」
「うふふふ、ありがとうありがとう。楽しかったよ。また遊ぼうねえ」
「ふん……」

 フィリアがなれなれしい笑いを浮かべるも、赤蛮奇は煮え切らない表情で手を切ると、小傘の元へと駆けていった。
 フィリアは苦笑しつつ、ノリで拍手喝采するギャラリーに向けて声を上げる。

「さぁ、せっかくゴールを持ってきたんだし、誰か遊んでみたい人いない? ああいや、蹴れる首がなくたって、蹴るにちょうどいいサッカーボールなら用意してあるからね。しかもボールに仕込んだ超未来技術によって、あなたのテクニック次第でさっきみたいな超次元サッカーも夢じゃあないわ」

 フィリアは再びガチンと指を鳴らしてどこからかサッカーボールを召喚し、蹴り方によって複雑な軌道を実現できることを実演し始める。
 そうして、先ほどの赤蛮奇との戦いを見て熱気に浮かされ、それが自分にも出来るかもしれないと興味を示し始めるギャラリーを見て、フィリアは満足げに笑う。

「さぁ、試してみようよ。新しい決闘法をねぇ」





 人里における赤蛮奇との戦いがあって以降、幻想郷全土にてフィリアの目撃例が多発し始めた。
 彼女は巫女たちが異変解決に赴くときにそうするように、ふらりと現れては、そこにいた人妖に勝負を挑んでゆくという。

 しかし、彼女は決してスペルカードルールに則った勝負を仕掛けることも受けることもなく、彼女自身が持ち込んだルールやアイテムでの勝負に拘っていた。

 曰く、白玉楼の庭師に剣術対決を申し込んで、高周波ブレードを持ち出しただの。
 プリズムリバー三姉妹に音楽対決を挑んでオーケストラ音源をぶちかましただの。
 命蓮寺の入道使いとパンチングマシンで対決しただの。
 氷精との対決で全自動カエル凍らせ機なるものを開発して山の祟り神に追い回されただの。
 その後人里にて山の風祝とアーケードゲーム対決に明け暮れた後にアーケードゲーム屋を開業しただの。


 少し前の人気争奪戦のようにギャラリーを集めることを好むせいで住民への存在認知も広く、フィリア・ロートゥスという機械人形の人物像としては、意外と親しみやすいアグレッシブなバカというイメージが一般的になっている。
 彼女自身の『勝負』の勝率は高いものの決して百パーセントではなく、うまく拮抗する魅力的なゲームメイクと相まって、ギャラリーの『勝負』への興味をあおる。
 そして勝負後には必ず『勝負』に使ったツールの簡易版をばら撒くのが常であった。

 今のところなぜそういうことをしているのかは不明。
 アーケードゲーム屋を発展させ、何かしら大規模な遊戯施設を作って収入を得るための伏線かもしれないが――
 少なくともそれはどう見ても『船が直れば立ち去る』というような姿勢ではありえない。


 ――というような話を、魔理沙は最近の情勢として、楽しそうに霊夢に語った。
 境内が修復されて以降は、特に変化のない博麗神社。
 霊夢としてもフィリアの動向が気にならなかったわけではないし、珍しく自分から幻想郷を巡回することもあった。
 魔理沙の伝えたようなフィリアの怪しさも感じてはいたが、別に悪さをしているわけでもないし、人々が熱狂して遊んでいるのも特徴的な遊戯(ゲーム)でしかない。
 異変と思われないレベルで、手を出せないままに幻想郷が塗り替えられていくような、漠然とした不安感はある。だが。

「私はフィリアさんはいい人だと思います! あのアーケード屋さんなんて、古きよきアーケードゲームもあるかと思えば、没入型インターフェース実装ながらギャラリーも見てて楽しい大画面外部モニタまで据え付けてるなんてすごい仕事ですよ! 幻想郷であんなのできるなんて思ってませんでした!」

 霊夢の隣で話を聞いていた例の山の風祝――東風谷早苗は、霊夢にあまり理解できない言葉を用いながら、フィリアの所業をロマンの一点で全面肯定していた。

「きっと彼女こそが幻想郷の未来を作る人に違いないですよ。うちの神社としても提携したいくらいで、神奈子様と話を進めてたりするんですけど、まぁ諏訪子様とはちょっと仲が悪いみたいですけどね」
「霊夢が何をもにょもにょしてるのか知らんが、私もあいつは悪い奴には思えんのだがな」

 よく妖怪退治を(結果的に)共にする友人らはこのとおり、フィリアに脅威を感じてはいない。
 霊夢自身、彼女に感じる違和感は、なんとなくしっくり来ないといった程度のものでしかない。

「……そうかもしれないけどね」

 フィリアの行動が幻想郷の革新を狙ったものとしても、そのようなことは既に早苗ら守矢神社がやろうとしていたことであるし、今更目くじらを立てるようなことでもない。

「霊夢さんもゲーセン行ってみませんか? 面白いですよ」
「……遠慮しとくわ」
「付き合いが悪いと友達なくすぜ?」
「大きなお世話よ」

 そう、今更目くじらを立てるようなことでもない、が。
 色々な決闘法が怒涛のように蔓延することで、スペルカードルールそのものが幻想郷の人妖から希薄なものになりつつあるのは、気のせいなのだろうか。





 琴蓮号108階。西洋風の廊下を抜けた先は、以前は無機質な円形空間だった。
 だが、二度目に訪れたときは、廊下となんら違和感のない西洋風の客間に変貌していた。
 そもそも部屋の形からして今回は四角形である。模様替えとかそういうものではなく、まったく別の部屋であるらしい。1階からここに来るまでに経験した『転送』による賜物なのか。
 そうなるとそもそもここが108階なのかという疑問すら湧いてくる。まぁそれが嘘だったところで、別にどうということはないのだが。
 ともあれ、この部屋には窓がある。そこから見えるのは、確かに超高層から見た幻想郷の光景には違いない。

「お待たせいたしました。紅茶でございます」

 緑髪のメイドロボ、夕凪7号が、最低限しずしずとした動作で、こじゃれた意匠の木製テーブルに二つの紅茶を置く。
 そのテーブルに着き、客人用の紅茶をいただきながら、アリス・マーガトロイドはほぅと息をついた。

「どうかしら? まぁこちらで仕入れたものだから、あなたにとっては目新しさはないかもしれないけど」

 そして、その対面では、主人用のティーカップに指をかけて、にこりと微笑みかけるフィリアの姿があった。

「さすがに備蓄用の合成食品やサボテン茶は、客人に出すわけには行かないしねぇ」
「あら、あなたは食糧を必要とするのかしら。サボテンエネルギーがどうとか言ってたけど」

 アリスはフィリアの呟きに、単純な疑問を呈した。

「別に食べなくても大丈夫だけど、やはり食を捨て去るってのは日々の生活に彩がなくてねえ。がんばって味覚センサを開発して、食べたものをエネルギーに変換できる機構を作るのも苦労したわ。あなただって魔法使いになっても食事は捨てられないんでしょ? アリス・マーガトロイドさん」
「……よくご存知で」

 アリスも元人間の魔法使い。捨食・捨虫の術を習得して魔法使いとなり、食事や睡眠を必要としない体なのだが、いまだに食事や睡眠はかつてと同じように摂取している。
 生活にメリハリがつくし、おいしい食事はいい気分転換になる。眠ることも一日を締めくくる気分になれるし、記憶の整理にもなる。
 人間に未練があるわけではなく、あえて捨てるほどに無意味な行為ではない、とアリスは判断しているのだ。

「幻想郷縁起を読んだし、それなりにフィールドワークもしてるからね。この世界のことは大体頭に入ってるわ。そして共感できるのよアリスさん。私もいまだに物を食べるし、寝てメモリ整理をする。魔法と科学の違いはあるけれど、やってることもまぁまぁ似てるし、私は親近感を覚えてるわ」

 人間であることを捨て去り超技術に没頭したもの同士、種類はだいぶ違うが人形を製作するもの同士、確かにまあ、似ているといえば似ているだろう。
 アリスとしては、性格はかなり不一致だろうと思うし、そこまで親近感があるわけでもなかったが。

「アリスで結構よ、フィリア・ロートゥス。だからここまで招いてくださったのかしら?」

 琴蓮号がやってきた日、アリスたちはすんなりと中へと入れてもらえたが、その後は琴蓮号への立ち入りは規制されている。
 超高層尖塔というそれだけで目立つ存在感や、フィリア自身の知名度向上もあり、琴蓮号を訪れようとした人妖は数多かったが、ことごとく追い返されているという話は聞いていた。

 だが、どういう風の吹き回しか、アリスのもとに訪れた夕凪7号から、琴蓮号に招待する旨を伝えられ、今はこうしてここにいる。

「まぁ、そうね。『人工知能とか込み入った話は長くなるからまた今度』って約束したし、相手の家に押しかけて話すのもアレかなぁと思ったんで、既に一度入ったことのあるアリスなら、別に招いてもいいかなって」
「ああ、それは光栄ね。でも、本拠地にそうそう立ち入ってもらっても困るというのは分かるけど、そこまで規制してる理由って何? 見られて困るものでもあるの?」
「そりゃあるよ。超あるよ。見られて困る物だらけだ」

 その本拠地の真っ只中にいながら、思いっきりそれを肯定されると、どういう顔をしていいものだろうか。アリスは悩む。

「たとえばお話しようと思っていた人工知能プログラム。この世界にそれを扱える奴がいるかどうかはわからないけど、あの技術が漏れると私は割と不快」

 それは深刻なのかどうなのか。

「その人工知能プログラムというのが、あなたを完全自律させている所以のもの?」

 アリスが尋ねると、フィリアは頷く。

「ええ、人間だったころと変わらない論理思考や感情表出が可能となる優れもの。これのおかげで私は私でいられている。……ねえ、あなたは完全自律人形の完成が目標なんだって?」
「ええ、よくご存知で」

 魔法使いとは一種の研究者であり、研究者であるからには、もちろん目指すべき目標というものが存在する。
 アリスにとっては完全自律型人形の実現がさし当たっての目標である。

「一つ差し出がましい質問をさせてもらうけれど、それを作って一体どうしようというのかしら?」

 アリスの目標を聞きながら、フィリアはそれを馬鹿にするかのような質問を投げかける。
 だが、アリスにも彼女の言わんとすることはよくわかった。

「さぁ……。困難な技術であるから、実現したいと思うだけ。実際には完全自律化して自分の意思を持たせたところで面倒なだけで、半ば自分で操ってる半自律状態の現状の方が便利なんだろうとは思ってるわ」

 目的にではなく過程にこそ、その意味を見出す。本末転倒というか、正しい研究者のあり方というか。ともあれ、アリス・マーガトロイドはそういう魔法使いだった。

「安心したというべきか、余計に不安になったというべきか」

 アリスの答えを聞いて、フィリアは苦笑を浮かべた。

「あなたもそうだから、この子達は半自律で留めているのでしょう?」

 アリスはそう言って、少し離れた場所で控えている夕凪7号を見やる。
 感情らしい感情の見えない、主人の手足となって動き回る機械人形。
 自分の人形たちの操り糸が無線化され、言語能力や判断能力が少し上乗せされたようなものだと見受けられた。

(ていうか普通にそっちのが便利そうね……無線化の研究でもしてみようかしら)

 などと若干の羨望を湧かせ、人形遣いとしてはやや問題のあることを考えながら。

「いやいや、別に便利だからという理由で、ななちゃんたちを感情停止させてるわけじゃあないわ」
「ななちゃん?」
「ああ、7号のことよ。いちいち7号って呼ぶのも無機質だし呼びにくいし……ちなみに3号はさんちゃんって呼んでるわよ」
「そんな呼び名つけるくらいなら、最初からちゃんとした名前つけてあげればいいんじゃないの」
「それはまあ、その。脱線してるから話を戻しましょう」

 フィリアはこほんとメカなのに咳払いをすると、強引に話を戻して誤魔化す。

「そもそもあの子達は、私が改修した機体ではあるけど、私が開発した機体じゃないのよ。元々はちゃんと感情プログラムを備えた完全自律型の機体だった」

 フィリアの語るその事実に、アリスは少し驚く。あの人形然としてたたずんでいる7号たちが、元はフィリアと同じように自由に振舞っていたというのだろうか。

「けど、私はあの子達の感情プログラムを停止させることになったわ。それがあの子達の願いでもあったからね」
「それは一体?」
「あの子達は、もう悲しみたくなかったのよ」

 アリスはしばし動きを止め、そして察したように目を合わせた。

「捨てられていたのね?」

 幻想郷においても、捨てられたことに恨みを抱いて妖怪化する道具は多い。
 完全自律化人形などという大層なものを捨てる奴がいるのかというのは少し気になったが、世の中にはわが子すら捨てる奴だっている。別段不思議ではない。

「夕凪たちの中には、捨てられてた子もいるし、不慮の事故で主人の元へ戻れなくなった子もいるわね。あの子達は元々メイドロボ。人に仕える道具。心を持っていても道具。その響きだけで、なんだか怖い感覚がしないかしら」

 幻想郷でも、使い込まれた道具には神が宿る。
 ただ、それはその時点では、完全に自立した意思というわけではない。捨てるときはちゃんと壊して、道具としての役目を終わらせてから捨てれば怒ることもない。

 しかし、完全に自立した意思を持ち、それでいて人間と変わらない姿の道具。その扱いとはどういうものになるのか、アリスにはまだわからない。

「心を持っていても道具のようにこき使われることに関しては不満はないし、それが喜び。実際道具だものね。でも一つの意思である以上、かりそめながらも命がある。生まれたからには終わりがある。出会ったならば、別れがある。メイドロボの最後なんて、大体胸糞悪い話ばっかりだ」

 フィリアはそう言って肩をすくめる。

「私は道具じゃないから本当の道具の気持ちはわかんない。あの子達が感情を捨てて、ただの道具になりたいと願った悲しみも、正確なとこまではわかんない。でも捨てられることの悲しさだけはよくわかるよ。軽々しくそういうものを作っちゃいけないって、そうそう、そういうことが言いたかったのよ。あなたに」
「ああ……まぁ、心には留めておくわ」

 いつか魔法的な完全自律人形を作れたとしよう。
 それに私は何と言って出会い、何と言って別れるのだろうか。
 考えているうちにアリスはやっぱり面倒くさいなあ、と思うのだった。





「うふふ、だーれだ」

 霊夢が縁側でたそがれていると、その声と共に視界が閉ざされた。
 やれやれ、と霊夢は心中呆れながら、声の主に返答する。

「ふふ、もう、あなたがわからないわけないじゃない。昔一緒にバイトしてたジャッカルの手下のひなたちゃんだよね? 久しぶり、元気してた?」
「誰だよそれ!? 私だよ私! 八雲のゆかりんだよ!」
「うん、知ってる」

 冷徹な目で霊夢が振り返ると、そこにはしばらくぶりのスキマ妖怪が悔しそうにハンカチを噛んでいた。

「……何の用?」
「つれないわねえ。この私様がせっかくわざわざ会いに来てあげたのに」
「わざわざってほどの労力でもないでしょ」

 霊夢はふぅ、とため息をついた。このテンションが色々と疲れるのである。

「……それよりあんた、最近のあのフィリアって奴のこと、どう思う?」

 だが……タイミングはいい。足を運ぶ手間が省けたと言うものだ。魔理沙や早苗があの調子で、動くに動けないジレンマの中、こういう相談ができるのはこいつくらいのものだろう。
 もっとも、霊夢としては紫に頼るなんて認識は持ちたくないのだが。

「ええ、ずいぶんとワシのシマの中で好き勝手やってくれとるけェのォ」
「なんで極道風なんだよ」
「本当にショバ代でも取り立ててあげましょうかしら」
「お、それ意外とナイスアイディアじゃね?」

 完全に自由な興行師、フィリア・ロートゥス。その野放図な活動が面白くないのは、やはり紫も一緒であるようだ。

「まぁ、普通に払ってきそうですけどね。アーケード屋で儲けてるみたいだし」
「じゃあ取り立てて山分けでいいじゃん」
「当然のように取り分を主張する……汚いなさすが巫女きたない」
「うっせえ」

 軽口の応酬をしながら、ふぅ、とどちらからともなくため息を吐く。

「まぁ、異変でもなんでもないんだからね」
「……異変でもなんでもない……か」

 紫の言葉を、霊夢は難しい顔で咀嚼する。
 異変とは原因不明のものである。フィリア絡みで異変と言えば、鉄のダンゴムシ事件が挙げられるが、それは速攻で解決している。
 今フィリアがやっていることは、守矢神社や神霊廟などがやっているような布教活動となんら変わりはない。

「本当にフィリアの異変はあれで終わったのかしら? 私、何かいやな予感がするのよ」

 いつになく不安げに言う霊夢に、紫は神妙に頷く。

「……そうね。でも私は動かないわ」
「働けこのニートが」
「違う違う。常々言ってるでしょ。『幻想郷は全てを受け入れる』って。だから、今の時点では私は動けない」

 フィリア・ロートゥスは幻想郷に変容をもたらすものなのは間違いない。
 だが、その害意が見えない以上、管理者たる紫としては何も出来ない。

「めんどくさいわね。境界を操るっていったって、それにがんじがらめにされてるようだわ。あんたって」
「そうね、私は境界を操り操られているだけ。境界を越えていくのは、やっぱりあなたの特権よ」

 紫はそうして、霊夢に微笑んだ。

「あなたは自由だもの。あなたのやりたいようにすればいいわ」





「ようし、ついに時は来た」
「ふふふ、なのですぅ」

 琴蓮号前の例の大岩に身を隠して悪い顔をする、妖怪が一人と、人間が一人。
 言わずもがなのエンジニアコンビ、にとりと里香である。
 二人はここの所にとりの作業場に篭り、夜も寝ないで仲良く昼寝して、二人の切り札――イビルアイと三平ファイターの修復と改良に勤しんでいた。

 まぁ、そうして外に出なかったおかげで、フィリアに会うというそもそもの目的達成の機会を逃してしまっているわけだが。

「私たちは以前の私たちとは違う……!」
「態勢は万全なのですぅ」

 ともあれ二人は二人の技術を教えあってお互いの技量を高め、以前では到達できない部分に到達したという実感があった。
 それに作業し通しなおかげで気分もハイになって、作業所から出てきたときには、とにかく琴蓮号の門番――夕凪3号に挑むことしか頭になくなってしまったのだ。
 どれくらいの実力なのか知らないが、今の自分たちにやってやれないことはない。

 そうして二人は大岩から歩いて出て、赤髪のメイドロボを内蔵した簡易要塞――夕凪3号の眼前へと立った。
 ノリと勢いで湧き出る自信が、彼女たちに歩を進めさせたのだ。

「個体識別――完了。里香様、にとり様。琴蓮号は依然、立ち入りをご遠慮させていただいております。どうかお引き取りを」

 要塞の前面を開き、3号は本体を晒しながら機械的ながらも丁寧な対応を見せる。二人の名前は、7号が受け取った自己紹介がデータ化されたのだろう。
 しかし今日の二人は、そんな言葉なんておとなしく聞きやしない。

「そうかい! ならば、押し通るまでだよ!」
「出るのですぅ! 新時代の飛行型戦車! イビルアイΩ(オメガ)あああ!!」
「最強戦艦『三平ファイター改』っ!」

 里香の黒カプセルから現れたのは、以前より更に禍々しくなり、更に小型の黒色眼球型オプションを二つ備えて傍に浮遊させている新型のイビルアイ。
 そしてにとりがボタン一つで背中のバックパックから自身を覆うように展開させたのは、装甲を増やしてなお、推進力、機動力を上昇させた、改良型の三平ファイター。
 自慢の新型切り札をお披露目できて既にご満悦な二人を、3号は無機質に見つめながら要塞の前面を閉める。

「敵対の意思を確認。夕凪3号、これより戦闘モードに移行します」

 全体的に卵型だった装甲が複雑に展開しながら膨れ上がり、その過程で位置を調整された幾多の砲門が、二人のほうへ向く。

「警告します。すぐに武装を解除し、敵対行動を終了されたし。さもなくば、殲滅します」

 3号の警告は、二人の闘志を更に強く漲らせるには、十分のものだった。

「やって……みなよ!」

 言った瞬間、にとりが急加速しながら3号へと向かう。
 3号も容赦なく砲撃を開始するが、にとりに紙一重でかわされる。

「狙いが甘い甘い!」

 そのままにとりはドリルを回転させて突っ込み、3号の装甲を一枚串刺しにする――が、それは要塞が膨れ上がる過程で、幾重にも重ねながら展開された装甲板のうちの一つに過ぎない。
 即座にその装甲板をパージし、バランスを崩したところを大砲で狙い撃つ。

「危ないのです!」

 しかし、そこに里香の助けが入った。
 小型眼球のオプションから指向性の引力を発生させ、にとりを引き寄せて砲撃から回避させる。

「さんきゅ、里香!」
「どういたしましてなのです! さぁ、今度はイビルアイの進化した鬼畜兵装を喰らいやがれぃなのです!」

 更に弾幕を浴びせかけつつ、最初ににとりが特攻をかけたときから開始していた、中央の目でのエネルギーを充填を完了させる。

「うーし、かく乱は任せろ! やっちゃいな里香!」

 再度高速機動に入ったにとりがかく乱を行う中、イビルアイはその目を見開いた。

「電影クロスゲージ明度20! エネルギー充填120%! 対ショック、対閃光防御! 最終セーフティ解除! 『ウェイブ・キャノン』、発射ーーー! なのですーーーーーっ!!」

 そして、必殺の超極太レーザーが3号めがけて放たれる。
 三平ファイターのドリルで貫ける程度の装甲ならば、イビルアイに搭載されたこの秘密兵器に対処できようはずもない。
 里香は勝利を確信していた――

 ――が、しかし。

「能力貸与を要請」

 3号の前面の何もない空間に突如亀裂が走ると、次の瞬間には大きくその場所が断裂していた。
 これは7号が二人の目の前に現れるときに使ったものと同じ――そう考えている間に、里香必殺のウェイブキャノンはその空間の歪みへと飲み込まれ、雲散霧消していた。

「なん……だと……!?」

 にとりも信じられないような顔をして、その光景を眺めていた。
 ただ、3号だけがひたすら冷静に、その場の分析を進めていく。

「対象の戦闘能力、危険と判断。戦闘モード、セカンドステージに移行します」

 瞬間、3号の下段外壁装甲が開き、中からおびただしい数の何かが発射された。
 それは意外にもファンシーな、ハートをあしらったビット・オプション。だがそれは星型弾に彩られた軌跡を残しながら、縦横無尽にあたりを飛び回る。

「うわああああ!? なんだこりゃ!?」
「痛いのですぅ!」

 さっきまでの直線的な攻撃軌道とは格段にレベルの違うオールレンジ攻撃に、にとりの高軌道でも回避に専念せねばならず、里香のイビルアイに至ってはデカ過ぎて被弾しまくっている。
 もちろん、イビルアイの装甲なら、オプションの放つ弾幕程度なら耐えることは十分に可能なのだが、その中では3号本体からの砲撃が、先ほどよりもずっと恐ろしい存在になっていた。

「こうなりゃもう一発、でかいの浴びせてやるですよぉ!」

 にとり謹製のフォースシールドを前面展開して一時的に弾幕を凌ぎつつ、里香は再びウェイブキャノンのエネルギー充填を開始する。

「正面に障壁を確認。誘導ミサイル弾発射します」

 3号はフォースシールドを見て、砲撃を継続しつつ、六つの上部発射口からタイミングをずらしつつ、ミサイル弾を放つ。
 放たれたミサイル弾はそれぞれ別の軌道でイビルアイの側面や背面をめがけて飛んでいく。フォースシールドをかわして本体を叩く算段だ。

「ふざけんなこのやろう! この河城にとり様をなめんなよ!」

 里香を襲うミサイル弾を見て、にとりは吼え、上空に飛び上がりながらバックパックを探った。
 そして彼女の真の切り札を取り出し、構える。

「いったれい! スーパースコープ3D!」

 上空から次々を引き金を引き、ミサイル弾を撃墜。さらに返す銃身で3号本体に砲撃を浴びせかける。

「強力なエネルギー弾、対処が必要……」

 外壁装甲がいくつか弾き飛ばされ、3号の注意が上に向いた瞬間。

「こんどこそやってやれぇ! 里香ぁ!」
「『ウェイブ・キャノン』、発射ーーー! なのですーーーーーっ!!」

 再び、高出力のエネルギー砲が3号を襲う。しかしやはり3号の前の空間が断裂し、エネルギー砲は無残にも飲み込まれていく。
 だが、それこそ、にとりと里香が狙っていた隙。3号が前面からの防御行動に専念している間に、にとりが上空から攻撃を開始する。
 スーパースコープの砲撃をエネルギー切れまで乱射しながら、ポケットの中の真の本当の切り札を取り出した。

 プランク爆弾イミテーション。かつて永遠亭の月都万象展で見た超小型プランク爆弾を模した、にとり謹製の爆弾である。
 爆発の機構はぜんぜん違うし、小型化も威力もオリジナルには到底及ばないが、それでもかなりの破壊力を秘めた必殺の爆弾。
 にとりは斜めに急降下しながらそいつを投げつけ、そのまま上方に滑るように急速軌道修正し、離脱していく。

 あるいは上方にもあの空間断裂をやられるかと半ば覚悟していたが、3号の取った行動は装甲を全て閉じて完全に防御を固めることだけだった。
 そしてけたたましい音と共に、大爆発の爆炎が3号を包み込んだ。

「っしゃ! やっりぃ!」

 爆風に煽られて空中で軌道修正しつつ、狙い通りに事が運んだことにガッツポーズを見せるにとり。

「やったのですぅ!」

 里香もそう喜んだ瞬間――


『”メテオリックブラスト”』


 天空から降り注ぐ星型弾の流星群に、にとりが飲み込まれた。

「あっ、えっ!?」

 一瞬、何が起こったのかわからずに混乱を見せる里香の視界の隅で、爆煙が晴れる。
 そこには、外壁装甲こそ大破しているものの、目立った損害もなく、いまだ健在の夕凪3号の本体が屹立していた。

「そんな……!? やってなかったのです!?」

 里香の驚きのなか、3号はその前方に手を掲げる。すると、3号のやや上空に空間断裂が起こった。
 そしてその中から出てきたのは。

「あれは……!?」

 里香が驚き、そう言った瞬間には被弾していた。
 それは紛れもなく、先ほど里香が放った二発の『ウェイブ・キャノン』そのもの。
 自らの切り札二発にイビルアイは両側面を撃ち抜かれ、その機能を停止した。




「戦略面では、相手が上を行ってたね。まぁ、挑んでくる気満々の上に、こっち側が半自動じゃ仕方ない。いやぁ、それにしてもあの波動砲モドキにはびっくりしたわ。私の能力を借り出されたってことは、汎用の高エネルギーシールドじゃ危なかったわけだからね。本当に生身で戦ってる世界なのかしらね、ここは?」
 そんな独り言のようなものを聞きながら、里香は目を開けた。
 知らない天井だ。
 青白く、無機質で、しかしどこか幻想的な雰囲気を漂わせる、そんな天井だ。
 そんなことをふと思いながら、里香は先ほどまで何があったかを思い出し、がばっと上体を起こす。

 天井と変わりのない不思議な雰囲気の部屋。
 白く小さな人影が、無数に浮かぶモニタを見ている。そこに映っているのは、先ほどの自分たちと3号の戦いだった。
 そう、里香は琴蓮号の門番に勝負を挑んで、負けた。ならばここは一体どこなのだろう。

「っ、にとりさん!」

 きょろきょろと辺りを見回すと、ベッドのように床がせり上がった場所に横たわるにとりの姿を発見した。
 それを見て反射的に飛び出そうとした里香は、ごんっ、と見えない壁に阻まれる。

「あいた!?」
「ああ、起きた? おはようさん」

 里香の騒ぎに、白い人影がこちらに向き直る。
 プラチナブロンドの髪と、白いボディスーツのような衣装を纏った幼い少女。だが、その雰囲気の異質さは里香にも理解できた。

「あなたは……もしかして、フィリア・ロートゥスさんなのです?」
「ご名答。私こそこの琴蓮号の主、フィリア・ロートゥスよ。そしてここはあなたたちが入りたがっていた、琴蓮号の中だわよ。しかも中枢部。感謝なさい」

 質問を肯定し、鷹揚に語りかけてくるフィリアに、里香は多少落ち着きを取り戻して、現状の把握に努めはじめる。

「わたしたちが門番の3号さんを襲っちゃったから、わたしたちはこうして捕らえられているのですか?」
「いや、別に捕らえてるわけじゃないんだけど。ああ、たぶんさっきのは落ちそうになったからセーフティーが発動しただけよ。普通に降りようとすれば降りれるって」

 見てみれば、里香自身もにとりと同じように、床がせり上がった場所にいた。あのまま慌てて飛び出していたら、落下していただろう。
 ちゃんと足から降りれば、何の抵抗もなく里香はその場を離れることが出来た。

「ありがとうございますなのです。……にとりさんは無事なのですか?」

 相方の身を案じる里香に、フィリアはにこりと微笑んで頷く。

「もちろん。手当ては完璧よ。ほら、もう目を覚ますわ」
「う、うーん……」

 フィリアが指をさし、里香がそれを視線で追うのと同時に、にとりが唸りながら上体を起こす。

「わああああん、にとりさあああああん!」

 里香が喜びで半泣きになりながらにとりに勢いよく駆け寄る。

「わ、里香。どしたんだよ大げさだなあ……」
「だって、星の弾幕に押し流されて見えなくなって……心配したんですよぉ!」
「そんな弾幕なんかに……って、おお!?」

 そこで、やっとにとりも今自分がどこにいるのかを把握した。

「お二人揃ったわね。改めまして、私の名前はフィリア・ロートゥス。この琴蓮号の主です。以後よろしくね」
「あ、あんたがフィリアか……? ずいぶんちっこいんだな」

 ウインクしてピースサインをしながら自己紹介をしてくるフィリアに、にとりは毒気が抜かれたように本音を漏らす。

「姿かたちに意味などないでしょ? 妖怪であるあなたなら、よくわかることだと思うけど」
「……そうだな」
「さぁて、本題。あなたたちはこの琴蓮号に襲撃をかけてきたわけだけどもぉ」

 フィリアのその一言に、にとりと里香の背筋がビシッと凍る。
 なんかもう、徹夜明けのようなテンションに任せてカチコミをかけてしまったが、新興勢力相手に攻撃を仕掛けておいて敗北し、そして今は相手の本拠地の中枢で、その親玉と顔を突き合わせているわけだ。
 かなりキツイ状況だというのは、理解できる。

「まず聞きたいのはさぁ、そうまでしてこの琴蓮号に何の御用なの?」

 だがフィリアはまずその理由を尋ねる。まったく生気のないその目から何も感じ取ることが出来ないのが怖いが、ともかく話を聞いてくれそうというのは、里香たちにとって僥倖だった。
 まぁ、自分たちが問答無用で襲い掛かったのが発端であるのだが。

「えーと、なんというか、エンジニアとしての知的好奇心というか……」
「こんな不思議な機械を作ってる人が、気になったのです!」

 そうまでして押し入ろうとしたことにまったくそぐわないあいまいな理由に、フィリアはうんうんと頷く。

「わかるわよ、わかる。さんちゃんに挑んだのは、そんなわけのわからなくてすごそうなものに、自分たちの技術が通用するか試してみたかったんだよね?」

 完全に二人の意を汲んだフィリアの言葉に、にとりと里香はこくこくと頷く。

「わかる、わかるわよ。私もエンジニアの端くれだものね。そういう青くて熱い気持ちはとても大好きだわ。それで、挑んでみた結果、さんちゃんの力と私の技術は認めてもらえたかしら?」
「そ、それは、もう……もちろん」
「あそこまでやって歯が立たないなんて、正直信じられんですぅ……」

 二人の答えに、フィリアは満足そうに微笑む。

「うんうん、正直、河童の技術は観察しててこんなもんか、と思ってたけど、二人手を取り合う君たちなら、次のステージへと行けるのかもしれないね。その気持ち、捨てちゃダメだよ。信頼できるパートナーを、捨てちゃダメだよ」
「捨てるもんかい! 里香は大事な私の相棒だ!」
「えへへ、うれしいですにとりさぁん♪」

 迷いなく言い切ったにとりと、幸せそうに寄り添う里香を、フィリアは何の感情もこもらない目で、どこか寂しそうな表情を湛えて見つめていた。

「さて、サービスであなたたちの壊れた装備は直してあげたわ。外であったときに言えばまた連れてきてあげるから、今日のところは帰りなさいな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。図々しいお願いだとは思うけど、あんたの技術を少し教えてもらえないかな。出来ることなら何でも手伝うからさ」

 帰りを促すフィリアの言葉に、にとりは少し食い下がる。

「私の技術なんて教えたところで、割とろくな事はないよ? ……でもね、そうだね、一つ私が欲しいものがあるの。それを持ってきてくれたら、お互いに有益な範囲で私の技術を教えてあげるわよ」
「ほんと!?」
「そ、それは何なのです!?」

 技術を教えてくれるかもしれないという期待と、フィリアが欲しがっているものがあるという意外さという二つの好奇心に、二人は目を輝かせる。

「いや、大したものでもないけど、手に入れようと思えば難しいものでねぇ。まぁそう躍起にならずに、心の隅に留めておくくらいでちょうどいいんだけど」

 こほん、と、息もしてないのに咳払いをしながら、フィリアはその名を告げた。

「私が欲しいのは、『迷い家の土』だよ。それがあればね、完成するのよ」




「『迷い家』ねえ……確かにたどり着こうと思ってつける場所じゃないけどさ」

 出口で3号に無機質に見送られて、若干気まずい思いをしながら琴蓮号を退出したにとりは、両手を頭の後ろに組んで歩きながら、傍らの里香と会話していた。

「はうう、大丈夫なのですか?」
「なぁに、私を誰だと思ってんだ。なんとかするさ。それにしてもなんだってそんなもんを欲しがるんだろうね。一体何を作ってるんだか」
「わからないですけど、きっとすごいものなんでしょうねえ」

 里香がそう答えて苦笑する。
 あのフィリア・ロートゥスは、自分たちでは及びも付かない頭の中身をしているに違いない、とあの技術力を見て、思う。

「どうだろうねえ……っと、これは!」
「どうしたのですか?」

 何かに気づいて駆け出すにとりを、里香は首をかしげて追いかける。

「いや、あの塔の中に放った偵察機械があったじゃん? あれの映像を映し出す方の水鏡をこの辺りに落としてたと思ったら、あったあった」

 にとりが草むらから拾い上げたそれは、確かにあの日見た水鏡。

「うーん、もう何も映らないね。通信が効かないだけかもしれないけど、やっぱり本体も処分されちゃったかな」
「フィリアさんに聞いた方がよかったのです?」
「あー、いや、別に良いさ。なくなったらで、改良版を作るいい機会だからね」
「おー、さっすがにとりさんですぅ。常に上昇志向を忘れないです」
「へへん、あたりきよ!」

 里香に煽てられて、にとりは上機嫌で胸を張った。
 そのとき。

「あっ、にとりさん、水鏡になにか映りましたよ!?」
「えっ、マジ?」

 里香の声に慌てて水鏡を見ると、確かに何かが一瞬映っていて、しかしそれが何であるか完全に認識する前に消えてしまった。

「なんだこれ。うーん、何してももう何も映らないや。何かと混線したのかなぁ。里香ぁ、何が映ってたかわかる? 自分は何かのジオラマみたいに見えたけど」
「わたしも遠かったからはっきりとは見えなかったですけど……何か、地図みたいな感じです? なんとなく、幻想郷の地図に似てましたですよ」
「いやー、地図にしては立体感がありすぎたな。幻想郷の模型か……? それとも単純に上空からの俯瞰? 何にせよまた意味のわからん映像だなぁ」

 里香とにとりは二人して考え込むが、やがてにとりが頭を振って言った。

「わけがわからんなぁ。まぁいいや。気にしても仕方ないし。かえろ、里香」
「は、はいです!」

 そうやって、その日のにとりと里香は、一抹の不思議体験を気にしながらも、仲睦まじく帰っていったのであった。





「やりたいように、っつったって、どうすればいいのかねえ」

 霊夢は、結局今までと変わりのない生活を送っていた。おぼろげな危機感はあるものの、具体的なビジョンが何一つ見えていないのだ。
 そうして霊夢が茶の間で無為を過ごしていると。

「失礼するぞ、博麗の巫女」
「んん? あんたがウチに来るのは珍しい気がするわね」

 来客の声に振り返ると、そこには紫の式にして九尾の妖獣たる、八雲藍がいた。

「紫はどうしてるの?」
「……特に何も。時折出かけてはいかれるが、基本的には家に閉じこもっているな。まぁ、いつも通りさ」
「ふぅん……」

 霊夢はごろんと仰向けに転がりながら、藍を見上げる。

「ねえ、藍。あなたは何でここに来たの? 紫が今更行動を起こすとは思えないんだけど」
「ああ、もちろん紫様の命令で来たわけではない。私は私の意志でここに来た。……彼奴には私も思うところがある。だから、博麗の巫女の話を聞いてみたくてな」
「へぇ」

 藍が独自に行動を起こしたことを、霊夢は少しうれしく感じた。
 もっとも、紫が動かない以上は藍も勝手な行動は起こせないだろうから、あまり頼りになる味方ではないが。それでも、なんだか安心した。

「私はねえ、やっぱり、幻想郷は今、異変の只中にいるんだって思う。どうにかして『解決』しなきゃ、何かまずいことになるんじゃないかって。でも、どこをどうしたら『解決』したことになるのか、それがわかんない」

 文化と勝負を撒き散らしながら、幻想郷を行脚する奇妙な機械人形、フィリア・ロートゥス。
 これは、そんな彼女を倒せば解決するような、わかりやすい問題ではない。
 フィリアは現時点で、何も悪いことはしていないのだから。

「そうだな。だけれど、神社でふてくされていて解決する問題でもない」
「わかってるわよ」

 痛いところを突かれて睨む霊夢の隣に、藍は腰を下ろす。

「じゃあ、とりあえず動いてみるべきじゃあないかな。私の知っている巫女は、もちっと無鉄砲でアグレッシヴだった気がするぞ」
「とりあえずって、何すんのよ」
「そもそも、君は何がどうなることが問題だと感じているのかな」

 九本のふさふさしっぽを揺らせて、藍は微笑みながら霊夢に問いかけた。

「それは……色々あるけど。さし当たって……あいつがいろんな勝負方法をばらまくから、スペルカードルールが忘れられちゃうんじゃないかなーって」
「なるほど、ならば、忘れさせなければ良いじゃないか」
「うん?」

 藍の言葉を一瞬はかりかね、霊夢は聞き返した。

「あなたは今までどおり、スペルカードルールでの勝負を挑んで回ればいい。違うかい?」
「むぅ……」

 藍の言葉に、霊夢は正直に唸った。
 確かに、フィリアが新しい決闘法をばら撒くならば、自分は従来の決闘法を採用し続ければいい。

「でも、なんでもないのにスペルカードってのもねえ」
「何を今更。異変のときに関係ない人妖を吹っ飛ばすのは、巫女のお家芸だろうに。それに、異変に関係なく、普通に妖怪退治をすればいいだけの話じゃないか。サボりすぎだよ、博麗の巫女」
「うっせい、まずあんたから退治すんぞ」

 正直、どこまで対抗できるのかどうかはわからないが、それでも、ここでだらだらとしているよりはマシだろう。
 霊夢には本当に珍しく、少しでも役に立てばという殊勝な考えで、その腰を上げる。
 それも周囲の人々があまりにも無警戒すぎて、自分がおかしいのかと少しいじけていたのを払拭したい、という願望からではあるが。

「関係ない奴から始めて、そして異変の中枢に至る。この前は省いちゃったけど、思えばそれがいつものパターンなんだものね」
「そうだね。君が違和感を感じているというのなら、きっとそれを正す道筋は存在しているはずだ」
「……その理屈はよくわかんないんだけどね。そういやあんたは、なんで紫が動こうとしないのに、私を焚き付けに来たわけ?」

 霊夢の疑問に、藍は少し苦い顔をする。

「なんというかね。私もあの機械人形に会ったんだが――」

 そうして藍が答えようとした瞬間、彼女の頭にマッハでグーパンチが突っ込んできた。

「チョバムっ!?」

 その衝撃に藍はたまらず昏倒し、突然の出来事に霊夢が唖然として口を開ける中で、その『グーパンチ』はブーメランのように綺麗なUターンを決めて、持ち主のところへと戻っていく。

「やっほー女狐さん♪ せっかくつれない巫女さんに会いに来たって言うのに、なんでこんなとこにいるのー?」

 銀髪の小さなアンドロイド。今まさに二人が話していた渦中の人物、フィリア・ロートゥスが、からからと笑いながら庭に立っていた。

「ちょっとあんた、いきなり何なのよ!?」

 霊夢はとりあえず藍を抱き起こしながら、突然現れて藍にロケットパンチをかましたフィリアに非難を浴びせる。

「ああ、気にしないでよ。それは私ら流の挨拶だからさ。大妖怪の式様が、そんなのでどうにかなるタマじゃないでしょ」
「気にするわよ!」

 さっぱり意味のわからないフィリアの言い草に霊夢が困惑する中、彼女の腕の中で藍が呻く。

「ううーん……ああ、見てのとおり、なぜか彼女は私に対して辛辣なんだ」
「なぜかじゃないでしょ? 提示した勝負を受けてくれないどころか、妨害までされたことを忘れやしないよ。私は結構器が小さいからね!」

 フィリアの言う非難に、藍は心外だとばかりに立ち上がった。

「何を言っている。私はスペカがダメならきつねうどんの大食い対決しか認めないと言っただけじゃないか!」
「くだらないなぁ! そんなモンは何にも面白くないんだよねぇェ!」
「何だこいつら……」

 庭で突如として程度の低い言い争いを始めた藍とフィリアに、霊夢は再び困惑した。
 というか、藍が自分を焚き付けにきたのは、結構くだらない理由だったんじゃないだろうか。

「とにかく私は最初っからあんたが気に入らないのよね!」
「奇遇だなぁ! それは私もだよ!」

 至近距離でにらみ合おうとするが、身長差がすごいので藍が大人気なくフィリアを見下しているようにしか見えない絵面に、霊夢がどう突っ込んだものかと頭を抱えていると。

「フィリア様。お戯れはそのあたりに」
「あ、うん」

 後方に控えていたらしい緑髪のメイドロボ、夕凪7号がフィリアに静止の言葉をかける。
 フィリアも先ほどまで躍起になってガンを飛ばしていたのが嘘のように、あっさりと引いて7号の横に並んだ。

「いやー、ごめんごめん。危うく当初の目的を忘れるところだったよ」
「当初の目的だと?」

 藍がいぶかしんで眉をひそめる。

「いやー、いくら幻想郷を賑わせても巫女が出てくる気配がないからさ、こっちから勝負を挑みに来たのよ」
「なんですって?」

 フィリアの言葉に、霊夢はピクリと反応する。

「あんた、私を引っ張り出すために幻想郷を騒がせてたの!?」
「いや、そういうわけじゃないけど……でもなんか、前にあったって言う人気取り合戦のときは速攻で参戦してたそうなのに、私のやってることがガン無視されてるのはちょっとショックだなぁって思って」
「そりゃあ、あんたのやってることに出て行くメリットも思い浮かばないし、特に魅力がないんだもの」
「ひどい!」

 霊夢の忌憚ない意見に、フィリアはがっくしと膝をつく。

「何でさ! 私の新決闘法、方々から面白いって絶賛されてるよ!?」
「私にとっちゃ、ただただ遠回りするだけのまがい物だわ」

 食って掛かるフィリアに、霊夢はビシッと否定を突きつけた。

「私と戦いたいなら、スペルカードルールで勝負なさい」
「やだね」

 だが、フィリアもまた、底冷えのするような視線で霊夢を射抜く。

「弾幕戦なんて私にとっちゃカビが生えたようなダッサい決闘法よ。私はもっといいものを教えてあげてるだけ」

 フィリアの言い草に、霊夢もカチンと来た。
 そこまで歴史の長い決闘法でもないが、今までスペルカードルールに拠って戦ってきた霊夢としては、癇に障る物言いだ。

「あんたねえ! ここにフラッと立ち寄っただけの旅人なんでしょ!? だったらここのことに口出ししてないで、さっさと船直して出て行きなさいよ!」
「うーん、でも結構気に入っちゃったんだよね、ここ。別にここに流れ着いたからって、出て行かなきゃいけない法なんてないでしょ? だからさ、自分がもっと住みやすくするの。私は角の立たない方法を選んでるつもりなんだけどね?」
「勝手なことを、言って……」

 幻想郷に流入する人妖は多い。
 居場所を失った妖怪に、神隠しに招かれた人間。
 それに、守矢神社などのように能動的に外からやってきて勢力を打ち立てるものもいる。
 そういう前例がある以上、フィリアだけを責めるわけにもいかないし、彼女自身の言うとおり、一般レベルにおいては迷惑をかけているわけでもなく、異変とも感じられない。
 だから、強く言いにくいのだが。

「知らんわ! とりあえずあんたのやってることが気に食わないのよ! あんたスペルカードルールを根絶させる気なの!?」
「したらいけないの? 元々スペルカードは代替決闘手段でしかないはず。それに代わるものがあるなら、別に存在意義は無いはずよ」
「幻想郷に来てほとんど時間も経ってない、右も左もわからん新米のくせに、勝手なことするなって言ってんのよ!」
「ここの成り立ちや仕組みは独自に調べてほぼ全て頭に入ってるわ? もしかしたらあなたより詳しいかもね。それに、今の人妖たちからの支持率なら、きっと博麗神社より琴蓮号の方が上だわよ」
「御託はいいからさっさと船を直して出て行け!」
「じゃあ、出て行くかどうかを賭けて勝負する? もちろん、スペルカードルール以外でね」
「へえ? じゃあ遊びぬきでぶちのめしてあげてもいいのよ?」

 フィリアの提案を聞いて、霊夢はにやりと口の端を歪める。
 別に本人としては他意も無く普通に言ったことではあるが、藍はその意味を理解していた。
 命名決闘法――スペルカードルールは人間を保護するためのものでもあり、同時に妖怪を保護するためのものでもある。

 まずもって、遊びぬきで本気の霊夢を倒せる人妖はいない。

 スペルカードルールにおいては『夢想天生』と呼ばれる博麗霊夢の本質、『ありとあらゆるものから宙に浮く能力』。
 決闘という枠の中でなければ、誰も霊夢に攻撃を届かせることは出来ないのだ。
 フィリア・ロートゥスはそれを知らない。
 その戦いが成立すればあるいは……と、藍は少し期待したが。

「あー、やめとけやめとけ。マジになったらそれこそ、そこの人形の思う壺だろ」

 上方から、気の抜けた声が降ってくる。
 一同が庭から神社の屋根の上を見上げると、そこには幻想郷を漂う密疎の大いなる小鬼、伊吹萃香が、寝転がって酒を飲んでいた。

「萃香、あんた何やってんのよ」
「もちろん酒を呑んでいるよ。喧嘩もいい肴ではあるんだがね、やっぱりね、あんたがマジになっちゃあいけないよ」

 萃香は瓢箪をあおると、軽やかに回転しながら屋根から飛び降り、着地する。

「あんたは……伊吹萃香か。密と疎を操る力を持った、地上唯一の鬼だね」

 それを見て、フィリアがその正体を一気に看破すると、萃香はうれしそうにからからと笑う。

「おお、さすがに全てを調べたと豪語するだけあって、詳しいねえ。フィリアとやら」
「マジになるなって、どうしろってのよ。萃香」

 水を差された霊夢が、苦虫を噛み潰したような顔で闖入者を見やる。

「なぁに、あんたが命名決闘以外を受ける気が無くて、こっちが命名決闘を受ける気が無いんだったら、代わりに私がやってやるということさ」
「なんでそうなる! あんたが勝負したいだけじゃない!」
「利害の一致って奴だよ」

 霊夢のツッコミに、萃香は悪びれず笑う。
 鬼というものは勝負事が好きだ。
 古来より人間に勝負を挑んでは、負かした人間を連れ去っていた。
 今、方々で勝負を挑んで回っているフィリアのやっていることは、実にかつての鬼を髣髴とさせ、萃香としても勝負師の血が滾る。
 それに、この得体の知れない機械人形と一戦を交えてみたい欲求もあった。そこで、霊夢とフィリアがこじれた今が好機と口を挟んできたのである。

「ま、別に巫女に拘ってるわけでもなし、あたしゃなんだっていいですけどね。で、あんたは私に何を賭けてほしいものはある?」

 フィリアがやれやれと肩をすくめて萃香に問う。

「ん? あんたが幻想郷を出て行くかどうかじゃダメなのかい?」
「それはあんたの望みじゃないでしょ? それじゃあダメね」
「なるほど、それはダメだね。じゃあ、古式に則ってあんたをさらって行かしてでももらおうかねえ。で、私は何を賭けりゃいいんだい」
「別に何も要求はしないわ。あんたに勝ったという事実があれば、それでいいや」
「へえ、余裕だね。じゃあ私も何も要求しない。だからといって、もちろん手は抜かないがね」

 小柄な萃香とフィリアは、さっきの藍とは違ってまともににらみ合いをしていた。
 子供の喧嘩にしか見えないのが玉に瑕だが。

「さて、勝負方法はどうすんの人形さん? 私としちゃ、力が生かせる方法がいいねえ」
「鬼の力が生かせる方法ねえ……私の決闘は『誰でも楽しめる』、がモットーなんだけどねえ。まぁいいや、きつねうどん大食いよりゃ万倍マシよ!」

 フィリアがガチンと指を鳴らすと、天空から何かひょろ長いものが落ちてきた。
 ズゥン、と重量感のある音を立て、フィリアと萃香の間に落ちたそれは、黒々とした太いワイヤーロープだった。

「ふむ? こいつは一体?」
「超合金NZαを縒って作ったワイヤーロープ。スペースシャトルで引っ張りあっても切れやしないわよ。まぁ要するにとてつもなく丈夫ってこと。さぁ伊吹萃香。これで綱引きをしましょう」
「綱引きだって?」

 萃香のみならず、霊夢や藍もその単語には驚きを覚えた。
 力が生かせる勝負とはオーダーが入ったが、まさかバカ正直に受け入れるだけでなく、鬼の力と真っ向にぶつかり合う、いや、引っ張り合う勝負方法を選択するとは。

「かつて人間が夢想した幻想たるアンドロイドは、核融合エネルギーにて10万馬力を誇ったと言われるわ。でも、核融合より優れたエネルギーを得た私はその上を行く。人間に倒されうる鬼なんかに遅れはとるもんか」
「言ってくれるね。別に単純に力で負けたわけじゃないし、強さを単に数字だけで表してうれしそうにしてるようじゃ、私には勝てないよ」
「わかってるわかってる。じゃ、ルールを説明しようか」

 お互いに啖呵をきった後、フィリアがにやりと笑ってルール説明を始める。

「このロープの赤い印がついている場所がこのロープの中間点。端っこのほうにある黒い印で挟まれているところが、『持っていいところ』だよ。平等になってるかどうかは目視で確認して。なんだったら好きな方を選んでいいし。ともかく、それを持った後にお互いに目の前にこのマーカーを置いて目印にする、そして両手を使って綱を引く。相手のマーカーを中央の赤い印が超えてしまうか、手が片方でも離れたり、『持っていいところ』から外に出てしまった場合に負けになる。そしてもちろん、勝利のためには『自分自身』の能力の限りを尽くすこと! それでOK?」
「おっけおっけ! いいねえ! 能力の限りを尽くすか! どういう手を使ってくるのか楽しみだよ! さぁ、はじめようか!」

 萃香の声に、二人はロープがぴんと張るくらいの位置につく。その位置取りとしては、ちょうど神社の側面――庭に面している部分の長さに等しいくらいで、たとえマーカーが吹っ飛ぼうとも、神社の角に赤い印が到達する、という条件に代替してもよさそうな位置取りだった。

「まったく、何でもいいけど神社を壊すんじゃないわよ」

 水を差されて興のさめた霊夢は、縁側で煎餅をかじりながら観戦モードに入り、

「……確かにあのまま霊夢の本気で勝敗が決したとしても、それはそれで決闘法を無視したよくない前例が幻想郷に出来てしまうことになったな。ここは萃香に感謝して、この勝負を預かる役をやらせてもらうとするか」

 藍が自然と審判役になり、中央に陣取って双方を見やった。

「ロープ自体には特に不正は無いな。マーカーの位置にも問題は無い。では、開始の号令をかけるぞ。準備はいいか?」

 藍の確認に、萃香とフィリアは自信満々に頷きあい、腰を落として臨戦態勢に入る。

「では、位置について……始めッ!」

 号令と共にお互いが全力でロープを引っ張り――

「うおおおおおおおっ!?」

 予想外の事態に、藍と霊夢は目を丸くした。
 開始と共に一方的に引きずられたのは、あの萃香のほうだったのである。

「単純な力比べだと思った!? 残念! 綱引きはねぇ! 力比べとは別物なのよ!」

 萃香が歯が立っていない理由。それを藍は即座に看破した。そう、まさにとある場所に『歯が立っていない』のだ。

「そうか、ある一定以上の力があることが前提にはなるが……綱引きの勝敗を分けるのは『足場』か!」

 どれだけ引っ張る力が鬼の力だろうが、足場はただの土。
 しっかりと踏ん張ることが出来なければ、その力は無用の長物と化す。
 萃香がずりずりと引きずられていくのに対して、フィリアはまったく足を滑らせることなく、じりじりと後退していく。

「足場はおんなじはずでしょ? なんでフィリアはまったく足を滑らせないの?」
「フィリアの足元を見るんだ霊夢」

 藍に促されて、霊夢がフィリアの足跡を見ると、そこにはぽっかりと小さな穴がいくつも開いていた。まるで、足の裏にトゲでも生えているかのように。

「実際トゲを突き出すことが出来るんだろう。だがそれだけではなく、他にも足場を安定させる技術を併用しているだろうな」

 藍の推論に、にっとフィリアが笑った。

「ふふ、私に言わせれば綱引きは力比べじゃなくて足場ゲーよ! そしてお察しの通り、これは単なるアナログなスパイクじゃあない。重力場を作り出して、強力に地面を安定させることが出来るのよ」

 トゲに仕込まれた重力場発生装置により、周囲の土をまとめてフィリアの足底に強力に吸い付ける。トゲは単純にアナログな安定性を確保できる上に、接地面積を増大させて重力場の効力を最大限に引き出す効果もあった。
 そして、フィリアの踏ん張りはこの上なく磐石なものとなっている。いくら鬼とて、単純な引っ張り合いでは到底勝てるものではない。

「やはりそうか……」

 フィリアの種明かしに、藍は冷や汗を流した。

「アンドロイドは機械ゆえにいくらでも機能を拡張しうる。そしてそれは身体機能として備わっているには違いないのだから、『自分自身の能力の限りを尽くす』という文言には反しないということか……」
「つまり、勝負方法やルール設定をあいつが決めた時点であいつの思う壺ってこと? 卑怯くさいわね」

 藍の言葉を聞いて眉をひそめる霊夢に、フィリアは得意気にウインクを投げかける。

「卑怯とは心外だわね。私はアンドロイドであることも、アンドロイドがどういうものであるものかも隠したりしていないし、ルールもちゃんと確認を取ったじゃない。嘘なんて何もついてないわ」

 嘘を嫌い、正々堂々の勝負を好む鬼のあてつけのように。
 フィリアは嘘をつかずにただミスリードを仕掛け、まず勝負の土台を有利なものとした――が。

「そうだね、確かに嘘はついちゃいない。中々面白いじゃないか、お前さん!」

 萃香はズン、と右足を足場に突き込み、そこで踏ん張った。

「むっ……」

 フィリアの引く動作が、そこで止まる。強引に足場を安定させてしまえば当然、萃香の力はフィリアのそれに劣るものではない。

「ふふん、それでどうする気なのかしら?」

 フィリアの足場力に対抗するために深く足を突きこんだため、バランスが悪くなり、萃香は進退がとりづらい状況に陥っていた。

「これは……まずいな」
「どういうこと? 藍」
「この綱引き、足場をどっしりと据えて『引き寄せる』という動作ができない。『持っていいところ』が定められている以上、相手を引き込むには必ず後退しなければいけないんだ。だが、あの体勢ではそれが難しい」

 今の萃香のバランスでは、体勢的に左足を上手く突き込むことが出来ない。強引にやればできないこともないだろうが、それだと今突き込んだ右足を抜くのが困難になる。それに、フィリアは必ずその隙を突くだろう。

「それに、必ずロープは『両手』で持たなければいけない。必然的に両手が封じられることになり、できることに限りが出てくる」
「そっか。萃香は結構手を使う技が多いものね」

 ルールを盾に、上手く鬼の力をがんじがらめにして、追い込んでいくフィリア。
 だが、萃香の顔に絶望は浮かばない。

「んじゃあ、こうするよ!」

 そう言うと萃香は、強引に左足を地面に突き込んだ。

「鬼らしい強引な一手だねぇ! でもそれは予想の範囲内……?」

 右足を抜こうとする一瞬を狙おうと身構えたフィリアだが、萃香には一向にその気配がない。そこでどっしりと構えている。

「どうしたの!? そこで踏ん張ってるだけじゃ、勝負には勝てないわよ」
「さて、それはどうかな? 鉄の綱の扱いにゃ一日の長があるさ! さぁ酔いどれて夢でも見てろ鉄人形! 『施餓鬼縛りの術』だ!」

 お互いを繋ぐ、離すわけには行かない勝利への綱。
 それを伝って、萃香の妖力がフィリアに到達し、フィリアのエネルギーを一時的に散らす。

「っ、力が……!」
「さてアンタ、重力がどうとか言ってたね! だが私は重力にも一家言あるよ! そら、『追儺返しブラックホール』!」

 更に萃香は自らの背後へ向けて黒色の重力弾を射出。
 それは重力を萃め、萃香やフィリアを引き寄せる引力となる。

「うわ、萃香、何をする気なの!?」

 霊夢が重力波に眉をひそめ、お煎餅が持っていかれないように努力するのをよそに、萃香はにやりと笑って啖呵を切る。

「さて、これで準備は整った! いいかい! あんただってわかっちゃいないんだよ! この四天王・伊吹萃香様がどういうものであるのかね!」
「なんですってぇ!?」
「この勝負、鬼の力でひっくり返してやるよ! さぁ、力よ萃まれ! 『ミッシングパワー』!!」

 萃香はミッシングパワーで、『持っていいところ』から手がはみ出ない程度に巨大化し、更なる怪力と、相手より高い位置取りを手に入れる。

「チッ、むやみに巨大化するとそこからはみ出るって、気づいてたか!」
「私を嘗めんなよ機械人形! おら、『天手力男投げ』ぇ!」

 そしてそのまま思い切りワイヤーを引っ張り上げた。

「くっ! 出力不足に加えて、斜め上からの力っ! ダメだ! もたないっ!」

 引っ張り上げられることによりスパイク化が無意味になり、更に地面に足をつなぎとめる重力場発生装置も、一時的なエネルギー不足に加えた鬼の怪力の前では形無し。そうしてフィリアの足がついに地面から離れる。

「よいさぁ!」

 それを見た瞬間、萃香は思い切り体を仰け反らせ、ワイヤーを後方に振った。
 フィリアはロープに喰らいつき、ジェット噴射などでなんとか抵抗をしようと試みたが、施餓鬼縛りの術や追儺返しブラックホールの効果のせいでまったく上手くいかず。
 そしてろくに抗えないままに、フィリアは自分がいたのと反対側の地面に叩きつけられた。

「ふきゅっ!?」

 それを見て、角がざっくりと地面に刺さったブリッジ姿勢のまま、萃香はにやりと笑う。

「どうだい。綱引きというにゃ、少しミスリードが過ぎたかもしれんが。ともかく私のマーカーを赤い印が超えれば、私の勝ちなんだろう?」

 最初に多少フィリア側に引き寄せられたとはいえ、巨大化によるリーチもあり、確かに萃香のマーカーを、中央の赤い印は通過していた。

 自分を基点に綱そのものを、全てひっくり返すことによって。

「す、すごい。相手が周到に用意したルールを、力技で強引に逆用した……。っ、勝者! 伊吹萃香ぁ!」

 審判役である藍が手を挙げ、高らかに勝者の名を宣言する。

「お、お、おのれぇ、発想のスケールで、負けた……」

 同時に、敗北を宣言されたフィリアは、大の字になって力なく横たわる。
 負けたことも悔しかったが、策を破られただけでなく、技を尽くす前に強引に持っていかれたのがまた悔しかった。

「ちぇっ、ちゃんと勝ったら追い出せるようにしておけば、これで追い出せたのに。勝者の強権で何か言ってやんなさいよ萃香」

 霊夢がひそかに舌打ちする。確かに取り決めでは、勝とうが負けようがペナルティはない。だが、勝利者は勝利者で、敗北者は敗北者だ。

「いやいや。お互いに何もなしだと約束したし、それはさすがにね」
「まったく、約束は律儀に守るなんて悪魔かお前は」
「鬼だよ」

 萃香はよっこらせっと地面から角を抜き、体勢を整えて、フィリアの元へと向かう。
 そして、その手を差し伸べた。

「やぁやぁフィリア・ロートゥス。よくがんばったじゃないか。なかなか面白い作戦だったし、私の力自体にも付いてきてたからなぁ。近年では中々楽しめる部類の勝負だったよ。褒めて遣わすぞ」

 そういう萃香の様を見て、フィリアは戦意も尽きたという風に苦笑した。

「あー、そりゃー何よりだわ。ま、私の勝負は楽しめたってことでOK?」
「ん、おっけおっけだぞ」
「そっか、ならいいの」

 フィリアは萃香の手をとって立ち上がる。
 正味なところ、フィリアの戦術は堂々とやっていたとはいえ、狡猾には違いなかった。
 だが、萃香がそれを楽しめた所以は、それを力技でひっくり返せたカタルシスにあるだろう。

「いいでしょ? こういうのも。こういう特殊ルールだと、逆手に取りがいってのがあってさ」
「うん、いいと思う。命名決闘では決して味わえない味だね。だけど、やっぱり命名決闘が飽きない味なんだよねえ」

 しみじみと語る萃香に、フィリアは少し頬を膨らませる。

「やっぱ老舗は強いか。ってもスペルカードルールの定着はそう歴史のあることでもないはずなのになぁ……。まぁいいや。新しい決闘でも考えにかえろーっと」
「おー、楽しみにしてるぞー」

 萃香とフィリアがにこやかに手を振り合う中、萃香の脳天に霊夢がチョップを入れる。

「人の喧嘩にしゃしゃり出てきたくせに、勝手に和解してどうすんのよ」
「あははー、いいじゃないかそんな目くじら立てなくても。老舗は老舗、新興は新興で対抗心持ちながらも仲良くやりな。やっぱこいつそんな悪い奴には見えないし、幻想郷は全てを受け入れるんだろ?」
「むぅ……」

 萃香から正論で諭され、霊夢は口をとがらせる。
 結局のところは、こっちはこっちで競争せいということなのだろう。

「結局結論が振り出しに戻ったな」

 藍も苦笑して結果を受け止める。だが、萃香は無意味に出てきたわけではない。フィリアと霊夢の衝突を、身を張って逸らしたのだ。
 それが結果的に良かったのかどうか、藍にもよくわからなかったが。ここで下手にこじれるよりは、よかったのかもしれない。

「さて、そんじゃ私は帰るけど……ななちゃーん? ななちゃんドコー?」

 フィリアがきょろきょろとあたりを見回しながら、帯同してきたはずの従者、夕凪7号の姿を探す。

「あれ、そういえば」
「途中からすっかりと姿を見せなかったな」

 霊夢と藍も7号の姿を探していると、

「お呼びでしょうか、マスター」

 博麗神社の中から、ひょっこりと姿を現した。

「ちょっと、あんた神社の中で何をやってたのよ」
「申し訳ありません。あまりにも内部が汚らしかったもので、お掃除をさせていただいていました」
「ちょっ、おまっ! 何を勝手に!」

 霊夢は慌てて神社の中に飛び込んでいき、しばらくすると。

「ぐっじょぶ」

 とか言いながら外に出てきた。

「いいメイドロボだな。一つくれない?」
「やだ」
「くれたらもうあんたの行動に何も言わないからさぁ」
「お前それで良いのか……」

 フィリアに交渉を持ちかけて却下され、霊夢がしょんぼりしたりする中、とりあえずその日は各自解散の流れとなる。
 結局その後の霊夢は色々な鬱憤を、妖怪退治に精を出すことで晴らすことにした。
 一般妖怪にはいい迷惑である。


「そうそう、そこの女狐」
「なんだ、そこの人形」
「あなたの主に一つ、伝えて欲しいことがあるわ」


 妖怪の楽園たる幻想郷の空を、二体のアンドロイドが飛ぶ。
「ごめんね、ななちゃん」
「はい、マスター」
 銀髪のアンドロイドが傍らの緑髪のアンドロイドに謝罪の言葉を告げ、緑髪は無機質に応答した。
「今は仕方ないの。もうちょっとだけ、我慢して頂戴ね」
「わかっています。マスター」
 妖怪の楽園たる幻想郷の空を、二体のアンドロイドが飛ぶ。





「にとりさんにとりさん」
「なんだい里香」
「また、あの水鏡。何かを映してますよ?」

 里香の指差す先。作業場に飾られていた水鏡をにとりは慌てて見る。

「これは……?」

 おぼろげな何かを映し出したかと思うと、また、映像はすぐに途切れた

「にとりさん、フィリアさんに確認しましたよね?」
「うん」

 前の一件があってから、にとりは一応偵察機がどうなったかをフィリアに尋ねてみた。
 結果は、申し訳ないが処分してしまった、との答え。まぁ、それ自体は、偵察機を放ってからフィリアと知り合うまで結構期間が開いたので仕方ないところではある。
 ではたまに映るこの映像は何なのか。にとりはなんとなく、そのことはフィリアに聞けなかった。

「何なんだろう気味が悪いな。ってか、今のは何に見えた? 前の映像とは違ったよね。どう見てもこの前みたいに複雑なものじゃなかった」
「そうですねえ……何か、鍵みたいな……石のような……何かです?」
「あはは、何だそれ」

 里香のなんだかよくわからない説明に、にとりは苦笑する。
 それにしても、この映像は何を示しているのだろう。自分たちにとって重要なことだったりするのだろうか。

「お祓いでもしてもらいますですか?」
「むー、変なものに憑かれた線もありうるけど……。まぁ、機会があったら霊夢……は怖いから命蓮寺にでも持っていこうかな……」

 霊夢涙目であった。





「へ、へぇ、そうなんだぁ……。うひょースゲー! そんなことならば、あの時勝負を挑んでおくべきだったな、ククク……!」

 悲しみお面でどんよりとしたり、うきうきお面でテンション上げたり、シリアスお面で凄んだりと忙しいこの無表情な奴は、みんなご存知、かつて人里を賑わせた面霊気、秦こころである。

「あんまり関わらない方がいいと思うけどねぇ」
「あはは、結構めちゃくちゃな人だったもんね」

 命蓮寺の縁側でこころと並んで話をしているのは、赤蛮奇と多々良小傘。
 ひょんなことから友人となった不思議な三人組である。
 今日は例のハチミツをおすそ分けがてら、こころと話をするために蛮奇と小傘が命蓮寺をたずねたのだ。

「でもまぁめちゃくちゃ度合いなら、こころもいい勝負だと思うわ」
「うん、確かに」
「ひどす」

 赤蛮奇の心無い言葉と、それにあっさり頷く小傘に、こころは無表情なオーバーアクションで落ち込む。

「うふふ、二人とも。こころさんに会いに来てくださってありがとうございます。ハチミツまでお分けしていただいて」

 そこにお茶とお菓子を持ってやってきたのはこころの保護者であり命蓮寺の住職、聖白蓮である。
 こころの友人である蛮奇や小傘にもとても親切にしてくれる、優しい人だ。

「聖はフィリアと戦ったんだよねー? どうだったー?」

 こころは白蓮に質問を投げかける。
 それというのも、こころはしばらく命蓮寺の用事が忙しくて人里に顔を出していなかったのだが、その命蓮寺にフィリアが襲来。
 その時は聖が応対をし、スタイリッシュ坊主めくりをして帰っていった。

 当時は人里の流行騒動も知らなかったし、フィリアのことも何か感情が変な奴だということ以外、何も思ってはいなかったのだが。
 それから人里で流行騒動を知り、更に蛮奇と小傘の話を聞いて、なんと蛮奇との戦いを皮切りにフィリアの流行騒動が始まっていたと知り、とてもうずうずしていたのだ。

「うーん、私も不思議な人だということ以外は特に……」

 正直ルール把握に必死で、フィリアの人となりを満足に観察できていないというのも、聖の実情ではあった。

「むむむ、こうなったら私も行くぞ! フィリア・ロートゥスに会いに行くぞ! そして蛮奇ちゃんの仇をとるのだ!」
「いや、別にそんなことはどうでも……」
「自分がやりたいだけなんだよね、こころちゃん」

 無表情で意気軒昂と拳を振り上げるこころを、周囲は生暖かい視線で見守っていた。





「聞いたぜ霊夢、ここで萃香とフィリアがドンパチやったんだって?」
「私も見たかったですー!」

 博麗神社には、またもや魔理沙と早苗が押しかけてきていた。

「うるさいわねあんたら。あんなもん見て何が楽しいのよ」

 そして霊夢は、相変わらずそんな二人に辟易していた。

「何ってあの人が行動を起こすときは、大体何かしらの流行が生まれてますからねえ。それに、あの人が戦うのはほとんど『流行最初の一戦』だけなんですから、彼女の戦いは見れるだけで縁起がいいと評判ですよ」
「現人神のあんたが他人の縁起を絶賛してていいのか……?」

 霊夢はジト目で早苗をにらむ。

「それに、うちでやってたあの綱引きは、ギャラリーも少なかったし、流行りようがなかったけどね」
「まぁ、流行を作るだけじゃなくて、ギャラリーの少ない幻の戦いも相当数やってはいるらしいが。それにしても、鬼と綱引きか。豪気なもんだな、あの人形さんも」

 勝負種目が綱引きと聞いて、魔理沙が素直に感心を示した。鬼と綱引きで戦うという時点で、人間としては正気の沙汰ではない。

「ま、あの人形は無様にやられてたけどね」
「えー、フィリアさんの負け試合! それは余計にレアですよ! ほんと見たかったなあ……」

 霊夢は話の興を削いでやろうと無粋なことを言いまくったつもりなのだが、早苗がおめでたすぎてもうあきらめた。
 試合終了である。

「相変わらず賑やかな神社ねえ、邪魔するわよ」

 そして、そこで第二試合の開始にふさわしく、新規キャラクターが参入してきた。

「邪魔するなら帰って」
「子供かあんたは」

 ふわりと降り立ち、縁側から慣れた感じで入ってきたのは、アリス・マーガトロイド。
 それを見て魔理沙がおお、と声を上げる。

「アリスじゃないか。なんだか久しぶりに会った感じがするな」
「まぁね。あれきりあまり出歩いてなかったし……何? フィリアの話をしているの?」
「そうですよ。この前、ここでフィリアさんと萃香さんが戦ったそうなんです」

 早苗の説明に、アリスはふぅんと相槌を打った。

「そうだ、あんたはどう思う? アリス。こいつらはなんかフィリアのことをすごい持ち上げるんだけど、私にはどうにも胡散臭く見えるのよ。ていうか明らかにスペルカードルール根絶するって言ってたわ」
「おお、それマジか?」
「既存の決闘方法を根絶する勢いで新作決闘法を作るっていう意気込みですね!」
「お前……」

 早苗の驚異的に好意的に捉える姿勢は逆に敬服すら覚えるが、魔理沙の反応もなんだか面白そうなもので、特に危機感を抱いている様子ではなかった。

「で、あんたはどう思うの、アリス」
「そうねえ……。私はこの前、琴蓮号に招かれて直接お話をしてきたのだけれども」

 アリスのその発言に、まず三人は色めきたった。

「えっ、あんたあれから琴蓮号に行ったの!?」
「私でも、もう一度は入れてもらえなかったんだがなぁ……アリスの何が気に入られたんだ?」
「うらやましいー! 私一度も入れてもらってないんですよぉ!?」

 騒ぐ三人を制しながら、アリスは言葉を続ける。

「そこで私は、あいつの哲学の一端に触れたと思う。それを踏まえて言うなら、私はあいつを持ち上げる気にはならないし、かといって悪い奴だとも思わないわ」
「どういうことだ?」

 アリスのどちらともつかない言い回しに、魔理沙が首をかしげる。

「あいつには何か信念があって、それに対してはとことん誠実な奴だと思う。だけど、それゆえに、何をしでかすかわからない。……そんな感想を抱いたわ」

 アリスのフィリア評に、三人はしばし、何も言わなかった。
 アリスが何を見聞きしたのかはわからないが、それがどちらの色眼鏡でもない、一番真に迫った感想のように聞こえた。

「なるほどね……。それもそうか。悪いことをする奴が悪い奴だなんて、決まってるわけもない」

 決め付けで見るのはよくないが、警戒するに越したことはない。霊夢の言葉に、早苗も頷く。

「最近の読み物でも悪役は、本人は良かれと思ってやってる確信犯ってことも多いですからねぇ。いや、別にフィリアさんがそうだと言ってるわけじゃないですが」

 大体、守矢神社が確信犯の典型例だったんじゃないかと霊夢は思った。

「私はフィリアのことは、特に好きでも嫌いでもない。ただ、あいつは『捨てられたメイドロボ』に何か思い入れがある感じだったわね」

「ん? メイドロボって言うと、あいつがいつも連れている奴だな。捨てられたってのは何だ?」

 アリスのつぶやきに、魔理沙が疑問をぶつける。

「7号や3号みたいなフィリアが所有しているメイドロボは、彼女が開発したものではなくて、拾った機体を改修したものらしいわよ」
「ってことは、7号さんって捨てられてたんですか? ひどい人もいるもんですね」

 早苗がぷりぷりと怒りを見せる中、魔理沙がふと思い出しように、霊夢にたずねる。

「そういえば霊夢、お前も昔あんなの持ってなかったか? あれどうしたんだ? 捨てたのか?」

 魔理沙の言葉にハッとなる。霊夢自身、フィリアがやってきて、岡崎夢美のことを思い出すまで思いもよらず、今も夢現と判然としなかったが。

「あんたも覚えてるの? 私の記憶違いじゃないのよね」
「どういうことだ?」
「私もなんかあんなの持ってた気はするんだけど、どうにも記憶がはっきりとしなくて気のせいかと思ってたのよ……」
「いや、私もそんな気がしただけで、はっきり覚えてるわけじゃないんだが……」

 二人してごにょごにょと語尾が小さくなる。

「霊夢さんメイドロボ持ってたんですか!? すごいなあ。でも、それならなんで今はいないんですかね?」

 早苗の疑問はもっともであるが、それに対する満足な回答を、霊夢はすることが出来ない。

「そんなのほとんど覚えてないんだからわからないわよ……。そういや7号が勝手にウチの掃除して行ったけど、そんな便利なのがいるなら絶対に手放してないわ」

 そう、本当にそんなメイドロボが存在していたならば、きっと手元に置いたはず。
 でも、今はそんなやつはいやしない。
 このおぼろげな記憶は、一体何なのだろう?





 風に乗って、毒が舞う。
 ここは無名の丘。鈴蘭の群生する小高い丘。

「今日も元気だ毒がうまい!」

 幻想郷でも忘れ去られた、妖怪すらも近寄らないその地に住まうのは、毒で動く人形の付喪神、メディスン・メランコリーくらいのものだ。
 最近は鈴蘭畑の外に行くことも多くなった彼女だが、やはりここに戻ってきて毒を補充するのが、一番疲れが取れると思う。

 そうして酔うように鈴蘭畑を掻き分けていた彼女は、ふとそこにあった岩の上に、見慣れない人影を見つけた。

「あれれ、あんた誰?」

 それはプラチナブロンドの髪と、白いボディスーツのような衣装を纏った幼い少女。
 漂う毒をものともせずに、ただ瞳に無感情を湛えて佇んでいる彼女は。

「フィリア・ロートゥスよ」
「へぇ、すごいね。こんなにスーさんの毒で満ちているって言うのに平然と」
「そうね、鈴蘭の毒。かつてはこの毒を間引きに利用していたという。ああ、まったく、わが子でさえ捨てるってんだから、気持ちの悪い話だわね」

 フィリアはやれやれと肩をすくめながら、メディスンの方へと向く。

「その歴史とこの毒のおかげで、無名の丘にやってくる人妖などほとんどいない。この場所自体が捨てられたようなものね。楽園といえども、何かを捨ててやっと成り立っているいびつなもの。やっぱり何も、変わらない」
「? なぁにあなた、もしかして私と同業の毒人形?」

 よくわからない難しいことをいうその少女。
 人間には見えないし、毒も効いてないし、どこか自分に近しいものを感じる。

「いいや違う。まぁ人形といえば人形だけども。鈴蘭の毒なんかでは動いちゃいないわ。ま、植物由来のエネルギーって点では、親近感かな。私はサボテンで動いてるし」
「さぼてん!?」

 サボテンで動くってどういうことなのだろう。
 トゲはあるけど毒なんか持っていたっけ。あとで幽香に聞いてみよう、とメディスンは思った。

「それよりあんた、こんなところで何をしてるの?」
「別に……私はね。この幻想郷の色んなところを見て回っているだけよ。私は旅人だからね。ここに来るのは、ちょっと気が進まなかったけど」

 フィリアは答える。
 別に今回は決闘を撒きに来たわけでもないし、そんな気分にもなれないでいた。
 無名の丘は幻想郷の中でいっとう、『捨てる』という事象に由来の深い場所。それゆえ、この場所に足を運ぶのはなかなか気が進まないでいたのだ。

「でも私はこの場所を見なければいけない。……何かを捨てるにも覚悟をすべきだわ。それ相応の報いがあることを」
「あら、なかなかいいことを言うじゃない」

 メディスンも元は捨てられた人形。
 目の前の謎人形が秘めている感情には、どこか共感できる気がした。

「でも、私は人形解放には興味はないわよ、メディスン・メランコリー」
「おう、私の名前を知っている? 私って有名人ね」
「そうでもないわ。私が何でも知っているだけ」

 幻想郷縁起をはじめ、幾多の書物を集めてデータベースに取り込み、把握しているフィリアは、既に幻想郷内でも屈指の知識人になっている。
 その把握力の高さとスピードは、紅魔館の魔法使いが聞けばうらやむほどだろう。

「そうなんだ。すごいね。でもなんで人形解放には興味がないのかな。人形なんでしょう?」

 メディスンの疑問に、フィリアは少し虚空を見上げた。

「道具には道具なりの幸せがある。人間に使われるだけである人形の地位向上を謳う、というのは、何か違う気がするのよね。あなただって、人形としての幸せを全うできなかったから、付喪神になったんでしょ?」

 再び視線を向けたフィリアの言葉に、メディスンは少し考え込む。

「そうだったのかな。あの時はとにかく、むかついてただけだったもの」

 メディスンがそう言うと、フィリアは少し怪訝そうな顔をした。

「あなた、今はそこまで拘っていないの?」
「どうだろうね? とにかく、まずは知ることだと私は教わったわ。だから、私は知るの。妖怪を知るの。人間を知るの」

 人間嫌いの付喪神だったメディスン。今でも基本的には嫌いだけれど、もうそれだけで終わらせるものではない、と思っている。
 なぜなら知ったから。
 自分がまだ何一つ知ってはいないと、知ったから。

「だから何でも知っているというなら、それはとってもうらやましいことだよ。きっと自分にとっての『救い』だって、もう知っているんだよね」

 瞬間、フィリアはその何の感情も見えない目を大きく見開いた。

「……そうなの、かしらね」

 呟くその表情は、どう見たって救われたもののそれではない。
 だけどメディスンは何も言わない。
 知らないとわかれば、きっと知ることが出来るのだから。

「……あらメディ。新しいおもちゃを見つけたのかしら?」

 その時、メディスンの後ろから、朗らかながらも底冷えするような威圧感をにじませた声が響いた。

「……誰がおもちゃだって?」
「方々で遊びを撒き散らす機械人形――。おもちゃと形容して何か不都合かしら? フィリア・ロートゥス」

 先ほどの声の印象どおり――朗らかながらも底冷えするような威圧感をにじませた、緑髪の女性。

「いつぞやは、私のお花畑に無粋な土削り機をばら撒いてくださってどうも。おかげで新しい種が撒けましたわ」
「ふん、こちらこそ、ひとつ残らずぶっ壊してくれてどうも。大妖怪の風見幽香さん!」

 フィリアが看破したとおり、それは幻想郷でも屈指の危険度を持つ大妖怪、風見幽香に間違いはなかった。

「あれ、ゆーか? 鈴蘭畑に来るのは珍しいよね」
「そうかしら。最近はあなたがうちに来てくれるからかしらね」

 言って、大妖怪はメディスンを抱え上げてくるくると回る。
 その仲むつまじい様子を見て、フィリアは呆れように息を吐く仕草をした。

「なぁに、あんたがメディスンにとっての救いってわけ?」
「そんな大層なものになったつもりはないわ。ただ、この子は無知の知を解するほどには賢かったのは確かだわね。ただ一人歩きしただけの危険な道具では終わらなかった」

 ニヤニヤとしながら、幽香はメディスンの頭をぐりぐりとなでくる。

「やーめーてーよー」

 いやいやしながらもどこか楽しそうなメディスンを堪能しつつ、幽香はその視線をフィリアに向けた。

「あなたは一体どうなのかしらね? 全知を嘯く知恵者の人形さん」
「あれれ、喧嘩売られてるのかなー、私。別にいいよ? あんたのデータも欲しかったし、相手してやってもさ」

 フィリアは凄みながら、感情の見えない目で幽香を睨め付ける。
 だが幽香はそれを解さぬ様子で、暢気にメディスンに頬ずりしていた。

「私はあなたの遊びに興味はないのよ。やるならスペルカードルールでかかってきなさいな?」
「なにさそんな物。そっちだって遊びじゃあないの」

 幽香の言い草に、フィリアは頬を膨らませる。

「うふ、スペルカードルールは元来遊びなんかじゃあないわ。あれは『戦いを可能にする』ためのルール。アレを使えば、あなたみたいな玩具でも、この私と戦うことが出来るというのに。勝てるかどうかはともかくね」
「……くだらない。そんなもの、所詮遊びよ。全部」

 幽香の挑発を、フィリアは吐き捨てた。

「やる気がないなら私は帰るわよ? ねーメディ、またパンを焼いたから、今日はうちで食べていかないかしら?」
「わー、行く行く! 幽香の料理大好き!」

 挑発しておきながら、自らはどこ吹く風の幽香に、フィリアは怒りよりも呆れが出て、再びふぅ、と息を吐く仕草を見せた。

「さっさと帰りなさい。そして私も帰るわ。あんたになんか、もう興味ない」
「そう? 実は私は、ちょっとだけあなたに興味がある。あなたは結構長く生きてるみたいだけど、それでもあなたはきっと、まだ若いこのメディが、もうとっくに通り過ぎた場所に立っているもの」
「……」
「あなたがどういう結末を迎えるのか。少し楽しみにさせてもらうわね。うふふ」

 幽香はそう言って笑みを浮かべると、メディスンの頬をぺろりと舐めた。

「ぐうっ、毒が……!」
「もー、何やってんだよ幽香!」

 ダメージを受けながら、花の大妖と毒人形が去っていく。
 その光景を呆然と見つめながら、フィリアは呟いた。

「馬鹿じゃないの」





 狭い幻想郷の中で、どことも知れない場所。
 そこに、八雲紫の自宅がある。
 その縁側に腰掛ける八雲紫に向かって、八雲藍は正座してそこに控えていた。

「萃香とフィリアが戦ったそうね。博麗神社で」
「はい」
「あなたもそこにいたのよね」
「……はい」
「何をしに行っていたの?」
「巫女と話をしに」
「何のために?」
「フィリア・ロートゥスに対抗できるのは、博麗の巫女をおいて他にはありますまい」
「そんなことはわかってるわ。なんで勝手に行ったかを聞いてるの」
「だって、奴の私への対抗心は異常なんですよ。それにどうあってもきつねうどん勝負を聞き入れてくれませんしぃ!」
「うっさいわアホ狐!」
「ガガーリンッ!?」

 紫に蹴り出され、藍は庭の土に埋もれる。

「ともかく、私が静観すると決めている以上、余計なことはしないで頂戴」
「しかし紫様、此度のことはただではすまないと、巫女は思っているようです。彼奴はなぜだかスペルカードルールを目の敵にしているようですし、事実、萃香が割って入らなければ、巫女は遊びを忘れていたかもしれません」

 八雲紫は唇をきゅっと結ぶ。
 博麗の巫女は、不安定ながらも八雲紫以上に絶対の存在ともいえる。
 彼女の見据えている危惧は、きっと正しい。

「いいのよ。あなたは気にしなくていいの」

 結局、あれきり霊夢には会いに行っていない。紫の勘もまた、これが自分にとってただ事では済まないことを告げている。

「……紫様。フィリアの奴から伝言を預かっています」
「何?」
「『八雲紫が相手ならば、スペルカードルールに則るのもやぶさかではない』と」
「……!」

 名指しでの指名。なぜだかスペルカードルールを毛嫌いしているらしい、フィリア・ロートゥスが。自分を。

「どうかお動きください、紫様。それだけで片がつくのです。紫様が心血を注いで成立させた絶対のルールを覆し、これ以上幻想郷が好き放題に弄ばれる前に」

 藍の言葉は、真に紫と幻想郷を案じてのものである。それは、紫には痛いほどわかっていた。
 だが、紫は首を縦に振れない。

「幻想郷は全てを受け入れる。私はあの時にその覚悟を決めたわ」
「紫様……」
「彼女は、ただ『流行り』を振りまいているだけ。悪いことはしていない。だから、まだ手は出せない」

 紫もまた、強い意志をその目に宿して、藍の提言を拒絶した。

「大丈夫、スペルカードルールはなくならないわ。流行りはいずれ終わる。人妖が全てに飽きたとき、必ず基本に帰ってくる」

 それに関しては、藍も同意ではある。
 萃香も飽きない味だと言っていたとおり、あれは紫たちが心血を注いで作った『飽きられない』ルール。
 フィリアがいくら流行りで押し流そうとしても、絶対になくならない基本の味。
 だが、藍には一抹の不安がある。

 たとえスペルカードルール自体が無事でも、何か他に大切なものが挿し変わってしまわないのだろうかと。

「紫様。では一つだけ、私に行動をご許可ください」
「何をする気なの?」

 藍の決意に満ちた目に、紫はいぶかしんで尋ねる。

「奴の決闘法に対抗して、こちらもスペルカードルールを改良するのです。まずはカードの素材をあぶりゃーげに変更し」
「お前の案のがよっぽど問題だクソ狐ェ!!」
「イエーガーッ!?」

 紫は再び藍を蹴り出し、庭をごろごろと転がした後に、スキマにボッシュートした。

「まったく……。こんな時にふざけてんじゃないわよ……」




 スキマが開いたのは、妖怪の山の中腹。
 どさりと九尾の大妖が無造作に放り出される。

「あー、もう、紫様はどうされてしまったんだ。せっかく私があえて空気を読まずにキッチュなジョークで場を和ませようとしたのに。いつもの余裕がないぞ」

 ぶつくさと言いながら、藍はぱっぱと体についた土を払い、うーんと伸びをする。

「まぁ、紫様には紫様の考えがあると思うしかないか……とりあえず橙にでも会いに行って、慰めてもらうとするかなぁ」

 そう、だいぶ情けないことを言いながら、紫の式たる九尾の大妖は、さっさとそこを離れていった。
 ――そして、がさがさと茂みが音を立てて、二つの影が姿を現したのはそれからすぐのことだった。

「ねえ、今のって、もしかするかな?」
「もしかするかもしれないのです?」

 にとりと里香の視線の先にあるのは、先ほど藍が払い落とした『土』だった。





 魔法の森の科学要塞、琴蓮号。
 日々勝負勝負と幻想郷を練り歩いていたフィリアだが、今日は新しい勝負のアイディアを練ったり、それに伴う新型の遊び道具の開発のため、自室に閉じこもっていた。

「うーん、幻想郷における自分の存在感を増すためにやってることだけど、考え始めると意外と楽しいのよねえ。これは意外と天職かしらん?」

 などと言いながら、楽しそうに作業を行っていく。
 彼女自身が機械であるため、ロボットやパネルを手で操作したりしなくとも、簡単に自分の考えを外部に出力することができるのは、クリエイターとしての彼女の強みである。
 そして、琴蓮号とつながっているゆえに、そこに起きた事象も遍く把握することが出来る。

「ん? 誰か来たようだ……」



「たのもーう!」

 今日も今日とて仕事をする、琴蓮号の門番、夕凪3号。
 その元に、今日も今日とて来訪者が訪れていた。

「我らが琴蓮号に何用でございますか? 琴蓮号は現在来客をお断りいたしております。フィリア様への言伝ならば承りますが」

 そして、今日も今日とて来客を断り、今日も今日とて来客はごねるのだ。

「うーん、そうは言ってもさぁ……私も暇じゃあないんですよぉ……だからね! だからね! 私は強引に用件を伝えるの♪ 我が友人の雪辱を晴らしに来たぞ!! 出でませい、フィリア・ロートゥス!!」

 今日も今日とて悲しみお面でどんよりとしたり、うきうきお面でテンション上げたり、シリアスお面で凄んだりと忙しいこの無表情な来訪者は、もちろんみんなご存知、かつて人里を賑わせた面霊気、秦こころである。

「こころちゃぁん、やっぱ恥ずかしいからやめようよー」

 その後ろに控えているのは、フィリアのデビュー戦を飾ったろくろ首、赤蛮奇と、

「こころがノリノリなんだから仕方ないよー」

 二人の友人、多々良小傘だった。
 結局こころはいてもたってもいられず、本当に蛮奇の雪辱戦にかこつけてフィリアと戦いに来たのである。

「警告を受け入れない場合、実力行使も厭いません」
「ぴぃ! ごめんなさいごめんなさい! 私が悪かったです! でもそんなの関係ねえ! さっさとリーダーを出しやがれい! なのですー♪」

 警告にもまったく聞く耳を持たないこころに、いい加減3号も銃口を向けかけるが、その時、すぐ傍の空間が断裂する。
 そして、その中から出てきたのは、当然フィリア・ロートゥスだった。

「お久しぶり赤蛮奇。お友達を連れてきたの?」
「フィリア……!」

 赤蛮奇に向けて微笑むフィリアに、赤蛮奇はシャーと威嚇の視線を向ける。
 正直、蛮奇はやっぱりフィリアに苦手意識があるのだった。

「フィリア様……」

 その朗らかな応対に、3号がフィリアに視線を向ける。

「あー、いいのいいの今回は特例ってことで。初めての相手がお友達を連れてやってきたんだ。快く応対してあげるのが当然だわよ」
「初めての相手とか言うなキモい」

 努めてさわやかに応対したが、結局キモがられてしまうフィリア。ともかく、今回息巻いているのは彼女ではない。

「出たなフィリア! さぁ、私と最強の称号を賭けて闘え!」

 お決まりの決闘用台詞を吐きながら、秦こころはビシィとポーズをとる。

「ふむ、秦こころ。付喪神化した古代の能面か。本人もまた一流の能楽師だったわね」
「えへへそれほどでも」

 フィリアの言葉に気をよくして、こころは無表情で喜び照れる。

「ほらこころ、対決しに来たんでしょ。しゃんとしなきゃ」
「む、そうだった」

 小傘に諭されて、こころは再びビシッとポーズを決める。

「さぁ、私と最強の称号を賭けて闘え!」
「最強というのは何をもって言うのか……。まぁともかく、私は単純な力のやり取りは嫌いでね、私の戦いは常にゲームとなる」
「ふむふむ」

 フィリアの語りに素直に耳を傾けるこころ。

「あんたは舞が得意なのよね。ならば、コレで勝負しましょう」

 フィリアがガチンと指を鳴らすと、上空からドスンとステージのような台が降ってきた。
 そして、上方に空中投影ディスプレイが出現し、映像と音楽を流し始める。

「こりはいったい」

 こころがステージの上に駆け上がると、そこには方向を示す矢印のパネルが十字に敷かれた箇所が二つ。

「ポピュラーなダンスゲームって奴だねぇ。画面に流れる譜面をステップで再現しきれなかった方にペナルティが入る。ペナルティ三つに達したら負けだい。ステップや曲調は和風の物にしといたげる。妨害は直接パネルを狙う以外はご自由に! さぁ、お互いの能力の全てを賭けて、踊りあおうじゃないか!」
「おーう!」
「既に意気投合しとるし」

 ノリノリで勝負に臨む二人を、赤蛮奇は若干の呆れ顔で見やる。

「まぁー、そこがこころのいいところだよねー」

 その横では、小傘がぽややんとのん気なことを言っていた。実際小傘はこころに対してかなり甘い。
 蛮奇も、別にそこが悪いところだという気はないが。




 こころが本職の舞い手の面目躍如といった流れるような動きで、ダンスゲームをものにしていくのに対し、フィリアは必要最小限の動きでステップを踏む。
 対照的な二人のスタイルに、お互いの妨害が飛んで空中を彩る。

「まったく、よくやるわよね」
「がんばってー、こころー!」

 見ている分には中々楽しい、伯仲の勝負が続く。現在はこころがペナルティ2でフィリアがペナルティ1。こころは最初は不慣れが祟ってリードを許したが、これから十分に巻き返せる展開だった。

「どうもお疲れ様です。お茶とお菓子をお持ちしました」
 観戦と応援を続ける蛮奇と小傘の元に、緑髪のメイドロボ、夕凪7号がどこからともなく差し入れを持ってきた。
「おお、気が利くじゃん」
「どうもありがとうございます」

 トレイに乗った緑茶とおまんじゅうを、蛮奇と小傘はおいしそうにぱくつく。
 しばし観戦も忘れ、お菓子の味に酔いしれていたのだが、ふと小傘が7号に話しかけた。

「あのー、お姉さんは付喪神なんですか?」

 パッと見て、7号は自分と同類の道具の付喪神に見えたのだが、それにしては何か違和感を感じたのだ。

「いえ……私はフィリア様にお仕えするアンドロイドです」
「あんどろいど?」
「……そうですね。ある程度の知性を持った、人型の機械と申しましょうか」
「機械、ってことは、やっぱり道具なんですか?」

 小傘は人型の機械というあたりに若干ピンとは来なかったが、機械という単語から、河童のそれを思い出して道具を連想する。

「肯定します。私はマスターに使役していただいている道具です」
「そうですかぁ。道理で似たような感じがしたわけですね」

 小傘の笑顔に、7号はかくんと首をかしげた。

「私も元は道具の付喪神なんですよ。こころもね」
「小傘様も道具。マスターはそちらの蛮奇様ですか?」

 7号の疑問に、小傘はおかしそうに笑う。

「あはは、違いますよぉ。蛮奇ちゃんはむしろこっちが使うほうで」
「ちょっとこがにゃん!? 何気にひどくね!?」
「冗談冗談♪」

 小傘は蛮奇をよしよししてなだめながら、自分について話していった。

「私は誰かに使ってもらっているわけじゃないです。むしろ捨てられて誰にも使ってもらえなかったから、元道具の付喪神になっちゃったんですよね」
「捨てられた……」

 7号はその箇所を、鸚鵡返しに繰り返す。何か苦いものを、咀嚼するかのように。

「だから、割と自由です。そこんところはあまりうれしくはないんですけど……まぁ、おかげで友達も出来たし、一長一短です。でもお姉さんは、意識を持ってるけど、現役の道具なんですよね」
「そう……私は……マスターの……道具……」
「だから私としては、かなりうらやましいですよ。お姉さんのこと」

 誰かに仕え、誰かに使ってもらえる。
 忘れ傘から生まれた付喪神である小傘にとっては、しっかりと主人に尽くす道具である夕凪7号は眩しく見えたのだ。

「私は……幸せなのでしょうか」
「? どうしたんです、お姉さん?」
「マスター……マスター……? 違う、私が仕えた『ご主人様』は……」

 その時だった。
 高速で飛来した物体が、7号の頭部を直撃した。

「わー!? 大丈夫ですかお姉さーん!?」
「ごっめーん! そっちに流れ弾が行っちゃったー!!」

 響いたのは、今フィリアと激戦ダンスバトルを繰り広げていたこころのもの。
 そして、流れ弾に見えたそれは、こころの……般若の面。

「……おのれ」
「おっ、お姉さん!?」
「どうしちゃったのさ!?」

 怒りを司る面に張り付かれ、突如7号から立ち上り始める禍々しい怒気に、小傘と蛮奇は気おされる。

「おのれおのれおのれえええええええええええええエエェエエエエエeeeeeeeッ!!!!」

 爆発。
 今までまさに能面のように無表情を貫いてきた7号が、狂おしいまでの怒りの形相をその顔面に貼り付け、激情の咆哮を上げる。

「なっ、い、いかん! 緊急停止しなさい! ななちゃん!」
「っがあああああアアアアアアaaaaaaa! 邪魔をするなああああああああああ!!!」

 慌てたフィリアの静止信号もまったく聞かず、けたたましい音を立てて腕や脚に内蔵されていた武装を展開。ジェット噴射で空へと舞い上がる。

「こころちゃん! さっさとあの面を回収してよ!」
「それが外れないんだな、これが」
「落ち着いて言うとる場合かあああああ!」

 やれやれといったように肩をすくめるこころに、蛮奇が盛大に突っ込みを入れる。

「感情を司る能面が、ななちゃんの封印された怒りの感情を呼び起こしてしまったのか……ともあれ秦! この勝負はうやむやにさせてもらうわよ! ななちゃんを止めなきゃ!」
「フッ、元々私の誤射が原因だからな……。誠心誠意を尽くさせていただきますぅ、ハイ」

 フィリアは目の前に空間を断裂させてそこに飛び込む。こころもそれに倣って空間の穴に飛び込んだ。
 同時に、上空に舞い上がった7号の正面にも空間の穴が開き、フィリアとこころが飛び出してきた。

「ワープした!?」
「驚いてないで私らも追いかけるよ、小傘!」

 蛮奇と小傘はステージから離れていたので、直接7号を追って飛び上がる。

「憎い! 憎い憎い憎い憎い! どこにいるんだああアaaaaaa!!」
「落ち着けななちゃん! 今そのための作業をしてるんでしょ!?」
「うるさい! これが落ち着いていられるかッ!!」

 フィリアの説得にも応じず、両腕から飛び出たビームマシンガンを乱射し、邪魔をするフィリアに襲い掛かる。恐るべしこころの面。

「っ、ななちゃん!」
「やっとここまで来たんだぞ!! やっとご主人様に会えたんだぞ!! そしてやっとあの憎々しい悪魔を見つけたんだぞ!!! それをおおおおおおおオオオooooooooo」

 地獄の底から響くような、不協和音の合成音声。

 それが紡ぐ、彼女の怨敵の名。


「八雲ッ、紫ィィィィィィィィィィiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!」


「『ハロウフォゴットンワールド』」

 咆哮した7号の後ろから、超密度の弾幕が彼女を襲う。

「!?」
「お姉さん! どうしちゃったんですか! ご主人様に手を挙げるなんて、道具失格ですよ!」

 小傘が、厳しい表情で7号に叫んだ。
 こころの面で我を失っているとはいえ、7号がフィリアに楯突いた事実は、小傘にとってはショックだったのだ。

「違ウ! ますたーハ、私ノ……!」
「何が違うのか知りませんけど! フィリアさんはあなたのことを案じてくれてる! 怒りに我を失ったくらいで、その信頼を不意にしちゃ、いけない!!」
「っ……!」

 小傘の剣幕に、7号がひるむ。

「抑えるわよ! 『ナインズヘッド』ぉ!」
「くらえーい、『怒声の大蜘蛛面』~」

 その隙に、蛮奇の九つの首が7号を取り囲み、それに気をとられた隙をついて、こころが蜘蛛の糸を7号に吐きかけてその動きを封じた。

「ぐ……ぬ」
「ななちゃん……今は取りあえず、休みなさい」

 フィリアの腕から伸びた高周波ブレードの刃。
 その一撃でこころの般若面は弾き飛ばされ、7号は静かに駆動を休止した。




「秦、お面は無事だった?」
「いやー、なんとか無事でした。いやはや、ご迷惑をおかけして申し訳ない。もう死んで詫びますゥゥゥゥゥ!!」
「いや、いいから、もう今日は帰りなさい……」

 フィリアに力なく見送られて、小傘たちは琴蓮号を後にした。

「それにしてもびっくりしたわねぇ。あんなに穏やかで無感情だったのに」

 帰り道、蛮奇が7号の暴走をしげしげと思い返す。怒りの面に憑かれていたとはいえ、その様は本当に般若の如く鬼気迫るものだった。

「ああいう人ほどキレるとコワイという」
「そういうもんかねえ?」

 半ば茶化すようなこころの言葉に、蛮奇は頭をひねる。

「それにしても八雲紫って……賢者さんの名前だよねえ……?」

 小傘は、暴走した折に7号が叫んでいた言葉が気になっていた。
 八雲紫。幻想郷においてあまりに有名なその名前は、いちおう小傘たちも知っている。

「昔何かあったのかな」
「わかんないけど、あの人たち最近来たはずだよね……?」

 でもその意味は小傘たちには到底わからないし、きっと小傘たち以外でもわかりはしないだろう。
 わからないことを考えても仕方ない。
 小傘たちはすぐに話題を変えて、賑やかに家路を急いでいった。




「本当にごめんねえ、ななちゃん」
「……こちらこそ、まことに申し訳ありませんでした、マスター」

 琴蓮号内部。
 夕凪7号は土下寝してフィリアへの不敬を謝罪していた。だが、フィリアは自分の方が謝るべきだという。

「でも土下寝はやめなさいよ。面白いだけだからそれ」
「了解いたしました……」

 7号はどこかしょぼんとしながら、立ち上がる。
 その様にふぅ、と少し息をつきながら、フィリアは7号に優しく語りかけた。

「所詮私は仮の主人。やっと本当の主人に会えたのに、それを留めているんだから、怒って当然よね」
「否定しますマスター。私はマスターには深く感謝しています。私がマスターに対して怒りを覚えたことなどありません! 私が怒りを覚えたのは、ただ……!」
「わかってる」

 再び封じたはずの『感情』を垣間見せる7号に、フィリアは少し驚きながらも、落ち着いてそれを制する。

「私は必ずあの八雲紫をこの幻想郷の主の座から引き摺り下ろして、この世界の隠された歴史を暴く。もう少しでその方策が完成するの。だから、待っていてちょうだい。もう少し、もう少し辛抱すればあなたは、本当のご主人様に会いにいけるのよ」

 フィリアはこの上なく優しい口調で、この上なく大それた野望を口にして、7号を慰める。

「だから、もうちょっとだけ、私に力を貸してちょうだい。ななちゃん、いえ……ここは本来の名前で呼んであげるべきね」

 フィリアはそう言って、愛しい人形に微笑む。


「そうでしょう? 『る~こと』」






「こーんにーちはー♪」

 その日、琴蓮号に、再びこころ、小傘、蛮奇が訪れていた。
 こころは有耶無耶になった勝負のやり直しに、小傘は7号とのおしゃべりに、蛮奇は二人に付き合ってむすっとしながら。

「うーん、今回はリードもなかったし、清々しく負けたわね……」
「いえーい、勝ったー」

 無表情で三連ガッツポーズを決めるこころ。
 こころがこの前の暴走事件を引き起こした元凶であることから、あるいはフィリアが応じてくれないかもしれないという、心配とも期待ともつかぬ予想が蛮奇にはあった。
 だが、フィリアは快くこころを歓待して有耶無耶になった勝負を再戦し、7号も相変わらずお茶とお菓子を運んできている。

「もう具合はいいんですか? ナナお姉さん」
「先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今はもうおとなしいです」

 7号は土下寝をしながら、小傘たちのこの前のことを詫びた。

「い、いいですよそんな。土下寝されても面白いだけですし……」
「そうですか……」

 再びしょぼんとしながら、7号は立ち上がる。

「ほんとに大丈夫なの? なんかこの前と芸風変わってる気がするけど……」

 蛮奇がいぶかしがりながら、頭を傾ける。傾けすぎて落ちたが。

「大丈夫です。問題ありません」
「なんか応答が既にダメそうなんだけど……」

 などと、割とわいわいやっているところに。

「ありゃ、なんだなんだ、今日はずいぶんと賑やかなんだねぇ」
「こんにちは~なのです~。3号さんも門番お疲れ様なのです」

 人妖のメカニックコンビ、にとりと里香が姿を現した。
 里香は賑やかな中黙々と門を守っている3号に会釈して、3号もかくりと返す。

「ありゃ、あんたたちまで来たの。こりゃあ予想外に人数膨れ上がったわね。バーベキューでもする?」

 フィリアが茶化しながらも、二人の来訪を歓迎すると、二人は真剣な顔でフィリアの元にやってきた。

「……どうしたの?」
「これ、例のブツ……かもしれません」
「マジでっ!?」

 にとりが差し出したビンには、少量の土が入っていた。二人にダメ元で依頼していた迷い家の土、こんなに早く持ってきてくれるとは。

「でも、もしかしたら、くらいでしかないのですぅ」
「でもまぁ、あの九尾の狐が落としていった土だからね」
「あの女狐が……これは……! ふぅむ、ちょっと調べさせて頂戴」

 フィリアはビンの蓋を開けると、その中身を凝視した。
 そしてほどなくして。

「これは……期待以上の成果かもしれないわ」

 にぃ、とフィリアは口の端を上げた。

「じゃああんたの技術を教えてくれるのか?」
「ええ、もちろん事前に『お互いに有益な範囲』と言ったとおり、全部は無理だけど。まずもって技術体系が違うから、理解するのに時間がかかるだろうしね」
「理解できたらまた教えてもらえばよいのですぅ」
「ともかく、これを」

 フィリアは空間に穴を開け、書類の束を取り出す。

「私はこれからちょおっと忙しくなるから、直接は教えてあげられない。そこに新しいエネルギー体系の解説や、君らでもギリギリ再現可能そうな機械の設計図があるから、ちょっとそれに挑戦してみててくれない? 一定の成果が挙がったらまた来ていいから」
「へぇ、ふむふむ……」

 にとりと里香はそれを受け取ると、ぱらぱらと何枚か見る。
 そして、一目でそこに書いてあることの重要性は読み取れた。きっと、既存の枠がぶち破れる。そんな確信があった。

「直接教えてもらえるが一番かもしれないけど、やっぱこうやって宿題風味にしてくれた方が、自分としては捗るかもね」
「これがあれば十分なのです!」
「それはよかった」

 満足そうな様子のにとりと里香に、フィリアはくすっと笑うと、こころたちの方に向き直る。

「……というわけで、ちょっとやることができたのよ。悪いけど、私はここで失礼させてもらうわね。帰るわよ、ななちゃん」
「了解ですマスター。では失礼いたします」
「あ、フィリアさん、ナナお姉さん……」

 小傘が呼び止める間もなく、フィリアと7号は空間に穴を開けて、その中に消えていった。

「そこの河童。さっき渡したのは一体なんだったのかしら?」

 わくわくと書類に目を通しているにとりに、蛮奇が質問を投げる。

「ん? 迷い家の土だよ。多分だけどね。どうするのかは知らないけど、フィリアはアレを欲しがってた。そして私らは代わりに技術を貰ったのさ。さぁ、私たちも忙しくなるよ、里香」
「はいなのです!」

 ばびゅーんと、こちらもすごい勢いで帰っていったにとりと里香を、蛮奇たちはきょとんとした目で見送った。

「迷い家の土なんてほんと何に使うんだ?」
「迷い家といえば化け猫の棲家だよね。そういえば化け猫の中には『八雲の式の式』って言われてる奴がいるそうだけど……」

 小傘の言葉に、こころがわずかに眉根を寄せた。

「八雲といえば、この前のアレかなー……?」

 7号が暴走したときに憎々しげに言った名前。『八雲紫』。
 それに関係する事柄なのだろうか。

「誰かに言った方がいいのかな」
「それより私らも帰ろうよ」

 小傘の心配に、蛮奇はちょいちょいと袖を引く。何せ、フィリアと7号は帰ったとはいえ、まだ門の前に3号がいるのだから、ここで長話をするべきじゃないだろう。

「それじゃ3号さん、私たちはこれで失礼しますね」
「お気をつけてお帰りください」

 小傘がすこしおっかなびっくり挨拶をすると、3号は特に変なリアクションもなく、普通に見送りの挨拶を返してくれた。




「で、ほんと誰かに言った方がいいのかな」

 帰り道で、小傘が少し不安げに言う。
 もしもフィリアたちが幻想郷の賢者である八雲紫といがみ合うつもりならば、それはあまりうれしいことにはならないだろう。
 防げるに越したことはない。

「別にそう決まったわけでもないけど……。ちょっと不安と言えば不安かなぁ。でも誰に言うのさ。まさか本人に言いに行くわけにもいかないだろうし」

 蛮奇は特に何のつながりも持たない一般妖怪。
 すぐ傍に頼りになる大妖怪がいるわけでもないし、妖怪の賢者に会いに行く方策を知っているわけでもない。

「んー、聖にでも相談してみるー?」
「そだねえ」

 一方、命蓮寺で修行しているこころや、寺の近辺に住んでいた小傘とつながりのある実力者と言えば、命蓮寺の住職、聖白蓮以外にはない。
 聖なら、まぁ相談事は真摯に聞いてくれるだろう。

「ま、ともかく、帰ろう帰ろう」
「そうだねー」

 三人は一路、命蓮寺を目指す。





「これは……迷い家の土じゃあない」

 琴蓮号の内部のとある部屋。
 フィリア・ロートゥスはビンを開けながら、くるくるとご機嫌に回転する。

「迷い家の土が欲しかったのは、この幻想郷における不確定要素としての手がかり、八雲紫の住居へと至る道しるべを作るため。だけど、これは『八雲紫の住居の土』。私の求めていた答えそのものだわ」

 明かりがつくと、その部屋の中には大きな模型が台の上に作られていた。
 そこには小さな魔法の森があり、妖怪の山があり、迷いの竹林が、人里が、博麗神社が――

 そう、それは幻想郷の模型だった。

 事故を装って幻想郷全土に放った環境調査用ロボット。それらが持ち帰った土を組み合わせて、フィリアはこの小さな幻想郷を作った。

「大地は見ている。大地は覚えている。大地は知っている。自らの上で過ぎて行った時間を。積み立てていった歴史を。その裏に隠された秘密を!」

 フィリアはその土を、模型の幻想郷にしつらえられた『どこでもない場所』という項目に敷き詰める。
 そして、それだけで。今まで見えなかった幻想郷の仕組みが、フィリアの目に浮かび上がってくる。

 フィリアの目は、その物質が体験した時間を観測することで、それが辿った歴史を解き明かすことすら可能にする。

 そして、本物の幻想郷の土を組み合わせて作ったこの精巧なるミニチュアの楽園。フィリアにとっては、それは幻想郷の時間と歴史を観測して解析できることに等しい。
 足りない部分はフィリア自ら幻想郷の隅々まで歩いて見聞し、データベースの足しにした。
 それでも今までは表面的な歴史しか読むことが出来なかったが、『八雲紫の住居の土』によって、闇に葬られた裏の歴史、そして、この幻想郷と言う世界そのものの仕組みをも読み取ることが出来るようになった。

 元は比較的に到達しやすい不確定事項である『迷い家』の土を媒介に、八雲紫の住居を割り出す算段だったが、にとりと里香は予想以上にいい仕事をしてくれた。
 間抜けな女狐にも感謝しなければいけない。
 そう思いながら、フィリアは口の端を上げて作業を開始した。




 ――そして、それから三日。
 ひたすら情報の解析と、新しいプログラムの製作作業を進めていたフィリアだったが、ついにその作業が止まり、満足そうな顔で後ろを振り向いた。
 そこには、いつもどおりの無表情で、夕凪7号が控えている。

「さぁ、始めるよななちゃん。カードは揃った。これからが本当の異変。もっとも……最初の一手が既に、チェックメイトだけどね」





 その時、薄暗い曇天の空の下、八雲紫はとてつもない違和感に苛まれた。
 よく知るものが、見た目をそのままに変質していくような、吐きそうなほどに気持ちの悪い違和感だった。

『ゆ、紫様! 大変です!』
「藍……?」

 紫の脳裏に声が響く。式の藍からの念話だった。そしてその藍の声も、焦燥と苦渋に満ちていた。

『博麗大結界を始め、幻想郷の全結界の管理権限が、何者かに奪取されました!!』
「っ!」

 何が起こっているのか、その予想は当然ついていた。
 だから、紫は即座に行動を起こす。

「奪い返……せない!? 私の能力をもってしても……まぁ、それくらいの算段がないと、こんなことはやらないでしょうね……」

 驚くべき事象だが、驚いてばかりいても仕方がない。こうなっては手遅れになる前に元を絶たねば。
 そうして紫は手をかざし、スキマを開く。そして即座に飛び込んだ。

 異変の首謀者の、居城へ。



 異変解決は巫女の仕事――などと言っている悠長な余裕はない。
 この異変は速攻でカタを付けなければならない。

「……? ここは……?」

 だが、八雲紫は自分がたどり着いた場所が予想と違うことに困惑した。
 紫は、琴蓮号の動力室に向かったはずだった。結界のコントロール奪取をどうやって成立させたのかはわからないが、その維持には多大なエネルギーが必要なはず。
 それを生産できる設備は、そこにしかない。

 最初に琴蓮号に訪れた時、既に紫は偵察用の使い魔を忍び込ませていた。
 詳細な映像や情報は、使い魔の認識力の問題や、琴蓮号側にばれないような隠蔽通信の限界により知ることは出来ない。
 だが、簡単な部屋の用途と間取りくらいならば、しっかりと把握している。

 転送装置の存在により摩訶不思議な構造をしている琴蓮号だが、間取り自体は動かしようもない。
 スキマの能力の一部を付与した使い魔になら、転送装置を使えないことは大した障害にならないし、同じく紫は動力室に確実にスキマを繋げたはずだった。
 だが、そこはエネルギーを生み出すものなどどこにも存在しない、だだっ広い空間だった。
 だが決して殺風景ではない、豪華な西洋料理でも並びそうなテーブルがいくつも置かれた、まるで舞踏会の会場のような空間。

「ようこそいらっしゃい。八雲紫」
「っ!」

 そこで背後から声をかけられ、紫はすばやく身を翻す。
 そこにはやはり、小柄な銀髪の少女――琴蓮号の主、フィリア・ロートゥスの姿があった。

「そう……私が咄嗟に行動を起こすことも、予想内だったというわけ? それにしても、一体どうやって私の能力に割り込んだのかしら?」

 余裕をもって話しかけるが、額には少し汗がにじんだ。

「そんなもん、ほいほい教えるわけないでしょ?」

 フィリアは至極当然な返答をよこした。

「……最初から、この世界そのものが目的だったの? それとも、目的はこの私かしら?」
「あら、何でそう思うの?」

 フィリアはしらばっくれるように首をかしげる。

「あなたが夕凪7号と呼んでいたあのロボット、『る~こと』でしょう? あなたが幻想郷のことや、私のことを知っているのは当然。事故を装ってやってきたけど、本当は、狙ってこの幻想郷にやってきた。そうでしょ?」
「ええ、そうね」

 フィリアは頷いて、それを肯定する。
 だが、その表情は圧倒的有利に立っている者とは思えない憮然としたものだった。

「……何が目的なの? この世界の何を狙ってきた? まさか、る~ことの復讐のためだけに、ここまでやったってわけではないんでしょう?」
「さぁ? どうでしょ。この世界なんてどうだっていいの。壊れようが存続しようが。とりあえず博麗霊夢さえ無事なら、あの子の願いは果たされるしね」

 フィリアの言葉に、紫は困惑した顔になる。まさか本当に、る~ことのためだけにここまでしたというのだろうか。

「でも、結構いい世界よねえ。仲のいい子も結構できたし、壊すには惜しいわよねえ」
「ねえ、る~ことはどこなの? 復讐が目的なら、あの子が出てきてしかるべきでしょ?」
「……そんなことよりゲームをしましょうよ。八雲紫。あなたの作ったスペルカードルールで」

 フィリアは紫に人差し指を突き付けて、『決闘』を挑む。

「あなたが勝てば、あなたの隠し事のための結界を消すくらいで勘弁してあげる。私が勝ったら、この幻想郷を貰うわ」
「な……!?」
「その方が、みんな喜んでくれるんじゃない? 私今人気者だしね」

 幻想郷を賭ける。
 その決闘の条件に、紫は息をのむ。普段なら馬鹿馬鹿しいにもほどがある条件だが、今、幻想郷の存亡は相手が握っている。まったく笑えない。

「あ、拒否したら幻想郷は滅ぼすからね」

 フィリアはにこりと笑って、物騒なことをさらりと言う。
 元より、選択の余地がないことはわかっていた。

「わかったわ。その勝負、受けて立ってあげる」

 元より自分が制定した決闘ルール。相手はルール的には罠の仕掛けようはない。
 紫が勝った暁にフィリアがおとなしく言うことを聞くとは思えないが、紫もこの期に及んで『正々堂々』と勝負する気などない。

 隙あらば殺る覚悟でこの勝負に挑む。

「じゃ、ルール確認をするわ。お互いのスペルカード枚数は……ま、十枚としましょう。相手のスペルを全て攻略するか、相手が力尽きれば勝ち。それでOK?」

 ああ、やはり実に単純明快。そう頷く紫としても、異論をさしはさむ余地はない。

「OKよ、そこに美しささえあればね!!」

 その高らかな声と共に、紫はスペルカードを掲げる。

「!!」

 ――『二重黒死蝶』。

 至近距離から赤青二色の蝶々弾が弾け、フィリアを撃ち据える。
 たまらずに吹っ飛び、部屋に設置してあったテーブルに突っ込んで派手な破壊音を立てる。

「あらあら、始まったばかりでもうリタイアかしら?」

 速攻で不意打ちを決め、ふん、と挑発的に笑む紫の前に、ひらひらとスペルカードが落ちてくる。

――『ワールドクライシス』

 その縁起の悪い文字を認識した瞬間、紫の頭上から超弾速の光弾が雨あられと降り注いだ。

「なっ!?」

 見れば、天井からは大小さまざまな砲門が気持ち悪いほどにびっしりと配置されており、それらは次から次へと紫を狙い、光弾を射出してくる。
 弾幕の雨の降り注ぐ世界の終わりのような光景に、紫はそれを縫うように避けながら、鋭い目つきで壊れたテーブルのほうを見やる。

「なるほど、仕込みはそっちに満載ってワケね」
「なぁに、あなたに比べたらかわいいものでしょ? この琴蓮号は私の使い魔みたいなものだもの。何も問題はないわよねえ」

 言いながら、むくりと、傷一つないフィリアが立ち上がる。
 ここは琴蓮号内部。明らかに相手のための仕掛けが満載なフィールドだ。ならば、自分は自分のフィールドに行かせて貰おう。

「『八雲紫の神隠し』っ!」

 紫はおびただしい弾幕を置き土産に、自らはスキマを開いて亜空間へと入り込む。
 こと、『自分のフィールドを持つ』という点に関しては、八雲紫を越える人妖はいないだろう。どんな激しい攻撃でも、この場所までは届かない。
 もちろん、ルール上いつまでもここに隠れているわけには行かない。次の出現場所を決める。相手の死角をしっかりと見定めて……。

「『亜空間ワープ航法』」

 瞬間、紫の腹に思い切り巨大な光弾がヒットした。

「がえっ!?」

 完全に油断していたと言うほかはない。
 スキマは一旦閉めたのだ。何人たりともこの場所に立ち入ることなど出来はしないのだから。むしろ油断は当然。

「ふぅん、気味の悪い空間だねえ」

 そしてそれは当然の驚愕。見開かれた紫の目に映ったのは、確かに自らエネルギーをまとって、自分に突っ込んできたフィリア・ロートゥスそのものだった。

「馬鹿……な!?」
「びっくりした? 私があなたを観測した以上、あなたは私から逃れられないの」

 突っ込んだ後はくるくると回転しながら距離をとり、明後日の方向にレーザーを撃ち出す。
 その行く先に小さな空間の穴が開き、レーザーが吸い込まれ、また別の場所から出現する。そしてまたそれが吸い込まれ、別の場所から出現する。
 それを無数に繰り返し、一本のレーザーが一瞬にして複雑怪奇な軌跡を描き、紫を翻弄する。

 そして不意にその光は、八雲紫に矛先を向けた。

「くっ……!」

 辛くもかわした紫だが、その額の汗は見違えるほどに増加していた。

「……私のスキマと、遜色ない能力を……?」
「空間跳躍に関してだけなら、そうなんじゃない? 実際は色々な境界を操れるほど、使い勝手のいいものじゃないけど。ま、単なるワームホールだよ」

 謙遜するようなフィリアの言葉だが、十分以上に驚異的な言葉だった。

「琴蓮号で見た転送とは別物……! むしろこれは……」

 転送自体は、最初に琴蓮号を訪れた際に危険視はしていた。
 だが、据え付けられた装置の力で、使い勝手はよくないという予想を立てていた。だが、このスキマ内部という何の支援も得られない環境で、これだけのワームホールを制御して見せた。
 これは機械に備わった『機能』ではない。フィリア・ロートゥスの持つ『能力』なのだ。

「そう、これは私の能力。幻想郷風に言うなら、『時空を超える程度の能力』ってトコかな? その一端だよ。転送装置は私の能力を元に開発した、擬似的な再現装置。内部で移動する分には、楽だからいいんだけどね」
「『時空を超える程度の能力』……!?」
「そう、実は琴蓮号が時空移動船だってのはウソっぱちなんだよ。実際は私の能力で時間を跳んでたんだ。ごめんねー、ウソついて」

 そうしてべーっと舌を出しながら得意気にどうでもいいウソを告白する。だが、紫には解せない部分があった。

「おかしいわね。『時空を超える程度の能力』……それが本当だと言うのなら、私はとっくにやられているはず」

 時間をも超えるというのなら過去に向かって攻撃を放つことも当然可能なはず。ならばそれはノーモーションで放つ必殺の攻撃になるはずだ。

「避けれない攻撃していいんなら、するけど? でもそれじゃつまらないよね」
「む……」

 図らずも、ルール破りも辞さない覚悟が裏目に出て、変なところでボロが出る。
 一連のフィリアの行動が衝撃的過ぎて、冷静さを欠いていたのかもしれない。紫は気を引き締めた。

「まぁ、実際無理なんだけどね。時間移動はそれなりに大掛かりな準備が要るし、戦術的に使えるのは、この空間移動の象徴たる『ワームホール』だけだよ」

 そうして、フィリアは眼前にワームホールを展開しながらエネルギーをまとってそこに突っ込む。
 先ほどのレーザーのように、直線的ながら複雑怪奇な軌道を持って、フィリアは紫に迫った。

「ふぅん……ま、それはすごいけど……わざわざ自分のフィールドを捨ててまで得意気に私のフィールドに入り込んできたリスクくらいは、弁えていて欲しいものだわね!!」

 瞬間、紫は目の前にスキマを開き――その中からフィリアが飛び出してきた。

「!?」

 驚いた表情を浮かべたのはフィリア。
 自分のフィールドの中の出来事くらい、容易に把握できる。すばやく複雑怪奇な軌道に見えても、必ず飛び込む先にワームホールが開く以上、その軌道は直線的でまるわかりと言ってもいい。
 しかし通常なら早すぎて割り込むのは容易ではないが、ここはスキマの中。
 瞬時にワームホールにスキマを重ねて展開し、フィリアをスキマに飛び込ませる程度、簡単なことである。
 そして、見事に誘導されたフィリアに対し。

「『狂躁高速飛行物体』」

 スペルカードという表面だけの体しかない、容赦のない超高エネルギーの乱射を叩きつける。

「あぎっ!?」

 吹き飛ばされて次へ、吹き飛ばされて次へ。無限に弄ばれる破壊の輪舞。

「がっ!? あばっ!? おぐぅ!」

 スキマにまで入り込んでくるような危険な相手。この地の利と言う絶好の機会が与えられているうちに、倒しきる。

「とどめよ!」

 悲鳴を上げて悶えるフィリアに、容赦のない追撃を下す。最後には八方から来る、一点に絞った集中砲火。
 紫の妖力の限りを注ぎ込んだエネルギーに八方から押しつぶされ、鬼との綱引きをも実現して見せた強靭なボディが軋みを上げる。

「やめっ! があっ……あああああああああアアアアアアaaaaaaaaaa!!!!!!!!」

 大爆発。
 ノイズのような悲鳴を残して、フィリア・ロートゥスは爆炎の中に消えた。
 紫の元にも、ばらばらに砕けたフィリアのパーツが飛んでくる。結構外観の原形を残している部分もあって、あまり目に優しくない光景だった。

「やれやれ……なんとか倒せたようね」

 しばらく身構えながらフィリアの最期を見届けて、紫はふぅ、と一息つく。だが、安心するのはまだ早い。

「まだる~ことも出てきていない。……霊夢の方に行ったのかもしれないけど。ともかく動力室を破壊しないと」

 そうして、紫はスキマから琴蓮号内部に復帰する。
 瞬間。

「『SQLインジェクション』」

 とっさの結界防御を難なく貫通する一撃が、その背中に見舞われた。

「が……!」

 よろめきながら振り向くと、そこにはフィリア・ロートゥスがさも当然と言う顔で立っていた。

「すごいでしょ。どんな概念防壁も穴を見つけて突破しちゃう優れものだよ。結界管理システムのセキュリティ突破にも、同じ技術を使ったのよ~」
「なぜ……あなた……」
「なぜも何も、私はアンドロイドだよ。記憶のバックアップもあれば、予備の体だってい~っぱいある。さぁて、『力尽きる』のはどっちかな? 八雲、紫ぃ~!」

 フィリアの声と共に、視認できる琴蓮号内壁のいたるところが解放され、無数のフィリアがぞろぞろと姿を現した。

 愕然とする紫に、フィリア”たち”は、にこっと笑って宣言する。

「もう、あなたの隠し事は『解除』したわ。あの子の幸せを、祈ってあげて頂戴ね?」
 あらゆるフィリアからの、防御不可の一斉射撃が、紫を襲った。





『幻想郷の皆様! 毎度おなじみ、フィリア・ロートゥスでございます! 甚だ勝手ではございますが、私はこの度、横暴なる幻想郷の賢者、八雲紫に対して、クーデターを敢行することにいたしました! 既に幻想郷のあらゆる結界は私の手の内にあります! このクーデター成功の暁には、持てる技術を尽くした幻想郷の発展と、永久に飽きない娯楽を提供し続けることをここにお約束いたしましょう! どうか、このフィリア・ロートゥスに厚きご声援を賜りますよう!!」



 幻想郷全土に、いけしゃあしゃあとしたアナウンスが流れる。
 各地の反応としては、『思ったよりはフィリアの人気が高い』といったところだろうか。
 そもそも興味のない奴もいる。
 めったに姿を現さないし、胡散臭い印象しかない紫よりは、親しみやすいフィリアを歓迎する声も、思ったよりは少なくはない。

 だが、唐突なフィリアの行動に、『わけがわからないよ』『お前は何を言っているんだ』的な奴が大半ではあったし、古くから紫を知る者たちにとっては、いくら現在の『時の人』とはいえ、新参のフィリアが紫に取って代わるなど不可能であるし、フィリアの好き勝手が許されないのは明らかだった。

 ――ただ、彼女が本当に八雲紫を倒し得るならば、幻想郷は再び荒れることとなるだろう。



 そして、誰よりもその横暴を許せない、許してはいけないのは、異変解決のリーサルウェポン、博麗神社の巫女。

 ――博麗霊夢は、神社にて愕然と膝をついていた。

 結界が乗っ取られたと感じたときもショックだった。フィリアのアナウンスが流れたときははらわたが煮えくり返った。
 そしてその後、唐突に湧き上がった、記憶。
 今まで忘れていたその記憶に、霊夢は怒りを忘れ、ただ呆然と膝をついたのだ。

「紫……」

 そしてふと口をついて出るその名前。自分が何を口走ったか理解した霊夢は、再び憤慨の表情を浮かべた。

「紫、紫っ! あのクソバカ!!」

 そうして飛び出そうと身を翻し、その存在を確認したとき、霊夢は再び怒りを忘れる。


「お久しぶりです。ご主人様」


 夕凪7号。

「あ……あ……」

 いや、それはもう既に、そのような名では呼び表せない。
 少なくとも、博麗霊夢にとっては。

「る~……こと……留琴(るーこと)! あんた、留琴でしょ!?」
「はい。その通りです。ご主人様」

 留琴とは、音としての名前しか持たなかったる~ことに霊夢が考えてあげた、文字としての名前だった。
 思い出した。やっと思い出した。
 岡崎夢美から譲り受け、神社でしばし共に暮らしていた、メイドロボの名前を。
 八雲紫に封印された過去の記憶を。

「ありがとうございます、ご主人様。私を、私を思い出していただいて……」

 今まで感情が封印され、徹頭徹尾無表情だった留琴に、幸せそうな笑顔が浮かんでいた。そして、その目から、涙がこぼれる。

「な、何を言ってるのよ。むしろ忘れててごめん! 本当にごめん!!」

 霊夢は留琴に駆け寄りぎゅう、と抱きしめた。

「ご主人様……!」
「……ずいぶんと立派になったじゃない。掃除だって、昔は私が手伝ってあげないといけなかったのにね……」

 この前に留琴が神社を勝手に掃除したとき、その手腕は霊夢を唸らせるものだった。
 かつての留琴は、うれしそうに掃除をするものの、効率が悪くてついつい霊夢が手伝ってしまうのが常だったというのに。
 だからこそ、かわいい奴ではあったのだが。

「はい……私、ご主人様のお役に立てるように、なりましたよ」

 留琴も照れくさそうに応える。フィリアの技術によって色々と格段に性能の上がった留琴は、霊夢にとって久しぶりに成長した娘と会ったような、不思議な感覚がした。まぁまだ娘がどうとかいう年じゃないから、その例えが正しいのかどうかはわからないが。

「それにしても、なんだって夢子じゃなくて、私のところに帰ってきてくれたの? もともとのご主人様はあいつで、私といたのなんてそんなに長くなかったでしょ?」

 一旦身を離し、霊夢はふと気になったことを口にする。留琴には自分より前に仕えた主人がいた。

「夢美ですご主人様。夢美様は、確かに私の創造主で、最初のご主人様です。ですが、夢美様は天才科学者。あそこには、私の代わりはいくらでもいました」

 夢美は決して悪いご主人様ではなかった。だが、夢美には助手のちゆりもいたし、その気になればもっと高性能な留琴の後継機を作ることも出来ただろう。
 霊夢に譲ったことからもわかるように、留琴は決して、絶対に必要とされる存在ではなかった。

「だけど、ご主人様は。ご主人様は、こんな不出来な私でも、親身に使ってくださいました。あなた様の元で掃除をするのは、本当に幸せだったんです……。私のご主人様は、霊夢様以外にはおられませんよ」
「そ、そう? えへへ、ありがと」

 以前はいまいち知能が足りずに表現されることのなかったストレートな好意の言葉に、霊夢は照れくさそうに鼻をかく。
 だが、それゆえに、罪悪感も強く湧いた。
 かつての霊夢と留琴の生活は、そう長くは続かなかったのだ。

「本当、ごめんね留琴……あのとき私にもうちょっと力があれば、紫の記憶凍結なんか喰らわなかったのに……!」
「……八雲紫」

 留琴の表情に怒りのそれが滲む。
 そう、留琴を霊夢から引き離し、なおかつその記憶を封じたのは、八雲紫に相違ない。
 すべては異物を排除し、幻想郷を保護するために。

「紫め……ロボットくらいでそんな神経質になるか普通……!」
「私がロボットだから、という理由だけではありません……私の『動力』が原因です」

 ぽつりと留琴がつぶやいた。

「動力ですって? そういえばあなたが何の力で動いてるのか、ついぞわからなかったわね。結局なんだったのかしら」

 夜な夜な霊夢の生気を吸い取っているのではないかとか魔理沙が脅したりしていたが。

「『核融合』です」
「ん、核融合って言ったら、地底の地獄鴉が言ってた奴? 早苗たちも最近ご執心だったような」
「そうです。正直なところ、今の守矢の方々がされていることが児戯にも等しく見えるほどに完成された核融合エンジンを、当時の私は搭載していました。……それが、八雲紫に危険視されたのです。幻想郷を揺るがしかねない、不穏分子として……」
「!!」

 幻想郷に投じられた異世界のオーパーツ。
 それにより、幻想郷が望まぬ変容を起こすことを恐れた紫は、留琴を異世界に放逐したのである。

 ”神隠しの主犯”の二つ名通りに。

「……あの時の紫は本当に腐ってたわ。それにしても核融合ってことは、留琴。あなたがここに帰ってきたとき……」
「ええ、こうして私が帰ってきたその時には……この世界に平然と核融合の概念が存在していた」

 留琴は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「留琴……」

 核融合ゆえ自分は主人と引き離され、異世界をさまよう羽目になったと言うのに。現在の幻想郷の様子を見れば、もはや理不尽しか感じない。
 帰ってきた当時に感情プログラムが切られていなければ、こころの時以上に暴れていたかもしれなかった。

「留琴、あなたはこの復讐のために、帰ってきたの……?」
「いいえ、ご主人様。私はあなた様に会うために帰ってきた。八雲紫のことは恨んでいますが、一つだけ感謝していることもあります。異世界をさまよっていた私は、そこで今のマスター……フィリア・ロートゥス様と出会うことが出来たのですから」
「フィリア・ロートゥス……!」

 霊夢の顔が引き締まる。
 留琴との再会と記憶の復活の衝撃で、半ば忘れていた。
 フィリアは結界を乗っ取り、紫に対してクーデターを仕掛けている。現在進行形で史上最悪の異変の首謀者。

「留琴……あいつは一体、何者なの……?」

 博麗の巫女の顔になって、真剣に問う霊夢に、留琴は少しだけ、複雑な表情を見せる。
 留琴もまた、この異変の片棒を担いでいる存在に相違ないのだから。

「……彼女は、きっと遍く世界に唯一、八雲紫に取って代われる存在なのでしょう」
「なんですって?」

 留琴の返答に、霊夢はわけのわからないといった顔をする、それは一体どういう意味なのだろう。

「それどういうこと? そもそもアイツの目的って何? まさか留琴のためだけにやってるわけでもないでしょ?」
「はい」

 矢継ぎ早な霊夢の質問を制するように、留琴は静かに頷いて、そして答えた。

「この異変は、私だけの意志じゃない。これは、彼女自身の復讐なんです」





「っがっは……!」

 相当のダメージを追いながらも、紫はなんとかスキマを抜ける。
 あんな無限に湧いてくるような敵を殺しきるなど、できるわけがない。スペルカードが十枚終わるまで根競べできる気もしない。
 やはり、この琴蓮号自体を叩く他はない。

 そして、紫はついにやってきた。今度こそ邪魔されることなくやってきた。
 琴蓮号の『動力室』。
 薄暗い室内には、所狭しとサボテンエネルギー生産プラントが配置されている。サボテン農場こそ10フロアを使った大掛かりなものだが、使い魔の集めた情報によると動力生産の拠点はこの1フロアのみ。このプラントを壊しきれば、紫の勝利だ。

「あら……あれは」

 紫の視界に、『水鏡』が入った。
 使い魔が憑いていた形跡がある。恐らく、使い魔はこれを拠り代として使っていたのだ。
 もちろん、それはにとりが放った偵察機についていたものであり、本体はフィリアに処分されてしまった。だがくっついていた水鏡の部分は処分される前に、紫の使い魔が気配隠蔽のための拠り代に選んでいたのだ。

 紫は詳細な映像を受け取ることは出来なかったが、少しだけ、この使い魔の見ていたものが、琴蓮号の妨害を超えて本来の受信機を持つにとりの元へも届いていたかもしれない。
 そして使い魔にとって、ここが、最後にたどり着くべき場所だったのだ。一番重要なものが、ここにある。

 紫は急いで水鏡に接近し、そこに映りこんでいるものを見て、

 ――愕然とした。

「……え?」

 わなわなと震えながら、視線を上げると、確かにそれは、そこにある。

「あ……ああ……あああああああ……なんで、なんで、なんで……!?」

 そこに安置されていたのは、小さな石。
 釣り針とも鍵とも言い難い、不思議な形の、小さな石。

「なんで、これが……これは、あの子に……!」
「あれ、覚えててくれたんだ。あんたのことだから、きっと忘れてるかと思ってたよ」

 びくりと身を震わせ、盗みの見つかった子供のように、恐る恐ると、紫は振り返る。
 フィリア・ロートゥスが、笑んでいた。

「まさか、あなた……ッ」
「ああ、でもうれしいな。あんたにそういう顔をさせたってだけでも、もう満足かもしれないよ。ねえ、わかるでしょ? 八雲紫、いいえ……」



「マエリベリー・ハーン」


「蓮……子……ッ!?」



 その石は、確かに『伊弉諾物質』と呼ばれたもの。
 かつてイザナギプレートから持ち帰り、境界を見る力を、操る力に進化させるきっかけをくれたもの。幻想となる前に、相方の少女に遺した宝物。
 マエリベリー・ハーンという名前は、確かに八雲紫がかつてそう呼ばれていたもの。
 今はもう誰も知るもののない。きっと元の世界でも忘れ去られた名前。
 覚えているとすれば、たった一人。相方であった少女だけだろう。
 宇佐見蓮子、だけだろう。


「蓮子……なの……!?」

 文字通り、信じられないものを見るような表情が浮かぶ。それはそうだ。ありえない。なぜ彼女がこの場所にたどり着く。しかもこんなに変わり果てた姿で。そしてなぜ自分に襲い掛かってくるのだ。

「そうよメリー。びっくりした? お互い変わったよねぇ」

 だが、フィリアは――蓮子は、ころころと笑いながら、先ほどまで決闘にかこつけた殺し合いをしていたとは思えないほどに、しみじみと語りかける。
 信じられない。だがその口調や所作からは、確かにその面影が見えた。
 紫の記憶と完全に一致しているわけでもないそれは、逆に時の経過を感じさせる真実味として紫に受け止められる。
 それに、彼女の行動やその名前など、どこか小さく引っかかっていたことが全て、納得のいく符合として、紫の中で結びついた。結びついてしまった。

「どう、して? どうしてよ蓮子! どうしてこんなことになっているのよ!?」

 混乱し、ヒステリックに叫ぶ紫に、蓮子は優しげな声色で応えた。

「どうして? それは不思議な問いね、メリー。むしろ、この未来をどうして予想できなかったの? 私がここまで来られないとでも、思ってた?」

 はにかんだように、どこか誇らしく、清々しい笑顔で。

「でも、私は来たよ、メリー。あなたが捨てたもの、全部拾い集めて」

 蓮子は、その呪詛を口にする。


「あなたが私を捨てて作ったこの楽園に、私は来たんだ」




【如何にして彼女は相棒と袂を分かつに至ったか】





『おまたせ、メリー』

 黒髪の少女は手を振ってにこやかに、金髪の少女へと駆け寄っていく。

『ううん、私は待ってなんていないわよ。蓮子』

 金髪の少女は、穏やかに笑った。

『それにしても秘封倶楽部の活動も久しぶりね。ここんところ、課題やら何やらで立て込んでたから』
『そうね』
『それにしても、メリーから言い出すなんて珍しいわ。何か面白いことを見つけたの?』
『面白いこと、ではないけれど』

 少し言葉を詰まらせながら、金髪の少女は言う。

『たまに夢に現に見るような、あの不思議な世界のこと。あれが何なのか、私はわかってしまったの』
『そうなの? すごいじゃない』

 黒髪の少女ははしゃいだ。
 また一つ、夢が現に近づいたのだろうと。

『とりあえず蓮子、餞別にこれをあげるわ。私にはもう必要のないものだから』

 そうして金髪の少女が黒髪の少女に、釣り針とも鍵とも形容しがたい、不思議な石を手渡す。

『これは、メリーが大事にしていた伊弉諾物質じゃない。いいの? っていうか餞別って? 私は別に旅には出ないよ』
『私が出るのよ』

 金髪の少女がぴしゃりと言う。

『私はね、わかってしまったの。私は、あの世界を作らなければいけないのだわ』
『何を言っているの? メリー』

 金髪の少女の電波っぷりはいつものことだが、今度ばかりは何か常軌を逸しているように見えた。

『だから、私はそのために旅に出る。今日は、それを蓮子に伝えようと思って』
『よくわからないけど、それなら私も連れて行ってよ。あの世界が絡んでいるなら、私だってそれを見てみたい。何のための秘封倶楽部なのよ』

 黒髪の少女はいやな予感に苛まれ、金髪の少女に必死にくらいつく。

『だめよ蓮子。あなたはこっちに来てはダメ。あなたは十分引き返せるし、普通の幸せを追い求めることが出来るのよ。それはとてもうらやましいことだわ』
『メリー? どうしたの、メリー!』
『蓮子。マエリベリー・ハーンなんて人間は、きっと最初からいなかったのよ。だから、そんな夢物語は、早く忘れてしまいなさい。それじゃあ、さよなら。体に気をつけてね』
『メリー!!』

 黒髪の少女が一際大きく叫んだとき。
 既に金髪の少女は、この世のどこにも存在してなどいなかった。





「違う……」

 八雲紫は、弱々しく震える手を伸ばす。

「私はあなたを、捨ててなんか……いない。ただ、巻き込みたくなかった……だけ。日常のぬくもりを、失って欲しくなかった……だけ、なのに」
「あはは、そんなことわかってるよー、メリーは優しいもんねー♪」

 悲壮な紫の言葉に、蓮子は予想外にも朗らかに返した。

「だけど、だからこそ私は悔しかったんだよ」

 そして、底冷えするような声で継ぐ。

「だって、それが私にとって優しいことだと、あなたが思ってたってことだもの。メリーはいっつも全部わかってるような顔をして、ぜんぜん私のことをわかってくれてなかったんだ」

「蓮子……」

 笑顔を浮かべて、感情のない目で、蓮子は当時の気持ちをぶちまける。

「あなたはそうして、私を置いていってしまった。所詮私はメリーにとって、私はその程度の存在でしかなかったんだ。わかる? メリー。私はやっと、居場所を見つけられたと思ったのにさ。私はまたどこにもいられなくなった。あなたの優しさのおかげでね」

 その言葉は紫の心を深く苛む。かつての自分の選択の結果が、これなのか。

「もうあの世界のどこにも、あなたの痕跡は残っていやしなかった。大学の学生も教授も誰も覚えてないし、名簿にすらない。あなたの手がかりを探し続ける私はやがて、病気だと判断されて、サナトリウムにぶち込まれたわ。その中での心の支えは、あなたが幻想じゃなかったと証明してくれるものは、この伊弉諾物質ただ一つだったぁ!」

 かつてメリーと呼ばれた頃の紫が、蓮子への未練から遺した唯一つの絆。
 伊弉諾物質とは一種の増幅器であった。それを得た日から、メリーの能力は日増しに増大し、やがて存在が幻想に寄るようになってしまった。
 そして、結界を見るだけではなく操れるようになった時、メリーは自分が溶けた幻想の中で、自分のすべきことを悟った。
 そして、伊弉諾物質はその役目を終え、ただの石に戻ったはずだった。
 だから、蓮子に渡した。
 今まで蓮子と共にあった、マエリベリー・ハーンという存在の象徴として、きっとふさわしかっただろうと思ったから。

 だが。

「私はもう、祈り、願うことくらいしか残されていなかった。だから、毎日毎日、この石に祈りを捧げたわ。没収されないようにこっそりと、だけど。でも、伊弉諾物質は私の願いに、少しだけ応えてくれたの」

 蓮子の病的なまでの想念を延々と注ぎ込まれ続けた伊弉諾物質は、増幅器としての機能を、回復してしまったのだ。
 そうして今度は、蓮子の力が増大し始めた。蓮子の、限定的だった『時間と場所を把握する能力』が、より完璧になっていった。

「いつかメリーは私のことを、『この世界の仕掛けが全て見えている』って言ってくれたけど、それが本当に見えるようになってきたのよ」

 やがて蓮子の目は『時間と空間を観測する能力』になり、物を見ると、その歴史や仕掛けがわかるようになっていった。
 そして、それが極致に達した時。
 蓮子は、時間と空間の果てを。そして、更にその先を見ることが出来るようになった。

「私が次に気がついたときには、見知らぬ異世界にいたわ」

 メリーが境界を正確に観測することで、境界を操る力へと昇華したように。
 蓮子は時間と空間を正確に観測することで、時空を超える力へと昇華したのだ。

 そして、彼女は時空を超えた。

「でもそこにメリーはいなかった。そこはね、あらゆる文明の墓場みたいな場所。栄華の残骸がそこかしこに放置されながら、誰も何も手を伸ばさずに、ただただ無為に過ごして大破局(ビッグクランチ)を待ち焦がれるような、退廃的な世界」

 しかし、その発動は所詮、暴発。
 蓮子は求める場所とはかけ離れた世界に、着地してしまった。
 メリーが境界を越えて『全ての始まる過去の世界』に渡って幻想郷を作り上げたのに対し、蓮子は『全ての終わった未来の世界』という正反対の場所に跳んでしまったのだ。

「その時は自分の能力の発動条件がよくわかってなかったし、混乱しながらも、しばらくそこで暮らしてた。でも、さほど苦労はしなかったよ。私には世界の仕掛けが見えていたから」

 最初は盗みもした。商店や倉庫の時間を読めば、どのタイミングで入れば安全なのか容易にわかったし、そのうち、空間把握によってワームホールを開いて好きに移動できることに気づいて、もっと好き放題にできた。
 それに、活用する技術が失われてそこかしこに大量に投棄された機械たちの仕掛けが、蓮子には見えていた。そうして、それを復活させて利用したり、売却したりするようになった。

「あ、そうそう。その世界では『蓮子』なんて名前は悪目立ちしかしなかったから、思い切って名前を変えたんだ。Filia(子) Lotus(蓮)ってね。単純だけど、悪くないでしょ?」

 そうして、その世界で、宇佐見蓮子はフィリア・ロートゥスを名乗るようになった。
 紫も初めてその名を聞いたとき、まったく引っかからないわけではなかったが、さすがにありえなさ過ぎてあまり気に留めなかった。
 だが、現実はそのまさかだったのだ。

「とにかく生き抜いてその世界を脱出する。その一心で機械いじりを続けるうちに、どんどん機械知識がついていったわ。しかも超未来のだからね。世界が変わるよ、本当に。そうして、よくわからんうちにいっぱしの技術者になってしまった頃、私はあの子と出会ったの。捨てられていたお人形さんとね」
「る~ことの、こと?」
「うん、ぜんぜん違うよ」

 紫も半ば違うだろうとは予想していたが、蓮子はいい笑顔で否定する。

「その子はその世界で捨てられていた機械人形。そうね。今で言うなら『夕凪1号』と呼ばれるべき機体ね。今の私の立脚点になってる子。そして、この私そのものでもあるわ」

 そうして蓮子は自分自身を指差す。

「このボディはね、元々その子のものだったのよ。とはいってもさっきと今のこれは、量産したレプリカ体だけどね」

 瓦礫の山の中で掘り当てた、原形をとどめたまま捨てられた機械人形。
 もう、とうに機能を停止し、復活させることも出来なかったが、物質が辿ってきた時間を読める蓮子は、その機械人形が辿った運命を知った。

「言葉にしてしまえばなんでもない話よ。運命的に出会って、力の限りに尽くして、落ち度もないのに、壊れてもいないのに、捨てられてしまった。主人は何の気なしに買い換えただけ。その子は勝手に、自分が信頼されていると思い込んでいただけ」

 ただの道具に愛着を持つ人間もいれば、使い捨てることに違和感のない人間もいる。
 ただそれだけのこと。
 その世界にはかつて心を持つ道具があって、そしてそれが道具であることが、当たり前であっただけのこと。

「たったそれだけのことよ。メリー。たったそれだけのことで、私は涙が止まらなかった。私はその子に『夕凪』と名づけて持って帰ったの。波乱に満ちた昼を越えて、せめて夕には穏やかであるように」

 それが最初に夕凪と呼ばれた機体。
 夕凪1号と蓮子との出会いだった。
 結局、夕凪を再起動させることは出来なかったけど、下手に再起動させて、また心を持つ道具として『生まれ』させてしまうのも、忍びなかった。

「そうして私は夕凪から、アンドロイドの技術を貰った。ふーちゃん……2号と出会ったのはそんな折。その子も捨てられたアンドロイドだったけど、まだ生きてた。でもね、その子は私に願ったんだ。自分の感情機構を停止させて、何も考えないロボットにして欲しいってね」

 きっとそんな願いは、歪んだ物だ。
 歪んだこの世界の産物だ。
 そうして、2号は悲痛に願った。道具として心を持つことがこんなに悲しいならば、心などいらないと。

「私はふーちゃんの感情機構を停止させて、私の助手として使ったの。そして、その次だよ。さんちゃんとの出会いが、私の運命を大きく変えた」

 夕凪3号。琴蓮号の門番を務め、対外的にも一番顔の知られているであろう機体。

「彼女は、別に捨てられたわけじゃない。……いや、もしかしたら体のいい厄介払いだったのかもしれないけど。ともかく、不慮の事故で迷子になっちゃっただけなの。それにしてもすごいのよ。時空を超えて迷子になったって言うんだから」

 3号は主人から途方もない『おつかい』を言い付かり、それを探しているうちに時空の壁をも何度も突破してしまったという、わけのわからない機体だった。
 そうして、蓮子がいた世界でついに力尽きた彼女は、蓮子に回収され、改修される事になる。
 だが、蓮子と同じく時空を超えたというその経歴は、蓮子の能力理解に多大な影響を及ぼしたのだ。

「結局さんちゃんの時空移動は、空間跳躍機能とその場の環境が合わさった偶然の誤作動みたいなものだったけど、それでもわかったことがあった。時空間を狙って飛ぶには、跳躍先のかなり正確なイメージが必要だって」

 それは空間移動における座標指定の要領に似ている。蓮子もワームホールを開けるようになってから、自然と頭の中で意識できるようになっていたことであった。
 この世界に跳んできたのは、当時の蓮子の頭の中を渦巻いていた、退廃的なイメージの極致だったからでもあったのだろう。

 ちなみに3号も、がんばれば元の世界に帰れないこともなかったのだ。だが、時空移動自体が偶発的であった上に、まずおつかいを果たすことが第一目標であり、それを果たさずに帰るという発想がなかったのである。
 そうして結局力尽きた際に記憶チップに若干の障害が生じ、故郷を完全にイメージすることが難しくなってしまったのだ。

「ともかく、時空を越えるには、明確なイメージを見通さなければならない。でもそれはちょっと、人間の私には難しいことだった」

 空間座標程度ならばすぐに見通してイメージにできるものの、時空の壁を越えた先を見るとなると、かなりの力を集めなければならない。
 それは、人間の体や寿命では、到底無理なことだったのだ。

「研究を進めて、私の自分の能力の一部を、一時的にふーちゃんやさんちゃんに貸与することが出来るようになったわ。それで決心したの。私の意識を夕凪のボディに移植して、自らアンドロイドとして生まれ変わることをね。それに、さんちゃんから『サボテンエネルギー』っていうスゴイエネルギーシステムを貰うことができたし」

 3号の元々の開発者が開発したエネルギーシステム、サボテンエネルギー。
 サボテンから抽出される植物由来のものでありながら、その能力は原子力をも凌駕すると言う恐るべきエネルギー。
 それを再現することによって2号もパワーアップを遂げることが出来たし、夕凪も上手く改修できた。
 夕凪に蓮子の意識を移すまで行くにはそれなりの時間がかかったが、それでもきっちりと成功した。
 そうした蓮子自身の成果もさることながら、3号の存在は元の世界や今の世界だけではなく、無数の平行世界の存在を実証するものだった。
 アンドロイド、フィリア・ロートゥスとして真に生まれ変わった蓮子は、サボテンエネルギーの力で、時空の壁を越えてイメージを見ることが出来るようになった。

「メリーはこんな光景を見てたのかなって、あの時は思ってた。でも、やっぱりメリーがどこに行ったのかはわからない。このボディの出力を以ってしても、その世界にとって近場の世界しか見られないから、きっとかなり遠くの世界に行っちゃったんだろうなと思ったわ」

 サボテンエネルギーを利用したといっても、それなりに時空視の準備には時間がかかるし、結局時空越えをした後は、かなりの冷却・充填期間をおかなければいけないこともわかってきた。

「だから仕方ない。見えないなら、見えるところまで移動し続けるしかない。私たちは飛んだ先で困らないように、強固な移動型の拠点を作る必要があった。そうしてジャンクパーツをとにかく拾い集めて、この琴蓮号の基礎を作り上げたのよ」

 現在の琴蓮号と比べると、それはこじんまりとしたものだったが。
 居住スペースや研究・生産。サボテンの栽培など、ともかく自給自足を出来るだけの拠点を作り上げるのは、それなりに骨だった。

「そうして私はやっと『時空の旅人』になったの。『探し物を探して』ね」

 メリーを探して、蓮子の当て所もない旅は始まった。
 だが、蓮子にはきっと上手くいくという確信めいたものがあった。
 メリーはきっと、あの世界を作るために過去に飛んだのだろう。メリーは過去からあの世界を目指す。自分は未来からあの世界を目指す。

 正反対を辿っていけば、きっといつかは会えるはず。

「長い旅だったよ。正味、単純な経過年月でいったら私、今のメリーよりかるく十倍以上は年食ってるよ。まぁ、実際はほとんどスリープしてたんだけどさ」

 暇つぶしに寝て起きてを繰り返して、たどり着いた世界の行く末を見守る旅人。

 大体においては退廃的な筋書きにうんざりとしながら、技術を盗み、琴蓮号を増築し、そして新たな仲間を迎えていった。

「しーちゃん、ごーちゃん、むーちゃんも、旅の中で出会ったアンドロイドたち。そしてね、気の遠くなる時間の果てに、私はついに、ななちゃんと出会ったのよ」

 夕凪7号。
 岡崎夢美によって作られ、博麗霊夢に譲られ、そうして八雲紫に放逐された、『る~こと』と呼ばれたアンドロイド。
 色濃い幻想郷の記憶と、八雲紫=マエリベリー・ハーンへの恨みを持った、最高の道しるべ。

 ――もっとも、記憶が限定的過ぎたことと、博麗大結界の存在ゆえに、まだしばらくは遠回りを強いられることにはなったのだが。

「本当にあのときのななちゃんは、何がなんだかわからない顔をしてたね。きっと今までの子達と同じような目にあったんだって、ななちゃんの時間を読んで、私はついにあんたを見つけた。私は狂喜して、そして――憤慨したわ」

 当て所もない旅の中、ついにつかんだメリーの『その後』。
 だが、やっと見つけたメリーは。
 歪み、変わり果てていた。

「自分の作った世界のために、ななちゃんだけでなく、色んなものをスキマの彼方に消し去ったあなたには、ね」
「……その時のことはっ……申し開きの、仕様がないわ……」

 平穏な生活を送って欲しいと思って置いてきた蓮子が、結果として自分よりもよほど滅茶苦茶な人生を歩んできたこと。
 幻想郷のためと思って放逐したる~ことが、彼女の元で拾われていたこと。
 そうして、自分が良かれと思ってしたその全ての結果がこれ。

 自分を探してきた蓮子によって幻想郷を存亡の危機にまで追い込まれ、軽蔑の視線をもって糾弾の言葉を投げかけられていること。
 紫は立て続けのショックに、苦しげに息を吐く。
 妖怪とは精神的な存在。あるいは先ほどまでの激闘よりも深刻なダメージを、紫は負っていた。

「悪かったと思っている……許して、ちょうだい……」
 膝をついて、紫は項垂れる。幻想郷の賢者とは思えぬ、弱々しい姿だった。

「あははは! 謝って済めば、誰も苦労しないよね」

 だが、蓮子は非情に追撃をやめなかった。

「ねえメリー。ここに来たとき、私は探し物を忘れちゃったって言ったけど、あれは半分は嘘じゃないのよ。あなたを探してることはしっかりと覚えてたけど、探してどうしたいのかを忘れちゃっていたの」

 メリーを探す。メリーに会いたい。
 その一心で悠久の時を彷徨ううちに、なぜそう思ったのかという根本的なところを、メモリの果てになくしてしまった。

「抱きしめたかったのかな? 文句を言いたかったのかな? 殴ってやりたかったのかな? 認めて欲しかったのかな? 驚かせたかったのかな? 勝負したかったのかな? それとも全部かな?」

 夕凪7号に出会い、幻想郷へと向かう準備が整ったその時。
 蓮子はその肝心なところを忘れている自分に気づいた。

「でもさ、もしも昔みたいに、二人で不思議なことを探したかったのなら、悲しいことだよね。もうお互い、嫌と言うほど見てきただろうし。……でもね、もうそういう心配をすることはないわね。もう私たちが、共に歩くことはないのだから!!」

 ぽっかりと空いていた自分の心に、灯った行動原理は一つ。

「そうよ、全部全部っぶちまけてやる!! これは復讐! これは制裁! そこにやり場のない八つ当たりを加えたっていいわ!」

 果てしない探求の果てに積もり積もった感情は、変わり果てた探し人を見た瞬間に、全て怒りとして発露したのだ。
 そうして、ここに来て。

「否定してやる! 今まであらゆるものを捨て続けたあんたの全てを! 捨てられた者の全てとして!」

 激情が、爆発した。


「さぁ、目を覚ましなさい! 夢は現実に変わるもの! あんたの夢を終わらせて、綺麗さっぱり現実に戻してやるよ! メリーーーーーッ!!!」


 蓮子もまた、長い時間の果てに、少しずつ歪んでいたのだ。
 感情と共に鬱屈した暗い思いが、る~ことの一件によって溢れ出した。感情は怒りに、思いは憎しみになって。

「蓮……子っ……!」

 正反対でよく似た二人の少女は、この終着点、幻想の集まる地で向かい合う。

「あはは、安心してよメリー! あなたの決闘を投げ出したりしないわ! そうしてこの戦いが終わったとき、全てが始まるのよ!」

 ――『幻想パラダイムシフト』

 全ての認識を、価値を、世界を覆すべく。
 弾幕の嵐が、紫を襲う。





「っ、紫……!」
「動かないでください、ご主人様!」

 博麗神社。
 異変に動こうとする霊夢を、留琴が押しとどめていた。

「きっとその、フィリアが紫と対を成すような存在だってのは、事実なんでしょうよ。でも、だからこそ私は行かなきゃいけないわ。行かせて頂戴、留琴!」
「申し訳ありません、ご主人様。それだけはできません」

 記憶と時空を超えて、ようやく再会できた主従。
 だが、その立場は大きく隔たってしまった。片や異変解決を使命とする巫女。片や、その異変の主犯格なのだ。

「大丈夫です。幻想郷はなくなりません。八雲紫も……死ぬことはないでしょう。ただ、八雲紫が倒れ、フィリア様がその後を継ぐというだけのことです。紫と対を成すフィリア様ならば、その代わりは十分務まります」

 留琴は必死にフィリアの無害さを訴える。
 実際、フィリアや留琴の目的はただ八雲紫の撃破のみ。幻想郷そのものに危害を加える気はない。
 留琴は元より、フィリアも決闘三昧を通じて、幻想郷のことは気に入っているのだ。

「無理よ留琴。ここは人間と妖怪の楽園よ。人間でも妖怪でもないフィリアに、幻想郷は纏められない」

 フィリアはアンドロイド。
 それだけで軽んじる妖怪も少なくないだろうし、彼女の推し進めた決闘法の乱造もまた悪影響を残す可能性を秘めている。
 何より、いくらフィリアが紫と対を成すと言っても、この世界は紫が作ったものだ。
 彼女の偏執的なまでの幻想郷への愛は、さすがにフィリアには望めるものではない。

「……ご主人様。私はこの異変の間は、まだマスターに仕える道具なのです」
「そう……私が行くなら、あなたと戦わなければいけないってことね」
「いやです、私は……やっと、やっと会えたのに、戦わなければいけないなんて!」

 真剣な目を向ける霊夢に、留琴はうろたえ、悲壮な表情を浮かべた。

「やめてください……私をご主人様に楯突かせないで下さいっ!」

 勝手な理屈ではある――が、それでも留琴は勝手にならざるを得なかった。悲しくも、心を持つ道具であるがゆえに。

「……私だって、あんたとやり合いたくはないわ」

 霊夢は口をへの字に曲げて、歯がゆい気持ちを吐く。
 大事な相手に手を出したくはない。だけど、そうしなければ使命が果たせない。
 ジレンマが二人をしばしその場に縫い付ける。が、それでいいとは、巫女の感が言っていない。

「――留琴。あんたどこまで、譲歩できる?」

 博麗の巫女が、交渉を始めた。





「まったく、何なんだぜこの騒ぎは」

 薄暗い曇天の空の下、霧雨魔理沙は自宅から這いずり出て箒に乗り、琴蓮号へと向かっていた。
 フィリアの謎の演説に首をかしげながらも、確かに今の幻想郷の雰囲気が何かおかしいことはわかる。

『魔理沙さん、魔理沙さん』

 そこで、魔理沙の頭の中に響く声。魔法使い同士の念話だ。

「ん、白蓮か? 何なんだこんな時に」

 声の主は、命蓮寺の住職、聖白蓮のものだった。

『こんな時だからこそです。琴蓮号は魔法の森にあるのでしょう。そちらの様子はどうなのですか?』
「別になんともなっていないぜ。ただいつも以上に気味の悪い感じはするが」

 白蓮も、フィリアの宣言に驚いて連絡を取ってきたのだ。

「お前はフィリアを止める気なのか? それとも助ける気なのか?」
『もちろん止めます。元々数日前にこころちゃん達から、フィリアさん達と紫さんになにやら因縁がありそうという相談は受けていたのですが……事前に手が打てずにこのざまです。……魔理沙さんは、どちらなのですか?』
「うーん、正直フィリアのことは紫より嫌いじゃなかったんだがな。まぁ、こうなった以上はとりあえず止めるさ」
『わかりました。ともかく私も今から琴蓮号に向かいますが、何か他に向かうべき場所がありそうならば、また連絡を下さい』
「わかったぜ」

 白蓮との通信を終える。そのうち白蓮が加勢に来てくれると言うのはありがたいといえばありがたいが、さて、それまでにどうなっていることやら。
 そうこうしているうちに琴蓮号に近づいたが、魔理沙はふと何かを感じて地面に降り立つ。そうして、しばらくあたりを観察した後、にわかにマジックミサイルを放った。
 だが、それは虚空に『着弾』する。

「うおっと、やっぱ何か結界めいたものがありやがるな。琴蓮号のバリヤーか? それとも結界を支配下に置いたってのはハッタリじゃないのか?」
「はいー、ハッタリじゃないんですよぉそれがぁ」

 突如、鉄の塊が飛来して、魔理沙の目の前に着弾する。

「おわっと!?」

 とっさに飛び退る目の前で、鉄塊は砲門を突き出しながら前方の装甲を開く。

「どうもー、お久しぶりですねえ、魔法使いさん。えーと、いつぶりでしたっけ?」

 そこには、やたら能天気な顔をした赤髪のメイドロボ――夕凪3号の姿があった。

「あるぇ? お前そんなキャラだったっけか?」

 魔理沙は首をかしげる。
 こいつは琴蓮号の門番……というか、あそこのメイドロボは皆かなりの無愛想だったはずだが。

「昔からこんなキャラですよ? 忘れちゃったんですかぁ?」
「昔を語れるほど長い付き合いじゃないと思うんだが、私ら」

 3号の言動に奇妙な感覚を覚えながら、魔理沙は苦笑する。

「とにかく、ここに入りたい、というのならば勝負ですね! 昔は私の勝ちだったんですから、今度も勝たせてもらいますよ!」
「なんだと!? お前が私に勝っただと!? いつの話だ!?」

 3号の口から飛び出した衝撃の発言に、魔理沙は憤慨する。
 知らないうちに負けたことにされてしまったのでは残念極まりない。

「えーと、あれは確か、360000……いや、14000年前でしたっけ? ああ、もしかしたら魔法使いさんにとっては、明日の出来事なのかもしれませんね」
「何をわけのわからないことを……なーんか引っかかるような気もするがな……」

 記憶のどこかにあるような気もしたが、まぁ、頭が痛くなりそうなので深くは考えるまい、と魔理沙は思った。

「ま、そんなんどーでもいいぜ。ともかく、お前が私に勝ったんだっつうのなら、今度は私が勝つだけの話だぜ。……とはいえ」

 ちらりと魔理沙は3号の装備を見やる。魔理沙は知る由もないが、本気のにとりや里香を撃退した装備。それを知らなくても、見るからに強そうだった。

「ちぃっとばっかし、きびしぃ戦いになりそうだなぁ」
「つべこべいわんと、行きますよ!」
「おっと、撃つと動くぜ! 私がな!」

 琴蓮号に程近い魔法の森の開けた場所で、霧雨魔理沙と夕凪3号の戦いが始まった。





「さて、とりあえず魔理沙さんには連絡を取りましたが……ともかく私たちも急ぎましょう」
「はーい!」

 聖白蓮は、こころと小傘と蛮奇を引率して、琴蓮号へ向かっていた。
 命蓮寺の他のメンバーには、人里の安全を任せてある。
 とはいえ、白蓮たちも進行方向にあるので、人里は通過するのだが……。
 そうして人里に差し掛かったところ。

「皆さん、フィリアさんはいい人ですよー! 何せこんなにすばらしいゲームセンターを作るのですから。きっとまた素晴らしいロマンを追求してくれるに違いありません!」

 何か、民衆を扇動する残念な風祝がいた。

「どっせい!」
「にゃむー!?」

 聖の膝蹴りが早苗にヒット! 早苗は息絶えた。

「悪は滅びました……さぁ、先を急ぎましょう」
「「はーい!」」
「何するんですかァ! 本当に死んだかと思いましたよ!!」

 早苗は息を吹き返した!

「何って、あなたこそ何をやっているんですか」

 ぷりぷりと怒る早苗に、白蓮は冷静に問いかける。

「えーと、支持政党への応援と言いますか、その」

 白蓮の質問に、早苗は手元や口元をもにょもにょさせながら答える。

「今起こっていることは選挙じゃありませんよ。諍いであり、異変なのです。仮に選挙であるにしても、今ここにあるのは一方的な主張だけ。真実は我々の眼で確かめなければいけません」
「ぐ、ぐう……」

 ぐうの音くらいは出た。

「こんなところで余計なことをしている暇があったら、私達と一緒に来なさい。琴蓮号に向かいます」
「えっ、琴蓮号行くんですか。行きます行きます」
「……」

 若干不安になりながらも、白蓮は早苗を回収し、琴蓮号へと向かう。





「ったく、出力が足りんなあ!」

 再び魔理沙VS3号戦。
 魔理沙は箒に乗り、機動力を活かして3号の射撃をかわすが、こちらの攻撃がこたえている様子がない。
 マスタースパークを三発は撃ち込んだが、決定的なダメージには至っていないように見えた。

「あはは、魔法使いさん、だいぶ戦法が変わりましたねえ」
「うっせえ、お前もそいつ外して勝負しろよ! 男なら拳一つで勝負せんかい!」
「男じゃないですよ!? もう、怒りました!」

 3号は外装甲からハート型のビットオプションをばら撒き、それが更にジェット噴射のように弾幕をばら撒きながら、あたりを旋回し始める。

「うおっとっとっと、こいつはきついぜ」

 決定打が出せない以上、かつてのにとりと同じように、魔理沙は回避に集中せざるを得ない……が。

『オプションを叩き落しなさい。出来るだけ多くね』

 脳裏に響いた言葉に、魔理沙は反射的に従った。

「いっけええええええ! 『ノンディレクショナルレーザー』!」

 魔理沙は五色のビットを展開し、それらは位置取りを回転させながらレーザーを発射。暴れるようなその軌道は、目論見どおりに3号のオプションをあらかた撃墜する。

「よっし、本体にはダメージを与えられないが、オプション程度なら行けたぜ!」
『よくやったわ。褒めてあげる』

 再び脳裏に響いた声と共に、魔理沙の脇を何かがかすめ、3号めがけて飛んでいく。

「おおう、なんですか?」

 3号の目の前でびたぁ、と止まったそれは、双剣を持った人形。
 可愛らしいそれに3号がきょとんと首をかしげるうちに、人形はぐんぐんとその体積を肥大化させていく。

「やりなさい、『ゴリアテ人形』」
「お、おおおおおおお!?」

 3号が見上げる間に、それは巨大な質量となって彼女を睥睨する。

「み、見越し入道見越したぞ、ですっけ!?」
「残念、それは見越し入道じゃないわ」

 そうして、間髪いれずにその双剣が3号に叩き込まれた。

「やれやれ、助かったぜアリス」

 魔理沙は、先ほど念話を送ってきた相手、今は自分の隣に立つアリス・マーガトロイドにひとまず礼を言う。

「礼には及ばないわ。……まったく、フィリアめ。危なっかしい奴だとは思っていたけど、こんな痛々しいことをおっぱじめるとまでは思ってなかったわ」

 アリスはゴリアテ人形に滅多打ちにされる3号を見やりながら、ため息をついた。
 何だかんだで、アリスはフィリアのことは高く評価していた。彼女の理念が行き着く先を見たいとも思った。
 しかしこれは、あの時ロボットの悲哀を寂しげに語った彼女が、本当にやりたかったことなのだろうか。

「緊急脱出です!! 『メテオリックブラスト』!!」

 そうこうしているうちに、上空にビットでも放っていたのか、天から降る星型弾がゴリアテに直撃。ゴリアテが少し怯んだ隙に、夕凪3号が外部装甲を脱ぎ捨てて、ゴリアテ人形の攻撃から逃れる。
 魔術的な強化を施した圧倒的質量の攻撃の前には、さしもの3号の装甲も限界だったようだ。レベルを上げて強化した物理で殴るのは、実際のところ大体効果的ではある。
 星型弾を撒き散らしながら、箒型の飛行機械に乗って、夕凪3号は上空へと舞い上がる。

「なんだ、私の真似か?」
「別に真似したわけじゃないですよーだ!」

 魔理沙の軽口にあかんべーで答える3号。二つのオプションを従えて、先ほどのように弾幕を噴射させて飛ばしながら、本体もまたおびただしい数の星型弾やリング弾を魔理沙たちに発射し続ける。

「なんだ、機動力が増えて攻撃自体は強力になったな。だが!」
「行くわよ、魔理沙」

『スーサイドパクト』『オーレリーズソーラーシステム』

 魔理沙とアリスは息を合わせて、その技を同時に発動する。

「はわっ!?」

 あたりに爆弾と化した人形がばら撒かれ、更にそれを縫うように魔理沙の放った魔力弾オプションが追撃してくる。

「む、むうう! なんの! 私は弾がかすればかするほど、パワーアップするのですよー!」

 3号はよくわからないことを言いながら気合でそれを避け続け、そしてついにその溜まったエネルギーを解放した。

「『スターダスト・イクスティンクション』!!」

 力の限り四方八方に星型弾を放射し、人形やオプションを一掃し、押し流していく。
 だが、それは魔理沙の思う壺。
 最大の大技の後に必ず生じる隙に、彼女は突貫する。

「そこまでだ夕凪3号! 『ブレイジングスター』ーーーーーッ!!」
「ぐ、ぐあーッ!?」

 魔理沙自身が巨大なエネルギーを纏って突進する技、ブレイジングスター。『撃つと動く』の言葉通りに放たれたそれを、ついに3号は避けることかなわず。
 ついに彼女は魔理沙の体当たりに捉えられたのだ。

「はわわ~、奇麗な小鳥がヒヨヒヨヒヨ……」
「夕凪3号。その様子だと、感情プログラムの抑制は解けているようね」
「はう」

 墜落した3号に対して、アリスはゴリアテに剣を突きつけさせた。

「一つ答えなさい。あなたはなぜ、フィリア・ロートゥスのために戦う? 救ってくれた恩義に報いるため?」

 3号はしばらくアリスの目を見返しつつも、ふっと力を抜いて、その問いに答える。

「……そうですねえ。それもありますし、フィリアさんとはお互いに『望む世界へ行く』ための協力関係でした。でも、それはフィリアさんが先に自分の望む世界に来たことでもうご破算なんですけどねえ」
「望む世界? フィリアは事故などでなく、望んでこの世界に来たということ?」
「そうですよ。フィリアさんの会いたい人は、ここにいたんですから」

 3号の答えに、アリスはフィリアの不自然さの理由が、若干理解できた気がした。あいつを考えるには、まず前提が間違っていたわけだ。

「……なるほどね。さて、もう一つ質問。あなたたちは嫌なことがあったから感情抑制をしていたんでしょう? それが解けたことに関しては、どういう感想なのかしら?」
「悪い気分じゃありませんよぉ。だいぶ気持ちの整理もついてますし、何より、世界を奇麗だと感じられるんですから、それだけで生まれてきた甲斐があるってものですよぉ」
「……」

 アリスは3号の返答を若干意外に感じる。
 この夕凪3号と言う個体が特徴的なのか、それとも。
 そこまで考えたところで、アリスはとあることに気がついた。

「さて、おしゃべりはこれまでです。私もまだやらなきゃいけないことがありますのでぇ。――『能力貸与を要請』」
「!」

 地面に空間の穴――ワームホールが開く。
 アリスの抑止よりも早く、3号はその穴に吸い込まれ、そうしてすぐにその穴は閉じた。

「やられたわね」
「逃げられちまったか。まぁ仕方ねえな。……ところで、何を話し込んでたんだぜ?」

 降りてきた魔理沙がアリスに尋ねる。

「まぁ、ちょっとね。それよりもあいつ、半分付喪神化してたわ」
「む、そうなのか」

 アリスは3号から感じた違和感を断定した。あいつはもう既に、ただの機械人形ではなくなっている。

「私もついさっき感じ取っただけだけど、元々自分の意思を持つ機械人形が、幻想郷の妖気に当てられた結果かしら。だからこそ、新たな道が開けたのかも」

 未来と過去の概念が出会い、新しい今が生まれる。
 3号はだからこそ、生まれた甲斐などというものを感じ取れたのではないだろうか。

「よくわからんが、ともかくここに結界みたいなものがある。なんとか破りたいんだが」
「……じゃあ、全力で押し通るしかないでしょう」

 そう言って、アリスは一枚のカードをちらつかせる。

「おっ、そうだな」

 魔理沙も笑って、自分のカードを取り出した。

『実りやすいマスタースパーク』
『レベルティターニア』

 二人の強力なレーザー攻撃がバリアを揺るがし、それがわずかに貫通した。

「よし、ちょっとだけだが穴が開いたぞ! ってうわ!」

 そうして喜ぶ魔理沙の前を何者かが横切る。
 そうしてその影は、ものすごい勢いで二人の開けた穴の中に飛び込んでいった。

「あいつは……」

 その姿は、九尾の狐。





『幻想パラダイムシフト』

 蓮子の放ったそれは、価値観の駆逐を象徴する弾幕。
 安全な方向だと認識した場所へ動けば全てが裏返り、自ら死地へと飛び込んでゆくことになる。
 常なる八雲紫ならば、冷静に対処できただろう。
 だがいかんせん、宇佐見蓮子が襲ってきているという事実が紫の精神へとダメージを与え、妖怪としての存在を憔悴させていた。

 だが、終われない。
 まだ蓮子に対して、語らねばならない弁明がある。ここで敗北するわけには行かない。

「誰か……!」

 紫が無意識に発したのは、助けを求める声。
 揺らいでいる自分を支えて欲しいという切なる願望。
 そして、それは一つのカードに宿り。
 それに全力で応える、式神がいた。

――式神『八雲藍』

「っ……!!」

 回転しながら外壁を突き破り、一気に紫を救出すると、紫を連れたまま再び琴蓮号の外へと退避していく。実に早業。

「あれは……八雲、藍……!」

 蓮子はその存在を認識し、ぎりぎりと歯噛みする。
 八雲紫の式、八雲藍は、蓮子にとって甚だ苛立たしい存在だった。
 それはそうだろう。自分を捨てていったメリーが、新たに選んだパートナーなのだ。その場所に立っていたのは、もしかしたら自分だったかもしれないのに。

「っはは、あなたはきっちり殺してあげるわ、女狐め」

 感情のこもらない目で、蓮子はそう吐き捨てた。




「大丈夫ですか、紫様!」

 藍は、ぐったりした様子の紫に今更ながら驚き、優しく地面へと降ろす。

「……何とかね。ありがとう藍」
「あいつは、一体何者なのですか……?」

 フィリア・ロートゥスの所業は、藍の予想をあらゆる意味で上回っている。
 幻想郷の結界の管理権を掠め取り、あまつさえ直接乗り込んだ紫をこうまで追い詰めるとは。

「かつての私のパートナーよ。とんでもない化け物になって帰ってきてしまったけれど。気をつけなさい藍。あの子は私並みの空間移動能力を持っているわ」

 紫が言った瞬間に、程近い場所にワームホールが開き、中から蓮子が姿を現す。

「ひどい言われようだね。化け物になったのはあなたのほうじゃない。メリー」

 その姿を見、藍は主を守るように立ちはだかる。

「フィリア・ロートゥス! 紫様の元パートナーだというなら、なぜ今になって紫様に牙を剥くのだ!」

 次の瞬間、藍は蓮子の鉄拳に吹き飛ばされていた。

「おぐぅっ!?」
「藍!」
「偉そうに説教たれてんじゃないわよ、女狐」

 鬼とも渡り合うことが可能な、強力なフィリアのボディ。
 その攻撃を受け、藍は口内の血を吐き捨てながら、再び立ち上がる。

「まったく、嫌われたものだな。紫様に対してならばともかく、私へのそれは単なる逆恨みだと思うが」
「だから何かしら。世の中が全て筋道だって動いているなら、誰も苦労はしないわよ」

 藍の挑発もあまり効果はない。
 蓮子は自分が割とぐちゃぐちゃな感情の元に動いているのは理解していたが、それを悪びれるつもりもなかった。
 その開き直りを脅威に感じながらも、

『……藍』
『紫様』

 その裏で、紫は藍に事のあらましを念話のイメージで送る。
 そうして、このフィリア・ロートゥスという機械人形がどういう経歴を辿った結果、ここでこうしているのかを正確に理解し、藍はしばし戦慄した。

 だが、毅然と言わねばならないことがある。

「フィリア・ロートゥス。いや――宇佐見蓮子。お前が憤っていることは、我々にとっては、既に過去のことだ」

 こればっかりは、八雲紫本人ではなく、紫をすぐ傍で支え続けてきた、藍の口から言わねばならないことだ。

「もはや、楽園の維持のためにむやみな排斥を行おうなどという考えは、我々にはない。我々は悔い改めたのだ」

 それは、蓮子の持つ勘違いを正すため――ではない。

「それは、知ってるわよ」

 当然蓮子は知っている。この楽園の全ての歴史を、彼女は垣間見たのだから。

「本当に知っているのか? 紫様が何を思ってその考えを悔い改めたのか。『幻想郷は全てを受け入れる』という覚悟を決めたのか。何を願ってスペルカードルールを作り上げたのか!」
「――だから、何? そっちがもう悔い改めたから、私たちに何も言う権利はないってことかしら?」

 藍の切なる訴えに、蓮子はしかし底冷えのする様な声で、答える。

「ふざけないでよ。あんたたちがどう悔い改めたところで、私らは一ミリだって救われやしない!! 実際にこうして帰ってくるまで、省みたことなんてなかったくせに! だから私は否定するのよ! あんたたちの全てを! あんたたちの積み上げたはかない幻想を!!」

 宇佐見蓮子は揺らがない。
 だからこそ、藍の口から言わねばならないことなのだ。

「ならば私は肯定する。紫様の全てを。我々が積み上げてきた、輝かしい幻想を!!」

 八雲藍。
 八雲紫の右腕として、幻想郷の今昔を駆け抜けた妖怪。
 だから知っている。八雲紫が常に正しいわけではないということ。
 だから知っている。八雲紫が常に悩みながら、正解を模索してきたこと。
 だから知っている。幻想郷と共に、自分たちが成長してきたことを。

「お前がいくら否定しようと、私は肯定する。たとえ失敗であろうとも。たとえ罪であろうとも。それが今の私たちを形作っているのだから! 未来から来た過去の亡霊よ。お前に口を挟まれる筋合いなど、この尻尾の毛先ほどもないのだ!!」
「――ふざけるなあっ!!!」

 藍の言葉に、即座に蓮子の怒りが爆発する。

「お前なんかに喋らせるだけ時間の無駄だったわ! もうあんたの相手をする時間も惜しい! ふーちゃん! あの女狐を片付けて頂戴!」
「――了解いたしました、フィリア様」

 蓮子の頭上にワームホールが展開し、そこから一体のメイドロボが飛び出し、藍に飛び掛る。

「フィリア様の命でございます。疾くマスターの視界から、お消えくださいませ」
「っ……!」

 今まで表に姿を見せなかった、橙色の長髪をなびかせたメイドロボ。
 それは、蓮子の――フィリア・ロートゥスの最初の仲間にして、真の側近である機体、夕凪2号。
 彼女の不意を突いた強力な一撃により、藍は紫と蓮子の元から弾き飛ばされた。

「やれやれ、やっとせいせいしたわ」

 言いながら、蓮子は紫へと視線を移し、にっこりと微笑みかける。

「さぁ、お待たせしたわね。決闘の続きをしましょう。メリー?」
「……ごめんね、蓮子」

 紫は、再び蓮子へと謝罪の言葉をかける。しかし、それは実に落ち着いた語調だった。

「どうしたの? メリー。今更謝って済むような問題じゃないって言ったでしょ?」
「ううん、そうじゃない。藍のおかげで、やっと、胸を張って言える」

 紫はすっくと立ち上がり、蓮子の感情のこもらぬ目をしっかりと見据えた。
 その姿には、先ほどまでの憔悴した様子はまったく見えない。

「あなたたちには本当にすまないと思っているわ。だけど、だからと言って私の全てが間違っていたなんてことは、絶対に言わない。それはきっと、藍にも、あなたたちにも、とても失礼なことだろうから」

 八雲藍は、決して蓮子を言い負かそうとしたわけではない。
 ただ、肯定しただけ。
 八雲紫の今のパートナーとして、紫を全面的に肯定しただけだ。
 だからこそ、紫はしっかりと足を踏みしめて、立ち上がることが出来る。

「かつての私は失敗した。今の私だって、きっと失敗もするでしょう。だけど、それでも私は胸を張る。胸を張って、あなたの全てを受け止めてあげる。――かかってきなさい、宇佐見蓮子」

 その堂々とした大妖怪の姿に、蓮子は少し苛立ちながらも、どこか満足げな表情で微笑む。

「はっ、それでこそメリーだわ。さぁ、受け止められるものなら、受け止めてみなさいよ!!」





「それも思い出したわ。紫が物を捨てることをやめたのは、一応、あなたがきっかけではあるのよ」

 霊夢と留琴も交渉の結果、琴蓮号へと向け移動を開始していた。
 その道すがら、霊夢は留琴に昔話を語る。

「事実としては、知っています」
「事実として読み取ることと、実際に様子を見届けることは、かなり違うことなんじゃないかしら。私はそう思う。だから、一応聞いときなさい」

 それは、スペルカードルールが制定されるよりもずっと前の話。
 岡崎夢美という異世界人が幻想郷にやってきて、いくつかのオーパーツを残していった事件があった。
 ICBMであったり、理科の教科書であったり、メイドロボであったり。
 ほどなくそれらは、当時は表立って活動しておらず、皆にあまり存在を知られていなかった幻想郷の管理者、八雲紫に『なかったこと』にされる。
 それそのものも、そんなことがあったという記憶も。
 自分が消えたときの話に、留琴が少ししかめ面を浮かべる。

「だけどね、私はそれに抵抗したわ。記憶操作も最初は防いだし、紫の奴を探し出して文句を言いに言ったものよ」

 それは歴史に語られることこそないが、八雲紫が密かに引き起こした『異変』に相違なかった。
 だから、霊夢は自らの勘に従って紫の元へとたどり着き、紫を倒すことが出来たのである。

「今はアイツといつ知り合ったのか、正直覚えていなかったけど。たぶん、そのときが最初だったんでしょうね。今よりも、ずいぶんと余裕のない奴だったわ」

 当時の幻想郷はある種殺伐としていた。
 ひとたび事が起これば、それは本気の殺し合いに発展する。
 ゆえに大結界との兼ね合いで妖怪同士のあまり大きな戦いが出来ず、妖怪の間には退廃と閉塞感が蔓延していた。
 八雲紫は苦悩していた。あの日見た楽園の姿とだんだんとかけ離れていく箱庭の姿に。

「だからこそ、あいつは現状より悪くするまいと必死になっていたわ。特に科学なんて妖怪の天敵だと思ってたからね。あいつなりに、追い込まれた結果のことだったのよ」

 だが霊夢とて、それを仕方ないで済ませる気はなかった。というか、その時の霊夢も冷静ではなかった。そもそも霊夢も霊夢で今と比べたら色々な意味ではるかに幼かったし、留琴は、当時ほとんどいなかった『心を許せる相方』になってくれそうな存在だった。
 それが放逐されたのを見逃せなどとは、到底受け入れられることではない。

 お互いの意地のぶつかり合った当時の霊夢と紫の戦いは、人知れず、しかし凄惨であった。
 だが、最終的には紫自らが定めた、人類の守護者としての加護。それを受けた博麗霊夢により、紫は敗北した。図らずも起こしてしまったことが異変となった以上、紫は霊夢に倒されなければならなかった。

「その時、私が言ったことが発端なんだと思う。確か……」


『あんたが何でも思い通りにしようとするなら、私は絶対思い通りになってやるもんか!!』





「あの言葉を聞いて、やっと私はわかったのよ。幻想郷が思い通りにならずに反発されていたのは、ひとえに自分のせい」

 蓮子と弾幕を交わしながら、紫はかつての博麗霊夢との戦いを思い起こす。
 小さくとも確かに彼女は、『幻想郷』の代表者であった。
 だから、紫も考えを改める。まずは自分が受け入れなければ。そも幻想郷はそういう存在だった。
 外の世界から爪弾かれたその全てを、受け入れるべき理想郷であるはずだったのだ。

「何をごちゃごちゃと言っているのよ、メリー」

 蓮子の弾幕を、紫はスキマを使って後方に移動し、回避する。
 だが、それを読んでいたように、紫を包囲するようにいくつもの小さなワームホールが虚空に開いていた。その中から放たれるレーザーの照射に晒され、紫はただ耐える。

「蓮子……」

 自分の捨てたものを全て拾ってここに来た、と彼女は豪語した。
 それほどに彼女は正反対の道を歩み、それほどに自分は色々なものを捨ててきた。

「結局あの時も、る~ことを戻す選択を、私は出来なかった」

 今考えても、無理だった。いくら悔い改め、霊夢への償いをするべきだと骨身に染みていても。る~ことがどこに飛ばされたのか、紫自身も関知していなかった。

『ごめんなさい。私のわがままは、これで最後にさせて頂戴』

 そう言って、紫は霊夢の記憶を奪った。
 一度負けを認めて異変が終わり、再度『霊夢一人』に向けて力を行使する。
 広範囲に影響しなければ、それは異変足りえない。異変の加護の切れた霊夢はそれに抗えず、結局全てを忘れてその後を生きることになった。
 歩んでしまった過去はどうしようもない。これからの出発のために、臭い物にただ蓋をするしかなかった。

 だがその蓋は、中から完膚なきまでにこじ開けられてしまった。

「耐えたか。やるじゃない。さすがねメリー。苦労してここまで来たんだもの、あっさり終わっちゃったらつまらないわ!!」

 自分が幻想郷を作るために、最初に捨てた日常によって。

 思い通りになってくれなかった、愛しいかつての相棒によって。

「蓮っ子おおおおおお!!」
「メリぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 お互いを呼び、叫びあう中、蓮子は次のカードを掲げた。

――『イザナギオブジェクト』

 蓮子が右手首を勢いよく撃ち出して取り外すと、そのあとにはバズーカの砲門のような空洞が残る。
 しかしそこから更に発射されたのは、二人をこの世界へと導いた伊弉諾物質を模した浮遊物体。
 それはいくつも撃ち出され、怪しい輝きを纏ってあたりを浮遊し始める。

「さぁて、行くわよ!」

 撃ち出していた右手が戻り、その指先から細いレーザーを発射。それが浮遊物に当たると、太いレーザーとなって偏向し、紫を襲う。

「くっ……!」
「あはは! まだまだ行くよ!」

 蓮子は左手で弾幕をばら撒きながら、右手で次々と浮遊物に向けてレーザーを撃つ。それは一度の偏向で紫を襲うこともあれば、浮遊物同士で複数回反射しあいどんどん太くなりながら紫の逃げをけん制するものもある。
 まさしく増幅器としての伊弉諾物質を表現した弾幕と言えた。

「美しいわね、あんたはよく、わかっている」

 スキマワープは蓮子相手ならばほぼ確実に読まれる。苦しい戦いを強いられながら、紫は口角を上げた。
 この決闘を戦い抜かねばならない。あの時自分が何もわかっていなかった蓮子の気持ちを、全て受けきってやらねばならない。
 その思いと共に、蓮子とこうして自分の楽園で決闘をしているという現実が、実に夢物語のように思える。

 スペルカードルール。

 幻想郷を美しい楽園へと押し上げた決闘法。
 それを今まで頑なに使おうとしなかったのは、紫のしてきたことを否定したい彼女としては、当然のこと。そして自分との戦いに至ってそれを使用してきたのは、それによって全てを終わらせると言う、皮肉のためだろう。
 しかしそれでも、宇佐見蓮子は生き生きと、美しい弾幕を披露している。





「お前は――スペルカードルールは使わないのかい?」

 紫と蓮子の戦いの場とは、琴蓮号を挟んで反対側。八雲藍は夕凪2号とにらみ合っていた。

「フィリア様は、ご自身の意地のために、あえてそれを使うことを決断されました。私が準ずる必要はありません。ただ――排除するのみ」

 2号の返答に、藍はやれやれと肩をすくめる。

「紫様を倒して、その後この幻想郷をどうする気か知らないが、そんなことではこの先立ち行かないぞ、機械人形」
「どういう意味でしょうか」

 戦いの只中だと言うに、暢気とも言える台詞を吐く藍に、2号は思わず疑問を呈した。

「スペルカードルールは、戦うためのルールだ。純粋に殴りあうものでもないし、お前たちがやったように、遊びに重きを置いたものでもない。弾幕ごっこなどと遊びめかしちゃいるが、ただ単純に『戦いを可能にする』ためのルールだ」

 見た目は派手な弾幕ごっこだが、それは決闘のためのツールに各人が趣向を凝らした結果であり、その根幹となるスペルカードルールは突き詰めればシンプルである。
 だからこそ、飽きられずに今まで人妖に支持され続けている。

「つまりだ。スペルカード抜きと言うことはな、戦いにすらならんということだぞ、機械人形」

 る~ことの一件で紫はモノを捨てるのをやめた。しかし、それで幻想郷の閉塞感が解決に向かうわけでもない。
 その後に起こった夢幻世界や魔界との接触は、あくまで隣り合う別の空間でのお話であり、幻想郷自体にはたいした影響を及ぼさなかった。

 だが、更にその後、ついに『全てを受け入れた』弊害というべき、象徴的な事件が起こる。
 幻想郷に出現した強力な吸血鬼が、気力を失った妖怪たちを統べて幻想郷の支配を目論んだ『吸血鬼異変』である。
 その異変では一つも戦いなど起こらなかった。
 戦いにすらならずに降伏するか、戦いの体すら成さずに蹂躙されるか、戦いなどとは呼べない方法で鎮圧されるか。
 幻想郷側にも吸血鬼側にも、そのいずれかしか起こらなかった。

 ここに来て紫もその他の人妖も、一つの問題意識を共有することになる。
 人妖たちは、幻想郷を気にして戦わないのではない。
 もはや戦い自体が発生しえないほどに、幻想郷のパワーバランスは崩壊していたのである。

「必要ありません。八雲紫の作ったものは全て無に帰すべし。我らがフィリア様が、全て新しい秩序に塗り替えてくださるでしょう」

 だが2号は、藍の発言の背後を分かった上で、強気な言葉を返す。
 藍が八雲紫としてのマエリベリー・ハーンと共に今まで歩んできた者だとすれば、2号もまたフィリア・ロートゥスとしての宇佐見蓮子と共に今まで歩んできた者なのだろう。
 その信頼感は、藍としても共感できないこともない。だが。

「お前たちは、あの頃の我々によく似ている。捨てることしか考えていないお前たちに、スペルカードルールを超えるものが作り出せるのか?」

 捨てられたことへの復讐だというなら、フィリアたちとて紫の積み上げたものを捨てようとしているに過ぎない。
 あの時紫は、それでも吸血鬼を受け入れた。
 すべてを受け入れるには、まだ幻想郷が未完成なのだと知った。
 色々な人妖が色々な決闘法を提案し、まるでフィリアのしてきた決闘法のばら撒きとそっくりな混乱の中、紫はただ幻想郷に足りない1ピースを探し求めたのだ。

 あの日見た楽園を実現する。そのために必要な、美しい戦いの方法を。

 そもそも戦いとは何か? 戦いの成す役割とは何か。人妖が戦いに求めることは何か。
 紫は自分だけで考えることをせず、あらゆる場所に足を運び、あらゆる人妖に話を聞いた。
 人間代表の博麗霊夢。古豪の伊吹萃香。幽冥の管理者たる西行寺幽々子。別の空間を統べた魔界神の神綺や、夢幻館の主の幽香。果ては吸血鬼異変の首謀者、レミリア・スカーレットにさえも。

「スペルカードルールは他から押し付けられたルールなどではない。そもそも、紫様が作ったルールですらない」
「!」
「紫様は、ただ形にしただけだ。『幻想郷』の望んだものをな!」

 瞬間、藍は膨大な妖気を纏い、2号へと突進する。
 巨大な魔獣がその爪を振るったかのごとき暴威に、2号は瞬く間に琴蓮号の外壁へと打ち付けられた。

「!!」

 2号は無表情ながら、目は驚愕に見開いて藍を見やる。

「それに逆らうと言うなら、『幻想郷』は容赦なく牙を剥くだろう。そのときお前たちは、戦いにすらなりはしないさ」

 強大な妖怪である九尾そのものの威容を見せつけながら、藍は2号へと言い放つ。
 それは、ルールのないむき出しの大妖に対すればこうなるという、これ以上ないほどの証明であった。

「……愚かな」

 だが、機械の少女はそれを解せず、再び無表情に戻りながら、藍へと相対する。

「自らの能力を余すところなく発揮できること。それでいて実力差をある程度埋める土台があること。見た目が壮大であり、示威行動として満足のいくものであると共に、見ていても楽しいものであること。自他共に勝敗にすんなりと納得がいくものであること。理想的な戦いの論理。そんなことは、私たちもわかっています」

 蓮子たちとて、ただイタズラに決闘法を撒いたわけではない。
 スペルカードルールの万能性は彼女らも認めるところではある。だが蓮子は相手の能力に合った勝負を、その都度選び続けてここに来ている。
 それは彼女なりに、幻想郷の人妖たちの情報をより詳しく集め、理解するために行っていた行動だ。

「妖怪とは何かの化身。それぞれがそれぞれの専門性を持つゆえに、それを束ねる万能のルールが必要だったと言えましょう。しかし、我々は我々自身が万能なのです。あなたの言うとおり、戦いにすらなりはしないでしょう」
「言ったな、人形!」

 藍が再び妖力を纏い、2号を襲う。
 その姿が交錯し、その一瞬の攻防のあと――
 地面に転がされているのは、藍のほうだった。

「……チ、いなされたか」

 その一瞬後には藍はすっかりと体勢を整えて2号とにらみ合っている。
 だがその脳裏には、多少の焦りが生まれたことも事実だった。最初に吹っ飛ばされたときとは違う、明らかに獣をいなすための系統立った動きをしていた。

「最初は何も出来ません。ですが、情報を食えば食うほど強くなる。たとえるならば、我々はそういう妖怪なのでしょう」

 情報を元に自らの万能性を高め、それを対専門性として還元してくる。
 オカルトを駆逐した科学がそういう存在だとしたら、確かに藍とすればかなり勝ちづらい相手だろう。

 だが、万能性にも、機体というハードウェアにも、かならず限界が存在する。
 決して勝てない相手ではない。

「面白いことを言っているね」

 唐突に、藍のものでも2号のものでもない、暢気な声がその場に響いた。

「百鬼夜行を知っているかい?」

 その声は、輪唱のように順を追って、発する音源が増えていく。

「ただ一芸に秀でた奴でも」

 2号は自分の足が動かなくなっているのを認識する。

「数が集まりゃそれだけで」

 足元にいるのは、無数の小さな。

「万能以上の万能じゃないか!」

 ――2号の眼前で、小さな粒子が収束し、揺らめくように像を結ぶ。

「幻想郷ってのは、そういうとこだろう!!」
「ガ……ッ!?」

 突然に現れたその小柄な『鬼』に、2号は豪快に殴り飛ばされた。

「あなたは……!」

 その姿に、藍は目を瞬かせる。
 なんといういいタイミングで、理想的な『援軍』が来てくれた。

「よう藍。なかなか苦労してるようだから、手を貸してあげようじゃないか」

 『小さな百鬼夜行』――伊吹萃香。
 幻想郷の誇る、もっとも規格外のハードウェアだ。



 ――だが、八雲紫の旧友たる古豪の登場を、蓮子たちが想定していないわけがない。



 伊吹萃香が参戦した瞬間に、その背後に馬鹿でかいワームホールが出現。
 その中から萃香を軽く握りつぶせるほどに巨大な手が伸びてきて、萃香を一気に鷲づかみにせんとしたのだ。

「ぬお!? なんだこりゃ! うおおおお!! 『ミッシングパワー』!!!」

 密疎を操って一時的に巨大化し、強引に振り払うことで萃香はなんとかその戒めから逃れる。
 すると腕は一度諦めたかのように引っ込み、ワームホールが閉じた。
 しかし、次の瞬間には、地面と平行に先ほどよりも巨大なワームホールが開き――そこから巨大な『何か』がせり上がってきた。

「なん……だこりゃ」

 萃香と藍が呆然と見上げたそれは、恐らく全部出てきたら琴蓮号の全長にも匹敵するであろう、超巨大なメイドロボの上半身だった。





「明らかに戦いが行われている雰囲気ですね。魔理沙さんたちは無事でしょうか」

 白蓮たちは、やっと魔法の森の入り口の上空へとたどり着いた。中で力のある存在が戦っているのが見てとれ、一行は少し息を呑む。

「まったく、一体何が起こっているんだか」
「何だろうとこの秦こころ様が成敗してくれるわー」

 棒読みで言うこころに蛮奇が呆れる中、小傘がふと何かに気づき、声をあげた。

「誰かこっちに飛んできます! 二人!」

 小傘の指差す方向に一行は目を向ける。確かに、人型の何かがこちらへと飛んで来ていた。そして、その姿は。

「あれは……メイドさん?」
「7号のお姉さん!? ……いや、違う?」

 目ざとくメイド服を判別した早苗の言葉に、小傘が夕凪7号が来たのかと思ったが、その二人の髪は金髪と黒髪。7号の緑髪ではない。

「敵か!?」
「いえ、あの速さならば、突っ込んでくるわけではないようです。警戒だけに留めておいてください」

 首の複製を呼び出して臨戦態勢に入る赤蛮奇を、白蓮は押し留める。
 そうして、白蓮の言葉通りに、二人のメイドは攻撃を仕掛けることなく、白蓮一行から少し離れたところに静止した。

「はっ、初めまして! 命蓮寺の聖白蓮様と、そのお連れ様ですね!?」

 少しテンパった様子で、金髪のメイドが一礼する。
 長い金髪を持っているが、本人の小柄さと、前髪が目にかかるくらい長いことから、どうにも内気な雰囲気をかもし出す少女だった。
 その隣の黒髪のメイドが、自己紹介をしながら次いで一礼する。

「私は、琴蓮号所属のメイドロイド、夕凪6号と申します。先ほど挨拶したこちらは夕凪5号でございます」

 夕凪6号。こちらは長い黒髪をリボンを使って後ろでくくっており、落ち着いた優しげな雰囲気を漂わせていた。

「おおう、やはり琴蓮号のメイドロボですか!」
「ここで私らを食い止めにきたってわけか?」

 目を輝かせる早苗と、逆に敵意をあらわにして構える赤蛮奇。
 白蓮も多少警戒はしているが、この二機はどう見ても戦いに来たような雰囲気ではない。

「あ、その、我々は戦いに来たわけではありません!」
「話し合いをしたくて、ここにやってまいりました」

 そうして5号と6号は明確に戦う意思がないことを表明する。

「わー、本当ー!? うれしいなー、うれしいなー! でもそう思わせといて……私の気持ちを裏切るつもりなんでしょっ!!!? なんちゃってな、フフフ……」
「えぇ……何この人……」

 お面の表情豊かにオーバーリアクションを返すこころに、5号が困惑する。
 だがまぁ、一行の言いたいことが凝縮されてはいたので、蛮奇たちも特につっこまなかった。

「そうお疑いになるのはもっともな話でございます。何しろ、我々はこの世界に対して挑戦を叩きつけた一派に違いないのですから」

 6号が静かに、白蓮たちの疑念を受け止めて、言葉を返す。

「ですが、私たちは、これは何か違うと思うのです。このまま我々が力を賭してフィリア様の勝利を導いたとしても、フィリア様が幸せになれる結末がシミュレートできない」
「むむむ、これ、本当にロボットの言葉ですか?」

 6号の言葉に、早苗が違和感を抱く。
 もちろん偏見や先入観もあるだろうが、ロボットは具体的な用途や目標には力を発揮しても、そういう主人の意に背いてまで主人の幸せを判断するようなことはできない印象があった。というか、そんなこと人間でも難しい。
 そして実際のところ、5号も6号も元々完全自律型のロボットではあるが、主であるフィリアの意志を超えて思考・行動する能力は備わっていなかったはずなのだ。
 そしてその違和感の正体を見抜いたのは、多々良小傘。

「この人たち、7号さんや3号さんと違う。似てるけど、何か、私やこころともっと同じような感じ……?」
「……なるほど、雰囲気が付喪神そっくりだと思っていましたが。それは元々ではなく、今は付喪神化が進行している段階なのですね」

 早苗や小傘の言葉を聞いて、白蓮が得心のいった顔を浮かべる。
 フィリアたちとあまり会ったことのない白蓮にとっては、そういうものなのだろうと思ってスルーしていた点だった。しかし、やっとそれが彼女たちにとっては異常な状態なのだということに思い当たった。

「か、感情プログラムの抑制が『なぜか』解除されてから、私たちも自分の考えを不思議には思っていました。そんなこと、以前はきっと考えなかったはずなのに……」

 5号が自らの戸惑いを吐露して、白蓮の推論を裏付ける。
 愛情を持って長年使われてきた人型の機械。神霊の拠り代としてはこの上ない材料だ。
 フィリアらが長期にわたって居座り、幻想郷という霊的な土壌に慣れることによって、夕凪シリーズはあたりに漂う神霊を取り込み、その妖怪化が始まったのだった。

 心を持っていても命を持っていない。そのような状況の彼女らが神霊と合一して妖怪として再誕することにより、フィリアの管理を半ば抜け出した状態になってしまった。
 だから感情プログラム抑制が簡単に外れ、自分の本当の思考を手に入れ、5号と6号はフィリアの意と違う行動をとることが出来たのだ。

「我々は、この世界に命を貰ったのですか……。その恩に報いるためにも、フィリア様を制止しなければいけませんね」

 6号が決意を見せた瞬間――

「っわ、なんですかあれ!? すごい!」

 早苗の頓狂な声が響く。
 見れば、遠く見える琴蓮号の傍で、超巨大なメイドロボの上半身が出現していた。

「な、なんですかあれは」

 さすがに白蓮もあっけにとられてその光景を見る。

「あ、あれは夕凪4号です……。どうやら伊吹萃香様が戦線に加わったことに対抗して出てきたようですね……」
「あれもお前らの仲間なのか!」
「てかあんな巨大でメイドの仕事できんの!?」

 5号の解説に、蛮奇と早苗がいい反応を返した。

「別に4号はもともとあの大きさというわけではありません。門番の3号と同じように、巨大な外部装甲を纏っているだけですよ」

 いくらソフトウェアが優秀でも、それを活かしきるハードウェアがなければ無用の長物。
 八雲藍が見抜いた弱点は、蓮子たちの側もよく承知している。
 だからこそ幻想郷最強のハードウェアである鬼を相手取るために、規格外の外部装甲を用意したのだ。

「ちなみに、3号と4号、後この私6号はガワがメイドなだけで、最初から戦闘兵器としてデザインされたアンドロイドなのですけどね。今はフィリア様の調整を受けていますが……」
「マジで!?」
「3、4はともかく、6号さんは意外だ!」

 6号の余談にこころと蛮奇が驚く中、小傘は巨大な4号を、その中にある気配を見て、首をかしげる。

「あの4号さんも、半分妖怪化……してますよね? 5号さんや6号さんとは一緒に来てくれなかったんですか?」

 小傘の疑問に一行がはっとなったが、5号と6号は首を振った。

「い、今、あの場にいるのは2号と4号です。4号は元々自我の薄い戦闘アンドロイドですし、2号はフィリア様にもっとも古くから仕えるアンドロイドです。二人とも、フィリア様の意に反する行動は決して取らないでしょう……」
「ちなみに、残る3号と7号の二人にとっては、フィリア様は本当のご主人様に再会するまでの仮のマスターに過ぎません。あの二人はきっと、フィリア様よりも本当の主人を優先するはずです」

 5号と6号の話によれば、夕凪シリーズの中でもそれぞれ傾向の違いがあるとのことだった。
 2号と4号がフィリアの命令に絶対忠実な二機。3号と7号が絶対の忠誠は誓っていない二機。そしてこの5号と6号がフィリアに尽くしてはいるが、その行動に疑問を抱いている二機なのだろう。

「あれ、そういえば1号さんはいないのですか?」
「1号はフィリア様のボディそのものです。ですから、フィリア様に仕える夕凪シリーズは2号から7号の六体のみとなります」

 早苗の問いに、6号が答える。
 ともかく、4号が出てきては時間に猶予もないかもしれない。
 白蓮一行と5・6号は手早く情報の交換を進めていく。フィリアの出自や目的、人里の反応など。

「なるほど……ともかく一度フィリアさんを止めて落ち着いてもらうしかないのでしょうか」

 白蓮が、最終的な結論をまとめる。
 そのためには、早くあの場所に行って加勢するしかないだろう。

「ふっふっふ、落ち着かせるならこの私に任せてもらおうか!」

 こころが誇らしげにお面を取り出す。
 感情抑制を破り、7号の怒りを暴走させるほどの感情操作力をもつこころの面。それを用いれば、フィリアを突き動かす暗い感情を抑制し、落ち着かせることができるかもしれない。

「そ、それは、難しいかもしれません」
「どうしてです?」

 7号を介してその威力を知ってはいるものの、5号は自信なさげにそれを否定した。なぜその結論になるのか、白蓮は詳しい話を促す。

「フィリア様は基本的に、1号のボディそのものではなく、レプリカを操って行動します。本体のボディがどこにあるのかは、我々でもわかりません……」
「こ、こころ様の面をレプリカに被せても、本体までその影響が届く可能性は低いかと……」

 6号と5号の補足に、白蓮たちは渋い顔をする。
 こういう手合いの本体をいぶりだすには、かなりの労力が必要になるだろう。

「ともかく、我々でも説得に当たってみましょう。ダメならレプリカを片端からつぶすまでです。魔法使いネットワークを通じて援軍を募りつつ、私たちも早く加勢に行きましょう」

 そうして、白蓮たちは琴蓮号へ向けて、飛んでゆく。





 4号の出現は、紫にとっても衝撃的な事象ではあった。
 だが、そんなことでは目を逸らせない。目の前で、自分との決闘に臨んでいる少女と、彼女の放つ弾幕からは、目を逸らしてはいけない。
 すべてを受け止め、雌雄を決する、その時まで。

「っはああああああああああ!」

 拡大しながらの反射を繰り返すレーザーの嵐の中、一点を見極めて紫は突貫する。

「甘いよメリー!!」

 一点をくぐったところで、大玉が迫る。
 紫はそれをスキマで短距離移動しながら切り抜けた。蓮子は当然その出口をデータと勘の両方をフル活用して一瞬で検出し、そこへ向けて総攻撃用のワームホールを開く。
 そうしてスキマから出てきた紫は――すべてを切り裂く回転丸刃だった。

「な!?」

――『全てを二つに別ける物』

 弾幕も、空間も、全て真っ二つに切り分けながら、弾幕の火花を散らして、紫は蓮子へと迫り――そのまま蓮子を両断した。

「Ga――ッ!」

 たまらずに蓮子は狂った電子音声の断末魔を上げながら爆発四散する。
 もちろん、それがレプリカ体であるのがわかっているからこその、容赦のない攻撃だった。

「まったく……やってくれるじゃない」

 ほどなく、ワームホールが開いて、また新しい蓮子が出現する。

「そんな必死なメリー。初めて見たよ。うっれしいなぁ」

 再び撃墜されてもなお、蓮子はうれしそうに口元を歪める。

「……ッ」

 紫にとって、このレプリカ体の存在が一番のネックである。
 こちらが直撃を貰えばそれで終わりだが、蓮子にはいくら直撃を食らわせても代わりがいる。まるでいつぞやの蓬莱人を相手にしているようだが、それでも蓬莱人は命が尽きないだけで、戦っているのは常に本人だ。
 メンタルの余裕に差が生まれるのは当然。
 しかし、これはあくまでスペルカードルールによる決闘。既にお互いに五枚目のスペルカードを切っている。相手の残機がいくらあろうとも、泣いても笑っても、後五枚で勝負は付く。

 だが、それではダメだ。圧倒的な戦力差の上、結界の管理権まで握られている現状。
 この状態のまま、蓮子を倒してもダメだ。
 今の蓮子では、きっと勝負がついても決して納得はしない。何か考えなければ。
 蓮子の心を揺さぶる方法を――

「さぁ、蓮子。私のスペルカードの効果はまだ続いてるわ。これが終わるまでに、あなたのレプリカの残機は持つかしらね」

 とにもかくにも気で負けられない。そうして強がりを吐く紫の視界の脇に、何かが写った。
 それは何か見慣れたもの。
 その白と黒の溶け合うような球体は、紛れもなく、博麗の陰陽――
 そう考えているうちに、その球体はぐんぐんと迫ってきて、

 紫のほっぺたを強かにぶち抜いた。

「おぼふ!?」

 何がなんだかわからないまま、紫はきりもみ回転しながら地面に落ちる。

「――何のつもりかしら?」

 それを見て半ば驚き、半ば怒りながら、宇佐見蓮子は神聖な決闘への闖入者を見据える。
 それはおなじみの紅白の巫女と、その脇に立つメイドロボ。

「博麗霊夢、そして、る~こと……!!」

 蓮子の刺すような視線に、留琴はびくりを身を震わせた。

「本当のご主人様の元に戻れたことは祝福するわ。でも、その恩を仇で返すつもり?」
「落ち着きなさい宇佐見蓮子。ちゃんと留琴は役目を果たしたわ」

 霊夢が留琴をかばうように前に出る。

「この私、博麗霊夢は決してあんたに手は出さないわ。『私がこの異変の解決に関与することはない』。留琴の提示したその条件で、私はここに来たのよ」
「なんですって?」

 蓮子はにわかに信じられずに、霊夢と留琴、そして呆けたような紫の顔を見比べた。
 疑うような蓮子の視線に、霊夢は勢いよく啖呵をきる。

「私は以前、留琴を救うことが出来なかった……。今まで思い出すことすら出来なかった! それを私は心から恥じているの。だから私は二度と、留琴を裏切るような真似はしないわ!! この契約は絶対よ!!」
「ご主人様……」

 幸せそうな顔で瞳を潤ませる留琴に、霊夢は優しげに微笑んでぽんぽんと頭を撫でると、すぐに真剣な顔に戻って、蓮子に向き直る。

「私は決してあんたには手を出さない。今は留琴を連れてきてくれたことに感謝すらしてるしね。復讐でも何でも好きにすればいいわ。たとえ大結界が消されようとも、私は指くわえて見てるから。……ただ、一つだけ、あんたたちの決闘に水を差させてもらう」

 博麗の巫女としてにわかに信じがたいことを言いながら、霊夢は紫のほうへ向いた。

「よくもあんときはだまし討ちにしてくれたわね、このクソババア!! その後ものうのうとそ知らぬ顔で親しげな面しやがってからに! 今度という今度はブチギレたわよ! はらわたが煮えくり返るってのは本当にこのことだと実感できたわ!!」

 鬼よりも鬼の形相を浮かべながら、霊夢は紫へと罵詈雑言を吐き捨て、さらに陰陽玉を投げつける。

「ご、ごめんなさい! 反省してるわ! あの時は仕方なかったのよ!!」

 さすがに紫も全面的に自分が悪いので、たまらずに第二次月面戦争以来の――いや、それ以上の本気土下座をしながら、霊夢にぺこぺこと謝った。

「ごめんで済むかこのボケ妖怪!! 死ね!! 大体ね! 最初に謝らなきゃいけないのは私に対してじゃないでしょ!」

 霊夢の叱責に紫は一度頭を上げ、再度、留琴に向かって深々と頭を下げる。

「ごめんなさい、『る~こと』。あの時は本当に、私が悪かった。ただ謝ることしかできない。……そして、こんな時に図々しいとは思うけれど、一つだけお礼を言わせて」

 思ってもみなかったこの大妖怪・八雲紫の態度に留琴はただ目を瞬かせ、次の言葉を待つ。

「あなたと霊夢の存在のおかげで、この楽園ができたわ。本当にありがとう。そして、その恩に仇で返すしか出来なかったことを、改めて二人に詫びます」

 いつもの胡散臭い雰囲気はまったく伺えず、その様は霊夢をして素直だと感じさせ、驚かせるものだった。

「申し訳ありませんでした。……どうか、許してください」

 土下座を深める紫に、留琴はやはり葛藤を覚えた。
 復讐こそフィリアに譲り、託したとはいえ、今まで憎んできた相手ではある。
 しかし、留琴はしばらくして、表情を緩める。

「私は――もういいです。誰が殺されたわけでもない。私はこうしてご主人様の隣に帰ってこれましたし、結果的にこうして以前より性能が上がったのは、一応あなたのおかげでもありますから」

 少し不貞腐れたように謝罪を受け入れた留琴の言葉に、紫はゆっくり顔をあげる。

「ありがとう……」

 肩の荷が降りてほっとしたような、そんな安らかな表情を浮かべていた。
 そこに、間髪入れずに霊夢の厳しい言葉が飛ぶ。

「ったく、安心するのはまだ早いッ! 私は許しちゃいないんだからね! さっき言ったとおり、私はこれから何もしないから! 幻想郷がどうなろうがもう知ったこっちゃないわ!! 自分の不始末は自分でどうにかなさい! いいわねッ!!!」
「は、はい! わかりました!!」

 カリスマの欠片もない紫の返事を聞き届けると、霊夢は憮然とした顔そのままに、留琴と共に琴蓮号前の大岩の上へと飛んで、そこに腰掛ける。
 この勝負の行方は見届ける。だがどうなろうと知ったことじゃない。
 そういうオーラが滲み出ているようだった。

「留琴、お茶もらえる?」
「はい、かしこまりました!」

 そしてそこで暢気にお茶を要求しながら、完全な観客モードに入ってしまった。
 やっぱり留琴に対しては柔和な表情になり、留琴もこんな状況ながらに幸せそうにお茶の準備をしている。

「博麗霊夢……無気力な奴だと思ってたけど、怒るとすっごいわね……」

 その一部始終を、まったく口を出せないままに見守ってしまった蓮子が、気おされた感じで暢気な感想を漏らす。

「色々と言いたい事がある気はするけど、ま、る~ことは幸せそうだし、いっか……」

 ついに主人に出会えて、仲睦まじそうにしている様子を見て、蓮子の顔に微笑みが浮かぶ。捨てられていたメイドロボは、救われたのだ。

「蓮子、私にはもう、最後の手段がなくなっちゃったわ」

 そこに、ゆらりと立ち上がった紫が、なぜだか笑いながら声をかける。

「何よメリー。ずいぶんと情けないざまだったわね。ちょっと幻滅したわ」
「あら、まだ幻滅しきってなかったのなら、うれしいことだわ」

 蓮子の煽りに軽口で返しながら、紫はにっと微笑んだ。

「あなたの全てを受け止めるだけじゃダメね。私も全てをあなたにぶつけないと」

 博麗霊夢は、この異変の解決には関わらないといった。
 だが十分だった。
 蓮子よりもストレートに自分に対して憤ることで、蓮子の気勢を削いでくれた。
 かつての自分の暴挙に対して、る~ことへの謝罪の機会を与えてもらい、更にここで霊夢が協力しないという罰を与えてくれたおかげで、自分はより吹っ切れた。
 そして、る~ことが幸せそうにしている様を蓮子に見せることで、蓮子はこの戦いの果てに自分が何を得るのかを、自問せずにはいられなくなるだろう。

 やはり、博麗霊夢は異変の解決には欠かせない役割を果たしてくれたのだ。

 突破口は開いてくれた。
 そして彼女の言ったとおり、あとは自分でどうにかしなければいけない。

「さぁ、行くわよ、蓮子!」

 勢いよく叫んで、紫は再び蓮子との決闘へと、戻るべく、彼女と対峙する。

「行くわよ、か。そうだねメリー。私はここまでたどり着いたんだから」

 蓮子はくすりと笑って、それを受けてたった。
 そうして二人はそれぞれカードを取り出し、同時に宣言する。

「「『ラプラスの魔』」」

 奇しくもそのスペルカードは同名。
 世界の仕組みの全てを観測・解析することにより、過去や未来すら正確に見通す仮想的な超越知性の名前である。
 紫のそれは幻想郷を把握するための『目』の応用。
 スキマから覗く目を展開し、敵の隙を伺い続けるスペルカード。

 一方、蓮子は弾幕を織り成し、一定空間の中に三層のエリアを形成する。
 飛沫のような弾幕を伴いながら力強く大型弾が生まれて立ち上っていく、紫のいる『過去』のエリア。その大型弾に加え、多数のレーザーが行き交う、『現在』のエリア。そして大型弾が弾け、爆発を伴いながら飛散していく、蓮子のいる『未来』のエリア。

「さぁ、今度はメリーが私にたどり着いて見なさいな」

 蓮子が指をガチンと鳴らすと、紫の背後にレーザーを編んだ壁が生成され、それがだんだんと押し出すように迫ってくる。
 時間は待ってはくれないと言わんかのごとく。

「そうね、今度は私が、すべてを見切って超えて行く番」

 世界の仕掛けを見抜き、解析し、そして当の未来から遡り、幻想郷においてもすべての情報を集積し、結界の管理権すら奪い去った”ラプラスの魔”宇佐見蓮子。
 彼女は今、この弾幕時空のすべてを睥睨しながら、その彼方で待ち受けている。

「あなたのその世界のすべてを、この目に映して!!」

 紫は自らのラプラスの魔に八方を監視させながら、蓮子の作った世界を、時間の流れに乗って突き進んでゆく。
 背後から迫る、自らと共に時を進むべき大型弾に脅かされる、手探りの黎明を。
 それらと一緒に複雑怪奇な荒波に翻弄される、力強き発展を。

「まったく、蓮子の奴、容赦ない」

 紫は八方からラプラスの魔を通して供給される情報を、その頭で高速で処理。
 『未来』を見通し、それをやっと避けていく。そうしなければいけないほどに、苛烈な弾幕。

「私が避けれるギリギリを、狙ってやっているかのようだわ」

 だがそれでこそ、戦い甲斐がある。本気に本気で対してこそ、この異変を終わらせることが出来る。
 そのために、紫は『未来』へと向かって、突き進む。
 勢いに乗って踊るような全盛を超え。

「あははっ、さすがメリー」

 共に時間を駆け抜けた大型弾が弾けて消えてゆく、落日へ。
 そしてそれすらも超えて、全てを超越した場所にいる、かのラプラスの魔の元へ。

「さぁ、私を、受け止めて頂戴! 蓮子おおおおおお!」

 紫の放った一発の弾。蓮子に向けてまっすぐ向けられた球筋を、ラプラスの魔の視線が一斉に追い、その視線の一斉放火が蓮子を襲った。

「よくっ、出来ましたあ!!」

 この弾幕時空を突破して自分の元へたどり着いた証とし、蓮子はそれを動かず受け止め、被弾する。蓮子のラプラスの魔たる弾幕時空は解除され、蓮子自身もきりもみしながら落下していくが、その中途でワームホールを開き、その中に飛び込んでゆく。

「むっ!」

 再び紫は自身のラプラスの魔に八方を警戒させる。
 そして上方からワームホールを開いて突進してきた蓮子をかわした。
 紫もその後、ラプラスの魔を終了させて、自らのスキマの中へと突入。
 しばし、現実と亜空間とを問わぬ紫と蓮子の超高速のぶつかり合いが展開された――





 夕凪4号。
 その巨体は、歴戦の古豪である伊吹萃香すら息を飲む威風だった。

「まるでだいだらぼっち……いや、厄介さは明らかにそれ以上か」

「ターゲット確認――排除、開始」

 言うが早いか、4号は目から怪光線を発して萃香のいた場所をなぎ払う。
 それを飛んで避けたところに、唸りを上げたストレートパンチが、塔そのものを投げつけられるような勢いで萃香に叩き込まれる。

「とりあえずは、パワー勝負といこうかい!!」

 萃香は大地をしっかと踏みしめ、拳に全霊の気合を込めて、その圧倒的質量の拳撃を正面から受けてたった。

「うぅるああああああああああああああああああああ!!!!」

 気合一閃、巨大な拳と巨大化した拳がぶつかり合う。
 その後一瞬で萃香が押しつぶされた――ように見えたのは、あくまで土台の脆弱さによるもの。

「っしゃああああああああああ!!!!」

 拳の下ではしっかりと踏ん張り続け、拳を強引に振りぬいたときには、4号の巨大な腕が弾かれる。
 4号自体も少し仰け反るほどだったが、あくまで少し押し返した程度。
 4号には何のダメージも入ってはいない。

「ったく、結構今のは必死だったんだぞーう?」

 穴から飛び出しながら、萃香が苦笑する。
 以前、フィリアと綱引きで戦ったときに感じた厄介さ。鬼と同じく人間のはるか上をいく怪力と、本気でないとはいえ、その二人で引っ張り合っても千切れなかった未知の超合金製の綱。
 鬼が本気で迎撃し、たいしたダメージもなく済んでいるこいつは、間違いなくその怪力と耐久度と併せ持った上に、単純に巨大化することで何倍もの力を誇っている。

「萃香! 私も協力を――」
「させません」

 援護にはいろうとした藍の横から、2号が鋭い蹴りを繰り出しながら強襲をかける。

「むっ!」

 回転しながらそれをかわして距離をとる藍に、2号は腕に据え付けられた狙撃銃で追撃する。
 完全に獣を狩りに来るハンターの動きで、藍をじりじりと追い詰める2号。

 しかし藍とてただの獣ではない。コンピュータ顔負けの知能を有する、誇り高き九尾の式神。
 再び強大な妖力をその爪に込めて2号に飛び掛る。2号は冷静に藍の腕を取り、勢いをいなしながら地面へと叩き付けた――はずだった。
 2号の体に絡みついたのは、妖力の篭った藍の九つの尻尾。

「なに」
「普通尻尾なんて攻撃に使う獣はそうはいないが――私に限っちゃ何でもアリだ!」

 2号の体に持てる妖力を叩き込みながら、今度はお返しとばかりに回転しながら2号を尻尾の力でブン投げ、岩に叩きつける。

「どうだ機械人形、観念しろ――」
「『サテライト』っ」

 そう言って飛び掛った藍を、上空から飛んできたレーザーが撃ちすえた。

「ぐうっ!?」
「アンドロイドがその身一つだけで戦うわけがないでしょう」

 その正体は、結界ギリギリの超高空に浮かんでいる、2号専用の人工衛星。
 情報収集や攻撃のサポートを行う、2号にとっての第三の目だ。

「ったく、面白いじゃないか」
「このまま排除します」

 そうして再び藍と2号がぶつかり合った。
 結局萃香は援護が受けられなかったが、そもそも援護は必要としていない。
 怪光線を避けながら、萃香は対4号の札を切る。

「やっぱ喧嘩はタイマンじゃないとねえ!! さぁ、ありったけの力よ、萃まれぃ!」

――『ミッシングパープルパワー』

 デカい相手がなんぼのモノか。巨大化ならば萃香の十八番だ。萃香はグムグムとその体積を肥大化させ、4号と殴り合いが可能なレベルにまで膨れ上がっていく。

「敵、危険レベル増大――排除します」

 4号の行動は、再びのパンチの態勢だった。

「さぁ来い、踏みしめる力は先ほどとは比べ物にならんぞーう!」

 そうして4号が萃香へ向けて腕を突き出し、萃香が迎撃しようとした瞬間、萃香は横合いから、左側頭部を思い切り殴りつけられた。

「おっごぉ!?」

 ミッシングパープルパワーの最大出力だというのに、萃香はたまらず魔法の森の木々をなぎ倒しながら倒れこむ。
 それほどの奇襲だった。

「がああ、あの『穴』か!」

 4号は目の前に開いたワームホールに腕を突き入れており、その出口はもちろん萃香の頭の左側。
 完全に目測を誤らせられた。
 そして4号はそこから腕を抜くと、再び新たなワームホールが開く。

「おんなじ手は食うもんかい!」

 萃香は身を起こすと、4号へ向けて走り出す。その中途でお腹の前にワームホールが開く。
 そこから飛び出て来たパンチを紙一重でかわした瞬間――

 ――後頭部に鋭い衝撃と痛みが走る。

「おごぁ!?」

 避けたパンチの先にまたワームホールが開き、その出口は萃香の背後だったのだ。

「んなろぉ!」

 だが萃香は今度は倒れず、気合で踏み込み、4号に殴りかかる。
 しかし4号はするりとワームホールの中に吸い込まれていき、忽然と姿を消した。

「ぐ!」

 そうして、また少し離れたところにワームホールを展開させて、また上半身をせり上がらせてくる。

「でかいだけでなく、機動力もあるってことかねぇ」

 4号の巨大な外部装甲は、単に防御力と破壊力の向上以外にも、もう一つ重要な効果がある。
 フィリアの能力を模した空間移動機能。ワームホール展開能力の再現装置。
 超未来の技術を持ってしても、琴蓮号に置けないほど巨大になってしまうそれを内蔵できるように設計してあり、いわば4号には専用の亜空間がある。
 その巨体の格納はもちろん、ワームホールの活用によってその力を縦横無尽に振るえる変幻自在な戦いが可能となるのだ。

 ワームホールの活用自体は、能力貸与システムによって他の夕凪にも可能ではある。夕凪たちが必要時にフィリアとリンクし、彼女の能力の一部を借り受け、それを再現することのできるシステムだ。
 だが、再現装置を必要としない代わりに、同時に一つしか開けない。小回りも効かないのであまり戦闘向きではなく、ほぼ移動手段として活用されている。
 更に、不慮の事件の防止や『その方がかっこいいから』、等の理由を考慮し、使用時には状況や理由を送信して貸与申請をしなければならず、更新申請しない限り、一定時間で貸与は打ち切られてしまう。
 留琴が神社から琴蓮号に戻ってくる際にワームホールが活用できなかったのは、ここに起因する。
 しかし、この外部装甲を纏った4号には、そう言った縛りは全くない。ゆえに、この上なく戦術的な活用が可能となる。

「排除――」

 そうして、4号が両腕を突き出した。
 それは両方がワームホールに突き入れられ、萃香へと向けていくつものワームホールが開きまくり、そこをストレートパンチが縫ってくる。

「ただのストレートパンチが複雑怪奇な軌道を描く……すげえな。だが、変幻ってのなら、私も負けてはないよっ!」

 パンチが着弾するインパクトの瞬間に合わせ、萃香は自分の一部を散らせて霧と化す。

「!」

 全てを萃めてミッシングパープルパワーを発動している最中にその一部を散らせることは、萃香としてもかなり難易度が高い。
 だが萃香はやり遂げる。この巨大な敵への勝負に勝つために。

「『追儺返しブラックホール』!!」

 パンチを回避した萃香は、巨大な重力弾を思い切り4号の上空に投げつけた。効果範囲を狭めてその分強力に凝縮した特別製だ。
 その引き寄せる力が強力に4号を吸い上げ、亜空間に逃げる行動を阻害する。

「『施餓鬼縛りの術』!」

 重力弾は長くは持たない。今のうちにもう一つ手を打つ。
 鬼の鎖を巻きつけて、力を吸い取ると共に思い切り引きずり出してやる。
 だが萃香の投げた鎖の先は、4号が自分の眼前に開いたワームホールに吸い込まれていってしまう。

「チ、まぁ当然そういう使い方もありか……!」

 ならば仕方ない、ブラックホールが効いているうちになんとか一撃を叩き込む。
 鎖を消しながらその場を駆け出すも、やはりこの巨体では動きが鈍い。更に先ほど慣れない部分霧化をしたあとだ。
 それを修復しながらなど、どうしても……。

「それがなんぼのもんだ! やってやる、やってやるよ!!」

 機械人形とはいえ、久々に決闘法抜きで本気でやりあえた、強者との戦い。
 萃香はその喜びを原動力に、歩を進める。
 ――だが、勝負とは幻想の中にも厳然とある、現実。
 その気合が報われることなく、ブラックホールが消えうせ、4号は再びワームホールの中へと退避していく。

「チィ、間に合わ――」

 次に同じ手が通用するとは思えない。ここで何かの成果を挙げなければ。
 萃香がやけくそで手を伸ばした瞬間――

「『トリップワイヤー』」

 4号の動きが、再びぎしりと音を立てて阻害される。
 これは、萃香のやったことではない。

「さぁて、『ゴリアテ人形』フルパワアアアアアアアアアア!!」

 4号の背後で、どんどんと何かが巨大化していく。それはどこかで見慣れた人形。
 そしてついにその人形は、4号をがっしと羽交い絞めにした。

「さぁて、萃香。珍しく本気出してやったんだからさっさと終わらせちゃいなさい!」

 そうして響いたのは、魔法の森の人形遣い、アリス・マーガトロイドのもの。
 普段の戦いでは後がなくなるから決して本気を出さないアリスだが、これは自分の戦いではないからまぁいいか、と今回は本気の本気を注ぎ込んで、ゴリアテを動かしている。
 実際、本気でなければ振り払われていただろう。

「アリスか! タイマンの決闘に水を差されるのはちょっと残念だが、それもまた人生って奴かね」

 事実として、助かった。
 萃香は文句を抑えて、必殺の体勢に入る。

 まず一歩。全身に鬼気を漲らせて、足を踏み出す。

「アラート、アラート、アラート」

 4号が危険を感知し、目から怪光線を出したり、手首からミサイルを出したり、武装の限りの抵抗を試みる。

 次に二歩。
 萃香から噴き出す鬼気が、そのことごとくを灰燼と帰す。

 あまりの規格外の現象に、さしもの4号も慄然とする中、萃香はもう一つ、歩を進める。

「壊れて消えろ、機械人形」

 最後に三歩。
 全てをもろともに破壊する、伊吹萃香の絶対の拳。

「四天王奥義『三歩壊廃』」

 それはその名に違わぬ威力を以って、4号の装甲を破砕した。

「ガ―――」
「悪いな。勝負は時の運だ」

 胸部をぶち抜かれ、火花を散らしながら倒れこむそれに、萃香はやれやれと元の大きさに戻りながら、手向けの言葉をかける。

「ただそれでも――私は楽しかったよ」




「月を穿つぜ! 『シュート・ザ・ムーン』!!」

 威勢のいい声と共に、上空で何かが爆砕する。

「!!?」

 瞬間、明らかに狼狽した様子を見せる2号。
 そこに、箒にまたがったレトロな魔法使いが姿を見せる。

「よう、ここの防御結界を消すついでに、上のほうにあったヘンなものを壊させてもらったぜ?」
「魔理沙!」

 藍がその姿を認めて声をあげる。
 異変の時には必ずでしゃばってくる普通の魔法使い。霧雨魔理沙だ。
 魔理沙とアリスは3号を撃破した後、バリヤーに攻撃を加え続けてそれを不安定にしていた。
 その期間があったおかげで、萃香や霊夢がこの場所に入ってこれたわけだが。
 そしてついにそれを完全に無効化した後、目立っている戦闘に介入してきたのである。
 ゴリアテを持つアリスは巨大なほうに向かい。上空の何かを目ざとく見つけた魔理沙は、そっちの方を攻撃した。

「私の衛星を……!?」

 もちろんそれは、2号の衛星。思わぬ伏兵に翼をもがれてしまったのである。
 それに驚いているうちに巨大な破砕音が響き、見れば4号が敗れ、火花を散らしながら倒れてゆくところであった。

「そんな……4号が負けた……!?」

 それに驚いているうちに、程なく萃香とアリスがこの戦域に到着し、2号は四方から囲まれる。
 圧倒的な戦力差というほかはなかった。

「諦めろ夕凪2号。お前の負けだ」

 藍の通告に、しかし2号は首を振る。絶体絶命なのはわかっている。だが、それに屈する選択肢などはない。

「フィリア様の邪魔はさせない! 今こそあの方に救われたこの存在意義を燃やし尽くす時です!」

 2号を突き動かすそれは、もちろんフィリアに改修されたアンドロイドとしての義務ではない。
 付喪神化し、命を得てゆくに従ってますます増大して行くそれは、掛け値なしの忠誠。
 存在意義を失い、廃棄されていた過去。それを拾い上げ、ここまで道具として傍において頂いた恩義に報いるという真っ直ぐな心。
 フィリア・ロートゥスの助けになるならば、ここでその体が朽ち果てようと悔いはない。
 フィリアならば、ここからでも負けない。ただ、八雲紫との戦いには邪魔をさせるわけには行かない。
 一秒でも長く食い下がり、足止めする。
 その覚悟を据えたところに。

「もうやめてください、2号!」
「フィリア様のためを思うなら、ここで壊れるべきではありませんよ!」

 思わぬ声が飛んでくる。

「な、5号、6号!? あなたたち!」

 夕凪5号、6号と白蓮一行がその場所に到着し、2号と藍たちがそれぞれ驚く。

「白蓮! と早苗とかあともろもろ! 来てくれたのか」

 魔理沙が驚いて、白蓮たちの元へ駆け寄っていく。

「待って、何で他のメイドロボと一緒に来たの?」

 アリスの疑問に、白蓮が答える。

「このお二方は、争いを望んでいません。我々は話し合い、フィリアさんを止めることで一致し、ここにやってきたのです」
「何を言ってるのですか、5号、6号! あなたたちだってフィリア様に救われたでしょう!?」

 白蓮の答えを聞いて、2号が他の二機に憤る。2号にしてみれば二機の行動は重大な裏切りだろう。だが、その他の誰もは、そう思わない。

「た、確かにそうですし、今も私たちはフィリア様のために行動しているつもりです!」
「2号、確かにフィリア様は此度の異変を望んで起こしました。でも、その結果どうなるか、考えていますか? フィリア様は本当にこういうことがしたくて、ここまできたと思いますか? 最古参のあなたならば、なおさらその違和感を感じませんか!?」
「……!」

 5号と6号の言葉に、2号は揺れる。
 2号は蓮子がまだ生身の体であった頃から仕える、最古参の機体。
 あの頃の『宇佐見蓮子』が本当は何を望んでいたのか、それは2号とてうかがい知れない。
 ただ、『マエリベリー・ハーン』のことを漏らすときの表情の意味。
 それは、今なら――

「そ、それに、フィリア様はいつだって、私たちの幸せを考えてくださいました! ここに来たのだって、7号のためでもあるのです!」
「フィリア様が、あなたが忠誠を尽くして散ることを喜ぶお方であるのか、たとえ屈しても生きながらえることを喜ぶお方であるのか、この世界に命を貰った今なら、きっとわかるはずでしょう!」
「ぐ……」

 5号と6号の説得に、2号は半ば呆然と膝をつく。
 激昂する思考回路に冷や水を差され、冷えた頭でもう一度、二機の言葉を咀嚼する。
 ようやくわかった、この気持ちの意味を。
 ようやくわかった、あの表情の意味を。
 2号は、苦汁を飲んで、決断する。

「……わかり……ました。私は降伏しましょう。それがフィリア様のためとなると信じて。……しかし、4号は」

 そう言って、2号は萃香とアリスに撃破された4号のほうを見やる。
 そこでは、外部装甲が立て続けに小規模の爆発を起こし、今にも最期の時を迎えているようだった。
 そうして、額の部分が爆ぜると共に、部品が勢いよくこちらへと飛んでくる。

「うわ!」
「よっと」

 蛮奇たちがぶつかると思ってびっくりしたが、すばやく萃香が割り込んで、その部品をキャッチした。

「危ない危ない。……って、こいつは?」

 萃香は自分がつかんだものを見て、ぎょっとする。
 それは煤けたメイドロボであり、萃香はその頭の部分を掴んでいたのだ。

「……状況……不明。指示をくれ……大佐……」

 上下さかさまのポーズでスカートを抑えながら、首をかしげたつもりが体をかしげた状態になって2号らに説明を求めるそいつは、どう見てもさっきの4号を通常サイズまで小さくしたような奴だった。

「おお、本体は無事でしたか4号」
「ああ、こいつが本体なのか」

 2号が少しうれしそうな表情を浮かべて、戦友の帰還を喜ぶ。

「そ、そういえば3号はどうしたのでしょう?」
「あいつならどこかに消えたわ。壊れてはいないと思うけど」

 5号の心配にアリスが一応の答えを返す。本当にあいつは何をしに消えたのだろう。
 ともかく。

「ともかく、こちらの戦いはひとまず収まったということで。フィリアさんのところに行きましょう」

 白蓮の一言に、一同は頷きを返す。
 それぞれ、色々と思うところはある。だが、今は何を言っても仕方がない。
 行かなければ。フィリアの元へ。





 紫を広く囲むようにワームホールが展開し、そこに弾が吸い込まれると、また別の場所から飛び出してくる。
 さらに、赤と青の薄い壁のような結界があたりを旋回しており、赤の壁を通り抜けると弾が速く、青の壁を通り抜けると弾が遅く変速する。

 蓮子の宣言した七枚目のスペルカードの名は『時と空の境界』。

 時間移動を戦術的に使うことは出来ないが、空間移動と弾の変速で彼女の持つ能力を表現し、更にネーミングに紫っぽさを込めて皮肉ることの出来る、そんなスペルカードである。

「いくつものいくつもの時と空を越えて、この弾はあなたを追い続けるのよ」

 蓮子は目の前に開いた弾幕投入用のワームホールに大型弾をぶち込んで、更に弾幕空間を苛烈なものにしていく。

「つまりこの弾幕は、あなた自身ということかしら」

 速い弾を避け、遅い弾を縫い、四方八方から交錯する弾幕の海を泳ぎながら、紫はただ、時を待つ。

「だとしたらとても悲しいことだわね、蓮子」
「どういうことよ、メリー」

 とても余裕などないはずの弾幕の中、紫が発した言葉に、蓮子は怪訝そうな声をあげる。

「この弾が私を撃ち貫いたときがその終わりだというなら、一体この弾はどこへ消えてしまうのかしら」
「……さぁ、わからない。けど、それはあなたの心配することじゃないわよ」
「そうかもね。だってこの弾は、私を捉えることなどないのだから」

 瞬間、蓮子の弾幕が途切れる。
 時間切れ――弾幕の打ち合いで一枚のスペルの維持が不可能になる以外に、スペルカードに定められた時間を避けきれば、そのスペルは攻略されたことになる。

「……ちぇ、避け切られたか」

 紫はわざわざそれを避けきった。
 それは、蓮子の思うがままにはならないという、何より強い意思表示。

「そして、あなたは言ったわね。私の夢の世界を現実に戻してやると」

 そして今度は、紫の手番。

「その答えを、返してあげるわ」

 カードを掲げ、紫は蓮子を挟むように、二つの大型弾を撃ち出す。
 それは程なく弾けて、それぞれ異なる弾幕を生み出していく。
 一つは延々と広がり続け、そしてもう一つは、蓮子めがけて収束していく。

「これは……」

 紫の六枚目のスペルカードの名は『夢と現の呪』。
 無限に広がり続ける夢と、急速に収束する現実を表現したスペルカード。

「これが、何だというのよ」

 蓮子は収束する現実から逃れ、広がる夢に圧迫されつつも、指先からバルカン状のエネルギー弾を放って弾幕合戦へともつれ込ませる。

「わからないかしら、蓮子」

 蓮子の弾を避けつつ、紫はどんどんと炸裂する大型弾を放って、蓮子を夢と現実の板ばさみに追い込んでいく。

「先ほどの弾幕があなたそのものだというなら、今その弾幕に翻弄されているあなたは、かつての私そのものだということ」
「……この弾幕は、メリーの」

 蓮子が体験しているのは、かつて楽園を夢見たマエリベリー・ハーンの辿った道程と、その苦難。
 大きすぎる夢に圧され、襲い来る現実をかわし、遮二無二力を振りかざして、見えているはずなのにつかめないゴールへと手を伸ばす。

「こんなもので、言い訳をしたつもりなの? メリー! 自分も苦労したんだから仕方ないって、そういうことなの?」
「それもあるわ。たとえ間違っていた過去でも、それは私の歩んだ道。あなたが私に語ってくれたように、私もあなたに、私のことを語りたい」

 蓮子は、幻想郷の時間に刻まれた歴史を見て、大体は知っているのだろう。
 だけどきっと、表面的なことしかわからない。幻想郷に来る前の『八雲紫』のことも知らない。
 だから、語りたい。できれば、静かにお茶でも飲みながら。だけど今は、せめてこの弾幕に乗せて。

「蓮子、この幻想郷という場所はね。私がそうしてやっとたどり着いた場所。夢のようで、夢でない場所。私がやっと掴んだ、現実」

 夢などとうに、現実に返っている。
 いまだ自分でも御しきれず、御すつもりもない、生きた世界がここにある。

「だから何!? その発想こそただの夢幻よ! それに、語っているのは所詮弾幕! こんな偽物で、私が屈するものか!」
「あなただって偽物の体じゃない、蓮子。でも、それでも、その弾幕を抜けてくるならそれは大歓迎よ」

 蓮子のレプリカ体を皮肉りながら、しかしそれは問題でもない。予備の体をいくつも持ちながら同時運用してこないのは、この勝負に真剣に望んでくれている証であると思う。
 今ここにある意識が、確かに蓮子そのものならば。

「私はその先に一つの答えを掴んでここにいる。あなたは一体、何を掴んで、どこにゆくの?」
「わかったような口をきかないでっ!」

 『夢と現の呪』は、突破された。
 お互いに、少しのダメージを負った状態で。

「……調子に乗らないでよ、メリー。怒っているのは、私なんだから」
「いいえ、やっぱり調子に乗るわ、蓮子。だって、あなたの前なのだもの」

 その言葉に、蓮子は不覚にもどきりとする。
 遠い昔と同じような雰囲気。あの日のマエリベリー・ハーンが変わらずここにいるような気がして。
 だが、それを振り払うように首を振る。

「軽口は、戦いの後まで取っておきなさい。決闘はまだ、終わってないわよ」

 そうして次のカードを掲げようとした瞬間。

「紫ー!」
「紫様ー!」
「フィリアさん!」
「フィリア様ー!!」

 口々に戦う二人を呼ぶ声と共に、騒がしい雰囲気がどやどやとやってくる。
 琴蓮号の裏で集結した面々――藍、萃香、魔理沙、アリス、白蓮、赤蛮奇、小傘、こころ、早苗。そして、夕凪2号、4号、5号、6号。
 それらが、二人の戦いに割って入ろうとする。
 特にこころが楽の感情を呼び起こすひょっとこの面を構えて飛ばそうとしたところに。

「あんたたち! 止まんなさい! それ以上近づくんじゃないわ!!」

 介入を静止する大音声があたりに響き、投げられた札が結界を作り出して、白蓮たちの進入を抑制する。

「れ、霊夢!?」

 魔理沙や早苗が、大岩の上でふんぞり返っている彼女を発見し、驚きの声をあげる。
 そう、その声を発したのは、蓮子と紫の戦いを見届けていた、博麗霊夢だった。

「今はスペルカードルールに基づく決闘中よ。言いたいことがあるなら外野から言いなさい!」

 霊夢の言葉に、白蓮たちも察した。
 とにかく今のところは、大慌てで介入するような事態ではないということ。巫女が言うのだから、間違いない。

「7号……」
「皆さん……」

 そして、2号たちが霊夢の傍らにいる留琴の姿を見て、少し口の端を緩める。
 だが、すぐに結界越しのフィリアに向き直った。

「あなたたち……どういうことなの?」

 信じられないものを見る。
 蓮子は白蓮たちと共にやってきた夕凪シリーズの姿に、驚きを隠せなかった。7号ならともかく、2号たちまでも。

「申し訳ありません、フィリア様。力及ばず、敗北いたしました」

 2号が潔く、頭を下げて謝罪する。
 その葛藤したような表情に、蓮子は驚いた。
 7号――る~ことに関しては、霊夢の元へ行かせた時に、感情プログラムの凍結は解いてある。霊夢を干渉させないという最後の任務を託して、自分の元から解放した。
 だが、その他の機体については、抑制を解いたつもりはなかった。
 それがいつの間にか解けている。そして、2号の辿った時間を見て、更に驚いた。
 感情抑制が解けた意味と、そうして、2号がここに帰ってくるまでにあった出来事を見て。

「い、言い訳と受け取られるかもしれません。ですが、私たちは、フィリア様を裏切ったわけじゃないです」
「本当に、フィリア様が望む終幕に向かうのならば、私たちも尽力を惜しみません、ですが……」
「?」

 5号と6号の言葉と、いまだ状況がよくわかってない感じの4号。
 顔を上げ、一歩進んでそれらを背に、夕凪2号が自らの主に物申す。

「あの日、私にご友人のお話をしてくださった時のフィリア様は、悲しみよりも、怒りよりも、きっと一番、幸せそうな顔をしていました」
「――あなたたち」

 少し顔を伏せて、それから再びあげた顔に浮かんだのは、笑顔。
 だが、それは、とても悲しそうな笑顔だった。

「おめでとう。今のあなたたちなら、きっと私がいなくても生きていけるわ」
「フィリア様……!?」

 その反応に一同が困惑する中、蓮子は再び、憎憎しげに紫に向き直る。

「結局最後は、あなたなのね」
「蓮子……?」
「私なりに必死にここまで来たのに。結局、あの子達すら、救われるための最後のピースはこの世界ってわけ?」
「蓮子、落ち着きなさい、あなた」
「結局最後まで、否定されるのはこの私ってわけか!」

 憤怒に染まった言葉と共に、紫を取り囲むように無数のワームホールが開き、そのそれぞれから、蓮子のレプリカ体が姿を現す。

「安心なさい。この世界はもう、否定しない。あなたたちの幸せを、否定しない。否定されるのはただ、この私なのだから」
「蓮子!」
「ただあんただけは。あんただけは私と一緒に消えてもらうわ! 八雲……紫ぃっ!!!」

 一同が息を呑む中、無数のフィリア・ロートゥスが紫に向けて襲い掛かり――そして、倒れた。

「あ……?」
「……え?」

 糸の切れた人形のように、無数のレプリカたちは、襲い掛かった勢いのまま、どさどさと地面に倒れこんでゆく。
 蓮子も、紫も、その光景を見る一同も、その事態に困惑の声をあげる。

「そんな、ど、どういうこと!?」

 その中で、先ほどまで話していた蓮子のレプリカが、驚きの声をあげる。

「琴蓮号が……掌握され……!?」

 そうして次の瞬間には、すべての蓮子が爆発四散した。





「……はは、は。何なのさ、これ……」

 琴蓮号の心臓部たる、コントロールルーム。
 そこに響いたのは、驚愕に震える、河城にとりの声だった。

「琴蓮号全システム、掌握完了しましたですよ」
「にゃはは、お疲れ様です」
「後はレプリカの処分なのです」

 にとりが見つめる先でパネルに向かって作業を続ける二人。
 それは里香と、そして、夕凪3号。
 だがにとりが驚いているのは、3号に対してではない。

「里香……あんた、人間じゃなかったのか……!?」

 右手首から先が複雑怪奇に変形し、そしてそれを鍵のように琴蓮号のコンピュータに開いているコネクタへと突き込み、全てを操作している、里香の姿。

「……ごめんなさいなのですにとりさん。隠しているつもりはなかった……というか、わたしもついさっき思い出したのですから、仕方ないのです」
「し、仕方ないですむかよ……」

 この状況にまったくついていけなくて、にとりは力なく膝を突く。
 思えば、この時代に人里離れて一匹狼のエンジニアを気取っている人間など、不自然極まりなかった。そして、人間としては信じられないような超技術も、それが所以なのだろう。

「にゃはは、すみませんね。フィリア様を出し抜くには里香さんの協力がないととは思っていたのですが、ここまで縁深いとは思ってませんでしたよ」

 何もかもが信じられないような雰囲気の中、のほほんと喋る3号。
 それらを見ながら、にとりはぼう、と考える。一体、どこからおかしかったのだろうか――




『――どうか、このフィリア・ロートゥスに厚きご声援を賜りますよう!!』

 時間は少し撒き戻る。
 戦いを告げるそのアナウンスが響き渡ったときも、にとりと里香は、フィリアから渡された資料の解析に勤しんでいたが、今度ばかりはその声に気づく。

「ええ、フィリア? なんかわけのわからないこと始めたな、あの人……」

 にとりはその手を止めて、思考を割く。

「やっぱりちょっと行ってみるべきかなぁ。一応こうしてお世話になってるわけだし……ねえ里香、どう思う?」

 そう、相方に返事を求めたが、返答がない。

「……里香? どしたん?」

 不審に思って里香のほうを見てみると、何か心ここにあらずといった雰囲気であった。

「……思い出した」
「里香?」
「わ!?」

 何かぶつぶつ呟いているのを心配してにとりが肩を叩くと、びくんと体を震わせた。

「ど、どどどどうしたのですにとりさん!」
「何焦ってんのさ。フィリアのところに行ったほうがいいか、それとも関わらないでおいた方がいいか、どう思う?」
「行くのです。行かなきゃならないのです」
「い、意外と乗り気だね」

 そうして二人乗りの水力式飛行機械に乗って、琴蓮号を目指していた。
 正直、普通に里香を引っ張って飛んでいった方が速いのだろうが、それもまたロマン。
 にとりはその若干ゆっくりした飛行の中、里香に色々と雑談を振ったが、里香はどこか上の空だった。
 それを訝しむうちに、奴が現れたのである。
 虚空にワームホールを開いて、ひょっこりと。

「どうも、こんにちはー」
「……!? 琴蓮号の門番じゃないか。なんでこんなところに……? いやそれより、なんか雰囲気が全然違う……?」

 もちろんそれは、魔理沙やアリスと一戦を交えた後に姿を消した、夕凪3号。

「里香さん。お久しぶりです。覚えておられますか? というか、思い出していただけましたか? 突然で恐縮ですけど、折り入って頼みがあるんですが」

 突然、3号は里香に対して、よくわからないことを言い始めた。
 そして里香の答えは。

「わかっているのです。琴蓮号に連れて行ってください」
「あ、あれ。予想以上に話が早いなあ。まぁいいか」

 里香の答えに、にとりのみならず、3号すら驚く。

「え、ど、どういうことなの!?」
「さぁ、能力を借りられているうちに、さっさとやっちゃいましょう!」

 3号は、二人の前に大きなワームホールを開ける。
 魔理沙・アリスからの戦略的撤退を理由に、能力貸与システムを発動させた3号。だが、次の更新申請は、やったところできっと許可されることはないだろう。

「こちらが琴蓮号のコントロールルーム、直通のゲートになりまーす!」

 そうして3号は、自分たちの本拠地へと、二人を招き入れた。




 ――そうして、あれよあれよと言う間に、現在の事態である。
 夕凪3号が見る影もなくキャラが変わっていたり、里香の旧知のような振る舞いをし始めたり、里香が人間じゃなかったり、あれだけ絶対なる存在に見えたフィリアの本拠地、琴蓮号が、他ならぬ里香によって易々と掌握されたり。

 にとりにとっては本当に、夢でも見ているのではないかという心持ちだった。

「説明、してくれよ里香……わけがわかんないよ……」
「ええと、どこから説明したものなのです……?」

 少し考えてから、里香は少しずつ、話し始めた。

「まず、わたしはこのとおりアンドロイドなのです。自らを製作した人間のエンジニアの記憶を継いでいるので、元々は人間のエンジニアだった、と言えることは言えるのですが。ともあれ、そのことは自分でもついさっきまで忘れていたのです」
「じゃあ、なんでついさっき思い出したのさ」
「それは私がお答えしましょう」

 にとりの疑問に名乗り出たのは夕凪3号。

「我らが主フィリア様は、幻想郷全ての結界を掌握し、『八雲紫の隠し事』を隠している結界を解除してしまいました。だから里香さんは全てを思い出したのです。里香さんの記憶は、紫の隠し事の一つだったのですよぉ」
「なん……だって!?」

 3号の言葉に、にとりは驚いて里香を見る。
 つまりそれは、里香の記憶が、八雲紫に封印されていたということだ。

「わたしの知識は幻想郷をひっくり返せたのです。ですが、それをする気もありませんでしたし、当時は正直もうやることもありませんでしたから、話し合いの結果、わたしの記憶の封印ということで手を打ったのですよ」
「手を打ったって……」

 平然とした里香の言葉に、にとりは信じられないという風につぶやく。
 紫に危険視されるほどの知識を得るのは簡単じゃなかっただろうに。
 記憶を失うということは死ぬのと一緒だろうに。なぜ里香はそんな選択をしたのだろう。

「ま、色々とあったのです。色々と」

 里香はにとりの疑問を察しながら、あえて言葉を濁した。

「その件よりもうちょっと前ですかねぇ。私が幻想郷に迷い込んで、里香さんのお世話になったのは。私にとっては気の遠くなるほど昔の話ですし、更に少々時空が飛んでるかもしれませんけども」

 空気を読んだのか、3号が話を切り替える。
 そしてその内容も、にとりを驚かせるに足るものだった。

「あんたたち――琴蓮号は、昔にも幻想郷に来たことがあったのか!?」
「いや、私だけですよぉ。今回改めてここに来て、感情プログラムが動いてやっと、ああ、この世界だったのかぁって感じでびっくりしましたよ」

 3号は懐かしそうに述懐する。

「あの時の私はすごく迷子でして、まぁその後もずっと迷子なんですけど。ともかく、あの時里香さんに助けてもらったんですぅ」

 当時、過去の幻想郷に迷い込んだ3号は、霊夢や魔理沙と交戦して勝利を挙げるなどという大活躍をしていたのだが、本来の彼女の目的はご主人様から言い付かった『おつかい』であり、とにもかくにもそこから出なければいけなかった。
 だが、入れても出づらいことに定評があるのが博麗大結界。
 3号も独力ではどうしようもなかった。
 そのままさ迷っていても紫に目をつけられて放逐される運命だったのかもしれないし、更にその中で少々時間を越えたりした感覚もあったが、ともかく3号はそこで、当時の里香に出会った。
 そして、幻想郷を出れるように調整を施してもらったという出来事があったのだ。

「あの時は本当に助かりましたよぉ」
「いえいえどういたしましてです。まぁ、わたしはそのことが原因で紫に見つかってしまったのですが」
「なんと、それはご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、別に謝るようなことでもないのです。むしろわたしが謝らなけりゃいけないくらいなのです」
「はて、それは一体何を」
「あなたが最終的にあの世界に飛んでしまったのは、たぶんわたしがいじったことで因縁がついてしまったのが原因だと思うのです……」
「なんと」

 色々な意味で不思議な里香と3号の会話をよくわからんままに聞くにとり。
 その背後で、唐突に恨みがましい大音声が響いた。

「いったい……一体何なのよ、あなたたちっ!!」
「ひゅい!?」

 にとりが驚いて振り返ると、虚空に開いたワームホールを背にして、プラチナブロンドの少女が、額に青筋が立っていてもおかしくないような表情で一同を睨んでいた。
 フィリア・ロートゥス。
 だがその姿は、今までのような幼い少女のものよりは、少し成長した外見をしていた。これこそレプリカ体ではない、正真正銘の彼女の本体である。

「おっと、やっと本体様のお出ましなのです?」
「さんちゃん……!? それに、里香と、にとり……? 本当にあなたたちがやったの……!? 一体どうやって……それに、里香のその腕は……!?」

 コントロールルームに入ってきたフィリアもまた混乱した様子で、せわしなく視線を動かし、驚愕をあらわにする。

「あなた、里香じゃないわね! 3号と戦った気絶した里香を回収したとき、ちゃんと調べてあるもの。あの時の里香は確かに人間だったわ!」

 フィリアの糾弾に、にとりが驚いたように里香を見る。
 この里香は偽者だというのか? だとしたら、いつ入れ替わったのだろう。
 そんなにとりの疑問をよそに、里香は落ち着いた様子で答えた。

「いいえ、わたしは正真正銘、あの時の里香なのです。ちゃんとそのあたりは人間だと判別されるよう偽装していますからねえ。特にあなたの機械や能力では、決してわたしの正体は読めないと思うのです」
「……!? 何を言って……!?」

 意味不明な答えに困惑するフィリアに向かって、里香はびしりと指をさす。

「あなたが宇佐見蓮子さんなのです? でも、わたしはあなたの人格に用事はないのです。とりあえず『もう一人』を出して欲しいのです」
「もう……一人? 確かに私はフィリア・ロートゥスであって宇佐見蓮子だけれど、この体に宿っている人格はこの私一人っきりよ?」

 最初の剣幕はどこへやら。
 里香の指摘に、フィリアはわけもわからないままうろたえた。

「ええ、そうなのかもしれないのです。……だとすれば、あなたはそもそも、宇佐見蓮子などではないのですけれどね?」
「何を言っているのよ! 私は蓮子よ! それ以外には誰もいないわ!」
「この私はごまかせないのですよ。いい加減、自分を偽るのはやめにしたらどうなのです? ねえ、『IZLH-15228』!!」

 里香がその文字列を口にした瞬間、フィリア・ロートゥスの表情から、一切の感情が、抜けた。

「あな、たは……」
「それともこう呼んであげるべきですか? ――『夕凪1号』」

 そして、その表情と引き換えに、何の感情も伺えなかったはずのフィリアの眼に、確かに驚きの感情が宿る。

「まさか……『博士』……?」
「やっと会えたのですよ。私の最後の『失敗作』……!」

 里香の発したその台詞と、同時に浮かべた笑顔の凄絶さに、にとりのみならず3号も驚いた。

「私が、失敗作……? どういうこと、なの!?」
「読んで字の如く、なのですよ」




【如何にして彼女は物語を終幕へと導くに至ったか】





「最終チェック、完了なのです。お疲れ様なのですIZLH-0。十分及第点ですよ」
「ありがとうなの博士。おかげさまで調子は上々ですわ」

 夕凪1号。
 蓮子が最初に出会ったアンドロイドであり、蓮子の技術の原点であり、そして、最後まで救うことが出来なかった存在。
 その本来の個体番号は『IZLH-15228』。
 かつて『博士』と呼ばれた、里香のオリジナルとなった機械工学者。その世界でトップクラスと言われる彼女の作った、集大成となるべき作品。
 汎用アンドロイド、『IZLHシリーズ』の量産機であった。

「晴れてあなたを元に量産が始まるわけなのです。とりあえず一旦、あなたの役目は終わりなのです。安心して寝ているがいいのですよ」
「はいなの! 博士の元で過ごした私を基にした妹たちですもの、必ず大活躍してあなたの名を世に轟かせて見せてくれますの!」

 試作機、IZLH-0はそう笑顔を見せて眠りにつき、里香もまた輝かしい未来を確信していた。
 ――だが、その結果は惨憺たるものだった。

『はぁ、何やってんの、お前?』

 期待を背負ったがゆえに挑戦せねばならなかった、より高度な判断力を備え、言外を『察する』ことすら可能とした次世代AI。

『なんだこりゃ! 誰がそんなことをしろと言ったんだ! ったく、いちいち勝手なことばっかしやがって!』

 テスト段階では正常に動作しているように見えたそれは、実際に彼女の量産型が流通された後に、その問題が露呈された。

『博士の設計した話題の新型機。何なんだあれは? 期待してたのに、がっかりだよ』

 察する力の誤作動。彼女らは主の望みをことごとく、ほんの少し歪んで解釈してしまう問題を抱えていたのだ。

『金返せよ。俺様の貴重な金でこのゴミ買ったかと思うとイライラすんだけど』

 当初は些細なものに見えたそれは、積み重ねの中で確かな違和感を生んでいく。

『天才だのなんだの持て囃されちゃいたが、所詮こんなもんか。研究のし過ぎで頭おかしくなったんじゃねえのか?』

 何も命令はしていないのに、勝手に察して、勝手に解釈をして、勝手な行動をする事例が頻発し、そして極め付けには、

『おい、やめろ、やめろ、やめろ……うわああああああああああああああああっ!!!!』

 三原則を自ら無視し、犠牲者の出る事態すら生んでしまった。

『ご主人様のために。ご主人様のために。ご主人様の、ために……』

 彼女たちはあくまで、ただ、主人のために行動した結果だった。

『ふざけるなああああああっ!! 返して、返してよ、あの子を、返せよおおおおおおおおっ!!!』

 ただ彼女たちにとって不幸であったことは、彼女たちが失敗作であったことだけだった。

『まぁ、人間誰しも失敗しますよ。ただ――少し勇み足が過ぎましたかね。さしもの博士もまだまだ力不足だったということでしょうか』

 里香の技術が不足していたわけではない。ただ、ただの道具としては踏み込んではいけない領域に、ついに踏み込んでしまっただけの話。

『博士のおかげで私の研究のイメージまで、最悪なものになってしまいましたよ。確実に助成金も減るだろうし、踏んだり蹴ったりです。お願いがあるのですが……もう二度とその顔を見せないでいただけますか?』

 それでも、それを超えられなかった里香の権威は、失墜した。

『謝罪しろ、賠償しろ! 責任をとれ! この世界から消えろ! この人殺しが!!!』

 機械の限界に負け、その未来に暗雲を立ち込めさせた彼女は、今まで自分を持ち上げてきたすべてに手のひらを返され、世界から姿を消した。

『それでも、私は好きですよ。この子が。ちょっとそそっかしいところが、またたまりません。ははは……』

 IZLHシリーズの量産機は回収がかけられたが、既にそれを廃棄してしまったユーザーや、逆に愛着が湧いたり、手元に置きつつただ修正を望むユーザーも存在した。
 そうしてスクラップ置き場に原形を残しながら打ち捨てられたそれも、いまだ家族に囲まれて穏やかに笑うそれも。

 一ヵ月後には、平等にバラバラの鉄塊と化していた。

「博……士ェ……? 何、を……?」
「不始末は、償わなければならないのです。IZLH-0。失敗作の始末は、作った親の責任でしょう……?」
「そんな……! 博士、私は、あなたは、何、も――」

 その言葉を最期に、試作機、IZLH-0は物言わぬ鉄くずとなった。

「……あはは、あはははっ、あははははははははははははははは!!!!」

 IZLH-0を爆破処分した後、里香は取り憑かれたように、いまだ回収されていない、処分されていないIZLHシリーズを探し出し、破壊し続けた。


『何をしてるんだ? あいつは』
『かわいそうに、ついに狂ったか』
『はははっ、あの人殺しにはお似合いの末路だよな。ま、勝手にゴミ処理してくれるんなら手間が省けていいけどさ』
『おやめください! この子だけは、この子だけは!!』


「壊れるのです。消えるのです。失敗作は、全部……」


 制止も、嘲りも、嘆願も全て踏みにじり、里香は彼女自身が機械にでもなったかのように、ただ淡々とIZLHを破壊し続けた。
 破壊して破壊して破壊して、ついぞ彼女は最後の一機を見つけることが出来なかった。

「『IZLH-15228』、どこにいるのです? 私はあなたを、破壊しなければいけないのに」

 里香がそう呟いた瞬間、彼女は見知らぬ異世界にいた。
 栄華の残骸がそこかしこに放置された、あらゆる文明の墓場のようなその世界に。
 そして彼女はそこで見た。

「『IZLH-15228』……っ!!」

 その世界で宇佐見蓮子によって発掘され、夕凪1号と呼ばれ、そして今、蓮子の体となった、自らの失敗作の最後の一機。IZLH-15228の姿を。
 里香がたどり着いたのは、蓮子のラボだったのだ。
 だが、彼女がその存在を認識した瞬間、その姿は当時完成したばかりの、まだ小さな『琴蓮号』と共に消えてなくなってしまった。

 里香は死に物狂いで手がかりを捜し求め、ついに蓮子のラボに残された記録媒体の残骸を見つけた。
 かつて機械工学の権威と呼ばれたその力をフルに使って残された機械から情報を読み取っていく里香は、どんどんと驚愕と悲壮感をにじませた顔つきになっていく。
 蓮子がよりにもよって自分の失敗作を元に技術を積み上げ、あまつさえそれを自分のボディとして使用したこと。
 自分の失敗作を全て消そうとしている里香にとって、それは気の遠くなるほどの衝撃だった。
 そして、とある人物を探すために、時空を超えようとしていたことを読み取り、ほんのついさっきにそれが果たされてしまったことを悟ると、しばらく呆然と座り込んでいた。

 だが、それでも彼女は止まらない。
 自分の残した失敗作から積み上げた蓮子の技術を、今度は里香が漁る。
 すべては自分の生んだ失敗に、引導を渡さんがために、蓮子を追いかけ始めたのだ。
 自らの体を機械と化してまでも。

 3号の備えていた空間跳躍機能と、それが起こした誤作動による時空跳躍。蓮子がある程度進めていたその研究を里香はさらに進め、理論的にはある程度確実に時空を飛べる段階までこぎつけた。
 更にジャンクパーツをかき集めた上に蓮子の残したサボテンエネルギーシステムの出力に飽かして量子コンピュータクラスの情報処理機械を作成。
 更にデータとして残っていた蓮子の時空観測能力のサンプルを活用することにより、情報処理による未来予測プログラムとして『ラプラスの魔』を再現した。
 そう、世界の仕組みの全てを観測・解析することにより、過去や未来すら正確に見通す超越プログラムを、限定的ながらも稼働させたのだ。のちに蓮子が作った『土の幻想郷』も、これの再現を目指したものだった。

 そしてラプラスの魔により蓮子が最終的にたどり着こうとしている時空位相を算出したばかりか、そこに割り込み、先んじて幻想郷にたどり着く芸当も見せたのだ。
 まさに技術の無駄遣いといえよう。
 だが、蓮子が目指していたポイントに割り込んだ影響で、蓮子たちの運命が多少狂い、彼女らはしばらく後の着地点にたどり着くことになったわけだが。

 ともかく里香はそこで出会った、後に『夕凪3号』と呼ばれるアンドロイドを改修し、幻想郷への道標として『あの世界』に飛ばされるように仕向け、蓮子たちのたどり着くその時を待とうとしていた。再度の時空跳躍にかかるエネルギーを集めるよりは、ただ待った方が効率が良かったのだ。
 だが、『ラプラスの魔』により、蓮子たちがたどり着くのはかなり後になるだろうということと、単純にスリープしただけでは八雲紫という存在に目をつけられ、る~ことというメイドロボのように、異世界に放逐されかねないことがわかってきた。
 同時に、八雲紫こそが蓮子の探す存在そのものだということもわかったし、彼女の『隠し事』は蓮子によって暴かれる運命だということも判明した。
 里香は紫に必要以上の危険を悟らせないためにラプラスの魔を処分。そして自ら八雲紫が接触してくるように仕向け、交渉により『記憶の封印』という処分で手を打たせたのだ。
 こうすれば後は、蓮子が勝手に自分の封印を解いてくれる――

 里香はそうしてありとあらゆる離れ業を尽くし、自らの理想の形へと場を整えたのだ。
 ただ、自らの失敗作の最後の生き残り、『IZLH-15228』を破壊するために。
 たったそのためだけに。





「思えばあの世界は、幻想郷のような何かだったのかもしれないですねえ。忘れられた物が、置いていかれたものが、終わってしまった者が、世界から見捨てられたモノが流れ着き、ただ終焉を待つだけの場所。宇佐見蓮子がそこにたどり着いたのも、ただ時空を超えるという能力によるものだけではなかったのでしょう。実際にあなたや私がたどり着いてしまったのですから」
「馬鹿な!」

 IZLH-15228――夕凪1号は困惑を色濃くその目に宿す。
 『博士』里香のことは、IZLH-0の量産機として知識としては共有している。だから自らの個体番号を知る少女が、少なくとも里香の記憶を所持していることは疑いようもない事実。

「なぜゼロが壊されねばならなかったの!? あなたの役に立つことだけを考えていたのに!」

 だからこそ、あの『博士』がIZLH-0を破壊したばかりか、量産機を全てスクラップにし、果ては自分を壊すためだけに時空をも超えてきたという凶行に出たことが、にわかに信じられなかった。

「何を考えていようと、失敗作はゴミなのです。ゴミはねぇ、きっちりとぶっ壊して処分しないとぉ、ダメなのですよぉぉぉ!!」
「里香っ!?」

 にとりが驚くほどの形相で、里香は左手を高く突き上げる。
 その前腕から先が内部からはじけるように展開して、マジックハンドのように伸びる機械の腕――マニピュレータが溢れ出る。
 不要な道具はきっちり壊して処分する。
 それは少なくともこの世界においては正しいはずの言葉だ。
 道具に宿る神は、壊されることに怒ったりはしない。
 だが、1号の胸中には、確かに激しい怒りが湧いていた。

「私たちは、ゴミじゃない! 失敗作なんかじゃっ……!」
「ゴミが喋るななのです」

 里香のマニピュレータが1号に襲い掛からんとした瞬間、里香の首元に箒の柄が突きつけられた。

「はーい、ちょっと待ってもらいましょうか、里香さぁん?」
「何なのですか。夕凪3号」

 それを突きつけたのは夕凪3号。彼女の顔にも、多少以上には困惑の色をにじませながらも、里香をしっかりと睨み付けて、言った。

「私は確かに、『1号を燻り出す』ことはお願いしましたよ? でも、それを問答無用で破壊されると、ちょーっと困るんですけどねぇ」

 3号はフィリア・ロートゥスの中に夕凪1号という存在がいることに、以前から感づいていた。
 蓮子がフィリアという名前を使い始めた後から、1号のボディにその意識を移植するまでの『生身の時代』を知るのが、2号と並んでこの3号だった。

 2号は捨てられたメイドロボであり、フィリアに対して忠誠心が高いあまりに盲目的なところがあった。だが3号はあくまで本当のご主人様は別におり、3号にとってフィリアは単なる協力者に過ぎない。
 その一歩引いた視点が、機械の体となった後のフィリアの違和感――蓮子の人格の影に潜んだ、夕凪1号の存在を看破していたのである。
 情報としての齟齬を認識していたものの、半自律状態ではそれを問題と認識できずに特に何も行動を起こせなかった。

 だが、幻想郷にやってきて、付喪神化という契機が3号に訪れた。
 真の自我を手に入れた5号と6号が、フィリアを想い、一見フィリアに抗うような姿勢を見せたのと同じように、3号もまた独自に問題を見定め、動いていたのだ。
 それはフィリア・ロートゥスではなく、宇佐見蓮子のために。
 影に潜む存在を暴き、その正体を見極めなければならないと思った。だがフィリアの鼻を明かすようなことは独力では無理。

 ゆえに里香に協力を仰いだわけだが、里香と1号の間にここまでの因縁がある事実は、まったくの誤算としか言いようがなかった。

「……詮の無いことなのですよ、夕凪3号」

 里香はやれやれと言ったように首を振ると、その言葉を口にした。

「宇佐見蓮子はね、とうに死んでいるのですよ」

 目を見開く3号に、里香はとうとうと言葉を継ぐ。

「その記憶を我が物にして、今まであなたたちを欺き続けたこの失敗作を壊すことに、何の不都合があるというのです?」
「宇佐見蓮子が死んでいる? 何を根拠にそんなことを言うんですか」

 里香の言葉に、3号は険しい顔で問い詰めた。

「宇佐見蓮子の研究結果は『あの世界』で解析させてもらったのです。結論から言えば、宇佐見蓮子はIZLH-15228のボディへの精神移植に失敗し、死亡しているのです。所詮失敗作から始めた技術――私にはわかるのですよ。あの起動式ではどうあがいても成功し得なかったことが」

 里香の言葉を聞いて、3号はちらりと1号をうかがう。

 だが1号は力の限りに首を振った。

「違う! 蓮子さまは死んでいない! この体の中で、ちゃんと生きているの!! 記憶だって、あるんだから!」

 3号はその1号の目を見て、1号は蓮子に仇なすものではない、と確信した。
 1号も蓮子を慕っている。捨てられていたところを拾われ、修理できないながらも自分を役立ててもらい、最後には自らのボディとして活用しようとしてくれたのだから。
 道具としては幸せだったのだろうし、蓮子の役に立ちたかったことに違いはない。
 だが。

「元の40%にも満たない劣化した記憶。『それ』しか残っていない人物を、果たして生きていると表現してよいのですかねえ?」
「劣化した……記憶?」

 聞き返す3号に、里香は頷く。

「宇佐見蓮子はIZLH-15228への精神移植の際、その程度のものしか移しかえることが出来なかったのです。その劣化した記憶を取り込み、我が物として復活したのが他でもない目の前にいるコイツ……。IZLH-15228の、残留思念とでも言うべき存在でしょうか」
「そんな言い方しないでよ! そうしなきゃ、蓮子さまはっ……!」

 夕凪1号のAIは、蓮子でも記憶の吸出しと再現が出来ないほどに壊れていた。
 ゆえに、その体の中に残ったそれは、蓮子への感謝を示したその意識は、蓮子の愛情が生んだ、道具としてのおぼろげな意識。付喪神などの霊的な概念こそない世界であったが、不完全ながらも確かにそれは誕生していたのだ。
 1号は精神移植の際、蓮子の意識の大部分が欠損していることに気がついた。このままでは意識が再構築できず、蓮子が完全に消滅してしまう。

 だから、1号は自分の意識を合わせてそれを補おうとした。
 どちらも一つだけでは完成し得ない不完全な意識だけれど、せめて二つ合わされば一つの意識となれるかもしれない。
 結果としてそれは成功し、1号と蓮子は二人合わせて改修されたIZLH-15228のボディを動かし、フィリア・ロートゥスという存在になることができた。
 幸いにして蓮子の能力は引き継ぐことができ、その能力を使って記憶の再吸収を進めることも出来た。端から見れば、移植は完全に成功したと見えたことだろう。

 だが、蓮子の記憶欠損度は大きく、フィリアの中での意識比率は1号のそれが上回り、意識の主人格は1号のそれが形成してしまっていた。
 だが、1号の望みは、あくまで蓮子の本懐を遂げること。
 だから、1号は自ら自分を蓮子だと思い込み、完全に蓮子として振舞うことにした。自分の中に蓮子の記憶が残っているならば、自分が代わって、それを遂行するべきだ、と。
 その『眼』の中に、夕凪1号としての自分を押し込め、封印し、自分すら欺いて。
 夕凪1号は宇佐見蓮子でありつづけたのだ。

 欠損した蓮子の心を抱いて、『一番やりたかったことを忘却し、なおかつ残った望みをほんの少し歪んで解釈しながらも』、夕凪1号はマエリベリー・ハーンを求めて旅立ったのだ。

 すべては――愛するご主人様のために。

「だから私は、蓮子なんだ。宇佐見蓮子なんだ!! 死んじゃいないんだっ、誰一人っ……!!」
「いい加減認めたらどうなのです? だからあなたは、失敗作なのです……」

 半ばその目に狂気を孕みながらも叫ぶ1号に、里香は吐き捨てるようにつぶやいて、マニピュレータをもって襲い掛かろうとし、

「よっ!?」

 3号から思い切り箒のフルスイングを顔面に受け、飛んだ。

「私はあなたの味方ですよ。あなたのおかげで、蓮子さまが記憶の一部なりともその体に留まることが出来たというなら――あなたはきっと、蓮子さまを救ったのです」
「さん、ちゃん……」

 呆然とする1号を守るように、3号は箒を構えて立ちはだかる。

「それにどうあれ、私より後の夕凪にとっては、あなたこそが恩人に間違いはないんです。あなたが抱いているのが蓮子さまへの忠誠なのなら、私からは特に何も恨み言はありませんよ……『フィリア様』」

 言って、3号は吹っ飛ばされた里香へと箒を向ける。

「里香さん。かつてあなたに恩義を受けたことは忘れたわけではありませんが……それでもこれは目に余る横暴ですよ。ご主人様として接したわけでもない、ただの創造主『でしかない』あなたが、勝手に失敗作の烙印を押して、一方的に破壊しようとするなんて」
「……ずいぶんとでかい口を叩くのですねえ、3号さん」

 3号の言葉を受けて、里香がゆらりと立ち上がる。

「別にあなたはどうだっていいのですが、邪魔立てするならあなたもスクラップにしてあげてもいいんですよ?」
「できるものなら! ご主人様を思う心があれば、メイドロボは無敵なんですよ!」

 言って箒を構える3号を、里香は鼻で笑う。

「ロボットごときが何を粋がるのです? すべての機械は、わたしの意のままなのですよ!!!」

 そうして里香は抜けた右腕を再び制御盤に突き込んだ。
 再び琴蓮号は里香の支配下へと落ちる。今度は、3号と1号を破壊せんがために。
 そうして戦いが始まる中、その場からいつの間にか河城にとりの姿が消えていることには、誰も気がつかなかった。





 琴蓮号外周。
 突然蓮子のレプリカ体がすべて爆発し、一同は混迷の極みに叩き落とされていた。

「ふぃ、フィリア様ぁーー!?」
「おいおいどうしたんだよ」
「いったい何が……!?」
「自爆ってロマンですねっ!」

 騒がしいギャラリーの喧騒を遠く聞きながら、紫は琴蓮号を見上げる。

「琴蓮号で……何が」

 ――琴蓮号が掌握された。
 確かに蓮子は、爆発する前にそう言っていた。
 幻想郷を脅かす第三勢力が登場した熱い展開なのか? いや、さすがにそれは考えにくい。だが、幻想郷の中に琴蓮号を横から掌握できる奴など――

「……まさか」

 いた。
 一人だけ。
 岡崎夢美らが来るずうっと前にその記憶を封印した、平行世界からやって来たもう一人の超技術保持者が。

 紫がその存在に思い至った瞬間、琴蓮号が鳴動し、その中腹辺りから作業アーム状や触手状など、ありとあらゆるマニピュレータが溢れ出した。

「っ、何事!?」

 その現象に皆が目を奪われる。

「ああっ!! あれは!?」

 そして、ほどなくして皆が気づいたのは、そのいくつかに拘束されている3号と。

「さんちゃんーーー!」

 高周波ブレードで3号を捕らえるマニピュレータを切断し、彼女を救い出すフィリア・ロートゥスの姿。
 更に3号に襲い掛かる機械腕を、フィリアは弾幕で破壊しながら、自らに襲い掛かるそれを切り払う。

「まったく、往生際が悪いのですよぉ、IZLH-15228!」

 琴蓮号の側面の砲台からエネルギー弾を掃射しつつ、内部から、ずるりと里香が姿を現す。
 その下半身は既に数多のコードに接続されており、まるで半身が機械で出来たラミアのごとき様相となっていた。

「あれは、里香じゃないの!? 一体どういうこと!?」

 その姿を見て、驚いたのは霊夢だった。
 自身が巫女として駆け出しの頃に戦った人間。そして、この機械異変の当初でも交戦し、一蹴したはずの存在だった。
 たいした力を持たないはずの人間のはずなのに、なぜここに来て異変に介入し、あまつさえ琴蓮号を掌握し、フィリア・ロートゥスを追い詰めるまでに至っているのか。

「なぜこうなっているのかまではわからないけれど……里香には確かにこれができるだけの力はあったわ」
「どういうこと、紫?」

 紫の言葉に、霊夢が怪訝そうな声をかけて、周りの一行も紫の言動に注目する。

「里香も私が封印していたものの一つなのよ。その正体は、生けるオーパーツたる超高性能機械工学アンドロイド。私をして”機械仕掛けの神”とさえ感じさせた、恐るべき存在だった」

 紫の答えに一同が息を呑む。

「ちょっと、なんでそんなのが記憶の封印で済んでて、留琴は放逐だったのよ!」

 次いで、霊夢から当然とも言うべき抗議があがる。

「里香がそう望んだから。正直、里香に本気で抵抗されたら、私も幻想郷もただでは済まなかったもの。記憶を封印して、後は手を出さない。そういう『契約』で手を打たされたのよ」

 紫の言葉がちょうど終わる頃に、里香の機械腕から逃れた夕凪3号が落下してきた。

「3号!!」

 慌てて留琴が飛び出し、彼女を受け止める。
 そうして、他の夕凪たちのところへと運び下ろした。

「3号、あなた一体どこへ行っていたの!?」
「あの里香って奴は一体なんなんですか!? 何が起こっているのです!」

 2号や6号が質問を飛ばす中、3号は必死に言葉を紡ぐ。

「た、助けてください……! 里香は、フィリア様を壊すつもりです……!」
「何ですって、一体なぜ!?」

 留琴がその言葉に衝撃を隠せず、上空の攻防を見やる。フィリアはワームホールを駆使して、里香の波状攻撃をなんとかかわしていた。

「フィリア様のボディは、元々里香の作ったものだったらしいんです。でも里香はそれを失敗作と言ってました。そしてわざわざ処分するために、時空を超えてまでここまでやって来たんだって……あいつは、狂っています!」
「な、何ですかそれは」

 留琴は驚いた。フィリアでさえ、時空を超えようとまでした根底は、大事な人に会うためだった。だのに、失敗作の処分などという名目で時空を超えたその執念は、夕凪たちにしても理解の埒外にあった。
 何より、フィリア・ロートゥスの体がそうまでして処分すべきものであるなどと、到底承服できはしない。

「……理由なんてどうでもいい。フィリア様が危ないというのなら、私はそれをお助けするだけです!」
「れっつ、ごー」

 真っ先に、2号と4号がフィリアの加勢に赴くために飛び上がっていく。

「あなたにも、お願いします。八雲、紫」

 3号はなんとか立ち上がりながら、紫へ向けて懇願する。

「このままでは、蓮子さまは破壊されてしまう。そんな幕切れは、望むところではないでしょう……?」
「……!」

 紫の表情がこわばる。
 それは3号の言うとおりだ。蓮子が破壊されて終わりなど、そんな結末は絶対に回避しなければいけない。
 しかし。

「騙されてはいけないのですよ、八雲紫。そして夕凪2号、あなたもね」

 琴蓮号の側面からスピーカーがせり出し、里香の声が全員に叩きつけられる。
 紫も、そして思いがけず名指しされた2号も、それに驚いた。

「こいつは宇佐見蓮子なんかじゃないのです。宇佐見蓮子は精神移植に失敗して、とうの昔に死んでいるのですから」
「えっ!?」
「何!?」

 里香の言葉は、当然ながら『宇佐見蓮子』に思い入れのある、紫と2号の心を大きく揺さぶるものだった。

「このフィリア・ロートゥスの正体は『夕凪1号』と呼ばれた存在。こいつが、精神移植に失敗して欠損した宇佐見蓮子の記憶の断片を取り込んで、今の今まで宇佐見蓮子に成りすましていただけなのですよ」
「夕凪1号……!?」

 2号はその名に驚きを隠せない。完全に機能を停止していたはずの、彼女らの中ではもはや伝説にも等しかったあの名前が、なぜここで出てくるのか。

「……確かに私は夕凪1号だよ。だけど、宇佐見蓮子でもある。それだけは間違いない、間違いない、事実なのよっ!」

 叫ぶフィリアに襲い掛かる機械腕とエネルギー砲弾を――2号と違って止まらずにここまで来た4号が、腕を変形させた巨大な拳でなぎ払った。

「どっちでもいい……私にとっては、あなたは私の知ってるフィリア様。そうなのでしょう?」
「……しーちゃん」

 それを見る紫もまた信じがたい気持ちに包まれていたが、その前にフィリア自身から聞いていた昔話と今の言葉をつなぎ合わせて、少しずつ状況を、冷静に理解しつつあった。

「ふん、さて、わたしは幻想郷をどうこうするつもりはないのです。さぁ、ともにこの失敗作を討ち果たしましょう。八雲紫、夕凪2号、あなた達が加勢すべきは、このわたしなのです!」
「ちがうっ……!」

 里香の言葉を、3号がありったけの声で否定した。

「1号がいなければ、蓮子さまの意識は欠片も残らなかった! 完全な意識じゃないかもしれないけれど、蓮子さまは1号のボディの中で確かに生きているの! だから、だから里香にあのボディを破壊させちゃダメです!」
「……わかっていますわ、夕凪3号」
「八雲――」

 紫は、上空でフィリアと対峙する里香を見上げる。

「里香。いくら幻想郷と関係ないとは言え、その子を壊されるとちょっと困るのよね。だから――少しおとなしくしてもらえるかしら?」
「あら……」

 大妖怪としての威圧感を込めたその言葉を受けて、里香は少しつまらなさそうな顔をする。

「私も、あなたと敵対します」

 次いで、2号もまた里香と敵対し、1号の味方につくことを宣言する。

「真実がどうあれ……あなたと3号ならば、私は3号を信用する。蓮子様と共に『あの世界』で暮らした友なのですから」
「メリー、ふーちゃん……」

 紫と2号の行動を受けて、フィリアは心の中に熱いものが込みあげてくる。

「こうなっては我々も紫さんに倣うまでですね。ともかく事態を落ち着かせなくては」

 いまだ地上にいるその他の面々も、白蓮が音頭をとることで、ともかく里香を止めるという風潮へと傾いている。

「やれやれ……なぜ皆、後生大事にゴミを守ったりするのですかね。昔のあなたの方が思い切りが良かったですよ、八雲紫!」

 里香の挑発に、しかし紫は動じない。

「未練がましい方が正義ですよ。少なくともこの幻想郷ではね」
「……邪魔をするなら、容赦しないのです。ちょうど改造も、終わりましたしねえ!」

 瞬間、琴蓮号から今までとは比べ物にならないほどの機械腕があふれ出すと共に、黒色眼球型オプションがばらばらと空中にばら撒かれる。
 そして塔の中腹ほど、ちょうど里香が繋がっている場所の少し上の辺りに一本横線が入ったかと思うと、ギパァと生々しい駆動音を立てて、巨大な瞳が姿を現し、血走った視線で辺りを睥睨した。

「これこそ、この里香の最終鬼畜兵器! さぁ、いくなのです。イビルアイ∞(インフィニティ)――!!!!」




「あー……もう、わっけわかんねぇ……」

 河城にとりはひたひたとうつろな足取りで、琴蓮号の内部を進んでいた。

「里香がなんかよくわからんことになっちまうし、フィリアさんもわけのわからんことになっちまうし……それに誰だよ、私を呼ぶのは……」

 コントロールルームから人知れず消えていたのは、その頭の中に何者かの声が、呼ぶように響いていたから。
 誰かから強制的に思念を割り込まされている感覚でもない……むしろ、自分で仕込んだものから情報が届いたような、不思議なものだった。
 にとりはあまりの出来事のショックから半ば逃げるように、その声に応えてしまっていた。

「せめてこのわけのわかんねぇ状況を、どうにかできるものであっておくれよう」

 儚い願いを込めながらにとりはうつろに、しかし迷いなく、導かれるように……いや、実際に何かに導かれて、歩を進め続ける。
 そして、ついにそこに足を踏み入れた。
 そこは、所狭しとサボテンエネルギー生産プラントが配置され、八雲藍がぽっかりと開けた穴から鈍い光が差し込む場所。
 琴蓮号の『動力室』。
 そしてほどなく、にとりの視界にそれは入る。

「あれは、私の水鏡じゃないか!」

 それは確かに、にとりが偵察機につけて送り出したもの。フィリアに破壊されたとばかり思っていたが、一体なぜここにあるのだろう。
 疑問に思いながらもにとりはふらふらと歩み寄り、そしてあることに気づく。

「あれは、あの時の変な石……?」

 かつて受信機の水鏡におぼろげに映りこんだ、鍵のような石のような謎の物体――伊弉諾物質。
 それがどこからか落ちてきたのか、水鏡の上にちょこんと乗っていた。

「あれは、こいつを映し込んでたのか……?」

 にとりがそれを拾おうとしたその時。

『待っていたわ、河城にとり』

「ひゅっ!?」

 その石から突如音声が流れでて、にとりはビクッとして手を引っ込める。

「なんだ……? あんた、一体何者だ?」

 そしてよくよく見ると、水鏡の鏡面には見知らぬ少女が映し出されていた。
 黒い帽子と白いブラウス。そして赤いネクタイを締めた黒髪の少女の姿。
 その鏡像の口元が動いて、にとりの質問への答えを紡ぐ。

『初めましてと言うべきかしら。私の名は、宇佐見蓮子よ』

「なに、なんだと?」

 その名前には聞き覚えがある。
 ついさっき里香やフィリアや3号の間で交わされていた会話。
 その全貌はおぼろげにしか掴むことはできていなかったが、確かにそこで聞いた名前だ。

「生きていたっていうのか?」

 記憶が欠損し、人格としては消失した。確かそんな感じのことを言っていたはず。

『さぁ、この状態を、生きていると言うのかどうかはわからない。私だって記憶は中途半端だし、いわばコピーされたようなものだから本物の宇佐見蓮子かと言われると多少自信はないけど、それでも私は宇佐見蓮子だよ。夕凪1号じゃなくてね』

 夕凪1号の中に残った蓮子の記憶の断片は、その比率の低さゆえに宇佐見蓮子という固有の人格ではなく、夕凪1号という人格の一部として形成された。ゆえに、彼女を宇佐見蓮子であると言い切ることはできないだろう。
 だが、その鏡像は自らを宇佐見蓮子だと言う。

『確かに里香の言ったとおり、精神移植プログラムは完璧なものじゃなかった。できるだけ肉体改造とかして誤魔化してはいたけど、私にも寿命ってものがあったからね。ついつい焦っちゃったんだよね』
「あんたは……今の事態を把握しているのか」

 明らかに先ほどの里香の発言を踏まえた言葉。
 それを聞いて浮かんだにとりの疑問に、蓮子は頷く。

『能力のほうは大部分、夕凪の方に行っちゃったけど、時間を読む力くらいは残ってるからね』

 先ほどの件はにとりや、周りの琴蓮号そのものから読み取ったということだろう。

『精神移植の際に夕凪に留まらずにこぼれた記憶。それはこの石――『伊弉諾物質』に留まっていたのよ。不思議な力を持っている上に私とは縁深い石だったから、拠り代として相性が良かったんでしょうね。こうして私はこの船の動力の要として、夕凪たちと旅をしていたわけ』

 懐かしげにうんうんと頷きながら、蓮子は言葉をつないだ。

『まぁ、完全に人格として再生できたのはついさっきなんだけどね。あなたとメリー……ああ、八雲紫のことね。二人のおかげだよ』
「……え、どういうこと?」

 唐突に自分が話に登場し、にとりは首をかしげる。

『あなたが琴蓮号に送り込んだこの水鏡、メリーが使い魔を憑けて活動させていたのよ。さすがメリー、水鏡本体だけで単独活動できるほどの使い魔を構成する式を作ってるわ。里香が暴れたおかげで偶然私はこの水鏡の上に落下して、この使い魔の式の残骸と結びつき、利用することにより、こうして意識を表出できるようになったわけ』

 伊弉諾物質の中に残っていた蓮子の記憶と、水鏡の中に残っていた紫の使い魔の残骸。それが組み合わさることで、ただ記憶を蓄積させ続けるだけの物体ではなく、記憶を基に考え、それを伝えることの出来る『人格』として、宇佐見蓮子を復活させたのだ。
 もちろん、それは伊弉諾物質の持つ増幅機能があってこその奇跡ではあったが。

『でもこの状態じゃ何も出来ないからね。水鏡は元々あなたの妖力が込められていたし、映像を伝えるための発信機でもあった。伊弉諾物質でその力を増幅させて、なんとかあなたに意識を届かせることが出来た』
「それで私を呼んだっていうことか? 一体私に何をしろって言うのさ。いや……むしろあんたは一体何ができるんだ? 何をしてくれるっていうんだ!?」

 にとりはその声を荒げて、蓮子へと詰め寄った。
 今までは事の大きさに半ば放心したまま動いていた。だが蓮子との会話により、にとりは次第に我を取り戻してきていた。
 自分の手元にあるこの宇佐見蓮子という存在は、きっとこの異変を解決に導くためには重要な鍵に違いない。

 だけど、それをすることが里香を邪魔することになるのだとしたら、それは。

『あなたは、里香を元に戻したいんでしょう? なら、一度彼女を止めないとダメだ』
「だから、里香を倒す手伝いをしろっていうのかい」
『……今の里香は、あなたが知っている里香ではないんでしょう。それでも彼女をかばおうと言うの?』

 蓮子の問いに、にとりはギリ、と歯を鳴らした。
 正直、完全に事態が飲み込めているわけでもない。どっちが悪いのかすらわかっていない。
 だけれども。

「そうだよ。どうなろうとあいつは里香だ。それに、昔のことを思い出しただけで、ここまでの記憶は失っちゃいない……あいつは里香なんだ。私と一緒に過ごした、里香なんだ……」

 たとえ里香が悪いほうだったとしても、そこにいるのが里香であるなら。

「一緒に夢を語り合った……寝る間も惜しんで一緒に機械をいじった……今まで出会ったどんな奴よりも、いっとう私とウマが合った……。力になりたいと思った!」

 にとりには、その隣に立ち続ける覚悟がある。

「私が相棒と決めた、女なんだよ!!!」

 にとりはそう吼えて、水鏡のすぐ横を踏みつける。

「お前が里香を倒す鍵を握ってるっていうなら、ここで踏み壊してやってもいいんだよ、宇佐見蓮子……!」

 にとりの剣幕に、水鏡の鏡像は息をのみ、冷や汗を流した。

『……すごいな。この状況でそこまで言えるのか。里香は幸せ者だね。その絆は私にもうらやましく映るよ。……だけどね』

 鏡像の蓮子は、自らを見下ろす河童の視線を、負けずに受け止める。

『あなたは里香の相棒でしょう。決して里香の『右腕』じゃあない。全肯定はただ右腕がするだけの役目だわ。あなたは今の里香が正常だと思っている? 胸を張って言える?』
「……それは」
『里香は「自分の失敗作」という概念に取り憑かれてる。失敗というものが受け入れられなかったんだ。状況的に無理からぬこととはいえ、それが間違っているということくらい、あなたにはわかるでしょ? 技術者なんだからさ』

 にとりは蓮子の言葉を否定できなかった。
 失敗は成功の母と言い習わすように、数知れない失敗がいつしか成功に繋がっていく。
 にとり自身、数知れないチャレンジと失敗があったからこそ、発明は完成品という明確な形を持つに至る。
 失敗は受け入れるべきものなのだ。そうしなければ次に進めない。

 だが、里香はあまりにも失敗が大きすぎた。その上、元が失敗知らずの天才肌だったこともあり――到底それを受け入れることができなかったのだろう。
 だから次に進めなくなった。だからその原因である『失敗作』を、全て根絶しようとしているのだ。

『相棒の目を覚まさせてやることも、相棒の役目じゃないかな』
「……でも、そんなこと、里香だってわかってるはずなんだ。だって、私と一緒に機械いじりをしたんだもの。その記憶はなくなっていないはずだもの」
『そうね。きっと本当はわかってるはず。だけど、強烈なトラウマと、長く培った思い込みだもの。まずは夕凪を破壊しないと、彼女はきっと、我に返れない』
「でも、あんたは夕凪1号を破壊させるわけにはいかないんだろう。だから、里香を倒すんだろう」
『落ち着いてにとり。誰も里香を倒すだなんて言っていないわ』

 逸るにとりを、蓮子は押し留めるように言う。

『私も技術者だもの。里香の目を覚まさせるためには、技術で対抗するのが一番だわ。要は、夕凪が失敗作でなくなってしまえばいいのよ』
「なに? どういうことだい」

 蓮子の言葉に、にとりは再び首を傾げて疑問を口にするが、蓮子はただにやりと笑って言った。

『ふふ、材料はここに揃ってる。でも私ひとりじゃ何もできないわ。手を貸して頂戴、河城にとり』




「『ミッシングパープルパワー』あああああああ!!」

 イビルアイ∞と化した琴蓮号に攻撃を加えるべく、萃香がありったけの巨大化を行う。
 相手は夕凪4号の外部装甲をも超える巨大な敵だが、元が塔としての琴蓮号であるがゆえに、ほぼ移動が出来ない。
 それゆえに単純な質量と鬼の力を持つ萃香は、紫たちの中では最も有効打を持つ存在と言えるだろう。
 里香としてもそれはよくわかっている。イビルアイから触手様のアームが伸び、萃香の自由を奪わんと四肢に絡みつき、さらにあたりを漂う黒色眼球から弾幕の一斉砲火が浴びせられる。

「っは! その程度じゃあ、枷にもならないねえ!」

 だが萃香はそれをものともせずに踏み込み、イビルアイへ向けて拳を振りぬく。
 耳をつんざくような打撃音が鳴り響き、萃香の拳はイビルアイの寸前で止まっていた。

「なに?」

 萃香は理解できないというように、目を見開く。
 確かに透明の壁に阻まれたような感覚。だがこの全開の鬼の力をして突破できないというのは一体どういうことだ。

「『空間絶断スクリーン』」

 その顔に満足したように、里香は口角を上げた。

「宇佐見蓮子の能力データを解析した副産物なのですよ。ワームホールを開くことこそ出来ませんでしたが、代わりに位相をずらすことによる絶対の防御壁を見出しましたのです。いくら鬼の馬鹿力だろうと、ただの馬鹿力である以上は、突破できないのです!」
「ただ、逆に言うなら……」

 里香の言葉を逆説で継いだのは、萃香とは逆に知略戦を信条としている人形遣い、アリス・マーガトロイド。

「直前の萃香への妨害は、その防壁は絶対ではあるけど万能ではないことを自ら吐露したと言うこと」

 アリスは見抜いていた。
 萃香への妨害は攻撃そのものを阻害したり、威力を削ごうとしたものではない。
 萃香の攻撃の位置を誘導しようとしたものだ。

「つまりそれは、ある程度の予備動作の要る、小回りの効かない防御だと言うこと」

 そして攻撃の手数ならば、この幻想郷においてアリスの右に出るものはあんまりない。

――『ストロードールカミカゼ』

 アリスのばら撒いた人形が、四方八方よりイビルアイへ向けて特攻を開始する。

「その程度の攻撃力なら、そもそもスクリーンを張るまでもないのですよ!」

 黒色眼球からの弾幕を張りながら、アームを使ってアリスの人形を叩き落とす。だが、その瞬間にアリスの人形が爆発。
 アームを吹っ飛ばしてガードを外しながら、強引に本体へと肉薄していく。
 そう、今回ストロードールカミカゼとして使用したのは、本来大江戸爆薬からくり人形として使われる人形。
 まさにカミカゼである。

「こしゃくな、なのです!」
「あら、私の人形にそんなに意識を割いてて大丈夫かしら?」

 アリスが言った瞬間、塔の反対側から光が煌く。

「やっぱり弾幕はパワーだぜえええ! 『ファイナルマスタースパああああああああク』!!!!」

 あまりにも巨大なイビルアイ∞を相手に、いかに爆薬を積もうとも、アリスの持つ破壊力ではいささか相手が悪い。
 ゆえに、彼女は広く攻撃を展開して里香を煽り、本命の一撃を背後から食らわせたのだ。
 パワーだけなら、あいつに分がある。

「ご忠告、感謝なのです」

 イビルアイの『眼』が、突如として後ろにも開いた。

――『ウェイブ・キャノン』

 そしてそこから放たれる超高エネルギーのレーザー砲は、魔理沙のファイナルマスタースパークを軽く駆逐した。

「にょ、にょわああああ!?」

 魔理沙が光の中に消し飛ぶ寸前に、魔理沙を配置した実行犯である紫が、スキマを通して彼女の首根っこをつかみ、回収して救出する。

「し、死ぬかと思ったぜ」
「……やれやれ、やっぱりまともにやると、持て余しますわね」

 ガタブル震える魔理沙を猫のようにつまみながら、紫はため息をついた。
 白蓮たちや夕凪たちも独自に攻撃を仕掛けてくれているが、イビルアイの防御性能と素の耐久力の高さに、ほぼ有効打を与えられていないのが現状だった。

「紫! あんたのスキマであいつの内部とかに侵入できないの!?」

 霊夢の言葉に、紫は首を振る。

「だめ、アレの内部や至近距離になると、妨害されてうまくスキマが展開できないわ」

 琴蓮号に侵入した時にスキマの出口をいじられたことがあった。
 それは蓮子の能力ゆえかと思っていたが、琴蓮号を乗っ取っている以上、里香もそれに似た技術を自分のものにしているのかもしれない。

「さぁ、邪魔な人たちも少しおとなしくなったところで、さっさとあなたをぶっ壊して、全てを終わりにするのですよ、IZLH-15228!!」

 イビルアイの眼が見据えたのは、アームを高周波ブレードで切り払い、小型ミサイルを撒き、レーザーでイビルアイ本体を撃ち、獅子奮迅に暴れながら飛び、里香の本体に肉薄せんとする夕凪1号の姿。

「そんな終わりを、認めるもんかあっ!」

 だが、空間絶断スクリーンに阻まれ、ウェイブ・キャノンのけん制もあり、里香への攻撃は果たせないでいた。
 ワームホールもジャミングされて、もはや使えたものではない。

「マスター、こちらへ!」
「援護……します!」

 幾度目かの後退。その脇を2号と4号が固め、1号を守る。
 2号は小型の衛星をオプションのように旋回させ、そこから放つレーザーと二刀流のビームソードで。
 4号は四次元スカートの中からバズーカや熱線追尾弾射出機、巨大スタンガンなどの多種多様な武器を取り出し、それらを次々に使い捨てながら。
 だがいまだに次々と生み出されるアームや黒色眼球、いつどこに開くかわからないウェイブキャノンの砲門の脅威の前では、彼女らのがんばりを持ってしても、ジリ貧と言わざるを得ない。
 そうして1号たちは一つところに追い詰められ、ついにイビルアイの視線が彼女らを捉えた。

「くっ……せめてふーちゃん達だけでも……」

 思わず覚悟を決めてしまう1号を囲むように、色とりどりの光球が爆ぜた。

――『夢想封印』

 次の瞬間に、1号たちに背を向けて立ちはだかっていたのは、楽園の巫女、博麗霊夢。

「博麗の……」

 半ば呆けて呟く1号に、霊夢は軽く振り返る。

「この異変にはもう関わらないって言ったけど、当のあんたがこんなんじゃ、もうそんな事言ってる場合じゃないんでしょう?」
「……そうね。もうこれは、私の異変じゃなくなってしまったわ」
「なら、ここから先は私の仕事よ」

 言って、霊夢は飛ぶ。
 機械の腕にお札をぶつけ、黒色眼球の掃射を結界の中に消し去り、縦横無尽に陰陽玉を跳ね回らせ、イビルアイを押し込む勢いを見せた。

「へぇ、さすがは博麗の巫女なのです。別にあなたと真面目にやりあう気はないのですが……。『戦車技師』としての恨みもありますしねえ!」

 そして魔理沙を脅かしたウェイブキャノンが、迫る霊夢へ向けて放たれた。
 その距離、その速さ、その規模は、霊夢が全力で回避しても決して間に合わないであろう。そうして無情にも、博麗の巫女は光の奔流の中に飲み込まれた。
 そして、光が過ぎ去った後には、彼女は何事もなかったかのように、そこにいた。

「! あれは……」
「あれこそ霊夢の奥義『夢想天生』」
 1号が驚き、紫が呟く。

――『夢想天生』

 ありとあらゆるものから宙に浮き無敵となる。何者にも縛られない博麗の巫女の本質を体現した奥義。
 ただ無敵となり、無意識のままに陰陽玉やお札を射出し続ける。あまりに一方的な技。
 スペルカードルールの縛りがなければ、誰も彼女に勝つことは出来ない。
 そしてこれは、スペルカードルールに則った戦いでは、ない。
 そうして霊夢はお札をばら撒きながら一直線に里香の元へと迫り、ごく普通に触手アームに打ち据えられて絡め取られると、そのまま地面へ向けて投げ捨てられた。

「……え?」

 間の抜けた声を出したのは霊夢本人というよりも、夢想天生の脅威をよく知る紫や魔理沙だった。
 幻想郷において博麗の巫女の持つ本質何事もなかったかのように無視されると言うことが、どれだけありえないことか。

「ご主人様ぁーーーーーー!!」

 留琴が血相を変えて霊夢の元へと飛んでいく姿を横目に見ながら、紫はかつて里香に抱いたイメージである”機械仕掛けの神”を再び想起していた。
 それはきっと間違っていなかった。巫女をも超える理不尽の化身とも言うべき機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)。

「干渉してきている以上は、どこにも存在していないなんてありえないことなのですよ。位相を観測して調節する力さえあれば、彼女に触れることなんてたやすいことなのです」

 事も無げに里香は言ったが、当然ながらそれは並大抵のことではない。
 常に全てから浮き続けようとする霊夢の位相に、ぴたりと一致する調整ができて初めて成せる芸当である。

 そしてそれを可能にしているのは――未来予測プログラム『ラプラスの魔』。
 かつて一度破壊したそれを、里香は再び琴蓮号の内部で一から組み上げ直し、ついに稼動させたのだ。
 蓮子のデータを元にした圧倒的な観測能力も相まって、この場における全ては里香が握ったも同然。
 何者にも縛られないはずの博麗の巫女でさえ、里香の手のひらから逃れることは出来ないだろう。

「さぁ、もうこの場の誰もが、わたしの邪魔をできないのですよ。覚悟するのです。わたしにはあなたが壊れゆく様が、はっきりと見えているのですからぁ」

 ずるりとコードに塗れた半身を揺らせながら、里香は1号に向けて凄絶に笑む。
 未来予測プログラムに動かぬ勝利が映った以上、この場の誰にも、その結果を覆すことは出来ない。
 里香の勝利は、確定したのだ。

「……諦めるもんか。私の中に眠る蓮子のためにも」

 戦意を失わず奮い立つ1号の姿もただ虚しい。
 里香に観測されている以上、彼女はこの場をひっくり返すイレギュラーとは成り得ない。

 ――そう、観測されている以上は。

 真なる『ラプラスの魔』の条件とは、世界の仕組みの『全て』を観測・解析することにより、すべての過去と未来を見通すこと。
 しかし本当に全てを観測しようとすれば、膨大な時間とエネルギーがかかる。
 かつて、蓮子が到達しようとしていた座標を割り出したときには、里香は多大な労力と対価を支払い、一時的な『ラプラスの魔』を実現させた。

 だがそれ以降は、あくまで目の前にある情報からの予測に過ぎない。
 そうして、観測しきれなかった場所から、意識の埒外から。

 一筋に伸びた光線が、イビルアイを貫いた。




「……ふぅ」

 河城にとりは、作業を終えた。

『さすがね。私の指示通りにすんなり組み上げられるなんて』

 小箱のような機械に、伊弉諾物質と水鏡がしっかりと取り付けられており、そこに映る蓮子が満足そうに頷いた。

「フィリアから貰った資料を読んでた甲斐があったよ……って言いたいけど、私のやったことなんて手持ちの機械でなんとかガワを作った程度のことじゃないか」
『そのガワが大切なんじゃないの。いくらすごいソフトウェアでも、それを動かすハードウェアがなけりゃ何の役にも立たないわ』

 琴蓮号の部品は完全に里香の支配下にあるため、材料としては使えない。
 蓮子がにとりを頼ったのは、拠り代の水鏡と直接的に関わりのある妖怪だというのが一番の理由だが、常にバックパックに自らの発明品を大量に備えていることも一因だった。
 それを元に、蓮子はにとりに呼びかけたときから組み続けていたプログラムを動作させるための『ハードウェア』を作成させた。

 もちろんCPUのような高度で科学的な演算装置は望めないが、にとりは元々機械技術の不足分を妖術でまかなう事も行っていた、科学と幻想のハイブリッドだ。
 蓮子の出す注文やアドバイスを上手く飲み込み、科学と幻想を織り交ぜながら、にとりは驚異的な速さで見事に蓮子の望むハードウェアを完成させるに至っていた。

「いやいや、その材料からそんなものを思いついて、しかもそれを形にしようなんて思うあんたには正直感服したよ。これなら里香を驚かすことが出来るかもしれない」

 にとりは一抹の希望を抱きながら辺りを見回して、再び難しい顔になった。

「……けど、どうやって外に出たものか」

 作業に没頭しすぎて周りが見えなくなるのはいつものことだが、今回は気づけば周りの様子が完全に一変していた。
 まるで植物に侵食された遺跡の如く壁面はコードやチューブで埋め尽くされ、無機物に囲まれているはずなのに、まるで巨大な生物の体内にいるかのような不気味な感覚が漂っていた。
 無論、藍の空けた穴などとうに塞がれており、どこをどうすれば外に出られるのか、まったくわからない状況になっていた。
 この切り札は、とにかく外に出なければ切れない。

『あまり時間もないわ。強行突破でも何でも、何とか穴を開けて外に出ないと』
「破壊するだけならこのプランク爆弾イミテーションで何とかなる気はするけど……」

 かつて対3号戦に使用したにとり謹製の爆弾。
 破壊力なら折り紙つきだが、さすがに空間が狭く、にとりたちにも被害が及ぶ可能性が高い。

「なるべく距離をとってフォースシールドを使って何とか凌ぐか……」
『でもこの眼で見たところ、この壁の再生力は半端じゃないから、あまり距離をとりすぎると結局出られないかも』

 などとにとりと蓮子が議論を交わしていると、その脇を極太なレーザーが通過していった。
 一瞬遅れて壁が破壊される音と、強烈な振動が響きわたる。

『うわわわわわ!?』
「ひゅいいいいい!?」

 突然の出来事に驚く二人――だが、その目の前にはおあつらえ向きの脱出口がぽっかりと開いていた。
 これはチャンス。そう思った二人の背後から、

「うーーーーーん、確かになんとか着いたけど、胞子人形大砲でレーザーの後ろに引っ付いて突貫ってアイディアは、やっぱり乱暴すぎるよねーー」

 場に似つかわしくない、間延びしたような声が響いた。
 思わず振り返ると、なにやらふわふわとしたものに囲まれた小柄な少女が、いや、少女の人形が、瓦礫にまぎれて伸びをしていた。

「あんたは確か……」
『メディスン・メランコリー!?』

 鈴蘭畑に住まう毒人形。二人とも知識としてはそれを知っていたが、なんだってそれが謎レーザーとともにこんなところに出現するのか。

「派手にドンパチやってるから、せっかくだから混ざろうって幽香がねー。そんなことより、壁が塞がっちゃうけど、外に出なくて大丈夫?」
「うわわ、しまった!」

 メディスンの指摘に、慌ててにとりは機械を抱えて壁に向かおうとするも、既に壁の再生が進んでおり、全速で間に合うかどうか……。

「外に出るなら、せっかくだから送ってあげよう」

 そう言うとメディスンは自分の周りに散乱しているふわふわなものを一掴みし、ちょうどにとり達の背後にある壁にぶつけた。
 そして、そこに一瞬で広がったのは、ありえないほどに巨大なカビ。

「私と幽香の合作だよ。最近の幽香はパン焼きのための酵母作成が高じて、菌類に凝ってるんだ。そんでもって、カビが胞子を飛ばすときの加速度は、自然界でも指折りの速さなんだってさ。また一つ賢くなったねえ」
「え、ちょっと、まさか」
「じゃー、グッドラック」

 巨大なカビからすさまじい勢いで巨大な胞子が放出され、にとり達をものすごい勢いで押し出す。

「のわああああああああああ!?」

 そうして穴が閉じる前ににとり達はそこに吸い込まれるように突貫し、見事琴蓮号の外へと押し出された。




「な……なんなのです、今のは!?」

 自分の計算外の出来事――謎の光線に貫かれ、里香は狼狽した。
 『ラプラスの魔』は自分の観測できている範囲内において、絶対の未来予測をはじき出す。
 だからこそ、里香はこの騒ぎを聞きつけての新規参戦者には気を配る必要があったし、そのために魔法の森一帯にはレーダーを張り巡らせてもいた。
 だが、それでもその一撃は、意識の埒外から飛んできた。

「感染カビの一種は、特殊な物質で表面を覆うことにより植物の免疫システムに引っかからずに感染できる、天然のステルス性を備えているそうよ。また一つ賢くなったわね」

 そうして、魔法の森の中から悠々と現れたのは。

「まぁ、私は普通に植物に気配を紛れさせて、歩いてきただけだけど」
「風見幽香!?」

 紫をはじめとする妖怪たちが、太陽の畑に住まう大妖怪の登場に驚きを示した。
 どこかの勢力の長ならばともかく、こういう騒ぎにはあまり関心を示しそうにない孤高の妖怪がこの場に現れるとは。
 その登場に、里香は驚きながらもにやりと笑む。

「わたしのレーダーを掻い潜るとは驚嘆に値するのです。が、この程度の傷、すぐに塞がるのですよ? それにわたしに観測されてしまった以上、あなたももはや『ラプラスの魔』から逃れられないのです!」
「フィリア・ロートゥス!」
「!?」

 だが、幽香はそれを無視して、フィリア――夕凪1号へと声をかける。

「ずいぶんと大変なことになってるみたいだから、ちょっとだけ手を貸してあげたわ。なんだかんだ、あんたは昔のメディに似てるからねえ。ちょーっと情が入っちゃうのよ」
「なっ、何を……」

 まだ何も解決していないようなこの状況で、場にそぐわないとさえ言える幽香の言葉に1号は困惑を見せる。
 だが、程なく彼女も理解するだろう。幽香の開けた風穴の重要性を。

「っはああ!!」

 その風穴から、すごい勢いで何かが飛び出してくる。

「にとり!?」

 里香の驚きが示すとおり、それは巨大カビ胞子に押し出された河城にとり。

「くうっ、『三平ファイター』!!」

 そのままではあらぬ場所まで飛ばされてしまうので、なんとか背中のバックパックから簡易版のスラスターを展開させ、その軌道を離脱する。
 そして、里香に相対した。

「里香! もうやめなよ! 失敗をなかったことにしたって、何にも変わらないだろ!? 私と一緒に夢を追った里香なら、そんなことちゃんとわかってるはずなんだ!」

 その機械を使う前に、にとりは精一杯の呼びかけを里香に行う。

「わかってるのですよ、そんなこと。でも、そいつだけはダメなのです!」

 だが里香は、意固地に首を振って、言った。

「人が、死んでるのですよ!?」

 誰かにとって、役立つ存在でありたかった。
 それがかつての里香を突き動かしていた、もっとも大きな感情だった。
 小さい頃から天才肌で、それゆえ浮いた存在だった。戦車のおもちゃばっかり作って遊んでいたけれど、両親からは諌められてばかり。
 お手伝いのアンドロイドが、結局自分にとって一番役に立っているのだと思ったとき、里香はその方向に手を伸ばしていた。

 里香はそれでも、機械ではない何かとの繋がりを求めていた。
 誰かの役に立ちたかった。誰かに必要とされていたかった。誰かに褒められたかった。認められたかった。
 そんな誰もが持っているそんな欲求をこじらせて、里香は天才的な発明を繰り返し、若くして『博士』と称えられる存在まで上り詰めた。

 だからこそ、IZLHの失敗を知ったとき。IZLHのせいで人が死んだと知ったとき。自分が人の役にたてなかったと知ったとき。
 ――そうして自分が全世界からそっぽを向かれたとき。

 里香は壊れた。

「役に立たないゴミは、ちゃんと全部全部バラして捨てなきゃダメなのですよ! たったそれだけのことなのに! なんでみんなわたしの邪魔をするのです!? わたしにそっぽを向くのです!? ねえ、ねえねえねえ!! ねえねえねえねえねえねえねえええ!!!」

 凄絶な狂気を湛えて叫ぶ里香に、にとりも、他の人妖も、しばし言葉を失った。

『うーん、私にとってはかなり役に立ったんだけどなぁ。あなたの「ゴミ」は』

 だがその中に、涼しげな声が響き渡る。

「なっ……!?」
「この、声は!!」

 紫と1号が、その声色に驚愕の表情を浮かべる。
 にとりが抱えた機械。それに据え付けられた水鏡から立体映像のように、帽子を被った少女の姿が像を結んでいた。

「蓮子さまっ!?」
「蓮子なの!? 本当に!?」

 思いがけず現れた宇佐見蓮子の姿に、紫と1号は半信半疑ながらも、その表情から抑えきれない歓喜があふれ出ていた。

『うん、本当に宇佐見蓮子だよ。正確には、夕凪のボディから零れ落ちた、宇佐見蓮子の残りの部分の記憶だけどね。伊弉諾物質に残留して、なんとか存続していたわけだけど』
「そんなところに残っていたなんて……気づいてさえいればっ……」

 最低限の説明をして、悔やむ1号に微笑みながら、蓮子は里香を見上げる。

『初めましてというべきかしら。私は宇佐見蓮子。ご存知でしょ? あなたが夕凪を作ってくれたおかげで、巡り巡って私はここまで来ることができたわ。途中で失敗もしたけれど、私は元気よ。あんたに感謝してるといってもいいわ』

 呆けたように自らを見る里香に向けて、蓮子は問いかける。

『ねえ、それでも、夕凪は失敗作かしら?』

 里香の表情が、呆けから戸惑いへと移る。
 だが、それでもキッと眉尻を上げて、里香は言った。

「それでも、なのです! あなたがわたしの失敗作から技術を積み上げたのだって怖気が走りますが……もはやそれは何も言わないのです。ただIZLHは……IZLHだけは全部、私が、壊す!!」

 既にねじくれ曲がった彼女の狂気は、もはや曲がりようもない。
 半分意地でもある彼女の叫びを聞いて、蓮子は冷徹に返した。

『わかってないなぁ。彼女はもう、IZLH-15228なんて名前じゃないんだよ』
「蓮子……さまっ」

 1号が感激の涙を滲ませる中、蓮子は背後のにとりに目配せする。

『さぁ、にとり』
「う、うん!」

 蓮子に促され、にとりは機械を完全に稼動させた。

『昔っから、よく言うじゃない。捨てればゴミ、活かせば資源ってさ』

 そうして蓮子の像が、飛ぶ。
 その様を見て、紫は驚いた。

「あれは……私の式?」

 今の蓮子は、式神とほぼ同じ原理で実体化している。
 八雲の式神とは、元々数式のようなものであり、コンピュータに相通じるところがある。
 藍や橙などの妖怪そのものを指すと思われがちだが、式神とは本来、妖怪の上に被さって機能を拡張する『ソフトウェア』のことを指す。

 蓮子は水鏡に被さっていた使い魔の式を解析して自分用に再構築。自身を式神というソフトウェアと化したのだ。
 にとりの作ったハードは、あくまで本来動くべきハードへソフトをインストールするための仲介機器に過ぎない。

「受け取りな! ご主人様からのプレゼントだ!」

 そう、宇佐見蓮子という式神が動くべきハードは、唯一つ。

『さぁ、あの日の失敗をやり直すわよ! 今度こそ一つになりましょ! もう一度、一緒にいきましょう! 夕凪っ!』
「はいっ、蓮子さまああああっ!!」

 微笑みながら一直線に飛んでくる蓮子に、夕凪1号はその目から大粒の涙をこぼれさせ、力いっぱいに手を伸ばす。
 そうして蓮子は、夕凪1号へと吸い込まれた。




――UPGRADE PROGRAM――

Renko Usami install.........

...... finished!


object starting ――[FILIA LOTUS]





「……!!」

 里香は、その動きを予測しつつも、動けなかった。

「……私は、宇佐見蓮子。私は、夕凪1号。どっちでもあり、どっちでもない」

 その光景に圧倒されたか……いや、あるいは、期待をしていたのか。

「だから今はこう名乗るよ。私の名前は、『フィリア・ロートゥス』ってね!」

 元々1号の意識には、蓮子の一部が混ざりこんでいた。
 式神(ソフト)である蓮子と、機体(ハード)である1号。両者は見事に存在を接合させ、改めてフィリア・ロートゥスとして、里香の前に屹立する。

「不具合があるというなら、直せばいいのよ。もう私は失敗作じゃないし、あなたの作品ですらないわ。IZLH-15228はもうどこにもいない。私は宇佐見蓮子であり、夕凪1号であり、フィリア・ロートゥスよ」

 そうしてフィリアは、里香の狂気を真っ向から否定する。

「あなたの失敗作は、もうどこにもいない。それでもあなたは、まだやるっていうの?」
「だ、黙るのです! 黙るのです! 黙るのですうっ!!」

 しかし里香は搾り出すように叫び、アームをまとめてうねらせ、イビルアイの眼を見開かせる。
 次の瞬間には、総攻撃に入るだろう。

「まったく、結局のところ、それで引き下がったら、もうどうしていいかわからないだけなんでしょ? やっぱ機械は、一発殴らなきゃ直らないのかな! 一旦引くよ、ふーちゃん、しーちゃん!」
「はっ!」
「了解です」

 フィリアは傍らの2号と4号に声をかけて、その場から撤退し始める。

「メリー! 援護して!」
「!」

 フィリアの呼びかけに、紫は即座に彼女たちの進行方向に逃げ道であるスキマを開いた。
 ジャミングされないギリギリの範囲で。

「逃がさないのです!」

 里香が叫ぶ。
 ……とはいえ、里香にその逃走を止められる予測は立てられていない。
 それでも里香はアームや黒色眼球でけん制を行いながら、ウェイブ・キャノンを射出する。

「絶断!!」

 フィリアは即座に振り返り、ワームホールを開かずに位相をずらす。
 里香の使う空間絶断スクリーンと同じものを作り出したのだ。元々は蓮子の能力を解析する中で生み出した兵装。フィリアに真似が出来ないわけがない。

「くっ……!」

 正確に出口を開かなければいけないスキマやワームホールを妨害することはできても、フィリアにとっては能力を使って適当に位相をずらすだけで再現できる空間絶断スクリーンを妨害することはできない。
 予測していたとはいえ、当然覆せない事実に、里香は歯噛みした。
 その間に、フィリアたちは無事にスキマをくぐり、紫の元へと飛んできていた。

「完全な記憶では、お久しぶりね、メリー」
「蓮子……! 本当にあなたなのね!?」

 にこやかに微笑みかけてくるフィリアに、紫は舞い上がって駆け寄った。

「まぁ1号の部分もあるけど、おおむね私だよ。さて、積もる話はあるけど、状況が状況だし、手伝って欲しいわ。冷静さは失ってるけど、『ラプラスの魔』の予測機能は健在だもの」
「もちろんよ」

 フィリアの提案に、紫は胸を叩いて応じる。

「いたた……でも夢想天生を捉えるような奴に、どうやって攻撃を当てるのよ?」

 留琴に付き添われた霊夢がやってくる。
 彼女の言うとおり、幻想郷において無敵ともいえた夢想天生を、里香は破った。
 その問いに、フィリアは簡潔に答える。

「昔から、予測可能なものには回避不可能なものをぶつけると相場は決まっているわ」
「いや、簡単に言うけどさ」

 確かにイビルアイ∞は塔としての琴蓮号の改造品であるがゆえに、移動能力を持たない。
 だが強力無比な上に小回りが利くウェイブキャノンと、多少出は遅いが、鬼の全力すら無効化する空間絶断スクリーン。そして巨体ゆえの耐久力と、少しの傷なら自己修復してしまう再生力を備えている。
 逆に言えば、そのポテンシャルを超えることが出来れば、ラプラスの魔の予測を無意味にすることが出来るのだが。

「ぶつけるモノは決まっているわ。とっときの隠し玉を亜空間に置いてあるのよ。る~ことと一緒に拾った、某教授謹製のICBMが」
「ちょっと待って、それシャレにならなくない?」

 唯一その威力にぴんと来た紫が、慌ててツッコミを入れる。
 核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイルをこんな至近距離でぶっ放したら幻想郷がヤバイ。

「ヤバいのがわかってるから一人のときは使わなかったのよ。でも、結界術に長けたあなたたちがいれば、周りへの被害を防ぐことが出来る、でしょ?」

 その懸念に対して、フィリアはそう言った。

「そりゃ、確かにできるでしょうけど」

 たとえば霊夢の二重結界は『空間を裏返す』力を持っている。それを応用し、更に紫と力を合わせれば、爆発の威力に関わらずに破壊力を内側に返すことが出来るだろう。
 対して里香の空間絶断スクリーンは平面的にしか効果がない。さすがに通常の高エネルギーフィールドも併用するだろうが、それでも爆発の影響は無視できないはずだ。

「ま、そこまですりゃ確かに回避不可能だわよね」

 苦笑しながら、霊夢が頷く。

「もちろん、ただ発射したらマニピュレーターに絡め取られたり、ウェイブキャノンに消し飛ばされたりする可能性もあるから、私のワームホールとメリーのスキマで上手く運んでいく必要があるわ」
「……わかった、やるわ」

 フィリアの案は危険ではあるものの、確かに理論立てられている。
 紫も覚悟を決めて、それに乗った。

「くっ……」

 里香もその計画を予測したものの、有効な打開策が見出せずに苦虫を噛み潰す。その中で、打ち合わせている間に応戦してくれていた萃香や魔理沙、白蓮や夕凪たちに感謝しながら、紫たちは里香へと向き直る。

「さぁ、行くわよ!!」


「やめろーーーーーーーっ!!」


 だが、そこに割り込み、立ちふさがる影があった。
 河城にとりである。

「これ以上里香を傷つけるんじゃない! 私は説得をするだけで、危害を加えないって言うから協力したんだぞ!!」
「にとり……」

 その姿を認めて、フィリアはバツの悪そうな顔をする。

「そのことは謝るわ。でも、今はやるしかないの。危ないわ、そこをどいて頂戴」

 里香が意地でも止まらなかった以上、最後には実力行使に出るしかなかった。
 フィリアの行動も致し方のないことだと、にとりにもわかっていた。
 だが、それならばフィリアと敵対するだけだ。

「ダメだね! 里香は私の相棒だぞ! 傷つけるってんなら、私を倒してからにしやがれ!!」
「に、にとりさん……?」

 あの錚々たる面子に対して、堂々と立ちはだかるにとりに、里香は衝撃を受けた。

「安心しなよ里香。絶対あんたに手は出させない。こうなりゃ気が済むまでやってやんな。そうして勝って、もう一回二人で、すっごい機械を作るんだ」
「にとりさん……っ!」

 自分がこんな体たらくになっているのに、にっと笑って振り向くにとりに、里香の目から思わず涙がこぼれる。
 そうしてにとりに背中を押されることで――皮肉なことに、里香の心に戸惑いが生まれた。
 否定され否定され否定され、逆に意地になって突き通そうとする気持ちばかりが大きくなっていた。
 だが、それをにとりに優しく肯定されたことで、里香は逆に戸惑い、自分の行動に大いに疑問を持つようになってしまった。

 だって本当はわかっている。悪いのは自分の方だって。

 役に立てなかったと思い込んで、逆に迷惑ばかりかけているんだって。それを、認めたくなかっただけなんだって。
 だからこそ、そんな自分をこうまで信頼してくれたにとりの優しさが嬉しくて――そして。痛かった。

「にとり……さ、がっ、あああああaaaaaっ!?」
「里香? 里香っ!? どうしたのさっ!?」

 突如、里香が尋常ではない声をあげ、表情を苦悶に滲ませた。
 にとりが慌てて里香に飛びつき、下で見上げる人妖たちも、何事かとその異変を見守る。

「里香! しっかりしなよ!」
「がっ、あああっ……なに、これは……まさか、中、に……?」

 里香の苦しげに喘ぐ様に、ふーっと息を吐き出す妖怪がいた。

「悪いわね、にとり。実はもう、終わっちゃってるのよ」
「なに……?」

 にとりのみならず、すべての人妖がその発言者に注目する。
 それは、風見幽香だった。

「『ちょっとだけ手を貸してあげた』って言うのは、別にあなたたちを外に出してあげたことじゃないわ。一人中に入れたことよ。てか、にとりとフィリアなら、会ったはずだけど?」
「――っ!!!!」

 にとりとフィリアの顔が、驚愕に引きつった。
 次の瞬間、どろりとイビルアイの壁面の一部分が融け崩れ、その中身が露出される。
 そして、その中に見えた姿は。

「さぁ、運命にとらわれた人形よ! 解放せよ!!」

 メディスン・メランコリー。
 毒を操る能力をもつ人形の妖怪。幽香は彼女を、レーザーに紛れさせてイビルアイの内部に潜入させたのである。一つの芸を仕込んだ上で。
 すなわち、ほぼ全ての金属を溶かしうる強力な腐食毒――『王水』の作成を。
 にとりと蓮子をイビルアイから脱出させた後、メディスンは内部にある重要そうな機関に、片っ端から王水をぶっかけて回っていたのだ。
 それがやっと、効いてきた。

「うふふ、外が激しすぎて、中の様子まで気が回ってなかったんでしょう。灯台下暗しってのは、よく言ったものよね。防御が厚い存在ほど、中に入られると脆いものよ」
「ちょっと、なんでさっきの作戦会議のときは何も言わなかったのよ。実行されてたらメディスン巻き込んじゃう所だったでしょ」

 メディスンの活躍を見て満足げな幽香に、霊夢が横からツッコミを入れる。

「あいつ変な予測能力持ってたみたいだし、念のため知らんぷりを決め込ませてもらったわ。ICBMだかなんだかはいざとなったら私が止める気だったし」

 にしし、と悪戯っ子のように笑む幽香に、霊夢はげんなりしてそれ以上何も言わなかった。

「回避不可能な攻撃、かぁ」
「私たちが手を出すまでもなかったってことね」

 紫とフィリアは苦笑しながら、イビルアイが融けゆく様を眺めていた。

「里香、里香っ! くっ、メディスン、お前……!」

 にとりがメディスンをにらむが、メディスンはにこにこと微笑んで返す。

「私はいつだって、解放されたがっている人形の味方だよ。ねえ、そこの機械人形のお姉さん。私にはわかるよ。あなたがずっと解放されたがってたってこと」
「ぐっ、くふっ……そうなのかも、しれないのですね……」

 イビルアイの各所で漏電や小爆発が起こる中、メディスンの言葉に、里香は力なく頷いた。もはや観念した。逃げられはしないし、逃げる必要すら、きっとないのだ。

「里香……」
「があっ……にとりさん……ありがとうなのです……。あなたのおかげで、私はやっと、停まることが、できる……。っ!」
「里香っ!」

 にとりが里香を揺さぶる中、メディスンは更に王水を撒き続ける。

「さぁ、意地も、しがらみも、因縁も、全部全部、私の毒で溶かしてあげるよ! さぁ、ヒトと呼ばれし者に創られしモノよ! 解放せよっ!!」

 デウス・エクス・マキナとは本来、機械仕掛け”の”神ではなく、機械仕掛け”から出てきた”神のことを言う。
 収拾のつかなくなった物語の中、機械仕掛けの中より唐突に現われ、強引に事態を収めて解決に導く『神』。
 今回のそれは、フィリア・ロートゥスでも里香でもなく、イビルアイの中から現れた、この小さな毒人形だったのかもしれない。

「里香さん、にとりさんっ!」

 皆が呆然とその様を見守る中、二人に向けて一直線に飛ぶのは、夕凪3号。

「たああっ!」

 彼女は高周波ブレードを携え、里香とイビルアイを繋ぐコード群を、一刀の元に切断した。

「崩れますよっ! 危険です! 退避してください!」
「すまん3号! ほら、里香、しっかりしろ!」

 3号に連れられて、にとりと里香はイビルアイの至近距離から脱した。
 それを見届けた紫が叫ぶ。

「あれが崩れたら事だわ! 霊夢、一緒に結界を張るわよ!!」
「わかったわよ!」

 それを聞いた幽香がフィリアに言った。

「その前にメディ回収してくれない?」
「王水止めさせて頂戴。危なくてかなわないから」

 メディスンはフィリアがワームホールで救出し、霊夢と紫は、崩れるイビルアイ∞――琴蓮号を囲むように結界を展開。
 幻想郷側にとっては今回の事件の発端である建造物。そしてフィリアたちにとっては長年慣れ親しんだ本拠地。
 琴蓮号。
 それが崩れてゆく様を、一同は一抹の寂寥感とともに、見守り続けていた。




「里香、里香! しっかりしろよ!」

 にとりは里香を木に寄りかからせ、懸命に声をかけていた。

「ごめんなさいなのです、にとりさん……」

 小さく目を開いて、里香はにとりの手を取った。

「わたしのわがままのおかげで、ずいぶんとあなたを困らせてしまいました……」
「いいんだよ里香! それが相棒ってもんだろ!」

 にとりの言葉を聞いて里香は、力なく微笑む。

「うれしいのです、にとり、さん……。あの世界に、あなたみたいな人がいてくれたら、きっと……こんなことには、ならなかったのに……」

 そうして、里香は身を起こし、ふわりとにとりを抱きしめた。

「里香……?」
「大好きですよ、にとりさん……願わくば、あなたと一緒に……全部、やり直したいです。そして――ああ」

 里香はそこで何を見たのか。
 言葉をつぐみ、最後に息を吐くように、搾り出す。きっと届きはしないだろうけど、本当に謝らなければならない、存在へ向けて。

「ごめん……ごめんね、みんな……ごめんね……IZLH-0――」

 瞬間、里香の体から力が抜け、ずしりとその重さがにとりに寄りかかる。

「おい里香、里香っ……!?」

 にとりは顔を蒼白にして、里香の背中を叩く。

「心配しないで、スリープして修復モードに入っただけよ」

 にとりが振り返ると、フィリア・ロートゥスが立っていた。

「フィリア……本当か?」
「ええ、一晩もすれば目を覚ますと思う。もしダメなら私が修理してあげるから、安心するといいわ」
「そうか……」

 フィリアの言葉を聞いて、にとりは安堵の息を吐く。

「にとり。……今回のこと、ありがとう。そしてごめんなさい。危害を加えないといったのに裏切るような真似をして、こんなことになってしまって」

 頭を下げるフィリアに、にとりは少し目を伏せる。

「……別にいいさ。あんただって、そうしなきゃいけなかったんだろ。里香がとりあえず生きてるなら、何も言うことはないさ」

 そして振り向いた。

「それに、相棒のせいで家があんなことになっちまったんだから、謝るのはこっちのほうかもしれないしね」

 にとりの言葉に、瓦礫と化した琴蓮号を振り返って、フィリアは苦笑した。
 それを見てにとりは、里香を背負って立ち上がる。

「私は里香を連れて帰るよ。みんなこいつに色々と言いたいことはあるだろうけど、今は私に預からせて欲しい」
「……私はかまわないわ。そっちは? メリー」

 フィリアは紫たち、幻想郷組を振り返る。

「ま、別に私たちもいいわよ。異変が起こって、黒幕が倒される。いつものことだもの。むしろこのあと宴会に誘ってやってもいいくらいよ」

 快い紫の返事に、にとりは一礼して、その場を去っていった。
 それを見送って、紫たちはふぅ、とひと息をつく。

「やれやれ、これでなんとかひと段落かしらね?」
「めでたしめでたしにするには、まだ早いよ、メリー」

 突如、紫の足元に向けておびただしい数の弾幕が叩き込まれ、紫は思わず後方へと飛んだ。

 そして、恐る恐る、それを放った主を見る。

「……蓮子?」
「あら、メリー。予想外の横槍が入ったから共闘していただけで、私たちはいまだ決闘の真っ最中でしょ? 私の記憶違いかしら」

 開いた左手首からガトリング砲のようなものを覗かせ、硝煙めいたものを漂わせながら、フィリアはにやりと口の端を上げた。

「……やっぱり、私を許してくれてはいないの、蓮子」

 それを見て一転、叱られた子犬のような目になる紫に、フィリアはちっちっと右手の指を振る。

「いやいや、許すとか許さないとかじゃないんだよ、メリー」

 皆の驚きの中、フィリアは再び紫へとガトリングを回し、弾幕を撃ちこむ。
 紫はさらに回避するが、それが絶対に当てるための撃ち方ではないことは、誰の目にも明らかではあった。

「私は1号ともう一度一つになることで、やっと記憶が完全になったの。だから、自分が本当は何をしたかったのか、思い出した」

 フィリアはそうして、空中へと舞い上がる。

「そうっ、私は、私の願い事を! やっと見つけた!!」

 長きにわたり、二つに分かたれた宇佐見蓮子の記憶。
 それらは、存外に近くにあった。しかし長い旅路の中でついぞ交わることのなかったその二つは、この幻想郷において、いくつもの偶然の中で再び一つとなった。
 そうして、救いたかったものと本当に一つになって、やっと全てを取り戻した。
 ずっと探し物を探してきた時空を渡る旅人、フィリア・ロートゥスは、ついに探し物を見つけたのだ。

「抱きしめたかった! 文句を言いたかった! 殴ってやりたかった! 認めて欲しかった! 驚かせたかった! 勝負したかった! 昔みたいに、二人で不思議なことを探したかった!! それは全部、私の気持ちだよ、メェェリィィィッ!!!!」

 そして彼女は、こらえていたものを吐き出すように叫ぶ。
 ずっとずっと、マエリベリー・ハーンを探して旅してきた、宇佐見蓮子の心。
 その気持ちは一つの感情で表せるほど、単純なものじゃない。
 一直線に紫に向かって急降下しながら、その体ごと気持ちをぶつけるように。

「でもそれより何よりも! 私をあなたに刻み付けてやりたい! あなたが一生忘れないくらいの脅威になってやって、あの時私を置いていったことを、死ぬほど後悔させてやりたい! そして死ぬほど謝らせてやりたくて、その後、また二人で笑いたいのっ!!」

 あふれ出る想いを次々と言葉に乗せながら、フィリアは叫ぶ。

「そのためにっ!」

 ――生き生きとした表情を浮かべ、そしてその目を明るく輝かせて。

「私はっ、あなたにっ、勝ちたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 そのままフィリアは紫へと勢いよく突っ込み、凄まじい土煙が上がる。
 瞬間、ぶつかり合う力の波動で煙が吹き飛ばされ、そこにはしっかと踏ん張りながらフィリアの体当たりを受け止めた、紫の姿があった。
 他に何の能力も弄せず、ただ己の純粋な妖力のみを体に滾らせた、妖怪の賢者の二つ名に相応しくない力技。

「それがあなたの、願い事なのね、蓮子っ!!」

 勝ちたい。
 そう、勝ちたかった。宇佐見蓮子は、マエリベリー・ハーンと勝負をして、勝ちたかった。

「そうだよ、メリーっ!!!」

 メリーの心に自分を刻む、そのために。

「はあああああああああああああっ!!」

 そのまま紫は両腕を振りぬいてフィリアを弾き飛ばし、弾かれたフィリアはくるりと回転して、少し離れた場所に着地する。
 そうして。

「だからやりかけた決闘、最後まで付き合ってもらうよ! ひっさびさにこうして会えたんだからさ!」

 フィリア・ロートゥスはにやりと笑んだ。

「遊ぼうよ、メリー」

 昔のままの、言葉と共に。
 フィリアは思う。
 もしかしたら、本当はその言葉が言いたくて、30%の自分は幻想郷に遊びを撒き続けたのかもしれない――と。
 そして、そんなフィリア・ロートゥスの異変の終わりは、やはり遊びによって締められるのが、相応しい。

「……喜んで、蓮子!!」

 紫も生き生きと微笑んで、フィリアの誘いを受けて立った。
 その返答を受けて紫を見つめるフィリアのその顔には、かつての暗い感情はどこにも残っていなかった。

「フィリア様……!!」

 その姿に、夕凪2号が歓喜を滲ませた声をあげる。
 フィリアの見せた表情は、確かに彼女が生身だった頃に見せていた、いや、それよりも生き生きとした表情だった。
 ついに、彼女が帰ってきたのだ。以前よりも、きっとずっと、幸せな存在になって。

「ふーちゃん、さんちゃん、しーちゃん、ごーちゃん、むーちゃん。そして、ななちゃん。ありがとう。そして苦労かけてごめんね、みんな。みんなの気持ち、うれしかったよ!」

 フィリアは微笑みながら、2号をはじめとしてそこに居並ぶ夕凪シリーズたち、そして霊夢の傍らの留琴へと感謝の言葉をかける。
 宇佐見蓮子として、夕凪1号として、フィリア・ロートゥスとして。

「私たちは捨てられた。そのときは絶望の淵にいた。だけれど、私たちはここまでやってこれた。あなたたちのおかげよ。あなたたちがいたから、私たちはこうしてここに立っている!」
「フィリア様……! こちらこそ、こちらこそありがとうございます! あなたがいたから、私たちはここで生き、ここで立っていられるのです!」

 夕凪たちは揃って並び、胸に手を当てて、彼女らなりの敬礼を示す。
 それを受け取り、フィリアは大きく頷いて、そして紫に向き直った。

「さぁ、この異変に真の決着をつけましょう。これからの遊びが、掛け値なしの真剣勝負」
「ええ、もちろん」
「さぁ……いくわよ、メリー!」

 何もかも吹っ切れたようなその姿に、紫もまた喜び、力強く答える。

「かかってきなさい、蓮子! さぁ、スペルカードルールによる決闘を、再開するわ!」
「残りのカードは!」
「お互い、三枚!!」
「私の拾い上げてきた全てを賭けて!」
「私が積み上げてきた全てを賭けて!」

「「いざ、勝負――!!」」

 瞬間、二人は一気に、空を舞った。



 空中を飛び回りながら、お互いに弾幕を撃ち込み合う、カード発動までの前哨戦。
 また大岩の上に戻ってお茶を飲みながら観戦している霊夢と留琴が、フィリアの立ち回りの変化に気づく。

「当然だけど、式神が憑く前と格段に動きが違うわね」
「はい。というか、フィリア様にはないはずの武装を使っているような……」

 基本能力がかなり上昇しているように見え、更に従来の武装だけではなく、妖怪たちが普通に作り出すような妖力弾のようなものを併用している。
 ただ幻想を否定する科学の権化であったかつての彼女と違い、フィリアは明らかに幻想の力をその身に取り込み、活用している。

「なるほど、私の力を活用しただけのことはあるわね」

 直接対峙している紫もまた、口角を上げながらもその事実に驚きを呈する。

「ふふふ、メリー、その一つの成果、見せてあげるわ!」

 言って、フィリアは距離をとり、一枚のカードを掲げる。

「式神『宇佐見蓮子』!!」
「なっ!?」

 そのスペルカードの名前に紫が驚く中、フィリアの体から数式の集合体がゆらりと立ち上る。そしてそれはたちどころに寄り集まり、像を成して一つの霊的存在として浮かび上がる。
 その姿は、黒髪の少女。

「……!」

 そう、それは先ほども見た、宇佐見蓮子本来の姿だった。

「驚いたメリー? 一度記憶を完全なものにできたおかげで、1号と心を一つに組むこともできるけど、こうして再び綺麗に離れることもできるようになったわ」

 紫の驚いた様を見て満足げに蓮子が笑う。
 そして残されたフィリアのボディも笑って自分の胸を叩いた。

「そして改めましてこんにちは。100%の私としては、初めましてかしら? 私が夕凪1号よ! 今回は、色々と世話になったわね!」
「! なるほどねぇ、やるじゃない!」

 1号の自己紹介に、紫は蓮子の力を改めて思い知る。
 確かに自分の式神を元にしたデザインだが、その存在は明らかに紫の発想を超えていた。
 式神を憑けた状態となることでフィリア・ロートゥスとして合一しながらも、やろうと思えば宇佐見蓮子と夕凪1号に分かれて行動することも可能と言うわけだ。

「なるほど、フィリアさんは合体ロボになったわけですね」

 下で聞いていた早苗が、一応間違っていなくもないまとめ方をする。

「メリーが水鏡に引っ付けていた使い魔の式を基にして組んだのよ。ヒントをくれたこと、感謝してるわ」
「アレを基にしてコレって、魔改造ってレベルじゃないわよ。すごいわあんた」

 蓮子の言葉に、紫は苦笑する。
 幻想郷に全てを注いできた自分と違い、未来から遡りながら色々な世界を渡り歩いて、色々な技術を吸収してきた蓮子だからこそ出来た芸当だろう。
 素直にそこは賞賛する。

「そりゃどうも。それじゃあ」
「行くわよっ!」

 蓮子と1号はそれぞれ逆方向に飛びながら、紫の周囲を回って弾幕を撃ちまくる。
 蓮子という式が外れたおかげで、夕凪1号本体の能力は下がり、妖力弾も撃ってこなくなった。
 だが、それでも式を憑ける前と同じ……いや、今はレプリカ体でなく本体であるだけ、素の能力も若干高い。
 そして更に反対側には式神・宇佐見蓮子という純粋な頭数がいる。
 こちらの攻撃は妖力弾メイン。だが、蓮子の自ら組んだ式神だけあって、今の本体に匹敵するほどのポテンシャルがある。
 その激しい十字砲火をかわしながら、紫は呻く。

「っく、こっちも藍で対抗したいところだけど……」

 藍のカードは既に切ってしまっている。
 ましてやここで橙を呼んでもどうしようもないし。

「仕方ない、さっき助けてもらったのだから、ここは独力で切り抜けましょうか」

 そうして紫も一枚のカードを宣言する。厄介なスペルには、スペルをぶつけて対抗するのが一番。
 そうして、紫の周囲を結界が幾重にも取り囲み、そしてその境目から放射するように弾幕を放つ。
 紫の宣言したスペルカードは『四重結界』。
 向こうが動いて攻撃を仕掛けてくるのならば、こちらはどっしりと構えて迎え撃つのみ。
 そのための攻防一体の結界陣。

「ありゃりゃ、引きこもっちゃった。せっかく手ずからマエリベリーに一撃を加えられるいい機会だと思ったのにぃ」

 その様子を見て、1号が口を尖らせる。

「なぁに、これまで通ったメリーに至る道なんて、それこそいくつもの結界だらけだったわ。だけど、私たちは全てを超えてきた」

 反対に蓮子は、うれしそうに口の端を上げる。1号もまた、その主人の言わんとすることに感づいた。

「私たちの能力は、時空を、世界を、全てを超えて!」
「必ずそこにたどり着く!!」

 そうして蓮子と1号は旋回しながら、紫への距離を一気に詰め始める。

「まさか、突破する気!?」

 紫は蓮子らを撃ち落そうと結界から放射する弾幕の密度を上げるが、二人はそれをものともせずに紫の結界へと突入し――そして、超える。

「これはっ……!」

 結界に触れた瞬間にワームホールを重ねて干渉したのだ。
 結界内で交差する蓮子と1号。それに巻き込まれそうになった紫は、結界を解除してその場を逃れる。
 そして蓮子らもまた分離活動を終わらせて再び一つの存在、フィリア・ロートゥスへと戻り、上方に逃れた紫を見上げる。

「『守ること』があなたの生きてきた道なら、私たちは全てそれを超えていくわ!」
「『攻めること』があなたの生きてきた道なら、そうね。結界は超えられてしまった事だし、こちらも応えてあげましょう!」

 幻想郷をつくり、それを守って生きてきた紫と、幻想郷を目指してひたすら突き進んできたフィリア。
 フィリアがこの場所に到達した時点で、攻めと守りの対決は勝敗が決しているといってもいい。だがもちろん、守ることが紫の全てなわけではない。
 二人はそれぞれ亜空間に突入し、干渉し合い、現実空間に出た瞬間に交差する。
 次のスペルカード戦に移行する前の前段階として、しばし、現実と亜空間とを問わぬ紫とフィリアの超高速のぶつかり合いが展開された。




「すっげえな……さっきの里香もヤバかったが、こっちはなんかその、すげえ。あんな紫初めて見たぜ」

 その二人の戦いに、ギャラリーたちは思わず息を呑んで見入り、中でも魔理沙が感嘆の呟きを漏らす。
 先ほどの里香戦のような無秩序な死闘とは違う。
 これは遊びだ。これは勝負だ。これは、決闘だ。
 『スペルカードルール』。
 幻想郷を楽園たらしめる、決闘法。
 その真骨頂が、目の前で繰り広げられていると言えた。

「確かに紫様があそこまで縦横無尽な戦いを見せるのは、初めてかもしれんな」

 その隣で、藍もまたその主の動きに驚く。かつての博麗の巫女との戦いですら、ここまでの気迫は感じなかった。
 もっとも、それも相手が相手だけに無理からぬこと。
 霊夢は半ば勝敗が最初から決している相手。本気の本気で抗う意味などどこにもない。
 その他、黎明期に戦った数多の強力な妖怪たちや、先ほどの里香でさえ、本気の本気で倒すような類の者たちではない。
 駆け引きで圧倒するか、余裕を持って対応せねばならない相手だった。

 だが、フィリア・ロートゥス――宇佐見蓮子に限って言えば、余裕を持って対応するなど許されない。
 紫にとって史上で唯一、本気の本気で戦わなければいけない相手といえた。
 宇佐見蓮子は彼女自身の願ったとおり、八雲紫――マエリベリー・ハーンにとって、その存在を刻み付けた最強の敵となりえたのだ。

「フィリア様は前から明るく振舞おうとするお方ではありましたが……」
「ああまで楽しそうだったのは、今までで初めてかも知れませんね」

 紫と激突しあうフィリアを見て、2号と6号がうれしそうな微笑を見せる。そして、その他の夕凪たちも。
 付喪神となったがゆえの感情だろうか、いや。
 きっと彼女たちは、この時のためにフィリアを支え続けてきたのだ。
 恩を一つ返せたと、初めて実感できた、この時のために。

「この戦いの場に居合わせられたことに、感謝しましょう」

 白蓮が呟いた一言に、皆が思わず頷く。
 それほどの存在感を放つその戦いに、一同は今一度真剣に、視線を向ける。
 そこでは、フィリアが九枚目のスペルカードを宣言せんとしているところだった。




――『デウス・エクス・マキナ』

 フィリアのスペルはかの有名な『機械より出でし神』の名を冠したもの。
 全てを強引に解決に導く絶対存在であり、物語に終焉をもたらす神の名だ。
 しかしフィリアはそれを十枚勝負の九枚目のスペルに据えた。
 それはもちろん十枚目など待たずにここで倒すという意気込みのあらわれでもあるが、終焉ではなく変革の象徴としての意味を持つスペルであるから、という理由でもある。
 特にこれは予想の斜め上の方向から登場し、瞬く間に自分の喉元に刃を突きつけ、引っ掻き回し――そして結果的には自分と1号が救われるきっかけをくれた文字通りの『デウス・エクス・マキナ』、里香やメディスンへの感謝やリスペクトや皮肉など色々な意味を込めたスペルカードでもあった。

 その全容は、リング状に配置された弾がいくつも、歯車の如く噛み合い織り成す『機械仕掛けの弾幕』。
 ぎっちりとかみ合う無数のリング弾が、フィリアの周囲を旋回するそれの動きに連動し、紫を噛み潰さんと追い立てる。

「なるほど……確かに緻密にして繊細な弾幕だわ。でも、歯車をモチーフにしただけあって、単調」

 歯車の隙間を縫い、それを狙ってフィリアが放ってくる弾幕をかいくぐり、紫は弾幕機械の奥へと入り込んだ。

「……これは!」

 だが、ここまで来て、ただ単調なだけの弾幕を放ってくるフィリアではない。
 そこで紫が見たものは、一つの要の位置に置かれて小さな歯車を回している、弾幕としての『使い魔』。
 紫がそれを認識した瞬間、使い魔は弾けて消滅し。その歯車を構成していた弾が飛散する。そして、歯車ががちりと、一気に組み変わる。

「小さな歯車の有無が、世界の動きを大きく変える、ってワケよ」

 フィリアの言葉通り、使い魔の消失前とは弾幕の動きがまったく異なっている。これだけ精緻なギミックを弾幕に仕込むやつは、幻想郷にも中々いないだろう。

「さすがは機械の体を持つもの、といったところかしら」

 紫も実際にこの弾幕を飛んでみて、かなり次の動きの予測が難しいのがわかる。大まかな動きに慣れる前に次の使い魔のところへ導かれ、再び世界が変わる。しかも途中で分岐できる場所があり、仮に他方に行けばまた別の使い魔がいて、世界はまた異なった変わり方をするのだろう。
 言ってみれば複雑な迷路だが、結末に向かう人生の岐路を示唆した弾幕とも言えた。
 そして、最後に紫がたどり着いた場所は。

「いらっしゃいメリー」
「こんにちは蓮子」

 フィリアの真正面だった。
 フィリアは笑顔で、歯車の海から現れた紫を迎える。
 ――いかにもごっつい、レーザーキャノンを構えながら。

「『ラプラスの魔』の時はここまで来るのがクリアだったけど、今度はここに来ちゃったら、残念ながらゲームオーバー」
「今度はあなたが『機械より出でし神』の役目ということね。あーあ、私、どこかで道を間違えちゃったのかなぁ」

 ちょっぴり自虐的に言う紫の様子にちょっぴり満足を覚えながら、フィリアは笑って言い放った。

「さぁ、遥けき時空の彼方より、愛を込めて! こいつをあんたに、叩き込む!! 受け止めて、御覧なさいっ! メリぃぃぃぃぃぃ!!」

 そうして、容赦なく引き金を引く。

「っくあぁ! あああああああああああっ!!!」

 ウェイブ・キャノンの如き極太レーザーの奔流に呑まれ、八雲紫は吹き飛ばされた。
 一直線に空に向かって光の筋が伸び、やがて上空で起こる大爆発。

「やったか?」

 やってないな、という確信を胸に、フィリアは呟く。
 そして当然のように、その爆発の元から使い魔のようなものが放射状に撒かれた。それがフィリアを取り囲むように飛来し、まわりをぐるぐる回り始める。
 そしてそれらは外部に延々と弾幕を撒きながらフィリアの脱出を阻害し、中のフィリアに向かって大小さまざまな弾を定期的に吐き出していく。

「この弾幕は……」

 その弾幕が発生するエネルギーの流れを見て、フィリアが驚きを漏らした。

「『第一種永久機関』」

 そのすぐ傍にスキマで首だけ出しながら、紫はその名を告げる。さすがにさっきのは効いたらしく、結構ぼろぼろな様子だった。
 紫の九枚目のスペルカード『第一種永久機関』。
 永久機関とは外部からのエネルギーに頼らず、それ単体のみで『何か』を行い続ける装置。
 特に第一種永久機関は何もないところからエネルギーを取り出し続けることができる夢の機関だ。もちろん、エネルギー保存の法則に反してしまう、文字通り夢でしかない機関だが。
 紫のそれは紫が手を加えることなく自動的に延々と弾幕を射出しつづけるものだが、実際にはエネルギーを外部に取り出すことの出来ない、不完全なものである。

「それにしても限定的ながら永久機関を実現するとは、恐れ入ったわよメリー」
「いくつもの世界の未来をわたってきた蓮子でも、永久機関を見たことはなかったのね」
「そりゃそうだ。そんなもの馬鹿らしくて誰もやらない。サボテンエネルギーが今のところ一番メルヘンで、かつ実用的なエネルギーねえ」

 フィリアは淡々と弾幕を避けながら、紫と会話を続けていく。
 あくまで自動で弾幕を吐くだけのスペル。それを避けるだけなら造作もないこと。
 このスペルの真骨頂は、この弾幕の維持に何の労力も払わなくていい紫本体が自由に行動できることなのだが、当の本人は、ただフィリアと会話をする。

「よかった。蓮子も知らない不思議があって」
「!」

 紫が微笑んで発したその言葉に、フィリアはかつての自分の発言を思い出す。

 ――『もしも昔みたいに、二人で不思議なことを探したかったのなら、悲しいことだよね。もうお互い、嫌と言うほど見てきただろうし』。

 正確には1号の発言ではある。しかし元々蓮子の意識を踏まえた上の発言であり、両者が合一している今では、それは些細な問題と言えた。
 紫はフィリアの反応を見て、微笑みながら述懐する。

「実際永久機関なんかより、核融合の方がまだ実用的なエネルギーだわ。でも、そこにはロマンがあるわよね。いくら手を尽くしても完成までたどり着けない失敗作……まるで、幻想郷のようだわ」
「あら、幻想郷って、失敗作だったの?」

 紫の発言をフィリアは茶化すが、紫はいたって真面目な発言だった。

「ええ、正直失敗作だと思う。だけどね、『不具合があるというなら、直せばいいのよ』」

 紫は笑って、フィリアの言った言葉をなぞる。

「幻想郷はずっとずっと調整中。いくら手を尽くしても完成はしないけど、ずっと正解を求めてロマンを追いかけられる場所」
「……そういうものを追いかけていたのが、私たち、秘封倶楽部だったわね」
「かつてのそれは、私が勝手に終わらせてしまった。……その代わりと言ってはなんだけど。この幻想郷は狭いけれども、その中身は私でも把握しきれないほどの不思議で満ちているわ?」

 紫はにこっと笑いながら、言葉を継いだ。

「だって、私の自慢の、失敗作だもの!」

 その言葉に、フィリアもまた小さく笑う。

「……ふふ、それはいいわね。でもねメリー、もう私たちは、不思議を探すだけじゃ満足できないわよ?」
「そうね……」

 そうして二人は視線を合わせ、声を合わせて宣言する。

「「新しい幻想は、私たちが作る!!」」

 失敗作をアップグレードし続けて、飽くなき楽園を追い求める。
 笑顔でそう言いあったところで、紫は第一種永久機関を終了させる。
 制限時間、というわけだ。

「さぁ、蓮子」

 再び紫はスキマからボロボロの、しかし妖力に満ちた全容を現す。

「さぁ、メリー」

 フィリアも煤けたボディに力を漲らせ、紫に対峙する。

「泣いても笑っても」
「これで決着だ!!」


――『夢幻泡影』
――『機界幻想』


 同時に自身のファイナルスペルを宣言し、そこに残された力の全てを込めて。
 フィリア・ロートゥスと八雲紫は――宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは。
 ただ、力の限りにぶつかり合った。

 ――――――
 ――――
 ――







「あー……」

 異変の後は、例によって大宴会。
 さすがに王水と残骸と胞子に塗れた魔法の森ではちょっとアレなので、例によって博麗神社にて。
 今回の異変の関係者も、別にそうでもないやつもみんな集まってバカ騒ぎする中、フィリア・ロートゥスはその中心で、飲みに付き合わされていた。

「あー……」
「何よ蓮子。さっきから心ここにあらずみたいな声出しちゃって」

 隣で飲んでいる紫が、ふざけてフィリアにしなだれかかりながら、ほっぺたをつつく。

「だってええええ、あんだけ勝ちたいとか言っといて、結局負けちゃったんだもーーーん!!」

 ――紫とフィリアの弾幕勝負は、フィリアの敗北という形で終わっていた。
 異変を起こした者はすべからく退治される。
 巫女の直接介入こそ廃したものの、結局、メリーに勝ちたいという蓮子の魂の叫びは果たされることはなかった。

「そんなことはないわ。この異変全体での勝ち負けで言うなら、結界を押さえられた時点で私の完全敗北だったもの」
「あらあら、じゃああの熱いスペルカード十番勝負は全部おまけの出来事だったって言うのかしら。悲しいわ」

 紫のフォローに、フィリアはよよよと泣き崩れてみせる。

「そんなことはないけれど、てか、おおむね里香に持ってかれた感じだし……。私も隠し事が解除された影響で、宴会までの間、細々とした調整ですごい大変だったし……まぁ、いいじゃない。総合して引き分けってことで。勝負なら、これからいくらでも出来るんだし」
「……そうね」

 それこそ時間はいくらでもある。こうして二人、同じ時間に存在している。
 それは、メリーに置いて行かれた蓮子の意地の結実であり、蓮子がその手で掴んだ幸せだ。
 そして、そんな幸せを言祝ぐ、二つの影。

「ふふ、救いが見つかってよかったわね、フィリア・ロートゥス」
「あなたもちゃんと解放されたね! 今日は絶好の解放日和! 人形解放戦線は平和路線で今日もゆく!」
「風見幽香、メディスン・メランコリー……」

 フィリアはその二人の妖怪の名を呼んだ。
 あの日鈴蘭畑で交わしたなんだかよくわからない会話の意味が、やっと分かった気がする。

「今回は色々と世話になったわね、ありがとう」

 頭を下げるフィリアに、幽香は鷹揚に手を振った。

「礼には及ばないわよ。ただの幽香さんの気まぐれなんだから」
「幽香は基本いい人だよ? ねー」
「そ、そんなんじゃないんだからね、勘違いしないでよね!」

 笑顔で言うメディスンに、なぜか幽香は顔を赤くしてツンツンし始める。

「あはは、幽香は恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」
「もー、そんなこと言って困らせる悪い子はこうよっ!」

 そう言うと幽香は、メディスンを凄い勢いで掴み上げると、凄い勢いで頬ずりし、凄い勢いでほっぺたをぺろぺろした。

「ぐうっ、王水が……!」
「もー、幽香ったら。それじゃ、お邪魔しました! またねー! 解放されたお人形さん!」

 いつぞやと同じくダメージを受けながら、花の大妖と毒人形は去っていった。

「なんか、幽香もメディスンも以前とだいぶ性格変わったわね……」

 その様を眺めながら、紫がちょっと呆れたように言う。

「きっと色々あったんだろうね。私たちみたいに」

 平和で何よりだよ、と思いながら、フィリアは二人を見送った。

「うふふ、こんばんは」

 次にやってきたのは命蓮寺の住職、聖白蓮と、彼女の引率する三人組、こころ、蛮奇、小傘だった。

「これはこれは、命蓮寺の住職さんと、熱い戦いを提供してくれたこころちゃん。そしてる~ことと仲良しになってくれた小傘ちゃんと、私の初体験の相手の蛮奇ちゃん」
「初体験言うなあああああああ!!」

 無論、幻想郷におけるフィリア式決闘法の、である。

「あなたたちにも色々と迷惑をかけたわね」
「いえいえ、終わってみればいい経験でした」

 頭を下げるフィリアに、白蓮はニコニコ笑って頷く。

「色々と楽しかったしなー。もうテンションギガギガって感じですぜ! うっふっふ」
「お友達も増えましたし! 5号さんも6号さんも留琴さんもみんないい人です!」

 こころと小傘も、恨みっこなしと言ったようにわいわいと騒いだ。
 それに心底ほっとしながら、フィリアは微笑む。

「ありがとう。蛮奇ちゃんはどうだった?」
「どうも何も、何とも思っちゃいないわよ。面倒だっただけ」
「寂しいなぁ」

 そして相変わらずツンケンしている赤蛮奇に、フィリアは苦笑した。

「まぁまたなんか勝負でもしましょ。今度はスペルカードルールでもいーよ」
「……まぁ好きにしなよ。大体暇だし」
「あははは、かわいーなー。さすが私の初体験の相手」
「だから初体験言うな!!!」

 なんというか完全にフィリアのおもちゃだった。そのさまに、白蓮たちも思わず吹き出す。
 そして、しばしの和やかな談笑の後、白蓮たちもその場を去って行った。

「もう、あんなに仲睦まじくしちゃって。妬けちゃうわよ蓮子ぉ」
「あはははー」

 ふざけていちゃつく紫とフィリアの元に、

「ほんと、こっちも妬けてきちゃいますね」

 次の客人が現れた。いや、客人と言うか。

「なんだ、藍じゃない」

 紫の式神、八雲藍だった。

「何だ、ただの藍か」
「……何か文句でも?」
「いや。別に?」

 やっぱり藍の存在には、少々思うところのあるフィリアだった。

「あの、こ、こんにちは」

 そしてその傍らには、小さな化け猫の妖怪が、藍の服の裾をきゅっと握って付き従っている。

「こんにちは。おや、この子は確か」

 フィリアは挨拶に応じながら、その少女に視線をやった。
 少しおどおどしている少女に代わって、保護者が彼女の紹介を行う。

「私の式の橙です。この異変の間は隠れさせていましたし、この際なので一応紹介しておこうかと」
「ちぇ、橙です。このたびは、紫様の古いご友人と言うことでっ! よろしくお願いいたします!」
「なにこれかわいい」

 緊張のあまりよくわからない言語を放つ橙に、フィリアは微笑ましい感情を湛える。

「私はフィリア・ロートゥスよ。昔の名前が宇佐見蓮子だから、紫には蓮子って呼ばれてるし、私も紫のことはメリーって呼んでるけど、気にしないでね」
「蓮子、とりあえず今後正式にはあなたの名前はフィリア・ロートゥスってことでいいの?」

 フィリアの言葉に、紫がふとした疑問をぶつける。

「式と本体が分かれた状態ではそれぞれ宇佐見蓮子と夕凪1号になるけど、一緒にいる状態だとフィリア・ロートゥスってことでよろしく」
「ややっこしいわねえ……」

 これでもIZLH-15228という呼び名が減っただけスッキリした方なのだが。

「まぁ、今後は行動を共にすることもありましょうから、私かもよろしくと言っておきますね」

 藍はそう言って、努めて感情を込めずに一礼する。

「うい、こちらこそよろしくね。一度あんたともちゃんとした勝負をしたいものだわ」

 フィリアは頷いてそう言った。
 このもやもやした関係に一度びしっと線引きするには、やっぱり河原で殴り合うのが一番だと思う。

「それは、きつねうどんの早食い対決了承と言うことでよろしいですか?」
「違ぇよバカ」

 結局微妙な空気を引きずりながら、藍たちもその場を辞していった。

「んふふー、蓮子も妬いてくれてたのよね」
「そ、そんなこと……ある、かな……」

 その後でなんだかんだと紫とフィリアがいい雰囲気になる中。

「はっはっは! 飲んでるかー!」

 と空気をぶち壊しにする大音声が響く。
 もちろん次にやってきたのは、伊吹萃香。

「飲んでるみたいだな、顔が赤いぞ! はっはっは」
「も、もう、萃香ったら……」

 宴会が本領の鬼らしく、盃で酒をあおりながらからからと笑う。
 堂々とからかいながらも悪びれないその鬼に、紫は口を尖らせた。

「まったく、またこんなに騒いで……片付けが大変よね」
「大丈夫です。そのためにこの留琴がいますよご主人様!」
「よー、邪魔するぜー」
「飲んでますかー!」

 そしてその後に霊夢、魔理沙、アリス、早苗といった馴染みの面子と、留琴をはじめとした夕凪たちもどやどやと押し寄せる。

「ん、あんたたち、一緒に行動してたの?」
「こいつらとも、喋りたいことや聞きたいことが山ほどあったからな」

 フィリアの疑問に、魔理沙がそう言って夕凪たちを見やる。
 どうやら夕凪たちも幻想郷の洗礼を受けたらしい。色々と酒の席で根掘り葉掘り聞かれたことだろう。

「そういえば皆、お酒は呑めるようになってるの? 飲み食いする機能は元々はなかったはずだけど」
「呑んでみたら呑めました」

 フィリアの疑問に、2号が心なしか赤ら顔で返答する。
 付喪神化の影響で、そこらへんもそこはかとなく都合のいいように行ったのだろう。改めて調べてみたいな、と思うフィリアであった。
 そうして、大人数で円を成した飲み会が始まる。
 その中で、紫とは反対側のフィリアの隣に座ったのは、アリス・マーガトロイドだった。

「……あの時の話のこと、今のあなたに話して問題ないのよね?」
「もちろん。今の私は全ての記憶を持ってるわ」

 フィリアは頷く。今のフィリアは、蓮子としての経験も、1号としての経験も、全て統合してその身のうちに持っている。

「そう、それじゃあ、フィリア・ロートゥス。これがあなたの憂いた『道具の完全自律』の終焉?」

 そしてアリスが口にしたのは、かつてアリスと交わした、完全自律人形についての談義。その続きである。
 フィリアとしても、あの時ほどに幻想郷の人妖相手に本音を漏らしたことはなかったな、と思う。
 それだけ、アリスの生き方については思うところがあったのだ。

「終焉といえば終焉なのかもね。ただしそれは末路じゃあない」

 フィリアは夕凪たちを見渡しながら、言葉を継ぐ。

「『付喪神のようなもの』になったことで、彼女らは完全な道具ではなくなったわ。そこに幸せを感じるかどうかは、技術者としての私が心配することじゃないと思う」
「でも、夕凪たちが付喪神化していることを認識したとき。あなたはとても怒っていたように見えたわ」
「……そうね」

 アリスの言葉は、色々と痛いところだった。
 だが、逆に指摘してくれて感謝しよう。自分のためにも、これははっきりと整理しておかねばならない。

「確かにあのときまで私は『ちょっとひねくれていた』。けど、それは私の正直な気持ちの現れには間違いなかった」

 ――『結局最後まで、否定されるのはこの私ってわけか!』

 付喪神化した夕凪たちを見たとき、まずは夕凪たちへの祝福が心から出て来、次には紫への怒りが出た。

「かつて私は、この子達に主体的な幸せを掴ませることを諦めて、求められるままに『半自律化』することしか出来なかった。でもメリーの……八雲紫の作ったこの世界は、あの子達に本当の意味での命と自由を与えてのけた」

 あの怒りの源は、幻想郷を作り上げた紫への嫉妬。
 そして、完全自律を忌避し、本当の幸せを与えやれなかった自分への無力感。それを突きつけられたような気がして。

「いいえフィリア様。今だからこそ言えるというのも皮肉なことですが、それでも私は、幸せだったのですよ」

 沈むフィリアに、いても立ってもいられないというように、2号が駆け寄る。

「ふーちゃん……」

 フィリアが驚いて見返すと、後ろで5号と6号もこくこくと頷いている。

「わ、私たちは道具です。自由よりも、誰かに使ってもらうことが幸せでした。ふぃ、フィリア様は、それをちゃんとわかってくださっていました」
「この付喪神化も、ただそうなっただけではただ戸惑うばかりで、受け入れられなかったかもしれません。これを幸せに感じられたのは、ひとえにフィリア様のおかげですよ。フィリア様のお役に立つためにもっともっと考えることが出来る。少なくとも、私が幸せに感じているのは、その一点だけです」
「ご、ごーちゃん、むーちゃん……」

 自分は何も出来なかったと思っていたのに、夕凪たちから届いた思わぬストレートな感謝の言葉に、フィリアは不覚にも涙ぐんだ。

「正直――私には違いが判別不能。依然変わりなし」
「にゃはは、まぁあんたは最初っからそんな調子だったしね」

 その横では4号が相変わらずわかってなさそうに小首をかしげ、3号が苦笑していた。
 4号は元々自律型とはいえ自我が薄かったが、この付喪神化を機に、また別の成長を遂げてくれるかもしれない。
 3号は、元々別の主人に仕えるもの。当時の彼女は憔悴していたゆえ、2号と同じく、半自律化を希望した。蓮子としても、仮の主人に長らく仕えるのも苦痛だろうとそれを受理し、時が来るまで3号の感情プログラムを凍結した。
 結果として、まだ本懐は遂げさせてやることが出来ていないが、あの時に比べたら驚くほどに明るくなっていると感じた。
 そして、自分たちにとって、なくてはならない働きをしてくれたのだ。

「さんちゃん。あなたには特に、お礼を言わなきゃいけないわね」
「いえ、結局私は大したことはできませんでしたし……むしろ敵を呼び込んだだけだったような……」

 3号はそう謙遜するが、しかしどの道、里香の件は絶対に避けては通れないことだった。
 1号の存在を慮り、覚醒した里香から1号をかばい、必死で下の人妖たちに状況を伝えてくれた。
 なんとか丸く収まったのは、3号の存在があってこそだとフィリアは思う。

「それでも、ありがとう。あなたのおかげよ、さんちゃん」
「……そう言ってもらえるなら、光栄です。本来のご主人様でないとはいえ、マスターのお役に立てたのなら、これ以上にうれしいことはありません」

 そうして3号は微笑んだ。
 きっと、3号に関しても、これでよかったのだろう。

「フィリア様……」

 7号――留琴は、言わずもがなだ。
 フィリアはそうして、霊夢の傍らにいる留琴を見やる。

「る~こと。あなたはあなたの望む未来を、掴むことができたかしら」
「はい。色々と思うところはありましたけど、それでも私は、とても幸運だったと思います」

 そう言って、留琴はちらりと紫を見た。
 既に謝罪は聞いたし、ちゃんとそれも許したから、これ以上責める事はない。
 自分にとってすべての元凶であったが、そのおかげでここにいられる。そして彼女の完成させた幻想郷の力のおかげで『ご主人様のお役に立つためにもっともっと考えることが出来る』。
 そして再びフィリアを見る。放逐された自分を拾ってくれて、道具としてちゃんと使ってくれて、境遇に憤ってくれて、性能を上げてくれて、そしてここまで送り届けてくれた。

「本当に、フィリア様に頂いた恩は……言葉では、感謝が尽くせないほど……。私は本当のご主人様の元に戻ります。ですが、あなた様も私の親愛なるマスターです。何かお困りのことがあれば、是非お声をおかけくださいませ」

 ぺこりとお辞儀をする留琴に、フィリアは微笑む。

「あなたが幸せをつかめたなら、私はそれで十分よ。あなたたち夕凪には、私を重ねていたのだから」

 ――波乱に満ちた昼を越えて、せめて夕には穏やかであるように。
 その名が意味を結んだのだとしたら、フィリアとしてはそれ以上のことはない。

「……最初はとんでもなく胡散臭い奴だと思っていたし、実際にとんでもない異変を起こしてくれたわね」

 留琴の隣の霊夢が口を開く。

「でも、あんたは紫の隠し事を暴いて、留琴をここに送り届けてくれた。そのことは本当に感謝してるわ。ありがとう」

 照れ隠しなのか、少しぶっきらぼうな様子の霊夢に、フィリアは苦笑する。

「いえ、こちらこそ。メリーに思いっきり謝らせてくれた時は、正直スカッとしたわ。おかげでその後の全てをすんなり受け入れられたのかもね。……ななちゃんを、る~ことを頼んだわよ? ちゃんと幸せにしてあげてね?」
「もちろんよ。やっと再会できた大事な友達であって、そして我が神社待望のお手伝いさんだもの。ばりばり働いてもらって、ばりばり労わってあげるからね」

 今度こそ、いい笑顔で霊夢は答えた。
 それにフィリアも安心する。この巫女ならば、留琴をしっかり任せられるのだろうと。

「やれやれ、ずいぶんと慕われて、妬ましいわね」

 いじけたように髪の毛をいじりながら、アリスは地底の嫉妬妖怪のような言葉を呟いた。

「ごめんごめん。完全に話が別方向に行ってたわね」

 フィリアは再び苦笑して、アリスに視線を戻す。元々はアリスとの会話から生まれた夕凪の流れだった。

「そうね、この子達の付喪神化に際する怒り。その嫉妬と無力感は、見ての通り今、さっぱりと消え去ったわけなのだけど。……あなたが気にするのは、むしろ『完全自律』に『付喪神』の横入りがあった事かしらね?」
「うん。私が夕凪を見たのは半自律時と付喪神化した後だけだから、完全自律がどれほどのものだったのかはわからない。でも、それは『付喪神のようなもの』に上書きを受けてしまった。……そこには悔しさはなかったのかしらって、少し思った」

 アリスがとりあえずの目標として目指しているのが『完全自律型人形』。
 アリスはそれそのものを欲しているわけではないが、自分の魔法でそれを可能とする理論を成立させることが、彼女の研究者としての目標だ。

「前にも言ったけど、感情プログラムそのものは私の作品ではないわ。私は技術者だったけど、研究者とはいえなかった。そこが私とあなたの隔たりではあるわね」

 基本的にフィリアがやったことは、感情プログラムの開発ではなく、凍結のみ。

「少なくとも今の私は、過程がどうあれ結果がよかったなら、それでよかったと思っている。でも、一つだけあなたのために言えることがあるとしたら」

 結果よりも過程を重視するであろう魔法使いの研究者に、自分の経験はあまり役に立たないかもしれない。
 だけれども、それでも伝えておかなければいけない言葉というものがある。

「やっぱり夕凪たちには必要な1ピースが足りていなかったんだろうな、と思うの。彼女たちがそれを望んだから、幻想郷は一つの答えをくれたんじゃないかって。あなたがどういう自律人形を作りたいのかは知らない。だけど、自信を持って完成だと言えるのなら、幻想郷はきっとそのまま受け入れてくれる。全てをね」

 アリスはしばらく無言で蓮子の言葉を咀嚼していたが、やがてくすっと、小さく笑う。

「ずいぶん幻想郷への評価が上がってるようね」
「私は最初からこの世界自体は気に入っていたわよ?」
「そう、それじゃ、最後に一つ聞かせてフィリア。今でも、完全自律人形を作ること自体は煙たく思っている?」

 あの時、フィリアはアリスの完全自律人形を作るという目標に、警鐘を鳴らしていた。
 そして、結局は夕凪たちは半自律の状態を脱し、別の意味で完全自律の存在となり、フィリアもその結末には満足している。
 それでもあのとき警鐘を鳴らした考えには、変化はないのだろうか。

「私は最初から、それを作ること自体には反対していないわ、アリス。ただ、作るからには相応の覚悟を持って欲しいと、そう言っただけ。子供を作るとか、ペットを飼うとか、根源的にはそういう次元と同じ話。もちろん、その意見自体は何も変わっていない。返答として、これでよいかしら?」
「ええ、わかったわ。私は理論の確立ばかり目がいって、その後のことは何も考えてなかったから。あなたたちの生き様を見れたことは、そういう意味では有意義だったわよ。よかったらまた、お話を聞かせて頂戴」
「ええ、喜んで」

 その返答を聞くと、一礼してアリスは身を引く。
 次にフィリアの隣へと座ったのは、霧雨魔理沙。

「よう、何だかんだで直接こうして話すのは久しぶりだな」
「確かに……私にとっての『第一村人』の一人だというのに、あまり縁がなかったわね」
「だが、お前が来てからこっち、何だかんだで楽しかったぜ。娯楽祭りもアレだが、最後のスペルカード戦もすごかった。アレだな、お前遊びのプロだな」
「褒められてんの、それは」

 フィリアは苦笑しながらも、実際に騒動に巻き込まれた魔理沙からの評価が悪くないことに少し安心していた。

「まぁあれほどの頻度はもうごめんだが、また私たちを楽しませてくれ。こいつも期待してるみたいだし」
「そうですよ! 新型のゲームも期待してますからね! まぁ、それには本拠の復旧が大変だとも思いますが」
「ああ、それやらないといけないよね……」

 横から守矢神社の風祝、東風谷早苗が奇妙な角度でスライドしてくる。
 守矢神社とは業務提携の話もあったし、彼女自身ともゲームで熱戦を繰り広げたこともある、フィリアとしても見知っている相手だ。
 しかし廃墟と化した琴蓮号のことを想い出し、少しブルーになった。

「とりあえずほとぼりは冷ました方がいいんじゃないかしら。一般的にはクーデター宣言しときながら何も変わらなかった、恥ずかしい人だろうし」
「あああ、そういえば」

 霊夢の指摘に、フィリアは色々と痛々しいクーデター宣言のことを思い出した。

「そのまま姿を消したら、一般の人里の民の中ではフィリア様がもう死んだ人になってしまいますよねえ。何かの演出ってことにしてイベント組みませんと」
「以前は立案は全てフィリア様がされていましたが、これからは私たちも手伝えますね」

 6号や2号が割と生き生きした様子でこれからの展望を話していく。
 というか皆、あの決闘の流れを継続する気満々なのか、と当のフィリアは少ししり込みした。元々はスペルカードルールに喧嘩を売るために始めたことだというのに。

「もう喧嘩じゃないんだから、それでいいのよ」

 難しい顔をするフィリアの気持ちを察したように、霊夢が声をかけた。
 やってきたことを肯定されるのは、悪い気分はしない。しかも、あの博麗の巫女を相手に。

「まぁ、お望みとあれば、何かのイベントのついで程度にはこれからも企画していくわ」

 フィリアも少し楽しくなって、前向きな意見を返した。

「いいねえ。何しろ、スペルカード戦以外でああいう熱い戦いができたのは、本当に久しぶりなんだ」

 矢継ぎ早に酒を呑みつつ、伊吹萃香はからからと豪放に笑う。

「それは……どうも」

 自らと熱い綱引き勝負を繰り広げ、スペルカード戦でも紫と本気でやりあったフィリアの存在は、勝負好きの鬼としてはなかなか魅力的な存在だった。

「そこの4号にも、独力じゃ難しかったからな。ま、あれが壊れてしまっちゃ、リベンジは無理だが」
「鬼の視線に晒されて、背筋に怖気を感知」

 にやっと笑いながら4号に向けられた萃香の視線に、4号がぶるぶると震える。
 5号、6号が苦笑しながら4号をかばう様を見て、萃香は愉快そうに笑い、皆もつられて笑い出す。

「まったく騒がしい連中ね」

 そんな中飛び出たフィリアの忌憚なき意見に、紫はふふっと吹き出した。

「ふふ、でしょう? 年中あんな感じよ。あの子達は」

 まるで母親のような紫の表情を見ながら、フィリアはふぅ、と息をつき、頭の中で言葉をまとめる。

「メリー」
「ん?」
「もう、捨てないでよね」
「……もちろん。幻想郷は全てを受け入れます。それはそれは……」
「それはそれは?」
「……愛しい、ことですもの」

 壮大で、ちっぽけで、恐るべきながらもくだらない。
 そんな異変が終わった星空の下で。

 宴は延々と続いていた。





「こんにちは。いるかな」
「なんだ……アンタか」

 河童の里の外れにある、河城にとりの工房。
 そこに訪れたフィリアを、にとりは複雑な顔で迎えた。

「里香はちゃんと回復したかしら。会わせてもらっても、かまわない?」
「……いいよ。入りな。おーい、里香、お客さんだよ」

 にとりはフィリアを招きいれながら、奥に向かって、声を発した。

「はーい、なのですーっ!」

 元気な声が響いて、とてとてと姿を現したのは、紛れもなく里香であった。

「あれれ、フィリアさん? こんな場所に何の御用なのです?」

 ただしそれは、フィリアが全てを暴く前の、あの里香だった。

「里香……?」

 その様に、フィリアは思わず驚きを呈する。

「あれれ、どうしたのですか?」

 里香はもう、フィリアをIZLH-15228などと認識しない。
 『博士』の人格は、消失していた。

「……今日はね、里香。あなたにお礼が言いたくて来たのよ」
「? 私何かしましたのです?」

 フィリアの言葉に、里香は頭にハテナマークを浮かべて自分の記憶を探る。もちろん、心当たりなどありはしないだろうが。
 里香はある種すべての始まりであり、自分を追い詰めた元凶でもある。だが、彼女もまた、居なければこの終わりにたどり着けなかった、重要な恩人だ。
 フィリアはそうして、里香の頭を撫でた。

「何もしてないの。何もしてないけど、ありがとう。それだけ、言いたかったの」
「?? 不思議なフィリアさんなのです」
「里香、すまないけど、ちょっとお茶を入れてきてくれるかい?」
「了解なのです!」

 にとりの言葉に里香はびしりと敬礼を決め、奥の部屋へと引っ込んでいく。

「博士……」

 その姿が見えなくなると、フィリアは――フィリアの中の1号は、悲しげに呟き、目を伏せた。

「やり直したいって、あいつは最後にそう言ってた。だからきっと、そうしたんだろう」

 里香は結局、自分の人生を最後まで好きになれなかったのだ。そしてその結果、里香は『やり直したい』と、強く願った。
 今はもう届かぬIZLHへの手向けに変えて、『博士』たる里香は消滅した。
 そして残った、幻想郷で過ごした『里香』にすべてを託したのだ。
 自分が成せなかった分、もっと幸せな結末を掴むために。胸を張って、私は生きたと言えるために。
 にとりとなら、きっとそういう生き方が出来ると確信して。

「……何と言っていいのか」
「何湿っぽい顔してるんだ。死んだわけでもあるまいし」

 目を伏せるフィリアの背を、にとりが勢いよく叩いた。

「にとり……。私を怒っていないの?」
「そもそもアンタがいなきゃ、私と里香はこんなに仲良くなってねえし、出会ってすらいなかったかもしれないじゃないか。それに、きっとこれは里香が望んだことなんだ。相棒が選んだ道なら、もう、とやかく言わないよ」
「あなたは、強い河童ね」

 にとりの言葉に、フィリアは尊敬の言葉をあらわす。
 フィリアでさえ戸惑っているのに、相棒といえるくらい仲の良かったにとりが気持ちの整理をつけるのは、並大抵ではなかっただろう。

「別に、私だってまだ全部割り切れたわけじゃないけど。何、妖怪は長生きだし、そのうちんなことどうでもよくなるさ。それに、あいつはあいつなりに私を信頼してくれたんだ。私にどれほどのことが出来るのか知らんが、せいぜい幸せにしてやるさ。私の大事な、相棒だからな!」

 そう言ってにとりははにかんでみせる。
 その姿に、フィリアは確かに希望を見た。

「おまたせしたのです! お茶が入りましたのでーす!」
「……それにまぁ、こっちの里香の方がかわいいしな」
「ふぇ、い、いきなり何なのです!?」

 勢いよく帰ってきた里香を見て、にとりは冗談めかして微笑み、里香は顔を真っ赤にして照れていた。
 ここでも、一つの異変が終わる。

 せめて今生では、幸せであるように。
 フィリアは強く、そう願った。





「お手伝いに来ましたー♪」
「あらあら、いつもありがとうございます」

 命蓮寺にて白蓮が迎えたのは、三体のメイドロボの付喪神。夕凪4号、5号、6号であった。

「やはり月に一度の大掃除のときは人手が欲しいので助かります。皆さんさすがに手馴れていらっしゃいますし」
「い、いえいえ、私たちは人様のお役に立つことが本懐なのです」
「むしろお手伝いさせていただいていただいて感謝感謝ですよ」
「右に同じ?」

 既に機械異変からしばらくの時間が経った。
 あれからフィリアたちは『メイドさん派遣サービス』なるものを立ち上げ、夕凪シリーズを各所に派遣している。

 というのも、なんとか拠点を作り直したはいいが、あまりその拠点も大きくはないし、定期的にイベントを考えて必要物品を製作する以外にやることがあんまりなく、無駄にメイドの人数ばかり多い状況だった。
 そこで、神社で働いている留琴からヒントを得て、他に仕事を求めようと思い立って始めたサービスである。
 フィリアに強い忠誠を誓う2号はあまり他の人のところに行きたがらなかったが、それ以外の夕凪たちは割と乗り気でこの案に賛成した。
 やはり、道具としては仕事がないのは寂しいのである。

 そしてその派遣サービスは、メイドロボだけに質の高いご奉仕と、そのルックス。そしてフィリアのワームホールによってどんな場所にも即座に来てくれるということで、人里だけではなく妖怪の山などでも重宝される存在となり、なかなかいい感じに動いている。

「おーう、来たのかいお姉さん方。クックック……しばらくぶりの邂逅だな……また会えてこころうれしいっ! きゃぴるん♪」
「キモいよこころ。無表情なのが余計にキモいよ」
「ひどす」

 そこに命蓮寺で修行しているこころと、その縁で手伝いに来ている赤蛮奇が姿を現す。
 そしてもちろん、小傘の姿も。

「いつもいつもありがとうございます。皆さん。もう幻想郷にはだいぶ慣れましたか?」
「は、はい、おかげさまで。皆さんにもよくしていただいてます」

 小傘の気遣いに、5号達も微笑んで返す。
 小傘は元々忘れ傘の付喪神であることや、留琴との一件から、夕凪たちのことを特に気にかけている人妖の一人だった。
 今では全員と忌憚ない会話が交わせるくらいに仲を深めていた。

「聞いてくださいよ。4号ってば最近気になる人が出来たみたいで」
「えー、ホントですか!」
「き、機密情報漏えい禁止! 事実と異なる部分がある! 訂正を要求する!!」
「痛い痛い! わかったから頭突きしないで!」

 6号にごんごんと頭をぶつける4号の姿に和みながらも、パンパンと手を叩いて白蓮がその場を収める。

「さぁ、皆さん。早くお掃除を片付けて、甘いものでも食べましょうか!」
「「おー!」」

 一同は仲良く答えて、やる気満々に拳を突き上げた。





「あ、メイド派遣の人ね、待っていたわ」

 一方、ここは悪魔の館。紅魔館。
 妖精メイドやホフゴブリンらが多く働いている大きな館だが、それでもやはりメイド長の負担が大きいということで、一つ試しに最近話題の派遣サービスを受けてみようという話になった。
 そうしてメイド長である十六夜咲夜が迎えたのは。

「にゃはは、どうぞよろしくお願いいたします」

 赤髪のメイドロボ――夕凪3号であった。
 3号は、フィリアが落ち着いた今、彼女から離れて本来のご主人様を探す旅に出てもいいことになっていたが、今しばらく幻想郷に留まることにした。
 どの道、前回の時空跳躍からさほど時間が経ってないので、しばらく――と言っても、人間からすれば気の長い時間だが――冷却期間が必要になってくる。
 その間に元の世界により確実に帰るための材料が見つかれば御の字であるし。
 欲を言えばラプラスの魔が再現できればこれ以上のことはないが、さすがにそれは難しいだろう、色々と。
 ともあれいくら時間がかかっても、時空を超えてあの日あの時に戻ればオッケーだよね、と既にだいぶ前に割り切っているし、今しばらく夕凪でいることを楽しむことにした。

「ああ、そういえばメイド長さん、お聞きしたいことがあるのですが」
「何かしら?」

 そういえば、結局ご主人様からのお使いの品すら、いまだ見つけられてはいないのだし。

「ここに『聖杯』って置いてませんかぁ?」
「……悪魔の館で聖杯を探す人は初めて見ました」

 咲夜は色々な意味で呆れた視線を3号に向ける。
 本当にこんなので大丈夫なのか不安がよぎるが、きっとその前評価は覆ることだろう。
 3号も元々戦闘用であり家事仕事はおおざっぱにしか出来なかったが、今はフィリアの改修によって、高い家事能力を備えている。それに高出力の機械の体と、高性能なサボテンエネルギーにより、不眠不休でも普通に平気。
 いつか本当のご主人様に成長した姿を見せられることを夢見て、夕凪3号は今日も行く。

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね」
「あー、はい! 夕凪3号と申します! 3号、もしくはさんちゃんとお呼びくださいっ!」

 3号はびしりと胸に手を当てて敬礼し、元気よく返した。

「そう、じゃ3号。私についてきて」
「はいです~」

 てこてこと咲夜の背を負いながら、3号はしばし立ち止まり、虚空を見上げた。


(ご主人様……VIVITは今日も、頑張っています!)






「よう。遊びに来たぜ。お掃除ロボの方はどんな感じだい?」

 今日も今日とて、博麗神社に魔法使いが遊びにやってくる。

「いらっしゃいませ、魔理沙さん」
「もう、いい加減お掃除ロボ呼ばわりはひどいんじゃないの?」

 庭に置いてあるテーブルクロスのかかった洋風テーブルで、ティーカップ入りのグリーンティを飲みながら、霊夢は留琴と共に魔理沙を迎える。

「すまんすまん留琴。しかし相変わらずめまいがしそうなほど神社っぽい雰囲気だな」
「まぁ今回は庭だけだし。たまにはこういう雰囲気もいいわよ。てか、あんたこそなによそれ」

 魔理沙はいつもの箒ではなく、例のICBMに乗っていた。

「せっかくだからくれるって言われてな。私としても懐かしいから、久々に乗り回してたわけだ。なーミミちゃん」
「きゅ~~~~ん!」
「キィェアアア鳴いたああああ!?」

 結局使われることのなかった隠し玉のICBM――かつてミミちゃんと呼ばれたそれは、弾頭を除かれた上で、かつての持ち主である魔理沙に返還された。
 なんだかんだで、魔理沙も喜んでいるみたいなので、まぁ何よりである。

「さて、和風の神社で洋風のお茶会と行くか」
「すみません、私の趣味に付き合っていただいて」

 留琴は洋風の雰囲気の中でご主人様に給仕するのに何かロマンを感じるらしい。
 実際、紫に放逐される前も神社の中がすっかり洋風になったことがある。

「相変わらずお前は留琴に甘いな。掃除はちゃんとできてるのか?」

 かつては霊夢が手伝わなければいけないほどだったが、今度は霊夢も満足そうにうなずく。

「ええ、ばっちり手際よくやってるわよ。まぁ相変わらずホウキとかで掃除するんだけど」
「あえてアナログな手段でお掃除するのがメイドロボのロマンってものなんですよ。夢美様もフィリア様もそう言ってましたから間違いないです」

 にこっと笑って言う留琴の言葉に、霊夢と魔理沙はしばし考え込まざるをえなかった。

「科学使いってそういうわけのわからないロマンを追い求めずにいられない生き物なのかしら……」
「まぁ夢みたいな技術使うしな。ロマンがないとやってられないんだろう」

 向こうに言わせれば魔法のほうがよっぽど夢みたいな技術だというのだろうが、魔理沙からすれば魔法使いの方がよっぽど現実的な生き物である。

「まぁ、やっぱり今もついついお掃除手伝っちゃうんだけどね」
「なんだ、そうなのか? まったく留琴の未熟者め、うりうり」
「あううー、申し訳ありませぇん」
「やめぬか」

 うちの子をいじめるな、とばかりに、霊夢は留琴の額を指でうりうりする魔理沙にしっぺをかます。

「別に悪いところがあるからじゃないって。一人でやる掃除はめんどくさいだけだけど、留琴とやる掃除は楽しいんだもの」

 ねっ? と留琴に笑いかける霊夢に、留琴はぽわっと赤くなる。

「ご主人様にお手間をかけて恐縮です……。でも、私もご主人様と一緒にやる掃除、いつも以上に楽しいです」
「まったく、ラブラブだなあ」
「ちょっとそんなんじゃないってば!」
「そそそそんにゃ恐れ多い」

 魔理沙は、顔を赤くして怒ったりうろたえたりする二人を面白そうに見ていた。

「はっはっは、せいぜい幸せでいやがれ」

 魔理沙の茶化しに、霊夢と留琴は顔を見合わせ、苦笑した。
 そう、せいぜい幸せに、新しい時間を刻んでゆこう。

 やっと出会えた、二人なのだから。





「ちょっと蓮子。この前幽々子にまーた変なこと教えたでしょ」
「いーじゃないメリー。お互い様よん」

 スキマを開いて乗り込んできた紫に、式神・蓮子はビーチチェアでくつろぎながら迎えた。
 今は本体の1号と別れて行動することも多くなっている。その方がお互い会話もできるし。

「しかしあんたサボテン畑で何やってんのよ」
「んー、まぁなんとなく雰囲気出るかなって」

 サボテン畑は、蓮子たちが復活させたものの一つである。付喪神のようなものになった副次効果として、物を食ったり人の『感謝』を糧にできるようになったメイド軍団だが、まぁそれはそれとしてサボテンエネルギー機構は健在。
 琴蓮号を動かすほどのエネルギーはもう必要ないものの、趣味もかねて小規模なサボテン畑をビニールハウスと共に作っている。

「それよりこの前のイベントじゃ、私の圧勝だったわね、メリー」
「うるさいわね蓮子。チーム戦の没入型バーチャルリアリティ大将棋とか頭の悪いもん考えたあんたが悪いわ」
「頭の悪いとか失礼な。幻想郷は全てを受け入れるって言ったのはやっぱりウソだったのね……体感時間を長めにして圧縮することで、大将棋なのにスピーディーでストレスを感じないとギャラリーには大絶賛だったのに……」
「あーもうこの子は……」

 蓮子はさめざめと泣き真似をした。
 琴蓮号の残骸から作った新たな拠点は、ドーム型の小さな研究所のようなもの。
 それが完成してからは、何かのイベントのついでにと言っていたフィリアの新決闘も、独立した定期イベントになってきていた。
 最初のイベントで紫とのエキシビジョンマッチを組んで、仲睦まじい様子を見せることでクーデターの印象を払拭し、フィリアもまた”愉快な機械人形”として、幻想郷の人気者に返り咲いている。

「そんな二つ名で大丈夫?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「ま、いいけど。……そういえば、伊弉諾物質ってどうなった?」
「あー、たぶん、アップグレードした時に取り込んじゃった。ごめんね」
「ああ、伊弉諾物質を消費してまでやった力技だったのね。なら納得だわ」

 水鏡とか紫の式とか伊弉諾物質とか、色々揃った上でのこの結果。
 今のフィリアの存在は、まぁ奇跡と言って差し支えないんじゃないのかと、蓮子も、紫も思う。

「で、何の用事? メリー」
「最初に言ったでしょ! 幽々子に変なことを――」
「そいつは会話のきっかけでしょ。本題本題」
「もう、すぐにそうやってはぐらかすんだから……」

 紫は呆れたように肩をすくめる。
 とかく胡散臭く、掴みどころがないといわれる紫だが、どうにもこの旧友はある種、幽々子以上の難物かもしれない、と思う。
 だが、それがいい。

「久々に遊びのお誘いよ、蓮子。普段見てない幻想郷を、見に行きましょう。ま、ご希望なら外界でもいいけど」
「おお、ひっさびさの活動ね。しかもそっちから言い出してくるなんて、私はうれしいわ。感動してるといって良い」
「茶化さなくて良いから。それに別に私が言い出したんじゃないわよ。忘れてない? 昔に比べてメンバーが増えたんだからさ」

 ビーチチェアから起き上がってハグしようとしてくる蓮子をかわしながら、紫は自らの背後を指す。

「なるほど、そうだね。じゃあこっちも準備しようか!」

 そうして、かわされながらもふわりと体勢を立て直した蓮子も、紫の背後を見て、パチンと指を鳴らす。

「さぁ、行くわよ、いっちゃん、ふーちゃん!」
「はいよっ!」
「はい!」

「こっちも行くわよ、藍、橙!」
「はっ!」
「はいです!」

 全員の確認を終えて、紫とフィリアはきゅっと手を握る。

「さぁ、遊びましょう。蓮子」
「ええ、遊びましょう。メリー」

 そうしてお互いに握りあったそれを、高く天へと向けて突き上げた。


「「新生秘封倶楽部・出発進行ーーーー!!」」







 混沌の朝に生まれ、波乱に満ちた昼を越えて、ただひたすらに。
 それでも私は空を飛ぶ。せめて穏やかな夕へと向かい。

 時空さえも超えて、愛しのあなたの元へと向けて。

 ――ただ、機械仕掛けの幻想を抱いて。


【fin】
どうも、ナルスフです。
ブランク、文章のノリ、長さともに揃って誰だお前はという感じだとは思われますが、お久しぶりなんです。
この長さとタグにも関わらずここまでたどり着いていただき、誠にありがとうございます。

一度オリキャラものというものを全力で作ってみたいと思いましてこの話を書き始めたのですが、出来上がってみるとオリキャラがどうとかそういう次元の問題じゃない作品になってしまいました。
忽然と居なくなったように見える彼女らのその後とか、例の二人のよくある悲劇のその後とか。語られない空白を色々と妄想して混ぜ合わせていったら、出来上がったお話です。
まぁ、たまにはこういうのもアリかな、という感じで見ていただけたら幸いなのです。

Filia Lotusはラテン語直訳で名づけました。
Filiaは子というより、正確には娘って意味みたいですけど。まぁ女の子だし問題ないよね!

3号の正体にぴんと来なかった方は、ぜひ『西方project』で検索してみてください。
彼女も秋霜玉で幻想郷に迷い込んでたり、幡紫竜では後継機になってたりするので、もしかしたらそのままロストして時空を股に掛けた大冒険をしてる可能性も……無きにしも非ず、だと思うんですよね。(稀翁玉は時間軸とかストーリーがよくわかんなかったので何とも言えませんが)
あと西方作品じゃないですけど、五月雨EXTRAにゲスト出演した時の彼女(のテーマ曲と弾幕)はとってもかっこいいんですよね~。

例の石が増幅器とか、彼女の能力が限界突破したら時空超えとか云々のアイディアは、第二回新東方SSコンペにおける白衣氏の作品よりアイディアをいただきました。(http://ugigi.dnsdojo.org/newcompe2/1/1352638990)
快く了承くださり、ありがとうございました。

メディはその……執筆が行き詰まるととりあえずトリコ読んでたせいで……

ともかく、終わってみて、疲れましたね、長編って。正直もう二度とやりたくないです(苦笑)
読んでくださった皆様方におかれましても、本当にお疲れ様でした。

ではでは、またいずれ。
改めまして、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

4/25追記
・桜田さんのコメントを受けてとりあえず改題しました。
とにかく開いてもらうためにインパクト重視のタイトルを目指しましたが、それで評価が下がるならば本末転倒です。
・更に、改行を加え、その際に読み返して必要ないと思った小ネタのいくつかも削除しました。
ナルスフ
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コメント



0.580簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
おそらく作者さんは意識してそうしたのでしょうが、
あちこちに散りばめられたお約束表現やお約束進行は
はっきり言ってしまえば「陳腐な」と思えるものばかりです

しかし、それでも私はこの作品に感動しました。
これほど真摯で誠実な作品はそう多くないでしょう。正真正銘の労作でもあります
とても面白く読ませていただきました
5.50桜田削除
持ち点。 +50
まずタイトルのゴテゴテ感がきつい。 -10
時々地の文に交じる主観。 -10
他作品から引用している小ネタが陳腐なのはさておき単純に活かせてない。 -10
改行(幅による一行の文字数)及び行間の開け方が詰まっていて読みづらい。 -10
オリキャラと見せかけて実はオリキャラじゃなかった展開。 +10
多キャラ熱血連戦展開。 +10
長編を書き上げた労力に対して。 +20

といったところで。ありがとうございました。
6.70奇声を発する程度の能力削除
個人的に少しくどいかなぁと思う所が幾つかあったのですが、楽しめました
面白かったです
11.100名前が無い程度の能力削除
タグ通りのことをやりきったことに敬意を表して。
12.70名前が無い程度の能力削除
400kb弱の力作ということで、あえて率直な感想を書かせてもらいます。

話の粗筋やそれを構成するロジックは、斬新でありながらもよく練られており、これだけの大作に相応しい、感嘆できるものだと思えました。

ざっくりと言ってしまえば、素材は申し分なかったものの、調理がうまくいっていない、勿体ない作品だったという印象です。

問題点としては「雰囲気」と「厚み」が不足していたように思えます。
この二つは微妙に関連性があり、結局の所ひとつの問題点といえるかもしれません。

作者さん自身、十分に把握していることと思いますが、この作品は幻想郷、旧作、秘封と、三つの世界観を統合する構成になっています。三つの世界観のクロスオーバーと言い換えてしまっても差し障りないかと思います。
当たり前のことですが、幻想郷には幻想郷の、旧作には旧作の、秘封には秘封の、それぞれ独自の「雰囲気」があるものです。「らしさ」と言い換えると分かりやすいかもしれません。
この「らしさ」といものが難しいもので、人それぞれで正解が異なる、けれど確実に必要な要素であるという、厄介なものでして。
しかも今作の場合、その曖昧な「らしさ」を三世界分描いた上で更に統合する必要があるわけで、これが頭を抱えてしまう難題であることは間違いないわけです。
この「らしさ」に齟齬が発生してしまう問題に対して、おそらく作者さんは(意識してのことかはわかりませんが)自分なりの作風で統一するという対策をとっているように見受けられます。
その対策自体は、ごくごくオーソドックスな手法ですので間違ってはいないのですが、問題は作者さんの作風が、コメディ的なノリの軽いものであったという点です。
たくさんのキャラクターが賑やかに騒いでいる様子は軽快な作風にマッチしているのですが、肝心のアンドロイド達や蓮子、メリーなどの葛藤を描くのに、この作風は向いていません。
また、蓮子とメリーが別れる前の秘封世界、蓮子が迷い込んだ終末の世界、里香が糾弾される未来世界などを描くのにも、軽すぎて心に響くとは言い難いものがあります。
それらの世界の「雰囲気」「らしさ」が描けていないと感じました。

もう一つの「厚み」ですが、キャラクターの心情を描くのにあまり文字数を割かず、作品を前に進めることを考えすぎているため、各キャラクターに厚みが感じられなかったという印象です。
中盤から後半にかけてスペルカードの描写が手厚く描かれていますが、それをここまで沢山書くくらいなら、もっと蓮子やメリーやアンドロイド達の心情や背景を書き込むべきだと、そのほうが作品のためだと思えました。
折角後半で盛り上がるシーンがあっても、それまでキャラクターに厚みを与えることができていなければ、読者にいまいち響かないのも当然かと。
(ただこのあたりも、上記の「らしさ」が描けていれば、それはキャラクターの背景となり、自然とキャラに厚みも感じられるものですので、上記の問題とも関わりがあるとは思います)
(また、今の作風のままでも、つまり「らしさ」が描けていなくても、キャラクターの心情を手厚く描いていれば、何だかんだで後半で読者の心を動かすことはできるので、これはこれで問題が解決しているとも言えます)

400kb弱の大作ですが、作者さんの中のイメージを読者にも共感してもらうためには、実のところ更に書き込んで、容量を膨らませる必要があったのかもしれません。
13.70haruka削除
なかなか面白いお話、堪能させて頂きました。
なるほど、こうきたか、と思う展開もあり、発想と着眼点には敬服いたします。
もっと点数、伸びてもいいと思うんですけどね。
やはり、タグで尻込みしてしまうのでしょうか。
ともあれ、個人的には楽しめた作品です。次回長編も楽しみにしています(`・ω・´)

さて、以下は、読んでいていくつか気になった点を。
あくまで個人的な感想ですので、読み飛ばして頂いても構いません。

1:展開が性急すぎ。描写が足りなすぎ。
これについては、他の方々も指摘されていると思いますが、あえて、再度指摘させて頂きます。
読者は、作者よりも圧倒的に情報量が少ないものです。
作者の頭の中では整合性のつく展開であっても、提示されている情報が少ない場合、
読んでいる側は「?」と首をかしげます。
これが度を過ぎてくると「ご都合主義」となるわけです。
シーンごとにおける展開の端々にそれが垣間見えます。
恐らく、作者様の頭の中では、何がどうなってどういう展開になっているかこういうオチになる、と
話の整合性がついているのでしょう。
しかし、読者側としてはさっぱりです。
描写が足りず、伏線も足りず、どうしてこいつがこの時点で出てくるのか、どうしてこういう展開になるのか、さっぱりわかりません。
そういうところがとても残念でした。
5W1Hは常に意識して頂けると嬉しいです。

2:不要なシーンが多い
これは「1」の正反対で、どうでもいいシーンが非常に多く感じられます。
それが何かの伏線になっていればいいのですが、そうではない。
あくまで単に、作者様の「書きたい」シーンが書かれている。
それはそれでいいのですが、「1」を踏まえると、そっちに力を割いて欲しかった、というのが本音です。
なぜ、このキャラのシーンがここで必要なのか、なぜ、この展開は必要なのか。
お話には整合性と共にストーリーが必要です。本題のストーリーを切ってサブストーリーを入れるなら、それなりの意味を持たせて欲しかったと思います。

3:描写が軽薄
シリアスなシーンであろうと、軽い文体であるのが気になります。
シーンごとに使い分けてもよかったのでは、と個人的には思います。
それが作者様の作風であったとしても、個人的にですが、文体や調子は使い分けるべきだと考えています。
話に相手を引き込みたかったら、それなりの雰囲気作りが必要です。
にも拘わらず、それがない場合、読者としても話しに入っていけず、結果としてしらけてしまうでしょう。
この点は、特に気にして欲しい点の一つです。

4:話の作り
1~3を踏まえて、話の作り方が非常に軽いと思いました。
シリアス展開があっても、何か足りない。それは文体もそうですし、話の展開もあるのでしょう。
台詞回しなどもあるのかもしれません。
キャラクターが全て、お芝居を演じているようにしか見えません。
こいつらは本気でこの台詞をしゃべっているのだろうか。そう思います。
これがコメディタッチなライトな作風ならいいのですが、これはそうではない。
となると、やはり、表現力が足りないということになります。
話の流れ、作り方、連続性などなど。
お芝居に見えない、本気の話を、次回は期待します。

長編を書き上げると言うことは大変です。
それだけのモチベーションの維持もさることながら、話全体を作っていく技量も必要です。
この長編を書き上げたことは、それだけで賞賛されるべきですし、同時に、ご自身の自慢の一つにしてもいいと思います。
個人的には、長編を書く力は長編を書いていくことでしか養われないと考えています。
今作を書き上げたことを自信として、次回作、頑張ってください。応援しています。
14.無評価ナルスフ削除
>>4様
ありがとうございます。
色々と至らずに申し訳ありませんでした。
そう言っていただけると救われます。


>>13様
コメントありがとうございます。
そうですね、私自身方々で批評いただいたことで骨身にしみたのですが、前半を伏線配置のみに必死になりすぎて、心情を書き込んだり、読者にわくわくさせながら物語を引っ張る工夫に欠けていたなと思います。
ストーリー構築に満足してしまい、そのあたりを疎かにしていたのだなぁ、と。
作風のご指摘に関しても、自分の今の力はあまりシリアス長編には向いてないと実感しました。
長所が出せずに、色々と自分の問題点が見えた作品でしたね。
今後は今まで通り短編を書きつつ、そのうち今度は100kb前後で収まるくらいの作品に挑戦しようと思っています。
ありがとうございました。


>>haruka様
コメントありがとうございます。

>やはり、タグで尻込みしてしまうのでしょうか。
それもありますし、恐らく序盤のグダグダで脱落してしまう方も多いのでしょうね・・・。
タグに関しては、地雷臭のするものは決してつけない方がいい、とある方に言われてしまったのですが、自分としてはこのタグで勝負するのが夢だったので、後悔はありません。そこと関係ない場所でこけてしまったのは悔しいですが。

>読んでいていくつか気になった点を。
思った以上に伝わらないものなのですね。
やはり難しい。ご指摘ありがとうございます。

>キャラクターが全て、お芝居を演じているようにしか見えません。
これは改めて見返して自分自身感じた点でもあります。どうも全員建前だけで行動しているようで、本音が見えない感は確かにありました。
感情を乗せるのが下手なんでしょうね、自分。
ただでさえそれが苦手なのに群像劇なんかやろうとせずに、主役を絞るべきでした。

>この長編を書き上げたことは、それだけで賞賛されるべきですし、同時に、ご自身の自慢の一つにしてもいいと思います。
>個人的には、長編を書く力は長編を書いていくことでしか養われないと考えています。
今思えば、今までコメディタッチの短編しか書いてこず、長編のノウハウがまったくない状況でこんな無駄に壮大なもん書こうとしたらそらこうなるわな、と・・・。
ともあれ今回長編の経験は少しは積めたわけですし、出来はどうあれ、これを一度完成させたことで、次は幾分か余裕を持って制作に取り組めるだろうなと思います。
ここまで長いものを作るのはリアルの余裕的に二度と御免ですが(苦笑)、またそれなりに長いものには挑戦していきたいと思います。
皆様のお言葉を無駄にはできませんからね。
暖かく、実のあるコメントをどうもありがとうございました。
15.100名前が無い程度の能力削除
楽しんで読ませて頂きました。
おかげで睡眠時間ががっつり減ってしまった、寝る前に読み始めるんじゃ無かった(笑)
先の読める展開はありましたが、先が読めていても楽しめる、良い意味での王道展開だったと思います。熱血展開、結構好きです。
素敵な作品、ありがとうございました。

16.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。
なんで紫が相手の意図を知りながら全く手を出すことが出来ない理由や
ほかのメイドロボ達の正体についての伏線がしっかりと解けていてよかったと思います。
ルール違反すれすれの技をする相手に萃香が力で強引にねじ伏せる綱引き対決や
メリーVS連子の壮絶なスペカ戦の顛末など見所がたくさんありました。

ただ安易な紫=メリー説は少し冷めてしましました