「……んぅ?」
自分の貸本屋のカウンターで本居小鈴は古びた紙切れを見詰めていた。
「……どういう意味だろう」
頬をつきながら、紙切れを眺めては近くの本をペラペラと捲っては嘆息し、また捲っては嘆息しという作業を幾度となく繰り返していた。
「すいませーん。本を返しに来ました」
「あっ、小悪魔さん。じゃあそこの棚に戻しておいてください」
「はーい」
小悪魔が棚に戻したのを見届けると再び紙切れを眺めては嘆息する作業に戻り始めた。
「あの…」
「………はぁ」
「小鈴さん?」
「ん? あぁ…どうかしましたか?」
「この本を借りたいんですが」
そう言って幾つかの本を差し出した小悪魔を見ると慌ててそれらを預かり、てきぱきと台帳に貸出日時などを書き込んで小悪魔に渡した。
「さっきからどうしたんですか、そんなに溜息ばかりついて」
「んー…実は意味が分からない紙切れが出てきまして」
「意味が分からない? 見してもらってもよろしいです?」
「ええ。どうぞ」
小悪魔は小鈴から紙切れを受け取ると、真剣にそれを読み始めた。
「ふむ…
『こ は語ら ことがな った神話で る。
だが、確 こった であ 。
何故、 でき のか?
理 は 単だ。
現在、ケ スとオ ロ の子孫は存在して 。そ ことか 逆算的に かでは か。
も無き による、異形の 粛清劇は酸鼻を極めた ない。
だ こそ、 に痕跡すら いないのだ。
なぜなら、歴史と のはすべ く に都合よく からだ。
我々は スと という異形が、粛清されたことを喜ん かりも れない。
の立役者は今日、 の周囲に、 な のような顔をしながら、 顔で闊歩し、 している。決して てはならない。
次に「 」に寝首を掻かれるのは、我々かもしれないのだから。』ですか……」
「どうですか? 何かわかります?」
「うーん…難しいですね。重要な場所が抜けてしまっていますし…」
「ですよね…」
「むぅ…」
一枚の紙切れに悩み始める少女が二人。
そうして幾時かが過ぎた頃
「小鈴ー? 居るー?」
「あら、阿求」
軽やかな足取りで稗田阿求が店内へと入ってきた。
「どうしたの阿求?」
「ん? 暇だったから来たわ…と、そちらの方は?」
小悪魔を手で示しながら小鈴に尋ねる阿求。
それに対して小鈴は自分のお客さんだと説明し、もしかしたら阿求なら分かるかもしれないと思い、このことについて尋ねてみることにした。
「ねぇ阿求」
「んー? なーに?」
「これの意味分かる?」
「意味?」
そう言いながら小鈴が差し出した紙切れをまじまじと見詰める阿求を見詰める小鈴と小悪魔。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「じゃ、私はこれで」
『あいやまたれい』
爽やかな笑顔を浮かべて立ち去ろうとした阿求の首根っこを掴んで引き止めた。
「ちょ…苦しい。やめて…」
「逃げない?」
「逃げない! 逃げないから…ちょ…死ぬ…っ」
本気で苦しそうにしていた為、顔を見合わせた二人は手を離した。
「けほっ…けほっ…
あー…苦しかった」
わざとらしく咳をしながら小鈴を見詰める阿求だったが、小鈴はそんなことは気にもせずに小悪魔とあーだこーだ話し合っていた。
「いや、引き留めたなら聞きなさいよ」
「え? なに?」
「はぁ…帰るわ」
「ごめんごめん、冗談だって」
「全く…」
「それで…わかった?」
「いや…わからないんだけど……」
「わからないけど?」
「なーんか、見た覚えがあるのよねぇ…」
「そうなの? 」
「ええ…でも…んぅ?」
「あれ? 阿求って確か記憶力よくなかった?」
「そうね…確かに一度見たり、聞いたりしたのは忘れないけど…これは虫食いされてるでしょ? だからわからないのよ」
「あぁ、なるほど」
「へぇ…阿求さんってそんな能力あったんですか」
「そうですよ。まぁ、私というより阿礼一族の能力みたいなものですかね」
「ほうほう、興味深いですが、今はこちらですね」
「そうですね。これは私も気になって仕方無いです」
「んー…このカタカナはなんなんだろう…」
「それですよね…」
「私もそれが気になるのよ。どっかで見た覚えがあるのよ」
「どこで?」
「それが思い出せないのよね…」
「家じゃないの? 阿求の家って貴重な本だったり文献が多いからそこで見たのかもよ?」
「あっ、確かに。じゃあ私は一旦家に戻って調べてくるわ。小鈴たちはどうする?」
「うーん…そうね…」
「あっ、私はパチュリー様と考えてみます。もしかしたらパチュリー様が知っているかもしれませんし」
「わかりました。では何か分かりましたら小鈴か私の家まで知らせに来ていただけますか?」
「ええ、勿論です」
「じゃあ私はここの本を漁ってみるわ」
「うん、よろしくね」
「任せてよ」
「じゃっ、また後でね」
そう言うと阿求は小走りで店の外へと去っていった。
それを見送ると、小悪魔は借りた本を持って
「では、私も戻りますね」
と、小鈴に告げた。
「はい。お気を付けて」
「ええ。ではまた」
と、言い、去っていった。
○ ○ ○
「……しっかし、ああはいったものの…もう手詰まりなんだよなぁ」
小悪魔が帰ってから30分程ボーっとしていた小鈴だったが、ぼやきながらも近くの本の山をガサゴソと漁っていた。
すると突然声をかけられて驚き、山を崩してしまった。
「いったぁ…」
崩れた本が当たった体をさすりながら起き上がると、そこには、呆れた顔の慧音がおり、小鈴は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あー…その…邪魔して悪かった」
「いえいえ…慧音さんに気付かなくて申しわけないです。
まあ、それは置いといて今日は何の御用で?」
「貸本屋に来たんだから本を貸してもらいにな」
「確かにそうですね…
どんな本でしょうか」
「算数の本はないかな?
授業で使いたんだが、丁度良いのが無くて困ってるんだ」
「算数ですか…
では、外来本のこちらはいかがでしょうか。外の世界での算数の教科書というものらしいですよ。私も読みましたが、意外と分かりやすかったですね」
「そうか。ではそれにしよう」
「ありがとうございます。期限はどうします?」
「そうだな…ひとまず二週間程貸してほしい。それで使い勝手が良かったら延長はできるかな?」
「ええ、出来ますよ。それでは二週間の期限でよろしいですね」
「うん。あぁ…そういえば、何を探していたんだ?」
「気になります?」
「質問に質問で返すのはよくないな。まあ、それは置いといて気になるかと言われれば気になる」
「やっぱり知識人ですねぇ。好奇心には勝てませんか」
「まあな」
「これですよ」
そう言って小鈴が例の紙切れを手渡すと、慧音は早速興味津々といった表情で真剣に読み始めた。
読み終わった慧音は紙切れを返すと
「ふむ、全く分からん」
と言い切った。
「あはは…まあ仕方無いですよね。こんなに虫食いだらけじゃ」
「だが分かったのもあるぞ」
「えっ、本当ですか!?」
「うん。例えば、カタカナのところは固有名詞だろうな。そして最初はおそらく『これは語られることがなかった神話である。
だが、確かに起こったことである。
何故、断言できるのか?
理由は簡単だ。』じゃないのかな?」
「あぁ…なるほど。確かにそうですね。神話ですか…神話は探してなかったな…」
「手掛かりになったのなら幸いだ。じゃあ私はこれで帰ろ――」
「小鈴さんっ! 分かりましたっ!!!」
と、言いながら小鈴の前に立っていた慧音を突き飛ばして小悪魔が突っ込んできた。
「慧音さん大丈夫ですかっ!?」
「あぁ…なんとか…」
「はぁ…よかった」
「そんなことより分かったんです! 分かったんですよ!!」
「そんなこととはなんだ。そんなこととは」
「あ、慧音さんは黙っててください」
「酷くないか!? それが被害者に対する態度か!?」
「小悪魔さんどうぞ」
「無視か! 無視するのか!」
「ええ。文中のカタカナですが…」
「固有名詞だったんだろう? そうだろう?」
「神話生物の…ケルベロスとオルトロスだと思われます」
「ケルベロスとオルトロス?」
「なんだそれは」
「やはり知りませんでしたか。ケルベロスというのは三つの頭を持つ異形の犬で地獄の番犬や冥府の犬と呼ばれています」
「異形! そんな言葉ありましたね!」
「ふむ…だとするならば、これはそのケルベロスの粛清劇の話か…?」
「まあ、そう急がないでください。まだオルトロスの説明をしてません」
「そうでしたね。設定をお願いします」
「はい。オルトロスとは先程のケルベロスの弟にあたる生物で二つの頭を持つ犬だそうです」
「二つの頭…弟…」
「その二頭が何者かに粛清された…? どういうことだ…?」
「そして、パチュリー様の予想ですが、これはその粛清したものに気を付けろという意味ではないかということだそうです」
「粛清したもの…それは人なの?」
「確かに人か人外であるかは重要だな。どうなんだ?」
「それは分からないそうです。しかし、寝首を掻かれると書いてあるということは身近に居るものが粛清者ではないかと」
「なるほど…先人からのメッセージだったということですか」
「なるほどなぁ…よし、自警団にそれとなく見回りを強化しておくように言っておこう」
「パチュリー様も狙われるなら人里だろうと言っていました。それと、寝首を掻くというのは正面切って戦うと分が悪いからとも言ってましたので、油断をしなければ安全だろうとも」
「ふむ…把握した。じゃ、今度こそ帰―――」
「小鈴? 分かったわよ」
「またか……」
「あら、阿求。でも、もう解明されたけど?」
「えっ、そうなの?」
「ええ…ってその本は?」
「それの原本」
「……はい?」
○ ○ ○
阿求の発言から暫くして
「なーんだー、そんなことだったのね」
と、小鈴が笑いながら阿求に言った。
「ええ」
「まさか…小説だったとは」
「あぁ、全く思い至らなかったな」
「ええ。見覚えがあったのはこういうことだったんですね。私はこの小説を読んでいて、内容を覚えていた。今回、その小説の一部を見たけど、虫食いになっていた為、見覚えがないように錯覚した。そういうことね」
「なんか…慌てて損したな」
「慧音さん。言っちゃ駄目です」
「ええ…パチュリー様に申し訳が…」
「まあ…黙ってても問題ないかと」
「あはは…そうします」
「そうだ。皆でこれを読まないか? こんなのが乗ってるなんて中々に面白そうじゃないか」
「いいですね。じゃあ阿求が朗読してくれない?」
「えっ、なんで私が」
「私も聞きたいです!」
「私も聞きたいな。駄目か?」
「はぁ…今日だけですよ?」
「やった!」
「楽しみです」
「誰かのを聞くのは久々だから楽しみだ」
「全く…」
口では文句を言いながらも、その表情は笑顔に満ちていて、とても幸せそうだった。
小鈴はそんな阿求を見ながら「本日閉店」の札を表に掲げにいくために歩き出した。
自分の貸本屋のカウンターで本居小鈴は古びた紙切れを見詰めていた。
「……どういう意味だろう」
頬をつきながら、紙切れを眺めては近くの本をペラペラと捲っては嘆息し、また捲っては嘆息しという作業を幾度となく繰り返していた。
「すいませーん。本を返しに来ました」
「あっ、小悪魔さん。じゃあそこの棚に戻しておいてください」
「はーい」
小悪魔が棚に戻したのを見届けると再び紙切れを眺めては嘆息する作業に戻り始めた。
「あの…」
「………はぁ」
「小鈴さん?」
「ん? あぁ…どうかしましたか?」
「この本を借りたいんですが」
そう言って幾つかの本を差し出した小悪魔を見ると慌ててそれらを預かり、てきぱきと台帳に貸出日時などを書き込んで小悪魔に渡した。
「さっきからどうしたんですか、そんなに溜息ばかりついて」
「んー…実は意味が分からない紙切れが出てきまして」
「意味が分からない? 見してもらってもよろしいです?」
「ええ。どうぞ」
小悪魔は小鈴から紙切れを受け取ると、真剣にそれを読み始めた。
「ふむ…
『こ は語ら ことがな った神話で る。
だが、確 こった であ 。
何故、 でき のか?
理 は 単だ。
現在、ケ スとオ ロ の子孫は存在して 。そ ことか 逆算的に かでは か。
も無き による、異形の 粛清劇は酸鼻を極めた ない。
だ こそ、 に痕跡すら いないのだ。
なぜなら、歴史と のはすべ く に都合よく からだ。
我々は スと という異形が、粛清されたことを喜ん かりも れない。
の立役者は今日、 の周囲に、 な のような顔をしながら、 顔で闊歩し、 している。決して てはならない。
次に「 」に寝首を掻かれるのは、我々かもしれないのだから。』ですか……」
「どうですか? 何かわかります?」
「うーん…難しいですね。重要な場所が抜けてしまっていますし…」
「ですよね…」
「むぅ…」
一枚の紙切れに悩み始める少女が二人。
そうして幾時かが過ぎた頃
「小鈴ー? 居るー?」
「あら、阿求」
軽やかな足取りで稗田阿求が店内へと入ってきた。
「どうしたの阿求?」
「ん? 暇だったから来たわ…と、そちらの方は?」
小悪魔を手で示しながら小鈴に尋ねる阿求。
それに対して小鈴は自分のお客さんだと説明し、もしかしたら阿求なら分かるかもしれないと思い、このことについて尋ねてみることにした。
「ねぇ阿求」
「んー? なーに?」
「これの意味分かる?」
「意味?」
そう言いながら小鈴が差し出した紙切れをまじまじと見詰める阿求を見詰める小鈴と小悪魔。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「じゃ、私はこれで」
『あいやまたれい』
爽やかな笑顔を浮かべて立ち去ろうとした阿求の首根っこを掴んで引き止めた。
「ちょ…苦しい。やめて…」
「逃げない?」
「逃げない! 逃げないから…ちょ…死ぬ…っ」
本気で苦しそうにしていた為、顔を見合わせた二人は手を離した。
「けほっ…けほっ…
あー…苦しかった」
わざとらしく咳をしながら小鈴を見詰める阿求だったが、小鈴はそんなことは気にもせずに小悪魔とあーだこーだ話し合っていた。
「いや、引き留めたなら聞きなさいよ」
「え? なに?」
「はぁ…帰るわ」
「ごめんごめん、冗談だって」
「全く…」
「それで…わかった?」
「いや…わからないんだけど……」
「わからないけど?」
「なーんか、見た覚えがあるのよねぇ…」
「そうなの? 」
「ええ…でも…んぅ?」
「あれ? 阿求って確か記憶力よくなかった?」
「そうね…確かに一度見たり、聞いたりしたのは忘れないけど…これは虫食いされてるでしょ? だからわからないのよ」
「あぁ、なるほど」
「へぇ…阿求さんってそんな能力あったんですか」
「そうですよ。まぁ、私というより阿礼一族の能力みたいなものですかね」
「ほうほう、興味深いですが、今はこちらですね」
「そうですね。これは私も気になって仕方無いです」
「んー…このカタカナはなんなんだろう…」
「それですよね…」
「私もそれが気になるのよ。どっかで見た覚えがあるのよ」
「どこで?」
「それが思い出せないのよね…」
「家じゃないの? 阿求の家って貴重な本だったり文献が多いからそこで見たのかもよ?」
「あっ、確かに。じゃあ私は一旦家に戻って調べてくるわ。小鈴たちはどうする?」
「うーん…そうね…」
「あっ、私はパチュリー様と考えてみます。もしかしたらパチュリー様が知っているかもしれませんし」
「わかりました。では何か分かりましたら小鈴か私の家まで知らせに来ていただけますか?」
「ええ、勿論です」
「じゃあ私はここの本を漁ってみるわ」
「うん、よろしくね」
「任せてよ」
「じゃっ、また後でね」
そう言うと阿求は小走りで店の外へと去っていった。
それを見送ると、小悪魔は借りた本を持って
「では、私も戻りますね」
と、小鈴に告げた。
「はい。お気を付けて」
「ええ。ではまた」
と、言い、去っていった。
○ ○ ○
「……しっかし、ああはいったものの…もう手詰まりなんだよなぁ」
小悪魔が帰ってから30分程ボーっとしていた小鈴だったが、ぼやきながらも近くの本の山をガサゴソと漁っていた。
すると突然声をかけられて驚き、山を崩してしまった。
「いったぁ…」
崩れた本が当たった体をさすりながら起き上がると、そこには、呆れた顔の慧音がおり、小鈴は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あー…その…邪魔して悪かった」
「いえいえ…慧音さんに気付かなくて申しわけないです。
まあ、それは置いといて今日は何の御用で?」
「貸本屋に来たんだから本を貸してもらいにな」
「確かにそうですね…
どんな本でしょうか」
「算数の本はないかな?
授業で使いたんだが、丁度良いのが無くて困ってるんだ」
「算数ですか…
では、外来本のこちらはいかがでしょうか。外の世界での算数の教科書というものらしいですよ。私も読みましたが、意外と分かりやすかったですね」
「そうか。ではそれにしよう」
「ありがとうございます。期限はどうします?」
「そうだな…ひとまず二週間程貸してほしい。それで使い勝手が良かったら延長はできるかな?」
「ええ、出来ますよ。それでは二週間の期限でよろしいですね」
「うん。あぁ…そういえば、何を探していたんだ?」
「気になります?」
「質問に質問で返すのはよくないな。まあ、それは置いといて気になるかと言われれば気になる」
「やっぱり知識人ですねぇ。好奇心には勝てませんか」
「まあな」
「これですよ」
そう言って小鈴が例の紙切れを手渡すと、慧音は早速興味津々といった表情で真剣に読み始めた。
読み終わった慧音は紙切れを返すと
「ふむ、全く分からん」
と言い切った。
「あはは…まあ仕方無いですよね。こんなに虫食いだらけじゃ」
「だが分かったのもあるぞ」
「えっ、本当ですか!?」
「うん。例えば、カタカナのところは固有名詞だろうな。そして最初はおそらく『これは語られることがなかった神話である。
だが、確かに起こったことである。
何故、断言できるのか?
理由は簡単だ。』じゃないのかな?」
「あぁ…なるほど。確かにそうですね。神話ですか…神話は探してなかったな…」
「手掛かりになったのなら幸いだ。じゃあ私はこれで帰ろ――」
「小鈴さんっ! 分かりましたっ!!!」
と、言いながら小鈴の前に立っていた慧音を突き飛ばして小悪魔が突っ込んできた。
「慧音さん大丈夫ですかっ!?」
「あぁ…なんとか…」
「はぁ…よかった」
「そんなことより分かったんです! 分かったんですよ!!」
「そんなこととはなんだ。そんなこととは」
「あ、慧音さんは黙っててください」
「酷くないか!? それが被害者に対する態度か!?」
「小悪魔さんどうぞ」
「無視か! 無視するのか!」
「ええ。文中のカタカナですが…」
「固有名詞だったんだろう? そうだろう?」
「神話生物の…ケルベロスとオルトロスだと思われます」
「ケルベロスとオルトロス?」
「なんだそれは」
「やはり知りませんでしたか。ケルベロスというのは三つの頭を持つ異形の犬で地獄の番犬や冥府の犬と呼ばれています」
「異形! そんな言葉ありましたね!」
「ふむ…だとするならば、これはそのケルベロスの粛清劇の話か…?」
「まあ、そう急がないでください。まだオルトロスの説明をしてません」
「そうでしたね。設定をお願いします」
「はい。オルトロスとは先程のケルベロスの弟にあたる生物で二つの頭を持つ犬だそうです」
「二つの頭…弟…」
「その二頭が何者かに粛清された…? どういうことだ…?」
「そして、パチュリー様の予想ですが、これはその粛清したものに気を付けろという意味ではないかということだそうです」
「粛清したもの…それは人なの?」
「確かに人か人外であるかは重要だな。どうなんだ?」
「それは分からないそうです。しかし、寝首を掻かれると書いてあるということは身近に居るものが粛清者ではないかと」
「なるほど…先人からのメッセージだったということですか」
「なるほどなぁ…よし、自警団にそれとなく見回りを強化しておくように言っておこう」
「パチュリー様も狙われるなら人里だろうと言っていました。それと、寝首を掻くというのは正面切って戦うと分が悪いからとも言ってましたので、油断をしなければ安全だろうとも」
「ふむ…把握した。じゃ、今度こそ帰―――」
「小鈴? 分かったわよ」
「またか……」
「あら、阿求。でも、もう解明されたけど?」
「えっ、そうなの?」
「ええ…ってその本は?」
「それの原本」
「……はい?」
○ ○ ○
阿求の発言から暫くして
「なーんだー、そんなことだったのね」
と、小鈴が笑いながら阿求に言った。
「ええ」
「まさか…小説だったとは」
「あぁ、全く思い至らなかったな」
「ええ。見覚えがあったのはこういうことだったんですね。私はこの小説を読んでいて、内容を覚えていた。今回、その小説の一部を見たけど、虫食いになっていた為、見覚えがないように錯覚した。そういうことね」
「なんか…慌てて損したな」
「慧音さん。言っちゃ駄目です」
「ええ…パチュリー様に申し訳が…」
「まあ…黙ってても問題ないかと」
「あはは…そうします」
「そうだ。皆でこれを読まないか? こんなのが乗ってるなんて中々に面白そうじゃないか」
「いいですね。じゃあ阿求が朗読してくれない?」
「えっ、なんで私が」
「私も聞きたいです!」
「私も聞きたいな。駄目か?」
「はぁ…今日だけですよ?」
「やった!」
「楽しみです」
「誰かのを聞くのは久々だから楽しみだ」
「全く…」
口では文句を言いながらも、その表情は笑顔に満ちていて、とても幸せそうだった。
小鈴はそんな阿求を見ながら「本日閉店」の札を表に掲げにいくために歩き出した。
しかし慧音の扱いが酷いw