Coolier - 新生・東方創想話

こと祝け愚民どもっ!

2014/03/23 02:02:47
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「姫様! 飲んで!」
 優曇華院が手拍子と共に声を張り上げる。
「無理は! 承知!」
 周りの兎達も優曇華院に合わせて手拍子しながら楽しそうに輝夜の事を見上げている。広間で一人だけ立ち上がっている輝夜はウィスキーのボトルを掴み上げると一気に呷った。
「ゲロも! 承知!」
 輝夜は周囲に見せびらかす様にしてウィスキーを飲み下していく。
「トイレは! あっち!」
 優曇華院が一際怒鳴るのと同時に兎達がトイレの方角を指さした。その瞬間、輝夜が飲み干したウィスキーをテーブルへ叩きつける。万雷の拍手が起こり、兎達が口口に輝夜の事を褒め称えた。
「もう無理!」
 輝夜がふらつきながらそう言った。
 すかさず優曇華院が歌い出す。
「ところが! 姫様は!」
 兎達の合いの手も入り、輝夜はお酒を飲まざるを得ない状況に追い込まれる。
「まだまだ! 飲み足りない!」
 一気、一気と声が上がる。
 既にアルコールの摂取量は一般的な鬼の致死量を遥かに越え、蓬莱の薬の回復能力を上回って完全に酔いが回っていた。
 輝夜が笑いながら手を振って近くの兎にぶつかった。
「もう飲めません!」
 輝夜が宣言した拍子に、優曇華院が自分の耳に手を当てて輝夜に向けた。
「え? 何て言いました?」
「もう飲めない!」
「もう限界?」
「限界!」
 その言葉を合図に、優曇華院が手拍子を鳴らし出す。
「限界を越えてぇ、ららら酔いの彼方ぁ、ゆくぞぉ、輝夜ぁ、ゲロ吐きまくれぇ」
 一気、一気と兎達が叫ぶ。輝夜は隣から渡された一升瓶を手に取ると手刀で開けて呷りだした。飲んでいる間もふらついて酒が口の端から零れ出る。飲み込めていないのか、瓶を傾けてはいるものの殆ど嵩は減っていない。
 優曇華院が口に手を添えて輝夜を応援する。
「姫様、頑張ってぇ! まだまだ頑張ってぇ!」
 それに励まされた輝夜が喉を鳴らし始め、逆さになった瓶の中身が見る間に減っていく。
「ファイトファイト! 姫様ファイト!」
 だが応援の力にも限界が来た。半分程飲み干したところで、輝夜が瓶を下ろす。
「ごめん! 無理!」
 一升瓶を隣の兎に渡すとトイレへと駆けて行った。
 輝夜の退場で場が静まったのは一瞬で、今度は標的が瓶を持った兎に移る。
「何で持ってんの! 何で持ってんの! 飲みたいから持ってんの!」
 どどすこすこすこと周りに囃し立てられて、その兎は瓶の中身を飲んでいく。
「飲んで飲んで飲んで、飲んで飲んで飲んで、飲んで飲んで飲んで、飲んで!」
 兎は必死になって飲み干そうとしたが、結局少し減らしただけで、酒を口に含んだまま、頭を横に振った。
 それを本当に限界だと察した優曇華院は兎から一升瓶を奪い取ると高く掲げ、口でファンファーレを奏で出す。
「第一回! 永遠亭ダービー! 姫様の飲み残しが飲みたい人は手を上げてぇ!」
 即座に何人もの兎が手を上げる。その兎達に酒を注いで回りながら、優曇華院が口上を述べていく。
「さあ、遂に始まります。大人気、永遠亭ダービー! 実況は私、優曇華院と」
 優曇華院が因幡の白兎を探して辺りを見回す。
「解説の因幡さーん?」
 優曇華院の背中側に居た因幡の白兎がぴょこんと立ち上がった。
「はい!」
「因幡さん、ずばり今回のダービーの優勝は誰でしょう?」
「そうですねぇ、今回は何と言っても月の頭脳八意永琳が出ますからねぇ。彼女しか居ないでしょう」
 ちょっと! 私は手を挙げてないけど! と抗議の声が上がるが、優曇華院と因幡の白兎は無視して、コップをマイクに見立てて語り合う。
「師匠は八岐大蛇に飲み合いで勝ったと聞きましたが、本当ですか?」
 優曇華院が適当に法螺を吹くと、因幡の白兎が調子良く肯定する。
「本当です」
 勝ってない勝ってないと否定の声を上げる永琳の前に立った優曇華院は、空になった瓶を他の兎に渡すと、ウィスキーを受け取ってそのまま永琳に渡した。
「さあ、間もなく開幕です! 選手の皆さんは立ち上がって下さい」
「ちょっと私だけ明らかに多いんだけど!」
 永琳がウィスキーで満たされたボトルと、兎達の持つコップを交互に指さした。
 周りの兎達が大笑いしている。
 が、次の優曇華院の言葉を合図に笑いが潮を引いた。
「それでは位置について、用意」
 一瞬前の喧騒が嘘であったかの様に森閑と静まり返る。誰もが息を止めてスタートの合図を待った。永琳だけがウィスキーの瓶を開けようと焦っていた。
 優曇華院が手を挙げ、そして下ろす。
「どん!」
 合図と同時に兎達は一気にコップを傾けて飲み下す。
 勝負は一瞬でついた。
 他の者達が飲み干したコップを机に置いた時、永琳がようやく瓶を開け終えた。当然一滴も飲めていなかった。
「因幡さん! 判定お願いします」
「敗者」
 全員の視線が永琳に集まる。
「大穴! 八意永琳!」
 こんなの無理に決まってるでしょ! と叫ぶ永琳から、優曇華院がウィスキーの瓶を受け取り、代わりに隣の兎がコップに入った梅酒を渡した。
「どんまい、師匠! どんまい、師匠!」
 ごーごーれっつごーと兎達が声を揃え、それに合わせて永琳が梅酒を飲み干した。永琳がコップを掲げると、拍手が起こる。
 ウィスキーの瓶を持った優曇華院はトイレから戻ってきた輝夜を認めて言った。
「あれ? 今のダービー、もう一人敗者が居ません?」
 誰だぁ! と皆が声を上げる。
「姫様がまだ飲み終わっていなくないですか?」
 永琳が、そうだぁ! と賛同した。同時に優曇華院がビールをコップに入れて輝夜へと持っていった。
「姫様、飲むーぞ! 姫様、飲む―ぞ! 姫様、飲むーぞ!」
「え? 何何? 流れが読めないんだけど」
 それでも輝夜はコップを受け取る。
「おかえり、姫様ぁ! おかえり、姫様ぁ!」
 有無を言わさぬ、優曇華院の言葉。その瞳が赤く光っている。酒を飲めと言っている。人を狂わせる狂気の瞳に魅入られた輝夜はコップの中のビールを空けた。
 息吐く間もなく、優曇華院がウィスキーを掲げる。
「それでは大敗北を喫したお二人に」
「ちょっと! 輝夜だけじゃないの?」
「初めての共同作業をしてもらいます」
 巨大な盃が差し出され、そこにウィスキーが入れられ、日本酒が注がれ、ワインまで加わった。そのあまりの暴挙に全員が爆笑する。
「こんなの、飲める訳無いでしょ!」
 笑いながら抗議する永琳の手を取った優曇華院は、そのまま輝夜の手も掴んで二人に手を握らせる。そうして二人の手に盃を載せ、優曇華院は結婚行進曲を口ずさみ始めた。他の兎達も歌い出し、広場が大合唱で満たされると、輝夜と永琳は目を合わせ、覚悟を決めて盃に口を付けた。

 頭が痛くて横になっていた。寝転がった頭は膝枕の上にあった。見上げると、皺が刻まれ、皮の垂れた老婆が柔らかに笑みを浮かべて何やら作業をしていた。銀色に光が反射する。じょぎじょぎと鋏で何かを二つに切っている。どうやら衣服を仕立てている様だ。長年連れ添った永琳が傍に居る事を幸せな事だと思いつつも、作業の邪魔をしては悪いという言い訳を添えて、じょぎじょぎという裁断する音を聞きながら、私は再び夢の世界へとまどろんでいった。

 永遠亭の中が死んでいた。
 輝夜は目を覚ますのと同時にその違和に気が付いた。永遠亭の中が妙に静まり返っていた。いつもであれば目を覚ませば何処かしらから誰ともない声が聞こえてくる筈なのに今日に限っては風の音すら聞こえず全くの静寂で、それを不思議に思った輝夜は二日酔いの痛みも気にならずぼんやりと辺りに耳を済ませ続けた。
 しばらくして段段と寝ぼけた頭が起き出して、その食い違いに答えを見つける。昨日の飲み会でみんなやられてしまったのだ。きっと誰もが寝床から起き出せないでいるのだろう。だから永遠亭の中から声が聞こえて来ないに違いない。
 理由が見つかって不安は消えた。だが皆が寝込んでいては不便だ。せめて優曇華院位は居て欲しい。そう思っていると、障子が開いて優曇華院が顔を覗かせた。
「輝夜様、お加減はいかがですか?」
「頭が痛い」
 優曇華院が微かに笑う。
「屋敷中が倒れていますよ。外の兎達もみんな。今、師匠が必死でお薬を作っているところです。まずは輝夜様にと」
 優曇華院の差し出した薬を飲み干した途端に、頭の痛みもふらつきも気分の悪さも消える。永琳の薬はこうでなくてはならない。
「優曇華院は大丈夫?」
「起きた時は酷かったですけど、師匠の薬を飲んだらたちまち治りしました」
「そう」
 輝夜が座り込んだまま笑みを浮かべると、優曇華院も反射的に笑顔になった。その瞬間、輝夜は意地悪い顔になって、優曇華院の手を取り思いっきり布団の中に引っ張り込む。倒れこんだ優曇華院を輝夜がくすぐり、くすぐられた優曇華院が身を捩らせて、二人して布団の中でもつれ合う。
 そこへ襖から声が聞こえた。
「何してるの二人共」
 輝夜と優曇華院がもつれ合うのを止めて布団から顔を出すと、永琳が呆れた顔をして立っていた。見せびらかす様に優曇華院を抱きしめて面白がる輝夜とは反対に、優曇華院は一気に顔を青ざめさせて布団から抜けだそうとした。けれどそれを輝夜は許さない。
「さぼってないです、本当です」と泣きながら訴える優曇華院を一瞥した永琳は息を吐いて首を横に振った。
「まあ、良いわ。仕事を命じます。あなたはそこで姫様の相手をしておきなさい」
「でも二日酔いのみんなに薬を」
「他の兎に頼むわよ」
 永琳の素っ気ない言葉に優曇華院が項垂れる。その頭を撫でながら、輝夜は夢の事を思い出して永琳に笑いかけた。永琳は不思議そうな顔をする。
「今日も若若しくて綺麗ね」
「はあ?」
 不老不死を得る蓬莱の薬を飲んだ者に対しては何の意味も無い、皮肉にしかならない言葉だった。永琳は真意を見抜こうとするかの様に輝夜の事を見つめる。だが何の答えも読み取る事が出来なかったのか諦めた様に小さく息を吐いた。
「姫だって、今日も若若しくてお綺麗ですよ」
「ありがとう」
 輝夜が素直に笑うので、永琳は益益困惑した顔になった。
「まあ、とにかく兎達を蘇生させてきますから、姫はそこで優曇華と大人しく遊んでいて下さい」
 言われるまでも無くそうするつもりだった輝夜が、それに返事をしようとして口を開く。その時、突然視界が乱れた。かと思うと目の前に立った永琳の顔に皺が刻まれ皮膚が垂れ、腰が曲がって、腕が萎び、まるで老婆の様に見えた。それはほんの一瞬の事で、視界はすぐに回復していつもの綺麗な永琳に戻る。
 輝夜が目を瞬かせていると、永琳が不敵に笑って皮肉を言った。
「まさか手伝ってくれるの?」
「それはお医者さんに任せるわ」と輝夜が言い返すと、永琳は「お任せあれ」とおどけながらけたけ笑って行ってしまった。しばらくして遠くから兎達の声が聞こえ出し、段段と永遠亭が賑やかになっていく。その喧騒をぼんやり聞いていると腕の中の優曇華院がぽつりと呟いた。
「本当に羨ましいです。私の、憧れです。輝夜様も師匠も、いつも美しくて」
 優曇華院が夢見る様に浮ついた声でそう言った。輝夜は優曇華院の敬虔な瞳を心地良く感じ、優曇華院の頭を撫でながら愛おしむ様に言った。
「あなたもなれるのよ。あらゆる者に永遠と不変を授ける蓬莱の薬を飲めば」
 優曇華院が首を捻じ曲げて背後を向いた。驚いた様な、期待する様な、恐れる様な瞳をしている。その視線に心地良さを覚えながら、輝夜は優曇華院の瞳を覗きこみ、その震える瞳孔を視界一杯に映した。
「あなたは私にとって特別だから、あなたが望むのなら永琳に作らせてあげる。そうすれば永遠の美と生はあなたの物よ」
 輝夜は優曇華院の答えを想像する。何と答えるのだろうか、と。だが幾ら考えても優曇華院が蓬莱の薬を欲するという想像が出来無かった。この玉兎と自分は同じ存在になれないと思っていた。いや、なってはいけないと思っていた。優曇華院は己の浅薄な欲求で蓬莱の薬を飲む様な愚かさは持っていてはならない。優曇華院は、自分と違い、賢明で、明朗で、真っ直ぐで、有望で、何より自由な存在でなくてはならない。自分が取り戻せない未来を、代わりに手繰り寄せてくれる存在でなければならない。だから優曇華院は蓬莱の薬を求める事は無い。
 そしてそれは間違っていなかった。
 優曇華院は輝夜の誘惑を、迷いつつも拒絶した。
「すみません、輝夜様。輝夜様に目を掛けて頂けるのはとても嬉しいのですが、私は他の者達と同じ様に、寿命のある一匹の兎で居たいと思います」
「どうして? 私と一緒に居たくないの?」
 優曇華院が寂しげな微笑みを浮かべる。
「勿論、一緒に居たいに決まっています。ですが輝夜様が必要なのは、師匠の様に、蓬莱の薬を飲んでいない理解者でしょう? そして私に求めるのは、師匠の様で居て師匠とは違う傍観者」
 輝夜は思わず優曇華院を抱き締め頬擦りをする。正しくその通りだった。自分と同じ存在等要らない。喧嘩にしかならない事を輝夜は知っていた。だから自分を理解し、受け入れてくれる存在だけを望んでいた。そして優曇華院は間違いなく輝夜を受け入れる理解者であった。いや、理解するどころではなく、輝夜の考えを吐き出す代弁者であった。
 だから愛おしい。
 かけがえがない。
 輝夜が手放したくない一心で抱きしめていると、優曇華院が首だけでなく身を捩ってこちらを向いた。
「ところで輝夜様、どうして昨日は急にあんな宴を?」
 不意に視界が軋んだ。ほんの一瞬、辺りが黒墨で侵食され、すぐ元の光景に戻る。はっとして息を殺していると、辺りが全くの静寂である事に気が付いた。誰の声もしない。それは明らかな異常であるけれども、こうして優曇華院と寄り添っている今、何だかどうでも良かった。
「今までああいった風に飲んだ事が無かったから、今の内に」
「今の内? どういう事ですか?」
 不安そうな顔で優曇華院が問い尋ねる。
 分からない振りをしているがきっと優曇華院は分かっているだろうと、輝夜は思った。突然に手を掴まれて、驚いて目を見張ると、優曇華院が泣きそうな顔をしていた。
「輝夜様、蓬莱の薬は要りません、だって私は輝夜様がそう願ってくれるのなら、輝夜様とずっと一緒に居ますから。時を操ってでも、寿命を伸ばしてでも、誰かの体を乗っ取ってでも、生まれ変わってでも、どんな事をしてでもきっと。だから、輝夜様、私は蓬莱の薬なんて要りません、けどたった一つのお願いを聞いて下さい。どうか私とずっと一緒に居て下さい。それだけはお願いします」
 優曇華院の目が赤く輝いていた。
 その目に魅入るともう抜け出せない。
 否応無く、輝夜は頷いた。
「当たり前でしょう。ずっと一緒よ」
 勿論不可能だ。
 この館に永遠は無いのだから。
 見え透いた嘘に、輝夜は罪悪感を覚え、再び辺りが静寂である事が気になった。気になると我慢が出来無くなって、再び喧騒が蘇る。もうそろそろお昼時の様だ。
 誰にという訳でも無いが、二人だけの時間を壊された様な気がして輝夜は興醒めしつつ起き上がる。そのままお昼ご飯を食べに行こうと思ったが、ただそれだけじゃつまらないと考えて、二人だけの時間を壊した何かに見せびらかす様にして、優曇華院を軽軽と抱き上げて、居間へと向かった。
「輝夜様!」
 恥ずかしそうに身悶えている優曇華院を笑いつつ、襖を開けると闇が広がっていた。何にも無い全くの無を前にして、輝夜は慌てて目を瞑る。そうして開くと、縁側に沿った廊下に、硝子戸の向こうの庭先と、いつもの光景に戻っていた。
「あれ? 今の光景は?」
 困惑している優曇華院を抱えたまま、輝夜は澄ました顔で廊下を歩いて行った。

 お味噌汁の匂いがした。懐かしい匂い。最後にお味噌汁を飲んだのはいつだろう。いや、それどころか最後にご飯を食べたのはいつだったろうか。
 台所では永琳が鍋の前に居た。私に気が付くとよたよたと振り返って笑みを浮かべた。
「ああ、輝夜。眠っていても良かったのに」
「私に手伝える事は?」
「もう出来るわ。だからお皿を持ってきてくれる?」
 そう言って、永琳がまたよたよたと鍋に向かった。お味噌汁、ご飯、山菜の水煮、それだけ。粗末な食事なら摂らない方が良い等とは口が裂けても言えなかった。それだけでも上出来だ。何せ、ここのところは料理すら出来無くなって居たんだから。
 急にどうしたんだろうと考えながら、棚にしまい込まれた食器を取り出した。手が震えて今にも落としそうで、自分の事ながら恐恐とした。体は壊れかけていて言う事を聞いてくれない。気力を振り絞って何とか食器を運んでいく。
 蓬莱の薬は毒である。蓬莱の薬を飲めば体が穢れる。月人は体が穢れると寿命が縮む。蓬莱の薬を飲めば本当なら不老不死になる筈だが、蓬莱の薬の効力と月人の身体の特異性が拮抗し合い、結局は身体が蝕まれて老化に似た現象を引き起こす。らしい。永琳が言っていた。だから地球の人間にとっては永遠の命を与える薬かも知れないが、月人にとって蓬莱の薬は毒である。だから禁止されている。それを知らずに私は飲んだ。結果、穢れを身に受け、月の都を追放され、そして大好きだった永琳を殺してしまった。そうして私も死んだ。現状に抗い生きる事を、他ならぬ私自身が許せない。死ぬ事すら私を助けようとしてくれる永琳を冒涜する様で許せない。日がな一日何もせず、永琳の言葉に従い、眠り、ただ死ぬまで待つ事だけが今の私に残された、私なりの償いであり、そうして死ぬ事が私が私自身を許せる最後の希望だった。
 震える手でお皿を持って行くと、永琳も危なっかしい様子でお皿に盛り付け出した。老い切って土気色になった肌、弱弱しく曲がりきった腰、その所作にかつての面影は無い。永琳は自分で自分を蝕む毒を飲んだ。追放された私を追ってきた永琳は研究の末に蓬莱の薬が私にとって毒でしか無い事に気が付いて、必ず薬の効力を打ち消す事を約束し、その決意を示す為に自身を老化させる毒を飲んだ。
 未だに薬の効力を打ち消す事は出来ていない。
 そうして私達はもうすぐ死ぬ。
 いやもう死んでいる様なものだ。今はただ体が動いているだけ。
 だから死ぬのではなく、止まると言い換えよう。
 私達は死んでいて、そして私達の身体ももうすぐ止まる。
 蓬莱の薬を飲む様な無知な私ですらもうすぐだと分かるのだから、ずっと賢い永琳は既に私がいつ止まるのか分かっているのだろう。
 ふと気が付いた。永琳が急に料理をした訳。
 本当に質素な、そこいらの野草を煮付けただけの水煮を見つめる。水煮を持つ、骨と皮だけの筋張った手が嫌でも目に入る。
 侘びしく粗末ではあるけれど、きっとこれは最後の晩餐なのだろう。
 いよいよ最後が来たのだ。

「隣の! 師匠が! まだまだ! 飲み足りない!」
 これが最後で、もう二度としないから、と輝夜は皆を説得してまた宴会を催した。確かに激しい飲み方で、しばらくお酒は見たくないと全員思っていたが、だからと言ってそんな頼み方をしなくたって、輝夜が望むのなら皆喜んで参加するのに。
 兎にも角にも二晩続けての乱痴気騒ぎが行われている。
 皆からの拍手を受けながら酒を飲み干した永琳はたった今自分に振った優曇華院を見て、仕返しをしてやろうと意地悪く笑った。
 が、それに先んじて、優曇華院が声を張る。
「師匠が! お酒を! まだまだ! 飲み足りない!」
 愕然とする永琳に向かって、再び一気の大合唱がやって来て、永琳は弱り切った様子でお酒を飲み干した。
 そうして今度こそ、隣に座る優曇華院に飲ませてやろうと大声を上げる。
「隣の!」
 その瞬間、全員の視線が永琳の隣の優曇華院に向く。
 だが優曇華院はあっさりと反撃した。
「隣の!」
 その言葉を合図に、永琳の隣の優曇華院から、その隣の永琳に視線が戻る。
 驚いた顔をする永琳を見て、皆が笑う。
 皆が声を揃えて歌い上げある。
「師匠が! 飲み足りない!」
 再び永琳が酒を空けて、コップを置くと敗北を宣言する。
「ねえ! 私ばっかり飲んでるけど、もう飽きてきたでしょ?」
「そんなこっと無い! そんなこっと無い!」
 優曇華院が調子良く歌い、皆も手拍子を叩いて、結局永琳は飲まされる。困った様子の永琳が訴える様に言った。
「ほら、あそこで姫が飲みたそうにしてる!」
 すると因幡の白兎が声を上げる。
「姫様の! ちょっと良いとこ見てみたい!」
 完全に酔い切っていた輝夜は名前を呼ばれたので反射的に立ち上がり、一気の掛け声と共に渡されたバーボンの瓶を、何も考えずに呷り切った。
「姫様飲むってさ!」
 周囲の掛け声は止まず、次から次へとお酒を飲まされて、輝夜の意識が朦朧としていく。気が付くと宴会場を闇が侵食していた。そこかしこに真っ黒な穴が開いている。皆はそれに気が付いていない様子で、宴会を盛り上げ続けているが、よくよく見れば宴会の始まりに比べて兎の数が随分と数が消えていた。闇に呑まれたのだろう。闇の侵食を食い止め、消えてしまった兎達を戻そうとしたが、酔った意識ではどうにも出来無かった。どうする事も出来ないのは、酔っただけでない事も分かっていた。けれど考えを深めようとすると、それを邪魔する為の、宴会を盛り上げる掛け声が重なって、それに導かれる様に、更に更に酒気を取り込んでいく。
 闇の侵食は止まらず、既に宴会は消え去り、真っ暗な空間に居た。意識をすると、さっきまで居た宴会場へと戻り、けれど気を抜くと辺りが真っ暗に覆われる。
 いよいよ最後が近付いたんだなと思った。最後に思い浮かべるのは、やはり永琳と、そして優曇華院だった。
 私に膝枕をしてくれている永琳は私の顔を覗きこんで、優しげに微笑んでいた。お疲れ様でした、と言った気がしたが、良く分からない。それで良かった。私と永琳の間に言葉は要らない。どちらもお互いに対して申し訳無さと後悔を抱いているのなんて分かりきっているのだから。口を開いたって嫌な気持ちにしかならない。
 けれど優曇華院は違った。
 そもそもまず、現状を把握出来て居ない様子だった。
 私に膝枕をしてくれている優曇華院は慌てて辺りを見回し、自分が訳の分からない状況に曝されてると知るや、怯えきった顔を私に向けた。
「輝夜様、ここは」
「終わり」
 説明が面倒で、私はそう一言だけ答えた。当然、優曇華院はそれだけで納得する。後僅かだというのに、その貴重な最後の時間を説明に掛けたくない。
「今まで本当にありがとう。そして隠していてごめんなさい。私は、人間以上に愚かで矮小で、あなたの尊敬に値する様な者じゃ無いわ」
 優曇華院はゆっくりと首を横に振る。
「輝夜様、勿体無いお言葉です。私は本当の輝夜様を知っています。知っていて、その上で私は輝夜様の事を敬愛しております」
 何と心地の良い言葉だろう。自分の事を認めてくれる。それが堪らなく嬉しかった。もっとその言葉を聞いていたい。そう願って止まなかった。
「例え輝夜様が私に何をしようと文句を言うつもりは毛頭ございません。だって私にとって、輝夜様が何よりも大切だから。けれど」
 唐突に優曇華院が言葉を止めた。
 想像していたのと違う流れに驚いて優曇華院の顔を見上げると、優曇華院の瞳が赤く染まっていた。
「どうして嘘を吐いたんですか?」
 突然、冷水を浴びた様な感覚に陥った。
「ずっと一緒に居てくれるって約束してくれたじゃないですか」
 優曇華院は思いっきり頭を振り、そして再びその赤い瞳を私に近付けてきた。
「いいえ、私は消えたって良い。でも輝夜様、あなたが消える事を、私は許せない」
 酷く不吉な予感がした。
 罪人の私に残された最後の希望すらも奪われてしまう気がした。
 優曇華院の瞳が赤く染まっている。
 人を狂わせる狂気の瞳に見つめられた私は、その言葉に抗えなくなる。
 囁く様な優曇華院の言葉と一緒に、じょぎじょぎという音が聞こえる。
「姫様頑張ってぇ」
 優曇華院の囁き声と一緒に私がじょぎじょぎと切り取られていく。私がおかしくなっていく。
「まだまだ頑張ってぇ」
 じょぎじょぎという音と共に私と切り離された私は、闇の中で延延と優曇華院の励ましを聴かされ続けた。

 気が付くと私は永琳の膝枕で眠っていた。身を起こしても何処だか分からない。未だ夢を見ているのか、そうでないのかも分からない。
「ここは何処?」
 私が問うと、永琳は首を横に振った。
「分からない」
「ここは夢?」
「違うわ」
「そうよね。みんなが居ないもの」
 そうは思うものの一縷の望みを持って、その見た事の無いだだっ広い屋敷の中を歩きまわって皆を探した。何やら冥府に迷い込んだ様な不安感を覚えつつひたすら歩き回った。けれど全ての部屋を探しまわっても、皆の姿は見えなかった。
 外へ出ると竹林が広がっていた。光が届かない程深く、入り込めば二度と出られない様な、不気味な林だった。今までにみたどんな景色よりも不気味に思えた。
 その暗がりから一匹の兎が現れた。兎はとことこと二本足で歩んでくると、恭しく礼をして不思議な事を言った。
「得心がいきました」
 不思議に思う私達に兎は不敵な笑みを浮かべる。
「この不可侵の館、一体誰の持ち物かと思っておりましたが、八意様でございましたか」
「ああ、あなた因幡の白兎。名前は、えーっと」
「因幡てゐと申します。勝手にお目通りした事をお許し下さい。この館に入ろうと試みる事は私の日課だったのです」
 そうそう、てゐだったわね、と永琳が頷いた。
「ここは?」
「どういう事ですか? 幻想郷ですが」
「幻想郷? 全く知らないわね」
「しかしここに館を構えながら、幻想郷を知らないとは」
「最近の流行りには疎いのよ。説明してくれる?」
「左様ですか。ここは幻想郷という名で呼ばれる多くの妖怪と僅かの人間が住む隠れ里でございます。どうしてか分かりませんが、ここには人で無き者達が集まってきます。そういう場所でございます。神代の頃に比べると人間の力があまりにも広がりすぎておりますから、いずれ本当に流行りがやって来て妖怪が押し寄せてくるかもしれません。あるいは、流行りを人間だとするのなら、ここは流行りから廃れたものを並べる展示棚と言いましょうか」
 廃れた者の展示棚、それは正しく今の自分に相応しい。
 自分の腕を見ると、瑞瑞しい肌をしている。かつての自分の姿。棚に並ぶのなら美しい方が良いのだろう。棚に並んだお人形に成り下がっても、抗う気力は湧いてこない。
 絶望も、悲しみも、怒りも、喜びも、何も感じない。
 傍では永琳と因幡の白兎が何か話し合っている。永琳が私の素性を話し、兎が驚きと共に褒め称えてくるが、どうでも良かった。
 恐らくこの世界には優曇華院が居ない。それがただただ寂しかった。
 そうして優曇華院の居ない世界でこれから生き続けなければならない事が、ただひたすらにつまらなく思えた。
 すぐに礼を以って祝いを開く、と兎が言った。
 優曇華院の居ない宴に一体何の意味がある、勝手にすれば良いと思ったが、どうせ開くのなら盛大に祝い上げて欲しいと思い直した。
 そうすればその賑やかな宴につられて優曇華院がやって来るかもしれないから。
 だから盛大に、
ヒメサマガンバってぇ! (へーい!)
まだまだガンバってぇ! (いぇーい!)
ファーイトファイトーヒメサマファイトー! (ふぁーいとふぁいとーひめさまふぁいとー!)
ファーイトファイトーヒメサマファイトー! (ふぁーいとふぁいとーひめさまふぁいとー!)
烏口泣鳴
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コメント



0.200簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
難しい・・・並行世界なのかな
5.80絶望を司る程度の能力削除
いろんな意味でもう手遅れ。
6.80名前が無い程度の能力削除
「イナバ」ではなく「優曇華院」。それくらいに特別だということでしょう。どす黒い焼け爛れた輝夜うどんでした。
7.8019削除
 色々なものを詰め込んでいる印象を見受けられて面白かったです(輝夜×優曇華院・蓬莱の薬による悲劇・新手の幻想郷入り等、自分がそう感じただけですが)。
 物語最後の輝夜達の幻想郷入りは、>2氏が書いたように並行世界に入ったのか、実はそれまで輝夜達の居た世界は幻想郷ではなかったのかは読者の想像に任せるというところでしょうか。
8.80非現実世界に棲む者削除
物悲しきかな月人の宿命。
それに玉兎は関わるべからず。
10.90名前が無い程度の能力削除
あぁ、ここに登場する「優曇華院」は鈴仙じゃない可能性もあるのか。
月人二人が朽ち果てる寸前に「優曇華院」が何かしらの能力で二人を幻想入りさせたとも考えられる。