不幸中の幸いといえば、霊夢が不在だったことであろう。
人里で用事を済ませ、昼食でも作ろうかと、博麗神社へ戻ってきたときである。
境内の先には、拝殿の代わり、手足の生えた巨大なイモが鎮座していた。
「イモだわ」
イモを見たので、思わず呟いてしまった。
体長は、そこに元々あった拝殿と、同じくらいか。
霊夢は、以前早苗が見せてくれた『てでぃべあ』を思い出していたのだった。
「しかし、イモね」
サツマイモではない。ジャガイモである。
巨大なジャガイモが、『てでぃべあ』の体位で鎮座しているのだ。
霊夢は困惑した。ジャガイモで寝泊まりは出来ない。
せめてサツマイモであれば、身体に合った快適な睡眠が取れたかもしれないのだが。
◆
困ったときは魔理沙を呼ぶと、事態が深刻化するのである。
とはいえ、巨大なイモとひとり向かい合っていると、精神が不安定になってくるのだ。
「これは、イモだな」
霊夢は魔理沙と以心伝心している気持ちになった。
「魔理沙、結婚しない?」
「よし、じゃんけんをしよう」
「じゃんけん、」
「ぽい」
「負けた」
「勝ったわ。結婚しましょう」
「霊夢が勝ったら結婚するとは言っていないぜ」
「なるほど」
ひとまず結婚は諦めようと思う。
魔理沙と共に、イモへ視線を戻した。
「どうしてイモが神社に?」
「むしろ、神社がイモに成り代わった感じかしら」
「神社がイモに変化することなんてあるのか」
興味深そうに、イモを見つめながら、うんうんと頷いている。
魔理沙ならイモに詳しいと思ったのだが、この様子だと、イモの知識はあまり無いらしい。
「魔法使いの連中って、イモの研究は盛んじゃないのかしら?」
「盛んだと思うだろ? 実は、実はだぜ? イモの研究をしているヤツはほとんどいない」
諸手を上げて驚いたものである。
「そういう霊夢はどうなんだい。神社がイモになった心当たりは」
神社に最も近しい人間は、博麗霊夢だ。
霊夢とて、神社の事情を一番熟知している自信がある。
ツンデレのはなしをしようと思った。
「魔理沙。ツンデレよ」
「ツンデレか。ツンデレはいいものだぜ」
魔理沙はよくアリスのはなしをするのだ。
そのたび、霊夢は月が綺麗デスネと、夜空を見上げている。
「魔理沙はツンデレのどこが好きなの?」
「そりゃもう、素直じゃないところだな。バカ正直に愛の告白をされるより、こう、グッとくるというか」
「魔理沙、突然なんだけど死んでくれないかしら」
「死んでくれないぜ」
「そしてわたしと結婚しましょう」
「人生の分岐点は慎重に見極めるべきだろう」
その通りだ。魔理沙に謝罪すると、「分かってくれたらいいんだぜ」と輝く笑顔。結婚したい。
ツンデレのはなしはまだ終わっていないのだ。
「ツンデレは素直じゃないのが良いと魔理沙は言ったわ」
「言ったぜ」
「素直じゃないということは、与えられた入力に対しての出力が直線的ではないということ」
「どういうことだ?」
「『ありがとう』って入力に対して、『別にアンタのためじゃないんだからねッッ!!』って出力するのがツンデレ。素直だったら『どういたしまして』でしょ? そういうことよ」
ううむ。唸る魔理沙。
「なんとなく解った。で、それがイモとどんな関係が?」
「ツンデレは出力から真意が分かりづらいの。お礼を言われたのに、邪険に返してくる。入力と出力が噛み合わないから、挟まっている心模様はとてもフクザツ」
「そのフクザツさに趣がある」
「イモでも同じこと。今わたし達は『神社がイモに変化する』出力を見ている。きっと、その過程はとてもフクザツ」
「要するに、どうしてイモになったか解らないってことだろ?」
端的に言えばそうね、と返すと、わたしは解り易い女が好きなんだとか言うので、自分の頭を2,3回ポカポカ叩いてから、じゃあ結局どっちなのだと思って、魔理沙の頭を2,3回ポカポカ叩いたのである。
◆
専門家を呼ぼう、ということになった。
目の前のジャガイモは、『てでぃべあ』の体勢で動かないが、不気味である。
イモの専門家といえば彼女しかない。彼女以外には考えられない。
「穣子ならうんちをしているわ」
山に押しかけると、姉がそう教えてくれたので、しばらく待つことにした。
5分くらい経って、穣子が戻ってくる。イモの専門家とは穣子のことだ。
「穣子。あなたがうんちしている間にお客さんが来てる」
「突然押しかけて申し訳ないけれど、うんちの間待たせてもらったわ」
「うんちの間待たせてもらったぜ」
「あら、これはご丁寧に」
うんちを感じさせない端麗な出で立ちだ。
霊夢と魔理沙で事情を説明し、神社まで来てもらうことになった。
境内に降り立ち、やはり鎮座しているイモを見据える。
「どう、穣子?」
「なにか分かるかい?」
「そうね。あれはイモだわ」
ちなみに穣子と結婚するつもりはない。
「穣子はイモの専門家よね? なにか分からないかしら」
「ううん……」
穣子は、人差し指を唇に当てている。見つめる先にはやはりイモ。
暫時の沈黙を越えて、寒々しい風が吹きぬけたとき、穣子は何かを決めた様子だった。
「イモとおはなししてみるね」
感動したものだ。専門家はイモと会話が出来るのだ。
「でも、あのジャガイモ、口が無いぜ?」
「手足があるから大丈夫。手話を試みるわ」
気丈に振る舞う穣子に、魔理沙も感極まって、涙を流す。
霊夢は月が綺麗デスネと呟くほかない。
緊張させないように、ひとりで行く。
穣子が言うので、遠くから魔理沙とふたり、状況を見守ることにした。
見よ、イモに近づいた穣子が、必死に手話で語り掛ける様子を。
イモは変わらず、ぐったりと『てでぃべあ』の体位だが。
穣子が戻ってくる。「成果は芳しくないようだな」と、魔理沙が鼻をすすりながら言った。
「おつかれ、穣子。やっぱりあなたでも駄目だったのね」
「え?」
「しょうがないぜ。手足が生えているとはいえ所詮イモはイモ。イモイズイモ。なんか言いづらいな」
ふたりの様子に、穣子はキョトンとしていた。
「いや、普通に話してきたよ?」
なんだと。
「わたしが出鱈目な手話で話しかけようとしたら『わたしは喋れるからその見苦しい動きをやめて』とイモ氏が」
「イモ氏……!」
話せたのか。イモ氏!
視界が一気に明るくなった心地である。会話できるのなら、謎を解くのは容易い。
「それで、イモはなんと?」
「どうして神社がなくなって、貴方がいるのですか? って訊いてみたわ」
「うん」
「イモ氏は、『神社は食べた』と」
口ないんじゃねーのかよと、霊夢はムーンウォークをした。
後退しながらどこかへ行ってしまう霊夢を横目に、額から汗を流すのは魔理沙。
「食べたってことは、あのイモの中に拝殿が?」
「あのイモの中に拝殿が」と穣子。
「それじゃあ霊夢は家なき子じゃないか。おおい、霊夢! どこ行くんだ」
魔理沙に呼ばれたので秒で戻ってくる。
「霊夢、拝殿は喰われたらしいぜ。どうするつもりなんだ」
「ギャー!」
対象喪失とはこのことである。霊夢の断末魔は幻想郷中に響き渡ったのだ。
「まあ、とはいっても、なんとかなると思うけどね」
ケロっと表情を戻して、言った。
仮面の付喪神さながらの霊夢に、魔理沙は呆けた面で首を傾げたのである。
◆
イモは会話ができる、と穣子は告げた。
穣子にはお礼を言って帰ってもらい、残りはふたりでなんとかすることにする。
歩いてイモに近づいていくと、後ろから魔理沙が声をかけてきた。
「どうするつもりなんだ?」
「そりゃもう、おはなしを」
「霊夢らしくないな。問答無用で退治して一件落着わたしは鬼って感じだと思ってたぜ」
魔理沙の頭を2,3回ポカポカ叩いた。
「そうしたいのは山々だけれど、そうはいかないじゃない」
「どうして」
「あれは妖怪じゃなくてイモだから」
「なるほど」
手足が生えたとてイモはイモ。
納得した魔理沙を引き連れて、見上げる先にイモを見る。
でかいイモだ。近くまで来ても、やはり口のようなものは、見当たらない。
「本当に会話できるのか?」
「試してみるね」
大きな声で「イモ氏ー」と叫んだ。
即座に「なあにー?」と返ってくるのが理想だったのだが、返ってこず。
「駄目じゃないか。穣子のヤツ、嘘ついたな。手話ができるとか見栄張った手前、無茶苦茶なこと言って誤魔化したに違いない」
気色ばむ魔理沙の横で、そうとも限らないなあと思う。
「魔理沙。ツンデレかもしれないわ」
「はあ?」
「さっき話したでしょう、ツンデレは入力に対して出力が素直じゃないの」
「それがどうしたんだい」
「このイモは、まあツンデレじゃない。けれど、『入力しても出力しない』人って、いるじゃない?」
今度は、魔理沙もあまり考え込まなかった。
一瞬俯いて、すぐに顔を上げると、霊夢の顔を見た。
「……シャイなのか」
「あくまでも可能性だけどね」
「シャイなイモもいるもんだなあ」
「シャイモね」
初春のそれとは思えない冷たく凍える風が吹きぬけて死にたくなったことを覚えている。
「……シャイな人には信頼関係がないと会話が成り立たないわね」
「穣子はイモの専門家だから、ペラペラ話せたのか」
やはり専門家、侮れない。
真似しようにも、今から専門家になるのは時間がかかりすぎて、その前に凍死してしまいそうだ。
周りも暗くなり始めて、早く解決せねばなるまい。
依然、宿無しなのである。
「――ォ……」
不意のことであった。
境内に響いた唸り声は、まるで獣のようで。
霊夢のものでも魔理沙のものでもない、ジャガイモだ。
「……喋ったよな?」
「……喋ったわね」
シャイであるという読みは外れていたのか。
少しショックだったものの、話してくれることに変わりはない。
解決へ更に一歩の前進だ。
「イモ氏ー!」
大きな声で呼びかける。「なんですかー?」と返ってきた。
どこから出ているのか分からない、全身を震わせて発した声。
「イモ氏はわたしのおうちを食べましたかー?」
「食べましたー」
「どうしてー?」
「どうしてってえ、うふふう」
浮かされたような声色である。
「……どうしてー?」
「そりゃあもう、そこに家があったから? みたいなー」
魔理沙に目配せすると、眉をひそめている。
やはりおかしいと、感じるのだ。さっきまでダンマリだったものが、いきなり饒舌になって、しかし要領を得ない。
イモに視線を戻す。異変に気がついたのは魔理沙だ。
「赤くなってる」
ボソリと呟いた一言。霊夢にも、その意味が分かる。
答えは目の前のジャガイモに。
「このイモ……もしかして」
「ああ……酔ってる」
さっきまでシャイだったのが、突然饒舌に。
シャイなヤツの心を開くのに、信頼関係よりも、幻想郷ではこちらの方が主流だ。
ズバリ、酒を盛る。
「拝殿には、宴会で置いてけぼりのお酒がいっぱいあったから」
「一緒に飲み込んで、案の定酔っちまったワケか」
「ジャガイモのクセに、アルコールは好きなのね」
「ジャガイモでも酒は飲むんじゃー!」とジャガイモ。
この展開は、正直おいしくなかった。酒を飲んで饒舌になったのはともかく、見た感じかなり酔っていて、これでは話も何もあったものではない。
「うっ」
不穏な呻きが聞こえたのも、また突然に。
赤く染まっていたイモの身体が、みるみると青くなっていく。
「唐突ね……」
「今度はなんだ。カビたか」
カビたなら緑色だろうと思いつつ、青くなったジャガイモを見上げている。
イモの気持ちは解らないが、目の前のコイツは、苦しんでいるような。
情緒不安定なんじゃないか、などと当たりをつけ始めたとき、ジャガイモは『てでぃべあ』の体勢から、初めて動いた。
「動いたぞ!」
ふたりで注目し、警戒する。規模がデカいゆえ、何が起こるかわからない。
両手を境内につき、ジャガイモはのそりと立ち上がった。
立ち上がってもなお青いイモは、ふらふらと揺らめいて、そののち。
「オエ#$%&’~~~~~~」
嫌な音を出しながら、暴飲暴食のツケを払ったのである。
◆
普段飲まないヤツが調子に乗るから、と魔理沙がニヤニヤしていたのが、印象的だ。
霊夢と魔理沙は、いつもの縁側に座っていた。
もちろん、イモに喰われてしまったはずの、拝殿の縁側に。
「お酒の飲み過ぎっていう以前に、ああなるのは予想できたかもね」
霊夢の左側に座る魔理沙は、理解できていない様子だ。
「どうして」
「だって、所詮イモはイモじゃない。口が無いなら、口の先にあるものもないでしょ?」
「なるほど、消化器を持ってないのか。だから吐き出された拝殿も」
「何事もなく元通り、と」
もっとも、吐き出している光景は異様なものだった。
手足のついたジャガイモ、汚い音を立てたかと思えば、急速にしぼみ始めて、もくもくと立ち込めた煙が晴れると、そこに拝殿は復活していたのだ。
イモの嘔吐とはこのような機構を辿るのか、魔理沙は嬉しそうにしていたが、霊夢からすれば月が綺麗デスネと言うのみである。
なんだかすっかり疲れてしまい、小さくため息をつくと同時、視界の片隅にジャガイモが見えた。
今は、縁側に面する庭で、何事もなかったかのように転がっている。
「どうしてイモは拝殿を食べたのかしら」
横から聞こえる、魔理沙の陽気な笑い声。
「そりゃ、イモだって、時には神社を食べたくなる日があるんだよ」
なるほど。イモにもそういうときがあるのか。まあ、所詮イモはイモだけど。
全ての酒瓶が消え去った拝殿で、どこか感慨深い気持ちにふけっていた。
「名付けて、イモ道徳――イモラル、ね」
寒々しい風が吹きぬけていく。
小さなジャガイモがコロリと転がった。
どんな構造してんだ
そしてレイマリ最高です
酷い!(褒め言葉)
新鮮なレイマリでした。おのれイモめ...。
霊夢さん一途ですね
穣子様のうんちは高品質肥料でしょうね
しかしレイマリはいいものだ
素晴らしいエクセレント!
ゲロって復活する神社ってメルヘンでいいよね
というより地味にツボった
つまりボケツった
あとサツマの方でもいイモのだと思った