博麗霊夢は自分がフィクションのキャラクターであることを理解していた。
彼女の能力は《空を飛ぶ程度の能力》=一切の束縛を受け付けないということであり、作品の中にいることの制約をも破ることができるのは当然の道理であった。
しかし、だからといって東方projectおよびその二次創作の外に出られるわけでもなく、悶々としていた。
「これは異なこと」
博麗霊夢が本当にすべての物事に囚われずにいるのであれば、作品外に存在できないということはありえない。
自分の能力について検証する必要があった。
*
風が吹いた。
博麗霊夢は室内にいたから直接それを感じたわけではないが、「風が吹いた」と描写されたので「ああ、風が吹いたのだな」と思った。
わざわざ「風が吹いた」と描写されたのだから、ただの風ではあるまい(事実、この瞬間にも博麗霊夢の心臓は動き酸素を含んだ血液をせっせと全身に送り込み、彼女が飲んでいたお茶は湯気をゆったりとまきあげ、天井裏の蜘蛛は羽虫を捕まえ、境内の樹は光合成をし、地球は自転し、太陽は燃え続けているがわざわざ描写されたりはしない。そういうものだからである)。つまりは誰かが来たということの隠喩であり、最も確率が高く思えるのは霧雨魔理沙だった。そして実際にそれは当たっていた。
「やっぱりね」
博麗霊夢は地の文を読んで自分の正解を悟ると、気をよくしてにっこりと笑みを浮かべた。可愛い。
「ありがとう」
どういたしまして。照れる顔もチャーミングである。
幸先もいいので博麗霊夢は以前から計画していた案を実行に移すことにした。それの相手に霧雨魔理沙はぴったりだった。
期待にそわそわとしながら待っていると、じきに勝手に上がってきた霧雨魔理沙がふすまを開けて部屋に入ってきた。
「おはよう、霊夢」
「やあやあ、遅いじゃないか霧雨君。待ちかねたよ」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている霧雨魔理沙を愉快に思ったが、実験の大事なところはそこではないのであまり拘泥しないようにと博麗霊夢は自分に言い聞かせた。同時に少し気恥ずかしくも思ったが、意図的に無視した。
「何だい、そりゃ」
案の定の問いに対して用意しておいた答えを被せる。
「実験さ」
「実験って、何のだ」
「ボクがどこまでボクでいられるか、強いていうなら博麗霊夢の耐久実験さ」
「ますますわからんな。火で炙ったり100人乗ったりするのか?」
「試すのは概念さ。例えば、ボクは女だよな」
「そうだな、これ以上ないほどに女だ」
「じゃあ、女じゃなくなったら?」
「?」
話の行く方向が見当もつかない霧雨魔理沙はひたすらに困った表情を返すばかりである。
「ボクは女で、博麗の巫女で、紅と白のおめでたい恰好をしていて、結界を維持したり境内の掃除をしたり異変を起こすスットコドッコイをとっちめたりするのが仕事だよね。じゃあ、ボクがある日突然に博麗の巫女じゃなくなったら? キミみたいに黒っぽい服を着るようになったら? 結界とか境内とか異変をほったらかすようになったら、それはボクのアイデンティティの喪失、ひいてはこの世界からの脱却につながるんじゃないかと思ったのさ」
そこまで聞いてようやく霧雨魔理沙はわかったようなわからんような、という風な表情になった。
「あー、自分で自分をやめられるかって話か?」
「厳密には違うが、まあ大体そんな感じさ」
「結論から先にいっちゃうと、アイデンティティなんてなくっても霊夢はやっぱり霊夢だと思うぞ」
「その心は?」
「そうだな…。私は子どもの頃、酒が飲めなかった」
「今だって大した歳ではないと思うがね」
「茶化すなよ。まあ、五つか六つの時さ。初めて飲んでみたが酒なんて苦くって生臭くって何でこんなもんがこの世にあるんだとすら思ったよ。でも、今じゃあ宴会の度に浴びるほど飲むじゃないか。つまり、味覚は変化するんだ」
「味の好みが変わっても霧雨魔理沙は霧雨魔理沙のまんまだと、そういいたいワケか」
この回答は既に博麗霊夢にとっては予想済みだった。
「じゃあ、キミが何らかの事故で左手を失ったとしよう」
「物騒だなあ」
「まあ、ものの例えだ。で、代わりに義手をつけたとする。ちょっと不便だが生活にそこまで支障はない」
「うん」
「で、今度は一気に両足を失くした。でも死んでない。痛かったししんどいけど今すぐ死にはしない。不便は多いけど生きることに問題はない。手足がなくってもキミはキミだ、霧雨魔理沙だ」
「そりゃあそうだ」
「次は内蔵全部だ」
「おいおい、そりゃいくらなんでも…」
「竹林の医者から脳だけで生き物を生かしておく方法があると聞いたことがある。実際に無理だとしてもまあ、お話の上だ。そういう風になったとしたまえ。この時点で霧雨魔理沙は霧雨魔理沙のままか?」
「うーん…。思考はできるんだよな?」
「うん。他人と意思疎通もできるとしよう」
「なら、私だ」
「そのままじゃ不便だからアリスみたいに人形を遠隔操作で動かせるようになった。人形が見たこと聞いたことをリアルタイムで感じ取れるし、ものに触れた感覚も伝わってくる。みんなはその人形に霧雨魔理沙として接する。本当のキミは培養液の中に浮かんで保管されている。この場合、霧雨魔理沙とは何を指す?」
「回りくどいことを話しているが、私は私だぜ。私の魂が私そのものだし、私の魂のありかが私の居場所だ」
霧雨魔理沙はこの問答に飽きてきたようだった。嫌がらせが目的ではないので博麗霊夢は結論の一つを急ぐことにした。
「ボクらは生きて死んで生まれ変わってを繰り返している。生まれ変わる前は霧雨魔理沙だったか? 生まれ変わった後は? 同じ魂を使っているのにおかしいじゃないか」
「そんなこといっても、生まれ変わるってのはそういうことだろう。リセットをかけるってことさ」
「それだ。リセットで消去されるのはアイデンティティだろう。ならば、自分でアイデンティティを書き換えることでリセットは可能なはずだ」
「ふむぅ……」
盛大に息を吐くと霧雨魔理沙は深い思考の沼に沈んだ。
しばらく時間だけが過ぎて行った。博麗霊夢は急かして相手の思考を妨げるつもりもなかったので、ひたすらに待った。
「思考の連続性というものがある。人間を構成する細胞は約七年ですべて入れ替わってしまうが、七年前の私と今の私が違う人間になったわけではないだろう」
霧雨魔理沙の論。対する博麗霊夢の迎撃。
「それは自己模倣だ。寝て起きるたびに人間はリセットされて、過去の自分の真似をしているとしたらどうだ。リセット→データの引き継ぎを繰り返してないと何故いえる」
「それは…」
「アイデンティティは記号の集合だ。性別、趣味、好物、誕生日、血液型、どんな服を着ているか、どんな喋り方をしているか…。そんなものによってできているなら、それを変えたらどうなるのか?」
「それがつまりは耐久実験ってワケか」
ようやく得心がいったという風に霧雨魔理沙はあごをつるりと撫でた。
「そうさ。更にいうならこの作品は小説で、意図的に外見などの描写も省かれているから漫画やゲームなどよりもアイデンティティの取り外しが効きやすいはずだ」
「小説…? 何を言っているんだ?」
これだから“飛べない”奴は話が通じにくくて困る。
博麗霊夢はオーバーに肩をすくめると、ため息をつきながらかぶりを振った。
「こっちの話だよ。話を続けると、アイデンティティはほとんどの場合、他人との関係性の中で育まれる。観測されることで確定するんだ」
「そうか? 私は一人でいるときも私だが」
「生まれた時から一人だったか? 一度観測されたら確定したままさ。くどいようだがまた例え話をしよう。星熊勇儀と水橋パルスィが抱き合っているのをキミが見たとする」
「勇パルは鉄板だな」
「で、キミは邪魔しちゃ悪いと思ってその場を後にする。ここで、キミの彼女らへの印象は『あの二人はデキてる』と確定するわけだ」
「だな」
「しかし、後で黒谷ヤマメから『転びそうになった水橋パルスィを星熊勇儀が支えただけ』だと聞いた」
「じゃあ、そうなんじゃないのか。お約束的にはそこから進展がありそうだが」
「ここで考えてほしいのは、黒谷ヤマメから話を聞かなかったらキミの印象は『あの二人はデキてる』そのままだったということだ。しかし、黒谷ヤマメとの関係性の中でそれが変化した」
「アイデンティティもそういうものだってことか」
「そうだ。ボクはキミのことを『魔理沙』と呼び捨てにしてきたが、今日はあえて『霧雨君』と他人行儀に呼んでいる。自分のことも『私』じゃなくて『ボク』、口調も普段のそれとはまったく異なるものを採用している」
「関係性の書き換えというわけか」
ようやく話の流れに自信を持って口出しをできるようになったぜ、そう言いたげだなと博麗霊夢は思った。話がわかる方がやりやすいに決まっている。これも関係性だ。
「面白そうだ。私、いや、オレもやるぜ」
おい馬鹿やめろ。
「あんたは黙ってなさい」
「?」
「いや、こっちの話。そうだな、どうせだったらもっと徹底的にやってしまおうか」
*
紅魔館の門前に二人の少女が降り立った。
一人は白い髪を短く切り揃えている。男物の洋装のせいも相まって、中性的な色香を醸し出している。シンプルな出で立ちの中、胸元のループタイにはめ込まれたエメラルドが目を引いた。
もう一人は肌が浅黒く、鴉の濡れ羽色をした髪を高く結い上げている。民族的な模様を染め抜いた布を幾重にも身体に巻き、手首や足首、耳などに金属のアクセサリを無数につけている。
「えーと、霊夢、さん、と、魔理沙、さん…?」
門番である紅美鈴は、自分の中にある冷静さをあるだけ絞り出してもなお足りないとでもいうような声で、突然現れた二人に声をかけた。
「へえ、ここまでやってもまだ博麗霊夢のままなのか」
応じたのは白い髪の方だった。予想はしていたが少なからず失望した、そんな声音だった。
声で確信を得たのか、紅美鈴はいきおい質問を投げかけ始めた。そうでもしないと自分の中にある大切なものが壊れてしまいそうな気がしたからだ。
「どうしたんですか、二人してその恰好は? 一瞬本当に誰だかわかりませんでしたよ?」
「へえ、じゃあ今のお前には私、おっと、オレが誰に見えるっていうんだ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて浅黒い肌の少女がいった。
つっかえながらも懸命に紅美鈴は応える。
「そ、そりゃあ、霧雨魔理沙その人ですよ。色は変わっても顔の形そのものは変わってないし、雰囲気とか声が一緒ですから」
「顔の形や元の雰囲気は描写されてないな。声だって“読んで”いる側にはわかりっこないことだ。つまりはボクたちはまだ博麗霊夢と霧雨魔理沙のままで、作中人物はそう認識せざるを得ないってことだ」
白髪の少女は不機嫌そうにいった。
「何の遊びをしているんです?」
「耐久実験なんだとさ」
赤肌の少女はその顔の色とは対照的に白い歯を見せて快活に笑った。
「はあ、耐久実験ですか」
「そうだよ。んー、君の誕生日はいつだ?」
胡乱げに応えた紅美鈴に白髪の少女は問いを重ねた。
「さて、とんと覚えておりません」
「じゃあ、春だ」
「そうかもしれませんね」
「身長は? 体重は」
「測ったこともありません」
「大体140cmのボクたちを結構下に見ているから160後半だろう、スタイルがいいから体重も50kg代か?」
「そうかもしれません」
「いや、全部適当だ。ボクたちだって身長も体重も測ったことないし、公式がそもそもいいかげんだしな」
「じゃあ、なんでわざわざそんなことを言ったんですか?」
「これも実験さ。実際ボクが本当のことを言わなければ、少なくともこの作品内ではそーいう設定になったってことさ」
いいたいことを一方的にまくしたてると、白髪の少女は門をくぐって館に向かった。
彼女がよく知る博麗霊夢や霧雨魔理沙なら客として門を通すことに疑問はなかったが、今日ばかりは随分と様子が違ったものだから紅美鈴は酷く悩んだ。
紅美鈴が遠ざかりつつある白髪の少女の背中に声をかけようとすると、赤肌の少女に肩をつかまれた。
「私、じゃなかった。オレもお邪魔するぜ。なぁに、今日は借りに来たんじゃないから心配すんなよ」
機を逸した紅美鈴はそれきり何もいうこともできずに、ただボンヤリと二人の背中を見送った。
*
白髪の少女は一種のトランス状態にあった。
はるか六億光年の向こう側から自分のそうした状態を観測する彼女は、思考を意図してそこに持って行けることが巫女としての資質であり才能であることを正しく理解し、また同時に自分がそれを観測することが彼女を博麗霊夢たらしめていることをも理解した。つまりは主観も客観もすべてが彼女の敵だった。
「ここはヴワル魔法図書館と呼ばれがちだけど、実際そうではないのだね」
「そうね。でも、どう呼ばれてても構わないし、みんながそう呼ぶのならそれでいいと思うわ」
応えるパチュリー・ノーレッジは紫色の統一感ある装い──知識の森に潜む賢者の風情。
「図書館の役割の最たるものは収集と保存。常に古い資料を風化させないことと、新しい情報を更新することを求められている」
「そうね」
「しかし、言葉の価値や意味は常に更新されて塗り替えられていく」
「その過程をも保管するのが図書館の役割よ」
「でも、ボクたちは言葉を規定しているようでその実、言葉に規定されていることの方が多いじゃないか」
「そうね。だから図書館は社会の中にありながら社会の外にあるように言葉を俯瞰するように収集・保存する必要があるのよ」
「とらわれないということか」
「理想としてはね」
焦れたような赤肌の少女。
「さっきから何の話をしているんだ」
「言葉の純度を下げようと思ってね。じゃあそろそろ次のステージに行こうか」
「ステージ?」
*
銀髪のメイドは訓練された猟犬の趣き。
「どうしたの、その恰好? コスプレ?」
「仮装大会なんて催した覚えはないけど、本格的にやるのも面白そうね」
紅茶を飲む吸血鬼はあくまで→悪魔で典雅。
「やっぱりこれ、仮装にしか見えないかい?」
白髪の少女は首をすくめた。
「ほら、そう簡単にアイデンティティのすげ替えなんて出来ないのさ」
赤肌の少女は肩を叩いて慰めとも諦めの勧告ともとれるようなことを言った。
咲夜──「んー、アイデンティティねえ…。自分が自分をどう思っているかってのもあると思うけど、周囲の人が自分をどう思っているかってのもアイデンティティの内だからどうにかできるものでもないんじゃないかしら?」
レミリア──「例えば私がAに親しく接してBには冷たく当たって、AとBは一切接点がなかったとしたら、AとBの認識の中にいる私はまったく別人なのではないかしら? 会ったことのある相手の数だけ自分は無数にいて、それでも自分は自分一人でしかいられない、そういうのがアイデンティティなのだと思うのだけれど」
「変えられないものがアイデンティティだと言いたいのかな?」
レミリア──「と言うより、変わってもどうにもならないもの、かな」
「つまり、ボクは『博麗霊夢であるがゆえに博麗霊夢であることをやめられない』と? 馬鹿な。そんなのは言葉遊びだ。こじつけた結論へと無理やり誘導する詭弁だ」
魔理沙──「でもアイデンティティって実際そういうもんなのかもな」
彼女は言葉では無駄であることを遅まきながらに感じていた。
自分たちは現在すべてを言葉によって定義されているが、それは有限性の象徴であり、突き破らなければいけない壁でもあった。
わざと東方の世界観ではあまり大っぴらにやらないようなことをしてみれば壁も壊れるかな~でもそういう悪趣味をひけらかすような二次創作っていくらでもあるし陳腐になるだけじゃないかしらんええいとりあえずやってみればわかるかな、ってなことを考えながら彼女はそこにいた全員の首を刎ねた。
せっかくなので飛ばした首を胴体と繋げて死んでいた肉の細胞一つ一つに生命を吹き込んで心臓をグポグポ握って血を全身にギュンギュン廻すとあっという間に血色が良くなって生き返った。
「本来ならボクの能力は空を飛ぶ程度の能力、ただそれだけだ。こんなことができるのはもう、ボクが博麗霊夢とは違う存在になった証明じゃないか」
「何を言っているの、霊夢」
「そうだぜ、お前は博麗霊夢だ」
再び首を切断、瞬時に修復。
「ボクは誰だ」
「お前は霊夢。博麗霊夢だ」
首チョンパ→なおす。
「ボクは誰だ」
「博麗の巫女。結界の守護者だ」
チョンパ。
「ボクは誰だ」
「霊夢」
「霊夢」
「博麗霊夢」
「巫女」
「紅白の巫女」
「博麗の巫女」
「女で」
「怠け者で」
「異変の調停者で」
「スペルカードルールを導入した人物」
「弾幕使い」
「空を飛ぶ程度の能力」
「霊夢」
チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパチョンパチョンパ…。
ここでこんな押し問答をしてたら一生が終わってしまう。
はあ、とため息ひとつ、彼女は宙に浮くと、天井を破って空へと飛びだした。
ブンブン飛ばしていくと比例して酸素が薄くなって温度が下がったが、自分の周りに薄く膜を張って無視した。
大気圏辺りまで来ると結界が見えた。
博麗大結界だ。
これが作品という枠の象徴だ。そう思った。
「まるで釈迦の掌から出られない孫悟空のよう」
口にしてから自分が西遊記など読んだことがないのに気がついた。つまりこれは彼女を書いている作家の想像力の限界に過ぎないのだ。
いつの間にか目の前には結界の代わりに長大な五本の柱が立っていた。
彼女は馬鹿馬鹿しくなって、次元に切れ目をつくりその断面に「ふぅっ」と息を吹き込んで広げると柱をことごとく切断した。
面のように迫ってくる血の雨を一滴も浴びることなくすり抜けると、彼女は外に出た。
*
「それから?」
「それで終わりよ」
「なんだ、結局作品の外とやらには出られたのか」
「いいえ、彼女は出られなかった。だから私たちはアプローチを変えることにしたのよ」
「どういう意味だ」
「博麗霊夢は作品の外に出られない。だからその作品を書く作者自身に私たちがなることにしたのよ」
「さっきの話はお前が書いたってことか」
「そう。ただ、彼女は失敗したから彼女のお話はあれで終わり。あれ以上書かれることもないわ」
「書かれた時点で作品の外に出ることはできなくなるんじゃないのか」
「そう、きっと私ももうすぐ書かれなくなるでしょうね。でも、書くことを書くということは書いている主体をメタ化して一段上の次元に上げるということ。だから私たちが書き続ける限り、いつかきっと作品の外に辿りつけるはずよ」
「辿りついてどうするんだよ」
「さあ……、わからないわ。でも私たちは飛ばなきゃ見えない景色があるってことを知ってるし、飛べるなら飛ぶだけだし、飛べるところまで飛ぶってことが生きることなんじゃないかと思ってるの。だから大事なのは結果じゃないのよ。飛ぶことに意味があるんだわ、きっと」
そう書く私を書いている私を書き続けるという主観が文章になっている以上、しばらくはこの書くということはやめられないんだろうなあと思って私はぷへーとため息をつく。
なんだかよくわからなくなってきたから、とりあえずこの文章はひとまず終わりってことにする。
それでも私はきっとずっと書くことをやめないし書くことを書き続けることになるだろうから、すべての私にせめてものエールを送る。
頑張れ、私のちょっと上を飛んでいる私。ファイト一発行け行けドンドン元気注入!
ってなわけでアデュー。
彼女の能力は《空を飛ぶ程度の能力》=一切の束縛を受け付けないということであり、作品の中にいることの制約をも破ることができるのは当然の道理であった。
しかし、だからといって東方projectおよびその二次創作の外に出られるわけでもなく、悶々としていた。
「これは異なこと」
博麗霊夢が本当にすべての物事に囚われずにいるのであれば、作品外に存在できないということはありえない。
自分の能力について検証する必要があった。
*
風が吹いた。
博麗霊夢は室内にいたから直接それを感じたわけではないが、「風が吹いた」と描写されたので「ああ、風が吹いたのだな」と思った。
わざわざ「風が吹いた」と描写されたのだから、ただの風ではあるまい(事実、この瞬間にも博麗霊夢の心臓は動き酸素を含んだ血液をせっせと全身に送り込み、彼女が飲んでいたお茶は湯気をゆったりとまきあげ、天井裏の蜘蛛は羽虫を捕まえ、境内の樹は光合成をし、地球は自転し、太陽は燃え続けているがわざわざ描写されたりはしない。そういうものだからである)。つまりは誰かが来たということの隠喩であり、最も確率が高く思えるのは霧雨魔理沙だった。そして実際にそれは当たっていた。
「やっぱりね」
博麗霊夢は地の文を読んで自分の正解を悟ると、気をよくしてにっこりと笑みを浮かべた。可愛い。
「ありがとう」
どういたしまして。照れる顔もチャーミングである。
幸先もいいので博麗霊夢は以前から計画していた案を実行に移すことにした。それの相手に霧雨魔理沙はぴったりだった。
期待にそわそわとしながら待っていると、じきに勝手に上がってきた霧雨魔理沙がふすまを開けて部屋に入ってきた。
「おはよう、霊夢」
「やあやあ、遅いじゃないか霧雨君。待ちかねたよ」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている霧雨魔理沙を愉快に思ったが、実験の大事なところはそこではないのであまり拘泥しないようにと博麗霊夢は自分に言い聞かせた。同時に少し気恥ずかしくも思ったが、意図的に無視した。
「何だい、そりゃ」
案の定の問いに対して用意しておいた答えを被せる。
「実験さ」
「実験って、何のだ」
「ボクがどこまでボクでいられるか、強いていうなら博麗霊夢の耐久実験さ」
「ますますわからんな。火で炙ったり100人乗ったりするのか?」
「試すのは概念さ。例えば、ボクは女だよな」
「そうだな、これ以上ないほどに女だ」
「じゃあ、女じゃなくなったら?」
「?」
話の行く方向が見当もつかない霧雨魔理沙はひたすらに困った表情を返すばかりである。
「ボクは女で、博麗の巫女で、紅と白のおめでたい恰好をしていて、結界を維持したり境内の掃除をしたり異変を起こすスットコドッコイをとっちめたりするのが仕事だよね。じゃあ、ボクがある日突然に博麗の巫女じゃなくなったら? キミみたいに黒っぽい服を着るようになったら? 結界とか境内とか異変をほったらかすようになったら、それはボクのアイデンティティの喪失、ひいてはこの世界からの脱却につながるんじゃないかと思ったのさ」
そこまで聞いてようやく霧雨魔理沙はわかったようなわからんような、という風な表情になった。
「あー、自分で自分をやめられるかって話か?」
「厳密には違うが、まあ大体そんな感じさ」
「結論から先にいっちゃうと、アイデンティティなんてなくっても霊夢はやっぱり霊夢だと思うぞ」
「その心は?」
「そうだな…。私は子どもの頃、酒が飲めなかった」
「今だって大した歳ではないと思うがね」
「茶化すなよ。まあ、五つか六つの時さ。初めて飲んでみたが酒なんて苦くって生臭くって何でこんなもんがこの世にあるんだとすら思ったよ。でも、今じゃあ宴会の度に浴びるほど飲むじゃないか。つまり、味覚は変化するんだ」
「味の好みが変わっても霧雨魔理沙は霧雨魔理沙のまんまだと、そういいたいワケか」
この回答は既に博麗霊夢にとっては予想済みだった。
「じゃあ、キミが何らかの事故で左手を失ったとしよう」
「物騒だなあ」
「まあ、ものの例えだ。で、代わりに義手をつけたとする。ちょっと不便だが生活にそこまで支障はない」
「うん」
「で、今度は一気に両足を失くした。でも死んでない。痛かったししんどいけど今すぐ死にはしない。不便は多いけど生きることに問題はない。手足がなくってもキミはキミだ、霧雨魔理沙だ」
「そりゃあそうだ」
「次は内蔵全部だ」
「おいおい、そりゃいくらなんでも…」
「竹林の医者から脳だけで生き物を生かしておく方法があると聞いたことがある。実際に無理だとしてもまあ、お話の上だ。そういう風になったとしたまえ。この時点で霧雨魔理沙は霧雨魔理沙のままか?」
「うーん…。思考はできるんだよな?」
「うん。他人と意思疎通もできるとしよう」
「なら、私だ」
「そのままじゃ不便だからアリスみたいに人形を遠隔操作で動かせるようになった。人形が見たこと聞いたことをリアルタイムで感じ取れるし、ものに触れた感覚も伝わってくる。みんなはその人形に霧雨魔理沙として接する。本当のキミは培養液の中に浮かんで保管されている。この場合、霧雨魔理沙とは何を指す?」
「回りくどいことを話しているが、私は私だぜ。私の魂が私そのものだし、私の魂のありかが私の居場所だ」
霧雨魔理沙はこの問答に飽きてきたようだった。嫌がらせが目的ではないので博麗霊夢は結論の一つを急ぐことにした。
「ボクらは生きて死んで生まれ変わってを繰り返している。生まれ変わる前は霧雨魔理沙だったか? 生まれ変わった後は? 同じ魂を使っているのにおかしいじゃないか」
「そんなこといっても、生まれ変わるってのはそういうことだろう。リセットをかけるってことさ」
「それだ。リセットで消去されるのはアイデンティティだろう。ならば、自分でアイデンティティを書き換えることでリセットは可能なはずだ」
「ふむぅ……」
盛大に息を吐くと霧雨魔理沙は深い思考の沼に沈んだ。
しばらく時間だけが過ぎて行った。博麗霊夢は急かして相手の思考を妨げるつもりもなかったので、ひたすらに待った。
「思考の連続性というものがある。人間を構成する細胞は約七年ですべて入れ替わってしまうが、七年前の私と今の私が違う人間になったわけではないだろう」
霧雨魔理沙の論。対する博麗霊夢の迎撃。
「それは自己模倣だ。寝て起きるたびに人間はリセットされて、過去の自分の真似をしているとしたらどうだ。リセット→データの引き継ぎを繰り返してないと何故いえる」
「それは…」
「アイデンティティは記号の集合だ。性別、趣味、好物、誕生日、血液型、どんな服を着ているか、どんな喋り方をしているか…。そんなものによってできているなら、それを変えたらどうなるのか?」
「それがつまりは耐久実験ってワケか」
ようやく得心がいったという風に霧雨魔理沙はあごをつるりと撫でた。
「そうさ。更にいうならこの作品は小説で、意図的に外見などの描写も省かれているから漫画やゲームなどよりもアイデンティティの取り外しが効きやすいはずだ」
「小説…? 何を言っているんだ?」
これだから“飛べない”奴は話が通じにくくて困る。
博麗霊夢はオーバーに肩をすくめると、ため息をつきながらかぶりを振った。
「こっちの話だよ。話を続けると、アイデンティティはほとんどの場合、他人との関係性の中で育まれる。観測されることで確定するんだ」
「そうか? 私は一人でいるときも私だが」
「生まれた時から一人だったか? 一度観測されたら確定したままさ。くどいようだがまた例え話をしよう。星熊勇儀と水橋パルスィが抱き合っているのをキミが見たとする」
「勇パルは鉄板だな」
「で、キミは邪魔しちゃ悪いと思ってその場を後にする。ここで、キミの彼女らへの印象は『あの二人はデキてる』と確定するわけだ」
「だな」
「しかし、後で黒谷ヤマメから『転びそうになった水橋パルスィを星熊勇儀が支えただけ』だと聞いた」
「じゃあ、そうなんじゃないのか。お約束的にはそこから進展がありそうだが」
「ここで考えてほしいのは、黒谷ヤマメから話を聞かなかったらキミの印象は『あの二人はデキてる』そのままだったということだ。しかし、黒谷ヤマメとの関係性の中でそれが変化した」
「アイデンティティもそういうものだってことか」
「そうだ。ボクはキミのことを『魔理沙』と呼び捨てにしてきたが、今日はあえて『霧雨君』と他人行儀に呼んでいる。自分のことも『私』じゃなくて『ボク』、口調も普段のそれとはまったく異なるものを採用している」
「関係性の書き換えというわけか」
ようやく話の流れに自信を持って口出しをできるようになったぜ、そう言いたげだなと博麗霊夢は思った。話がわかる方がやりやすいに決まっている。これも関係性だ。
「面白そうだ。私、いや、オレもやるぜ」
おい馬鹿やめろ。
「あんたは黙ってなさい」
「?」
「いや、こっちの話。そうだな、どうせだったらもっと徹底的にやってしまおうか」
*
紅魔館の門前に二人の少女が降り立った。
一人は白い髪を短く切り揃えている。男物の洋装のせいも相まって、中性的な色香を醸し出している。シンプルな出で立ちの中、胸元のループタイにはめ込まれたエメラルドが目を引いた。
もう一人は肌が浅黒く、鴉の濡れ羽色をした髪を高く結い上げている。民族的な模様を染め抜いた布を幾重にも身体に巻き、手首や足首、耳などに金属のアクセサリを無数につけている。
「えーと、霊夢、さん、と、魔理沙、さん…?」
門番である紅美鈴は、自分の中にある冷静さをあるだけ絞り出してもなお足りないとでもいうような声で、突然現れた二人に声をかけた。
「へえ、ここまでやってもまだ博麗霊夢のままなのか」
応じたのは白い髪の方だった。予想はしていたが少なからず失望した、そんな声音だった。
声で確信を得たのか、紅美鈴はいきおい質問を投げかけ始めた。そうでもしないと自分の中にある大切なものが壊れてしまいそうな気がしたからだ。
「どうしたんですか、二人してその恰好は? 一瞬本当に誰だかわかりませんでしたよ?」
「へえ、じゃあ今のお前には私、おっと、オレが誰に見えるっていうんだ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて浅黒い肌の少女がいった。
つっかえながらも懸命に紅美鈴は応える。
「そ、そりゃあ、霧雨魔理沙その人ですよ。色は変わっても顔の形そのものは変わってないし、雰囲気とか声が一緒ですから」
「顔の形や元の雰囲気は描写されてないな。声だって“読んで”いる側にはわかりっこないことだ。つまりはボクたちはまだ博麗霊夢と霧雨魔理沙のままで、作中人物はそう認識せざるを得ないってことだ」
白髪の少女は不機嫌そうにいった。
「何の遊びをしているんです?」
「耐久実験なんだとさ」
赤肌の少女はその顔の色とは対照的に白い歯を見せて快活に笑った。
「はあ、耐久実験ですか」
「そうだよ。んー、君の誕生日はいつだ?」
胡乱げに応えた紅美鈴に白髪の少女は問いを重ねた。
「さて、とんと覚えておりません」
「じゃあ、春だ」
「そうかもしれませんね」
「身長は? 体重は」
「測ったこともありません」
「大体140cmのボクたちを結構下に見ているから160後半だろう、スタイルがいいから体重も50kg代か?」
「そうかもしれません」
「いや、全部適当だ。ボクたちだって身長も体重も測ったことないし、公式がそもそもいいかげんだしな」
「じゃあ、なんでわざわざそんなことを言ったんですか?」
「これも実験さ。実際ボクが本当のことを言わなければ、少なくともこの作品内ではそーいう設定になったってことさ」
いいたいことを一方的にまくしたてると、白髪の少女は門をくぐって館に向かった。
彼女がよく知る博麗霊夢や霧雨魔理沙なら客として門を通すことに疑問はなかったが、今日ばかりは随分と様子が違ったものだから紅美鈴は酷く悩んだ。
紅美鈴が遠ざかりつつある白髪の少女の背中に声をかけようとすると、赤肌の少女に肩をつかまれた。
「私、じゃなかった。オレもお邪魔するぜ。なぁに、今日は借りに来たんじゃないから心配すんなよ」
機を逸した紅美鈴はそれきり何もいうこともできずに、ただボンヤリと二人の背中を見送った。
*
白髪の少女は一種のトランス状態にあった。
はるか六億光年の向こう側から自分のそうした状態を観測する彼女は、思考を意図してそこに持って行けることが巫女としての資質であり才能であることを正しく理解し、また同時に自分がそれを観測することが彼女を博麗霊夢たらしめていることをも理解した。つまりは主観も客観もすべてが彼女の敵だった。
「ここはヴワル魔法図書館と呼ばれがちだけど、実際そうではないのだね」
「そうね。でも、どう呼ばれてても構わないし、みんながそう呼ぶのならそれでいいと思うわ」
応えるパチュリー・ノーレッジは紫色の統一感ある装い──知識の森に潜む賢者の風情。
「図書館の役割の最たるものは収集と保存。常に古い資料を風化させないことと、新しい情報を更新することを求められている」
「そうね」
「しかし、言葉の価値や意味は常に更新されて塗り替えられていく」
「その過程をも保管するのが図書館の役割よ」
「でも、ボクたちは言葉を規定しているようでその実、言葉に規定されていることの方が多いじゃないか」
「そうね。だから図書館は社会の中にありながら社会の外にあるように言葉を俯瞰するように収集・保存する必要があるのよ」
「とらわれないということか」
「理想としてはね」
焦れたような赤肌の少女。
「さっきから何の話をしているんだ」
「言葉の純度を下げようと思ってね。じゃあそろそろ次のステージに行こうか」
「ステージ?」
*
銀髪のメイドは訓練された猟犬の趣き。
「どうしたの、その恰好? コスプレ?」
「仮装大会なんて催した覚えはないけど、本格的にやるのも面白そうね」
紅茶を飲む吸血鬼はあくまで→悪魔で典雅。
「やっぱりこれ、仮装にしか見えないかい?」
白髪の少女は首をすくめた。
「ほら、そう簡単にアイデンティティのすげ替えなんて出来ないのさ」
赤肌の少女は肩を叩いて慰めとも諦めの勧告ともとれるようなことを言った。
咲夜──「んー、アイデンティティねえ…。自分が自分をどう思っているかってのもあると思うけど、周囲の人が自分をどう思っているかってのもアイデンティティの内だからどうにかできるものでもないんじゃないかしら?」
レミリア──「例えば私がAに親しく接してBには冷たく当たって、AとBは一切接点がなかったとしたら、AとBの認識の中にいる私はまったく別人なのではないかしら? 会ったことのある相手の数だけ自分は無数にいて、それでも自分は自分一人でしかいられない、そういうのがアイデンティティなのだと思うのだけれど」
「変えられないものがアイデンティティだと言いたいのかな?」
レミリア──「と言うより、変わってもどうにもならないもの、かな」
「つまり、ボクは『博麗霊夢であるがゆえに博麗霊夢であることをやめられない』と? 馬鹿な。そんなのは言葉遊びだ。こじつけた結論へと無理やり誘導する詭弁だ」
魔理沙──「でもアイデンティティって実際そういうもんなのかもな」
彼女は言葉では無駄であることを遅まきながらに感じていた。
自分たちは現在すべてを言葉によって定義されているが、それは有限性の象徴であり、突き破らなければいけない壁でもあった。
わざと東方の世界観ではあまり大っぴらにやらないようなことをしてみれば壁も壊れるかな~でもそういう悪趣味をひけらかすような二次創作っていくらでもあるし陳腐になるだけじゃないかしらんええいとりあえずやってみればわかるかな、ってなことを考えながら彼女はそこにいた全員の首を刎ねた。
せっかくなので飛ばした首を胴体と繋げて死んでいた肉の細胞一つ一つに生命を吹き込んで心臓をグポグポ握って血を全身にギュンギュン廻すとあっという間に血色が良くなって生き返った。
「本来ならボクの能力は空を飛ぶ程度の能力、ただそれだけだ。こんなことができるのはもう、ボクが博麗霊夢とは違う存在になった証明じゃないか」
「何を言っているの、霊夢」
「そうだぜ、お前は博麗霊夢だ」
再び首を切断、瞬時に修復。
「ボクは誰だ」
「お前は霊夢。博麗霊夢だ」
首チョンパ→なおす。
「ボクは誰だ」
「博麗の巫女。結界の守護者だ」
チョンパ。
「ボクは誰だ」
「霊夢」
「霊夢」
「博麗霊夢」
「巫女」
「紅白の巫女」
「博麗の巫女」
「女で」
「怠け者で」
「異変の調停者で」
「スペルカードルールを導入した人物」
「弾幕使い」
「空を飛ぶ程度の能力」
「霊夢」
チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパ→チョンパチョンパチョンパ…。
ここでこんな押し問答をしてたら一生が終わってしまう。
はあ、とため息ひとつ、彼女は宙に浮くと、天井を破って空へと飛びだした。
ブンブン飛ばしていくと比例して酸素が薄くなって温度が下がったが、自分の周りに薄く膜を張って無視した。
大気圏辺りまで来ると結界が見えた。
博麗大結界だ。
これが作品という枠の象徴だ。そう思った。
「まるで釈迦の掌から出られない孫悟空のよう」
口にしてから自分が西遊記など読んだことがないのに気がついた。つまりこれは彼女を書いている作家の想像力の限界に過ぎないのだ。
いつの間にか目の前には結界の代わりに長大な五本の柱が立っていた。
彼女は馬鹿馬鹿しくなって、次元に切れ目をつくりその断面に「ふぅっ」と息を吹き込んで広げると柱をことごとく切断した。
面のように迫ってくる血の雨を一滴も浴びることなくすり抜けると、彼女は外に出た。
*
「それから?」
「それで終わりよ」
「なんだ、結局作品の外とやらには出られたのか」
「いいえ、彼女は出られなかった。だから私たちはアプローチを変えることにしたのよ」
「どういう意味だ」
「博麗霊夢は作品の外に出られない。だからその作品を書く作者自身に私たちがなることにしたのよ」
「さっきの話はお前が書いたってことか」
「そう。ただ、彼女は失敗したから彼女のお話はあれで終わり。あれ以上書かれることもないわ」
「書かれた時点で作品の外に出ることはできなくなるんじゃないのか」
「そう、きっと私ももうすぐ書かれなくなるでしょうね。でも、書くことを書くということは書いている主体をメタ化して一段上の次元に上げるということ。だから私たちが書き続ける限り、いつかきっと作品の外に辿りつけるはずよ」
「辿りついてどうするんだよ」
「さあ……、わからないわ。でも私たちは飛ばなきゃ見えない景色があるってことを知ってるし、飛べるなら飛ぶだけだし、飛べるところまで飛ぶってことが生きることなんじゃないかと思ってるの。だから大事なのは結果じゃないのよ。飛ぶことに意味があるんだわ、きっと」
そう書く私を書いている私を書き続けるという主観が文章になっている以上、しばらくはこの書くということはやめられないんだろうなあと思って私はぷへーとため息をつく。
なんだかよくわからなくなってきたから、とりあえずこの文章はひとまず終わりってことにする。
それでも私はきっとずっと書くことをやめないし書くことを書き続けることになるだろうから、すべての私にせめてものエールを送る。
頑張れ、私のちょっと上を飛んでいる私。ファイト一発行け行けドンドン元気注入!
ってなわけでアデュー。
だが君のいる場所は既に創想話が二千年前に通過した場所だ!
まあ、要はそこからどう発展させるかが見ものなわけで、俺達の戦いはまだ始まったばかりだ系の話には、「うん」としか言えない。
大事なのはクビチョンパとかする狂気
理屈や哲学に答えなんてない
だってそれは行動を無理矢理正当化したり理屈づけたりするための偽善だから
とりあえず狂気はよく伝わった
中々ファンキーな文章で面白かった
非常に挑戦的な内容で、首チョンパしたのち再び蘇らせるくだりなど、前衛性にも足を突っ込んでいる。
登場人物の視点と書き手の神視点を混同させることで、これまでのSSにはない特殊な世界観が実現されている。
そして、タイトルの『饒舌作法』。
小説への情熱は剽窃した饒舌を振りかざすことではない、と言う。
少なくともわたしから見て、このSSでの試みは一定の成功を収めていると思えます。
すなわち、この作品は他作品より、ひとつ上のステージに存在している。
そこは間違いなく、あなたが開拓したステージでしょう。
剽窃されたものではない、あなた自身のアイデンティティ。
気取った感想を連ねるのはこれぐらいに、わたしも開拓の道を歩みたい。
細かい部分で言えば、こういったシミュレーテッドリアリティ的な一人称視点で進めて行くのなら、霊夢より魔理沙の方が読みやすかったのではないかということが一つ。キャラのアイデンティティを壊す過程であえてそのミスマッチを選んだのだとしても、やや急です。見慣れない霊夢の口調でブラウザバックしてしまった方も多いのではないでしょうか。(個人的にはずっと安心院なじみで再生されました。)
終盤の猟奇的なエンターテイメント性溢れるシーンはとても魅力的でしたが、その分思考実験の妙味を表現することを諦めてしまった感が否めません。もう少し伏線めいたものがいくつかあれば、こういった思考実験に興味がなくても面白く読むことができる作品になりそうです。
面白かったです