「れ・い・む・さん!」
「げ、天狗!?」
「あややや、この清く正しい射命丸を捕まえて、げ、とはごむたいな」
よよよ、と泣き真似。
こいつは、こういうところが胡散臭い。うん、すごく。
「で、何しに来たのよ」
「何やら事件の匂いがしたのでやってきました、清く正しい射命丸ですッ!」
愛用のカメラとやらをちらつかせながら、笑顔でのたまいやがった。
「ない。帰れ」
縁側に腰掛けてお茶を飲んでいた私。
ずずっとわざとらしく音を立ててお茶をすする。
そう、こういう時は「我関せず」に勝る手立てはないのだ。
三十六計逃げるに如かず、である。
というか、この手の輩に全部構ってたらキリがない。
別にこいつに限った話ではない。この幻想郷の住人は皆そう。
あんたらどんだけヒマなのよ。
あ、お前もなって言うヤツがもしいたら……
とりあえずぶん殴っとこうかしら、そいつ。
「うーん、これと言って事件は無さそうですねえ」
ちょっと、何よ、その心底残念そうな口ぶりは。
いやいや、別にいいじゃない。そう簡単に事件があってたまるかってのよ。
具体的には異変を解決する私の身にもなれ、以上。
「ま、たとえ事件があっても、あんたにゃ教えないわよ」
「ふふ、じゃあ、いっそこれから起こしましょうか?」
こ、こいつめ…
ヒラヒラと烏天狗ご自慢の団扇を見せつけ、物騒な事を言いやがった。
冗談じゃないわよ、この神社を木端微塵に吹き飛ばすつもりかあんたは。
「そんな事したら、今日は烏鍋だから。あら、こんなところに良い鳥肉がいるわね」
皮肉と牽制の意味を込めて、わざとらしく、文の方を睨めつけてみた。
「あ、それ、昨日、魔理沙さんにも言われちゃいました」
えへ、とわざとらしい笑顔。のれんに腕押しならぬ天狗に皮肉。
むかつく。とりあえず、仕返しに二の腕をつまんでみた。
案外柔らかい。余計むかつく。
だが、それ以上に、魔理沙の奴と同じ思考であった事に心底げんなりした。
「魔理沙かぁ…」
ふと、思い出した事があった。
「あいつも偉くなったもんね」
「昔からすると、ホントに別人みたいだわ」
その時、私は気づいてしまった。
目の前には燦々と輝いている眼。
文の奴が、何ですかその面白そうなネタは!というオーラを全身から発している。
それが何を意味しているか.、もう言わずともわかる。
「別に大した事じゃないし……話さないわよ?」
努めて冷静に付け加えるがもう遅い。
にこにこと笑いながら手にした団扇を見せつけてくる。
あまつさえ、指でトントンと団扇を叩く仕草までしやがった。
ったく、ホントにいい度胸してるわね、コイツ。
まさか本気でこの神社を吹き飛ばすとは思えないけれど。
「仕方ないわね、座りなさい」
負けを認めるのは癪だが、心の中で両手を上げて観念する。
事こうなってしまった以上、逃げるよりも話してしまった方が早い。
やれやれ、本当にめんどくさいことになったわね。
「事件の代わりに、昔話でもしてあげる」
――変な服を着た奴が来た。
それが私が魔理沙の奴に対して抱いた第一印象だった。
いや、今思えば私だって、突飛な紅白の巫女装束。
それも、紫の奴の趣味なのか知らないけれど、脇が露出した相当に風変わりな装束だ。
どうしてこれが博麗の巫女の正式衣装になったのか、一度紫の奴に問い詰めてみたい。
まぁ、そんな私の格好も大概だったのだが、それでもアイツの黒装束の服装はどう見ても異質だった。
やがて魔理沙の奴は、私の存在に気付いたのだろう。
まるで敵でも見つけたかのように、私の方に視線を向けた。
「あんた、だれ?」
中々名乗ろうとしない魔理沙の奴に、堪らず問いかけたのを覚えている。
「わたしか?」
素性を問われた時の魔理沙の嬉しそうな顔。
その返事を聞いた時の私は、さぞかし怪訝で不愉快な顔をしていただろう。
何故なら、こっちは面倒くさい事極まりない巫女の修業をようやく終えてお茶を飲んでいたところだったのだから。
ようやく訪れたひとときの休息の時間を、訳のわからない来訪者によって邪魔される。
それに勝る苛立ちはない。
「わたしは、この神社によーかいたいじにきた霧雨魔理沙だ!」
精一杯胸を張って、アイツが高らかに言い放った。
同時に、私の中から自然に漏れるため息。
何はなくとも、妖怪退治というのが、とにかく気に食わなかった。
「あんたねぇ、それは私のおしごとよ!」
「うそつくな! さてはお前もよーかいだろ!」
その瞬間、顔の筋肉がヒクリと引きつったのを覚えている。
自分を妖怪呼ばわりされる事がこんなに癪だとは思わなかった。
「あんたねぇ、いいどきょうじゃない」
ポキポキと拳を鳴らし、戦闘準備にかかる。
いつからだろう、この動作が本気を出す合図になっていたのは。
博麗家に代々伝わっている……わけではなくて、むしろ私が編み出した妖怪退治の三か条。
それをこの珍妙な侵入者に向かって突き付けた。
「しんこうか……」
――うちの神様を信仰して自発的にお賽銭を入れるか。
「だんまくか……」
――弾幕勝負で私に倒されて泣く泣くお賽銭を入れるか。
「おさいせん……」
――初めから素直にお賽銭を入れるか。
「どれでも好きなのをえらびなさい!」
そして……
結果は私の圧勝。
気が付けば魔理沙の奴は見事にボロボロになって、地面に大の字に横たわっていた。
勿論、私は無傷。
まぁ、所詮はこんなモノよね。
これであっさり私が負けちゃったら、日々の面倒くさい巫女修業は一体なんなのよって話じゃない。
「そんなにぼろぼろになって、まだやる気なの?」
見るも無残なあいつの姿。
僅かに憐みさえ覚えながら、そう問いかけたのを覚えている。
「あんたじゃ、私にはぜったいにかてないんだから!」
もう二度と会う事はないだろう、この時は本当にそう思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
まさかそれからこんなにも多くの時を、あいつと共に過ごす事になるとは思ってもみなかった。
初めて相まみえたこの時、ぼろぼろに打ち負かした魔理沙の奴と共に過ごすとは。
この日以来、私の傍らにはいつも魔理沙の奴が居たように思う。
本当に馬鹿らしい話だけど、本当にいつもいつも飽きる事なく、どんなに負けても、負けても、負けても、魔理沙は私のところにやってきたのだ。
「へえ、魔理沙さん、そんなに霊夢さんにご執心だったのですか?」
目を妖しく光らせる文。
もし、興味津々を絵に書いたら、きっとこんな感じになるのだろう。
「変な言い方するんじゃないわよ」
と、言いつつ、ふと、乙女心満載な魔理沙の奴を想像してみる。
花のような満面の笑顔で霊夢大好きだぜ!とかいう魔理沙。
うん、気持ち悪い。迷わず夢想封印一直線だ。
「ま、でもね、それはそれで楽しかったわ」
そう、これは本心だ。
「魔理沙との勝負は、巫女としての修業の成果を試す良い機会でもあったし」
「あややや、魔理沙さんはそんな理由で毎日毎日ボコボコに?」
流石に可哀想だとでも思ったのか、文の奴が幾分の同情を向けてきた。
「いや、だから」
魔理沙の奴が私に挑んでさえこなければ、私は魔理沙の事を相手になどしていなかった。
今はともかく、あの頃の私なら確実にそうであったはずだ。
つまるところ、あいつは私に戦いを挑む必要などなかったのだ。
力の差を認め、受け入れてさえしまえば、あんなにボロボロになる必要などなかったのだ。
それをわざわざ挑みに来たのだから、いわゆる自業自得というヤツである。
「あいつはね、初めて私と戦って以来、負けて、負けて、負けて、ずっと負け続けた」
そう、十回に一度とか、百回に一度とか。
奇跡的に魔理沙にとっての好条件が重なる事で手に出来るであろう偶然の勝利。
それすら一度たりとも起こらないほどに、私達の力の差は大きなものだったのだ。
「だからある時に言ってやったのよ。“あんたが私に勝てるわけない”ってね」
でも、甘かった。
何故ならその時その瞬間こそが、私の魔理沙に対する見方が決定的に変わった瞬間だったのだから。
交わしたやり取りを思い出す。
「なぁに寝ぼけた事言ってんだこのお気楽巫女」
その時の魔理沙もまた、相も変わらず見るも無残な姿だった。
それまで何千何百と繰り返してきたように、見るも無残な姿になっていた。
どう考えたって、心折れなくてはおかしいのに。
あいつは……
魔理沙の奴だけは違ったのだ。
「努力に勝る天才なし、だぜ?」
泥と傷にまみれた顔、ボロボロの全身。
そこから溢れんばかりの自信を漲らせて、魔理沙の奴はそう言い切ったのだ。
そうだ。心の底から唖然としたのを覚えている。
どうしてこんな事が言えるのか、こいつは馬鹿なんじゃないか。本気でそう思った。
でも、一番驚いた事は、自分の口をついて出た言葉に対してだった。
「ま、せいぜい頑張ってちょうだい」
そう、あろうことか私は期待していたのだ。
圧倒的な驚愕。その中においても、この大馬鹿に確かに期待した自分がいた。
この時の私はどんな顔をしていただろう。
「あとはあんたも知ってる通りよ」
「気が付いたらあいつは半分ウチの神社に居ついていたわ」
まぁ、それは今も現在進行形で続いているのだが。
「あいつはね、とにかくお前に勝つ!って言って聞かないの。諦めが悪いなんてモンじゃないわ」
「私はな、絶対に霊夢を超えてやる」
そう、初めは何を一人で勝手に燃えてんのよって思ってた。
埋めがたい差を埋めるために、叶うはずもない夢を追う。
そんなのは馬鹿のする事だって。そう思ってた。
「でね、その方法が傑作なのよ」
その時の事を思い出す。
一度、私が問いかけたことがあったのだ。
「お前に勝つ!なんてって言ってるけどね、あんたどうやって私に勝つつもりなのよ?」
口にするだけなら容易い。行うは難しい。何事もそうだ。
それを実際に成し遂げる事は、私達の力の差から言えばどれだけ難しいか。
だから、私は心の何処かで、魔理沙の奴が口ごもる事を期待していたのに……
「いいか霊夢、どんな事でもな、結末に至るやり方ってのは3通りしかないんだよ」
それが返ってきた答えだった。
即答だった。そこに迷いは全く見えなかった。
「何よいきなり。ちゃんと質問に答えなさいよ」
「1つ目は正しいやり方、2つ目は間違ったやり方だ」
そこまで口にして、魔理沙の奴が急にこっちをじっと見つめてきた。
不意に向けられたその強い眼差し、気まずい沈黙に思わず訊き返してしまった。
「あと1つはなんなのよ」
その瞬間の、よくぞ聞いてくれたとばかりの得意げなあいつの顔。
してやったりの表情を浮かべて魔理沙の奴は答えたのだ。
「勿論、私のやり方、だぜ?」
曰く、次は勝てる。
負けても負けても、何度負けても、次こそは勝てる、だから勝負しろの一点張り。
潔く負けを認めないどころの話ではない。それは勝つまでやめない駄々っ子そのもの。
「私がお前を超えるためにどのやり方を選ぶかくらい、ご自慢の勘でわかるだろ?」
にやりと笑って答える魔理沙の姿が印象的だった。
ふぅ、と、ため息をつく。
「あややや、相変わらずですねえ、魔理沙さんは」
互いに浮かべた苦笑いが、全てを物語っているだろう。
私も改めてそう思う。あいつは今も全く変わっちゃいない。むしろひどくなっている。こじらせている。
まさに、三つ子の魂百までも、だ。
「もし、あいつが間違ったやり方をしているのならね。それを正しく書き換える事は出来るわ」
あいつが取った間違ったやり方を正しいやり方に直させる。
それは決して不可能な事ではない。
たとえ外部からであっても、それが力づくの方法だったとしても。
「でもね、あいつが“私のやり方”を貫き通す以上それは通じない」
「何故なら、他者が捻じ曲げようとした瞬間にそのやり方は既に別物、その時点であいつのやり方じゃなくなるんだから」
そうなのだ。
その方法が正しいか間違っているかなんて、所詮は結果論にすぎない。
たとえ、その方法が正しかろうが、間違っていようが、そんな物は全部かなぐり捨てて。
魔理沙の奴は、魔理沙自身が信じるやり方で、敵うはずのない存在に挑みかかってきたのだ。
「勿論、そんな破天荒なあいつに、私は敵わないだなんて思っちゃいないわ。私は博麗の巫女なんだから」
そうだ。それでも魔理沙と私は持てる力が違う、博麗の巫女たるこの力はそんなに生半可な物ではない。
でも、その一方で、私達の差は少しずつ縮まってきていた。
一戦一戦確実にとまでは言わない。でも、少しずつ少しずつ魔理沙は強くなっていた。
そして、その生き様はとても眩しいものだった。
「だからね、そんなあいつの生き方が周りを惹きつけたんだと思うのよ」
自分の口について出た言葉は、さらに予期せぬ言葉だった。
「異変を解決するたびに、あいつの周りはあいつを慕う存在で溢れていったわ」
まず、最初に脳裏に思い浮かんだのは、アリスの奴やパチュリーの姿。
さらに、フランドールや森の悪戯三妖精達だってきっとそうだろう。
皆、霧雨魔理沙という存在に惹きつけられていた。
霧雨魔理沙という存在にはそれだけの魅力(ちから)があった。
「でも、私の周りは違う。私は常に博麗の巫女として崇められ、恐れられた」
勿論、それ自体は悪い事ではない。本来巫女とは神格化された特別な存在なのだから。
むしろそのくらいでなければ、はびこる妖怪共を鎮め、人々の信仰を受ける事などできない。
でも、その在り方は突き詰めれば突き詰めていくほどに……
「異変を解決すればするほど、妖怪を倒せば倒すほど、私は孤高な存在となっていった」
「そこに魔理沙の奴との違いを感じてしまった事は事実ね」
「や、私、何であんたなんかにこんな話してんのかしら」
沈黙に耐えきれず、呆れたように口にしたのは私の方だった。
我ながららしくない。
何せ、自分の気持ちを吐露するような事は無いに等しいのだ。
なんだか妙に調子が狂って仕方がない。
「あややや、それはですね」
その時、目の前で私を見つめる文のその顔が、悪戯っぽく笑った。
特ダネを見つけた時、こいつはきっとこんな顔をするのだろう。
「霊夢さんも私の事を好きだからですよ」
いくら口では悪態をついたって、本当は信頼しているんです、と。
そんな事をのたまいやがった。
「というわけで霊夢さん!」
「この私、清く正しい射命丸に、あーんな事でも、こーんな事でも、なんでもご相談くださいな♪」
「コホン、いいですか、霊夢さん。貴女は決して一人じゃありません」
文の奴が、今まで見たこともないくらい真剣な表情をしていた。
ただし、ほんの少し前まで、私に叩かれた頭をさすり続けていたのだが。
「あの八雲紫に、鬼である萃香さん、湖の吸血鬼に、この私を含む烏天狗もそう。皆、強大な力を持つ大妖怪たちです」
それはお分かりですね、と、私の顔を指さす文。
って、ちょっと…そんなにじり寄ってこなくたって、私は逃げやしないわよ。
「皆、あなたの事をどう思っているかは、いくら鈍感な貴女でも、少なくとも薄々はわかっているでしょう?」
まぁ、確かにその通りだ。今挙がった面々には、嫌われてはいないという自覚は一応ある。
でも、それだけで私が一人じゃないというのだけは納得がいかない。
私は妖怪退治を生業とする博麗の巫女である以上、元々、妖怪達とは相容れない存在だ。
それがどうして、退治される側の妖怪達に慕われる道理があろうか。
納得できないという事が顔に出ていたのだろう。
私が抱いたそんな疑問を打ち消すように、文は続けた。
「確かに魔理沙さんは背中を押してくれる存在でしょう。でも……」
言葉が見つからないというふうに宙を仰ぐ文の目。
文の奴は少し間を置いたあと、ふぅと小さく息を吐き出した。
「……霊夢さんは抱き止めてくれる存在なんです」
「強すぎる私達を、誰かに背中を押して貰うにはそのプライドが許さない私達を、唯一許容してくれる存在」
「だから霊夢さんの事が好きなんですよ。……少なくとも、私は」
最後の付け足しはとても小さな声だった。
つまるところ、文は「博麗の巫女」がなんだと言ったのだ。
そんな肩書きは、大妖たる私達にとっては寄りかかるための止まり木にすぎない、そう言ったのだ。
それは、私にとっては驚くべきことだった。
「博麗の巫女」としては決して喜ぶべき事態ではないだろう。
何故なら、巫女が退治すべき妖怪がその名を恐れていないと口にしたのだから。
でも、それ以上に嬉しく思っている自分がいたのだ。
「博麗の巫女」ではなく「博麗霊夢」として。
「さてさて、納得していただけましたか?」
さっきの殊勝な態度は何処へやら。
さぁ抱いてください、とばかりに、ここぞとばかりににじり寄ってくる文。
その姿はどう見ても、いつものこいつそのもの。
そのひょうきん極まりない態度に、私の心も急速に平静を取り戻していった。
「何よ、あんたにしちゃ、えらく真面目な答えだったわね」
「あややや、それはもう、博麗の巫女様にお説教できる機会なんて、そうそうあったものじゃないですからね」
得意げにそう口にする様は、本当にいつも通りの殴りたいこいつそのもの。
よしわかったぶん殴る。そうして拳を振り上げようとしたとき、その顔が再び真面目な物に変わった。
「そもそも、いくら博麗の巫女とはいえ、たかだか十数年しか生きていない人間が何を偉そうな口をきくのです」
私のあごが、不意に文の指でついっと持ち上げられる。
まるで人を食わんとする妖怪が、人間の品定めをするかのようなその仕草。
こいつが見せた妖怪としての側面に、普段の私なら問答無用でぶん殴っているところなのだが……
「良いですか。人も妖怪も妖精も幽霊も、全ての生きとし生ける者達の価値は“何を得てきたか”で決まるのではありません」
まぁ、幽霊が生きてないなんて言ったら、この幻想郷という世界で日々を楽しく過ごしている幽霊達からは非難の嵐だろう。
つまり、幽霊は死んでいるだけであって、生きていないわけではない。
と、それはいい。
「生きとし生ける者の価値は“何を得てきたか”ではなく“何を与えてきたか”で決まるんです」
「そうですね、わかりにくければ“価値”の部分を“魅力”に置き換えてみてください」
なるほど、そう来たか。
全ての存在は「得る」事を求めるものだ。高い能力を得たい、莫大な財産を得たい、大きな名誉を得たい、強い権力を得たい、深い友情に愛情を得たい、すべてそう。
ただ、仮にそれらを全て成し得た者がいたとして、その者は果たして魅力的であるだろうか。
せいぜいが羨望されるのがオチ、そんな者に魅力なんてあったものじゃない。
「魔理沙さんは、多くの物を皆に与えてきた」
それは間違いないだろう。
一方、私は博麗の巫女。絶対中立で何人にも肩入れしない存在だ。
誰にも肩入れしないが故に、誰にも何も与えない。
そう信じてきた。そう言い聞かせてきた。そうあるはずだった。
「でも、霊夢さんは魔理沙さんに負けないくらい、多くの物を与えてくれていると思いますよ」
だからこそ、それは意外な評価だった。
ある種、受け入れ難いというべきかもしれない。
「何故なら、尋常ならざる者、あるいは、強大な力を持ってしまった者にとっては、異変で貴女に組み伏せられた経験は得難い物であったはずですから」
「無論、魔理沙さんのように真似事としての異変解決ではありません。然るべき者に、然るべき方法で。私達にとってはここが重要なんです」
つまり、異変の解決は、博麗の巫女との弾幕勝負を経て初めて成立する。
この辺りは、形式を重要視する妖怪達らしいと言えなくもない。
「自分より強い存在が居るのだと感じた時、それは弱肉強食というこの世の摂理には矛盾するようですが、私達が最も安堵する瞬間なのですよ」
曰く、自分より強い存在が居ない者、すなわち、最も高くに位置する者は、決して誰かを頼る事は出来ない。
それは、想像を絶する苦行である。
故に、自らが一番強いわけではないと知覚する事で安らぎを得る。
それは単純な弱肉強食の理を超えて、精神的な豊かさ(社会性)を知った存在だけが至る事が出来る新たな領域だ、と。
文はそう締めくくった。
「呆れた。まさかアンタがまともな事を言うなんて」
だってそうだろう。
いつも姿を現しただけでロクな事にならないこの烏天狗が、いっぱしのご高説をのたまいやがったのだ。
これは異変かもしれない、と割と本気で思ってしまった。
「いやはや、私は大真面目ですよ」
冗談めかした失敬な!という台詞が顔に書いてある。
ホントにわかりやすいのよね。こういうところは。
「ではでは、納得の対価として、素敵なお礼でもいただきましょうか♪」
そうして満開に咲き誇る期待の笑み。
そうね、お礼と言ってはなんだけど、私の鉄拳なんてどうかしら?
「ややや、ごむたいな。お金をくださいなんて野暮な事は言いませんので、この一連のやり取りを是非、記事のネタに」
「絶っ対、駄目」
お礼代わりに、ぎゅうっと両方の頬をつねってやった。
「はひゃひゃひゃ、いたいれしゅれいむしゃん」
痛がる素振りを見せるが気にしない。弁明の余地なく自業自得なのだから。
それでも、ポンポンと必死に私の身体を叩いて降参の合図を送る姿は流石に痛々しかった。
つくづく、罪悪感というのは覚えてしまったが最後だと思う。
両手を頬から離してやる。文、私が優しくてよかったわね、ホントに。
「ふぅ、まったく酷いですよ、霊夢さん」
つねったために赤くなった両頬をぷぅっと膨らませた。
がっちりと目が合う。
にっこりと笑う文。
「さて、見出しはっと♪」
あろうことか、ペンをくるくると回しながら、何食わぬ顔でのたまいやがったのだ。
まさか、私の温情が僅か五秒で露と消えるとは思わなかった。
早い話がコイツ聞いてない。
つまり、私の注意に従順だったのは呼吸を整えている間だけだったというわけだ。
「よしわかった。あんたのそのネタ帖、ズタズタに引き裂いてやればいいのね」
「あ、あややや、そ、それだけはどうかご勘弁を」
今度こそ記事にする事は諦めたのか、ようやく懐にネタ帖をしまい込んだ。
こいつがネタ帖を開いている限り、下手な事は喋れない。
「かくなる上は私の記憶にずいっと……」
文の奴が目の前で顔をしかめながら、指でこめかみを抑え始める。
記事にしたかったとぼやく文に向かって、必殺の単語を口にする。
トドメだ。もう容赦はしない。
「鳥頭」
「わ、私は鳥頭ではありません!」
少なくとも記憶力に特化しているという事はないだろう。
それ故のネタ帖なのだと勝手に結論付けておく。
とりあえず、きっちり仕返しをした事で一応、私も満足した。
「で、私はね、文」
その瞬間、文の奴がピクリと肩を震わせた。
なによ、私があんたの事を名前で呼んだのがそんなに驚く事だったのか。
そういえば今まで一度も、こいつをそう呼んだ事はなかったかもしれない。
「さっきの話に戻るけどね、正直、私、あんたには負ける気がしないわ」
途端にその表情が怪訝そうなものに変わる。
って、別にあんたが弱いって言いたいんじゃないのよ。だからそんな不満そうな顔はしないでちょうだい。
「勿論、紫や萃香にだって私は負けない。というか、どんな大妖怪にだって私は負けないわ」
これは嘘でも誇張でもない、紛れもない事実だ。
尤も、博麗の巫女が妖怪に連戦連敗するようでは、幻想郷の秩序そのものが崩壊してしまうのだけど。
「でもね、魔理沙はきっと、私を超える時が来る」
それは確信めいた予感だった。
霧雨魔理沙という人間を知れば知るほどに、それは強く感じるようになっていった。
確かに「妖怪」は強い。
――でも、それ故に、どこかで自分の限界に線引きをするところがある。
加えて「妖怪」は賢い。
――でも、それ故に、数戦もすれば彼我の実力を正確に推し量れてしまう。
故に、戦いに挑む時、希望などという実在しないものには決して頼ったりしない。
だからこそ、私は「妖怪」には負けない。絶対に。
それに比べて、魔理沙の奴を含む「彼ら」はどうだ。
「彼ら」は、諦めるという事を知らないのだ。知らなすぎるのだ。
絶望的な未来の中にも希望を見出そうとするのだ。自らが普通であればあるほど、凡人であればあるほど。
――人間という存在は。
それが泣く子も黙る大妖怪から、それに比べればちっぽけな人間に至るまで、様々な存在をこの目に見てきた私の実感だった。
そして、その希望が時に奇跡を引き起こすということもまた、否定しようがない事実だった。
それでも最初は信じられなかった。否、信じようとなどしていなかった。正真正銘、希望なんてないと思っていた。
でもある日、希望などという存在しないものを、時には存在する事もあるのだと錯覚させられるだけの結果を、私は見せつけられたのだ。
他でもない“博麗の巫女”という名の“特別な人間”であった私が、“普通の魔法使い”と名乗る“ただの人間”霧雨魔理沙という存在によって。
だから。
私には今、密かな願いがある。
魔理沙が本当の意味で私を追い越すその時その瞬間を見届けたいという願いが。
言葉は悪いが、才能という意味では凡人の極みというべき霧雨魔理沙という存在。
それが私という存在、在り様そのものを超えていく瞬間。
それは明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。もしかしたら、私が死んだ後かもしれない。
今この時点では、私がいつどんな風に死ぬのかはわからないけれど、それまではどうあっても死んでも死にきれない。
そこで、ふと、今のところはまだ遠い未来であるはずの“私が死んだ後”という世界に思いを馳せてみる。
そこにあったのは、本当の意味で博麗の巫女たる私以上に力をつけた魔理沙が、颯爽と私の眼前を飛んでいく光景。
その光景を一度でいい、この目で見てみたかった。
あのぼろぼろだった魔理沙が、私よりも強い存在となるその瞬間を。
勿論、それが叶わぬ間に、魔理沙に寿命が訪れてしまう場合もあるだろう。
ただ、不思議と魔理沙の奴が私より先に死ぬという事は想像できなかった。
だって……
あの負けず嫌いの塊が、自身の命が尽きたくらいで諦めてくれるわけがないのだから。
――私に勝つという事を。
「ま、いつになるかはわからないけどね」
「むぅ、妬いちゃいますね。付け入る隙もないじゃないですか」
文の奴が何故かむくれているが気にしない。
ぷぅっと頬を膨らませたその頬を、返事代わりについと突ついてやった。
「で、でも…」
頬をさすりながら文の奴が言った。
「現状、いくら魔理沙さんと言えども、霊夢さんを実力で追い越すのは難しいのでは?」
その疑問は尤もだろう。
確かに今ここに至っては、一応、魔理沙の勝利の数はゼロではなくなっている。
とはいえ、未だ私は圧倒的に勝ち続けているのだ。
でも、この先、魔理沙が私を超えるという事が決して難しいとは思わないからこそ、私ははっきりと口にしたのだ。
私の中には確信がある。
「魔理沙はね、どんなに高い壁を目の前にしても途中で諦めたりなんかしないわ、絶対に」
それこそが私を驚かせた部分。
同時に、馬鹿らしく思った部分。
そして……
惚れ込んだ部分。
心の奥底の片隅に生まれた不思議な感情。
今はそこにそっと蓋をして、しまっておくことにする。
「だって、出来るまで食らいつくのが霧雨魔理沙が霧雨魔理沙たる所以なんだから」
何しろ私はこの身を以て知っているのだ。
勝てるはずのない戦いに挑んで挑んで挑み続けた、普通の魔法使いと名乗る人間の姿を、その在り様を。
どんなに難しくても、どんなに挫けそうでも、絶対に諦めないその信念(こころ)を。
ついにというべきか、ようやくというべきか、偶然が重なったとはいえ、魔理沙の奴が初めて私に土をつけた時の事を思い出す。
「ねえ、文、あいつが初めて私に勝った時、何て言ったか想像つくかしら?」
あえて含みを持たせようと思って、謎かけをしてみた。
案の定、答えを探す素振りを見せる文。
その表情に満足感を覚えつつ、答えを口にする。
「お前を倒しても、世界は何にも変わんないなって」
今でも思う。そんなの当たり前じゃないのって。
だって、私という人間がたった一度負けたくらいで世界が変わる。
そんなヤワな世界はまっぴら御免だし、そもそも私がそんな大層な存在であって堪るかってのよ。
というか今更だけどね。
魔理沙、アンタは私の事を何だと思ってたのよ。
それに、仮に私が死んだとしたってそう。
私は死んだからと言って何かを変えるような大層な存在なんかじゃない。
何度も言うけど、そうありたくもない。
博麗の巫女は、死んでもまた次が生まれる。
だから、私が死ねば次の博麗の巫女が、次の博麗の巫女が死ねば次の次の博麗の巫女が……
この幻想郷という世界には「博麗の巫女」が存在し続けて、何事もなかったかのように世界は続いていくはずだ。
そういう意味では、この博麗の巫女という役柄は、とても気楽な、私に合った立ち位置だと思わなくもない。
つまるところ、私は誰かに悲しまれるのが嫌なのだ。
私がこの世界から退場したせいで流れる涙があるなんて絶対に嫌。
尤も、悲しむ存在よりも、面倒くさい奴が居なくなったと喜ぶ存在の方が多いかもしれないけど。
「しかもね、文。魔理沙の奴ときたら“お前はがめついんだから、たんまり貯め込んだ経験値とお金を落とすくらいはしてくれよ”と来たもんよ」
けいけんちという単語が何の事かはわからなかったので、香霖堂の霖之助さんに聞いてみたところ、外の世界のげーむという物に由来するものであるらしい。
曰く集めると強くなれるとか。つまり、UFOみたいなものね。アレ、集めたら何か強くなったし。
「ま、でもね、なんとなく、“あ、コイツ失礼な事言ってんだな”って」
あろうことか、がめついなんて言われたし。と付け加えてみる。
理由はどうあれ、つつましく生活している私には心底、似合わない言葉でしょうに。
「だからね、いくら慈悲に溢れた女神のような私でも、流石に本気でぶん殴ったわ」
瞬間、文の眼がじとりと私を見つめた。
何よ、そのありえないですよ何言ってんですかこの巫女はって顔は。
よし、あんたも後でぶん殴る。
「でも、なるほどですね。それは確かに魔理沙さんらしいです」
再び互いに苦笑した。
お互いにわかっているのだ。あいつ、魔理沙の奴はどこまでいってもそういうヤツなのだと。
「あ、それとね、文」
さっき、こいつは“貴女は孤独ではない”と言った。
「あんたが私に言ってくれた事、嬉しかったわよ」
「その…ありがと。一応、お礼」
って、あんたね。耳まで真っ赤になるんじゃないわよ。
私まで恥ずかしくなってくるじゃない。
「わ、私は……」
本当の事を言ったまでです、と。
こいつには全く似合わない、小さくか細い声が返ってきた。
それで我に返った。何か危うくすごく殊勝な事を言いそうになった気がする。
そんなの、断じて私のキャラじゃない。
「あ、そ、その……あの…ですね…」
口ごもる文なんて珍しい。
今夜は鳥鍋でも降ってくるかしら。
ま、いいわ。
「この事はあんたの新聞に載せるんじゃないわよ、絶対に。いいわね?」
「あ、は、はい……」
虚ろな返事が返ってくる。
同時にはっと息をのむ気配がした。
「あ、わ、わ、私、急用を思い出してしまったので帰りますね! それでは!」
そう言い残して、文の奴はビュっと風のように去っていった。
文の奴が飛んでいった方向を眺めながら、一人物思いに耽ってみる。
我ながら、さっきは、らしくない事を言った。
よくもまぁ、随分と本心を曝け出してしまったものだ。本当に私らしくない。
博麗の巫女としては、それこそ再修業モノの失態だ。
でも、そういう意味では私も魔理沙の奴に影響されてきてるのかしらね。
あいつと出会って、私も相手に気持ちをぶつけるという事を、少しは覚えた気がするし。
「お腹、空いたわね……」
どこかほっとした部分があったのだろう。
魔理沙の意外に上手な洋風料理を思い出す。
特にシチューは、悔しい哉、なかなかに絶品だ。
隠し味と称して、変なキノコを入れようとするのさえ止めさせれば、まさに至高の一品である。
まぁ、これもまた、魔理沙の負けず嫌いが生んだ奇跡だろう。
最初は本当に不味かったのだ。
何はともあれ、おそらくは師匠であろうアリスには感謝だ。
あの子のおかげで、私は洋風料理にも事欠かなくなったのだから。
具体的には魔理沙にアリス、あんたらのお料理、美味しくいただきます。
「たまには魔理沙の家でもいいわよね」
ふと、無性にその味が恋しくなった。
気が付けば、またいつものように。
今日はつくづく面白い話を聞けたと思う。
博麗神社に事件ありという私、射命丸文のカンは、ズバリ大当たりだったというワケだ。
まぁ、正確には事件ではないのだが、事件なんかよりも余程面白い昔話が聞けたので良し。
いや、事件もあった。
あの霊夢が口にした突然の殊勝なお礼には正直驚いた。
さっきはあまりの衝撃と照れ臭さで面喰ってしまったけど、今となっては写真の1つでも撮っておけばよかったと思う。
あの表情を記事に載せる事が出来れば、それだけで私の新聞は幻想郷中の注目の的になったのに。
でも無いものをねだっても仕方がない。それを直に拝めただけでも、私は十分に幸せ者だ。
「ふぅ、いっちょやりますか!」
すぐに記事を書くべく、ペンを走らせる。
写真を載せる事は叶いそうにもないが、今日は良い記事が書けそうだ。
そうして改めて、記事の主題(テーマ)を考えてみた。
駄目な日は本当にここで詰まってしまうのだが、今日はどうやら絶好調な日らしい。
考察の主題はそう、博麗の巫女とその在り様について。
「博麗の巫女」は妖怪に負けてはいけない。
それは幻想郷という世界の不文律だ。
もし、そんな状況が続いてしまえば、当然の如く、博麗の巫女は妖怪を退治できず、異変の解決もできない。
すなわちそれは「博麗の巫女」としてのアイデンティティの崩壊であり、それはつまり幻想郷の秩序そのものの崩壊を意味するのだ。
かと言って、真の意味で普通の人間達と博麗の巫女が同等の存在となってしまっては、それもまた不味い。
そう、それもまた博麗の巫女の神聖性を脅かしてしまうのだ。導かれる結果は結局同じ。
同時に、私はずっと疑問に感じていたのだ。
今まで私、射命丸文が見てきた「数多の博麗の巫女」と、あの「博麗霊夢という名の博麗の巫女」は何かが違う、と。
そして、その疑問は今日吉日を以て解決された。
その答えこそが「霧雨魔理沙」という存在。
「博麗の巫女」とは対極に位置する「極めて普通の人間」の存在であった。
かつてこの地に大結界が引かれ、幻想郷が今の形となるずっと前から、連綿と続いてきた「博麗の巫女」。
彼女らはその時代ごとに見れば、確かに特別だ。
いついかなる時代であったとしても、その時その瞬間に「博麗の巫女」はただ一人のみである。
しかし同時に、どの時代にも必ず「博麗の巫女」は存在した。
千年を超える時が流れる中、常にたった一人ではあったが、博麗の巫女は常に存在し続けた。
だが、霧雨魔理沙は違う。
霧雨魔理沙という存在は、現在の博麗の巫女である博麗霊夢の隣を除いてはどの時代にもいなかった。
さらには、未来を眺めても、第二第三の霧雨魔理沙が出てくるかは極めて疑わしい。
それほどまでに、この「普通の人間」が持つ資質は「特別」であった。
で、あるならば。
奇跡ではないだろうか。
霧雨魔理沙という存在が、今ここにある事それ自体が。
ふふ、こんな事を新聞に書いたら、霊夢は怒るに違いない。
今日の見出しが、決まった。
文々。新聞、第○○号
スクープ!
黒白魔法使い「霧雨魔理沙」はジョーカーである!
本稿をご覧いただいている諸兄は、トランプというカードゲームを御存じだろうか。
トランプとは、主に数字の強弱で勝敗を決めるカードゲームのことである。
最近になって幻想郷に流れ着くことの多くなったこのゲーム、今となっては密かに楽しんでいる諸兄も多いことだろう。
その中で、一般的に強力なカードと位置付けられているのが、K(キング)、Q(クイーン)、J(ジャック)といった絵柄の付いたカード達。
それらはルール上、それぞれ「13」「12」「11」と目されるため、厳密には数字ではないものの、実質的には数字の役割を与えられていると言ってもよい。
例えるなら、我ら天狗も含め、幻想郷に跋扈する錚々たる大妖怪達がさしずめこれに当たる。
そして、そんな幻想郷に跋扈する大妖怪達を次々と打ち負かす博麗の巫女「博麗霊夢」こそが、さしずめ幻想郷のA(エース)。
Aは数字の「1」をあてはめられるが、このカードはトランプという競技においては最も強者とされている事が多い。
「1」が「13」や「12」よりも強いというルールには些かの疑問を感じるであろうが、それは一旦忘れて欲しい。
そもそも、「博麗の巫女」がこの幻想郷において特別な血筋、唯一絶対の存在であるという意味では、「1」という位置付けはあながち間違いではないはずだ。
そして、博麗霊夢という強力なカード、A(エース)を打ち負かす唯一の存在。
それこそが最弱にして最強のカード、JOKER(ジョーカー)。
基本的には数字を競うトランプというゲームの中で、唯一、明確な数字を与えられていない特別なカード。
A(エース)ですら駒の1つと位置付けられているトランプという競技の中で、唯一、明確に特別と定義されているカード。
置かれたルールや環境によって、ゼロから無限大まで、ありとあらゆる可能性を秘めた存在。
それこそが「霧雨魔理沙」なのだ。
博麗の巫女とはまた異なる強さを持った存在。
それが「霧雨魔理沙」。
天空(そら)に暇を持て余した者いれば、行って壊れた神社の請求書を突き付ける。
地底(ちか)に力を持て余した者いれば、行って力の源もろとも薙ぎ倒す。
弾幕(あめ)にも負けず、妖気(かぜ)にも負けず、我ら妖怪を打ち負かす。
そんな現代の「博麗の巫女」である博麗霊夢が、唯一、安堵できる存在。
それこそが「霧雨魔理沙」。
同時に、我ら妖怪には及びもつかぬ探求心と向上心、そして迷惑極まりない実力行使を以て、
「幻想郷のA(エース)」博麗霊夢に迫らんとする、「幻想郷の異端児(ジョーカー)」。
それこそが「霧雨魔理沙」その人である。
~編集後記~
本取材を以て、二人が固い絆で結ばれた特別な間柄である事は、もはや隠しようのない事実となった事を宣言する。
常に清く正しく美しくをモットーにあらゆる情報の徒たる、我々、新聞記者。
僭越ながら私、射命丸文もその端くれとして、我が全力を以て、時には潜入捜査も辞さぬ覚悟で全貌解明に努める所存である。
ふふん、我ながら良い出来ね。
少し上機嫌になりながら、私は最後に今日の見出しを書き入れた。
―特別な魔法使いと普通の巫女―
「げ、天狗!?」
「あややや、この清く正しい射命丸を捕まえて、げ、とはごむたいな」
よよよ、と泣き真似。
こいつは、こういうところが胡散臭い。うん、すごく。
「で、何しに来たのよ」
「何やら事件の匂いがしたのでやってきました、清く正しい射命丸ですッ!」
愛用のカメラとやらをちらつかせながら、笑顔でのたまいやがった。
「ない。帰れ」
縁側に腰掛けてお茶を飲んでいた私。
ずずっとわざとらしく音を立ててお茶をすする。
そう、こういう時は「我関せず」に勝る手立てはないのだ。
三十六計逃げるに如かず、である。
というか、この手の輩に全部構ってたらキリがない。
別にこいつに限った話ではない。この幻想郷の住人は皆そう。
あんたらどんだけヒマなのよ。
あ、お前もなって言うヤツがもしいたら……
とりあえずぶん殴っとこうかしら、そいつ。
「うーん、これと言って事件は無さそうですねえ」
ちょっと、何よ、その心底残念そうな口ぶりは。
いやいや、別にいいじゃない。そう簡単に事件があってたまるかってのよ。
具体的には異変を解決する私の身にもなれ、以上。
「ま、たとえ事件があっても、あんたにゃ教えないわよ」
「ふふ、じゃあ、いっそこれから起こしましょうか?」
こ、こいつめ…
ヒラヒラと烏天狗ご自慢の団扇を見せつけ、物騒な事を言いやがった。
冗談じゃないわよ、この神社を木端微塵に吹き飛ばすつもりかあんたは。
「そんな事したら、今日は烏鍋だから。あら、こんなところに良い鳥肉がいるわね」
皮肉と牽制の意味を込めて、わざとらしく、文の方を睨めつけてみた。
「あ、それ、昨日、魔理沙さんにも言われちゃいました」
えへ、とわざとらしい笑顔。のれんに腕押しならぬ天狗に皮肉。
むかつく。とりあえず、仕返しに二の腕をつまんでみた。
案外柔らかい。余計むかつく。
だが、それ以上に、魔理沙の奴と同じ思考であった事に心底げんなりした。
「魔理沙かぁ…」
ふと、思い出した事があった。
「あいつも偉くなったもんね」
「昔からすると、ホントに別人みたいだわ」
その時、私は気づいてしまった。
目の前には燦々と輝いている眼。
文の奴が、何ですかその面白そうなネタは!というオーラを全身から発している。
それが何を意味しているか.、もう言わずともわかる。
「別に大した事じゃないし……話さないわよ?」
努めて冷静に付け加えるがもう遅い。
にこにこと笑いながら手にした団扇を見せつけてくる。
あまつさえ、指でトントンと団扇を叩く仕草までしやがった。
ったく、ホントにいい度胸してるわね、コイツ。
まさか本気でこの神社を吹き飛ばすとは思えないけれど。
「仕方ないわね、座りなさい」
負けを認めるのは癪だが、心の中で両手を上げて観念する。
事こうなってしまった以上、逃げるよりも話してしまった方が早い。
やれやれ、本当にめんどくさいことになったわね。
「事件の代わりに、昔話でもしてあげる」
――変な服を着た奴が来た。
それが私が魔理沙の奴に対して抱いた第一印象だった。
いや、今思えば私だって、突飛な紅白の巫女装束。
それも、紫の奴の趣味なのか知らないけれど、脇が露出した相当に風変わりな装束だ。
どうしてこれが博麗の巫女の正式衣装になったのか、一度紫の奴に問い詰めてみたい。
まぁ、そんな私の格好も大概だったのだが、それでもアイツの黒装束の服装はどう見ても異質だった。
やがて魔理沙の奴は、私の存在に気付いたのだろう。
まるで敵でも見つけたかのように、私の方に視線を向けた。
「あんた、だれ?」
中々名乗ろうとしない魔理沙の奴に、堪らず問いかけたのを覚えている。
「わたしか?」
素性を問われた時の魔理沙の嬉しそうな顔。
その返事を聞いた時の私は、さぞかし怪訝で不愉快な顔をしていただろう。
何故なら、こっちは面倒くさい事極まりない巫女の修業をようやく終えてお茶を飲んでいたところだったのだから。
ようやく訪れたひとときの休息の時間を、訳のわからない来訪者によって邪魔される。
それに勝る苛立ちはない。
「わたしは、この神社によーかいたいじにきた霧雨魔理沙だ!」
精一杯胸を張って、アイツが高らかに言い放った。
同時に、私の中から自然に漏れるため息。
何はなくとも、妖怪退治というのが、とにかく気に食わなかった。
「あんたねぇ、それは私のおしごとよ!」
「うそつくな! さてはお前もよーかいだろ!」
その瞬間、顔の筋肉がヒクリと引きつったのを覚えている。
自分を妖怪呼ばわりされる事がこんなに癪だとは思わなかった。
「あんたねぇ、いいどきょうじゃない」
ポキポキと拳を鳴らし、戦闘準備にかかる。
いつからだろう、この動作が本気を出す合図になっていたのは。
博麗家に代々伝わっている……わけではなくて、むしろ私が編み出した妖怪退治の三か条。
それをこの珍妙な侵入者に向かって突き付けた。
「しんこうか……」
――うちの神様を信仰して自発的にお賽銭を入れるか。
「だんまくか……」
――弾幕勝負で私に倒されて泣く泣くお賽銭を入れるか。
「おさいせん……」
――初めから素直にお賽銭を入れるか。
「どれでも好きなのをえらびなさい!」
そして……
結果は私の圧勝。
気が付けば魔理沙の奴は見事にボロボロになって、地面に大の字に横たわっていた。
勿論、私は無傷。
まぁ、所詮はこんなモノよね。
これであっさり私が負けちゃったら、日々の面倒くさい巫女修業は一体なんなのよって話じゃない。
「そんなにぼろぼろになって、まだやる気なの?」
見るも無残なあいつの姿。
僅かに憐みさえ覚えながら、そう問いかけたのを覚えている。
「あんたじゃ、私にはぜったいにかてないんだから!」
もう二度と会う事はないだろう、この時は本当にそう思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
まさかそれからこんなにも多くの時を、あいつと共に過ごす事になるとは思ってもみなかった。
初めて相まみえたこの時、ぼろぼろに打ち負かした魔理沙の奴と共に過ごすとは。
この日以来、私の傍らにはいつも魔理沙の奴が居たように思う。
本当に馬鹿らしい話だけど、本当にいつもいつも飽きる事なく、どんなに負けても、負けても、負けても、魔理沙は私のところにやってきたのだ。
「へえ、魔理沙さん、そんなに霊夢さんにご執心だったのですか?」
目を妖しく光らせる文。
もし、興味津々を絵に書いたら、きっとこんな感じになるのだろう。
「変な言い方するんじゃないわよ」
と、言いつつ、ふと、乙女心満載な魔理沙の奴を想像してみる。
花のような満面の笑顔で霊夢大好きだぜ!とかいう魔理沙。
うん、気持ち悪い。迷わず夢想封印一直線だ。
「ま、でもね、それはそれで楽しかったわ」
そう、これは本心だ。
「魔理沙との勝負は、巫女としての修業の成果を試す良い機会でもあったし」
「あややや、魔理沙さんはそんな理由で毎日毎日ボコボコに?」
流石に可哀想だとでも思ったのか、文の奴が幾分の同情を向けてきた。
「いや、だから」
魔理沙の奴が私に挑んでさえこなければ、私は魔理沙の事を相手になどしていなかった。
今はともかく、あの頃の私なら確実にそうであったはずだ。
つまるところ、あいつは私に戦いを挑む必要などなかったのだ。
力の差を認め、受け入れてさえしまえば、あんなにボロボロになる必要などなかったのだ。
それをわざわざ挑みに来たのだから、いわゆる自業自得というヤツである。
「あいつはね、初めて私と戦って以来、負けて、負けて、負けて、ずっと負け続けた」
そう、十回に一度とか、百回に一度とか。
奇跡的に魔理沙にとっての好条件が重なる事で手に出来るであろう偶然の勝利。
それすら一度たりとも起こらないほどに、私達の力の差は大きなものだったのだ。
「だからある時に言ってやったのよ。“あんたが私に勝てるわけない”ってね」
でも、甘かった。
何故ならその時その瞬間こそが、私の魔理沙に対する見方が決定的に変わった瞬間だったのだから。
交わしたやり取りを思い出す。
「なぁに寝ぼけた事言ってんだこのお気楽巫女」
その時の魔理沙もまた、相も変わらず見るも無残な姿だった。
それまで何千何百と繰り返してきたように、見るも無残な姿になっていた。
どう考えたって、心折れなくてはおかしいのに。
あいつは……
魔理沙の奴だけは違ったのだ。
「努力に勝る天才なし、だぜ?」
泥と傷にまみれた顔、ボロボロの全身。
そこから溢れんばかりの自信を漲らせて、魔理沙の奴はそう言い切ったのだ。
そうだ。心の底から唖然としたのを覚えている。
どうしてこんな事が言えるのか、こいつは馬鹿なんじゃないか。本気でそう思った。
でも、一番驚いた事は、自分の口をついて出た言葉に対してだった。
「ま、せいぜい頑張ってちょうだい」
そう、あろうことか私は期待していたのだ。
圧倒的な驚愕。その中においても、この大馬鹿に確かに期待した自分がいた。
この時の私はどんな顔をしていただろう。
「あとはあんたも知ってる通りよ」
「気が付いたらあいつは半分ウチの神社に居ついていたわ」
まぁ、それは今も現在進行形で続いているのだが。
「あいつはね、とにかくお前に勝つ!って言って聞かないの。諦めが悪いなんてモンじゃないわ」
「私はな、絶対に霊夢を超えてやる」
そう、初めは何を一人で勝手に燃えてんのよって思ってた。
埋めがたい差を埋めるために、叶うはずもない夢を追う。
そんなのは馬鹿のする事だって。そう思ってた。
「でね、その方法が傑作なのよ」
その時の事を思い出す。
一度、私が問いかけたことがあったのだ。
「お前に勝つ!なんてって言ってるけどね、あんたどうやって私に勝つつもりなのよ?」
口にするだけなら容易い。行うは難しい。何事もそうだ。
それを実際に成し遂げる事は、私達の力の差から言えばどれだけ難しいか。
だから、私は心の何処かで、魔理沙の奴が口ごもる事を期待していたのに……
「いいか霊夢、どんな事でもな、結末に至るやり方ってのは3通りしかないんだよ」
それが返ってきた答えだった。
即答だった。そこに迷いは全く見えなかった。
「何よいきなり。ちゃんと質問に答えなさいよ」
「1つ目は正しいやり方、2つ目は間違ったやり方だ」
そこまで口にして、魔理沙の奴が急にこっちをじっと見つめてきた。
不意に向けられたその強い眼差し、気まずい沈黙に思わず訊き返してしまった。
「あと1つはなんなのよ」
その瞬間の、よくぞ聞いてくれたとばかりの得意げなあいつの顔。
してやったりの表情を浮かべて魔理沙の奴は答えたのだ。
「勿論、私のやり方、だぜ?」
曰く、次は勝てる。
負けても負けても、何度負けても、次こそは勝てる、だから勝負しろの一点張り。
潔く負けを認めないどころの話ではない。それは勝つまでやめない駄々っ子そのもの。
「私がお前を超えるためにどのやり方を選ぶかくらい、ご自慢の勘でわかるだろ?」
にやりと笑って答える魔理沙の姿が印象的だった。
ふぅ、と、ため息をつく。
「あややや、相変わらずですねえ、魔理沙さんは」
互いに浮かべた苦笑いが、全てを物語っているだろう。
私も改めてそう思う。あいつは今も全く変わっちゃいない。むしろひどくなっている。こじらせている。
まさに、三つ子の魂百までも、だ。
「もし、あいつが間違ったやり方をしているのならね。それを正しく書き換える事は出来るわ」
あいつが取った間違ったやり方を正しいやり方に直させる。
それは決して不可能な事ではない。
たとえ外部からであっても、それが力づくの方法だったとしても。
「でもね、あいつが“私のやり方”を貫き通す以上それは通じない」
「何故なら、他者が捻じ曲げようとした瞬間にそのやり方は既に別物、その時点であいつのやり方じゃなくなるんだから」
そうなのだ。
その方法が正しいか間違っているかなんて、所詮は結果論にすぎない。
たとえ、その方法が正しかろうが、間違っていようが、そんな物は全部かなぐり捨てて。
魔理沙の奴は、魔理沙自身が信じるやり方で、敵うはずのない存在に挑みかかってきたのだ。
「勿論、そんな破天荒なあいつに、私は敵わないだなんて思っちゃいないわ。私は博麗の巫女なんだから」
そうだ。それでも魔理沙と私は持てる力が違う、博麗の巫女たるこの力はそんなに生半可な物ではない。
でも、その一方で、私達の差は少しずつ縮まってきていた。
一戦一戦確実にとまでは言わない。でも、少しずつ少しずつ魔理沙は強くなっていた。
そして、その生き様はとても眩しいものだった。
「だからね、そんなあいつの生き方が周りを惹きつけたんだと思うのよ」
自分の口について出た言葉は、さらに予期せぬ言葉だった。
「異変を解決するたびに、あいつの周りはあいつを慕う存在で溢れていったわ」
まず、最初に脳裏に思い浮かんだのは、アリスの奴やパチュリーの姿。
さらに、フランドールや森の悪戯三妖精達だってきっとそうだろう。
皆、霧雨魔理沙という存在に惹きつけられていた。
霧雨魔理沙という存在にはそれだけの魅力(ちから)があった。
「でも、私の周りは違う。私は常に博麗の巫女として崇められ、恐れられた」
勿論、それ自体は悪い事ではない。本来巫女とは神格化された特別な存在なのだから。
むしろそのくらいでなければ、はびこる妖怪共を鎮め、人々の信仰を受ける事などできない。
でも、その在り方は突き詰めれば突き詰めていくほどに……
「異変を解決すればするほど、妖怪を倒せば倒すほど、私は孤高な存在となっていった」
「そこに魔理沙の奴との違いを感じてしまった事は事実ね」
「や、私、何であんたなんかにこんな話してんのかしら」
沈黙に耐えきれず、呆れたように口にしたのは私の方だった。
我ながららしくない。
何せ、自分の気持ちを吐露するような事は無いに等しいのだ。
なんだか妙に調子が狂って仕方がない。
「あややや、それはですね」
その時、目の前で私を見つめる文のその顔が、悪戯っぽく笑った。
特ダネを見つけた時、こいつはきっとこんな顔をするのだろう。
「霊夢さんも私の事を好きだからですよ」
いくら口では悪態をついたって、本当は信頼しているんです、と。
そんな事をのたまいやがった。
「というわけで霊夢さん!」
「この私、清く正しい射命丸に、あーんな事でも、こーんな事でも、なんでもご相談くださいな♪」
「コホン、いいですか、霊夢さん。貴女は決して一人じゃありません」
文の奴が、今まで見たこともないくらい真剣な表情をしていた。
ただし、ほんの少し前まで、私に叩かれた頭をさすり続けていたのだが。
「あの八雲紫に、鬼である萃香さん、湖の吸血鬼に、この私を含む烏天狗もそう。皆、強大な力を持つ大妖怪たちです」
それはお分かりですね、と、私の顔を指さす文。
って、ちょっと…そんなにじり寄ってこなくたって、私は逃げやしないわよ。
「皆、あなたの事をどう思っているかは、いくら鈍感な貴女でも、少なくとも薄々はわかっているでしょう?」
まぁ、確かにその通りだ。今挙がった面々には、嫌われてはいないという自覚は一応ある。
でも、それだけで私が一人じゃないというのだけは納得がいかない。
私は妖怪退治を生業とする博麗の巫女である以上、元々、妖怪達とは相容れない存在だ。
それがどうして、退治される側の妖怪達に慕われる道理があろうか。
納得できないという事が顔に出ていたのだろう。
私が抱いたそんな疑問を打ち消すように、文は続けた。
「確かに魔理沙さんは背中を押してくれる存在でしょう。でも……」
言葉が見つからないというふうに宙を仰ぐ文の目。
文の奴は少し間を置いたあと、ふぅと小さく息を吐き出した。
「……霊夢さんは抱き止めてくれる存在なんです」
「強すぎる私達を、誰かに背中を押して貰うにはそのプライドが許さない私達を、唯一許容してくれる存在」
「だから霊夢さんの事が好きなんですよ。……少なくとも、私は」
最後の付け足しはとても小さな声だった。
つまるところ、文は「博麗の巫女」がなんだと言ったのだ。
そんな肩書きは、大妖たる私達にとっては寄りかかるための止まり木にすぎない、そう言ったのだ。
それは、私にとっては驚くべきことだった。
「博麗の巫女」としては決して喜ぶべき事態ではないだろう。
何故なら、巫女が退治すべき妖怪がその名を恐れていないと口にしたのだから。
でも、それ以上に嬉しく思っている自分がいたのだ。
「博麗の巫女」ではなく「博麗霊夢」として。
「さてさて、納得していただけましたか?」
さっきの殊勝な態度は何処へやら。
さぁ抱いてください、とばかりに、ここぞとばかりににじり寄ってくる文。
その姿はどう見ても、いつものこいつそのもの。
そのひょうきん極まりない態度に、私の心も急速に平静を取り戻していった。
「何よ、あんたにしちゃ、えらく真面目な答えだったわね」
「あややや、それはもう、博麗の巫女様にお説教できる機会なんて、そうそうあったものじゃないですからね」
得意げにそう口にする様は、本当にいつも通りの殴りたいこいつそのもの。
よしわかったぶん殴る。そうして拳を振り上げようとしたとき、その顔が再び真面目な物に変わった。
「そもそも、いくら博麗の巫女とはいえ、たかだか十数年しか生きていない人間が何を偉そうな口をきくのです」
私のあごが、不意に文の指でついっと持ち上げられる。
まるで人を食わんとする妖怪が、人間の品定めをするかのようなその仕草。
こいつが見せた妖怪としての側面に、普段の私なら問答無用でぶん殴っているところなのだが……
「良いですか。人も妖怪も妖精も幽霊も、全ての生きとし生ける者達の価値は“何を得てきたか”で決まるのではありません」
まぁ、幽霊が生きてないなんて言ったら、この幻想郷という世界で日々を楽しく過ごしている幽霊達からは非難の嵐だろう。
つまり、幽霊は死んでいるだけであって、生きていないわけではない。
と、それはいい。
「生きとし生ける者の価値は“何を得てきたか”ではなく“何を与えてきたか”で決まるんです」
「そうですね、わかりにくければ“価値”の部分を“魅力”に置き換えてみてください」
なるほど、そう来たか。
全ての存在は「得る」事を求めるものだ。高い能力を得たい、莫大な財産を得たい、大きな名誉を得たい、強い権力を得たい、深い友情に愛情を得たい、すべてそう。
ただ、仮にそれらを全て成し得た者がいたとして、その者は果たして魅力的であるだろうか。
せいぜいが羨望されるのがオチ、そんな者に魅力なんてあったものじゃない。
「魔理沙さんは、多くの物を皆に与えてきた」
それは間違いないだろう。
一方、私は博麗の巫女。絶対中立で何人にも肩入れしない存在だ。
誰にも肩入れしないが故に、誰にも何も与えない。
そう信じてきた。そう言い聞かせてきた。そうあるはずだった。
「でも、霊夢さんは魔理沙さんに負けないくらい、多くの物を与えてくれていると思いますよ」
だからこそ、それは意外な評価だった。
ある種、受け入れ難いというべきかもしれない。
「何故なら、尋常ならざる者、あるいは、強大な力を持ってしまった者にとっては、異変で貴女に組み伏せられた経験は得難い物であったはずですから」
「無論、魔理沙さんのように真似事としての異変解決ではありません。然るべき者に、然るべき方法で。私達にとってはここが重要なんです」
つまり、異変の解決は、博麗の巫女との弾幕勝負を経て初めて成立する。
この辺りは、形式を重要視する妖怪達らしいと言えなくもない。
「自分より強い存在が居るのだと感じた時、それは弱肉強食というこの世の摂理には矛盾するようですが、私達が最も安堵する瞬間なのですよ」
曰く、自分より強い存在が居ない者、すなわち、最も高くに位置する者は、決して誰かを頼る事は出来ない。
それは、想像を絶する苦行である。
故に、自らが一番強いわけではないと知覚する事で安らぎを得る。
それは単純な弱肉強食の理を超えて、精神的な豊かさ(社会性)を知った存在だけが至る事が出来る新たな領域だ、と。
文はそう締めくくった。
「呆れた。まさかアンタがまともな事を言うなんて」
だってそうだろう。
いつも姿を現しただけでロクな事にならないこの烏天狗が、いっぱしのご高説をのたまいやがったのだ。
これは異変かもしれない、と割と本気で思ってしまった。
「いやはや、私は大真面目ですよ」
冗談めかした失敬な!という台詞が顔に書いてある。
ホントにわかりやすいのよね。こういうところは。
「ではでは、納得の対価として、素敵なお礼でもいただきましょうか♪」
そうして満開に咲き誇る期待の笑み。
そうね、お礼と言ってはなんだけど、私の鉄拳なんてどうかしら?
「ややや、ごむたいな。お金をくださいなんて野暮な事は言いませんので、この一連のやり取りを是非、記事のネタに」
「絶っ対、駄目」
お礼代わりに、ぎゅうっと両方の頬をつねってやった。
「はひゃひゃひゃ、いたいれしゅれいむしゃん」
痛がる素振りを見せるが気にしない。弁明の余地なく自業自得なのだから。
それでも、ポンポンと必死に私の身体を叩いて降参の合図を送る姿は流石に痛々しかった。
つくづく、罪悪感というのは覚えてしまったが最後だと思う。
両手を頬から離してやる。文、私が優しくてよかったわね、ホントに。
「ふぅ、まったく酷いですよ、霊夢さん」
つねったために赤くなった両頬をぷぅっと膨らませた。
がっちりと目が合う。
にっこりと笑う文。
「さて、見出しはっと♪」
あろうことか、ペンをくるくると回しながら、何食わぬ顔でのたまいやがったのだ。
まさか、私の温情が僅か五秒で露と消えるとは思わなかった。
早い話がコイツ聞いてない。
つまり、私の注意に従順だったのは呼吸を整えている間だけだったというわけだ。
「よしわかった。あんたのそのネタ帖、ズタズタに引き裂いてやればいいのね」
「あ、あややや、そ、それだけはどうかご勘弁を」
今度こそ記事にする事は諦めたのか、ようやく懐にネタ帖をしまい込んだ。
こいつがネタ帖を開いている限り、下手な事は喋れない。
「かくなる上は私の記憶にずいっと……」
文の奴が目の前で顔をしかめながら、指でこめかみを抑え始める。
記事にしたかったとぼやく文に向かって、必殺の単語を口にする。
トドメだ。もう容赦はしない。
「鳥頭」
「わ、私は鳥頭ではありません!」
少なくとも記憶力に特化しているという事はないだろう。
それ故のネタ帖なのだと勝手に結論付けておく。
とりあえず、きっちり仕返しをした事で一応、私も満足した。
「で、私はね、文」
その瞬間、文の奴がピクリと肩を震わせた。
なによ、私があんたの事を名前で呼んだのがそんなに驚く事だったのか。
そういえば今まで一度も、こいつをそう呼んだ事はなかったかもしれない。
「さっきの話に戻るけどね、正直、私、あんたには負ける気がしないわ」
途端にその表情が怪訝そうなものに変わる。
って、別にあんたが弱いって言いたいんじゃないのよ。だからそんな不満そうな顔はしないでちょうだい。
「勿論、紫や萃香にだって私は負けない。というか、どんな大妖怪にだって私は負けないわ」
これは嘘でも誇張でもない、紛れもない事実だ。
尤も、博麗の巫女が妖怪に連戦連敗するようでは、幻想郷の秩序そのものが崩壊してしまうのだけど。
「でもね、魔理沙はきっと、私を超える時が来る」
それは確信めいた予感だった。
霧雨魔理沙という人間を知れば知るほどに、それは強く感じるようになっていった。
確かに「妖怪」は強い。
――でも、それ故に、どこかで自分の限界に線引きをするところがある。
加えて「妖怪」は賢い。
――でも、それ故に、数戦もすれば彼我の実力を正確に推し量れてしまう。
故に、戦いに挑む時、希望などという実在しないものには決して頼ったりしない。
だからこそ、私は「妖怪」には負けない。絶対に。
それに比べて、魔理沙の奴を含む「彼ら」はどうだ。
「彼ら」は、諦めるという事を知らないのだ。知らなすぎるのだ。
絶望的な未来の中にも希望を見出そうとするのだ。自らが普通であればあるほど、凡人であればあるほど。
――人間という存在は。
それが泣く子も黙る大妖怪から、それに比べればちっぽけな人間に至るまで、様々な存在をこの目に見てきた私の実感だった。
そして、その希望が時に奇跡を引き起こすということもまた、否定しようがない事実だった。
それでも最初は信じられなかった。否、信じようとなどしていなかった。正真正銘、希望なんてないと思っていた。
でもある日、希望などという存在しないものを、時には存在する事もあるのだと錯覚させられるだけの結果を、私は見せつけられたのだ。
他でもない“博麗の巫女”という名の“特別な人間”であった私が、“普通の魔法使い”と名乗る“ただの人間”霧雨魔理沙という存在によって。
だから。
私には今、密かな願いがある。
魔理沙が本当の意味で私を追い越すその時その瞬間を見届けたいという願いが。
言葉は悪いが、才能という意味では凡人の極みというべき霧雨魔理沙という存在。
それが私という存在、在り様そのものを超えていく瞬間。
それは明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。もしかしたら、私が死んだ後かもしれない。
今この時点では、私がいつどんな風に死ぬのかはわからないけれど、それまではどうあっても死んでも死にきれない。
そこで、ふと、今のところはまだ遠い未来であるはずの“私が死んだ後”という世界に思いを馳せてみる。
そこにあったのは、本当の意味で博麗の巫女たる私以上に力をつけた魔理沙が、颯爽と私の眼前を飛んでいく光景。
その光景を一度でいい、この目で見てみたかった。
あのぼろぼろだった魔理沙が、私よりも強い存在となるその瞬間を。
勿論、それが叶わぬ間に、魔理沙に寿命が訪れてしまう場合もあるだろう。
ただ、不思議と魔理沙の奴が私より先に死ぬという事は想像できなかった。
だって……
あの負けず嫌いの塊が、自身の命が尽きたくらいで諦めてくれるわけがないのだから。
――私に勝つという事を。
「ま、いつになるかはわからないけどね」
「むぅ、妬いちゃいますね。付け入る隙もないじゃないですか」
文の奴が何故かむくれているが気にしない。
ぷぅっと頬を膨らませたその頬を、返事代わりについと突ついてやった。
「で、でも…」
頬をさすりながら文の奴が言った。
「現状、いくら魔理沙さんと言えども、霊夢さんを実力で追い越すのは難しいのでは?」
その疑問は尤もだろう。
確かに今ここに至っては、一応、魔理沙の勝利の数はゼロではなくなっている。
とはいえ、未だ私は圧倒的に勝ち続けているのだ。
でも、この先、魔理沙が私を超えるという事が決して難しいとは思わないからこそ、私ははっきりと口にしたのだ。
私の中には確信がある。
「魔理沙はね、どんなに高い壁を目の前にしても途中で諦めたりなんかしないわ、絶対に」
それこそが私を驚かせた部分。
同時に、馬鹿らしく思った部分。
そして……
惚れ込んだ部分。
心の奥底の片隅に生まれた不思議な感情。
今はそこにそっと蓋をして、しまっておくことにする。
「だって、出来るまで食らいつくのが霧雨魔理沙が霧雨魔理沙たる所以なんだから」
何しろ私はこの身を以て知っているのだ。
勝てるはずのない戦いに挑んで挑んで挑み続けた、普通の魔法使いと名乗る人間の姿を、その在り様を。
どんなに難しくても、どんなに挫けそうでも、絶対に諦めないその信念(こころ)を。
ついにというべきか、ようやくというべきか、偶然が重なったとはいえ、魔理沙の奴が初めて私に土をつけた時の事を思い出す。
「ねえ、文、あいつが初めて私に勝った時、何て言ったか想像つくかしら?」
あえて含みを持たせようと思って、謎かけをしてみた。
案の定、答えを探す素振りを見せる文。
その表情に満足感を覚えつつ、答えを口にする。
「お前を倒しても、世界は何にも変わんないなって」
今でも思う。そんなの当たり前じゃないのって。
だって、私という人間がたった一度負けたくらいで世界が変わる。
そんなヤワな世界はまっぴら御免だし、そもそも私がそんな大層な存在であって堪るかってのよ。
というか今更だけどね。
魔理沙、アンタは私の事を何だと思ってたのよ。
それに、仮に私が死んだとしたってそう。
私は死んだからと言って何かを変えるような大層な存在なんかじゃない。
何度も言うけど、そうありたくもない。
博麗の巫女は、死んでもまた次が生まれる。
だから、私が死ねば次の博麗の巫女が、次の博麗の巫女が死ねば次の次の博麗の巫女が……
この幻想郷という世界には「博麗の巫女」が存在し続けて、何事もなかったかのように世界は続いていくはずだ。
そういう意味では、この博麗の巫女という役柄は、とても気楽な、私に合った立ち位置だと思わなくもない。
つまるところ、私は誰かに悲しまれるのが嫌なのだ。
私がこの世界から退場したせいで流れる涙があるなんて絶対に嫌。
尤も、悲しむ存在よりも、面倒くさい奴が居なくなったと喜ぶ存在の方が多いかもしれないけど。
「しかもね、文。魔理沙の奴ときたら“お前はがめついんだから、たんまり貯め込んだ経験値とお金を落とすくらいはしてくれよ”と来たもんよ」
けいけんちという単語が何の事かはわからなかったので、香霖堂の霖之助さんに聞いてみたところ、外の世界のげーむという物に由来するものであるらしい。
曰く集めると強くなれるとか。つまり、UFOみたいなものね。アレ、集めたら何か強くなったし。
「ま、でもね、なんとなく、“あ、コイツ失礼な事言ってんだな”って」
あろうことか、がめついなんて言われたし。と付け加えてみる。
理由はどうあれ、つつましく生活している私には心底、似合わない言葉でしょうに。
「だからね、いくら慈悲に溢れた女神のような私でも、流石に本気でぶん殴ったわ」
瞬間、文の眼がじとりと私を見つめた。
何よ、そのありえないですよ何言ってんですかこの巫女はって顔は。
よし、あんたも後でぶん殴る。
「でも、なるほどですね。それは確かに魔理沙さんらしいです」
再び互いに苦笑した。
お互いにわかっているのだ。あいつ、魔理沙の奴はどこまでいってもそういうヤツなのだと。
「あ、それとね、文」
さっき、こいつは“貴女は孤独ではない”と言った。
「あんたが私に言ってくれた事、嬉しかったわよ」
「その…ありがと。一応、お礼」
って、あんたね。耳まで真っ赤になるんじゃないわよ。
私まで恥ずかしくなってくるじゃない。
「わ、私は……」
本当の事を言ったまでです、と。
こいつには全く似合わない、小さくか細い声が返ってきた。
それで我に返った。何か危うくすごく殊勝な事を言いそうになった気がする。
そんなの、断じて私のキャラじゃない。
「あ、そ、その……あの…ですね…」
口ごもる文なんて珍しい。
今夜は鳥鍋でも降ってくるかしら。
ま、いいわ。
「この事はあんたの新聞に載せるんじゃないわよ、絶対に。いいわね?」
「あ、は、はい……」
虚ろな返事が返ってくる。
同時にはっと息をのむ気配がした。
「あ、わ、わ、私、急用を思い出してしまったので帰りますね! それでは!」
そう言い残して、文の奴はビュっと風のように去っていった。
文の奴が飛んでいった方向を眺めながら、一人物思いに耽ってみる。
我ながら、さっきは、らしくない事を言った。
よくもまぁ、随分と本心を曝け出してしまったものだ。本当に私らしくない。
博麗の巫女としては、それこそ再修業モノの失態だ。
でも、そういう意味では私も魔理沙の奴に影響されてきてるのかしらね。
あいつと出会って、私も相手に気持ちをぶつけるという事を、少しは覚えた気がするし。
「お腹、空いたわね……」
どこかほっとした部分があったのだろう。
魔理沙の意外に上手な洋風料理を思い出す。
特にシチューは、悔しい哉、なかなかに絶品だ。
隠し味と称して、変なキノコを入れようとするのさえ止めさせれば、まさに至高の一品である。
まぁ、これもまた、魔理沙の負けず嫌いが生んだ奇跡だろう。
最初は本当に不味かったのだ。
何はともあれ、おそらくは師匠であろうアリスには感謝だ。
あの子のおかげで、私は洋風料理にも事欠かなくなったのだから。
具体的には魔理沙にアリス、あんたらのお料理、美味しくいただきます。
「たまには魔理沙の家でもいいわよね」
ふと、無性にその味が恋しくなった。
気が付けば、またいつものように。
今日はつくづく面白い話を聞けたと思う。
博麗神社に事件ありという私、射命丸文のカンは、ズバリ大当たりだったというワケだ。
まぁ、正確には事件ではないのだが、事件なんかよりも余程面白い昔話が聞けたので良し。
いや、事件もあった。
あの霊夢が口にした突然の殊勝なお礼には正直驚いた。
さっきはあまりの衝撃と照れ臭さで面喰ってしまったけど、今となっては写真の1つでも撮っておけばよかったと思う。
あの表情を記事に載せる事が出来れば、それだけで私の新聞は幻想郷中の注目の的になったのに。
でも無いものをねだっても仕方がない。それを直に拝めただけでも、私は十分に幸せ者だ。
「ふぅ、いっちょやりますか!」
すぐに記事を書くべく、ペンを走らせる。
写真を載せる事は叶いそうにもないが、今日は良い記事が書けそうだ。
そうして改めて、記事の主題(テーマ)を考えてみた。
駄目な日は本当にここで詰まってしまうのだが、今日はどうやら絶好調な日らしい。
考察の主題はそう、博麗の巫女とその在り様について。
「博麗の巫女」は妖怪に負けてはいけない。
それは幻想郷という世界の不文律だ。
もし、そんな状況が続いてしまえば、当然の如く、博麗の巫女は妖怪を退治できず、異変の解決もできない。
すなわちそれは「博麗の巫女」としてのアイデンティティの崩壊であり、それはつまり幻想郷の秩序そのものの崩壊を意味するのだ。
かと言って、真の意味で普通の人間達と博麗の巫女が同等の存在となってしまっては、それもまた不味い。
そう、それもまた博麗の巫女の神聖性を脅かしてしまうのだ。導かれる結果は結局同じ。
同時に、私はずっと疑問に感じていたのだ。
今まで私、射命丸文が見てきた「数多の博麗の巫女」と、あの「博麗霊夢という名の博麗の巫女」は何かが違う、と。
そして、その疑問は今日吉日を以て解決された。
その答えこそが「霧雨魔理沙」という存在。
「博麗の巫女」とは対極に位置する「極めて普通の人間」の存在であった。
かつてこの地に大結界が引かれ、幻想郷が今の形となるずっと前から、連綿と続いてきた「博麗の巫女」。
彼女らはその時代ごとに見れば、確かに特別だ。
いついかなる時代であったとしても、その時その瞬間に「博麗の巫女」はただ一人のみである。
しかし同時に、どの時代にも必ず「博麗の巫女」は存在した。
千年を超える時が流れる中、常にたった一人ではあったが、博麗の巫女は常に存在し続けた。
だが、霧雨魔理沙は違う。
霧雨魔理沙という存在は、現在の博麗の巫女である博麗霊夢の隣を除いてはどの時代にもいなかった。
さらには、未来を眺めても、第二第三の霧雨魔理沙が出てくるかは極めて疑わしい。
それほどまでに、この「普通の人間」が持つ資質は「特別」であった。
で、あるならば。
奇跡ではないだろうか。
霧雨魔理沙という存在が、今ここにある事それ自体が。
ふふ、こんな事を新聞に書いたら、霊夢は怒るに違いない。
今日の見出しが、決まった。
文々。新聞、第○○号
スクープ!
黒白魔法使い「霧雨魔理沙」はジョーカーである!
本稿をご覧いただいている諸兄は、トランプというカードゲームを御存じだろうか。
トランプとは、主に数字の強弱で勝敗を決めるカードゲームのことである。
最近になって幻想郷に流れ着くことの多くなったこのゲーム、今となっては密かに楽しんでいる諸兄も多いことだろう。
その中で、一般的に強力なカードと位置付けられているのが、K(キング)、Q(クイーン)、J(ジャック)といった絵柄の付いたカード達。
それらはルール上、それぞれ「13」「12」「11」と目されるため、厳密には数字ではないものの、実質的には数字の役割を与えられていると言ってもよい。
例えるなら、我ら天狗も含め、幻想郷に跋扈する錚々たる大妖怪達がさしずめこれに当たる。
そして、そんな幻想郷に跋扈する大妖怪達を次々と打ち負かす博麗の巫女「博麗霊夢」こそが、さしずめ幻想郷のA(エース)。
Aは数字の「1」をあてはめられるが、このカードはトランプという競技においては最も強者とされている事が多い。
「1」が「13」や「12」よりも強いというルールには些かの疑問を感じるであろうが、それは一旦忘れて欲しい。
そもそも、「博麗の巫女」がこの幻想郷において特別な血筋、唯一絶対の存在であるという意味では、「1」という位置付けはあながち間違いではないはずだ。
そして、博麗霊夢という強力なカード、A(エース)を打ち負かす唯一の存在。
それこそが最弱にして最強のカード、JOKER(ジョーカー)。
基本的には数字を競うトランプというゲームの中で、唯一、明確な数字を与えられていない特別なカード。
A(エース)ですら駒の1つと位置付けられているトランプという競技の中で、唯一、明確に特別と定義されているカード。
置かれたルールや環境によって、ゼロから無限大まで、ありとあらゆる可能性を秘めた存在。
それこそが「霧雨魔理沙」なのだ。
博麗の巫女とはまた異なる強さを持った存在。
それが「霧雨魔理沙」。
天空(そら)に暇を持て余した者いれば、行って壊れた神社の請求書を突き付ける。
地底(ちか)に力を持て余した者いれば、行って力の源もろとも薙ぎ倒す。
弾幕(あめ)にも負けず、妖気(かぜ)にも負けず、我ら妖怪を打ち負かす。
そんな現代の「博麗の巫女」である博麗霊夢が、唯一、安堵できる存在。
それこそが「霧雨魔理沙」。
同時に、我ら妖怪には及びもつかぬ探求心と向上心、そして迷惑極まりない実力行使を以て、
「幻想郷のA(エース)」博麗霊夢に迫らんとする、「幻想郷の異端児(ジョーカー)」。
それこそが「霧雨魔理沙」その人である。
~編集後記~
本取材を以て、二人が固い絆で結ばれた特別な間柄である事は、もはや隠しようのない事実となった事を宣言する。
常に清く正しく美しくをモットーにあらゆる情報の徒たる、我々、新聞記者。
僭越ながら私、射命丸文もその端くれとして、我が全力を以て、時には潜入捜査も辞さぬ覚悟で全貌解明に努める所存である。
ふふん、我ながら良い出来ね。
少し上機嫌になりながら、私は最後に今日の見出しを書き入れた。
―特別な魔法使いと普通の巫女―
無言で受け取ってくれ。
あと
>文ちゃんは攻めると強いが、受けに回ると脆いがマイジャスティス
あなたとはうまい酒が飲めそうだ
本当にありがとうございました。
皆様の貴重な時間を割いて読んでいただいた事、本当に嬉しい限りです。
>1 名前が無い程度の能力 様
100点が相応しい、まさかそんなお言葉をいただけるなんて…
すみません。嬉しさと感謝の気持ちで、とても無言で受け取る事などできませんでした。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>2 絶望を司る程度の能力 様
貴重な時間を割いて読んでいただき、少しでも満足していただけたのならば嬉しい限りです。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>4 名前が無い程度の能力 様
好敵手。読んでいただいた方から、このお言葉をかけていただく事は1つの目標でした。
>自分たちも周囲も惹きつけてやまない二人の関係
自分では上手く言葉にできなかったのですが、まさにそれこそが目指すところでした。
霊夢と魔理沙は、誰よりも対抗心を燃やし合うと同時に、誰よりも尊敬し合っている。
そんな素敵な好敵手同士だと良いなぁ、などと思っております。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>7 非現実世界に棲む者 様
残り10%のレイマリ、お届けできるように頑張りたいと思います!
さらには原作を、そして皆様の描かれた素敵な幻想郷を肌で感じていきながら、
誠に勝手ではありますが、自分が思い描く100%以上の幻想郷をお届けできればと思います。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>9 奇声を発する程度の能力 様
良かったというお言葉、本当に嬉しい限りです。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>10 ガガガ 様
…!? ご指摘いただき初めて気が付きました。ありがとうございました。
東方が好きな者として、お恥ずかしい限りのミスです。大変失礼いたしました。
× >Fantasm → ○ >Phantasm 誤字修正させていただきました。
お読みいただき本当にありがとうございました。
>12 名前が無い程度の能力 様
残りの10%、精一杯頑張りますので、気長にご期待いただければ幸いです。
まさかこのフレーズに反応をいただけるとは…美味しいお酒が飲めそうですね!
是非、文ちゃんを肴に一杯やりましょう!
お読みいただき本当にありがとうございました。
もんくなしにレイマリ…!
レイマリを描きたかった自分にとって本当に励みになるお褒めの言葉でした。
お読みいただき本当にありがとうございました。
そしてあやや可愛い
文々。新聞、購読させていただきます。
「お前は決して”特別”なんかじゃなく、”普通”の私が追いつける存在なんだ」と伝えるために。
・・・こういうレイマリは大好物。
そして、基本ツンの霊夢がたまにデレるのはまさに至高の美味。
(でも本人の前でデレてやれよ、ってのもお約束だろう)
ごちそうさまでした~
魔理沙がいるからこそ、霊夢は博麗の巫女の中でも特異な存在になっている、という主張も面白いし納得できるものでした
この後、文は二人からタコ殴りにされる気がするのですが、杞憂ですよね?