Coolier - 新生・東方創想話

それが、コイでしょう

2014/02/16 19:42:23
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  PROJECT X PHANTASM  EX

  それが、コイでしょう





     ◇ ◇ ◇





  幻想郷の人間の里に、一際大きい屋敷がある。
 名家、稗田家の屋敷だ。
 その屋敷の使用人達の部屋から、かしましい声が漏れ出していた。
「迷いの竹林に、見た者を幸せにする”幸運の素兎”がいるんですって!」
「ほんと? そのウサギを見れば富くじが当たるかしら?」
「ぜひ見たいわ。 玉の輿に乗りたいもの!」
「(”幸運の素兎”か~♪)」
 女中達のおしゃべりをこっそり聞いていた者がいた。
 屋根裏で忍者ごっごをしていた稗田の当主の娘、蓮子である。 
 生粋のお嬢様であるにもかかわらず、十歳になったばかりの蓮子は、お転婆で、好奇心旺盛の塊であり、屋敷をしょっちゅう抜け出しては、周りの者を困らせていた。
 その蓮子が”幸運の素兎”の話を聞いて、好奇心を駆立てられないはずがない。
 思い立ったら即実行の彼女は、いつもの通り、使用人達の目をかわし、屋敷を出た。
 もちろん向かう先は”幸運の素兎”がいるという迷いの竹林だ。
 そして━━。

「暗くなってきちゃった。 困ったなぁ……」
 人気の無い竹林の中、蓮子は途方に暮れて座り込んでいた。
 竹林に入り込み、早数時間。
 ”幸運の素兎”を見つけることが出来なかったばかりか、お約束とばかりに道に迷った蓮子であった。
 頭上の生い茂る竹の隙間から見える星を見つめながら、蓮子はため息をつく。
「今は……、酉三つ時か。 母上、カンカンだよね」
 蓮子は、特異な能力を持っていた。
 星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力である。
 僅かな隙間からは、月を見ることが出来ないので、現在時刻が分かるのみ。
 だが、今居る場所が分かったとしても、どうにもならない。
 彼女がいる場所は、妖精でさえ道に迷うと言われている、”迷いの竹林”なのだから。
「あ~、お腹すいたなぁ……」
「(´д`)おう、ワシも腹ペコじゃけん!」
「……え? キャーッ!!」
 竹林に蓮子の悲鳴が響き渡る。
 蓮子の前に現れたモノ。
 それは、中年男性の”生首だけ”であった。
 しかも、常人の頭部の何倍もある程の大きさの。
 蓮子を嘗め回すように見るモノは、首だけの姿で空を飛び、人間を喰う、飛頭蛮という妖怪だ。
「(゜д゜)うまそうな娘っ子じゃ! いただきマンモス!!」
 飛頭蛮が口を大きく開け、蓮子に襲い掛かろうとした時、
「悪いけれど、この娘には、大事な役目があるのです」
「キャーッ!?」
 蓮子は、再び悲鳴を上げた。
 蓮子を庇う様に、彼女の目の前に、日傘を持ち、風変わりな帽子をかぶり、独特的なデザインの服を身に着けた女性が突然現れたからだ。
 その女性は、長い金髪の持ち主であった。 
「(綺麗な髪……。 霧雨道具店のマーちゃんの髪より綺麗な黄金色だわ)」
 その見事な金髪、そして何より振り向いた女性の顔があまりにも人間離れした美貌に、蓮子は目を奪われ、思わず呟く。
「す、すごい、べっぴんさん……」
「ふふふ……。 さあ、お嬢ちゃん、お家へ帰りなさいな」
「えっ!? えっ!? えっ!? うひゃ、目玉が一杯!? って、うわわわわわ!?」
 金髪女性は、蓮子の襟首を掴むと、軽々と持ち上げ、目玉だらけの空間へ放り込む。
「(#゚Д゚)おんどりゃーッ! 横取りは許さんぞ!! ……ヒッ!?」
 いただきマンモスをし損ね、怒り狂った飛頭蛮は、金髪女性へと襲い掛かろうとしたが、怒りの表情は、すぐさま恐怖へと染まった。
 やり合ったら、間違いなく殺される。
 そう直感させる程の圧倒的な妖気を金髪女性が放ったからだ。
 戦慄し動けない飛頭蛮に対し、余裕綽々の金髪女性。
「ごめんなさいね~。 お詫びにコレを差し上げますわ」 
 金髪女性はニッコリとほほ笑むと、目玉だらけの空間から、『紫ちゃんのオヤツ袋』と刺繍された大きな袋を取り出すと、
「外の世界の人間だけれど、先程の娘より大きいので、食べ応えがあるでしょう。 じっくりとご賞味くださいね」
 袋の中から、二十歳前後と思われる女性の死体を取り出し、飛頭蛮の方へ放り投げた。
 飛頭蛮はしばらく金髪女性を警戒していたが、やがて警戒を解き死体に齧り付いた。
 肉を咀嚼する音、骨を噛み砕く音が竹林に鳴り響く。
 まともな人間であれば直視できない凄惨な光景にもかかわらず、金髪女性は目をそむけることなく、ニンマリと胡散臭い笑みを浮かべ、目玉だらけの空間へと入り込んだ。
 
  一方、金髪女性に目玉だらけの空間へと放り込まれた蓮子というと、
「あれ!? 私んち!?」
 『稗田』と書かれた門札が掛けられた立派な門を見て、驚いていた。
 それもそのはず、あっという間に自宅へと帰り着いたからだ。
「蓮子お嬢様!」
 松明を手にした、初老の男性が蓮子の元へ慌てて駆け付けて来た。
 稗田家に長年仕えている使用人、善治であった。
「ああ、よくぞご無事で! こんな遅くまで、どこへ行ってらしたのですか!? 心配致しましたぞ!!」
「ええと……。 あ、母上は?」
「ご当主様は、おんみずから蓮子お嬢様の捜索隊の先頭にお立ちになられました」
「そ、そうなの……」
「れ、蓮子お嬢様!?」
 母が自分のことをそれだけ心配してくれた嬉しさ。
 そして、待ち受ける説教地獄に憂鬱を感じながら、安堵感と疲労感に、蓮子は意識を失い、使用人の腕の中へ倒れ込んだ。





     ◇ ◇ ◇





「ねえ、メリー。 ハ○ター×ハ○ターどうだった?」
「なかなか面白かったわよ。 だけど、蓮子はレトロなコミックをたくさん持ってるのね」
「お祖父ちゃんが漫画好きだったからね~。 ところで……、グ〇ードアイランドみたいな世界がどこかにないかしら?」
「……はい?」
「現実世界だけど隔絶されていて、異能者達が色んなカードを用いてバトルを繰り広げるの。 カードの名前は……、そう、スペルカード! あ、私、シューティングゲームが得意だから、バトルは弾幕を互いに撃ち合うみたいな感じで~」
「……」
「様々な"世界"が、あらゆる"モノ"が、そして"刻"さえも混ざり合う、って感じで、多種多様なキャラが一杯で~。 あ、私、可愛い女の子大好きだから、キャラ達の見た目は少女がいいわ!」
「……」
「って、何よ、メリー! そのマンガ脳、乙(笑)って顔は!?」





     ◇ ◇ ◇





  早朝の淡い光が稗田屋敷を照らす。
 障子から映えた朝日は、部屋を明るくし、目覚めた蓮子はゆっくりと布団から出る。
「メリーって、誰……?」
 起き抜けの蓮子は、頭が朦朧とする中、自分のやや茶色がかかった髪をいじりながら、そうつぶやいた。
 寝ぼけ眼で周りを見渡すと、見慣れた自分の部屋であった。
 布団から起き上がり、窓を開けて空を見上げると、太陽はすでに真上。 
 様子を見に来た女中に食事を用意してもらい、食べ終えると、すぐに着替えて母の部屋へと向かう。
 蓮子の足取りは、すさまじく重く、ただでさえ長い廊下が余計に長く感じていた。
 そして、母の部屋の前に着くなり、蓮子はため息をつく。
「はあ……。 どんだけ説教されるんだろう? (……ええい、ママよ!) 母上、蓮子です」
 静かに襖を開けて部屋に入ると、女性がキッチリとした姿勢で正座をしていた。
 その女性こそが蓮子の母であり、稗田家当主、稗田宇佐美である。
 三十路過ぎであるものの、二十歳ぐらいに見えるほどの若作りの美人であったが、当主としての威厳と貫禄を持ち合わせていた。
 蓮子は神妙な顔つきで宇佐美の前に座る。
 座り終えるなり、当然の如く始まる説教タイム。
「蓮子、貴女には九代目阿礼乙女に連なる子を産むという大切な役目があるのです!」
 物心つく頃から、数えきれないぐらい聞かされてきた言葉。
 蓮子にとっては、耳に胼胝ができる程。
 略して、ミニにタコ。
「蓮子! 貴女には稗田家の娘という自覚が足りません! ですから、昨日のような軽率な行動をとるのです!」
 こうなると宇佐美は止まらない。
 そのことを十二分承知している蓮子は、
「(昨日の金髪のお姉さん、綺麗だったなぁ……)」
 と、現実逃避。
「蓮子、真面目に聞いているのですか!? だいたい貴女は」
「まあまあ。 無事だったんだし、それぐらいにしなさいな」
「「……はい?」」
 ふいにかけられた声に、宇佐美と蓮子は、母娘そろってキョロキョロと部屋を見渡す。
 よく片付けられ、閉め切られた広い部屋には、二人しかいない。
「は、母上! うしろ!」 
 蓮子が叫ぶ。
 宇佐美の肩をポンポンと手が叩いていたからだ。
 そう、手だけが。
「て、手だけが空中に浮いてる!?」
「はぁ~……」
 驚く蓮子をよそに、自分の肩を叩き続けている手を見て、宇佐美はため息をつく。
「お久しぶりですね、八雲様」
「嫌ね~。 昔は、もっと驚いてくれたのに~」
 手が消えると、今度は目玉だらけの空間から、金髪の女性が姿を現す。
「子供の頃は、怖がりで、泣き虫だった貴女が、ザ・当主になるなんてね~。 覚えてるかしら? 初めて会った時、貴女ったら、失き━━」
「や、八雲様! そ、その話は! ……ゴホン。 突然、目玉だらけの空間から見知らぬ方が出てくれば、驚くのは当然ではありませんか!?」
 ああだこうだと宇佐美と言い合ってる金髪の女性を見て、蓮子は驚いた。
 名家、稗田家の当主であり、人間の里の中で宇佐美に意見が言える者はそういない。
 その宇佐美をテンパらさせていること、そして、
「あ! 昨日のお姉さんだ!」
 蓮子は女性を指差し、勢いよく立ち上がった。
 その様に、宇佐美の顔はみるみると青ざめていく。
「蓮子!? も、申し訳ございません、娘の不作法を、どうかお許しください……」
「いいわよ、いいわよ~。 子供はこれぐらい元気がないと。 蓮子ちゃん、私は八雲紫。 ヨロシクね~♪」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
 紫の笑顔にドキュン、もとい、ドキッとなり、上擦った声で返事をした蓮子。
 その出会いが、蓮子の淡い恋の始まり。
 
  稗田蓮子と、八雲紫の恋の物語。
 一緒に夏祭り行ったりとか。
 一緒にお風呂に入ったりとか。
 紫の屋敷に泊まりに行ったりとか。
 紫の式である藍に嫉妬した蓮子が、自分も式にして欲しいと駄々をこねて、紫を困らせたりとか。
 なんとも<ピー!>で、そして<ピー!>であったという。
 だが、同性同士であること、そして何よりも、蓮子は人間、紫は妖怪という現実の壁。
 その壁は、すごく…大きかったです…。
 結局、蓮子は種馬、もとい、稗田家に婿として来た模武男(もぶお)と結婚したのであった。

  それでも紫は、蓮子が大きな節目に直面する度に気遣うように会いに来てくれた。
 娘が産まれた時。
 当主を継いだ時。
 宇佐美が死んだ時。
 模武男が死んだ時。
 孫娘である、阿求が産まれた時。
 そして、さらに歳月が流れ━━





     ◇ ◇ ◇





「マエリベリーや、エサですよ~」
 稗田家の屋敷裏庭の池の前で、ポンポンと手を叩く上品で温和そうな老婆の姿があった。
 すっかり白くなった髪を綺麗に束ねた女性は蓮子だった。
 孫娘であり、九代目阿礼乙女である阿求に当主の座を譲ってからは、気ままな隠居暮らし。
 その暮らしの中での楽しみの一つが、マエリベリーと名付けた鯉への餌やり。
 澄んだ水の中を優雅に泳ぐ鯉は、当主を継いだ時、紫からプレゼントされたモノ。
 その鯉は、紫が冬眠する前に、精を付けるために”外の世界”へ外食に行った際に入手したという。
 実際は、紫が外食に行った先が、裕福な資産家の屋敷であり、当主一家全員と使用人全てを、いただきマンモスし尽した後、スプラッターなハウスと化した屋敷の池で飼育されていた最高級の錦鯉を、蓮子への土産として盗ってきたのであった。
 兎にも角にも、いわくつきの錦鯉は、蓮子の丁寧な世話により、さらに大きく、美しく成長し、今や蓮子の大切な宝物だ。
 ちなみに、鯉は魚にしては長寿の部類である。

「じゃあね、メリー。 また、明日エサやりに来ますからね~」
 鯉に手を振ると、蓮子は自分の部屋へと歩き出す。
 部屋に戻る途中、裏口付近で蓮子は、薬箱を担いだ少女の姿を見て足を止めた。
 その少女は、頭からウサギの耳が生えていて、里では珍しいブレザーを着ていたので、すぐに馴染みの妖怪兎だと分かり、蓮子は挨拶をする。
「薬屋さん、いつもご苦労様」
「あ、ご隠居さん、こんにちは。 置き薬の確認です」
「暑かったでしょう。 冷たいお茶でもどうかしら?」
 蓮子は、妖怪兎を台所へと招いた。

「きゃ!?」
「ご隠居さん!?」
 もう少しで台所というところで、蓮子が転ぶ。
 妖怪兎が、蓮子を介抱しようと近付くと、ちょうど脛の高さにロープが張ってあった。
 これに蓮子は躓いたようだ。
 何者かの仕業とすぐさま判断した妖怪兎は、周囲を見渡した。
「見える! そこッ!!」
 妖怪兎は、瞳を赤く光らせ庭の片隅を睨みつけた。
 すると、蓮子を指差してクスクスと笑っている三匹の妖精が姿を現す。
「やったー♪ 大成功!」
「あれ? サニーの声が?」
「ちょ、ちょっと!? サニー! ルナ! どうして能力を解除しちゃうのよ!?」
「(#゚Д゚)ゴルァ! アンタ達、なんてことを!」
「げえっ、ウドン!?」
「ウ、ウドン!? ひーっ!!」
「まずい、ウドンよ!!」
 光の三妖精は、以前迷いの竹林で兎狩りを興じた際、遭遇した妖怪兎を見て、びっくり仰天!
「ウドンじゃないわ! 私の名は、鈴仙・優曇華院・イナバ! 次にウドンって言ったら、月に代わってお仕置きよ!!」

  月のうさぎ『ブレザームーン』が現れた!
 光の三妖精は逃げ出した!
 しかし、ブレザームーンに回り込まれてしまった!
 光の三妖精は、捕獲された!

 



     ◇ ◇ ◇




 
  蓮子のケガは、幸いなことに足に軽い捻挫を負った程度であった。
 一方、下手人である光の三妖精は、騒ぎを聞き駆けつけて来た阿求や使用人達に囲まれ、ガクブル状態。
 さらに悪いことに、蓮子の足に応急処置を施しながら、三妖精を睨めつける鈴仙の存在が、状況をダメ出しする。
 鈴仙はモノの波長を操ることができるので、サニーの能力で姿を消す&ルナの能力で音を消す、そして逃げる、という手段が通じないからだ。
「はい、これでよし……っと。 ゆっくり歩く分には問題ないと思いますよ、ご隠居さん」
「ありがとう、薬屋さん」
「鈴仙さん、祖母を手当てして頂いたこと、感謝致します。 さてと……、この⑨達どうしましょうか?」
 阿求は鈴仙に礼を言い終えると、すぐさま三妖精を睨みつけた。
「海老責? 鞭打ち? 三角木馬? それとも、どうせ妖精なんですから、火あぶりにしましょうか?」
 普段大人しい少女の口から、次々と恐ろしい言葉が飛び出す。
 大好きな祖母である蓮子にケガを負わせた三妖精に大層腹を立てているようであった。
「阿求、折檻は止めなさい」
「ですが、お婆様!」
「ね、阿求」
「むぅ、分かりました……」
「「「(一回休みにならずにすんで良かった……)」」」
 そろってほっと胸を撫で下ろす三妖精。
 だが、それを見過ごすかのように阿求は三妖精を冷やかな目で見ながら、
「何安心してるんですか? お前達には、この屋敷の雑用を申し付けます。 月月火水木金金! 給料無しで、しっかりコキ使ってやりますからね!」
「「「ひ、ひぇ~!?」」」
 労働者に甘くない、まさに無糖ブラックなことを阿求から宣言された三妖精は恐れおののいた。
「だけど、阿求お嬢様。 こいつらって、幻想郷縁起に載っている光の三妖精ですよね。 能力を使われでもしたら、ブレザームーンさんならともかく、私らじゃ、どうにもならないのでは?」
「大丈夫です。 こんなこともあろうかと!」
 阿求は鞄から金色の輪っか三個取り出すと、三妖精の頭に嵌めた。
「それって、緊箍児(きんこじ)ですか? 呪文を唱えると頭を締め付けるという」
「いいえ、似ているものですが、以前、香霖堂で購入したエンジェルリングです。 ポチっとな」
「「「あばばばばば!?」」」
 阿求がリモコンのボタンを押すと、三妖精に激しい電流がはしる。
 三妖精は、エンジェルリングを必死に外そうとするも、頭から外すことができず、もがき苦しむ。
 のたうち回る三妖精を見て、阿求はエクスタシーを感じながら言い放つ。
「うふふふ。 真面目に働き続ければ、エンジェルリングを外してあげましょう!」 
 こうして、三妖精の気ままな生活は終わりを告げた。





     ◇ ◇ ◇




 
  稗田の屋敷の庭。
 お日様がギラギラ輝く空の下、ワキを露出させた改造女中服を着込んだ三妖精の姿があった。
 働き始めて1週間。
 三妖精に押し付けられた仕事の内容は、庭のドラム缶の片付け。
 風呂にしてヨシ。
 簡易焼却炉にしてヨシ。
 坂の上から転がしてヨシ。
 死体を入れてから、コンクリートを詰めて捨ててヨシ。
 そう、意外と使い勝手が良い、あのドラム缶である。
 数年程前から、稗田家の庭に毎日数十本の空のドラム缶が幻想入りしてくるようになったのだ。
 せっせとドラム缶を門の外へと押す三妖精に、若い女中が声をかける。
「あれま! あんだけのドラム缶、ほとんど押しちまったのかい? この前、八百屋の店先で、紅魔館のメイド長さんと会ってね。 メイド妖精達が使えないから、まとめて解雇したいってボヤいていたけど、結構やるじゃない、アンタ達」
「当然です! 私達は光の三妖精! そこいらのモブ妖精と一緒にされては困ります!」
 自信過剰家のサニーは薄い胸を張って答えた。
「うんうん、しっかりお勤めに励みなさいな」
「「「はい!」」」
 元々前向きな三匹である。
 逃げたり、抵抗が無駄だと分かった時点で出来ることは、ただ一つ。
 女中に言われた通り、お勤めを真面目に果たし、娑婆に出ること。
「お疲れ様。 一休みして、お茶でも飲まない?」
 再び、声をかけられ、顔を上げると、麦茶が入った瓶と、湯呑が4つ、そして菓子鉢を載せたお盆を持った蓮子が立っていた。





     ◇ ◇ ◇

 



「妖精さん達のお話、ぜひ聞かせて欲しいわ」
 蓮子の部屋に招かれた三妖精が麦茶とお菓子で一服を終えると、蓮子がそう切り出してきた。
 元来、妖精というモノは、おしゃべり好きである為、すぐさま今まで行ってきた探検ごっこやイタズラ等を語り始めた。
 それに対し、蓮子は非常に聞き上手であり、他愛のない妖精の話でも熱心に聞き、絶妙のタイミングで相槌を打つのだから、三妖精にとってはもうたまらない。
 気を良くした三妖精の話の内容は大幅に誇張されたものに変わっていき、会話はどんどん盛り上がっていく。
 ところが、博麗神社から、知り合いの氷の妖精と力を合わせて鯉を盗もうとした話をすると、蓮子の表情がにわかに曇る。 
「……あのね、屋敷の裏の池に鯉を飼っているの。 お願いだから、池に近付かないでちょうだいね」
「「「承知致しました!」」」
 三匹の威勢の良い返事に、蓮子は胸を撫で下ろす。
「ところで、蓮子さん。 アレって何ですか?」
 蓮子は、ルナの指差した先、壁の方に顔を向ける。
 壁には、よく手入れをされた、長い柄の先に反りのある刀身を装着した武器が立て掛けられていた。
「薙刀のこと? 若い頃から、薙刀の修業に力を入れていてね。 今でも体を動かしたい時、庭で振っているのよ」
 幻想郷には、数多の妖怪達がいる。
 そのほとんどが、人間のお肉を好物としているのだ。
 一応、妖怪の賢者から、幻想郷の里の人間は襲ってはいけないという、暗黙のルールが存在しているのだが……。
 ルールなんてシラネーヨと、守らない妖怪がいたり、そもそもルールというモノがなんなのか分からないといった知性が妖精以下の妖怪がいたりする。
 実際、そういった妖怪達に、いただきマンモスされる里の人間が後を絶たない。
 だから、自衛の為として、人里では老若男女問わず武術の修練を奨励されていたし、蓮子のように傍らに武器を置く者は多い。
「いえ、薙刀のすぐそばにかけてある不気味悪い白いお面です」
「ああ、あのお面は知人から頂いた”ヘルマスク”です」
「「「ヘルマスク?」」」
「なんでも外の世界のスプラッター的なハウスで手に入れたそうで、古代の聖霊を宿していて、身に付けた者のあらゆる力を増幅させる程度の能力を持っているとか。 特に、大切な存在を奪われた者に強大な力を与えるそうよ」
 ヘルマスクと薙刀。
 これらが後に各々の運命に大きく関わることを、三妖精は知る由もなかった。





     ◇ ◇ ◇





「ねえ、メリー。 週末ヒマ?」 
「特に予定はないわよ、蓮子」
「よし、雛見沢に行きましょう!」
「雛見沢って、あの雛見沢? ずっと昔に大規模なガス災害が発生して、住民が全滅した雛見沢?」
「さっすが~♪ メリーは物知りね!」
「何言ってるのよ。 先月、『突撃! 噂のミステリースポット』でやってたのを一緒に見たじゃない」
「あれ、そうだっけ? ま、とりあえず、そこに廃墟になった神社があるんだけど、そこで不思議な少女が目撃されるんですって!」
「不思議な少女?」
「ワキが露出した巫女服を着ていて、突然現れたり、消えたりして、まるで身も心も、幻想の宙をふわふわと漂う不思議な少女らしいわ。 ちなみに、シュークリームを持っていくと遭遇しやすくなるみたいなの」
「……はい? シュークリーム? お賽銭じゃなくて、お菓子が好きなんて、よっぽど甘いものが好きな巫女さんなのね。 ……でも、雛見沢って、行った者が錯乱したり、死ぬまでノドを掻き毟ったりする噂もあるって、番組でやってたじゃない」
「何言ってるのメリー! そんな都市伝説まがいの噂を怖がてっちゃ、素敵なワキ巫女に会えないわよ! それに私達━━」





     ◇ ◇ ◇





  早朝の淡い光が稗田家の屋敷を明るく照らす。
 障子から映えた朝日は、部屋を明るくし、目覚めた蓮子はゆっくりと布団から出る。
「秘封倶楽部じゃないの……」
 起き抜けの蓮子は、頭が朦朧とする中、自分の真っ白な髪をいじりながら、そうつぶやいた。
 二十歳ぐらいの頃の蓮子にそっくりな容姿の女学生、宇佐見蓮子。
 宇佐見蓮子が、メリーと親しく呼ぶ紫そっくりな女学生、マエリベリー・ハーン。
 紫と出会った頃から、度々見るようになった夢に出てくる二人組。
 宇佐見蓮子とマエリベリーは、同じ学び舎で勉学に励み、遊び、そして秘封倶楽部なるモノを起ち上げ、各地を回る日々の夢。
 夢の中の宇佐見蓮子は、いつも楽しそうであった。
 それは、ただの夢ではない。
 阿求などの歴代の御阿礼の子は、鮮明ではないとはいえ、前世の記憶を継ぐ。
 逆に、御阿礼の子以外の稗田の子孫は、来世の一部を頻繁に夢で見るのだという。
 
  布団を丁寧に片付けると、蓮子はそそくさと寝間着から普段着へと着替える。
 蓮子は、思わず鼻唄でも歌いたい気分であった。
 なぜなら、秘封倶楽部の夢を見た日は、紫が必ず会いに来てくれるのだから。
「おはようございます、紫様」
 蓮子は、目の前に突然現れた目玉だらけの空間へと、丁寧に頭を下げた。





     ◇ ◇ ◇




  その日、ドラム缶の片付けを終えた光の三妖精は、蓮子の部屋へ向かっていた。
 蓮子の部屋に招かれてからというもの、お茶とお菓子をゴチになりながら、蓮子とお喋りをするのが、楽しみの一つとなっていたのだ。
「あら? 蓮子さん以外に誰かいるわね」
 蓮子の部屋に近づくなり、スター・レーダーが反応した。
 ちょうど障子にわずかな隙間があり、習性からか、三匹はコッソリ覗く。
 すると、隙間からスキマの姿を目撃する。

「紫様は何もお変わりませんね。 私は、こんなに年老いてしまいました」
「あらあら、何を言っているの。 貴女も、出会ったばかりの頃のおてんば娘のままよ、蓮子ちゃん。 いえ、貴女は今こそが綺麗なのよ、蓮子」
「ゆ、紫様ったら! ……私とて、稗田家の女。 この命尽きようとも、必ずや貴女のお傍に転生致します!」
「フフフ、蓮子はロマンチストなのね♪」
 蓮子と抱き合い特有のラブ臭を醸し出していたのは、かつて引っ越しの際に、”テスト”と称して強力な弾幕で三匹を痛めつけてきたスキマ妖怪、八雲紫であった。





     ◇ ◇ ◇





  思わぬ妖怪の出現に、蓮子の部屋の前から逃げだした光の三妖精。
「ちょ、ちょっと、なんでスキマ妖怪がこの屋敷にいるのよ!?」
「知らないわよ!」
「ッ!? サニー! ルナ! うしろ!!」
「こんにちは~♪ 久しぶりね、貴女達」
 バックアタックだ!
「で、出たァーッ!? よ、妖怪スキマばば、もが!?」
「「サニー!!」」
 ルナとスターが慌てて、サニーの口を塞ぐ。
「『妖怪スキマばば』……って、何かしら?」
「もがもが……」
「ま、いいわ。 それより、女中姿、結構似合ってるじゃない。 でも、ワキを露出させてるなんて、霊夢の真似かしら?」
「「「え、霊夢?」」」
 三妖精は、そろって間の抜けた声を出した。
 霊夢。
 ワキを露出させた改造巫女服を着こなす博麗神社の巫女。
 通称・ワキ巫女。
 三妖精が執拗にストーキングしていた、少女である。
 最初の頃は、博麗神社の巫女であり、異変を解決する者としての霊夢に興味があったから。
 だが、ちょっかいをかけているうちに、霊夢自身に惹かれ、ついには博麗神社の裏のミズナラの木に引っ越す始末。
 
  稗田の屋敷で女中として働き始めて、早1ヶ月。
 屋敷から出ることは出来ず、当然霊夢と会うどころか、見ることさえなかった。
 霊夢にイタズラをしたり、観察したりし始めてから、これだけ長い期間は初めてであった。
 三妖精は、そろって頬を赤く染め始めた。
 そして、願った。
 あのステキなワキ巫女に会いたいと。





     ◇ ◇ ◇





  紫にエンカウントしてから三日後。
 光の三妖精は、仲が良くなった先輩女中とだべっていた。
「アンタ達のお勤め、今日までだってね? 寂しくなるね」
 そう残念がる女中に対し、三妖精の胸の内は希望に満ち溢れていた。 
 紫に遭遇後、蓮子にエンジェルリングを外してもられるように頼み込んだのだ。
 三妖精の刑期をざっと300年と見積もっていた阿求も、蓮子の願いとあっては無下にできなかった。
 先程、最後のドラム缶押しを終えた三妖精は、エンジェルリングを外してもらい、晴れて自由の身となった。
  
  ストーカー三妖精は、すぐにでも博麗神社に突撃したい気持ちで一杯だった。
 サニー、ルナ、スターが各能力を発揮すれば……。
 ワキ巫女の寝室に忍び込み、幻想郷ナンバーワンと噂されるワキ巫女の可愛らしい寝顔を拝顔できるだろう。
 厠や浴室のあられもない姿のワキ巫女を、じっとりと覗くことができるだろう。
 ワキ巫女の湯呑に眠り薬を入れ、お茶を飲み終わった後の無防備のワキ巫女に対し、あんなことや、あんなことや、あんなことを出来るだろう。
  
  だが、その前に親身に接してくれた蓮子へ何かを贈りたい。
 そう、妖精三匹は考えていた。
「蓮子さんの好物って、何ですか?」
「ご隠居様の? ええと、確か魚の味噌煮だったと思ったけれど」
「「「分かりました! ありがとうございます!」」」」
 三匹は、女中から蓮子の好物を聞くなり、屋敷の裏へと走り去った。
「ちょっと、アンタ達! ……まぁ、あの子ら新聞読むって言ってたし、字読めるだろうから大丈夫ね」





     ◇ ◇ ◇





「ルナ! スター! こっちよ!」
「こんな所に魚なんかいるの、サニー!?」
「あら? あそこの池に大きな魚がいるわね」
 三匹がたどり着いたのは、屋敷裏の池の前。
 池には、大きく、美しい鯉が悠然と泳いでいた。

  そこは、蓮子から近づかないでと警告された池であった。
 しかし、妖精故に、三匹の記憶から警告は綺麗さっぱり消え失せていた。
 そして、さっぱり妖精達は鯉にばかり目が行き、池の傍に立てられていた立札に気付くことはなかった。
 その立札には、丁寧で大きな字で次のように書かれていた。
『この池の鯉に危害を加えないでください。 稗田蓮子』





     ◇ ◇ ◇





  数刻後……。
 蓮子の部屋で、三妖精と蓮子でのサヨナラ・パーティが開かれていた。
「なつかしいドラム缶を押したくなったら、いつでもいらっしゃい。 美味しい紅茶とお菓子を用意して待ってるわ」
「「「蓮子さんに食べて頂きたいモノがあるんです」」」
 サニー、ルナ、スターは息を合わせて、蓮子へプレゼントを差し出した。
「あら、魚の味噌煮じゃない」
「「「はい。 私達が調理した三月精特製、魚の味噌煮です」」」
「そういえば、貴女達、料理が得意と言ってたわね。 ありがとう。 魚の味噌煮、大好きなの。 では、いただきます」
 光の三妖精は、蓮子をじっと見つめた。
「すごく…美味しいわ…。 何の魚かしら? ……! もしかして、鯉!?」
「さっすが、蓮子さん♪ その通りです!」
 大喜びするサニー達とは逆に、嫌な予感が蓮子の脳裏をよぎる。
「(ま、まさか!?) ……この鯉は、どこから?」
「「「屋敷裏の池から獲ってきました!」」」
 元気いっぱいに答える、サニー、ルナ、スター。
 それとは対称に、みるみると青ざめる蓮子。
「な、なんてことを! で、でも、この子達は私の為に……。 ああ、ああ、ああーーッ! 神様、仏様、紫様、私はどうすれば!?」
 狼狽する蓮子をよそに、三妖精は和気藹々とはしゃぐ。
「大きな鯉だったよね!」
「よく暴れたしね」
「殺すのに手間取りました!」
「……はい!?」 
 蓮子は静かに立ち上がると、ヘルマスクが掛けられた壁へ向かって歩きだした。
 そして、壁の前で立ち止まると、突如痙攣を始めたのだ。
 ビクン、ビクンと痙攣する蓮子の姿に、三妖精は得体のしれない恐怖を覚えた。
 痙攣が収まり、背中を向けたまま直立不動となった蓮子に、三妖精は同時に声をかける。
「「「れ、蓮子さん!?」」」
「……貴女達。 あの鯉はね……」
 三妖精の呼びかけに返ってきたのは、生気の無い蓮子の声。
「「「あの鯉は?」」」
「あの鯉は、紫様から頂き、数十年もの間、大切に、それはもう大切に育て上げてきた鯉だったのよ。 私にとっては、阿求同然。 そして、私が自分の死期を悟った時、丹念に育て上げたあの子を紫様へお返しするつもりだったの」
「「「はぁ……」」」
「名前は、マエリベリーという、昔からよく見る夢に出て来る、紫様にそっくりな女学生からとった名よ。 ちなみに、愛称はメリー。 ……それを獲ってきた? 殺すのに手間取った? あまつさえ、メリーを私に食べさせたわけね、貴女達は」
「「「そ、そうなります」」」
「愛しいメリーの無念。 そして、紫様へメリーを献上出来なくなった私の無念を晴らさなければならない。 悪いけど死んでもらうわよ、貴女達」
 凄まじい殺意を込めた言葉を吐き出し、振り向いた蓮子の顔には真っ白い不気味悪いお面であるヘルマスク、そして手には薙刀が握られていた。
「光の三妖精、死ねよや!!」 
 ヘルマスクにより、眠れる力を最大限に引き出した蓮子は、光の三妖精に襲いかかった。





     ◇ ◇ ◇





  圧倒的な恐怖を目の当たりにし、各能力を妖怪級まで昇華させ逃げる光の三妖精。
 ヘルマスクの加護を得て、恐るべきリベンジャーと化して光の三妖精を追う蓮子。
 かくして光の三妖精と蓮子の、空前絶後の鬼ごっこの始まり。
 狭いようで、ひろーい、ひろーい幻想郷。
 人里、命蓮寺、紅魔館、妖怪の山、守矢神社、魔法の森、香霖堂、迷いの竹林、永遠亭、博麗神社、地底、地霊殿、冥界、天界と、ステージを変えては変えては、八面六臂の大逃走劇。
 蓮子を振り切り、光の三妖精の「一回休み」の回避は果たしてなるや。
 これより、全二十巻にも及ぶ長い長い物語へと続きます。
 それはまた別の機会に申し上げると致しまして、ひとまず、『それが、コイでしょう』、物語の一巻はこれにて御終い。
ご無沙汰しております。(汗)
前回、前々回と、たくさんご感想を頂き、ありがとうざいました!



※ このお話は『PROJECT X PHANTASM』と関連があります。
  『PROJECT X PHANTASM』も読むことをオススメします。



 次回投稿予定
 『ゆらぎの里のアリス』


  ”ゆらぎ”から現れる未知の怪物達に、人間達の精神は追い込まれ、
  住人同士のトラブルが絶えなくなった幻想郷の人里。
  そんな不協和音な里で、
  アリス・マーガトロイドは、とあるマニアック仙狐と遭遇する……。 


  シャオムゥ
  「ま、まさか、アリス・マーガトロイド!?
   あの胡散臭い極まりない書き込みは本当じゃった!
   幻想入りするだけじゃなく、東方キャラと巡り会えるなんて……。
   PC-98版からプレイし続けているワシにとって、こんなに嬉しいことはない!
   とりあえず、サインくれ!
   ワシ、ヌシのファンなんですぅ~♪」


  アリス・マーガトロイド
  「……はい!?」
怪人二十HN
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コメント



0.170簡易評価
1.50名前が無い程度の能力削除
え?どういうことなの?(細かい小ネタではなく、話の大筋について)何のパロディなのかわからなかったためか、さっぱり何がやりたかったのかわからなかったです。一つだけいえることは、ここで扱われていたネタはすべてまぎれもなく間違いなく忘れ去られたものである、ということですね。
いやしかしわけがわからない。
2.70名前が無い程度の能力削除
面白かった。続くんだこれそんなに長くww
3.60名前が無い程度の能力削除
シュール
なぜ蓮子がとかそう言うのは考えない方がいいのかな
7.無評価怪人二十HN削除
>>2さん
次回投稿予定の話も古いネタが多いです。

>>3さん
全二十巻と書きましたが、光の三妖精と蓮子の物語の投稿については、これにて御終いとなります。 ……たぶん(汗)

>>4さん
蓮子の『夢』の内容とリンクする話も、投稿を予定しております。