「しっかしルーミアは馬鹿だよねえ!」
のっけからナメた事抜かしやがったリグル・ナイトバグの顔面に、私は渾身のダーク・パンチをお見舞いしてやった。
理由も無く馬鹿呼ばわりされたら誰だって怒る。私だって怒る。
「なっ、殴ったね……!? 自分の名前も書けない馬鹿の分際で、よくも……!」
「は? 普通に書けるんですけど。『ルーミア』もしくは『Lumia』。どうよ?」
「ハイ残念! 正解は『Rumia』でしたー! 自分の名前なのに間違えるとかないわー、マジないわー」
うっさい馬鹿。LとRの何が違うというのよ。
えっ? 発音が違うって? 馬鹿は私の方でしたってか。やっべー超恥ずかしい。
「そういうアンタはどうなのよ。ちゃんと自分の名前書けるの?」
「アタボウよ。『リグル・ナイトバグ』もしくは『Riggle Nightbug』。私ってばマジ知性派ね!」
「……あれ? なんか足りなくない?」
「足りないのはお前のオツムでしょ、このノータリンがっ!」
いや、マジで何かが欠けている気がする。さほど重要でもなさそうな何かが。つーかコイツ自体どうでもいい。
とりあえずノータリン呼ばわりされた事への返礼として、今一度ダーク・パンチを……あっ、掴まれた。
「ふっふっふ……私に同じ手は通用しなくてよ? 蟲にだって学習能力というものが……」
「有るの?」
「有るに決まってるでしょ! 何その哀れむような眼差しは!?」
「『……学習能力はないのか』『……蟲だからねぇ』」
「やめて! ヒトの古傷を抉る様な真似はやめて!」
あらら、気にしてたのね。自分から得意気に言い放ってたクセに。
何の話だか分からないって人は……まあ、いずれ分かる日が来るでしょう。漫画でも読みながら気楽に待ちなさい。
「もうお互い馬鹿って事でいいじゃん。背伸びしたってロクな事ないよ」
「良くないよ! 蟲たちの地位を向上させるためには、それなりの知性というモノが必要になるんだからっ!」
「だったら、今すぐ蟲どもに叡智を授けてみなさい。まあ無理な話だろうケドね……」
「……無理じゃないんだなぁ、コレが」
あっ、何こいつスッゲー悪そうな顔してる。主に頭が悪そう。
触覚までピコンピコン動かしちゃって。いつか隙を見て毟り取ってやろうと思ってたけど、ようやくその時が訪れたって事かしら?
まあ、とりあえずは話を聞いてみることだ。どうするかはその後で決めよう。
「どんな無茶な願い事だろうと、たちどころに叶えてしまう道具が有ると言ったら……アンタどうする?」
「殺してでも うばいとる」
「な なにをする きさまー! ……って言いたいところだけど、残念ながら私の手元には無いのよねえ」
「じゃあ、殺すだけでいいや」
「どうしてよ!? わざわざ私を殺す必要なんか無いでしょ!」
殺しに理由はいらねぇ! 魂のはいった殺しなら――どんなもんでもブッ殺せーっ!
人喰い妖怪の心の闇は深かった。
「とにかく! その道具さえ手に入れれば、蟲たちを生態ピラミッドの頂点に押し上げることだって可能なワケよ!」
「難しい事はよく分からないのだけど……それやっちゃったらマズくない? 他の生き物絶滅しちゃうんじゃないの?」
「別にいいんじゃね? 蟲だけでもピラミッドは構成出来るだろうし。どの道頂点に立つのはこの私、リグル・ナイトバグ様に変わりないのだから!」
うーむ、清々しいほどの害虫っぷりだわ。こんな邪悪なヤツ見た事ないよ。
生きとし生けるものの為にも、今ここでコイツを駆除すべきなのかもしれないね。
だが、その道具とやらには興味が湧いた。所在を聞き出すまでの間くらい、好き勝手言わせてやるとしようか。
「参考までに聞いておくけど、ルーミアならどんな願い事をする?」
「太陽を消す」
「……はい?」
「いや、だから太陽を消すのよ。ウザったくてしょうがないじゃん、アレ」
リグルは口を半開きにして、「何言ってんだコイツ」ってな視線をこちらに向けてきた。
そんなに変なコト言った覚えはないのだけどねえ。あの忌々しい太陽さえ無くなってしまえば、この世はもっと住みよくなるんだから。
闇が全てを支配する時代……想像しただけでゾクゾクしちゃうね。
「ちょっちょっ、ちょっと待ってよ! そんなコトしたら、ありとあらゆる生き物が死滅しちゃうじゃん! 生態ピラミッド丸ごと潰す気かキサマはっ!?」
「別にいいんじゃね? 少なくとも私は快適に過ごせるワケだし」
「あ、ありえねー! 他の生き物が居なくなったら、私たち妖怪は一体全体誰を怖がらせればいいのよ! ひとたび存在意義を失ってしまえば、あとは消滅を待つのみよっ!?」
暗闇の中にしか、私の存在する場はない。
好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ。
「暗闇はいい。私には、それが必要なんだ」
「黒ーい! 何コイツ雑魚妖怪の分際で黒過ぎるでしょ! ちったぁ分を弁えなさいって!」
「弁えてないのはお互い様でしょ? いいから道具とやらの在り処を教えなさいよ。そしたら私一人で取りに行くから」
「ルーミア一人で? ……そりゃ無理だ! 申し訳ないけど」
「言葉は不要か……」
「おっとっと! その握り拳は私ではなく、博麗の巫女に振るうことね!」
「……えっ?」
なぜにアイツが? 唐突すぎて意味わからん。
我々は道具の所在について話しているのであって、あの馬鹿の登場する余地など……って、まさか!?
「私たちが追い求める道具――打ち出の小槌は、あの忌々しい紅白の馬鹿、博麗霊夢が所持しているのよ!」
……ああ、なんかもう結末見えちゃったね。何をどう頑張ったところで、返り討ちに遭うビジョンしか見えないよ。
いやいや、弱気になってどーする私。なにもアレを斃す必要などない。上手く立ち回って、目的を果たしさえすればそれでいいのだ。
そう、上手いこと立ち回って……ね!
そんなワケで、やって来ました博麗神社。リグルと二人草むらに潜み、じっと境内の様子を窺う。
まだ日は高い。夜を待たなかった理由は、我ら二人とも夜のアイツに負けた事があるからだ。
天の時よりも経験を優先したこの判断。戦術的には下の下の策だと認めざるを得ない。
「わ~たし~は~霊夢ちゃん♪ 幻想郷の~巫女さん♪」
いたいた。件の馬鹿巫女、博麗霊夢は調子外れの歌を口ずさみながら、境内の掃き掃除をしている。
そして……目標確認。賽銭箱の上で鎮座する小箱に、打ち出の小槌らしきモノが結わえ付けられていた。
アレさえ手に入れれば、世界を闇で覆い潰すことが出来るって訳だ。
「わたし~は~霊夢ちゃん♪ い~つ~も~巫女さん~♪」
「ジュルリ……」
隣のリグルが舌なめずりするのを、私は目敏く察知した。
そうだ、コイツは断じて味方などではない。己が悲願を成し遂げる為なら、ヤツはこの私すらも容赦なく切り捨てるだろう。
もっとも、それはコチラにとっても同じ事だ。この単純馬鹿をどう扱うかが、勝敗を分けるカギとなるのだから。
「ブンブ~ンブブ~ン♪ ブンブ~ンブブ~ン♪ なんだ~かな~あ~♪」
……しっかし下手クソな歌だなぁ! 音程が神隠しにでも遭ってしまったのか!?
もういい、もう沢山だ。早いトコ作戦の一つでもおっ立てて、目標物を入手してしまおう。
「作戦は至ってシンプルよ。ルーミアが囮になって、その隙に私がブツをゲトる。これでイきましょう」
「よし乗った」
「乗っちゃうの!? ……まあいいや。馬鹿は扱い易くて助かるよ」
ああ、まったく同感だ。
戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだが、リグルの様な馬鹿にはそれが理解出来んとみえる。
あくまで囮に過ぎない私と、打ち出の小槌を奪わんとする彼女。博麗霊夢がどちらを敵と看做すかなんて、考えるまでも無い事だ。
あのバカ蟲が退治されている間に、私が例のブツを頂戴してしまえばいい。目的を果たせなかった場合は、無関係を装ってしまえばリスクを回避できる。
完璧だ。我ながら完璧なプランといえよう。完璧過ぎて裏がありそうなくらいだ。
「それじゃあルーミア、犠牲よろしくね!」
言うが早いか、リグルは這うようにして神社の裏手へと回り込んだ。
彼女を偽りの笑顔で見送った後、私も行動を開始する。
あくまでさりげなく……散歩のついでに立ち寄った体を装い、霊夢の前に姿を晒け出す。
「こんにちは巫女さん。夜の境内裏はロマンティックね」
「まだ昼よ。あとここは裏じゃなくて表だから。つうかそれ私のセリフじゃないの」
私の唐突にして華麗なるボケに対し、律儀にもツッコミを入れてくれる霊夢(←のんき)。
いくら異変の最中じゃないとは言え、少々油断が過ぎるのではないかな?
それともアレか。ごく一部で冷酷非情の妖怪退治マシーン扱いされている現状を憂い、ここらで好感度アップでも図ろうってか。
「で、アンタは何をしに来たの? まさかとは思うけど、打ち出の小槌が狙いなんじゃ……」
「内村鑑三? 誰それ美味しいの?」
「……何でもないわ。忘れなさい」
よしよし、上手いこと誤魔化しきれたようだ。
普段から馬鹿として知られていると、こういう時に言い逃れが容易で助かるよ。
さて、私の方はこれで十分かな。あとはリグルのお手並み拝見といこうか。
「アルセルタス、突撃!」
噂をすれば何とやら。リグルの甲高い叫び声が響くと同時に、林の中から馬鹿でかい甲虫の様な何かが飛び出してきた。
光沢を放つ緑色のボディ。鋭く発達した爪。巫女の二、三人程度なら余裕でブチ抜けそうな角。凶悪ながらもどこかスタイリッシュなデザインだ。
ソイツは耳障りな羽音を伴いながら、こちらに向かって弾丸の如くに突っ込んでくる。あの馬鹿め、霊夢もろとも私を始末しようって魂胆かよ。
「猪口才なっ!」
巫女の対応は迅速だった。彼女は箒の柄を地面に叩き付けるや否や、棒高跳びの要領で跳躍し、迫り来る甲虫を容赦なく打ち据えた。
たまらずグラつくアルセルタス。ああ見えて意外と質量が小さい? でなけりゃ霊夢の体重が……いや、やめておこう。
彼女はそのまま甲虫に跨り、箒を捨ててお祓い棒を取り出した。あんなもので退治できると思っているのか? できそうで怖い。
「ギチギチギチ……!」
「なーにがギチギチよ。アンタも蟲妖怪の端くれなら、少しは気の利いた悲鳴を上げてみなさい!」
振り落とされぬよう巧みにバランスをとりつつ、お祓い棒でひたすら頭部を殴り続ける霊夢。
やっぱアイツ人間じゃねえわ。あまりにも躊躇いが無さ過ぎるもん。下手な妖怪よりよっぽど妖怪じみてるよ。
ご自慢の角をガシガシ殴られているアルセルタスも、そろそろ恐怖を覚え始める頃だろう。
「ぎゃあああっ! つっ角が折れるぅ!?」
「ふんっ! ふんふんっ!」
「痛いっ! 痛いーっ! たっ叩かないで……っ!」
「嘘おっしゃい! こんなに装甲を硬くしちゃって! いやらしい、本当にいやらしい徹甲虫だわっ!」
あの蟲、喋れたのか……。
とか思ってる間にもアルセルタスは力尽き、石畳の上へと仰向けに落下した。
弱々しく宙を掻く後肢と、見るも無残に朽ち果てた角が、なんとも哀愁を誘うではないか。
「私、グッジョブ!」
一足遅れて霊夢も着地。あえて口には出さないが、私もグッジョブ思ってるよ。
大事なお仲間をボッコボコにされて、アホリグルはどんな表情を浮かべていることやら。
「馬鹿な……こんなことは……」
あっ、あの馬鹿自分から出てきやがった。
ヤツは茫然自失といった体で、神社の裏からヨロヨロと歩み出てくる。大人しく帰ればいいものを、ムザムザとやられに来たって訳だ。
すかさず身構える霊夢。負け虫が二匹纏めて佃煮にされてしまうのも、最早時間の問題か。
「……とでも、言うと思ったかい? この程度、想定の範囲内だよぉ!」
けたたましい笑い声を上げながら、ズボンの裾から茶色い蒸気の様なモノを噴出するリグル。
あれは何だ? 昆虫特有のフェロモンってやつか? でなきゃお腹の調子が悪いとか?
「アルセルタス! テックセッター!」
「了解(ラーサ)!」
……どうやら前者のようだ。文字通り虫の息だったアルセルタスが息を吹き返し、主の許へと飛び立って行ったではないか!
私と霊夢の目の前で、二人……いや二匹が、その……ベーゼめいたアレを……ああ気持ち悪っ!
これじゃあリグルが捕食されてるようにしか見えんよ。いっその事、本当に食べられちゃえばいいのにね。
「アンタ達、一体何を……!?」
妖怪退治の専門家サマも、これには動揺を隠せないご様子。
その時、不思議なことが起こった。ボロボロだったアルセルタスの角が、見る見る内に修復され始めたのだ。
長い接吻を終え、新品同様に仕上がったアルセルタス。そんな彼(?)の腹部へと、リグルが背中を押し付ける。
一体何が始まるのやら。正直な話、あまり予想したくは無い。
「「うおおおおおおぉっ! 合体!」」
……うん、合体だね。ものの見事に合体しちゃったよ。
私は至って健全な妖怪なので、ナニがどう合体したのかはあえて伏せておく。とりえあずテックセットは関係なかった。
しっかしリグルの奴、痛くないのかねぇ? アレは絶対痛いと思う。アレとは何かって? 言えやしないよ。
「しっ、神聖な神社でなんてコトしてくれるのよ! 変態どもがっ!」
「変態ではない……合体だ」
「どっちだって変わんないでしょ、このイカレ野郎!」
「まあ、何と呼んでもかまわないけど。私からすれば、イカレてるのは全部だ、人間の」
アルセルタスと一体になったリグルは、宙を二、三度旋回した後に、再び霊夢への突撃を敢行する。
スピード、威圧感ともに先程とは段違いだ。たまらず横っ飛びに回避する彼女に対し、蟲たちの容赦なき追撃が続く。
すっかり蚊帳の外へと追いやられてしまった私だが、これってむしろ好都合だったりする?
「霊夢、夢想天生で来い」
「虫ケラ如きにそんなもん要るか! このお祓い棒で何度でも叩き落としてやるわっ!」
ヒートアップする両者に気取られぬよう、私は抜き足差し足で賽銭箱へと辿り着き、打ち出の小槌に手を伸ばす。
霊的な封印が施されている訳でもなく、紐を解きさえすれば持ち出し自由といった様子だ。簡単すぎて欠伸が出ちゃうね。
……おや? この小槌が置かれた小箱、よく見ると扉の様なモノが付いている。中に誰か居るんですか? 蟲だったらブッ潰しますけど。
「……だーれ? ノックくらいしてよね、もう」
小箱の中は、何者かの居住空間になっていた。
やたら手の込んだ装飾と、面積の大部分を占めるフカフカのベッド。いずれもサイズは極小だが、野宿上等な私に言わせりゃ、これではまるで御殿だよ。
んでもって、ベッドの上にその何者かが居るのだが……何だコイツは? 一応は人の形をしているけど、いくら何でも小さすぎる。
私ですら片手で摘めそうな大きさだ。つうか、実際手を突っ込んで摘み出してしまった。手足を振り回して抗議してきたが、所詮は無駄なあがきというモノよ。
「ちょっと! いきなり何なのよアナタは! それがレディに対する扱い!?」
「……アナタ何? リグルのお仲間?」
「誰よそいつ! つうかアンタが誰!? この少名針妙丸サマに手を出したら、あのおっかない巫女さんが黙っちゃいないんだから!」
自己紹介ごくろうさま。まあ名前なんざどうでもいいのだけど。
リグルを知らないという事は、おそらくコイツは蟲の仲間ではないのだろう。命拾いしたね。
だが気になるのは霊夢との関係だ。こんな脆弱な生き物が単独で生きられるとは思えない。となると、少名針妙丸は神社で保護されていると見るべきか。
それにしても、打ち出の小槌の下に小人とはね。如何に学の無い私といえど、一寸法師のお話くらいは知っているのだよ。
「この小槌って、ひょっとしてアナタの物だったりする?」
「そうよ! 勝手に持って行ったりしたら怒るからね! 巫女さんが!」
「巫女ならもう怒ってるわよ。私じゃなくて他の奴にだけどねー」
「えっ……じゃあなに? 私いま無防備? 無防備宣言発令中!? やだー!」
ジタバタ暴れる小人を左手に、打ち出の小槌を右手に掴み、私は会心の笑みを浮かべる。
色々とイレギュラーな要素があったにも関わらず、こうまで上手く事が運ぶとはね。日頃の行いの賜物かしらん。
さて、それでは始めるとしよう。暗黒の時代の幕開けこそが、歴史の最後の1ページとなるのだ。私はアルファにしてオメガ、最初であり最後である!
「えーっと……こうかな? いや違うな。じゃあこう! ……痛たたた」
「何やってんのよ」
「この小槌、どうやって使うの? 教えてくれたら五体満足で解放してあげるよ」
「……使うですって!? あははっ、アナタ何にも分かってないのね! その小槌は私たち小人族にしか扱えないのよっ! ざーんねーんでーしたーっ!」
「へーえ……そうだったのかー……」
「えっ、何その薄気味悪い反応。何か違う、よく分かんないけど何かが間違ってる気がするっ!」
何を期待していたのかは知らんが、私は伝家の宝刀を易々と抜くような女では無いとだけ言っておこうか。
期待といえば、この打ち出の小槌とやらはとんだ期待外れな代物だった。例え本物であろうと、私が扱えないのでは意味が無い。
コイツに使わせるという手もあるが、私の願いをそのまま叶えてくれるとは思えない。余程の馬鹿でもない限り、まず間違いなく私を退治するのに使うだろう。
「『そして闇は光を理解できず』……か。思えば儚い夢であった」
「これで満足した? だったら私を放しなさい! さもないと……!」
「さもないと……何?」
「ひっ!? やだコイツ怖い! 助けてー! 助けて巫女さーん!」
「だからアイツは来ないって……あら?」
ふと見上げれば、血相を変えた霊夢がこちらに迫っているではないか。こりゃ一大事ね。
あの巫女に人質戦術が通用するとも思えんが、こうなりゃ駄目で元々だ。
私は運を天に任せ、彼女に向かって針妙丸を突き出してやった。
「……ぐぬぬっ!」
意外や意外、霊夢はその場で急停止。
極悪非道の巫女さんといえども、人並みの情ってヤツがあったってワケだ。
「ねえ霊夢、この子は食べてもいい人類?」
「アンタねえ……!」
「おっと、動いちゃ駄目よー。チョットでもおかしな素振りを見せたら、この子が闇に飲まれちゃうからねー」
「もうイヤー! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよー!?」
私の掌中で針妙丸がもがく。軽くグニグニと握ってやったら、「はうっ!」とか叫んでグッタリしちゃいました。死んだかな?
一方の霊夢も、なかなかに酷い有様だ。全身ズタズタの巫女装束と、荒い呼吸に合わせて忙しなく上下する肩が、戦闘の激しさを物語っていると言えよう。
「クックックッ、随分と調子良さそうだねえ……ルーミア?」
余裕綽々といった様子のリグルが、私の視界に上から入り込んできて、霊夢の後方数メートルの位置でホバリングする。
少し目を離した隙に“合体”が進行したようで、アルセルタスを半ば着込むような形になっていた。なにコイツ格好いいじゃん。認めたくないけど。
それにしても、博麗の巫女相手にここまで有利に立ち回るとは……蟲ってヤツもなかなか侮れんね。
「こちらはもうすぐカタが付くから、それまで人質は大事に扱って頂戴ね?」
「……なに勘違いしてるの? 大人しくするのはアンタも一緒よ、リグル」
「なん……だと……」
驚愕の為か、アルセルタスの羽の動きが一瞬停止し、合体昆虫は危うく地面に落ちそうになった。
そんなに驚く事でもなかろうに。霊夢がやられてしまったら、次は私の番になっちゃうんだもの。
私の目的が果たせないと判明した以上、ここは均衡を維持して、どうにかこの場を丸く収める必要がある。
「残念だけど、アンタの願いも叶いそうにないよ。なんてったってこの打ち出の小槌は……」
「小人族にしか扱えない……でしょう? その程度の事、私が把握していないとでも思った?」
「……どういう意味?」
「あはははは! だからアンタは馬鹿なのよ、ルーミア!」
なに笑ってんだ殺すぞ。オマエと、オマエに引っ付いてる馬鹿でかい虫ケラと、ついでに霊夢と針妙丸も。
ちくしょう、怒りで頭が上手く回らない。じゃあ何か? リグルは最初から、打ち出の小槌が使えないって事を知っていたのか?
くそっ! だったらなぜ打ち出の小槌など狙ったのよ! 針妙丸に言う事を聞かせる秘策でもあったとしか思えない……あるのか? そんなモノが。
「蟲にも色々な種類が居てねえ。彼らの力を用いれば、獲物の脳を乗っ取って、従順な奴隷にしてしまう事だって可能なのよ!」
「へえ、それって何ていう虫? 具体的に名前を挙げてみてよ」
「それは、その……言う訳無いじゃない! 企業秘密よ、企業秘密!」
覚えていないのか。所詮は虫頭だという事ね。ちょっとだけ溜飲が下がったわ。あくまでちょっとだけ。
しかし、厄介な事態に陥ってしまったものだ。もしヤツの手に小槌と小人が渡ってしまったら、あの馬鹿げた願いが叶ってしまうって事じゃないか。
他の生き物がどうなろうと知ったこっちゃないが、蟲が支配する世界など私はゴメンだ。どんな手を用いてでも、リグルには断念して貰わねばならない。
そう、どんな悪辣な手段を用いてでも……ね!
「霊夢。もう一度聞くけど、この子は食べてもいい人類?」
「なッ……!? だ、駄目に決まってるでしょ! そうでしょ霊夢? ねえ、そうだと言ってあげなさいよ!」
「アンタには聞いてないわよ馬鹿蟲が。どうなの博麗の巫女さん? 今この子を処分しないと、この世は蟲どもの天下になってしまうのよ?」
「天下ですって? ……ああ、そういうこと。結局は下克上が目的だったってワケね、アンタ達も」
……おや? 霊夢ってば随分と落ち着いているじゃないの。ちゃんと事情が呑み込めているのかしら?
まあ、例の反則じみた奥義を用いれば、私やリグル如きどうにでもなると思ってるんだろうケド……それはちょっと甘過ぎるってモンよ。
今のリグルのスピードなら、私もろとも目標物を奪取して、この場を去る事くらい朝飯前だろう。
幾らアイツが馬鹿とはいえ、そろそろ強硬手段を思いついてもいい頃だ。それが分からない程度の馬鹿なのだろうか、この巫女は。
「アンタらが何をお願いするつもりかは知らないけど、打ち出の小槌にそれほど大きな力は無いわよ」
「う、嘘を言うなっ! いい加減な事を言ってると、アルセルタスの粘液をぶっかけるからねっ!?」
「嘘だと思うなら、証拠を見せてあげるわ……こら針妙丸! いつまで寝てるのよ、さっさと起きなさい!」
「はっ……!? ね、寝てないし! ちょっと目を瞑って意識を失ってただけだし!」
「それを世間では寝てたと言うのよ。ルーミア、その子に打ち出の小槌を持たせてあげなさい」
なんだかよく分からないが、特に逆らう理由も無いので、仰せのままに小槌を……持てるのかしら?
あっ、無理っぽい。仕方が無いから私が支えててあげよう。人食い妖怪が珍しく見せた優しさであった。
「よしよし。さーて針妙丸? こちらの蟲さんがアンタの脳味噌を食い荒らしたいとか仰ってたけど……それについて何か感想は?」
「えっ、なにそれこわい。是が非でも御免被りたいです、ハイ」
「だったら、その打ち出の小槌を使って何とかしなさい。まさか出来ないなんて言うつもりじゃ……」
「出来ませんけど!? っていうか、アナタ分かってて聞いてるでしょ! 意地悪しないでとっととコイツらやっつけてよ! 私達をやった時みたいにさー!」
「……えっ? ちょっ、どういうこと? マジで? マジでその……エエ~ッ!?」
ふははははは、リグルってばなんつーツラしてんのよ! 私を笑い死にさせる気かっつーの!
まあ無理もないか。打ち出の小槌が何の役にも立たない事の動かぬ証拠ってヤツを、まざまざと見せ付けられたのだから。
しかしアレだわ。私たちマジで最初から勝ち目無かったってコトじゃん。なんていうかもう、笑えてくるね。わはーってなカンジで。わはー。
「ち、ちくしょう! こうなりゃオマエら全員皆殺しだ! アルセルタス、ボルテッ」
「排出(イジェークト)!」
「あいばっ!?」
なにやら大技を繰り出そうとしたリグルであったが、突如としてアルセルタスとの……“接続”を断たれ、アワレにも地べたに叩きつけられてしまった。
ここへ来てまさかの下克上か? いや違うな。あのデカ虫からは戦意らしきものが感じられない。それどころか、明らかに帰りたそうな雰囲気を漂わせている。
「すまない女王(クイーン)。此処とは何処か異なる領域(エリア)にて、女帝(ワイフ)が俺を呼んでいるみたいだ……行かねば」
「いや、行っちゃ駄目だって! 行ったらオマエ確実に逝くよ!?」
「ああ、その点なら問題ない。なにせ呼んでるってのはウソだからな……アディオス!」
言うが早いか、彼の者は一陣の風となりて去りぬ。願いが叶わない以上、勝っても負けても空しいだけだもんね。
なにはともあれグッバイ、アルセルタス。そしてドンマイ、リグル。
「はァ!? ちょ、ふざけんなこのバカ! 戻ってこーい……っ!?」
虚空に手を伸ばしながら、弱々しくへたり込むリグルの襟首を、ただならぬ殺気を纏いし霊夢が掴む。
こうなってしまったら、もう誰にも結末は変えられない。妖怪退治の現実ってヤツだね。
「おイタが過ぎたわね。少しばかりお灸をすえてあげるわ」
「ひいっ……!? あ、ほら! 一寸の虫にも五分の魂! いのちだいじに! いのちだいじに!」
「……1.5cm程度がどうしたって?」
「なー!?」
わぁ外道……このやりとり、昔どこかで……? まあいいか。あまり深くは考えまい。
ふと気付くと、私の手の上で針妙丸がこちらをじっと見つめていた。コイツの存在すっかり忘れてたわ。
「あの蟲野郎、アナタのお仲間でしょ? 助けてあげなくていいの?」
「野郎かどうかは兎も角として、仲間じゃない事だけは確かね。むしろ何故仲間と思ったのかが気になるわ」
「えっ? だってホラ、アナタも下克上を目論んでいたんでしょう? だったら同じレジスタンスの仲間じゃない」
「下克上? 私が? うーん……」
この誤解、果たして解くべきか否か。
今さら私の願いをバカ正直に語ったところで、鼻で笑われてしまうのがオチだろう。
しかしこの小人ときたら、なんか矢鱈と目ぇキラキラさせてこっち見てやんの。ひょっとして私、懐かれちゃったとか?
「あの蟲妖怪と違って、なんだかアナタいい人そう! 私のコト食べないでいてくれたし……食べないよね?」
「食べない代わりってワケでもないけど、一つだけ私のお願いを聞いて貰ってもいいかしら?」
「私に出来る事ならいいよ! あっ、でも、打ち出の小槌はまだ……」
「まだ……なに?」
「な、なんでもない! ホントになんでもないから! さあホラ、早くお願いしちゃってよ! 私頑張るから!」
ふむ、コイツ何かを隠しているわね。まあどうでもいいのだけど。
それより今は急がねば。リグルへのお仕置きが終わったら、お次は私って可能性も十分にある。つうか、最早確定的ですらある。
太陽を消すのは不可能にしても、せめて私のささやかな願い事くらいは叶えて貰わねば、今日の苦労が報われん。
小人の力でも叶えられそうな願い事……そう、ずっと前から気になっていたアレについて、是非とも試してみたい事がある。
「私の頭に赤い変なモノがくっ付いてるでしょ? コレちょっと引っ張って貰ってもいいかな」
「変なモノって、私にはリボンにしか見えないのだけど……取っちゃっていいの?」
「いいよー。グェワィヤァッってな感じでお願いねー」
「なにその擬音!? ……まあ、その程度ならお安い御用よ」
針妙丸は私の腕、肩、鼻と飛び移り……鼻はやめろ! 最終的に頭の上へとよじ登った。
髪の毛をワシワシ引っ張られるのは、あまり気分のいいものではない。まあ、もう少しの辛抱だ。
「あったあった。んっ、なにコレ御札……? まあいいや、いくわよ!」
辺りが暗くなった。
……闇に覆われてから、どれ程の時間が経ったのだろうか。
私の主観で言わせて貰えば、最初にぶち当たった木の下で一眠りしただけなので、まだそんなには経っていない筈だが。
なにせ辺りは完全なる闇。昼夜の区別もつかない程だ。通常であれば、暗いのは私の周囲だけなのだろうが……どうやらそうではないらしい。
「ねえ霊夢、アイツまだ見つからないの?」
「まだって何よ。手探りで妖怪一匹見つけるのが、どんなに大変な事が分かってるの?」
「こういう時こそ打ち出の小槌を……運がよかったわね。今日もMPが足りないみたい」
「……ったく! ホンッッット使えないわねアンタは!」
霊夢と針妙丸の口論が聞こえる。リグルの馬鹿は逃げおおせたのかな? そうでなければ……まあいいや。
アイツらは私を捜しているみたいね。結構近くに居るのだけど、あの調子ではまだまだ見つかるまいて。
「どこまで行っても闇、闇、闇! もうイヤー!」
「誰の所為だと思ってるのよ! アンタがコレを外しさえしなければ、こんなコトには……!」
コレっていうのは、私の頭に付いていたアレのことか。よくまあ回収できたモンだわ。この闇の中で。
あの御札(?)が何だったのかなど私は知らないし、別に知りたいとも思わない。
私にとって唯一確かなもの、それは闇。
暗闇はいい。私には、それが何よりも必要なんだ。
「びえーん! 私が悪いんじゃないもーん!」
「だいたいアンタはお人好し過ぎるのよ! そんな事じゃあいつまで経っても……ん? なんかお尻に硬いモノが」
「どうも、博麗霊夢さん。アルセルタスです」
「アンタまだ居たの!? 早く自分のゲームに帰りなさいよ!」
まあ、大目に見てやって頂戴な。徹甲虫ではなくて、私の件についてだけどね。
この闇がどこまで広がっているのかは分からないが、コチラにしてみれば願ったり叶ったりだ。
捜索隊の喧騒を子守唄代わりに、私はもうしばらくの間、甘い闇の中を揺蕩うことにした。
のっけからナメた事抜かしやがったリグル・ナイトバグの顔面に、私は渾身のダーク・パンチをお見舞いしてやった。
理由も無く馬鹿呼ばわりされたら誰だって怒る。私だって怒る。
「なっ、殴ったね……!? 自分の名前も書けない馬鹿の分際で、よくも……!」
「は? 普通に書けるんですけど。『ルーミア』もしくは『Lumia』。どうよ?」
「ハイ残念! 正解は『Rumia』でしたー! 自分の名前なのに間違えるとかないわー、マジないわー」
うっさい馬鹿。LとRの何が違うというのよ。
えっ? 発音が違うって? 馬鹿は私の方でしたってか。やっべー超恥ずかしい。
「そういうアンタはどうなのよ。ちゃんと自分の名前書けるの?」
「アタボウよ。『リグル・ナイトバグ』もしくは『Riggle Nightbug』。私ってばマジ知性派ね!」
「……あれ? なんか足りなくない?」
「足りないのはお前のオツムでしょ、このノータリンがっ!」
いや、マジで何かが欠けている気がする。さほど重要でもなさそうな何かが。つーかコイツ自体どうでもいい。
とりあえずノータリン呼ばわりされた事への返礼として、今一度ダーク・パンチを……あっ、掴まれた。
「ふっふっふ……私に同じ手は通用しなくてよ? 蟲にだって学習能力というものが……」
「有るの?」
「有るに決まってるでしょ! 何その哀れむような眼差しは!?」
「『……学習能力はないのか』『……蟲だからねぇ』」
「やめて! ヒトの古傷を抉る様な真似はやめて!」
あらら、気にしてたのね。自分から得意気に言い放ってたクセに。
何の話だか分からないって人は……まあ、いずれ分かる日が来るでしょう。漫画でも読みながら気楽に待ちなさい。
「もうお互い馬鹿って事でいいじゃん。背伸びしたってロクな事ないよ」
「良くないよ! 蟲たちの地位を向上させるためには、それなりの知性というモノが必要になるんだからっ!」
「だったら、今すぐ蟲どもに叡智を授けてみなさい。まあ無理な話だろうケドね……」
「……無理じゃないんだなぁ、コレが」
あっ、何こいつスッゲー悪そうな顔してる。主に頭が悪そう。
触覚までピコンピコン動かしちゃって。いつか隙を見て毟り取ってやろうと思ってたけど、ようやくその時が訪れたって事かしら?
まあ、とりあえずは話を聞いてみることだ。どうするかはその後で決めよう。
「どんな無茶な願い事だろうと、たちどころに叶えてしまう道具が有ると言ったら……アンタどうする?」
「殺してでも うばいとる」
「な なにをする きさまー! ……って言いたいところだけど、残念ながら私の手元には無いのよねえ」
「じゃあ、殺すだけでいいや」
「どうしてよ!? わざわざ私を殺す必要なんか無いでしょ!」
殺しに理由はいらねぇ! 魂のはいった殺しなら――どんなもんでもブッ殺せーっ!
人喰い妖怪の心の闇は深かった。
「とにかく! その道具さえ手に入れれば、蟲たちを生態ピラミッドの頂点に押し上げることだって可能なワケよ!」
「難しい事はよく分からないのだけど……それやっちゃったらマズくない? 他の生き物絶滅しちゃうんじゃないの?」
「別にいいんじゃね? 蟲だけでもピラミッドは構成出来るだろうし。どの道頂点に立つのはこの私、リグル・ナイトバグ様に変わりないのだから!」
うーむ、清々しいほどの害虫っぷりだわ。こんな邪悪なヤツ見た事ないよ。
生きとし生けるものの為にも、今ここでコイツを駆除すべきなのかもしれないね。
だが、その道具とやらには興味が湧いた。所在を聞き出すまでの間くらい、好き勝手言わせてやるとしようか。
「参考までに聞いておくけど、ルーミアならどんな願い事をする?」
「太陽を消す」
「……はい?」
「いや、だから太陽を消すのよ。ウザったくてしょうがないじゃん、アレ」
リグルは口を半開きにして、「何言ってんだコイツ」ってな視線をこちらに向けてきた。
そんなに変なコト言った覚えはないのだけどねえ。あの忌々しい太陽さえ無くなってしまえば、この世はもっと住みよくなるんだから。
闇が全てを支配する時代……想像しただけでゾクゾクしちゃうね。
「ちょっちょっ、ちょっと待ってよ! そんなコトしたら、ありとあらゆる生き物が死滅しちゃうじゃん! 生態ピラミッド丸ごと潰す気かキサマはっ!?」
「別にいいんじゃね? 少なくとも私は快適に過ごせるワケだし」
「あ、ありえねー! 他の生き物が居なくなったら、私たち妖怪は一体全体誰を怖がらせればいいのよ! ひとたび存在意義を失ってしまえば、あとは消滅を待つのみよっ!?」
暗闇の中にしか、私の存在する場はない。
好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ。
「暗闇はいい。私には、それが必要なんだ」
「黒ーい! 何コイツ雑魚妖怪の分際で黒過ぎるでしょ! ちったぁ分を弁えなさいって!」
「弁えてないのはお互い様でしょ? いいから道具とやらの在り処を教えなさいよ。そしたら私一人で取りに行くから」
「ルーミア一人で? ……そりゃ無理だ! 申し訳ないけど」
「言葉は不要か……」
「おっとっと! その握り拳は私ではなく、博麗の巫女に振るうことね!」
「……えっ?」
なぜにアイツが? 唐突すぎて意味わからん。
我々は道具の所在について話しているのであって、あの馬鹿の登場する余地など……って、まさか!?
「私たちが追い求める道具――打ち出の小槌は、あの忌々しい紅白の馬鹿、博麗霊夢が所持しているのよ!」
……ああ、なんかもう結末見えちゃったね。何をどう頑張ったところで、返り討ちに遭うビジョンしか見えないよ。
いやいや、弱気になってどーする私。なにもアレを斃す必要などない。上手く立ち回って、目的を果たしさえすればそれでいいのだ。
そう、上手いこと立ち回って……ね!
そんなワケで、やって来ました博麗神社。リグルと二人草むらに潜み、じっと境内の様子を窺う。
まだ日は高い。夜を待たなかった理由は、我ら二人とも夜のアイツに負けた事があるからだ。
天の時よりも経験を優先したこの判断。戦術的には下の下の策だと認めざるを得ない。
「わ~たし~は~霊夢ちゃん♪ 幻想郷の~巫女さん♪」
いたいた。件の馬鹿巫女、博麗霊夢は調子外れの歌を口ずさみながら、境内の掃き掃除をしている。
そして……目標確認。賽銭箱の上で鎮座する小箱に、打ち出の小槌らしきモノが結わえ付けられていた。
アレさえ手に入れれば、世界を闇で覆い潰すことが出来るって訳だ。
「わたし~は~霊夢ちゃん♪ い~つ~も~巫女さん~♪」
「ジュルリ……」
隣のリグルが舌なめずりするのを、私は目敏く察知した。
そうだ、コイツは断じて味方などではない。己が悲願を成し遂げる為なら、ヤツはこの私すらも容赦なく切り捨てるだろう。
もっとも、それはコチラにとっても同じ事だ。この単純馬鹿をどう扱うかが、勝敗を分けるカギとなるのだから。
「ブンブ~ンブブ~ン♪ ブンブ~ンブブ~ン♪ なんだ~かな~あ~♪」
……しっかし下手クソな歌だなぁ! 音程が神隠しにでも遭ってしまったのか!?
もういい、もう沢山だ。早いトコ作戦の一つでもおっ立てて、目標物を入手してしまおう。
「作戦は至ってシンプルよ。ルーミアが囮になって、その隙に私がブツをゲトる。これでイきましょう」
「よし乗った」
「乗っちゃうの!? ……まあいいや。馬鹿は扱い易くて助かるよ」
ああ、まったく同感だ。
戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだが、リグルの様な馬鹿にはそれが理解出来んとみえる。
あくまで囮に過ぎない私と、打ち出の小槌を奪わんとする彼女。博麗霊夢がどちらを敵と看做すかなんて、考えるまでも無い事だ。
あのバカ蟲が退治されている間に、私が例のブツを頂戴してしまえばいい。目的を果たせなかった場合は、無関係を装ってしまえばリスクを回避できる。
完璧だ。我ながら完璧なプランといえよう。完璧過ぎて裏がありそうなくらいだ。
「それじゃあルーミア、犠牲よろしくね!」
言うが早いか、リグルは這うようにして神社の裏手へと回り込んだ。
彼女を偽りの笑顔で見送った後、私も行動を開始する。
あくまでさりげなく……散歩のついでに立ち寄った体を装い、霊夢の前に姿を晒け出す。
「こんにちは巫女さん。夜の境内裏はロマンティックね」
「まだ昼よ。あとここは裏じゃなくて表だから。つうかそれ私のセリフじゃないの」
私の唐突にして華麗なるボケに対し、律儀にもツッコミを入れてくれる霊夢(←のんき)。
いくら異変の最中じゃないとは言え、少々油断が過ぎるのではないかな?
それともアレか。ごく一部で冷酷非情の妖怪退治マシーン扱いされている現状を憂い、ここらで好感度アップでも図ろうってか。
「で、アンタは何をしに来たの? まさかとは思うけど、打ち出の小槌が狙いなんじゃ……」
「内村鑑三? 誰それ美味しいの?」
「……何でもないわ。忘れなさい」
よしよし、上手いこと誤魔化しきれたようだ。
普段から馬鹿として知られていると、こういう時に言い逃れが容易で助かるよ。
さて、私の方はこれで十分かな。あとはリグルのお手並み拝見といこうか。
「アルセルタス、突撃!」
噂をすれば何とやら。リグルの甲高い叫び声が響くと同時に、林の中から馬鹿でかい甲虫の様な何かが飛び出してきた。
光沢を放つ緑色のボディ。鋭く発達した爪。巫女の二、三人程度なら余裕でブチ抜けそうな角。凶悪ながらもどこかスタイリッシュなデザインだ。
ソイツは耳障りな羽音を伴いながら、こちらに向かって弾丸の如くに突っ込んでくる。あの馬鹿め、霊夢もろとも私を始末しようって魂胆かよ。
「猪口才なっ!」
巫女の対応は迅速だった。彼女は箒の柄を地面に叩き付けるや否や、棒高跳びの要領で跳躍し、迫り来る甲虫を容赦なく打ち据えた。
たまらずグラつくアルセルタス。ああ見えて意外と質量が小さい? でなけりゃ霊夢の体重が……いや、やめておこう。
彼女はそのまま甲虫に跨り、箒を捨ててお祓い棒を取り出した。あんなもので退治できると思っているのか? できそうで怖い。
「ギチギチギチ……!」
「なーにがギチギチよ。アンタも蟲妖怪の端くれなら、少しは気の利いた悲鳴を上げてみなさい!」
振り落とされぬよう巧みにバランスをとりつつ、お祓い棒でひたすら頭部を殴り続ける霊夢。
やっぱアイツ人間じゃねえわ。あまりにも躊躇いが無さ過ぎるもん。下手な妖怪よりよっぽど妖怪じみてるよ。
ご自慢の角をガシガシ殴られているアルセルタスも、そろそろ恐怖を覚え始める頃だろう。
「ぎゃあああっ! つっ角が折れるぅ!?」
「ふんっ! ふんふんっ!」
「痛いっ! 痛いーっ! たっ叩かないで……っ!」
「嘘おっしゃい! こんなに装甲を硬くしちゃって! いやらしい、本当にいやらしい徹甲虫だわっ!」
あの蟲、喋れたのか……。
とか思ってる間にもアルセルタスは力尽き、石畳の上へと仰向けに落下した。
弱々しく宙を掻く後肢と、見るも無残に朽ち果てた角が、なんとも哀愁を誘うではないか。
「私、グッジョブ!」
一足遅れて霊夢も着地。あえて口には出さないが、私もグッジョブ思ってるよ。
大事なお仲間をボッコボコにされて、アホリグルはどんな表情を浮かべていることやら。
「馬鹿な……こんなことは……」
あっ、あの馬鹿自分から出てきやがった。
ヤツは茫然自失といった体で、神社の裏からヨロヨロと歩み出てくる。大人しく帰ればいいものを、ムザムザとやられに来たって訳だ。
すかさず身構える霊夢。負け虫が二匹纏めて佃煮にされてしまうのも、最早時間の問題か。
「……とでも、言うと思ったかい? この程度、想定の範囲内だよぉ!」
けたたましい笑い声を上げながら、ズボンの裾から茶色い蒸気の様なモノを噴出するリグル。
あれは何だ? 昆虫特有のフェロモンってやつか? でなきゃお腹の調子が悪いとか?
「アルセルタス! テックセッター!」
「了解(ラーサ)!」
……どうやら前者のようだ。文字通り虫の息だったアルセルタスが息を吹き返し、主の許へと飛び立って行ったではないか!
私と霊夢の目の前で、二人……いや二匹が、その……ベーゼめいたアレを……ああ気持ち悪っ!
これじゃあリグルが捕食されてるようにしか見えんよ。いっその事、本当に食べられちゃえばいいのにね。
「アンタ達、一体何を……!?」
妖怪退治の専門家サマも、これには動揺を隠せないご様子。
その時、不思議なことが起こった。ボロボロだったアルセルタスの角が、見る見る内に修復され始めたのだ。
長い接吻を終え、新品同様に仕上がったアルセルタス。そんな彼(?)の腹部へと、リグルが背中を押し付ける。
一体何が始まるのやら。正直な話、あまり予想したくは無い。
「「うおおおおおおぉっ! 合体!」」
……うん、合体だね。ものの見事に合体しちゃったよ。
私は至って健全な妖怪なので、ナニがどう合体したのかはあえて伏せておく。とりえあずテックセットは関係なかった。
しっかしリグルの奴、痛くないのかねぇ? アレは絶対痛いと思う。アレとは何かって? 言えやしないよ。
「しっ、神聖な神社でなんてコトしてくれるのよ! 変態どもがっ!」
「変態ではない……合体だ」
「どっちだって変わんないでしょ、このイカレ野郎!」
「まあ、何と呼んでもかまわないけど。私からすれば、イカレてるのは全部だ、人間の」
アルセルタスと一体になったリグルは、宙を二、三度旋回した後に、再び霊夢への突撃を敢行する。
スピード、威圧感ともに先程とは段違いだ。たまらず横っ飛びに回避する彼女に対し、蟲たちの容赦なき追撃が続く。
すっかり蚊帳の外へと追いやられてしまった私だが、これってむしろ好都合だったりする?
「霊夢、夢想天生で来い」
「虫ケラ如きにそんなもん要るか! このお祓い棒で何度でも叩き落としてやるわっ!」
ヒートアップする両者に気取られぬよう、私は抜き足差し足で賽銭箱へと辿り着き、打ち出の小槌に手を伸ばす。
霊的な封印が施されている訳でもなく、紐を解きさえすれば持ち出し自由といった様子だ。簡単すぎて欠伸が出ちゃうね。
……おや? この小槌が置かれた小箱、よく見ると扉の様なモノが付いている。中に誰か居るんですか? 蟲だったらブッ潰しますけど。
「……だーれ? ノックくらいしてよね、もう」
小箱の中は、何者かの居住空間になっていた。
やたら手の込んだ装飾と、面積の大部分を占めるフカフカのベッド。いずれもサイズは極小だが、野宿上等な私に言わせりゃ、これではまるで御殿だよ。
んでもって、ベッドの上にその何者かが居るのだが……何だコイツは? 一応は人の形をしているけど、いくら何でも小さすぎる。
私ですら片手で摘めそうな大きさだ。つうか、実際手を突っ込んで摘み出してしまった。手足を振り回して抗議してきたが、所詮は無駄なあがきというモノよ。
「ちょっと! いきなり何なのよアナタは! それがレディに対する扱い!?」
「……アナタ何? リグルのお仲間?」
「誰よそいつ! つうかアンタが誰!? この少名針妙丸サマに手を出したら、あのおっかない巫女さんが黙っちゃいないんだから!」
自己紹介ごくろうさま。まあ名前なんざどうでもいいのだけど。
リグルを知らないという事は、おそらくコイツは蟲の仲間ではないのだろう。命拾いしたね。
だが気になるのは霊夢との関係だ。こんな脆弱な生き物が単独で生きられるとは思えない。となると、少名針妙丸は神社で保護されていると見るべきか。
それにしても、打ち出の小槌の下に小人とはね。如何に学の無い私といえど、一寸法師のお話くらいは知っているのだよ。
「この小槌って、ひょっとしてアナタの物だったりする?」
「そうよ! 勝手に持って行ったりしたら怒るからね! 巫女さんが!」
「巫女ならもう怒ってるわよ。私じゃなくて他の奴にだけどねー」
「えっ……じゃあなに? 私いま無防備? 無防備宣言発令中!? やだー!」
ジタバタ暴れる小人を左手に、打ち出の小槌を右手に掴み、私は会心の笑みを浮かべる。
色々とイレギュラーな要素があったにも関わらず、こうまで上手く事が運ぶとはね。日頃の行いの賜物かしらん。
さて、それでは始めるとしよう。暗黒の時代の幕開けこそが、歴史の最後の1ページとなるのだ。私はアルファにしてオメガ、最初であり最後である!
「えーっと……こうかな? いや違うな。じゃあこう! ……痛たたた」
「何やってんのよ」
「この小槌、どうやって使うの? 教えてくれたら五体満足で解放してあげるよ」
「……使うですって!? あははっ、アナタ何にも分かってないのね! その小槌は私たち小人族にしか扱えないのよっ! ざーんねーんでーしたーっ!」
「へーえ……そうだったのかー……」
「えっ、何その薄気味悪い反応。何か違う、よく分かんないけど何かが間違ってる気がするっ!」
何を期待していたのかは知らんが、私は伝家の宝刀を易々と抜くような女では無いとだけ言っておこうか。
期待といえば、この打ち出の小槌とやらはとんだ期待外れな代物だった。例え本物であろうと、私が扱えないのでは意味が無い。
コイツに使わせるという手もあるが、私の願いをそのまま叶えてくれるとは思えない。余程の馬鹿でもない限り、まず間違いなく私を退治するのに使うだろう。
「『そして闇は光を理解できず』……か。思えば儚い夢であった」
「これで満足した? だったら私を放しなさい! さもないと……!」
「さもないと……何?」
「ひっ!? やだコイツ怖い! 助けてー! 助けて巫女さーん!」
「だからアイツは来ないって……あら?」
ふと見上げれば、血相を変えた霊夢がこちらに迫っているではないか。こりゃ一大事ね。
あの巫女に人質戦術が通用するとも思えんが、こうなりゃ駄目で元々だ。
私は運を天に任せ、彼女に向かって針妙丸を突き出してやった。
「……ぐぬぬっ!」
意外や意外、霊夢はその場で急停止。
極悪非道の巫女さんといえども、人並みの情ってヤツがあったってワケだ。
「ねえ霊夢、この子は食べてもいい人類?」
「アンタねえ……!」
「おっと、動いちゃ駄目よー。チョットでもおかしな素振りを見せたら、この子が闇に飲まれちゃうからねー」
「もうイヤー! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよー!?」
私の掌中で針妙丸がもがく。軽くグニグニと握ってやったら、「はうっ!」とか叫んでグッタリしちゃいました。死んだかな?
一方の霊夢も、なかなかに酷い有様だ。全身ズタズタの巫女装束と、荒い呼吸に合わせて忙しなく上下する肩が、戦闘の激しさを物語っていると言えよう。
「クックックッ、随分と調子良さそうだねえ……ルーミア?」
余裕綽々といった様子のリグルが、私の視界に上から入り込んできて、霊夢の後方数メートルの位置でホバリングする。
少し目を離した隙に“合体”が進行したようで、アルセルタスを半ば着込むような形になっていた。なにコイツ格好いいじゃん。認めたくないけど。
それにしても、博麗の巫女相手にここまで有利に立ち回るとは……蟲ってヤツもなかなか侮れんね。
「こちらはもうすぐカタが付くから、それまで人質は大事に扱って頂戴ね?」
「……なに勘違いしてるの? 大人しくするのはアンタも一緒よ、リグル」
「なん……だと……」
驚愕の為か、アルセルタスの羽の動きが一瞬停止し、合体昆虫は危うく地面に落ちそうになった。
そんなに驚く事でもなかろうに。霊夢がやられてしまったら、次は私の番になっちゃうんだもの。
私の目的が果たせないと判明した以上、ここは均衡を維持して、どうにかこの場を丸く収める必要がある。
「残念だけど、アンタの願いも叶いそうにないよ。なんてったってこの打ち出の小槌は……」
「小人族にしか扱えない……でしょう? その程度の事、私が把握していないとでも思った?」
「……どういう意味?」
「あはははは! だからアンタは馬鹿なのよ、ルーミア!」
なに笑ってんだ殺すぞ。オマエと、オマエに引っ付いてる馬鹿でかい虫ケラと、ついでに霊夢と針妙丸も。
ちくしょう、怒りで頭が上手く回らない。じゃあ何か? リグルは最初から、打ち出の小槌が使えないって事を知っていたのか?
くそっ! だったらなぜ打ち出の小槌など狙ったのよ! 針妙丸に言う事を聞かせる秘策でもあったとしか思えない……あるのか? そんなモノが。
「蟲にも色々な種類が居てねえ。彼らの力を用いれば、獲物の脳を乗っ取って、従順な奴隷にしてしまう事だって可能なのよ!」
「へえ、それって何ていう虫? 具体的に名前を挙げてみてよ」
「それは、その……言う訳無いじゃない! 企業秘密よ、企業秘密!」
覚えていないのか。所詮は虫頭だという事ね。ちょっとだけ溜飲が下がったわ。あくまでちょっとだけ。
しかし、厄介な事態に陥ってしまったものだ。もしヤツの手に小槌と小人が渡ってしまったら、あの馬鹿げた願いが叶ってしまうって事じゃないか。
他の生き物がどうなろうと知ったこっちゃないが、蟲が支配する世界など私はゴメンだ。どんな手を用いてでも、リグルには断念して貰わねばならない。
そう、どんな悪辣な手段を用いてでも……ね!
「霊夢。もう一度聞くけど、この子は食べてもいい人類?」
「なッ……!? だ、駄目に決まってるでしょ! そうでしょ霊夢? ねえ、そうだと言ってあげなさいよ!」
「アンタには聞いてないわよ馬鹿蟲が。どうなの博麗の巫女さん? 今この子を処分しないと、この世は蟲どもの天下になってしまうのよ?」
「天下ですって? ……ああ、そういうこと。結局は下克上が目的だったってワケね、アンタ達も」
……おや? 霊夢ってば随分と落ち着いているじゃないの。ちゃんと事情が呑み込めているのかしら?
まあ、例の反則じみた奥義を用いれば、私やリグル如きどうにでもなると思ってるんだろうケド……それはちょっと甘過ぎるってモンよ。
今のリグルのスピードなら、私もろとも目標物を奪取して、この場を去る事くらい朝飯前だろう。
幾らアイツが馬鹿とはいえ、そろそろ強硬手段を思いついてもいい頃だ。それが分からない程度の馬鹿なのだろうか、この巫女は。
「アンタらが何をお願いするつもりかは知らないけど、打ち出の小槌にそれほど大きな力は無いわよ」
「う、嘘を言うなっ! いい加減な事を言ってると、アルセルタスの粘液をぶっかけるからねっ!?」
「嘘だと思うなら、証拠を見せてあげるわ……こら針妙丸! いつまで寝てるのよ、さっさと起きなさい!」
「はっ……!? ね、寝てないし! ちょっと目を瞑って意識を失ってただけだし!」
「それを世間では寝てたと言うのよ。ルーミア、その子に打ち出の小槌を持たせてあげなさい」
なんだかよく分からないが、特に逆らう理由も無いので、仰せのままに小槌を……持てるのかしら?
あっ、無理っぽい。仕方が無いから私が支えててあげよう。人食い妖怪が珍しく見せた優しさであった。
「よしよし。さーて針妙丸? こちらの蟲さんがアンタの脳味噌を食い荒らしたいとか仰ってたけど……それについて何か感想は?」
「えっ、なにそれこわい。是が非でも御免被りたいです、ハイ」
「だったら、その打ち出の小槌を使って何とかしなさい。まさか出来ないなんて言うつもりじゃ……」
「出来ませんけど!? っていうか、アナタ分かってて聞いてるでしょ! 意地悪しないでとっととコイツらやっつけてよ! 私達をやった時みたいにさー!」
「……えっ? ちょっ、どういうこと? マジで? マジでその……エエ~ッ!?」
ふははははは、リグルってばなんつーツラしてんのよ! 私を笑い死にさせる気かっつーの!
まあ無理もないか。打ち出の小槌が何の役にも立たない事の動かぬ証拠ってヤツを、まざまざと見せ付けられたのだから。
しかしアレだわ。私たちマジで最初から勝ち目無かったってコトじゃん。なんていうかもう、笑えてくるね。わはーってなカンジで。わはー。
「ち、ちくしょう! こうなりゃオマエら全員皆殺しだ! アルセルタス、ボルテッ」
「排出(イジェークト)!」
「あいばっ!?」
なにやら大技を繰り出そうとしたリグルであったが、突如としてアルセルタスとの……“接続”を断たれ、アワレにも地べたに叩きつけられてしまった。
ここへ来てまさかの下克上か? いや違うな。あのデカ虫からは戦意らしきものが感じられない。それどころか、明らかに帰りたそうな雰囲気を漂わせている。
「すまない女王(クイーン)。此処とは何処か異なる領域(エリア)にて、女帝(ワイフ)が俺を呼んでいるみたいだ……行かねば」
「いや、行っちゃ駄目だって! 行ったらオマエ確実に逝くよ!?」
「ああ、その点なら問題ない。なにせ呼んでるってのはウソだからな……アディオス!」
言うが早いか、彼の者は一陣の風となりて去りぬ。願いが叶わない以上、勝っても負けても空しいだけだもんね。
なにはともあれグッバイ、アルセルタス。そしてドンマイ、リグル。
「はァ!? ちょ、ふざけんなこのバカ! 戻ってこーい……っ!?」
虚空に手を伸ばしながら、弱々しくへたり込むリグルの襟首を、ただならぬ殺気を纏いし霊夢が掴む。
こうなってしまったら、もう誰にも結末は変えられない。妖怪退治の現実ってヤツだね。
「おイタが過ぎたわね。少しばかりお灸をすえてあげるわ」
「ひいっ……!? あ、ほら! 一寸の虫にも五分の魂! いのちだいじに! いのちだいじに!」
「……1.5cm程度がどうしたって?」
「なー!?」
わぁ外道……このやりとり、昔どこかで……? まあいいか。あまり深くは考えまい。
ふと気付くと、私の手の上で針妙丸がこちらをじっと見つめていた。コイツの存在すっかり忘れてたわ。
「あの蟲野郎、アナタのお仲間でしょ? 助けてあげなくていいの?」
「野郎かどうかは兎も角として、仲間じゃない事だけは確かね。むしろ何故仲間と思ったのかが気になるわ」
「えっ? だってホラ、アナタも下克上を目論んでいたんでしょう? だったら同じレジスタンスの仲間じゃない」
「下克上? 私が? うーん……」
この誤解、果たして解くべきか否か。
今さら私の願いをバカ正直に語ったところで、鼻で笑われてしまうのがオチだろう。
しかしこの小人ときたら、なんか矢鱈と目ぇキラキラさせてこっち見てやんの。ひょっとして私、懐かれちゃったとか?
「あの蟲妖怪と違って、なんだかアナタいい人そう! 私のコト食べないでいてくれたし……食べないよね?」
「食べない代わりってワケでもないけど、一つだけ私のお願いを聞いて貰ってもいいかしら?」
「私に出来る事ならいいよ! あっ、でも、打ち出の小槌はまだ……」
「まだ……なに?」
「な、なんでもない! ホントになんでもないから! さあホラ、早くお願いしちゃってよ! 私頑張るから!」
ふむ、コイツ何かを隠しているわね。まあどうでもいいのだけど。
それより今は急がねば。リグルへのお仕置きが終わったら、お次は私って可能性も十分にある。つうか、最早確定的ですらある。
太陽を消すのは不可能にしても、せめて私のささやかな願い事くらいは叶えて貰わねば、今日の苦労が報われん。
小人の力でも叶えられそうな願い事……そう、ずっと前から気になっていたアレについて、是非とも試してみたい事がある。
「私の頭に赤い変なモノがくっ付いてるでしょ? コレちょっと引っ張って貰ってもいいかな」
「変なモノって、私にはリボンにしか見えないのだけど……取っちゃっていいの?」
「いいよー。グェワィヤァッってな感じでお願いねー」
「なにその擬音!? ……まあ、その程度ならお安い御用よ」
針妙丸は私の腕、肩、鼻と飛び移り……鼻はやめろ! 最終的に頭の上へとよじ登った。
髪の毛をワシワシ引っ張られるのは、あまり気分のいいものではない。まあ、もう少しの辛抱だ。
「あったあった。んっ、なにコレ御札……? まあいいや、いくわよ!」
辺りが暗くなった。
……闇に覆われてから、どれ程の時間が経ったのだろうか。
私の主観で言わせて貰えば、最初にぶち当たった木の下で一眠りしただけなので、まだそんなには経っていない筈だが。
なにせ辺りは完全なる闇。昼夜の区別もつかない程だ。通常であれば、暗いのは私の周囲だけなのだろうが……どうやらそうではないらしい。
「ねえ霊夢、アイツまだ見つからないの?」
「まだって何よ。手探りで妖怪一匹見つけるのが、どんなに大変な事が分かってるの?」
「こういう時こそ打ち出の小槌を……運がよかったわね。今日もMPが足りないみたい」
「……ったく! ホンッッット使えないわねアンタは!」
霊夢と針妙丸の口論が聞こえる。リグルの馬鹿は逃げおおせたのかな? そうでなければ……まあいいや。
アイツらは私を捜しているみたいね。結構近くに居るのだけど、あの調子ではまだまだ見つかるまいて。
「どこまで行っても闇、闇、闇! もうイヤー!」
「誰の所為だと思ってるのよ! アンタがコレを外しさえしなければ、こんなコトには……!」
コレっていうのは、私の頭に付いていたアレのことか。よくまあ回収できたモンだわ。この闇の中で。
あの御札(?)が何だったのかなど私は知らないし、別に知りたいとも思わない。
私にとって唯一確かなもの、それは闇。
暗闇はいい。私には、それが何よりも必要なんだ。
「びえーん! 私が悪いんじゃないもーん!」
「だいたいアンタはお人好し過ぎるのよ! そんな事じゃあいつまで経っても……ん? なんかお尻に硬いモノが」
「どうも、博麗霊夢さん。アルセルタスです」
「アンタまだ居たの!? 早く自分のゲームに帰りなさいよ!」
まあ、大目に見てやって頂戴な。徹甲虫ではなくて、私の件についてだけどね。
この闇がどこまで広がっているのかは分からないが、コチラにしてみれば願ったり叶ったりだ。
捜索隊の喧騒を子守唄代わりに、私はもうしばらくの間、甘い闇の中を揺蕩うことにした。
なぜ人も妖怪も寄り付かない魔法の森にルーミアがよくいるのかという問題を合理的に説明した幻想入りは見たことない
オチでも紳士、つまり変態という名の紳士……、蟲だけに。
それにしてもルーミアさんはどんなに闇が広がっても衝突するんですね。ある意味不憫な気もする。
殺伐としてるはずなのになぜかなごむ作品でした。
何だか混沌とした香りが漂ってくる話ですが、そこが良いですね
そんなことを思いついた二月の寒い夜
この妙な殺伐さと妙なぬるさがそそわな幻想郷なんだろうなあ
テンポが良くて面白かったです