Coolier - 新生・東方創想話

コインロッカー・フランドール

2014/02/04 22:45:07
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 「めーりん、この子、ひろったの」
門まで来て、お嬢様が差し出したのは、腕の中ですやすや眠る小さな小さな赤ん坊だった。体は白い布に包まれている。肌は淡紅色をしており、柔らかそうな肌とまだ少ないながらも、ふさふさしたレモンイエローの髪の毛が目を引いた。お人形のように、顔の作りは精巧だ。
「いもうとにしていい?」
私は息を飲むことしかできなかった。幻想郷は外の世界から消えたものの世界。赤ん坊までもが外の世界ではいらない存在になっているのか。動揺をお嬢様に悟られないように極めて冷静な声を出す。
「どこで拾われたのですか?」
「咲夜のおへやのロッカー。かくれんぼしてたら見つけたの」
恐らくこの子は人間だ。妖気がまったく感じられない。これは一度館の皆で話し合わなければならないなと私は思った。
「お嬢様、咲夜さんや、小悪魔さんと少し相談してきますね。お嬢様は、一旦お部屋にお戻りください。その子も、一旦お預かりいたします」
「やだ。その子といっしょがいい」
いつも素直なお嬢様にしては、めずらしく駄々をこねた。少し考える。
「では、一緒に参りましょうか」
別にお嬢様が従者会議にいらしても問題はない。むしろ主不在の方が変ではあるのだが、なにしろお嬢様は幼少だ。まだ人間が自分の食べ物だなんて気づいていない。無防備な心を持っている。だから咲夜さんも拾ってきた。けれど今回は話が違う。この子はまだ何の力もない赤ん坊だ。しかも、人間の。私は思考をめぐらせる。お嬢様にとって一番いい方法は何であろうかと。
「お嬢様は、妹が欲しいのですか?」
スカーレットの血筋はお嬢様で止まっている。他に誰も血という意味での家族はいない。
「うん。スカーレットを名乗る妹がほしい。私の血族がほしいの」
お嬢様は幼い頭で一生懸命考えたのだろう。そしてほんとうの意味で自分は一人だということにも気づいているのだろう。お嬢様はうつむいて、可愛いお顔を曇らせていた。
「そうですか。……わかりました。私、いい方法が思いつきましたよ」
にこっと笑って不安そうなお嬢様を安心させる。この子には少し痛い目にあってもらうけれど、それもお嬢様のためだ。
「さぁ、行きましょう」
そう言うと、お嬢様は小さな体で赤ちゃんを抱きかかえながら元気いっぱいに頷いた。


 「この子を吸血鬼にする?」
咲夜さんは怪訝そうに眉をひそめた。それもそうだ。吸血鬼を増やすなんて、幻想郷のパワーバランスを崩しかねないことだ。スキマ妖怪に何か言われるかもしれない。
「お嬢様がこの子を家族にしたいとおっしゃるなら、それが良いと思われます。人間と吸血鬼とでは寿命が違いますから」
お嬢様は黙って椅子に座っている。床につかない足を所在無さ気にぶらぶらさせて、私たちの様子を見守っていた。
「いいんじゃないですか?」
小悪魔さんが穏やかに微笑む。
「あーっレミィ、なぁにその子!」
そんな時、談話室の扉が開いた。パチュリー様だ。
「ひろったの。この子、いもうとにするの!」
目をらんらんと輝かせてお嬢様がぱぁっと明るく答える。パチュリー様はというと赤ん坊に釘付けだ。手に持っていた本を机に置いて、じっと赤子を見つめる。そして、布から出ている小さな小さな手にそっと指を触れさせた。すると、きゅっと赤ちゃんがそれを握った。
「あっ、すごい! レミィすごいよ!」
パチュリー様は頬を上気させてはしゃぐ。乳幼児特有の原始反射だ。把握反射はわかり易いので、一般的にもよく知られている。
「かわいいねー。この子が紅魔館に住んだら、きっとたのしいねー」
えへへーと笑うお嬢様が可愛くて、その場に居た大人全員が一瞬両手で顔を覆った。いけない。今は大事な話をしているのだ。
「それは、……まぁいいとしても、もう少し大きくなってからにしましょう」
咲夜さんがもっともなことを言う。それもそうだ。赤ん坊の状態で血を吸ったら、この姿のままで一生過ごすことになる。
「ふぇ、ぁあぇえん」
お嬢様とパチュリー様に囲まれている赤ちゃんが泣き出した。お腹がすいたのだろうか。それとも、下の方が濡れてしまったのだろうか。そうだ、おむつを作らなければ。
「お嬢様方、この子はしばらくしたら吸血鬼になります。それまで、私たちでお世話しますね」
「えー魔女にしようよー」
パチュリー様が頬を膨らませて抗議する。確かにそういう方法もあるけれど、時間がかかる。
「パチュリー様はこの子が成長したら、魔法を教えてあげてくださると美鈴は嬉しいです」
「うん! じゃあそうする!!」
大きく頷くパチュリー様。家のお嬢様方は素直でほんとうに可愛い。素直でなくても可愛い。とにかく可愛い。
「お嬢様、よろしいですか?」
「わたしも、お世話手伝う!」
パチュリー様に赤ん坊を預けたお嬢様が机から身を乗り出してくる。よっぽど嬉しいのか、背中の羽がぱたぱたしていた。
「ありがとうございます。では、いろいろ準備がありますので、一旦私はその子をお預かりいたしますね」
パチュリー様から赤子を受け取り、ふと思う。
「お嬢様、この子の名前はどうされるんですか?」
「ふふー実はもうきめてあるの! あのねー! フランっていうの。カスタードプリンみたいな髪の色をしているから、フラン!」
「なるほど、かわいらしいお名前ですね」
「そこで! めーりんにおねがいがあります!」
いいことを思いついた! とばかりの表情で私の前に立つお嬢様。
「なんでしょう」
「フランじゃ短いから、フランのつづきをめーりんに考えてほしいの!」
「えぇ? 私でいいんですか?」
突然大事な任務を任されてしまった。どうしたものか。お嬢様は相変わらず紅い瞳を爛々と輝かせている。
「少し、考えさせてくださいね」
時間をかければ名前のひとつくらい思いつくだろう。しかしお嬢様の妹様となる子だ。真剣に考えなければ。名前が付いた以上、これからはこの子は妹様になられるのだ。
「では、みなさん。これからよろしくおねがいしますね」
咲夜さんと小悪魔さんに声をかける。お嬢様方二人を育ててきた三人だ。赤ちゃんの一人や二人、あっというまに育てて見せる。


 さらしをばらして、布おむつをとりあえず20枚ほど作った。こんなとき、河童から買ったミシンが役に立つ。手縫いをしていては、間に合わない。
「はぁい、こんにちはぁ」
額に汗してこちらはミシンをかけているというのにのんきな声が頭上から聞こえた。
「家族が増えるんですって? お祝い持ってきたわよ」
八雲紫だった。とっさに警戒をする。妹様を自分の後ろにかくして戦闘の構えをとった。
「そんなにつっかからないでよぉ。私はただ可愛い赤ん坊の顔を見に来ただけなんだからぁ」
相変わらずの胡散臭さである。はいこれ、と渡されたものは筒状の缶だった。大きな紙袋にいくつも入っている。袋の端にはよだれかけやぬいぐるみなどのベビーグッズが詰め込まれている。
「粉ミルクっていうの。便利なのよぉ」
「あなたに頂いたものは怖くて大事なお嬢様には使えません」
「大丈夫よぉ。山羊のミルクと迷ったけれど、日持ちするほうがいいでしょう?」
それより、といって紫はスキマを作ってそこに手を差し込む。はっとして妹様の方を振り向く。スキマから出た手が妹様を撫でていた。
「ちょっ」
という前に私は愕然としていた。八雲紫の新たな一面を見てしまったのだ。
「やぁぁあん! 可愛い。可愛いわぁ。家の橙も小さいころはこんなだったのよぉ。はぁふにふに、ふさふさ、はぁあん」
いつの間にかフラン様の前に立ち、私の目の前で嬌声を上げる紫を私はただ呆然と見つめていた。どうやらほんとうに祝いに来てくれたらしい。
「申し訳ない。先ほどの無礼を許してください。このミルク、大事に使わせていただきます」
「はぁぁああ、ちっちゃいおてて、すぅすぅ寝息、やわこいお肌、あぁぁああん!」
まったく話を聞く様子がない。
「おむつかえるので、すこし離れてください」
「はぁん、もーーかわいいー」
こいつもうだめだと私は悟り、延髄に手刀を入れた。

 紫が帰ったあと、即席のゆりかごの中で眠る妹様を見つめながら思った。ほんとうに、お人形さんみたいに可愛い顔をしている。ほっぺが紅くて、金色の髪は柔らかそうで、まったくおいしそうだった。食べることなんて、絶対にしないけれど。
 そのとき思いついた。名前のことだ。
「ドール」
そのままだけれど、いちばんそれがぴったりな気がした。金色の、プティングのお人形。甘くて、ふわふわのお嬢様。多国籍な名前だけれど、とてもキュートな響き。それをお嬢様に伝えるとめいりんらしくていいね! とお褒めを頂いた。フランドールお嬢様。レミリアお嬢様の血族となるお方。絶対に守ろう、そう思った。
 乳幼児のの世話をできるのが私しか居なかったため、一旦門を門番隊の子たちに任せることにして私は妹様のお世話係となった。

 最近人里や、神社周辺でも、赤ん坊が突然現れるという現象が起きているという。これはほんとうに恐ろしいことだ。外の世界は子どもを必要としていないということなのだろうか。私は、その知らせを聞くたびに憂鬱な気分になっていた。

 しかしそんな私の気持ちなどとは関係なく、それからフランお嬢様はすくすく育った。体重も10キロを超えた。だいたい一歳くらいだろうか。よく泣き、よくミルクを飲んだ。乳歯も生えた。身長も八十センチを超えている。四頭身になったフランお嬢様はよく笑う愛らしい子に成長した。一人で立つこともできるようになった。館の皆とも馴染んだ。特に、パチュリー様は妹ができたようで、たいそうお喜びになっていた。
 そろそろかな、と思う。お嬢様の元へ赴き、眠っているフランドールお嬢様を差し出した。
「お待たせしました、お嬢様」
「よーし、吸っちゃうぞー」
お嬢様はがおーなんて素振りをして私を和ませた。お嬢様の妹様を見つめる目には、嬉しさが満ち満ちている。はじめての眷属を手に入れるというのはどんな気持ちなのだろう。かぷり、お嬢様の小さな牙がフランドールお嬢様の首に食い込む。できるだけ痛くないように、気を遣っているのがわかる。
「ふぁぇ、ふぇ……うわぁぁん!!!!」
妹様が泣き出した。お嬢様はおろおろしながらも、よしよしと妹様の頭を撫でて、やさしく抱いていた。お嬢様の様子を回り込んで伺うと、まさか、瞳に涙をためていた。
「お嬢様……」
思わず声をかけるとお嬢様は手の甲で目をこしこしして、にっこり笑った。
「フランドール! 私の家族! フランって呼ぶの!」
笑顔がはじけて、りんという音がした。



 その日から、徐々にフランドールお嬢様は吸血鬼化していった。羽は背中の皮膚を突き破り、生えてきた。枝のようなものに宝石がぶらさがっている、美しい羽だった。傷口のせいでしばらく熱を出していたが、永遠亭の薬のおかげかすぐによくなった。紺碧の瞳も、真紅に変化した。お嬢様そっくりの、紅い眼。それを見つめてはお嬢様は嬉しそうに微笑むのだった。
「お姉さまだよーフランー」
最初は喃語しか喋れなかった妹様も、一語文程度なら話せるようになってきた。お嬢様は妹様に自分をお姉さまと呼ばせたいらしい。
「ねーねー!」
しかしそれはまだ叶いそうもない。きゃっきゃと笑ってお嬢様を指差す妹様。幼児はよく指差しをする。フランお嬢様にもそれは見られた。健康に育っている印だ。
 

 そんな平和で幸せな毎日が続いていたころ、それは起こった。
「お嬢、様……?」
いつものとおり子ども部屋のお茶の時間だった。私がいつものように紅茶を運ぶと、そこには四肢が欠損したお嬢様と泣き喚く妹様がいた。部屋は血にまみれていて、足を進めると、ぬるりと滑りそうになった。血のにおいには慣れていたが、それ以上に状況が理解できなかった。
「お嬢様!!」
一瞬停止しかけた思考に鞭を打って頭を高速で回転させる。治療だ。治さなければ! いくら吸血鬼と言っても四肢がなくなっては失血死してしまう可能性だってある。私はあーんあーんと泣き続ける妹様を背中に、意識を失っているらしいお嬢様を前で抱えて部屋を飛び出した。

 「私のせいなの……」
図書館でパチュリー様は泣きながら止血の魔法をかけてくれた。私のせい、という言葉に反応する。聞き捨てならない言葉だ。
「どういうことですか?」
「私が、フランに自分の能力を探し当てる魔法をかけたから、レミィが。きっとフランの力は見つけちゃいけなかったんだ」
涙をぼろぼろ瞳からこぼして嗚咽を漏らすパチュリー様に、私は何もいえなくて、抱きしめることしかできなくて。魔法を教えてくれたら嬉しいと言ったのは私だ。パチュリー様は、きっと期待に胸を膨らませて、本を開いて妹様に魔法をかけたのだろう。吸血鬼となったから、大丈夫と思ったのだろう。
「申し訳ありません、お嬢様方……」
お嬢様は透明な棺おけの中で眠っていた。手足は再生している。吸血鬼の蘇生力は侮れない。
「おねえ、さま」
声が聞こえた。鈴の音のような、やさしく芯のある声。振り向けば、フランドールお嬢様が立っていた。
「わたし、ぜんぶ分かったの。パチュリーに魔法をかけてもらってから、今までのこと全部分かったの。自分の力を使ったら、全部がわかってしまったの」
それは、背丈は一歳児のままなのに、お嬢様より大人びた妹様の姿だった。これも魔法のせいなのだろうか。
「私が拾われて、お姉さまやみんなに愛されて育ったって知った。それもこれも、お姉さまを私が壊してしまった後に、分かったの」
紅い瞳を伏せて、自分の指をもてあそんでいた。これは、私の知っている妹様ではない。
「私、帰る」
踵を返して妹様が歩き始める。
「フラ、ン……」
そんな時、お嬢様のこと切れそうなか細い声が聞こえた。妹様は振り返って目を丸くした。
「どうして、お姉さまの記憶も、ぜんぶきゅってしたのに……」
お嬢様は棺おけから体を起こしてゆっくりと妹様に近づいていった。てとてとと、頼りなく。そして、妹様の下までたどり着くと、やさしく妹様の体を抱きしめた。そして、言った。
「あいしてる」
それはあまりにも慈愛に満ち溢れた言葉だった。私は双眸から涙があふれるのをとめることができなかった。フランお嬢様も泣いていた。ぽろぽろ涙をこぼしていた。
「お姉さま、お姉さまぁっ」
二人はそのまま、いつまでも抱き合っていた。
 


 その日から、妹様は地下室に篭るようになった。誰も傷つけないように。

 けれど。
「フラン! お茶しましょ!」
「今日はね、ご本をもってきたよ!」
そこを訪ねる者は途切れることはなかった。フランドールお嬢様の心の傷がいえるのも、時間の問題かもしれない。私はそれを願って、今日も二人を見守る。咲夜さんや、小悪魔さんも、三人の子どもたちを愛おしく思っている。

 紅魔館は、愛にあふれていた。
コインロッカーベイビーも、もう幻想入りです。

コメント等もらえると泣いて喜びます。ご鞭撻のほどよろしくおねがいします。
https://twitter.com/numakoharu
桜野はる
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コメント



0.540簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
恐ろしく幼いレミリアとパチュリーに、495が0になったフランドール。色々と新しいです。幻想郷は、捨て子も可愛がって眷族にするくらいすべてを受け入れるのですね。なんて残酷なのでしょう。
6.90絶望を司る程度の能力削除
新しい物語の始まり。コインロッカーベイビーは、増やしてはいけない。
9.90奇声を発する程度の能力削除
コインロッカーベイビーは駄目ですよ
12.90名前が無い程度の能力削除
父親は咲夜、母親は美鈴
そんな感じ
20.100kaz削除
フランが人間から吸血鬼になる設定は初めてです。
そして、最高の姉妹愛です。