Coolier - 新生・東方創想話

風が呼んでいる

2014/02/02 19:44:02
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   一

 一羽の烏が飛んでいる。人里へ向かって真っすぐと。その烏は天狗から命を受けていた。
 烏の瞳は使命の色を浮かべていた。それは誇りを持った者の目であり、獣にはできないものであった。普段は野生で過ごす彼らだが、命令を受けた時にだけ山の社会の一員となるのである。
 目当ての場所が近づくと、烏は降下していった。先には茶屋が見える。出入口には長椅子が置かれている。
 そこには一人の少女が座っており、茶をしばいている所であった。湯呑からは湯気が立ち上り、息で冷ましながらちびちびと飲んでいた。
 白いシャツに黒のミニスカート、艶やかな黒髪に天狗帽を乗せた、愛嬌のある顔つきをした娘である。里の人間が見れば、何処となく見覚えがある事だろう。それは、彼女が『文々。新聞』なるものを発行している事に起因する。名は確か、射命丸文と言う。
 文は向ってくる烏を認めると、腕を上げた。烏は器用にそこへ下りると、その後、文の誘導に従って肩へと移動した。
 店の者がちらりと視線を向けた。文はそれに気づいていたが、気に留める事はなかった。じきに視線は外された。
 しばらくは意味もなく時間が流れた。烏は毛繕いを始め、文はぼーっと空を眺めていた。  
 昼の陽気が眠気を誘うようで、通行人の中には欠伸をするものもいた。
 変化が訪れたのは一瞬の事であった。
 ふと、両者の目が合った。一秒にも満たない短いものであった。しかし、それで意味は成った。
 烏は去って行った。彼の日常へと。獣の目をぎらつかせながら
 文は残った茶を飲み干した。既に茶は冷たくなっていた。
 そうして、文は胸ポケットから手帳を取り出した。
 何かと手帳を見るのは彼女の癖であった。そうする事で、次に取るべき行動が頭に浮かんでくるのである。乱雑にまとめられたメモ書きではあるが、彼女には欠かすことのできない肉体の一部と言えるだろう。
 勘定を済ませ、文は飛び立った。行先は山である。そこは彼女の住処でもあった。
 飛び去る前、彼女の目には嗜虐の色が浮かんでいた。


   二

 文が人里に赴いたのは知人との待ち合わせの為であった。
 知人の名は犬走椛。白狼天狗で将棋好きと言えば有名である。文の新聞にも何度か載った事がある。
 また、彼女は烏天狗が嫌いな事でも有名であった。本人が公言した事はないが、露骨な態度でもってそれを証明している。
 恐らく、原因は彼女の能力によるものであろう。彼女が嫌っているのは、新聞を発行している烏天狗であった。
 しかし、意外にも誘いをかけたのは椛からであった。
 文は最初、断るつもりでいた。記者の勘が告げていた。これは記事にはならないと。利益にならない申し出に乗るほど、彼女はお人好しではなかった。
 そのような文の考えを変えたのは、話を持ち掛けてきた時の椛の眼差しであった。
 元々、椛は話す事が苦手な性質であった。周囲からは寡黙と思われている。しかしその代わりなのか、目は他の誰よりも雄弁であった。彼女の知り合いから言わせると、『視線が痛い』程だそうだ。
 文が興味をひかれたのは、自分を見る椛の目から別の者の気配を感じとった事だ。それが誰なのか、文には容易に想像できた。そして、それがどのような内容なのかも。
 犬走椛はゴシップとは縁遠い生活をしている。浮ついた噂は聞いた事がない。本人もそういった話は苦手である。
 文と椛を繋ぐ点。それは、風祝の存在であった。
 文はこう予想した。恐らく、椛は伝言を頼まれているのだろうと。そして、それは正解であった。
 果たして、どのような言葉が飛び出してくるのか。
 文は、椛と早苗が懇意にしているのを知っている。そして、文も早苗とは交流があり、その事を椛が快く思っていない事を知っていた。恐らく事務的な態度で接してくるのだろうが、文はそれで終わらせる気はなかった。
――若い天狗が暴れている。
 使いの烏はそう言った。
 文は向った。騒動の現場へと。そこには椛がいる。
 それは、椛に対する嫌がらせの為であった。


  三

 文が現場に到着した時、椛は三人の天狗と対峙していた。勝気な目をした娘が一人先頭に立ち、もう二人は椛の目から隠れるように立っていた。
 先頭の娘が甲高い声を発している。二人の娘がそれを応援するように相槌を打っていた。
 椛は黙ってそれを聞いていた。頷きもせず、じっと三人を見つめていた。その雰囲気に圧されているのか、所々言葉に詰まってしまっている。
 文は椛の隣に寄った。相変わらず、椛は三人を見つめていた。
「どんな調子?」
 尚も言葉を発している娘を無視し、文は訊いた。唐突に話を中断された娘は、勢いづいた口を持て余しているようだった。訝しげに相手の様子を伺った。
 少しの間があり、椛が答えた。
「どんな調子とは?」
「何が原因だったわけ?」
 その言葉に反応したのは彼女達の方だった。
「あんた、射命丸文よね? 弱小新聞の」
 文は構わず、椛に続きを促した。仕方なさそうに椛は応えた。
「彼女に訊いてみては如何ですか?」
「いやよ、面倒な」
「…」
 無視された娘は顔を真っ赤にしていた。隠れていた娘達も、そんな彼女に同調し憤慨しているようであった。
「ちょっと、あんた何様なわけ⁉ いきなり入ってきて、その態度はないんじゃないの⁉」
 娘は一層興奮し、二人もそれに続いた。
 文はより笑みを深めた。そして、初めて彼女たちの方を向いた。
「では、お訊ねしましょうか」
 その言葉と共に、空気がざわついた。三人の背中が粟立った。勢いづいていた筈の彼女達は、途端に勢いを失ってしまった。
「あなた方が今回の件に至った経緯について、説明して頂けませんか?」
 三人は少しの間、黙っていた。
そして、意を決したように先頭の娘が話し始めた。
「納得できないのよ」
「納得、というと?」
「私たちは天狗に生まれてきた事に誇りを持っているわ。かつては鬼が自分たちの上にいたらしいけど、今じゃあ天狗が山の治安を守っている。それなのに皆、鬼がやってくるとへこへこばっかりして、気持ち悪いったらないわ」
「ほう」
「あんただって、ずっと昔から山を見てきたんでしょ? ここが嫌になって地下へ潜ったってのに、近頃出てくるようになって、そんな奴らに勝手にされたらたまったもんじゃないわ!」
 間欠泉が噴出した異変以降、地上と地底の関係は緩和されていった。しかし、それを良く思うものもいれば良く思わない者もいた。
 三人にとって、自分達より立場が上の存在がいたという事はショックな出来事であった。無論知識では知っていただろうが、実際にその光景を見て、心が納得できなかったのである。
「なるほど。それで、どうするつもりだったんですか?」
「射命丸様、あとは私が引き継ぎます」
 それまで沈黙を保っていた椛が口を出し、間に割って入った。
「それを決めるのはあなたじゃない。下がっていなさい」
「…はい」
 椛はすごすごと下がっていった。
「さて、話のこしを折って申し訳ありません。続きをお聞かせ願えますか?」
「え、ええ…」
 三人は段々と不安になってきていた。正しいことを自分達は行おうとしているつもりであった。しかし、まるで今の状況は、尋問を受けているようであった。
「のんきな顔でやってくる鬼に発破かけてやろうと思ったのよ。あいつら、人間風情に負けたらしいじゃない? だから、皆、あんなやつらに頭下げる必要ないってわかってもらいたくて」
「ふむ」
「それに、何だか協定を結んでるんでしょ? だから、何かあっても大きな事にはならないと思って…」
 文は相槌をうつのをやめた。
 それから沈黙が訪れた。
 文は文花帖に何かを書くと、そのページを破って椛に渡した。そして、「あとは任せる」と言って去って行った。
 椛は渡されたメモをしまった。そして、事態の収拾にあたった。
 すっかり意気消沈してしまった彼女達を見る椛の眼差しは、何処か寂しげであったが、優しい光を宿していた。


 四

「え、何?」
 にやにやした笑みを貼り付けたまま、文は訊ねた。
「ですから、私と早苗さんは貴女の思っているような間柄ではないと申しております」
 ため息交じりに椛は答えた。
「またそんな事言ってー、本当の事をしゃべっちゃいなさいよ」
「これまで貴女に言った事は、全て本当の事です」
「またまたー」
 文は団子が乗った皿を椛に寄せた。椛はそれを手で制した。
「私は結構です」
「まあまあ、たまの上司の好意ぐらい受け取りなさいよ」
「…わかりました。頂きます」
 渋々といった具合に、椛は団子に手を伸ばした。そうして口に含んで飲み下すと、大きなため息をついた。
「幸せが逃げるわよ」
「どの口が言うんですか…」
「さてね」
 二人は茶屋に来ていた。先日待ち合わせした場所である。
「…貴女の方はどうなんですか?」
 控えめな様子で椛は訊ねた。
「どうって?」
 椛は口ごもった。彼女はこういった話題に疎い。どう相手に話を振っていいのかわからないようであった。
「ですから、その、早苗さんとは、どういったお付き合いをされているのですか?」
「はあ?」
 文は理解できないものを見るように、椛を見た。当の本人はごにょごにょと、言葉にならない声をあげていた。文はそれを無視して、椛へと問いかけた。
「どういう意味で言ったのか知らないけど、仲良くさせてもらっているわよ。仕事相手としてね」
「そうですか」
「そうですかって…。何? つまりは下世話な想像してたって事?」
「いえ、そういうわけでは…」
「そもそも、さっき私が言った事を思い出せばわかる事でしょ?」
「それはそうですが…」
 椛は納得していない様子であった。文としても、どう伝えれば納得してもらえるのかわからなかった。
「で、根拠は?」
 文の視線から逃れるように、椛は俯いた。それを見て文も、何も聞こうとはしなかった。
「ま、いいか。それよりも、明後日の夜で良いのね?」
「はい」
「わかった。彼女にはこちらから伝えておくから」
「お願いします」
 それからしばらく、実のない会話をし、茶を啜り、そうして二人は別れた。
 文は早苗を気に入っている。早苗というよりも、風祝としての彼女を気に入っていると言える。
 以前、新聞のネタを探している最中に修行している早苗と出くわした事があった。その時、彼女が身に纏う風を文は不思議に思った。
 烏天狗が操る風とは違う、人の願いが生んだ風。そのあやふやな力に、文は心惹かれたのであった。
 普段は人間風情と馬鹿にした態度をとっている文であったが、風祝と一緒にいる時の目は穏やかなものであった。その事に、椛は気づいていた。彼女が忌み嫌う、自身の能力によって。
 先日の若い天狗達はお咎めなしとなった。未遂という事もあったが、そもそも天狗は身内には甘いのである。厳重注意という名のもと、雑談に興じて今回の一件は幕を閉じた。
 古いものは新しいものへと変わっていく。しかし、それで古いものがなくなったわけではない。
 彼女達は、新しく山を支えていく存在として、大切に扱われていく事だろう。
 明後日の夜、東風谷早苗は河城にとりと面白い事をしようとしているらしい。文はその面白い事とやらを、期待せずに待つことにした。
ご読了、お疲れ様です。
二作目から随分と経ち、三作目となりました。
また機会があれば、お会いしましょう。
竹津
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コメント



0.350簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
妖怪の山の天狗組織、という感じが出ていました。上下関係と体面。文が興味を無くすときの描写が、天狗社会というか身分社会を体現している感じがします。