Coolier - 新生・東方創想話

風神太平記 第十二話

2014/01/31 22:12:56
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 ひとつ。
 本年三月十日、大王が御崩御あらせられた。

 ふたつ。
 大王はその大御心(おおみこころ)がもと、御長子にあらせられる匂大兄皇子(まがりのおおえのみこ)さまに御譲位なされ、即日に息を引き取られた。

 みっつ。
 諡(おくりな)については『継体』とし、これ以後、公においては『継体大王』と呼び奉ること。

 よっつ。
 各地の王や首班の豪族たちは、継体大王の弔問に参ずべきこと。


 …………『大王崩御』を報せる書状は、概ねかくのごとき内容であった。

 これだけであれば、一国の指導者が亡くなったという一大事のことではあれ、取り立てて変わったことが記されているわけではなかった。死去の報せ、後継者選定、称号、葬儀への召集。権力者が生涯を終えたときに踏むべき大方の段階が行われていることを、諏訪子が応対したあの嫌味な勅使は伝えにきたというわけだ。

 そして大王の死は、その日のうちに評定の場で明かされた。

 諸々の艱難(かんなん)を経て、今は都から追い落とされたも同然の出雲人たちだったが、さすがに遠国(おんごく)諏訪に身を置いてもなお、倭の国の大王は尊敬の念を持って仰ぎ見るべき主君であった。神奈子と諏訪子から事情を知らされた瞬間、ある者は驚愕のあまり両眼を見開き、ある者は号泣した。「死後までも大王にお仕えする」と殉死を申し出て、神奈子に制止される者まで出る有り様であった。斯様に大王なる存在は、出雲人らの心に深く根づいた現人神かよと、ひとり、諏訪人たる諏訪子だけは、政所(まんどころ)にて無言に驚きを深くする。

 とはいえ、である。

 「問題は…………」

 神奈子は、どこか苦々しげに口を開いた。

「この書状を諏訪へ送ってよこした人物が、他ならぬ物部尾輿であるということだ」

 書状の送り主の名を耳にした途端、評定堂に坐した出雲人たちには、一様に緊張が走った様子であった。だが彼らの事情を詳しくは知らぬ諏訪子だけは、注意深く事の次第を見守っている。物部尾輿。その名は彼女も見た。確かに、勅使を通した書状の送り主は、その尾輿とかいう人物であった。

 神奈子は話を続ける。

「先の継体大王から大王の位と倭の国をお継ぎあそばされたのは、御長子の匂大兄皇子さまである。それは良い。遠国のわれらが口を挟むことではない。しかしこの書状によれば、先の大王は匂大兄さまに御譲位あそばされた直後、その日のうちに息を引き取られたとある。事態の流れは性急であったのかも知れぬ。と、なれば、本国が朝政において匂大兄さまは、未だ御自らの“足場”を固めておられぬということではないか」

 神奈子の言葉は推測の域を出ないものではあったが、それなりの説得力は感じられる話であった。後継者をあらかじめ定めておいたのであれば、実際の王位継承に先んじて幾らかの権限を与えておくとか重要な儀式に参列させるとか、「この者が後継者である」ということを内外に示し、早いうちに“足場”――体制を固めておくのが肝要だ。しかし、匂大兄という人物への譲位にはどうやらその気配がない。先の大王が御自らの死期を悟り、急ぎ譲位を決めたのであれば。……。

「すなわち後継者争いこそ起こらぬながらに、大王のもと政の首座を占めるだけの権限を、倭の豪族たちが奪い合っているかも知れぬ、……との仰せ」
「その通りよ」

 諏訪子の言葉に、神奈子は深くうなずいた。
 なるほど、と、自身にも合点がいく。

 この諏訪とか科野といった辺境の小国でさえ、モレヤの政略結婚や、自分と神奈子が相克する二頭体制で揉めに揉めた経緯がある。それでも一応、国家の態を成しているのは、ひとえに国自体がさほど大きくはなかったから、問題の解決が容易であったということが言えるだろう。西国一円を支配下に収め、辺境の東夷の地にまで触手を伸ばさんとする倭の王権では、各地の王や豪族たちの利害入り乱れ、さながら互いの尾を喰い合ってひとつの巨大な輪になった蛇の群れがごとく、魔窟めいた権力闘争がくり広げられているに違いない。

「そして。此度、各地の王に斯様な書状を発したのは、先にも言うた通り物部尾輿。つまり継体大王御崩御に際し、一定の権限をすでに掌握していると考えられるのは、物部氏ということになる」

 物部尾輿(もののべおこし)は、実在の人物である。

 彼は後に倭国の軍事・祭祀の権門たる物部氏(もののべうじ)の頂に立ち、朝政のうちに権勢を持つことになる男であった。その子には、仏教の受容を巡って蘇我馬子と対立する物部守屋などが居る。しかし元はといえば、排仏か崇仏かという争い自体、馬子の父にしてやはり蘇我氏(そがのうじ)の頭領・蘇我稲目(そがのいなめ)と、尾輿との争いに端を発している。後に日本国の歴史においてあまりにも大きな分岐点となる対立の芽は、その数十年前においてすでに出現していたことになる。

 一説によれば、継体大王の後を継いだ匂大兄皇子――後の安閑大王――からその次の宣化大王にかけてと、そのさらに後の欽明大王以降は、記紀の記述に不審な点が見られることなどから、そもそも皇統が異なっており、そのために旧王朝と新王朝との間で対立・戦争状態があったという説すらある。そしてその争いの背後には、大王の血筋との姻戚関係をもって国家の大権を握らんとした蘇我氏の影が見え隠れするというのだ。

 片や物部氏も、やはり有力な軍事氏族であった大伴氏と並んで倭国の中枢を担っていた。物部氏と大伴氏は、共に大王の補佐役たる大連(おおむらじ)に任じられる立場であったが、やがて大伴氏は失脚して権力を失い、大連の地位は物部氏が単独で占めるようになる。そして大伴氏を失脚に追い遣った張本人こそが、他ならぬ物部尾輿なのである。

 互いにそのような話が伝わるほどの権力を誇った両氏族であるから、倭国の実権を巡っての熾烈な争いは、仏教の渡来を抜きにしてさえいずれは避けがたいものであったことだろう。むろん、蘇我と物部の決戦――丁末の乱――が戦われるのは尾輿の死後だから、継体大王の崩御よりずっと後のことである。しかし、未だ倭国として揺籃のさなかにあった頃の日本において、蘇我や物部といった有力豪族の権力闘争が、歴史を動かす原動力となっていたのは確かだ。そして今、その一部がこの東国の諏訪にまで波及しようとしている。神奈子は、それを伝えたかったに違いなかった。

「つまり……物部どのはわれら諏訪に、いや、各地の王に迫っているわけにございまするな」

 評定衆のひとりである嶋発(しまたつ)が、周りに確かめるように言った。

「“わが物部に味方するか否か。その旗色(きしょく)を明らかにせよ”、と」

 皆がまばらにうなずいた。
 その仕草には嘆息さえ混じっている。

「とかく朝政とは正体の知れぬ魔物がごときもの。お隠れあそばされた大王を悼む間もなく、次の争いを考えねばならぬとは……」

 最年長の威播摩令(いわまれ)が、どこか皮肉めいたことを言った。
 この三年ばかりでまたさらに白髪を増やした老臣には、絶えることなき権勢の奪い合いは、耳にするだに疲れてしまうものかもしれない。

「しかし、時局の流れというものは放たれた矢よりも早く、そしてまた、いちど見失えば天空を飛ぶ鷹のように手の届かぬものとなってしまいます。八坂さま、ここはお早くご決断をなされませ」

 ずい、と、出都留(いづる)が膝を進めてきた。
 その眼には、爛々とした期待の光がみなぎっているように見える。
 ひとつの時代が終わって様々な物事の足場が揺らぎ、また次の足場が固まるまでは、為すべきことを為さねばならない。出都留の勘はきっとそう告げている。彼はなおも進言する。

「物部氏といえば、今や大伴氏と並び称される大連の御家柄。おまけに国中に号令し、数多の兵を集めるだけの権限も持っておりまする。ここで手を結んで昵懇(じっこん)の仲となっておけば、辺境にありながら、われら諏訪は中央との太い繋がりを手にすることできまする」
「異存はなし。他国の者に出遅れぬうちに、早く使者を出すべきかと」

 出都留の意見に、威播摩令もまた同調した。
 確かに道理の通った話ではある。
 物部氏は中央で権力を掌握し始め、そして第二の布石として地方の支持を取りつけて、自身のさらなる“体制固め”に入っている。まさに寄らば大樹の陰、直ぐにでも尾輿の求めに応じて弔問の使いを出すのが筋であったが――――。

「待たれよ、お二方!」

 ただひとり、それに異を唱える者がある。
 声を発して一同の視線を集めたのは、渟足(ぬたり)であった。

「書状の送り主を、もういちどよく思い出されよ。件の書状は“物部尾輿”の名で遣わされておる。だが、今現在、大伴金村(おおとものかなむら)どのと共に大連の任に就いておられるは、同じ物部とはいえ尾輿どのにあらず。“物部麁鹿火”どのではござらぬか。此度は大王がお隠れあそばされるという一大事、各地の王に号令をかけて弔問の使者を募るなら、大連たる麁鹿火どのを通して書状が遣わされるのが普通ではないか?」

 いちどは出都留らの意見にまとまりかけた評定は、その言葉で再び冷静さを取り戻した。
 神奈子は顎を手で撫で、諏訪子は頬杖を突きながら議論の推移を見守っている。

 尾輿にとっては父方の親戚に当たる物部麁鹿火(もののべのあらかい)もまた、やはり実在の人物である。武烈大王崩御の後、継体大王の擁立にも関わった彼は、鎮西――九州の地で勃発した兵乱である『磐井の乱』を鎮圧したという大功もある。だからこそ、そのような地位と業績を兼ね備えた氏族の当主を差し置いて、尾輿の方が各地の王に号令を掛けているのはいかにも奇妙。渟足の言うことに一理ある。

「わたしも、渟足と同じ懸念を表明いたしまする」

 出雲人の問題と思い、しばらく沈黙を保っていた諏訪子が口を開いた。
 本来は『部外者』である彼女がどんな意見を口にするのだろう、と。反発よりも好奇心の優る態度で、政所の空気は占められる。

「その書状をよこした尾輿と、本来の当主の麁鹿火。この二者の名がわざわざ分けられているということは、倭の朝政のみにあらず、物部一族のうちにおいても足の引っ張り合いが始まっているということではないかと」
「足の引っ張り合い?」

 神奈子が片方の眉を釣り上げた。
 怪訝そうな顔である。が、諏訪子の言わんとしていることも、大体は解っているという風でもあった。

「左様。……尾輿と麁鹿火、物部という血筋の“本流”は、果たしていずれの方にございまするか?」
「それは、むろん、現今(いま)の大連である麁鹿火どのの方にて」

 一方の王の加勢を得て勢いづいたか、神奈子に代わって渟足が諏訪子の疑問に答えた。
 言うまでもなく物部氏の『本家』ともいうべき本流の家筋は、尾輿でなく麁鹿火の方だ。だからこそ本流の家の者である麁鹿火が大連の位を賜っているのだから。

「それを知れば、なおさら合点が行くというもの。これはあくまで諏訪子の推測に過ぎませぬが、その物部尾輿という男、大王が死んで天下の情勢大きく動くと踏み、まずは一族の実権を掌握するよう動き始めたのではございませぬか」

 推測と断りながらも、諏訪子の話も決して有り得ぬものではなかった。
 大王の権威を担ぎ上げるなか、数多の豪族が倭国における次代の権勢を担うべく政争をくり広げている。朝に大きく膨らんだある者の栄華は、夜に入ったと同時に弾ける脆き泡のようなものとも言える。ましてそれが、同じ一族のあいだで起きぬとなぜ言えようか。堂のうちは沈黙した。出雲人ではない諏訪子の進言にもまた、大きな理がある。

「やはり、焦るべきではございませぬ。今ここで露骨に尾輿どのへ肩入れをすれば、後々に物部一族の内輪揉めに巻き込まれる危険、無きにしも非ず」

 渟足がさらに発言する。
 出都留や威播摩令ら、物部との同盟論者たちもさすがに押し黙ったままでいる。諏訪子と渟足の懸念は杞憂かも知れぬ。しかし、まったく的外れとも言い切れないのが怖ろしい。竹簡に記された『物部尾輿』の名は、幾多の憶測を煽り立てるばかり。何も真実を語ってはくれない。後々までの朝政の行く末を見越していくなら、ここが思案のしどころであった。何かひとつの間違いが、諏訪の、科野の滅亡に繋がらないとも限らない。

「皆の意見は解った」

 竹簡を再び巻き戻し、神奈子は凛とした声で告げる。
 一同の視線が王に集まる。事態を決定的に解決せしむる鶴のひと声を期待して止まぬ。神の託宣は、いつの世も人を教え導くものであるから。

「物部尾輿とは、厄介にも浅からぬ縁(えにし)ある仲よ。“厄介にも”、な……」

 神奈子はフと皮肉げに笑んだようだったが、誰もその理由(わけ)を問わなかった。
 今はただ、諏訪が物部と繋がるか否かだけが問われている。

「今このときに物部と関わらぬは、すなわち機を逸すること。が、関わったら関わったで底なしの沼に引きずり込まれる恐れもある。要は向こうとどう付き合うていくか、そうであろう? 諏訪と出雲、遠くもなく近くもなく、つかず離れず交われば良い」

 皆をもういちどよく見回して、神奈子は告げた。

「科野は諏訪を中心とするわれらが国ぞ。まだまだ、中央の連中に引き渡すには惜しい」


――――――


「はて、評定の頃合いというに。嶋発どのの姿が見えませぬな」

 頸元を掻きながら、出都留が片眉を釣り上げた。

 その日、評定堂にもっとも早くにやって来たのは彼である。だから他の者たちがみな揃っても、なぜか嶋発だけはいつまで経ってもやって来ないというのを、最初から見て気づいていた。古代には機械の時計など存在しなかったのだから、時間の感覚もまた曖昧なものだ。だが、他の者らが皆そろっているのにひとりだけ現れぬというのは、さすがに遅すぎる。

「どなたか、何か欠席の理由など言付かってはおられぬのか。早うせねば、八坂さまと諏訪子さまが御出座なされる」

 誰へともなく発された出都留の言葉であったが、強いて言うならその場の全員に訊ねている。だが、みな誰ひとりとして嶋発が現れぬ理由について答えなかった。否、知らなかったのである。出都留の視線がぐるりと各々を見回すたび、誰も彼も首を傾げているばかり。「困ったことになりましたな……」と早口に呟き、彼はあからさまに舌打ちをする。

 大王崩御に際しての最初の評定からはすでに数日が経っているが、未だ諏訪王権全体としての施策ははっきりと決まっていなかった。せいぜい、進物の選定やそれにかかる費用の見積もりなどが考えられた程度。辺境の科野にまで本格的に倭の朝政の影響が及び始めるとなれば、そのなかで生き残りを模索するための手段を練らねばならぬというのに。そんなときに何の伝言もなしに欠席する嶋発どのは、一国の政に携わっているという意識が希薄なのではないか? そういういら立ちが、王権への忠誠篤き出都留にはあった。顧みれば他の評定衆も、出都留のようにいら立っているわけではないが、当然居るべき嶋発が姿を見せないことに、不安らしい様子であった。

 と、そのとき。
 彼らの気持ちをよそにして、また話し合いの時間がやってくる。

「八坂さまと諏訪子さま、御出座にございます」

 舎人の声が高々と響き、評定堂の妻戸が軋む。
 神奈子と諏訪子が祐筆の稗田阿仁を従えて、堂々と姿を現した。

 三者はめいめいに席に就く。自分たち二柱の神に向けての辞儀を見届けた後、神奈子は「これより評定を始める」と、いつも通りの仕事の始まりを告げた。が、ここで異変を見過ごすわけにもいかない。渟足が「お待ちくださいませ。未だ嶋発どのが姿を見せておられませぬ」と報告する。

 しかし、――神奈子も諏訪子も、何も返事をしなかった。
 政に参与する者が居なくなったのに、妙に落ち着き払っているままだ。
 渟足も威播摩令も、そして出都留も、事態が飲み込めずに目を白黒させている。すると、たっぷりの沈黙を飲み込んで「もう十分だ」とでも言わんばかりに、ようやく神奈子だけが口を開く。

「そのことに関して、皆に話しておかねばならぬことがある」

 出雲人たちは、静けさを保ったまま互いに眼を見交わし合った。どうやら嶋発の姿が見えぬのは、神奈子の意が絡んでいるらしい。いったい何が起こったのか。未だ知る者は誰もいない。満を持してそこに楔を打ち込むがごとく、いくさ神は言った。

「嶋発には諏訪を離れてもらうことになった。継体大王御崩御に際して、物部尾輿の求めに応ずる弔問の使者の役を、あの者に一任したのだ」

 何と! ……という反応を誰が漏らしたのか知れないが、場は一転してざわめき始めてしまう。「それは、いったいいかなる思し召しにて!?」。当然の疑問を出都留が放った。何せ、あまりに突然だったのだ。物部の求めにいかなるかたちで応ずるか、これまでの評定では結論が出ていなかったはず。となれば、神奈子は独断で嶋発の派遣を決定したということだろうか。

「お言葉ではございまするが、あまりに急なる御裁定であるという感は免れませぬ。辰野での兵乱で安和麻呂どのが、続いて今般、嶋発どのが諏訪から姿を消されたとあっては、王権の政に滞りが生じまする。さらには評定での論議なく嶋発どのを物部どのの元へお遣わしになる、これでは八坂さまが、われら評定衆を蔑ろにしていると受け取らざるをえませぬぞ」

 出都留の抗議、というよりも諫言とて当然のこと。

 一国への忠誠心、そしてその国の政に参じているという自負があればこその、彼の言葉だ。だが神奈子はやはり動じない。「そなたたちを蔑ろにするつもりはない。先だって出た皆の意見を参考にして、諏訪子とも話し合うて決めたことだ。 諏訪の政は王と評定の政、そして王と王との政なのだからな」。あくまで評定と、そしてふたりの王によって率いられるのが諏訪科野。神奈子はその点を強調する。

「嶋発はここ数年のあいだ、評定の場に参ずるという重責を担っておきながら、取り立てて目立った功績を上げるでもなく、ただいたずらに暇を持て余しておった。それにまた三年の時を遡れば、辰野での兵乱を鎮めるに当たり、策を誤っていたずらに兵を喪ったばかりか、安和麻呂を見捨てて自分だけがおめおめと諏訪に逃げ帰って来たではないか。そういう者に、国家の大権の一部を与えることできぬ。よって新たに、弔問の使いとして出雲に遣わしむるという大役を与えた。国主自ら求めに応じて物部の元へ参ずれば、物部尾輿に恭順の意を示したことになる。それはあまりにも迂闊。なれば重臣ひとりを送り込み、八坂さまが仰せになったごとく“遠くもなく近くもなく、付かず離れず交わる”。それだけのこと」

 神奈子に次いで、諏訪子が説く。
 確かに、名分としてはそれで立とう。
 だが、出都留を始めとして皆はもう、とうに気づいていたのである
 嶋発は、ただ単に弔問のため諏訪から離れたのではない。“体よく罷免されてしまった”のだと。

「事情はよく理解いたしました。されど出都留どのの申したごとく、このままでは諏訪での政に混乱が生じまする。早急に人員の“空き”を埋める必要があるのでは」

 そう言った渟足の意見もまた、当然のものだ。
 もともと諏訪王権の政は、王と重臣たちの合議で方針を決めていたもの。居るはずの者をふたりも欠けさせたままとあっては、政治的な空白が拡大してしまう。もちろん、そのような懸念も王たちにはあったのであろう、神奈子は大きくうなずき、

「すでに、その“空き”を補う者は決まっておる。やはり諏訪子と、ひとつずつ案を出し合うた」

 と告げた。

 評定衆は互いに顔を見合わせる。
 神奈子の言った通り、これもまた彼らにはいっさいの断りなく、王たちのあいだでのみ取り決められた事柄だというのか。だが、戦車を引く二頭の馬のように諏訪を率いると定まった神奈子と諏訪子が、互いの合意を経て決めたことなら、皆も従わぬわけにはいくまい。神妙にうなずいて、事態を受け容れるための心の準備をしているのか、場はシンと静まり返った。

「いったい、いかなる方々にございましょうや」

 出都留の言にはどこか皮肉げな色もあったが、神奈子は苦笑して見逃した。

「その者たちには、今日には登城せよと申しつけてある。……――新たに加わるふたりを呼んで参れ」

 堂の入り口近くに控えていた逸勢舎人は、神奈子から命ぜられるとすばやく退出し、ふたりの王に見出されたという者たちを呼びに行った。待つこと、少し。再び妻戸が軋み、「お二方のお越しにございまする」と告げる声が響く。「入れ」と促されるまま、ふたり分の足音が堂に響き渡って来た。

「新たに評定の場に加わることになりました、水内のギジチにございまする」
「同じく評定に加わりまする、辰野のダラハド。国政の先達たる皆さま方におかれましては、何とぞ御指導、御鞭撻のほどを」

 姿を現したのは、政を与る出雲人もよく知る二人組である。

 長い黒髪を背に垂らし、整った口髭を持つ豪族商人・ギジチ。
 もう一方は、顔の片側で膿む傷を包帯で隠した祭祀豪族のダラハド。

 ふたりともが、科野に割拠する諸豪族のうち、かねてより諏訪王権と大きな繋がりを持つ者たちであった。ギジチとダラハドは、否応なしに集まってくる出雲人らの好奇の視線を逆に悦とするかのように、綽々たる余裕を湛えている。堂の中央にまで歩み来たった彼らに、神奈子は「今このときより、そなたたちは国家の政の一翼を担う者ぞ。評定の列に加わるが良い」と促した。ふたりの豪族は、一礼をして評定衆の末席へと連なる。じろりと、好奇の眼光はいや増した。すると再び神奈子が、皆の疑念を払拭するかのように、ことさら声を張り上げる。

「ギジチは此度の弔問に関し、商人たちを通じて進物の手配を進めてくれた。ダラハドはユグルの叛乱以後、辰野を中心として南科野を治めるに功あった。よってこの二名を、評定衆へ新たに加えることとした」

 大半の者は――渋々ながらといった色もありながら――頭を下げて王の言葉を受け容れたようだったが、ただひとり出都留だけは「お待ちくださいませ」と異議を表明する。「何か申すことがあるのか?」という神奈子の問いに、出都留はずいと身を乗り出すようにして答え始める。

「畏れながら。片や上諏訪商館を与り、片や南北を結ぶ要衝たる辰野の地を任されし方々。ギジチどのとダラハドどのは、今や科野の北と南で押しも押されぬ大豪族の地位に立っておりまする。それらの力ある方々を王権の政に引き入れるのは、いささか早計ではございますまいか。顧みれば、諏訪はじめ科野諸州にわれらが王権打ち立てるは、悪逆の豪族どもから民人を“解放”するという大義の下に成し遂げられたもの。となれば、正義のもと行われる政は常にわれら出雲人の手に委ねられねばならぬはず。科野人に大権認める斯様な御沙汰は、その正義を自ら揺るがせることにも等しきもの。何とぞ、御再考を」

 出都留は、深く頭を下げた。

 その様子を、批判された一方の当人であるダラハドは苦々しげに見つめていた。
 ギジチの方はといえばまるで無関心らしく、ただ神奈子の返答を待っているばかり。
 諏訪子が権力を拡張することによる二頭体制に加え、ふたりの科野人が評定衆に加わる。言うまでもなく、政の場において科野人の発言力が着実に強化されつつあるということだ。と、なれば、大王のもと各地に伸長してきた倭国の勢力が、科野にあっては後退しかねないことを意味していた。これもまた、国家一統の安寧を考えれば避けがたい危惧であろう。

 けれど神奈子は、出都留の危惧を一蹴するかのように呵々と大笑したではないか。真剣に申し立てた異議が笑われて、出都留は落胆というよりは驚きの表情を浮かべている。

「こうしたことは、早いとか遅いとかの問題ではない。どのみち、われらは科野中の豪族たちを従えねば満足に政もできぬ。其は、三年前の辰野での兵乱で嫌というほど思い知ったであろうが。武威で屈服させられぬのであれば、内に取り込んで手綱を引っぱれば済む話。……そうは思わぬか、諏訪子にギジチよ」

 冗談めかした声音に、呼ばれたふたりはかすかに微笑を見せた。

 確かにこのふたりは、神奈子に隠れて結託していた過去がある。向こうに回して背かれるより、味方に加えて御してしまう方がはるかに安全ではあるのだ。出都留自身もまた、そうまで言われては自身の意見に立つ瀬がない。果たしていずれの入れ知恵か、……と、諏訪子とギジチを交互に見比べた彼の口からは、二度目の異議は出てこなかった。ダラハドは、神奈子の言葉に追従じみた笑みを浮かべているばかりであった。

 そして、また――――。

 出都留も他の出雲人も、その場の皆はようやく気づいたのである。
 体制が変わり始めているのは、倭国朝廷だけではない。八坂神と洩矢神の二頭体制が固まるに当たり、諏訪王権もまたそれに併せた変化が訪れているのだと。科野は、神奈子と諏訪子による本格的な『切り分け』のときを迎えようとしている。でなければ、三年も前の失態を今さら掘り返されて嶋発が罷免されるわけがない。彼は、新体制への移行に際しての憐れな生贄だったのだ。

 物部氏を通しての中央との関係構築。
 嶋発の罷免と科野豪族の登用による人事の刷新。
 そして、すべては神奈子と諏訪子という二人の王の御心に沿っている。

 倭国の情勢と同じように諏訪王権の力の有り様もまた、変化の時を迎えていた。


――――――


 評定での“顔見せ”も終えて後。

 ギジチは数名の供を従えて、今まさに諏訪の柵を出んとしていたところであった。水内郡を本拠地とする彼は、諏訪に居るあいだの宿を、自身が経営を任された上諏訪商館に取っていた。だが、真っ直ぐそちらに帰るには未だ及ばない。評定に参ずる際の“控室”のようなものに当たる部屋が城の中には用意されていたが、そちらで着物の召し替えなど、幾らか仕度をする必要がある。

 春の陽気を吸い込んだかのように、ふわりとした温かみを持った廊下を、ギジチらは無言で歩んでいく。数名の大人の男たちに踏まれる床板は、重なり合った足音を立てはするが、軋みのような気配はない。軋みひとつ許さぬほど頑丈にできている城砦、ということなのだろう。ギジチは、ひとりでそう納得した。

 それにしても国政の場とは、なかなかに肩の凝るものだった。
 格式ばった場所というのはそれほど嫌いなわけではないが、政の最前線に参ずるは、さながら毒蛇の巣に飛び込むようなものである。その巣のなかで、自らが生き残るすべを手に入れねばならないのだ。それには自らも毒蛇となるか、それとも翼を生やして蛇を狩り出す鷹になるか。……。

 そんなことを考えていると、ギジチは自らを取り巻く『毒蛇』の一匹に出くわした。舌打ちを――さすがにしなかったが、眉根に皺を刻んで、あからさまな嫌悪感を彼は見せる。湧き上がってくるむかつきを抑えながら、ようよう、ギジチはその『毒蛇』に向かって踏みだした。

「これはダラハドどの。そちらの大荷物はどうされた」
「ギジチどのか。いや、なに。“付け届け”をな、八坂さまのもとへ持って行くのよ」

 ギジチの前に現れたのは、ダラハドとその従者たちであった。

 ギジチらがほんの数名でしかないのに対し、ダラハドは二十名以上もの供を引きつれている。その供回りのうち約半分は、……何が入っているのか知れないが、皆、甕だとか木箱だとかをその身に負っているではないか。そのなかでも飛びきりの大荷物は、大人の身体でもすっぽり納まってしまうだろうというくらいの箱であった。中身もそれなりに重いと見え、従者がふたりがかりで前後を支え、廊下の窮屈なることに難儀しながら運んでいる様子。

「ギジチどのは何か贈られたのか? ん?」
「ええ。塩と漆、それから鉄の鏃を幾貫か。今度、また大きな狩競を催されるとか聞き及んだものでしてな」
「ほう。……ああ、失礼。商いを握って威勢を保っておられる割には、存外にみすぼらしきものと思うてな。それとも商人は、己が蓄財こそがまず第一の道理ということかな?」
「これはお人が悪い。ダラハドどのの進物は、いかに?」
「うむ。塩や漆はもちろんのこと、鉄の剣に鉄の物具、鉄の馬具、山々から採って参った果実や山菜、醤(ひしお)に反物、紅と白粉、それから……」

 ダラハドの自慢がその度を強めていくに連れ、彼の従者たちがにやにやと笑う。
 自分たちの主と比べれば貧相な進物しか用意していないギジチを、嘲る笑いであった。

 だが、嘲られた側であるギジチは何も言い返さない。あくまで馬耳東風といったように。ただ数名の供だけが、城内で騒乱を起こすは悪しきことと、己の怒りに耐えていた。無遠慮な嘲笑のさなか、それでもギジチは相手の姿をさらりと観察する。ダラハドも彼に従う者たちも、実に立派な仕立ての装束を身につけている。おそらく評定への顔見せという今日の目的のため、新たに用立てたものだろう。それを二十名を越える全員が身につけているのだ。金に糸目をつけなかったに違いない。

 従者の人数といい、格好といい、王への進物の多さといい……見るからに、ダラハドは自らの権勢を誇示しているのだ。「まさに、毒蛇」。口にこそ出さなかったが、腹のうちでぐるぐると、そのような気持ちが渦を巻く。

 まったく、こんな男と肩を並べて評定の場に席を占めねばならぬことには、早々に嫌気が差そうというもの。それは、王権から国政への参与を打診されたときから、すでに覚悟していたことではあったのだが。北のギジチと南のダラハド。元より自分たちふたりの豪族は、その勢力からして相容れぬものがあるのだと。

 今やギジチは天竜川沿いの水運商人たちを半ば掌握しているとはいえ、本拠地はあくまで水内郡。天竜川周辺に領地を有しているわけではない。それに比べてダラハドの本拠地である要衝・辰野周辺には、天竜川に沿って船着き場や水運散所が備わっている。陸地の方に備えがなければ、船での荷の積み下ろしはおぼつかない。輸送の利はギジチが、土地の利はダラハドが、それぞれ握っているのだ。場合によってはこの男に便宜を図ってもらわねばならぬときもあるに違いない。

 八坂神は、その事実をもって巧妙な人選を図ったのだ。
 北科野水内を本拠に南方にまで勢力を伸ばすギジチ。
 一方、伊那辰野を中心にして南科野へ根を張りつつあるダラハド。

 この二者は、いわば両地域の利益を代表する存在である。
 同時に国政に参与すれば、対立は免れない。
 だが、その対立がゆえ、どちらともが科野全域に渡っての主導権を握りがたい。そしてその相克は、あくまでダラハドとギジチを政の場に加えた、諏訪王権の膝下に置かれたなかで起こること。王権にとって御するのは容易いはずである。結局、もっとも得をするのは第三者である王権の側というわけだ。まさに『漁夫の利』。大陸の賢人が説いたという喩え話にもよく似たり。

 だが見方を変えれば、ギジチとダラハドを政の場に引っ張り出さねばならぬほど、王権はすでにこの二者の勢力に依存しつつあるということをも意味する。辰野でユグル一党が起こした三年前の兵乱は、八坂神と洩矢神というふたりの王の二頭政治を現出せしめたと同時に、それぞれの王が従える南北の二豪族をも、大きく成長させる原動力になったのだ。毒蛇はその毒で飼い主を怖れさせているあいだに、自らを十二分に肥え太らせることができたのである。ならば、何をか怖れるものか。毒蛇同士の相克が始まっているのなら、牙を研ぎ、毒を溜めこんでおかねばならぬ。

 ギジチは、睨むようだった表情を、一瞬、ふっと和らげた。
 野にたたずむ花のうつくしさに気づいたような、何でもない笑みである。だがそれが、彼が商談を自らに有利な方へとまとめる際に演ずる笑みでもあった。

「蓋し、ダラハドどのの申されることは御達見だ。とりあえず値打ちのある品ならば、八坂さまも喜ばれるであろうと思うておりました。だが、政の場にお加えいただいたのだから、もう少し気の利いた華やかなものでも良かったかも知れぬ」

 心のうちと何ひとつ合致せぬ言葉を、自身、よくもまあ口が回ると思うほどにギジチは並べ立てる。「ダラハドどのは、元はといえば諏訪の祭祀を担っていた一族の出と聞く。無名の商人から身を起こしたこのギジチとは、まずもって御家柄が一段違う。いつか、ひとつこうした場合の礼儀というものを御指南いただきたいものですな」。むろん、世辞に次ぐ世辞である。それをにっこりと笑って聞くダラハドも、ギジチが心にもないことばかり言っているというのに気づかぬほど、馬鹿ではなかっただろう。

 一瞬ばかり、ダラハドは無事な方の眼をひどく歪めた笑い方をし、

「もちろん、求められれば快くお引き受けいたしましょうぞ。何せわれらは政に参じ、共に科野の行く末を与る者同士……」

 と答えた。

 ふたりの豪族の小会見は、それで終わった。
 別れ際に簡単な挨拶を交わし、ギジチは控室へ、ダラハドは進物を納めにそれぞれ歩き始める。あくまで、にこやかな別れであった。一片の瑕疵もなく友好的な関係を、ふたりはそれぞれに“演じていた”。だが、役者が優秀であればあるほど、演技そのものと役者自身の素の心持ちとのあいだには、埋めがたいほどの差が生じていくものだ。それは、決して底の見えない虚無が横たわっているかのように。

 ギジチもダラハドも、振り返って互いの姿を見ることこそしなかった。
 それでもなお各々の心には鮮烈な自尊心と、相手に対する強烈な侮蔑が宿っている。それだけは、あらためてふたりに問い直すことでもない。

「成り上がり者の商人風情が」
「家柄しか頼るものなき、無能な俗物め」

 ふたりの豪族は、どこか遠くで、相手が自分を口汚く罵っていることに気がついていた。
 それぞれの罵言は、決して互いの耳に届いていなかったにもかかわらず。
 それもまた何らかの霊感がもたらす、一種の精妙な作用だったのであろうか。


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