お餅も食べ飽き、鈴奈庵にもようやく日常のリズムが戻り始めた頃、阿求はいつものように一人でやってきた。
「いらっしゃ……あら、久しぶり」
「謹んで新春のお慶びを申し上げます」
言い慣れた口調で阿求が優雅にゆったりと、完璧な角度で頭を下げる。
おやおや。
「はいはい、アケオメコトヨロ」
「何それ?」
「外の世界じゃ新年の挨拶はこう言うらしいわよ」
胡乱げな顔で、指を折り、合点がいったように頷く。
「随分と略してしまうのね」
「スピード社会? ってやつじゃないの」
「それなら、新年の挨拶自体止めちゃえばいいのに」
気怠げにソファーに腰を下ろす。
「まあ気軽にやりたいって感覚もあるんじゃないの……疲れちゃった?」
「お正月はね。色々と挨拶しておかなきゃいけない、というのは分かるのだけれど」
稗田の、あの仰々しいお屋敷の、途方もなく広いお座敷を思い出してみる。
見る度にこんな何十畳もありそうなお座敷、本当に必要あるのだろうか? と思ってしまうのだけれど、“何か”があれば実際に必要となってしまうらしい。そして、多分、ただでさえ伝統ある家系に百数十年に一度の御阿礼の子がいる、という今の稗田家にとっては、年始というのはその“何か”に近い出来事なのだろう。
そして、彼女は、その座の中心であろう御阿礼の子御本人。
御阿礼の子はそういう存在である。
それ以上は想像しない。不可能というのではなく、拒否したい。それに、
「お茶、飲む?」
「葉は?」
「お正月用のちょっと高いやつ」
「へえ」
「――は、飲んじゃったからいつものね」
「なあんだ」
「なにおう」
「まあ、それでいいわ」
「砂糖は?」
「いらないわ。ところで何か新しい本は入った?」
「机に置いてるのがそれ。ちょうど今朝流れてきた今年の初物よ」
「変な本じゃないでしょうね」
「まさか。いたって普通の外来本。ただ、面白そう。読んだら貸してあげる」
「なるべく早くね」
必要もないだろうし。
しっかりと蒸らした紅茶を、温めた二杯のカップに注ぎ、最後の一滴を阿求のカップに落とす。
入れ終わった紅茶を、阿求のカップを右手に、私のカップを左手に持って、店へと戻る。
すると抜け目なくというよりは、当然の成り行きというべきだろう。机にあった新刊本は、阿求の手に落ちていた。
「読み終わったら貸してあげる、って言わなかった?」
「大丈夫、読むの速いから」
「そういう問題じゃありません」
紅茶をテーブルに置き、阿求のおデコを指で突付き、本を取り上げる。阿求はふくれっ面で目の前の紅茶をすする。
味を尋ねると、いつもどおり、と返ってくる。
「ああ、そうだ、言い忘れてたわ。小鈴」
「ん、なに?」
「コトヨロ」
うん、と頷き阿求の隣に座る。
私にとって阿求はそういう存在である。
「いらっしゃ……あら、久しぶり」
「謹んで新春のお慶びを申し上げます」
言い慣れた口調で阿求が優雅にゆったりと、完璧な角度で頭を下げる。
おやおや。
「はいはい、アケオメコトヨロ」
「何それ?」
「外の世界じゃ新年の挨拶はこう言うらしいわよ」
胡乱げな顔で、指を折り、合点がいったように頷く。
「随分と略してしまうのね」
「スピード社会? ってやつじゃないの」
「それなら、新年の挨拶自体止めちゃえばいいのに」
気怠げにソファーに腰を下ろす。
「まあ気軽にやりたいって感覚もあるんじゃないの……疲れちゃった?」
「お正月はね。色々と挨拶しておかなきゃいけない、というのは分かるのだけれど」
稗田の、あの仰々しいお屋敷の、途方もなく広いお座敷を思い出してみる。
見る度にこんな何十畳もありそうなお座敷、本当に必要あるのだろうか? と思ってしまうのだけれど、“何か”があれば実際に必要となってしまうらしい。そして、多分、ただでさえ伝統ある家系に百数十年に一度の御阿礼の子がいる、という今の稗田家にとっては、年始というのはその“何か”に近い出来事なのだろう。
そして、彼女は、その座の中心であろう御阿礼の子御本人。
御阿礼の子はそういう存在である。
それ以上は想像しない。不可能というのではなく、拒否したい。それに、
「お茶、飲む?」
「葉は?」
「お正月用のちょっと高いやつ」
「へえ」
「――は、飲んじゃったからいつものね」
「なあんだ」
「なにおう」
「まあ、それでいいわ」
「砂糖は?」
「いらないわ。ところで何か新しい本は入った?」
「机に置いてるのがそれ。ちょうど今朝流れてきた今年の初物よ」
「変な本じゃないでしょうね」
「まさか。いたって普通の外来本。ただ、面白そう。読んだら貸してあげる」
「なるべく早くね」
必要もないだろうし。
しっかりと蒸らした紅茶を、温めた二杯のカップに注ぎ、最後の一滴を阿求のカップに落とす。
入れ終わった紅茶を、阿求のカップを右手に、私のカップを左手に持って、店へと戻る。
すると抜け目なくというよりは、当然の成り行きというべきだろう。机にあった新刊本は、阿求の手に落ちていた。
「読み終わったら貸してあげる、って言わなかった?」
「大丈夫、読むの速いから」
「そういう問題じゃありません」
紅茶をテーブルに置き、阿求のおデコを指で突付き、本を取り上げる。阿求はふくれっ面で目の前の紅茶をすする。
味を尋ねると、いつもどおり、と返ってくる。
「ああ、そうだ、言い忘れてたわ。小鈴」
「ん、なに?」
「コトヨロ」
うん、と頷き阿求の隣に座る。
私にとって阿求はそういう存在である。
作者さんも良いお年を。
この作品では、取捨選択が過ぎる嫌いもありますが、それでもなお滲むものがあるかと感じました。作者さんの思い通り、ですね。
ほんわりしました。
こういう描写されない日常話は好きですねー