Coolier - 新生・東方創想話

ほしをみるひと

2013/12/30 11:47:24
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 一機の黒影が曇天の空を切り裂いた。

 重呪合金によって汚染された雲を縫って飛ぶ機体は、空気抵抗を極限まで減らすための形態をとっていた。
 装甲には電磁走査、光学走査への対策が施されていたが、何らかの手段によって“敵”が自分を補足しているのが分かった。
 事実、念入りにバラ撒いたデコイは悉く蒸発していた。
 やろうと思えば振り切ることも出来ないではなかったが、いつか決着をつけなければならないのもわかっていた。


 ──ならば、ここがいい。世界の墓場であるこの場所が。


 黒い影は空中のある一点で静止した。同時に飛行形態から人型に近い戦闘形態へ移行する。
 眼下に広がるものは海にも見えたが、実際そこには水の一滴すらなく、蠕動する無数の記録素子の群れのみがあった。
 今はもういない彼女たち。その記憶と記録のすべてがそこで再生される日を待っているのだ。

 数マイクロ秒の後、一機の符呪機甲兵《サイボーグ》が現れた。
 女性型のサイボーグは黄色を基調に青や白の文様が描かれた独特のデザインで、そこからはある種の美意識が窺えたが、見る者の絶えた世界においては滑稽ですらあった。
 律儀に自分の正面に回り込んでくるサイボーグの姿に、並列思考化をブーストしてある脳が(馬鹿みたいだ/こいつはこういう奴だったな)という呆れと郷愁を同時に展開した。

 黄色いサイボーグが接触《コネクト》してきた。

「霧雨魔理沙、あなたが飛行している空域は禁止指定区域であり…」
「へっ、守る奴どころか破る奴すらいなくなった法なんか持ち出してどうする気だよ?」

 彼女は安い皮肉だと思って言ったことだったが、相手にとっては存外にこたえたようだった。

「…魔理沙、お前を紫様のもとへ行かせるわけにはいかない」
「藍、無駄だと思うが一応聞くぜ。こんなこと間違ってるとは思わないのか」

 互いの周囲に展開された桜花結界を介して送受信される圧縮音声のやり取りに途切れが生じた。
 生身を持つ生物では感知できないほどのわずかな沈黙があったが、彼女たちの機械化された感覚器、脳、その反応を正しく行動に反映させる身体は、それを何兆倍、何京倍にも引き伸ばして感覚させた。

 やがて返された応えには血を吐くような感情がこもっていた。彼女たちに血というものが残っていたならば、の話だが。

「それでも私はやらなきゃいけない。やらずにはいられないんだ」

 対して魔理沙の応えには言葉とは裏腹に、好意が多分に含まれていた。

「そうかよ、紫の狗め。ならば好きにするがいいさ。好きにして、好きにして、この世のすべてのすべてを真っ平らにしてしまえばいい。守りたかったものも、想い人の心さえも。何もかも燃やし尽くしてしまえばいい」

 サイボーグの圧縮音声に初めて笑いの信号が混じった。

「狗じゃない、狐さ」

 それが闘いの合図だった。

「【狐狸妖怪レーザー】!」

 大袈裟な閃光が黒い装甲を千々に裂かんと魔理沙に迫った。
 しかし、それは魔理沙が放った《ホワイトロック》=無数の片(カット)を持つ微細なクリスタルの中で乱反射し、無効化された。

「馬鹿な」

 自分の攻撃が躱されるのは予測していた。
 問題なのはその方法だった。
 藍の記憶の中にいる魔理沙は熱と光の魔法を得意としていた。
 彼女のした行為は自らの手札をほぼすべて捨てるに等しいように思えたのだった。

「こういう手もあるってこった」

 魔理沙の手首の内側の装甲がわずかに開き、超極小のマイクロミサイルが射出された。
 過去の知己を懐かしんで蠱毒《ナイトバグ》と名付けられたそれは、自動的に対象を追尾し、喰らいついてからはその熱量を貪って自己複製、増殖するという獰悪な性能を持つ兵器だった。

 藍はミサイルの性質を瞬時に見抜き、背面に連なる九つの追加兵装のうち、一つを切り離した。
 それは極高の熱を放ちながら飛翔し、釣られてついてきた蟲ごと自分を局地的に歪められた超重力点に巻き込み、圧搾されて消えた。

「飛んで火に入る夏の虫」
「酷いな、五分の魂もポイか?」

 光学兵器は使えないが、アプローチの方法はいくらでもある。
 原始的な弾丸。
 原始的な爆発。
 まるで美しくないそれらを使うことに躊躇いがないと言えば嘘になる。
 つまらなくて厭らしい諸々のことから逃れるために幻想郷が、そして弾幕決闘法《スペルカードルール》があった。
 そうだ、そのはずだ/灰色の視界/黒い装甲/印を組むために、メインの腕とは別に脇腹からほっそりとしたマニュピレータが伸びる/こんな世界で/変わり果てた世界/終わってしまった世界で/そんなルールを守る必要はあるのか/?/?/??????????

「狐にあらず! 狗にあらず! 狸にあらず!」

 弾丸の交叉があった。超高精度の射撃は空中でお互いの弾丸をはじき合わせ、火花を生んだ。飛び散った金属の破片/焔。
 だがそれは少しも美しくはなかった。
 藍は少しだけ腹立たしく思った。今、目の前に立つ彼女はこんな葛藤などしてないかのように弾丸を撃ち込んでくる。
 魔理沙は馬鹿馬鹿しく思った。藍が今している葛藤が手に取るように分かったし、それは自分にとってずっと前に通り過ぎたものだったからだ。でなければこんなものは使わない。

「飛びィ出したるは、凶兆の黒猫よ!!」

 漆黒の影が空中に描かれた陣から飛び出した。
 それは猫だった。かつては珍しくもなんともなかったはずの生物はしかし、灰色に染まった景色の中では不吉に見えた。
 猫は毛皮の下から何本も高周波振動刃《ヴィブロ・ブレード》を覗かせると、中空を蹴って乱反射するように跳ね回って魔理沙の装甲を引っ掻いた。
 いずれの攻撃も致命傷になるまでではなかったが、無視できるものでもなかった。
 依然として藍からの銃撃も止むことはなく、ユニット間の連携は言うまでもない。互いが互いの死角を縫うように動き、万が一にも射線が重なることはない。

 もっと上手いやりようはあるような気がする。
 魔理沙は思った。
 だってそうだろ?
 こんなにも科学が発展して魔法と同じかそれ以上に便利になったんだから、闘うまでもなく敵を殲滅できたっていいはずだ。
 いや、こんな便利なものがあるのにどうして私たちは殺しあわなくっちゃならないんだ?
 おかしいじゃないか。便利なオモチャでみんなハッピー。本当はそうなんだろ?
 私たちはいつ/どこで/何を間違えた?

 精密に制御された単分子ワイヤの網が黒猫を捉えた。
 回転/巻き取り=刃物が斬るのは押した時ではなく、引く時。
 シンプルな仕組みだが、それだけに確実。
 人形遣い《マーガトロイド》は逃さない/赦さない/助けない。
 微塵に刻まれた黒猫の無惨。

「中々のオモチャだろ?」

 皮肉気な笑みを浮かべるが、それを見る者は誰もいない。
 自分さえも見ることはできない。
 そこには虚無だけがあった。

「オ・オ・オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 獣の慟哭。
 藍の腕部が瞬時に置換される。
 呪力のこもらない、ただの金属製の爪。
 それがテルミット反応を起こし、馬鹿げた熱量を放ち始めた。
 魔理沙は迫る攻撃を避けようとはしない。
 自分の核に直接繋いだ八卦炉を展開/迎撃準備=遅すぎる。

「殺った!」

 しかし、敵の胴体を溶断したかに思われた必殺の五爪は空を切った。
 次元確率操作装置《イナバ》によって10の24乗分の1の確率であるトンネル効果が強制的に励起されたためだ。

「ま、なんだかんだ言っても最後は自分で決めたいしな」

 無理やりに軽く演出された圧縮音声が届いた。
 それを解凍するかしないかのほんの刹那、藍は無駄と知りつつも残った八つの背部兵装を展開していた。
 やけに時間が長く感じられた。
 後悔があった。
 否、後悔ばかりだった。

「私は、私たちは、いつ/どこで/何を間違えたのだ…?」

 光学兵器妨害装置の効果の及ばない超至近距離で旧友/仇敵を焼き切った魔理沙に届いた圧縮音声は、しかし、彼女に悲しみをもたらしただけだった。

   *

 コンクリートでも金属でもプラスチックでもない、何かで出来た白い壁がひたすらに広がる通路を魔理沙は進む。

 幾つ目かの扉を抜けると、これまでとは様子が違っていた。
 壁面には無数のカプセルポッドがあり、中に満たされた液体の中では少女が眠っていた。
 眠っているのは博麗の巫女だった。
 “中”に何もインストールされていない、肉の素体。
 それが無数に並んでいる。
 一面の少女/一面の博麗。
 しかし、それは=で一面の肉の塊で一面の死体だった。
「けっ、安い演出だぜ」
 不快感を吐き捨てるように魔理沙は言った。

 ひたすらに歩き歩き歩いて博麗が並んだ通路を抜けると、行き止まりに巨大な電算機と脳だけが培養液に浮かんだポッドがあった。
 その前に魔理沙は自分の黒い装甲を見せつけるように立った。

「お前のパフォーマンスはつまらんとずっと思っていたが、何だそりゃ? いつにも増して笑えないぜ」
「そうね。あなたの言う通り。ただ、私には証拠が必要だっただけ。終わってしまった幻想郷を、それでも存続させようとして尽力したという証拠が」

 圧縮音声につけられたタグは八雲紫のものだった。
 馬鹿馬鹿しい機械、馬鹿馬鹿しい脳みそ。
 これが、
 これが、あの、
 畜生。

「どうにかならなかったのか」
「終わってしまったものを集めて世界を創っても、終わりなおすだけ。そんな当たり前のことをみんなして見ないようにしてた。聞こえないふりをしていたのよ」
「それでも、どうにかできたはずだ」
「人がいてまた人がいると社会が出来て、そうするとどんどん物事ってどうしようもなくなっていくのよ。私は知っているの、この世の取り返しのつかない悪行のほとんどは明確な悪意じゃなくって、ちょっとずつの愚かさで出来ているってことを。あなたにそれを知れとは言わないし、その責任を取れとも言わないわ。これはただの言い訳ね」
「そんなことのために、みんなは、霊夢は」
「…ごめんなさい」
「謝るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 何かが始まって、何かが終わった。
 気がつくと、そこには残骸しかなかった。
 砕け散り、終わってしまったものたちの国で魔理沙は立ち尽くした。
 自分も、すっかり朽ちて果てた夢の残骸だ。
 そう思った。

 不意に圧縮音声が解凍された。時限式になっていたようだ。
 それには追加で座標指定があった。

「ザー…そこに時空──隙がある…わ。──ザザ…──ザー…そこで…新しく…ザ…幻想郷を、あなたなら…ザー…──」

 最後まで安い演出の好きなやつだ、と思った。
 魔理沙は皮肉気な笑みを浮かべた。
 そこには覚悟だけがあった。

   *

 いつか、どこか、遠い遠い異国の果てで──。

「あなた、誰よ」
「博麗霊夢、巫女だぜ」
「言ってなさい」
「つれないな」
「初対面なのに私の名前を知ってるなんて怪しいじゃない。怪しいやつは退治してもいいのよ」
「やれやれ、懐かしいな」
「本当に変なやつ」
「まあ、こっちにも色々あるのさ」
「色々って何よ」
「その辺はおいおい教えてやるさ。まずは仲良くなるところからだな…」
「名前も教えないやつとは仲良くしたくないわね」
「わぁったよ。霧雨魔理沙だ。霧に雨に魔に理に沙だ」
「わかんないわよ、それじゃあ……」

 ──歌い続けられる少女たちの祈り。
東方新作はやってないけど、長門って娘が好みです。

http://www.pixiv.net/member.php?id=743267
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コメント



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3.80名前が無い程度の能力削除
長門ってエアマスターに出てきてたあの巨人かな?(混乱
それはそうとこれはこれで終わってしまった幻想の一つの形、といった雰囲気が出てて良かったっす
6.無評価名前が無い程度の能力削除
なんか関係ないけどされ竜思い出した
7.60名前が無い程度の能力削除
なんでこのタイトルなのかと思ったけど
あの世界観って対サイキック殺戮ロボットとかいたりしましたねそういや
12.80名前が無い程度の能力削除
ハルヒいいよねハルヒ

ロボット幻想郷か…
ここまできたら魔理沙なのか?
でも魔理沙なんだから魔理沙なんだろうなあ