Coolier - 新生・東方創想話

止まった時の中で

2013/12/25 11:26:55
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 ……つい飛び込んでしまったが、これからどうすればいいのだろうか。そもそも飛び込んで良かったのだろうか。死神は……行けといったはずだ。あれ?川に飛び込めって言ってないかもしれない。……間違えちゃったかしら。

 三途の川は綺麗ではあるようだが、とても暗く何も見えなかった。自由に動くことすらままならない今の状態では沈んで……魂って浮くんだろうか、それとも沈むんだろうか。ともかく川の中をなされるがままに漂っていた。

 不規則に揺れている中で不意に一方から引っ張られるような感覚があった。死神が私を見つけた時と似ているかもしれない。……ということは今までの話は夢だったのだろうか?随分と都合のいい話だとは思っていたが。



「……あら?」



 随分と久しぶりに喋った気がする。ここは……博麗神社だ。つまり私は生き返ったらしい。



《邪魔!》



 頭に声が響いたかと思うと急に投げ出されたような感覚に陥った。



「……あ、ほんとに出来た」



 目の前にいるのは服の色と頭がおめでたい巫女、博麗霊夢だった。



「あんた咲夜よね?」



 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜ですわ。



「何とかじゃベリなさいよ」



 魂なのに叩かれた。相変わらず滅茶苦茶な巫女だ。どうやらさっきは霊夢の身体に憑依していたようだ。確かに視点が若干低かったし、脇が寒かった。……女の子としてあんなに肌を人前に見せるのは如何なものだろうかと今更ながらに思う。



「まぁ多分あってるでしょ」



 幻想郷はこんな輩ばかりだ。



「それにしても神様を降ろす術で死人を降ろした私がすごいのか、それともあんたが普通の人間じゃないのか……いや普通の人間ではないか」



 どうたら霊夢は月に行った時の神降ろしの術で私を呼び出したらしい。ならば私は神様なのだろうか。……メイドの神様?



「どうでもいいわ。それより願い事の件よ。いくら賽銭渡されたってね、あんな我儘な吸血鬼の面倒を見ていられるわけないじゃない。あいつ絶対に私より長生きでしょ。あんなのに一生付き合ってられないわ。だから紅魔館のことは自分で何とかしなさい」



 そう言って一つ大きな欠伸をした後、縁側に座ってお茶を飲み始めた。



 ……ありがとう、霊夢。



 どうせ聞こえないことは分かっていたが、それでもお礼を言いたかった。そして私は行かなければならない。私の居場所、愛しい家族のもとに。



「……どういたしまいて」



◇◇



 ……上手く動けないのを忘れていた。霊夢と別れた後、ひたすら紅魔館を目指しているがなかなかたどり着けない。その途中で気づいたことだが周りの様子からして普通の人間や妖怪には私は見えないらしい。ただの幽霊や亡霊とは少し勝手が違うようだ。姿を見れただけでも死神や霊夢は有能だったのだろう。……いや死神は職業上やっぱり会話ぐらい出来なきゃマズイのではないだろうか。

 随分と時間がかかったが、なんとか霧の湖までたどり着くと紅魔館の方からやってくる二人組がぼんやりと見えた。よく見えないがなんか青っぽい……、面倒くさいやつに会っちゃったかしら。



「お、ひーさーしーぶーりー!」
「あら芳香、この魂がメイドさんですか?」
「そうだぞー」



 二人組は芳香と邪仙だった。それにしても芳香には私だと分かるようだ。同じ死体だからだろうか。



「そうですか。その節は私の芳香がお世話になったようで」
「お世話されたぞー」



 世話をやいた覚えはないし私はむしろ手伝ってもらった立場である。まぁ必要以上に苦労はしたが。



「そうだ、咲夜……そのー……ごめん!」



 いきなり芳香に謝られた。こちらには身に覚えがない。なにせさっきまで死んでいたのだから。……いや今もまだ死んでいるし、芳香も死んでいるが。



「咲夜が消える前に何かを私に頼んだはずなんだけど……」



 ……忘れたのか。



「申し訳ありません。うちの芳香は可愛いのですが、何分物覚えが悪い上に物忘れが激しいもので。……そこも可愛いのですがね。脳が腐っているので仕方ないことなのです。……腐っていて可愛いのですがね」
「何かを誰かに言うように頼まれたのは覚えていたんだが……そこから先がさっぱり思い出せなかった!それで青娥に頼んだんだ」
「えぇそうです。そこで忘れてしまったものは仕方ないのでメイドさんに生き返ってもらって直接言ってもらおうと思いまして」



 どちらかと言えば仕方がないのは忘れたことではなく、死んでしまったことだと思う。


「幸運にも閻魔様が魂は返してくれるらしいですし、博麗の巫女の力を使えばその魂を降ろすことができる可能性がありました。後の問題は身体ですが、そこは私の専門です。死体の修理は慣れていますから。おまけに運命を操る吸血鬼が見方についてるのですから不運な失敗も起きなさそうですし」



 ……私は随分と大勢の人々のお陰でここに戻ってくることができたらしい。



「正直に言えば死体を『人間』のまま弄ったことはなかったので少し心配なのですが」



 ……ん?



「まぁちゃんと直っているでしょう」



 今間違いなく字が違った。



「ですが暫くの間はメンテナンスが必要でしょうし、週四くらいで伺わせていただきますわ」



 二日に一日以上のペース……本当に私の身体は大丈夫なのだろうか。



「妖怪化させるなり仙人にするなりすればもっと簡単だったのですが、吸血鬼さんが許してくれなかったもので」



 やはりお嬢様は私の意志を尊重してくれたらしい。



「ではあまり長く引き止めても悪いですし、私達はこれにて」
「また遊びに行くからなー」



 そう言って芳香と邪仙……青娥は去っていった。次に来るときには美味しいお茶菓子を用意しておこう。……いや私の身体次第か。青娥の口ぶりを聞けば心配は拭えないが、後は生き返ってから考えればいいだろう。

 ……霧の湖まで来たが紅魔館まではまだ距離がある。二人に連れて行ってもらえばよかった。



◇◇



 ここまで来るのに随分と苦労した。魂だけの姿での移動の話ではない。いろんな人のお陰で私はここまで戻って来ることが出来た。閻魔が私の魂を引き受け、死神が私を見つけ、博麗の巫女が私を導き、邪仙が体を直す。そしてそれらが失敗しないよう運命を弄ってくれたお嬢様。皆のお陰でとうとう私はここまで来た。ベッドでは私の身体が変わらず置かれており、その手をお嬢様が握っている。紅魔館のメイド十六夜咲夜、今お嬢様のもとに戻ります。



「……咲夜?」
「はい、咲夜でございます」



 お嬢様が私の胸に飛び込んでくる。思ったように体が動かずそのままベッドに倒れこんでしまう。



「私としたことが……随分泣いたわ」
「すいません」
「この主不孝者」
「申し訳ありません」
「生き返らせるの大変だったんだから」
「ありがとうございます」
「……大好きよ」
「私もです」
「おかえり」
「紅魔館のメイドにしてお嬢様のただ一人の従者、十六夜咲夜ただいま帰りました」
 それから数日後、紅魔館でパーティが行われた。呼ばれたのは私の蘇りに関わったメンツのみだ。私はいつも通りお嬢様の隣にいる。ここが私の居場所だ。



「私達も呼ばれてよかったのかしら?」
「気にすることはないさ。生きている間の咲夜の面倒を見てくれたし」



 少し困った表情で話しかけてきたのは永遠亭の薬師だ。まだ私の身体は本調子ではないものの、そのあたりは邪仙が面倒を見ることになっている。それでも困ったらいつでも声をかけてきていいと言ってもらっているが。



「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「貴方って夢に作用する薬、『胡蝶夢丸』だったかしら?そんなものを持っていたわよね?」
「えぇ。それがどうしたの?」
「永遠亭でそれの紅いやつを食べたの。あの夢は私にとって何だったのか知りたいと思って」
「貴方にとっての悪夢よ」
「嘘ね」



 頭で考えるよりも先に返事をした。そんなはずはない。



「貴方の言うとおり嘘よ。でも本当かもしれないわ」
「からかわないで欲しいのだけれど」
「そんなつもりはないわ。でも今の通りたとえ私が何を言っても貴方は自分の納得した答え以外認めないじゃない。貴方が信じなければ私が嘘をつこうが本当のことを言おうが大した違いはないわ。それに所詮は夢の話、貴方にとって大切なのは今眼の前にある現実でしょ?」



 そう言ってはぐらかした後、薬師は自らが仕える姫のもとに戻っていった。



「やーくーざー!」
「私は咲夜。ヤクザはあそこの巫女のことよ」



 次に声をかけえきたのは青娥と芳香だった。



「体の調子は如何ですか?」
「絶好調ですわ。時折頭痛が起きますし、右足の付け根に違和感を感じるし、左手薬指の痺れが取れないし、本を読むのに眼鏡が必要になるし、冷え性な上に猫舌になってしまいましたが全く問題ありませんわ」
「やはりそうでしたか……」



 今青娥はやはりと言っただろうか?つまり予想済みということなのだろうか。



「すいませんでした」
「まぁ生き返らしてもらった身で文句を言うつもりはありませんわ」
「今後もどうかお気をつけて」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「メンテナンスの料金はこの際いりませんわ」



 ……この先私の体はどうなってしまうのだろうか。



「なんだか大変そうだなー」
「大丈夫よ。熱い紅茶は飲めないし、夜冷えて寝づらいけど大丈夫よ」
「ふーふーしようか?」
「気持ちだけありがたく受け取るわ」



 その後今後のメンテナンスについて話した後、青娥と芳香は宴会に戻っていった。因みにメンテナンスは週十回となった。



「……湯たんぽいる?」
「へ?」
「いや、夜寝るのに寒いっていうのなら」
「あー……考えておきます」
「……因みに私は吸血鬼だけど体温はそこまで低くないわ」
「悪いがそろそろ御暇したいんだが、何かお土産を持って帰ってもいいかい?」
「……タイミングの悪い」



 お嬢様との会話を遮って小町が入ってきた。



「あら、もう帰るの?まだ宴会も始まってそんなに経ってないのに」
「実際あたいは特に何にもしてないわけだし」
「そんなこと」
「なにより本来あたいより相応しい四季様がここに来れなかったからねぇ……」



 勿論四季映姫も誘ったのだが仕事が忙しくどうしても今回の宴会には参加できなかったのだ。



「せっかく恩を売れると思ったのに」
「残念だったね。……正直なことを言えばあんたのことで四季様は結構面倒事を抱えちゃたからね。しばらく休暇はないさ」
「……謝るべきなのかしら」
「謝罪なんていらないよ。ただあたいもとばっちりであんたの身柄について責任を持たなきゃいけなくなっちまった。簡単にいえばサボりの名目であんたの監視ってわけ。タダ働きだよ。とりあえずしばらくは頻繁ここに顔を出すからよろしく」



 そう言って小町はテーブルにあったワインを二本持って私達に背を向けた。



「ちょっと待って」
「なんだい?」
「貴方と四季映姫って甘いモノは大丈夫かしら?」
「あたいは和菓子とかが好きかな。四季様は甘党だしなんでもいけるよ」
「そう、覚えておくわ。私に会いに来る時は多少小腹を減らしてきてください」
「楽しみにしておくよ」
「あと……」
「ん?」
「ありがとう。四季映姫にも伝えておいて」
「……お礼は受け取っておくよ」



 今度こそ帰っていった小町を見送った後、お嬢様に一言言って霊夢に話しかけに行く。こちらからいかないと料理に夢中な霊夢とは話せないと思ったからだ。



「聞くまでもなさそうね。楽しんでるようで何よりだわ」
「うん、美味しい」
「それで……この間の件のことなんだけど」
「あんたの魂降ろしたやつ?なんかお礼でもくれるの?」



 一応感謝の言葉は必要だと思ったが、そんなものより現物支給を望むらしい。



「まぁ……私の出来る範囲なら」
「んじゃあ百万円ちょうだい」



 ……とんでもないことを言ってしまったかもしれない。



「……流石にすぐには。何時になるかわからないけど少し待ってもら」
「やっぱり一億円」
「……先に助けてもらってなんだけど、無理ね」
「じゃあいいや」



 そう言って霊夢は再び宴会の料理に意識を戻した。……この巫女はきちんとお礼も言わせてくれない。



「咲夜」



 主の声に振り返る。



「そういえばさ、咲夜がその……死ぬ寸前に何か言おうとしたでしょ?アレは何だったの?」



 そういえば芳香に頼んだ言葉は結局言っていなかった。最期じゃなくなったのだから今言うのは変だとは思う。しかしもし次に……本当の寿命が来て死んでしまった時に今回のようにならないとは勿論限らない。ならば生きている間に言葉は伝えるべきだ。



「あの時私はこう言おうとしたんです。お嬢様、今まで有難うございましたと」
「……そう」
「ですがもう少し言葉を足させていただきます。これからも短い間ですがよろしくお願いします」
「……うん」



 私はいつか死ぬ。人間として死に、お嬢様を置いていくことになるだろう。でも終わらない夜に誓った通り、それまではお側にいよう。そこが私の居場所なのだから。
福哭傀のクロ
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コメント



0.240簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
事故死はノーカン。幻想郷ならではの処置でしょう。
5.100名前が無い程度の能力削除
涙の堤防が決壊しました。
6.無評価福哭傀のクロ削除
①今回の結末(一応蘇り)
②死亡のまま
③その他

どんな結末が良かったのか簡単にでいいので意見をいただけるとありがたいです。今後のためにも!一応どのパターンもアイデアとしてはありましたが、書きやすさ・好み等、まぁいろんなことを考えた結果こうなりました。正直人によってはあり得ない結末だと思ってはいます。

3さん
……まぁ近い考えです。細かいこと言い出すと長くなりそうなので取りあえず今はこのへんで。

5さん
ありがとうございます。サラッと読める文章も書いてきましたが今回は人の心に響きやすい(と勝手に私が思っている)『死』についても書いてるのでこういう感想は嬉しいです。ただ……やっぱり難しいですね。
7.80名前が無い程度の能力削除
またベタなネタをと思い読み始めましたが
失礼ながら予想外に良かったです
アンケートですがノーコメントで
結末が変わればそれはまた別のお話で、別のお話には別のお話の起承転が必要でしょう
8.80奇声を発する程度の能力削除
うーん…何ともかんとも
11.90名前が無い程度の能力削除
中盤を丁寧に描いてるからこそだと思うけど、蘇った咲夜がレミリアと声を交わすシーンで泣きそうになりました。
後書きのパーティも幻想郷らしいいい加減さが好きです。