冬の幻想郷は寒い。
その寒さは窓ガラスに霜を作る。
だがその程度の自然現象は別に誰も気付かれること無く、朝日に消える。
しかし、郷のものは知らない。それがまれに自然現象ではない、誰かの悪戯と言うことに。
人里では、
「最近冷えますな、ガラス窓のある家だと霜が張っているとか。」
「そうらしいですの。そう言えば、少し奇妙な事があるんですがな?」
「ほう?例えば?」
「毎冬、うちの鬼門の方角から嫌な気を含んだ寒さが来るのが恒例だったんですがな、最近はそれが無いんですわ」
「博麗の魔よけの札でも貼ったとかそう言うのではなくてかね?」
「うーん、祠を建てても防げなかった程の邪気が札一枚で納まるとは思えんでさ」
「そういや、似たような話を聴いたけど、何でか解らないって話でしたな?…ただ、害は無いって事で皆はありがたがってるがねえ」
そんな会話がチマチマと人里では出ていたが、怪異でもないし被害も無い、逆に冬じゅう寝たきりの老人が薪割りができるまで
元気になったり、その家にはある意味「いい事」が起こっているのは確かだった。
「……ふむ、良いネタが出来そうですね。はたてにはバレぬようにさっさと取材に入りますか。夜討ち朝駆けは私の領分ですからねえ」
集音マイクで里の会話を盗聴していた天狗の記者は、スクープ一番乗りを果たさんと動き始める。
とある山。
その中腹に金属扉をはめ込んで無理やり塞いだ洞窟がある。
無論普通の人には見えないように結界が張ってあるが、その存在を知っていても近づくものはいない。
冬の妖怪が住んでいるそこは、彼女の許可を得た以外のものが触れてはならない所なのだ。
いつもは静かなそこは、耳をよく澄ますとギターの音と静かな歌声が聞こえてくる。
「相変わらず歌が好きねえ。あなたは」
呆れた様に清水で喉を潤すのは、家主であるレティ・ホワイトロック。
その向かい側でギターを静かに弾くのは、銀色の帽子に白い襟巻き、銀のコートとズボンを履き、銀のブーツでリズムを取っている
長髪の少女だった。
眼は灰色で、肌も髪も白い。アルピノとも取れそうな彼女は曲が終わると、弦をはじく手を止めてポットから茶色い液体をコップに注いで
飲み干す。その液体からはかすかにメイプルの香りがした。
「冬にやる事と言ったら歌って、踊って、食べることでしょ?あたしの故国はそうだけど?あんたの所は違うの?」
不思議そうな問いに、レティは言う。
「ここの国の人間は何て言うか、働きバカと言うか仕事中毒と言っても過言じゃないわ。火の周りで近所の噂話を肴に
酒を飲むのが関の山よ」
白い少女はやれやれと首を振って言う。
「これだから日本の人間はやりにくい。楽天的な所を少しは外国から学ぶべきよね…と言ってもうちの国も何か人の性格が
殺伐としてきてるけど」
彼女は言い終わると、自分の首にかけていた首飾りを見る。
「クモの巣を幸運のまじないとしてお守りにしてた時代なんて、子供達とよく遊べるいい時代だったんだけどね。全くあたしの住んでいた
森を宅地にするなんて昔じゃ考えられなかったわ」
その響きには憤慨の色がある。
「レティが呼んでくれなかったらあたしも居なくなってたかもね。しかしここの郷は珍しいね。ガラス窓のある家があんまり無い
あんな紙と木で出来た引き戸で、よく人間が凍らないよね?」
陽気に一方的に話す彼女を見ながら、レティは言った。
「あなたも原住民の暮らしを見てきたから解るでしょうけど、この国は自然と調和する事を尊しとするわ。つまり今の外界が異端なのよ」
その答えに、少女の顔がやり切れなさそうに歪む。
「オッペケペー節の頃の風景なんてこの郷でしか見られないもんね。この国の進化なんてあの辺で止まってれば幸せだったのかもよ?」
それをからかいでレティが混ぜっ返す。
「電線に引っかかって、感電して死に掛けてたあなたからそんな言葉が聞けるとはね?」
少女の顔が赤くなる。
「あれは電柱に腰掛けようとして風であおられただけだってば!大体高圧線しかない私の国と比べて何なのこの危険物の多さは!」
「ムキにならないの。そう言えば、最近夜に人里に行ってるようだけど、大丈夫なの?」
少女は落ち着きを取り戻して答える。
「冬の霜飾りはあたしのライフワークだからね。でもガラスが少ないんで木とか、寺の銅葺きに落書きする程度よ。国が違えば
娯楽も違うって言うけど、歌以外にあまり楽しみが無いのがねえ」
その言葉に、レティは一応忠告はする。
「あまり動き回らないほうがいいわよ。ここの郷にはゴシップや珍しいものがあるとこちらの都合も考えずに取材に来たり
下手すると退治しに来る連中が居るから。無害だろうがなんだろうがいきなり攻撃されることもあるわ」
少女は不思議そうにレティを見る。
「あんた、やられた事あるの?」
レティは渋い顔をして言う。
「私は冬の寒気やそれを恐れる人の心を食べて生きるものだからね。一回目はここに着たばかりの頃に大寒波を呼んだら
見事に仕置きされたわ。で、次が人里から春を奪っていた幽霊が居たんで便乗して暴れてたら春まで寝込む事になったわよ」
少女は弄うように言う。
「見境無く危害を与えてればそうなるのは当たり前でしょ?生憎とあたしは冬を楽しむ心やその風景に感動する喜びの心を
食べているんだから退治は無いと思うんだけどねえ?」
少女の反論に、レティはさらに警告する。
「人間て言うのは脆い物でね。自分の価値観や知識に無いものに遭遇すると先走る感情が恐怖なのよ。それはどの妖怪に対しても変わらないわ。
友好的に振舞っても腹の中では何を考えてるかわからない、もしかしたら油断させて命を奪われるかも、と言う猜疑心だけは発達してるのよ
…かなしい事だけどね。だから保身のために外から攫ってきた者を危険な土地の開拓にこき使って、死ねば供養もせずに無縁塚に埋めておしまい。
儲けと打算と保身で人をいい様に騙してこき使っていない分、妖怪のほうがまだマシかもね」
「でも…」
少女の反論を遮って、レティはさらに畳み掛ける
「ガラスで霜の芸術を作っても…呪いをかけてると勘違いされれば面倒よ?あなたは知らないでしょうけど、この郷は妖精でさえ
人の命を奪う危険な存在なの。それは覚悟することね。ベイコックみたいな死神ならともかくとして。
…まあ、後は自分がそう言う目に遭って体で解ればいいわ」
その夜。
レティの忠告に納得の行かない彼女は人里に下りて趣味を満喫していた。
「私の霜の彫刻は幸せを呼ぶのに…理解されないことはかなしい事なのかな?」
そう言いながら最後の仕上げに入る。
数刻後、出来上がった霜の彫刻は砂糖カエデの葉を象った美しい文様。
「我ながらいい出来ね。故国に居た頃はよく窓からパーティの風景を見ては歌を覚えたものだけどね。ここはそういう風習もないし
つまらないわねえ」
その時、彼女を囲むように、光がいっせいに集中する。
「見たことねえ顔だが、新参か?」
がん灯を向ける村人たちの手にはそれぞれ退魔の武器が握られている。
その顔に浮かぶ敵意は並大抵の事ではない。完全に敵だと認識した顔だ。
「最近天狗の新聞に夜に人里に現れては何かやってるっつー記事があったが、とりあえず詳しい話は守護者の家で聞いてやる
逃げれば退治されるし、嘘をつけば、大人しく帰れると思うな」
数刻後、守護者の家。
目の前の銀と白で覆われた少女は、審問を受けていた。
出自はどこか、どんな能力を持って居るのか、何を毎晩していたのか、などだ。
彼女は自分の事を釈明するが、猜疑心に囚われた里人はなかなか納得しようとしない。
守護者は納得した様だが、しかし、里人を説得するには程遠い。
半刻が過ぎても話し合いは膠着状態だ。
話すことはすべて話してもこの通り、彼女はレティが忠告していた事がようやく飲み込めた。
「…正直、この里人に友達が幻滅するのも無理ないか」
その言葉に、守護者は訊いて来る。
「お前の友達とは、誰だ?」
少女はその言葉に呆れたように言う。
「冬と寒気、すべてを凍りつかせるような知り合いよ。もうそろそろ怒鳴り込んでくるかもね」
嘆かわしいと言うより愚かーーーその言葉の響きは露骨な失望と里人たちへの侮蔑を含んでいた。
その一言を聞いた里人がいきり立つ。
「毎冬、人の命を奪うような奴の友達だと?お前もグルか?!」
それを見た少女は挑発を多分に含んだ皮肉で返す。
「側面も見ないで見かけと行為だけで判断する、この国の人間の無知蒙昧さは表彰もの。こうやって葬り去られた、力もない外来の妖怪が
秘密裏にいくら居ることやら?あんたら土人に言っても仕方ないけど、軽蔑通り越してサルにも劣るね」
守護者を除いた全員が立ち上がる、が守護者はそれを留めた。
「慧音殿、なぜ止められる?」
「この者は妖怪の分際で我々を見下しているのですぞ」
その問いに慧音は問うた。
「この娘が着てから、原因不明の問題は起きているのか?」
里人達が顔を見合わせる。天狗の新聞には書いてあったが、何をやっているかわからないということと、被害は出ていない、としか載っていない。
慧音が重ねて問う
「お前は霜の魔法が使えると訊いたが、あれは何のためだ?」
里人の一人が言う。
「呪いか?それとも印付けか、正直に答えるなら良し、答えないなら答えさせねばならんぞ」
すっかりへそを曲げた少女は投げやりにしか答えない
「あたしが霜で彩った窓の壁を剥がせばわかるよ。もうあんた達みたいな人には何も教えてやらない。それよりもここに居るみんなはさっさと
逃げたほうがいいよ。人の好意まで悪く取るような人に答える口は無いね」
動揺と困惑が里人達に漂う。
慧音が問うた。
「どういう意味だ?」
「さっき言ったでしょ?あたしの友達がかなりご立腹なの」
それと同時に、とてつも無い冷気が部屋に満ちる。
「…手遅れね」
少女の言葉とともに、守護者の家の扉を開けて入ってきたのは…レティだった。
しかし、その顔には怒り以外の感情は見当たらない。見たものが凍りつくような無表情だった。
「私の大事な友達を勝手に処断しようとしている悪い人。死に方は氷付けがいい?それとも凍らせた後に存在を霧氷に変えてこの世から
跡形も無く消え去るのと、選ばせてあげる。それ以外の選択肢は認めないわ」
弾幕勝負のときにも見せない、静かで、しかしここに存在する者達を容赦なく泉下へ送ると言わんばかりの宣言は、里人を凍らせた。
「レティ、掟を破るのはどの妖怪にも許されぬぞ?」
慧音の忠告にも
「知ってのことよ。その代わりこの郷を永久に、零下二百度の世界で覆う呪いは掛けるけどね。友達を何の理解も無く処断しようとすれば
誰でも怒るでしょう?ましてやその子は私と違って幸運を運ぶ霜の精。私にとっては冬を理解できる少ない友達なのよ」
里人が反論する
「し、しかし、拘束しただけで何もしてはおらんぞ!」
「彼女の話を聞き流して信用せず、守護者も歴史を見ればこの子の無実は解けるはずなのにそれをしないと言うことが気に入らないのよ。
慧音、あなた、この状況を処断まで見てるつもりだったの?」
慧音は答える
「まず落ち着いてから、この子の証言を検証しようと思うてな。早めに止めなかった事についてはお詫びする。私は守護者という立場ゆえに
どちらの言い分も聞かないと動けんのだ」
レティは皮肉で返す
「だったら黒い服くらい着なさいな。裁判官の服が何で黒で統一されてるかあなたなら判るでしょうに」
彼女は少女を見て言う。
「この子は連れ帰るわよ。もうあなた方人里で勝手に憎みあって足を引っ張りあって…そして滅べばいいわ。少なくとも、彼女の言っていることに
嘘は無い。もうこの子が望まない限り、人には関わらせない。それで不幸に遭おうが何だろうがもう手は貸さないわ。許しを請うても
彼女が許したとて、私は絶対に許さない。特に私の気に入っている鹿を狩る時は注意することね」
そして、彼女はまた問いを重ねる。
「彼女のうわさをばら撒いたバカは誰?天狗?もしも天狗だったらどちらか教えてくれればこの件にだけ、目をつぶるわ」
里人の一人が「文々。新聞だ…」と答えると、レティは「命拾いしたわね」と言って、慧音に向き直る。
「記事があるなら見せてほしいのだけど。一応記事の内容によっては抗議だけで済ます事は誓っておくわ」
その守護者の家から少し離れた林の中。
「…ちょっと不味い事になりましたね。記事のネタをあぶりだして取材しようとしたらまさかこうなるとは」
集音マイクで守護者の家を盗聴していた影がつぶやく。
無論、彼女が射命丸 文である事は疑いない。
「ここは暫く身を隠して、ほとぼりが冷めるまで…」
そこで彼女は自分の足が動かない事に気がつく。
見てみるとその足は半ばまで氷に封じられていた。翼も荷物を背負ったように重い。いつの間にか凍らされていたらしい。
風で吹き飛ばそうと羽団扇に手を伸ばそうとしたが、その手も凍らされている。
じわじわと侵食する氷に身動きのできないまま、彼女の抵抗は封じられた。
その刹那、強い風が吹き、地吹雪が視界を覆う。
それが止んだ後に、文の前に一人の少女が立っていた。
「記事は読ませてもらったわ。私の友達をまるで呪いを撒いている様にも取れる記事を良くも臆面無く書けたわね?」
能面のような顔に般若の怒りを纏う彼女……レティは地の底から響く様な声音で言う。
「記事を書くのは私達の仕事です!それがどんなに小さな情報であろうと裏を取らねばならないでしょう?」
「…で、私の友達を危険な目に合わせた、と」
「あれは…」
「誤解を呼ぶとは思わなかった、で済むとでも思う?いかな私でも大事な人を傷つけられて黙っているほど甘くないわよ?」
そう言う間にも、文の体はどんどん氷で覆われていく。
「あなた、千年以上生きてるって言ってたわね。なら、このひと冬くらいは氷付けになっても屁でもないわよね?」
文は何も答えられない、どんな口先三寸も今の彼女に通じない事を彼女の目が語っている。
「ついでに言えば、この氷は私の怒りが解けるまで溶ける事は無いわよ。無理やり溶かそうとすればその時点で粉々になる」
「待って、話せば…」
「黙りなさい。その場逃れの言い訳を聞きに来たのではない。私の友達の痛み、数十倍の冷たさで受けるがいいわ」
地獄の鬼もかくやな、ぞっとする声を最後に、文の視界は閉ざされた。
それから二日後。
守護者の判断で霜の装飾がついた家の壁を調べると、木簡に星辰と呪いの言葉が刻まれたものが見つかったり
巧妙に隠された呪い札が見つかり、人里の方では刃傷沙汰になるほどの騒ぎが起きているという。
それ以外にも、門から玄関への道に油紙を張った呪い殺しの壷が見つかったりと、人間関係に亀裂が入っているところが出ていると
言う記事が新聞に出ていた。
そして、呪いの氷に封じられた天狗の新聞記者が見つかったが、レティへの咎めは無かった。
後日、謝罪に来た守護者の話では、記事を見た大天狗も「むべなるかな」と言ったきりで放置を決め込んだらしい。
「この国も怖いところだこと。おお、やだやだ」
心底げっそりした声で少女はごちる。
「妖精も妖怪も人の自然を恐れる心や敬う心が生み出した存在だから、仕方ないわね。でも、呪いのかかった品々があると何で警告しなかったの?」
レティが訊ねると、少女は言った。
「人里が今のような状況になって、みんなから笑顔が消えるのが怖かったから。でも、結局無駄だったね」
「思い通りにいかないのが人の心よ。私達もそうだけどね。そういえば今夜は博麗神社で宴会だそうだけど、行く?」
「行ってみようかな?悪い人だけじゃないだろうし」
その夜、博麗神社。
「あ、レティ、久しぶりね」
霊夢は相変わらずの素っ気無さで挨拶をして、レティの隣に居る少女を見る。
「この娘は?」
お辞儀をして、少女が言う。
「あたしはフロスティ。霜の精、フロストジャックの一族のものです。レティに呼ばれてこちらに来ました」
「ああ、なにやら天狗の新聞に載ってたわね。とりあえず異変が無ければここは平和だし、ゆっくりしていって」
そう言うと、霊夢は元の位置に戻っていった。
「なんか素っ気無いね?」
フロスティの言葉にレティは苦笑いで言う。
「でも、異変が起こるとものすごい力を出すのよ。私じゃ絶対敵わないわ」
と、そこまで言って、その視界の隅に何か輝くものが置いてあることに気づく。それを見たレティは急いで霊夢のところへ向かった。
「ちょっと霊夢、アレ、何でここにおいてあるの?」
慌てた様な口調に、しれっと霊夢は答えた。
「ああ、何か春くらいまで溶けそうに無いから客寄せに持ってきたのよ。最近参拝客少ないし」
レティが呆れるのも道理、そこには氷像の射命丸 文が明かりを反射して輝いていたからだ。
「アレでお客呼べるの?ただのパパラッチの氷像よ?」
「まあ、あちこちでお騒がせな事をしているからね。いい薬になるでしょ。あの顔なんて向こう百年は見られないわよ?」
微妙な気分で彼女が氷像を見ていると、誰かがフロスティに声を掛ける。
「霜のひとー、あなた何か芸ができる?」
全身が銀色に彩られているので目立つことこの上ない。
「あたしは霜で絵を描いたりする以外の能力はひとつしかないよ?弾幕も打てないし」
「じゃあ、それを見せておくれよ。新入りが芸をするのはここの暗黙の決まりだぞー」
あちこちから拍手が沸く。それにフロスティは答えて
「では、誰か氷の塊をくれるかな?」
「こおりなら、あたいにおまかせ!」
元気な声とともにチルノがフロスティのまん前に一抱え以上ある氷の塊を置く。
「ありがとう。では、始めましょう」
かなりの重量のはずの氷の塊を片手で持ち上げ、フロスティはそれを空に放り投げる。
明かりを反射した氷の塊は、水面に広がる波紋のように霧散した。
きらきらと舞いながら降りてくるその氷のかけらは、羽毛のような形になっている。
それは数を増しながら、静かに風に流れて降って来る。
儚と光る氷の羽毛、それはみなの上に降り注ぎ、静かに消える。
「Un sourire ce soir.Ailes de cet ange de dissoudre le coeur obstiné de tous」
(この夜に笑顔を。この天使の羽がみなの頑ななこころを溶かしますように)
「Tout le monde afin que vous passez avec un sourire, en cette nuit sainte」
(この聖なる夜を、みなが笑顔で過ごせますように)
手を組んで祈るその姿は、銀色の天使を思わせる。
そこに居た者達が目を見張る。
射命丸 文の氷像が砕け、中から無傷なままで彼女が解放されたのだ。
「え?あややや?」
文は自分の状況が把握できず、混乱している。
「呪いが解けたわね。あれがあの娘の能力?」
小声で訊ねてくる霊夢に、レティは言った。
「正確には、人妖問わず負の感情を和らげて、和解させる能力よ。外界の話では笑いながら残酷に人を凍死させるとか無責任な事を
言っているものも居るけど、人の冬を楽しむ心が生んだ彼女にそんな残酷さは無いわ」
風に乗って、氷の羽毛が人里へ流れていく。
「少しギクシャクはするでしょうけど、年末までにはみんな和解できるでしょうね。彼女の望みはそれだから」
「優しい子なのね。あんたの友達とは思えないわ」
ちくりと刺すような言葉にも、レティは静かに言う。
「私は冬を恐れるこころが生んだ存在だから否定はしないわ」
沸きあがる拍手と声援の中、フロスティが文の手を引いて戻って来る。
文の顔はバツが悪そうに、俯き気味だ。
「あ…の、」文が言葉を搾り出すようにフロスティへ話しかける。
「あたしの名前はフロスティ。あなたのやった事ならもう、気にしては居ないよ。取材なら後日承るから、今は何も言わないで楽しみましょ」
「本当に申し訳ないです…」
フロスティがそこでレティに言う。
「何も言わないの?」
レティは短く答えた。
「無粋なことは言わないわ。今夜はね」
そこで霊夢が訊いて来た。
「今夜って、あんた達にとって特別な日なの?」
レティは酒をあおり、答えた。
「外界ではそうね。海に沈んだイスの町がたった一言の祈りを唱えてくれる者を待ちわびる日でもあるし、岩場で髪をくしけずる
悪い人魚もこの日だけは人間に戻る。彷徨えるユダヤ人も休息を与えられる特別な日よ」
少し離れたところで持ってきたギターを弾きながら、フロスティが歌う。
「Pour vous, la bénédiction de Noël…」
Les anges dans nos campagnes
Ont entonné l'hymne des cieux
Et l'écho de nos montagnes
Redit ce chant mélodieux
Gloria in excelsis Deo
Bergers, pour qui cette fête
Quel-est l'objet de tous ces chants?
Quel vainqueur, quelle conquête
Mérite ces cris triomphants?
Gloria in excelsis Deo
Il est né, le Dieu de gloire
Terre, tressaille de bonheur
Que tes hymnes de victoire
Chantent, célèbrent ton Sauveur!
Gloria in excelsis Deo
この日、新しい仲間が、幻想郷に加わった。
とても優しく、人間が大好きな霜の妖精が。
その寒さは窓ガラスに霜を作る。
だがその程度の自然現象は別に誰も気付かれること無く、朝日に消える。
しかし、郷のものは知らない。それがまれに自然現象ではない、誰かの悪戯と言うことに。
人里では、
「最近冷えますな、ガラス窓のある家だと霜が張っているとか。」
「そうらしいですの。そう言えば、少し奇妙な事があるんですがな?」
「ほう?例えば?」
「毎冬、うちの鬼門の方角から嫌な気を含んだ寒さが来るのが恒例だったんですがな、最近はそれが無いんですわ」
「博麗の魔よけの札でも貼ったとかそう言うのではなくてかね?」
「うーん、祠を建てても防げなかった程の邪気が札一枚で納まるとは思えんでさ」
「そういや、似たような話を聴いたけど、何でか解らないって話でしたな?…ただ、害は無いって事で皆はありがたがってるがねえ」
そんな会話がチマチマと人里では出ていたが、怪異でもないし被害も無い、逆に冬じゅう寝たきりの老人が薪割りができるまで
元気になったり、その家にはある意味「いい事」が起こっているのは確かだった。
「……ふむ、良いネタが出来そうですね。はたてにはバレぬようにさっさと取材に入りますか。夜討ち朝駆けは私の領分ですからねえ」
集音マイクで里の会話を盗聴していた天狗の記者は、スクープ一番乗りを果たさんと動き始める。
とある山。
その中腹に金属扉をはめ込んで無理やり塞いだ洞窟がある。
無論普通の人には見えないように結界が張ってあるが、その存在を知っていても近づくものはいない。
冬の妖怪が住んでいるそこは、彼女の許可を得た以外のものが触れてはならない所なのだ。
いつもは静かなそこは、耳をよく澄ますとギターの音と静かな歌声が聞こえてくる。
「相変わらず歌が好きねえ。あなたは」
呆れた様に清水で喉を潤すのは、家主であるレティ・ホワイトロック。
その向かい側でギターを静かに弾くのは、銀色の帽子に白い襟巻き、銀のコートとズボンを履き、銀のブーツでリズムを取っている
長髪の少女だった。
眼は灰色で、肌も髪も白い。アルピノとも取れそうな彼女は曲が終わると、弦をはじく手を止めてポットから茶色い液体をコップに注いで
飲み干す。その液体からはかすかにメイプルの香りがした。
「冬にやる事と言ったら歌って、踊って、食べることでしょ?あたしの故国はそうだけど?あんたの所は違うの?」
不思議そうな問いに、レティは言う。
「ここの国の人間は何て言うか、働きバカと言うか仕事中毒と言っても過言じゃないわ。火の周りで近所の噂話を肴に
酒を飲むのが関の山よ」
白い少女はやれやれと首を振って言う。
「これだから日本の人間はやりにくい。楽天的な所を少しは外国から学ぶべきよね…と言ってもうちの国も何か人の性格が
殺伐としてきてるけど」
彼女は言い終わると、自分の首にかけていた首飾りを見る。
「クモの巣を幸運のまじないとしてお守りにしてた時代なんて、子供達とよく遊べるいい時代だったんだけどね。全くあたしの住んでいた
森を宅地にするなんて昔じゃ考えられなかったわ」
その響きには憤慨の色がある。
「レティが呼んでくれなかったらあたしも居なくなってたかもね。しかしここの郷は珍しいね。ガラス窓のある家があんまり無い
あんな紙と木で出来た引き戸で、よく人間が凍らないよね?」
陽気に一方的に話す彼女を見ながら、レティは言った。
「あなたも原住民の暮らしを見てきたから解るでしょうけど、この国は自然と調和する事を尊しとするわ。つまり今の外界が異端なのよ」
その答えに、少女の顔がやり切れなさそうに歪む。
「オッペケペー節の頃の風景なんてこの郷でしか見られないもんね。この国の進化なんてあの辺で止まってれば幸せだったのかもよ?」
それをからかいでレティが混ぜっ返す。
「電線に引っかかって、感電して死に掛けてたあなたからそんな言葉が聞けるとはね?」
少女の顔が赤くなる。
「あれは電柱に腰掛けようとして風であおられただけだってば!大体高圧線しかない私の国と比べて何なのこの危険物の多さは!」
「ムキにならないの。そう言えば、最近夜に人里に行ってるようだけど、大丈夫なの?」
少女は落ち着きを取り戻して答える。
「冬の霜飾りはあたしのライフワークだからね。でもガラスが少ないんで木とか、寺の銅葺きに落書きする程度よ。国が違えば
娯楽も違うって言うけど、歌以外にあまり楽しみが無いのがねえ」
その言葉に、レティは一応忠告はする。
「あまり動き回らないほうがいいわよ。ここの郷にはゴシップや珍しいものがあるとこちらの都合も考えずに取材に来たり
下手すると退治しに来る連中が居るから。無害だろうがなんだろうがいきなり攻撃されることもあるわ」
少女は不思議そうにレティを見る。
「あんた、やられた事あるの?」
レティは渋い顔をして言う。
「私は冬の寒気やそれを恐れる人の心を食べて生きるものだからね。一回目はここに着たばかりの頃に大寒波を呼んだら
見事に仕置きされたわ。で、次が人里から春を奪っていた幽霊が居たんで便乗して暴れてたら春まで寝込む事になったわよ」
少女は弄うように言う。
「見境無く危害を与えてればそうなるのは当たり前でしょ?生憎とあたしは冬を楽しむ心やその風景に感動する喜びの心を
食べているんだから退治は無いと思うんだけどねえ?」
少女の反論に、レティはさらに警告する。
「人間て言うのは脆い物でね。自分の価値観や知識に無いものに遭遇すると先走る感情が恐怖なのよ。それはどの妖怪に対しても変わらないわ。
友好的に振舞っても腹の中では何を考えてるかわからない、もしかしたら油断させて命を奪われるかも、と言う猜疑心だけは発達してるのよ
…かなしい事だけどね。だから保身のために外から攫ってきた者を危険な土地の開拓にこき使って、死ねば供養もせずに無縁塚に埋めておしまい。
儲けと打算と保身で人をいい様に騙してこき使っていない分、妖怪のほうがまだマシかもね」
「でも…」
少女の反論を遮って、レティはさらに畳み掛ける
「ガラスで霜の芸術を作っても…呪いをかけてると勘違いされれば面倒よ?あなたは知らないでしょうけど、この郷は妖精でさえ
人の命を奪う危険な存在なの。それは覚悟することね。ベイコックみたいな死神ならともかくとして。
…まあ、後は自分がそう言う目に遭って体で解ればいいわ」
その夜。
レティの忠告に納得の行かない彼女は人里に下りて趣味を満喫していた。
「私の霜の彫刻は幸せを呼ぶのに…理解されないことはかなしい事なのかな?」
そう言いながら最後の仕上げに入る。
数刻後、出来上がった霜の彫刻は砂糖カエデの葉を象った美しい文様。
「我ながらいい出来ね。故国に居た頃はよく窓からパーティの風景を見ては歌を覚えたものだけどね。ここはそういう風習もないし
つまらないわねえ」
その時、彼女を囲むように、光がいっせいに集中する。
「見たことねえ顔だが、新参か?」
がん灯を向ける村人たちの手にはそれぞれ退魔の武器が握られている。
その顔に浮かぶ敵意は並大抵の事ではない。完全に敵だと認識した顔だ。
「最近天狗の新聞に夜に人里に現れては何かやってるっつー記事があったが、とりあえず詳しい話は守護者の家で聞いてやる
逃げれば退治されるし、嘘をつけば、大人しく帰れると思うな」
数刻後、守護者の家。
目の前の銀と白で覆われた少女は、審問を受けていた。
出自はどこか、どんな能力を持って居るのか、何を毎晩していたのか、などだ。
彼女は自分の事を釈明するが、猜疑心に囚われた里人はなかなか納得しようとしない。
守護者は納得した様だが、しかし、里人を説得するには程遠い。
半刻が過ぎても話し合いは膠着状態だ。
話すことはすべて話してもこの通り、彼女はレティが忠告していた事がようやく飲み込めた。
「…正直、この里人に友達が幻滅するのも無理ないか」
その言葉に、守護者は訊いて来る。
「お前の友達とは、誰だ?」
少女はその言葉に呆れたように言う。
「冬と寒気、すべてを凍りつかせるような知り合いよ。もうそろそろ怒鳴り込んでくるかもね」
嘆かわしいと言うより愚かーーーその言葉の響きは露骨な失望と里人たちへの侮蔑を含んでいた。
その一言を聞いた里人がいきり立つ。
「毎冬、人の命を奪うような奴の友達だと?お前もグルか?!」
それを見た少女は挑発を多分に含んだ皮肉で返す。
「側面も見ないで見かけと行為だけで判断する、この国の人間の無知蒙昧さは表彰もの。こうやって葬り去られた、力もない外来の妖怪が
秘密裏にいくら居ることやら?あんたら土人に言っても仕方ないけど、軽蔑通り越してサルにも劣るね」
守護者を除いた全員が立ち上がる、が守護者はそれを留めた。
「慧音殿、なぜ止められる?」
「この者は妖怪の分際で我々を見下しているのですぞ」
その問いに慧音は問うた。
「この娘が着てから、原因不明の問題は起きているのか?」
里人達が顔を見合わせる。天狗の新聞には書いてあったが、何をやっているかわからないということと、被害は出ていない、としか載っていない。
慧音が重ねて問う
「お前は霜の魔法が使えると訊いたが、あれは何のためだ?」
里人の一人が言う。
「呪いか?それとも印付けか、正直に答えるなら良し、答えないなら答えさせねばならんぞ」
すっかりへそを曲げた少女は投げやりにしか答えない
「あたしが霜で彩った窓の壁を剥がせばわかるよ。もうあんた達みたいな人には何も教えてやらない。それよりもここに居るみんなはさっさと
逃げたほうがいいよ。人の好意まで悪く取るような人に答える口は無いね」
動揺と困惑が里人達に漂う。
慧音が問うた。
「どういう意味だ?」
「さっき言ったでしょ?あたしの友達がかなりご立腹なの」
それと同時に、とてつも無い冷気が部屋に満ちる。
「…手遅れね」
少女の言葉とともに、守護者の家の扉を開けて入ってきたのは…レティだった。
しかし、その顔には怒り以外の感情は見当たらない。見たものが凍りつくような無表情だった。
「私の大事な友達を勝手に処断しようとしている悪い人。死に方は氷付けがいい?それとも凍らせた後に存在を霧氷に変えてこの世から
跡形も無く消え去るのと、選ばせてあげる。それ以外の選択肢は認めないわ」
弾幕勝負のときにも見せない、静かで、しかしここに存在する者達を容赦なく泉下へ送ると言わんばかりの宣言は、里人を凍らせた。
「レティ、掟を破るのはどの妖怪にも許されぬぞ?」
慧音の忠告にも
「知ってのことよ。その代わりこの郷を永久に、零下二百度の世界で覆う呪いは掛けるけどね。友達を何の理解も無く処断しようとすれば
誰でも怒るでしょう?ましてやその子は私と違って幸運を運ぶ霜の精。私にとっては冬を理解できる少ない友達なのよ」
里人が反論する
「し、しかし、拘束しただけで何もしてはおらんぞ!」
「彼女の話を聞き流して信用せず、守護者も歴史を見ればこの子の無実は解けるはずなのにそれをしないと言うことが気に入らないのよ。
慧音、あなた、この状況を処断まで見てるつもりだったの?」
慧音は答える
「まず落ち着いてから、この子の証言を検証しようと思うてな。早めに止めなかった事についてはお詫びする。私は守護者という立場ゆえに
どちらの言い分も聞かないと動けんのだ」
レティは皮肉で返す
「だったら黒い服くらい着なさいな。裁判官の服が何で黒で統一されてるかあなたなら判るでしょうに」
彼女は少女を見て言う。
「この子は連れ帰るわよ。もうあなた方人里で勝手に憎みあって足を引っ張りあって…そして滅べばいいわ。少なくとも、彼女の言っていることに
嘘は無い。もうこの子が望まない限り、人には関わらせない。それで不幸に遭おうが何だろうがもう手は貸さないわ。許しを請うても
彼女が許したとて、私は絶対に許さない。特に私の気に入っている鹿を狩る時は注意することね」
そして、彼女はまた問いを重ねる。
「彼女のうわさをばら撒いたバカは誰?天狗?もしも天狗だったらどちらか教えてくれればこの件にだけ、目をつぶるわ」
里人の一人が「文々。新聞だ…」と答えると、レティは「命拾いしたわね」と言って、慧音に向き直る。
「記事があるなら見せてほしいのだけど。一応記事の内容によっては抗議だけで済ます事は誓っておくわ」
その守護者の家から少し離れた林の中。
「…ちょっと不味い事になりましたね。記事のネタをあぶりだして取材しようとしたらまさかこうなるとは」
集音マイクで守護者の家を盗聴していた影がつぶやく。
無論、彼女が射命丸 文である事は疑いない。
「ここは暫く身を隠して、ほとぼりが冷めるまで…」
そこで彼女は自分の足が動かない事に気がつく。
見てみるとその足は半ばまで氷に封じられていた。翼も荷物を背負ったように重い。いつの間にか凍らされていたらしい。
風で吹き飛ばそうと羽団扇に手を伸ばそうとしたが、その手も凍らされている。
じわじわと侵食する氷に身動きのできないまま、彼女の抵抗は封じられた。
その刹那、強い風が吹き、地吹雪が視界を覆う。
それが止んだ後に、文の前に一人の少女が立っていた。
「記事は読ませてもらったわ。私の友達をまるで呪いを撒いている様にも取れる記事を良くも臆面無く書けたわね?」
能面のような顔に般若の怒りを纏う彼女……レティは地の底から響く様な声音で言う。
「記事を書くのは私達の仕事です!それがどんなに小さな情報であろうと裏を取らねばならないでしょう?」
「…で、私の友達を危険な目に合わせた、と」
「あれは…」
「誤解を呼ぶとは思わなかった、で済むとでも思う?いかな私でも大事な人を傷つけられて黙っているほど甘くないわよ?」
そう言う間にも、文の体はどんどん氷で覆われていく。
「あなた、千年以上生きてるって言ってたわね。なら、このひと冬くらいは氷付けになっても屁でもないわよね?」
文は何も答えられない、どんな口先三寸も今の彼女に通じない事を彼女の目が語っている。
「ついでに言えば、この氷は私の怒りが解けるまで溶ける事は無いわよ。無理やり溶かそうとすればその時点で粉々になる」
「待って、話せば…」
「黙りなさい。その場逃れの言い訳を聞きに来たのではない。私の友達の痛み、数十倍の冷たさで受けるがいいわ」
地獄の鬼もかくやな、ぞっとする声を最後に、文の視界は閉ざされた。
それから二日後。
守護者の判断で霜の装飾がついた家の壁を調べると、木簡に星辰と呪いの言葉が刻まれたものが見つかったり
巧妙に隠された呪い札が見つかり、人里の方では刃傷沙汰になるほどの騒ぎが起きているという。
それ以外にも、門から玄関への道に油紙を張った呪い殺しの壷が見つかったりと、人間関係に亀裂が入っているところが出ていると
言う記事が新聞に出ていた。
そして、呪いの氷に封じられた天狗の新聞記者が見つかったが、レティへの咎めは無かった。
後日、謝罪に来た守護者の話では、記事を見た大天狗も「むべなるかな」と言ったきりで放置を決め込んだらしい。
「この国も怖いところだこと。おお、やだやだ」
心底げっそりした声で少女はごちる。
「妖精も妖怪も人の自然を恐れる心や敬う心が生み出した存在だから、仕方ないわね。でも、呪いのかかった品々があると何で警告しなかったの?」
レティが訊ねると、少女は言った。
「人里が今のような状況になって、みんなから笑顔が消えるのが怖かったから。でも、結局無駄だったね」
「思い通りにいかないのが人の心よ。私達もそうだけどね。そういえば今夜は博麗神社で宴会だそうだけど、行く?」
「行ってみようかな?悪い人だけじゃないだろうし」
その夜、博麗神社。
「あ、レティ、久しぶりね」
霊夢は相変わらずの素っ気無さで挨拶をして、レティの隣に居る少女を見る。
「この娘は?」
お辞儀をして、少女が言う。
「あたしはフロスティ。霜の精、フロストジャックの一族のものです。レティに呼ばれてこちらに来ました」
「ああ、なにやら天狗の新聞に載ってたわね。とりあえず異変が無ければここは平和だし、ゆっくりしていって」
そう言うと、霊夢は元の位置に戻っていった。
「なんか素っ気無いね?」
フロスティの言葉にレティは苦笑いで言う。
「でも、異変が起こるとものすごい力を出すのよ。私じゃ絶対敵わないわ」
と、そこまで言って、その視界の隅に何か輝くものが置いてあることに気づく。それを見たレティは急いで霊夢のところへ向かった。
「ちょっと霊夢、アレ、何でここにおいてあるの?」
慌てた様な口調に、しれっと霊夢は答えた。
「ああ、何か春くらいまで溶けそうに無いから客寄せに持ってきたのよ。最近参拝客少ないし」
レティが呆れるのも道理、そこには氷像の射命丸 文が明かりを反射して輝いていたからだ。
「アレでお客呼べるの?ただのパパラッチの氷像よ?」
「まあ、あちこちでお騒がせな事をしているからね。いい薬になるでしょ。あの顔なんて向こう百年は見られないわよ?」
微妙な気分で彼女が氷像を見ていると、誰かがフロスティに声を掛ける。
「霜のひとー、あなた何か芸ができる?」
全身が銀色に彩られているので目立つことこの上ない。
「あたしは霜で絵を描いたりする以外の能力はひとつしかないよ?弾幕も打てないし」
「じゃあ、それを見せておくれよ。新入りが芸をするのはここの暗黙の決まりだぞー」
あちこちから拍手が沸く。それにフロスティは答えて
「では、誰か氷の塊をくれるかな?」
「こおりなら、あたいにおまかせ!」
元気な声とともにチルノがフロスティのまん前に一抱え以上ある氷の塊を置く。
「ありがとう。では、始めましょう」
かなりの重量のはずの氷の塊を片手で持ち上げ、フロスティはそれを空に放り投げる。
明かりを反射した氷の塊は、水面に広がる波紋のように霧散した。
きらきらと舞いながら降りてくるその氷のかけらは、羽毛のような形になっている。
それは数を増しながら、静かに風に流れて降って来る。
儚と光る氷の羽毛、それはみなの上に降り注ぎ、静かに消える。
「Un sourire ce soir.Ailes de cet ange de dissoudre le coeur obstiné de tous」
(この夜に笑顔を。この天使の羽がみなの頑ななこころを溶かしますように)
「Tout le monde afin que vous passez avec un sourire, en cette nuit sainte」
(この聖なる夜を、みなが笑顔で過ごせますように)
手を組んで祈るその姿は、銀色の天使を思わせる。
そこに居た者達が目を見張る。
射命丸 文の氷像が砕け、中から無傷なままで彼女が解放されたのだ。
「え?あややや?」
文は自分の状況が把握できず、混乱している。
「呪いが解けたわね。あれがあの娘の能力?」
小声で訊ねてくる霊夢に、レティは言った。
「正確には、人妖問わず負の感情を和らげて、和解させる能力よ。外界の話では笑いながら残酷に人を凍死させるとか無責任な事を
言っているものも居るけど、人の冬を楽しむ心が生んだ彼女にそんな残酷さは無いわ」
風に乗って、氷の羽毛が人里へ流れていく。
「少しギクシャクはするでしょうけど、年末までにはみんな和解できるでしょうね。彼女の望みはそれだから」
「優しい子なのね。あんたの友達とは思えないわ」
ちくりと刺すような言葉にも、レティは静かに言う。
「私は冬を恐れるこころが生んだ存在だから否定はしないわ」
沸きあがる拍手と声援の中、フロスティが文の手を引いて戻って来る。
文の顔はバツが悪そうに、俯き気味だ。
「あ…の、」文が言葉を搾り出すようにフロスティへ話しかける。
「あたしの名前はフロスティ。あなたのやった事ならもう、気にしては居ないよ。取材なら後日承るから、今は何も言わないで楽しみましょ」
「本当に申し訳ないです…」
フロスティがそこでレティに言う。
「何も言わないの?」
レティは短く答えた。
「無粋なことは言わないわ。今夜はね」
そこで霊夢が訊いて来た。
「今夜って、あんた達にとって特別な日なの?」
レティは酒をあおり、答えた。
「外界ではそうね。海に沈んだイスの町がたった一言の祈りを唱えてくれる者を待ちわびる日でもあるし、岩場で髪をくしけずる
悪い人魚もこの日だけは人間に戻る。彷徨えるユダヤ人も休息を与えられる特別な日よ」
少し離れたところで持ってきたギターを弾きながら、フロスティが歌う。
「Pour vous, la bénédiction de Noël…」
Les anges dans nos campagnes
Ont entonné l'hymne des cieux
Et l'écho de nos montagnes
Redit ce chant mélodieux
Gloria in excelsis Deo
Bergers, pour qui cette fête
Quel-est l'objet de tous ces chants?
Quel vainqueur, quelle conquête
Mérite ces cris triomphants?
Gloria in excelsis Deo
Il est né, le Dieu de gloire
Terre, tressaille de bonheur
Que tes hymnes de victoire
Chantent, célèbrent ton Sauveur!
Gloria in excelsis Deo
この日、新しい仲間が、幻想郷に加わった。
とても優しく、人間が大好きな霜の妖精が。
あとプライドを傷つけられた射命丸がレティに復讐もせず謝罪する展開は想像できません
まあでも確かに、このレティの行いが極めて自己中心的で、独善的、排他的であることは間違いないです。畢竟里人のこの強硬な反応を引き出したのは、ひとえにレティのこれまでの行いによるものなのですから!フロスティが信用されないのは、彼女自身の「自分をわかってと言いながら他人を信用も理解もしようとしない」態度もあれど、主に(彼女本人の言動からわかるとおり)危険度の高い邪悪な妖怪の仲間だから、でありましょう。まあ、妖怪らしくて良いんじゃないでしょうか。スペルカードルールは偉大なり。
そのぶん他の季節が弱いから帳尻はあってると思うけどw
公式にこの娘がいればチルノ達とも仲良くしてそうだと思いました。
冬の寒さの中の美しさに惹かれました。
寒さは逃げ場ないし速く飛ぶだけ余計に凍りますから