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風神太平記 第十一話

2013/12/19 22:12:44
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「ギジチは、諏訪に戻って来るか」

 下諏訪御所の居室にて、諏訪子はぽつりと呟いた。
 自らの名で奏上した、豪族ギジチの上諏訪商館への再任の件は、何の滞りもなく承認されたという報せがあった。すべては、自分の策した通りに進んでいる。その確信が諏訪子にはあった。

 すでに二月の終わりには、洩矢諏訪子を商業の司とするという正式な宣旨も神奈子から賜っている。今の諏訪子は、八坂神奈子と並び立つ諏訪王として、文字通り国権の半分を手中に納めたというに等しい。そして諏訪子が国家の大権のもとギジチを重用するということは、彼に相応の権力を与え、自らの膝下で国政に関わらせる道筋が着々とできつつあるということをも意味する。体制のなかで足場を固めるなら、取り込める者はひとりで多く取り込んでおくべきだ。神奈子に支援されたダラハドが、辰野に入ったごとく。

 現在の科野州は、八坂神奈子と洩矢諏訪子による二頭体制に近づきつつあると言える。

 だというのに諏訪子は、しばし笑んでは自嘲した。すべて止むを得ざることだと自らに言い聞かせるように。時はもう三月。冬の寒さも遠く去りつつある今、彼女の眼の前には、梅のつぼみが綻ぶ気配を見せている。あと数日もすれば、春を喜ぶ誇らかな香を愉しむことができるだろう。そのために、御所の庭には梅を据えたのだから。

 だが、時の訪れとともに花が開くのは、梅の木々ばかりではない。
 王権内での暗闘という昏い花の香に対しても、知らぬふりを決め込むわけにはいかないのだ。

 神奈子がダラハドの取り込みを図ったときから、何か手は打たねばならぬと思案していた。諏訪子にとってダラハドという男が宿す血は、かつて自身の体制を固めるに当たって除かねばならなかった、ひとつの脅威だ。その脅威が諏訪王の名のもと、要衝の地・辰野に配置される。これを王権のためと素直に喜べるほど人の好い性格を、諏訪子は元よりしていない。旧き遺恨を掘り起こして表に据えれば、きっとまた災いが起こる。そんな不安が拭えなかった。

 事実、いくさは起こり、血は流されたではないか。
 八坂神奈子の政は、旧弊を排して新しき風を容れるためのもの。だがそれがあまりに性急過ぎるとき――必ずや踏みつけにされる者たちが出る。それらは次の災厄の種、次の次の災厄の種とならぬと誰が言える。そう、あたかも、諏訪から追放されたウヅロの子が、今また諏訪に戻って来たように。

 ならば誰かが、何とかしなければならぬ。
 大きな『流れ』を押し留めることはできなくとも、その行き方を変えんとすることは許されて然るべきだ。そして、そのための力を取り戻すことも。力を手に入れるために手段を選ばぬということも。『流れ』があるとき突然に暴走し、何もかもを破壊してしまわないという保証はないのだから。

 たとえその結果が、神奈子との対立を引き起こすことになったとしても。
 それこそが、洩矢諏訪子が自らに課した『祟り』であり、『呪い』なのだ。

「こちらにおいででしたか」
「お、おお。モレヤか。済まぬな、待たせておる」
「梅の花を見せたいと仰せになったのは諏訪子さまではありませんか。早く致しましょう。鍛錬を重ねた弓矢の腕前で、あの梅の実ひとつ、射落として御覧に入れましょう」

 決意せんとする諏訪子に、病の癒えた夫が遠くから駆け寄って来た。

 年明けて十の歳となったモレヤは弓を手にし、もう片方の手で諏訪子の手を引いて歩きだす。政のうちでの醜き暗闘など、何も知らぬという顔で。ふとモレヤの顔に、ユグルの死に顔が重なった。けれど諏訪子は努めてその妄念を振りほどきたがった。今日だけは、せめて政ともいくさとも関わりのない、穏やかな時を過ごしたいと思ったから。

 妻と夫が庭に出たとき、久しく忘れかけていた平穏さと呼べる何かが、遠からぬ春の気配となってやってきたように思った。

 いくさ神と、祟り神。
 八坂神奈子と、洩矢諏訪子。

 ふたりの王にとってはこの春こそが、蜜月と呼ぶことのできる最後のときであったかもしれなかった。(続く)
起承転結の『承』までが終わりました。
次からは起承転結の『転』になるかもしれません。
こうず
http://natureloadhyakuendam.wix.com/oyasumi-tokusetsu
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コメント



0.100簡易評価
1.80アーム削除
相変わらずの量と質
2.100非現実世界に棲む者削除
亀裂は徐々に、そして朧気に。
表面に出かけた対立は諏訪に何をもたらすか。
雪月花になりかけた冬の戦場こえては春の兆しの花鳥風月。
転にてさらなる波乱をお待ちしております。
4.90名前が無い程度の能力削除
遂にユグルとのいくさが決着。結末は予想に違わぬ流れでしたが、この話の戦場のシーンは、読むのにもエネルギーが要る気がします。戦場には誉れや矜持だけでは割り切れない何かがあって、なんか重いです。重いと感じるのは戦シーンに限りませんけれど。
今回はユグル勢が撤退するときの殿をつとめた男からタイマンを仕掛けられて神奈子が喜ぶ場面が癒しでした。
『承』でこれなら『転』はどうなるのか、楽しみなような怖いような……。
そんな心持ちながらも、お待ちしておりまする。
5.100名前が無い程度の能力削除
既に文庫本7~8冊分はあるのにまだ承だと……
かかってこい!全部熟読してくれるわー
6.100名前が無い程度の能力削除
神奈子様が二人いる!(タグ8)
 >神奈子はあらためて書状を確認し、そして。
 >自分の右席で不気味なまでの沈黙を続けていた神奈子に、初めて問うた。

イカサマの卜占で信仰を得る→奇跡を起こす→信仰を得る→奇跡を(ry
今話では珍しく戦神が神通力を発揮していましたがこれってどう見てもマッチポンプです有難う御座いました。

そして相変わらず人間人間人間。自然の景観すらヒトの手垢に塗れた物として語られ、踏み荒らされ穢され神性は剥奪される。以前あなたの作品のコメントで「作者は読者を楽しませる気が無い」と有りましたが大いに賛同します。あなたの作風には希望、夢、甘え、赦しが無い。前向きな嘘で己を欺き幻想を心の支えに生きるのも又人間だと思いますが、あなたはその幻想を先ず否定する。

今作も面白かったです。この時点で折り返し点とは驚きですが今後も楽しみにさせて貰います。お身体を労わって読者の為にもどうぞ頑張って下さい。
7.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず面白いです。
8.100愚迂多良童子削除
やっぱりユグルは死んでしまったか。ユグルが間違ったとすれば、名誉のために戦ったことなのかな。ノオリのように、敵の元に下って、諏訪子のように知略を使うのもまた一手だったと思うけど。命あっての物種と言うか・・・死んで立つ瀬はあれど浮かぶ瀬はない。
神奈子が大柳賢状態で不覚にもちょっと笑ってしまったw
ここからは諏訪子の戦いが見れるのか。しかも相手は神奈子かな? モレヤも関わってくるのかとか、期待したいところ。
しかしこの話、落ちが分からない。

>>ひと段落
一段落(いちだんらく)
9.100名前が無い程度の能力削除
今まで読んできましたが正直東方があまり関係ないように思えるのでいっそプログとかで
されたらいかがですか?
根本的に少しこうずさんは厚かましい気がします
話自体は面白いですが
10.90r削除
1
後者はそれよりさらに離れた小集落にて別名あるまで待機。
→別命

城方の防備に小さな穴を幾つも明けていく。
→空けていく?

2か3
神奈子は少しく狼狽した。
→少し

3
 ユグルは話の続きを、なかなか再会しなかった。
→再開

8
自分の右席で不気味なまでの沈黙を続けていた神奈子に、初めて問うた。
→諏訪子

諏訪子さんの(私の中での)株が一気に高騰した。
11.100名前が無い程度の能力削除
面白過ぎる。
12.100名前がない程度の能力削除
ユグルには柔らかさがなかったのだろう。
ここでギジチのように復讐を心に秘めていれば大事が為せたかもしれない。はやくに降伏していたらギジチと深い仲となったのではないだろうか。想像すると面白い。
転が楽しみでしょうがない。