Coolier - 新生・東方創想話

射命丸文のスランプとその顛末

2013/12/16 02:21:36
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 ある日、なんの前触れもなく筆が滞った。それは全く突然のことであった。今まで休みなく働き続けていた私の頭脳は活動を鈍らせ、原稿の空白はいつ埋まるともしれなくなった。
 この停滞した状態は、他の者から見れば非常に困窮しているように見えただろうが、当事者の私は悠々と構えていた。どうせいつもの如き一過性のスランプだろうと鼻で笑って、哨戒をしている椛の頬を突っついたりして日々を過ごした。椛には怒られた。
 だがいつもであれば回復しているであろう頃になっても、私の新聞原稿は白紙のまま、執筆は遅々として進まなかった。進まないばかりか、原稿の嫌味ったらしい白色が目に映るたびに不快な気分になった。ようやく焦りを感じはじめた私は、椛の頬をさらにもみくちゃにして気力回復に努めてみた。マシュマロの如くふかふかしたそれを引っ張り、つねり、揉みしだき、幸せな柔らかさを存分に堪能した。それでも私のペンは動かない。椛にはしこたま殴られた。

 難渋した私はエンジニアのにとりに相談することにした。妖怪の山にて「ご都合主義の権化」と名を馳せるにとりであれば、この忌々しい不調から脱却する道具を編み出せるのではないかと思った。さっそく工房に訪れた私を、にとりは人好きのする笑顔で出迎えてくれた。
 工房の隅の粗末な椅子に腰掛けた私は、向かいに座るにとりに自身の悩みを打ち明けた。何とかして欲しいという気持ちが先走り、説明はたどたどしいものとなったが、何とか己の現状を伝えることができた。
 私から仔細を聞いたにとりは、腕を組んでうんうんと唸りだした。眉間には皺が寄って、体は落ち着き無くゆさゆさと揺れている。その動作が彼女の苦悩を如実に表していた。同じ山に住まうとはいえ他人でしかない私の為に、彼女は懸命に打開策を考えてくれている。その思いやりが心に染みた。
 一通りうんうん言ったのち、にとりは一言「無理」とのたまった。先程までの熟考熟慮は何であったのか。私は、それでは困るので何とかして欲しいと、頭を低くして再三頼み込んだ。それでもにとりはうんと言わない。無理なものは無理であり、その事実はいくら私がお願いしようと変わることはなかった。
 私が肩を落としていると、にとりが「今までの不調はどうやって直してきたの」と軽い調子で尋ねてきた。仕方がないので、私は「椛をいじくって気持ちを落ち着かせるんです」と言った。そしてそのまま話の流れで、どのようにして椛をもみくちゃにするのかを詳しく話した。話しているうちに興が乗り、聞かれてもいない椛の可愛さやいじらしさまで熱く語ってしまい、結果随分な長話となった。自分の気に入っている事物について人に話している時ほど楽しい時間はないと思う。
 一気呵成に言いたいことを言い終え、一息ついていたところで正面を見てみると、にとりが何とも言えぬ表情を浮かべていた。猛烈に甘い菓子を口に詰め込まれたかのような顔である。どうしたのかと尋ねてみたが、「何でもない」と呻くような声で返されるだけで全く要領を得ない。何だかよく分からないが、どうやら私の話が長く、聞いていて疲れたらしいと推測を立てた。私はにとりの体調を気遣って工房を辞した。帰り際に、いつものように椛をもみくちゃにして不調脱却を目指すよう、草臥れた様子のにとりに言われた。他に打つ手もないのでにとりの忠言に従うことに決めた私は、椛がいるであろう場所を目指して出発した。

 外は秋晴れであった。陽光が山を照らし、紅葉の黄色や赤色を光らせている。風はひゅうひゅう吹きながら空を駆け巡って、大変気持ちがいい。私はその心地よい風に乗りながら椛のことを考えた。椛は私の可愛い後輩である。椛のことを考えると、訳は分からないが顔がほんのりと熱くなるような気がする。時折胸の奥が締め付けられるような感覚もする。椛を弄ると反応が面白い。顔を真っ赤にする。涙目になって不平を訴えてくることもある。思い出しているうちに顔がにやけてきた。本当に椛は可愛い後輩である。
 あれこれ考えている間に、椛が哨戒しているであろう地区に到着した。そこは山の中腹に当たる場所だった。聞こえてくるのは風に揺れる木々のざわめきと得体の知れぬ鳥獣の鳴き声だけで、あとは何も聞こえない。私は辺りをぐるりと見渡した。すると椛は直ぐに見つかった。椛は周りより少し高い木の上に座っていた。いつも哨戒時には油断ない引き締まった顔をしている椛であるが、今の彼女の顔はすっかりだらけている。どうやら休憩中であるらしく、顔だけでなく全身からも力が抜けきっている。そんな椛も大変可愛らしい。私は彼女に近づき、腰かけているすぐ横に降り立った。
 彼女は私のほうをギョッとした目で見た。力を抜いていたせいで私の存在に気がつかなかったらしい。彼女はすぐに私から顔をそらしてしまった。以前もみくちゃにした怒りがまだ鎮まっていないのだろうか。いつまでたってもこちらを見ようとしない。後ろから見ただけでも椛の顔が赤いのが分かる。以前同じように怒りで顔を赤く染めた彼女に、「おおー、顔が赤いです。椛が紅葉していますね。風情があります」と煽ったら、刀の峰で袈裟に切り斬りつけられた。あれはすごく痛かった。
 取り敢えず私は、話をするために椛の怒りを鎮めることにした。前回は斬られることで彼女の怒りは収まった。ゆえに今回も同じようにしようと思う。私は椛の正面に回り両手を広げ、「さあ、どうぞ斬ってください」と言った。
 彼女は一瞬呆けたような顔をしたがすぐさま焦りだし、何故そのようなことを言うのかとワタワタ問うてきた。私は胸を張りつつ答えた。私は取材の際は饒舌になる。ぽんぽんと次に話すことが出てくる。しかし椛の前ではそれができない。緊張で上手く喋ることができなくなる。今の私には椛の怒りを鎮める良い文句が思い浮かばない。だからあえて斬りつけられることで先日の一件を許してもらおうと思ったのだ。決して私がマゾであるというわけではない。そこは勘違いしないで欲しい。
 話し終えると、彼女は首から上を真っ赤にしながら、呆れ果てたというような顔をした。大変に心外だ。まるで私が阿呆なことを言ったかのような反応である。
 私が顔をしかめていると、彼女はぽつぽつと話しだした。どうやら彼女は憤慨していたわけではなく、ただ単に照れていただけであったらしい。先ほど顔を背けたのも、恥ずかしくて私の顔を直視できなかったからだという。思わず気が抜けてしまった。私の苦労は全て無駄だった。彼女は怒ってなぞいなかった。確かにそんな彼女からすれば、なんの脈絡もなく斬りつけてくれと頼む私はマゾ野郎の阿呆以外でしかなかったであろう。私は羞恥で死にたくなった。
 私がそのように先の発言について悔やんでいると、彼女は最後に、嫌であったわけではない、逆に文さんと話したり触れ合えたりして嬉しかった、これからも気が向いたら私を撫でたりしてほしいと真っ赤な顔で言った。そして、ほんのりとはにかんでみせた。その顔を見た瞬間、私は雷撃を見舞われたかの如き衝撃を受けた。顔が急に熱くなった。自分でも顔面が赤くなっているのが分かる。私は何故かいたたまれない気持ちになり、椛の元から全力で離脱した。今まで飛んできた中でも最高の速度が出たかもしれない。後ろから椛の声が聞こえた気がしたが、私はなりふり構わず一直線に自宅へと向かった。

 家に帰った私は、文机の前にどっかり腰を下ろした。まだ顔が熱い。こんなにも顔が熱くなるのに、原因がよく分からない。何故かもやもやする。椛と一緒にいた時はこんな気持ちにならなかったのだが。
私はふむとひとつ呟き、ポケットから真っ白な手帳を取り出した。それに万年筆でゴリゴリと字を書いた。書くのは椛のことである。彼女に対する印象、彼女のとる行動、彼女との会話などについて書きなぐった。考えなくとも、書く事はいくらでもあった。
 書きに書いて息をついたら、いつの間にか夜になっていた。まっさらであった手帳のほとんどが文字で埋まっている。これだけ文章が書けるようになったのであれば、新聞が書けるようになるまでそう時間はかからないだろう。復調の目途が立って安心したら途端に眠くなった。私は伸びをした後に寝床へ向かい、ごろりと横になった。横になりながら、私は新聞のことではなく、何故か椛のことを頭に思い浮かべた。そして吸い込まれるように眠りへと落ちていった。
初投稿です。
よろしくお願いいたします。
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コメント



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6.80名前が無い程度の能力削除
お熱いですね。おおラブいラブい。
7.90名前を忘れた程度の能力削除
手遅れですね、末永くお幸せに。
さぁ、続きはまだですか?
9.80名前が無い程度の能力削除
心地良い余韻に浸れる締め方が素敵ですね。
12.80名前が無い程度の能力削除
あらら、かわいいw
14.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね、この感じ
15.80月柳削除
これはいいあやもみ。
16.70沙門削除
 この後の文と椛が気になる。続きは、つづきはないのですかー!!
17.100うり坊削除
いいね
20.90名前が無い程度の能力削除
良い
27.100名前が無い程度の能力削除
お熱いこって!
ところで続きは?
29.90名前が無い程度の能力削除
良かったです