最初
第一章 夢見る理由を探すなら
一つ前
第四章 科学を進歩と呼ぶのなら
第五章 夢で君と出会うなら
真空チューブを超音速で突き抜けていた車両が、内側から膨れ上がる業火によって破裂した。業火は幾多の残骸を飲み込んで膨れたが、真空の中で一瞬にして消え去る。残された溶けかけの残骸達は空気抵抗のほとんど無いチューブの中を止まる事無く突き進む。岡崎達の包まったマントもその残骸に紛れていた。僅かの間に数キロ進み、十キロ毎に設けられた障壁が迫る。そのまま突っ込めば残骸と共に埋もれてしまう。障壁が目前まで迫ったその時、マントは突然に羽を広げる様に結び目を解き、裳裾を伸ばしてチューブに食い込ませ、無理矢理停止した。他の残骸達はそのまま速度を落とさずに障壁へと音もなく突っ込む。衝撃に真空チューブ全体がたわむ中、チューブ内に裳裾を張って静止したマントの中から手が突き出て、幾つかの爆弾を放り投げられた。爆弾は外壁に接触した瞬間、十字架を模した閃光と共にチューブに大きな穴を開けた。開いた風穴から空気が嵐の様な勢いで流れ込んでくる。だがマントは凄まじい空気の本流を物ともせずに、風穴の縁を掴んで外へと飛び出した。飛び出したマントが解かれ、中から現れた岡崎は蓮子達三人を海へ放ると、再びチューブの中に戻っていく。
一方海に放り投げられた蓮子は頭から海へ突っ込んで、何が起こっているのかも分からずに海中でもがき続けた。上も下も分からず、目も開けられず息も出来ない。ただ自分が海の中に居る事だけしか分からず、とにかく息だけは止めたまま冷たい水の中でもがき続けた。
その手が誰かに掴まれる。驚いた時には引っ張り上げられていて、水面から顔を出した。
目の前にちゆりの顔がある。
「大丈夫か?」
未だ息を止めたまま蓮子は何度も頷いた。
「良し。このICBMに掴まって」
蓮子は人の大きさ程度しかない小型で軽量のICBMに掴まり、大きく息を吐き出した。何度か深呼吸してから辺りを見回し、ICBMに自分とちゆりしか掴まっていない事に気がついて凍りつく。
「メリーは?」
メリーの姿が見えなかった。
急いでICBMから離れ、メリーを探しに行こうとすると、それをちゆりに掴まれた。
「止めな! 溺れるだけだぜ!」
「でも、メリーが」
「何処に居るかも分からないのに、闇雲に泳いだって」
ちゆりが辺りを見回す。
「居た」
蓮子がその声に導かれて遠くを見ると、波間に白い影がもがいているのが見えた。
「メリー!」
蓮子がICBMを離れて泳ぎだそうとすると、またちゆりに掴まれ止められた。蓮子が振り返って睨みつけると、ちゆりが真っ向から睨み返してくる。
「服を着たままあんなに遠くまで泳げる訳が無いだろ!」
「分かっています! でもメリーが」
「分かっているならじっとしていろ! 邪魔だけはするな!」
蓮子が口をつぐむ。
それをちゆりは引っ張って、ICBMに掴まらせ、それから空を見上げた。
「大丈夫だぜ。私達には教授がついているんだ」
蓮子も空を見上げる。
するとチューブから影が飛び出した。陽の光で影にしか見えないが、それは間違いなくマントを羽織った岡崎で、呆気に取られる蓮子の視線の先で、岡崎はくるくると回りながらメリーの元へと飛び込んでいく。
くるくると回転する教授は「あ、やべ」という叫びと共に水しぶきを上げて海中に突っ込むと、そのままメリーを抱き上げて、一緒に溺れ始めた。
「暴れないでよ」と叫びながらばしゃばしゃと水しぶきを上げている岡崎を指差して、蓮子はちゆりに尋ねた。
「あの、あれ、溺れてません?」
「教授! 水上用のアタッチメントは?」
ちゆりが叫んで尋ねると、岡崎が叫び返す。
「要らないと思ってて付けてない!」
それを聞いて、蓮子が悲鳴を上げる。
「えええ! ちょっとちゆりさん、大丈夫なんですか、あれ、本当に」
ちゆりはしばらく岡崎を見つめていたが、やがて落ち着いた様子で蓮子を見た。
「安心しな。教授の強さは道具の有無じゃない。例え何も無くたってどうにかしてしまう。そういう人なんだぜ、あの人は」
そうして岡崎へ問いかける。
「教授! 大丈夫ですか?」
「当たり前でしょ! こちとら古式泳法だってマスターしてんのよ! マントなんか無くたって!」
そう答えが返ってくる。
安堵して蓮子が息を吐くと、岡崎が続けて叫んだ。
「だから、ちょっ、暴れないでって! 言ってるのに! ちょっと! ちょっとちゆり! そのICBMこっちに持ってきて!」
そしてまたばしゃばしゃと暴れている。
「あの、ちゆりさん、あれ」
「よし、教授から指令が入った。ICBMを教授の下まで運ぶ。ICBMを板にして、二人で泳いで運んでいこう。ばた足は分かるよね?」
「やっぱり溺れてるんじゃないですか!」
仕方なく、蓮子はちゆりと一緒になって、ICBMを板にして、岡崎達の元へとばた足で進みだした。
服は重く、波に邪魔され、遅遅として進まない。あまりののろさにメリーが溺れてしまわないか焦っていたが蓮子だが、岡崎とメリーが一向に溺れず延延と水しぶきを上げているので、呆れつつも安心してICBMを掴む腕の力を弛めた。
その時、岡崎が溺れながら上空を指さした。
「ちゆり! 上!」
上?
気が付くと辺りに影が指していた。何もない洋上だというのに。
蓮子とちゆりが上を見ると、遥か上空に一本の巨大な筍が横たわって静止していた。
あれは。
思い出す。
森の中で見た兎達を。
縛り上げられて連れられていく化け物を。
あれは。
「月の」
その瞬間、光が射した。
柔らかな黄色い光、まるで月光の様な淡い光が蓮子とちゆりを照らす。続いて音。細い管の中に風が吹き込んでいる様な音が、行きつ戻りつする様に鳴り始め、そしてあろう事か蓮子とちゆりとICBMが海を離れて浮かび始めた。
これは、アブダクション? 連れ去ろうとしている?
浮かんでいく。
蓮子達が筍へ引っ張りあげられていく。
暖かな光が全身に全身を包み上げられて。
このまま筍まで達したら一体どうなってしまうのか。
蓮子は恐怖を感じたが。だがどうにもならない。幾ら足掻いても何の取っ掛かりもない空中では。
「ちゆり!」
岡崎の叫びが聞こえた。
「教授!」
「どう?」
「反重力装置です! ただ型が古い! 重力子のやり取りを阻み、同時に逆向きの引力を発生させて引っ張りあげている様です! とにかく音が大きい! 騒音値は五十から六十デシベル程度です! 静音化されていない!」
「分かったわ! 引き続き調査を! それから月へ着いたら連絡しなさい!」
「ははは! 機器類は全部取り上げられそうですけど!」
「感じた事は全て覚えておく事! それから連絡は必ず行いなさいよ! どんな形でも良いから!」
「了解っす!」
落ち着いた二人のやり取りに、蓮子は思わず叫んだ。
「いや、ちょっとあんた等冷静すぎるでしょ!」
「あっはっは!」
「いや、何笑ってるんですか! 私達今本気でやばいんですよ! って、もう入り口がそこに!」
ツッコミを入れた蓮子と笑いながら筍を見つめるちゆりはそのまま引っ張りあげられて、筍の中に消えた。筍は二人を収めると、突然天から降ってきた光に照らされ、気が付くと消えていた。
それを見届けた岡崎は腕の中のメリーを見る。メリーは驚愕した様子で筍の消えた空を見つめている。見開かれた目は硬直し、正気を感ぜられない。それを励ます為に、岡崎はメリーの頬に手を添えた。
「安心して。ちゆりもついているし、私達もこれから月へ向かう。必ず助け出せるから」
そう優しく囁いた。
けれどメリーはそれを振り払う様に頭を振ると、空を見上げて口を開いた。
「あああ! 蓮子!」
涙を流しながら空を見上げて蓮子の名を呼んだ。
「蓮子! 蓮子!」
何度も何度も。
既に蓮子の居なくなった空へ向かって、何度も何度も蓮子の名を叫ぶ。
岡崎は、悲しんでいるのかと思ったが、涙の溢れる目を見て、そうではないと感じた。
悲しんでいるのではない。
驚いている。
蓮子が居なくなった事を心底信じられない様子で驚いている。認められないでいる。涙を流し泣き声を上げているが、悲しみとは少し違う。ひたすら現実を信じられず、その衝撃が堰を切って溢れている。蓮子が居なくなったという現実を受け入れられずに叫んでいる。発狂した様に。
岡崎はその様子に覚えがあった。以前訪れたサナトリウムで同じ様子の者を何人か見た。原因や対象は様様であったけれど、皆取り囲む現実を受け入れられずに偽物だと決めつけていた人人。泣き暴れる事でしか、その偽物の現実に抗する手段が無くて、発狂されたと見做されてサナトリウムに閉じ込められていた。
岡崎は自分が勘違いしていた事を知る。メリーの蓮子に対する思いはもっと単純で気軽な思春期の好意だと思っていた。けれど違う。これは違う。もっと複雑で深層に関わる、根深い何かだ。
「境界が」
突然、メリーが叫ぶのを止めて、ぽつりと呟いた。
何事かと岡崎が様子を観察していると、メリーは辺りを見回してそれから不安そうにまた呟く。
「境界が、境界が、こんなに」
「どうしたの?」
「どうして? どうしてこんなに沢山境界があるの? 何で? ここは」
まずいと岡崎は直感する。恐らく目が暴走している。
「しっかりして! 気を確かに!」
「嫌だ! 見たくない! 見たくない、こんなの!」
一際大きく叫んだ瞬間、メリーの体から力が抜けた。
岡崎はそれを抱きしめて様子を窺う。
息はしている。
気絶しているだけだろうか。
違う。夢を見ているのだ。
境界の向こう側の。
「さて、思わぬ方向に進んでしまったわね。どうしたもんか」
独り言ちた岡崎はマントに備わった水上用のアタッチメントを展開して、マントを水上に広げると、その上にメリーを寝かせ、自分もその上に座った。
穴の開いたチューブを見る。隔壁には大量の残骸が積もっている。その異常は既に管制へ行っている筈だ。後は救助が来るのを待てば良い。
それまでは思考を巡らせよう。
マントで温風を生みメリーの服を乾かしながら、岡崎は考える。メリーと蓮子の関係、メリーの目、境界の向こう側、ちゆり達の行く先、月の文明、自分達以外に乗客の居なかった車両、連日報道されるテロ、この先の計画。
太平洋上を漂いながら、岡崎はのんびりと思考に没頭する。
気が付くと辺りが真っ暗だった。しんと静まった暗闇が妙に肌寒い。
次第に目が慣れて、どうやら部屋の中だと分かる。和風の家具が薄っすらと見えた。
メリーはしばらくぼんやりと、どうして自分がここに居るのか考えた。だが思い出せない。何か大変な事があった様な覚えがある。けれどほとんど掠れてしまっていて、何があったのかは全く分からない。
「どちら様?」
びっくりして突然聞こえた声のする方を見た。闇の中、薄っすらと布団が見えた。寝ているのだろうか。声からすると老婆の様だ。メリーが身を竦ませてその場で立ち尽くしていると、老婆の掠れた呼吸が何度か聞こえてくる。メリーが息を詰めてじっと立ち尽くしていると、やがてかちかちと硬質な音が何度か鳴って燭台に明かりが灯った。仰向けの老婆が赤い光で照らされる。濃い影の滲んだ顔は如何にも衰えていて、仄明かりの中でも一目で長くない事が見て取れた。
光の照った髪は金色で、頭には白いナイトキャップ、布団の橋から草臥れた紫色の寝間着が見える。以前鍋に誘ってくれた女性を思い出した。顔立ちも何処と無く似ている。
よくよく目を凝らすと部屋の中にしゃぼん玉の様な泡が幾つか舞っていた。何か不吉な印象があった。
「どちら様? どうして今ここへ?」
老婆が再び尋ねてきた。
光が灯っても老婆は目を瞑ったまま、顔も向けない。もしかしたら目が見えないのかもしれない。
「あの、メリーと申します。その、あの、道に迷ってしまって」
自分でもどうしてここに居るのか分からないので、答えられなかった。
老婆は何も答えない。ただ細い息が何度も聞こえてくる。
怒られている様な気がして、メリーは怯えて口が利けない。
何やら外が騒がしい。
沢山の人達が泣いている様だった。
「私のこの地での名は八雲紫」
老婆が唐突にまた呟いた。
「妖怪ではないわね」
「え? はい」
「それにこの幻想郷の人間でもない。そうでしょう?」
「ええ」
「顔を見せて」
老婆が首を捻じ曲げて目を微かに開いてメリーへと向く。
「顔を見せて。近付いて来て。もう視力がほとんど無いの」
何やら抵抗を許さない語気が込められていた。メリーは恐る恐る、言われるままに顔を近づける。息の掛かる程、近くまで老婆へ顔を寄せた時、突然老婆の目が見開かれた。
メリーが驚いて息を飲む。息を止めて、老婆と顔を合わせていると、やがて老婆の目から涙が溢れだした。
「そう。良かった」
老婆はそう呟いた後、また仰向けに戻り目を閉じる。
メリーには何が何だか分からない。
「羽衣を取り戻してから、ようやく姫を見つけてこの地に留まっていたけれど、ずっと捨ててしまった家族の事が気がかりだった」
老婆が嗄れた声を出す。メリーにはそれが謝罪している様に聞こえた。
「良かった。もうどちらの家族とも会えないけれど」
老婆の手がメリーへと伸びる。だがそれは力無く畳に落ちた。メリーが慌ててその手を掴む。するとまた老婆の目が開いてメリーを射抜いた。
「あなたに託す。私は穢れに侵されてもう生きられない。この幻想郷を、姫を守って。月は必ず私達の様な迎えを寄越す。次はあの二人でも追い返せないかもしれない。だから隠し通さないといけない」
老婆が、今にも死にかけている老婆が、身を起こしてメリーの体に倒れこんだ。老婆に凭れ掛かられ、かと思うと凄まじい力で締めあげられて、メリーは恐怖を感じて呻きが漏れる。
「お願い、お願いだから。姫を隠して。幻想郷を隠して。八雲紫の名を継いで。あなたにも受け継がれているでしょう。隙間を操る能力が。ねえ。頷いて頂戴。お願いだから。ねえ! 分かるでしょう! あなたも月の人間なら! 姫のご意思を尊重しなくちゃいけない事位! 上層部がおかしい事位! ねえ!」
抱きしめられ、揺さぶられ、懇願されて怒鳴られて、メリーは泣き出しそうになりながら、耳に押し入ってくる狂人の戯言に震え続けた。
メリーに抱きついた老婆は怒鳴りながら、恐怖で硬直したメリーの体を何度も何度も揺すっていたが、その恐怖は唐突に終わりを迎えた。
「いい!」と叫んだ老婆がメリーを放して自分の胸を掻き毟ったかと思うと、そのまま後ろに倒れた。メリーが荒い息を吐きながら倒れた老婆を見つめ続けたが、一向に動かない。
まさか亡くなった?
メリーが動悸の激しい胸を抑えて老婆を見つめていると、ふとその奥に誰かが座っている事に気がついた。視線を少し上げると、そこに自分が座っていた。
自分と全く同じ姿をした少女がナイトキャップに紫色の浴衣を着て微笑んでいた。
それが何者なのか分からない。
何だか自分の頭の中をぐちゃぐかにかき回されている様な気分がした。
動かなくなった老女、似姿の様な少女、狂っている世界、何も分からない。
ここが何処だか分からない。自分が何だか分からない。
かつて味わっていた発狂した孤独が胸の内から沸き上がってくる。
境界が見える。辺り一面、部屋中を覆い尽くさんばかりに境界が湧き上がっている。
夥しい境界の浮き出た部屋の中心に老婆と少女。自分とそっくりな顔をした少女が笑った。悪意に満ちていた。
耐え切れなくなって、メリーは立ち上がり後ろを向く。すぐそこに障子があって、乱暴に開いてその向こうへ飛び出すと、月の浮かんだ宵闇、辺りには草原で向かう先には湖、振り返ると森が広がっていて、今まで居た様な建屋は何処にも見当たらない。
メリーは不思議に思ったが、今が夜である事を思い出して納得した。夜であれば、今まで住んでいた家が消えてもおかしくはない。
前を向くと、湖の傍に誰かが立っているのが見えた。白いナイトキャップに紫色のドレスが目を引いた。どうやら月を見上げている様だ。
「紫さん」
声を掛けると、紫が振り返って微笑みを浮かべた。さっき見た姿よりも大分成長している。自分を鍋に誘ったあの紫だ。
以前蓮子が岡崎に紫という妖怪の外見を説明した時、メリーをそのまま成長させた様な姿と語っていた事を思い出す。
「あら、あなたは妖怪じゃないわね。どうしてここに?」
「え?」
「取って食われに来たのかしら?」
どうやら覚えていないらしい。考えてみれば、今の紫にとって自分は生み出された瞬間、一目だけ見た程度の存在なのだ。
「怖がらなくても良いわよ。今日は食べる気がしないから。あら?」
ふと紫が首を傾げる。
「あなた面白い目を持っているのね」
「あの」
紫は胡散臭い微笑みを浮かべるとまた月を見上げた。
「何をしているんですか?」
「どうして何かしているって思ったの?」
「え?」
「だって私は月を見上げているだけよ。それとももっとずっと前から私の事を見ていたの?」
「いえ」
「何となく分かっているんじゃない? あなた不思議な目を持っているもの。きっとあなたは遺伝子の奥にその方法を収めているんでしょう?」
そうして紫が湖を指さした。
「見える?」
指の先を見ると、水面がたゆたっている。それだけだ。
「良く見て」
さらにじっと目を凝らすが、メリーには何も見えない。月の映る水面以外には何も。
「月があるでしょう?」
「湖に映っているだけです」
「でも月よ。どんなものであっても、それがどれだけ嘘臭く思えても、私達がそれを見ている限り、それは本当にそこにある」
水面に映っている月を見ている内に、メリーの目に境界が映った。水面の月の奥に緑の生い茂った森が見える。
「月へ行くんですか?」
「そうよ。仲間達と一緒に月を支配しに行こうと思ってね」
「どうして?」
「どうして? 変な事を聞くのね。何かを支配したいと考えるのはそんなに不自然かしら?」
不自然ではない。けれどメリーにはまた別の理由がある様に思えた。
紫は妖怪だ。妖怪は人の思いから生まれる。
メリーは紫を生み出したであろうあの老婆を思い出す。
あの人はもしかしたら月へ帰る事を望んでいたのかもしれない。
勿論それは想像でしかないけれど、何となくメリーには、紫があの老婆の出来なかった事を成し遂げる為に生み出され、そしてそれを為そうとしている様に思えた。
何となくメリーはそれを寂しく感じた。まるで自分の意志等無いみたいで。
メリーの見ている前で不意に湖の境界が広がった。湖一面にここではない何処かの森が映っている。
紫を見ると目があった。酷く空虚な目に見えた。
「さ、仲間を呼ぶから早くここから離れなさい」
「はい」
湖には森が広がっている。きっと月の森なのだ。
何かメリーは重石の様な違和感を心の中に覚えたが、それが何なのかは分からず、その場を後にした。草原をしばらく進んでいると、背後の湖から喚声が聞こえてきた。恐らく月へ行ったのだろう。月、を思い浮かべる度に焦燥を覚えるのだが、それが何故かは分からない。
やがて草原を歩いていると、森が見えてきた。ようやく夜が開けてきたのか何処からか光が射し込んできていて、森の入口に立つ女性が曙光に浮かび上がっていた。白いナイトキャップに紫色のドレスを着た紫はメリーを認めると、笑みを浮かべる。
「来ると思っていたわ」
「どうして?」
「夢で見たから」
紫は手の中の白い布の塊に目を落とす。
赤子を包んであるんだろうと何となく分かった。
「その子は?」
「これ? 私の子供」
紫はそう言って赤子に向かって微笑んでから、困った様な笑顔をメリーに向ける。
「驚かないの?」
「何故ですか?」
「だって私に子供だなんて変じゃない?」
「私は紫さんの事を良く知らないから」
「それもそうね」と言って、紫はまた赤子に目を落とす。
紫のその慈しむ様な目が、さっき見た紫の空虚な目と重ならない。
「その子も妖怪なんですか?」
「いいえ。この子は人間よ」
「でも。じゃあ父親が人間なんですか?」
「人の思いで生み出されるのは妖怪だけじゃない。本当はね。どんな物でも生み出せるのよ。それが難しいだけで。片親でも子供は生み出せるの」
「それで紫さんは、人間の赤ちゃんを」
「ええ。私にはね、境界を操る能力があるの。それにこの幻想郷は妖怪を生み出し維持しやすい様に、願望で溢れている。だから人間一人位造作も無いわ」
紫が赤子を揺らしてあやしだす。包まれた布の中から赤子の笑い声が聞こえてくる。メリーはじっとそれを眺めていた。
「怖い?」
紫に問われて、メリーは驚いて顔を上げた。
「え?」
「私の事。だって妖怪で、人間からしたら、それだけで怖いでしょう? その上、人間まで作っちゃって」
メリーには妖怪というのも人間を作ったというのも、どうにもぴんと来ない。だから怖いという感情も湧かなかった。
「どうして人間を作ったんですか?」
「妖怪の方が作りやすいのに?」
「それに紫さんは妖怪ですし、その子供なら妖怪の方が」
すると紫が顔を上げた。
その目を見て、メリーは怖気を感じる。紫の目がさっき見た空虚なものに戻っていたから。
「幻想郷は今危機に陥っているの」
「何か、あったんですか?」
「何も。昔から続く時代の変化に曝され続けているだけよ。幻想郷が出来て、結界が張られ、そしてその結界を強化して、それでも崩壊は止められない。むしろ滅びが加速している。外の世界の変化があまりにも早いのよ。だからね、幻想郷を支える新しい柱が必要なの」
「どういう事ですか?」
「幻想郷は思いや願いで満たされた夢の世界。外からの変化に立ち向かうには、人人の思いや願いを強め、それを外の世界に対向する方へ向けなくちゃいけない。その為の柱が居るの」
「その為にその子を作ったんですか?」
「そうよ。人間の願いを動かす柱は人がならなくちゃいけない。他にも本命は居るんだけどね。流石に幻想郷の存亡を懸けるのに、柱が一本じゃ心許ないでしょう? だから予備」
そこで紫が溜息を吐いた。眼差しがまた慈愛に満ちたものに変わる。
「と思っていたんだけどねぇ。産んでみたら可愛くなっちゃった。ついさっき産んだばかりなのに。この子だけじゃない。巫女も式も幻想郷も、最近どんどん好きになっている。昔はそんな感情無かったのに」
紫が赤子に指を差し伸べて、嬉しそうに笑う。そして、その目から涙がこぼれ落ちる。
「この子はね、明日何処かの村の記憶を書き換えて、人間の子に仕立てあげるつもりだけど、本当ならそんな事したくない。ほんの数時間。たったそれだけの間に色色な事が思い浮かんだの。この子をもし自分の手で育てられたらって。この子がどうやって成長していくんだろうって。この子の名前だって考えた。でもね、この子を人里に捨てなくちゃいけないと感じる自分も居るの。人間として育てるのであれば、自分の傍にいちゃいけない。幻想郷を守る為にはこの子を捨てなくちゃいけないって」
ふと辺りに白い影が射し始めた。
メリーはそろそろ夢が終わるのだと気がついた。
きっと目が覚めればこの夢の事をほとんどを覚えていないだろう。
この夢はそんな夢だと思った。
「あなたに一つお願いがあるの」
「お願い?」
それを聞いてもきっと忘れてしまうだろうけれど。
「いずれこの幻想郷は形を保てなくなる。それがいつかは分からないけれど、遠い未来にはきっとそうなる。その時が、もしもあなたの住む時代だったら、そしてもしもこの子が生きていたら、お願い、この子を助けて上げて」
「助ける?」
「大それた話じゃない。この幻想郷は変化がほとんど無いから、きっと外の世界に置き去りにされている。だからそれに慣れる様に手伝って欲しいの。有り体に言えば、友達になってあげて欲しいの」
きっと忘れてしまうけれど。
それでもメリーは頷いた。
赤子を思う紫の気持ちが痛い程伝わってきて、拒否するなんて出来なかった。
紫が安堵の表情を浮かべると、辺りが更に白くなった。
「きっと幻想郷が無くなれば妖怪の私は」
言葉尻が上手く聞こえず、聞き返そうとした時、視界が真っ白になって夢から覚めた。
「おはよう。ようやく起きたのね」
メリーが目を開いて身を起こすと、傍に岡崎が座っていた。辺りを見回すとホテルの一室の様で、ベッドが二つに、ドレッサーやデスク、部屋の中央に椅子が四つにテーブルが一つ置かれていた。
メリーはぼんやりと思考を巡らせ、自分に起こった出来事を思い出す。
「教授、蓮子は?」
メリーが問うと、岡崎は首を横に振った。
「まだ戻ってきていないわ」
「そうですか」
「妙に落ち着いているわね」
「寝起きだからかもしれません」
「取り乱さないのは重畳よ。良い。これからこの場所で、私以外の人間と話す時に取り乱したり不快感を露わにしてはいけないわよ」
「ここは?」
「ここはケネディ宇宙センター」
その時扉がノックされた。岡崎が声で招き入れると白衣を着た男女が入ってくる。反応があったからと言って入ってきた二人は、メリーに二三簡単な質問をすると、良好と言って帰っていった。
かと思うと、すぐにまた扉がノックされて、岡崎がまた声で招き入れると、今度は沢山の人間がぞろぞろと入ってきた。撮影用のカメラも伴っている。
ぞろぞろとした集団は、メリーとの邂逅をカメラに見せつける様な角度でベッドの傍に立った。一番前の背筋の伸びた老婦人が優しげな笑顔と声でメリーへ話しかける。
「こんにちは、マエリベリーさん。もうお体は大丈夫ですか?」
メリーが頷くと、老婦人は笑顔を崩さぬまま、大げさな身振りで今度は悲しげな声音を出した。
「ご友人の事はとても心配だわ。でも安心して、私達が必ず救いだしてみせるから」
メリーは岡崎の言葉を思い出す。不快感を露わにするなというのは、この人達との会話の事を言っていたのだろうと思い当たった。
老婦人がまた大仰に慌てた様子で、自分の胸に手を当てた。
「ああ、申し遅れていたわ。私はルクミニ・ムカルジー。宇宙開発振興財団の理事長よ。これからあなたのご友人を救出する作戦を全力でバックアップするわ」
老婦人がカメラに見せつける様にメリーと握手をし終えると、今度は老婦人の隣に居た男が進み出て同じ様に自己紹介と励ましの言葉を送ってきた。それがその場に居る全員分続き、最後に精悍な顔付きの男が前に出る。
「やあ、僕はクリフォード。月面救出作戦にも実働部隊として軍隊に同行するよ。君の友人は僕達が必ず救出してみせる。宇宙開発振興財団が責任をもってね。だから安心してくれ!」
そう言って、快活に笑った。
貼り付けた様な胡散臭い笑みだった。それを言うなら、その男だけじゃない。今自己紹介をした者達全員の笑顔がみんなお面の様に胡散臭い。何だか不安になって、大丈夫だろうかと岡崎を見ると、岡崎は視線に気がついて笑顔を深くする。
「皆さん、この子は大分疲れている。まだ回復したばかりだし、友達が居なくなったというショックも大きいみたいだ。少し私から皆さんに話したい事もあるし」
だから出て行け、とやんわりとした言葉で岡崎が言うと、皆納得した様子で、口口にメリーを励ましながら、岡崎に連れられて部屋の外へと出て行く。最後にクリフォードと名乗った男が励ます様に笑顔を浮かべて拳を握り締めてから部屋を出ていった。後にはメリーだけが残される。
残されたメリーはぼんやりと窓を見た。窓は部屋一面に渡る大きなもので、晴れ渡った空と煌めく海が良く見えた。ここはケネディ宇宙センターだと岡崎は言っていた。
蓮子が一度行ってみたいと言っていた場所だ。
蓮子と来れたらどんなに良かったか。
早く蓮子に開いたい。
心の底からそう思った。
続き
第六章 確かな自分を得たいなら
第一章 夢見る理由を探すなら
一つ前
第四章 科学を進歩と呼ぶのなら
第五章 夢で君と出会うなら
真空チューブを超音速で突き抜けていた車両が、内側から膨れ上がる業火によって破裂した。業火は幾多の残骸を飲み込んで膨れたが、真空の中で一瞬にして消え去る。残された溶けかけの残骸達は空気抵抗のほとんど無いチューブの中を止まる事無く突き進む。岡崎達の包まったマントもその残骸に紛れていた。僅かの間に数キロ進み、十キロ毎に設けられた障壁が迫る。そのまま突っ込めば残骸と共に埋もれてしまう。障壁が目前まで迫ったその時、マントは突然に羽を広げる様に結び目を解き、裳裾を伸ばしてチューブに食い込ませ、無理矢理停止した。他の残骸達はそのまま速度を落とさずに障壁へと音もなく突っ込む。衝撃に真空チューブ全体がたわむ中、チューブ内に裳裾を張って静止したマントの中から手が突き出て、幾つかの爆弾を放り投げられた。爆弾は外壁に接触した瞬間、十字架を模した閃光と共にチューブに大きな穴を開けた。開いた風穴から空気が嵐の様な勢いで流れ込んでくる。だがマントは凄まじい空気の本流を物ともせずに、風穴の縁を掴んで外へと飛び出した。飛び出したマントが解かれ、中から現れた岡崎は蓮子達三人を海へ放ると、再びチューブの中に戻っていく。
一方海に放り投げられた蓮子は頭から海へ突っ込んで、何が起こっているのかも分からずに海中でもがき続けた。上も下も分からず、目も開けられず息も出来ない。ただ自分が海の中に居る事だけしか分からず、とにかく息だけは止めたまま冷たい水の中でもがき続けた。
その手が誰かに掴まれる。驚いた時には引っ張り上げられていて、水面から顔を出した。
目の前にちゆりの顔がある。
「大丈夫か?」
未だ息を止めたまま蓮子は何度も頷いた。
「良し。このICBMに掴まって」
蓮子は人の大きさ程度しかない小型で軽量のICBMに掴まり、大きく息を吐き出した。何度か深呼吸してから辺りを見回し、ICBMに自分とちゆりしか掴まっていない事に気がついて凍りつく。
「メリーは?」
メリーの姿が見えなかった。
急いでICBMから離れ、メリーを探しに行こうとすると、それをちゆりに掴まれた。
「止めな! 溺れるだけだぜ!」
「でも、メリーが」
「何処に居るかも分からないのに、闇雲に泳いだって」
ちゆりが辺りを見回す。
「居た」
蓮子がその声に導かれて遠くを見ると、波間に白い影がもがいているのが見えた。
「メリー!」
蓮子がICBMを離れて泳ぎだそうとすると、またちゆりに掴まれ止められた。蓮子が振り返って睨みつけると、ちゆりが真っ向から睨み返してくる。
「服を着たままあんなに遠くまで泳げる訳が無いだろ!」
「分かっています! でもメリーが」
「分かっているならじっとしていろ! 邪魔だけはするな!」
蓮子が口をつぐむ。
それをちゆりは引っ張って、ICBMに掴まらせ、それから空を見上げた。
「大丈夫だぜ。私達には教授がついているんだ」
蓮子も空を見上げる。
するとチューブから影が飛び出した。陽の光で影にしか見えないが、それは間違いなくマントを羽織った岡崎で、呆気に取られる蓮子の視線の先で、岡崎はくるくると回りながらメリーの元へと飛び込んでいく。
くるくると回転する教授は「あ、やべ」という叫びと共に水しぶきを上げて海中に突っ込むと、そのままメリーを抱き上げて、一緒に溺れ始めた。
「暴れないでよ」と叫びながらばしゃばしゃと水しぶきを上げている岡崎を指差して、蓮子はちゆりに尋ねた。
「あの、あれ、溺れてません?」
「教授! 水上用のアタッチメントは?」
ちゆりが叫んで尋ねると、岡崎が叫び返す。
「要らないと思ってて付けてない!」
それを聞いて、蓮子が悲鳴を上げる。
「えええ! ちょっとちゆりさん、大丈夫なんですか、あれ、本当に」
ちゆりはしばらく岡崎を見つめていたが、やがて落ち着いた様子で蓮子を見た。
「安心しな。教授の強さは道具の有無じゃない。例え何も無くたってどうにかしてしまう。そういう人なんだぜ、あの人は」
そうして岡崎へ問いかける。
「教授! 大丈夫ですか?」
「当たり前でしょ! こちとら古式泳法だってマスターしてんのよ! マントなんか無くたって!」
そう答えが返ってくる。
安堵して蓮子が息を吐くと、岡崎が続けて叫んだ。
「だから、ちょっ、暴れないでって! 言ってるのに! ちょっと! ちょっとちゆり! そのICBMこっちに持ってきて!」
そしてまたばしゃばしゃと暴れている。
「あの、ちゆりさん、あれ」
「よし、教授から指令が入った。ICBMを教授の下まで運ぶ。ICBMを板にして、二人で泳いで運んでいこう。ばた足は分かるよね?」
「やっぱり溺れてるんじゃないですか!」
仕方なく、蓮子はちゆりと一緒になって、ICBMを板にして、岡崎達の元へとばた足で進みだした。
服は重く、波に邪魔され、遅遅として進まない。あまりののろさにメリーが溺れてしまわないか焦っていたが蓮子だが、岡崎とメリーが一向に溺れず延延と水しぶきを上げているので、呆れつつも安心してICBMを掴む腕の力を弛めた。
その時、岡崎が溺れながら上空を指さした。
「ちゆり! 上!」
上?
気が付くと辺りに影が指していた。何もない洋上だというのに。
蓮子とちゆりが上を見ると、遥か上空に一本の巨大な筍が横たわって静止していた。
あれは。
思い出す。
森の中で見た兎達を。
縛り上げられて連れられていく化け物を。
あれは。
「月の」
その瞬間、光が射した。
柔らかな黄色い光、まるで月光の様な淡い光が蓮子とちゆりを照らす。続いて音。細い管の中に風が吹き込んでいる様な音が、行きつ戻りつする様に鳴り始め、そしてあろう事か蓮子とちゆりとICBMが海を離れて浮かび始めた。
これは、アブダクション? 連れ去ろうとしている?
浮かんでいく。
蓮子達が筍へ引っ張りあげられていく。
暖かな光が全身に全身を包み上げられて。
このまま筍まで達したら一体どうなってしまうのか。
蓮子は恐怖を感じたが。だがどうにもならない。幾ら足掻いても何の取っ掛かりもない空中では。
「ちゆり!」
岡崎の叫びが聞こえた。
「教授!」
「どう?」
「反重力装置です! ただ型が古い! 重力子のやり取りを阻み、同時に逆向きの引力を発生させて引っ張りあげている様です! とにかく音が大きい! 騒音値は五十から六十デシベル程度です! 静音化されていない!」
「分かったわ! 引き続き調査を! それから月へ着いたら連絡しなさい!」
「ははは! 機器類は全部取り上げられそうですけど!」
「感じた事は全て覚えておく事! それから連絡は必ず行いなさいよ! どんな形でも良いから!」
「了解っす!」
落ち着いた二人のやり取りに、蓮子は思わず叫んだ。
「いや、ちょっとあんた等冷静すぎるでしょ!」
「あっはっは!」
「いや、何笑ってるんですか! 私達今本気でやばいんですよ! って、もう入り口がそこに!」
ツッコミを入れた蓮子と笑いながら筍を見つめるちゆりはそのまま引っ張りあげられて、筍の中に消えた。筍は二人を収めると、突然天から降ってきた光に照らされ、気が付くと消えていた。
それを見届けた岡崎は腕の中のメリーを見る。メリーは驚愕した様子で筍の消えた空を見つめている。見開かれた目は硬直し、正気を感ぜられない。それを励ます為に、岡崎はメリーの頬に手を添えた。
「安心して。ちゆりもついているし、私達もこれから月へ向かう。必ず助け出せるから」
そう優しく囁いた。
けれどメリーはそれを振り払う様に頭を振ると、空を見上げて口を開いた。
「あああ! 蓮子!」
涙を流しながら空を見上げて蓮子の名を呼んだ。
「蓮子! 蓮子!」
何度も何度も。
既に蓮子の居なくなった空へ向かって、何度も何度も蓮子の名を叫ぶ。
岡崎は、悲しんでいるのかと思ったが、涙の溢れる目を見て、そうではないと感じた。
悲しんでいるのではない。
驚いている。
蓮子が居なくなった事を心底信じられない様子で驚いている。認められないでいる。涙を流し泣き声を上げているが、悲しみとは少し違う。ひたすら現実を信じられず、その衝撃が堰を切って溢れている。蓮子が居なくなったという現実を受け入れられずに叫んでいる。発狂した様に。
岡崎はその様子に覚えがあった。以前訪れたサナトリウムで同じ様子の者を何人か見た。原因や対象は様様であったけれど、皆取り囲む現実を受け入れられずに偽物だと決めつけていた人人。泣き暴れる事でしか、その偽物の現実に抗する手段が無くて、発狂されたと見做されてサナトリウムに閉じ込められていた。
岡崎は自分が勘違いしていた事を知る。メリーの蓮子に対する思いはもっと単純で気軽な思春期の好意だと思っていた。けれど違う。これは違う。もっと複雑で深層に関わる、根深い何かだ。
「境界が」
突然、メリーが叫ぶのを止めて、ぽつりと呟いた。
何事かと岡崎が様子を観察していると、メリーは辺りを見回してそれから不安そうにまた呟く。
「境界が、境界が、こんなに」
「どうしたの?」
「どうして? どうしてこんなに沢山境界があるの? 何で? ここは」
まずいと岡崎は直感する。恐らく目が暴走している。
「しっかりして! 気を確かに!」
「嫌だ! 見たくない! 見たくない、こんなの!」
一際大きく叫んだ瞬間、メリーの体から力が抜けた。
岡崎はそれを抱きしめて様子を窺う。
息はしている。
気絶しているだけだろうか。
違う。夢を見ているのだ。
境界の向こう側の。
「さて、思わぬ方向に進んでしまったわね。どうしたもんか」
独り言ちた岡崎はマントに備わった水上用のアタッチメントを展開して、マントを水上に広げると、その上にメリーを寝かせ、自分もその上に座った。
穴の開いたチューブを見る。隔壁には大量の残骸が積もっている。その異常は既に管制へ行っている筈だ。後は救助が来るのを待てば良い。
それまでは思考を巡らせよう。
マントで温風を生みメリーの服を乾かしながら、岡崎は考える。メリーと蓮子の関係、メリーの目、境界の向こう側、ちゆり達の行く先、月の文明、自分達以外に乗客の居なかった車両、連日報道されるテロ、この先の計画。
太平洋上を漂いながら、岡崎はのんびりと思考に没頭する。
気が付くと辺りが真っ暗だった。しんと静まった暗闇が妙に肌寒い。
次第に目が慣れて、どうやら部屋の中だと分かる。和風の家具が薄っすらと見えた。
メリーはしばらくぼんやりと、どうして自分がここに居るのか考えた。だが思い出せない。何か大変な事があった様な覚えがある。けれどほとんど掠れてしまっていて、何があったのかは全く分からない。
「どちら様?」
びっくりして突然聞こえた声のする方を見た。闇の中、薄っすらと布団が見えた。寝ているのだろうか。声からすると老婆の様だ。メリーが身を竦ませてその場で立ち尽くしていると、老婆の掠れた呼吸が何度か聞こえてくる。メリーが息を詰めてじっと立ち尽くしていると、やがてかちかちと硬質な音が何度か鳴って燭台に明かりが灯った。仰向けの老婆が赤い光で照らされる。濃い影の滲んだ顔は如何にも衰えていて、仄明かりの中でも一目で長くない事が見て取れた。
光の照った髪は金色で、頭には白いナイトキャップ、布団の橋から草臥れた紫色の寝間着が見える。以前鍋に誘ってくれた女性を思い出した。顔立ちも何処と無く似ている。
よくよく目を凝らすと部屋の中にしゃぼん玉の様な泡が幾つか舞っていた。何か不吉な印象があった。
「どちら様? どうして今ここへ?」
老婆が再び尋ねてきた。
光が灯っても老婆は目を瞑ったまま、顔も向けない。もしかしたら目が見えないのかもしれない。
「あの、メリーと申します。その、あの、道に迷ってしまって」
自分でもどうしてここに居るのか分からないので、答えられなかった。
老婆は何も答えない。ただ細い息が何度も聞こえてくる。
怒られている様な気がして、メリーは怯えて口が利けない。
何やら外が騒がしい。
沢山の人達が泣いている様だった。
「私のこの地での名は八雲紫」
老婆が唐突にまた呟いた。
「妖怪ではないわね」
「え? はい」
「それにこの幻想郷の人間でもない。そうでしょう?」
「ええ」
「顔を見せて」
老婆が首を捻じ曲げて目を微かに開いてメリーへと向く。
「顔を見せて。近付いて来て。もう視力がほとんど無いの」
何やら抵抗を許さない語気が込められていた。メリーは恐る恐る、言われるままに顔を近づける。息の掛かる程、近くまで老婆へ顔を寄せた時、突然老婆の目が見開かれた。
メリーが驚いて息を飲む。息を止めて、老婆と顔を合わせていると、やがて老婆の目から涙が溢れだした。
「そう。良かった」
老婆はそう呟いた後、また仰向けに戻り目を閉じる。
メリーには何が何だか分からない。
「羽衣を取り戻してから、ようやく姫を見つけてこの地に留まっていたけれど、ずっと捨ててしまった家族の事が気がかりだった」
老婆が嗄れた声を出す。メリーにはそれが謝罪している様に聞こえた。
「良かった。もうどちらの家族とも会えないけれど」
老婆の手がメリーへと伸びる。だがそれは力無く畳に落ちた。メリーが慌ててその手を掴む。するとまた老婆の目が開いてメリーを射抜いた。
「あなたに託す。私は穢れに侵されてもう生きられない。この幻想郷を、姫を守って。月は必ず私達の様な迎えを寄越す。次はあの二人でも追い返せないかもしれない。だから隠し通さないといけない」
老婆が、今にも死にかけている老婆が、身を起こしてメリーの体に倒れこんだ。老婆に凭れ掛かられ、かと思うと凄まじい力で締めあげられて、メリーは恐怖を感じて呻きが漏れる。
「お願い、お願いだから。姫を隠して。幻想郷を隠して。八雲紫の名を継いで。あなたにも受け継がれているでしょう。隙間を操る能力が。ねえ。頷いて頂戴。お願いだから。ねえ! 分かるでしょう! あなたも月の人間なら! 姫のご意思を尊重しなくちゃいけない事位! 上層部がおかしい事位! ねえ!」
抱きしめられ、揺さぶられ、懇願されて怒鳴られて、メリーは泣き出しそうになりながら、耳に押し入ってくる狂人の戯言に震え続けた。
メリーに抱きついた老婆は怒鳴りながら、恐怖で硬直したメリーの体を何度も何度も揺すっていたが、その恐怖は唐突に終わりを迎えた。
「いい!」と叫んだ老婆がメリーを放して自分の胸を掻き毟ったかと思うと、そのまま後ろに倒れた。メリーが荒い息を吐きながら倒れた老婆を見つめ続けたが、一向に動かない。
まさか亡くなった?
メリーが動悸の激しい胸を抑えて老婆を見つめていると、ふとその奥に誰かが座っている事に気がついた。視線を少し上げると、そこに自分が座っていた。
自分と全く同じ姿をした少女がナイトキャップに紫色の浴衣を着て微笑んでいた。
それが何者なのか分からない。
何だか自分の頭の中をぐちゃぐかにかき回されている様な気分がした。
動かなくなった老女、似姿の様な少女、狂っている世界、何も分からない。
ここが何処だか分からない。自分が何だか分からない。
かつて味わっていた発狂した孤独が胸の内から沸き上がってくる。
境界が見える。辺り一面、部屋中を覆い尽くさんばかりに境界が湧き上がっている。
夥しい境界の浮き出た部屋の中心に老婆と少女。自分とそっくりな顔をした少女が笑った。悪意に満ちていた。
耐え切れなくなって、メリーは立ち上がり後ろを向く。すぐそこに障子があって、乱暴に開いてその向こうへ飛び出すと、月の浮かんだ宵闇、辺りには草原で向かう先には湖、振り返ると森が広がっていて、今まで居た様な建屋は何処にも見当たらない。
メリーは不思議に思ったが、今が夜である事を思い出して納得した。夜であれば、今まで住んでいた家が消えてもおかしくはない。
前を向くと、湖の傍に誰かが立っているのが見えた。白いナイトキャップに紫色のドレスが目を引いた。どうやら月を見上げている様だ。
「紫さん」
声を掛けると、紫が振り返って微笑みを浮かべた。さっき見た姿よりも大分成長している。自分を鍋に誘ったあの紫だ。
以前蓮子が岡崎に紫という妖怪の外見を説明した時、メリーをそのまま成長させた様な姿と語っていた事を思い出す。
「あら、あなたは妖怪じゃないわね。どうしてここに?」
「え?」
「取って食われに来たのかしら?」
どうやら覚えていないらしい。考えてみれば、今の紫にとって自分は生み出された瞬間、一目だけ見た程度の存在なのだ。
「怖がらなくても良いわよ。今日は食べる気がしないから。あら?」
ふと紫が首を傾げる。
「あなた面白い目を持っているのね」
「あの」
紫は胡散臭い微笑みを浮かべるとまた月を見上げた。
「何をしているんですか?」
「どうして何かしているって思ったの?」
「え?」
「だって私は月を見上げているだけよ。それとももっとずっと前から私の事を見ていたの?」
「いえ」
「何となく分かっているんじゃない? あなた不思議な目を持っているもの。きっとあなたは遺伝子の奥にその方法を収めているんでしょう?」
そうして紫が湖を指さした。
「見える?」
指の先を見ると、水面がたゆたっている。それだけだ。
「良く見て」
さらにじっと目を凝らすが、メリーには何も見えない。月の映る水面以外には何も。
「月があるでしょう?」
「湖に映っているだけです」
「でも月よ。どんなものであっても、それがどれだけ嘘臭く思えても、私達がそれを見ている限り、それは本当にそこにある」
水面に映っている月を見ている内に、メリーの目に境界が映った。水面の月の奥に緑の生い茂った森が見える。
「月へ行くんですか?」
「そうよ。仲間達と一緒に月を支配しに行こうと思ってね」
「どうして?」
「どうして? 変な事を聞くのね。何かを支配したいと考えるのはそんなに不自然かしら?」
不自然ではない。けれどメリーにはまた別の理由がある様に思えた。
紫は妖怪だ。妖怪は人の思いから生まれる。
メリーは紫を生み出したであろうあの老婆を思い出す。
あの人はもしかしたら月へ帰る事を望んでいたのかもしれない。
勿論それは想像でしかないけれど、何となくメリーには、紫があの老婆の出来なかった事を成し遂げる為に生み出され、そしてそれを為そうとしている様に思えた。
何となくメリーはそれを寂しく感じた。まるで自分の意志等無いみたいで。
メリーの見ている前で不意に湖の境界が広がった。湖一面にここではない何処かの森が映っている。
紫を見ると目があった。酷く空虚な目に見えた。
「さ、仲間を呼ぶから早くここから離れなさい」
「はい」
湖には森が広がっている。きっと月の森なのだ。
何かメリーは重石の様な違和感を心の中に覚えたが、それが何なのかは分からず、その場を後にした。草原をしばらく進んでいると、背後の湖から喚声が聞こえてきた。恐らく月へ行ったのだろう。月、を思い浮かべる度に焦燥を覚えるのだが、それが何故かは分からない。
やがて草原を歩いていると、森が見えてきた。ようやく夜が開けてきたのか何処からか光が射し込んできていて、森の入口に立つ女性が曙光に浮かび上がっていた。白いナイトキャップに紫色のドレスを着た紫はメリーを認めると、笑みを浮かべる。
「来ると思っていたわ」
「どうして?」
「夢で見たから」
紫は手の中の白い布の塊に目を落とす。
赤子を包んであるんだろうと何となく分かった。
「その子は?」
「これ? 私の子供」
紫はそう言って赤子に向かって微笑んでから、困った様な笑顔をメリーに向ける。
「驚かないの?」
「何故ですか?」
「だって私に子供だなんて変じゃない?」
「私は紫さんの事を良く知らないから」
「それもそうね」と言って、紫はまた赤子に目を落とす。
紫のその慈しむ様な目が、さっき見た紫の空虚な目と重ならない。
「その子も妖怪なんですか?」
「いいえ。この子は人間よ」
「でも。じゃあ父親が人間なんですか?」
「人の思いで生み出されるのは妖怪だけじゃない。本当はね。どんな物でも生み出せるのよ。それが難しいだけで。片親でも子供は生み出せるの」
「それで紫さんは、人間の赤ちゃんを」
「ええ。私にはね、境界を操る能力があるの。それにこの幻想郷は妖怪を生み出し維持しやすい様に、願望で溢れている。だから人間一人位造作も無いわ」
紫が赤子を揺らしてあやしだす。包まれた布の中から赤子の笑い声が聞こえてくる。メリーはじっとそれを眺めていた。
「怖い?」
紫に問われて、メリーは驚いて顔を上げた。
「え?」
「私の事。だって妖怪で、人間からしたら、それだけで怖いでしょう? その上、人間まで作っちゃって」
メリーには妖怪というのも人間を作ったというのも、どうにもぴんと来ない。だから怖いという感情も湧かなかった。
「どうして人間を作ったんですか?」
「妖怪の方が作りやすいのに?」
「それに紫さんは妖怪ですし、その子供なら妖怪の方が」
すると紫が顔を上げた。
その目を見て、メリーは怖気を感じる。紫の目がさっき見た空虚なものに戻っていたから。
「幻想郷は今危機に陥っているの」
「何か、あったんですか?」
「何も。昔から続く時代の変化に曝され続けているだけよ。幻想郷が出来て、結界が張られ、そしてその結界を強化して、それでも崩壊は止められない。むしろ滅びが加速している。外の世界の変化があまりにも早いのよ。だからね、幻想郷を支える新しい柱が必要なの」
「どういう事ですか?」
「幻想郷は思いや願いで満たされた夢の世界。外からの変化に立ち向かうには、人人の思いや願いを強め、それを外の世界に対向する方へ向けなくちゃいけない。その為の柱が居るの」
「その為にその子を作ったんですか?」
「そうよ。人間の願いを動かす柱は人がならなくちゃいけない。他にも本命は居るんだけどね。流石に幻想郷の存亡を懸けるのに、柱が一本じゃ心許ないでしょう? だから予備」
そこで紫が溜息を吐いた。眼差しがまた慈愛に満ちたものに変わる。
「と思っていたんだけどねぇ。産んでみたら可愛くなっちゃった。ついさっき産んだばかりなのに。この子だけじゃない。巫女も式も幻想郷も、最近どんどん好きになっている。昔はそんな感情無かったのに」
紫が赤子に指を差し伸べて、嬉しそうに笑う。そして、その目から涙がこぼれ落ちる。
「この子はね、明日何処かの村の記憶を書き換えて、人間の子に仕立てあげるつもりだけど、本当ならそんな事したくない。ほんの数時間。たったそれだけの間に色色な事が思い浮かんだの。この子をもし自分の手で育てられたらって。この子がどうやって成長していくんだろうって。この子の名前だって考えた。でもね、この子を人里に捨てなくちゃいけないと感じる自分も居るの。人間として育てるのであれば、自分の傍にいちゃいけない。幻想郷を守る為にはこの子を捨てなくちゃいけないって」
ふと辺りに白い影が射し始めた。
メリーはそろそろ夢が終わるのだと気がついた。
きっと目が覚めればこの夢の事をほとんどを覚えていないだろう。
この夢はそんな夢だと思った。
「あなたに一つお願いがあるの」
「お願い?」
それを聞いてもきっと忘れてしまうだろうけれど。
「いずれこの幻想郷は形を保てなくなる。それがいつかは分からないけれど、遠い未来にはきっとそうなる。その時が、もしもあなたの住む時代だったら、そしてもしもこの子が生きていたら、お願い、この子を助けて上げて」
「助ける?」
「大それた話じゃない。この幻想郷は変化がほとんど無いから、きっと外の世界に置き去りにされている。だからそれに慣れる様に手伝って欲しいの。有り体に言えば、友達になってあげて欲しいの」
きっと忘れてしまうけれど。
それでもメリーは頷いた。
赤子を思う紫の気持ちが痛い程伝わってきて、拒否するなんて出来なかった。
紫が安堵の表情を浮かべると、辺りが更に白くなった。
「きっと幻想郷が無くなれば妖怪の私は」
言葉尻が上手く聞こえず、聞き返そうとした時、視界が真っ白になって夢から覚めた。
「おはよう。ようやく起きたのね」
メリーが目を開いて身を起こすと、傍に岡崎が座っていた。辺りを見回すとホテルの一室の様で、ベッドが二つに、ドレッサーやデスク、部屋の中央に椅子が四つにテーブルが一つ置かれていた。
メリーはぼんやりと思考を巡らせ、自分に起こった出来事を思い出す。
「教授、蓮子は?」
メリーが問うと、岡崎は首を横に振った。
「まだ戻ってきていないわ」
「そうですか」
「妙に落ち着いているわね」
「寝起きだからかもしれません」
「取り乱さないのは重畳よ。良い。これからこの場所で、私以外の人間と話す時に取り乱したり不快感を露わにしてはいけないわよ」
「ここは?」
「ここはケネディ宇宙センター」
その時扉がノックされた。岡崎が声で招き入れると白衣を着た男女が入ってくる。反応があったからと言って入ってきた二人は、メリーに二三簡単な質問をすると、良好と言って帰っていった。
かと思うと、すぐにまた扉がノックされて、岡崎がまた声で招き入れると、今度は沢山の人間がぞろぞろと入ってきた。撮影用のカメラも伴っている。
ぞろぞろとした集団は、メリーとの邂逅をカメラに見せつける様な角度でベッドの傍に立った。一番前の背筋の伸びた老婦人が優しげな笑顔と声でメリーへ話しかける。
「こんにちは、マエリベリーさん。もうお体は大丈夫ですか?」
メリーが頷くと、老婦人は笑顔を崩さぬまま、大げさな身振りで今度は悲しげな声音を出した。
「ご友人の事はとても心配だわ。でも安心して、私達が必ず救いだしてみせるから」
メリーは岡崎の言葉を思い出す。不快感を露わにするなというのは、この人達との会話の事を言っていたのだろうと思い当たった。
老婦人がまた大仰に慌てた様子で、自分の胸に手を当てた。
「ああ、申し遅れていたわ。私はルクミニ・ムカルジー。宇宙開発振興財団の理事長よ。これからあなたのご友人を救出する作戦を全力でバックアップするわ」
老婦人がカメラに見せつける様にメリーと握手をし終えると、今度は老婦人の隣に居た男が進み出て同じ様に自己紹介と励ましの言葉を送ってきた。それがその場に居る全員分続き、最後に精悍な顔付きの男が前に出る。
「やあ、僕はクリフォード。月面救出作戦にも実働部隊として軍隊に同行するよ。君の友人は僕達が必ず救出してみせる。宇宙開発振興財団が責任をもってね。だから安心してくれ!」
そう言って、快活に笑った。
貼り付けた様な胡散臭い笑みだった。それを言うなら、その男だけじゃない。今自己紹介をした者達全員の笑顔がみんなお面の様に胡散臭い。何だか不安になって、大丈夫だろうかと岡崎を見ると、岡崎は視線に気がついて笑顔を深くする。
「皆さん、この子は大分疲れている。まだ回復したばかりだし、友達が居なくなったというショックも大きいみたいだ。少し私から皆さんに話したい事もあるし」
だから出て行け、とやんわりとした言葉で岡崎が言うと、皆納得した様子で、口口にメリーを励ましながら、岡崎に連れられて部屋の外へと出て行く。最後にクリフォードと名乗った男が励ます様に笑顔を浮かべて拳を握り締めてから部屋を出ていった。後にはメリーだけが残される。
残されたメリーはぼんやりと窓を見た。窓は部屋一面に渡る大きなもので、晴れ渡った空と煌めく海が良く見えた。ここはケネディ宇宙センターだと岡崎は言っていた。
蓮子が一度行ってみたいと言っていた場所だ。
蓮子と来れたらどんなに良かったか。
早く蓮子に開いたい。
心の底からそう思った。
続き
第六章 確かな自分を得たいなら
今後の展開に期待します。
最後らへんに誤字。
開いたい→会いたい
今のところただ状況に流されているだけのように見える蓮子とメリーですが、情報と目という切り札がある。成長(文字通り、年単位で!)して物語の主導権を握ってからが、本番でしょう。
あ、出て行けってやんわり言われちゃったんで部屋の外で次作を待ってます
お詫びにイチゴスパゲティー作ったんでここ置いときます……
>独り言ちた岡崎はマントに備わった水上用のアタッチメントを展開して~
!?
これは・・・岡崎が食わせ物だったってこと? それとも作者のミス? どっちだ?
絶体絶命と思いきや、さすがは岡崎教授。旧作でラスボスを張った実力者ですもんね。
しかしここでミミちゃんを持ち出しますかww いきなりICBMを持ち出してきたことになんか疑問はないのかい蓮子。
何考えてるのかわからなかったメリーの独自パート・・・。やっぱり何考えてるのかわからないや。
博麗の巫女だけでなく、八雲紫も世襲の存在とはなかなか新しい見地か?
そしてここで紫の子供、か。ふむ。
次回は月パートですかね。月はどんなことになってるんだろう・・・。
そういう白昼夢かな?現実かな?的な展開は創作で良くありますが烏口さんのはなんか一味違う気がしますね
悪い夢や妄想にとりつかれているのかそうでないのか感は烏口さんの作品に特有な気がします