Coolier - 新生・東方創想話

博麗神社の暗黒物質

2013/12/03 23:07:18
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 霊夢が朝に目を覚ました時、目の前は真っ暗だった。ちなみに、日の出の時間である。
「……えーと」
 霊夢は布団に入ったまま、顔を横にむける。顔に朝日の光がかかった。朝である。確かに朝である。しかし、どうやら、自分の顔の上だけが夜のままであるらしい。
 一瞬後、霊夢は布団を蹴飛ばし、『それ』から3メートルほど距離をとった。霊夢から眠気は消え去り、その眼は鮮烈なる博麗の巫女そのものとなった。
「なにこれ?」
 それまで自分の顔の真上にあったものを、彼女は視認する。だがしかし、『それ』がなんなのか、理解することは出来なかった。
 彼女の目の前にあったもの。それは、人の顔ほどの大きさをした、真っ黒い、ひたすらに真っ黒い『なにか』であった。



『博麗神社の暗黒物質』



 幻想郷に朝が来た。太陽の光は、優しくも、けれど眩しさをもって世界を照らしている。空には黒白魔法使いがいた。
 「今日の霊夢はどんな色~♪ きっと紅色白色だ~♪」
 自慢の箒を駆り、魔理沙は鼻歌を唄いながら、東へ東へ猛スピードで飛んでいる。やがて、博麗神社の鳥居が見えてきた。鳥居を猛スピードのままくぐり、直後に急ブレーキ。神社の目の前で停止した。
「おおーい! 霊夢ー。朝飯食べさせてくれー」
 昨日は遅くまで研究をつづけ、気がつけば朝になっていた。朝飯を作るのも億劫になり、このようにたかりにきた、というわけだ。
「霊夢ー? いないのかー?」
 霊夢の返事は無かった。魔理沙は神社の縁側に足を運ぶ。靴を脱ぎ、目の前の襖を開けた。
 「れい……む!?」
 茶の間(兼霊夢の寝室)には確かに霊夢がいた。しかし、彼女以外に『なにか』がいた。いや、それが生き物なのか何なのか、魔理沙には分からなかった。『それ』は霊夢から3メートルほど離れて、1メートルほどの高さに浮いていた。
「霊夢! なんだこれ!?」
「知らないわよ。朝、起きたら私の目の前にあった」
 『それ』は黒い物体だった。月も星もない夜のように暗く、黒一色だった。
 形はほぼ完全な球形。
 人の顔ほどの大きさ。
 表面はつるつるとした感じ。
 音もたてず、ただそこにある。
「何だと思う? 魔理沙」
「いや、なんというか……いきなり展開が急過ぎるぞ? 訳のわからない黒いなにかが、目の前に? 朝から意味不明だぜ。えっと、これがどこから来たのか、分からないのか?」
 霊夢は横に首を振る。
「いきなり出てきた、ってことか?」
 途端、霊夢は顔をそむけた。最初は何なのか、魔理沙は疑問に思ったが、やがて霊夢が恥ずかしがっていることに気づく。
「はは~ん。いつもの勘は働かなかった、ってことか。こんなに近づいてくるまでグースカ寝てたんだな」
 魔理沙の顔面に退魔針が迫る。
「あぶな!!!」
 間一髪、避けた。霊夢は短気な時がある女だ。
「いいから教えなさいよ、魔理沙。あんた、幻想郷屈指の妖怪識者なんでしょ?」
 今度は、魔理沙が顔を赤らめる番だった。以前、人里で行われた三人の各宗教組織トップによる会談において、彼女は司会を勤めており、そのように最初に紹介されたのだ。
「阿求があんなこと書くから、たまにそれでからかわれるんだよ……。だから、分からないって言ってるだろう……」
 本当に分からないのだ、これは。黒い『それ』は、何をするでもないなく、ただ浮いている。本当にそれだけだ。攻撃してくるわけでもない。何か行動をするでもない。二人が観察を続けても、黒い小さな球であるということしか分からない。もうかれこれ数分たつが、一向に変化はおこらなかった。
「なあ、霊夢」
「なによ、魔理沙」
 魔理沙はニカッ、と素敵な笑みを浮かべ、こう言った。
「とりあえず着替えたらどうだ? その間、これは私が見ておくよ」
 霊夢はずっと寝巻きのままだったのだ。



 霊夢がいつもの巫女服に着替え、茶の間に戻ったとき、黒い球は依然変わりなくそこにあった。魔理沙は油断なくそれを見続けている。どうやら、延々とにらめっこをしてくれていたらしい。この魔法使いは普段は迷惑なことばかりしているが、今回ばかりは役にたっている。この謎の物体から眼をそらすだなんて、自殺行為だ。今は静かそのものだが、これから何をしでかすか全く分からない。魔理沙がいなければ、おちおち服も着替えられなかっただろう。
「来たか、霊夢。うん、いつもの紅色白色だな」
 魔理沙はそんなことを言いながら、庭におりた。少しだけ何かを探し、やがて一本の退魔針を手に持った。さきほど霊夢が投げつけてきたものだった。
「なあ、霊夢。実験をしてみないか?」
「実験?」
「ああ。このままじゃ、らちがあかない。こいつは何の動きもみせない。ただ、浮いたままだ」
 確かにそうだった。相変わらず黒い球は、つるつるとした表面に艶をみせながら、何もせず浮いている。魔理沙はつまり、こちら側からなんらかのアクションをして、その反応を見てみよう、と提案したのだ。
 ちなみに魔理沙が手に持っている退魔針は、先っぽがほとんどとがっていない。さっき霊夢が投げつけてきたのは一種の照れ隠しであり、本気ではない。この針は普段、ゴキブリなどの撃退用に使われている。
「ま、だから実験用に最適さ、虫ぐらいしか殺していないもんだぞ……とりゃ」
 魔理沙は、ぽいっ、という感じで針はその黒い球になげた。霊夢はこの物体が実は爆弾で、ちょっとした衝撃でドカン! なのではないかと思ったが、考えてみればそもそも自分が寝ているときに現れたのならそのときに爆発しているはずだ。
 かああああああああああああん。
「え?」
 疑問の声をだしたのは、はたしてどちらだったのか。針は黒い球に当たった。その瞬間、まるで音叉を叩いたときのように、高い高い金属音が神社中に響いた。二人は思わず耳をふさいぐ。塞がなければ、鼓膜がやぶれてしまいそうだった。それだけ不快な音だった。
「おいおいおい! なんだよこれ!」
 音は数十秒にわたって鳴り続けた。それがようやく止んだとき、魔理沙は一言、
「……まあ、これでこいつの中身は空洞なんだ、っていうことは分かったな」
「……まだ耳がキーンてする」
 霊夢は恨めしそうに魔理沙をにらんだ。
「ははは……うん?」
 黒い球に次の変化が現れた。
 それまで音もなく浮遊していたそれは、まるで支えを失ったかのように、下へと落ち始めた。
 ぽん。ぽん。ぽん。
 そんな音がした。ゴム鞠を思い浮かべるといいかもしれない。黒い球はぽん、という音を連続してたてながら、何回も跳ねていたのだ。
「えっと。あれ? さっき『金属』を叩いたときみたいな音がしたよな?」
 それがなんで、ゴムのように跳ねているのだ?
「これってなんで出来ているのかしら。私にはさっぱり分からないわ」
 霊夢は苦笑いを浮かべながら、そう言った。
 魔理沙はそれに同意しつつ、同時に霊夢の顔に緊張の色が薄くなっているのに気づく。
「おい。お前は大丈夫だと思っているのか? その、なんていうか、危険は薄いと感じているのか?」
「うーん、別に攻撃もしてこないしねえ」
 巫女の勘がようやく働いてきたな、と魔理沙は思う。いつもいつも小憎らしく感じていた。この勘こそ、霊夢の天才性の一つだ。魔理沙はこういうものを見せられる度に、悔しさと虚しさと負けん気がないまぜになった感情を覚える。
 でも、まあ。
「今はその勘を頼りにしてるぜ」
 幾多の異変をともに闘い、その一種神聖なまでの力に、何度ピンチを救われたか。自分の感情は一旦、棚上げ。この状況を打破するために、徹底的に利用してやるとしようではないか。
「さて」
 魔理沙は黒い球の観察に戻る。黒い球は、畳の上で跳ね終わり、また再び静かにそこにある。
 これはどこからきたのか? これはなんなのか? これが博麗神社に現れたことには、どんな意味があるのか……。
「霊夢さーん! 天気がいいから遊びにきましたよー!」
 明るくはきはきとした、よく通る声がした。
 霊夢と魔理沙が外を見ると、そこには二人連れの姿があった。
「? どうしたんです二人とも? あ! 今日は山でとれた山菜を持ってきましたよ!」
「私は館で作りすぎた料理のおすそわけなんだけれど……トラブル?」
 山の神社の現人神、東風谷早苗。完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。
 この黒い球の謎に付き合わされる人間が、二人増えた。



「なんなんでしょうね? これ」
 早苗もさきほどの二人と同じように、首をかしげた。
 やってきた早苗と咲夜に、今までの状況が説明され、博麗神社の茶の間には四人の人間が集うことになった。だが、それで変化が起きたかといえばそうではなく、黒い球は相変わらずウンともスンとも言わず、畳に転がったままである。
「ちょっといいかしら。試してみるわ。大丈夫、時間は一切とらせないから」
 咲夜がそう言ったかと思うと……時間が止まった。おなじみの能力を使ったのである。世界のすべてが停止し、動くものは咲夜だけになった。
 時間停止のなか、黒い球はやがて、もぞもぞ、と蠢き始めた。
「ふん」
 咲夜は腿のホルダーから、銀のナイフを取り出す。本来、全てがとまっていなければいけないのに、これは動き出した。自らの停止世界のなかで、咲夜自身の意思とは関係なく、物質が動いたのは今回が始めてである。だが、咲夜はあまり驚かなかった。咲夜はそこまで時間の能力を絶対とは思っていない。いつだって誰かに破られることがあると考えている。現に、私の主はかつて、この程度の力、粉砕してみせたではないか。
 銀のナイフの切っ先が、黒い球に向けられる。黒い球はまるで、蛇ににらみつけられたカエルのように、蠢くのをやめ、おとなしくなった。
 次の瞬間、球は欠けた。
「!」
 今度ばかりは驚く。球は2~3センチほど欠けてしまったのだ。欠片はそのまま落ちる。欠けた跡はしばらくすると、黒いナニカが覆いはじめ、やがて元の球体に戻った。
「……ふう」
 ためいきをつき、咲夜は能力を解除する。
「おい! 咲夜なにしたんだ!?」
 他の三人にとっては、一瞬すらたっていない。文字通り、一切時間をとらせなかった。
「あ、あの。なんか小さい黒いのがあるんですけど」
「私がナイフを向けたらこうなったの。あと、時間を止めても動いていたわ」
「おいおい、ほんとかよ!」
 黒い球は調べれば調べるほど、その異様な性質を明らかにしてくる。先ほど霊夢は危険性はないと言っていたが、それでもなんだか、気味が悪くなるというものだ。
「みなさん!」
 早苗がすっ、と立ち上がった。
「今度は早苗か。なんだよ」
「こうなったら徹底的に調べてみましょう! 実験を繰り返して繰り返して、そこから正体を探るんです!」
 それはさきほどからやっていることである。しかし早苗いわく、もっともっとやろうとのことである。まあ、正直のところ。まったく状況が分からず、途方にくれているというのが現状である。何もしないよりは、精神衛生上、まだマシなのかもしれない。
 そこからは、早苗が主導権を握った。彼女は外の世界で学生をしていた時分、理系クラスに所属していた。化学だとか、物理だとか、地学だとか、生物だとか、そんなことに夢中になっていた。自分は科学とは正反対な信仰を司る巫女なのに、なんでだろう。そんなことを考えたこともあったが、それは忙しい学業の日々のなか、忘れ去られていった。
 それはともかく。
「さあ、スタートです!」

 まずはピンセットで黒い球の破片をつまんでみた。
 変化なし。

 破片をコップに入れて振ってみた。
 コップから飛び出し、宙を舞い、しばらくしたらコップの中に自分で戻った。

 破片を太陽光にさらしてみた。
 わははははははははは! という笑い声が聞こえてきた。

 破片を桶に入った水に沈めてみた。
 水をすべて吸い取った。

 破片をほんのすこしだけ火を近づけてみた。
 一瞬で破片は凍った。

 破片に塩をかけてみた。
 砂糖が出てきた。

「いいかげんにしてくださあああああああああい!」
 早苗は吼えた。ひたすらに吼えた。こんなものがあっていいはずがない。こんな理屈の通らないものが、この世に存在していいはずがない。
「ああ」
 そして早苗はひっくり返る。お手上げのポーズでねそべった。
 すると、あたまのなかに声が響いてきた。なんだろう。ひどく聞き覚えのある声だ。……ああ、あたりまえだ。これは自らの声だ。かつて、幻想郷に来て、幻想郷の理を学んだ自分が発した……
「幻想郷では、常識に囚われてはいけないのですね……がくっ」
「遂にぶっ壊れたか、早苗。いや、元から壊れていたか」


 早苗が眼を覚ましたのは、だいぶ陽ものぼったお昼ごろのことであった。ちょうどそのとき、他の三人は、咲夜が言っていたおすそわけ、サンドイッチをぱくぱく食べていた。残り物には福があるとは信じていない早苗の三人に対する批難を聞き流しながら、魔理沙によって次の実験内容が決められる。それは、霊力および魔力を使ったものだった。
 マナのドレゾロール式置換法、アレイスター型熱変換、ナザレ・ターン伝導術。魔理沙によって語られる様々な魔術用語。
「これらの方法で殆どの文明における霊的・魔術的な事柄を理解することが出来る。ただ、リングドリルの法則によって多少のゴリック変動が起きてしまうがな」
「……パチュリー様もそうだけど、魔法使いってよく分からないわね」
 他の人間たちはちんぷんかんぷんであった。
「あ、いやようするに簡単な魔術実験をするってことさ。まあ、ここまで訳がわからないやつなら、たぶん霊的な何かさ」
 ならば、いま説明した手順で、だいたいの霊的な事柄はわかるはずだ。魔理沙はそうしめくくる。
「だったら、最初からそれをやってみればよかったんじゃない?」
「いや、霊夢。こいつが攻撃的なやつなら、この実験は危険すぎる。でも、今まで結構刺激を与えたからな。それでなにもないなら、たぶん大丈夫だ」
 本当は早苗たちがこなければ、そのままこの実験をおこなうつもりであった。しかし、咲夜が時をとめるやら、早苗のわくわく科学実験やらで、やるのが遅くなってしまった。
 魔理沙は黒い球に向き直る。
 見れば見るほど黒い色だ。真っ黒だ。
 その黒さは、夜の闇の暗さに似ている。見つめれば見つめるほど引き込まれてしまいそうだ。
 なんだろう。なにか、とてつもない怪物が、この小さな球から飛び出すのではないか。そんな奇妙な感覚が胸のなかに生まれている……。
「あれ? あれは」
 そんな早苗の声がした。早苗が何かに気づいたようだ。他の三人も、早苗が見ている空間、神社から2~300メートルほど離れた空中に眼をむけた。神社の周りを囲む森の上、50メートルほど高さに、人影が見えた。人妖の誰かが、空を飛びながらこちらに近づいてきているらしい。
「あれ? 萃香じゃないか?」
 遠くからでも分かる、その特徴的なシルエット。頭についている大きな二本角、と言えば幻想郷の鬼、伊吹萃香である。
 ぎゅいいいいいいいいん、という豪快な飛行音が聞こえてきた。萃香はよほどのスピードで飛んでいるらしい。また、頭数が増えるか、と魔理沙は思う。これで事態が進展するといいのだが。
 ぎゅいいいいいい……萃香が、空中で停止した。
「?」
 神社の四人が、何をしているのだろう、と疑問を呈す。あんなに神社に向かって一直線だったのに。萃香は遠くからじっと、こちらを見つめているようだ。どんな表情をしているのかは、少し遠すぎて分からない。
 やがて、十秒ほどして、萃香はきびすを返した。瞬間、轟音。小さな鬼が、凄まじいという言葉すら生ぬるいほどの加速を見せた。辺りの木々は、彼女の起こした突風のために折れんばかりに揺れ、土煙が神社まで届くほどに吹き飛んだ。あれはきっと、彼女の最高速度に違いない。そう思わせるトップスピードだった。あっという間に、空の彼方に消え去った。
「……え?」
 誰かがそう呟く。四人はしばらく呆然としていた。一体何が起きた?
「えっと……萃香さんは……どうしたんでしょうか」
「いや、私に聞かれてもな……」
 魔理沙は黒い球に目をやる。
 これか? これのせいなのか?
 あれは忘れ物を取りに戻ったという感じではなかった。本当に大変な、一大事が起きたから、と考えるべきだろう。もしかして、この黒い球を見たから、萃香はあんな行動をしたのか。
 だとしたら、あの行動の意味は。
「逃げたんでしょうか」
「逃げたって、なにからだよ早苗」
「ですからこの黒い球からですよ!」
 早苗はがくぶる、と震え始めた。
「ああ! 鬼が裸足で逃げ出すなんて! きっと萃香さんはこれが何かを知っていて! こ、これ洒落にならないほどアブナイものなんじゃないですか?」
 あの鬼の力は、ここにいる全員の知るところだ。何回も戦ったことがある。山をも崩す力、とはまさにあのような力のことを言うのだろう。だから、あの萃香が逃げ出すほどの恐怖をもし、この黒い球が持っているのだとしたら。
「い、いや、ちょっと待てよ。本当に逃げ出したのか分からないぞ?」
「じゃあ、他に説明できますか!?」
 そう問われると、魔理沙も答えに窮す。この神社から、あんなスピードで、急に離れた理由。ああ、ダメだ。逃走以外の理由が、思いつかない。
 咲夜は、早苗の意見に賛成のようだ。眼は氷の刃のように、冷たく、鋭くなっていく。警戒を最大限にまで引き上げているのだ。
 一方、霊夢は押し黙って、目つきもなにも変えず、ただ黒い球を見続ける。彼女が何を考えているのか、魔理沙には分からなかった。
 その時、博麗神社に、また新たな人影が現れた。
 その人影は、なんだか足元のおぼつかない、ふらふらとした足取りで近づいてくる。
「あれえ? みなしゃん、どうしましたかぁ? そのくろいのなあに?」
 日の光を受けると、薄く輝く銀髪が、風に揺れる。彼女の周りを漂うのは、大きなマシュマロのような、半霊。白玉楼の庭師、魂魄妖夢である。
 妖夢はなぜか顔を真っ赤にしながら、こちらに近づいてくる。
「ああ、妖夢か……って酒臭!」
 妖夢が四人の輪の中に割り込んだ途端、彼女の口から、濃いアルコールの匂いが漂った。間違いない。妖夢は確実に酔っ払って、千鳥足で歩いているのだ。
「ど、どうしたんですか?」
 早苗の問いに、妖夢はろれつの回らない言葉で、しかし生来の生真面目さからか、ちゃんと教えてくれた。どうやらついさっき、用事で博麗神社に向かう途中、萃香に出会ったらしい。
 萃香はとても『陽気』な感じで、妖夢に自らの酒を薦めた。一応仕事の途中ですから、と妖夢は断ったのだが、結局萃香は有無を言わさず、妖夢の口には大量の酒が注ぎ込まれた。結果、妖夢はごらんのありさま、へべれけになったのである。
「陽気だった?」
「あのぅ、魔理沙しゃん? この黒いのなんですか~」
「あ、ああ。実はな」
 魔理沙は相変わらず畳の上に転がっていた黒い球について説明する。いや、説明と言っても、まったく分からないことばかりなのだが。でも、とりあえず今までの経緯だけでも。
「と、いうことなんだ」
「にゃるほど~」
 説明したはいいが、今のべろんべろんの妖夢には、あまり期待できないだろう。だが、もしかしたら妖夢経由で、白玉楼の主である西行寺幽々子にこの話が届くかもしれない。そうなったら、少しは有益な情報が手に入るかもしれない……。
「……みなしゃん」
 すっ、と妖夢が立ち上がった。
「うん? どうした?」
 そこには、剣士の顔があった。
近づくだけで生命を刈り取られるような、そんな雰囲気が妖夢からにじみ出ている。
「これは」
「やばいわね」
 霊夢と咲夜は何かを察したのか、各々の武器を取り始めた。
「これは~祖父が~私の師が~。うう。言っていた言葉なんですが~」
 魔理沙は思う。なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。今までの展開だとかそんなものが、根こそぎひっくり返されてしまうような、そんな気がしてきた。 言わせてはならない。あの一言を妖夢に言わせてはならない……!
「おい! 妖夢やめ……」
「何事も、斬ればわかる」



 音もなく、その姿すら見えなかった。全ては一瞬の出来事である。時を止めようとした咲夜ですら間に合わなかった。妖夢の抜いた剣、小柄な彼女には不釣合いなほどの大きさを持つ楼観剣は、大上段の形で一気に斬り裂いた。黒い球を。
 まさに真っ二つという言葉がよく似合う斬れっぷりだった。測ったかのように、綺麗に半分こ。断面も綺麗だった。二つになった黒い球は、ころん、と畳に転がる。
 それまでの慎重さを無に帰す、鮮やかな抜刀術であった。
「……」
「……」
「……」
「……」
 やりやがった。こいつやりやがった。やっちゃいけないことをやりやがった。
 四人を包むは呆れと諦観。もう怒る気にすらならず、もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちが襲ってくる。ああ、めんどくさいことになるぞ、これは。
 果たして、黒い球は、また動きを見せる。
 二つになったそれは、その場でそれぞれが、コマみたいにクルクルと回り始めた。そしてすぐに、キイイイイイイイン、という音を立て始める。回転が凄まじい速度になっているのである。言うならば、黒いコマ。やがて、黒いコマの側面から、刃状のなにかが飛び出してきた。刃の切っ先が、近くにあった机の足に触れる。机の足はすぐさま切断された。
 黒いコマは浮かび上がる。
 そして人間に襲い掛かった。
「しゃらくさい!」
 魔理沙は自分のスカートをガバッと開ける。そこには彼女の様々な魔法道具があり、その中から、魔理沙にとってお決まりの武器を取り出す。言うまでもなく、ミニ八卦炉である。
「ちょっと魔理沙! 神社で使う気!?」
「霊夢! 私はたぶん謝らない!」
 轟音響かす熱量の奔流、それを出来るだけ収束させる。必殺のマスタースパークは黒いコマを二つとも飲み込んだ。八卦炉の光線は神社の建物を貫き、彼方へと飛んでいった。
「やったか!?」
 だがしかし。黒いコマは多少フラフラしているが、それでもこちらに向かってくる。
 黒いコマは二手に分かれた。
 五人はたまたまの位置関係上、2グループにつくっていたからだ。霊夢・魔理沙の組と、咲夜・早苗・妖夢の組。黒いコマはそんな彼女たちを切り裂かんと近づいてくる。
 咲夜たちに襲い掛かった黒いコマをまず止めたのは、早苗であった。手に持つ大幣を前にかざし、自分たちの前面にバリアのようなものを張った。黒いコマはそれにぶつかり停止、火の粉をまきちらした。
「ああ! やっぱりそうなんですよ! めちゃくちゃ怖いものだったんですよ!」
 早苗も単純にバリアと呼んでいるもの、は今はなんとか黒いコマを押さえ込んでいる。しかし、早苗には分かる。少しずつ、少しずつ。バリアは削れている。後、僅かしか持たないだろう。
「咲夜さん!」
「上出来よ、早苗」
 早苗の後ろから咲夜が飛び上がる。そして早苗の頭上からナイフを投げる。
 銀のナイフはバリアのスレスレを通り過ぎ、すぐさま黒いコマに突き刺さった。黒いコマはびくっ、と驚いたように震えると、大きくその回転スピードを落とし始めた。
「後はこうするだけです!」
 早苗が何かを唱える。すると、バリアはまさに紙のように丸まり始めた。黒いコマを包む感じで。このままバリアで覆ってしまうつもりなのだ。
 だが。
「!?」
 黒いコマがそれに気づいたのかどうかは分からない。分からないが。
 それは急加速を始めた。そしてあっという間に、バリアに包まれかけながら、早苗の腹にぶつかった。
「きゃあああああああ!」
 早苗は3メートルほどぶっとばされ、壁に激しく叩きつけられた。刃はバリアのおかげで触れることはなかったが、それでもぐったりとうなだれる。
「早苗!」
 咲夜はすぐに時を止める。だが、相変わらず黒いナニカは止まらなかった。
 時を止めるのをやめた。全ての力を霊力に注ぎ込み、弾幕を形成する。これを叩きつけてやる。
 けれど、それは少し遅かった。
 すでに黒いコマは早苗の顔のすぐそばまで――
 ざしゅ。そんな、音がした。
 黒い黒い、夜のような黒色のコマに、それとは正反対の白く白く輝くものが、突き刺さっている。
 黒いコマは回転を完全に停止させた。
「………………妖怪が鍛えたこの楼観剣に」
 妖夢はどこか虚ろな眼をしつつ、それでも剣の切っ先だけは寸分の狂いも許さなかった。
「あんまり、にゃい」
 その言葉を最後に、妖夢はどかっと倒れた。
 さて、一方。霊夢たちはというと。
 がんがん、と黒いコマは立方体の外に出ようとするが、なかなか難しいらしい。穴をあけたとしても、すぐに霊夢によって塞がれてしまう。
 神技『八方鬼縛陣』
 霊夢の不思議な力によって、敵を結界の中にとじこめてしまう技だ。
 黒いコマがやってきた時、霊夢は魔理沙に時間を稼ぐように言った。
「えっと、あんま神社は」
「マスタァァァァスパークゥゥゥゥ!!!!」
 魔理沙はマスタースパークを撃ちまくった。何度も何度も。世界すら焼きつくと言われる八卦炉の火。その力を存分に活用した。博麗神社の中で。
 4度目において、さすがに黒い球は一瞬回転を停止。その隙を突いて、霊夢はスペルを発動する。
 鮮やかな赤色をした光が辺りに広がる。ただただ他者を圧倒する力の顕現。
 黒い球は逃げようとしたが、もう全てが遅い。
 こうなったら逃げられるものは、もう誰もいないのだ。
 こうして、黒い球は無力化された。
「やったな霊夢! お手柄だ! さすがだな! お前は一味二味ちがう!」
「魔理沙」
「おっ! 咲夜たちもうまくやったみたいだな! なんだ妖夢がしとめたのか?」
「魔理沙」
「はははっ! いやーうまいこといった」
「魔理沙あああああああああああ!」
「あいたたたた! なにをするんだ!?」
「なにを、じゃないでしょ! 神社よくもこわしたわね!」
 壁という壁には、大きな穴が空き、そこから外の風景を眺めることが出来た。なんだか、ぎしぎし神社が揺れているような気もする。これは半壊、と言ってよいだろう。
「不可抗力だ!」
「わかってるわよ! それでも、う~。このやるせない気持ちをぶつけさせろ!」
 ぺしぺしぺしぺしぺしぺし。延々と魔理沙の頭は叩かれ続けた。
「まったく、気楽なものね」
 これは咲夜の呆れ声。まあ、なんにしても、二つの黒いコマは停止したのだ。
 だが、この先どうするのか。それは全く――
 ぱちぱちぱち。 
 拍手音が、鳴った。
「!?」
 この部屋にいる五人は誰一人として拍手などしていない。それでも、この博麗神社の一室には乾いた拍手が鳴っている。これもまた、黒いナニカの仕業なのか?
 いや、違う。霊夢はすぐさまそれに気づいた。再び、勘である。今まであった戦闘が終わり、それと同時に拍手だなんて、まるで何かのショーの閉幕時ではないか。こんな悪趣味なことをするのは。
「紫ね! 出てきなさい!」
 世界が割れる。いや、世界の隙間が露出する。スキマと言われる空間が現れ、その地獄めいた目玉が除く場所から、にゅっ、と金髪が飛び出してくる。
「はあい。お疲れ様、みんな」
 妖怪八雲紫が、楽しくてしかたがないという風に言った。
「まったくあんたは……いつもいきなり出てきて。何の用?」
「あら、ずいぶんとひどい言い草ね。今日はこんなにめでたい日なのに」
「……めでたい?」
 紫が視線を動かす。そこには、二つに割れた黒い球が転がっている。
「まだこんなに小さいのに。かわいそう」
 紫は手に持った扇を、えい、と振る。すると、黒い球はひっついた。
「な!?」
 そしてあっという間に元通り。
「あら、霊夢。そんな怖い顔をしないでよ」
「ねえ、紫。もう終わりにしてくれない?」
 魔理沙、咲夜、早苗。そしてひっくり返ってる妖夢。霊夢はそれぞれの顔を順次眺める。皆、疲れた顔をしている。
「知っているんでしょ? この黒いものがなんなのか。私が朝起きて、それから状況は一歩もすすんでいないのよ。延々とこいつに振り回されっぱなし。教えなさい」
「霊夢」
「何よ」
 紫は、笑った。これ以上もないくらい満面の笑みで。
 こんな祝い事はめったにない、という喜びの笑みで。
「さあ! 宴会の準備をしましょう!」



 太陽が西に沈もうとしている。夕日の光は、ただ優しく、物悲しい。
 神社の境内には幾つも篝火が焚かれ、何枚も敷物が敷かれている。これらは、宴会のための準備である。
 あの後、いまだひっくり返ったままの妖夢を除く四人は、紫に言われた通り宴会の準備をやった。篝火、敷物、何十人もの胃を満たす料理。もちろん、酒。何故だ、と問う人間たちを無視して、紫はスキマに引っ込んで現れなくなってしまったため、しかたなく四人は宴会準備に勤しむしかなかった。宴会によって何かがわかるのか? それについては激しく疑問だったが、ただ、何の意味もないとは思えない。魔法の実験をして、また暴れだすかもしれない危険を犯すよりも、まだこっちのほうが安全ではないだろうか?
 そして今、準備は終わった。宴会の規模がわからなかったため、出来るだけ大人数が来ても対応できるようにしたが、そうなるとかなりの手間になった。もうへとへとである。
「まあ、私は紅魔館の仕事で慣れているからそこまででもないけど……今日はお嬢様も来るのかしら?」
「さあな。でもいきなり宴会だぞ? 他の連中は来るのかよ? 紫がわざわざ幻想郷中を回って連絡しているのか?」
 あの面倒くさがりが? と魔理沙が呟いた直後。
「準備、でーきーてーるー?」
 ぎゅいいいいいいいん! と何かが高速で迫る音がしたかと思うと、それはあっという間に、神社の境内に降り立った。
「萃香!?」
「おう、出来てるね~」
 先ほど、奇妙な行動を見せ、大きな混乱を呼び込んだ萃香がいきなり現れた。萃香はとちとちと四人のところまで歩いていき、
「今日はめでたい!」
 と言ってぐびぐび酒を飲み始めた。
「いえ、ですから。何がめでたいんですか?」
 さっき黒いコマがぶつかったお腹がまだ少し痛い。そう思ってお腹をさすりながら早苗は聞く。萃香は大丈夫かい? と少し気にしながらも酒を飲み続ける。そして、黒い球を見た。
 あれから黒い球には何も起こらなかった。朝から何度も試行錯誤を繰り返したが、たった一つだけ分かったことがある。どうやらこちらから何もしなければ、あちらも行動をすることはないらしい。この黒い球は、反応だけする存在なのだ。
「ふえ~。私は少し寝るよ~」
 萃香は地べたに直接寝ころがった。
「いや、ですから!」
「寝させておくれよ~。今日はこの宴会のために、幻想郷の連中を萃めるのに忙しかったんだから~。それにしても驚いたよ。昼間に神社に行ったら、遠くからそれが見えたんだからね」
 小鬼の指が、神社の中に転がる黒い球を指す。
「それで急いで宴会のせってぃんぐをしていたというわけ。懐かしい。本当に懐かしい。それを見るのは数百年ぶりだよ……ぐ~」
「ちょ、ちょっと! ああ、寝ちゃった。え、えっと。宴会のセッティング? じゃあ……」
 あの時、萃香は黒い球から逃げたわけじゃない? ただ宴会のために急いでどこかに行っただけ? 
「ということは……これは怖いものじゃない? むしろ、あんなにすごい速さで宴会に人を呼び込みたくなるほど、めでたいもの……なんでしょうか?」
 早苗は自分の言ったことに確信が持てず、他の面々を見回した。
「……一体なにがめでたいのかしら? 少なくとも紅くはないからお嬢様は気に入らなさそうね」
「……めでたい、ってことはこれは何かの吉兆の印なのか? いやこんな黒一色なもの、凶事しか起こらなそうだぜ」
「……待ちましょう。たぶん、もう少ししたら、全部わかるわ」
 そして夜が降りてくる。日は沈み、天に丸い満月がかかりはじめた。
 やがて、続々と妖怪変化たちが神社に集まってきた。紅魔館、白玉楼、永遠亭、妖怪の山、彼岸、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、神霊廟。それら諸勢力らと共に、有象無象の野良妖怪たちがぞろぞろと神社の境内に姿を現す。厳密に言うならば、神だとか仙人だとか幽霊だとかがいるのだが、そんな連中も人外であるということに変わりなく、一般人がこの場にいたら腰を抜かすだけではすまないだろう。
 百鬼夜行の群れが、一斉に用意されていた酒を飲み始めた。そしてすぐに騒ぎ出す。大きな大きな笑い声が鎮守の森をざわめかせた。
「ちぇ、いい気なもんだぜ」
 そうためいきをついたのは魔理沙である。だが、その顔には不満ではなく、大きな期待が表れていた。妖夢が目を覚まし(早苗怒りのあっかんべ~と共に)、五人はいま神社の茶の間にいる。宴会の喧騒はふすま一枚向こうのことだ。マスタースパークで出来た壁の穴から来る夜風が少し冷たい。
「さて、それじゃ種明かしといきましょうか」
 五人の目の前にいるのは、紫だ。紫はその膝の上にあの黒い球を乗せている。左手で黒い球を愛おしそうに撫でていた。
 宴会が始まる直前、紫は突然戻ってきた。なんでも、自分の蔵にある五百年ものの特上酒を探していたらしい。そしてすぐに五人を茶の間に連れてきた。
「せっかくの宴会なのに、宴会が開かれた理由を知らないなんて駄目だからね。ああ、境内の連中もなんで呼ばれたかはしらないわ。でも、この黒い球を見せれば、まず年長者は気づくでしょうね。それから分からない周りの連中に教えるでしょ」
「紫」
「ええ。教えてあげわ霊夢。それに皆にも。これはね」
 彼女は、すっ、と息を吸い込み、言った。


「妖怪の卵なのよ」


「……………………え」
 一瞬、世界の時が止まったかのようだった。もちろん咲夜は何もしていない。全ては紫の一言によるものだ。
「え、え、ちょっと紫。私も巫女をやって長いけど、そんな話きいたことない……」
「お前ら妖怪って卵からうまれるのか!?」
「違うわよ、魔理沙。まあ、烏天狗とかの鳥妖怪は卵から生まれるけど。それから、霊夢。この黒い球は本当に珍しいことなのよ。それこそ数百年に一度。文献にだってほとんど載っていないわ」
 紫はまるで赤子を愛おしく眺めるかのように、黒い球へ視線をやる。
「妖怪の誕生はそれこそ千差万別。人間が変化してしまうこともあるし、道具が魂をもってしまうこともある。夜の闇からいきなりこの世に生を受けることもあるのよ。この卵から生まれるのも、そんなパターンの一つ。
 もうすぐ、殻が割れて、新しい妖怪が出てくると思うわ」
 魔理沙は思い出した。そういえば自分は、この黒い球から何か化け物でも飛び出すのでは、と感じたのではなかったか。ははっ、大正解じゃないか。
「それから、この卵はおもしろくてね。この世界にまだ所属していないのよ」
「所属していない? どういうことです紫さん?」
「つまりね、卵はまだこの世界に生まれたばかりだから、物理的、魔術的な法則に従っていないということなの。
この世界とはありとあらゆる事柄が違う世界から、この卵は来たわ。それが詳しくはどんな世界なのか、私にすら分からない。この卵が黒一色だから、真っ暗闇の世界なのかも。ああ、もしかしたら、私たち妖怪の全ての始まりもそこからかもしれないわね。
 なんにしても、この卵は一筋縄ではいかないわ。ねえ、咲夜。あなたの時を止める力も通じなかったんじゃない?」
「ええ、そうね」
「『世界の法則に従わない程度の能力』……とでも言えばいいんでしょうか。だから実験をしても、はちゃめちゃな結果しか出てこなかったんですね」
「塩をかけたら砂糖が出てこなかった?」
「出てきましたね……私の脳が沸騰しそうでした」
「やっぱり。ああ、でも時間が経てばこの世界の法則になじむようになるわ。妖夢の剣も通じたしね」
「あ、あの! みなさん! わたしが変になっちゃったせいでご迷惑を! 特に早苗さんにはどういったらよいか!」
 酔いがさめた妖夢はその場で頭を畳にこすりつける。美しいまでの土下座だった。
 それに対し、早苗はぽんぽんと妖夢の肩をたたく。どうやら、笑って許すことにしたようだ。
「さて、いそいで宴会にこの子をつれていかないとね。卵が出てきたら宴会を開くのが慣例なのよ。特に、今日は胎教に悪いことばっかりだったから余計にね」
「胎教? どういう……あ! そうか!」
「あははは。そうよ魔理沙。この子はね、卵の中から世界を勉強しているのよ。この世界はどんなところなのか、をね。やさしいのか、きびしいのか。怖いのか、怖くないのか。
 この子は何も知らないのに、それをあなたたちはあんなに攻撃して。およよ、なんてかわいそうなんでしょう」
「って! あんた見てたんなら止めたらよかったじゃない! もっと早く出てきなさいよ!」
「あら、ばれた?」
 がおー、と紫にとびかかろうとする霊夢。他の四人はそれを必死に止めた。
「まあ、多少はスパルタ式にね。生まれたら攻撃的な性格になるかもしれないけど、世界はただ優しいだけじゃないし。少しぐらいけんか腰なのがちょうどいいかもね」
 少しだけしんみりとした空気がただよった。
 すると。
「おおーい! 今日の主役はまだぁ!? っていうか主役ってだれ!?」
「あれは、お嬢様?」
 宴会の喧騒はますます大きくなり、宴会の主役を求める声も上がり始めた。
「じゃ、行きましょうか。この子にこの世界の楽しさをみせてあげましょう」
 紫はふすまに手をかけたかと思うと、それを一気に開け放つ。
 そして、黒い球、いや妖怪の卵は宴会の野に解き放たれる。
「みなさん! この子が今日の主役ですわ!」
「おおおおおお! 懐かしい! 新聞の一面は決まりましたね!」「ああ、本でよんだことはあるけれども、あれがそうなのね」「へえ。トランシルヴァニアで一回見たけど、東洋にもあるのね」「あらあら、おいしそうね」「永琳、あれ知ってる? もし珍しいものだったら」「姫、あれはもうすぐ妖怪になるのですよ。たぶんウサギにはなりません」「あれ? 月で見たことあるかも」「花が好きな子が生まれればいいんだけど」「死後に裁く私が誕生に出くわすとは。おもしろいものです」「へえ、話には聞いてんだけど。わたしはじめてみたよ」「あれ? 神奈子はじめて? 昔はしょちゅう生まれてたんだけどなあ」「厄いわね」「妬ましいわね」「あなたたち似たもの同士ね。むむ、まだ心は読めない」「ああ、新しい妖怪の誕生で、法の世界に光が満ちる」「光が満ちる? よくわかりませんね聖。それより新しい妖怪仙人の誕生かもしれませんよ」
 大盛り上がりだった。黒い卵は人外たちの間でひっぱりだごになった。こっちに渡せ、こっちに渡せ、という声があちこちからあがる。みな、この卵に興味津々なのだ。
 霊夢はそんな光景を、酒をちびちび飲みながら、静かに眺めている。
「ばんざーい! 新しい妖怪ばんざーい!」
 どこからかそんな掛け声があがると、空が急に明るくなる。掛け声にのせられて、何十もの人妖が一斉に弾幕を放ったのだ。色とりどりの弾幕が混ざり合い、空一面に虹がかかったようだ。弾幕が躍る。楽しくて楽しくて仕方がないみたいに。
「よう。一人寂しく飲んでいるな」
 霊夢の横に魔理沙が座った。霊夢はためいきをつきながら、言う。
「今日は大変だったわ。朝起きたときから気の休まる暇なんて無かった」
「大変なのはいつも通りだろ? 妖怪神社の巫女さん」
「うるさい。それにしてもよくもこうも騒げるわね、連中」
「見ろよ、あのレミリアの顔。あんなにでれでれになってやがる。妖怪にとっては、あの黒い球、赤ん坊みたいなもんなんだろうな」
 宴はたけなわ、最高潮。そんな宴会の隅っこで霊夢は思う。
 あの卵からは、一体どんな妖怪が生まれるのだろうか。
 もう一度、卵を見た。
 夜の闇を凝縮したような黒い球。
 なんだか、それに少しひびが入り始めたように見えた。
「生まれるのね」
 そう、生まれるのだ。世界から無量大数の祝福を受けて。
 どんな妖怪が生まれるか。
 強いのか、弱いのか。
 明るいのか、暗いのか。
 美しいのか、醜いのか。
 まだ、分からない。
 けれど、今はただ一言。博麗の巫女として。
「どうした、霊夢」
「うん。ちょっとあいさつにね」
 霊夢は卵のところまで歩いていった。ひとごみをかきわけ、宴会の中心へ。人外たちは少しの間、静まりかえった。
 そして霊夢は、言う。
「ようこそ幻想郷へ。精一杯この地を楽しみなさい」


                                    了





 

 



 



 
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コメント



0.1710簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
起承転結のはっきりした、ある種読みやすい作品でした。そういえば、三月精に天狗/ツチノコの卵が出てきてましたね。
20.80月柳削除
スッキリ!読後感の良いお話。
26.90奇声を発する程度の能力削除
上手く纏まってて面白かったです
34.無評価作者さんを知っている程度の能力削除
こんな文章力が私にも欲しい……。さっぱりしていて、とても読みやすかったです。