霊夢は手早く朝食の支度を済ませた。
今日はお味噌汁にご飯、漬物。それにお茶。朝ごはんはこれで十分だ。
「いただきまーす」
ご飯を口に入れてむぐむぐと味わう。
「ごちそうさま」
食べるだけに特に変わったことが有るわけもなく。食器をまとめて片付けると、お茶を飲んで一息。代わり映えのない博麗神社の朝食風景だった。
さて、今日も一日頑張ろうと霊夢は外に出て箒を構え掃き掃除を始める。山河が秋めくにはまだ早い時節だが、空気はひんやりとして、肌寒い。
前日から強い風も吹かなかったようで、神社は目立つような塵芥も無かった。
軽く参道を掃き終え庭の方に移ると、魔理沙が当然の如く真ん中に立って待っていた。
「やあ、おはよう」
霊夢に気付くと、来るのを待っていたとばかりに口元を緩める。
「おはよう、こんな朝からなんか用?」
「用はないけど、何となく神社に来たくなったんだ。因縁という奴かな」
「私は因縁より手土産でも有ったほうが嬉しい」
「残念だが、手土産とは縁が無かった」
「なら、お茶も出ないわよ」
「お構いなく、遊びに来たんだしな」
「それならかまわないけど……」
構ってもらいに来たんじゃないのかと思いつつ。霊夢は特別な対応が要らないと分かり庭の掃き掃除を続けた。
魔理沙は本当に構ってくれないのか、と聞こえないように今度は言い口を歪めた。
仕方なく庭の草花をのんびり見て、縁の下を覗いて回る。それが済むと縁側の辺りを意味もなくうろうろし、石畳で靴のズレを直したり、柱を端から順に軽く叩いたりしていた。
それにも飽きると掃き掃除を続けている霊夢の方を向き、たまらず話しかけた。
「そういやこの間、美味しい葡萄の木を見つけたんだ。見た目も中々立派なやつがあってな」
早速物の話で釣る。
「へえ、葡萄は今年まだ食べてないのよね」
「じゃあその内持ってきてやろうか。土産があれば持て成してくれるんだろ」
「あら、進んで土産持ってこようなんて珍しい」
「最近また少し落ち着いてきたから、暇なんだよ」
「良い事じゃない」
「あーまた神社潰れたりしないかな」
「縁起でも無いこと言うな。あの時どれだけ大変だったか分かる?」
「分からないから、私も一度吹き飛ばしてみようかな」
霊夢が掃くのを中断し鋭く睨むと、魔理沙は笑いながらその辺の石を蹴飛ばした。
石がこつこつと跳ね茂みに入る。
「冗談だよ」
不満そうに蹴飛ばした石を目で追っていた霊夢は、茂みで見失うと何気無く魔理沙の足元を見た。
すると金色に輝く物が一つ。不審に思い取りに行く。
急に寄ってくる霊夢に、底知れぬ不安を覚え魔理沙は身を横にずらした。
「別に怒ってないわよ。それよりなにかしらこれ?」
「ああ良かった……それ、外の世界のお金じゃないか。五円玉って奴」
魔理沙が目を細めつつ言う。霊夢の拾い上げたのは穴の空いた銭。汚れもなく、磨かれた様に綺麗で曇り空の下でも存分に光り輝いていた。
「そういや聞いたこと有るかも。外の世界ではご縁があるとかって賽銭によく使われるのよね」
「穴あき銭は先が見えて見通しが良いとも言うしな。年は何年だ?」
「年? んーと、平成二十五年って書いてあるわね」
「本当か! 香霖がその辺りの年で出た五円は数が少な目だから価値が出るかもと言っていたぞ」
目を輝かせて五円玉を見る魔理沙。蒐集家にとってはこういう数が少ないとか、珍しいという言葉が甘露の様に見えるらしい。霊夢は釘付けな魔理沙を見てそう想う。
「外のお金じゃどの道意味ないでしょうに……それに、なんかこれ変じゃない?」
「小銭は外の世界で需要が減りつつあるらしい、その所為で流れ着いたと読んだ。何も変じゃ――って、確かに変だなこりゃ。こんな五円って書いてあるだけだったかな」
魔理沙はひょいと五円玉を取ってじっくりと見つめた。穴の空いた銭には表に五円とだけ書かれていて、後ろにはうっすらとした字で“日本国”“平成二十五年”と書かれていた。
なんかもっとこう、図柄があったような……二人は微かなそのイメージを思い出そうと記憶を漁ったが、結局記憶違いということで片づけた。
「まあなんだ、気味が悪いというなら私が貰ってやっても良いぞ」
目を光らせる魔理沙に、霊夢はちょっと勿体無い気がしてくる。
「……お賽銭かもしれないし、一応持っとく」
「神社って賽銭を庭に投げ捨てるスタイルだっけ」
「気持ちが有れば良いのよ」
「便利な言葉だな。まあ縁が足りない霊夢に、神様からのプレゼントかもしれないし、諦めるよ」
嫌味っぽく言う魔理沙。霊夢は片目をつむり五円玉の穴から覗いた。
「まあ碌な縁がないのは認めるけど?」
「ふん、お前は御縁より濡れ縁の方が似合ってるタイプだもんな」
そんな他愛無い話をしていると、辺りがうっすらと暗くなる。厚い雲が出てきた。
直ぐにぽつりぽつりと降り始め、地面に点々と斑模様ができ始める。
魔理沙は慌てて空を確認した。
「げ、強くなりそうだ。折角来たのに、ついてないなぁ」
「縁がなかったのかもね、さっさと帰った方がいいんじゃないの」
「今日は家でゆっくり本でも読むか……じゃあな」
詰まらなさそうに魔理沙は箒にまたがり、雨を弾き飛ばさんという速度で飛んでいった。霊夢ものそのそと縁側に避難する。
箒に乗る影が見えなくなった頃には、雨足もだいぶ早くなってきた。雨粒も大きく、あっという間に石畳は暗い色に染まる。
霊夢は五円玉を巾着状の小物入れに仕舞った後、雨が吹き込まないように雨戸を閉めた。景色が見えなくなる前に、ぴちょん、という小さな音が聞こえた。
翌日。
空模様は雲も残すが太陽が覗いていた。雨が止んだのは未明頃だったらしく、至る所が朝露とは呼べない程濡れていて、湿った空気が漂う。
霊夢は目覚めた後、外に出て天気を確認し、深呼吸して朝食の準備を始める。
金平に味噌汁とご飯。それとお茶。座卓の上に並べると、少し縁側の方に出た。日が昇ってくると想像以上の日差しで霊夢は少し怯んだ。
今日は帽子を被って掃除をしようかな。身を案じ押入れに押し込んだ気のする帽子を探そうと、手を伸ばした、その時。
─ぐぅ~─
急にお腹の虫が声を上げ、空腹感が霊夢を襲った。
「あ、れ?」
手でお腹をさすってみたが、空腹感はますます強まり、我慢ができない程になる。
最早空腹という言葉で表現できない。お腹が無性に寂しくて、辛いと泣いているようで、もしかしてこのままでは死んでしまうのでは? とさえ霊夢は思った。
突然の出来事に目を白黒させるが、どうにもならず。そのまま畳の上にうつ伏せに転がった。体が鉛のように重い、思った通りに動かない。そこまで感じてようやく状況を把握した。
きっとヒダル神とか、餓鬼憑きの類だ。この手の憑き物は何か一粒でも良いから食べ物を口に入れるか、手に指で米と書いて飲めば治ると相場は決まっている。
だが、霊夢は手でお腹をさすっていた為、うつ伏せになった折に自分の体で右手を下敷きにしてしまっていた。体がうまく動かずどうにも引き抜けそうにない。
左手は辛うじて動けたが、手の届く範囲に口に出来そうな物も無い。畳を引っ掻いても無意味。霊夢はそこまで理解してしまうと右手を引き抜こうとなんとか体を揺すってみる。
「何してんだ、ツチノコの真似?」
声が聞こえ、霊夢が頭を少しずらして見上げると、魔理沙が箒片手に立って見下ろしていた。
「あ……ちょ……ない」
ちょっと食べ物くれない。と言いたかったが、お腹も喉も上手く動かず、声にならない。霊夢は金魚の用にぱくぱくと口だけ動かした。
魔理沙はきょとんとする。霊夢も伝えようと必死に藻掻いて見せる。
「今ちょっとツチノコになりきってるから邪魔しないでくれない。とか、そういうことか」
違う。馬鹿にしてんのか。
「……がう」
「怪奇、吠えるツチノコ現る?」
もうだめだ。霊夢は呆れて魔理沙の方を見るのを辞めた。
「うーん? あ、そうだ、今日は面白い物を持ってきたんだ。昨日、本をめくってたら満腹という名の護符があると知ってな。乾燥させた茸の梅酢漬けなんだけど、味見するか?」
霊夢は再び魔理沙を見上げた、茸なら食べられるだろう。霊夢は苦しいながらも笑って見せた。
怒ってる様にすら見える引きつった笑いだったが、魔理沙は喜んでいると解釈した。
「気に入ってもらえそうで何より、結構自信作なんだ。よしよし、ツチノコ霊夢も食べてくれ」
魔理沙は霊夢の前に酢漬けの茸を置いた。平べったく切られた茸は形のいい松茸の様に傘は小さく足が長い種の様だ。
霊夢は何とか左手でそれを摘むと口に放り込んだ。口に酸っぱい味わいが広がる。お腹が空いているからか、縁ある神聖な食べ物かと思うくらい神秘的に感じた。その前の屈辱を味わっていたが。
「おおぅ、意外と器用なツチノコだったんだな」
「……ふー。ちょっとはおかしいって気づきなさいよ、助かったけど……」
忽ち体が軽くなった霊夢は、むくりと起きあがると、ため息混じりにお茶を用意しに奥へと入っていった。
魔理沙はよくわからない、という顔のまま取り敢えず座卓に着いた。
霊夢は痺れている右手を軽く振りつつ、お茶を二つ用意し座卓に出すと、魔理沙が先ほどの茸の酢漬けが詰まった瓶を真ん中に置いた。
作った朝食は一先ず厨に取置にした。
「気に入った様だからな、売ってやってもいいぞ」
「だれがこんな物。さっきは餓鬼か何かに憑かれてたのよ」
「餓鬼? なんだ、それで倒れていたってわけか。餓鬼なんて珍しいなぁ」
「家の中で憑かれるとは思ってなかったわ。峠とかによく出るんだけど」
「実はただお腹が空いてるだけで倒れてたんじゃ無かろうな」
「そんなわけないでしょ。それよりこの茸は何なのよ、本当に餓鬼とか避けられる護符なの?」
「いやな、昨日見た本にひもじい様という餓鬼憑きに似たのがいて、それを避ける御守りとしてこの満腹を使っていた」
「小説ねぇ、まぁ何でも食べ物が有ればいいんだから、普段は食べ物と思わない位の物を持っていた方がいいのかしら」
霊夢は無断で瓶のふたを開けて一つつまむ。
冷静に味わうとそんな美味しいものでもない。梅の酸っぱさと茸の臭いが、絶妙にかみ合ってない。
「自信作って言う割にはそんな美味しくないわね」
「勝手に食うなよ。これで助かったのに、あんまりだ」
「正直な感想を言ったまでよ、もうこんなのに頼らな―――」
急に冷や汗が出て、霊夢は息を呑んだ。再び襲いかかる空腹感に思わず机に突っ伏した。
「くぅ、な、また……」
「また餓鬼か?」
霊夢は再び瓶に手を伸ばす。
「まいどあり」
「ぐ、分かったわよ……」
一つ摘んでから、手に米と書いて飲めば良かったと後悔した。
「とにかく、餓鬼除けの札は効いてるみたいね。餓鬼避けなんて寺のやることだけど……」
霊夢は回復すると手早く餓鬼除けの札を縁側の柱に貼った。即興だったが効果は有ったらしく餓鬼には憑かれなくなった。
「しかしまあ神社に餓鬼とは、いよいよ博麗神社危うしということか」
「うーん、昨日までは何でもなかったんだけどね」
「一夜の内に越えちゃいけない一線を越えてしまったとか」
「どんな一線よ。でも原因が分からないとなぁ」
「霊夢なら払ったり出来るんじゃないのか、ぼかすかと」
「出来なくは無いと思う。でもあれは多分無縁仏だから、ちょっと気が引けるのよね」
霊夢は座敷から縁側を覗きつつ、細々とした声で言った。
「餓鬼って餓鬼道に落ちた奴じゃないのか?」
「取り憑いて空腹感を煽るのは大抵、客死した奴なのよ」
「特に悪い事したってわけでもないのか」
「ダリ神とかヒダル神なんて呼ばれたりもするしね。峠や辻によく出る怪異。まあ仏教の餓鬼と全く関係がないとも言えないのだけど……」
「山越えとかで餓死した旅人か。それで取り憑かれると腹が減るんだな、動けなくなるとは恐ろしい」
「何か口にするか、手に米って書いて飲めばいい。明確な対処法がある分、避けやすいけどね」
「霊夢が言っても説得力無いな」
魔理沙は霊夢の横をすり抜けて庭に出た。
境内は鳥の声も木々の揺れる音も聞こえず妙に静かだった。天気もいつの間にか陰り始めている。
その気配に嫌な感じを覚えつつ、霊夢は餓鬼がでた理由を考える。
「立地的には博麗神社も出ておかしくない所ではあるけど、それ以前に……」
霊夢がそこまで言うと、魔理沙が突然うずくまった。深く息を吸って、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「これは、なかなか……」
「まさか、また餓鬼?」
「ふう、こりゃ中々辛い物があるな」
霊夢が慌てて酢漬けキノコを持って駆け寄るが、魔理沙は手に米と書き飲むことで回復していた。
そのまま猫の様にひょいと縁側に上がり客間に戻る。
「あんた意外と人の話聞いてるのね」
「意外とは何だ。魔法使いの耳は商売道具みたいなもんだぜ」
「こそ泥じゃなくて?」
「うるさい、身体が資本ということだ」
「ふーん。でもこのままだとうち商売上がったりね。厄介だけどちょっと探してみるかなぁ」
霊夢は苦笑いしつつ口の中に酢漬けの茸を放り込み、庭に出た。
これで憑かれるのを防げるのか分からなかったが、対処法から考えると憑かれてもすぐ追い出せる。
魔理沙も真似して口に酢漬けの茸を入れると霊夢の後を追った。特に憑かれる事もなく、参道の辺りを見回す。
雨の名残は以前として残っており、地面も草木も濡れて、時折滴る水が葉を鳴らしている。
「こうして見て耳を澄ます分には乙なもんだな」
「茸が無ければ雨上がりの臭いも感じられたかもね。それにしても餓鬼が居る気配が全然ない……」
霊夢は木陰やが縁の下を見て回ったが、しゃがみ損だった。
「見える所に居ないわね……元々黙視できる様な奴じゃないけど。それにしても気配もないなんて」
「じゃあ餓鬼に詳しそうな奴を呼んでこようか」
「詳しそうな奴なんて居たっけ」
「まあ、私に任せておけ」
魔理沙は拳で胸を叩くと、箒に跨がって飛び上がり、彗星のごとく何処かへ行ってしまった。
霊夢はそれを見送り外の空気を楽しむと、ひとまず座敷に戻った。
厨に行き実質昼食に成り代わっていた朝食を持ってきて食べた。
「ただいま」
霊夢がお茶を淹れ一服をじっくりと堪能した頃、魔理沙が誰か連れて戻ってきた。
「案外早かったのね。誰連れてきたの?」
霊夢が座卓の上に身を乗り出して魔理沙ごしに居る人物を見た。
「こんにちは、お元気ですか」
ブロンドの様で頭部につれ淡い紫になる長い髪。それををお辞儀で揺らす。聖白蓮だった。
淑やかににっこり笑うと、丁寧な動作で座敷に上がる。
「勝手に上がって……餓鬼に詳しそうって、こいつなの」
「餓鬼避けなんて寺のやること、だろ」
「困ったときはお互い様ですし」
霊夢は納得行かないと言うように腕を組んで顔をしかめた。
「どうにかできるならこの際何でも良いけど」
白蓮を座らせると、霊夢は神社に出た餓鬼についてを話した。
憑かれると空腹に成ること、今日になって突然出てきたこと、探しても気配がしないこと……。
「なるほど……他に昨日や一昨日は何か変なことは有りませんでしたか?」
「うーん」
「霊夢、関係ないと思うがあれも言っておいたらどうだ?」
魔理沙が眼前に人差し指と親指の丸を作った。霊夢はそれを見て思いだし、小物入れに仕舞っていた件の五円玉を白蓮に見せた。
「昨日外の世界のお金拾ったわよ、五円玉って奴ね」
「ああ、確か図柄が素晴らしい貨幣ですね」
「やっぱり何か画もあったわよねこれ……」
「稲が農業を、穴の周りの歯車が工業を、そして下の線は海で水産業を表すそうですよ。豊かさを象徴したような貨幣です」
そう言いつつ手の五円玉をまじまじと見る白蓮だったが。
「あら、何も図柄が無いですね……」
言ったような物は全く描かれていない。
「な、変な事だろう」
「本当は五円玉じゃないのかもしれないし、私はあんまり気にしてないけどね」
霊夢は五円玉を白蓮の手から取ると小物入れに再び仕舞った。
白蓮も仕切り直しと背筋を伸ばす。
「五円玉はまだ分からないですが、餓鬼の方は無縁仏の類かと……」
「そこまでは分かってるのよ。でもおかしいわよね」
「その前にさ、無縁仏の餓鬼とそうじゃない餓鬼は違うのか?」
魔理沙は手を挙げて聞く。白蓮が唇に指を付け、答えた。
「違いますね……餓鬼はかなり解釈が割れる存在ですから、仏教内でも扱いが違うんですが……。
良く聞くのが強欲で、他人の分まで物を奪ったり食べたりした人間が餓鬼道で生まれ変わった姿。ですかね」
「餓鬼にも種類が居て、それぞれ苦が違うって考えもあるのよね。食べようとすると食べ物が火になって食べられないとか、食べられるけどいつまでも満たされないとか」
「ふうん、私の餓鬼のイメージと言えば、食べて食べても満たされないハングリーモンスターかな」
「仏教でも無縁仏を餓鬼扱いする事もありまして、よく聞く施餓鬼がその供養のための法会です。でも確かに憑くような餓鬼が出た、というのは引っかかる……」
「うん? 霊夢も言ってたが、そんな気になるかな」
「幻想郷に旅人なんてまずいないでしょう。餓死する人が居たとしても、里の中なら全くの無縁扱いは無いだろうし」
魔理沙は拳で手の平を打った。
「あぁ。外来人が餓死するって状況はあんまり無いか。餓死する前に妖怪に摘み食いされちゃうかもしれん」
「絶対にあり得ない訳じゃないですけどね……」
白蓮は困ったように笑うと、立ち上がった。
「何処行くの?」
「私も一度探します、境内の中に原因が有るのは間違い無いでしょう。ここ以外で餓鬼が出たなんて聞いてませんから」
霊夢と魔理沙は再び酢漬け茸を口に含んだ。二人は白蓮にも勧めたが、結構ですと断られた。
三人で縁側に出ると、先ずは縁側から降りて神社を沿うように一周した。
霊夢達は一度自ら見回っていたので、白蓮の後をゆっくり付いていく。
白蓮は歩を進めつつ、屋根やら石畳やらをじっくり見ていった。律儀にも拝殿前を通るときは賽銭を入れ、礼してから前を通る。
「あんたは憑かれないのね」
「僧は霊媒体質ではないですし。むしろ経が染み込んでいて霊の類は憑きにくいのかもしれません。それに……気配も無いですしね」
「本当に居たのか分からなくなってきたな」
「そんな馬鹿な……」
再び元の縁側辺りまで戻ると、成果が無くて霊夢も魔理沙もげんなりした。
一方で白蓮はそんな憮然とした態度は見せず、辺りを見回す。
「あ、これは……」
「何か見つけた?」
そうして不意に髪を揺らし、石畳の上でしゃがみ込んだ。霊夢と魔理沙は肩越しに白蓮の目線の先を見る。
「なんだそれ、穴か?」
石畳に穴が空いていた。長方形の石畳に一寸程のそれは、削られたように荒い表面で、いかにも地道に穿ちましたと訴えている。
それなりに目立つ程だが、霊夢はその穴に全く見覚えが無かった。
「私こんな穴知らないわね。少なくとも昨日見たときには無かったはず……」
「とにかく、この石畳は新しくした方が良いですね……」
「このくらいなら放っておいても良さそうだけど」
「放っておくと餓鬼が寄りますよ」
そう言われると黙るしかない。霊夢は不明朗な感を飲み込んで、神社の裏手へ向かった。
穴が空いた石畳は切り出した長方形。一つ一つは大きくも厚くもなく、埋まってると言うよりは、地面に押し込んであった。
時折意図せぬ弾幕ごっこやらで破損するので、多少の予備も備蓄済み。それだけ石畳の破損も在ることだ。
霊夢は石畳を両手でしっかりと持ち、低めの高さで運んだ。落として割ったら勿体ない。
そうして霊夢が戻ると白蓮が今度は屋根を見ていて、魔理沙が指示を受け瓦を動かしている。
「今度は何してるのよ」
「屋根の瓦がズレていたので、ちょっと修理です」
「おう、確かにちょっと位置が変だった。壊れてなくて幸いだったな」
「もしかしてあんたって凄腕庭職人だったりするわけ?」
霊夢は新しい石畳を穴の空いた石畳の横にぞんざいに置いた。そう言えば、何時だったかこの位置で水が垂れる音がしていたような。
ふと思い出したが、思い出しただけで修理してもらえればそれでいい。霊夢は石畳を引っこ抜く作業に移った。
石畳を取るのに悪戦苦闘している霊夢を尻目に、白蓮と魔理沙は瓦の作業を終えて、今度は低い木の茂みの方に進んで行った。
そのまままだ湿っている枝葉をもろともせずに付き進む。その服装を全く気にしない歩みに魔理沙はぎょっとして付いて行けず、霊夢の元に一足先に戻る。
「濡れて風邪引いたらたまらん」
「ちょっとー! あんまり枝折ったりしないでよね」
手元に力を込めつつ霊夢が白蓮に声をかけた。
「ええ、でもこの辺に……おそらく」
白蓮は汚れるのも気にせずに、しきりに地面の方に手を伸ばしていた。枝を折らないように二三度勢いを付けしなやかに手を伸ばすと、何かを掴み霊夢の前に戻った。
子供のように土のついた拳を二人に突きつける。
「何?」
「これが一つの犯人。いや、要因ですかね」
白蓮が開いた手の中に在ったのは、変哲も無いただの小石だった。
「ただの石じゃないか」
「どりゃっ、と……もしかしてそれって雨垂れ石?」
ようやく石畳を引っこ抜いた霊夢は、バランスを取りつつ言う。
「雨垂れ石って、雨が地面を穿たないようにって置くあれだろ」
「ええ、この下には餓鬼が集まると言われているんですよ。もっと言うと雨垂れが石を穿つのは餓鬼の仕業とも……」
「ふーん、何でか良くわからんが……」
「餓鬼は雨垂れなら飲めるという考えがあるんです……雨垂れ石は言わばそれを防ぐ一種の神仏的存在なんです」
「それが無くなったから、一晩なのにこんな穴が開いちゃったわけね」
白蓮は頷く。
「一体誰が雨垂れ石を動かしたんだろうな……」
「うーん、動かした覚えがないけど。気づかない内に蹴っ飛ばしちゃったのかしら」
「神社に物恨みある人物の仕業、かもしれませんね」
「怨みが無くても倒壊させられる神社だしな……ん?」
霊夢と魔理沙の脳裏に昨日の情景が過る。
「あれ、確か魔理沙……」
雨が降る前に、神社を吹き飛ばしてみようかな。とか言って暇そうに小石を蹴っ飛ばした奴が一人。
魔理沙自身、思い出した様で苦笑いを見せる。
その苦笑いに霊夢は石畳を振りかぶって応えた。
「ま、待て! 話せば分かる!」
「あんたねぇ、余計な石畳まで出させて……」
「まぁまぁ! まだ解決したわけではないですし……」
白蓮の言葉を聞いて霊夢も心を落ち着け、石畳を地面に降ろした。魔理沙も胸を撫で下ろす。
「そもそも気配が見えない理由が良く分からないわね」
「それについては博麗神社の性質があるのかなと。雨垂れ石にもう一つ俗信があって、下は三途の川や地獄に繋がっているって話もあるんです」
「三途の川から餓鬼が来るのか? 変な話だな」
「雨垂れ石は案外俗信が多いんです。餓鬼も俗信が多くて紛雑としていますね」
「三途の川というより、身近に思う異界に繋がるってことでしょ。
地獄にせよ、不思議な国のなんたらも、おむすびなんたらも、地面の穴は人が思い描く何処かに繋がってるわ」
「ふむ、じゃあ神社に繋がっているって思う異世界的な場所。と来れば……」
「外の世界ね」
三人は雨垂れ石を見つめた。
「外に居た餓鬼が幻想郷に在った雨垂れに気づいて、境界の上に乗っちゃったのね。
正規ルートでも偶然でも無いから、おかしな状況になってる……外から見て非常識的な面だけこっちからは分かるのよ」
「障るような所しか見えないのか、ちょっと便利すぎるぜ」
「餓死して死んだ人物自体は外からしか見えないのでしょう。でも此方からだって供養は出来ると思います。それで解決ですね」
「うーん。ある意味こっちにもあっちにも居ない様な奴でしょう。どうすんのよ」
「お経は無理でしょうが、棚なら何とかなるかと」
「棚って……もしかして、餓鬼棚を作るの? 神社なのに?」
霊夢は目を丸くして聞き返す。白蓮は黙って頷いた。
「餓鬼棚? 神棚みたいなもんか」
魔理沙は帽子を弄りつつ聞く。
「先ほど言った施餓鬼という法会で使う棚です。本当はお盆にやるんですけどね」
「私も詳しくないけど、餓鬼棚の上の物は餓鬼も食べられるのよね」
「餓鬼に施すって事か。何か上から目線だな」
「そんな事言っても……。まあ他に良い方法もないし、賛成。でも少し食べ物集めてきてくれない? 米とかはうちにあるけど」
「仏さんにやるんだしな、ちょっと採って来てややるよ」
「良い心がけです。あと、餓鬼避けの札を貼ったなら雨垂れ石はもう置かなくて良いですよ」
魔理沙と白蓮はお供えになりそうな物を取りに、一先ず神社を離れた。
霊夢も石畳に新しい石を敷入れると、神饌を仏に供えるのもどうかと思い、取り置きの酒や米を用意した。
米は今朝に夜の分まで炊いていたので丁度いい。
桶に入れて供えると白蓮に言われたので深めの一尺半程の桶を引っ張りだし、洗って準備する。
直ぐに魔理沙達も戻って来て、エリンギ・椎茸・舞茸・春菊・人参・白菜・蕪等が集まった。
言うまでもなく菌類が魔理沙の持ってきた物だ。
見栄えを考え米を一番下に敷き、野菜やきのこを上手く桶の中に並べた。
「なんつーか、鍋みたいな色合いになったな」
「お盆の時期はきゅうりとか茄子が有るんですけどね」
「この時期にこんなもん作るから……」
「まあ、こいつを入れればちょっとは華やかになるかな?」
そう言うと魔理沙は帽子の中から一房の葡萄を取り出した。
赤を帯びた紫色の小粒の葡萄は立派で、少しだけ雨滴が残っていて美しかった。
「あ! それが言ってた葡萄ね、確かに見事な一房……ちょっと食べていい?」
「何言ってんだ、餓鬼に供えるために持ってきたんだぞ」
「む、半分位貰っても良いじゃない。迷惑料って事で」
「あんまりがめついと、死んだ後に餓鬼になりますよ」
「死んだ後のことは、死んだ時に考えるからいいの」
白蓮はため息混じりに無視して葡萄を一番上に置くと、縁の下に桶を入れた。
「私の葡萄が……」
「なんでお前のになってる。で、そんな所に置いといていいのか?」
「餓鬼棚は目立たない所に置くのが普通です、一応笹竹で四方に区切りをつけて……」
言いながら白蓮は四つん這いになり、桶を奥に押しこむ。続いて桶が囲われる形になる様四方に笹竹を挿した。
「完成ですね」
「それだけで良いのか?」
「案外お手軽」
「お経も読むんですが、効果が期待できなさそうなので……。それに元々特別な手順は要りません。問題は供養する気持ちがあるかどうか、だと私は思います」
白蓮は立ち上がって服を軽く叩くと、ニッコリと笑った。逞しいと思いつつ、霊夢と魔理沙も笑って、三人で座敷に上がった。
「後は待ってればいいのよね」
「少しすれば、お腹も満たされて成仏出来るでしょう。一日で石畳を抉る程の力があるなら、すぐ気がつくでしょうし」
「一安心だな。でも外の世界でも餓死する奴って居るんだな。随分便利な世らしいと聞いていたけど」
魔理沙はキノコの酢漬けを摘みつつ言う。
「それが外の世界では最近、餓死する人が増えているらしいですよ」
「飢饉とかかしら?」
「むしろ世に食べ物が有り過ぎて捨ててるそうです」
「訳がわからんぞ」
「まあ、元々客死で餓死するってのは見知らぬ土地で食べ物が無くなる事だから、移動してたら食べ物が足りなくなったんでしょ」
「それが餓死する方は見知った自分の家が多いらしくて……」
霊夢も酢漬け茸を摘みつつ、首を傾げる。
「じゃあ、どういうこと?」
「食べ物が有るから誰でも食べられる。というわけではありませんからね」
白蓮は摘まれていく茸の瓶を見ていた。
「分かんないわね。食べ物もあって、見知った土地なのに、何で餓死しちゃうのよ。お金が無いってこと?」
「確かにお金があれば基本は餓死はしないでしょう……でもお金が無くても食べ物を手に入れる方法は無きにしも非ず……」
それを聞いて魔理沙腕を組みひっそりと唸ってから、閃いた。
「分かった。無縁仏ってのが重要なんだな。縁が無いんだろ」
「うーん、縁?」
「手元に食べ物や金を持って居なくても、縁があれば普通は餓死しないって事だ。朝の霊夢だってそんなもんだろ?」
霊夢は靄がする頭の中から朝の記憶を辿る。今朝、餓鬼に憑かれて助かったのは……魔理沙が茸の酢漬けを持ってきてくれたからだった。
なるほど、ああいう状況ではお金があるとかは関係なかった。魔理沙が持ってきたあれを縁と言うならば縁に助けられた、と言うべきではある。
「そういうことです。逆もしかり、幾ら食べ物に溢れていても、誰にでも手が届くとは限りません。餓死するかも、となれば大抵は親族とか、最悪隣人に助けを求めるとか……して良いんですけどね。
それが気持ちの面や、親縁関係で助けを求められなかったり、気付かれなかったりするのでしょう。それが外の世界で餓死者が出る原因です」
白蓮は茸の瓶から視線を外した。
「なんか想像付かないわね、身近な人が餓死しそうなのに気づかないなんて」
「外の世界には外の社会の事情が有ると思います。ただ、餓鬼になったという事は成仏もままならぬ人生だったでしょうね」
「世の中恨んでそうだわ。ちゃんと成仏してくれるといいけど」
「でもさ、外の世界は食べ物たくさん有るんだろ? 無理に強奪とかしないで、我慢して死ぬ覚悟みたいなのはあったってことじゃないか?」
「状況を生み出した自分を責めていたのかも知れませんね。こういう方こそ、仏の道に入っていればきっと良き大徳になっていたでしょうに」
白蓮は残念そうに息をつく。
「私達憑かれたんだけど……そういう人こそ、現世益が無くちゃいけなかったのかもね」
「現世を欲にまみれた目で見ていては、正しい事なんて出来ません。本当に大切なのは眼前に囚われる事の無い自身の心でしょう」
「宗教談義は今しなくて良いだろ。そろそろ見に行ってみないか?」
面倒そうに言う魔理沙の言葉に、二人も頷いて餓鬼棚の様子を見に行くことにした。大して時間も経ってもいなかったが、外に出ると先ほどより増して湿った空気が三人の間を抜けた。
白蓮が再び四つん這いで縁の下に潜り込み、桶を引っ張り出す。その桶を見て霊夢は思わず肝を潰した。
「やっぱりこの餓鬼は悪い奴じゃなかったんだよ」
魔理沙がにやついた笑いを見せる。桶には米・茸・野菜、それに葡萄も綺麗に残っていた。綺麗に、半分だけ。
「聞こえてたのかしら……」
「亡くなっても、死ぬ前に持っていた心は亡くして居なかった様です」
白蓮は桶を持ち上げ霊夢に手渡した。ずしりとした重みが手に伝わる。
「餓鬼が残したんなら、もう食べても文句は言わんぞ」
「施餓鬼で餓鬼に施されるなんて……」
霊夢が桶を見て不思議そうに言ったところで、ぽつりと桶に水が落ちる。
雨だった。きょとんとする間もなく頭に落ちて来る粒は、勢いを増すのが瞭然だった。
「あら、降ってきましたね……」
「またか、んじゃ帰るかな」
「ちょっとまって。もうちょっと上がっていって欲しいんだけど」
霊夢が引き止める。
二人は顔を見合わせつつも、座敷に上がった。
それに続いて雨戸を閉めて霊夢が上がる。
「んで、何かすることがあるのか」
「こんなにいっぱい一人じゃ食べられないわよ、残しておくのも嫌だし。ちょっと食べてってよ」
「お酒以外の少しなら構いませんが……」
「そんなことならお易いご用だ」
流石に全部生で食べるわけにも行かないので、三人で厨に立ち、切ったり煮たり焼いたり適当にして大きめの皿によそると座卓に並べた。
三人も居ると手早く捌ける。
「さあ美味そうだ、いたたぎまー」
「待った」
蕪の煮物を掴んだ魔理沙の箸が、霊夢の言葉で止められる。
「なんだよ」
「もう一回餓鬼にお供えしたいんだけど」
「も、もう一度ですか?」
「私が置いてくるから、ちょっと待ってて」
霊夢は桶の中に小皿でいくつかの料理を並べた。
雨戸を一人分開け外に出ると、四つん這いになって縁の下に潜り、笹竹の残る先程の場所に桶を押しやる。
神社の縁の下は当然暗く冷えている。でも霊夢は少しだけ落ち着くような、そんな気もした。
手早く戻すと、直ぐに座敷に戻った。
「もう成仏したんじゃないのか」
「してるかもしれないけど、念の為」
「さては餓鬼の為に何かしたくなったんですね?」
「そんなんじゃないわよ、ただ……」
霊夢は微かに付いた雨の滴を払い席に着く。
餓鬼棚の物を調理している間、霊夢は餓鬼について考えた。
神社の餓鬼が外の世界の餓鬼というのは間違い無いだろう。
外の世界で縁が無さすぎて餓死した。これも相違ない気がする。餓鬼に憑かれた時、お腹に感じた寂しさは唯の空腹を超えるものが有った。
そして魔理沙の言うように食べ物は道理に反すれば自力で得る事は出来たはず。それをしなかったのは、白蓮によれば理性があったから? でも本当にそんなに強い人間だったのだろうか?
ならば何故餓鬼になってしまうのか。外道な行いをして死後人に在らざるモノになる。と言うならまだ分かるが、その逆だ。
理性を持って亡くなった。ならきっと、餓鬼に成った理由は空腹では無く心的な事だ。
もしかしたら、自分だけでは手に入らない縁にこそ飢えていたんじゃないだろうか。
その飢えが人を餓鬼に変えてしまうのかもしれない。
だからこそ、施餓鬼という気にかける行事が餓鬼成仏に繋がるのだ。
今回の様に全くの無縁で死んでしまったのなら、こうやって施しを貰えることも確かに嬉しいかもしれない。
でも、けれど。それを縁と呼ぶにはあまりに一方的で、あまりに寂しい。
わざわざ半分残すのも、有難いけど私が残せと言ったからだろう。何か気に入らない。
せめて一緒に何か食べる位の縁だったら、負い目も権高も無く、良かったと素直に言える気がする。
餓鬼も私も。
「ただ、皆で食べたほうが美味しいと思っただけよ」
それを聞いて白蓮も魔理沙も笑って箸を手にした。
暫く談笑しつつ食べていたが、帰ったら用意してくれている物があるからと白蓮は控えめに口にしただけで帰った。
白蓮が居なくなると霊夢と魔理沙は酒を呑み始め、気分が乗ると餓鬼棚に無かったものも出て来る。
小宴会の様になり始めた。
「縁って、有りそうで無いもんなんだな」
「逆だと思うけどね、袖振り合うも他生の縁って言うし」
霊夢は小さい七輪で椎茸を焼きつつ応える。
「じゃあ餓鬼は何で出ちまったんだ」
「縁ってのは、結んだり切ったりは自分でしなきゃ成らないんじゃないの。あんたはそういうの得意そうだけど」
「そうか?妖怪に好かれるお前には負ける」
「勝った気しないわ」
酔の回りつつ有る手でお猪口を傾けつつ、魔理沙はぼんやり霊夢の小物入れに目を移す。
「そういや五円玉はどういう経緯で来たんだ」
「あんたが雨垂れ石を蹴っ飛ばしたからでしょう。あれこそ餓鬼が外の世界から来たって示す証拠よ」
「ははは、やっぱりそうかな? でさ、図柄が無くなってたのはどう思う」
「どうって……あれは偶然じゃないの。境界に変な形で乗り上げたから、どうなってても不思議じゃないし。餓鬼が常識非常識で見える所が違うって言ったのも、本当は違うかもしれない」
七輪の火を見つつ、霊夢は続けた。
「理由があるとしたら餓鬼みたいに、幻想郷と外の世界で見え方が違うって事だろうけど……」
「そうだよな、だとすると稲も歯車も海も……外の世界からは見えるのかな」
「でも常識と非常識で言ったら、文字は外でも幻想郷でも普通に読める物だし。あっちでは普通に見えそう」
「いや、銭自体がこっちで見えるなら外からじゃ何も見えなかったりして」
「そりゃーないんじゃない」
「いやいや、穴がこっちに在るならむしろ存在しない穴の部分だけ見えるかも」
「それは幻想郷でも外の世界でも非常識的な考えでしょ」
「ごえんってのは常識では計り知れないって事なんだなぁ」
不敵に笑う魔理沙。霊夢は結構酔ってるなと思いつつ、椎茸の傘に醤油をかけて食べた。
雨が弱まると、魔理沙も帰ることになったが、その頃には二人共それなりに酔って満腹状態。
二人で昼間から酒は良くないと後悔。簡単に後片付けをして魔理沙がふらふら箒で飛び立った。、
霊夢は縁の下が気になり始めたが、満腹状態が祟り這い蹲って縁の下に入るのはどうにも億劫。
休憩がてらぼーっとしている間に居眠りしてしまい、日が落ちる。
起きたのは夜中で結局その日は確認できなかった。
翌朝。
未だにぐずついた天気の機嫌は変わらず、降っては止んでを繰り返していた。
霊夢は朝食を済ませると、雨戸を少し開けて外を覗く。雨は音を絶やさない程度に降っている。
―ぴちょん―
音が聞こえて、霊夢は目をやる。昨日穴が空いていた所の僅か一寸程左、雨垂れが石畳の上にぽたりぽたりと落ちていた。
「……全然直って無いじゃないの」
呆れつつ、縁側から降りて餓鬼棚の置いた場所に近づく。
地面も少し水を含んで居たが、桶は外用の物ではない。霊夢は我慢して縁の下に潜り込んだ。
お払い棒も駆使して桶を引き寄せ、外に引きずり出す。
小皿の上の料理は無くなっていた。今度は綺麗に、全部。
それを見て心につっかえていた物が流れるのを感じ、霊夢は拝殿の方に向かった。
心地よい雨音に耳を澄ませ、賽銭箱を前にすると、一昨日拾った五円玉を取り出した。
この五円の図柄が無くなっている理由は結局よく分からない。偶然だと思う。
でも白蓮の言うには、図柄には豊かさの象徴が描かれていたらしい。
もし常識と非常識がそれを分けたと考えるなら、この五円は外の世界が豊かだと示している。
もしくは――
「外の世界はご縁も無いし、先も見通せないってことかしら」
悪戯に声にしてみても、雨音の他に答えが返ってくる事は無い。
縁と言っても色々あるが、流石に非常識と思われてはいないだろう。そんな事はわかっている。
もし縁を非常識と思う奴が居るとしたら……あの餓鬼の様な奴。
……やっぱり偶然こういう分かれ方をした。そう思っておこう。
霊夢は決別とばかり一瞥してから、五円玉を賽銭箱に放り投げた。木に当たる音が二三度響く。
「良いご縁がありますように」
雨降りの神社には、一つまた一つと石に雨が弾けていく。
霊夢の見た石畳はもう抉れてはいなかった。
(了)
取り敢えず今作も面白かったです。
度々思うけど魔理沙は茸中毒にならないのかな?
供え物がほぼ茸って...
魔理沙のポリシーでしょうね。
では失礼いたします。
こういった雰囲気の話をまた読みたいものです
ことやかさんの中で世界がしっかり根付いているのでしょうね
こういう幻想郷を感じられる話はとても好きです
ありがとうございました
ブロイラーに縁は無い。
小さな出来事をすっきりとまとめるという、地味だけれど簡単ではないことがきっちりされている印象でした。
改めて縁というものについて考えさせられるお話でした。面白かったです。
復帰をお待ちしてます。
ことやかさんの作品大好きなので復帰を楽しみに待ってます
いいね!
少しナイーブな霊夢もなかなか可愛らしい。
→目視
「仏さんにやるんだしな、ちょっと採って来てややるよ」
→来てやるよ
神社の縁の下は当然暗く冷えている。でも霊夢は少しだけ落ち着くような、そんな気もした。
手早く戻すと、直ぐに座敷に戻った。
→手早く戻す?桶(棚)は朝までほったらかしのはず?
せつないような、暖かい。