Coolier - 新生・東方創想話

鉛筆削り

2013/11/07 01:34:29
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 早苗は、ちゃぶ台に向かって背を丸め、眉間にしわを寄せながら、慣れない手つきで小刀を操り、鉛筆を削っていた。霊夢は庭からその様子をじっと見ていた。手に持つ竹ぼうきの先が宙に円を描いていた。
 木片のそがれ落ちる音が響きわたっている。霊夢は手を休め、じっと早苗の背中を見ていたが、おもむろにため息をつき、声を投げた。振り向く早苗はまばたきをしている。
「いつまでやってんの」
「すみません。でも、やめ時が分からなくって」
 半ば涙を交えている。霊夢はあきれかえり、ほうきを立てかけ、大股で上がりこみ、親指ほどの鉛筆を早苗の手から奪い取った。にらみつけると、小指の爪先ほども芯がとび出している。ひっくり返すと、逆にほとんど見えない。
「ダメよ。片削れになってるじゃない」
「芯が折れちゃうんです」
「力入れすぎなんでしょう。ちょっと貸しなさい」
 霊夢は言いながら小刀も奪い取り、あぐらをかき、鉛筆を削りはじめた。早苗に比べれば慣れた手つきで、片削れの面を何度かなぞった。芯の長さはそろったが、先が丸くなってしまう。
 早苗は渋い顔を作ったが、霊夢は自慢げに鉛筆をつき出している。
「どうよ」
「どうって」
「これでいいでしょう」
「だって、丸いじゃないですか」
「そんなこと。気になるの?」
 今度は霊夢がまばたきをした。早苗はうなずきながら、霊夢から鉛筆を返してもらい、しげしげと見つめた。小刀の柄を握り、しばらく当てる真似をしていたが、結局やめにしてしまった。
 ため息をつきながら、横目に座りなおす霊夢を見た。
「まさか霊夢さんが、こんなに適当だとは思いませんでした」
「なにそれ。たかが鉛筆じゃない」
「だって、これしか書くものがないんですよ」
「じゃあ、うちの筆貸してあげようか」
「そんな、毎日墨をすってられるほど余裕があるわけないじゃないですか」
「むしろ、そんなに毎日書くことがあるのが驚きだわ」
 霊夢が笑いだしてしまったので、早苗は立ちあがり、小刀を返して席を立った。
 晩夏の風に身をさらしながら鉛筆を握りしめて飛ぶ空は、明々と焼ける西日でまぶしい。下を向いていると、森は焦げ色づいていた。夕立が来ることも減り、西寄りの風も多くなってきた。ぎゅっと身を縮こませながら、早苗は一路山を目指した。
 つきたつ魔法の森を抜けると、まばらにハゲが残る、なだらかな斜面が広がっている。そこに小屋を見つけ、早苗はすこしとまどいつつ、緩やかな弧を描いて高度を落とした。地面が近づくにつれ、風がたたきつけるようなものへと変わっていく。両の手を顔の前にかざして防ぎながら、滑り降り、小屋の前に接地する。軽くスカートを整えてから歩き寄って強く扉をたたいた。
 中から声が返ってきて、乱れた足音が続く。早苗が答えると、声はすこし詰まった。それから、立て付けの悪い扉がきしんで開いた。
「珍しいじゃないですか。どうぞどうぞ。上がってください」
 早苗は促されるままに上がった。そして、あれこれと話しかける文を遮り、頭の丸い鉛筆を見せつけた。
 文は目を白黒させながらも鉛筆を受け取り、ひっくり返しつつ眺めている。
「何ですか。これ」
「削ってもらえませんか」
「はあ」
 生返事をしながらも、文はすぐに小刀を取り出してきて、鉛筆を削った。もとより芯はかなり出ていたから、軸は削らない。芯に対して刃を水平に当て、軽く前後に動かしてとがらせる。瞬く間に鋭角な輝きを取り戻した。
「これでいいんですか?」
「ありがとうございます!」
 早苗は鉛筆を受け取ると、うっとりと眺めた。切り立つ黒鉛の頂に、それをとりまく険しい木の香りに、ついつい目を細めていると、文が小刀をしまいながらあれやこれやと聞いてくる。
 早苗は畳の上に座ったまま、ひとつひとつ答えていった。
 初め、幻想郷に来たばかりの頃は、シャープペンシルもボールペンも使っていたのだが、0.5ミリの黒炭棒もインクもそうそうは手に入らない。そこで、小学校以来ではないかという鉛筆を手に取った。鉛筆も、書きなれてくれば使いやすい。タッチは柔らかく、紙を突き破る心配も少ないし、水ぬれにも強く、にじみにくい。ずっと書いていると手が黒くなるのは洗えばいいと割りきった。むしろ、ジェットインキと違って変色しにくく、安心できた。
 最大の問題は、鉛筆削りが無いことだ。学校で使っていたような電動式のものはもちろん無いし、手回しのものも歯車がすぐに磨り減って壊れてしまう。それで、霊夢のところへ行って削り方を教わろうとした。
 話がここまで来ると、文は急に口を抑えてうずくまり、肩を震わせはじめた。早苗が押し黙って見ていると、そのうち震えは全身に広がっていった。次に文が顔を上げたとき、それは真っ赤だった。しまいに手が口元から離れると、けたたましい声が飛び出す。文は畳をたたきながら、ゲラゲラと笑いだした。
 早苗はすねたような声で、霊夢に罪を押し付けた。霊夢さんがきちんと削り方を教えてくれれば問題なかったのに。
 文はしばらくのたうちまわってから、荒い息を整えつつ座りなおす。まだ顔は赤かった。
「霊夢さんがあんなに雑だと思いませんでした」
「いえいえ、しょうがないんですよ。硬筆は苦手なんですよ。ほら、毛筆ばっかりだから」
 そっぽを向く早苗に向かいなおり、肩を上下させながら、文はつっかえつっかえ霊夢を弁護した。
 霊夢は、隷書こそ上手だが、行書はあまり得意でない。誰に習ったというわけでもないから、そもそもとりわけ達筆というわけでもない。ただ、筆はしばしば手にするから慣れている。一方で、鉛筆で紙に文字を書くという習慣があまりないから、それを責めるのはかわいそうだ。
 早苗はずっとへそを曲げていたが、しぶしぶうなずいた。
「そうなんですね」
「ええ。私だって、あんまり毛筆は得意じゃないんですよ。一応ひと通り教わったので、人並みには書けますけれども」
「見たことないですね。筆を持ってるところ」
「それはそうでしょう。だって、わざわざ筆で書く必要もありませんし、用意も大変ですから」
 文は一旦立ちあがり、台所へ行って茶を沸かしはじめた。早苗は座ったままぐるりと部屋を見わたした。あまり装飾はなく、平坦な壁紙ばかりがはりついている。夕日が差しこんでいて、一面に紅を散らしていた。窓の外で、暗みが徐々に広がっている。濃さを増した山の影を見つめながら、しばらくぼうっと考えこんでいた。
 青い香りが包みこむように広がり、文が戻り、静かに湯のみを置き、横に座るまでの間、早苗はずっと考えていた。文は自分の湯のみを抱えこんで、ゆっくりと息を吹きかけてから、そっと声をかけた。早苗はびくりと背筋を震わせて、振り返った。
「何か?」
 文の問に軽く首を振り、早苗は湯のみを取りあげて茶をすすりあげ、べっと舌をつきだした。それを見て、文はまた噴きだした。
「気をつけてくださいよ。いれたてなんですから」
「先に言ってください」
 湯のみを戻しながら、早苗は文をきつくにらみつけ、ため息をついた。

 しばらく何やかやと話に花を咲かせ、湯のみが空になってから、早苗は鉛筆の礼を言って文の宅を辞した。文はにやにやと笑っていた。
 すっかり暗くなった山を、早苗は飛んで帰った。鉛筆を机に戻してから、慌てて手を洗い、夕飯にとりかかる。あまり大層な料理をする時間はない。幸い、米は朝の余りがあったから、適当な青菜を見繕ってみそ汁をこしらえ、また別に湯がいておひたしにした。
 それを並べて食膳につき、一礼をして取り上げる。時間が経って水っぽくなったご飯を飲みこみながら、ふと霊夢の言葉を思いだす。たしかに、早苗には日記をつけるような習慣もないし、毎日書くような用事があるわけでもない。今日も、たまたま時間に余裕があったから鉛筆を削ろうと思っただけで、急の用事があったわけでもない。ただ、なんとなく鉛筆の削り方くらいと思っていたのに、蓋を開ければこのざまだった。まさか霊夢があんなに飽きっぽいとは思わなかった。早苗は黙々と箸を動かす合間にため息を投げこんだ。みそ汁の表面に波が広がっていき、刻んだ青菜がよろめいて見え隠れする。ひょいとつまみ上げ、口に押しこんだ。
 夕飯が終わり、食器を水につけてしまうと、もうあまりすることもない。歯を磨き、電気を消して自室に戻り、また勉強机に向かった。霊夢と文に削られてずいぶん短くなった鉛筆を眺めてみても、別段使う当てもない。早苗は買いたての鉛筆と、小刀を取りだした。そして、イスを引き、くず入れの上に身を乗りだす。霊夢に言われたとおり、右手で刀を抑え、左手で鉛筆を持つ。背に指を当てがいながら、すこしずつ木に刃を通していく。ガリガリと小気味の良い音が立つ。軸を削りすぎないように注意しながら、すこしずつ芯を出していく。
 ある程度長さがそろったら、軽く鉛筆を傾けて芯をとがらせにかかった。片削れにならないように、芯先に刃を当てていく。ある程度角度を付けないと空振りになるが、角度をつけすぎると軸に食い込んでしまう。ちょっと力を入れると、芯はもろくも剥がれて落ちた。ギザギザの断面を渋い表情でにらみつけ、また軸をすこし削った。
 きれいに削ってみせた文の手を思い出しながら、見よう見まねで挑戦する。二度三度軸に刃を当てていたら、もう3分の1ほど削れてしまっていた。まだ芯が片方に寄ってはいるが、一応先はきれいに整った。
 小刀を手放し、くず入れの周りに散ったおがくずを指の腹で回収する。卓上灯の明かりに透かしてみると、切りざらしの木目がキラリと光っていた。
 早苗は新しい鉛筆と、最初の鉛筆を並べて机の上に置いた。自分が削った方は、すこし芯が出すぎている気もする。だが、鋭角さということでいえば、文のものには勝っていた。
 満足げにうなずいて、早苗は立ちあがり、寝間着に着替えて電気を消し、ふとんに入った。
 暗闇に天井をにらみつけていると、鉛筆を思いだしてしまう。どこか形の崩れているような、やたらと曲線の多い霊夢の文字が浮かんだ。文が書くと、半ば続け字のような崩れた字を書く中学校の先生を思いだしてしまう。
 早苗は右手を中空に掲げてみた。影が見える。すこし荒れて、いくらか筋肉がついたような、自分の手をじっと眺めながら、次々と過ぎ去っていく漢字やひらがなを思い浮かべた。クスリと笑いがこぼれて消えた。霊夢のあきれたような顔、文の意地悪な笑いを思いだして、ちょっと唇をとがらせてもみた。
 手をふとんの中に戻して、遠目に天井を見つめつづけると、四角く組まれた柱が、闇の中に身を泳がせていた。
 小学生のころ、ナイフで鉛筆を削るのがかっこいいと思っていたので、練習しました。中学以来長らくシャープペンシルやボールペンに凝っていたのですけれど、改めて鉛筆を買ってみました。なかなか使いやすいですね。
 たまには鉛筆で原稿用紙を埋めるのも悪くないかもしれません。
 では。

<追記>
 文書改訂(09-Nov-2013)
 文書改訂(12-Nov-2013)
  カッターは危険ですね。刃が負けたり、折れたりしたら大事です。お大事に……
大笠ゆかり
[email protected]
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コメント



0.880簡易評価
3.70非現実世界に棲む者削除
自分は専ら鉛筆使用です。シャーペンは作品のプロットを書くときぐらいしか使いません。
勿論手回しの鉛筆削りですが。
5.80奇声を発する程度の能力削除
私も昔は鉛筆を削って使うのがカッコいいと思ってたなぁ
10.90名前が無い程度の能力削除
センター試験の時、マークを塗り潰しやすくするために、わざと鉛筆の先をナイフで丸くしてたのを思い出した。
11.90名前が無い程度の能力削除
なんで鉛筆削ってるだけなのにこんないい雰囲気の作品になってるんだ…
12.80名前が無い程度の能力削除
小中学校の国語のテストを思い出す文章
13.90名前が無い程度の能力削除
こういう細々したところにこだわったお話も、むしろ雰囲気が出てよいと思います。
14.80絶望を司る程度の能力削除
カッターで削ってたら手を切っちゃったのは良い思い出だなぁ・・・。
19.100名前が無い程度の能力削除
今や鉛筆を削るために十徳ナイフを持っているだけで逮捕される時代ですからねぇ
紙と同じようにどんどん幻想郷へと消えていってしまうんでしょうか
どこかノスタルジックな雰囲気が良かったです
24.90名前が無い程度の能力削除
日常のSS大好きです
これはよい作品
29.90名前が無い程度の能力削除
確かに
「最後に鉛筆を削り終えた早苗の気持ちを書きなさい」
ってテスト問題が出てそうな、余韻の素晴らしさがありますね
30.80名前が無い程度の能力削除
いい加減とか神経質とか
どういったものを見出すかは自由なんですけど
きっと嫌いではないんでしょうね