「ありがとう、助かったわ」
「いえ、お役に立てたなら私も嬉しいです。舞台楽しみにしてますね」
「…ええ、期待して待ってなさい」
コロコロと笑う妖精――大妖精に別れを告げ私は家路についた。
「変わった妖精もいるのね」
人形のように整った顔の少女――アリス・マーガトロイドは集めた雪の結晶を見つめながら、霧の湖で出逢った不思議な妖精の事を考えていた。
力の大小に関わらず、いたずら好きな小さく可愛らしい容姿の妖精たち。妖精はその力に対応して、体の大きさや羽の形が変化し、複雑な思考も可能になる。複雑といっても、思慮深くなるというよりは子供が悪知恵を付けるような、精々いたずらがより過激になる程度だ。
小さいものも可愛いものも好きだけど、妖精は遠慮したいかな。それが彼女たちに対する私の認識だった。
大妖精との出会いは、そんな私の認識を変えるには十分なものだった。
◆
「春眠暁を覚えず、か。まぁ私には関係ないけど」
その日、私は人里からの依頼を受け、朝から霧の湖へ魔法薬の材料「樹氷石」を探しに向かっていた。
普段は数少ない友人の一人――霧雨魔理沙や、魔法の森の道具屋から材料を仕入れているが、二人とも別件の依頼で手が離せないらしい。
「二人とも肝心な時に居ないんだから……」
我ながら身勝手な愚痴を溢しつつ、かくして私は数年ぶりにフィールドワークに出かけているのだ!
「都会派の本気を見せてやるわ」と威勢よく始めたものの、中々目的の物が見つからず、もう数刻も湖畔を彷徨っていた。
「魔理沙の話だとこの辺に樹氷石があるはずなんだけどなぁ」
「あの~何かお困りですか?」
「んーないなぁ」
「あの、もしもし?」
はたと声のした方へ顔を向けると、緑の髪を左サイドで結った空色のワンピースの可憐な少女、いや、妖精がこちらの様子を窺うように宙に浮いていた。
「なんだ妖精か、いたずらなら間に合ってるわ。一回休みになりたくなかったら消えなさい」
「いたずらなんてそんな……あっ、わたし大妖精っていいます。この近くに住んでるんです」
「……アリスよ。話は通じるみたいだけど、お手伝いは結構。他所へいきなさい」
一瞬寂しそうな表情をしたが、思い出したかのように笑顔で自己紹介をしてきた。変に常識的な妖精なのか、もしくはそれも計算に入れた新しいいたずらなのか……まぁ関わらないのが一番だと考え、私は再び作業に戻った。
まだ周囲をパタパタと飛んでいるが、所詮妖精。こちらが反応しなければそのうち飽きて帰るだろう。
「忙しい所をごめんなさい、でももうすぐ日が落ちてこの辺りも危険ですので……ではアリスさん、また」
最後にまた妖精らしからぬ一言を残し、大妖精は湖の方へ飛んで行った。若干の罪悪感を感じつつ、その日は夕方まで探索を続け、私は手ぶらで帰宅した。
◆
「魔理沙の奴、この辺りにあるって言ってたのに……うぅ」
友人へ恨み言を溢しつつ、都会派魔法使いはくじけない! と自分にエールを送ってみた。うん、ありがとうアリス、私がんばる。
少し涙目になりながら探索を続けていると、心配そうな声が聞こえてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「今日はどうされたんですか?」
「……探し物が、中々見つからなくて」
「ハンカチ、ちゃんと洗ってありますから」
「……ありがと」
大妖精の差し出したハンカチをなんの警戒心も抱かず受け取ってしまった。借りておいてなんだけど、特にワサビが染み込ませてあるとか、そんな心配はないみたい。一瞬でも疑ってごめんね。
このまま一人で湖畔を徘徊し続けるのも心が折れそうだし、彼女を頼ってみようかな。妖精のいたずらも自分にとっては大した脅威じゃないんだし――うん、いい子みたいだし彼女に訊いてみよう!
「ハンカチありがとう。洗って返すわね」
「いえ、お気になさらず。落ち着いたようでよかったです」
「ふふっ、ありがとう。あなたこの近くに住んでるって言ってたけど、樹氷石が採れる場所を知らない?」
「樹氷石ですか……えっと、ごめんなさい。わからないです……」
「そう……」
申し訳なさそうな大妖精に対し「そんなあなたが気にすることじゃないのよ? 悪いのはそんなものを探してる私なんだから!」と、思いつつも、別の考えに邪魔をされ、口には出せなかった。
最後の手段、あんまり接点のない紅魔館の魔法使いに頼るしかないか、気が進まないなぁなんて、そんな事を考えていた。
そんな私の姿がひどく落ち込んでいるように映ったのだろうか、大妖精はオロオロしながらも私を元気づけようと声を掛けてくれた。そして「あっ!」っと何か閃いたような声の後に、私に任せてという風にニコりと笑った。
「私、ひとつ心当たりがあります!」
◆
大妖精に連れられ、私は丁度湖の反対側までやってきた。
あれ? なんだか急に寒くなってきた気がする。 「あそこです」と大妖精が指さす方へ視線を向けると、氷のかまくらがこれでもか! と自己主張をしているのが目に入った。
「ちょっと待っててくださいね」とパタパタと飛んでいった大妖精を見送り、残された私はこの季節外れの氷塊を調べてみることにした。
もう春なんだけど、まだ融けずに残ってる、まるで冷気の結晶みたいな……と、考えもまとまらないうちに、大妖精と一緒に氷の妖精チルノが元気のいっぱいに飛び出してきた。
「よっと。あんたがアリスね! 樹氷石ってこれでしょ?」
ドサっと私の目の前に淡い光を纏った袋が置かれた。
「……えぇ、確かに、見事なものだわ。ねぇ、これを少し分けてくれないかしら? もちろんお礼はさせてもらうわ」
「んーいいよ! 大ちゃんからもお願いされたし、あんたに分けてあげる!」
「ありがとうチルノ、それに大妖精も」
「いいえ、私はなにも。チルノちゃんありがとう」
傍らで照れたような反応をする大妖精とは対照的に、自慢げに胸を張るチルノからは「妖精らしい妖精だな」という印象を受けた。
彼女たちの持ってきた樹氷石は、それは見事なものだった。その持ち主であるチルノも、その身に纏う冷気から氷精の中でも力の強いものだとわかった。そして力の強い妖精には一様に相当のこだわりが……
「もー分けてあげるって言ってもタダじゃないんだからね!」
「もちろんよ。なにか望みのものはあるかしら?」
「『あたいとさいきょーのしょうごうをかけて戦え!』」
「えぇっと、わかったわ。勝負は弾幕……」
「弾幕ごっこよ! 審判は大ちゃんね!」
「えぇ……」
ふわりと浮かび上がったチルノに続き私たちは湖上へ向かい、彼女の勢いに押されるまま、弾幕ごっこが始まった。
◆
「勝負ありです!」
大妖精の宣言で弾幕ごっこは決着を迎えた。結果でいえば私の勝利で終わったが、同時にチルノにはかなり驚かされていた。弾幕の密度も然ることながら、スペルカードまで使えるなんて。
「最近の妖精は侮れないのね」と呟き、視線を移すと悔しがり地団駄を踏むチルノと、それをなだめる大妖精が目に入った。
「お取込み中申し訳ないんだけど、約束通り分けてもらえないかしら?」
「……もう一つ」
「え?」
「もう一つ約束。またここに来て私と勝負しろ! 今度は負けないんだから!」
「……ええ、約束するわ」
◆
「妖精にも色々いるのね」
妖精なんて皆自分勝手で、如何に派手ないたずらをするか、そんなことばかり考えているものだと思っていた。でも、大妖精の様に利他心を持つ子も、チルノの様に力が強く、しかし素直で純粋な子もいることがわかった。
もしかしたら、最後に落とし穴でも用意しているんじゃないか? との不安もあったが、結局それは杞憂に終わった。
「いい子達だったな」
別れ際の大妖精の言葉を思い出し、今度来た時は弾幕ごっこだけじゃなくて、もう少しお話もしたいな。あの子たちの為に人形劇を開いてあげてもいいかもしれない。
小さく可愛らしい彼女たちの事を想い、アリスは魔法の森へと飛んで行った。
「いえ、お役に立てたなら私も嬉しいです。舞台楽しみにしてますね」
「…ええ、期待して待ってなさい」
コロコロと笑う妖精――大妖精に別れを告げ私は家路についた。
「変わった妖精もいるのね」
人形のように整った顔の少女――アリス・マーガトロイドは集めた雪の結晶を見つめながら、霧の湖で出逢った不思議な妖精の事を考えていた。
力の大小に関わらず、いたずら好きな小さく可愛らしい容姿の妖精たち。妖精はその力に対応して、体の大きさや羽の形が変化し、複雑な思考も可能になる。複雑といっても、思慮深くなるというよりは子供が悪知恵を付けるような、精々いたずらがより過激になる程度だ。
小さいものも可愛いものも好きだけど、妖精は遠慮したいかな。それが彼女たちに対する私の認識だった。
大妖精との出会いは、そんな私の認識を変えるには十分なものだった。
◆
「春眠暁を覚えず、か。まぁ私には関係ないけど」
その日、私は人里からの依頼を受け、朝から霧の湖へ魔法薬の材料「樹氷石」を探しに向かっていた。
普段は数少ない友人の一人――霧雨魔理沙や、魔法の森の道具屋から材料を仕入れているが、二人とも別件の依頼で手が離せないらしい。
「二人とも肝心な時に居ないんだから……」
我ながら身勝手な愚痴を溢しつつ、かくして私は数年ぶりにフィールドワークに出かけているのだ!
「都会派の本気を見せてやるわ」と威勢よく始めたものの、中々目的の物が見つからず、もう数刻も湖畔を彷徨っていた。
「魔理沙の話だとこの辺に樹氷石があるはずなんだけどなぁ」
「あの~何かお困りですか?」
「んーないなぁ」
「あの、もしもし?」
はたと声のした方へ顔を向けると、緑の髪を左サイドで結った空色のワンピースの可憐な少女、いや、妖精がこちらの様子を窺うように宙に浮いていた。
「なんだ妖精か、いたずらなら間に合ってるわ。一回休みになりたくなかったら消えなさい」
「いたずらなんてそんな……あっ、わたし大妖精っていいます。この近くに住んでるんです」
「……アリスよ。話は通じるみたいだけど、お手伝いは結構。他所へいきなさい」
一瞬寂しそうな表情をしたが、思い出したかのように笑顔で自己紹介をしてきた。変に常識的な妖精なのか、もしくはそれも計算に入れた新しいいたずらなのか……まぁ関わらないのが一番だと考え、私は再び作業に戻った。
まだ周囲をパタパタと飛んでいるが、所詮妖精。こちらが反応しなければそのうち飽きて帰るだろう。
「忙しい所をごめんなさい、でももうすぐ日が落ちてこの辺りも危険ですので……ではアリスさん、また」
最後にまた妖精らしからぬ一言を残し、大妖精は湖の方へ飛んで行った。若干の罪悪感を感じつつ、その日は夕方まで探索を続け、私は手ぶらで帰宅した。
◆
「魔理沙の奴、この辺りにあるって言ってたのに……うぅ」
友人へ恨み言を溢しつつ、都会派魔法使いはくじけない! と自分にエールを送ってみた。うん、ありがとうアリス、私がんばる。
少し涙目になりながら探索を続けていると、心配そうな声が聞こえてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「今日はどうされたんですか?」
「……探し物が、中々見つからなくて」
「ハンカチ、ちゃんと洗ってありますから」
「……ありがと」
大妖精の差し出したハンカチをなんの警戒心も抱かず受け取ってしまった。借りておいてなんだけど、特にワサビが染み込ませてあるとか、そんな心配はないみたい。一瞬でも疑ってごめんね。
このまま一人で湖畔を徘徊し続けるのも心が折れそうだし、彼女を頼ってみようかな。妖精のいたずらも自分にとっては大した脅威じゃないんだし――うん、いい子みたいだし彼女に訊いてみよう!
「ハンカチありがとう。洗って返すわね」
「いえ、お気になさらず。落ち着いたようでよかったです」
「ふふっ、ありがとう。あなたこの近くに住んでるって言ってたけど、樹氷石が採れる場所を知らない?」
「樹氷石ですか……えっと、ごめんなさい。わからないです……」
「そう……」
申し訳なさそうな大妖精に対し「そんなあなたが気にすることじゃないのよ? 悪いのはそんなものを探してる私なんだから!」と、思いつつも、別の考えに邪魔をされ、口には出せなかった。
最後の手段、あんまり接点のない紅魔館の魔法使いに頼るしかないか、気が進まないなぁなんて、そんな事を考えていた。
そんな私の姿がひどく落ち込んでいるように映ったのだろうか、大妖精はオロオロしながらも私を元気づけようと声を掛けてくれた。そして「あっ!」っと何か閃いたような声の後に、私に任せてという風にニコりと笑った。
「私、ひとつ心当たりがあります!」
◆
大妖精に連れられ、私は丁度湖の反対側までやってきた。
あれ? なんだか急に寒くなってきた気がする。 「あそこです」と大妖精が指さす方へ視線を向けると、氷のかまくらがこれでもか! と自己主張をしているのが目に入った。
「ちょっと待っててくださいね」とパタパタと飛んでいった大妖精を見送り、残された私はこの季節外れの氷塊を調べてみることにした。
もう春なんだけど、まだ融けずに残ってる、まるで冷気の結晶みたいな……と、考えもまとまらないうちに、大妖精と一緒に氷の妖精チルノが元気のいっぱいに飛び出してきた。
「よっと。あんたがアリスね! 樹氷石ってこれでしょ?」
ドサっと私の目の前に淡い光を纏った袋が置かれた。
「……えぇ、確かに、見事なものだわ。ねぇ、これを少し分けてくれないかしら? もちろんお礼はさせてもらうわ」
「んーいいよ! 大ちゃんからもお願いされたし、あんたに分けてあげる!」
「ありがとうチルノ、それに大妖精も」
「いいえ、私はなにも。チルノちゃんありがとう」
傍らで照れたような反応をする大妖精とは対照的に、自慢げに胸を張るチルノからは「妖精らしい妖精だな」という印象を受けた。
彼女たちの持ってきた樹氷石は、それは見事なものだった。その持ち主であるチルノも、その身に纏う冷気から氷精の中でも力の強いものだとわかった。そして力の強い妖精には一様に相当のこだわりが……
「もー分けてあげるって言ってもタダじゃないんだからね!」
「もちろんよ。なにか望みのものはあるかしら?」
「『あたいとさいきょーのしょうごうをかけて戦え!』」
「えぇっと、わかったわ。勝負は弾幕……」
「弾幕ごっこよ! 審判は大ちゃんね!」
「えぇ……」
ふわりと浮かび上がったチルノに続き私たちは湖上へ向かい、彼女の勢いに押されるまま、弾幕ごっこが始まった。
◆
「勝負ありです!」
大妖精の宣言で弾幕ごっこは決着を迎えた。結果でいえば私の勝利で終わったが、同時にチルノにはかなり驚かされていた。弾幕の密度も然ることながら、スペルカードまで使えるなんて。
「最近の妖精は侮れないのね」と呟き、視線を移すと悔しがり地団駄を踏むチルノと、それをなだめる大妖精が目に入った。
「お取込み中申し訳ないんだけど、約束通り分けてもらえないかしら?」
「……もう一つ」
「え?」
「もう一つ約束。またここに来て私と勝負しろ! 今度は負けないんだから!」
「……ええ、約束するわ」
◆
「妖精にも色々いるのね」
妖精なんて皆自分勝手で、如何に派手ないたずらをするか、そんなことばかり考えているものだと思っていた。でも、大妖精の様に利他心を持つ子も、チルノの様に力が強く、しかし素直で純粋な子もいることがわかった。
もしかしたら、最後に落とし穴でも用意しているんじゃないか? との不安もあったが、結局それは杞憂に終わった。
「いい子達だったな」
別れ際の大妖精の言葉を思い出し、今度来た時は弾幕ごっこだけじゃなくて、もう少しお話もしたいな。あの子たちの為に人形劇を開いてあげてもいいかもしれない。
小さく可愛らしい彼女たちの事を想い、アリスは魔法の森へと飛んで行った。
続き希望
一巡の後にきっと!