Coolier - 新生・東方創想話

十月一日の詭弁問答

2013/10/02 00:37:03
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 無数の光球が、複雑に回転しながら黒衣の僧侶を襲う。
 僧侶はすぐさま光球との距離を取り、懐から取り出した巻物から、まるで文字のようにも見える光の帯を展開した。
 一瞬、帯が強く発光したかと思ったら、光球の隙間から人影が僧侶に接近する。
 人影――光球を生み出した道士は自分が隠れていた光球のような色で、しかし大きさは数倍も違う光を僧侶にぶつけようと、両手から打ち出した。
 僧侶は巻物を手から離し、迫る光にあろうことか、背後を向く。相対する道士は、理解出来ない動きに少しの間戸惑って動きを止め、その瞬間に僧侶は光球を突き破り背面から道士に激突する。
 肺の中の空気が全て抜け出したような感覚に襲われ、呼吸する事も出来すに後方へと強く吹き飛ばされた。
 道士は、十数m吹き飛ばされるも体勢を立て直し、気取ったように首を振って、服の誇りを払い落とす。

「そういう戦い方は、やはり貴女の思想と相容れないという事を感じさせますね」

 道士はそう言うと、杓で口元を隠すようなポーズを取る。
 強く、体重の乗った重い一撃を受けた直後だからか、道士は肩を上下させて、荒く息をしている。
 対して体術では僧侶に一日の長があるのか、まるで息を切らしていない。
 常に距離を取って、道士はその一挙一動に反応して、後手後手に回らざるを得ないように動かされているように見える。

「そうですか? あなたの独善的な思想さえ、みんなを幸せにしたいという方向に向けさえすれば、良き友人になれると思うのですが」

 僧侶は光の帯を巻物にしまい、両腕を広げて静かに目を瞑る。

「いや。無理です。そうでしょう? どうやったって、やっぱりそれは無理だと思うのですよ」

 道士はそんな、戦闘放棄そのものの行為に驚いたものの、冷静に僧侶の言葉を否定する。

「もし、貴女と友人よりも親しくなれるとしたら、それは私ではなく私の皮を被った別物ですよ。絶対に」

 そう言うと、道士はゆっくりと自分の目の前で十字を切る。

「お開きですよ、お開き。それではまた、二度と会わないことを願って」

 その十字に合わせて空間がめくれあがり、道士はその中に自分で入り込む。その後には、道士の姿は影も形も無かった。
 後に残った僧侶は眉をへの字にして、ここでようやく疲労の色を見せて嘆息する。
 遠くからの、獣の視線には気付かずに。


  ◆


 人里の外れにある命蓮寺の一室。先程の僧侶を、青い長髪の少女が手当てしている。
 服を脱いで、贅肉の少ない肉感的な上半身をあらわにしている。その上半身には真っ白な包帯が巻かれており、大きな乳房を締め付けている。
 名を聖白蓮という僧侶の、官能的な腹筋の陰影が蝋燭の明かりに照らされてちらちらと揺れている。
 白く艶やかな肌には、先程の戦闘で負ったらしい生々しい青痣があり、背後に座る青い髪の少女は痛ましそうな顔で、その青痣を強く強く撫でつける。

「いッ、痛い痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい! お願い一輪堪忍してえっ!」
「なんで、こんなに怪我するような戦い方しか出来ないんですか姐さんは! 格闘家属性って大抵のゲームだと魔法に弱いんですよ知ってました!?」
「わ、私だってちゃんと抵抗してますよ、精神抵抗ばっちり!」

 一輪と呼ばれた青い少女は、目を吊り上げて白蓮に怒鳴る。

「そういう意味じゃないでしょう! 決闘ごっこするたびに怪我して、夜寝る時に呻いているのも知っているんですからね!」
「か、堪忍」
「問答無用!」

 そう叫ぶと一輪は、背後から白蓮の腋を細やかに動く指でくすぐり始めた。
 悶える白蓮の両腕を、一輪は片腕で拘束しながらくすぐり続ける。抵抗虚しく白蓮は涙を流し、顔を紅潮させて喘ぎだす。

「あっははあひぃっ、ひぐ! あっ、あっ! も、もうやめえへへへ」
「可愛いですよ姐さん可愛いですよ!」
「こここ、これもういちりんがたのひんでんあ!?」

 次第に痣が一輪にぶつかることも気にせず、肌が汗で輝き始めて非常に淫靡な空気を醸し出している。白蓮は遂に痙攣し始め、抵抗する力さえ失い始めていた。
 冬のナマズのように大人しくなっていく白蓮を見て、一輪は次第に鋭い目つきになっていき指の動きが徐々に包帯で縛られた二つの丘へと差し掛かろうとして。

「あ、一輪。今月の雑益のことなんですけどあ、すいませんお取込み中ですね」
「「ひゅい!?」」

 襖が音もなく開き、背の高い虎縞模様の髪を持つ耽美な女性が入ろうとして瞬間でそれを断念した。
 奇声をあげつつ、一輪が力の抜けた白蓮の代わりに襖を閉めようとする女性に組みつく。体格が胸以外はおおよそ耽美な女性の方が大きいので、少し引きずられるように移動してしまった。
 しかし女性を引きとめることに成功して、白蓮はそれを見届けた後に急いで服を着る。

「えーと、違うのよ星。とりあえず雑益の事なら気にしなくていいわ、後でやっとくから」
「そうですか? まだ時間はありますから、私がやっときますよ?」
「あらそう、それはありがとう星。その雑益に関しては多分、貴女の能力関係だと思うわじゃあまた後で!」

 叫ぶだけ叫んで、一輪はまた部屋へと踵を返した。

「いいですけど、怪我に障らない様にしてくださいね」
「だから違うんだってば!」

 忠告を最後に、星は立ち去ってしまったようだ。
 一輪は暫く襖の前で耳を澄まし、白蓮に向き直る。既に露出度のまるで無い黒い服に着替え終わっている白蓮に、再度話しかける。

「で、今回の決闘ごっこはどういう原因があったんですか?」

 一輪の言葉に、ううんと唸りながら白蓮は首を傾げる。

「どうしたんですか?」
「あー、いやなんでしょう。話してもどうしようもないと言いますか、これは私の内で留めておくべきと言いますか、聖職者としてあるまじきと言いますか」
「早く言わないと浮気を疑い、今月はご飯おかわり無しにしますよ」
「言う! 言います言わせてください!」

 たった一言で白蓮は土下座してしまいかねない勢いで、一輪に組み縋る。
 力関係が判然とした、何よりも説得力のあるそんな悲しい一瞬だと思われた。

「だ、だって、一輪のこと貧弱だとか無能だとか言うし。それに寺のみんなのことだって」
「あああ、もう。分かりましたよ、不問にします。今度からは喧嘩しないで下さいよ?」
「善処、します」

 一輪は、白蓮をまた座らせて自身も横に座り、腕を重ねる程近くに寄り添う。
 白蓮は一瞬身じろぎしたが、何もしてこない事を確認して、自身も一輪に体重をかける様に寄りかかる。
 やがてどちらが先か、お互いの掌を重ね合わせて握り合う。

「一輪」

 口を開いたのは白蓮だった。その声に反応して、絡めた指はより力強くなる。

「なんですか、白蓮姐さん」
「今だから言いますけど私、豊聡耳さんの事好きじゃありません」

 彼女の言葉に、一輪は目を見開く。それでも彼女は言葉を紡ぐ。

「他人の事を道具だとしか思っていない。自身の道理で他人の道理を支配しようとする」

 寄りかかる体重が増えていき、一輪は少しだけ下半身に力を込める。

「まるで私みたいで、凄く嫌です」

 その声に力はなく、どこか弱弱しく消え入りそうな声だ。

「でも、努力はしてるんでしょう? 嫌いな人と、仲良くする努力」
「あまり成果は、ありませんけどね」
「大丈夫ですよ。私が支えていますから」
「……ねえ一輪」
「なんですか、白蓮姐さん」
「なんでもありませんよ。千年分、充電中です」

 そっと瞼を閉じ、白蓮は薄く微笑む
 一輪は一度立ち上がり、その正面に座った。そして手を引いて白蓮を立ち上がらせて、自分の膝の上に座らせる。

「なんですか、それ。じゃあ私もじゅーでんします。いいですね」
「……止めてもするくせに、いじわるです」

 二人は目を閉じ、ゆっくりと顔を近付かせて。

「聖、お客様があ、お取込み中でしたね失礼しましたお引き取り願いま」
「なう!?」
「げぼぁ!」

 もはや確信犯的に襖を開けた星は、驚愕して手を突き出して恋人を突き飛ばした師の姿を目撃し、床に頭をぶつけて悲鳴をあげた同僚を憐れむような目で見ていた。
 一輪は後頭部の痛みにもんどり打とうとするも、上に乗った白蓮が重石となってもがくたびに腹部が引っ張られる感触に襲われて悶絶している。

「い、一輪ごめんなさい大丈夫ですか!? えっとこういう時はひっひっふーでしたっけびびでばびでぶーでしたっけ!?」
「違いますよ聖。こういう時はぱいぱいぽーっぽいぷーわぷわぷーですよ、おっぱい押し付けながら」
「ぱ、ぱいぱいぱいぱい!? 破廉恥な!」
「今の聖が座っている場所こそありえないぐらい破廉恥だと思いますけどね。まあ私も上に乗る派なんですけど」

 ありえないなんてありえない! と白蓮は吠えて一輪の上で海老反りになる。
 ひとしきりパニックを起こし、ようやく一輪の上から降りて魔法で痛みを消したのはそれから数分後だった。
 一輪は涙目で起き上がり、星の肩を掴んで部屋の隅へと誘導する。

「おい寅公お前わざとだろ」
「真昼間っから寺の中でいちゃいちゃするのが悪いんでしょう」
「夜ごと寺の外でいちゃいちゃするトムジェリが言ってんじゃないわよ」

 星と一輪は大きな体を小さく丸めて、こそこそといがみあう。
 白蓮はそんな二人に少しずつ近付くが、話しかけづらそうにその背後でうろうろしているだけだった。
 そしてすぐに星は立ち上がり、一輪の肩を軽く叩いてから部屋の外に出る。

「じゃあ聖、お客さん呼んできますよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 部屋の外に消えた星を見届け、二人は胸を撫で下ろし安堵の溜息を漏らした。
 一輪は急いで座布団を押入れから用意し、白蓮も服の乱れをいそいそと直す。廊下の向こうから足音が聞こえてきた頃には、既に先程の混乱など無かったかのように整頓されていた。
 すーっと襖が開く。

「聖、お連れしました」
「ええ、どうぞ」

 そして部屋に入ってきた者を見て、一輪は目を見開く。

「どうも、聖白蓮殿。初めまして、自分は妖怪の山警備隊555部隊主任、犬走椛と申します。今日は貴殿と有意義な話し合いをしにきました」

 白く癖のある髪、時折覗く刃のような八重歯。半分開いて人を睨むような金の瞳には獣特有の輝きがあり、少女はまるで一つの刃のように研ぎ澄まされた雰囲気を放っていた。
 その左腕には小さく丸い盾、腰には刀。

「そして、久しぶりだな。一輪」

 狼がそこにいた。


  ◆


「少々、右腕をお借りしてもいいですか?」

 椛は恭しく礼をした後、一輪と話したいという事を白蓮に告げる。
 それをすぐには許可しないものの、白蓮は快く頷いた。

「椛さん、どんなお話をされるんですか? 私も興味ありますよ」
「はは、聖殿の右腕を奪う気はないですよ。ご安心ください」

 椛は白蓮を一瞥すると、口元を吊り上げてにやりと笑う。
 それを受けて、拳に力を入れる白蓮。

「え、なにこの私のことを私抜きで話されてる疎外感怖い」

 突然の出来事に一輪は思考が止まり、椛に手を引かれるがままになっている。

「はっはっは。さて一輪、昔話に花を咲かせる時間はなくとも久闊を叙して少しぐらいは自分の話を聞いてくれるかな一輪」
「え、あれ椛あんたそういう感じだったっけなんか雰囲気変わったというかなんか二人共目つき怖い怖い怖い大丈夫ですから浮気じゃありませんからー!?」

 見た目は一輪より小さく、小柄な椛の膂力で引きずられているどころか持ち上げられている事に信じられないのか、一輪は目を回しながらなすがままになっている。
 そして襖がピシャッと閉められ、姿が見えなくなってから白蓮はぼそりと呟いた。

「……狼狽えている一輪って凄い可愛いのね」
「私も久しぶりに見ましたよ、一輪が動揺しているところ。千年ぶりですかね。あ、あんまり外部の人と揉めないでくださいね聖」
「し、星まだいたのね!?」
「失敬な」


  ◆
 

「で、なんで私は犬のおまわりさんに強制連行されたわけ?」

 一輪は腕を組み、伏せた目で質問する。

「ははは。久々に友人と会ったからな、まあいいじゃないか」

 質問をはぐらかされたことには苛立ちを見せるが、しかしその視線が嫌に真剣であることに気付くと、一輪の面持ちもまた、真剣なものになる。
 一度二人は押し黙り、襖の向こうにいる白蓮が聞き耳を立てていないことを確認してから会話を再開する。

「今日の自分は、単なる一個人として来た訳ではないよ。ちょっとした使い走りだ」
 その言葉に、一輪は少し顔をしかめて疑問を口にする。

「使い走り? あんたが? 『天狗革命戦線の英雄』が? 星熊勇儀の攻撃から常に仲間を守っていたあんたが?」
「昔の話さ。今じゃただのロートル、歩だよ」
「歩が一番大事だと言っていたのはどこのどいつなんだか」
「それも昔の話だな」

 一輪の言葉を聞き、諦めたように椛は首を振る。
 そして腕の盾を外し、一輪へと投げる。それを難なく受け取り、一輪は布紐を解いて自身の腰に縛り付けた。

「あんたを動かすってことは、昔の上司のあいつね。今どうしているの?」
「天魔、とまでは行かなかったがナンバー2だ。さしずめ次期天魔と言った所かな」

 二人はここにいない旧い友人の事を話し、くしゃっとした笑顔を見せる。

「さて、そろそろ戻ろうか。お前には自分の目的も察しが付くだろう、要するにバランスだよ。今の妖怪の山は、基本的に秩序に固執するんだ」
「バランサーか、あんたも大変ねえ」
「なあに、歩は歩なりに頑張るさ」
「はっ、成金め」


  ◆


「あ、いいいちりいん? お、お話は御済みでございましょうか!?」

 誰の目にも明らかなぐらい、白蓮はガクガクと震えて緊張していた。
 一輪は頭の片隅で、(あ、ゴム回して進む玩具とかあったなー)と思い出している。

「聖、では私は仕事に戻りますね」
「も、もう少し寛いでいていいのよ星」
「お構いなくー」

 そう言って、冷や汗をかきながら心に余裕に無いことが明白なほどに狼狽えている。
 一輪は。はて、どうしてそこまで狼狽するのだろうと思ったが、何の事は無い。どうも聴力を上げて聞いていたようだと一輪は推察した。

「本当に、姐さんときたらいつまでたっても」

 首の後ろを掻き、一輪ははぁと溜息を吐きながら笑う。
 椛はそんな一輪を見て微笑むが、すぐに目つきを鋭く戻して、用意されていた座布団に座る。

「失礼。見ての通り、私の命を預ける盾を彼女に預けた。彼女ならば安心だ」

 椛の発言に対してビクッと驚き、あたふたと対応し始める。
 そしてあろうことか、自身の豊満な肢体を覆う黒い服から順番に脱ぎ始めた。

「え、えーと次期天魔様の使いの方が武装放棄なされたということは私達も服を脱いで無抵抗を表明するべきですよねえ!? ほら、一輪も!」
「え、ええ!? 色々間違ってる気がしますよ!?」

 そう言うと白蓮は、一輪の服もまさぐりながら脱がせようとしている。椛はその姿をまるで春画の様だと思わない事も無かったが、このままだと本題を話す前にいたたまれなくなるような気がしたので、そっと二人を止める事にした。

「ま、まあ聖殿。そもそも彼女は口の中にも武器を仕込むような女ですから、自分は構うようなことでもないのですが」
「なんと! 一輪、めっ! はっ、もしかして今も口の中に!?」
「な、ちょっと待って姐さん何を考えてるんですかっ、顔が近いですよ!? 今は椛も見てますかんっ、ん! ぅうううう!?」

 悪化した。
 彼女はこの状況をどうしようかと思案したが、結局、とりあえずは傍観して時間を潰すことにした。


  ◆


 三十分後、椛の目の前にはぐったりした一輪とようやく落ち着きを取り戻して両手で顔を覆っている白蓮がいた。

「ええ、もう、本当に。お客様をお待たせして、本当。申し訳ございませんでした。本当に、お恥ずかしい限りでございます」
「ま、まあお気を落とさずに。……おい一輪、聖殿は常にこの調子なのか?」
「いや。まあ、完璧な人間などいなければ完璧な超人もいないって事よ。姐さんは、魔法使いとして安定性がないというか、なんというか」

 ああ恥ずかしい恥ずかしいと、白蓮は耳をふさぎながら二人の会話を聞かないようにしている。

「普段は勿論、こんな情緒不安定さは出ないようにしているけれど、最近は嫌いな相手をよく相手取るようになっちゃったから、ストレスが溜まっていたのかしらね」
「なるほど。そう言う事なら、自分の本題はそのことでもあるんだよ」
「? あいつからの使い走りだけではなく?」

 一輪は真面目な顔の椛から察したのか、白蓮の背中を軽く叩いて呼び起こす。
 三人は三つ巴になるかのように、そして背筋を真っ直ぐ座り直す。

「失礼ですが聖殿。自分は貴殿に少々疑問を感じ、直接訪ねた次第です」

 金の瞳を、必要以上に漲らせて椛は静かに尋ねる。

「――貴殿の主義は矛盾している。いや矛盾ではなく、齟齬が発生している」

 その言葉を聞いた瞬間、白蓮は微笑んでいた頬を少し引きつらせた。
 笑っているような目はもう笑っておらず、コミカルさは既に消え失せている。
 一輪は目を伏せ、白蓮の雰囲気が変わったのを肌で感じていた。

「齟齬、ですか。是非お聞かせ願いたいですね」

 椛は一拍置いて、一呼吸してから言葉を繋ぐ。

「齟齬も何も、明白ですよ。貴殿の力は身に余りすぎている、主義に反して無用な程に攻性な能力など不必要でしょう」

 それを聞くと白蓮は身を強張らせ、掌の内側に爪を食い込ませる。
 目を閉じた一輪でも、大きく動揺した事が分かった。

「天狗以上の速度? 鬼以上の膂力? 敵の攻撃さえ恐れぬ自己犠牲? 果たしてそれは、本当に『みんなを幸せに』する力なのですか?」
「……これ以上ない理不尽から、身を守る為に必要です」
「ならばどうして、必要以上に破壊力を持つのですか。それならば速度だけに特化して、敵を無力化する術を身に着けるべきでしょう?」

 椛の詰問に白蓮は頷かず、ただ詰まる。目が泳いで落ち着きを無くす。

「た、ただ拘束する事だけでは対処できないことだって」
「敵の無力化、だ。その中には説得が含まれている事も、気付かないことは無いだろう?」
「ぅう、ぅぅぅ」

 その言葉に身じろぎ冷や汗を流し、白蓮は苦悶する。
 死と老いに恐怖し、執念をもって魔術の粋を手に入れた。
 その結果として、人間とそうでないものとの微々たる差を知り、白蓮は救いの手を仏の道に求める事となる。
 そして人妖平等を語り、当時のとある巫女からの封印を受け入れた。
 今の力を手に入れたのは、その後の事である。

「わ、私は」

 白蓮の声は震えて、弱弱しくなっていた。
 とてもか細く、幼気で。

「私は、『生き残る為に』」

 その力を手に入れたのは命の為だった。魔界でしぶとく図太く生き残る為に、その力を習得したのである。
 己の為の、ものである。

「そう……、そうですね。違いますよね」

 声の震えは消えた、けれど声の大きさはもっと小さかった。
 しかし一輪の耳には確かに届いている。
 私は弱者を殺しながら生きてきたんだ。と言う声を。

 一輪はそこで初めて目を開き、白蓮の顔を見た。一筋の涙が、その白い頬を静かに伝っている。

 椛は少し驚いたように目を見開くが、それでも決して言葉を緩めるようなことは無い。

「ねえ、一輪。村紗が封印されて、私が平等を貫き封印を受け入れた時、あなたは幸せだった?」
 その言葉に、一輪は迷いなく答える。

「そんなの当然、最悪でしたよ」

 結局、白蓮の自己犠牲によって一輪達は救われず、彼女達は数百年の空虚を生きてきた。

「でも」

 それでも、それでも彼女は。

「――私は、信じていますよ。姐さん」

 しっかりと白蓮を見つめて、微笑む。

「信濃の故郷で、私達三人で虎縞の猫を飼っていた。あの時から」

 白蓮はその言葉を聞いて、自身の鼓動が高鳴るのを感じる。その鼓動とは相反するように、心が静かな水面のように安定していく事が分かった。
 思わず一輪へと顔を向け、一輪は白蓮に応じる様に首肯する。
 そして白蓮は息を大きく吸い込み、そして吐き出す。

「この力は必要です。分かり合えない人と少しでも分かり合うために、私がまた封印されるような事態に陥らないために、もう二度と彼女達と一緒に居れない事にならないために」
 
「みんなと一緒に幸せになる為に」


  ◆


「見送り、私しかいなくてごめんね」
「いや、仕事だと言うなら仕方ない」

 命蓮寺の門前で、犬耳の少女が青い髪の少女と話している。
 近くで会話を盗み聞きしようとしていた黒髪の少女二人は、薄い桃色の雲に運ばれて台所に拘束されてしまった。

「明日にでも呑みに行かないか? 最近、人里に良い居酒屋が出来たんだ」
「そうなの?」

 椛は地面を爪先で軽く蹴り、下駄を履き直す。既に盾を一輪から受け取り、左腕に装着していた。

「ああ、これが結構安くて旨い」
「それは素敵。あんたが本物の椛だったら、一緒に行っても良かったけどね」

 一輪はそう言って、椛の首元に手を掛ける。皮膚を掴み、そして一気に引っ張りめくってしまう。
  そこから現れたのは、金の瞳と金の髪を持つ、九尾の妖怪。

「八雲藍、で良いのよね? 初めまして」
「いつから分かっていたんだい? そんな素振りは無かったはずだが」

 会話を続けながら藍の体は、小柄な椛の体から豊かな乳房と真っ直ぐ伸ばされた高い背丈の物へとなっていた。
 服の丈は小柄な椛のものなので、腹部や横乳が見えたり、体に紐が食い込んでしまっている。

「あんたは歩を軽視しすぎているもの、本物が聞いたら二時間ぐらい歩の奥深さについて語られちゃうわよ」
「それは……失礼した。私としたことがうっかりミスだ」

 一輪はひっぺがした顔の皮を藍に投げ返し、藍はそれを受け取り懐にしまう。

「良くできてるわね。ゴムってやつ?」
「ははは。目敏いんだね君は。流石スカウト技能持ち。特殊メイク用の素材らしいよ」

 藍は軽く笑い、頬を掻く。

「今日のさ、あの質問。あれほとんど詭弁だから、気にしなくていいよ」
「あ、やっぱり?」
「あんなどうでもいい話で、わざわざ反論しに来る奴なんているわけないだろう。紫様からは、本気で仏敵を力尽くで排除するような思想があるなら追い出してしまおう、という事だからね。ただの確認」

 それを聞いたら一輪は快活に笑う。

「元々、そんなに物騒なもんじゃないのよ」
「そりゃそうだ。はは、ところで居酒屋は本当なんだ、今度どうだい?」

 と、藍は指をくいっと曲げる。

「あれスパイ? いいわよ、今度行きましょう」
「アルコールはありなのかい?」
「それこそ、そんなもんじゃない……んだけど、秘密でね」

 一輪も真似して、指を曲げた。
 門前で会話している内に、藍の背後の空間にすーっと切れ目が入り、大量の瞳が映るスキマ空間が現れた。

「おっと、それでは来週金曜日に」
「うん、来週金曜日に」

 藍はすうっとスキマへと消え、一輪はさてと伸びをする。日差しは傾き始め、人里の方角からカレーの匂いが漂ってくる。

「んじゃ、戻りますか。色々準備しなきゃいけないし」
「来週の金曜日の為に?」
「はい姐さん、来週の金曜日の」

 と、一輪は背後からの声で固まった。
 まるで油を差していない錆びた扉を開くように、一輪の体はぎぎぎとゆっくり振り向く。

「そうですか、そうですね。まさかの浮気現場で飲酒ですね。これは罰として、夜はおかわり自由ということでよろしいでしょうか」
「え、えとえととえとあの」
「問答無用」

 般若のような白蓮の顔を見た瞬間、一輪の意識は根こそぎ刈り取られていた。
 気付いた瞬間に目に入ったのは、自分の後頭部を自身の膝に寝かせながら眠ってしまっていた白蓮の寝顔だった。
実際分かり合えない人とか沢山いますよね、僕はいまだに数少ない友人とのほとんどと分かり合えませんし、自分の考えもまとまってません。それでも分かり合おうとしている人が聖白蓮なんだと、経歴を見て思いました。
少なくとも見越し入道と分かり合えた一輪は、そんな白蓮の最大の理解者なんじゃないかと思います。まあ、マックのピクルスだけ抜き出して食べる喜びとかおっぱいが大きいことの苦労とかマイナーだけどびゃくいち大好きげへげへとかTRPGで無駄な6ゾロ出すことでのダイス神への嘆きとか電話中に同じCMを見ている事とか数あるキャラクターの中でも一輪が一番好きだとかフェアリータイプには期待しているとか戦闘描写描いてる間死にそうとか締切一日でも遅刻してしまって死にそうとか駄文をわざわざネットに晒して恥ずかしくて死にそうとか夏休みの宿題溜まって死にそうとかパシフィック・リム楽しすぎて死にそうとかマジプリ好きすぎて死にそうとか、他人に理解してもらえると嬉しいことっていっぱいありますよね。
ラック
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コメント



0.600簡易評価
5.80非現実世界に棲む者削除
何ていうかとりあえず面白かったことは面白かったです。
白蓮の乱れっぷりが半端ないのは別として、もう少し神子の登場シーンが欲しかったです。
あと、あとがき欄にそんなに色々と関係ないようなことは列挙しないほうがいいと思います。すくなからず敬遠されてしまうかもしれませんので。
マックのピクルスに関しては同意しますが。
6.90名前が無い程度の能力削除
描写は色々未熟で粗いけどこういう話は好き。
神子と白蓮ってOOOのグリードみたいやんなと部隊番号で思った。共演すれども和解不可!
7.80奇声を発する程度の能力削除
展開とかが良く面白かったです
8.90名前が無い程度の能力削除
面白いけど惜しい感じ
18.80名前が無い程度の能力削除
白蓮×一輪が主題ということです。それはそれはもうひどくイチャイチャしてました。